【小池美波】欅坂46の人気メンバーが登場! 初出演の映画はまさかのバカ映画!?

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――大人気アイドルグループ・欅坂46の第1期生は昭和歌謡に詳しいけど、最近の流行にはついていけない?

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(写真/三宅祐介)

 欅坂46のメンバーが、まさかの“バカ映画”と邂逅した。第1期生としてデビューし、今年9月には初のソロ写真集『青春の瓶詰め』(幻冬社)も発売された小池美波だ。

 2017年からラジオ番組『ザ・ヒットスタジオ』(毎日放送)で吉田照美のアシスタントパーソナリティを務めている彼女は、来年1月から全国公開される吉田照美主演、河崎実監督の映画『ロバマン』に吉田の孫役として出演する。

「普段ラジオでご一緒しているときも、おじいちゃんと孫のような関係性なので、今回の役はすごく演じやすかったです。ラジオも最初の頃は緊張しましたけど、今では照美さんとのお仕事が心の癒やしです」

 同作での吉田以外の共演者について話を聞いたところ、クライマックスで登場する伊東四朗に特別な思い入れがあるという。

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紙より好条件?――電子コミックのギャラ事情

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ななかさんの印税生活入門1) (まんがタイムKRコミックス)

 一部のヒット作家を除き、生活が苦しい人が多いといわれるマンガ家。電子コミックとして作品を発表した場合は、収入はどうなるのか。

「最近は原稿料+電子印税の契約が増えています。原稿料はページ単価6,000円~1万円程度で、紙の場合とほぼおなじ。紙での連載の場合は、コミックスになってはじめて印税が発生するのが基本で、重版がかからないと印税はナシのケースもあるので、作家さんとしては紙での連載よりも好条件に感じられると思います」(電子コミック編集者)

 印税については「出版社によりまちまち」とのこと。

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中国版「24時間戦えますか?」を支える大富豪たちのポッドキャスト

――あまりにも速すぎるデジタルテクノロジーの進化に、社会や法律、倫理が追いつかない現代。世界最大の人口14億人を抱える中国では、国家と個人のデータが結びつき、歴史に類を見ないデジタルトランスフォーメーションが進行している。果たしてそこは、ハイテクの楽園か、それともディストピアなのか――。

今月のテクノロジー『996(ナインナインシックス)』

中国系のテクノロジー企業の創業者などに、苦労話や裏話などを聞き出すポッドキャスト番組(英語)。ホスト役は、シリコンバレーでも中国投資のプロとして名高いハンス・タン氏。2018年にスタートし、隔週で1本(60分)、新しいエピソードを配信している。日本でもSpotifyやAppleのポッドキャストアプリを通して楽しむことができる。

 あなたは中国で広がっている、996(ナインナインシックス)という言葉を知っているだろうか。

 これは朝の9時から、夜の9時まで、週6日間にわたって働く「中国式」の猛烈なハードワークのことを指す。何しろ14億人の人口を抱えており、すべてにつき競争、競争、競争という社会だ。とりわけテクノロジー業界では、こうした働き方を前提に、エリート社員が馬車馬のごとく働いている。

 世界で一流企業として注目されるようになった、中国の通信IT企業のファーウェイをはじめ、ショート動画「TikTok」で世を席巻しているバイトダンスや、ECサービス最大手のアリババまで、この「996文化」というのはどこまでも染み渡っている。

 いずれの会社もまだ創業一代目が健在であり、ゼロから会社を育ててきた遺伝子が残っているため、日本の「働き方改革」とは真逆のスタイルが事実上推奨されているわけだ。
 2016年に登場した996という単語は、中国の高度成長と、働けばお金持ちになれるという「チャイニーズドリーム」を象徴するポジティブな意味と同時に、あまりにも野蛮なサバイバル人生を意味するネガティブな意味も含んでいる。
 だから中国人のビジネスパーソンと996について雑談をすると、ジョークとして「いやいや、僕は007っすね」と返すのが定番になっている。もちろんこれはジェームズ・ボンド主演の、スパイ映画のことではない。これは0時から0時まで、つまり24時間体制で、一週間休みなく働いているよという意味になる。日本語に意訳すれば「もう働きすぎて、死にそうですね」といったところか。

 高度成長期の日本において、栄養ドリンクのリゲインのテレビCMで「24時間戦えますか?」というキャッチフレーズが一世を風靡したが、あの中国バージョンだと思ってもらえばいいだろう。

 しかし最近ではこの996をめぐって、中国のSNS上で炎上事件まで起きている。

 今年3月、世界最大級のエンジニアの開発プラットフォームであるギットハブ上で、こうした過酷な働き方を批判する「996.ICU」というプロジェクトが登場した。ICU(集中治療室)のアイコンを掲げて、ブラックと思われる中国企業を、名指しで批判し始めるムーブメントが起きたのだ。

 そうした批判について、億万長者になった創業者たちが、996を正当化するようなコメントを発信。それが“燃料”になってしまった。

「996で働けることは幸せなことだ。多くの企業や個人は、そんなことができる機会すらない。むしろ誇りに思うべきだ」(アリババ創業者、ジャック・マーの投稿)

 この投稿をめぐって、国民的ヒーローとして尊敬されているジャック・マーですら、釈明をする羽目になっている。若者世代からすれば、十分豊かな社会になった反面、お前が成功したときとは時代が違うんだよ、と言ったところだろうか。

 さて、前置きが長くなったが、私が密かにファンとして聴いているポッドキャストに「996」という番組がある。日本ではほとんど知られていないが、中国でイケイケの起業家たちが、毎回ゲストとして集まってくる。

 ここで放送される内容が、ものすごく面白い。登場する人たちの多くが、人生を996で生き抜いてきた人ばかりだ。

 例えば、ZOOM(ズーム)の創業者であるエリック・ヤン。

 このZOOM社は、今やスカイプやグーグルハングアウトといった有名サービスを押しのけて、世界中で使われるオンライン会議サービスの成長株だ。

 番組で、彼は単なる「英語のできない中国人」に過ぎなかった頃から、どのように996生活によって生き残ってきたかを生々しく語っている。

 中国で生まれて、まともに英語も話せなかったにもかかわらず、シリコンバレーに憧れて渡米。8回にわたってビザ申請を却下されたにもかかわらず、おそるべき執念によって、9回目のビザ申請でなんとかアメリカにたどり着いている。

 14年にわたってIT企業で働きまくった後に、彼が作り出したサービスこそ、ZOOMというとても便利なオンライン会議システムだった。

 そのきっかけになったのは1987年、中国の山東科技大学の学生だった頃、大好きな彼女に会いに行くために、片道10時間の鉄道旅行をしていたことだったという。列車は人で溢れ、トイレの中にまで旅客がすし詰めになっていた。

「それでも夏と冬、1年間に彼女と会えるのはたった2回だった。いつかスマートな端末で、遠くにいる彼女とお話ができたらと夢想してたんだ」(エリック)

 そんな10代の頃の中国での記憶が、シリコンバレーに裸一貫で渡ったヤンの心の中に残っており、それが40代の「中年起業」につながったと説明している。

 2019年4月、このZOOMが米ナスダックに上場すると、投資家たちから買いが殺到。今では2.6兆円の時価総額をほこる企業となっており、エリックはシリコンバレーでも例外中の例外となる、中国系創業者として億万長者になった。

 ちなみに学生時代、会いたくても会えなかった遠距離恋愛の相手の彼女は、今の奥さんになっている。そんな中国人起業家たちの生々しいエピソードと、その生存戦略が音声を通して伝わってくるのだ。

 いずれアメリカを抜いて、GDPで世界1位の大国になると思われる中国。しかし、これまでのような右肩上がりの経済成長が、永遠に続くわけではない。

 欧米や日本のように、豊かになるのと同時に、成熟した社会に向かっていくのは自然だ。その時にこの996という働き方が、いつまで中国で受け入れられるのかはとても興味深い。

 ジャック・マー(馬雲)や、テンセント創業者のポニー・マー(馬化騰)、シャオミ創業者のレイ・ジュン(雷軍)などは、1960年代~1970年代生まれの猛者たちだ。労働法規も関係なく、すさまじい競争に勝ち残って巨万の富をつかんだヒーローとなっている。

 しかし20代の中国人は「もはや、あそこまで巨大な企業をつくるチャンスはない」と語る人が多い。命がけで働いて、どこまでのリターンを得られるのか、冷静に見ている世代なのだろう。

 中国から今後どんな996物語が生まれてくるのか、この国の成長パワーと成熟度を理解する上でも、面白いテーマになるのは間違いない。(月刊サイゾー9月号より)

後藤直義(ごとう・なおよし)

1981年生まれ。青山学院大学文学部卒。毎日新聞社、週刊ダイヤモンドを経て、2016年4月にソーシャル経済メディア『NewsPicks』に移籍し、企業報道チームを立ち上げる。グローバルにテクノロジー企業を取材し、著書に『アップル帝国の正体』(文藝春秋)など。

スニーカー中毒者を量産する中国「ファッションアプリ」の裏事情

――あまりにも速すぎるデジタルテクノロジーの進化に、社会や法律、倫理が追いつかない現代。世界最大の人口14億人を抱える中国では、国家と個人のデータが結びつき、歴史に類を見ないデジタルトランスフォーメーションが進行している。果たしてそこは、ハイテクの楽園か、それともディストピアなのか――。

今月のテクノロジー『毒(ドゥ)』 

「毒(ドゥ)」は、中国発のアプリで、スニーカーに特化した売買プラットフォーム。MAU(月間ユーザー)は800万人を超えており、運営企業の時価総額は約450億円にも達する。米国にもスニーカー転売市場の「StockX」が存在しており、すでにスニーカーの販売・転売はグローバル・ビジネスになっているが、人口14億人を抱える中国はその規模とお金の流入量で桁がちがう。

 一度聞いたら、忘れられない名前のメード・イン・チャイナのアプリがある。その名も「毒(ドゥ)」だ。

 これは現在、中国で大流行しているスニーカーを売買する専用プラットフォームだ。ここに毎月800万人ものユーザーが集まっては、まるで中毒者のように夢中になってスニーカーをあさっている。

 何せ人口14億人を抱えている中国だ。洗練されたファッションによって、自分は特別だとアピールするためには、手間やお金を惜しまない。

 中でも入手が難しい、希少な限定品のスニーカーは、若者がファッションでマウンティングするには格好のアイテムだ。中には1足あたり数十万円のプレミア価格で売買されている、レアシューズもある。

 自身も「毒」のヘビーユーザーであり、スニーカーが大好きだという北京在住の夏目英男さん(23)はこう語る。

「中国のスニーカー熱は、半端じゃありません。希少なスニーカーは高く転売できるため、多くの人が投資する“株式”のような存在になっています」
 例えば、ナイキの人気スニーカーである「エアジョーダン1」が、カリスマ的な人気を誇るストリートブランドのOFF-WHITE(オフホワイト)とコラボレーションしたことで生まれた1足。定価は1499元(約2万3700円)だが、現在の相場価格は2万8000元(約44万2300円)まで高騰している。

 また世界的なラッパーのカニエ・ウェストが、アディダスと一緒に作ったスニーカーブランド「YEEZY BOOST(イージーブースト)」も価格は急上昇。クラブなど暗い場所で光るようにデザインされている限定品は、1足あたり20万円前後の価格がついている。

「それでも、周囲から『あいつのスニーカーはカッコいいな』と言われたいじゃないですか(笑)。履いているスニーカーで、オシャレ度がわかりますから」(夏目氏)

 そこまで高価ではなくても、定価の1.5~2倍ほどのプレミア価格で売り買いするのは日常茶飯事だ。だから中国全土のスニーカーファンたちは、この毒をチェックして、1足4万円、5万円という金額を払って買うようになっている。

 人気があるのはナイキやイージーブースト、アディダス、コンバースなどの希少スニーカーに加えて、シュプリーム、オフホワイトなどのストリートブランドだ。

 ちなみにアプリ上では、こうした希少なスニーカーの取引価格が、どのように推移しているかも見ることができる。

 夏になれば、青色や白色などの爽やかなカラーリングの商品の値段が上がる。また希少スニーカーであっても、再販売されることが決まれば値段は下がる。まさに生の「スニーカー相場」だ。

 そしてバイヤーと呼ばれるプロたちは、こうした希少なスニーカーを大量に仕入れて、自社倉庫などに在庫を抱えており、それを高く売ることで利益を出しているわけだ。

 彼らは希少スニーカーを販売するナイキやアディダスなどの公式サイトの「抽選販売」を当てるため、ハッキングすれすれのソフトウェアを活用している業者なども発生。いたちごっこのような状況が続いているのだという。

 この毒(運営会社:上海识装信息科技)が生まれたのは、中国ならではのユニークな背景がある。

 それは、スポーツ関連のネット掲示板「虎扑」にさかのぼる。その運営者はスニーカー関連のネット掲示板の中で、ブランドの偽物を見破ることができるユーザーが、人気者になっている事象に目をつけた。

 中国では、人気ブランドの商品はすぐに偽物が出回ってしまう。

 そこで2015年、彼らは高級な希少スニーカーが本物か偽物か、専門家によって「真贋判定」するというサービスを思いつく。そのような鑑定機能を持ったスニーカーの売買プラットフォームを築き上げて、そこでなかなか手に入らないレアスニーカーなどを、安心して取引できるようにしたのだ。

 この仕組みが、革命的だった。これまでに真贋判定を受けたスニーカーは、2000万足以上に上るといわれている。それだけの取引量が生まれているのだ。

 毒の出品者たちは、自分が売りたい未使用のスニーカーを、まず運営側に発送する(任意)。そこで外箱からスニーカー本体まで、専門家のチェックを受けた上で、本物であれば「証明書」を受け取ることができる。

 1足あたり数万円から数十万円するスニーカーの価格を考えれば、このチェックサービスは役に立つ。そして毒は、自らのプラットフォーム上の売買時に手数料を取ることで利益を上げている。

 ちなみに中国においては、女子のスニーカー熱も負けてはいない。「毒」は男性ユーザーがとても多いことで知られているが、競合アプリである「nice(ナイス)」などでは、たくさんの女性たちが自慢のスニーカーを披露しあっている。

 そして欲しくなったら、まるで株価チャートのようなスニーカーの価格推移をチェックしながら、ここぞというタイミングで購入することになるのだ。

 こうしたスニーカー特化型の人気アプリが、中国にはいくつもあるのだ。

「自分、イージーブーストは6足持っているんですよ。先日も近々入る予定のアルバイト代を見越して、1足5万円以上で買ったばかり。毒のアプリを使っていると、本当の中毒者になってしまうんですよ」

 そう語ってくれた夏目氏だが、中国のジェネレーションZ世代(2000年~2010年に生まれた世代)たちは、まだまだレアスニーカーにカネを使いそうだ。

 実は毒のアプリ上では、毎月6~7回にわたって、限定スニーカーを無料でプレゼントするという「抽選会」をユーザーに向けてやっている。もちろん倍率は高いのだが、もらえるものは、もらっておきたい。

 実はここにも、仕掛けがしてある。毒のユーザーがもし、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などでこうした抽選会のお知らせをシェアすると、抽選に複数回チャレンジすることができるようになるのだ。

 スニーカー中毒者が、さらなるスニーカー中毒者を増やす。そんな成長サイクルによって、運営会社である上海识装信息科技の企業価値は30億元(約450億円)に。今や中国のポテンシャルユニコーン企業と呼ばれている。

 思えば中国ではつい先月に、ユニクロと米ニューヨークのデザイナー「カウズ(KAWS)」とのコラボレーション商品が発売されて、各地のユニクロ店舗では狂ったような奪い合いが起きたことが記憶に新しい。

 また私の会社オフィスの目と鼻の先にある「コム・デ・ギャルソン」の店舗でも、数量限定のTシャツなどを買うために、ものすごい人数の中国人が行列をしている光景をよく見かけるのだ。

 レア物、限定物、希少物。こうしたアイテムを求める中国人たちのエネルギーは、世界中のファッションブランドを巻き込みながら、しばらく尽きることがなさそうだ。(月刊サイゾー8月号より)

文・写真/後藤直義(ごとう・なおよし)

1981年生まれ。青山学院大学文学部卒。毎日新聞社、週刊ダイヤモンドを経て、2016年4月にソーシャル経済メディア『NewsPicks』に移籍し、企業報道チームを立ち上げる。グローバルにテクノロジー企業を取材し、著書に『アップル帝国の正体』(文藝春秋)など。

スニーカー中毒者を量産する中国「ファッションアプリ」の裏事情

――あまりにも速すぎるデジタルテクノロジーの進化に、社会や法律、倫理が追いつかない現代。世界最大の人口14億人を抱える中国では、国家と個人のデータが結びつき、歴史に類を見ないデジタルトランスフォーメーションが進行している。果たしてそこは、ハイテクの楽園か、それともディストピアなのか――。

今月のテクノロジー『毒(ドゥ)』 

「毒(ドゥ)」は、中国発のアプリで、スニーカーに特化した売買プラットフォーム。MAU(月間ユーザー)は800万人を超えており、運営企業の時価総額は約450億円にも達する。米国にもスニーカー転売市場の「StockX」が存在しており、すでにスニーカーの販売・転売はグローバル・ビジネスになっているが、人口14億人を抱える中国はその規模とお金の流入量で桁がちがう。

 一度聞いたら、忘れられない名前のメード・イン・チャイナのアプリがある。その名も「毒(ドゥ)」だ。

 これは現在、中国で大流行しているスニーカーを売買する専用プラットフォームだ。ここに毎月800万人ものユーザーが集まっては、まるで中毒者のように夢中になってスニーカーをあさっている。

 何せ人口14億人を抱えている中国だ。洗練されたファッションによって、自分は特別だとアピールするためには、手間やお金を惜しまない。

 中でも入手が難しい、希少な限定品のスニーカーは、若者がファッションでマウンティングするには格好のアイテムだ。中には1足あたり数十万円のプレミア価格で売買されている、レアシューズもある。

 自身も「毒」のヘビーユーザーであり、スニーカーが大好きだという北京在住の夏目英男さん(23)はこう語る。

「中国のスニーカー熱は、半端じゃありません。希少なスニーカーは高く転売できるため、多くの人が投資する“株式”のような存在になっています」
 例えば、ナイキの人気スニーカーである「エアジョーダン1」が、カリスマ的な人気を誇るストリートブランドのOFF-WHITE(オフホワイト)とコラボレーションしたことで生まれた1足。定価は1499元(約2万3700円)だが、現在の相場価格は2万8000元(約44万2300円)まで高騰している。

 また世界的なラッパーのカニエ・ウェストが、アディダスと一緒に作ったスニーカーブランド「YEEZY BOOST(イージーブースト)」も価格は急上昇。クラブなど暗い場所で光るようにデザインされている限定品は、1足あたり20万円前後の価格がついている。

「それでも、周囲から『あいつのスニーカーはカッコいいな』と言われたいじゃないですか(笑)。履いているスニーカーで、オシャレ度がわかりますから」(夏目氏)

 そこまで高価ではなくても、定価の1.5~2倍ほどのプレミア価格で売り買いするのは日常茶飯事だ。だから中国全土のスニーカーファンたちは、この毒をチェックして、1足4万円、5万円という金額を払って買うようになっている。

 人気があるのはナイキやイージーブースト、アディダス、コンバースなどの希少スニーカーに加えて、シュプリーム、オフホワイトなどのストリートブランドだ。

 ちなみにアプリ上では、こうした希少なスニーカーの取引価格が、どのように推移しているかも見ることができる。

 夏になれば、青色や白色などの爽やかなカラーリングの商品の値段が上がる。また希少スニーカーであっても、再販売されることが決まれば値段は下がる。まさに生の「スニーカー相場」だ。

 そしてバイヤーと呼ばれるプロたちは、こうした希少なスニーカーを大量に仕入れて、自社倉庫などに在庫を抱えており、それを高く売ることで利益を出しているわけだ。

 彼らは希少スニーカーを販売するナイキやアディダスなどの公式サイトの「抽選販売」を当てるため、ハッキングすれすれのソフトウェアを活用している業者なども発生。いたちごっこのような状況が続いているのだという。

 この毒(運営会社:上海识装信息科技)が生まれたのは、中国ならではのユニークな背景がある。

 それは、スポーツ関連のネット掲示板「虎扑」にさかのぼる。その運営者はスニーカー関連のネット掲示板の中で、ブランドの偽物を見破ることができるユーザーが、人気者になっている事象に目をつけた。

 中国では、人気ブランドの商品はすぐに偽物が出回ってしまう。

 そこで2015年、彼らは高級な希少スニーカーが本物か偽物か、専門家によって「真贋判定」するというサービスを思いつく。そのような鑑定機能を持ったスニーカーの売買プラットフォームを築き上げて、そこでなかなか手に入らないレアスニーカーなどを、安心して取引できるようにしたのだ。

 この仕組みが、革命的だった。これまでに真贋判定を受けたスニーカーは、2000万足以上に上るといわれている。それだけの取引量が生まれているのだ。

 毒の出品者たちは、自分が売りたい未使用のスニーカーを、まず運営側に発送する(任意)。そこで外箱からスニーカー本体まで、専門家のチェックを受けた上で、本物であれば「証明書」を受け取ることができる。

 1足あたり数万円から数十万円するスニーカーの価格を考えれば、このチェックサービスは役に立つ。そして毒は、自らのプラットフォーム上の売買時に手数料を取ることで利益を上げている。

 ちなみに中国においては、女子のスニーカー熱も負けてはいない。「毒」は男性ユーザーがとても多いことで知られているが、競合アプリである「nice(ナイス)」などでは、たくさんの女性たちが自慢のスニーカーを披露しあっている。

 そして欲しくなったら、まるで株価チャートのようなスニーカーの価格推移をチェックしながら、ここぞというタイミングで購入することになるのだ。

 こうしたスニーカー特化型の人気アプリが、中国にはいくつもあるのだ。

「自分、イージーブーストは6足持っているんですよ。先日も近々入る予定のアルバイト代を見越して、1足5万円以上で買ったばかり。毒のアプリを使っていると、本当の中毒者になってしまうんですよ」

 そう語ってくれた夏目氏だが、中国のジェネレーションZ世代(2000年~2010年に生まれた世代)たちは、まだまだレアスニーカーにカネを使いそうだ。

 実は毒のアプリ上では、毎月6~7回にわたって、限定スニーカーを無料でプレゼントするという「抽選会」をユーザーに向けてやっている。もちろん倍率は高いのだが、もらえるものは、もらっておきたい。

 実はここにも、仕掛けがしてある。毒のユーザーがもし、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などでこうした抽選会のお知らせをシェアすると、抽選に複数回チャレンジすることができるようになるのだ。

 スニーカー中毒者が、さらなるスニーカー中毒者を増やす。そんな成長サイクルによって、運営会社である上海识装信息科技の企業価値は30億元(約450億円)に。今や中国のポテンシャルユニコーン企業と呼ばれている。

 思えば中国ではつい先月に、ユニクロと米ニューヨークのデザイナー「カウズ(KAWS)」とのコラボレーション商品が発売されて、各地のユニクロ店舗では狂ったような奪い合いが起きたことが記憶に新しい。

 また私の会社オフィスの目と鼻の先にある「コム・デ・ギャルソン」の店舗でも、数量限定のTシャツなどを買うために、ものすごい人数の中国人が行列をしている光景をよく見かけるのだ。

 レア物、限定物、希少物。こうしたアイテムを求める中国人たちのエネルギーは、世界中のファッションブランドを巻き込みながら、しばらく尽きることがなさそうだ。(月刊サイゾー8月号より)

文・写真/後藤直義(ごとう・なおよし)

1981年生まれ。青山学院大学文学部卒。毎日新聞社、週刊ダイヤモンドを経て、2016年4月にソーシャル経済メディア『NewsPicks』に移籍し、企業報道チームを立ち上げる。グローバルにテクノロジー企業を取材し、著書に『アップル帝国の正体』(文藝春秋)など。

アイドルがリアルを歌う本当の理由 逃げ道を作らねば発売できず! 平成以降のアイドルと反戦歌

――「無駄な血を流す必要はない」「悲しみは未来永劫、連鎖する」「戦争をやめよう」――こうした反戦を歌った曲を耳にしてきた読者は多いだろう。しかし、そのような反戦歌は、令和を迎えた現在でも、絶対数こそ少ないものの存在する。本稿では平成以降に「アイドルが歌ってきた反戦歌」の内情を探ってみた。

◇ ◇ ◇

 取材に協力してくれた制服向上委員会の橋本美香氏(現在はグループ名誉会長)。反戦を歌い、東日本大震災後には「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」などを発表。現在は現役メンバー不在のため、OGメンバーが主体となって活動を行っている。

 1960年代後半、ベトナム戦争をきっかけに世界中へと広まっていった反戦歌ムーブメント。日本でもフォークシンガーを中心に数多くの反戦歌が生まれ、その流れは反核や反原発などをテーマにしたプロテストソングへと表現の幅を広げながら、ロックミュージシャンらによって引き継がれていった。しかし平成以降、日本のポップシーンにおいて反戦歌のようなメッセージソングは激減する。それはいったいなぜか? メジャーレコード会社に勤務するスタッフA氏は、次のような見解を述べる。

「90年代に入るまではフォークやロックに限らず、あらゆるジャンルのアーティストが反戦の意を歌に託していたと思います。しかし、次第にメジャーのレコード会社は政治的な摩擦を起こす曲の発売に消極的になっていった。また、楽曲として完璧なものを作り上げられる自信がない、という潜在的な意識がアーティスト側にもあるのだと思います。音楽は今も昔も変わらず“聴く者の心を揺さぶる”ものですが、昔と今ではアーティストのアイデンティティの差も大きく、平成以降の音楽は、よりエンタメとしての側面が強まったことも要因ではないでしょうか」

 とはいえ、決して数こそ多くないが、平成に入ってもメジャーでも反戦歌はリリースされており、その担い手として「アイドル」に白羽の矢が立てられた。例えば、SMAP「Triangle」(05年)をはじめ、AKB48「僕たちは戦わない」(15年)、けやき坂46「NO WAR in the future」(18年)などが挙げられ、隠喩を含む歌詞の内容などから見ても、反戦のメッセージが込められていることは明らかだ。しかし、送り手側がおおっぴらに“反戦歌”と明言することは、ほぼない。

「レコード会社が反戦を歌うことをNGにしているわけではないんですが、仮に反戦歌だと思われたとしても、『反戦を歌っているように聞こえるが、そうでないと言われれば戦争の歌ではない』という“逃げ道”を作る風習は昔からあるんです」(A氏)
 そんな逃げ道ありきの作品をリリースするメジャーのアイドルグループに対して、インディというフィールドにて、数々のストレートな社会的メッセージソングを歌ってきたのが、92年に結成され、ポニーキャニオンからデビューしたアイドルグループ〈制服向上委員会〉(以下、SKi)だ。AKB48グループが登場する遥か昔、女子高生の制服を衣装に取り入れた先駆者でもある彼女たちは数々の社会運動への参加でも知られ、「戦争と平和」など反戦歌も多数発表している。本稿ではSKiのプロデューサーである高橋廣行氏と、グループの3期生としてデビューし、現在は同グループの名誉会長である橋本美香氏に話を聞き、アイドルが歌う反戦歌の意義と、その内情を聞いていこう。

「制服向上委員会は既存のアイドルとは一線を画す、自分たちの想いや考えを主張する欧米型のアイドルに育てたかった」――そうグループのコンセプトを説明した高橋氏。確かに欧米のアイドルたちは、物怖じすることなく楽曲やメディアで堂々と政治的な発言もすれば、国そのものの批判も平然と行う。そうした例に倣うべく、「主張するアイドル」としてデビューしたSKiは、ライブと並行しボランティア活動なども積極的に行う。その方針に惹かれ、オーディション雑誌を見てメンバー募集に応募したのが橋本氏だ。

「私が加入したのはグループ結成3年目で、すでに地震被災地の支援活動やユニセフ、WWF(世界自然保護基金)への募金などもしていました。ただ慈善事業を行うだけでなく、メッセージを発信するからには、自分たちでしっかり学び、現状を把握することも大切な活動の一環でした」(橋本氏)

 地球への愛を歌うことも広義での社会的なメッセージソングであるが、そこから反戦など、よりストレートなテーマを扱うようになったのは、99年にグループでベトナムを訪れたことが転機だと話す。

「戦争は多くの命を奪うだけでなく、その後も悲しみはずっと続く。ベトナムに訪れた数年後にはイラク戦争が起き、そのあたりからストレートなメッセージソングが増えていったと思います」(橋本氏)

 その一例が05年にリリースされたPANTA、中川五郎とのユニットで、憲法9条をテーマにした反戦歌「理想と現実」だ。ロック/フォーク界の大御所とアイドルという、かなり異色なコラボだが、メッセージ性が強くなっていくことで、ファンや周囲からさまざまな反応があったという。

「レコード会社からは『摩擦を避けたい』と言われ、一部のファンからは『アイドルなんだから可愛いだけでいい。危ないことはしないでほしい』と言われたことも」(高橋氏)

 橋本氏も「日常の延長の感覚で」発したメッセージには、自分たちの予想を超える大きな反響があり、イベント出演時に特定の曲(主に反原発をテーマにした曲)を歌わないように要請があったり、時には出演自体がキャンセルになったりしたこともあったと話す。

「その傾向は70年代の大学紛争終了後から顕著であり、(レコード会社は)社会やメディアから反発を買うようなことは一切避けるようになったんです」(高橋氏)

 つまり、社会的摩擦を起こさず、エンタメとして昇華するには、メジャーでの“直接的な反戦歌”は煙たがられてしまうため、制服向上委員会の活動の舞台は、インディへと移らざるを得なかったのだ。

 SMAPが05年に発表したシングル「Triangle」は、ファンの間でも「平和を祈る反戦ソング」として愛されている。当の本人たちは、それをわかって歌っていたのかが気になるところ。

 前述したAKB48「僕たちは戦わない」が発売された15年は、奇しくも国会では戦争法案の審議中。明らかに矢面に立たされそうな雰囲気も感じられたが、「発売初日で売上枚数147万枚!」という、ありきたりのニュースがネットを騒がせた程度であった。

「レコード会社としては、反戦歌であることのイメージを与える販売促進はしません。平和を祈願する前向きな曲であった場合、それは日常生活へ対する考えとも取れますし、戦争を連想させるワードが散見された場合は、その言葉を抜き出したプロモーションもしないのがほとんどです。『僕たちは戦わない』は、『これは反戦歌では?』と一部ネットで話題になりましたが、炎上すれば静観する、もしくは逃げ道を説明する。評価されれば、『そうした側面も持ち合わせているかもしれない』という言葉を残しておけばいい。今の日本におけるアイドル、ひいてはアーティストが歌う反戦歌との距離の保ち方は、そのようなスタンスではないでしょうか」(A氏)

 アイドルが反戦を歌う、社会的メッセージを歌う意義とは、いったい何なのだろうか?

「戦争はもちろん、原発事故による放射線被害でも、当事者は国や社会に対して意見を述べられますが、第三者は静観するケースが多い。しかし、アーティストは創造性を持って、あらゆるテーマに意見を持ち、メッセージを発信していかなければならない。それがたとえアイドルという形態であっても、歌で表現することが自然であると私は考えています」(高橋氏)

 SKiのような「主張するアイドル」は、楽曲や活動を通じてメッセージを発信し続けている。継続は力なり――いつか、日本にもエンタメという側面を生かした、物怖じせぬアイドルが誕生するのかもしれない。(月刊サイゾー9月号『新・戦争論』より)

国家に狙われたストリート・ギャング! ニプシー・ハッスルの死去から見る「米ヒップホップの司法戦争」

――ストリートから誕生したヒップホップは、時代と共に成長し、エンタメに特化したパーティチューンから、真っ向から社会を批判するプロテストソングまで、形態は多種多様だ。本稿では、アメリカのひとりのラッパーの死去を軸に、ヒップホップとラップ、ひいては黒人が自国と向き合ってきた闘争史を振り返っていきたい。

◇ ◇ ◇

 アメリカのラップ/ヒップホップ、あるいはストリート界隈の「戦争」という話になると、どうしてもストリート・ギャング間の抗争を思い浮かべてしまうかもしれない。ストリート・ギャング界隈からデビューしたラッパーも決して少なくないし、有名になってから、彼らとお近づきになった2パックのような事例もある。しかも、その2パックの命を奪った1996年の銃撃事件の背景について語ろうとするなら、ストリート・ギャングの存在を抜きにすることはできない。

 2019年3月末日、ニプシー・ハッスルというラッパーが、カリフォルニア州サウス・ロサンゼルスに位置し、自ら経営する「マラソン・クロージング」の店舗駐車場で撃ち殺された、という悲報が駆け巡った。そのわずか2カ月ほど前、候補者としてグラミー授賞式に出席していたとはいえ、ニプシーは――例えば、生前の2パックに比べたら――知名度もセールスも格段に低い。コアなラップリスナーの間でさえ、「ストリート・ギャングあがり」、あるいは「彼らと太い絆で結ばれているラッパー」という認識が大半を占めていたようだった。

 ロスには1960年代から「クリップス」と「ブラッズ」というストリートギャングの2大派閥が存在している。ニプシーがつるんでいたのは、クリップス側の〈ローリン60ズ〉というセット(組)だった。76年から活動を始めた彼らは、90年代末から00年代初頭にかけて、ロスでもっとも多くの構成員を擁するまでに成長した。85年生まれのニプシーは、14歳で家を出てローリン60ズに入ったというから、構成員数のピーク時だ。そして、ラッパーとしては05年末から本格的に始動し、その3年後にはメジャーレーベルと契約することになる。

 そんなわけで、彼の死に関する一報を耳にした瞬間、「やはりギャング絡みなのか」と勝手に結論づけてしまった者も少なくなかったようだ。ただし、ラッパー以外の彼の姿を知る人たちにとって、その実像は違ったようだ。ロス在住で、9月中旬に発売される『ギャングスター・ラップの歴史』(ソーレン・ベイカー著/DU BOOKS)の翻訳を担当した塚田桂子氏は次のように話す。

「ニプシーは、とにかく地元の人たちに慕われ、愛されていました。ラップだけでなくビジネス面でも卓越した人物で、読書家、行動派、クリップスとの関連を公言しながらも、(ギャングの)派閥の違いを超えて兄弟愛を育んでいた人物といった印象が強いです」

「ある時、ニプシーに読むべき本はあるかと訪ねたら、『Three Magic Words』という本を薦められた」と塚田氏は生前の彼を振り返る。

「彼は売れるようになってから、ショッピングモールの一店舗で自身のアパレルショップ(マラソン・クロージング)を始めたんです。彼はラップで儲けた金を地元に投資し続けたことでも有名で、アパレル以外にも魚屋、床屋、コワーキング・スペース(共同で仕事をする場所)やインナーシティの子どもたちが学ぶためのSTEMセンターなど、とにかく地元のために貢献しました。しかし、ゲットーには彼の成功やポジティブなイメージ、行動を称賛する人もいれば、少なからず妬む人たちもいた。おそらくその後者によって彼の命が奪われてしまったことは、本当に残念です」

 事件発生後に伝えられたニプシーに関する報道内容は、ネガティブなギャング絡みではなく、塚田氏が話してくれた通り、地元経済の発展に寄与していた起業家であり、青少年育成に関わる社会活動家としての面に焦点が当てられていた。彼は生前、AP通信社による取材の際、次のように話していた。

「俺が育ったのは、ロサンゼルスのサウスセントラル。要はギャングカルチャー出身。だから刑事司法制度に対処することは多かった。俺たちが直接目にしたのは、司法による懲役期間の引き延ばしや不公平な保護観察などだった。そのうち刑事司法制度の是正に向け、ほんの少しでも公正なものに変えようと尽力している人たちを目にした。それは重要な課題だと思うし、俺たちが全力でサポートすべき重要な活動なんだ」

 またニプシーは「ワーズアンケイジド(Words Uncaged)」という活動の諮問委員としても関わっていた。これは、終身刑で服役中の受刑囚本人だけでなく、(凶悪)犯罪者の烙印を押すことですべてを片付けてしまいがちな刑務所の外の人間たちも含め、受刑囚に人間性を取り戻させることを目的としている。そのひとつの手段として、受刑囚自身が話し言葉、あるいは書き言葉を通じて、自分について表現できるように支援しているのだ。自らについて表現することで、当人でさえそれまでよくわかっていなかった犯罪の遠因(虐待された過去や家庭環境の事情など)に気づかせることができる。同時に、そうした表現が犯罪者に対する、ある種、偏見に満ちた見方を改めるきっかけにもなり、塀の中から出られない受刑囚に、人間性を取り戻させる機会を与えることにもなる。それが「檻から解き放たれた言葉=ワーズアンケイジド」と名付けられたゆえんだろう。

 ニプシー自身もまた、言葉で表現するラッパーを生業にした時点で、自分が本当に戦わねばならない相手が、自分たちの縄張りに食い込もうとする他のセットの若者たちなどではないことを確信したのではないだろうか。もちろん、刑事司法制度の問題点に気づいたラッパーはニプシーだけではない。塚田氏は次のように説明する。

「刑事司法は警察制度にも深く関わってきますが、刑事司法制度や警察の蛮行に対する不平、不満を綴ったラップはたくさんあります。例えば、2パック『2Pacalypse Now』(91年)をはじめ、デッド・プレズ『Police State』(98年)、プライズ『100 Years』(07年)、ケンドリック・ラマーの『Jason Keaton & Uncle Bobby』(09年)など、『奴隷制度の形を変えたものが刑務所』という解釈も、アフリカン・アメリカンのコミュニティでは広く認識されているのです」

 さて、この統計結果を知ったらストリートの事情に疎くとも、異常な事態であることに誰もが気づくはずだ。それは、全世界の収監者数の5分の1がアメリカ合衆国内に収監されている、ということ。なぜなら、非常に軽微な犯罪でも刑務所送りにされてしまう「大量投獄」が行われているからである。そこに大いに疑問を持った女性映画監督のエヴァ・デュヴァネイは、16年にドキュメンタリー映画『13th -憲法修正第13条-』(Netflixで配信)を発表する。タイトルとなったのは、アメリカ合衆国憲法の修正条項のひとつで、公式に奴隷制を廃止し、奴隷制禁止の継続などを謳っている。デュヴァネイは、現実には修正第13条などお構いなしで、「黒人がいまだに奴隷扱いされているから大量投獄が続いているのでは」と考えたのである。

 映画では、まずリチャード・ニクソン大統領(第37代アメリカ合衆国大統領)が70年に掲げた「犯罪との戦争」および「ドラッグとの戦争」(日本では「麻薬戦争」なる訳語が与えられている)の欺瞞を暴く。ニクソンは「法と秩序」を守るというのを名目に、少しでも法に抵触したら、すぐに逮捕。そして刑務所送りにする強硬路線を敷く。統計を見ても、70年から刑務所人口は急激に増加する。ところが映画では、彼の大統領顧問官の言葉を引用し、ニクソンが「68年の選挙期間中から、左翼の反戦活動家と黒人を嫌い」、前者に重なる「ヒッピーにはマリファナ、黒人にはヘロインのイメージを定着させ、両者を犯罪に結びつけてコミュニティを破壊しよう」と発言していたと明かすのであった。

 表向きは犯罪、あるいはドラッグに宣戦布告としながら、実際には人種差別政策に限りなく近かった。黒人に公民権を与えたことが間違いだとさえ思っていた。それに対して、ニプシーは自分たちにとって真の敵の正体――自分たちに向けて「戦争」が仕掛けられていたことがわかっていたのだ。そして「ドラッグとの戦争」を継続したロナルド・レーガン(第40代アメリカ合衆国大統領)政権下の84年から90年にかけて、全米はおびただしい量のクラックが蔓延する未曾有の問題に直面する。クラックは、それまでの粉末コカインに比べ、純度が高く安価であったことから大量に出回ったとされるが、そもそも大量のコカインが米国内に継続的に密輸入されなければ供給できない。米国家がコカインの国内への密輸入を、国ぐるみで手助けしていた事実が明るみに出たのだった。

 さらに米国は85年、イラン・イラク戦争のさなか、イランのアメリカ大使館で人質にとられたアメリカ人を救うため、実行犯のヒズボラ(レバノンのシーア派イスラム主義の政治/武装組織)の後ろ楯だったイランに武器供与を約束。これには裏があり、その売り上げの一部(あるいは武器)を、当時内戦中のニカラグアで米国が支援していた反共組織〈コントラ〉に渡すのが真の目的だった。驚くべきことに、ニカラグアで武器を下ろし、空となった米国の輸送機を隠れ蓑にコカインの密輸が行われ、その大口の窓口をロサンゼルスとし、ストリート・ギャングに卸したのだった。それによって、黒人コミュニティを中心に、まさに飛ぶように売れたクラックの販売網の縄張り争いが一気に激化し、数多くのギャングが命を落としていった。

 こうした経緯を踏まえ、「国家が黒人コミュニティを壊滅させるためにクラックを流通させたのではないのか?」という見方さえ出てきた。つまり、レーガン政権が行っていたのは、他国の「戦争」を援助しながら、国が関与する形でドラッグを輸入し、黒人コミュニティで「戦争」を起こさせつつ、「ドラッグとの戦争」を呼びかけるマッチポンプだったのだ。

 このイランとコントラをめぐる不正を暴く裁判が進められていた89年4月、ニューヨークのセントラルパークでは「ジョガー強姦致傷事件」が発生する。ほどなくしてニューヨーク市警は、14歳から16歳の5人の少年(4人が黒人、ひとりはヒスパニック)を容疑者として拘束。現アメリカ大統領で、当時不動産王だったドナルド・トランプは、新聞4紙の一面を買い取り、「死刑復活、警察復権」と大見出しを打ち、「彼らに恐怖を与えるしかない」と、事件に関する意見広告を出した。その後、裁判を経て、懲役6年から13年の実刑判決が下され、彼らは刑に服した。当時のニューヨークは、犯罪率がかなり高く疲弊していたとはいえ、20年前の「犯罪との戦争」の時代から変わっていなかった。
ところが02年、事態は急変。別件で服役中だった真犯人がボロを出し、正式に犯人に断定されたのだ。では、冤罪で人生を奪われた5人の少年は、警察に何を取り調べられたのか? そんな不当逮捕や自白の強要に始まり、刑事司法制度の危険性を暴いたのが、『13th -憲法改正第13条 -』に続く作品として、デュヴァネイが監督した『ボクらを見る目』(19年)だ。前作同様Netflixで配信されると、同社の最高記録を塗り替える視聴数を記録。この事件の30年後、まさかトランプが大統領に就任するなど誰も想像していなかっただろう。

 全編で約5時間ほどあるドラマが終了すると、画面から聞こえてくるのは、なんとニプシー・ハッスルの「Picture Me Rollin」(16年)だ。デュヴァネイ監督は彼の葬儀で追悼の意を述べたとはいえ、まさかドラマのエンディングで彼の曲を耳にするとは思わなかった。しかも曲名には「この先の俺の活躍を見てろよ」という意味も込められている。ニプシーは夢なかばで逝ってしまったが、デュヴァネイが刑事司法問題の是正推進について、間違いなくその遺志を継いでくれるに違いない。そして来年には、『13th – 憲法改正第13条 -』『ボクらを見る目』とは別の角度から刑事司法制度にメスを入れた作品が発表されることにもなっている。アメリカ合衆国の市民の「平和」を守るため、ラップ/ヒップホップ、ひいては黒人は、ニクソンが仕掛けた「戦争」に負けてはいられないのだ。

(文/小林雅明)
(協力/塚田桂子)

 1990年代中期、アメリカのヒップホップ黄金期を語る上で、決して避けて通ることのできない、ラッパーのザ・ノトーリアス・B.I.G.(ビギー・スモールズ)と2パックのビーフ(諍い)を軸とした「東西抗争」(2人ともこの抗争によって銃殺されている)。言わば東西抗争は、ビギーと2パックのみならず、「東海岸 vs 西海岸」のラッパーや関係者をも含めた戦争であり、本誌でも幾度となく紹介してきたが、ここにきてビギーの元妻であるフェイス・エヴァンスが貴重な発言を残しているので紹介したい。

「実際に過去を振り返ってみても、本当はビーフなんてなかったのよ。だって、私たちの仲間内でビーフなんてものを感じたことはなかったもの。ビッグ(ビギー)自身、個人間のビーフを感じていなかったし、私自身としては、東西抗争はメディアがでっち上げたものだと思っているわ。しかも、受け手はそういうふうに煽られてしまったら、その理屈しか知り得ないものなのよ。人は同じ情報を繰り返し与えられると、それに慣れてしまうから。実際にその立場になって、その生活を見た者でない限り、わからないことだと思うわ」(17年に塚田桂子氏が行ったインタビューより引用)

 ビギーが死去した97年から早22年。フェイスは再婚し、幸せな家庭を築いているが、なぜ今ごろになって「東西抗争はなかった」と述べたのか。いまだに未解決事件なだけに、その謎はより一層、深まるばかりだ。(月刊サイゾー9月号『新・戦争論』より)

国家に狙われたストリート・ギャング! ニプシー・ハッスルの死去から見る「米ヒップホップの司法戦争」

――ストリートから誕生したヒップホップは、時代と共に成長し、エンタメに特化したパーティチューンから、真っ向から社会を批判するプロテストソングまで、形態は多種多様だ。本稿では、アメリカのひとりのラッパーの死去を軸に、ヒップホップとラップ、ひいては黒人が自国と向き合ってきた闘争史を振り返っていきたい。

◇ ◇ ◇

 アメリカのラップ/ヒップホップ、あるいはストリート界隈の「戦争」という話になると、どうしてもストリート・ギャング間の抗争を思い浮かべてしまうかもしれない。ストリート・ギャング界隈からデビューしたラッパーも決して少なくないし、有名になってから、彼らとお近づきになった2パックのような事例もある。しかも、その2パックの命を奪った1996年の銃撃事件の背景について語ろうとするなら、ストリート・ギャングの存在を抜きにすることはできない。

 2019年3月末日、ニプシー・ハッスルというラッパーが、カリフォルニア州サウス・ロサンゼルスに位置し、自ら経営する「マラソン・クロージング」の店舗駐車場で撃ち殺された、という悲報が駆け巡った。そのわずか2カ月ほど前、候補者としてグラミー授賞式に出席していたとはいえ、ニプシーは――例えば、生前の2パックに比べたら――知名度もセールスも格段に低い。コアなラップリスナーの間でさえ、「ストリート・ギャングあがり」、あるいは「彼らと太い絆で結ばれているラッパー」という認識が大半を占めていたようだった。

 ロスには1960年代から「クリップス」と「ブラッズ」というストリートギャングの2大派閥が存在している。ニプシーがつるんでいたのは、クリップス側の〈ローリン60ズ〉というセット(組)だった。76年から活動を始めた彼らは、90年代末から00年代初頭にかけて、ロスでもっとも多くの構成員を擁するまでに成長した。85年生まれのニプシーは、14歳で家を出てローリン60ズに入ったというから、構成員数のピーク時だ。そして、ラッパーとしては05年末から本格的に始動し、その3年後にはメジャーレーベルと契約することになる。

 そんなわけで、彼の死に関する一報を耳にした瞬間、「やはりギャング絡みなのか」と勝手に結論づけてしまった者も少なくなかったようだ。ただし、ラッパー以外の彼の姿を知る人たちにとって、その実像は違ったようだ。ロス在住で、9月中旬に発売される『ギャングスター・ラップの歴史』(ソーレン・ベイカー著/DU BOOKS)の翻訳を担当した塚田桂子氏は次のように話す。

「ニプシーは、とにかく地元の人たちに慕われ、愛されていました。ラップだけでなくビジネス面でも卓越した人物で、読書家、行動派、クリップスとの関連を公言しながらも、(ギャングの)派閥の違いを超えて兄弟愛を育んでいた人物といった印象が強いです」

「ある時、ニプシーに読むべき本はあるかと訪ねたら、『Three Magic Words』という本を薦められた」と塚田氏は生前の彼を振り返る。

「彼は売れるようになってから、ショッピングモールの一店舗で自身のアパレルショップ(マラソン・クロージング)を始めたんです。彼はラップで儲けた金を地元に投資し続けたことでも有名で、アパレル以外にも魚屋、床屋、コワーキング・スペース(共同で仕事をする場所)やインナーシティの子どもたちが学ぶためのSTEMセンターなど、とにかく地元のために貢献しました。しかし、ゲットーには彼の成功やポジティブなイメージ、行動を称賛する人もいれば、少なからず妬む人たちもいた。おそらくその後者によって彼の命が奪われてしまったことは、本当に残念です」

 事件発生後に伝えられたニプシーに関する報道内容は、ネガティブなギャング絡みではなく、塚田氏が話してくれた通り、地元経済の発展に寄与していた起業家であり、青少年育成に関わる社会活動家としての面に焦点が当てられていた。彼は生前、AP通信社による取材の際、次のように話していた。

「俺が育ったのは、ロサンゼルスのサウスセントラル。要はギャングカルチャー出身。だから刑事司法制度に対処することは多かった。俺たちが直接目にしたのは、司法による懲役期間の引き延ばしや不公平な保護観察などだった。そのうち刑事司法制度の是正に向け、ほんの少しでも公正なものに変えようと尽力している人たちを目にした。それは重要な課題だと思うし、俺たちが全力でサポートすべき重要な活動なんだ」

 またニプシーは「ワーズアンケイジド(Words Uncaged)」という活動の諮問委員としても関わっていた。これは、終身刑で服役中の受刑囚本人だけでなく、(凶悪)犯罪者の烙印を押すことですべてを片付けてしまいがちな刑務所の外の人間たちも含め、受刑囚に人間性を取り戻させることを目的としている。そのひとつの手段として、受刑囚自身が話し言葉、あるいは書き言葉を通じて、自分について表現できるように支援しているのだ。自らについて表現することで、当人でさえそれまでよくわかっていなかった犯罪の遠因(虐待された過去や家庭環境の事情など)に気づかせることができる。同時に、そうした表現が犯罪者に対する、ある種、偏見に満ちた見方を改めるきっかけにもなり、塀の中から出られない受刑囚に、人間性を取り戻させる機会を与えることにもなる。それが「檻から解き放たれた言葉=ワーズアンケイジド」と名付けられたゆえんだろう。

 ニプシー自身もまた、言葉で表現するラッパーを生業にした時点で、自分が本当に戦わねばならない相手が、自分たちの縄張りに食い込もうとする他のセットの若者たちなどではないことを確信したのではないだろうか。もちろん、刑事司法制度の問題点に気づいたラッパーはニプシーだけではない。塚田氏は次のように説明する。

「刑事司法は警察制度にも深く関わってきますが、刑事司法制度や警察の蛮行に対する不平、不満を綴ったラップはたくさんあります。例えば、2パック『2Pacalypse Now』(91年)をはじめ、デッド・プレズ『Police State』(98年)、プライズ『100 Years』(07年)、ケンドリック・ラマーの『Jason Keaton & Uncle Bobby』(09年)など、『奴隷制度の形を変えたものが刑務所』という解釈も、アフリカン・アメリカンのコミュニティでは広く認識されているのです」

 さて、この統計結果を知ったらストリートの事情に疎くとも、異常な事態であることに誰もが気づくはずだ。それは、全世界の収監者数の5分の1がアメリカ合衆国内に収監されている、ということ。なぜなら、非常に軽微な犯罪でも刑務所送りにされてしまう「大量投獄」が行われているからである。そこに大いに疑問を持った女性映画監督のエヴァ・デュヴァネイは、16年にドキュメンタリー映画『13th -憲法修正第13条-』(Netflixで配信)を発表する。タイトルとなったのは、アメリカ合衆国憲法の修正条項のひとつで、公式に奴隷制を廃止し、奴隷制禁止の継続などを謳っている。デュヴァネイは、現実には修正第13条などお構いなしで、「黒人がいまだに奴隷扱いされているから大量投獄が続いているのでは」と考えたのである。

 映画では、まずリチャード・ニクソン大統領(第37代アメリカ合衆国大統領)が70年に掲げた「犯罪との戦争」および「ドラッグとの戦争」(日本では「麻薬戦争」なる訳語が与えられている)の欺瞞を暴く。ニクソンは「法と秩序」を守るというのを名目に、少しでも法に抵触したら、すぐに逮捕。そして刑務所送りにする強硬路線を敷く。統計を見ても、70年から刑務所人口は急激に増加する。ところが映画では、彼の大統領顧問官の言葉を引用し、ニクソンが「68年の選挙期間中から、左翼の反戦活動家と黒人を嫌い」、前者に重なる「ヒッピーにはマリファナ、黒人にはヘロインのイメージを定着させ、両者を犯罪に結びつけてコミュニティを破壊しよう」と発言していたと明かすのであった。

 表向きは犯罪、あるいはドラッグに宣戦布告としながら、実際には人種差別政策に限りなく近かった。黒人に公民権を与えたことが間違いだとさえ思っていた。それに対して、ニプシーは自分たちにとって真の敵の正体――自分たちに向けて「戦争」が仕掛けられていたことがわかっていたのだ。そして「ドラッグとの戦争」を継続したロナルド・レーガン(第40代アメリカ合衆国大統領)政権下の84年から90年にかけて、全米はおびただしい量のクラックが蔓延する未曾有の問題に直面する。クラックは、それまでの粉末コカインに比べ、純度が高く安価であったことから大量に出回ったとされるが、そもそも大量のコカインが米国内に継続的に密輸入されなければ供給できない。米国家がコカインの国内への密輸入を、国ぐるみで手助けしていた事実が明るみに出たのだった。

 さらに米国は85年、イラン・イラク戦争のさなか、イランのアメリカ大使館で人質にとられたアメリカ人を救うため、実行犯のヒズボラ(レバノンのシーア派イスラム主義の政治/武装組織)の後ろ楯だったイランに武器供与を約束。これには裏があり、その売り上げの一部(あるいは武器)を、当時内戦中のニカラグアで米国が支援していた反共組織〈コントラ〉に渡すのが真の目的だった。驚くべきことに、ニカラグアで武器を下ろし、空となった米国の輸送機を隠れ蓑にコカインの密輸が行われ、その大口の窓口をロサンゼルスとし、ストリート・ギャングに卸したのだった。それによって、黒人コミュニティを中心に、まさに飛ぶように売れたクラックの販売網の縄張り争いが一気に激化し、数多くのギャングが命を落としていった。

 こうした経緯を踏まえ、「国家が黒人コミュニティを壊滅させるためにクラックを流通させたのではないのか?」という見方さえ出てきた。つまり、レーガン政権が行っていたのは、他国の「戦争」を援助しながら、国が関与する形でドラッグを輸入し、黒人コミュニティで「戦争」を起こさせつつ、「ドラッグとの戦争」を呼びかけるマッチポンプだったのだ。

 このイランとコントラをめぐる不正を暴く裁判が進められていた89年4月、ニューヨークのセントラルパークでは「ジョガー強姦致傷事件」が発生する。ほどなくしてニューヨーク市警は、14歳から16歳の5人の少年(4人が黒人、ひとりはヒスパニック)を容疑者として拘束。現アメリカ大統領で、当時不動産王だったドナルド・トランプは、新聞4紙の一面を買い取り、「死刑復活、警察復権」と大見出しを打ち、「彼らに恐怖を与えるしかない」と、事件に関する意見広告を出した。その後、裁判を経て、懲役6年から13年の実刑判決が下され、彼らは刑に服した。当時のニューヨークは、犯罪率がかなり高く疲弊していたとはいえ、20年前の「犯罪との戦争」の時代から変わっていなかった。
ところが02年、事態は急変。別件で服役中だった真犯人がボロを出し、正式に犯人に断定されたのだ。では、冤罪で人生を奪われた5人の少年は、警察に何を取り調べられたのか? そんな不当逮捕や自白の強要に始まり、刑事司法制度の危険性を暴いたのが、『13th -憲法改正第13条 -』に続く作品として、デュヴァネイが監督した『ボクらを見る目』(19年)だ。前作同様Netflixで配信されると、同社の最高記録を塗り替える視聴数を記録。この事件の30年後、まさかトランプが大統領に就任するなど誰も想像していなかっただろう。

 全編で約5時間ほどあるドラマが終了すると、画面から聞こえてくるのは、なんとニプシー・ハッスルの「Picture Me Rollin」(16年)だ。デュヴァネイ監督は彼の葬儀で追悼の意を述べたとはいえ、まさかドラマのエンディングで彼の曲を耳にするとは思わなかった。しかも曲名には「この先の俺の活躍を見てろよ」という意味も込められている。ニプシーは夢なかばで逝ってしまったが、デュヴァネイが刑事司法問題の是正推進について、間違いなくその遺志を継いでくれるに違いない。そして来年には、『13th – 憲法改正第13条 -』『ボクらを見る目』とは別の角度から刑事司法制度にメスを入れた作品が発表されることにもなっている。アメリカ合衆国の市民の「平和」を守るため、ラップ/ヒップホップ、ひいては黒人は、ニクソンが仕掛けた「戦争」に負けてはいられないのだ。

(文/小林雅明)
(協力/塚田桂子)

 1990年代中期、アメリカのヒップホップ黄金期を語る上で、決して避けて通ることのできない、ラッパーのザ・ノトーリアス・B.I.G.(ビギー・スモールズ)と2パックのビーフ(諍い)を軸とした「東西抗争」(2人ともこの抗争によって銃殺されている)。言わば東西抗争は、ビギーと2パックのみならず、「東海岸 vs 西海岸」のラッパーや関係者をも含めた戦争であり、本誌でも幾度となく紹介してきたが、ここにきてビギーの元妻であるフェイス・エヴァンスが貴重な発言を残しているので紹介したい。

「実際に過去を振り返ってみても、本当はビーフなんてなかったのよ。だって、私たちの仲間内でビーフなんてものを感じたことはなかったもの。ビッグ(ビギー)自身、個人間のビーフを感じていなかったし、私自身としては、東西抗争はメディアがでっち上げたものだと思っているわ。しかも、受け手はそういうふうに煽られてしまったら、その理屈しか知り得ないものなのよ。人は同じ情報を繰り返し与えられると、それに慣れてしまうから。実際にその立場になって、その生活を見た者でない限り、わからないことだと思うわ」(17年に塚田桂子氏が行ったインタビューより引用)

 ビギーが死去した97年から早22年。フェイスは再婚し、幸せな家庭を築いているが、なぜ今ごろになって「東西抗争はなかった」と述べたのか。いまだに未解決事件なだけに、その謎はより一層、深まるばかりだ。(月刊サイゾー9月号『新・戦争論』より)

【五所純子/ドラッグ・フェミニズム】売春婦かつ女衒だった少女・和日子と雛子にただよう覚醒剤の幻

――覚醒剤、コカイン、大麻、向精神薬……クスリに溺れる女たちを嗤うのはたやすい。だが、彼女らの声に耳を澄ませば、セックスやジェンダーをめぐる社会の歪みが見えてくる。これは、文筆家・五所純子による“女とドラッグ”のルポであり、まったく新しい女性論である。

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中学時代、雛子は援デリのビジネスを取り仕切ったが、卒業後はレディースの一員に。(写真/草野庸子)

 20歳の和日子と雛子はたがいを“古い友達”と紹介した。“親友”という言葉をそれとなく避けた。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、ともに過ごした日々はあまりに濃い。けれど、ふたりはそれを紐帯としない。親友、家族、兄弟、姉妹、マイメン、シスター、ソウルメイト、スパダチ、いくらでも言えそうなのに、ふたりして割り切ろうとする。含羞というには心が刺々しく、冷淡というには記憶が密々と絡みすぎている。

「きっかけは和日子」

「雛子がいなかったらクスリやってない。あの子はなんでもやる子だから」

 和日子と雛子はひとつの町に生まれ育った。再開発で高級住宅街のイメージに塗り替えられつつあるが、地名を聞けば“ガラの悪い町”と誰もが口をそろえる。「どっちにしろグレる気がしてた」「大学生とか見たことなかったし」「悪い見本しかなくて」「エグいことばっかで、記憶がちょいちょい潰れてる」。仕事帰りの和日子の瞼は重く、喘息もちの雛子はしきりに咳をする。

 工場の物流ラインで働く和日子の日々は規則正しい。平日は朝から夜まで働いて、週末が休息日。「毎日行くところがあるっていうのが支えです。けど、疲れきってくるとクスリを思い出してしまう。怖い」。雛子は露出度の高い衣装と淫猥なポーズで撮影されるモデル、いわゆる着エロの仕事を不定期で請ける。「15歳からやってるから、これが普通のグラビアだと思ってた。体見せるのは抵抗ない。他の仕事につながるかもしれないし、使える武器は使っとけって。クスリなんてもうやんないよ、くだらない」

 親のこと、家のこと、学校のこと、出会いのこと、遊びのこと、お金のこと、恋愛のこと、話の起点はいくらでもある。「クスリの話だよね」と取り仕切ったのは雛子だった。

「自分から手を出す奴なんていない。きっかけは必ず他人。最初は13歳のときに脱法ハーブ【註1】。あの頃は合法だったし安かったし、ウチらの町には“パイプ屋”も多かったから」

「駅前で遊んでたら男がナンパするのに持ってくる。遅かれ早かれクスリには出会ってた。そういう環境です」

「グレたのは中学のとき。よくある話だよ。弱い子をかばったら先輩とぶつかった。喧嘩したら仲間になった。不良のほうが正義感も仲間意識も強いって、当時は思ってた。援デリ【註2】始めたのは和日子が先だね」

「うん、13歳のとき。女の先輩から言われて、業者がまとめてるグループに入りました。先輩には逆らえないです。女の子を紹介すると業者から1~2万円もらえて、私はたくさん紹介したから、もう抜けさせてよって思ってました。雛子を紹介したのは私です」

「そう。客が払うのは1・5~2万円。ウチらがもらえるのは半分で……」

 あれ、金もったいなくね? なんで中抜きされてんの? これ自分でできるくない? そう気づいた雛子は援デリ業者の仕組みを覚え、みずから派遣型売春ビジネスを始める。14歳だった。

「ネットで適当な顔写真を拾って偽造免許証をつくって、それを女の子たちのプロフにでっちあげて、comm、ワクワク、Pメールとか出会い系に書き込んでた。地元にプロの偽造屋みたいなのがいたんだよね、もう飛んじゃっていないけど。1人2万で売れたら1万を私がもらう。1・5万だったら5000、7500はしょうがないから2500。ゴムあり厳守で。7万とか払う客のときは自分で売ってた」

 搾取される売春婦から、搾取する女衒へ。あるいは女子たちの互助会のような組織だったのか。

「お金がない子はいっぱいいた。『お金欲しいんだけど』ってよく相談されたし、『困ったら言ってよ』って私も声かけてた、優しい感じでね。儲けたお金でみんなに奢ったりもして」

「あのときはみんな仲よかったね。いまは連絡とってないけど」

 危ない目に遭わなかったかと問われると、ふたりは対照的な反応をした。雛子はかちんと否定する。和日子はすとんと肯定する。

「やり逃げとかほぼなかったですよ。徹底してお金取ってたし」

「私は殴られたことある。中出しされたこともあります」

「まぁ、出会い系はなかったけど、ひまトークみたいなチャットだとオラオラ系が出てきて、『追加5万で動画撮らせて』とか。渡された封筒をあとで見たら、新聞紙が入ってたことはある」

「雛子がひとりで仕切ってるって知らない子が多かったよね。いまでもわかってないんじゃないかな。私も微妙」

「ウチのバックにヤクザがついてるって、女の子たちは思ってたね。まわりの男子は、女子たちがちょっと援交やってるだけでしょって思ってた。だから女の子と揉めることもなかったし、男にビジネスを妨害されることもなかった。私、そういう賢さだけはあったから。男だったら最初は本職の使いっ走りで、気づいたら組織に入れられて、そんなのばっか。使われて終わりたくないでしょ」

「なんで雛子はビジネスやめたん?」

「わかんない。ダルくなったっていうか、気分? ウチのあとに真似して始めた子がいたけど、ダメだったよね」

 後人に、次代に、妹に、ノウハウが伝授されることはなかった。

「ウチの得にならないし。男は武勇伝になるかもだけど、女は悪い噂ふりまかれて足引っ張られるだけ。人に知られたら困る過去、だよ」

 雛子がそう言うと、和日子はわずかに顔を横に向けた。たがいに腹の奥までは探り合わずに保っている何かがある。経営者の才覚と、私利私欲の動機と、セーフティネットの側面と、私はどれから顔を背けたか。

 みんなどうしてるだろうね。ばらばらに散った彼女たち。もともと束になどなっていなかった子どもたち。

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奇作・怪作を蒸し返す! 名脚本家たちが描いたデタラメ90~00年代テレビドラマ回顧録

「日本のドラマにはない攻めた表現だ!」と評価されている『全裸監督』だが、テレビドラマ史を振り返ると、同作に負けないギリギリの表現はざらにあった。〈元〉批評家の更科修一郎が、90~00年代のテレビドラマを回顧し、『全裸監督』以上の問題作を掘り起こす!

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 数年に一度、『十年愛』(TBS/92年)の高速回転メリーゴーランド死が観たくなる。『男女七人夏物語』(TBS/86年)の明石家さんまを浜田雅功に置き換えたような90年代前半の典型的なトレンディ恋愛ドラマなのだが、ドラマティックにしようとするあまり、やたらと事故が起きて、人が死ぬのだ。特に大江千里が暴走メリーゴーランドに取り残された娘を助けようとして、遠心力で飛ばされる展開は無茶苦茶すぎたが、小説版ではダンプカーに轢かれていた。漫☆画太郎か。

 よく考えてみれば、92~93年のTBS金曜ドラマは『ずっとあなたが好きだった』『十年愛』『高校教師』(真田広之版)という奇跡と狂気の連続攻撃だったが、そろってHuluとParaviとTBSオンデマンドの3つで配信されていた。「危険すぎるな……動画配信……」と思ったが、いったい90~00年代の人気テレビドラマはどのくらい配信されているのだろうか?

配信で蘇る武田鉄矢『白夜行』の怪演伝説

 まずは配信されていたほうから。00年代の武田鉄矢と言えば、権威化して手に負えなくなった『3年B組金八先生』ではなく、別の意味で怪物だった『白夜行』(TBS/06年)の笹垣刑事だろう。ハンガーヌンチャクを振り回すこともなく、歎異抄を唱えつつ山田孝之と綾瀬はるかを執拗に追い立てる悪役っぷりは『太陽を盗んだ男』で沢田研二を追っていた菅原文太と双璧の「この世でもっとも追いかけられたくない刑事」である。東野英治郎、西村晃と名悪役が演じてきた『水戸黄門』役に鉄矢が抜擢された理由もわかるというものだ。

 それ以上に『鉄板少女アカネ!!』(同/06年)があったのは驚いた。堀北真希の地上波初主演作だが、誰が観たいんだこれ。日曜劇場史上初の平均視聴率一桁で全10話が9話で打ち切りになった、同世代にやたら多い「人生で一度だけ犯罪に手を染めるなら堀北真希を(以下略)」という因業で偏執的なファンですら忘れたい黒歴史だ。というか、どう見ても深夜帯の低予算アイドルドラマで、次作だった『華麗なる一族』の制作が遅れたから急遽入れたんじゃないのかこれ。この後『花ざかりの君たちへ』(フジ/07年)と『梅ちゃん先生』(NHK/12年)が当たったからよかったが、考えてみると人気のわりに作品には恵まれなかった女優だった。なお、実質的引退作品の『ヒガンバナ』(日テレ/16年)はHuluで配信されている。

『振り返れば猿がいる』『振り返ればゲイがいる』と多くの派生形(ネタ)を生んだ、説明不要な90年代前半の大ヒット作『振り返れば奴がいる』(フジ/93年)もフジのFODプレミアムで配信されている。『白い巨塔』から社会批評性を引いて、男同士の暑苦しいライバルものへ絞り込んだ本作は織田裕二のシリアス路線での初ヒット作だったが、演出・若松節朗の色が強いので、三谷幸喜脚本だったことは案外知られていない。BSフジ系の台湾・韓国ドラマが目立つFODだが、女装で闊歩する岸部一徳と風間杜夫という気の触れた奇跡が観られる山田太一脚本の傑作『ありふれた奇跡』(09年)や、中島丈博脚本のハードコア昼ドラ『牡丹と薔薇』(04年)もあり、HuluやParaviと比べると地味だが、なかなか面白いラインナップである。「たわしコロッケ」の『真珠夫人』(02年)がないのは惜しいが。

 ParaviとTBSオンデマンドを持っているTBSは比較的、動画配信のアーカイブ率が高いが、90年代以前になるとリアルタイムで大ヒットした作品でも配信していなかったりする。それにしても『鉄板少女アカネ!!』が配信されて、『高校教師』(93年)『人間・失格』(94年)『未成年』(95年)と続いた、野島伸司90年代ダーク路線絶頂期の傑作『聖者の行進』(98年)が配信されないのは間違っていると思うが。筆者の通っていたゲーセンでも主演・いしだ壱成の物真似がはやりまくったが、当時は裁判中だった実際の事件がモデルの上に、いかりや長介演じる弁護士が登場する終盤まで何の救いもない展開でスポンサーの三共も降りていたから、現代のコンプライアンス的に難しいのかと思いきや、実際には野島作品の常連だったいしだ壱成や酒井法子が逮捕されたことが大きいようだ。覚せい剤やめますか、それとも配信やめますか。

 時代の徒花として野島伸司のダーク路線はよく語られるが、90年代のテレビドラマは70~80年代を牽引した山田太一、倉本聰、市川森一などの大御所脚本家が失速した代わりに、野島、内館牧子、野沢尚、三谷幸喜、北川悦吏子などの野心的な若手脚本家がデタラメな話を書きまくり、ベテランの中島丈博や井沢満もゲイカルチャーに刺激を受けて新境地を開拓するなど、カオスな時代だった。後者はどうなのかと思わなくもないが、プロデューサー主導のチームライティングで積極的に海外市場へ展開していく洋ドラと違い、日本のテレビドラマはガラパゴス的に進化していった。

 結果として、脚本家や俳優個人の得意分野が強調され、90年代以降は小劇場演劇の影響も受けたことで、次々と異様な世界観の作品が生まれた。ターニングポイントは、アングラ劇団出身の佐野史郎が通俗的なキャラクターを山崎哲の実録犯罪戯曲で再解釈した怪演に引きずられ、古典的メロドラマだった企画がサイコスリラーになってしまった『ずっとあなたが好きだった』(92年)だと思うが、これによって、映画のヌーヴェル・ヴァーグの影響を受けつつ、古典的で教条主義的な『木下恵介アワー』(64年)や『ありがとう』(70年)へのカウンターとして成立していた久世光彦や佐々木守の「脱・ドラマ」路線……『お荷物小荷物』(70年)や『ムー』(77年)は完全に過去のものとなり、代わりに、アングラ演劇の影響が濃い、新世代の日本的テレビドラマが増殖したのだ。

 さて、女同士のドロドロ愛憎劇といえば内館牧子であり、『週末婚』(TBS/99年)は内館脚本の代表作だ。互いの不幸だけを願う因業な姉妹(松下由樹、永作博美)が誹謗中傷、公開暴露、ストーキングなどあらゆる手段で嫌がらせを繰り広げる物語は、喩えるなら『ダークナイト』のジョーカーが二人に分裂して互いに殺し合う地獄だが、内館作品といえば『寝たふりしてる男たち』(日テレ/95年)も忘れてはいけない。『週末婚』で阿部寛や仲村トオルを地獄姉妹の生贄に捧げ、『プロレスラー美男子烈伝』(文藝春秋)で「リングではこんなに美しい男が闘っている」と独自の美を提示しつつ、美の基準に反している朝青龍は罵倒し続けた稀代のマッチョイケメン愛好家・牧子の性の目覚めだったマイトガイ・小林旭を主演に担ぎ出したサラリーマンドラマだ。なので、いつもの女同士の愛憎劇ではなく、主人公へ嫉妬する男たちの感情を通してアキラの危険な雄の匂いを強調しているのが面白いが、つい最近も『バイキング』で坂上忍とお茶の間を恐怖で震撼させ、一回でコメンテーターを降ろされた昭和の人間凶器アキラである。ちょい悪オヤジ萌えどころではない牧子の危険すぎる萌えは世間には理解されなかった。

 しゃべらない中居正広は本当に格好いい。『ATARU』(TBS/12年)でもサヴァン症候群の役が好評だったが、当の本人はどうやら俳優仕事に消極的なご様子。

『失楽園』以前の渡辺淳一が真面目に書いた医療小説『無影燈』のドラマ化で、田宮二郎主演作のリメイク企画である『白い影』(TBS/01年)は、「しゃべらない中居正広は本当に格好いい」という『オードリー』(NHK/00年)の長嶋一茂にも通じる、巷のどうかと思う評価を確立した。続く『砂の器』(04年)もヒットし、馬鹿の一つ覚えのような池井戸潤原作ばかりになる前の福澤克雄演出の代表作となったことから、満を持して劇場向け大作『私は貝になりたい』を作ったのだが、ゲスト出演した草なぎ剛との演技合戦で完膚なきまでに喰われる大惨事が起きた。草なぎ剛のゲスト出演は高倉健の遺作『あなたへ』ですら同じ大惨事が起きているから、仕方ないのだが。『味いちもんめ』(テレ朝/95年)や『ナニワ金融道』(フジ/96年)のしゃべる中居正広も、ガラッパチだが真剣な青二才という雰囲気で、得難いキャラクターなのだが。

『味いちもんめ』と『ナニワ金融道』で思い出したが、人気マンガのドラマ化は90年代も多く、そのたびに大惨事が発生していた。そして、どう見てもアニメでないと成立しないロリコン&マザコン系ラブコメのドラマ化で、「現在」の安達祐実が演じる以外に実写では正解のないロリ系美魔女ヒロインをヘドリアン女王的ガチ魔女の夏木マリが演じてしまった『八神くんの家庭の事情』(テレ朝/94年)の惨劇がよく語られるが、史上最悪の大惨事となったのが『いいひと。』(フジ/97年)である。

 原作マンガは底抜けの善人が善意でトラブルを解決していくハートウォームなサラリーマンものだが、「たかがアイドル」だったはずの草なぎ剛と菅野美穂が予想外の批評的な演技を見せ、原作の異様な世界観を暴いてしまった。「そんな善人がいるとしたら、それはサイコパスな狂人である」と。かくして、平均視聴率20%超えの大ヒットでありながら、原作ファンから猛烈なバッシングを受け、原作者もドラマ版を批判して連載を打ち切った。もっとも、前年の『イグアナの娘』(テレ朝/96年)ですでに「やらかしていた」菅野美穂はさておき、全裸で暴れる前に服を丁寧に畳むサイコパス系ナイスガイに暴く意図があったかどうかは不明である。皮肉なことに初主演の草なぎはドラマアカデミー賞主演男優賞を獲得するなど、俳優として大ブレイク。97年の本作から17年の『嘘の戦争』までフジ&関テレで多くの主演作を残した。特に『僕と彼女と彼女の生きる道』(04年)と『任侠ヘルパー』(09年)はテレビドラマ史に残る傑作だが、SMAP解散の影響なのか、まったく配信されていない。というか、SMAP案件は木村拓哉主演作でも消極的で、10月開始の日曜劇場『グランメゾン東京』のついでに、北川悦吏子のユーモアが良いほうへ転がった代表作『ビューティフルライフ』(TBS/00年)などがようやくParaviで配信されたが、世紀の怪作『安堂ロイド』(TBS/13年)は入っていない!

 なお、自身の特異な世界観を信じ続けた『いいひと。』原作者の次作『最終兵器彼女』は大ヒットとなり、「セカイ系」と蔑まれつつも、近年の『天気の子』にまでつながる潮流を作り上げた。これはこれで驚嘆に値するといえよう。

 さて、今回は90~00年代に限定したが、思った以上に未配信作品が多かった。名作、迷作、怪作……紆余曲折はあれど、日本のテレビドラマは芳醇な歴史を紡いできたし、話題の『全裸監督』にしても、そうした歴史の上に洋ドラの手法を加えることで爆発した化学変化的な作品だ。だからこそ、ひとつでも多く配信されることを祈りつつ……まだまだ語りたいことが尽きないので、いつもの巻末コラムに続けよ(なつぞら風に)。

取材・文/更科修一郎(さらしな・しゅういちろう)

コラムニスト&〈元〉批評家。90年代から批評家として活動。2009年、『批評のジェノサイズ』(共著/弊社)刊行後、休業。15年に活動再開。

 配信動画で過去の名(迷)ドラマをプレイバック!※9月下旬現在配信がある作品です。予告なく配信が打ち切られる可能性もあります。

●セックスシンボルとしてのトヨエツ
『青い鳥』(TBS/97年/Paravi、Hulu ほか)
脚本:野沢尚
出演:豊川悦司、夏川結衣

 近年は『半分、青い。』の秋風先生など変人奇人役が多いが、『NIGHT HEAD』以来、90年代テレビドラマのセックスシンボルだった豊川悦司の頂点ともいえるメロドラマ。視聴率的には『愛していると言ってくれ』に及ばなかったが、長期ロケと二部構成の丁寧なストーリーで人気を呼んだ。実は豊川と貴島誠一郎プロデューサーの共同企画で、土着的日本社会(佐野史郎)と個人(豊川)の対立に巻き込まれて死んだ女(夏川結衣)に囚われ、滅んでいく男たちの物語という舞台演劇的な裏テーマが存在している。そのため、助演の佐野や演出の土井裕泰など、アングラ劇団出身者でスタッフが固められていた。野沢尚脚本の最高傑作でもある。

●90年代の社会不安を巧みに反映
『ケイゾク』(TBS/99年/プライムビデオ、Hulu、TBSオンデマンド)
脚本:西荻弓絵 ほか
出演:中谷美紀、渡部篤郎

 90年代中盤のテレビドラマは地下鉄サリン事件などの社会不安を反映してか、香取慎吾の出世作となった『沙粧妙子―最後の事件―』や『あなただけ見えない』など、サイコスリラー色の強い作品が目立ったが、本作は刑事ドラマでありながら、小劇場演劇風の虚構性が強い世界観や滑り気味の小ネタギャグ、『ジョジョの奇妙な冒険』第5部や『多重人格探偵サイコ』の影響をうかがわせるマンガ的なキャラ立て、演出・堤幸彦の極端な映像志向で異彩を放ち、00年代以降の若者向けテレビドラマに強い影響を与えている。10年代の『SPEC』『SICK’S』は続編だが、こちらは海外ドラマ『HEROES』の影響を受け、超能力ものになってしまった。

●池脇千鶴の被虐っぷりに胸ざわつく
『リップスティック』(フジ/99年/FODプレミアム)
脚本:野島伸司
出演:広末涼子、三上博史

 90年代末、『ときめきメモリアル』以降の男性向けギャルゲーは、恋愛やセックスよりも美少女キャラの心的外傷を癒やすことに主眼を置き、共依存的な傾向を強めていたが、少年鑑別所を舞台に女囚たちと共依存ギャルゲーを繰り広げる本作の奇想は、時代の狂気に敏感な野島伸司以外は誰も思いつかないだろうし、思いつかれても困る。絶頂期の広末涼子が主役なのに。結果として『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』とは対極の、極めて日本的な「女囚もの」となった。なお、本作の池脇千鶴に至ってはギャルゲーどころか鬼畜系エロゲーの被虐ヒロインで、野島伸司の慧眼に震えつつ『月刊池脇千鶴』(新潮社)も買ってしまった。最低だ(碇シンジ風に)。

●桃井かおり90年代ベストバウト
『ランデヴー』(TBS/98年/Paravi、TBSオンデマンド ほか)
脚本:岡田惠和
出演:田中美佐子、桃井かおり

「ひと夏だけのランデヴー」と銘打ち、怪獣マニアの夫(吹越満)から逃れ、女流ポルノ作家の桃井かおりと、オーナーの岸田今日子が住む魔女の館……もとい、ホテルへ転がり込んだ平凡な主婦(田中美佐子)が、女同士の友情や不思議な恋愛を通して青春を取り戻していく「奇妙な味」のラブコメディ。ちょいちょいシリアスで不穏な心理描写が紛れ込むのに、夏の夕凪のような独特の空気感が楽しい。岸田今日子もメイクは怖いが、吉行和子や冨士眞奈美とバラエティ番組に出演するときのようなハイテンションで演じており、終盤、ジョージ・チャキリス(!)の登場シーンでは、テレビドラマでは珍しいマジック・リアリズム的な感動を覚える。

●言わずと知れた藤木直人の黒歴史
『ギャルサー』(日テレ/06年/Hulu)
脚本:藤本有紀 ほか
出演:藤木直人、戸田恵梨香

「もしも『クロコダイル・ダンディー』が00年代の渋谷に現れたら?」という発想で作られたカルチャーギャップ系青春コメディ。アリゾナ育ちの熱血カウボーイに扮した藤木直人の無個性なのに不思議なフラのある演技が、若手時代の戸田恵梨香や新垣結衣と絡んでシュールな人情喜劇を展開していく。放映当時ですら死語になりかけていた流行語「ギャルサー」を元にしていたことから冷笑的な小品と思いきや、予想以上に大風呂敷なホラ話と化していくのが面白い。古田新太が演じるネイティブ・アメリカンは現在の制作基準では(WAHAHA本舗のイヨマンテの夜的な意味で)たぶんアウトなのだが、テレビドラマでのベストバウトだ。

●キヤノンがスポンサーを降りた問題作
『銭ゲバ』(日テレ/09年/プライムビデオ、Hulu)
脚本:岡田惠和
出演:松山ケンイチ、ミムラ(現・美村里江)

『すいか』(03年)から『Q10』(10年)まで、日テレ土9ドラマは河野英裕プロデューサーを中心に前衛的な企画を連発していたが、まさかのテレビドラマ化。もっとも、70年に発表されたジョージ秋山の原作マンガは公害問題や金権政治を描く同時代性の強い社会派ピカレスクだったので、岡田惠和脚本は厭世的な若者の復讐譚へ換骨奪胎したが、ラストシーンまで観ると案外、原作に忠実だ。実際、当時の派遣切り問題を描いた御手洗経団連会長への批評性が嫌われ、キヤノンを含めた提供スポンサーは次々と降板、コカ・コーラの一社提供になる「勲章」も得ている。主演の松山ケンイチは一世一代の名演だが、相棒の柄本時生も泣かせる。

(月刊サイゾー11月号『Netflix(禁)ガイド』より)