
6月の雨の中、樹海近くの町の古びた一軒家でのひそやかな情事から始まる小説『じっと手を見る』(幻冬舎)。富士山を望む小さな町で、介護士として忙しく働く日奈を中心に、4人の男女の視点で、それぞれの恋や執着が巡る連作短編集だ。恋愛小説では避けられてしまうことの多い、老いや生活感が恋愛と深く絡まり合い、色濃く、官能的に仕上げられている。
幼いころに両親を亡くし、学生時代に唯一の肉親だった祖父も失った日奈は、老朽化した家に一人で暮らし、「年寄り相手に大変な仕事して、休みになったらモール行って、ユニクロとか無印で服買って、なんたらフラペチーノとかばっかり飲んで」いる生活を淡々と続けている。元恋人で、なにかと世話を焼きに来る介護士仲間の海斗を横目に、職場で取材を受けたことをきっかけに知り合った、東京に住む「宮澤さん」と初めて恋に落ち、町を飛び出す――。
日奈や海斗が住む小さな町にあるのは、さびれた商店街に、人がにぎやかに行き交う大型ショッピングモール。体もメンタルも削られる重労働を誠実にこなして、贅沢は望めないが、不自由なく生きていくことができる。それは、地方や郊外にありふれた光景だろう。
「親父たちはまだ夢見られたよな、ぎりぎり。俺たちには、それすら許されない。失敗したら絶対に浮き上がれない」と語る海斗と、東京・港区の裕福な家庭に生まれ、似たような育ちの妻を持ち、何回でも失敗できる“余裕”を持っている宮澤は対照的な存在だ。人生の全てが丁重にお膳立てされ、生きている実感がぼんやりとしている宮澤は、若くて可愛いのにきつい仕事を選んで、黙々と地味な生活を続けられる日奈に、否応なく惹かれていく。しかし、彼が惹かれた日奈の生命力は、唯一の肉親を亡くしてさえも立ち止まることを許されない、穏やかだが切迫する生活の裏返しにある力でもある。それは、幸か不幸か、おそらく宮澤には一生得ることのできないものだ。
一方で海斗は、日奈への思いを引きずったまま、やたら自分に絡んでくる胸の大きな同僚・畑中と体を重ね、関係を深めていく。介護する老人に平然と胸を触らせ、口の悪い物言いで職場の女性陣から嫌われがちな畑中だが、彼女主観の短編(「水曜の夜のサバラン」)を経たあとでは、彼女の寂しい生い立ちや、老いて弱っていく人々に冷たくできない不器用な一面が浮き彫りになってくる。
どんな登場人物も、一つの身体の中に愚かなところと美しいところを抱えながら生きている。そして、どんな生き方をしていても、いずれは必ず死という1点で結ばれる。そんな当たり前だが厳しい世界観を自然に漂わせている本作だが、同時に恋愛が上手くいかない人、間違ってしまった人も柔らかく許容している。ふだん恋愛小説を苦手だと感じている人にも薦めたい一冊だ。
■『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック 女子刑務所での13ヵ月』(パイパー・カーマン、駒草出版)

オンラインストリーミングサービス「Netflix」の人気ドラマシリーズ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』の原作である本書は、アメリカの裕福な家庭で育ち、名門女子大を卒業した女性・バイパー が、若い頃同性の恋人に頼まれて犯してしまった麻薬取引の罪で逮捕され、刑務所で過ごした体験を回想して大ヒットしたノンフィクション・エッセイだ。犯罪に手を染めた経緯から、10年後に起訴され、裁判・刑務所入ってから出所するまでの濃厚な日々を、真摯に、かつユーモアたっぷりに振り返っている。
彼女が最も長く過ごした刑務所・ダンブリーは、基本的に軽犯罪を犯した女性が集められる施設だ。そのため警備は非常に緩く 、食堂での調理や施設の設備修理、刑務所を出入りする囚人の送迎(!)まで、囚人たち自身によって行われている。弁護士から「周りを信用するな」と言われ、当初は右も左もわからないまま、注意深く他人と距離を取っていたバイパーだが、自主的に囚人たちが整えた新人受け入れ態勢の下で優しく受け入れられ、次第に信頼できる人物を探し当て、これまで触れ合ってこなかったようなタイプの囚人とも深い人間関係を紡ぐようになる。
一言で囚人といっても、そのバックグラウンドはさまざまだ。キッチンでおいしいパンを焼き、夜は静かに読書をするジャマイカ出身のナタリー、多くの女性の尊敬を集めるシスター、囚人を集めて定期的にヨガクラスを開くジャネット、男性から女性に性転換したトランスジェンダーの美女ヴァネッサ、そして、バイパーが逮捕されるきっかけを作った元恋人のノラ……まるで映画やドラマを見るように、個性的な女性たちが次々に登場する。
本作は、不当な嫌がらせをしてくる看守、恒常的にウジのわいている不衛生なシャワールーム、現実には役に立たない社会復帰プログラムなど、刑務所生活の実態や問題点を浮き彫りにする実録ルポであり、自身の犯した罪と向き合う内省的なエッセイである。しかし一方で、誰かが誕生日を迎えればにぎやかに祝い、出所するときには手作りのカギ編みベストをプレゼントし惜しみながら別れ、土曜の夜にはキッチンでおいしいカレーやハンバーガーを作ってもらったりする、微笑ましい回想記でもある。
女子校の寮生活を描いたかのようなエピソードを通して、バイパーは、全囚人がどうしようもない悪党というわけではなく、生まれ育った家庭環境などから犯罪を選択せざるを得なかっただけの不幸な女性が大勢いることを自然と伝えてくる。生まれたときから公平ではない世界を、どうとらえていくべきなのか、考えさせられるエッセイだ。

『ババア★レッスン』は、そのインパクト大のタイトルの通り、48歳になる著者が「いいババア」になるための道筋を探り、目標となる先輩ババア像を模索する、ポジティブでパワフルな加齢にまつわるエッセイだ。「ババア」という言葉は、侮蔑語として使う場合があるため、言葉だけで不快感や抵抗を覚える人もいるかもしれないが、そんな人にこそ読んでほしい本でもある。
ここで使われる“ババア”は揶揄ではない。著者は「ババア」という言葉に面白さや人間味を含めた、ポジティブな意味合いを込め、少しでも浸透することを狙っている。「40過ぎたらみなババア」というざっくりした定義の下、ババアの恋とセックス、ババアの趣味、ババアのダイエット、海外のババア事情などについてつづり、さらにはババア観を広げてくれる映画、本、海外のコメディ番組まで紹介する。
「どんなふうに年を取りたいか」と問われた時の女性の回答の定番は、著者が言うように「縁側でひなたぼっこをしてる、可愛いおばあちゃん」だろう。さらに著者自身も憧れていたという「宇野千代」さんも定番の1人と言える。そんな定番以外のロールモデルを求める著者が「81歳の現役DJ」スミロック氏を材した章は、異様な熱気がこもっている。深夜1時にクラブイベントに参加する彼女のパワフルな活躍と言動に触れれば、 “わけのわからない”活力が湧いてくるだろう。
加齢と気持ちの折り合いがつかない中年以降の女性はもちろん、まだ10~20代なのに、つい「ババア」を自称してしまう、年齢の鎖にガチガチに縛られた女性たちにも読んでみてほしいエッセイだ。
(保田夏子)
「ガチ恋」とは、「タレントやアイドルなど遠い存在に、ファンの域を超えて本気で恋をしている状態」のこと。アイドルや若手タレントを応援するファンの広がりとともに使われるようになった言葉だ。小説『りさ子のガチ恋 俳優沼』は、架空の2.5次元舞台(『政権☆伝説』、略して『伝ステ』)を軸に、“ガチ恋”する方とされる方、両方の光と影に深く踏み込んでいる異色作だ。

『ロンドン・デイズ』と同じく、2000年前後でのイギリスに暮らす日々がつづられた『花の命はノー・フューチャー: DELUXE EDITION』は、イギリス最貧困地域の“保育士ライター”として知られるブレイディみかこ氏の初エッセイを復刻した1冊。31歳(当時)で2度目の渡英を果たした後、保育士を務める前に執筆したエッセイが中心で、現在からの書き下ろしのエッセイも加えられている。
映画でも小説でも漫画でも、女性は恋愛ものが大好き、ということになっている。しかし、恋愛に限らず、そもそも人間同士の感情の交歓や揺れに女性は惹きつけられているのかもしれない。そう思わせるのが、“女と女の関係”をテーマにした23編の短編小説を収めた『完璧じゃない、あたしたち』だ。友情はもちろん、親子関係も、他人同士が一瞬すれ違ったような交流も、女性同士の恋愛も、さまざまなバリエーションが詰められている。
『こういう旅はもう二度としないだろう』は、子育てがひと段落した銀色夏生が、しばらく行くことのなかった海外旅行に挑戦する紀行エッセイ。約半年の間に怒涛の勢いで、ベトナム、ニュージーランド、スリランカ、インド、イタリアと、5つの団体ツアーにほぼ1人で参加している。
人気エッセイスト・酒井順子が、“日本海側の日本=裏日本”の魅力に焦点を当てたエッセイ『裏が、幸せ。』。「裏」という言葉には「大切なものがある場所、高貴な方がおられる場所」という意があることを示し、日本海側の風土や文化について、敬愛をこめて考察している。
『温泉天国』は、川端康成や小川未明、井伏鱒二といった文学史に名を残す作家から、つげ義春、村上春樹、角田光代ら人気作家・漫画家、著名人の温泉にまつわる名エッセイ32篇を集めた1冊。春夏秋冬、北海道から九州、海外までさまざまな温泉の思い出が、いきいきと活写されている。




