
――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。
■『南極ではたらく:かあちゃん、調理隊員になる』(渡貫淳子、平凡社)
■概要
映画『南極料理人』(2009)で、南極で働く人々の姿に刺激を受け、「ここで働きたい! この人たちのごはんを作りたい!」と決意した調理師・渡貫淳子。3度目の応募で合格し、民間人女性初の女性調理隊員として、第57次南極地域観測隊に参加した2年弱を中心に、著者の半生をつづったエッセイ。バラエティー番組『世界一受けたい授業』(日本テレビ系)で紹介され、大きな反響を呼んだ「悪魔のおにぎり」などの「家庭で作れる南極リメイクレシピ」も掲載。
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『南極ではたらく』は、30代半ばで「南極で働きたい!」と大きな目標を見つけ、40代で実現した女性の明るいパワーに満ちた“お仕事エッセイ”だ。
約1年間、南極圏内の昭和基地で、研究や観測・設備維持を行う南極地域観測隊(越冬隊)。著者が所属した「第57次南極地域観測隊」は30人、平均年齢40歳超。1年間、食糧や機材などの補給が入ることはなく、主にひとつの施設で30人が暮らすことになる。水や電気などライフラインの使用には制限があり、天候によっては外出もできない。厳しい自然環境下、わずかな判断ミスがチーム全体の生死を左右する、責任の重いプロジェクトだ。
調理関係の職に就き、結婚・出産後は一度職を離れ、一児の母として暮らしていた渡貫氏は、なにげなく見た新聞記事や映画『南極料理人』をきっかけに、南極での「調理隊員」という仕事に強く惹きつけられる。「自分の心の中に一滴、しずくが落ちたような気がした」と、出会いはまるで少女マンガで描かれる恋のようだが、彼女の行動は現実的で迅速だった。
SNSを通じて人脈を得て、調理隊員経験者に自身をしっかりプレゼンし、推薦状をもらう。体力勝負の職務であり、現実的に40代という年齢や性別は不利に働くというアドバイスを受けるも、3度目の応募で合格。民間人女性として、そして母親として初の調理隊員となり「第57次南極地域観測隊」に所属することになる。
極地での勤務がどれだけ特殊かは想像することは難しいが、“調理師”という比較的身近な役割を通して描かれることで、わかりやすく伝わってくる。基地の厨房で毎日3食プラス間食・夜食の調理が仕事ではなく、出発前には2,000品目、30トンという約1年分の使用計画を立て、仕入れを行う能力が求められる。赴任後は、雪上車内や、直前まで凍っていた基地外の小屋で料理することもある。さらに夏期には、建物の本格的な修繕も担当し、1年を通して、雪かきや雪上車の運転など、調理以外の作業にも加わる。
南極ならではの不便さや隊員とのけんか、失敗経験なども語られるが、調理隊員を務めている時の渡貫氏の筆致は、基本的にどの局面でも生き生きとして、ユーモアに満ちている。それは彼女の目に映るほかの隊員の様子も同様で、エッセイのそこかしこに心からやりたい仕事をやっている人特有の充実感がちりばめられている。
本書の帯には「平凡な主婦」と書かれている主婦だが、専門教育を受け、料理学校職員・講師を経験するなど、そもそも調理師として十分な実力があったからこそ合格したのは間違いないだろう。しかし著者自身は、「ごはんを作ったり、洗濯ものをたたんだり、子どもにお小言を言ったりといった日常は、平凡でなんてことのない毎日かもしれません。(略)でも、そのなんてことのない日常こそが自分のスキルになっていたと気が付いたのも南極でした」と、南極越冬隊という特殊な環境下で、主婦・母親としての平凡なスキルが自分を支えていたと語る。
大学教授、建設技術員など異なるバックグラウンドを持った人々が、基本的には対等に協力し、寝食を共にする1年間。上下関係に頼らず、価値観や性格が合わない人とも、粘り強くコミュニケーションをとる能力は、仕事だけをこなしているより、主婦業や育児を通して、より培われやすいものなのかもしれない。
加えて、女性隊員の中でも最年長であり、唯一の育児経験者だった渡貫氏が、男女隊員の間で言いにくいことを伝える架け橋のような役目を果たしている様子もうかがえる。女性であること、中年であること、出産・育児でキャリアにブランクがあること。それらはデメリットとして取り上げられがちだが、キレイごとではなく表裏一体のメリットもあるのだ。
年齢や環境を言い訳にせず、むしろ糧にして、「これをやりたい」という意志をまっすぐに実現させた渡貫氏の姿はすがすがしく、単純にとても格好良い。「主婦であるからとやりたいことを我慢するのも違うなと思うようになった」とつづる彼女のエッセイの、まっとうな明るさに力づけられる人は多いだろう。
(保田夏子)









