合計約200万円! 買い物狂いが「2021年に買った高額商品ベスト3」

――2年で1,300万円以上溶かし、現在借金は●00万円の“買い物狂い”のライターが、苦しくも楽しい「散財」の日々を綴ります。

 やってきました、2022年! 昨年も私は散財に散財を繰り返し、ひいひい言いながら仕事をしておりました……。さて、今回は、私が「2021年に買った高額商品ベスト3」を発表します!! 「そういえば、そんなもの買っていたわねえ……」と目を細くしながらご覧ください!!

第3位 AbHeri(アベリ)「トリコロールトルマリンのチェーンリング」 お値段約60万円

 これはねえ……もう、インスタグラムで見つけた瞬間に「ギャオーー!!!!」となって、翌日の10時まで寝ずに起き続けて、営業開始時間の10時になった瞬間にアベリさんに電話をかけてゲットした品物です。問い合わせがすごく多かったらしく、「ほかにお待ちのお客様がいるので、返品なさる際はその日のうちにご連絡ください」って念を押されちゃったわ? ピンクと白とグリーンのトリコロールが可愛いっ……!!!! これまた、着けて外出すると、アクセサリーショップのお姉さんに「可愛いですねえ~~~」とお褒めの言葉をいただくリングです。

第2位 Kataoka「一粒ダイヤのネックレス」お値段60万円

 こちらもKataokaさん。0.5カラットの一粒ダイヤのネックレスを約60万円で購入しました。届いたときには、ステディに見せたところ、「0.2カラットとほぼ同じ大きさに見える」と言われ、衝撃を覚えたこのネックレス……。

 しかし、その後、ブログで紹介したところ、「0.5のほうがずっと大きいですよ!!」「このくらいの大きさのほうが嫌みがなくて素敵ですよ!!」と読者に励まされ、自信を持って着けているうちにとってもお気に入りになりました。私のお気に入りの着け方は、AbHeri(アベリ)の「レーザーホールダイヤモンドネックレス」に合わせる着け方! 

 ダイヤがキラキラ光ってゴージャスで可愛いです!!

 「結婚おめでとう、N子。これは私からの結婚祝いよ……」と、無理やり自分を説得し、ステディのご両親への挨拶旅行に行った際に購入した指輪です。本当はこのリングを買うつもりはなく、パールのピアスとダイヤのピアス(合わせて約45万円)を買いに行ったはずだったのですが……棚に並んでいたこの子に一目惚れしてしまい、カードで購入したのでした。(選ぶことができずダイヤのピアスとパールのピアスも買いました)。

 でもね、聞いてちょうだい。その指輪購入から2カ月。Kataokaの公式サイトを見に行ったら、なななななんと!! 私が購入したパライバリングにそっくりなリングが96.8万円で売られていたの!! これって私、73万円で買ってよかったってことじゃない!?!?!?

 というわけで、大満足な結果に。これを着けてアクセサリーショップに行くと、店員さんみんなに「素敵ですねえ。ほんとかわいい」と大絶賛されるので鼻高々!! 買ってよかった~~~~!!!!

 うーん、こうしてみると、21年もアベリ、Katakokaに惜しみなく金を注いでいるわ? だって、私。買い物のほかに、Kataokaのリング3つ(30万円と45万円と20万円)とアベリさんのチェーンリング(60万円くらい)も買ってるんだもの……。本当はうっかりアベリさんで約90万円のバングルも買おうとしていたし……。ああ、沼よ、沼。今年は何を買おうかなア……!!(全然懲りてない)

『ポンポさん』じわじわ話題になり始め…他、年始にVODで見られる劇場用アニメ

 一昨年の年末は秋から冬にかけて猛威を奮った新型コロナの影響で、年末年始なのに不要不急の外出がためらわれるご時世だったことで家に籠っていたのですが、今年も昨年に比べれば落ち着いたとはいえ、必要以上に必要以上にはしゃがない方がいいのは同じ……。ということで大人しく家に籠っていたいあなたが暇を持て余さないために自宅にいるだけで楽しめるVODをご紹介。

 その中でも近年『鬼滅の刃』や…

続きを読む

「地下芸人の帝国」が興隆した2021年――そして揺るがぬ東京西部の地底

 2021年、お笑い界で大きな地殻変動が起きた。マヂカルラブリーの「M-1グランプリ」優勝以降、「地下芸人」という存在が脚光を浴び、今やその名称は世に知れ渡っている。だがしかし、結局のところ「地下芸人」とは何なのか? どこから先が「地下」なのか? 20年以上にわたってお…

続きを読む

山田まりやが「みんな聞きたい」過去の恋バナを大サービス、YouTubeで自己最高記録! “しょーもなニュース”2021

 ちょっとぉ〜、スポーツ各紙の皆様方〜!「有村昆が23歳の頃の写真をインスタグラムにアップした」なんていう、セーターの袖口についた毛玉ぐらいしょーもないニュース、取り上げる必要あります? そういうのは10年前から、ここ「さざ波ニュース」の専売特許なんですからね! 困るんすわ!

 ……なんてね。スポーツ紙さんのほうも近年、ネタがないんですよね。わかりますよ。もうこうなったら、媒体の壁を超えて、セーターの袖口についた毛玉をシェアしていきましょうよ。ということで、今年もやります、さざ波アワード! 

 まずは月間MVPの発表からどうぞ。

1月 松居一代が風呂上がりに上半身裸で両腕を広げた「さあいらっしゃい!」ポーズのバックショットをブログで公開。さらに足の指の開き具合、足首の曲がり具合の画像も加え、誰得3種盛り画像を披露した
2月 山田まりやが過去の恋愛遍歴を自ら暴露し、自身のYouTubeチャンネル内で最高再生回数を記録
3月 有村昆が23歳時のイタい写真をインスタグラムで公開し、コメント欄の「藤原竜也に似てる」という「イジり」を真に受けてハシャぐ
4月 何をやってもうまくいかないいしだ壱成が現代霊氣法やパワーストーン販売のために「霊気マスター」の資格を取得
5月 藤井風が音楽を担当、気鋭のクリエイター、イケてる芸能人が大集結したホンダVEZELのCMになぜか布川敏和が紛れ込む
6月 林家三平、「笑いが無草地帯」のTikTokを開設
7月 哀川翔が手越祐也にカブトムシをあげる
8月 林家ペーが数十年前に海老名香葉子からもらい、ボロボロになって持ち手をガムテで補強していたピンクのボストンバッグを修理に出す
9月 大鶴義丹が楽屋弁当を4つ食べたことをブログで報告
10月 うつみ宮土理がインスタグラムで「宝塚メイク」と称して横浜メリーさんみたいなメイクを披露。コメント欄で「えっ、そのもみあげは違うかと」とツッコまれる
11月 華原朋美が玉ねぎを鬼量のバターでギトギトに炒めた“気まぐれ料理”を夫に食べさせる
12月 村上ショージがYouTubeで自身の出囃子「証城寺の狸囃子」をアカペラで歌うが、歌詞を思い出せない

 どうです? 本物の「しょーもなニュース」ってのはねえ、こういうラインナップを言うんですよ! え? そんなことより、そろそろ年越し蕎麦を仕込まなきゃいけない時間だって? ぜひそちらを優先しつらぁさいよ、ええ。それでは年間ベスト3を発表!

 山田まりやが自身のYouTubeチャンネルの「バレンタイン企画」として誰得……あ、いや、ニッチなファンに向けて大サービス。過去の“恋バナ”を披露した。“プロデューサー”から水を向けられ、初めは「え〜どうしよう〜」「まじで〜」「斬り込むねえ〜」などとためらっていた山田だったが、「素人の女の子がスタッフの口車に乗せられて知らず知らずのうちに脱いじゃうAV」を彷彿とさせる「お約束演出」の中、結局ノリノリで語り出した。

 「みんな聞きたいと思うんですよ」「これ多分、回転数上がるんで」という“プロデューサー”による盛大なお囃子が鳴り響き、山田はかつて写真週刊誌で報道された元ジャニーズJr.の秋山純と思われる人物のほかにもう1人、当時ジャニーズタレントだった男性(現在は芸能界を引退)と交際していた話、別れた理由などを赤裸々に語った。

 サービスの甲斐あって(?)この動画は同チャンネル内での最高再生回数を記録……といっても4,000回台で、芸能人のYouTubeチャンネルの再生回数としてはかなり“控えめ”。素人が「昨日見た夢」をダラダラしゃべる動画の再生回数を下回るといった有様だ。

 ちなみに今年4月から同チャンネルのタイトルを「美活のすすめ」と改めてリニューアルし、山田が圧の強い化粧品販売員のような口調で“意識高く”美容情報をまくしたてる動画をアップしているが、どれも再生回数は2,000前後といったところだ。

 ダイエット・タイアップ企画の導入で、「チャリンチャリ〜ン(“お金”のハンドサイン)が絡んでいるということで、いつもよりより一層気合を入れて」と正直に言っちゃったり、戦後から営業している月島の老舗もんじゃ焼き屋の女将ばりの貫禄で、もんじゃ焼きを作る動画など、自身のYouTubeチャンネルにて魅力的なコンテンツを発信し続ける華原朋美。

 11月10日に投稿されたこの動画は「Tomo's キッチン 玉ねぎ2個でどこまで美味いものが作れるのか!」と題し、気まぐれアドリブ料理を披露した。冷蔵庫の余り物の玉ねぎ2個の粗みじん切り、すさまじい量のバター(2段階投入)、チューブにんにく、水に溶かさないカレールー、水に溶かさないコンソメキューブ丸ごとをぶち込んで炒めたそれは、朋ちゃんいわく「なんちゃってキーマカレー」だそうだ。

 あまりの“男の料理”っぷりと、カメラに映り込む腕の重厚感に、「あれ? これ亀田史郎チャンネルだったっけ?」と錯覚をおこすほどだ。「でっきあっがり〜」コールとともに仕上がったその“料理”にこちらから別名を提案させていただくとしたら、「油の海に浸かったみじんぎり玉ねぎ 〜コンソメのダマとともに〜」といったところだろうか。

 これを白ごはんにかけたものを、動画を撮影する所属事務所社長兼マネージャーの夫にふるまうと、「うめえ! 超うめえ!」とご満悦。愛だね。また、これより以前の8月にアップされた別の動画では、肉入りタイプのキーマカレーを作ったが、夫に食べさせたところ翌日蕁麻疹が出たとのことで、今回の“肉なし油浸かり玉ねぎキーマ”を食した後の夫の体調はどうだったのか、気になるところだ。

 3位の記事にちなんで動画再生回数にも触れておくと、華原朋美の動画は11月の「油浸かり玉ねぎ」の回が77万弱、8月の「肉入りキーマ」の回が121万超である。

 今年末で『笑点』(日本テレビ系)をクビ……あ、いや、卒業した林家三平。そもそも5年前の大喜利メンバー入りからして母・海老名香葉子によるゴリ押し説が報じられたり、飛ばし記事が御家芸であるはずのスポーツ紙に「視聴者から『つまらない』との厳しい声が多数寄せられていた」と本当のことを書かれてしまったり、ライザップで18.6キロの減量に成功するも、たいして話題にならず、「そもそもどんな体型だったか記憶にない」と言われてしまったりと、彼にとっては大変な1年だったことだろう。

 そんな三平が今年6月、満を辞して公式TikTokを開設。クオリティの低いダンスや変顔を披露する動画を頻繁にアップしている。もとよりSNSはインスタグラム(2016年1月〜)も、Twitter(2019年11月〜)もやっていた三平だったが、どちらもあまり話題にならず、公式マークももらえず、「ダイエット大成功」への反応と一緒で「あ、やってたんだ」というのが大方の認識ではなかろうか。

 そんな彼が若年層ユーザーの多いTikTokに藁にもすがる思いで飛びつく心理は理解できなくもない。センスある「映え」が求められるインスタグラムや、小洒落たウィットや面白話が求められるTwitterと異なり、ただ音楽に合わせて適当に踊ったり変顔をしておけばなんとかなるTikTokは、まさに三平向けSNSと言えるのではないだろうか。

 ちなみに「いいね」の数は、三平単体の投稿で200を超えることは珍しく、ほかの芸人や落語家とのツーショットになると跳ね上がり、最も「いいね」が多かったのは林家木久扇とのツーショットダンス(8千超えいいね)であった。どこまでいっても自力ではブレークできない、バズれない、落語会随一の「Mr.小物」。来年はいいことあるといいですね。

 ということでね、2022年はスポーツ各紙さんがこんな泡沫連載と競合するようなことがないぐらい、happyなビッグニュースで世の中があふれていますように。良いお年を!
(※本文中の動画再生回数、「いいね」の数はいずれも本稿執筆時のものです)

佃野デボラ(つくだの・でぼら)
ライター。くだらないこと、バカバカしい事象とがっぷり四つに組み、掘り下げ、雑誌やWebに執筆。生涯帰宅部。

かまいたち爆速天下取り!川島も実力相応ポスト…現役若手芸人がお笑い総まくり

 今年2021年は何度目かのお笑いブームが花開き、さまざまなコンテンツでお笑い芸人が活躍の場を広げる年となった。

 ここ約10年に渡るお笑い氷河期を経験した我々若手芸人の感覚としては、昨年ごろから囁かれ出した「お笑いブーム」という言葉にどこか懐疑的であった。しかし、全若手芸人がお笑いブームの到来に確信を持つキッカケとなったのが、今年春の改編期に始まったテレビコント番組『新しいカ…

続きを読む

『M-1グランプリ』という巨大な“閉塞的ゲーム”と私たちの「語り」

 もはや年末の恒例行事として定着した『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)。2021年大会は今年50歳のボケ・長谷川雅紀と43歳のツッコミ・渡辺隆によるコンビ・錦鯉の優勝で幕を閉じた。遅咲きの苦労人である彼らの優勝は、感動的な「物語」として視聴者に強い印象を与えることになった。決勝戦のテレビ放送は世帯視聴率18.5%・個人視聴率12.6%と好記録を叩き出し、番組として例年通り成功を収めたと言え…

続きを読む

13年ぶりに息子と再会、手を握ると「やめてください」と拒絶され……子どもと生き別れた女性が今願うこと

 『子どもを連れて、逃げました。』(晶文社)で、子どもを連れて夫と別れたシングルマザーの声を集めた西牟田靖が、子どもと会えなくなってしまった母親の声を聞くシリーズ「わが子から引き離された母たち」。おなかを痛めて産んだわが子と生き別れになる――という目に遭った女性たちがいる。離婚後、親権を得る女性が9割となった現代においてもだ。離婚件数が多くなり、むしろ増えているのかもしれない。わずかな再会のとき、母親たちは何を思うのか? そもそもなぜ別れたのか? わが子と再会できているのか? 何を望みにして生きているのか?

第7回 檀恵美子さん(62歳・仮名)の話(後編)

「元夫の家に泊まりに行っていた息子を迎えに行くと、玄関のドアに貼り紙がしてあったんです。そこにはこう書いてありました。『当分の間、旅に出ます。この家には二度と近づくな!!』」

 檀恵美子さん(62歳、仮名)は25年前に起こったことを淡々と語った。以来、彼女は息子と生き別れだ。

「まだ幼かった頃の、愛くるしかった息子に会いたいです……」

 後半では、子どもを奪われてしまった経緯について記す。

前編はこちら

面会交流の後、連絡を絶たれる

――Bさんはわざわざ、檀さんの実家まで追いかけてきたんですね。

 追い詰められた気がして怖くなりました。そこで、子どもを連れて乗用車で実家を出ました。ホテルを2〜3日転々としたんですけど落ち着かなくて。それでそのあと、喫茶店を兼ねている民宿に10日ほど泊まりました。その民宿は一般の道から見えないところに車が止められたんですよ。

――逃避行をされていたんですね。車が見えないとBも追いかけようがないと踏んだのですね。

 そうです。でも10日目ぐらいに、連れ去り前から相談に乗ってもらっていた弁護士から宿に電話がかかってきたんですよ。「ある男性が市の法律相談でやってきて、あなたが言ってる話とそっくりなんですよ」って。私が相談していた弁護士の元を、Bが偶然訪れたようです。

――檀さんは、自分のことだと認めたんですか?

 はい。すると担当弁護士、「Bさんが『戻ってこないか』と言ってます」って言ったんです。それには条件があって、育てるのは私が育てていい。だけど同じ市内に住むことと調停で話し合うことというものでした。それで結局、話がまとまって、Bの実家からかなり離れた団地に息子と2人で暮らすことになりました。

――実際、Bさんに子どもとの面会はさせていたのですか?

 はい。その後、調停をしながら、月に1回会わせていました。スーパーの駐車場で引き合わせて、帰りは私がBの実家まで迎えにいくというものです。私は息子をBにたくさん会わせるつもりでした。

 97年5月に最初の宿泊交流をしたあと、日帰りの面会交流を1回、そして7月に2回目の宿泊交流となりました。それで2度目の宿泊面会の終わりの時間に迎えに行くと家の入り口に貼り紙がしてあったんです。

「当分の間、旅に出ます。この家には二度と近づくな!!」

 それ以降は連絡を絶たれてしまいました。

――相手が子どもを連れ戻すのって「誘拐」じゃないですか? 未成年者略取にならないのでしょうか?

 今だったらそうなりますが、97年当時は親による連れ戻しも罪に問われなかったんです。裁判所に行って「子どもを返せー」と廊下で泣き叫びましたよ。でも取り合ってはもらえませんでした。

 それ以降、「会いたい」と書いた紙を紙飛行機にして家の中へ投げ込む毎日でした。当時はフェンスが低かったので十分に入りました。するとそのうち、紙飛行機が投げ込めないよう、フェンスが3mくらいに高くなっていました。

――民事訴訟は起こしましたか?

 調停から民事裁判になっていきました。そのかいあって、息子がまだ5歳のとき、面会交流が実現して弁護士が相手の家に連れていってくれたんです。最初は机を挟んで息子の喜びそうな話をして、どんどん調子が乗ってきてから、「絵本を読もうか」と声をかけました。息子に選んでもらって、さあ読もうとすると、息子がちょこんと膝の上に乗ってきたんです。

 読み終わって「おしまい」と言って絵本を閉じた後、息子をぎゅっと抱きしめようとしたところ、Bに抱きかかえられて、引き離されてしまいました。そのときの息子の「まずいことをした」というような表情が忘れられないです。私に甘えてしまったことで、父との約束を守らなかった。それで、まずいと思ったんでしょう。息子は片親疎外(別居親を拒絶する状態)にさせられていたんです。

――それからは?

 私は精神の調子がもう本当におかしくなってしまって、両親が争うことで息子が悲しい思いをすると思い、月1回の面会の合意書を作って裁判を諦めました。

 合意を交わしたあとに、もちろん何度か電話しましたよ。するとBが冷たい事務的な様子で、「どちら様ですか」と言うんです。私が泣きそうになりながら「子どもに会いたい」とお願いすると、「あなたとは、もう関係ありません」と冷たく言われて、電話を切られました。

 その後ずいぶん時間はかかりましたが、ある意味、吹っ切れたのか、自由になりたくて、東京に出ました。もちろん息子のことは忘れません。会いたくて仕方がなかった。でも、会いたいと思い続けることに、しんどくなってしまったんです。その代わり、「私のような人を出したくない」「人のために頑張ろう」と思うようになって。離婚して子どもに会えなくなった親の相談に乗るようになりました。

――それからは一度も?

 いえ。相談に乗っているうちに、アドバイスしている私が会わないのはヘンな話だと思うようになって。息子が高校2年のときに、会いに行きました。

 高校の修学旅行先である沖縄で、遠くから見つめました。5歳のときから顔は見ていなかったですけど、わかりました。美ら海水族館に行ったんです。2006年のことです。ずいぶん成長したなと思って感慨深かった。でも、声はかけられなかった。

 息子を見て、印象に残ったのは制服の着こなしのダサさ。ズボンをおへそぐらいまで極端に上げていて。そのダサい感じがなぜかショックでした。

――その後、息子さんとは会っていないんですか?

 会いました。そのきっかけとなったのは、翌年の高3のとき。私から調停を起こしました。20歳になって親権そのものがなくなる前に、きちんと会っておきたいと思ったんです。すると、最初の調停の日に、面会交流の代わりに、息子からの手紙を渡されました。生まれて初めてもらった手紙です。

 「大学に行きたいから、そのお金を出してほしい」というものでした。それに加えて養育費。「何年ももらってないからまとめて数百万円分くれ」と。Bは絵が売れなくて生活ができなくなった。なので、息子を大学に通わせるお金を払えなかったんです。

――再会して、言葉を交わせました?

 その後、審判の最後になってやっと息子に30分会えることになりました。裁判所の別室で。11年3月のことです。

 すると開口一番「お金は用意しましたか?」と言うのです。それで、息子にいろいろ質問しました。「どうしてお金が欲しいの? 大学に行きたいなら奨学金もあるでしょう?」などと聞くと、質問にひとつひとつきちんと答えてくれました。そのうちに息子が「連れ去りはいかんよ」と言ったんです。驚いて私はあのときのことを話しました。

「あのとき一緒についてくるか聞いたのよ。そうしたらあなたは『お母さんと一緒に行く』と答えたんだよ」

 息子は驚いてました。少しして気分が落ち着いた頃に、「今までのことは水に流してやる」と言いました。

――5歳以来の再会ですよね。触れ合ったり、抱き合ったりはしなかったんですか?

 できたらいいなって思いましたよ。それで実際、私が手を握って「大きくなったね」と頭をなでようとしたら「やめてください」と真顔で嫌がられました。

――それはつらい。

 5歳のときのかわいさはまったくなくて。背が高くなり、だらしない調子で太ってて。しかもファッションもダサい感じ。正直さえないなーって思いつつも、そこは実の息子だから、会ったときはうるうるしてたわけですよ。でも「お金は用意しましたか」と言ったり、「やめてください」と拒絶されて悲しくなりました。

 「一緒に写真撮ろうか」と言って「裁判所がいいならOK」と言われたのですが、裁判所の調査官に「ダメだ」と言われました。最後には「今まで父さんとおばあちゃんに育ててもらったんだから、これからは恩返ししないとね」と伝えました。

 それで再会が終わったんですけど、お互いの控室が隣同士で、壁越しにBの怒鳴り声とか何かを殴っている音が聞こえてきたんです。Bが感情に任せて暴れてるんだということは直感しました。30分以上ずっとその音が聞こえていました。息子が私からお金を取れなかったことに、怒り狂っていたんでしょうね。昔のことを思い出して恐怖で体が震えました。息子がそんな父親の元で暮らしてきたのかと思うと、かわいそうで仕方がなかった。でも、もう時間がたちすぎてしまいました……。

――とすると、その後、息子さんとは?

 一切会っていません。大学も結局行かなかったようです。連絡先を渡しているので、もし何か望むことがあれば連絡してくるでしょうけど、何もありません。私のほうから望むことも特にないです。

 18歳の息子に会ってわかったんです。私がそれまでずっと会いたかったのは、5歳のときの、あのかわいい子どもだったんだと。5歳から18歳までの成長が見られなかったこと、一緒の時間を過ごせなかったことは本当に残念です。死ぬまでずっと、その気持ちは残ったままでしょう。

 私は別れたときに思ったんですよ。「Bら父子よりも、私はずっと幸せに生きてやる」って。だから、お互い楽しく生きればいいと思います。息子には好きに生きてほしい。私は私で楽しく生きてやるからって。

****
 そんな彼女は、同じような境遇の別居親に会って相談にのったり、結婚する前のようにフェスを見に行ったりして人生を謳歌している。コロナ禍になって活動を少しセーブしているようだが、コロナ禍が終わればまた、精いっぱい人生を楽しむつもりなのだという。

(西牟田靖)

米倉涼子の絶叫がムカつく!?なぜ貴乃花を起用?2021年不快なCM総決算

 テレビがメディアの中心であったのは今は昔。とはいえ、ネット上で未だに話題になる「嫌いなCM」の数々。本稿では、いかなる理由によって嫌われているのかを、CM業界の目線から考察していきたい。

 まず挙げられたのが、大量の出稿量によってお茶の間でおなじみとなった楽天モバイルだ。出演者は米倉涼子ほか。

 ド派手なピンク色の画面に立つ米倉の「日本の携帯代は高すぎる!」とい…

続きを読む

サイゾーウーマン編集部員が選ぶ、「今年読んでほしかった!」ベスト記事セレクション

 2021年、サイゾーウーマンが公開した記事本数はざっと4800本。ジャニーズから芸能ニュース、料理レシピにマンガと日々いくつもの記事が更新されるため、よほどのサイ女マニアでも全記事完読は困難だったのではないでしょうか?

 実際、編集部員のほうも、記事を出したものの「あれ? 読まれてない……?」「ひょっとして、ブックマークしたまま忘れられている……?」など、あらぬ不安を抱いているものもあるんです。

 そこで今回は、いま一度読者の皆々様にお届けしたい記事を、編集部員のパワープッシュコメントとともにご紹介。芸能やゴシップだけではない、サイ女の“深層”を知る上でも、ぜひチェックいただけたら幸いです。

氷川きよしの覚悟に胸いっぱい

氷川きよしことkiiちゃんが「婦人公論」で語る! “演じてきた別人格”と“私”の2つの表現と覚悟

今年の下半期、サイゾーウーマン編集部では「kiiちゃん素敵!」ムードが同時多発で巻き起こったのですが、そんな事情を知るよしもないライターさんから、こちらの原稿が到着。やっぱり時代は今、kiiちゃんを求めてるのね!! と興奮しながら編集したものが、こちらの記事です。

 「男らしくあろうとさまざま努力もしました」と、これまでの葛藤を語るkiiちゃん。そこから「現実の私」を肯定して今に至る言葉に、胸がいっぱいになりました。生きる姿勢そのものがメッセージになっているkiiちゃんの来年のさらなる飛躍を祈り、またサイ女編集部のkiiちゃん元年を記念して選びました。

推しの「政治」的な言動に抵抗感があるのは、なぜ? K-POP・韓流ファンは避けられない『日韓のモヤモヤ』

K-POPアイドルが「独島は我が国」を歌ったというニュースや映像を見るたびに、モヤ〜とした気持ちになっていました。K-POPカルチャーを好きになるほど、裏からチクチク心を刺してくる「モヤモヤ」は大きくなるばかりなのに、その違和感を考えたりしませんでした。だって、日々更新されるキラキラした動画や写真や情報を見るのに忙しいし、モヤモヤしてたら応援できないし。……なんて調子で10年近くも違和感を放置していたんです。ひどい話ですね。

 でもBTSのブレークでいよいよモヤモヤの正体を見つめてみることにしたのが、この1本。20代の現役大学生の座談会トークなので、堅苦しさゼロ、友達と話してるノリで読めちゃうのでぜひ、読んでみてください!

ドラマ『アンという名の少女』副読本にオススメ! 斎藤美奈子『挑発する少女小説』氷室冴子『いっぱしの女』

『赤毛のアン』『若草物語』『あしながおじさん』といえば、小学生時代に夢中になった物語。アンやジョーやピッピから、自由に強く歩んでいくこと、自尊心を手放さず自分らしく生きる姿を教えてもらいました。そんな、少女を題材にした小説を解説した本『挑発する少女小説』をレビューした記事がこちら。

 ドラマの『アンという名の少女』は実は見ていないのですが、昨年には『若草物語』の映画版『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』が公開になるなど、少女小説がエンターテイメント分野でもにわかに盛り上がっているようです。エンタメ好きの人にも読んでもらいたい1本!

「ランドセルから宗教のアイテムを暴かれる」カルト宗教2世信者あるある言いたい!

 多面的な顔を持つサイゾーウーマンの中で、編集部員が密かに(?)熱心に展開しているジャンルが「宗教」。2021年は「2世信者」の方の原稿を毎月公開してきました。

 すでに宗教から脱会したという、元・2世信者のこのライターさん。親が熱心な信者の場合、どんな幼少期を過ごし、どんな友人関係を築くのか? なかなかよそでは読めない内容を明かしてくれています。シリアスではなく軽いタッチでつづられているので、読み始めると次へ次へと読み進めちゃいますよ!

94歳、“オンナ詐欺師”の仰天「ホラ吹き」人生ーー「年寄りには親切に」を逆手に【岡山・高齢女性詐師:前編】

 女性犯罪者が起こした実際の事件を、高橋ユキさんが執筆する連載「悪女の履歴書」。これまでは殺人事件ばかりを追ってきましたが、こちらは詐欺事件とあって、ちょっとおかしみ要素もあります。

 金持ちを装ったおばあちゃんが、町内中の住民から金を詐欺っていくのですが、騙されるほうの下心を刺激するのが実にうまいんです。それだけ金を集めてなにに使っていたのか? それは原稿を読んでいただきたいのですが、おばあちゃんの人間性が表れていましたよ。連載担当者として、このおばあちゃんは歴代ナンバーワンでキャラ立ちしている人物。映画化希望の事件でした。 

「レノアリセット」“ヨレ戻し効果”は本当か!? 3年着用Tシャツ&トレーナーで検証レビュー

 IKKOが「ヨレ戻し~!」と高らかに叫ぶCMでおなじみの柔軟剤・レノアリセットの実力を試したレビュー記事。パッケージ裏には、ヨレヨレのTシャツや毛玉だらけのトップスを洗うと、新品のように元通り……と伝えたいのだろう写真が掲載されているものの、にわかには信じがたい! ということで、「3年以上着用してヨレヨレになったTシャツ」「保育園で子どもが着倒したトレーナー」「綿100%のニット」を洗って、徹底的に検証!

 結果として、パッケージ裏のような「新品同様」には戻らなかったものの、「なんか洋服が元気になった」という、今までの柔軟剤にはなかった変化を実感。しかし、残念な点も……。記事内には、レノアリセット使用前・使用後の写真も掲載しているので、ぜひその目で確認してほしい。ちなみに、この記事を掲載してから、我が家の柔軟剤はずっとレノアリセットです。

スマホアプリ「マフィア・シティ」で30分だけ遊んでみたら……戦うどころか「街づくり」!? 敵がわからない「抗争シーン」と悲しき結末

 今年も1年「ステイホーム」な日々が続き、時間を持て余していた人も少なくないのでは? そんな時、なんとなくYouTubeを見たり、なんとなくネットサーフィンをしたりしていると、なんとなく目に留まるのが「マフィア・シティ−極道風雲」という謎ゲームの広告。これを見る限りでは、プレイヤー自身がチンピラになって、“マフィアのボス”に成り上がっていくシミュレーションゲームのはずなのに……。

 「30分だけ無課金で遊んでみて、面白さをジャッジする」という企画だったものの、ライター・アウちゃん氏の“ファインプレー”で、まさかの結末に! ネットの広告はあてにならないという学びだけでなく、iPhone仕様の罠にも気付ける奥深い1本。

未明の伊勢崎で山口組と稲川会が大乱闘! 元極妻が語る、ヤクザが抗争を起こすワケ

 一方、こちらはホントのヤクザに関する1本。人気連載「『元極妻』芳子姐さんのつぶやき」で、群馬・伊勢崎で勃発した集団大乱闘を解説しています。これ、YouTubeで検索すると、やばすぎる動画が見られるのですが、今年一番の衝撃映像でした。

 伊勢崎の交差点にたむろする約20人ほどの男性集団に1台の車がツッコんでいくところから始まり、金属バットのようなもので殴られ、蹴り飛ばされる男性の姿も……。そこに、取り囲んでいた男たちに別の車が突っ込んできたと思えば、銃撃音のようなものも聞こえるし、最後のほうでは車で何人もの男が跳ね飛ばされているのが映されています。トラウマ級なので、動画は各自、覚悟の上でお願い致します。

瀬戸大也の不調&不倫は「馬淵優佳のせい」? 「オンナが料理をすべき」の思い込みが、“アスリートの妻”に背負わせるモノ

 東京五輪の競泳日本代表選手にもなった夫・瀬戸大也の不倫が発覚したのは、2020年9月。瀬戸は瞬く間にスポンサーを解除され、大会出場停止処分を受けるなど、芸能人よりもキツ~いペナルティが課されましたが、一方の馬淵は、この時から「輝きだした」といって差し支えないのでは?

 何がどう転んだのか、夫の不倫を踏み台にしたかのようにメディア出演が活発になり、世間が思う“アスリートの妻”像とかけ離れて行ったからか、ネット上では厳しい声も飛び交うことに。しかし、それは「妻は夫を支えるべき」というバイアスがかかっているから……と指摘した1本。来年も馬淵の動向に注目シています!

出産した息子と25年前に生き別れに……10歳年上の芸術家と結婚、62歳女性の悲劇

『子どもを連れて、逃げました。』(晶文社)で、子どもを連れて夫と別れたシングルマザーの声を集めた西牟田靖が、子どもと会えなくなってしまった母親の声を聞くシリーズ「わが子から引き離された母たち」。おなかを痛めて産んだわが子と生き別れになる――という目に遭った女性たちがいる。離婚後、親権を得る女性が9割となった現代においてもだ。離婚件数が多くなり、むしろ増えているのかもしれない。わずかな再会のとき、母親たちは何を思うのか? そもそもなぜ別れたのか? わが子と再会できているのか? 何を望みにして生きているのか?

第7回 檀恵美子さん(62歳・仮名)の話(前編)

「元夫の家に泊まりに行っていた息子を迎えに行くと、玄関のドアに貼り紙がしてあったんです。『当分の間、旅に出ます。この家には二度と近づくな!!』って」

 檀恵美子さんは25年前に起こったことを淡々と語った。以来、彼女は息子と生き別れだ。

「まだ幼かった頃の、愛くるしかった息子に会いたいです……」

 彼女は一方的に息子を奪われたのか? それを防ぐ手段は取れなかったのか――?

10歳年上の芸術家と結婚し、男の子を出産

――生い立ちを教えてください。

 関西南部の出身です。前の東京五輪よりも前の、高度成長期に生まれました。両親だけじゃなく親戚のほとんどが学校の先生という、そんな家柄でしたので将来の進路は教師以外考えられませんでした。

 1977年に東海地方の教育大学に通い始めて、私の人生、変わってしまいました。地元を離れてはじけたんです。当時、人気のあったフォークやロックにはまって、ライブハウス通いをしたり、自分で弾き語りをしたり。仲間とお酒を飲んだり。親元にいて守られていた頃にはなかった自由を手に入れました。

――なるほど。片田舎にいた真面目な少女が、カウンターカルチャーとかヒッピー文化とかにどっぷりハマったんですね。それで卒業後はどうしたんですか?

 実家に戻って、教師になりました。小学校の先生を志望していたんですけど、採用されたのは中学校。教師は11年間続けましたが、私にとって大変な生活でした。というのも、音楽の先生なのにピアノがうまく弾けなくて。しかも音楽のほかに家庭科や体育を教えたり、毎日それはもう必死でした。部活の顧問もやっていました。中高と自分もやっていたバスケ部で生徒たちをしごいていたんです。

――ヒッピーとしごき、なんだか結びつかないですね。その後、どのようにして結婚されたんですか?

 遊び仲間の男性Aと結婚しました。ところが一緒に暮らしてみると、AはひどいDV男で顔が腫れて大きさが変わるぐらいまで殴られました。音楽の趣味は私と一致したんですけどね。

 結局、Aとは1年で離婚して、その後、Bと再婚しました。会えなくなったのは、そのBとの間にできた子どもです。

――Bさんとは、どんなふうに知り合ったのですか?

 90年に開催された某野外フェス。そこで私の隣にテントを張ったのが大学時代の友人で、そこに一緒に来ていたのがBでした。Bは10歳ほど年上の芸術家で、本当に素晴らしい絵を描くんですよ。でも、いい絵を描くからといって良い人とは限らないのに、会った直後はそれがわからなくて。Bの作品の素晴らしさと自由さに惚れ込んでしまったんです。

――結婚を決断したのはなぜですか?

 翌91年に妊娠がわかったからです。出産直前まで教師を続けてから退職、その時点で婚姻届を提出。東海地方にあるBの実家に同居し始めて、92年8月に男の子を出産しました。

――なるほど、関西を離れて、Bさんの実家に同居し、そののちに出産したのですね。

 そうです。出産後、助産院で1週間過ごした後、Bの義母にもいろいろ世話になりながら新生児時期の子育てをしました。

 暮らしてみてわかったんですけど、Bは強烈なマザコンでした。母子が密着したまま、大人になったような人だったんです。しかも、子どものことは全部私に責任を押し付けてくる。例えば子どもが寝汗をかいて肌が荒れたら「お前のせいだ」と怒鳴られる。

――お義母さんはどんな人ですか? お互いの関係は?

 Bの住んでいた県はアパレルが盛ん。義母は朝テキパキと家事をこなしてから、アパレル関係の仕事場に向かっていました。すごく働き者。義母が家事を一切やってくれるので、すごく楽でした。「あんたは子どもだけ育てておけばいい」と言って実際、楽をさせてくれました。

――お義母さんが働き者でよかったですね。

 でも、生後3カ月で症状が出てきた息子のアトピーのことで、義母やBともめるようになったんです。医師が処方してくれたステロイドが劇的に効きすぎて、びっくりしちゃった。これだけ効き目があるのは、むしろ体に危ないんじゃないかって思ってしまって。だったら、私の体質を改善して、質のいい母乳を飲ませて、息子のアトピーを治してみようと。そのころBは一緒にアトピー専門の病院にも行ってくれました。

――食事療法にこだわったんですね。そうすると檀さんの日々の食事を変えていかなきゃならないのでは?

 そうなんです。でも、Bや義母と一緒に食べていたものが食べられなくなる。それで、彼がどんどん不機嫌になっていったんです。「なんだその宗教みたいな治療法は」と怒鳴られるようになりました。

 でもそうして、価値観が合わないからといって怒鳴られ続けることに嫌気が差してしまって、夜の営みを拒否するようになった。すると彼はますます攻撃的になってしまって。その果てに、「お前はキ〇〇イだ」と罵倒され、精神科に行くことを強要されました。

――Bさん自身は子育てに関わらなかったんですか?

 好きなとき、気が向いたときだけ抱っこしたり、面倒を見たり、その程度です。しかも彼は自由な人。急にどこに行くかわからない。

 親子3人でフェスに行ったときがそうでした。私たちを放置して、パーッと好きなバンドを見に行きましたし、帰りは帰りで、「あの電車に乗るぞ」と言って、ひとりだけパーッと走って飛び乗ったりするんです。幼い子どもとお世話用のカバンを両方抱えてゆっくりしか歩けない私にはついていけなかった。

――生活費に関してはどうでしたか? 芸術家と言えば、収入的に不安定なイメージがありますが。

 息子が赤ん坊のときは彼がすべて持ちました。私は教師を辞めて、子育てに専念していましたからね。その当時は作品が売れに売れていた時期だったので、羽振りはかなり良かったです。タンスの中にお札が数十枚も積み上げてあって、「勝手に使ってもいいよ」と言っていたほどですから。その割には、日々のやりくりについて、「俺の稼ぎを勝手に使いすぎだ」と強く言ってケチをつけてきましたけどね。

――それはつらいですね。

 そうやって、アトピーのこととか、生活費のこととか、彼の考えに合わないと、急に機嫌が悪くなって、ガミガミ強く言われたり、加えて暴力を振るわれました。Bは怒り方がヒステリックで急なんですよ。

 例えば、いきなりかみついてきたり。あとちゃぶ台返しもありましたね。子どもと食事していたら、いきなりちゃぶ台をバーンとひっくり返して、その後、頭をげんこつで殴ってくるんです。それで何か自分だけでは手に負えないというふうに判断すると、電話で義母を呼ぶんですよ。

――強烈なマザコンって言ってましたよね。

 最初の頃は、義母も私に「がまんしてね」と言ってくれました。でも、やっぱりそこは親子、しかも母子密着してずっと生きてきた親子ですからね。私が暴力を振るわれていることがわかっていても、Bが間違ったことを言っているってわかっていても、結局、最後はBの味方をするんですよ。その挙げ句、私が悪いと言って2人して責めるようになりました。

――何か解決法はありましたか?

 子どもが成長して赤ん坊から幼児になると、Bに「自分の小遣いぐらい自分で稼げ」と言われて、私、パートに出たんです。すると今度は別の問題が出てきました。

――というのは?

 Bは芸術家気質なので、昼夜が逆転しています。私は朝からパートへ行くわけです。Bは日中の寝ている間は義母に息子の世話を任せっきりの一方で、夜はかわいがりたいからと、子どもが寝ていても離さないので、私は全然子どもに会えない状態でした。そんな家庭内の子どもの引き離しがきつかった。

 それで私は弁護士に相談するようになったんです。すると「親権を取りたかったら、子どもを連れて、先に出ていったほうがいい」とアドバイスされました。息子が4歳のときです。

――夫婦ゲンカは続いていたんですか?

 エスカレートするようになってしまって。「連れて出ていく」「いや置いて出ていけ」そんなやりとりです。もみ合いになったり殴られたり。ほんとにBは言葉の暴力がひどかった。怒鳴ることは日常茶飯時。あと、壁に穴を開けたり、庭で大きな音を立てて物を壊したり。とても恐ろしかった。

――実際、出ていったんですか?

 はい、息子がやはり4歳のとき、一度、家を出てます。夜、義母のいるところで言い合いになって「出ていく」「出ていけ」となった時に義母が息子を抱っこして離さなくて、「ひとりで出ていけ」と言われてもみ合いになり、そのまま追い出されました。

 身を寄せたのはパート先の事務所です。泊まれる場所があったので、そこに泊まりました。何日かしてBが事務所に息子と来て「戻ってきてほしい」と言われました。そのときは一回戻ったんですけども、そのうち家を出るつもりではいました。それで、4歳のクリスマスの時期、子どもを連れて家を出たんです。いわゆる連れ去りです。

――どのようにして連れていったんですか?

 「アイスクリームを買ってきます」と告げて、息子と車に乗りました。その前にBや義母が知らないところで、息子に聞いていたんです。「お母さん、家を出るけど、お母さんとお父さん、どっちについていく?」って。すると息子、「お母さんと行く」って言ったんです。

 私は息子と一緒に関西の実家に戻りました。すると翌々日、Bが義母と一緒に私の実家にやって来たんです。

(後編へつづく)