東京ディズニーランドで、ママ友の行動にあぜん! 「自分の娘の写真しか撮影しない」のは非常識?

「子ども同士の付き合い」が前提のママ友という関係には、さまざまな暗黙のルールがあるらしい――。ママたちの実体験を元に、ママ友ウォッチャーのライター・池守りぜねが、暗黙ルールを考察する。

 いまや持っていない人がほとんどいないほど普及しているカメラ付きのスマートフォン。かつては子どもの成長を撮影するために、高価な一眼レフのカメラを持つママたちも多かったが、スマホに搭載されたカメラが高画質になった今では、「子どもの写真はスマホで撮る」というママが主流だろう。

 夏は外出の機会が多くなるので、子どもを撮影する機会も増えるが、誰でも手軽にできるスマホでの撮影はトラブルがつきもののようだ。今回は、子どもの撮影をめぐるママ友の“暗黙のルール”について、ある女児のお母さんの話を取り上げる。

東京ディズニーランドにママ友グループ3組で来園

 泉美さん(仮名・39歳)は、都内にある幼稚園に6歳になる女の子を通わせている。

「うちの幼稚園は、1学年2クラスしかないアットホームな園。送り迎えで顔を合わすので、ほとんどのママさんと交流があります。この2年はコロナ禍の影響で、園行事が減ったので寂しかったですが、春休みに仲の良いママ同士で、東京ディズニーランドに行ってきたんです」

 泉美さんは、みんなでディズニーランドへ行くことに、最初は乗り気ではなかったという。

「本当は、体験型アトラクションのキッザニアのほうが、子どもも楽しめると思ったんです。でも大のディズニー好きで、娘の誕生日には毎年家族でディズニーランドに出かけているというママ友の美沙子さん(仮名・39歳)に勧められまして……。『今は人気のアトラクションもレビューも抽選制だし、人数制限をしている。そこまで混んでないし、過ごしやすいよ』と言われ、うちはこの2年間ディズニーランドに行っていなかったのもあり、一緒に行こうと思いました」
 
 同い年で、ともに「一人っ子の娘を持つ」泉美さんと美沙子さんは、娘同士の仲が良いこともあって、一緒に遊ぶ機会が多いという。

「うちの子は、どちらかというと引っ込み思案で、友達と遊ぶ時も、相手のペースに合わせるタイプ。一方の美沙子さんの娘は、率先して『これやろう』と、友達を誘うタイプなので、仲間の中でリーダーになりやすいんです。ただ、『もう帰るよ』と言うと、『いやだ。ママたちのいじわる』とすねてしまったり、約束をしていない日にうちに遊びに来たがったりと、ちょっとわがままなところが気になるんですね……家で相当甘やかされているのかもしれません」

 そんな美沙子さんの娘の対応に不安を抱き、「もう1人ママ友がいたほうがいい」と考えた泉美さんは、桂子さん(仮名・40歳)もディズニーランドに誘ったという。

「例えば、ご飯を食べる時なども、『場所を取る係』『注文や片付けをする係』『子どもを見る係』と役割分担できるので、3組で行ったほうがいいかなと思ったんです。桂子さんは娘と同じ6歳の女の子のほかに、3歳になる男の子もいるので、普段はなかなか遊園地にも行きづらいと言っていて……だから『私たちと一緒に行こうよ』と誘いました」

 こうして3組の親子でディズニーランドに行くことになった泉美さん。しかし、その当日、美沙子さんの態度で気になることがあったという。

「舞浜駅に着いたら、まず子どもたちだけで集合写真を撮ったんですが、美沙子さんは、桂子さんの息子が疲れてぐずっているのもお構いなしに、かなり時間をかけて撮影していました。入園後も美沙子さんは、常にスマホを持って、写真撮影をしていたのですが、その被写体は自分の娘ばかり。一方の桂子さんは、下の子を抱っこしている時間が多く、なかなか自由に写真を撮ることができていなかったので、正直、『自分の娘だけじゃなくて、桂子さんの娘も撮ってあげればいいのに』って思っていました」

 泉美さんは、なるべく子どもたちが3人でいるところや、桂子さんの娘を撮影するように気をつけていたという。

「シンデレラ城には、ガラスの靴が展示してあるスポットがあり、ゲストが履くマネをして、写真撮影することもできるんですが、美沙子さんはここでも娘の撮影に没頭。しかも娘が『もっと撮って』と駄々をこねていたんですよね……。列ができているのもあって、うちの子や桂子さんの娘はぱっと撮影して済ませたんですが、美沙子さんの行動にはあぜんとしました」

 そして後日、LINEグループのアルバムで写真を共有した際に、泉美さんは驚いたという。

「美沙子さんの撮った画像が、想像以上に自分の娘ばかりだったんです。当日の楽しそうな雰囲気は伝わってきたのですが、ママ友グループで遊びに行った時って、普通、自分の子ども以外の写真も撮影しませんか? 今はLINEで写真を共有するのが基本なのに、自分の子どもの写真しかないって、非常識というか、周りから浮いちゃうと思います。『ママ友グループで遊びに行った時は、自分の子ども以外の写真も撮ってシェアする』。これって暗黙のルールといっていいのでは」

 今回の「ママ友グループで遊びに行った時は、自分の子ども以外の写真も撮ってシェアする」という暗黙のルールは、最近では主流になってきているのかもしれない。LINEグループでシェアした際に、自分の子どもの写真ばかりだと、「気遣いのない人」と思われてしまう可能性は高い。

 しかし、撮られるのが好きな子もいれば、苦手な子もいる。自分の子ども以上に、ほかの子どもの写真を撮るのは難しい一面もある。夏休みになると、ママ友同士で出かける機会も増えるだけに、事前に「子どもの写真を撮ったらシェアするね」という形で、相手とその子どもが「写真を撮ってもらうと喜ぶか」を確認しておいたほうがいいのかもしれない。

 今回のケース以外でも、ママ友同士の写真のルールは、意外と複雑なように思う。例えば、ママ友に自分の子どもの写真を撮ってもらうこと自体はありがたいというママでも、許可なくSNSなどに画像をアップされるのは嫌だというケースも多い。

 例えば、あるママが「フォロワー限定公開だから大丈夫」という認識で、勝手にママ友の子どもが映った写真をSNSに投稿。しかし、そのママ友は、「絶対に子どもの顔をネットに載せたくない」という考えだったため、トラブルに発展したという話は後を絶たない。

 子どもの写真の取り扱いについては、子ども自身の意思よりも、ママがどうしたいかが重要視されるもの。相手が自分と同じ考えの持ち主だとは限らないので、さりげなく確認することが必要だろう。画像はのちのちまで残るものだからこそ、その取り扱いについては慎重になりたいものだ。

 スマホがこれだけ普及した現代のママ友付き合いでは、お互いの子どもを撮影する機会は避けられないように思う。自分の子どもだけでなくママ友の子も撮影する心遣いだけでなく、「撮っていい?」の声がけや、SNS投稿の際の許可取りなど、そういったルールをママ友同士で守り合うことは、やはり大切なのではないだろうか。

「恋愛成就」「女人守護」のパワースポット神社に知られざる落とし穴! 願い事を叶えるお守りの本当の意味

――女性メディアですっかり定番となった「パワースポット」について、歴史や神話、民俗学に詳しく、書籍も数多く手掛ける上江洲規子氏が知られざる一面を明かす!

 近年のパワースポットブームで、神社は特に注目されている。とりわけ女性に人気なのはやはり、女性の守護に霊験あらたかな神社だろう。しかし、「女人守護」という耳当たりの良い言葉に惹かれて、気安く願い事をしても良いものだろうか。もしかしたら、大きな落とし穴が口を開いているかもしれない。

出雲大社が「縁結び神社」なのはムリなこじつけ?

 そもそも、神社の霊験とはどのように定められたものなのだろう。実は、その根拠は曖昧なものも多い。

 出雲大社は御祭神の大国主命が多くの女性から愛されたことや、神無月に日本中の神々が出雲に集まって縁結びの相談をするという俗説から、縁結びの神社とされている。しかし、吉田兼好は『徒然草』第二百二段に「十月を神無月と言ひて、神事に憚るべきよしは、記したる物なし。もと文も見えず。但し、当月、諸社の祭なき故に、この名あるか。この月、万の神達、太神宮にあつまり給ふなどいふ説あれども、その本説なし」と書いている。

 太神宮とは伊勢神宮のこと。つまり、神無月に万の神々が集まるのは伊勢神宮だというのだ。さらに「その本説なし」、信じるに足る根拠がないとも言っている。古来出雲地方には、旧暦10月に神々が集まるという信仰はあったようだが、日本全国から、また縁結びの相談をするためであるとする典拠はない。

 天満宮が学問の神様なのは、祭神の菅原道真公が当代きっての秀才だからだが、そもそも全国に天満宮が建立されたきっかけは、彼が雷神となって宮中に祟りをなしたからだ。

 天満宮は本来、祟り鎮めの神社だったとされる。神社の霊験は、本来的な意味を外れたこじつけもあるのだ。

京都の「女人守護」で有名な神社は……

 京都に本社を置く、とあるゲームメーカーの旧社屋が高級ホテルとして生まれ変わったとこの春ニュースで報じられたとき、京都の事情に詳しい人々は戸惑いを隠さなかった。なぜなら、この建物は「五条楽園」と呼ばれた土地にあるからだ。

 五条楽園は江戸時代後期から大規模な遊廓として栄え、少なからぬ遊女たちがこの地に沈んだ。遊郭には用心棒が必要で、彼らが遊ぶ花札を製造するメーカーが、この地に生まれたのも偶然ではない。

 京都で女人守護の社として有名な神社も、五条楽園の中にある。つまり、この神社が守護した女人とは、遊女たちであったと考えるのが自然だろう。

 民俗学者の柳田国男や折口信夫らは、日本における遊女の発端は、神女に近いものだったと指摘する。たとえば「日本書紀」きっての女傑でもある神功皇后が海外から凱旋した際、摂津の住吉大社に田植女(※編注:田植えをする女性)を召した。彼女たちはのちに遊女になったとされるため、現代の住吉大社御田植祭でも、芸妓たちが重要な役割を担う。

 歴史学者の網野善彦氏は、遊女らは多少とも聖性を持つ集団であったと思わなくてはならないが、14世紀を境に女性の社会的地位が低下して、遊女が蔑視されるようになったとする。さらに江戸時代になると、遊廓に囲い込まれた花街は「悪所」と呼ばれるようになっていく。

 それでもなお、太夫などのごく一握りの花形遊女たちは美貌と教養を兼ね備えた高嶺の花で、丁重に扱われ、彼女たちと遊ぶためには大散財せねばならなかった。しかし、多くは身分の低い遊女たちだ。ヘトヘトになるまで客をとり、果てには性病にかかったり、望まぬ妊娠をしたりして、短い命を散らすこともあった。

 遊女たちが苦界から抜け出したくても、年季が明けるか、お金持ちに身請けされるのでなければ、身動きがとれない。ほとんどの遊女が親に売られている。借金が足かせとなっているのだ。身請けは遊女の同意が建前だが、実際は強要されての身請けもあったようだ。

 そんな遊廓に鎮座する神社が、「女性を守護する神社」に育っていくのは自然な成り行きだろう。社伝によれば豊臣秀吉により現在の地に遷されたとか。移転の理由は説明されていないが、本来市場の守護神であった神社が、多くの遊女がお参りするうちに、女人守護の意味合いが強くなっても不思議はない。

 彼女たちがこの神社で何を祈ったのかはわからないが、「好きな人と結婚できますように」といった、夢見がちなものではなかったと想像できる。戦国時代に日本へ持ち込まれたとされる梅毒が、多くの遊女の命を奪ったことから、当病平癒を祈った可能性も高い。そしてそれは、吉原遊郭に鎮座する吉原神社など、ほかの遊廓のそばにある女人守護の神社にも同じことが言えるだろう。

 むろんそれでも女性の守護神であることは間違いがなく、女性の幸せを祈っていけないわけではない。鎌倉時代以前は、少なからぬ教養高い遊女が天皇や上皇、女院に仕えていたとされるし、さまざまな境遇の遊女がいたであろうに、ただ「遊女だから」と哀れむのもおかしな話だ。

 しかし、江戸時代以降には、苦しい思いをした遊女たちが数多くいた。彼女たちに一切心を寄せることなく、「好きな人と結ばれたい」ましてや「好きな人を略奪したい」などと祈ったとして、長く遊女たちを見守ってきた神の同情を得られるだろうか。

 遊女ではない女性たちの守護神も、女人の願い事を叶えてくれると人気だ。

 海女の歴史は古い。今から約二千年前、垂仁天皇の皇女である倭姫が、伊勢の国で海女が獲った鮑(アワビ)を召し上がられたとされるし、『魏志倭人伝』にも海女に関する記述がある。海女たちが身につけるお守りは、五芒星と縦四本横五本の格子で、通称を「セーマンドーマン」と呼ばれる。

 セーマンは安倍晴明、ドーマンは晴明のライバルで在野の陰陽師だった蘆屋道満を意味するとされるから、陰陽道を起源とするのかもしれない。このお守りは「女性の願い事に霊験あらたか」として人気だが、海女たちは本来もっと明確で、限定された願い事のために肌身に付けた。

 その願い事とは「トモカズキ除け」だ。トモカズキは「伴潜き」とも書くように、海女と一緒に潜水する海の魔物。海女が一人で海に潜っていると、手招きしたり、鮑などの海産物を差し出したりして、岩場の影に招き寄せようとする。

 つい手を伸ばしたり、近寄ったりすると、捕まえられて海面に浮上できなくなり、ついには命を落とすのだという。

 現代的に考えれば、潜水中に血中の酸素濃度が低下し、幻覚を見たのだろう。しかしトモカズキに命を奪われた海女は、自身もトモカズキになると信じられており、この難を避けるためのお守りとして、セーマンドーマンが伝わっているのだ。

 むろん、意味を拡大解釈して、「女性の命を守護してくれるお守り」と受け止めることもできる。しかし、恋愛成就を願ってセーマンドーマンを手にした人は、アテが外れた気分になるのではなかろうか。

 どんな神社にも歴史があり、そこで祈りを捧げてきた人たちがいる。ただ手を合わせる機会があるだけでもありがたいものではあるが、この神を敬ってきた人たちにも思いを馳せ、心を添わせてこその「神社の霊験」だろう。神社の歴史や意味を考えたうえでお参りすれば、霊験はさらにあらたかになるに違いない。

上江洲規子(かみえしゅう・のりこ)
歴史、特に古代史や神話のほか日本文化やリクルートなどの分野で執筆を手掛けるライター。古代史は博物館をめぐって発掘調査の研究成果からアプローチするだけでなく、「日本書紀」や「古事記」はもちろん、「風土記」「古語拾遺」「先代旧事本紀」などの史料も参考にしている。民俗学者・田中久夫氏の「御影史学研究会」にも参加し、日本の民俗も勉強中。

■参考文献
角川学芸出版『徒然草』今泉忠義訳注 平成20年10月20日改定九十四版発行
明石書店『中世の非人と遊女』網野義彦著 1994年6月25日 第一刷発行
明石書店『女人差別と近世賤民』石井良助著 1995年2月15日 第一刷発行

SATUSSY(韻踏合組合)が見てきた約20年のラップとポリコレ

 ラップとポリティカル・コレクトネス――同居することはあれど、完全に溶け合うのは難しい。歯に衣着せぬ生々しいラップのリリックには、差別用語や暴力的な表現を躊躇なく使う曲が数多く存在する。しかし、その刺激こそラップの魅力のひとつでもある。ただ、誤解しないでほしいのは、ラップは無知や差別、そして暴力を推奨していない。むしろ、メディアが伝えない現実を音楽にして広め、被差別や暴力に対抗、もしくは消化…

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あびる優が告発、才賀紀左衛門の「子ども連れ去り」はレアケースではない――元夫を罪に問えず「わが子から引き離された母たち」

 あびる優が、ニュースサイト「文春オンライン」の7月20日付け記事で、前夫で格闘家の才賀紀左衛門による娘の連れ去りを告発した。現在7歳になる娘は、才賀とその交際女性の3人で生活しているが、21年4月に東京高等裁判所により、親権者があびるになることが決定したという。

 あびると才賀は2014年に結婚。翌15年5月に娘が誕生したが、19年に離婚。このとき、親権は才賀が持つと公表された。その後、あびるは親権者変更を求める調停を起こし、昨年、正式に親権者があびるに決定。娘の引き渡しが確定したものの、現在に至るまで才賀は行動に移していないという。

 あびるは、こうした状況について「文春オンライン」の取材で、「違法な“連れ去り”状態にあるのです」と才賀を糾弾している。

 このニュースが報じられると、ネット上は騒然。「裁判で決まったのなら素直に子どもを優さんに引き渡すべき! これ略取・誘拐罪になるんじゃないのかな?」「親権が法的に正式に認められた。強制的に執行のようなことはできないんだろうか」と、法律について疑問を抱く声や、「才賀の親権が棄却された、というのは、生育環境に問題があると見なされた。なかなかないことだと思う」「法的にはあびるに戻すように結論が出たが、娘に毎日あびるの悪口を言って、刷り込みを頑張ってるかもしれない」などと、才賀に否定的なコメントも多い。

 今回の告発で注目を集めた子どもの「連れ去り」だが、実はこうしたケースは少なくない。サイゾーウーマンでは、離婚前に夫が子どもを連れ去り、親権を争うもそのまま会えなくなった女性や、〜〜〜の女性などにインタビューを行っていた。全十回の連載「わが子から引き離された母たち」のうち、元夫の連れ去りを罪に問えなかったという女性を、この機会に再掲したい。


(初掲:2021年9月20日)

 『子どもを連れて、逃げました。』(晶文社)で、子どもを連れて夫と別れたシングルマザーの声を集めた西牟田靖が、子どもと会えなくなってしまった母親の声を聞くシリーズ「わが子から引き離された母たち」。

 おなかを痛めて産んだわが子と生き別れになる――という目に遭った女性たちがいる。離婚後、親権を得る女性が9割となった現代においてもだ。離婚件数が多くなり、むしろ増えているのかもしれない。わずかな再会のとき、母親たちは何を思うのか? そもそもなぜ別れたのか? わが子と再会できているのか? 何を望みにして生きているのか?

第5回 キャサリン・ヘンダーソンさんの話(後編)

▼前編はこちら

「『あなた犯罪者じゃないのに、なぜ2年間も子どもたちに会えないの?』と、私の国の友人たちから言われます」

 そう嘆くのは、高校生の娘と中学生の息子、2人の子どもを持つ、キャサリン・ヘンダーソンさん。彼女の祖国、オーストラリアでは共同親権、共同養育が当たり前、別れた後に子どもに会えなくなる母親は約1%にすぎないという。

 彼女はなぜ、遠い日本の地で、わが子と生き別れになってしまったのか――。後編では、生き別れになってしまうまでのことを聞く。

子どもに会えなくなるなんて、思ってもみなかった

――日本には戻ったんですか?

 もちろん。私は学校で働いていて、生徒たちに対する責任がありますから。そのまま子どもとオーストラリアに住むことは考えませんでした。もしオーストラリアでそれをやると、アブダクション(誘拐)と見なされて罰せられます。でも今思えば、弁護士事務所に行くことを彼に予告してしまったのは、失敗でした。

――なぜ予告したんですか?

 離婚する気はなかったし、嘘はつきたくなかった。それに「隠すべきではないな」って思ったんです。そもそも私、離婚しない方法を考えるために、弁護士事務所に行くつもりでしたし。でも彼は、私の予告を宣戦布告と捉えたんでしょう。このままだと、キャサリンに子どもを連れていかれてしまうと。

――彼は、どんな手を打ってきたんですか?

 私が弁護士事務所を訪れる前日の18年1月17日、「明日、弁護士事務所に持っていってください」と敬語で言われて、記入済みの離婚届を渡されました。その届の親権者は私になっていました。

――とすると、その離婚届は使わなかったんですね。使っていたら、子どもたちの親権は、あなたのものだったのでは?

 そうなんです。でも私、そのとき、離婚する気がなかったし、日本の単独親権制度の怖さがよくわかっていなかった。まさかその後、会えなくなるなんて思ってもみなかった。だから、区役所に提出しなかった。

――では、彼が子どもたちを連れ去ったのはいつですか?

 その前に彼は離婚協議書の草案を作成して、私に渡しました。そこには、養育費の金額とかの条件がいろいろ書いてあった。彼が作った草案に私が目を通して修正した後、2月21日に承認しました。そして、その後すぐ、私が仕事から帰ってきたら、彼が家からいなくなっていました。何も言わずに。彼の荷物もない。数日前に「これが新住所」と記されたメールが届いただけ。

――そのとき、子どもたちは連れ去られたのですか?

 いえ、子どもはまだ家にいました。だから、次の日から、私ひとりで子どもの世話をしなければならなかった。それで、私の母が子育てを手伝うために、オーストラリアから来てくれました。

――それから彼とは、どんな関係だったんですか?

 次の週は息子の誕生日だったので、「家族4人でレストランに出かけましょう」と提案しました。すると、彼は来ました。でも、その食事は本当につらかった。私たちを捨てた彼とは会いたくなかった。彼が許せなかった。

――それでも、子どもたちのために頑張ったんですね。その後は? レストランでお別れしたんですか?

 私たち3人の車に無理やり、彼が乗り込んできて一緒に家に帰ろうとした。「俺の家に帰るだけなのに何が悪いんだ。キャサリンが俺に指図することはできない」って言って。でも、私、我慢した。息子の誕生日なのに、ケンカするところを見せたくなかったから。

――迷惑に感じたでしょう?

 そう思った。だって彼、その日、午後10時半を過ぎても帰らなかったんですよ。私は翌日学校があるから早く寝たかったし、鍵をかけたかった。だけど、帰ってくれなかったので、寝られなかった。

――で、その後の彼は?

 子どもたちに会いに、週3回のペースで来るようになりました。

――それは意外な展開です。

 子どもたちと一緒に出かけたり、なぜか息子と2人でシャワーに入ったり。その上、使用済みの自分のタオルを、「これ俺のタオル」だと言って置いていったり。

――帰るのも遅いのですか?

 そうなの。私は朝が早いから、早く帰ってほしかった。だけど、彼は「これは俺の家だ」と言って、別居先の家になかなか帰っていかない。だから、子どもが宿題できなかったりしたこともしばしばあった。

――彼が何をしたいのか、わからなくなってきました。

 4月、彼は行動を起こしました。別居をやめて戻ってきて、私と子どもたちの仲を引き裂く工作を始めたんです。まだ母がいるときに。そして私がいないときに、いろいろと私の悪口を言って、子どもたちが私を嫌いになるようにしていたんです。

――片親疎外(PAS)ですね。でも、子どもたちと一緒に住んでいるなら、効果が薄いのでは?

 そうでもなかった。毎日毎日、私の悪口を言われ続けると、子どもたち、信じるようになった。親子関係は良好だと思っていたので、気がついたときはショックだった。

――いつ気がついたんですか?

 毎年8月、子どもたちを連れてオーストラリアに行っていたんですが、その年、出発の1カ月ほど前に息子にこう言われました。「マミーに連れ去られるから行けない。パパが裁判を起こしたら2年かかる。そうすると私たちはパパに2年間会えなくなる」って。

――それはショックですね。

 そのとき、私は「連れ去り」とは何かを知りませんでした。まだ8歳の息子がなぜそんな言葉を知っているのかなと思い、「連れ去りって何?」と聞いたんです。すると息子は「わからない」って。そばにいた娘は、やりとりを見て、「まずい」という表情をしました。2人に彼が「連れ去り」の話をしたのだと思います。

――ひどいですね。

 当時、父がアルツハイマーにかかっていて心配だった。だから、子どもたちをオーストラリアに連れていって、顔を見せたかった。でも、子どもたちは彼の言葉を信じてしまって、一緒に帰ってくれなかった。悲しかった。でもどうしようもない。だから、私ひとりで、2週間ほどオーストラリアに帰りました。

――引き離すことに彼は必死ですね。

 そうなの。もしオーストラリアで同じようなことをすれば、彼が親権を失います。別れても、共同で責任をもって養育するのが当然だから。もし相手の合意を得ずに子どもを連れていったら、実子誘拐として罰せられます。

――オーストラリアでは、離婚はどのように進められるのですか?

 例外を除いて1年間、離婚する前に別居しなければならない。それが法律で決まっている。その間に、しっかりとした話し合いが行われるんです。その間に、考え直したり、お金のことを決めたり、養育計画を作り上げたりする。そうした決まり事を経たあと、弁護士とかに見せにいってOKが出たら、やっと離婚できる。オーストラリアは親権のことを何年か前に「ぺアレント・レスポンシビリティ(親責任)」とした。親が子どもに対して責任を持つ。だから、子どもから逃げることはできない。

 日本では紙一枚だけで離婚できるから、責任を取らなくても離婚ができる。親権のことも紙一枚で決められてしまう。オーストラリアでは、親権のない親が子どもに会えなくなっても知らんぷり、という日本の離婚制度とは全然違う。

――彼が子どもたちを実際に連れ去ったのはいつですか?

 私がオーストラリアから戻って約8カ月後の19年4月16日、彼に子どもたちを連れ去られました。

――その日の経緯を教えてください。

 私が朝起きて職場に行って、夕方自宅に帰ってきたら、全部なくなっていました。テレビ、電子レンジ、炊飯器、車、ソファ。全部なくなりました。お皿、コップ、鍋、ポット。全部なくなっていた。それに子どもたちもいなくなっていた。

――1日でそういうことができるのは、あらかじめ計画してないと無理ですね。

 でも裁判では、子どもは14歳と10歳で、まだ未成年だから連れ去りじゃない、それに物を持ち出すのは犯罪ではないと判断された。私の許可なしに盗んだのに。

――日本人として申し訳ない。

 彼だけじゃなくて、裁判所や日本の法律が、私を悪い目に遭わせている。

――そもそもビジネスで忙しくなったんだったら、彼には子どもを育てる時間もないじゃないですか? 行動が矛盾しているように思います。

 そうなの。彼が本当にやりたかったのは、自由な時間を持つこと、ビジネスをすることでしょ? でも子どもを連れ去って、子どもの世話をしなくちゃならなくなった。だから、今はそれができなくなった。それに家族を壊してしまって、子どもたちや私を傷つけた。男として父親として、完全な失敗。子どもに自分のお母さんを嫌いにさせるのってすごい。本当に恥ずかしい。全然尊敬できない。

――彼は、なぜ子どもたちをあなたに会わせることを、そんなに拒否するのでしょうか? 会わせたほうが楽なのではないかと思いますが。

 「キャサリンが家庭を壊した犯人だから、キャサリンが悪い。だから、子どもと会う資格がない」というストーリーを彼は裁判で言い、子どもにも家で言い続けました。だから、私に会わせるとストーリーが壊れる。それが嫌。

 もし私に会わせたら、「お母さんはあなたたちを愛してるよ」っていうことを、子どもたちが思い出すでしょう。そうすると、2人は母親と一緒に住みたがる。それを恐れて、完全に私と会わせないようにしている。私が本当はいい母親だから、こういう状態になったんだと思います。

――その後、どうなりましたか?

 20年11月に判決が出て、親権者は彼になりました。連れ去りしたこと、片親疎外をしたことを罪に問うことはできなかった。それとは別に、面会交流の調停で、後日、ビデオレターを見せることが決まっていました。

――そのビデオレターは、どんな内容だったのですか?

 私から子どもたちに向けたメッセージで、長さは20分間です。そのビデオレターを、私の弁護士が子どもたちにオンライン(Zoom)で見せる予定でした。

――子どもたち、喜んだでしょう?

 いいえ。Zoomにつながった子どもたちの反応は、そうではありません。娘が私の弁護士に「私たちには見る義務があるのですか?」と言ったんです。弁護士が「別に」と答えると、娘は「私たちは見るのを拒否します。私たちはビデオを見たくない。お母さんの顔を見ると、気持ち悪くなるから」と言って、ビデオレターの視聴を拒否されてしまいました。Zoomにつないでいたのは、たったの10分間でした。

――言わされてるようですね。

 20年12月の調停で、調停委員にこう言われました。「子どもが嫌がっているなら、面会は無理です。子どもたちは、あなたに会わなくても大丈夫。子どもの将来を考えて、会いにいくのを遠慮してください」と。そうして、「今後、面会交流はなし」という判断が出た。私はすごくショックを受けて、足がゼリーみたいにグニャグニャになって、立って歩くことすらできなくなった。そのとき、待合室で2時間ぐらい泣きました。

 21年1月、追い打ちをかけるように、彼のほうから通知が来た。そこには、次のように書いてあった。婚姻費用(離婚前に配偶者と子どもたちに払う生活費)を払え。4人で住んでいた家から1週間以内に立ち退けと。1月にその手紙が来て、その後、ショックのあまり体調を崩し、約7週間、家から出られなくなった。

 3月になってようやく、家を出られるようになった。だけど、通勤中にパニック状態になって、たどり着けなかったり。学校に着けたとしても、その途端にすごくストレスを感じて、保健室で休んでいたりしました。「生きているのは嫌。子どもがいない人生はいらない」って、そういうことばかり考えてしまう。

 オーストラリアにある自殺防止の公共電話サービスに電話したり、カナダのカウンセラーにオンラインで相談に乗ってもらったり、漢方薬で症状を抑えたりしていて、今はこうしてやっとインタビューに答えられるようになった。

――子どもたちとは、まったく会っていないのですか?

 3月に、息子の小学校の卒業式に参加しました。私と校長先生といい関係をつくっていたので、それができた。でも、息子の入学した中学校がどこかは知らない。今はどこにいるのかすらわからない。

――今後、どうやって生きていきますか?

 今は、私が何をやっても、子どもに会うことができない。連絡先がわかっても、会うのを拒否されるでしょう。となると、子どもの気持ちの変化を待つしかない。でも、このようなインタビューを、たまたま子どもたちが見つけて読めば、私が何を考えていたかを知ることができるでしょ? そうすれば私の気持ちをわかってくれるし、きっと会いに来てくれる。私はそれを信じている。
(西牟田靖)

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人気商品は大抵「メルカリ」に!? いち早くゲットできる方法を、買い物狂いが解説!

――2年で1,300万円以上溶かし、現在借金は●00万円の“買い物狂い”のライターが、苦しくも楽しい「散財」の日々を綴ります。 

 すごーく欲しいものでも、「予約商品のためお届けまで2カ月」とか言われると、とたんに「むう……」と冷めることなるないですか? この間、とっても欲しい服があったのですが、このお届け時期のせいで尻込みしていまい、注文をやめてしまったんです。

 そのブランドは、「KANAKO CLOSET」さん! YouTuber・kanakoさんとファッション通販サイト「Zelal(ゼラール)」のコラボ商品を展開しているんですが、とにかく手元に届くまでの期間が長いッ! 服によっては、「100日」というものも存在します。ぴええええん、そんなに待てないよお!

 こんなとき、私がやることといえば、フリマアプリのパトロール。人気商品は、大抵出品されているものなんですよね。早速メルカリを覗いてみると……やっぱりありました。KANAKO CLOSETの服が! とはいえ、出品されていた商品は軒並み売り切れ。このブランドの素敵さは、やはり、見る人にはわかるようです。こうなったら、フリマアプリパトロールに必須なあのアプリに登録するしかあるまいっ!!

 これまでにもたびたび紹介してきましたが、私はどうしても欲しいものができたときには、「フリマアラート」というアプリを使うようにしています。このアプリにキーワードを打ち込めば、フリマアプリに出品されたときにすぐに通知してくれるの! ただ、すっかり熱が冷めたころにアラートが発動して、鎮まったはずの欲望の炎がまたぼうぼうと燃え上がることもあるんだけどねっ!

 話を戻すと、KANAKO CLOSETさんの服はフリマアラートにかけなきゃ手に入らない人気商品だと思ったので、迷わず登録しました。これで憧れの服が手に入るってもんよお!!(公式サイトから買えって話なんですけどね……汗)

 さて、それから月日は流れ、ある日、いつものようにステディとテレビを見ていると、ビビーっとアラームが作動しました。ムムッ!? いったい何が売られたの……!?

 いざ見てみると、出品されたのは、「こなれカーディガン」というアイテム。「このカーディガンさえあればこなれて見える」という触れ込みで、発売当時も「ギャオー! 欲しい!! でも80日待ちィ!?」となった一着でした。私はブラックが欲しかったものの、出品されたのはベージュのほう……。でもでも、お値段なーんと4,890円! 安い!! YouTubeで服の良さはわかっていたつもりだし、これはチャンス!!

 ホホホ、あまたのライバルたちよ。キミたちがこのカーディガンの存在に気付く前に私が購入しますわ? もちろん、値下げ交渉なんてまどろっこしいことはなし! なんたって安……いえ、ワタクシ、良客ですもの!! 速攻でポチりますわッ!!!!

 そんなわけで、購入してから日ほどして、家に件のカーディガンが届きました。実物はずっしりと重さがあり、秋~冬にちょうどよさそうな生地感。かなり丈が長いのは「こなれ感」を演出するためかしら。あと、背中の部分もちょっと一癖ありまして、襟が立つようになっていました。これも「こなれ感」を出すためのこだわり? こういう微細な部分って、ネットで見ただけじゃわからなかったから感動!!

 よし。KANAKO CLOSETさんの良さは十分わかった……! 私、ずっとカートに入れたまま購入を悩んでいたワンピース、買うわ……!! たとえ80日待てと言われても、あたしゃ買う、買うわよ!!!!

 そして鼻息を荒くしながら公式オンラインストアを覗いたところ、件のワンピースは「SOLD OUT」になっていました……ギャフン! くっそおおお、到着を待たせるだけじゃなく、予約段階で売り切れるなんてえええ。私が正規ルートでKANAKO CLOSETさんの服を買う日は遠そうだわ……ぐすん。

■今回の出費
KANAKO CLOSET「こなれカーディガン」 4,890円(メルカリ)

渡辺徹、現在は「シュッとしてる」! 妻・榊原郁恵とマヨネーズにのろけるブログをチェック

――日々更新される、芸能人のブログやSNS。毎日無数に更新される投稿の中から、かつて注目を集めたタレントの意外な活動や、ただただ元気そうな姿、ちょっと心配になる近況など、ライター・浦島茂世が「あの人」の「いま」を追いかけます。

今月の思い出しタレント:渡辺徹

 俳優であり、歌手であり、妙な関西弁を駆使して場を取り仕切るのも上手なマルチタレントでもある――今回は、そんな渡辺徹さんを取り上げます。

 1980年のドラマ『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)で芸能界デビューを果たし、一躍人気者になった渡辺さん。ドラマ出演中はアイドル的な活動もしていましたが、同作の出演を終えた時は、なんと体重130キロまで増えてしまったのだとか。

 ちなみに、漫画家の故・さくらももこさん作『ちびまる子ちゃん』6巻(集英社)に収録されている短編エッセイ漫画「手をつなごう」では、さくらさんが16歳で初めて好きになった異性が渡辺さんで、それを友達に知らせるかどうか悩んだ、とオチに使われていました。

 でも、天国のさくらさんに伝えたい。あまり広くは知られていませんが、いまの渡辺さんは、デビュー当時と同じくらいシュッとしていて、同い年の田原俊彦さんに負けずとも劣らないほど、相当にカッコいいことを……! おそらく、その理由の一つは、妻の榊原郁恵さんに愛されたいためだと思われます。

 渡辺さんは結構マメにブログを更新しているのですが、その大半が郁恵さんの“のろけ話”。どのくらい渡辺さんが郁恵さんを好きなのかというと、7月15日現在、全818件ある記事のうち

「郁恵」という文字列のある記事が159件
「榊原」という文字列のある記事が114件
「妻」という文字列のある記事が366件

という割合です。ちなみに、参考値として「長男」で検索してみると43件、「次男」が51件、「愛犬」が7件、「小川菜摘(渡辺さんとは文学座の同期で、家族ぐるみでなかよし)」が7件、「浜田(菜摘さんの夫・ダウンタウンの浜田雅功さん)」が6件。

 妻以外の家族、また大御所芸人一家の記事件数を大幅に上回る数字を見れば、渡辺さんの頭の中は、郁恵さんでいっぱいであることがよくわかるでしょう。

 6月2日更新のブログでは、郁恵さんが出演中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のリハーサルに参加する夢を見たと明かしていました。なんでも、「妻が芝居をやる時は何故かよく、自分も参加してる夢を見るのだ」とのこと。やっぱり相当、郁恵さんのことが大好きなのだと思います。

 ちなみに、『ハリー・ポッター』の舞台はオーディションがあったそうで、郁恵さんはそこを勝ち抜き、マクゴナガル校長役を勝ち取った……と、これも渡辺さんのブログにしっかり書いてありました。そう、渡辺さんのブログを読んでいれば、知らずしらずのうちに“郁恵さん博士”にもなれる、親切設計なわけです。

 そのほかにも、“郁恵さんの父が大好きだから”という理由で、渡辺さんの好物になった名古屋名物「納屋橋まんじゅう」の廃盤にショックを受けた話(そこまで好きなんだ?)や、自分が出演したラジオ番組にメールを送った郁恵さんにお礼をする話(家で言えばいいのに)など、渡辺さんのブログは、隙さえあればのろけをぶちこんでくるので油断できません。

 まさに“おしどり夫婦”といえる渡辺さんと郁恵さん。しかし、1993年には一部週刊誌が、渡辺さんと不倫関係にあったという女性の告発を掲載し、2004年にも仕事で訪れた大阪のホテルにて、女性と密会した疑惑が浮上しました。

 離婚危機が報じられたこともありますが、2人は昨年「いい夫婦 パートナー・オブ・ザ・イヤー 2021」を受賞。会見では、渡辺さんが「いろいろと迷惑をかけましたが、(受賞は)ひとえに女房のおかげ」と語っていました。過去の行いから、「郁恵さんに気を使ってブログを書いているのでは?」という考えも若干頭をよぎりますが、それだけの理由で600件以上ののろけブログは書けないとも思います。

 ちなみに、渡辺さんは郁恵さん以外にも「マヨネーズ」が大好きな様子(19件の記事があります)。かつては健康を気遣う郁恵さんに禁止されていたのですが、ここ最近は解禁されたようで、5月22日のブログでは、番組のロケでマヨネーズ工場の見学に行ったことを報告。「我を忘れてはしゃいでしまった」とつづっている通り、満面の笑みを浮かべる渡辺さんの微笑ましい写真も多数掲載されていました。

 郁恵さんもマヨネーズも大好きな渡辺さん。これからも、たくさんのろけてもらいたいものです。

浦島茂世(うらしま・もよ)
美術ライター。1日の大半を芸能人・有名人のSNS閲覧に費やす。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』(ジービー)、『猫と藤田嗣治』(エクスナレッジ)など。趣味はドトールコーヒーショップのBGMを曲名検索アプリにかけること。

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