「5G」とは一体なんですか? 「4G」のままじゃ、どうしてダメなんですか?

「わざわざ調べるほどじゃないけど、なんか気になる」「知らなくても損しないけど、どうせなら覚えておきたい」……日常にあふれる“素朴なギモン”、ズバッと聞いてきました!

 2020年の春からサービス開始が予定されている、次世代移動通システム「5G」。……といっても、実際「5G」ってなんだかよくわからない人が大半なのでは(もちろん、筆者もその一人)。どうやら、アメリカや中国、韓国ではすでにサービスが開始されており、現在広く普及している「4G」よりも、通信速度が100倍速くなるのだとか。いやいや、ホントに!? 「4G」でも十分速いけど!?

 もうちょっと詳しく知るために、大手携帯キャリアの公式サイトをチェックしてみる。それぞれ「5G」の解説ページを設けており、かなり力を入れているようだ。

 ソフトバンクは5Gについて、「『超高速』『大容量』『低遅延』『多接続』『高信頼』などの特長を持つ」「AI、IoT、スマートカー、ロボット、VRなどの新しいビジネス領域を切り開いていくと予測」と解説している。詳しいことはよくわからないけど、“スゴイ”ことだけは伝わった。新しいビジネスの例として、「遠隔医療や工場の自動化に役立つ ロボットアームの遠隔操作」「建設現場の未来を変える 高負荷な処理が必要な3D設計図をタブレットで操作」といろいろ並べられているものの、これらが今の暮らしにどう役立つのか、イマイチ実感が沸いてこない。

 NTTドコモはさらに力を入れているようで、来年1月に『DOCOMO Open House 2020』なるイベントを開催し、そこで「5G」を大プッシュするよう。公式サイトを見ると、「2014年から実証実験を開始し、2019年9月20日にプレサービスを開始」とあり、思わず「そんな前から!?」と驚いた。こちらでも「ドライバーの眠気などを、カメラやウェアラブル端末から車載AIロボットが検知」「他国語での会話はデバイス間でリアルタイムに通訳」と具体例が挙がっており、「5G」によって便利な生活がもたらされるとアピールしている。

 でも、普通に生活しているだけなら、「4G」でも十分に通信速度は速いし、ほとんど不便を感じない。それに、「4」が「5」になった程度で世界がガラッと変わるとも考えにくい。そこで、思い切ってNTTドコモに話を聞いてみた。

「『5G』とは一体なんですか? 『4G』のままじゃ、どうしてダメなんですか?」

広報担当者 「5G」に関しては主管部署が多岐にわたるため、数日間は時間をいただくことになります。

 ううむ、大手企業っぽい回答~! 仕方なく数日待ち、あらためて聞いてみたが……。

広報担当者 いただいた質問についてですが、弊社のみで回答しきれるものではない質問もあり、関係各所に確認をしてもらっているところです。おそらく、年内の回答は難しそうな状況です。

 なんか、めっちゃ大ごとになってない!? いや、そりゃあ国家規模のプロジェクトでしょうから、簡単に答えが返ってくるわけないですよね。大変失礼いたしました……! というわけで、今回は「5G」に詳しい国際技術ジャーナリストの津田建二氏に質問をぶつけてみた。

――「4G」から「5G」に変わると、一体どうなるんですか?

津田建二氏(以下、津田) 「4G」から「5G」への変化というのは、わかりやすく言うと、高速道路の幅を広げるようなことです。「4G」が2車線だとすると、「5G」はそれを4車線、8車線、10車線と広げていくイメージですね。「4G」だと渋滞してしまうけど、「5G」にしたらたくさん車が通れて、走る速度も上がる。要するに、高速移動できる車に乗り換えるわけではなく、今まで通りの車に乗りながら、快適に通行できるよう道路を整備するのが「5G」ということです。

 「4G」が渋滞する原因は、携帯電話で撮影した動画をSNSにアップしたり、動画配信サービスで映画を見たりといった、今では日常的になった行動です。それに20年夏には、東京オリンピックが開催されますよね。新国立競技場に集まった6万人以上の観客が一斉に動画をアップすると、「4G」のままでは回線に負担がかかって、パンクしてしまうかもしれません。これを今まで通り快適に、サクサク通信を行うため「5G」にしようという話なので、「5G」に変わったからといって、いきなり近未来が訪れるということではないですね。

――大手携帯キャリアのサイトを見ると、「超高速」といった言葉もありました。生活に大きな変化はなくても、「5G」はやっぱり通信速度が速くなるのでしょうか?

津田 20年の時点では、「4G」と「5G」はそこまで変わらないと思います。日常生活の中で変化が感じられるのは、30年頃じゃないでしょうか。一応、「5Gはこれくらいの通信速度を目指しましょう」というのが世界的に決まっているのですが、これはあくまで“目標”なので、今はどこの国もそれを目指している段階。「5G」は、これからも開発が進んでいくということです。遠隔操作で手術ができるようになるなど、「5G」によって大きく変化する業界もありますが、日常生活のレベルでは、私たちが知らないうちに変わっていくことがほとんどでしょう。

 夢のある話のように思えるけど、全然そんなことなかった「5G」。でも、今の暮らしを続けていくため、欠かせない変化だということもわかった。とりあえず、「5G」がブイブイ言わせてるだろう2030年の未来をこの目で見るために、「健康に気をつけよう」と現実的なことを思ったのだった。

★★★★★日常の“素朴なギモン”を大募集!★★★★★

 サイゾーウーマン読者の皆さんに代わって、気になることをズバッと聞いてきます! 下記よりご応募ください。

【応募フォームはこちら】

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「わざわざ調べるほどじゃないけど、なんか気になる」「知らなくても損しないけど、どうせなら覚えておきたい」……日常にあふれる“素朴なギモン”、ズバッと聞いてきました!

 2020年の春からサービス開始が予定されている、次世代移動通システム「5G」。……といっても、実際「5G」ってなんだかよくわからない人が大半なのでは(もちろん、筆者もその一人)。どうやら、アメリカや中国、韓国ではすでにサービスが開始されており、現在広く普及している「4G」よりも、通信速度が100倍速くなるのだとか。いやいや、ホントに!? 「4G」でも十分速いけど!?

 もうちょっと詳しく知るために、大手携帯キャリアの公式サイトをチェックしてみる。それぞれ「5G」の解説ページを設けており、かなり力を入れているようだ。

 ソフトバンクは5Gについて、「『超高速』『大容量』『低遅延』『多接続』『高信頼』などの特長を持つ」「AI、IoT、スマートカー、ロボット、VRなどの新しいビジネス領域を切り開いていくと予測」と解説している。詳しいことはよくわからないけど、“スゴイ”ことだけは伝わった。新しいビジネスの例として、「遠隔医療や工場の自動化に役立つ ロボットアームの遠隔操作」「建設現場の未来を変える 高負荷な処理が必要な3D設計図をタブレットで操作」といろいろ並べられているものの、これらが今の暮らしにどう役立つのか、イマイチ実感が沸いてこない。

 NTTドコモはさらに力を入れているようで、来年1月に『DOCOMO Open House 2020』なるイベントを開催し、そこで「5G」を大プッシュするよう。公式サイトを見ると、「2014年から実証実験を開始し、2019年9月20日にプレサービスを開始」とあり、思わず「そんな前から!?」と驚いた。こちらでも「ドライバーの眠気などを、カメラやウェアラブル端末から車載AIロボットが検知」「他国語での会話はデバイス間でリアルタイムに通訳」と具体例が挙がっており、「5G」によって便利な生活がもたらされるとアピールしている。

 でも、普通に生活しているだけなら、「4G」でも十分に通信速度は速いし、ほとんど不便を感じない。それに、「4」が「5」になった程度で世界がガラッと変わるとも考えにくい。そこで、思い切ってNTTドコモに話を聞いてみた。

「『5G』とは一体なんですか? 『4G』のままじゃ、どうしてダメなんですか?」

広報担当者 「5G」に関しては主管部署が多岐にわたるため、数日間は時間をいただくことになります。

 ううむ、大手企業っぽい回答~! 仕方なく数日待ち、あらためて聞いてみたが……。

広報担当者 いただいた質問についてですが、弊社のみで回答しきれるものではない質問もあり、関係各所に確認をしてもらっているところです。おそらく、年内の回答は難しそうな状況です。

 なんか、めっちゃ大ごとになってない!? いや、そりゃあ国家規模のプロジェクトでしょうから、簡単に答えが返ってくるわけないですよね。大変失礼いたしました……! というわけで、今回は「5G」に詳しい国際技術ジャーナリストの津田建二氏に質問をぶつけてみた。

――「4G」から「5G」に変わると、一体どうなるんですか?

津田建二氏(以下、津田) 「4G」から「5G」への変化というのは、わかりやすく言うと、高速道路の幅を広げるようなことです。「4G」が2車線だとすると、「5G」はそれを4車線、8車線、10車線と広げていくイメージですね。「4G」だと渋滞してしまうけど、「5G」にしたらたくさん車が通れて、走る速度も上がる。要するに、高速移動できる車に乗り換えるわけではなく、今まで通りの車に乗りながら、快適に通行できるよう道路を整備するのが「5G」ということです。

 「4G」が渋滞する原因は、携帯電話で撮影した動画をSNSにアップしたり、動画配信サービスで映画を見たりといった、今では日常的になった行動です。それに20年夏には、東京オリンピックが開催されますよね。新国立競技場に集まった6万人以上の観客が一斉に動画をアップすると、「4G」のままでは回線に負担がかかって、パンクしてしまうかもしれません。これを今まで通り快適に、サクサク通信を行うため「5G」にしようという話なので、「5G」に変わったからといって、いきなり近未来が訪れるということではないですね。

――大手携帯キャリアのサイトを見ると、「超高速」といった言葉もありました。生活に大きな変化はなくても、「5G」はやっぱり通信速度が速くなるのでしょうか?

津田 20年の時点では、「4G」と「5G」はそこまで変わらないと思います。日常生活の中で変化が感じられるのは、30年頃じゃないでしょうか。一応、「5Gはこれくらいの通信速度を目指しましょう」というのが世界的に決まっているのですが、これはあくまで“目標”なので、今はどこの国もそれを目指している段階。「5G」は、これからも開発が進んでいくということです。遠隔操作で手術ができるようになるなど、「5G」によって大きく変化する業界もありますが、日常生活のレベルでは、私たちが知らないうちに変わっていくことがほとんどでしょう。

 夢のある話のように思えるけど、全然そんなことなかった「5G」。でも、今の暮らしを続けていくため、欠かせない変化だということもわかった。とりあえず、「5G」がブイブイ言わせてるだろう2030年の未来をこの目で見るために、「健康に気をつけよう」と現実的なことを思ったのだった。

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【2019年映画レビュー】『アナと雪の女王2』エルサは「生意気」? 続編で失われたメッセージとは

 2019年に公開・配信された映画を、ジェンダーやフェミニズムの視点から紹介する本企画。第3回は、『映画系女子がゆく!』(青弓社)『映画なしでは生きられない』(洋泉社)などの著書を持つ、映画評論家の真魚八重子氏に「ジェンダー意識が高いオススメ作品」「ジェンダー意識が低いイマイチ作品」映画を聞いた。

第1回……フェミニスト視点で「オススメ」「イマイチ」作品は?/武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師・北村紗衣氏
第2回……劇場版『おっさんずラブ』に学ぶ、LGBTを“線引き”しないということ/男性ジェンダー研究家・國友万裕氏

ジェンダー意識が高いオススメ作品

『天才作家の妻 40年目の真実』……女性を取り巻く環境がリアルに描かれた、「答え」のない作品

 2019年に公開された『天才作家の妻 40年目の真実』は、男性が抱く女性への複雑な感情に根差した映画だった。「女には自分(男)より下でいてほしい」という利己的な欲求、女が作り出す創作物は男性優位社会では評価されないため、「男からの評価を得るためには女の名前では作品を発表できない」というミソジニーの構造。そんな女性を取り巻く状況が、本作の設定の裏付けとなっていた。

 コンプライアンスへの配慮や、「#MeToo」運動が日本でも盛んになった19年。それゆえに『天才作家の妻 40年目の真実』は、効果的な問題提議の作品であった。日常でも実際、気を抜くと男尊女卑の感覚が顔をのぞかせる男性はいる。しかし、差別に敏感な時代ゆえ、そういった言動が悪目立ちするようにもなった。それでも残念ながら、いまだにそういった男性は多く、女性は頻繁に小骨が喉に刺さるような思いをしているのだ。

 つい数日前も、お世話になっている映画雑誌のTwitterアカウントが、「キャーキャー言う女を喜ばしていたら俺らはダメになる。カメラの奥にいる男の客を笑わさないと」という旨の、島田紳助の過去発言を記載したツイートに「いいね」しているのがタイムラインに流れてきた。その雑誌も制作において、さまざまな形で女性が携わっているのに、いまだにそういう認識なのかと失望が込み上げる。

 こういった「女が理解できる程度のものはランクが落ちる仕事だ」という発言は、昔から多い。以前も知人の映画プロデューサーが、あるピンク映画の感想で、「ゆるい出来なので、まあ女性客向けかも」と書いていたことがあった。なぜ「出来の悪い映画」なら「女が楽しめる」と考えるのか、不思議でしょうがない。そういった考えを持って映画制作に臨めば、当然、目の肥えた女性客からは質の低さゆえに見放されてしまうのに。

 そしてつい今しがたも、何気なく観ていたお笑い番組で、闇営業による謹慎が明けた芸人が「これからは女性や子どもに訴える笑いをやっていきたい」と言っていた。こういう発言は些細なものだけれど、「おんな子どもは当たり障りのない、ぬるいもので喜ぶだろう」という手加減であり、「男にウケるソリッドな笑いとは逆を狙う」といった意味を指すのは、想像力があればわかるはずだ。

 娯楽を消費する際に先立つのは、性別よりもっと根本的な人間性の部分だ。つまり、男性がつまらないものは当然、女性にとってもつまらない。もし創作者が「自分としては手応えのないネタだけど、女を喜ばせるならこの程度でいいだろう」と考えて作品を世に発表した場合、残念ながら、スクリーンやテレビの奥にいる女性は楽しんでいない。なぜならそれは、ただ単に「手を抜いたぬるい作品」であって、性別関係なく、まともに取り合う価値のない出来だと判断されるからだ。「男が楽しむものは女に理解できない」「女はそれなりのものでも喜ぶ」という思い込みが横行する中で、女性が作り手に回って実のあるものを手掛けても、「女がこんなことできるはずない」と正当な評価を受けられないことは、想像に難くない。

 あらためて『天才作家の妻 40年目の真実』の話に戻ろう。この映画は、作家である夫のジョゼフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)がノーベル文学賞を受賞するところから始まる。この知らせを受けるも、妻のジョーン・キャッスルマン(グレン・クローズ)は心の底から喜ぶことができない。なぜならば、小説を書いてきたのは影武者である彼女だったからだ。女性の手掛けた小説が真っ当に評価されない時代の中で、ジョーンは夫の名前で作品を発表するしかなかった。一方、ジョゼフは才能がないのに、小説家志望だった若かりし頃のジョーンに、作家のノウハウを教える。そして、男女格差社会のひずみにつけこんで、ジョーンの作品を自分の名前で発表するように仕向ける。そしてその後も、名声を利用して女遊びに明け暮れながら、ジョーンの才能を搾取し続けていた……というストーリーだ。

 女性というフィルターがかかった途端、「女が男の領域に入ってくるな」といった露骨な嫌がらせを受けたり、作品の質にかかわらず正当な評価をされなかったりという経験は、何かしらの創作を行っている女性なら、大なり小なり経験していることだろう。個展に現れて若い女性美術家に教え諭そうとする「アドバイスおじさん」も、女性創作者の作品を下に見ているのと同時に、その女性と関わりたい欲望を秘めた、非常に面倒な存在だ。それは「教える」という自意識に満ちた態度となるし、時に女性嫌悪に端を発した、攻撃的な態度として現れたりもする。ジョゼフのジョーンに対する支配欲は、まさにその典型だ。

 『天才作家の妻 40年目の真実』は、こうした才能ある女性への抑圧と嫌がらせという、リアリティのある設定となっていた。ラストでジョーンが真実を明かすか否かの展開は、観る人によって賛否が分かれると思うし、どこか苦みが残るオチは後を引く。この映画が提示する不平等について、多くの当事者である女性たちにとっての正しい解答が知りたいものだ。

『アナと雪の女王2』……前作に比べ停滞感あり、メッセージ性も薄く

 逆に、前作と比べて停滞を感じ、ジェンダー的な視点から見てもイマイチな作品は、『アナと雪の女王2』だ。1作目では、エルサに王子様の存在が皆無というディズニーにおける珍しさや、妹とのシスターフッドにみられるセクシュアリティがファンの間で話題となった。そしていまだに同性愛者のプリンセスが登場しないディズニーアニメに対し、ソーシャルメディアを通じて「エルサに彼女を」というハッシュタグによる全世界的な運動も起こった。

 しかし、ファン待望の2作目では、1作目で暗黙の裡に表明されていた彼女の独身主義は特に言及もされず、メッセージ性は失われていた。「王子の登場を必要としない」という生き方は、男性から見るとその自立性が「生意気」という印象を持たれることがある。ディズニーにおいても、そういった異性を必要としない同性愛的な雰囲気や、か弱さのない独身主義は、先進的すぎたのだろうか?

林家ぺーの狂気性、大噴出! 「ブログがまるで怪文書」問題の実情と原因を探る

 ほらさ、虎舞竜の「ロード」も歌詞を公募して㐧15章が作られるって話だし、世の中ますます「何でもないような事が幸せだったと思う」流れなんですよ。というわけでね、今年起こった「何でもないof何でもない」ニュースをまとめてお届けします。まずは月間MVPの発表から!

1月 亀田史郎が「YouTube企画」として「#亀田史郎と姫月に聞きたい事」のタグでTwitterユーザーに質問を募り、19件の質問が集まる

2月 西川きよしがレギュラー出演中の『ごごナマ・おいしい金曜日』(NHK)でゲストの要潤を前に、なぜか2019年イチのハイテンションとなり、大量のうどんを吸って気管に入り、ド派手にむせこんで、あわや放送事故に

3月 芸能界随一のグイグイタレント・山田まりやが、観月ありさ主催の花見会に呼ばれ、多勢のセレブに混じってご満悦。居合わせた芸能人の名前をいちいちハッシュタグにして書き連ね、大ハシャギでブログを3連チャン更新

4月 YouTuber・石原真理子が「YouTubeの運営が再生回数を改ざんしている!」と咆吼

5月 水素水に裏切られた藤原紀香が、今度は宝石水を激推し

6月 元NHKアナウンサー・後藤繁榮がインスタグラムで「逆さまにされると嫌なこともありますよね。特にカバさんは。カバーしきれません」というオールドスクールにもほどがあるダジャレを威風堂々と披露

7月 デヴィ夫人がYouTuberデビューし、シャンパンを飲みながら出会い系アプリ「斉藤さん」に初挑戦。若い女子との出会い待ち中の男性ユーザーに「アタクシが誰だかわかりますか? オホホ」と電話をかけて回り、次々と萎えさせる模様を撮影した動画を投稿

8月 布川敏和が「新たなペットちゃん」としてオオクワガタのつがいを飼い始めたことをブログで報告。しかしこの件については8月中に2回触れただけで、その後の成長記録はいっさいお目見えしなかった

9月 小泉進次郎の「coolでsexyに」発言に対し、ぜんじろうがTwitterで≪英語で人前でしゃべるの、何年やっても難しいです。特にかっこつける時(笑)≫と、海外進出の大先輩であり英語のエキスパートとしてありがたいアドバイスを授ける

10月 森脇健児が毎年恒例となっている「キンモクセイの香りコール」を高らかにぶち上げ、秋の訪れを知らせる

11月 林家ペー、ブログの字間が狂い出し、いよいよ怪文書めいてくる

12月 オール巨人がブログで、月亭八方が高座に上がる際だらしなく脱ぎ捨てた草履をそっと揃えてあげたことを報告

 どうですかお客さん。「閉店セール最終日、最後の最後まで売れ残った黄土色の靴下」みたいなこのラインナップ。続いていよいよベスト3の発表!

 「空は青い」「地球は丸い」と並んでもはや自明の理となっている「石原真理子のブログはヤバい」。そんな彼女の今年の脳内トレンドはもっぱら、3月に逝去した萩原健一と、デビュー35周年を迎える吉川晃司だったようだ。

 3月に萩原健一が亡くなるや、堰を切ったようにブログ「ふわっとした瞬間」とYouTubeを頻繁に更新し始める真理子神。「権利関係? 知るかよ」精神にて、無許可でショーケンの画像やライブ映像をつなぎ合わせ、アップリケ感覚で好き放題にテロップやキャプションつけてアレンジ、「ショーケンと私」と題したシリーズを次々と投稿した。まあ、宇宙と地球を司る神(自称)にとって、コンテンツの権利どうこうなど、砂の一粒より瑣末事なのだろう。彼女がつけたキャプションによると、ショーケンと真理子神は共に≪21世紀の神話を創成≫した仲であり、彼が天に召されることで、真理子神がすでに歩んでいる≪神の道≫にやって来たということらしい。

 上半期のショーケンブームが去り(おそらく関係者からクレームでも入ったのだろう)、入れ替わるように、こんどは空前絶後の吉川晃司ブームがやって来る。真理子神の脳内ストーリーによると、今年になって元カレの吉川とヨリを戻し、婚約したのだそうだ。うん、おめでとうございます。「晃と真理の歴史」と題してYouTubeに投稿されたシリーズ動画(もちろんこちらも権利関係など無視でライブ動画を使用)には、≪二人の愛は永遠の愛≫≪またこのカフェに行こうね(ハート)≫≪もう泣かなくて済んだね〜(ハート)≫など、ジャニコンうちわ風のコメントテロップを重ねている。

 だが、そんなキャッキャ気分とは裏腹に、同時進行していたブログ「ふわっとした瞬間」を開いてみれば、「YouTubeの再生回数が改ざんされている! 運営よ、情報開示せよ!」とチンピラマインドで絡んでいた。要約すると「『ショーケンと私 No3』の再生回数が1043回から1021回に減らされている! 陰謀だ!」ということらしい。ちなみに、YouTubeの再生回数のカウント方法については公にされてはいないものの、「不正防止のため、同一のIPアドレスからの重複アクセスを差し引いてカウントが減ることがある」というのが大方の見解である。

 ところが真理子神、この「1043-1021=22」という数字を元に謎の計算法で「全動画トータルで1日あたり-31680回も操作されている!」という結論を導き出し、≪日本政府さん、今こそサイバー警察を早急に作るべきです。何とかして下さい≫と激憤。政府が動かないとわかれば(当たり前です)、続いてなぜか老舗YouTuberのHIKAKINに援護を求め始めた。しまいには≪この嫌がらせ問題をヒカキンが知りつつも私に協力をしないのであれば彼も犯罪者の一味となってしまうということです≫と脅迫モードに突入、大立ち回りを演じた。今年も相変わらず「ふわっとした瞬間」の爆風がすごすぎた。

 森脇健児にとって秋は特別な季節だ。なんといっても彼の存在価値を全国に知らしめる唯一のチャンスである『オールスター感謝祭』(TBS系)が、毎年9月末〜10月頭のどこかで放送されるのだ。「謙虚! 感謝! 素直!」の精神で1年間積み上げてきたものの全てを、『感謝祭』の「赤坂5丁目ミニマラソン」に注ぎ込んでいるのだから無理もない。

 ところで、森脇にとって秋がかけがえのない季節である理由が、実はもう一つあった。毎年10月〜翌年3月放送の冠ラジオ番組『森脇健児のサタデーミーティング』(土曜午後6~9時20分、 KBS京都)がスタートするのだ。森脇はプロ野球シーズンの4〜9月の間、同局系列番組の『森脇健児のサタデースタジアム』(土曜正午~午後1時)にも出演しているが、そちらはナイター中継に枠を譲るため放送時間が昼間で、なおかつ時間も1時間と短い。放送時間が3時間20分とたっぷりで、番組内コーナーも多彩な『サタデーミーティング』(通称サタミ)の方に気合が入るのは自然の道理だ。『感謝祭』と『サタミ』の幕開けが森脇にとっての秋なのである。これは「謙虚! 感謝! 素直!」のシャドーボクシングに力が入らないはずがない。

 そんなわけで、毎年9月後半頃から、貧乏ゆすりをし始める森脇である。今年はTwitterで≪牛のヨダレ!≫≪感謝マジック!≫≪謙虚ドリル!≫など、ツイートの末尾で意味不明のワードを連呼していた。そして誰からも拾われないのが森脇健児の森脇健児たる所以だ。『感謝祭』の前日、9月27日には≪おっ!キンモクセイの香りがしてきた、≫とツイート。どうやら森脇にとって「キンモクセイ」は『感謝祭』と『サタミ』が始まる合図、いわば法螺貝の音のようなものらしい。そして10月17日、≪ここにきてまてキンモクセイの香りこの秋、二回目のキンモクセイ≫とツイート。このあたりからは完全にギアがハイに入った模様で、≪コツコツが勝つコツ≫≪スターにならなくていい、みんながヒーローになろう≫≪グチョグチョに愚直!≫などのアッパーなワードが目立つようになる。森脇がキンモクセイの香りを叫んだら秋。日本の二十四節気に「森脇嗅金木犀」を加えたいところだ。

 6年前、『私の何がイケないの?』(TBS系)の密着取材で、ペーのモラハラが露見して以来、おなじみ「ファハ〜ッ!」の笑い声を発するパー子が、飼い主に首輪をクッと引っ張られて無理やり鳴き声をあげさせられるチワワに見えてしょうがない……そんな林家ペーパー子夫妻。2年前に「フライデー」(講談社)で報じられた「パー子、ベランダで『助けて〜!』を叫ぶ事件」も追い打ちをかけ、ペーパー夫妻の闇は広く人の知るところとなった。

 そんな彼らの日常を伝える林家ペーパー子オフィシャルブログ「ペーパーの余談ですけど」は、ピンクを基調とした極彩色のヘッダー画像に相反して、夫婦の闇がガンガンに表出している。「かかりつけの病院で薬をもらってきた」とだけ書けばいいものを、「薬」の部分について全7薬品の正式名称と濃度(mg、%)を明記しなければ気が済まないペーの異常な神経質さが薄気味悪かったり、ロケ番組でパー子がしらす丼を食べて「おいしい!」を連発したことについて≪食事 に ナーバス な ?パー子 が 珍しく≫と書かれており、「ふだんペーのモラハラの締め付けがキツすぎて、食事も安心して摂れないのでは?」と妙な勘ぐりをしたくなるフレーズが散見されたりで、要注意だ。

 ブログに変化が訪れたのは、11月15日更新の記事「10日ぶりの近況」でのこと。≪この度 我が アイフォン が フリージング という 大きな 病?に 罹り 治療 に 2週間 も 要したのである それ故 後日談 & 近況 と 相成った 次第 で ある≫と切り出し、iPhoneの故障と機種変更により更新が滞ったことを伝えているのだが、字間がおかしいため怪文書みたいになってしまっている。2日後のエントリー「ごごナマ(NHK)に生出演」の≪予め お断り申し上げておきます パー子 は 異常 な 人見知り?です トンチンカン な リアクション ?! ご了解 下さいませ≫というくだりなんてもうサイコパス風味たっぷりだ。

 察するに、もともとペーは「。」「、」を使わず単語と単語の間をスペースで区切っていたのだろう。iPhoneの旧OSではスペースを打つと半角スペースが表示されていたのだが、機種変更した新しいiPhoneのiOS13では、全角スペースがデフォルトとなっている(もちろん任意で半角スペースに設定できるのだが、ペーはやらないだろう)。そのため単語の間が全角アキになって怪文書になってしまっているのだ。もともとアシッドな文体なうえに字間も空きすぎて、さらに酸味増し増しのペーブログ、これからもますます目が離せない。

 どうでした? この記事を読んだあなた、人生で2番目ぐらいに無駄な時間を過ごしましたね。ごめんなさいね。こんなことを毎年やってるんですわ。でも、あなたの2020年の「何でもないような事」が幸せであるように心から祈っています。良いお年を!

※文中≪ ≫内は本人による文章ママ

佃野デボラ(つくだの・でぼら)
ライター。くだらないこと、バカバカしい事象とがっぷり四つに組み、掘り下げ、雑誌やWebに執筆。生涯帰宅部。

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【2019年映画レビュー】劇場版『おっさんずラブ』に学ぶ、LGBTを“線引き”しないということ

 2019年に公開・配信された映画を、ジェンダーやフェミニズムの視点から紹介する本企画。第2回は、『マッチョになりたい!? 世紀末ハリウッド映画の男性イメージ』(彩流社)、『BL時代の男子学~21世紀のハリウッド映画に見るブロマンス~』(近代映画社)などの著書を持つ、男性ジェンダー研究家の國友万裕氏に「ジェンダー意識が高いオススメ作品」「ジェンダー意識が低いイマイチ作品」映画を聞いた。

第1回……フェミニスト視点で「オススメ」「イマイチ」作品は?/武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師・北村紗衣氏

“実在の人物”だから、同性愛者が受賞? 「アカデミー賞」の惜しいところ

 この頃、あちこちでLGBTへの理解を深めるための催し等が行われています。これをきっかけに、LGBTへの理解が深まるのは悪いことではないと思いますが、しかし私は、“LGBT”と“非LGBT”の間にハッキリとした線引きをすることは、間違いだと思っています。ジェンダーやセクシュアリティはスペクトラムで、人によってグラデーションが違っているだけのこと。「100人いれば100通りの性がある」という考えにたどり着くのが、“性の解放”です。食べ物の好みのように、年齢によっても変わるものだという考えになれば最高ですね。

 私は、ジェンダーとセクシュアリティの角度から、長年映画を見てきました。その上で、映画でのLGBTの描き方は、着々と進化しているように感じます。アカデミー賞は“保守的な賞”とされていますが、年を追うごとにLGBTへの理解は深まっています。2006年に作品賞が本命視されていた『ブロークバック・マウンテン』が受賞を逃した時は、「ゲイ差別」だと騒がれましたが、16年には黒人のゲイを主人公にした『ムーンライト』が作品賞を受賞。今年2月に発表されたアカデミー賞では、主演男優賞(『ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレック)、主演女優賞(『女王陛下のお気に入り』のオリヴィア・コールマン)、助演男優賞(『グリーン・ブック』のマハーシャラ・アリ)と、演技賞4部門のうち3部門が“同性愛者役”に行きました。

 ただ物足りないのは、今年アカデミー賞を受賞した同性愛者役の3人が、いずれも“実在の人物”を演じたということ。アーティストや歴史上の人物に同性愛者がたくさんいると知らない人も多いですから、それを世間に知らしめるためには、アカデミー賞の受賞で脚光を浴びるのは歓迎すべきことですが、そもそも『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(11年)のメリル・ストリープや、『博士と彼女のセオリー』(14年)でスティーヴン・ホーキングを演じたエディ・レッドメインが主演で賞を獲得しているように、アカデミー賞が実在の人物役を好むことは有名。伝記としてではなく、LGBTのありふれた生活を描く映画で受賞が増えれば、理解が深まるのになあ、と思わずにはいられません。

ジェンダー意識が高いオススメ作品

『劇場版おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』……これまでにない男性同士の恋愛を提示

 そういった意味で、2019年に放送されたドラマ『きのう何食べた?』(テレビ東京系)は、とても楽しいものでした。西島秀俊と内野聖陽がゲイカップルを演じていますが、料理を介して、男二人の微笑ましい共同生活が描かれていました。ただ、これも難を言えば、二人の性格が“ステレオタイプ”です。内野演じる矢吹賢二(ケンジ)は美容師ですが、デザイナーなども含め美を追求する職業は、ゲイの人の常套的な職業です。一方、西島演じる筧史朗(シロさん)は几帳面で、節約家の弁護士。彼のようにこだわりが強くてシニカルというのも、ゲイによくあるイメージです。つまり、両者ともゲイをステレオタイプ化してしまっているので、その部分がベタでした。「実際にはもっと違ったタイプのゲイもいると思うけど?」とツッコミを入れたくなります。それに、料理が得意な西島がネコ(女役)という“疑似男女”な設定もステレオタイプ。男女の関係を男同士の関係にすり替えるだけでなく、従来のLGBTのイメージを超えるような作品の登場を期待してしまいます。

 そこで私は、ドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)の映画版である、『劇場版おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』を2019年のオススメ映画として挙げたいと思います。映画そのものはコメディで、ドラマを見ていない人には、その面白さが伝わらない部分もあると思われます。しかし、これまでにないタイプの男性同士の恋愛を提示したことで、この映画は記憶に残るものになったはずです。主役の田中圭が偏見のない、どこにでもいそうな男ぶりというのも好ましいですね。

 何よりも、ステレオタイプにしていない。田中扮する春田創一も、吉田鋼太郎扮する黒澤武蔵も、女性と付き合ったことがある“普通のサラリーマン”として描かれています。これはコメディでありドラマ・映画ですから、必ずしも現実に忠実である必要はありません。しかし、異性愛者が同性愛に目覚めることは実際にありますし、基本はゲイではないけども、相手次第では同性に恋するケースもあるはずです。「愛は国境を超えるる」「愛は年の差を超える」というケースは昔からありますが、「愛は性別を超える」という関係を示したことが、何よりもいいのです。

 『劇場版おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』では、登場人物がサウナに大集合する場面で、“上裸の男たち”をたっぷりと見ることができます。ゲイ向けの映画では、男性の裸を“性的なもの”として描き、濃厚なベッドシーンを入れることもありますが、この映画では日常の風景として、男性の肉体美を見せていました。例えばトム・クルーズ主演の『トップガン』(86年)や、ブラッド・ピット主演の『ファイト・クラブ』(99年)といった“男同士の友情”をテーマにした映画でも、男性の裸を見せる場面が出てきます。要するに、男性同士の裸の付き合いは、ゲイの人だけではなく、ストレートの人にとっても美しく見えるもの。ゲイとストレートは、重なり合う世界だということです。

 『おっさんずラブ』はシリーズを通して、露骨に「ゲイ」という言葉がほとんど出てきません。これからの世の中、「僕、彼と“おっさんずラブ”なんです~!」なんて関係が増えていけば、人生はもっと楽しく、自由になると思います。

『天才作家の妻 40年目の真実』……時代錯誤な“内助の功”がマイナスポイント

 一方で、今年イマイチだった映画は『天才作家の妻 40年目の真実』です。この映画、これまで7度も候補になりながら、まだ一度もアカデミー賞を受賞していない名女優のグレン・クローズが主演で、今回ようやく主演女優賞に輝くだろうと期待されていたのですが、結局、『女王陛下のお気に入り』のオリヴィア・コールマンが受賞しています。

 クローズといえば、80年代に社会現象となった映画『危険な情事』(87年)で、キャリアを優先させたがために結婚のタイミングを逸し、妻子ある男をストーキングしてしまうヒロインを演じています。『天才作家の妻 40年目の真実』でも、ノーベル文学賞を受賞した夫の“ゴーストライター”である妻を演じました。クローズは1947年生まれで、60年代後半から70年代前半にかけて起こった「ウーマンリブ運動」の際、ちょうど20代に突入した世代。ちなみに、日本を代表するフェミニストの上野千鶴子さんと同世代です。「男女平等」が盛んに叫ばれる時代を生きた彼女が、“キャリアを持つ女性”を演じたいという気持ちはわかります。

 しかし、「成功する男の陰には女の力があった」という話は、これまでにもいくらでもあったため、クローズの演技以外は、これといって特筆すべきところのない映画になってしまいました。物静かでありながら、夫への激しい怒りと葛藤を内に秘める妻を演じたクローズの素晴らしさに見とれて、映画全体の不備は忘れてしまいますが、設定的にもかなりむちゃな話です。もっと小さな文学賞だったら、妻が裏で書いていたということもあり得るでしょうが、ノーベル賞となると話が大きすぎて、あり得ないと思えてしまいます。クローズの演技のみを見る、ワンウーマンショー的な映画だったと思います。

 映画では今も、妻がかいがいしく料理を作って、夫の面倒を見ている場面が出てきますし、“内助の功”に徹することが女の使命だと信じている女性はまだまだ多いのでしょう。しかし、それはもう時代に合っていない。もっと21世紀的なディテールを描いてもらわないと、今映画化する意味がありません。小品として見るのであれば悪くない映画ですが、アカデミー賞を与えるとなると「?」と判断されたのでしょう。気の毒だけど、クローズにはまた再度のオスカー受賞のチャンスがあることを願っています。

次回……『アナと雪の女王2』前作に比べ停滞感あり、メッセージ性も薄く/映画評論家・ 真魚八重子氏

【2019年映画レビュー】劇場版『おっさんずラブ』に学ぶ、LGBTを“線引き”しないということ

 2019年に公開・配信された映画を、ジェンダーやフェミニズムの視点から紹介する本企画。第2回は、『マッチョになりたい!? 世紀末ハリウッド映画の男性イメージ』(彩流社)、『BL時代の男子学~21世紀のハリウッド映画に見るブロマンス~』(近代映画社)などの著書を持つ、男性ジェンダー研究家の國友万裕氏に「ジェンダー意識が高いオススメ作品」「ジェンダー意識が低いイマイチ作品」映画を聞いた。

第1回……フェミニスト視点で「オススメ」「イマイチ」作品は?/武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師・北村紗衣氏

“実在の人物”だから、同性愛者が受賞? 「アカデミー賞」の惜しいところ

 この頃、あちこちでLGBTへの理解を深めるための催し等が行われています。これをきっかけに、LGBTへの理解が深まるのは悪いことではないと思いますが、しかし私は、“LGBT”と“非LGBT”の間にハッキリとした線引きをすることは、間違いだと思っています。ジェンダーやセクシュアリティはスペクトラムで、人によってグラデーションが違っているだけのこと。「100人いれば100通りの性がある」という考えにたどり着くのが、“性の解放”です。食べ物の好みのように、年齢によっても変わるものだという考えになれば最高ですね。

 私は、ジェンダーとセクシュアリティの角度から、長年映画を見てきました。その上で、映画でのLGBTの描き方は、着々と進化しているように感じます。アカデミー賞は“保守的な賞”とされていますが、年を追うごとにLGBTへの理解は深まっています。2006年に作品賞が本命視されていた『ブロークバック・マウンテン』が受賞を逃した時は、「ゲイ差別」だと騒がれましたが、16年には黒人のゲイを主人公にした『ムーンライト』が作品賞を受賞。今年2月に発表されたアカデミー賞では、主演男優賞(『ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレック)、主演女優賞(『女王陛下のお気に入り』のオリヴィア・コールマン)、助演男優賞(『グリーン・ブック』のマハーシャラ・アリ)と、演技賞4部門のうち3部門が“同性愛者役”に行きました。

 ただ物足りないのは、今年アカデミー賞を受賞した同性愛者役の3人が、いずれも“実在の人物”を演じたということ。アーティストや歴史上の人物に同性愛者がたくさんいると知らない人も多いですから、それを世間に知らしめるためには、アカデミー賞の受賞で脚光を浴びるのは歓迎すべきことですが、そもそも『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(11年)のメリル・ストリープや、『博士と彼女のセオリー』(14年)でスティーヴン・ホーキングを演じたエディ・レッドメインが主演で賞を獲得しているように、アカデミー賞が実在の人物役を好むことは有名。伝記としてではなく、LGBTのありふれた生活を描く映画で受賞が増えれば、理解が深まるのになあ、と思わずにはいられません。

ジェンダー意識が高いオススメ作品

『劇場版おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』……これまでにない男性同士の恋愛を提示

 そういった意味で、2019年に放送されたドラマ『きのう何食べた?』(テレビ東京系)は、とても楽しいものでした。西島秀俊と内野聖陽がゲイカップルを演じていますが、料理を介して、男二人の微笑ましい共同生活が描かれていました。ただ、これも難を言えば、二人の性格が“ステレオタイプ”です。内野演じる矢吹賢二(ケンジ)は美容師ですが、デザイナーなども含め美を追求する職業は、ゲイの人の常套的な職業です。一方、西島演じる筧史朗(シロさん)は几帳面で、節約家の弁護士。彼のようにこだわりが強くてシニカルというのも、ゲイによくあるイメージです。つまり、両者ともゲイをステレオタイプ化してしまっているので、その部分がベタでした。「実際にはもっと違ったタイプのゲイもいると思うけど?」とツッコミを入れたくなります。それに、料理が得意な西島がネコ(女役)という“疑似男女”な設定もステレオタイプ。男女の関係を男同士の関係にすり替えるだけでなく、従来のLGBTのイメージを超えるような作品の登場を期待してしまいます。

 そこで私は、ドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)の映画版である、『劇場版おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』を2019年のオススメ映画として挙げたいと思います。映画そのものはコメディで、ドラマを見ていない人には、その面白さが伝わらない部分もあると思われます。しかし、これまでにないタイプの男性同士の恋愛を提示したことで、この映画は記憶に残るものになったはずです。主役の田中圭が偏見のない、どこにでもいそうな男ぶりというのも好ましいですね。

 何よりも、ステレオタイプにしていない。田中扮する春田創一も、吉田鋼太郎扮する黒澤武蔵も、女性と付き合ったことがある“普通のサラリーマン”として描かれています。これはコメディでありドラマ・映画ですから、必ずしも現実に忠実である必要はありません。しかし、異性愛者が同性愛に目覚めることは実際にありますし、基本はゲイではないけども、相手次第では同性に恋するケースもあるはずです。「愛は国境を超えるる」「愛は年の差を超える」というケースは昔からありますが、「愛は性別を超える」という関係を示したことが、何よりもいいのです。

 『劇場版おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』では、登場人物がサウナに大集合する場面で、“上裸の男たち”をたっぷりと見ることができます。ゲイ向けの映画では、男性の裸を“性的なもの”として描き、濃厚なベッドシーンを入れることもありますが、この映画では日常の風景として、男性の肉体美を見せていました。例えばトム・クルーズ主演の『トップガン』(86年)や、ブラッド・ピット主演の『ファイト・クラブ』(99年)といった“男同士の友情”をテーマにした映画でも、男性の裸を見せる場面が出てきます。要するに、男性同士の裸の付き合いは、ゲイの人だけではなく、ストレートの人にとっても美しく見えるもの。ゲイとストレートは、重なり合う世界だということです。

 『おっさんずラブ』はシリーズを通して、露骨に「ゲイ」という言葉がほとんど出てきません。これからの世の中、「僕、彼と“おっさんずラブ”なんです~!」なんて関係が増えていけば、人生はもっと楽しく、自由になると思います。

『天才作家の妻 40年目の真実』……時代錯誤な“内助の功”がマイナスポイント

 一方で、今年イマイチだった映画は『天才作家の妻 40年目の真実』です。この映画、これまで7度も候補になりながら、まだ一度もアカデミー賞を受賞していない名女優のグレン・クローズが主演で、今回ようやく主演女優賞に輝くだろうと期待されていたのですが、結局、『女王陛下のお気に入り』のオリヴィア・コールマンが受賞しています。

 クローズといえば、80年代に社会現象となった映画『危険な情事』(87年)で、キャリアを優先させたがために結婚のタイミングを逸し、妻子ある男をストーキングしてしまうヒロインを演じています。『天才作家の妻 40年目の真実』でも、ノーベル文学賞を受賞した夫の“ゴーストライター”である妻を演じました。クローズは1947年生まれで、60年代後半から70年代前半にかけて起こった「ウーマンリブ運動」の際、ちょうど20代に突入した世代。ちなみに、日本を代表するフェミニストの上野千鶴子さんと同世代です。「男女平等」が盛んに叫ばれる時代を生きた彼女が、“キャリアを持つ女性”を演じたいという気持ちはわかります。

 しかし、「成功する男の陰には女の力があった」という話は、これまでにもいくらでもあったため、クローズの演技以外は、これといって特筆すべきところのない映画になってしまいました。物静かでありながら、夫への激しい怒りと葛藤を内に秘める妻を演じたクローズの素晴らしさに見とれて、映画全体の不備は忘れてしまいますが、設定的にもかなりむちゃな話です。もっと小さな文学賞だったら、妻が裏で書いていたということもあり得るでしょうが、ノーベル賞となると話が大きすぎて、あり得ないと思えてしまいます。クローズの演技のみを見る、ワンウーマンショー的な映画だったと思います。

 映画では今も、妻がかいがいしく料理を作って、夫の面倒を見ている場面が出てきますし、“内助の功”に徹することが女の使命だと信じている女性はまだまだ多いのでしょう。しかし、それはもう時代に合っていない。もっと21世紀的なディテールを描いてもらわないと、今映画化する意味がありません。小品として見るのであれば悪くない映画ですが、アカデミー賞を与えるとなると「?」と判断されたのでしょう。気の毒だけど、クローズにはまた再度のオスカー受賞のチャンスがあることを願っています。

次回……『アナと雪の女王2』前作に比べ停滞感あり、メッセージ性も薄く/映画評論家・ 真魚八重子氏

「仲良しママ友」のLINEグループに、私だけ招待されていない!? 幼稚園の忘年会で思わぬ衝撃

今や日常生活において、かかせないツールとなっているコミュニケーションアプリ「LINE」。かつては子どもの送迎時に、ママたちが立ち話をしているような光景が見かけられたが、時間に追われ忙しく過ごす共働き世帯が増えた今、ママたちのコミュニケーションの場は、LINEのグループチャットになっているという。そんな、ママたちの「グループチャット」から浮き彫りになった、彼女たちの悩みや、苦悩、気になる話題を覗いてみる。

 年末年始ともなると、会社勤めの人たちは忘年会や新年会で忙しくなるが、普段、育児に没頭しているママたちはどうなのだろうか。ファミレスや子連れ可のカフェなどで、ママたちがランチ会を開いているのはよく見かけるものの、やはり夜に開催される忘年会や新年会への参加は制限されることが少なくないようだ。しかし、そんな中でも、ママ同士で年末年始の夜間に集う機会を設ける人もいるという。

個室まで予約した忘年会にドタキャン! 立て替えに悲鳴

 佳代子さん(仮名)は、都心部で夫と4歳になる息子と暮らしている。少子化が進んでいるため、近隣の小学校は、1学年1~2クラス編成。保育園での人間関係が、そのまま小学校にまで持ち上がるというウワサを聞き、ママ同士の交流を深めたいと思ったそうだ。

「家庭ごとに迎えの時間がバラバラなので、送迎時にほとんど顔を合わせたことのないママもいました。運動会などで、それまで交流のなかったママと個別にLINE交換を行い、グループチャットに招待したんです。ある程度、クラスのママさんが揃ったんで、『今年は、忘年会をやらない? 』と呼び掛けてみました」

 結果的に、幹事を引き受けることになったという佳代子さん。しかし、そこで思わぬトラブルが起きたそうだ。

「今はLINEのイベント機能のおかげで、忘年会の出欠も簡単に取ることができ、すごく便利になったなぁって感心していたんです。ママ友同士の忘年会にあこがれていたので、張り切ってキッズルームがある居酒屋を予約しました。でも、当日の朝になって、チャットに通知マークが表示されており、おそるおそる見てみると、『下の子が急に熱を出したので欠席します』という連絡が2件も……。急病は仕方ないので、『店に連絡するから大丈夫』と返信しました。こういう時にきちんと連絡をくれるママは、個別に『もしもキャンセル料が発生したら払うね』と言ってくれて、ホッとしました。問題は、当日、何の連絡もなしにドタキャンしたママがいたことなんです……」

 忙しくて連絡ができなかったのかもしれないが、その背景には、ドタキャンしたママと自分の関係が希薄であることも関係しているのでは、と佳代子さん。というのも、保護者同士の活動が活発な幼稚園とは違い、忙しいワーママを中心とした保育園では、特定のママ友以外とはほぼ交流がないまま、数年が過ぎてしまうこともあるようだ。

「ママ友の約束って、信頼関係で成り立っているのだなって、あらためて実感しましたね……。グループチャット上でのやりとりだけでは、ダメだったんだって。ドタキャンしたママの分は、私がいったん立て替えました。その後、トラブルにならないように、仲が良いママに相談し、みんなでドタキャンしたママに、『〇円かかったので、払ってもらえますか?』とお願いすることに。私一人だったら、泣き寝入りしていたと思うので、味方になってくれるママがいてよかったって思いました」

 こうしたママ友同士の支払いトラブルは、ホームパーティーでも起きがちだという。関東近県にある幼稚園に、5歳になる娘を通わせている良子さん(仮名)は、あるママ友が原因で、ホームパーティーが苦手だという。

「娘同士の仲が良いママ友数名と、クリスマスパーティーをしたんです。下の子がいるママもいたので、最初は公民館やカラオケボックスなどを借りることを考えたのですが、グループチャットで相談したところ、ママ友のSさんが『お金がかかるのはもったいなから、よかったら家においでよ』と強めに申し出てきました」

 忙しいママたちは、ホームパーティーに市販のピザや総菜などを持ち寄るケースが多いという。しかし、なかには「手料理を振る舞いたいがために、自宅に招くママもいる」と良子さんは語る。

「Sさんがまさにそのタイプ。彼女は料理に自信があり、よく手料理をSNSなどでアップしているんです。市販の菓子などは買わない主義で、ケーキやクッキーも手作りなのが自慢。もちろん、パーティーでも彼女が作った料理や、シフォンケーキが用意されていました」

 ホームパーティーでは、「訪問先のルールに従わなければならない空気がある」とい良子さん。

「しつけに厳しいSさんは、子どもが小学校に上がるまでジュースを禁止にしていると言っていました。うちの娘が、喉が渇いたと言ってジュースを飲んでいたら、Sさんの娘も飲みたがったんですが、Sさんはそれを許さず、『うちはストイックなの』とピシャリ。なのに、自分はワインや発泡酒を飲んでいて……。すごく羨ましそうにするSさんの娘を見たら、『押しつけ型のしつけはよくないのでは……』と思いましたね」

 良子さんたちは、訪問先に気を使って、手土産や飲み物を持参していった。しかし、パーティー終了後、グループチャットで、思いもよらぬ事態が発生したそうだ。

「内訳も知らされぬまま、『材料費1人1,500円でお願いします』というメッセージが届いて、なんだかモヤモヤしてしまいました。子ども同士の仲は良いですが、そこまで親しくない間柄で、手料理を振る舞われても、そこまでうれしくもなかったですし、なんだかなぁと思いますよ。しかも、後日SさんのSNSを見たら、意気揚々と当日の料理をアップしていて、『10年使っていた岩塩がやっと使い切れた』って書いていたんです。そんな古いものを使った料理を出すなんて非常識だなと感じ、ほかのママ友たちにもメッセージを送りました。『次は別の場所でやろう』って返信がきて、ホッとしましたね」

 都下にある大型幼稚園に6歳になる息子を通わせ、家で2歳の娘を見ている真由子さん(仮名)。もともと引っ込み思案な性格で、人付き合いは苦手だというが、年に一度のママ友との忘年会は楽しみにしていたという。

「上の子と同じクラスのママたちと、毎年、子連れで忘年会を行っています。普段は遅い時間に出かけられないけれど、この日はパパも『ゆっくりしてきなよ』と言って、まだ2歳の下の子の面倒を見てくれるので、久しぶりにお酒が飲めるんです(笑)」

 真由子さんのように、“ママ友との飲み会”であれば「遅くなってもよい」というルールの家庭もあるようだ。

「今年は、忘年会の終わり頃に、息子が『カラオケボックスに行きたい』と言い出したんです。よく聞いてみると、今まで仲が良いママとその子どもたちだけで、忘年会の後に二次会に行っていたらしく、息子は友達からその話を聞いたそうなんですよね……。私は下の子が家にいるので、遠慮されていたのかもしれないですが、どうやら私が招待されていないママさんのグループチャットもあるみたい。今まで仲が良いと思ってたママさんたちに急に距離を感じ、まるで仲間外れにされたような気分になりました。私も入っているグループチャットで、一言、『二次会に行きたい人』って聞いてくれたらいいのに」

 LINEのおかげで、予定を立てやすくなり、子連れでの飲み会なども成立しやすくなった。しかし、意思疎通がおろそかになっている面も否めない。LINE上では普段以上に、相手を気づかうことで、ママ友関係も円滑に回せるのかもしれない。

【2019年映画レビュー】フェミニスト視点で「オススメ」「イマイチ」作品は? 北村紗衣氏に聞く

 世界各国の“男女格差”を測る「ジェンダーギャップ指数」が、世界経済フォーラム(WEF)によって報告された。これは、経済・政治・教育・健康の4分野を分析し、男女平等の度合いを国別でランキングにしたもの。2019年は153カ国が調査対象で、日本は121位となった。この結果は、昨年の110位から急落し、06年の調査開始以降“過去最低”となっただけでなく、先進国そしてアジアの中でも最低水準である。

 17年に「#MeToo」運動が世界中に広がり、日本でもフリージャーナリスト・伊藤詩織氏をはじめ、女優やモデル、大手企業の女性社員が続々と性被害やセクハラを告発。これまで“泣き寝入り”するしかなかった被害者たちが声を上げたことにより、性的いやがらせなどの撲滅、男女平等を訴える動きがネット上で活発になった。それから約2年が経過したにもかかわらず、日本の「ジェンダーギャップ指数」はさらに下がっている。これは逆に考えれば、世界的に男女平等の意識が高まっているのに対し、日本が“遅れている”ということだろう。

 この問題は、一体どうすれば改善に向けて前進できるのか? そのヒントとなるような“映画”を、ジェンダーやフェミニズムの視点から、3名の方に選出いただいた。2019年に劇場公開、またはネット配信が始まった映画に絞り、「ジェンダー意識が高いオススメ作品」「ジェンダー意識が低いイマイチ作品」として、それぞれ1本ずつ紹介する。

 今回は、武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師であり、フェミニスト批評を専門とする北村紗衣氏が登場。年末年始の時間を使ってゆっくりと観賞し、これからのジェンダーはどうあるべきか、考えてみるのはいかがだろうか?

ジェンダー意識が高いオススメ作品

『ある女流作家の罪と罰』……中年女性・レズビアンを“ステレオタイプ”に描かず、厚みのある主人公に

 2019年に公開・配信された映画の中で、筆者がジェンダーの観点から最も面白くてオススメできると思った映画は、マリエル・ヘラー監督の『ある女流作家の罪と罰』だ。この映画は作品自体の評価がとても高く、アカデミー賞をはじめとするさまざまな賞の候補になったにもかかわらず、日本では劇場公開されておらず、配信のみとなっている。あまり人目に触れる機会がない作品なので、ここでぜひ紹介しておきたい。

 同作は、実在した女性詐欺師、リー・イスラエルの回顧録に基づく映画だ。リー(メリッサ・マッカーシー)はそこそこ才能も業績もある伝記作家なのだが、スランプ気味である上、狷介な性格が災いして仕事はクビ、お金に困ってにっちもさっちもいかなくなってしまう。そんなリーが思いついた生計の手段が、有名な文人や俳優などの手紙を偽造し、古書店に売ることだった。伝記作家として、調査対象の特徴をとらえることについて自信があったリーは、巧みな文体模写で“贋作者”として活躍するようになる。

 この映画の独創的なところは、レズビアンの中年女性であるリーが、ひどく人好きのしないとっつきにくい性格であるにもかかわらず、ありがちな感じの単なる“イヤな女”として描かれていないことだ。リーは家中散らかしてもろくに掃除せず、強いこだわりがあって妥協できない。かわいげのあるヒロインとは言い難い人物である。ところが、この映画はしっかりした脚本とマッカーシーの演技のおかげで、リーが非常に奥行きのある人物に見える。だらしなさ、変なこだわり、毒舌、人間関係に対する臆病さ、倫理的に問題のある決断、愚かな判断など、すべての欠点が非常に人間味のあるものとして提示されている。

 そもそも、アメリカ映画は中年女性を描くのがあまりうまくなく、さらにレズビアンの女性ともなるとステレオタイプなつまらない人物像になりやすい。そんな状況の中、これだけ愛嬌のないワルな中年のレズビアン女性を、しっかりとした厚みのある複雑な人間として観客に提示できたのはすごいことだ。

 この映画は、リーの唯一の友人であるゲイのジャック・ホック(リチャード・E・グラント)についても、丁寧に描いている。ジャックはリーと同様、欠点だらけの中年男だ。女性主人公の映画に登場するゲイ男性の役柄というのは鬼門で、だいたいは「なんでかよくわからないが、どういうわけだかヒロインを助けてくれる都合のいいキュートなゲイ友達」になってしまいがちであり、これを風刺した『ロマンティックじゃない?』という映画まで作られているほどだ。しかしながら、ジャックは「ヒロインを助けるゲイ友達」ポジションでありながら、キュートさなどみじんもなく、ステレオタイプを脱した複雑な人物になっている。

 『ある女流作家の罪と罰』は、ちょっとした加減で陳腐になりそうな陥穽がたくさんあるにもかかわらず、そうした罠に落ちなかった。派手な場面はあまりないが、画期的な作品だといえるだろう。物語の展開も面白く、大人がじっくり楽しめる映画だ。

『ROMA/ローマ』……女同士の関係性を美化しすぎ! “欠点”が映像美で隠されている

 一方、ジェンダーの観点からしてけっこうイマイチだったと思うのは、アルフォンソ・クアロン監督の『ROMA/ローマ』だ。Netflixで2018年に配信がスタートし、日本では19年に劇場公開されている。1970年代初頭、メキシコのコロニア・ローマを舞台に、家政婦として働く先住民女性・クレオ(ヤリッツァ・アパリシオ)の暮らしを描いたこの映画は、「ヴェネツィア国際映画祭」で金獅子賞、「アカデミー賞」で外国語映画賞など、多数の映画賞を受賞している。決してつまらない作品ではなく、それどころか計算し尽くされたモノクロの映像はきわめて美しくて、それだけでも見る価値はある。しかしながら、映像的に完璧と言っていいほど美しい作品には、しばしば美しさのせいで見えなくなりがちな“物語上の欠点”がある。この映画もそうだ。

 『ROMA/ローマ』の主な問題点は、先住民家庭出身の使用人・クレオと、ミドルクラスの雇い主たちの関係がやたらに美化されていることだ。クレオは妊娠した上、恋人のフェルミン(ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ)に捨てられてしまうのだが、それを知った女主人・ソフィア(マリーナ・デ・タビラ)はそれほど衝撃も受けず、優しくクレオを受け入れて支援する。民族も階級も違い、雇用関係があるクレオとソフィアは対等ではないのだが、この2人の間にあるはずの権力の差は、まるで存在しないかのように描かれている。

 また、たとえ対等な友人や親戚であったとしても、非常に親しくしている女性が妊娠して、おなかの子に父親がいないとなれば、多少は人間関係に葛藤が発生してもおかしくないが、これもまったく描かれていない。困難を乗り越え、クレオとソフィアが女同士の絆を築くというような描き方であれば、もっと奥行きのある話になっただろうが、今のままでは階級の違う女同士の助け合いをロマンティックに描いただけの、きれい事にしか見えない。

 さらに問題なのは、この映画に出てくる女たちには“政治的な主体性”がほとんどないことだ。この映画において、男たちの住む世界というのは、葛藤に満ちた政治的空間である。主にフェルミンを通して、男たちの世界が暴力と愚かさに満ちていることが風刺されている。一方、女たちの世界は政治から完全に離れており、彼女たちが住む家庭は人々が助け合う理想化された美しい場所だ。女性たちが政治的意思を持ち、強い声を持って抵抗するようなことは、ほとんどない。皆、静かで優しく、穏やかだ。「男は政治的で暴力的」「女は非政治的で平和的」という描き分けは、ある種の“女性賛美”なのだが、一方で性差別的な構造を温存しかねないステレオタイプでもある。この映画の女たちが住む世界にも、あつれきの種になりそうなものはたくさんあるのだが、すべて覆い隠され、ただただ美しい空間として平坦にならされている。

 もともとアルフォンソ・クアロン監督は、妙にステレオタイプな女性賛美をしがちである。13年の『ゼロ・グラビティ』も美しい映画で、しばしば女性が活躍する作品だといわれるが、ヒロインのライアン・ストーン(サンドラ・ブロック)が、ハンサムな宇宙飛行士・マット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)の幻想に助けてもらって地球に帰還するという、筆者の考えでは「そこまでして男の助けが必要か?」とツッコミを入れたくなるような作品だった。『ROMA/ローマ』でも、そんなクアロン監督の作家性が出ているといえるだろう。

次回……『劇場版おっさんずラブ』は「愛は性別を越える」を示す作品だった/男性ジェンダー研究家・國友万裕氏

【2019年映画レビュー】フェミニスト視点で「オススメ」「イマイチ」作品は? 北村紗衣氏に聞く

 世界各国の“男女格差”を測る「ジェンダーギャップ指数」が、世界経済フォーラム(WEF)によって報告された。これは、経済・政治・教育・健康の4分野を分析し、男女平等の度合いを国別でランキングにしたもの。2019年は153カ国が調査対象で、日本は121位となった。この結果は、昨年の110位から急落し、06年の調査開始以降“過去最低”となっただけでなく、先進国そしてアジアの中でも最低水準である。

 17年に「#MeToo」運動が世界中に広がり、日本でもフリージャーナリスト・伊藤詩織氏をはじめ、女優やモデル、大手企業の女性社員が続々と性被害やセクハラを告発。これまで“泣き寝入り”するしかなかった被害者たちが声を上げたことにより、性的いやがらせなどの撲滅、男女平等を訴える動きがネット上で活発になった。それから約2年が経過したにもかかわらず、日本の「ジェンダーギャップ指数」はさらに下がっている。これは逆に考えれば、世界的に男女平等の意識が高まっているのに対し、日本が“遅れている”ということだろう。

 この問題は、一体どうすれば改善に向けて前進できるのか? そのヒントとなるような“映画”を、ジェンダーやフェミニズムの視点から、3名の方に選出いただいた。2019年に劇場公開、またはネット配信が始まった映画に絞り、「ジェンダー意識が高いオススメ作品」「ジェンダー意識が低いイマイチ作品」として、それぞれ1本ずつ紹介する。

 今回は、武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師であり、フェミニスト批評を専門とする北村紗衣氏が登場。年末年始の時間を使ってゆっくりと観賞し、これからのジェンダーはどうあるべきか、考えてみるのはいかがだろうか?

ジェンダー意識が高いオススメ作品

『ある女流作家の罪と罰』……中年女性・レズビアンを“ステレオタイプ”に描かず、厚みのある主人公に

 2019年に公開・配信された映画の中で、筆者がジェンダーの観点から最も面白くてオススメできると思った映画は、マリエル・ヘラー監督の『ある女流作家の罪と罰』だ。この映画は作品自体の評価がとても高く、アカデミー賞をはじめとするさまざまな賞の候補になったにもかかわらず、日本では劇場公開されておらず、配信のみとなっている。あまり人目に触れる機会がない作品なので、ここでぜひ紹介しておきたい。

 同作は、実在した女性詐欺師、リー・イスラエルの回顧録に基づく映画だ。リー(メリッサ・マッカーシー)はそこそこ才能も業績もある伝記作家なのだが、スランプ気味である上、狷介な性格が災いして仕事はクビ、お金に困ってにっちもさっちもいかなくなってしまう。そんなリーが思いついた生計の手段が、有名な文人や俳優などの手紙を偽造し、古書店に売ることだった。伝記作家として、調査対象の特徴をとらえることについて自信があったリーは、巧みな文体模写で“贋作者”として活躍するようになる。

 この映画の独創的なところは、レズビアンの中年女性であるリーが、ひどく人好きのしないとっつきにくい性格であるにもかかわらず、ありがちな感じの単なる“イヤな女”として描かれていないことだ。リーは家中散らかしてもろくに掃除せず、強いこだわりがあって妥協できない。かわいげのあるヒロインとは言い難い人物である。ところが、この映画はしっかりした脚本とマッカーシーの演技のおかげで、リーが非常に奥行きのある人物に見える。だらしなさ、変なこだわり、毒舌、人間関係に対する臆病さ、倫理的に問題のある決断、愚かな判断など、すべての欠点が非常に人間味のあるものとして提示されている。

 そもそも、アメリカ映画は中年女性を描くのがあまりうまくなく、さらにレズビアンの女性ともなるとステレオタイプなつまらない人物像になりやすい。そんな状況の中、これだけ愛嬌のないワルな中年のレズビアン女性を、しっかりとした厚みのある複雑な人間として観客に提示できたのはすごいことだ。

 この映画は、リーの唯一の友人であるゲイのジャック・ホック(リチャード・E・グラント)についても、丁寧に描いている。ジャックはリーと同様、欠点だらけの中年男だ。女性主人公の映画に登場するゲイ男性の役柄というのは鬼門で、だいたいは「なんでかよくわからないが、どういうわけだかヒロインを助けてくれる都合のいいキュートなゲイ友達」になってしまいがちであり、これを風刺した『ロマンティックじゃない?』という映画まで作られているほどだ。しかしながら、ジャックは「ヒロインを助けるゲイ友達」ポジションでありながら、キュートさなどみじんもなく、ステレオタイプを脱した複雑な人物になっている。

 『ある女流作家の罪と罰』は、ちょっとした加減で陳腐になりそうな陥穽がたくさんあるにもかかわらず、そうした罠に落ちなかった。派手な場面はあまりないが、画期的な作品だといえるだろう。物語の展開も面白く、大人がじっくり楽しめる映画だ。

『ROMA/ローマ』……女同士の関係性を美化しすぎ! “欠点”が映像美で隠されている

 一方、ジェンダーの観点からしてけっこうイマイチだったと思うのは、アルフォンソ・クアロン監督の『ROMA/ローマ』だ。Netflixで2018年に配信がスタートし、日本では19年に劇場公開されている。1970年代初頭、メキシコのコロニア・ローマを舞台に、家政婦として働く先住民女性・クレオ(ヤリッツァ・アパリシオ)の暮らしを描いたこの映画は、「ヴェネツィア国際映画祭」で金獅子賞、「アカデミー賞」で外国語映画賞など、多数の映画賞を受賞している。決してつまらない作品ではなく、それどころか計算し尽くされたモノクロの映像はきわめて美しくて、それだけでも見る価値はある。しかしながら、映像的に完璧と言っていいほど美しい作品には、しばしば美しさのせいで見えなくなりがちな“物語上の欠点”がある。この映画もそうだ。

 『ROMA/ローマ』の主な問題点は、先住民家庭出身の使用人・クレオと、ミドルクラスの雇い主たちの関係がやたらに美化されていることだ。クレオは妊娠した上、恋人のフェルミン(ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ)に捨てられてしまうのだが、それを知った女主人・ソフィア(マリーナ・デ・タビラ)はそれほど衝撃も受けず、優しくクレオを受け入れて支援する。民族も階級も違い、雇用関係があるクレオとソフィアは対等ではないのだが、この2人の間にあるはずの権力の差は、まるで存在しないかのように描かれている。

 また、たとえ対等な友人や親戚であったとしても、非常に親しくしている女性が妊娠して、おなかの子に父親がいないとなれば、多少は人間関係に葛藤が発生してもおかしくないが、これもまったく描かれていない。困難を乗り越え、クレオとソフィアが女同士の絆を築くというような描き方であれば、もっと奥行きのある話になっただろうが、今のままでは階級の違う女同士の助け合いをロマンティックに描いただけの、きれい事にしか見えない。

 さらに問題なのは、この映画に出てくる女たちには“政治的な主体性”がほとんどないことだ。この映画において、男たちの住む世界というのは、葛藤に満ちた政治的空間である。主にフェルミンを通して、男たちの世界が暴力と愚かさに満ちていることが風刺されている。一方、女たちの世界は政治から完全に離れており、彼女たちが住む家庭は人々が助け合う理想化された美しい場所だ。女性たちが政治的意思を持ち、強い声を持って抵抗するようなことは、ほとんどない。皆、静かで優しく、穏やかだ。「男は政治的で暴力的」「女は非政治的で平和的」という描き分けは、ある種の“女性賛美”なのだが、一方で性差別的な構造を温存しかねないステレオタイプでもある。この映画の女たちが住む世界にも、あつれきの種になりそうなものはたくさんあるのだが、すべて覆い隠され、ただただ美しい空間として平坦にならされている。

 もともとアルフォンソ・クアロン監督は、妙にステレオタイプな女性賛美をしがちである。13年の『ゼロ・グラビティ』も美しい映画で、しばしば女性が活躍する作品だといわれるが、ヒロインのライアン・ストーン(サンドラ・ブロック)が、ハンサムな宇宙飛行士・マット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)の幻想に助けてもらって地球に帰還するという、筆者の考えでは「そこまでして男の助けが必要か?」とツッコミを入れたくなるような作品だった。『ROMA/ローマ』でも、そんなクアロン監督の作家性が出ているといえるだろう。

次回……『劇場版おっさんずラブ』は「愛は性別を越える」を示す作品だった/男性ジェンダー研究家・國友万裕氏

職人技光る“皇室愛用ブランド”が廃業――「デパート」「通販」の台頭で消えゆく伝統【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

雅子さまが着用した“ローブデコルテ”、女性皇族のファッション事情

――前回、「御用達品」の制度についてお話をうかがいましたが、今日は女性皇族のご用達ブランドについて詳しく教えてください。

堀江宏樹(以下、堀江) この秋は、新帝陛下の即位にともなう儀式がたくさんあり、皇族の方々のさまざまな姿を目にする機会が多かったと思います。

 特に、雅子さまを始めとする、女性皇族のお姿は華やかでしたね。平安時代以来の歴史を持つ、正式名は「五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)」、一般的には「十二単」と呼ばれる有職装束。それから洋装の中で最高の格式を誇る「ローブデコルテ」などのドレスは、みなさんの目を引いたことでしょう。

――雅子さまが着用なさった「ローブデコルテ」は、人気があったようです。そもそも「“ローブデコルテ”って何?」ということで、ネットでも検索順位が一気にはね上がったとか。

堀江 「ローブデコルテ」とは、襟元を大きく開けて、首筋から肩あたりまでを見せるデザインのドレスです。その歴史は長く、シンプルにまとめると、第二次世界大戦後以降の欧米の社交界で最高の格式を持つ礼装として着用された、ドレス。デザインは、いわゆる「十二単」のように「こういう形でなくてはならない!」という縛りは厳密にはなく、雅子さまのローブデコルテは襟が大きく波打ち、フリルみたいになっていますね。このデザインには、襟まわりの過度な露出を控えるという目的があるのだと思いますよ。ただし、女性皇族方のローブデコルテの色は白か淡い単色に限定されており、これは男性皇族が、ホワイトタイ(いわゆる燕尾服)で正装なさる時の、白いタイの色に合わせるためといわれます。

――男性の正装を意識して、コーディネートされているのですね。皇室ゆかりの京都府・上賀茂神社での結婚式では、これまた皇室ゆかりのローブデコルテを着用できるプランが非常に人気になっているそう。前回から皇室御用達ブランドについてお話をうかがっていますが、やっぱり影響力があるんですね。

堀江 あと女性皇族のファッションで、毎回注目を集めるモノといえば、独特なお帽子でしょうか。トランプ大統領が来日された時も、みなさまいろいろな帽子をかぶっておられました。ああいう帽子は、ドレスに合わせて、専門の高等技術を持つ帽子職人がいるお店に別にオーダーするんですよ。

 今は廃刊になっている「angle」(主婦と生活社)というタウン情報誌の1980年(昭和55年)10月号に、女性皇族御用達の帽子店として、千代田区・麹町の「ベル・モード」が挙げられています。31年(昭和6年)から皇室との御縁が始まり、現在でも(少なくとも)紀子さまの帽子は「ベル・モード」が作っているそうです。

 昭和天皇の皇后である香淳皇后は、当時の店主・筒井光康さんがテレビ出演すると、ちゃんと見てくれて「筒井、今朝テレビに出ていましたね」と一言くださる、「お優しい方」だったそうです。生まれながらに人の上に立つような方でしたから、この方に尽くしたい! という職人魂を掻き立てるのがお上手だったようで……。

 ちなみに男性皇族の場合は「金洋服店」のように、定番的存在がある一方、女性皇族の衣服やドレスについて明確な御用達はないようですね。当然ですが、好みは人それぞれですし、時代によっても変わるからでしょう。

――前回、「御用達制度」は54年(昭和29年)に廃止されたと聞きましたね。「とらや」のように、皇室御用達のブランドを今も保持しつづけるお店がある一方で、商いを畳んでしまうお店もあるのでしょうか。

堀江 かつて、雑誌やテレビに御用達店の代表のように登場していた店も、けっこうな割合でひっそりと潰れてるんですね。今回調査して、驚きました。代替わりで、御用達認定された当時のご店主が引退、カリスマ性が薄れたら、それで経営が危なくなるお店も多いみたい。

 もちろん老舗の中の老舗として営業を続けているお店も多いのですが、例えば美智子さまがとりわけ愛用なさっていたという銀座の草履のお店「小松屋」は、2017年中にひっそりと閉店してしまっています。昭和の頃、ご店主・小松長作さんは、お客さんの足に少しだけ触れるだけで、その人にぴったり合った草履と鼻緒が作れるという特殊技能の持ち主だったそうです。美智子さまが皇室に嫁がれるという時、小松さんは美智子さまの実家・正田家から「娘に草履を作ってほしい」と頼まれたといいます。その際、美智子さまにも「足を触らせてください」というと、美智子さまのお母さまに叱られてしまったそうです(笑)。理由を説明し納得してもらった後、完成した草履は「一日中履いても、少しも疲れませんでした」と美智子さまからの感想が届くほど素晴らしい物になったそうな。その後、ずっと美智子さまは「小松屋」をご贔屓になさっていたようなのですが……。

――そんな名店も消えてしまったのですね。

堀江 昭和後期くらいから、皇族の方もデパートで買い物するケースが増えてきたのも無関係ではないかもしれません。かつてはそれこそ小松屋みたいな専門店でのみ、皇族のお買い物はされていたそうです。

 73年8月1日号の「女性セブン」(小学館)によると、デパートは「高島屋、三越、大丸、松屋」が主だといい、家具や装飾品はデパートで。その他の消耗品(食材など)は専門店で……というスタンスだったそうです。

 現代では、専門店よりもデパートなどの利用比率は増えているかもしれません。あるいは通販なども場合によってはありうるのではないでしょうか(笑)。2015年6月4日号の「セブン」が、佳子さまのタンクトップ姿を掲載し、話題になりましたが、一説に女子大生に人気の「ローリーズファーム」や「ローズバッド」といったブランドの服だといわれます。けれど、そういうブランドが御用達の看板を掲げるわけでもありませんしね。

――衣服や装飾品には流行がありますよね。いくら“皇室愛用”というブランド価値が付いていても、一般受けしなければ人気がなくなってしまうかも。それに比べ、食材のお店などは安泰なのでは?

堀江 皇室の方も“個人”として買い物をしているだけで、その店のパトロンではない。なので、店側の経営が何らかの理由で困難になれば、消えてしまいます。

 例えば、皇室に長年、お米を納入し続けたことで知られる、文京区・目白台の小さな米屋「小黒米店」も最近、閉店してしまったようですね。グーグルマップで住所を調べてみたら、2019年の初夏の時点にはあったお店の土地が、現在は不動産屋に買われ、彼らの手で売りに出されていました。

 ちなみに、小黒米店は戦後、店主の米えらびのセンスが高く買われ、皇室に米を納めることになったそうです。また、皇室の方々が食べているお米は10キロ3260円の「標準米」(※標準米制度は2004年に廃止)だったそうな。調べましたが、1980年時点での米の平均価格はこれくらいでした。

 御用達業者になった理由でもある、「店主の米選びのセンス」が生きるのは、年に限られた機会だけだといい、そのうちの1つがお正月用のもち米だったとか。もち米には、「標準米」が存在せず、「良いもの」を納入できたそう。皇室が買うものは、実質的に最高級品が中心なのですが、質素を主とするということで、お米の場合は“平均価格”の「標準米」。それも、皇室からはあまり精白せず、玄米に近い黒っぽいお米を(おそらく健康上の理由で)望まれたため、それを納入していたそうです。

 ほかの御用達業者がいかにも高級な店構えなのに対し、在りし日の小黒米店は、本当に街中のお米屋さんそのものの外見で、それが面白いという理由で、時々テレビに取り上げられたりしていました。ただ、今は閉店してしまっていますから、別の業者が、皇室にお米を納入しているのかも……。

――御用達だったお店が、いつしかまったく違う業種に鞍替えしちゃうケースなどは?

堀江 それもあるようで、青山にあった高級肉店の「吉橋」がその一つ。御用達になった経緯からして面白くて、23年(大正12年)頃に、お店の前に馬車が止まり、皇居から来た宮内庁の役人が「御用を命じる」とか言って、その場で御用達になっちゃったようです。昭和後期には毎月4キロ、松阪牛のロース肉などを納めていたそう。

 高級肉店と書きましたが、「吉橋」は昭和の後期になっても牛肉しか取り扱わないお店だったようですね。宮家などからオーダーがあった時のみ、鶏肉や豚肉は取り扱うのだとか。73年8月1日号の「セブン」の記事で、「吉橋」に取材した記者によると「三笠宮家のお子さまは鶏肉がお嫌い」だとかいう情報が得られたそうです(笑)。

 その後、「吉橋」は日本初の24時間営業を導入した、青山の高級スーパー「ユアーズ」内に店舗を移動。「ユアーズ」閉店後は、赤坂に移動、業種を肉屋から、すき焼き屋に変えて「よしはし」と名乗り、ミシュランから一つ星をもらったそうです。ただ、この「よしはし」も2017年には閉店。その後は御用達の店「吉橋」の伝統を継いだ形の営業はないようで、御用達業者の歴史は途絶えてしまったようです。