ママ友に「嫁失格」と叱られ、LINEの「義実家トーク」にモヤモヤ……年末年始の帰省話は“地雷ネタ”?

 今や日常生活において、かかせないツールとなっているコミュニケーションアプリ「LINE」。かつては子どもの送迎時に、ママたちが立ち話をしているような光景が見かけられたが、時間に追われ忙しく過ごす共働き世帯が増えた今、ママたちのコミュニケーションの場は、LINEのグループチャットになっているという。そんな、ママたちの「グループチャット」から浮き彫りになった、彼女たちの悩みや、苦悩、気になる話題を覗いてみる。

 普段は育児や仕事に追われ、忙しく過ごすママたちにとって、年末年始の休みは家でゆっくりできる貴重な期間と言える。しかし、「この時期しか長期休みを取れないから」「親戚一同が集まるから」という理由で、年末年始に帰省をしなければならない人も多いようだ。子どもを介して知り合った「ママ友」という存在は、それまでの生まれや育ちというような、相手のパーソナルな部分について知らないまま付き合っているケースも多い。帰省一つとっても、それぞれの環境の違いや価値観の違いがあらわになりやすく、それがLINEのグループチャット上で“地雷”の話題になることもあるようだ。

「離婚した親と会いたくない……」帰省しない理由が同じママ友

 琴美さん(仮名)は、都内にある認証保育園に3歳になる娘を預けている。彼女は、年明けにママ友と保育園で会った時、帰省の話題が上がるのが気がかりだったと語る。

「うちは両親が離婚していて、おまけに、母には年下の恋人もいます。私より新しい生活の方が大事らしく、出産祝いもおむつを数パックもらっただけ。正直、会いたくないし、山陰地方なので交通の便が不自由なこともあり、娘が生まれた時に一度しか帰省していません。夫の実家も東北の辺ぴな地域にあり、住まいも古い家屋で幼児には不便なことが多く、帰省を見送っています。なので、ママ友から『帰省どうだった?』と聞かれるのが億劫。『帰省しなかったよ』と一言言えば済む話なのですが、実家の母のことを思い出してしまい、何となく心が重くなりそうで……」

 子どもが園で「お正月は●●に行く」「どこにもいかない」などと話すことにより、事前にほかのママ友に知られることも珍しくないという。

「ママ友とのグループチャットでは、12月下旬、『今日で年内最終登園です。皆さん良いお年を』というような、少し早めの挨拶が飛び交いました。私は接客業をしているので、年末にもかかわらず働いていましたが、ほかのママから『まだ仕事があるんだね。お疲れさま』と労いのメッセージがきてうれしかったです。でも、心の中で『帰省について話を振らないでほしいな』と思ってました」

 そんな琴美さんだが、昨年末、帰省しないというママたち数人で、忘年会のような飲み会を行う展開になったそうだ。

「グループチャットで、『年末年始はどうやって過ごすか』という話題になったんです。すると、あるママさんが、『私は帰省しないです。同じような人がいたら、子連れで飲みに行ける居酒屋に行きませんか』と声をかけてくれて。すると、ほかのママから『行きたい』という返信が書き込まれ、私も思い切って『行きたいです』と送りました。その中のママさんが、気さくな感じで『うち、両親が離婚していて、実家に行きづらいんだよ』と飲み会で話してくれ、思わず、『うちも。それで帰省していないんだ』と。それで、すぐに打ち解けました」

 琴美さんは、こうした展開になったのはグループチャットのおかげだという。

「なかなか個別で話す機会がなくても、グループチャットだと『いつが空いてるので、一緒に行きませんか?』と誘いやすいのかもしれませんね。以前、ママ数人でランチに行った時、実家が近所で、母親とも仲良くしているママさんが多く、正直うらやましく感じていたのですが、自分と同じような境遇のママさんもいるんだってわかり、うれしかったですね」

 7歳の男児と、5歳になる女児の母である絵里さん(仮名)は、和裁士の資格を生かして、自宅で着物の縫製をしている。ここ数年のアンティーク着物ブームのおかげで、休日も関係なく作業を行っているそうで、年末年始の帰省は、夫と子どもだけで義実家に帰ってもらっているという。

「冬は着物のオーダーが多いんです。羽織やコートの仕立ても行うので、この季節は繁忙期。そのため、北関東にある義実家には、夫と子どもたちだけで毎年、1週間ほど帰省してもらっています。この話を仲の良いママ友にしたら、『嫁失格じゃない』と言われてしまってヘコみました。そのママ友の義実家は、親戚一同揃って、年末に餅つきをするそうなんです。私の夫の実家は核家族でそういう環境とは全然事情が違うのですが、言いづらくて」

 このように、年末年始の帰省に関しては、ママ友同士でも意見が食い違うことが多いようだ。

「そのママ友とは、息子が通っている空手教室で知り合いました。学校は別なので何のしがらみもないから、言いたいことをはっきり言ってくるのかもしれませんね。練習日などの確認をする目的で、同じグループチャットに入っているのですが、そこでは彼女が中心となって、『義実家で洗い物はする?』というような話で盛り上がっていました。私は話題についていけず、休み明けのお稽古がちょっと憂うつです」

 共働き家庭が増えた今、パパと子どもだけの帰省も珍しくなくなったのだろう。しかしまだ、世間的な認知度が低く、「なぜ妻は帰省しないのか」と、ママ友同士の間でも批判の的になってしまうケースはあるようだ。

 美穂子さん(仮名)は、都内にある幼稚園に2歳になる男児を通わせている。現在、第2子を妊娠中のため、日中は近所に住んでいる実家で過ごしているそうだ。

「実家は、兄が結婚で出て行ったので、父と母の2人暮らし。父はまだ嘱託職員として働いていますが、専業主婦の母は家にいるので、ごはんの用意などは甘えています」

 妊娠初期はつわりなどがひどかったため、一時的に実家を頼っているつもりだったが、ママ友からひんしゅくを買ってしまったという。

「幼稚園のママとは、たまにランチに行っていたんですが、『夕飯の支度をしなきゃ』と帰ろうとするママに、『うちは実家で食べるからゆっくりできる』と言ったら、『実家で過ごしているの?』って聞かれたんです。平日は、ほぼ実家で過ごしていたので、そう伝えたら険悪なムードが漂いました」

 ママにとって、実家や義実家が近く、何かあった時に頼れるというのは、育児をする上で大きなメリットとなる。そのため、「恵まれた環境のママとそうではないママの間でどうしても格差のようなものが発生し、私みたいな人は非難されてしまう傾向がある」と美穂子さんは言う。

「あるママから、LINEでメッセージが来たんです。『あまり実家自慢しない方がいいよ』って。私は普通にしていただけなのに……。グループチャットでも、年末年始の帰省の話題が上がったとき、あるママが『いつでも帰省できる人はいいよね』と書いていて、『私への嫌みかな?』と内心、モヤモヤしました」

 帰省というのは、それぞれの地域や、家庭環境による違いもあるため、どれが正解とも言えない。さらに、子どもができると個人だけの問題ではなくなる部分が多い。これからは、年末年始のあり方も多様化していくと予想されるだけに、帰省をめぐるママ友同士での諍いも減っていくことを願いたいものだが……。

ママ友に「嫁失格」と叱られ、LINEの「義実家トーク」にモヤモヤ……年末年始の帰省話は“地雷ネタ”?

 今や日常生活において、かかせないツールとなっているコミュニケーションアプリ「LINE」。かつては子どもの送迎時に、ママたちが立ち話をしているような光景が見かけられたが、時間に追われ忙しく過ごす共働き世帯が増えた今、ママたちのコミュニケーションの場は、LINEのグループチャットになっているという。そんな、ママたちの「グループチャット」から浮き彫りになった、彼女たちの悩みや、苦悩、気になる話題を覗いてみる。

 普段は育児や仕事に追われ、忙しく過ごすママたちにとって、年末年始の休みは家でゆっくりできる貴重な期間と言える。しかし、「この時期しか長期休みを取れないから」「親戚一同が集まるから」という理由で、年末年始に帰省をしなければならない人も多いようだ。子どもを介して知り合った「ママ友」という存在は、それまでの生まれや育ちというような、相手のパーソナルな部分について知らないまま付き合っているケースも多い。帰省一つとっても、それぞれの環境の違いや価値観の違いがあらわになりやすく、それがLINEのグループチャット上で“地雷”の話題になることもあるようだ。

「離婚した親と会いたくない……」帰省しない理由が同じママ友

 琴美さん(仮名)は、都内にある認証保育園に3歳になる娘を預けている。彼女は、年明けにママ友と保育園で会った時、帰省の話題が上がるのが気がかりだったと語る。

「うちは両親が離婚していて、おまけに、母には年下の恋人もいます。私より新しい生活の方が大事らしく、出産祝いもおむつを数パックもらっただけ。正直、会いたくないし、山陰地方なので交通の便が不自由なこともあり、娘が生まれた時に一度しか帰省していません。夫の実家も東北の辺ぴな地域にあり、住まいも古い家屋で幼児には不便なことが多く、帰省を見送っています。なので、ママ友から『帰省どうだった?』と聞かれるのが億劫。『帰省しなかったよ』と一言言えば済む話なのですが、実家の母のことを思い出してしまい、何となく心が重くなりそうで……」

 子どもが園で「お正月は●●に行く」「どこにもいかない」などと話すことにより、事前にほかのママ友に知られることも珍しくないという。

「ママ友とのグループチャットでは、12月下旬、『今日で年内最終登園です。皆さん良いお年を』というような、少し早めの挨拶が飛び交いました。私は接客業をしているので、年末にもかかわらず働いていましたが、ほかのママから『まだ仕事があるんだね。お疲れさま』と労いのメッセージがきてうれしかったです。でも、心の中で『帰省について話を振らないでほしいな』と思ってました」

 そんな琴美さんだが、昨年末、帰省しないというママたち数人で、忘年会のような飲み会を行う展開になったそうだ。

「グループチャットで、『年末年始はどうやって過ごすか』という話題になったんです。すると、あるママさんが、『私は帰省しないです。同じような人がいたら、子連れで飲みに行ける居酒屋に行きませんか』と声をかけてくれて。すると、ほかのママから『行きたい』という返信が書き込まれ、私も思い切って『行きたいです』と送りました。その中のママさんが、気さくな感じで『うち、両親が離婚していて、実家に行きづらいんだよ』と飲み会で話してくれ、思わず、『うちも。それで帰省していないんだ』と。それで、すぐに打ち解けました」

 琴美さんは、こうした展開になったのはグループチャットのおかげだという。

「なかなか個別で話す機会がなくても、グループチャットだと『いつが空いてるので、一緒に行きませんか?』と誘いやすいのかもしれませんね。以前、ママ数人でランチに行った時、実家が近所で、母親とも仲良くしているママさんが多く、正直うらやましく感じていたのですが、自分と同じような境遇のママさんもいるんだってわかり、うれしかったですね」

 7歳の男児と、5歳になる女児の母である絵里さん(仮名)は、和裁士の資格を生かして、自宅で着物の縫製をしている。ここ数年のアンティーク着物ブームのおかげで、休日も関係なく作業を行っているそうで、年末年始の帰省は、夫と子どもだけで義実家に帰ってもらっているという。

「冬は着物のオーダーが多いんです。羽織やコートの仕立ても行うので、この季節は繁忙期。そのため、北関東にある義実家には、夫と子どもたちだけで毎年、1週間ほど帰省してもらっています。この話を仲の良いママ友にしたら、『嫁失格じゃない』と言われてしまってヘコみました。そのママ友の義実家は、親戚一同揃って、年末に餅つきをするそうなんです。私の夫の実家は核家族でそういう環境とは全然事情が違うのですが、言いづらくて」

 このように、年末年始の帰省に関しては、ママ友同士でも意見が食い違うことが多いようだ。

「そのママ友とは、息子が通っている空手教室で知り合いました。学校は別なので何のしがらみもないから、言いたいことをはっきり言ってくるのかもしれませんね。練習日などの確認をする目的で、同じグループチャットに入っているのですが、そこでは彼女が中心となって、『義実家で洗い物はする?』というような話で盛り上がっていました。私は話題についていけず、休み明けのお稽古がちょっと憂うつです」

 共働き家庭が増えた今、パパと子どもだけの帰省も珍しくなくなったのだろう。しかしまだ、世間的な認知度が低く、「なぜ妻は帰省しないのか」と、ママ友同士の間でも批判の的になってしまうケースはあるようだ。

 美穂子さん(仮名)は、都内にある幼稚園に2歳になる男児を通わせている。現在、第2子を妊娠中のため、日中は近所に住んでいる実家で過ごしているそうだ。

「実家は、兄が結婚で出て行ったので、父と母の2人暮らし。父はまだ嘱託職員として働いていますが、専業主婦の母は家にいるので、ごはんの用意などは甘えています」

 妊娠初期はつわりなどがひどかったため、一時的に実家を頼っているつもりだったが、ママ友からひんしゅくを買ってしまったという。

「幼稚園のママとは、たまにランチに行っていたんですが、『夕飯の支度をしなきゃ』と帰ろうとするママに、『うちは実家で食べるからゆっくりできる』と言ったら、『実家で過ごしているの?』って聞かれたんです。平日は、ほぼ実家で過ごしていたので、そう伝えたら険悪なムードが漂いました」

 ママにとって、実家や義実家が近く、何かあった時に頼れるというのは、育児をする上で大きなメリットとなる。そのため、「恵まれた環境のママとそうではないママの間でどうしても格差のようなものが発生し、私みたいな人は非難されてしまう傾向がある」と美穂子さんは言う。

「あるママから、LINEでメッセージが来たんです。『あまり実家自慢しない方がいいよ』って。私は普通にしていただけなのに……。グループチャットでも、年末年始の帰省の話題が上がったとき、あるママが『いつでも帰省できる人はいいよね』と書いていて、『私への嫌みかな?』と内心、モヤモヤしました」

 帰省というのは、それぞれの地域や、家庭環境による違いもあるため、どれが正解とも言えない。さらに、子どもができると個人だけの問題ではなくなる部分が多い。これからは、年末年始のあり方も多様化していくと予想されるだけに、帰省をめぐるママ友同士での諍いも減っていくことを願いたいものだが……。

年収2000万円のエリート夫が二度の破産――「夫婦ってなんだろう?」と妻が自問するワケ

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 昨年、NHKで放送された『ドキュメント72時間』に、樹木葬を取り上げた回があった。亡くなった父親と母親の仲が悪かったという娘に、母親は「夫は最期は『ありがとう』と感謝していた」と明かし、「夫婦って、最終的につじつまが合うようになっているんですね」とつぶやいていたのが、強く印象に残った。今回は、老いた親と夫婦の関係について考えてみたい。

どんなにケンカをしていても最期は互いを思いやる

 夫婦って何だろう……折田真由美さん(仮名・51)は、最近よく考える。

 義父母は始終ケンカをしていた。二人で小さな定食屋を営んでいたが、営業中の店内でも言い争いが絶えなかった。折田さんと夫の稔さん(仮名・55)は、お客さんにも険悪な雰囲気が伝わるんじゃないかとハラハラしていたくらいだった。

 そんな中、義母の体が動きにくくなっていった。「大丈夫だから」と義母は店に立っていたが、次第に歩くのも危なっかしくなってきた。心配した稔さんが義母を病院に連れていったところ、パーキンソン病だと診断された。10年ほど前のことだ。

 定食屋は、義父一人でもできないことはなかったが、二人で店に立つことができなくなったので、この辺で潮時だと店をたたむことにした。

 すると、義父母の関係はそれまでと一変した。

 体が動かなくなっていく義母の介護を、義父は一人でやるようになった。「介護サービスを使えば」と、稔さんも真由美さんも何度も言ったが、義父は一人でできると言って耳を貸さなかった。「お母さんは、人の世話になるのはイヤな人だから」と。

「食事や入浴の介助はもちろん、下の世話から買ってきた服の手直しまで。小柄な義母にはズボンが長すぎるからと、それまで使ったことのないミシンを引っ張り出して縫っていました。その姿を見ると、涙が出てしょうがありませんでした」

 折田さんの実父は、それより前に亡くなっていた。一人になった実母が、「夫婦はいくらケンカをしていても、最期はお互いを思いやるものだ」としみじみ言っていたが、義父母の関係を見ていると、その言葉がよみがえってくる。

「毎日ケンカばかりだったので、義父は義母に苦労をかけてきたと思って、義母の人生の最後にそのお返しをしているのかなと思うんです」

 苦労といえば、折田さんの結婚生活も苦労続きだ。折田さんは笑顔を絶やさないが、その話はかなり深刻だ。

 一流企業に勤めていた夫、稔さんは、元同僚に誘われて独立。共同で事業をはじめたがうまくいかず倒産。その後一人でまったく畑違いの健康食品販売に手を出した。

「サラリーマン時代、とんとん拍子に出世して、天狗になっていたんだと思います。海外赴任もして、メイドさんを使う生活に何か勘違いしてしまったんでしょう。子どもたちが小さかった頃、家庭を顧みなかったときは、こんな生活をしていると家族がバラバラになってしまうと思い、一時期、家を出て目を覚まさせたこともあります。でも、独立については私も強く反対はしませんでした。夫がやりたいのなら、好きなことをやらせたいと思ったんです」

 健康食品販売は、稔さんの大学時代の同窓生がやっている会社の流通ルートに乗せてもらえたこともあり、一時はかなりの業績を上げていたという。このまま順調に成長すると思っていた矢先、稔さんと同窓生との間にトラブルが起き、再び倒産の憂き目を見た。

「私たちの生活は、本当に浮き沈みが激しいんです。サラリーマンの頃は、年収2千万以上ありました。最初の倒産のときは、借金を双方の親から援助してもらってなんとか切り抜けましたが、二度目の倒産で貯金も底をつきました。電気代も払えなくて、電気が止まったこともあります。ろうそくでご飯を食べたんですが、まるでドラマみたいなことが現実にあるんだと驚いたほどです。そんなとき、長女が『キャンプみたいで楽しいよ。たまにはこういうのもいいね』と明るく言ってくれて、子どもながらに家族のことを考えてくれているんだと、心で泣きました」

 家も激変した。セレブが住む都心の高級マンションから、今は公営住宅だ。クルマも売り、子どもたちの学資保険もすべて解約したという。

――続きは、1月26日公開

年収2000万円のエリート夫が二度の破産――「夫婦ってなんだろう?」と妻が自問するワケ

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 昨年、NHKで放送された『ドキュメント72時間』に、樹木葬を取り上げた回があった。亡くなった父親と母親の仲が悪かったという娘に、母親は「夫は最期は『ありがとう』と感謝していた」と明かし、「夫婦って、最終的につじつまが合うようになっているんですね」とつぶやいていたのが、強く印象に残った。今回は、老いた親と夫婦の関係について考えてみたい。

どんなにケンカをしていても最期は互いを思いやる

 夫婦って何だろう……折田真由美さん(仮名・51)は、最近よく考える。

 義父母は始終ケンカをしていた。二人で小さな定食屋を営んでいたが、営業中の店内でも言い争いが絶えなかった。折田さんと夫の稔さん(仮名・55)は、お客さんにも険悪な雰囲気が伝わるんじゃないかとハラハラしていたくらいだった。

 そんな中、義母の体が動きにくくなっていった。「大丈夫だから」と義母は店に立っていたが、次第に歩くのも危なっかしくなってきた。心配した稔さんが義母を病院に連れていったところ、パーキンソン病だと診断された。10年ほど前のことだ。

 定食屋は、義父一人でもできないことはなかったが、二人で店に立つことができなくなったので、この辺で潮時だと店をたたむことにした。

 すると、義父母の関係はそれまでと一変した。

 体が動かなくなっていく義母の介護を、義父は一人でやるようになった。「介護サービスを使えば」と、稔さんも真由美さんも何度も言ったが、義父は一人でできると言って耳を貸さなかった。「お母さんは、人の世話になるのはイヤな人だから」と。

「食事や入浴の介助はもちろん、下の世話から買ってきた服の手直しまで。小柄な義母にはズボンが長すぎるからと、それまで使ったことのないミシンを引っ張り出して縫っていました。その姿を見ると、涙が出てしょうがありませんでした」

 折田さんの実父は、それより前に亡くなっていた。一人になった実母が、「夫婦はいくらケンカをしていても、最期はお互いを思いやるものだ」としみじみ言っていたが、義父母の関係を見ていると、その言葉がよみがえってくる。

「毎日ケンカばかりだったので、義父は義母に苦労をかけてきたと思って、義母の人生の最後にそのお返しをしているのかなと思うんです」

 苦労といえば、折田さんの結婚生活も苦労続きだ。折田さんは笑顔を絶やさないが、その話はかなり深刻だ。

 一流企業に勤めていた夫、稔さんは、元同僚に誘われて独立。共同で事業をはじめたがうまくいかず倒産。その後一人でまったく畑違いの健康食品販売に手を出した。

「サラリーマン時代、とんとん拍子に出世して、天狗になっていたんだと思います。海外赴任もして、メイドさんを使う生活に何か勘違いしてしまったんでしょう。子どもたちが小さかった頃、家庭を顧みなかったときは、こんな生活をしていると家族がバラバラになってしまうと思い、一時期、家を出て目を覚まさせたこともあります。でも、独立については私も強く反対はしませんでした。夫がやりたいのなら、好きなことをやらせたいと思ったんです」

 健康食品販売は、稔さんの大学時代の同窓生がやっている会社の流通ルートに乗せてもらえたこともあり、一時はかなりの業績を上げていたという。このまま順調に成長すると思っていた矢先、稔さんと同窓生との間にトラブルが起き、再び倒産の憂き目を見た。

「私たちの生活は、本当に浮き沈みが激しいんです。サラリーマンの頃は、年収2千万以上ありました。最初の倒産のときは、借金を双方の親から援助してもらってなんとか切り抜けましたが、二度目の倒産で貯金も底をつきました。電気代も払えなくて、電気が止まったこともあります。ろうそくでご飯を食べたんですが、まるでドラマみたいなことが現実にあるんだと驚いたほどです。そんなとき、長女が『キャンプみたいで楽しいよ。たまにはこういうのもいいね』と明るく言ってくれて、子どもながらに家族のことを考えてくれているんだと、心で泣きました」

 家も激変した。セレブが住む都心の高級マンションから、今は公営住宅だ。クルマも売り、子どもたちの学資保険もすべて解約したという。

――続きは、1月26日公開

バズレシピ・リュウジ「半熟餅カルボナーラ」、料理ダメ主婦が作ったら……“絶品レンチン餅”に感動

料理がまったくできない主婦の私。もう4年ほど夫が料理を担当していますが、子どもの成長とともに「いやでも作らなあかん時」に見舞われるように……。そこで「かんたん」「ラクチン」とTwitterで話題のレシピにチャレンジしていきます!

今日のレシピ:【半熟餅カルボナーラ】

 1月ということもあって、まだまだ我が家には餅がたくさん。ですが、簡単に餅を消費しようと思っても、「焼く」「味噌汁に入れる」くらいしか餅レシピを知らない私。そんな私でも簡単にレンジだけで作れるレシピを発見したんですが、これが、本当においしくてマジで簡単だった! お試しあれ。

 料理手順はこちら。

1)餅とベーコンを切る。にんにく粗みじん切り
2)常温の卵に(コンソメ小さじ1/3 ・オリーブオイル小さじ2・粉チーズ大1と1/2)入れて混ぜる
3)1の材料に100ccの水を入れレンジで2〜3分チン
4)水を捨て、2と混ぜる
5)レンジで20〜30秒チン

 切って、レンチンだけ〜。って、ホントにうまくできるのか!? 実際に作ってみましょう!

 まずは材料を包丁で切っていると、我が家の料理担当・旦那に「そんなノコギリみたいに包丁使ったらあかん」と言われる。包丁どころか料理をほとんどやってないんだから、包丁さばきがノコギリになるのは仕方ない。

 切った材料が浸かるくらいまで水を入れて、渾身の期待を込めてレンジに託す。あとは頼んだよレンジ君。

 レシピには「2〜3分チン」と書いてあったが、私はこの料理レシピによくある「〜」の頃合いがわからないため、我が家の600wレンジで2分30秒くらいチンして、餅が大丈夫か見てみる。ウンウン大丈夫そう。程よく柔らかくなっていたので、水を捨てて、先ほど混ぜておいたタマゴと優しく合体させてみる。

 タマゴがシャバシャバなので不安になった。しかし料理に不安はつきものだ(私の場合)。混ぜたらもう一回レンジでチン。

 10秒チンして、開けて調べて、10秒チンして開けて確認して、2回繰り返していたら旦那に「そんなレンジを何回も開けたり閉めたりしたらアカン」と言われたが、気にしない。だいたい合計30秒くらいチンしたら、出来上がったかもしれない!!

 見た感じはちょっと、あれなんですけど。これめっちゃいい匂い。食欲そそるチーズとニンニクの匂いがたまらない。あのシャバシャバだったタマゴはどれくらいトロンとなったのか? 一番心配していたのはそこですが、こんなにとっろとろに!

 早速食べてみた。ニンニクが程よくピリッとしていて、チーズがトロトロの餅に絡んでめちゃくちゃおいしい! お餅なのにナンボでも食べれる勢い。あと20秒くらいレンチンしてたら、皿の端についてるタマゴももう少しトロッとなったかも。何回もレンジ開けたことを少し後悔。

 作るのは簡単なのに、めちゃくちゃ手の込んだ、店が作る濃厚カルボナーラのよう。こんなに「食欲そそる餅」を食べたのは初めてでした。カルボナーラのスパゲティーよりも相性がいいかもしれない「餅」に感動ものです。

 旦那受けもかなり良かったのでまた作りたい度は満点評価です。ズボラ料理全くできない主婦でも簡単にできた〜。リュウジさんありがとう!

【総評】
もう一度作りたい度:★★★★★
ズボラ主婦でも再現可能度:★★★★☆
子供ウケまたは夫ウケ:★★★★☆

レシピ作成者・リュウジ@料理のお兄さんバズレシピ

【駅で働くネコたち】年末年始のお仕事ぶりを秘蔵公開♪ 雪でも朝から車線パトロール!

全国各地の駅で働くモフモフの動物たちを紹介する当連載。山形県から鹿児島県まで、モフモフのかわいい駅長や観光大使のお仕事ぶりを月2回紹介しちゃいます♪ 今回は、各地の年末年始の模様をサイゾーウーマン限定で公開!

にゃん太郎観光大使

年末年始の出来事:年末年始は特急「はやとの風」が毎日運行して、にゃん太郎も元日から5日までお客さまをおもてなししました。

お名前:にゃん太郎観光大使
勤務先JR九州 肥薩線嘉例川駅
勤務時間:日曜 10:30~不定(帰宅時間はにゃん太郎都合)

観光大使就任エピソード:迷い猫出身。2015年11月ごろから駅舎に住み始めると、地元民から愛されるアイドル猫に。16年5月には霧島市役所観光課から嘉例川観光大使に就任。

ラビたま駅長

年末年始の出来事:年末年始、大みそかから元旦にかけて終夜運転を行いました。ラビたま駅長ともども本年もどうぞよろしくお願いいたします。

お名前:ラビたま駅長
勤務先埼玉高速鉄道 浦和美園駅
勤務時間:9:30~11:30 14:30~16:30(火・木はお休み)

駅長就任エピソード:埼玉県こども動物自然公園のふれあいコーナー出身のイエウサギ。2015年6月に駅長就任! 浦和には“うさぎ神社”として知られる調神社(つきじんじゃ)もある。

電動車イス「WHILL(ウィル)」の無料貸出サービスについてはこちら。

しょこら駅長

年末年始の出来事:大みそかに仕事納めをして、1月1~3日まで3連休だった駅長。お休み前には、駅長のお仕事として年賀状も準備しました。

お名前:ショコ・ラ・ダリヤ
年齢:2~3歳
勤務先JR東日本 米坂線羽前小松駅
勤務時間:平日 8:00~19:00/土日祝 8:45~16:30
Twitter@chocolat_komatu

駅長就任エピソード:羽前小松駅にいた迷い猫出身。駅舎で面倒を見ているうちに、地元民から愛される存在となり、10月に駅長ポストへ就任。このたび、晴れてJRお墨付きの駅長に!

らぶ駅長&ぴーち施設長

今週の出来事:新年も駅長は元日から出勤して、雪の残る車線をパトロールしました。天気が悪い日は、ストーブの前で内勤している最近です。

お名前:らぶ駅長、ピーチ施設長
勤務先会津鉄道 芦ノ牧温泉駅
勤務時間:9:00~16:00(らぶ駅長 水・木お休み/ぴーち施設長 月・火・金お休み)
Twitter@ashinomakionsenインスタグラムashinomakionseneki
レギュラー番組『にゃん旅鉄道』(福島中央テレビ、TVer)放送中

就任エピソード:2015年、初代名誉駅長・ばすの跡を継いだらぶが二代目名誉駅長に就任。17年10月には、らぶ駅長の弟・ぴーちが名誉施設長のポストに就いた。

皇室の“知られざる”お正月事情――天皇陛下は大忙しでも女官は「朝から日本酒」!?【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

――皇居の一般参賀は今年も多くの人で賑わいました。お正月は、皇族の方々のお姿を見る機会が多くありますよね。最近は、皇室関係の特番もなぜか増えていますし。

堀江宏樹(以下、堀江) 皇室の方々には、晴れ晴れとしたオーラがありますよね。だから「お正月の顔」にふさわしいのかも。ちなみに、1月2日に皇居で行われた「新年一般参賀」は、第二次世界大戦後の1948年(昭和23年)から始まった新しい皇室行事で、特別な事件や事故などの事情がない限り、毎年行われているようですね。

 お正月の天皇陛下は、本当にお忙しく過ごされているかと思いますが、これって伝統的なことなんですね。天皇陛下は元日も午前5時くらいから、平安時代から続く「四方拝(しほうはい)」と呼ばれる、いわば“秘密の儀式”を執り行われておいでです。

――「四方拝」ですか。一般的には聞き慣れない名前かと。

堀江 明治時代以降、宮中にいた女官の回顧録にも頻出するのですが、内容についての記述はゼロ。辞書には「天皇が元日の朝、天地四方(など)を拝する儀式」出展:『日本大百科全書』(小学館)とありますが、詳細は口外されることがなくて不明。

 江戸時代以前は公家の屋敷などでも行われていたようですが、公式に現在も続いているのは、天皇家だけのようですね。時代や資料によって開始時間は異なりますが、だいたい午前4時~午前5時半には始まるようです。儀式内容を推理すると、新年を迎えた世界に、天皇が日本人代表として「今年もよろしくおねがいします」というご挨拶をしているのではないかと。八百万(やおよろず)の神様たちに、「今年は災厄が起こらないように」と祈るイメージで間違えてはいないと思われます。――明治時代のお正月、天皇皇后両陛下は、伝統的な装束姿だったのでしょうか?

堀江 例の「四方拝」の儀式の時、天皇陛下は天皇しか着ることのできない「黄櫨染(こうろぜん)」という色の束帯をお召しだそうです。しかし、臣下の前に姿を現すとなると、最初から両陛下ともに“洋装”なんですね。「文明開化」した明治時代、古くから伝わる伝統的な朝廷装束について実は否定的。同時代にヨーロッパで使用されていた宮廷服の方が、重視されていたことは確かなんです。

 天皇陛下は記録によれば「大元帥の大礼服」。わかりやすくいえば、明治天皇の御真影として知られている、あの絵のようなお姿だったそうです。ちなみに大礼服とは、最高の正装という意味。皇后陛下も「マント・ド・クール」と呼ばれる、ドレスを大礼服として着ておられました。現代の女性皇族の最高の正装は「ローブ・デコルテ」ですが、「マント・ド・クール」は、何メートルにも及ぶ長い裾を引きずった、さらにゴージャスなデザインのドレスですね。

 こちらの著書『明治150年記念 華ひらく皇室文化 −明治宮廷を彩る技と美−』(青幻舎)の表紙中央のドレスが、明治天皇の皇后・昭憲皇后が1912年(明治45年)の新年に着用なさったと伝えられる「マント・ド・クール」です。

 当時、日本の刺繍は世界最高峰の技術として知られており、このドレスにも菊の花々の刺繍がふんだんにあしらわれています。この本には「糸菊」のデザインだと解説されていますが、本当は「奥州菊」と言うべきですね。江戸時代に上方(関西)で作られ、東北地方で発達した品種の菊です。いわば和洋折衷的なデザインのドレスなんですが、昭憲皇后が当時の日本と世界を結ぶ存在だったことを感じられます。また、ダイアモンドのついたティアラやネックレス、腕輪などをキラキラと輝かせておられる皇后のお姿は、女官たちの心をそれはときめかせました。

――では、そんな女官たちはどんな衣服を着用していたのですか?

堀江 お正月は女官たちも朝から洋装でドレス姿だそうです。みなが揃って、新年を祝う朝の御膳をいただくのですが、これが和食なんですね(笑)。詳細は残念ながら残されていませんが、普段よりも皿数が多く豪華でした。朝から日本酒が出たり、甘く煮たゴボウ、白味噌を焼いたお餅で挟んだ伝統的なお菓子「お焼がちん」が出たそうです。ドレス姿でお餅を食べている姿って、想像したら微笑ましいですね。そして、朝の御膳が終わると、“女官長”など身分の高い職員たちが、お祝いの言葉を申し上げるため天皇皇后両陛下の前に、整然と一列に並びました。

――天皇皇后両陛下の前でご挨拶って、なんだか緊張しちゃいそう……。

堀江 ご挨拶の内容ですが、「御機嫌よう、いよいよ(両陛下が)お揃い遊ばしまして、何の何の申し分さまもあらせられず、ご機嫌よく成らせられます御事、ありがたくかたじけなく存じ上げます」というもの。意訳すると「両陛下や皆様がお正月を何の問題もなく、ご機嫌よくお過ごしになられていること、これって本当にありがたく幸せなことですよね」という感じかな。

 実は上の挨拶は、女官同士で交わした新年の挨拶の一部。しかし、高位の女官が両陛下にするご挨拶も同じようなものではないかと思われます。NHKの連続テレビ小説『花子とアン』で連発していた「ごきげんよう~」のオリジナルといってよいかな。覚えてる方、いらっしゃるといいけど。明治天皇は儀式の進行が滞ると、みるみる不機嫌になったそうです(笑)。

 さらに面白いのが、新年ということで、よりゴージャスに正装している女官の化粧は、普段よりザツになりがちだったということ。当時の宮中は、電灯が使える部屋も限られており、女官たちは朝4時~5時くらいには起きて、薄暗い灯火の下ですばやく身支度をしなくてはなりません。だから女官のお正月のお化粧は、普段よりも粗くなりがちで、明るくなってからお互いの化粧がヘンなことに気づき、笑いあったりしていたとか。また、朝からお酒が出るので、ついつい酔っ払った女官同士でひと悶着あったりもしたそうです。

――戦前の宮中って、もっとピリピリしてるのかと思ったら、意外に和やかな雰囲気なんですね。

堀江 天皇・皇后両陛下を中心とした「大家族」みたいな、ほのぼのとした雰囲気が宮中に漂っていたようです。こうした「内輪」での新年の挨拶が終わると、次は外国の公使や、政治家たちに天皇皇后両陛下は謁見するべく、正殿に向かわれたとのことです。皇后陛下の「マント・ド・クール」の裾は何メートルもあるので、その裾を学習院に通っている学生の中から選ばれた、特にかわいい6人の少年たちが捧げ持ったそうです。彼らの役職は「御裳捧持(おんもほうじ)」といい、紺のビロウドの制服を着ていました。半ズボンに白いタイツ、そして帽子といった装いで、『宮中五十年』 (講談社)という著書の表紙の少年たちが、まさに「御裳捧持」です。

――本当に、選ばれし雲の上の存在というか、華麗なる世界ですね。

堀江 うっとりしちゃいますよね~。戦前の女官をはじめ宮中の職員たちは、華族など選ばれた人たちだけ。一般参賀はまだありませんから、庶民が天皇皇后両陛下に新年のご挨拶をできる機会は限られており、新年に和歌を作ってお送りする程度でした。現在でも「歌会始」では、お題が毎年発表され、さまざまな歌詠みの方々のお歌が集まりますが、これは1874年(明治7年)以降の伝統です。

 さて、このような宮中生活を知るについては、良い本があります。明治天皇と昭憲皇太后に仕えた女官・山川三千子(旧姓・久世三千子)さんという女性の手記が『女官 明治宮中出仕の記』(講談社)というタイトルで文庫化されています。山川さんは女官として宮中にお勤めになる時、「どんな些細な事柄も、親兄弟にさえ話してはならないのですよ」と先輩女官から教えられたそうなのですが、何か思うことがあったらしく、1960年には『女官』と題した書籍を出版なさいました(笑)。

 サイゾーウーマンの読者には「女官」という存在に興味がある方が多いようですね。今回みたいに、ほのぼのとしているだけではすまない女官生活、“女の園”のウラ事情についても触れられているので、次回からこれをもとに少しずつお話できるとよいな、と考えています。本年も何卒、よろしくお願いいたします。

心屋仁之助氏「不倫告白」、八木さや「市長選出馬」!? 2020年スピリチュアル界隈の“注目株”

 弱った心に入り込む、甘い言葉やラクに稼げそうな情報――。ネット上には、無責任な理論で集客しては人を食い物にする、スピリチュアリスト、霊能者、民間資格カウンセラーなどがあふれています。「この人たちのようになれるかも」と彼らを信じ込んでしまえば、価値観や金銭感覚をゆがめられるのはあっという間。友人や家族を失ってからでは、もう遅い! 「スピリチュアルウォッチャー」黒猫ドラネコが、現代社会にのさばる怪しい“教祖様”を眼光鋭く分析します。

 読者のみなさまと教祖様方、今年もどうぞよろしくお願い致します。2020年もスピリチュアルを都合よく使ってビジネスを繰り広げている方々を中心に、しっかりと監視する所存です。

 スピ好きな方々はやはり、『成功している人は、どこの神社に行くのか?』(サンマーク出版)を参考にして、初詣に行かれたのでしょうか。同書の著者は八木龍平氏。そう、あの「子宮委員長(現・八木さや)」の夫です。「リュウ博士」と呼ばれ、子宮系女子から尊敬のまなざしを向けられている人物でもあります。

 リュウ博士は同書の著者プロフィールで、「博士論文の執筆で追い込まれていた深夜、寮の自室に仏様の映像があらわれ、メッセージを聴く神秘体験をする。以来、見えない“氣”に敏感になり、スピリチュアルな感覚が開発される」と紹介されています。これだけ読んでも、なかなか “スピった人”だと察していただけるでしょう。

スピリチュアル界隈、今年は「八木夫妻」がアツイ

 私の中で今年の注目度ナンバー1は、この八木夫妻の動向です。もともと、八木夫妻は別居婚をしていますが、八木さやは現在、長崎県壱岐市在住の70代男性との不倫を公表しています。しかし、こんなことは子宮委員長的には平常運行。前夫の時も同様で、自身のトークショーに不倫関係だった元彼を登壇させ、それを前夫に見せていましたからね。つまり、「倫理観が狂ってる!」とか言ってもムダ。しかも昨年から、八木さやは「自分ビジネス・オンライン講座」なる情報商材の販売を始め、「自己開示すべし」と信者に説いています。要するに、八木さやとその信者の人生はすべてコンテンツであり、不倫も隠すことではない、という考えなのです。

 で、そんな妻の“芸風”をわかっているはずのリュウ博士は、昨年10月に更新したブログの中で、不倫に対して一定の理解を示しながらも、チクリとやっています。

「浮気だけなら当事者だけに閉じた話だけど、公言までされると社会的評価が下がり、地位は変わらずとも、侮られるってことですね。だから僕個人について対応策が必要と判断します。で、具体的な対応策が壱岐には、もう行かない」(19年10月16日「もしも妻が浮気をしたら?(笑)回答編」より)

 そもそも、「子宮の声に従って生きる」といって不倫を推奨したり、高額な情報商材を販売したり、やりたい放題の子宮委員長と結婚して「社会的評価」を気にするなんて……。これを読んだとき、「ギャグなのか?」とツッコミを入れるとともに、「すわ離婚!?」と思いました。しかし、安心してください(?)。今年は2人そろって、壱岐島でお正月を過ごしたようですよ(リュウ博士、意志が弱い~!)。

 壱岐島に移住後、「壱岐市長選に出る」と自身のブログで宣言したり、市内の神社に金をばらまいたりしている八木さや。当然、地元紙や市議会からマークされ、素性を怪しまれているようです。武蔵野学院大学・兼任講師でもある夫は、彼女の信用を担保する存在といえます。夫婦仲が険悪になってしまっては、今年計画している市長選への出馬も、断念せざるを得なくなるかもしれません。なんだかんだ言っても、意地でも別れないのでは、と思っている次第です。

 さて、そんなリュウ博士は新年早々スピ界隈に、ある騒動を巻き起こします。いろんな意味で“重鎮”といえる、心理カウンセラー・心屋仁之助氏の怒りを買ってしまったのです。

 発端は昨年12月28日、心屋氏が夫婦間の問題をブログで公表したこと。そこには自身の不貞行為をほのめかす記述がありました。しばらくして削除されたその記事の内容は、ファンの間でも「ぢんさんが不倫!?」と騒ぎになり、いろいろ批判もされたようです。翌29日のブログでは、「みんな ワイドショーのコメンテーターかと思ったよ」と余裕を見せつつ、「『コレ』は、ダメだったんだな、と『やってみて初めて分かった』」「(前日のブログは)奥さんが消してって言ってから消したんだよ」とかなんとか、みっともない反論をしていました。すると同日、ついに「サレ夫」であるリュウ博士が口を開きます。

「立場の弱い人が『不倫告白』すると、それは『勇気』にもなりえるけど、立場の強い人が『不倫告白』すると、ただの『横暴』でしょう。心屋仁之助さんのように多くの人を動かせる人は『本物のインフルエンサー』立派な権力者なんだから、いつまでも『無力な者のフリしてんな!』と思うね」(19年12月29日「いつまでも『無力な者のフリしてんな!』」より)

 なんだか、妻である八木さやへ言いたいことを、心屋氏にぶつけているかのよう。かなり強めの批判に思えます。で、このブログを心屋氏が見てしまったから、さあ大変! 年が明けてから、心屋氏は自身のFacebookで「なぜ発表したのかその理由も知らずに想像だけでよくこんなこと上から書けるなこいつ ワシが一度でもキミを攻撃したのか?! 応援したことはあっても」と応戦します。

 すると、心屋氏と仲良しの八木さやが、コメント欄で「なんか、すみません これ、わたし宛なんだと思います。話し合ってみます」と謝罪(現在は削除)。このコント……失礼、いざこざの落としどころは、一体どこになるのでしょうか。プライベートを自ら全世界に開示しておいて、わちゃわちゃ揉めてんじゃないよ、どいつもこいつも! というか心屋氏も、虐待の連鎖に悩む母親に「娘さん、叩かれるために生まれてきたのよ」と言い放った時のように、「リュウ博士もワシの妻も、不倫されるために生まれてきたのよ」と、軽い感じで言えばいいのに。

 新年から踏んだり蹴ったりの心屋氏ですが、最近は自身のブログで「心理カウンセラーとしての活動をやめる」と匂わせ続けています。ちなみに、今後は“シンガー”として活動をしていきたいとか。昨年秋頃、私もとあるイベントで心屋氏の生歌を聴きました。これを言うのは心苦しいですが、お世辞にも歌がお上手とは思いませんでしたね……。

 チャレンジ精神は批判しませんし、多くの信者をつけてからの転身も、賢い戦略といえるでしょう。しかし、母親に対して「頑張らなくていい」と励ます趣旨の歌で、「子ども叩いていいよ」との歌詞がありました。やはり私は、こういった心屋氏の考えに嫌悪感を抱きます。まるで「自分が楽になるなら、誰かを傷付けていい」と言わんばかりの無責任な姿勢は、たとえシンガーになってもブレないでしょう。そこそこな歌声に惹かれてご新規さんが増えるとも思わないので、今後の活動がどうなっていくのか見守るつもりです。信者の中にも彼の歌には興味がない人が多く、さらに不倫騒動もあったため、支持者はじわじわと減っている模様。思わず応援したくなるほどです。しませんけど。

 そうそう、不倫といえば、昨年「壱岐市観光大使」をクビになったhappyです。しばらく見ない間に、親友で自称アーティストの愛さん(女性)と交際を公表しました。2人とも既婚者なので、立派なダブル不倫です。ちなみに、happyは昨年夏頃から新たにブログを設置し、「メンバー限定記事」を多数更新しています。入会のために顔写真が必要な「HAPPY理論研究所」なる会員制サロンまで始めました。

 観光大使解嘱の前後でSNSを全削除し、『縄文祭』で壱岐島の公園を荒らしたことへの公式な謝罪もせず雲隠れしていたのに、やっぱりスピ界隈に戻ってきましたね。「happyロス」だった信者を歓喜させて、再び宗教的コミュニティを作ろうと開き直ったかのようです。残党を「ワンチーム」にするもくろみでしょうか? 閉鎖的な場所で思想が暴走し、また何か問題を起こさないといいけれど……。

 ねずみ年は「繁栄の年」ともいわれます。日々新しい教祖様が増え続け、一般社会に入り込み、広く浅くつながりながら栄える、怪しいスピリチュアル界隈。教祖様を妄信する前に、一度立ち止まって冷静に考えてくれる人が増えるよう、今年もさまざまな面々にチューモクし、チューイ喚起していきたいと思います。おあとがよろしいようで。

心屋仁之助氏「不倫告白」、八木さや「市長選出馬」!? 2020年スピリチュアル界隈の“注目株”

 弱った心に入り込む、甘い言葉やラクに稼げそうな情報――。ネット上には、無責任な理論で集客しては人を食い物にする、スピリチュアリスト、霊能者、民間資格カウンセラーなどがあふれています。「この人たちのようになれるかも」と彼らを信じ込んでしまえば、価値観や金銭感覚をゆがめられるのはあっという間。友人や家族を失ってからでは、もう遅い! 「スピリチュアルウォッチャー」黒猫ドラネコが、現代社会にのさばる怪しい“教祖様”を眼光鋭く分析します。

 読者のみなさまと教祖様方、今年もどうぞよろしくお願い致します。2020年もスピリチュアルを都合よく使ってビジネスを繰り広げている方々を中心に、しっかりと監視する所存です。

 スピ好きな方々はやはり、『成功している人は、どこの神社に行くのか?』(サンマーク出版)を参考にして、初詣に行かれたのでしょうか。同書の著者は八木龍平氏。そう、あの「子宮委員長(現・八木さや)」の夫です。「リュウ博士」と呼ばれ、子宮系女子から尊敬のまなざしを向けられている人物でもあります。

 リュウ博士は同書の著者プロフィールで、「博士論文の執筆で追い込まれていた深夜、寮の自室に仏様の映像があらわれ、メッセージを聴く神秘体験をする。以来、見えない“氣”に敏感になり、スピリチュアルな感覚が開発される」と紹介されています。これだけ読んでも、なかなか “スピった人”だと察していただけるでしょう。

スピリチュアル界隈、今年は「八木夫妻」がアツイ

 私の中で今年の注目度ナンバー1は、この八木夫妻の動向です。もともと、八木夫妻は別居婚をしていますが、八木さやは現在、長崎県壱岐市在住の70代男性との不倫を公表しています。しかし、こんなことは子宮委員長的には平常運行。前夫の時も同様で、自身のトークショーに不倫関係だった元彼を登壇させ、それを前夫に見せていましたからね。つまり、「倫理観が狂ってる!」とか言ってもムダ。しかも昨年から、八木さやは「自分ビジネス・オンライン講座」なる情報商材の販売を始め、「自己開示すべし」と信者に説いています。要するに、八木さやとその信者の人生はすべてコンテンツであり、不倫も隠すことではない、という考えなのです。

 で、そんな妻の“芸風”をわかっているはずのリュウ博士は、昨年10月に更新したブログの中で、不倫に対して一定の理解を示しながらも、チクリとやっています。

「浮気だけなら当事者だけに閉じた話だけど、公言までされると社会的評価が下がり、地位は変わらずとも、侮られるってことですね。だから僕個人について対応策が必要と判断します。で、具体的な対応策が壱岐には、もう行かない」(19年10月16日「もしも妻が浮気をしたら?(笑)回答編」より)

 そもそも、「子宮の声に従って生きる」といって不倫を推奨したり、高額な情報商材を販売したり、やりたい放題の子宮委員長と結婚して「社会的評価」を気にするなんて……。これを読んだとき、「ギャグなのか?」とツッコミを入れるとともに、「すわ離婚!?」と思いました。しかし、安心してください(?)。今年は2人そろって、壱岐島でお正月を過ごしたようですよ(リュウ博士、意志が弱い~!)。

 壱岐島に移住後、「壱岐市長選に出る」と自身のブログで宣言したり、市内の神社に金をばらまいたりしている八木さや。当然、地元紙や市議会からマークされ、素性を怪しまれているようです。武蔵野学院大学・兼任講師でもある夫は、彼女の信用を担保する存在といえます。夫婦仲が険悪になってしまっては、今年計画している市長選への出馬も、断念せざるを得なくなるかもしれません。なんだかんだ言っても、意地でも別れないのでは、と思っている次第です。

 さて、そんなリュウ博士は新年早々スピ界隈に、ある騒動を巻き起こします。いろんな意味で“重鎮”といえる、心理カウンセラー・心屋仁之助氏の怒りを買ってしまったのです。

 発端は昨年12月28日、心屋氏が夫婦間の問題をブログで公表したこと。そこには自身の不貞行為をほのめかす記述がありました。しばらくして削除されたその記事の内容は、ファンの間でも「ぢんさんが不倫!?」と騒ぎになり、いろいろ批判もされたようです。翌29日のブログでは、「みんな ワイドショーのコメンテーターかと思ったよ」と余裕を見せつつ、「『コレ』は、ダメだったんだな、と『やってみて初めて分かった』」「(前日のブログは)奥さんが消してって言ってから消したんだよ」とかなんとか、みっともない反論をしていました。すると同日、ついに「サレ夫」であるリュウ博士が口を開きます。

「立場の弱い人が『不倫告白』すると、それは『勇気』にもなりえるけど、立場の強い人が『不倫告白』すると、ただの『横暴』でしょう。心屋仁之助さんのように多くの人を動かせる人は『本物のインフルエンサー』立派な権力者なんだから、いつまでも『無力な者のフリしてんな!』と思うね」(19年12月29日「いつまでも『無力な者のフリしてんな!』」より)

 なんだか、妻である八木さやへ言いたいことを、心屋氏にぶつけているかのよう。かなり強めの批判に思えます。で、このブログを心屋氏が見てしまったから、さあ大変! 年が明けてから、心屋氏は自身のFacebookで「なぜ発表したのかその理由も知らずに想像だけでよくこんなこと上から書けるなこいつ ワシが一度でもキミを攻撃したのか?! 応援したことはあっても」と応戦します。

 すると、心屋氏と仲良しの八木さやが、コメント欄で「なんか、すみません これ、わたし宛なんだと思います。話し合ってみます」と謝罪(現在は削除)。このコント……失礼、いざこざの落としどころは、一体どこになるのでしょうか。プライベートを自ら全世界に開示しておいて、わちゃわちゃ揉めてんじゃないよ、どいつもこいつも! というか心屋氏も、虐待の連鎖に悩む母親に「娘さん、叩かれるために生まれてきたのよ」と言い放った時のように、「リュウ博士もワシの妻も、不倫されるために生まれてきたのよ」と、軽い感じで言えばいいのに。

 新年から踏んだり蹴ったりの心屋氏ですが、最近は自身のブログで「心理カウンセラーとしての活動をやめる」と匂わせ続けています。ちなみに、今後は“シンガー”として活動をしていきたいとか。昨年秋頃、私もとあるイベントで心屋氏の生歌を聴きました。これを言うのは心苦しいですが、お世辞にも歌がお上手とは思いませんでしたね……。

 チャレンジ精神は批判しませんし、多くの信者をつけてからの転身も、賢い戦略といえるでしょう。しかし、母親に対して「頑張らなくていい」と励ます趣旨の歌で、「子ども叩いていいよ」との歌詞がありました。やはり私は、こういった心屋氏の考えに嫌悪感を抱きます。まるで「自分が楽になるなら、誰かを傷付けていい」と言わんばかりの無責任な姿勢は、たとえシンガーになってもブレないでしょう。そこそこな歌声に惹かれてご新規さんが増えるとも思わないので、今後の活動がどうなっていくのか見守るつもりです。信者の中にも彼の歌には興味がない人が多く、さらに不倫騒動もあったため、支持者はじわじわと減っている模様。思わず応援したくなるほどです。しませんけど。

 そうそう、不倫といえば、昨年「壱岐市観光大使」をクビになったhappyです。しばらく見ない間に、親友で自称アーティストの愛さん(女性)と交際を公表しました。2人とも既婚者なので、立派なダブル不倫です。ちなみに、happyは昨年夏頃から新たにブログを設置し、「メンバー限定記事」を多数更新しています。入会のために顔写真が必要な「HAPPY理論研究所」なる会員制サロンまで始めました。

 観光大使解嘱の前後でSNSを全削除し、『縄文祭』で壱岐島の公園を荒らしたことへの公式な謝罪もせず雲隠れしていたのに、やっぱりスピ界隈に戻ってきましたね。「happyロス」だった信者を歓喜させて、再び宗教的コミュニティを作ろうと開き直ったかのようです。残党を「ワンチーム」にするもくろみでしょうか? 閉鎖的な場所で思想が暴走し、また何か問題を起こさないといいけれど……。

 ねずみ年は「繁栄の年」ともいわれます。日々新しい教祖様が増え続け、一般社会に入り込み、広く浅くつながりながら栄える、怪しいスピリチュアル界隈。教祖様を妄信する前に、一度立ち止まって冷静に考えてくれる人が増えるよう、今年もさまざまな面々にチューモクし、チューイ喚起していきたいと思います。おあとがよろしいようで。

ナンプラーを使い切る! 時短で簡単・エスニック風常夜鍋レシピ【大根・豚バラ・ほうれん草だけ】

 あれもこれもとつい買ってしまう調味料。新しい味覚にワクワクしたのに、気づけばお蔵入り……。そんな調味料をカンタンおいしく使い切る方法を、調味料ソムリエ/野菜ソムリエのMICHIKOが伝授! 今回はナンプラーの使い切り方法です。

ナンプラーとは?

 「ナンプラー」、生春巻きなどでおなじみのタイ料理に欠かせない調味料のひとつですね。「ナンプラー」というと、なじみがないように感じるかもしれませんが、日本で昔から作られている「しょっつる」「いしる」などと同じく「魚醤」と呼ばれる発酵調味料。タイでは日本の醤油のような存在で、かけたり、つけたり、料理に加えたりと、なくてはならない調味料です。

 醤油が大豆を発酵させたもののように、ナンプラーも小魚に塩を混ぜて発酵・熟成させてできた液体を絞ったものなんです。アミノ酸のほかミネラルやビタミンが豊富なので美容にも良いとか。旨味成分が強く、独特の香りや味わい、料理に使うと深いコクが出て、とてもおいしくなるんです。ただ、ナンプラーの塩分は醤油よりも強くて、香りも味わいも濃いので、少しずつ加えるのがポイント。1滴ずつ出る瓶が多いのはそのためですね。保存は冷蔵庫に入れるのがベスト。香りが苦手という方は、火を通したり、レモンを加えると弱くなるという特徴があるので、試してみてください。

ナンプラー使い切りレシピ:エスニック風常夜鍋

 ナンプラーは、お鍋の汁やスープの味付けになります。2カップで大さじ1くらいが基本で、それだけでおいしいだし汁に。常夜鍋とは、毎晩食べてもあきないほどおいしいと言われている鍋の一つ。寒さも本番、エスニック風常夜鍋を食べて、あたたかく、元気に過ごしましょう。

【材料(一人分)】
 豚バラ肉  ・・・・・ 100g
 ほうれん草 ・・・・・ 1╱2束
 大根    ・・・・・ 5センチ
 ナンプラー ・・・・・ 大さじ1
 水     ・・・・・ 400ml
 お好みの薬味(すりおろし生姜、ゆずこしょう、一味唐辛子、レモンなど)※薬味がなくても大丈夫

【作り方】

1)豚バラ肉とほうれん草は食べやすい大きさに切り、大根は縦にピーラーでスライスする(手を切らないように)
2)鍋に水を入れて沸騰させ、ナンプラー、1を加えて、煮る
3)豚肉が煮えれば、器にとり、薬味などを加えていただく
*味が薄いようなら、ナンプラーを少しずつ足す
*冷蔵庫に入っている野菜や好きな肉類、うどんなどを加えてもOK!

 材料の豚バラ肉は栄養の宝庫で、疲労回復や免疫力アップも期待されています。ほうれん草は緑黄野菜の代表。特に冬のものは栄養もおいしさもアップしていて、夏のものに比べてビタミンCは3倍とか。同じく冬が旬の大根を加えてボリューム感をプラスしました。大根の皮に近い部分に消化酵素が多く含まれるので、よく洗って皮ごと使いましょう。

チャーハンや炒めものにも使って!

 チャーハンや焼きそば、野菜や肉炒めなどには、ナンプラーを1人分で小さじ1くらい、醤油と同じように使いましょう。ナンプラーをエスニックドレッシングにアレンジするのもおすすめ。ナンプラーとレモン汁を同量、隠し味にひとつまみの砂糖、お好みで鷹の爪を加えれば出来上がり。ナンプラーはギュツと旨みが詰まった調味料! これ1本あれば、あなたも料理上手に♪