認知症の女性から1900万円奪った訪問介護員――「家族に相談できない」一人で抱えた悩みとは

 殺人、暴行、わいせつ、薬物、窃盗……毎日毎日、事件がセンセーショナルに報じられる中、大きな話題になるわけでもなく、犯した罪をひっそりと裁かれていく人たちがいます。彼らは一体、どうして罪を犯してしまったのか。これからの生活で、どうやって罪を償っていくのか。傍聴席に座り、静かに(時に荒々しく)語られる被告の言葉に耳を傾けると、“人生”という名のドラマが見えてきます――。

【#007号法廷】

罪状:常習累犯窃盗
被告:M子(57歳)

<事件の概要>
 訪問介護員(ホームヘルパー)の被告・M子は、日頃から出入りしていた利用者の80代女性・Aさん宅から銀行と信用組合のキャッシュカード2枚を無許可で持ち出し、2017年7月〜18年4月の間に4回、ATMから計124万円を不正に引き出していた。Aさんは認知症を患い家族と同居中で、記帳を行った息子が気づき、事件が発覚。また、追起訴(余罪)として、Aさんの口座から同じ手法で11回、計516万円を不正に引き出し、着服していたことも判明。報道によれば、Aさんの通帳からは合計1900万円が引き出されており、本件との関連を調べている。M子は16年にも、別宅にて同様の手口で金を引き出し逮捕されており、今回は保釈中の犯行だった。

再犯をした被告、「二つの誤算」とは?

 介護が必要な高齢者の預金を、何度も勝手に引き出していたM子。生活費と、16年に逮捕された際の被害者に月20万円の賠償金を支払うため、金が欲しかったのだといいます。示談がスムーズに進むことだけを考えて、賠償金の額を支払い能力上限ギリギリまで上げるも、のちにM子の家族が2人続けて入院するという想定外のできごとが起こり、あえなく机上の弁済計画は破綻したそうです。

 検察官と弁護士からの質問にか細い声で答えるM子は、体つきも小柄。このときは、杢スウェットの上下を着用していました(拘留中の被告は、この杢スウェット着用率が異様に高いです。ちなみに、保釈中でシャバから出廷できる被告は、スーツなど“襟付き”の服が多いです)。裁判所で見る被告は誰でもそうですが、映画やドラマのような“悪者っぽい人”って、あまり見たことがないんですよね。いつ自分の身近で起こるかわからないリアルさが、裁判傍聴の醍醐味なんだと再確認します。

 16年の段階では、初犯だったことや賠償金をきちんと支払ったことなど、もろもろの情状を酌量され、保釈にこぎ着けたらしいM子。それなのにまた、同じ訪問介護員の仕事に戻ってしまったのが、M子の「誤算その一」といえるでしょう。犯行前と生活環境を変えることは、再犯を防ぐ上ではマストだと聞きます。なるべく早く金を稼ぐには、なじんだ仕事が一番だとは思うものの、同じ罪を犯して逮捕されているのですから、結果的には「戻っちゃダメだった」としか言えません。

 それと「誤算その二」。陳述を聞いていると、どうもM子は自身の家族から、更生のための真剣な協力を得られなかったようなのです。ざっくり話をまとめると、

・16年の逮捕でM子は実姉から「縁を切る」と言われ、パニックに陥ってしまった。
・八方ふさがりになっていて、誰にも相談できなかった。それでも賠償金の支払いは毎月やってくるため、誘惑に負けてしまった。
・家族に相談しなかったのは、自分の問題だし、これ以上迷惑はかけたくなかったから。しかし、つらかった。

 16年の事件後、頼れる人が誰もいないまま、M子は一人で思いつめて、精神的にも負のスパイラルに陥っていたことがわかります。

認知症の女性から1900万円奪った訪問介護員――「家族に相談できない」一人で抱えた悩みとはの画像2

 さらに、弁護側証人としてM子の夫が登壇したのですが……。

検察官 前回の逮捕では、夫が「監督する」と言っていたが?
M子の夫 (M子を)監督できなかった、悔しい。そばで見守りたい。家族で支えたい。

と、一見“妻を支える良き旦那”のようなことを言いつつ、別の場面では

M子の夫 金の管理は女房に任せていた。前回の保釈金をどう(工面)したのかは把握していない。

と話していました。他人の金を盗んだM子が一番悪いのは当然ですが、こうした家族の“非協力的”な部分が、彼女をそうさせてしまったとも感じます。しかしその一方で、検察官がM子に「自尊心とプライドと傲慢なところが(事件の)原因」とバッサリ切り捨てていたので、遊興費などあまり同情できないものに使うため、金を盗んでいた可能性も。傍聴席で話を聞いているだけだと、そのへんの詳しいことがわからず、モヤモヤが残ってしまいました。

 裁判長の「訪問介護は信頼されてこそなのに、あなたは裏切ってしまいました。今回の処遇についても、周りに相談していないことが、むしろ不審に思われるのでは?」という言葉は、この裁判のまとめとして、とても的確だったと思います。他人に迷惑をかけたくない気持ちは誰しも持っているでしょうが、やましいことを隠せば隠すほど、自分の信頼は失われていく。2度目の逮捕で、M子がそれに気づいたと信じたいものです。

 高齢化で今後ますます需要が高まるだろう、訪問介護。実際に利用中で助けられている方や、訪問介護員として働いている方のためにも、もう二度と起きてほしくない事件でした。

現役漫画家Xは「巨乳コスプレイヤーが大好き」!? Twitterから始まった“神様”とのガッカリ恋物語

カネと欲望が渦巻くコスプレ業界――40代“現役”コスプレイヤー・椎名蜜が、業界の闇をぶっちゃけます!

 みなさんは、ゲームや漫画はお好きですか? 作品に登場するキャラクターが好きだという人は多いですが、作者がつくる“世界観”にハマる人も、結構いますよね。この場合、いつしか作者さんを“崇拝”し始めるなんてことも。作品を愛するオタクにとって、作者は時として“神様”のような存在になり得る――今回は、そんな作者さんと付き合った時のお話です。

“神様”からリプライが来て有頂天に

 コスプレ歴が長かったこともあり、作者という名の神様と付き合った経験は、一度ではありません。まず一人目は、原作が映画化もされた、そこそこ売れている現役漫画家Xさんです。

 彼の作品に出てくる女の子たちは、ほぼ全員が「まつ毛の長い巨乳」のかわいい子。私はコスプレを始めた頃から、彼の作品が好きでした。豊胸手術をして胸が大きくなってからは、ここぞとばかりに彼が描く巨乳キャラのコスプレをするようになりました。

 そのコスプレ写真をWeb上で公開、Twitterでも「○○先生の作品が大好き!」「とにかくおもしろい!」などとつぶやいていたら、彼のほうからリプライが飛んできたんです。私からすれば、神様から直接連絡が来たわけですから、それはもう有頂天。トントン拍子で「一緒に飲みに行こう」という話になり、そこで彼は「巨乳の女の子が好き」、私は「彼をリスペクトしている」と思いを明かし、Win-Winの関係でお付き合いをすることに。

 しかし、何度かエッチをしているうちに、気づいてしまったのです。「なんか、この人性癖ヤバくねえか……?」と。

乳首をなぞる手つきまで「漫画家」だった彼

 私はコスプレ撮影のために、脇を永久脱毛していたんですが、ある日彼は「脇毛が食べたい」とお願いしてきました。そう、私が尊敬する神様は、“脇毛フェチ”だったのです(作品の中にも脇毛の生えた女性が出てくる!)。しかし、私の脇毛はもう生えてこない……それを正直に告げると「もったいない!!」と激怒されました。

 また、おっぱいの触り方も独特で、大人のおもちゃをペンに見立てて、まるで漫画を描くかのように私の乳首をなぞるんです。そうしているうちに、彼が先にイッてしまうという……。そこで「私も気持ちよくなりたい」と不満を伝えると、「僕たち、なんか合わないみたいだね!」と、また激怒(合う人がいるのかは不明)。そんなことが続いたため、彼から一方的に別れを告げられ、Twitterもブロックされてしまいました。

 しかも、私が彼の家に置いていた荷物も勝手に捨てたらしく、「一方的にひどくない?」と言うと、「もう別々の道を歩んでる二人なんだから、関わらないで」と彼。悲しいというより怒りが強く、今でも根に持っています。特にゲームソフトと、高価なシャンプー・コンディショナーを勝手に捨てられたことがムカつきました。コスプレ仲間から聞いた話によると、彼は巨乳レイヤーが大好きで、以前も私と似たようなことがあったとか。たしかに、彼のTwitterをのぞくと、よく自分の作品のコスプレイヤーに絡んでいるんですよねえ。

 そういえば、付き合っている時に「家に飾りたいからサイン書いて」とお願いしたんですけど、「ヤフオク!で売る時が来るかもしれないから、名前は書かないでおいてあげるよ」と、吐き捨てるように言われたことがありました。これってもう、最初から別れる前提で付き合ってたってことですよね。そんなこんなで、彼への尊敬の念は完全に消えうせ、持っていた単行本はすべて売却処分。もちろんサインも売りましたが、「まんだらけ」で2,000円にしかなりませんでした。

 彼が漫画を描いている様子を見たこともありますが、まつ毛とおっぱいを描く時が本当に楽しそうでした。月刊誌での連載も持っていましたが、「こんな楽しい作業を他人にさせたくない!」という理由で、アシスタントを雇っていなかったんです。今でも彼の漫画を見ると、楽しそうに巨乳美少女を描く姿が思い浮かびます。あんなに好きな漫画だったのに、今は純粋な気持ちで楽しめない自分がいます。

 この一件から、漫画の作風を見て“性癖”を推測するスキルが身についてしまい、ほかの漫画家さんの作品を見ても、邪念が入るようになってしまいました。振り返ってみると、彼の“ファン”でいた頃の方が、「いろんな夢が壊れなくてよかったなあ~」と思います。

 ……って、恨みつらみばっかり並べておりますが、イラストの描き方などを直々に教えてくれることもあったので、そこはすごく感謝しています! いろいろあったけど、ありがとう先生! この程度で勘弁しておくね! ということで、二人目以降はまた別の機会にお話ししたいと思います(暗黒微笑)。

しまむら苦戦、「しまパト」も困難に? 「ユニクロを参考に」停滞を打破するための4つの検討

――ファッションライター・南充浩氏が、いま話題のファッションニュースに斬り込む!

 しまむらの苦戦が続いています。苦戦とは言っても、連結決算で売上高5000億円台をキープしていますし、営業利益も200億円台の黒字ですので、急に倒産したり経営破綻したりという危険性は皆無です。しかしながら、今までのような大幅な業績拡大は見込めず、連結決算では2期連続の減収減益になるため、停滞ムードが漂っています。

今回は、そんなしまむらが再成長するための方策について、考えてみたいと思います。そもそも、それを思いつけるほどの力があるなら、筆者はもっとアパレル業界で成功していると思うのですが(笑)。再成長をめぐる議論の一つの“ネタ”として読んでもらえれば幸いです。

しまむらの売りは「売り切れ御免」の販売方法だった

 しまむらの強みとは本来、「割安でそこそこの品質」という商品を仕入れて、販売するところにありました。これが評価され、その昔は各ローカルエリアで地元の主婦に支持を集めて、業績を拡大。現在もしまむらに「主婦の店」というイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。

 では、「割安でそこそこの品質」の商品をどうやって手配しているのかというと、アパレルメーカー各社の「不良在庫」を安値で引き取っているのです。

 これは今はやりの言葉で言うと「オフプライスストア」、もっと通俗的な言い方をすると「バッタ屋」に近しい業態と言えるでしょう。メーカー側は、毎シーズン決まったデザイン、決まった数量の商品を生産するわけではありませんから、不良在庫としてしまむらに供給できる商品は、デザインも数量もバラバラ。必然的に、商品はその時限りで、補充追加ができないため、「売り切れ御免」という販売方法になります。具体的に言うと、メーカー側は「今年の春はトレーナーが余ったけど、秋はセーターが余った」といった具合なので、それを引き取る側のしまむらで買い物をする際は、「このトレーナーは、今後入荷されないので、今このタイミングで買うしかない」となるわけです。

 この売り方は何も珍しいわけでもなく、斬新だったわけでもありません。各地方の低価格専門店は、しまむらに限らず、軒並みこの手法を使っていました。筆者の実家がある奈良県には「ファッションプラザおかだ」という地元チェーン店があります。チェーンと言っても4店舗しかありませんが。ここもしまむら同様に、メーカーの在庫を安く仕入れ、安価で販売しており、バブル崩壊直後には少しだけ地元メディアで話題になっていたものの、その後、急成長はしませんでした。

 全国的には無名ですが、ビジネスモデルはしまむらとほぼ同じだと言え、いまだに地元ではかなりの愛用者がいるようです。

 しまむらの停滞の原因はさまざまありますが、最も根本的なものは、これまでのビジネスモデルが今の企業規模に合わなくなってきたからだと考えられます。店舗数は全業態合わせて国内だけで2100店舗以上(うち、しまむらが1432店舗)もあるのです。メーカーの売れ残り品だけで、これだけの店舗数に定期的に一定数量の商品を供給することは現実には不可能。メーカー側もバカではないので、毎シーズン定量的に2100店舗以上に行き渡るほど、不良在庫を抱えることはありません。そんなメーカーがあったらとっくに倒産しています。

 また、連結で売上高5000数百億円という数字を、売れ残り品だけで賄うのも不可能でしょう。初期の頃のアウトレットや古着屋を思い浮かべてもらえればわかるように、かつてしまむらは「何があるのかわからない面白さ」が消費者に受けていたものの、それは、小規模展開に適したモデルで、5000億円の売上高はとても支えきれません。そのため、今のしまむらは、かなりの割合が自社企画商品(オリジナル品、PBとも呼ぶ)で賄われています。2015年に保温ズボンの「裏地あったかパンツ」が100万本強販売の大ヒットになったと報道されましたが、これもオリジナル品でした。メーカー各社の売れ残り品を同一規格で100万本も揃えることはほぼ不可能。それをなし得るには、限りなくユニクロに近い仕組みを構築しなければいけません。

「仕入れ型の売り切れ御免」から「オリジナルの大量生産」というビジネスモデルへの転換がうまくいっていない……これがしまむら苦戦の原因の一つではないかと思われます。

 そんなしまむらが復活するためには、いろいろな方策が考えられます。思いつくままに挙げてみましょう。

1.ブランドステイタスの向上
2.商品の構成の見直し
3.情報発信の工夫
4.ネット通販の早急な整備

 まず「ブランドステイタスの向上」については、ユニクロが参考になるのではないかと思われます。ユニクロが「ダサい」「安物」と言われていたのも今は昔。「+J」「ユニクロU」など、世界的な有名デザイナーとのコラボレーションラインを定着させ、ステイタス性を向上させています。今ではユニクロをバカにする人はほとんどいません。しまむらも一時期「しまラー」ブームで、ファッション性をアピールし始めましたが、残念ながら尻すぼみに終わっています。有名デザイナーとのコラボだけが正解とは思いませんが、「しまラー」を再現できるようなファッション性の強い打ち出しは必要でしょう。

 次に「商品構成の見直し」で、ここが最大の課題かもしれません。先ほども書いたように、メーカーの売れ残り品では5000億円を賄えないことを踏まえ、「商品の調達法」を確立させるべきです。また、「売り切れ御免」時代の名残なのか、しまむらは「目玉商品」がわかりにくいのが特徴。そのために「しまパト」という消費者のリサーチ行動を生み出し、これが躍進を支えたわけですが、多くの人は年がら年中「しまパト」をできるほど暇ではありません。それに「行ってみるまで何があるのかわからない面白さ」というのは、マスには伝わりにくいと言えるでしょう。過去の「裏地あったかパンツ」のように、多くの人に認知される目玉商品を毎シーズン投入し、告知する必要があります。

「情報発信の工夫」についてですが、これもユニクロやジーユーをはじめとする各社の低価格ブランドに比べると後手に回っていて、存在感が薄まっていると感じます。ウェブ上で流れてくるしまむらの情報は「業績面で苦戦している」という内容ばかりで、これではマイナス効果しか生みません。今は低価格品といっても情報発信が重要ですし、ウェブを使えばマスメディアに頼らずとも、自社発信できるのに、それをほとんど活用できていない印象です。その結果、ユニクロはもとより、ほかの低価格ブランドよりも消費者の認知が希薄になってしまっているので、火急に改善すべきでしょう。

 最後に「ネット通販の早急な整備」ですが、この点をめぐっては、経営陣の認識自体が根本から間違っていると感じられます。18年7月、しまむらはファッション通販サイト「ZOZOTOWN」への出店に乗り出した(19年6月退店)ものの、筆者も含めて業界関係者は誰もが首を傾げていました。漏れ伝わるところによると、出店理由は「ネット通販の練習のため」だったとされています。しかし、ファッションビルのように、テナント出店させるECモールの「ZOZO」に、たとえ何百年出店し続けたとて、ノウハウが異なる自社ECサイトの練習にはまったくなりません。その時点で、経営陣のネット通販への見識の低さが露呈していたと言えます。

 筆者は「ネット通販の拡大が何よりも重要」とは考えていませんが、ネット通販には商品カタログとしての機能があります。それを見て、商品を強く認識する消費者も、実際に店舗に行って商品を買う消費者もいるのではないでしょうか。逆に「低価格」という売りを言い訳のように使い、「ネットで商品をどう見せるか」に注視してこなかったことが、売上高減少というより「買い上げ客数の減少」として跳ね返っていると言えます。

 筆者が思いつくことは、どれもこれも地味なことばかりですが、アパレルビジネスにおいて一発逆転の満塁ホームランというのは存在しません。苦境にあるしまむらには、コツコツとヒットを重ねて着実に点を積み上げていくことが必要なのではないでしょうか。
(南充浩)

しまむら苦戦、「しまパト」も困難に? 「ユニクロを参考に」停滞を打破するための4つの検討

――ファッションライター・南充浩氏が、いま話題のファッションニュースに斬り込む!

 しまむらの苦戦が続いています。苦戦とは言っても、連結決算で売上高5000億円台をキープしていますし、営業利益も200億円台の黒字ですので、急に倒産したり経営破綻したりという危険性は皆無です。しかしながら、今までのような大幅な業績拡大は見込めず、連結決算では2期連続の減収減益になるため、停滞ムードが漂っています。

今回は、そんなしまむらが再成長するための方策について、考えてみたいと思います。そもそも、それを思いつけるほどの力があるなら、筆者はもっとアパレル業界で成功していると思うのですが(笑)。再成長をめぐる議論の一つの“ネタ”として読んでもらえれば幸いです。

しまむらの売りは「売り切れ御免」の販売方法だった

 しまむらの強みとは本来、「割安でそこそこの品質」という商品を仕入れて、販売するところにありました。これが評価され、その昔は各ローカルエリアで地元の主婦に支持を集めて、業績を拡大。現在もしまむらに「主婦の店」というイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。

 では、「割安でそこそこの品質」の商品をどうやって手配しているのかというと、アパレルメーカー各社の「不良在庫」を安値で引き取っているのです。

 これは今はやりの言葉で言うと「オフプライスストア」、もっと通俗的な言い方をすると「バッタ屋」に近しい業態と言えるでしょう。メーカー側は、毎シーズン決まったデザイン、決まった数量の商品を生産するわけではありませんから、不良在庫としてしまむらに供給できる商品は、デザインも数量もバラバラ。必然的に、商品はその時限りで、補充追加ができないため、「売り切れ御免」という販売方法になります。具体的に言うと、メーカー側は「今年の春はトレーナーが余ったけど、秋はセーターが余った」といった具合なので、それを引き取る側のしまむらで買い物をする際は、「このトレーナーは、今後入荷されないので、今このタイミングで買うしかない」となるわけです。

 この売り方は何も珍しいわけでもなく、斬新だったわけでもありません。各地方の低価格専門店は、しまむらに限らず、軒並みこの手法を使っていました。筆者の実家がある奈良県には「ファッションプラザおかだ」という地元チェーン店があります。チェーンと言っても4店舗しかありませんが。ここもしまむら同様に、メーカーの在庫を安く仕入れ、安価で販売しており、バブル崩壊直後には少しだけ地元メディアで話題になっていたものの、その後、急成長はしませんでした。

 全国的には無名ですが、ビジネスモデルはしまむらとほぼ同じだと言え、いまだに地元ではかなりの愛用者がいるようです。

 しまむらの停滞の原因はさまざまありますが、最も根本的なものは、これまでのビジネスモデルが今の企業規模に合わなくなってきたからだと考えられます。店舗数は全業態合わせて国内だけで2100店舗以上(うち、しまむらが1432店舗)もあるのです。メーカーの売れ残り品だけで、これだけの店舗数に定期的に一定数量の商品を供給することは現実には不可能。メーカー側もバカではないので、毎シーズン定量的に2100店舗以上に行き渡るほど、不良在庫を抱えることはありません。そんなメーカーがあったらとっくに倒産しています。

 また、連結で売上高5000数百億円という数字を、売れ残り品だけで賄うのも不可能でしょう。初期の頃のアウトレットや古着屋を思い浮かべてもらえればわかるように、かつてしまむらは「何があるのかわからない面白さ」が消費者に受けていたものの、それは、小規模展開に適したモデルで、5000億円の売上高はとても支えきれません。そのため、今のしまむらは、かなりの割合が自社企画商品(オリジナル品、PBとも呼ぶ)で賄われています。2015年に保温ズボンの「裏地あったかパンツ」が100万本強販売の大ヒットになったと報道されましたが、これもオリジナル品でした。メーカー各社の売れ残り品を同一規格で100万本も揃えることはほぼ不可能。それをなし得るには、限りなくユニクロに近い仕組みを構築しなければいけません。

「仕入れ型の売り切れ御免」から「オリジナルの大量生産」というビジネスモデルへの転換がうまくいっていない……これがしまむら苦戦の原因の一つではないかと思われます。

 そんなしまむらが復活するためには、いろいろな方策が考えられます。思いつくままに挙げてみましょう。

1.ブランドステイタスの向上
2.商品の構成の見直し
3.情報発信の工夫
4.ネット通販の早急な整備

 まず「ブランドステイタスの向上」については、ユニクロが参考になるのではないかと思われます。ユニクロが「ダサい」「安物」と言われていたのも今は昔。「+J」「ユニクロU」など、世界的な有名デザイナーとのコラボレーションラインを定着させ、ステイタス性を向上させています。今ではユニクロをバカにする人はほとんどいません。しまむらも一時期「しまラー」ブームで、ファッション性をアピールし始めましたが、残念ながら尻すぼみに終わっています。有名デザイナーとのコラボだけが正解とは思いませんが、「しまラー」を再現できるようなファッション性の強い打ち出しは必要でしょう。

 次に「商品構成の見直し」で、ここが最大の課題かもしれません。先ほども書いたように、メーカーの売れ残り品では5000億円を賄えないことを踏まえ、「商品の調達法」を確立させるべきです。また、「売り切れ御免」時代の名残なのか、しまむらは「目玉商品」がわかりにくいのが特徴。そのために「しまパト」という消費者のリサーチ行動を生み出し、これが躍進を支えたわけですが、多くの人は年がら年中「しまパト」をできるほど暇ではありません。それに「行ってみるまで何があるのかわからない面白さ」というのは、マスには伝わりにくいと言えるでしょう。過去の「裏地あったかパンツ」のように、多くの人に認知される目玉商品を毎シーズン投入し、告知する必要があります。

「情報発信の工夫」についてですが、これもユニクロやジーユーをはじめとする各社の低価格ブランドに比べると後手に回っていて、存在感が薄まっていると感じます。ウェブ上で流れてくるしまむらの情報は「業績面で苦戦している」という内容ばかりで、これではマイナス効果しか生みません。今は低価格品といっても情報発信が重要ですし、ウェブを使えばマスメディアに頼らずとも、自社発信できるのに、それをほとんど活用できていない印象です。その結果、ユニクロはもとより、ほかの低価格ブランドよりも消費者の認知が希薄になってしまっているので、火急に改善すべきでしょう。

 最後に「ネット通販の早急な整備」ですが、この点をめぐっては、経営陣の認識自体が根本から間違っていると感じられます。18年7月、しまむらはファッション通販サイト「ZOZOTOWN」への出店に乗り出した(19年6月退店)ものの、筆者も含めて業界関係者は誰もが首を傾げていました。漏れ伝わるところによると、出店理由は「ネット通販の練習のため」だったとされています。しかし、ファッションビルのように、テナント出店させるECモールの「ZOZO」に、たとえ何百年出店し続けたとて、ノウハウが異なる自社ECサイトの練習にはまったくなりません。その時点で、経営陣のネット通販への見識の低さが露呈していたと言えます。

 筆者は「ネット通販の拡大が何よりも重要」とは考えていませんが、ネット通販には商品カタログとしての機能があります。それを見て、商品を強く認識する消費者も、実際に店舗に行って商品を買う消費者もいるのではないでしょうか。逆に「低価格」という売りを言い訳のように使い、「ネットで商品をどう見せるか」に注視してこなかったことが、売上高減少というより「買い上げ客数の減少」として跳ね返っていると言えます。

 筆者が思いつくことは、どれもこれも地味なことばかりですが、アパレルビジネスにおいて一発逆転の満塁ホームランというのは存在しません。苦境にあるしまむらには、コツコツとヒットを重ねて着実に点を積み上げていくことが必要なのではないでしょうか。
(南充浩)

「お金を払うのがイヤ?」母の死後、伯母から不可解な“金銭要求”――一族に入った亀裂

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 浅倉貴代さん(仮名・37)は5年前にまだ50代だった母親を亡くした。「女が強い家系」だったので、いつも一緒に行動していた祖母や伯母、従姉たちの悲しみは大きかった。

 母親を早く亡くした浅倉さんに、伯母はそれまで母親がしてくれていたように、浅倉さんの娘たちを預かったり、夕食を差し入れてくれたりしていたのだが、母親の三回忌を過ぎたころから変化が訪れる。祖母の別荘をそれまでと同じように使っていた浅倉さんに、伯母が浅倉さんの母親が支払っていた別荘の維持管理費を、これからは浅倉さんが払うように命じたのだ。

(前編はこちら:「母の死で変わってしまったもの」

母を支配していた伯母

 浅倉さんは面食らった。母親が祖母の別荘の維持管理費を払ってくれていたことは、まったく知らなかったし、そもそも伯母や母親がお金の話などしたこともなかったからだ。

「はっきり言って、子どものころから何不自由ない生活を送ってきたんです。それが今ごろになって、別荘の管理費や修繕積立金に毎月10万円近くかかっていると言われても……」

 浅倉さんの話から推測すると、祖母が所有している別荘というのは、バブルのころ相次いで建てられた温泉付きのリゾートマンションのようだ。バブルがはじけたあと、維持するのが大変で多くの空き室が出るようになった。残った持ち主もランニングコストの高さを持て余していたが、売ろうとしても売れないというジレンマがあるようだった。浅倉さんの祖母や伯母も、そんな厳しい現実に直面していたのかもしれない。

 そんな事情などみじんも知らなかった浅倉さんは、母親が亡くなった後も今までと同じように別荘を気軽に利用していたというわけだ。

「すると、だんだん見えてきたんです。伯母と母との関係が……。伯母は姉として、妹である母のことを支配していた。ときには便利に使ったりすることもあったんじゃないかって。母は伯母に反抗することもなく、一族の関係にヒビが入らないように、うまく受け止めてくれていた。そんな姉妹の関係がずっと続いていたんだな、と。母が亡くなると、祖母のこれからを考えるのは伯母一人になります。そんな不安とかいら立ちが、私に向かってきたように感じました」

兄との関係も変わった

 女系家族といいながら、浅倉さんには兄がいる。だが、これまで兄との関係は決して良好だったわけではない。

「兄は早くに結婚して、年上のお嫁さんの言いなり。お嫁さんのこともあまり好きになれなくて、なんとなく遠ざけていました。旅行なんかも一族の女ばかりで行ったほうが楽しいので、兄はいないようなものでした」

 それが、伯母との関係がぎくしゃくしだしてからは、兄と連絡を取るようになったという。

「別荘の件でも兄と話し合いました。伯母はきっと兄にもお金のことを言ったんじゃないかと思ったんですが、やはりそうでした。私も兄も別荘に子連れで行って、どこか壊されたとか汚されたと言われるのがイヤで、泊まりに行くのをやめたんですが、そうしたら今度は『お金を払わないといけないから使わないのか』と嫌味を言われました。もう私も兄も伯母とかかわるのが面倒くさくなって、伯母が要求した以上の金額を払って、別荘にも行かないようにしました。母が払っていたというのも、どこまで本当のことかわからないですし、お金だけ払って使わないのももったいないけれど、これ以上イヤな思いをしたくなくて」

 母親は浅倉さんには何も言わなかったが、これまで伯母の指示は母親が一人で受け止めてくれていた。それが母がいなくなって、浅倉さんや兄に直接入ってくるようになったのだ。あらためて、母親の不在が身に沁みている。

 父親の顔を見に実家に行こうとしても、伯母の家を通らないといけないので、行くに行けなくなってしまったと浅倉さんは言う。

「幸い、父は祖母や伯母ともともと距離が近かったわけではなかったので、今までどおり、いえ母がいなくなった分、羽を伸ばしているみたいです。兄からの報告ですが。ただ食事や掃除とかが気になるので、実家の近くに住んでいる兄にときどき様子を見に行ってもらっています。父親のところに、兄家族の分も一緒に食べ物を送って、取りに行くついでに様子を見てもらうとか、一応兄や兄嫁にも気を遣っているんです」

 それでもあまり浅倉さんや兄が父の世話を焼こうとすると父が煙たがるので、家事代行サービスをお願いしようかと話しているところだ。

「伯母との関係が変わると、あんなにしょっちゅう会っていた従姉たちとも会わなくなりました。今までのあの生活は何だったんだろうと思うくらい。祖母は幸い元気にしているようですが、もう伯母家族に任せておけばいいのかなと」

 そのかわり、というわけでもないが、浅倉さん家族は夫の実家に帰る回数が増えた。付き合いのなかった夫の兄家族とも付き合うようになっている。

「夫の両親は元気に暮らしてはいるんですが、田舎なので古くて大きな家にとにかくモノが多いし、泊まるのにも勇気がいるくらい家の中も汚いんですが……。これで介護が必要になったり、家を片付けたりしないといけなくなったらどうしようと、兄嫁ともよく話すようになりました」

 母親の死で、ひとつの人間関係が途絶え、新しい関係が生まれた。

 「母が生きていたら、これまでの関係が続いていたんだろうか」――ときおり、そんなことを考えたりもする。

「今は、家族の時間を大切にしたいと思っています。娘も小学生になり、受験も考えないといけない時期になってきましたが、これからは買い物や旅行も娘と行けるから楽しみです。子どもが女の子でよかった(笑)」

 形が変わったとはいえ、浅倉さん家族はこれからも女中心に回っていくのだろう。

ママ友LINEがパニック状態!? 看護師ママに「新型肺炎」の質問殺到、「スルーできない」と困惑

今や日常生活において、かかせないツールとなっているコミュニケーションアプリ「LINE」。かつては子どもの送迎時に、ママたちが立ち話をしているような光景が見かけられたが、時間に追われ忙しく過ごす共働き世帯が増えた今、ママたちのコミュニケーションの場は、LINEのグループチャットになっているという。そんな、ママたちの「グループチャット」から浮き彫りになった、彼女たちの悩みや、苦悩、気になる話題を覗いてみる。

 感冒性胃腸炎やインフルエンザなど、感染力の強い病気が流行する今の季節、小さな子どもを持つママたちは、わが子にうがい手洗いを徹底させるなど、日ごろから念入りな予防対策を取っているという。今年は、新型コロナウイルスという「新型肺炎」も流行の兆しを見せ始め、ママたちの心中は穏やかではないようだ。

看護師ならわかるはず……新型肺炎について聞いてくるママたち

 関東近県の認可保育園に4歳になる男児を通わせている美樹子さん(仮名)は、地元の総合病院で看護師として働いている。園の中には、この病院に通院したことがある保護者もいるため、美樹子さんが看護師であるということを知っている人も多い。

「普段は、整形外科に所属し、緊急搬送された患者などを診ています。一般的な内科や小児科の仕事をしているわけではないのですが、それでも同じ園のママに、『予防接種を打たせたほうがいいか』という悩みから『寝つきが悪い』という相談まで、いろいろなことを聞かれるんです」

 ここ最近、新型肺炎のニュースが報道されるようになると、ママたちから普段に増して質問されるようになり、困っているという。

「この前、送りの時だけで、3人のママから『マスクはしたほうがいいのか』と聞かれました。『人ごみでは、したほうがいいです』と答えたのですが、私も専門家ではないので、一般的な回答しかできないのです……」

 美樹子さんは、「送り迎えの時の立ち話なら、『用事があるから』と話を切り上げることができるんですが、問題なのはLINEです」と、困惑した表情で語りだした。

「ここ数日、関東でも感染者が増えてきたことから、ママたちのグループチャットのやりとりが活発なんです。ちょっとしたパニック状態というか……通知が鳴りやまないので切っています。『近場の〇〇で患者が見つかったんだって』という情報とか、『どうすればいいのだろう』という心配の声とか。最終的に、グループチャットで私宛に『〇〇君のママ、どうすればいいですか?』と聞いてくるんです。グループチャットだし、無視するわけにいかず、『うがい手洗いを徹底して、よく寝るようにしてください』と、当たり障りのない内容を返信しています。みんな内心では『もっとちゃんとした医療知識が聞きたい』と思っているのではないか、不安です」

 新型肺炎にまつわるニュースで、不安を煽られている人は多い。身近に医療関係者がいたら、つい聞いてしまいたくなるのも仕方ないかもしれない。しかし、美樹子さんには負担になってしまっているようだ。

「ママ友という間柄だと、断りにくいんですよ。『同じ育児中のママなんだから、助け合うのが当たり前』という風潮を感じます。グループチャットだと、特にスルーすることができませんね」

 晴香さん(仮名)は、都下にある幼稚園に6歳になる女児を通わせている。1クラスだけの小規模保育の幼稚園のため、ママ同士の付き合いも避けられないという。

「うちはプレ幼稚園の2歳児クラスから通っていたので、延べ4年間登園します。同じように、プレ時代からの仲であるママ友3人とは特に仲良くなり、グループチャットも作っているんですよ。もうすぐ卒園のため、そのグループチャットのメンバーだけで、子ども向け体験施設に遊びに行く約束をしていました」

 最近の子どもたちは、土日に習い事をしたり、祖父母がいる実家に遊びに行ったりと、予定が入っていることも多い。

「なかなか予定が合わず、やっと3月に遊びに行くのが決まったのですが、『新型肺炎がはやっているから、中止にします』というメッセージが、ママ友のUさんから来たんです」

 晴香さんは、予定の日まで時間があるため「様子見でいいのでは」と返信したそう。

「でもUさんが、『中止にします』と決定事項のようなメッセージを送ってきたんです。思わず、別のママさんに、直接『どうする? 子どものためには行きたいよね』とメッセージを送りましたよ。そのママは、同じように『せっかくだし、行きたい』と返信をくれたのでうれしかったですが……」

 晴香さんいわく、Uさんが「うちは行かない」と辞退するのではなく、「中止にします」と暗に「危ないからみんなで行くのをやめる」と言ってきたことに困ってしまったとのこと。

「Uさんは、いつも除菌ジェルを持ち歩くなど、やや神経質なタイプ。以前、みんなでランチに行ったキッズカフェでも、店員さんの前なのに除菌シートでテーブルを拭きだしたんです。その時は、仲の良いママから、個別で『やりすぎだよね』とメッセージがきて、同じ感覚だとほっとしました」

 Uさん親子抜きで行くと、「Uさんの娘さんが、遊びに行った話で盛り上がる子どもたちの輪に入れず、かわいそう」という理由から、「今回のお出かけは見送ることになりそう」と、残念がる美樹子さん。

「新型肺炎のニュースを見て、『怖い』『危ない』『うちもかかるかも』と不安に駆られたママが、LINEのグループチャットに『みんなも気をつけて』と記事のURLを何度も何度も送ってきたり……そういうのも嫌だなって思います。それよりも、冷静に『子どもがいる家では、どのように気をつけたらよいのか』を、みんなで話したいです」

 子育て中のママたちにとって、自分や子どもが病気に罹患すると、全てのスケジュールにストップがかかる。その恐怖もあって、今回のように新型肺炎やインフルエンザが流行すると、グループチャットで過剰に注意喚起を行うなど、周りまでも巻き込む行動に走ってしまうのかもしれない。ママたちが、仕事や育児を休むことができ、ゆとりをもって過ごせるような環境作りも、早急に必要であるように思う。

中居正広、ジャニーズ退所は「なぜ今なのか?」――ビジネス評論家が「会社を離れていく3大理由」から分析

中居正広がジャニーズ事務所を退所した理由について、ビジネス評論家の山田修氏が分析する。

 SMAPの元メンバー中居正広が、ジャニーズ事務所を3月末で退所すると発表した。SMAPが解散したのは2016年12月末のこと。中居は木村拓哉と共にジャニーズ事務所残留の道を選び、これまで活動している。解散から3年が過ぎてからの退所。「なぜ今?」という疑問に対して、「ビジネスパーソンが会社(組織)を離れていく3大理由」を当てはめると、見えてくるものがある。中でも、やはりジャニー喜多川氏の逝去が最終的な決断となったのだろう。

「ジャニーズ事務所の中居」として可能性への疑問

 「ビジネスパーソンが会社(組織)を離れていく3大理由」というのがある。「人間関係」「やりがいと自己実現」、そして「報酬と待遇」である。

 最初の「人間関係」であるが、これには2つの側面がある。まず、「どうしても我慢できないヤツがいる」という負の人間関係。これが発生してしまうと、ほかの「2つの理由」の状況がどうであれ、その組織を飛び出してしまおうというように心が動く。別の側面は「あの人がいるから頑張る、死んでもいい」というほどの密接な人間関係だ。しかし、これは逆にそれほどの存在を喪失してしまうと、「それならもうここにいなくてもいい」といった思考が働く。中居にとって、ジャニー喜多川氏の逝去がまさにこれに当たると、筆者は考える。

 また、ジャニーズ事務所内での「やりがいと自己実現」という点ではどうだったか。中居はもう十分成功しているタレントである。しかし、やりがいや自己実現というのは「今の状態からさらにどう進むか」で満足感が得られる。

 ジャニーズ事務所では、ジャニー喜多川氏の死後、滝沢秀明氏が取締役副社長に新任した。メイン・ビジネスである公演のプロデュースには、ジャニーズは一線で活躍中のタレントに、この分野の人材が豊富だ。滝沢氏のほかにも、昨年の夏からKinKi Kids・堂本光一氏、嵐・松本潤氏、山下智久氏らが後輩のコンサートや楽曲のプロデュースを行っている。中居はと言うと、SMAPデビュー当初からコンサートの構成・演出を任されていたが、08年の全国ツアーから、香取にその役割が代わってしまった。

 周知の通り、MCとしてバラエティを主戦場とする中居が、ジャニーズ事務所の中で例えば「バラエティ担当プロデューサー」という幹部職が用意されることがあるのか? あるいはそれに就いたとしても、この組織の中では傍流的なポジションにならないか? そのように中居は考え、「この事務所にいても、自分のさらなる未来はあまりない」と思ったかもしれないと、私は推測している。

 「ビジネスパーソンが会社(組織)を離れていく3大理由」の最後、「報酬と待遇」である。普通のビジネスパーソンにとっては大きな要素だが、中居にとっては相対的に「どうでもいい」ことだと思われる。

 というのも、中居は芸能人の中でも相当な資産家だとされているからだ。「資産200億円以上」という未確認報道はさておき、17年4月放送の『ザ!世界仰天ニュース』(日本テレビ系)の中で、“7億円超えのマンション”が話題になり、中居はこれを「買えない」とはっきり言わなかった。一方で、20年1月には自身のラジオで「月の食費は5万円」と明かし、40代独身男の堅実な生活ぶりもうかがわせた。「とにかく金が減らない」とも発言している。

 恩人だったジャニー氏はいなくなったし、事務所では将来も幹部になれる見込みはあまりない。そう考えると、事務所に差し引かれているギャラが馬鹿らしくなりはしないか。「金持ちほどケチだ」というではないか。

 ジャニーズ事務所のような大手芸能事務所に所属する大物タレントの報酬は、多くが「月額固定給」と「ギャラの歩合支払い」の組み合わせと見られている。現在、中居がレギュラー出演しているテレビ番組は、いずれも自身がメインの司会者を務めている。番組制作のメイン出演者へのギャラは相当額になるとされるが、これらは独立すれば、自分の個人事務所が受領することが可能となる。ジャニーズ事務所からの現在の俸給とのバランスシートはどのように変わるのだろうか。

 今回の独立表明に当たり、中居には以上のようにいろいろな感懐、思惑、判断、金銭計算があったことだろう。これだけ広く愛されているタレントが、今後どのように翼を広げていくのだろうか。ファンと共に見守りたい。

■山田修(やまだ・おさむ)
経営コンサルタント、MBA経営代表取締役。20年以上にわたり、外資4社および日系2社で社長を歴任。業態・規模にかかわらず、不調業績を全て回復させ「企業再生経営者」と評される。

えなこ「天国」ねこむ「地獄」AV出演は……「極楽」!? 人気コスプレイヤーの“ヤバい”ウラ側

カネと欲望が渦巻くコスプレ業界――40代“現役”コスプレイヤー・椎名蜜が、業界の闇をぶっちゃけます!

 長らくこの世界にいて、コスプレイヤーにとっての「天国と地獄」について考えるようになりました。今回は、私なりに、この二つの世界をご紹介したいと思います。

 近年、コスプレイヤーの中で最も“ビジネス的”に成功した人物といえば、えなこさんではないでしょうか。Twitterとインスタグラムのフォロワーは100万人超え、漫画雑誌の表紙を多数飾るなど、もはやグラビアアイドル的な扱いです。2016年、えなこさんは『ナカイの窓』(日本テレビ系)へ「プロコスプレイヤー」として出演し、コスプレイヤーとしての収入だけで月収100万円以上、「コミックマーケット」では2日間で写真集を1000万円売り上げると告白。コスプレを商売にしている“商業レイヤー”の中で、今、えなこさん以上に稼いでいる人はいないでしょう。

 えなこさんがコスプレ界隈で話題になり始めた頃は、女子高生の制服系衣装を着て、露出も少なかった印象があります。しかし、ネット上で人気が出て、メディア露出が増えるにつれ、谷間やおなか、おしりを出すなど、露出が徐々に増えていきます。今では水着やランジェリーも当たり前になっているようなので、きっと方向性が変わったのでしょうね。とはいえ、もっとエグ~い露出をしても、月収100万円には程遠いコスプレイヤーは腐るほどいますので、えなこさんは商業レイヤーとして「天国」にいるでしょう。

 あ、もしかしたら、えなこさんをマネージメントしている、乾曜子さんというコスプレイヤーのほうが天国かもしれません。乾さんはえなこさんの所属事務所でもある「株式会社PPエンタープライズ」の代表取締役社長で、同事務所には現在7名の所属タレントがいます(そのうち2名は2月1日に所属したばかり)。これからさらに事業を拡大し、会社を大きくしていくのかもしれませんね。

ホリプロ所属のコスプレイヤーが落ちた「地獄」

 もうひとり、コスプレイヤーにとっての「天国」を経験した人がいます。漫画家の藤島康介さんと結婚した、御伽ねこむさんです。コスプレイヤーの中には、「キャラクターが好きなだけで、作者には興味がない」という人もいますが、「作者=神様」という意識を持つ人は多いです。

 ねこむさんも、もともと藤島さんの大ファンだったようで、Twitterでは「せんせいしゅき」「いつまでもファンです!!!!!」といったリプライをしょっちゅう送っていました。そんな神様と16年6月に結婚、翌7月に子どもを授かったところまでは天国だったでしょうが、すぐさま藤島さん側にトラブルが発覚します。

 同7月発売の「週刊女性」(主婦と生活社)によると、藤島さんはねこむさんの妊娠をわかっていながら、「(出産しても)責任はとるけど結婚はできない」と言っていたそう。さらに同誌は同11月、藤島さんに15年間“事実婚”状態だった女性・Aさんがいたとも報じています。要するに、藤島さんはAさんとの交際中にねこむさんと出会って子どもをつくり、そのままねこむさんと結婚したということです。ちなみに、Aさんは「精神的苦痛を受けた」として、藤島さんを相手に訴訟を起こしています。

 えなこさんが有名になる前は、ねこむさんのほうがよくメディアに出ていました。15年4月に大手芸能事務所ホリプロに所属し、商業レイヤーとしての地位を確立しようとしたところで、このトラブルが起きてしまったのです。ねこむさんは出産後、自身のTwitterで「母子共に健康です。」とつぶやいてから、SNSを一切更新していません。公式サイトやブログも削除されているため、近況もわからない状態です。コスプレイヤーとして見た藤島さんは神様でも、結婚相手としては「地雷物件」だったとしかいえませんね。ねこむさんは、「天国も地獄も経験したコスプレイヤー」といえるでしょう。

 一方、はたから見ていて「シンプルに地獄」と感じるコスプレイヤーもいます。“アキバ系アイドル”的なポジションで、コスプレイヤーとして知名度も人気もあったA子ちゃんが、AV出演を始めたときは驚きました。

 彼女は仲間内でもかわいいと評判でしたが、「彼氏のためにもっとかわいくなりたい!」と言って、痩身エステで120万円の借金をつくってしまいます。これがきっかけとなり、ギャラが1本10万円の企画モノAVにバカスカ出演するようになります。企画モノ女優のギャラとして、10万円は悪くないかもしれませんが(ちなみに、単体女優だと1本100万円前後のギャラ)、AV出演が原因で、彼とは破局になったそうです。

 AV出演をしながら、コスプレ写真集をイベント等で販売していたA子ちゃんですが、実は自費出版ではなく、業者から2万円程度のギャラをもらって出版していたのだと聞きました。なので、A子ちゃんの売り上げは、すべてその業者に入っていたそう。前回書いた通り、私の場合でもイベントで1日100万円ほど売り上げが立つわけですから、「世間知らずの無知って、搾取される側なんだなあ……」と悲しくなった覚えがあります。

 また、コスプレ界隈でそこそこ知名度があったB美ちゃんも、25歳を過ぎたあたりで“一発逆転”のチャンスを狙うかのように、AV出演をしていました。B美ちゃんはその後、風俗で働いているらしく、ブログを見ると「生きていてつらい、昔はあんなに楽しかったのに」的なことをつづっています。さらには、「今日はこのお店に出勤しています! 指名してください!」とTwitterでつぶやくことも。まだまだコスプレ活動もしているようですが、「写真集を出したけど売れ残った……。制作費だけで赤字」といった赤裸々なブログも更新していました。

 B美ちゃんとは、一緒に撮影会を行ったり、私が主催するイベントに出てもらう仲でした。何度か一緒に食事をしたこともありますが、人の悪口を絶対に言わない、マジメで素敵な子です。でも、当時からどこかフワフワとした感じで、ちょっと心配になるような雰囲気があったんですよね。早くこの地獄から抜け出してほしいと思っています。

コスプレAVで家を建てた「極楽」な夫婦

 最後に、天国にいるのか地獄にいるのかわからない“ご夫婦”もおりまして……。コスプレAVを夫婦で自主制作し、その売り上げで家を建てたという、妻でレイヤーのCちゃん&旦那でカメラマンのA夫さんです。

 業界の中ではレジェンド的な存在なのですが、はたから見ると、旦那がいいように自分の性欲を満たしながら、妻を金稼ぎの道具に使ってるように見えるかもしれません。しかし、以前Cちゃんに「どうしてこんなことしてるの?」と聞いたところ、ニコニコしながら「お金が大好きなんです!」と答えてくれたのを覚えています。

 誰がなんと言おうが、本人たちの幸せが一番。これも壮大な2人のプレイなら、天国どころか「極楽」でしょう。誰もとがめる者がいない世界で好きなことをやって、2人で楽しく稼いで生きていくなんて、誰しもができることではありません。

 とはいえ、もし私の親戚や友人から「旦那さんから『コスプレAVをたくさん売って、家を建てよう。そこで幸せに暮らそう』って言われちゃったの〜!」という話を聞いたら、速攻でその男とは別れさせると思いますが。まあ、CちゃんとA夫さんは今も幸せそうにやっています。コスプレ業界では、一般的な感覚をあえて持たないことが、成功の秘訣なのかもしれません。

1日100万円稼いだコスプレイヤー、“業界の闇”を大暴露! 「豊胸&マンすじ見せ」で人気になれる!?

カネと欲望が渦巻くコスプレ業界――40代“現役”コスプレイヤー・椎名蜜が、業界の闇をぶっちゃけます!

 みなさんはじめまして、椎名蜜(しいな・みつ)と申します。現在40代ですが、まだ細々とコスプレをしています。

 世間一般的にコスプレといえば、どんなイメージを持つ人が多いでしょうか? 昔は「大人のプレイ」というイメージが強かったかもしれませんが、今はメディアの影響か、「アニメやゲームのキャラクター衣装を身にまとって楽しむ、オタクの趣味」と広く認知されているのではないでしょうか。

 私も最初は、ゲーム好きの趣味が高じてコスプレを始めました。自分で衣装を制作して、鏡の前でポーズの練習をし、東京ビッグサイトなどで行われるコスプレイベントに出かけ、そこで同じ趣味の仲間をつくるのが楽しかったです。コスプレイヤーを撮影するカメラマン(カメラ小僧=「カメコ」と呼ばれます)から、「ホームページはないの?」と言われたことがきっかけで(この頃は、今ほどSNSが普及していなかったです)、自分のコスプレ写真を見てもらうため、同じ趣味を持つ人と交流するために、インスタグラムの感覚でホームページを立ち上げました。すると、界隈の人から多数声がかかり、雑誌やネット番組、映画にも出演させていただき、グラビアアイドル的な活動もしました。

 その頃、コスプレ活動に支障が出るからと、勤めていた会社を退職。まともな社会との唯一の接点を、なぜ自ら断ち切ってしまったのか悔やまれますが、今、過去の自分を振り返ってみると、「ちやほやされるのがうれしかった」のだと思います。30歳を越えてから、内面的なものが人の魅力・価値につながると気づきましたが、当時は自分自身を売り物にして、とにかく「いいね!」と反応してほしかったのです。それはもう、病的なまでに……。

 会社員ではなくなった私の収入源は、自分でつくったコスプレ写真集の販売と、撮影会で得る報酬などでした。多い時で、写真集の売り上げは月に40万円。年に2度開催される「コミックマーケット」(以下「コミケ」)など、大型イベントで写真集を出すと、1日約100万円売り上げることもありました。

 1日でこれだけお金が入れば、朝早く起きて会社に行って嫌な同僚と一緒に仕事をするよりも、楽しいコスプレをして暮らしていたほうが幸せ。容姿についてネット上で叩かれたり、プロポーションを維持したくて摂食障害になったりして、かなり病んだ時期もありましたが、コスプレで誰かに認めてもらうのが、私の生きがいだったのです。

 しかし、20代後半になると状況が一変。かわいくて若い女の子がどんどんコスプレ業界に入ってくるのに対し、自分の年齢は上がっていく一方。いつの間にか好きなキャラのコスプレではなく、「話題になっていて、人気があるキャラだから」という理由でコスプレをする自分がいました。そうすれば簡単に写真集が売れるし、サイトの訪問者が増えるからです。コスプレを始めたときの「ゲームやキャラが好き」という思いは、すっかり二の次になっていました。

 過激な写真を撮らないと、写真集が売れないという状況にも陥っていきます。人気のあるキャラのコスプレをして、ニーソックスとスカートの間から太ももを見せる露出に始まり、“見せパンツ”をはいてのパンチラ、服を脱いで水着レベルの露出度になり、さらにはTバックに……。

 その結果、一時は写真集がバカ売れしたものの、「椎名蜜は露出するのが当たり前」と思われたのか、また売り上げが低迷。そこで私は、豊胸手術という手段に打って出ます。「Tバックで尻を売ったら、次は乳で売るしかない!」という安直な考えです。しかし、サイズの合わないシリコンを入れてしまったため、めちゃくちゃ痛くて「早く取りたい!」と苦しむ日々。だけど、「せっかく痛い思いして写真集のために入れたのに!」と意地になって胸を出し続けていました。

 衣装の布面積はどんどん小さくなり、今度はアンダーヘアも永久脱毛してツルツルに。レオタード的な衣装のを着たときに、さりげなくマンすじを見せるテクニックまで身につけました(“うっかり写真に写っちゃった感”を演出するのがポイント)。最後はもはや、「コスプレなのか?」と疑うレベルまで布面積を減らし、300枚ある写真のうち50枚しかちゃんと服を着てない、みたいな写真集をつくるしか手段がなくなってしまいます。

 アラサーの時点でちゃんとした定職にも就かず、10~20代の子と同じ土俵で戦おうとしている自分。主な収入源がコスプレ写真集と撮影会という現実が「非常にヤバい」と気づいたのは、30歳になってからでした。

 振り返ってみると、20代の間よくつるんでいたのはコスプレ界隈の人たちばかりで、その中でも、コスプレを“商売”にして生活をしている人たちでした。いつまでもコスプレ写真集を売って生活できるはずがないのに、私の中ではそれが当たり前になりすぎていて、まともな職歴がないことを「ヤバい」と思えなかったのです。周囲の人も私と同じ境遇でしたが、特に危機感を持っておらず、「写真はフォトショップで修正すればいいじゃない」「年取ってシワができたら、ヒアルロン酸とかボトックス打てばごまかせるよ」「歴が長い分、いろんなカメコさん知ってるし、ファンも多いから大丈夫」と楽観的。

 昼頃に起きて、夜にコスプレ衣装をつくったり、写真の編集をしたりという日々を繰り返すうちに、曜日の感覚がわからなくなるほど、私の日常生活は麻痺していきます。当時、コスプレ系のお仕事で縁があったエンタメ系会社の方と飲みに行ったとき、ようやく自分が社会とズレていることに気がつきます。街中で卑猥な言葉を発しても、仲間内ではそんなにびっくりされませんが、彼らが生きている一般社会では、完全にアウト!

 生活が昼夜逆転していたので、深夜にTwitterでつぶやきまくっていましたが、これもドン引きされます。Twitterのアイコンを頻繁に変えることも、普段から胸が出そうな露出度の高い服を着ていることも、「ちょっとおかしいんじゃない?」と首をかしげられる世界があることを、このとき知ったのです。私はこれを機に、コスプレと関係することをいったんお休みし、“一般人”になれるように服装やメイクを研究。過激なコスプレをしている経歴がバレて、遠回しに「ウチには来ないで」とお断りされたため、飲み会を開いてくれた前出の会社とは別の、エンタメ系会社の派遣社員になりました。そこで“社会”というものに慣れ始めたとき、「自分が長くいた世界はめちゃくちゃ異様だった」と再確認しました。

 そんな私が過去を振り返って、「あれはおかしかったなあ」とコスプレイヤーについてしみじみ思うことを、連載の中で紹介していこうと思います。ぜひお付き合いくださいませ。

沢尻エリカをプロ筆跡鑑定人が読み解く! 自筆コメントから「悪の道」と「依存傾向」が明らかに

 2月6日、自宅で合成麻薬MDMAなどを所持したとして、麻薬取締法違反の罪に問われた沢尻エリカに懲役1年6月、執行猶予3年の判決が下った。同日夜、所属事務所エイベックス・マネジメントのサイトに掲載された自筆のコメントの中で、反省の気持ちや更生への決意を表した沢尻の筆跡を、筆跡鑑定人で筆跡心理学に基づいた書籍『自分のイヤなところは直る! 〜名前を書くだけ〜』(東邦出版)の著者・牧野秀美氏に、読み解いてもらった。

もともと一匹狼的だが寂しがり屋の面も

 

――沢尻エリカは、母親がフランス人、きれいな顔立ちゆえ常に目立つ一方で、父親が早くに病死、兄も事故死している複雑な家庭環境で育っています。2007年、主演映画の舞台あいさつで、司会者からの質問に「別に……」と不機嫌に答えたことで、その後大きなバッシングを受け、仕事が激減しましたが、あのふるまいは、もともとの性格から出たものでしょうか?

牧野秀美氏(以下、牧野) 沢尻さんのあの会見は私も見ました。当時まだ10代のわりには大人っぽくて、キャピキャピしたところが見られず、「ずいぶん生意気な子だな」と思っていました。確かに(4)「様」の字の指摘部分の突出が多く、上から押さえつけられるのはイヤなのでしょう。

 (5)へんとつくりの間も狭いので、打ち解けるのが苦手な完全に一匹狼タイプです。さらに全体を見ると、大きな文字と小さな文字が混在していますので、平凡では満足しない、変化を求める気質が表れています。そして、(2)書き始めに少しひねりが入るのと、(3)ハネが強めです。これらは気合を入れて、粘り強く物事に取り組むことを表しています。

 しかし、2019年12月のサイン(牧野再現)は、ひねりもなく、角が丸く、ハネも強くありません。この書面のお詫び文は印字で、名前のサインだけが直筆ですので、こちらの筆跡が普段使いだと思われます。つまり、気合を入れない通常運転時は、のめり込むわりには飽きっぽい面がある、そして、にぎやかなところが好きな寂しがり屋の面も見られるようです。

――今回の裁判により10代のころから薬物を使用していたことが明らかになりました。依存的な傾向についてはどうでしょうか?

牧野 先にも触れていますが、全文手書きのお詫び文での名前のサインは、2019年12月のサインと比べると気合が入っています。逆に言うと、普段は、楽しいことに流されやすく、信じている人には無防備になってしまうようです。レイアウト的には、(7)行がうねって書かれているのは、自分の感情に忠実に行動したいことを表し、文字の間隔が広かったり狭かったりとバラバラなのは、のんびりだったり急にせっかちになったりと行動のパターンが一定していないことを表しています。

 つまり、沢尻さんは、オープンな気質ではないため、自前の豊かな感情の動きのコントロールが苦手のようです。年上からはかわいがられる傾向があるため、苦手な同年代と付き合うよりも楽なほうを選んだのでしょう。それが自らをさらけ出すのが苦手な不器用な性格と合わさることで、悪い道であると感じていたとしても、その世界に逃げてしまっていたのかもしれません。

持って生まれた女優運で資質は申し分なし

――最近は、母親役など落ち着いた役柄も多くなり、今年は芸能生活20年で、大河ドラマに初出演し、重要な役を演じる予定でしたが……。

牧野 沢尻さんは、左払い、右払いの両方の払いが長く書かれています(1)。これは、女優運といって、自分を華麗に演出し、見られることで感情移入ができるのです。今までに取り上げてきた女優さん達も持っている特徴です(広瀬すずさん)。最近の演技は、沢尻さんの孤高のプライドや、内省的な面が女優業に反映されてきていたように思えていたので、非常に残念でした。先にも触れた、感情に忠実に行動する面もここに加わることで、女優として申し分のない才能を発揮できたはずです。

柔軟な思考を身につけることが復帰のポイント

——裁判で、女優復帰は考えていないと発言していますが、更生できるのでしょうか?

牧野 少し気になるポイントがあります。あまりにも文章の文字間の間隔がバラバラであることと、(6)「償い」の字にみられるように、へんとつくりの間が広くなっている文字も少なからず混在していることです。

 一方、前回取り上げた二宮君は、自分の気持ちが伝わるようにレイアウトもきちんと考えて書かれています。特にこのへんとつくりの空間部分は、その人の気質に反映しているので広い人は広く、狭い人は狭く一定して書かれるものです。それが混在していることは、つまり、心の傾向と行動傾向が一定していないことを表しています。このような不安定な状態では、根本的な内省はできないと思われるのです。

 沢尻さんは、もともと真面目な性格です。それが、柔軟に情報や人の意見を取り入れることができない融通の利かない性格となっているようですので、余計に自分の考えや「~するべき」論に縛られてしまうとつらくなって自分を追い詰めてしまったり、誘惑に負けてしまったりすることが考えられます。すぐに白黒つけないで、あいまい部分を飲み込むような柔軟な思考を身につけることが復帰のポイントと思われます。

牧野秀美(まきの・ひでみ)
筆跡鑑定人。筆跡アドバイザー・マスター。筆跡心理学をもとにした鑑定と診断を行う。著書に『自分のイヤなところは直る~名前を書くだけ~』(東邦出版)
ほっかいどう筆跡鑑定研究所