3万9,800円のブレスレットが人生を変えた! 「散財」とは無縁なアラサーが、たった2年で1,300万円を溶かすようになるまで――


――2年で1,300万円以上溶かし、現在借金は●00万円の“買い物狂い”のライターが、苦しくも楽しい「散財」の日々を綴ります。

 みなさんはじめまして。3月のカード支払い額が65万2,427円だった、千葉N子です!

 毎日、電卓アプリを叩きながら「あれとあれが入金さえしてくれれば……払える!」「今月はまだあと1万円使える……(この1万円使ったら生活費どうすんのって話だけど)」「あぁ、このヒリヒリする感じがたまんねぇ!!」と震える指で何度も計算しなおしています。

 ちなみに、現在、カードの利用限度額は200万円。毎月奇跡的に滞納することなく支払い続けたおかげで、フリーライターという収入が不安定な職業にもかかわらず、カード枠が順調に増額されていきました。カード会社の思惑通り、欲しいものを買いに買いまくり、現在はショッピングローンと合わせて、借金が●00万円ほどあります。

 マジで人は変わるものです……。禁欲主義な母親に育てられた私は、たった2年前まで“散財”とは無縁な生活を送っていました。3万9,800円のブレスレットを見て、「たけぇぇぇぇ!!!!」と目玉が飛び出そうになっていたんです……本当だよ。

 連載1回目となる今回は、私の簡単な自己紹介と、買い物にハマった経緯からご紹介します。

 千葉N子。35歳。独身。プラトニックな関係の彼氏アリ。フリーライター。一般企業で勤めた経験なし。早稲田大学を7年かけて卒業。現在実家暮らし。2年で1,300万円以上溶かした“買い物依存”の傾向アリ。

 これまでを振り返ってみると、私は常に何かに依存して生きてきた気がします。学生時代は当時付き合っていた彼氏や、彼の影響で吸い始めたタバコに依存。池袋のマクドナルドの喫煙スペースに入り浸り、「ここはナチスのガス室に違いない……うぅ、頭が痛い」なんてズキズキする頭を抑えながら、3箱目の煙草に手を伸ばしていたものです。

 大学卒業後はスマホゲームに依存し、熱くなったバッテリーを冷ますために、スマホの下にアイスノンを敷いて頑張っていたっけ……。ゲームは1日13時間くらいやっていた気がします。

 そんな“依存体質”な私は仕事にも依存するタイプだったらしく、仕事もバリバリこなし、「貯蓄しろー、金はみんな定期にしろー」という母に言われるがまま、200万円ずつ定期にして銀行に預けていたんです。そう、たった2年前までは――。

 私が“買い物狂い”に覚醒したきっかけ―――その原点は、30歳のバースデーに妹がプレゼントしてくれたブレスレットにあります。薄水色の可愛いリボンが結ばれた小さな箱。そのリボンをほどいてみると、キラキラしたピンクゴールドのブレスレットが入っていました。

 当時、アクセサリーなんて一個もつけたことのなかった私は、「なんかよくわからんけど、キラキラしててはかないものが私の腕についとる‼」と、その華奢さに衝撃を受けました。

「自分の手なのに自分じゃないみたい……。まるで、お姫さまの手だわ……!」

 そのブレスレットをするときには、なんだか手先までピーンと伸び、自分が“レディ”になった感じがしたものです。結局、ブレスレットは金具がゆるんで電車の中で落としてしまったのですが、32歳の正月、暇すぎてゴロゴロしていた私は、ふと、ブレスレットをつけたときの高揚感を思い出したのでした。

「アクセサリーって、自分でも買えるんではないか……?」

 素材の知識も、色石の名前も、ダイヤモンドの4C(カラット、カット、クオリティ、カラー)すらも知らなかった私は、ライターという職業病も重なり、その日から猛烈にアクセサリーについて調べ始めました。

 結果、「よくわからんけど、K18なら変色がほとんどないらしい」「K10よりもK18のほうが高級」「一生モノが欲しいなら、アクセサリーよりも、貴金属や宝石が使われているジュエリーを買うべし」というにわかな知識を得て、ジュエリーショップに突撃。そこで、冒頭にお伝えした「3万9,800円のブレスレット」に出会ったわけです。

「3万9,800円って? ほぼ4万円じゃん……?」

 銀行に1,000万円以上貯金がありましたが、それは当時の私の中では「使うものではないお金」。そういう“普通”の金銭感覚が、当時の私にはあったのです。「貯蓄用のお金に手を出すべからず」というまっとうな感覚が……。

 その日、私はジュエリーを買う軍資金として5万円を財布の中に入れていました。4万円のブレスレットを購入したら、残金は1万円。諭吉が5人もいたのに、たった1人になってしまう……。何文字書いた分のお金がふっとぶんだ……? と、頭の中でおやめなさい、私‼

 しかし、店員さんもプロでした。挙動不審な私の姿を見ると、「こいつは押せばなんとかなる」と踏んだのか、にこにこしながら「おつけになられますか?」とケースからブレスレットを取り出したのです。そして、うやうやしく右手に添えられたブレスレット。うォオ! あたしの腕がすごく華奢になった気がするゥゥゥゥ‼

「これ、いただきます!」

 その瞬間、私は買い物狂いへの記念すべき(?)第一歩を踏み出しました。

 こうして話している今、「そういえば、今日は買い物しなかったな~、1日中家でゴロゴロしてたもんね」と思い、ふとメールチェックをすると、Amazonから「商品を発送しました」というメールが3件来ていました。息をするかの如く、本を3冊買っていたようです。もはや3,000円程度の買い物は買い物じゃないとカウントしている私の脳……。

 このコラムでは、私が過去を振り返って、買い物狂いゆえの考え方や事件をこれからまとめていきたいと思います。ぜひおつきあいくださいませ。

ママ友LINEグループ内で「既読スルー」の仕打ち! 「小学校お受験」失敗ママの憂鬱

今や日常生活において、かかせないツールとなっているコミュニケーションアプリ「LINE」。かつては子どもの送迎時に、ママたちが立ち話をしているような光景が見かけられたが、時間に追われ忙しく過ごす共働き世帯が増えた今、ママたちのコミュニケーションの場は、LINEのグループチャットになっているという。そんな、ママたちの「グループチャット」から浮き彫りになった、彼女たちの悩みや、苦悩、気になる話題を覗いてみる。

 例年、3月になると満6歳児になる子どもを持つママたちは、「幼稚園や保育園の卒園」「小学校入学」に関する話題で持ちきりだそうだ。一般的には、卒園絡みで言うと、保護者が幹事となる「謝恩会」、一方、小学校入学に関しては、学校で使用するものの手配についてが中心だという。忙しいママたちにとっては大変な時期と言えるだろうが、ママ友たちのLINEグループでは、卒園や入学に際し、さまざまなことが話し合われているようだ。

幼稚園の謝恩会、小学校の入学説明会も中止……不安はママ友と共有

 郁美さん(仮名)は、都下にある幼稚園に6歳になる女児を通わせている。娘は卒園の年だが、新型肺炎の影響で、父母同伴の卒園式は中止になった。

「最初は小規模で開催するという話だったのですが、園児のみだけの卒園式となり、通常の卒園式や謝恩会などは中止になりました」

 ママ友とのLINEグループでは、一部のママたちが事前に先生への色紙やお花の準備、謝恩会の予約などを進めていたため、中止をめぐって議論が白熱したという。

「幹事のママが、『謝恩会だけでもやりましょう』と提案したのですが、下の子がいるママから『今は延期にしたほうがいい』と、議論に発展。どちらの意見を尊重すべきが悩みました……。グループチャットは便利ですが、こういうのは、会って話したほうが誤解を生まないのに……と感じましたね」

 郁美さんは「小学校の説明会もいったん、延期になっていて、いろいろと不安なんです」と語る。

「去年は台風で何度も運動会が延期になったり、今年は卒園式や遠足が中止になったりと、イレギュラーなことが多くて。でもママ友と『どうする? 』とグループチャットでつながっていられたのは、心強かったです」

 都心にある少人数制の幼稚園に、5歳になる女児を通わせている志のぶさん(仮名)は、娘に小学校受験をさせた。幼稚園には、私立小学校や国立小学校を受験する子どもがいたため、影響されたそうだ。

「最初は、小学校受験をさせるつもりはなかったのですが、調べていくうちに、近隣の公立小学校よりも『体験型学習』が充実している国立や私立に魅力を感じました。うちは塾に通い始めたのが遅く、周りにも『受験は考えていない』と話していたため、仲の良い公立小進学組のママ友には言いづらかったんです」

 ママの中には、お稽古事の一つとして、子どもに塾通いをさせるケースもあるという。志のぶさんは、受験のためとは周りに言わずに、塾には通わせ続けたそうだ。

「11月頃に、地域の公立小学校で就学前の子どもの検診があったんです。受験に落ちたら通わせる予定だったので、もちろん受けさせましたが、その時は正直、受験のことで頭がいっぱい。小学校が用意した質問票の『ほかの小学校に入学予定あり』に〇をつけました。小学校の先生からも『毎年、検診などを受けても、10人くらいは他校に入学します』と言われたので、自分もそのつもりだったんです」

 しかし、娘は受験に落ち、地域の公立小学校に入学することになった。志のぶさんは、「実は以前、SNSで小学校受験について書いていたのですが、それをママ友に見られていたんです」と、神妙な面持ちで語りだした。

「その投稿で、公立小への批判とも取れる発言をしてしまっていて……。今、仲の良いママ友とのグループチャット内は、公立小学校への入学準備の話題で盛り上がっているのですが、私のメッセージに誰も返信してくれないんです……。やっぱり、私の投稿が気に障ったのかな」

 このように、都市部では小学校受験をきっかけに、ママ友との関係がぎくしゃくしてしまうこともあるようだ。志のぶさんは「今は、グループチャットではなく、娘と仲が良い子のママに、直接メッセージを送り、入学に関する情報を交換しています」という。LINEが広まった影響で、ママたちの関係性も、可視化されやすくなったのかもしれない。

 美沙さん(仮名)は、保活激戦区にある認可保育園に6歳になる男児を通わせている。保活の際には、「入れるところならどこでも」と言って、申請書の希望園の欄を全て埋めたという。

「第3希望として出した園なら入れると通知が来ました。うちから1駅分ある場所で、交通手段は自転車しかなかったので悩んだのですが、入園を決めました」

 このように、幼稚園とは違い、認可保育園は希望通りの園に入園するのは難しい。

「転園しようにも空きができず、息子も友達ができたため、結局6年間をそこの保育園で過ごしました。ママ友たちとも長い付き合いになりましたね。みんなは、そのまま近隣の小学校に入学予定なので、『これからまたよろしく』などと言い合っていたんですが、我が家は学区が違うので、小学校では離れてしまうことに……。息子に『僕も〇〇小だよね』と言われ、『違うよ』と答えたら、泣かれてしまって困りました」

 美沙さんは、「指定校変更」と呼ばれる「学区外の小学校入学」が可能か、区役所の窓口へ相談に訪れたそうだ。

「『仲の良い友達と離れてしまうから』といった理由では、承諾されませんでした。息子は、保育園の近隣小学校に愛着を持っているんですよ。というのも、保育園の行事は、その小学校を借りて行うことも多かったから。この前、そこで子ども同士の入学前交流会が行われたそうなんですが、当然息子は参加できず、取り残されたみたいで切ないですね……。ママ友たちとのグループチャットで、『学区外の小学校に行っても、また遊びましょう』『卒園後もママ同士で集まりましょう』と声をかけてもらったのですが、うちの子だけ別の小学校に行くので、自然と疎遠になるのでは……と不安に思っています」

 核家族化が進み、近所付き合いが減った現代。保育園や幼稚園のママ友の存在が精神的な支えになることもあるという。知り合いの少ない小学校に通うことに、不安を抱えるママもいるようだ。

 このように、幼稚園・保育園の卒園や小学校への入学をめぐっては、さまざまな問題が浮上しやすい。しかしそんなときだからこそ、LINEという気軽に話ができるツールを使って、気心の知れたママ友とつながり、不安や悩みを解消していってほしいものだが……。

人気コスプレイヤーが震え上がった、“カメコ”の異常な執着――3年間「無言で」渡され続けたモノ

カネと欲望が渦巻くコスプレ業界――40代“現役”コスプレイヤー・椎名蜜が、業界の闇をぶっちゃけます!

 「華々しいように見えて、コスプレ業界ってゲスい世界だよ!」と、お伝えしている当連載。コスプレイヤーを取り巻く人たちにも、それ相応のドラマがあることを、明かさないわけにはいきません。今回は、コスプレイヤーを撮影するカメラ小僧、通称「カメコ」と呼ばれる方々のお話です。

毎月2万円、黙って振り込んできたカメコ

 私はよく、某フリマサイトで着なくなったコスプレ衣装を売っていました。カメコさんに撮影してもらった“写りのイイ”着用写真に目線を入れ、顔がわからない写真を載せて出品するのが定番。イイ感じの着用写真を掲載した方が、衣装だけの写真を載せて出品するより、単純に売れやすいのです。みなさんも通販で服を買う時、モデルさんがその服を着ている写真を参考にしませんか? それのコスプレ版と思っていただければ、わかりやすいでしょう。

 私は最初、「中古衣装はコスプレイヤーさんが購入するもの」だと思っていましたが、何着か出品しているうちに、そうとも限らないことがわかります。ある時から、衣装を出品するたびに毎回落札してくれる人がいたのですが、その正体は、当時50代の男性カメコ・Aさんでした。私が参加した撮影会や、主催イベントによく来てくれて、写真集を出せばすべて購入してくれる……そんな“熱狂的なファン”です。

 購入した衣装を何に使っていたのかはわかりませんが(いや、なんとなくわかりますが)、そこで私の振込先を知ったAさんは、何も言わず、毎月口座に2万円を振り込んでくれるようになります。当時、ほかのカメコさんからも一眼レフカメラや衣装、ゲーム機などをいただく機会があったので(コスプレイヤー的には「よくあること」です)、自分の中でその2万円は、“妄想代”ということにしてありがたくもらうことに。

 3年ほど振り込まれ続けましたが、ある時ぱったりと止まってしまいました。新しい振込先が見つかったのだろうか……なんだかフラれた気持ちになり、ちょっとショックだったのを覚えています。それ以降、まったく連絡を取っていないので、元気にしているかどうかもわかりません。

 ちなみに、Aさんが勝手に振り込んできたお金は、総額にして70万円くらい。今になって考えると、ありがた迷惑な話です。Aさんには本名も住所もバレているわけですし、事件に巻き込まれるようなことがなくてよかったとも思います。

 コスプレというものに触れてこなかった多くの人にとって、「コスプレ写真ってどこで撮るの?」という疑問があると思います。主に、「コミックマーケット」等の大型イベントに併設する“コスプレエリア”での撮影、遊園地や屋外施設、イベントホールなどで行われるコスプレ専門の“イベント”、さらに本格的な撮影スタジオで行う“撮影会”があります。私はよく、この撮影会に参加していました。

 個人でスタジオを借りて撮影会を開くのは、面倒な上にトラブルも起こりやすいです。なので、スタジオと利用者の間に入り、撮影会を主催する団体がいくつかあります。中には、専属でコスプレイヤーさんを抱え、定期的にカメコさんを募って撮影会を行うスタジオも(いい商売になるのでしょう)。しかし、こうした撮影会は“追加料金”を支払えば、カメコさんが好みのレイヤーさんに「着用してほしい衣装」を渡し、それを着てもらって写真撮影ができるという、風俗チックなオプションがあったりします。

 とはいえ、こうしたオプションが選べる撮影会は、水着やランジェリーといった、露出度の高い衣装を着ることを前提にしている場合が多いです。要は、誰もが「エロい撮影をする」という認識で、撮影会に参加しているのです。

 私の場合、レオタード系、体操服、スクール水着なんかをカメコさんから希望されることが多く、中には「あなたのために作ったので、この衣装を着てください!」と、渾身の“スケスケ手作り衣装”を渡されることもありました(水着の上から着ましたよ……)。しばらくたって、その衣装をうっかりフリマサイトで売ってしまったところ、コスプレイベント会場で、そのカメコさんからにらみ続けられるという怖いこともありました。カメコさんはよくフリマサイトを“監視”しているので、もらった衣装を売る場合は要注意です!

「ラブホテル撮影」がメジャーになる怖さ

 もっとディープな世界になると、撮影会団体を介さず、SNSなどでカメラマンから直接撮影の依頼が来ることがあります。「ギャラは○時間につき○万円、衣装は▲▲でお願いします」といった、至って業務的な“オファー”が届くのです。逆に、コスプレ写真集の撮影や、ホームページ用にクオリティの高い写真を撮影してほしいと、コスプレイヤー側からカメコさんへオファーする場合もあります。

 どちらの場合も、スタジオを借りるよりも安く、部屋のクオリティが高いラブホテルがよく利用されます。プールつき、ヨーロピアン調、和風などなど、コンセプトがしっかり決まっている部屋は、コスプレ撮影にピッタリなんですよね。最近だと、「コスプレ撮影OK」と銘打っているラブホや、コスプレ撮影ができる店舗を全国から探せるサイトまであります。

 そのため、男性カメコさんとのラブホ撮影でも、あまり違和感や警戒感を抱かない女性コスプレイヤーさんも増えているようです。しかし、これについてはちょっと思うところがありまして……。「エロキモカメコ」に遭遇した話は、次回ぶっちゃけます!

天皇が女官にストーカー行為!? ご執心ぶりに皇后様も“憤怒の形相”【日本のアウト皇室史】

皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

大正天皇は「人間的すぎる」?

――前回、女官の山川三千子が大正天皇に対して、厳しい目線を向けていたという話が出ましたが、これはなぜなんでしょう?

堀江宏樹(以下、堀江) 山川三千子の大正天皇にきつめの点数を付けている理由はいろいろありますが、明治天皇に比べ、大正天皇のお姿は、すくなくとも山川三千子にとっては、「人間的すぎた」のであろうと思います。

――「人間的すぎた」とは……? 

堀江 女官として「天皇そして皇后に何を求めるか」なんですね。初対面の女官をナンパして、写真をねだるなんて天皇としてどうかと思うし、皇后様はナンパされた私に気遣うどころか正面から嫉妬してくるし……しかも明治天皇の崩御からそれほど時間もたってもいないこの時期に! というのが山川三千子の不満の源です。

 一方、山川三千子が敬愛する昭憲皇太后(=明治天皇の皇后)は、明治天皇が崩御なさると、ご弔問に訪れた方々の前では涙をほとんど見せたりせず、努めていつものように振る舞い続けておられました。

 しかし、着替えの間で山川三千子と二人きりになると、「私が悲しいのは誰よりも一番でしょう。しかし私が泣きくずれていては、後のことがどうなると思いますか」と言って、ハンカチに顔をうずめた……という描写が『女官』には出てきます。昭憲皇太后の振る舞いは、人間的というより神々しいですよね。自分の感情は押し殺し、穏やかに振る舞うことで、カリスマ・明治天皇の崩御にざわめく周囲の人の不安を取り除こうとなさっていたわけです。

 ところが、それとは対照的なのが大正天皇でした。山川三千子への大正天皇のアプローチは止まりません。喪に服している昭憲皇太后が隣にいるのに、「歌を教えてあげるから、私と一緒に歌いなさい」などと持ちかけたり。歌わない山川三千子をヨソに天皇は大声で歌ってくれたそうですが、調子外れの音痴だったそうです(笑)。

 陰湿なセクハラなどではありません。でも、それゆえにはっきりと「やめてくれ」とは言いにくく……というか戦前の身分社会で、天皇陛下の御好意を拒絶するのは、さすがの山川三千子にも厳しいものがあり、だんだんと彼女は滅入ってしまいました。

 これを見かねた昭憲皇太后が間に入ってくれて、なんとか天皇のお戯れから解放されることが何度かあり、ついには「大正天皇が昭憲皇太后のところに来た時は、山川三千子は病欠扱いにするから対応しないでよい」というルールまで宮中では作られる始末でした。

 ――天皇に言い寄られることで、天皇との関係がこじれてしまった女官・山川三千子。こんな状態では、女官としては勤めにくくなったのでは?

堀江 たしかに、山川三千子はこの頃、「あの生意気な娘(=山川)は、私は大嫌いだ」と皇后様が言ったという報告を、同僚の女官から受けています。しかし、それだからといって、明治天皇の時のような女官同士の争いみたいなことはなかったようですね。わりと同情票のほうが多かったのかも。やはり、大正天皇はちょっと面倒くさい方だという共通認識が女官同士にはあったのでしょうか(笑)。

 こうして、相変わらず大正天皇にグイグイ迫られながらも、山川三千子は昭憲皇太后のお傍で女官を続けています。しかし、もうすぐ25歳だし、誰かと結婚したほうがいいのかなぁ、でも明治天皇を喪った昭憲皇太后さまの寂しそうなお姿を拝見していると、自分だけ幸せになっていいものかなぁ……などと悩みのつきない日々でもありました。

 この時、ウラで大正天皇は、山川三千子についていろいろと調べていたようなのですね。そして山川三千子にとっては大先輩にあたり、「世話親」と呼ばれる、いわば宮中での親代わりの女官を動かして、彼女との距離を縮めようとしてくるのです。

――ストーキングじゃないですか、それって。

堀江 まぁ、今ならそういうことでしょうかね(笑)。山川三千子の世話親は、大正天皇の生母である柳原愛子です。一時期は明治天皇の権典侍(ごんのてんじ)で、いわゆる側室でした。

 しかし、柳原愛子は大正天皇となる皇子を出産した後は側室を辞退し、典侍(編註:宮中の女官の最高位)の職に復帰していたのです。大正天皇は実母の柳原愛子が山川三千子の「世話親」でもあることに気づき、柳原に手伝ってくれと訴え、山川三千子への自分の恋心を成就させようとしていた形跡があります。

 大正天皇は柳原愛子を説得、昭憲皇太后に仕える山川三千子を自分のそばに異動させようと考えたようです。その結果、山川三千子は柳原愛子から、大意でいうと「あなたはまだ若いんだから大正天皇のところに行ったほうが出世にもなるし、結婚のとき、女官としての職歴はアピールポイントになるからいいわよ」的に、大正天皇直属の女官になることを何度か勧められもしました。

 しかし、彼女はそれを断りました。「こちらさま(=昭憲皇太后)のところで私がご不要な女官であれば、実家に帰させていただきます」と言うわけですが、それは「大正天皇のお傍で働かねばならないくらいなら、私は辞めます」という意味なんですね。

 やさしく親しみやすいお人柄で、女官からの人気が高かった柳原愛子もこのときばかりは、ムッとしたらしく、冷たく「そうですか」と言ったそうな(笑)。

――大正天皇の山川三千子へのご執心はそんなにすごかったんですね。そうなると、大正天皇の皇后である貞明皇后はお気づきになって、ずっと我慢なさってたのではないですか?

堀江 それが、かなりの「バトル」があったようなんですね。大正天皇からのアプローチはとにかくずっと続きました。昭憲皇太后の居室をひっきりなしに訪ねてきて、そのたびに、山川三千子を呼び出し、お話などなさるのです。さらに困ったのが、大正天皇が貞明皇后とご一緒のときですら、山川三千子を呼び出し、親しく接することもあったそうです。

 同僚の女官からも「ちょっと(山川さん)、皇后宮様のおみ顔を御覧なさい(やばいことになっているわよ)」……という指摘が入るほど。皇后陛下のお顔に憤怒の形相が浮かんでいたのですね。

――いくら大正天皇のお気に入りでも、皇后様に嫌われてしまっては、山川三千子も大変ですね。女官として宮中にはいづらいのでは?

堀江 それが、この頃、山川三千子にはすでに心に決めた男性がいたのですね。だからそれで平気なところがあったみたいです。寿退社ならぬ寿退官してやるぞ、的な。

 山川三千子は休日にひとりで出かけた美術館である男性と偶然に出会います。それは、旧・会津藩家老の家柄にあたる山川黙(やまかわしずか)という男性で、彼女はもともと彼の養母とも知り合いだったのです。養母同伴にせよ、デートもしています。それ以後、彼のことが好きでたまらなかったようで、昭憲皇太后が亡くなった大正3年(1914年)に女官生活にピリオドを打った山川三千子は、そのまま黙と結婚したのです。その後の山川三千子については、次回に続きます。

――次回は3月28日(土)更新です!

音信不通の父が脳梗塞に――ゴミ屋敷暮らしの母を看取った一人息子、「親の身勝手」とこぼす理由

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。今回は、7年前の記事で紹介した、母親を介護するシングル一人息子のその後を追った。

あとは死ぬだけの母がうらやましい

 7年前にこんな記事(『あとは死ぬだけの母親がうらやましい』独身の一人息子が見た介護)を書いた。

 小田誠さん(仮名・55)は、親が離婚してから30年以上、父親からも母親からも距離を置いていた。母親は“人嫌い”で、実の息子と会おうともしなかったのだ。そんな母親の様子がおかしいと、近所の人が市に連絡をして、市の福祉担当者から小田さんに連絡が来た。

 ほぼゴミ屋敷で生活していた母親は、すでに認知症が進行していた。そのうえ無年金だったので、小田さんが生活保護の手続きをして、生活保護で入れる施設に入所させることができた。

 小田さんには、母親を扶養する力はなかった。アルバイトで食いつないで、ようやく暮らしている状況だったからだ。

 施設で暮らしていた母親はその後、誤嚥性肺炎を起こし入院した。小田さんのこともわからなくなり、あとは死を待つだけとなった。何度も「もうだめだろう」と言われては持ち直し、小田さんはそのたびにがっかりしていたと明かす。小田さんは長期入院も覚悟しながら、週1回、母のもとに通い続けた。生活保護を受けているので入院費用はかからないが、洗濯代を浮かすために、洗濯物を持ち帰る必要があったからだ。

「点滴で生かされて、死ぬこともできない。皮肉ですが、“死ぬまでは生かされる”んです。それでも、仕事もないのにまだあと30年は生きなきゃならない自分と比べると、あとは死ぬだけの母がうらやましい」

 痛切な言葉をもらしていた小田さん。今はどうしているのだろうか。

介護の相談をしていた女性と結婚

 あれから8年が過ぎた。亡くなった母親と同様“人嫌い”で、「僕みたいに愛情の薄い人間が結婚なんかしちゃいけない」と自嘲気味に語っていた小田さんは、なんと結婚していた。

「母のことでたまたま知り合った福祉の相談員に、話を聞いてもらっていたんです。彼女は福祉系の大学を卒業していて福祉については詳しく、私の地元にも福祉関係のセミナー講師として来ていたんです。彼女は専門職だけあって、私のつらさを受け止めてくれて、母を看取ることができたのも彼女のおかげだと感謝していました」

 母親を看取った小田さんは、このまま彼女、松永理恵子さん(仮名・50)を失うのが怖かった。“人嫌い”だったはずの小田さんだったが、理恵子さんがなくてはならない存在になっていたという。

 小田さんは、理恵子さんにプロポーズした。理恵子さんも、これまで仕事一本でずっと独身だったのだ。ただ、結婚の障壁というほどではなかったが、唯一二人が結婚するのにためらった点は、小田さんは北関東で、理恵子さんは都心にある実家で母親と二人で暮らしていたことだった。

 小田さんは、理恵子さんとの結婚を機に、心機一転ゼロから人生をやり直そうと決めた。

「母も亡くなったし、私も地元にしがみついていても仕事が見つかるあてもない。都心に引っ越せば、地元にいるよりは仕事があるだろう。もし仕事がなかったとしても、彼女には手に職があるので食いはぐれることはないでしょう。そうなれば私が主夫業をして、彼女を支えてもいいと思ったんです」

 小田さんのことを心配していた友人たちも、小田さんの遅い春を心から祝福してくれたという。ほとんど接点のなかった母親なのに、「最期まで責任をもって介護したご褒美だ。神様はちゃんと見てくれていたね」と我がことのように喜んでくれた友人もいたし、「逆玉の輿だ」とやっかみ半分で冷やかす友人もいた、と寂しく笑う。

 寂しく、というのには理由があった。“逆玉の輿”どころか、小田さんには結婚前よりもっと厳しい現実が待っていたからだ。

 小田さんは逃げるように地元を出て、理恵子さんのもとに向かった。

「母が死んで間もなく、また役所から連絡が来たんです。今度はずっと音信不通だった父が、脳梗塞で倒れたというものでした……。やっと母の介護が終わって、彼女と人生を再スタートしようというときに、今度は父。これ以上、身勝手な親に振り回されるのはごめんだ。もう生活保護でもなんでもいいので、役所で好きなようにしてほしい。私はもう引っ越すので何もできない、と言って急いで引っ越したんです」

――続きは3月22日更新

 

音信不通の父が脳梗塞に――ゴミ屋敷暮らしの母を看取った一人息子、「親の身勝手」とこぼす理由

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。今回は、7年前の記事で紹介した、母親を介護するシングル一人息子のその後を追った。

あとは死ぬだけの母がうらやましい

 7年前にこんな記事(『あとは死ぬだけの母親がうらやましい』独身の一人息子が見た介護)を書いた。

 小田誠さん(仮名・55)は、親が離婚してから30年以上、父親からも母親からも距離を置いていた。母親は“人嫌い”で、実の息子と会おうともしなかったのだ。そんな母親の様子がおかしいと、近所の人が市に連絡をして、市の福祉担当者から小田さんに連絡が来た。

 ほぼゴミ屋敷で生活していた母親は、すでに認知症が進行していた。そのうえ無年金だったので、小田さんが生活保護の手続きをして、生活保護で入れる施設に入所させることができた。

 小田さんには、母親を扶養する力はなかった。アルバイトで食いつないで、ようやく暮らしている状況だったからだ。

 施設で暮らしていた母親はその後、誤嚥性肺炎を起こし入院した。小田さんのこともわからなくなり、あとは死を待つだけとなった。何度も「もうだめだろう」と言われては持ち直し、小田さんはそのたびにがっかりしていたと明かす。小田さんは長期入院も覚悟しながら、週1回、母のもとに通い続けた。生活保護を受けているので入院費用はかからないが、洗濯代を浮かすために、洗濯物を持ち帰る必要があったからだ。

「点滴で生かされて、死ぬこともできない。皮肉ですが、“死ぬまでは生かされる”んです。それでも、仕事もないのにまだあと30年は生きなきゃならない自分と比べると、あとは死ぬだけの母がうらやましい」

 痛切な言葉をもらしていた小田さん。今はどうしているのだろうか。

介護の相談をしていた女性と結婚

 あれから8年が過ぎた。亡くなった母親と同様“人嫌い”で、「僕みたいに愛情の薄い人間が結婚なんかしちゃいけない」と自嘲気味に語っていた小田さんは、なんと結婚していた。

「母のことでたまたま知り合った福祉の相談員に、話を聞いてもらっていたんです。彼女は福祉系の大学を卒業していて福祉については詳しく、私の地元にも福祉関係のセミナー講師として来ていたんです。彼女は専門職だけあって、私のつらさを受け止めてくれて、母を看取ることができたのも彼女のおかげだと感謝していました」

 母親を看取った小田さんは、このまま彼女、松永理恵子さん(仮名・50)を失うのが怖かった。“人嫌い”だったはずの小田さんだったが、理恵子さんがなくてはならない存在になっていたという。

 小田さんは、理恵子さんにプロポーズした。理恵子さんも、これまで仕事一本でずっと独身だったのだ。ただ、結婚の障壁というほどではなかったが、唯一二人が結婚するのにためらった点は、小田さんは北関東で、理恵子さんは都心にある実家で母親と二人で暮らしていたことだった。

 小田さんは、理恵子さんとの結婚を機に、心機一転ゼロから人生をやり直そうと決めた。

「母も亡くなったし、私も地元にしがみついていても仕事が見つかるあてもない。都心に引っ越せば、地元にいるよりは仕事があるだろう。もし仕事がなかったとしても、彼女には手に職があるので食いはぐれることはないでしょう。そうなれば私が主夫業をして、彼女を支えてもいいと思ったんです」

 小田さんのことを心配していた友人たちも、小田さんの遅い春を心から祝福してくれたという。ほとんど接点のなかった母親なのに、「最期まで責任をもって介護したご褒美だ。神様はちゃんと見てくれていたね」と我がことのように喜んでくれた友人もいたし、「逆玉の輿だ」とやっかみ半分で冷やかす友人もいた、と寂しく笑う。

 寂しく、というのには理由があった。“逆玉の輿”どころか、小田さんには結婚前よりもっと厳しい現実が待っていたからだ。

 小田さんは逃げるように地元を出て、理恵子さんのもとに向かった。

「母が死んで間もなく、また役所から連絡が来たんです。今度はずっと音信不通だった父が、脳梗塞で倒れたというものでした……。やっと母の介護が終わって、彼女と人生を再スタートしようというときに、今度は父。これ以上、身勝手な親に振り回されるのはごめんだ。もう生活保護でもなんでもいいので、役所で好きなようにしてほしい。私はもう引っ越すので何もできない、と言って急いで引っ越したんです」

――続きは3月22日更新

 

年収2000万円コスプレイヤーを操る“ママ”の素性――レイヤー業界の悲しき“弱肉強食”ピラミッド

カネと欲望が渦巻くコスプレ業界――40代“現役”コスプレイヤー・椎名蜜が、業界の闇をぶっちゃけます!

 3月6日、人気コスプレイヤー・えなこさんのカレンダーブックが、集英社から発売されました。コスプレイヤーなのに、漫画やアニメキャラクターの衣装を着た写真が一切なく、水着の写真がいっぱい収録されているようです。よくよく宣伝文句を見てみると、「あえてコスプレイヤーとしての要素をなくし、南国・グアムで本当にバカンスを過ごしているかのような姿を一冊に収めた」とのこと。もうコスプレイヤーではなく、グラビアアイドルとしてやっていくのでしょうか? まあ、えなこさんの行く先を決めるのは、本人ではなさそうですが――。

えなこを操る“元アイドル”乾曜子

 えなこさんの所属事務所・株式会社PPエンタープライズの社長である乾曜子さんは、「中野腐女子シスターズ(現在は“中野風女シスターズ”に改名)」のメンバーとしてアイドル活動をしており、2011年にグループを卒業。その後、前述の会社を立ち上げます。当時から現在に至るまで、えなこさんほか所属タレントのマネジメントや写真集制作、グッズ販売、イベントを開催し、安定的な収益を上げているようです。ちなみに、乾さんは13年に「Carnival☆Stars」というメイドカフェをプロデュースし、3店舗オープンしましたが、18年に全店閉店しています。

 私は、乾さんがまだ“無名コスプレイヤー”だった時から彼女を知っていますが、その頃から「アイドルになりたい!」という熱がすごく、自分で作ったホームページのプロフィールにも、「なぜアイドルになりたいのか」を長々と書いていて、ちょっと引いてしまったのを覚えています。

 「どうしてもアイドルになりたい」という気持ちからか、乾さんは当時、界隈では知らない人はいないほどの有名レイヤーCさん(残念ながら05年頃に引退)と仲良くなり、一緒に企業の公式レイヤーとして仕事をするまでになります。乾さんはこれで満足することなく、さらに企業側へ自分を売り込んでいて、はたから見ていて参考になると同時に、必死過ぎてマジで怖かったです。

 人によって態度がコロコロ変わる、という印象もありました。乾さんは権力者に媚び、仲良くなることでメリットがある同業者にしか愛想よくしない、それ以外には塩対応……。一方で、自分のファンには満面の笑みを見せており、こんな“裏の顔”があることは微塵も感じさせません。ある意味、プロですよね。乾さんは自分をよく見せる手段に長けているし、そうじゃないと生きていけない世界なんだなあ、とつくづく思います。

 乾さんは過去のインタビューなどで、「コスプレが好き」「コスプレ写真集の制作もイベントも、あくまで趣味」「イベントの企画は楽しいから好き」といった趣旨の話をしていましたが、要は「コスプレ(を利用してちやほやされること)が好き」なんだと思います。さらに、企業の公式コスプレイヤーなどの経験を経たことで、コスプレが“商売”になると知っているので、今の仕事はさぞ楽しいのではないでしょうか。

 私は彼女に一度、「自分が表に出るんじゃなくて、マネジメントの仕事には興味ないの?」と聞いたことがあります。すると「かわいくてお金になりそうな子がいないからね~」と返され、驚きました。ちなみに、乾さんからしたら私も「お金にならない子」だそうです(うるせーわ!)。しかし、今になって思えば「なるほど」の一言。確かにえなこさんは、「かわいくてファンが多く、お金になりそうな子」です。実際、18年に『有吉ジャポン』(TBS系)に出演した際、コスプレ関連の仕事で「年収2000万円」だと明かしていました。乾さんは運良くえなこさんと出会い、コスプレイヤーの“プロデュース”という道を見つけたのではないかな、と推測しています。

 まるで、歴の長いキャバクラ嬢が、自分の店をオープンして、ママになっていく過程を見ているかのようです。自分の太客を若い子に斡旋することで、店はオープン当初から大繁盛。長く業界にいただけに、キャバ嬢からの信頼も厚く、「この店で働きたい!」という野心のある子がたくさん寄ってきます。銀座のママ……いやいや、乾さんの手腕には脱帽です。

“野心”あるものだけが成功する、レイヤー界の弱肉強食

 そんな“乾ママ”の下で働く、「クラブPP」No.1の人気キャスト・えなこさんですが、彼女もまた、“裏の顔”を暴かれてしまったことがあります。数年前に、Twitterの裏アカウントが流出した事件です。

 えなこさんの裏アカウントとしてネット上に流出したTwitterでは、ほかのコスプレイヤーの外見をけなす発言が投稿されていました。どんな内容かというと、あるコスプレイヤーの“加工前”写真を投稿し、「気に入らないので修正してない写真おいておきますね」といい、「フォトショデブBBAレイヤー」と罵っていたのです。あまりの叩きっぷりに、彼女の友人が鍵アカウントを晒すという、“コスプレイヤーあるある”なドロドロした一件でした。

 なお、フォトショップなどの画像編集ソフトを使い、写真をちょっと“修整”するコスプレイヤーは結構います。しかし、えなこさんが「フォトショデブBBA」と叩いていたコスプレイヤーは、確かに“加工”が強めでした。コスプレ写真集の販売イベントで、本人が販売しているにもかかわらず、「すみません、○○さんはいないんですか?」と客に聞かれていた逸話は有名です。

 原形をとどめない過剰な加工をして写真集を売るコスプレイヤーがいれば、それを嘲笑う年収2000万円のコスプレイヤーもいて、さらにその上には、コスプレイヤーを「金になるかどうか」で見極める“ママ”がいる……。魑魅魍魎が跋扈するコスプレ業界で長年成功し続けるには、やはりどこか尋常ではない精神力と図太さ、そして誰よりも上に行こうとする野心が不可欠なのでしょう。

年収2000万円コスプレイヤーを操る“ママ”の素性――レイヤー業界の悲しき“弱肉強食”ピラミッド

カネと欲望が渦巻くコスプレ業界――40代“現役”コスプレイヤー・椎名蜜が、業界の闇をぶっちゃけます!

 3月6日、人気コスプレイヤー・えなこさんのカレンダーブックが、集英社から発売されました。コスプレイヤーなのに、漫画やアニメキャラクターの衣装を着た写真が一切なく、水着の写真がいっぱい収録されているようです。よくよく宣伝文句を見てみると、「あえてコスプレイヤーとしての要素をなくし、南国・グアムで本当にバカンスを過ごしているかのような姿を一冊に収めた」とのこと。もうコスプレイヤーではなく、グラビアアイドルとしてやっていくのでしょうか? まあ、えなこさんの行く先を決めるのは、本人ではなさそうですが――。

えなこを操る“元アイドル”乾曜子

 えなこさんの所属事務所・株式会社PPエンタープライズの社長である乾曜子さんは、「中野腐女子シスターズ(現在は“中野風女シスターズ”に改名)」のメンバーとしてアイドル活動をしており、2011年にグループを卒業。その後、前述の会社を立ち上げます。当時から現在に至るまで、えなこさんほか所属タレントのマネジメントや写真集制作、グッズ販売、イベントを開催し、安定的な収益を上げているようです。ちなみに、乾さんは13年に「Carnival☆Stars」というメイドカフェをプロデュースし、3店舗オープンしましたが、18年に全店閉店しています。

 私は、乾さんがまだ“無名コスプレイヤー”だった時から彼女を知っていますが、その頃から「アイドルになりたい!」という熱がすごく、自分で作ったホームページのプロフィールにも、「なぜアイドルになりたいのか」を長々と書いていて、ちょっと引いてしまったのを覚えています。

 「どうしてもアイドルになりたい」という気持ちからか、乾さんは当時、界隈では知らない人はいないほどの有名レイヤーCさん(残念ながら05年頃に引退)と仲良くなり、一緒に企業の公式レイヤーとして仕事をするまでになります。乾さんはこれで満足することなく、さらに企業側へ自分を売り込んでいて、はたから見ていて参考になると同時に、必死過ぎてマジで怖かったです。

 人によって態度がコロコロ変わる、という印象もありました。乾さんは権力者に媚び、仲良くなることでメリットがある同業者にしか愛想よくしない、それ以外には塩対応……。一方で、自分のファンには満面の笑みを見せており、こんな“裏の顔”があることは微塵も感じさせません。ある意味、プロですよね。乾さんは自分をよく見せる手段に長けているし、そうじゃないと生きていけない世界なんだなあ、とつくづく思います。

 乾さんは過去のインタビューなどで、「コスプレが好き」「コスプレ写真集の制作もイベントも、あくまで趣味」「イベントの企画は楽しいから好き」といった趣旨の話をしていましたが、要は「コスプレ(を利用してちやほやされること)が好き」なんだと思います。さらに、企業の公式コスプレイヤーなどの経験を経たことで、コスプレが“商売”になると知っているので、今の仕事はさぞ楽しいのではないでしょうか。

 私は彼女に一度、「自分が表に出るんじゃなくて、マネジメントの仕事には興味ないの?」と聞いたことがあります。すると「かわいくてお金になりそうな子がいないからね~」と返され、驚きました。ちなみに、乾さんからしたら私も「お金にならない子」だそうです(うるせーわ!)。しかし、今になって思えば「なるほど」の一言。確かにえなこさんは、「かわいくてファンが多く、お金になりそうな子」です。実際、18年に『有吉ジャポン』(TBS系)に出演した際、コスプレ関連の仕事で「年収2000万円」だと明かしていました。乾さんは運良くえなこさんと出会い、コスプレイヤーの“プロデュース”という道を見つけたのではないかな、と推測しています。

 まるで、歴の長いキャバクラ嬢が、自分の店をオープンして、ママになっていく過程を見ているかのようです。自分の太客を若い子に斡旋することで、店はオープン当初から大繁盛。長く業界にいただけに、キャバ嬢からの信頼も厚く、「この店で働きたい!」という野心のある子がたくさん寄ってきます。銀座のママ……いやいや、乾さんの手腕には脱帽です。

“野心”あるものだけが成功する、レイヤー界の弱肉強食

 そんな“乾ママ”の下で働く、「クラブPP」No.1の人気キャスト・えなこさんですが、彼女もまた、“裏の顔”を暴かれてしまったことがあります。数年前に、Twitterの裏アカウントが流出した事件です。

 えなこさんの裏アカウントとしてネット上に流出したTwitterでは、ほかのコスプレイヤーの外見をけなす発言が投稿されていました。どんな内容かというと、あるコスプレイヤーの“加工前”写真を投稿し、「気に入らないので修正してない写真おいておきますね」といい、「フォトショデブBBAレイヤー」と罵っていたのです。あまりの叩きっぷりに、彼女の友人が鍵アカウントを晒すという、“コスプレイヤーあるある”なドロドロした一件でした。

 なお、フォトショップなどの画像編集ソフトを使い、写真をちょっと“修整”するコスプレイヤーは結構います。しかし、えなこさんが「フォトショデブBBA」と叩いていたコスプレイヤーは、確かに“加工”が強めでした。コスプレ写真集の販売イベントで、本人が販売しているにもかかわらず、「すみません、○○さんはいないんですか?」と客に聞かれていた逸話は有名です。

 原形をとどめない過剰な加工をして写真集を売るコスプレイヤーがいれば、それを嘲笑う年収2000万円のコスプレイヤーもいて、さらにその上には、コスプレイヤーを「金になるかどうか」で見極める“ママ”がいる……。魑魅魍魎が跋扈するコスプレ業界で長年成功し続けるには、やはりどこか尋常ではない精神力と図太さ、そして誰よりも上に行こうとする野心が不可欠なのでしょう。

エンリケ、桜井野の花、愛沢えみり……同業者のキャバ嬢たちが語る「レジェンド」の本当の評判

 2018年、有名キャバ嬢の自叙伝が次々と発売されたことを契機に、世間の注目を浴び始めたキャバクラ嬢。特にここ1~2年はSNSでのインフルエンサー化が進み、愛沢えみり、桜井野の花、小川えり(エンリケ)……といった、多くのSNSフォロワー数を誇るキャバ嬢たち(元含む)が、テレビ出演、書籍出版、経営に進出など、幅広い活躍を見せている。そんなレジェンド級のキャバ嬢を、同業者はどう見ているのだろうか? 同業者人気の高い、一方でそうでないレジェンドキャバ嬢は誰なのか、その理由とともに聞いてみた。

■エンリケ、進撃のノア……同業者に人気のキャバ嬢は?

 まず、10代~20代前半のキャバ嬢の間で、真っ先に憧れのレジェンドキャバ嬢として名前が挙がったのは、大阪・北新地「club REIMS」の代表取締役で、キャバ嬢としても働く「進撃のノア」。年収2億円を稼ぐスーパーキャバ嬢として知られている。

「ノアちゃんのSNSはもちろんフォローしていますし、たまに『会えないかな?』と北新地で探しちゃうくらい大好きです。やっぱりほかのレジェンドキャバ嬢に比べ、25歳と圧倒的に若いし、かわいいですよね。スタイルも良いのに、病的な細さではなく、健康的で自然な細さなので憧れます。ノアちゃんを指名しているお客さんに聞いたことがあるのですが、店でもとにかく元気で、彼女が付いている卓はすぐわかると言ってました。私も早く売れて、同じ店で働きたいですね」(21歳・大阪ミナミ勤務)

 続いて人気嬢として名前が挙がったのは、現役引退したにもかかわらず、いまだに若いキャバ嬢から圧倒的な人気を誇る大阪・北新地「CLUB MON」の元キャバ嬢で、現在、キャバクラやクラブを展開する「A factory」取締役副社長の「門りょう」。高級シャンパン「アルマンド」を日本一売り上げ、アルマンドから表彰されたことから「アルマンド姉さん」の異名を取る。

「ほかのキャバ嬢はみんな同じような“整形顔”で区別がつかないんですが、門りょうちゃんの顔は個性があって良いと思います。インスタにブランド物をたくさん載せているのも『いかにもキャバ嬢!』って感じで憧れますね。あと、結婚で引退したのもカッコイイなと思いました。今は離婚しちゃったそうですが、副社長に就任したみたいで、男に頼らず生きていくカッコイイ女のお手本ですよね。それに今のキャバ嬢には珍しいギャルってところも好きなので、これからもずっと派手なままで突き進んでほしいです!」(19歳・大阪梅田勤務)

 「関西のキャバ嬢といえばこの2人」というイメージが強いものの、その人気はすでに全国区でもダントツなのだろう。

 続いては、インスタでの整形公表が話題になった東京・歌舞伎町「桜花」「花音」のオーナー社長「桜井野の花」。自らもキャバ嬢として勤務し、20年1月現在、95カ月連続ナンバー1という偉業を誇っている。

「最初、テレビで見たときは『シモネタばかり言って下品だなぁ……』と思ったのですが、見ているうちにハマっちゃって。インスタのストーリーで、よく質問を受け付けてるんですが、野の花ちゃんの回答が毎回面白いんです。自分のセックスやオナニーの話もあけすけにしてます(笑)。それに、私自身、整形に興味があるので、野の花ちゃんのYoutubeチャンネルも見ています。『二重整形のダウンタイム中で、前が見えない時の過ごし方』とか『失敗した整形』とかも隠さず話してくれるし、自分のこと『ブス』と言っちゃうのも好感が持てますね」(23歳・歌舞伎町勤務)

 桜井野の花は、ぶっちゃけトークとぶっ飛びキャラで、若いキャバ嬢に強烈なインパクトを与えている様子。

 「トーク術が勉強になる」と人気なのは、名古屋・錦「アールズカフェ」で、7年連続ナンバー1を張り、昨年引退発表したエンリケこと「小川えり」。現役時代、バースデーイベント3日間で、前人未踏の2億5000万円を売り上げ、同業者の度肝を抜いた。

「ルックスや美容系のインフルエンサーとして売るキャバ嬢が多い中、エンリケさんは自ら『顔で売っていない、自分はトーク!』と公言したり、シャンパンを直瓶したり……と、『接客のプロフェッショナルこそ真のキャバ嬢』って感じで好きです。私は自分の顔が好きじゃなくて、子どもの頃いじめられたこともあったので、エンリケさんのようになりたいと思っていろいろ勉強しています。エンリケさんのYouTubeチャンネルも見てるんですが、すごく気さくで人間性が出ていて、なんか味があるんですよね」(27歳・西東京市勤務)

■愛沢えみりはキレイだけど……評判がいまいちなキャバ嬢は?

 一方で、レジェンドキャバ嬢ながら、同業者からあまり支持を得ていない人物は誰なのか。まず名前が挙がったのが、自身プロデュースの東京・歌舞伎町「フォーティーファイブ」の元キャバ嬢で、現在、美容、飲食店等のプロデュース、モデルマネジメント、PR事業などを取り扱う「voyage」代表取締役の「愛沢えみり」だ。

「えみりさんはキレイだし憧れはあるんですが……インスタがキラキラしすぎていて、自分とは別世界の女性という感じで、共感できないんですよね……。やっぱり、病みツイートをしているキャバ嬢のほうが、身近に感じられるし、よく見ちゃいます。今は引退しちゃったけれど、東京・池袋『エンジェルフェザー』の『みやめこ』とか。みやめこちゃんは、トークイベントもやっていて、そこでリアルな話を聞けるのがいいんですよね。『お客さん、私病んでます』みたいな感じで(笑)。昔と違って、今はマイナスの部分や闇の部分を全部ぶっちゃけているキャバ嬢のほうが、人気があると思います」(20歳・大阪ミナミ勤務)

 レジェンドすぎると共感できない……というのが今どきの若い女性の考えだそう。また、愛沢えみりに関しては、こんな意見も聞かれた。

「えみりちゃんと、あと同じ『フォーティーファイブ』のキャバ嬢である『一条響』ちゃんは、体が細すぎるので、見ていて不安になるんですよね。前は2人のようなガリガリに憧れていたこともあったのですが、最近は筋トレブームもあって、健康的で引き締まった体のほうに憧れます。キャバ嬢でいうと、『杉浦舞』ちゃん(東京・六本木「ClubLalah」)とか、キャバ嬢ではないですが、『姉ageha』(主婦の友社)の元モデル『ゆんころ(小原優花)』ちゃんとか。歌舞伎町はガリガリのほうが受けるかもしれないけれど、私の勤務している横浜のキャバクラだと、お客さんに『病んでる?』と思われて、引かれてしまうんですよね」(24歳・横浜勤務)

 また、ほかにはこんなキャバ嬢の名前も挙がった。

「以前、えみりちゃんと同じ『フォーティーファイブ』に勤務していた『天使かれん』ちゃん。めちゃくちゃ可愛くって好きだったんですが、テレビに出たときに、一言もしゃべらなかったんですよ! いくら可愛くても会話が全然ダメなのはちょっと……と思いましたね。店でもあまりしゃべったり営業するほうじゃないと知って、顔が可愛いからいいけど、ちゃんとやればめちゃくちゃ稼げるのに……とも。今は辞めちゃったそうなのですが、あまりにも早い引退だったので、残念。やっぱり、ちゃんと出勤と営業をして頑張っているキャバ嬢こそがカリスマだと思いますよ」(27歳・名古屋勤務)

 「嫌われている」「不人気」というわけではないが、愛沢えみりのように非現実すぎる完璧なキャバ嬢よりも、全てをオープンにしている自然体なキャバ嬢のほうが、今の若いキャバ嬢には人気がある模様。新型コロナウイルスの影響もあってか、キャバクラ業界も不況の中、明るいレジェンドキャバ嬢のSNSを見て癒やされるのもいいかもしれない。
(結城)

エンリケ、桜井野の花、愛沢えみり……同業者のキャバ嬢たちが語る「レジェンド」の本当の評判

 2018年、有名キャバ嬢の自叙伝が次々と発売されたことを契機に、世間の注目を浴び始めたキャバクラ嬢。特にここ1~2年はSNSでのインフルエンサー化が進み、愛沢えみり、桜井野の花、小川えり(エンリケ)……といった、多くのSNSフォロワー数を誇るキャバ嬢たち(元含む)が、テレビ出演、書籍出版、経営に進出など、幅広い活躍を見せている。そんなレジェンド級のキャバ嬢を、同業者はどう見ているのだろうか? 同業者人気の高い、一方でそうでないレジェンドキャバ嬢は誰なのか、その理由とともに聞いてみた。

■エンリケ、進撃のノア……同業者に人気のキャバ嬢は?

 まず、10代~20代前半のキャバ嬢の間で、真っ先に憧れのレジェンドキャバ嬢として名前が挙がったのは、大阪・北新地「club REIMS」の代表取締役で、キャバ嬢としても働く「進撃のノア」。年収2億円を稼ぐスーパーキャバ嬢として知られている。

「ノアちゃんのSNSはもちろんフォローしていますし、たまに『会えないかな?』と北新地で探しちゃうくらい大好きです。やっぱりほかのレジェンドキャバ嬢に比べ、25歳と圧倒的に若いし、かわいいですよね。スタイルも良いのに、病的な細さではなく、健康的で自然な細さなので憧れます。ノアちゃんを指名しているお客さんに聞いたことがあるのですが、店でもとにかく元気で、彼女が付いている卓はすぐわかると言ってました。私も早く売れて、同じ店で働きたいですね」(21歳・大阪ミナミ勤務)

 続いて人気嬢として名前が挙がったのは、現役引退したにもかかわらず、いまだに若いキャバ嬢から圧倒的な人気を誇る大阪・北新地「CLUB MON」の元キャバ嬢で、現在、キャバクラやクラブを展開する「A factory」取締役副社長の「門りょう」。高級シャンパン「アルマンド」を日本一売り上げ、アルマンドから表彰されたことから「アルマンド姉さん」の異名を取る。

「ほかのキャバ嬢はみんな同じような“整形顔”で区別がつかないんですが、門りょうちゃんの顔は個性があって良いと思います。インスタにブランド物をたくさん載せているのも『いかにもキャバ嬢!』って感じで憧れますね。あと、結婚で引退したのもカッコイイなと思いました。今は離婚しちゃったそうですが、副社長に就任したみたいで、男に頼らず生きていくカッコイイ女のお手本ですよね。それに今のキャバ嬢には珍しいギャルってところも好きなので、これからもずっと派手なままで突き進んでほしいです!」(19歳・大阪梅田勤務)

 「関西のキャバ嬢といえばこの2人」というイメージが強いものの、その人気はすでに全国区でもダントツなのだろう。

 続いては、インスタでの整形公表が話題になった東京・歌舞伎町「桜花」「花音」のオーナー社長「桜井野の花」。自らもキャバ嬢として勤務し、20年1月現在、95カ月連続ナンバー1という偉業を誇っている。

「最初、テレビで見たときは『シモネタばかり言って下品だなぁ……』と思ったのですが、見ているうちにハマっちゃって。インスタのストーリーで、よく質問を受け付けてるんですが、野の花ちゃんの回答が毎回面白いんです。自分のセックスやオナニーの話もあけすけにしてます(笑)。それに、私自身、整形に興味があるので、野の花ちゃんのYoutubeチャンネルも見ています。『二重整形のダウンタイム中で、前が見えない時の過ごし方』とか『失敗した整形』とかも隠さず話してくれるし、自分のこと『ブス』と言っちゃうのも好感が持てますね」(23歳・歌舞伎町勤務)

 桜井野の花は、ぶっちゃけトークとぶっ飛びキャラで、若いキャバ嬢に強烈なインパクトを与えている様子。

 「トーク術が勉強になる」と人気なのは、名古屋・錦「アールズカフェ」で、7年連続ナンバー1を張り、昨年引退発表したエンリケこと「小川えり」。現役時代、バースデーイベント3日間で、前人未踏の2億5000万円を売り上げ、同業者の度肝を抜いた。

「ルックスや美容系のインフルエンサーとして売るキャバ嬢が多い中、エンリケさんは自ら『顔で売っていない、自分はトーク!』と公言したり、シャンパンを直瓶したり……と、『接客のプロフェッショナルこそ真のキャバ嬢』って感じで好きです。私は自分の顔が好きじゃなくて、子どもの頃いじめられたこともあったので、エンリケさんのようになりたいと思っていろいろ勉強しています。エンリケさんのYouTubeチャンネルも見てるんですが、すごく気さくで人間性が出ていて、なんか味があるんですよね」(27歳・西東京市勤務)

■愛沢えみりはキレイだけど……評判がいまいちなキャバ嬢は?

 一方で、レジェンドキャバ嬢ながら、同業者からあまり支持を得ていない人物は誰なのか。まず名前が挙がったのが、自身プロデュースの東京・歌舞伎町「フォーティーファイブ」の元キャバ嬢で、現在、美容、飲食店等のプロデュース、モデルマネジメント、PR事業などを取り扱う「voyage」代表取締役の「愛沢えみり」だ。

「えみりさんはキレイだし憧れはあるんですが……インスタがキラキラしすぎていて、自分とは別世界の女性という感じで、共感できないんですよね……。やっぱり、病みツイートをしているキャバ嬢のほうが、身近に感じられるし、よく見ちゃいます。今は引退しちゃったけれど、東京・池袋『エンジェルフェザー』の『みやめこ』とか。みやめこちゃんは、トークイベントもやっていて、そこでリアルな話を聞けるのがいいんですよね。『お客さん、私病んでます』みたいな感じで(笑)。昔と違って、今はマイナスの部分や闇の部分を全部ぶっちゃけているキャバ嬢のほうが、人気があると思います」(20歳・大阪ミナミ勤務)

 レジェンドすぎると共感できない……というのが今どきの若い女性の考えだそう。また、愛沢えみりに関しては、こんな意見も聞かれた。

「えみりちゃんと、あと同じ『フォーティーファイブ』のキャバ嬢である『一条響』ちゃんは、体が細すぎるので、見ていて不安になるんですよね。前は2人のようなガリガリに憧れていたこともあったのですが、最近は筋トレブームもあって、健康的で引き締まった体のほうに憧れます。キャバ嬢でいうと、『杉浦舞』ちゃん(東京・六本木「ClubLalah」)とか、キャバ嬢ではないですが、『姉ageha』(主婦の友社)の元モデル『ゆんころ(小原優花)』ちゃんとか。歌舞伎町はガリガリのほうが受けるかもしれないけれど、私の勤務している横浜のキャバクラだと、お客さんに『病んでる?』と思われて、引かれてしまうんですよね」(24歳・横浜勤務)

 また、ほかにはこんなキャバ嬢の名前も挙がった。

「以前、えみりちゃんと同じ『フォーティーファイブ』に勤務していた『天使かれん』ちゃん。めちゃくちゃ可愛くって好きだったんですが、テレビに出たときに、一言もしゃべらなかったんですよ! いくら可愛くても会話が全然ダメなのはちょっと……と思いましたね。店でもあまりしゃべったり営業するほうじゃないと知って、顔が可愛いからいいけど、ちゃんとやればめちゃくちゃ稼げるのに……とも。今は辞めちゃったそうなのですが、あまりにも早い引退だったので、残念。やっぱり、ちゃんと出勤と営業をして頑張っているキャバ嬢こそがカリスマだと思いますよ」(27歳・名古屋勤務)

 「嫌われている」「不人気」というわけではないが、愛沢えみりのように非現実すぎる完璧なキャバ嬢よりも、全てをオープンにしている自然体なキャバ嬢のほうが、今の若いキャバ嬢には人気がある模様。新型コロナウイルスの影響もあってか、キャバクラ業界も不況の中、明るいレジェンドキャバ嬢のSNSを見て癒やされるのもいいかもしれない。
(結城)