天皇に口説かれた女官が“本音”暴露! 皇后様に上から目線で問題発言!?【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

――前回までは、大正天皇にグイグイ迫られていた女官・山川三千子についてうかがってきましたが、そんな彼女もついに女官を退官する時がきたのですね。

堀江宏樹(以下、堀江) 大正3年(1914年)のことです。退官の挨拶を聞いた時、大正天皇の皇后である貞明皇后はうれしそうで「大嫌い」と公言していた彼女にもやさしかったそうです(笑)。

――ライバルが減った! という感覚でしょうか。

堀江 はっきりいうとそうですね。ご自分の深い嫉妬心に悩んでおられたのは事実ですから。大正天皇の女官たちに対する“無邪気”な態度に翻弄された皇后様ご本人が一番お苦しかったとは思いますが……山川三千子も、「二度と女官になることはない!」と言って、宮中を去っています。ところがその後も、大正天皇は、山川三千子の結婚式の様子を、山川の実弟に頼んで報告させようとしたり、それを知った山川が気味悪がったり……と、ひと悶着がありました。しかし、大正15年(1926年)、つまり彼女が宮中を退いてかなりたった後のことですが、大正天皇が亡くなられたと知ると山川三千子は「ご不幸な陛下」に「ご同情もうしあげる」と、涙をさめざめと流しているんですね。

――「ご同情」という言い方がなんとも……。

堀江 大した上から目線ですよね(笑)。山川三千子は貞明皇后からも「大嫌い」な「生意気な娘」と評されていましたし、最後までわだかまりがあったのかもしれません。

 こうして山川三千子は、大正天皇から「写真をくれ」と言われたり、天皇の彼女への好意にピンときた皇后から激しく嫉妬されるような時間を過ごしたわけです。が、自分が別の男性との幸せな結婚生活を送るようになると、結局は大正天皇が「ご不幸な方だから、これくらいのことはお許ししてさしあげなきゃ」という思いのほうが強かったのかもしれませんね。大正天皇が「ご不幸」だと彼女が考える理由として、天皇が次のような発言をしたということが山川三千子の回想録『女官』には出てきます。原文ママで引用しますと、

「わたしを生んだのは早蕨(=柳原愛子典侍)か、おたた様(=昭憲皇后)から生まれた大清(おおぎよ)だと思っていたのに」

 歴史好きには有名な発言です。大正天皇は明治天皇と昭憲皇后を非常に尊敬していたので、「母と慕ってきた皇后陛下ではなく、自分が側室から生まれた子だったという事実に大正天皇は強いショックを受けた」と今日では解説されますね。しかし、より「オリジナル」に近いであろう言葉遣いで見ると、注目すべきポイントがやはり別にあるな、と。

 気になるのは、「自分は大清ではなかった」という部分です。大清とは天皇家、皇族の方々のこと。つまり、自分がそれ以外の臣下の腹から生まれたのが残念! というようなことを、いくら戦前の身分社会にせよ、公言してはばからない大正天皇に山川三千子は「違和感」を抱いたようだし、彼女と同じ感想を持つ女官が、ほかにもいたということなんですね

 たしかに大正天皇は自分の「出生の秘密」に深く傷ついたはずです。それを知らなかったのは、ご自身だけだった、つまり他人には公然の秘密だったという事実も含めて。しかし、山川三千子が言いたいのは、はっきりとそれを天皇(もしくは皇太子として)が口にしてしまうことは、「軽率だったのではないか?」ということでしょうね。ご自分では子どもを成すことができなかった昭憲皇后を深く傷つけ、大正天皇の生みの母である早蕨典侍こと、柳原愛子典侍にも、おそらくこの発言によってつらい思いをさせてしまっていますしね。もちろん、明治天皇だってお悲しかったはず。ご自分がショックをいくら受けたところで、こういうことはデリケートな問題なのだから、そこは黙って耐えるべきであった、声にしたところで、誰も幸せにはなれないのに……と山川三千子は言いたかったのではないでしょうか。

 山川三千子の大正天皇への「違和感」は、そのお人柄が天皇という重責を担うべき方にしては「軽すぎる」というところに尽きるようです。それこそ前にもお話ししたように、山川三千子にとって大正天皇は「人間的すぎた」のでしょう。しかし山川三千子は、大正天皇よりも貞明皇后に厳しい目を向けていますね。

――夫の非は妻の非というアレですか?

堀江 そうですねぇ。現代でも卑劣な皇室バッシングって、皇室に嫁入りした立場の女性皇族に向かって浴びせられることが大半じゃないですか? 男性皇族は叩きにくいのでしょう。なんだかあれと構造は似ている気がします。

 大正天皇の崩御後、貞明皇后は皇太后となります。そして皇太后は崩御なさるまでの長い期間をずっと喪服で過ごされました。しかし皇太后が「黒衣の人」となった理由は、亡き大正天皇に対して「ざんげのお心持ち」が皇太后の中にあったからではないかと山川三千子は言うのです。またしても、大した上から目線ですよね(笑)。貞明皇后は山川三千子よりも8歳ほど年上です。すべての意味で目上の皇后様に対してもズバズバと意見を言ってしまうんだから、ほんとすごいですよね。

 山川はその後も「天皇があられたればこそ、皇后に(貞明皇后は)なられたのですから」などと言ってのけ、ほかにも「お内儀では(=私生活では)あまり何事も(大正天皇の)思召のようにならず、時には御不満のご様子などもあるとやら(略)いとど御同情申し上げてはおりましたが、こんなにお若くて崩御になろうとは夢にも思いませんでした(山川三千子『女官』)」なんてことも。これを要約すれば、皇后は天皇を自由にさせてあげなかった。何の欲求不満かは知りませんが(笑)、天皇をくすぶらせていた。そんな態度は妻としてよかったのか? ということでしょう。

 御自分を生んだ女性が皇后陛下ではなかった事実にショックを受けた大正天皇は、自発的に側室を持とうとしなかったと一般的には言われます。ただ、史実でそのお姿を追う限り、大正天皇は山川三千子のみならず多くの女官にフレンドリーに接し、貞明皇后を嫉妬させつづけてもいました。一方で、それでも側室的存在が最後まで出現しなかったのは、貞明皇后が夫の女性関係を厳しく監視し続けていた「成果」ともいえるでしょう。ただ監視については、明らかに行き過ぎであって、皇后としても越権行為だったのではないか……と山川三千子は考え、『女官』に記しているようです。

――自分は大正天皇からアプローチされても、断固拒絶だったのに?

堀江 そう! ひとりの女性としての彼女は「ほかに想う男性がいる私は、天皇様のアプローチを受け入れることはできない」と拒絶しています。一方、女官としては「皇后様は嫉妬なさったりせず、天皇様の自由にさせてあげたらよかったのに」などとほのめかしている。ひとりの女性としての感覚と、女官としての感覚が2つに、見事に引き裂かれている。ちょっと困った人ですね(笑)。

 歴史好きの人たちの間では、『女官』は「知る人ぞ知る」といった問題の書です。しかし、こういう問題となる部分はページ数にすると全体の4分の1程度。本の一番最後の部分だけですが、この印象が非常に強い本ではあります。

――『女官』については山川三千子が貞明皇后に向かって、女としては私のほうが上だといわんがばかりの「マウンティング」を行っているというレビューもネット上で散見されますよね。

堀江 はい。しかし問題とされる箇所も、実際に読んでみれば、そこまでではなかったですね。ちなみに、山川三千子は皇后様より、先輩や同僚に対してはあからさまに辛辣なのです。自分の「世話親」で、大正天皇の生母だった柳原愛子については女官としても、側室としても「ちょっと中途はんぱ」な存在と言い切っていますね。「身体も小さく誠にじみな性格」とか、どうしてこんな女の人が明治天皇に愛されたのかしら、とでも言いたいかのようです(笑)。

 他にも「柳内侍」と呼ばれていた女官が「美女で才女」と今の世間では評されているのに、山川はイライラを隠しません。彼女のことを「才女ではあったのでしょうが、どこから誰が見たらお美しかったのか」などと言い捨てているので、まぁ……。ただ、明治~大正時代の宮中には「柳内侍」という女官はおらず、柳権掌侍、後には柳掌侍になった小池道子の書き間違え、もしくは記憶違いでしょうか。

 もしかしたらわざと間違えることで、「私の記憶にも残らない小物の女だったわ!」と山川三千子は言いたいのかもしれませんが(笑)。それにしてもこの『女官』という本、女だけの世界は一筋縄では生きてはいけないことがよくわかる書でしたね。ご興味を持った方は、ぜひ、実物をお読みください。ハラハラ・ドキドキできる箇所もありますよ。

天皇に口説かれた女官が“本音”暴露! 皇后様に上から目線で問題発言!?【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

――前回までは、大正天皇にグイグイ迫られていた女官・山川三千子についてうかがってきましたが、そんな彼女もついに女官を退官する時がきたのですね。

堀江宏樹(以下、堀江) 大正3年(1914年)のことです。退官の挨拶を聞いた時、大正天皇の皇后である貞明皇后はうれしそうで「大嫌い」と公言していた彼女にもやさしかったそうです(笑)。

――ライバルが減った! という感覚でしょうか。

堀江 はっきりいうとそうですね。ご自分の深い嫉妬心に悩んでおられたのは事実ですから。大正天皇の女官たちに対する“無邪気”な態度に翻弄された皇后様ご本人が一番お苦しかったとは思いますが……山川三千子も、「二度と女官になることはない!」と言って、宮中を去っています。ところがその後も、大正天皇は、山川三千子の結婚式の様子を、山川の実弟に頼んで報告させようとしたり、それを知った山川が気味悪がったり……と、ひと悶着がありました。しかし、大正15年(1926年)、つまり彼女が宮中を退いてかなりたった後のことですが、大正天皇が亡くなられたと知ると山川三千子は「ご不幸な陛下」に「ご同情もうしあげる」と、涙をさめざめと流しているんですね。

――「ご同情」という言い方がなんとも……。

堀江 大した上から目線ですよね(笑)。山川三千子は貞明皇后からも「大嫌い」な「生意気な娘」と評されていましたし、最後までわだかまりがあったのかもしれません。

 こうして山川三千子は、大正天皇から「写真をくれ」と言われたり、天皇の彼女への好意にピンときた皇后から激しく嫉妬されるような時間を過ごしたわけです。が、自分が別の男性との幸せな結婚生活を送るようになると、結局は大正天皇が「ご不幸な方だから、これくらいのことはお許ししてさしあげなきゃ」という思いのほうが強かったのかもしれませんね。大正天皇が「ご不幸」だと彼女が考える理由として、天皇が次のような発言をしたということが山川三千子の回想録『女官』には出てきます。原文ママで引用しますと、

「わたしを生んだのは早蕨(=柳原愛子典侍)か、おたた様(=昭憲皇后)から生まれた大清(おおぎよ)だと思っていたのに」

 歴史好きには有名な発言です。大正天皇は明治天皇と昭憲皇后を非常に尊敬していたので、「母と慕ってきた皇后陛下ではなく、自分が側室から生まれた子だったという事実に大正天皇は強いショックを受けた」と今日では解説されますね。しかし、より「オリジナル」に近いであろう言葉遣いで見ると、注目すべきポイントがやはり別にあるな、と。

 気になるのは、「自分は大清ではなかった」という部分です。大清とは天皇家、皇族の方々のこと。つまり、自分がそれ以外の臣下の腹から生まれたのが残念! というようなことを、いくら戦前の身分社会にせよ、公言してはばからない大正天皇に山川三千子は「違和感」を抱いたようだし、彼女と同じ感想を持つ女官が、ほかにもいたということなんですね

 たしかに大正天皇は自分の「出生の秘密」に深く傷ついたはずです。それを知らなかったのは、ご自身だけだった、つまり他人には公然の秘密だったという事実も含めて。しかし、山川三千子が言いたいのは、はっきりとそれを天皇(もしくは皇太子として)が口にしてしまうことは、「軽率だったのではないか?」ということでしょうね。ご自分では子どもを成すことができなかった昭憲皇后を深く傷つけ、大正天皇の生みの母である早蕨典侍こと、柳原愛子典侍にも、おそらくこの発言によってつらい思いをさせてしまっていますしね。もちろん、明治天皇だってお悲しかったはず。ご自分がショックをいくら受けたところで、こういうことはデリケートな問題なのだから、そこは黙って耐えるべきであった、声にしたところで、誰も幸せにはなれないのに……と山川三千子は言いたかったのではないでしょうか。

 山川三千子の大正天皇への「違和感」は、そのお人柄が天皇という重責を担うべき方にしては「軽すぎる」というところに尽きるようです。それこそ前にもお話ししたように、山川三千子にとって大正天皇は「人間的すぎた」のでしょう。しかし山川三千子は、大正天皇よりも貞明皇后に厳しい目を向けていますね。

――夫の非は妻の非というアレですか?

堀江 そうですねぇ。現代でも卑劣な皇室バッシングって、皇室に嫁入りした立場の女性皇族に向かって浴びせられることが大半じゃないですか? 男性皇族は叩きにくいのでしょう。なんだかあれと構造は似ている気がします。

 大正天皇の崩御後、貞明皇后は皇太后となります。そして皇太后は崩御なさるまでの長い期間をずっと喪服で過ごされました。しかし皇太后が「黒衣の人」となった理由は、亡き大正天皇に対して「ざんげのお心持ち」が皇太后の中にあったからではないかと山川三千子は言うのです。またしても、大した上から目線ですよね(笑)。貞明皇后は山川三千子よりも8歳ほど年上です。すべての意味で目上の皇后様に対してもズバズバと意見を言ってしまうんだから、ほんとすごいですよね。

 山川はその後も「天皇があられたればこそ、皇后に(貞明皇后は)なられたのですから」などと言ってのけ、ほかにも「お内儀では(=私生活では)あまり何事も(大正天皇の)思召のようにならず、時には御不満のご様子などもあるとやら(略)いとど御同情申し上げてはおりましたが、こんなにお若くて崩御になろうとは夢にも思いませんでした(山川三千子『女官』)」なんてことも。これを要約すれば、皇后は天皇を自由にさせてあげなかった。何の欲求不満かは知りませんが(笑)、天皇をくすぶらせていた。そんな態度は妻としてよかったのか? ということでしょう。

 御自分を生んだ女性が皇后陛下ではなかった事実にショックを受けた大正天皇は、自発的に側室を持とうとしなかったと一般的には言われます。ただ、史実でそのお姿を追う限り、大正天皇は山川三千子のみならず多くの女官にフレンドリーに接し、貞明皇后を嫉妬させつづけてもいました。一方で、それでも側室的存在が最後まで出現しなかったのは、貞明皇后が夫の女性関係を厳しく監視し続けていた「成果」ともいえるでしょう。ただ監視については、明らかに行き過ぎであって、皇后としても越権行為だったのではないか……と山川三千子は考え、『女官』に記しているようです。

――自分は大正天皇からアプローチされても、断固拒絶だったのに?

堀江 そう! ひとりの女性としての彼女は「ほかに想う男性がいる私は、天皇様のアプローチを受け入れることはできない」と拒絶しています。一方、女官としては「皇后様は嫉妬なさったりせず、天皇様の自由にさせてあげたらよかったのに」などとほのめかしている。ひとりの女性としての感覚と、女官としての感覚が2つに、見事に引き裂かれている。ちょっと困った人ですね(笑)。

 歴史好きの人たちの間では、『女官』は「知る人ぞ知る」といった問題の書です。しかし、こういう問題となる部分はページ数にすると全体の4分の1程度。本の一番最後の部分だけですが、この印象が非常に強い本ではあります。

――『女官』については山川三千子が貞明皇后に向かって、女としては私のほうが上だといわんがばかりの「マウンティング」を行っているというレビューもネット上で散見されますよね。

堀江 はい。しかし問題とされる箇所も、実際に読んでみれば、そこまでではなかったですね。ちなみに、山川三千子は皇后様より、先輩や同僚に対してはあからさまに辛辣なのです。自分の「世話親」で、大正天皇の生母だった柳原愛子については女官としても、側室としても「ちょっと中途はんぱ」な存在と言い切っていますね。「身体も小さく誠にじみな性格」とか、どうしてこんな女の人が明治天皇に愛されたのかしら、とでも言いたいかのようです(笑)。

 他にも「柳内侍」と呼ばれていた女官が「美女で才女」と今の世間では評されているのに、山川はイライラを隠しません。彼女のことを「才女ではあったのでしょうが、どこから誰が見たらお美しかったのか」などと言い捨てているので、まぁ……。ただ、明治~大正時代の宮中には「柳内侍」という女官はおらず、柳権掌侍、後には柳掌侍になった小池道子の書き間違え、もしくは記憶違いでしょうか。

 もしかしたらわざと間違えることで、「私の記憶にも残らない小物の女だったわ!」と山川三千子は言いたいのかもしれませんが(笑)。それにしてもこの『女官』という本、女だけの世界は一筋縄では生きてはいけないことがよくわかる書でしたね。ご興味を持った方は、ぜひ、実物をお読みください。ハラハラ・ドキドキできる箇所もありますよ。

メルカリは金銭感覚をぶっこわす、“魔法”のツール――フリマアプリで「価格の高い順から」検索し、40万円もお得に!?


――2年で1,300万円以上溶かし、現在借金は●00万円の“買い物狂い”のライターが、苦しくも楽しい「散財」の日々を綴ります。

「『買い物狂いになりたくないヤツは、これをやるな!』っていうものを1個挙げてください」という取材依頼が来たら、「フリマアプリだよ、フリマアプリ! なにかに依存しやすいヤツは絶対手を出しちゃだめっすよ!」と、唾を飛ばしながら力説しようと思っています。

 フリマアプリといえば、『中古の商品が安く買えるアプリ』、『家の中に眠っていたガラクタが売れるアプリ』と数年前から大人気ですが、私がキャッチコピーをつけるなら『金銭感覚をぶっ壊す魔法のアプリ』にしますね。あれはね、麻薬だよ、麻薬。最初はちょっと楽しい世界を覗いている感覚だけど、気づいたらもう戻れなくなるんだ……。

 私がフリマアプリを利用し始めたキッカケは、『流行っているから、ちょっと見てみよう』というものでした。

 フリマアプリって、一度やってみると本当に楽しい。膨大な商品の中から「いいね」をつける作業が楽しいし、いざ商品を購入して『出荷しました』の通知が出ると、何とも言えないワクワク感。商品が家に着いて、中身を開ける瞬間とか、もう最高なんですよ!

 私、ギャンブルはやったことがないんですが、ギャンブルの同じくらいの高揚感が味わえると思います。良い商品か、悪い商品か、当たるも八卦当たらぬも八卦みたいな!

 そのうち、私は寝る前や空き時間にフリマアプリをチェックするのが趣味になりました。ええ、ここでも依存体質っぷりをどっぷり発揮したんですよね……へへ。

 フリマアプリには、それはもう大量の商品が掲載されています。『ネックレス』とか『トップス』とかで検索すると、とんでもない数の商品が出てきます。最初は『新着順』に眺めて、980円や1,500円くらいの商品をちょこちょこ買ってみて、「失敗したなあ」とか、「お。これはけっこういいかも!」とプチギャンブルを楽しんでいた私ですが、次第に「……あれ、なんか私、失敗ばかりしてない……?」と購入履歴を見ながら首を傾げるようになりました。

 やっぱり1,000円以下の商品って値段相応。元値5,000円の使いかけの化粧品を買った時は、写真で見るよりめちゃくちゃ使われていて、「何これ~!?」って思いましたし、1,000円で購入したネックレスは、すごくちゃっちくて、子供向けのおもちゃみたいだなと思いました。

 それもそのはず、1,000円以下の商品で3,000円以上の価値のあるものがあることなんて、なかなかないんですよね。売る側だって、購入するときはその商品が欲しくて買ったわけですし、プチプラのものは「買いたい」というライバルもいっぱいいるので、お得なものはすぐに売れてしまうのです。

 そんなある日、私は『50万円で購入したブレスレット』が10万円で売られているのを見つけました。出品者さんは、ジュエリーが大好きな人で、その50万円のブレスレットはオーダーして作ったのとのこと。でも、金具が緩んでいたのか、一度落としそうになったのだそうです。で、そのときにすごく恐怖を感じ、「また落としたらどうしよう……」と思ってしまって、そのブレスレットを身に付けられなくなってしまったんだって。私が見かけたときには、「25万円でスタートしましたが、最終価格10万円に値下げします」と書かれていました。

「50万円が10万円……!? ってことは、これ買えば40万円の得なのか……!?」

 これです、この発想。これこそがフリマアプリに潜む『魔』……。1,000円のものを買っていた時は、めちゃくちゃ割引されていても、元値3,000円のものが限界でしたが、高価格の商品になると、10万円とか20万円が普通に割引されていました。売値がそもそも高いので、ライバルも少ない……。

 ここに気づいた瞬間から、私のフリマライフが一変しました。商品は新着順ではなく、『価格が高い順』から見るのが私のスタンダードになったのです。

『価格が高い順』に直すと、フリマアプリはマジで楽しいです。自分の普段の生活では見ることがない商品がずらずら出てくるんですもん。元値500万のパライバトルマリンのリングとか、150万円の毛皮、40万円のジーンズ……。面白いことに、高価格のアイテムのほうが、出品者さんも「売りたい!」と本気を出すので、商品の説明文が楽しいのです。その商品を購入したときの気持ちや思い出、その商品の価値について詳しく書かれていて、写真もきれいに取られていて、その上、元値の半額や3分の1以下で売られています。

「の、脳内麻薬がでまくるうううううう!!!!」

 出品者さんと話すのもまた楽しいひと時でした。商品に関する質問をしたり、時には「○○万円までなら頑張れるのですが、いかがでしょうか……?」と値下げをお願いしたり……。価格交渉中、出品者さんからメッセージが来たという通知がくるたびに、私の心臓はバクバクと波打ち、「生きてる!!」という感じがしました。まるで告白の返事を聞くように、そっとスマホの画面を開いて……。

出品者さん「そちらの価格で良いですよ」
私「本当ですか!? 嬉しいです! 購入させてください!」

 思わず、「勝利――――!!!!」みたいな……(20万円のブレスレットお買い上げ)。

 フリマアプリで『価格が高い順』に検索していくうちに、どんどん金銭感覚がマヒして「○○万円も安く買える!」という喜びのために購入するようになりました。ほんといろいろ買ったなぁ……。エルメスなんて一度も店に入ったことがないのに、スカーフにドはまりして10枚くらい買いました。計25万円くらい使ったっけ……。でも、まだ一度も使ってない……。商品を見て、惚れて、購入して、家に届く。その楽しみに2万円払ってるのよ、わたしゃ……。

 そんなわけで、今でもフリマアプリのヘビーユーザーな私。『価格が高い順』以外、見ることはありません。皆さんも、フリマアプリで『価格が高い順』に検索してみてください。あっという間に金銭感覚がマヒしますよ……。

「キャッシングで借金、病院代もない」50代無職夫婦と80代老母の“八方塞がり”――「8050問題」の現実

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 小田誠さん(仮名・52)は、両親が離婚したあと、長らく音信不通だった母親の介護中に相談に乗ってもらっていた松永理恵子さん(仮名・50)と結婚した。お互いに初婚。50歳になってようやく迎えた春だった。

 福祉関係の専門職として活躍してきた理恵子さんと結婚するという小田さんに、友人たちは「母親を最期まで責任をもって介護したご褒美だ。神様はちゃんと見てくれていたね」「逆玉の輿だ」と祝福してくれたという。

 そんなとき、今度はこれも長く音信不通だった父親が倒れたという連絡が来た。母の介護がようやく終わって、理恵子さんと人生を再スタートしようというときに、これ以上身勝手な親に振り回されたくなかった。「もう生活保護でもなんでもいいので、役所で好きなようにしてほしい。自分はもう引っ越すので何もできない」と言って、理恵子さんの住む都内に逃げるように越したのだった。

(前編はこちら)

こんなに優秀な女性が私の妻に

 追ってくる暗雲を払いのけるように、理恵子さんと暮らしはじめた小田さんは、もっと厳しい現実に直面する。

 年齢もあって、正規雇用の仕事はなかなか見つからず、非正規で働くしかなかった。これは小田さんもある程度は覚悟していたことだった。理恵子さんをサポートできればいいくらいのつもりだったからだ。

 この頃、理恵子さんはこれまでの業績が認められ、ある私立大学の教員に推挙されていた。

「私も誇らしかったですね。こんなに優秀な女性が自分の妻になってくれる。これまで50年間一人でいたのも悪くなかったと、自分の幸運に浸っていたくらいでした」

 だが、そんな幸福も長くは続かなかった。

 理恵子さんは勤務先の大学を牛耳っていた教授たちから、ひどいパワハラを受けたという。「長い物には巻かれろ」ができない理恵子さんの性格が災いした。着任して1カ月もたたないうちに休職、そして数カ月後には退職に追い込まれてしまう。ひどい鬱だった。

「彼女が退職したとたん、生活に困窮するようになりました。私の仕事もろくにない状態なのに、都内の高い家賃は払い続けられません。彼女の療養もかねて、家賃の安い近県に引っ越そうということになりました」

 理恵子さんの実家に戻り、二人で同居させてもらうという方法も考えたというが、それはかなわなかった。理恵子さんの実家には、義弟が住んでいたからだ。

 義弟は勤めていた大企業を辞め、小田さんいわく「怪しげなベンチャー」を立ち上げたが、うまくいかなくなって自己破産。妻とも離婚して、実家に戻ってきていたのだ。

「そうした経緯もあるからか、私たち夫婦には攻撃的で、まともに会話もできません。妻はそれで鬱がひどくなってしまった。とても私たちが妻の実家に同居させてもらえる状態ではないんです」

 肝心の義母も、かわいい息子が帰ってきて、二人で暮らせるのがうれしいようだと小田さんはいう。とはいえ、義母にとっても、娘と息子が放っておけない状態であることは心痛に違いない。

 だからか、小田さん夫婦は近県に引っ越したあとも、たびたび義母に家賃や生活費を援助してもらっているのだ。

「お恥ずかしい話ですが、こちらに来てから何度も家賃を滞納しては、どうにも都合できなくなって、そのたびにキャッシングで借金したり、義母から借りたりしている状態なんです」

 理恵子さんの病気にも波があり、とてもまだ働くことのできる状態ではない。薬も欠かせないという。

「正直、病院代もきつい。私もいろんなことに自信がなくなってしまいました。日払いの仕事を見つけては働いているんですが、電車に乗っただけで体調が悪くなるんです。『プライドを捨てて、介護の仕事でも何でもやってみたらどうか。この人手不足で資格はなくても採用されるはずだ』と友人にも言われましたが、今の気力体力では続けられる気がしない。妻の主治医からも『あなたも鬱にならないように気をつけて』と励まされましたが、私まで病院に行くお金もない。友人が都内の仕事を紹介してくれたこともありますが、都内まで出かける金もないんです」

 もはや生活保護受給を考えるレベルだろう。このままでは共倒れだ。

「市役所に生活保護の相談にも行きました。でも今の家賃が生活保護の上限を超えているので、引っ越しすることが条件だと言われました。基準の範囲内の住まいなら引っ越し代も出せるというんです。生活保護が受けられれば病院代もタダになるので、今よりずっと楽になるのは間違いない。しかし、妻は引っ越しして環境が変わるともっと病状が悪くなるから引っ越しはできないと言っています。私には説得する自信もないし、実際、無理に引っ越して鬱が悪化するのは目に見えているので、難しいでしょう。結局ここで生活保護の話もストップしてしまっています」

 八方塞がりとはこのことだ。いざとなれば義母という助けがあることを、小田さん夫婦も役所の担当者も見越しているからかもしれない。だが、義母だって80代だ。いつまでもあてにできるわけではない。

 小田さんは、あれこれ考えることもできなくなり、「こうしなさい、と言ってくれる司令塔がほしい」と力なく笑う。

 「逆玉の輿」とからかわれた幸福なときは短かった。

「父を見捨てたバチが当たったのかもしれないと、最近思うようになりました。妻と結婚できたときは、母の介護をやったおかげだと思ったのに……」

 「8050問題」――50代の引きこもりや職のない子どもを、80代の親が支えるという構図が社会問題になっている。小田さんの場合、80代の親1人に対して、40から50代の子どもが3人。この現実の前に言葉も出ない。

「もっと私が死に物狂いで仕事を探すしか、解決の道はないんですよね……」

 歯車はどこで狂ってしまったのだろう。それでも、一人で苦しむより、小田さんのそばに理恵子さんという家族がいてよかったと思うべきなのだろうか? 小田さんと別れてからも、ずっと考えている。

「ZOZOMAT」はサイズ計測精度向上? ”あの”スーツの悪評判を払拭し、靴専門モール「ZOZOSHOES」は成功なるか

――ファッションライター・南充浩氏が、いま話題のファッションニュースに斬り込む!

 2019年夏前に発表され、同年秋冬に送付を開始する予定だった足の計測器「ZOZOMAT(ゾゾマット)」が、当初の予定より約半年遅れで、先頃から配布が開始。これと連動して3月4日には、衣料通販サイト「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」内に靴販売の専門モール「ZOZOSHOES(ゾゾシューズ)」がオープンしました。

 昨年夏、ZOZOがYahoo!に買収されたことによって、立ち消えになったかと思われていたゾゾマットですが、開発は継続していたということになります。

 今回発表されたゾゾマットは、マーカーが印刷された紙という形態です。紙を床に広げ、印刷された足型に自分の足を合わせて置き、その周りのドット柄のマーカーをスマホで読み取ることで、ミリ単位の3D計測ができます。

 足のサイズというのは、縦の長さのことを指すと思われているかもしれませんが、それだけが重要ではありません。足の幅、甲の高さも重要で、全てが合った靴でなければ、フィット感は得られないのです。例えば、ナイキやアディダス、プーマといった欧米ブランドのスニーカーは、幅狭めかつ甲が低く作られている場合が多く、それは欧米人の足型の特徴に合わせているから。しかし、幅広で甲高という足型の特徴がある日本人は、これらのスニーカーを履く際、縦の長さのフィット感を求めると、足の幅と甲の高さに窮屈さを感じてしまいます。縦の長さが長くなるに従って幅は広くなり、甲は高くなるので、通常より0.5~2センチくらい大きなサイズの物を選ばなくてはなりません。

 つまり完全にフィットする靴を見つけるためには、縦の長さだけでなく、幅の広さ、甲の高さを、3D計測でしっかり把握することが必要になるのです。

 さて、そんなゾゾマットの計測精度を考察していきたいと思います。皆さんは以前発表され、不評の結果廃止となった採寸用ボディースーツ「ZOZOSUIT(ゾゾスーツ)」を覚えているでしょうか。これは、スーツにプリントされた水玉柄のマーカーを読み取ることにより、体型サイズをミリ単位で正確に計測する技法が用いられていました。ゾゾマットは、ゾゾスーツと基本的な仕組みは同じだと言えますが、ゾゾマットの方が、計測精度は高いと思われます。

 ゾゾスーツは、計測サイズに誤差が頻繁に起きたと言われており、その理由は、水玉柄のマーカーが着用時にズレたり伸びたりしてしまうからだと考えられます。もし、ゾゾマットが水玉柄のマーカーをプリントした「靴下タイプ」だったら、同じように計測ミスが頻発されたと推測できるのですが、実際のゾゾマットは、先述した通り、印刷された紙を床に置き、そこに足を乗せるタイプなので、マーカーの位置がズレる心配はほとんどありません。ですからサイズの計測ミスがスーツに比べて低くなると考えられるというわけです。

 そもそも靴は、洋服以上にサイズが命。というのも、靴は5ミリでサイズピッチが刻まれていて、5ミリ小さいだけでも足入れさえできなくなるため、ミリ単位の正確な計測が求められるのです。思い返せば、ゾゾスーツも「ミリ単位の計測」を謳っていましたが、結果的に計測の誤差が多発。顧客の信用回復という意味でも、ゾゾマットではさらに高い計測精度を実現させなければいけなくなったとも言えます(ちなみにゾゾスーツに関してですが、はっきり言って、ほとんどの衣服にミリ単位の精度は必要ありません。なぜなら生地は伸びるから。1~2ミリの差なんて、服でいうなら許容範囲の誤差でしかなく、当初からその狙い自体がズレていたとしか言いようがありません)。

 ZOZOサイドも、精度向上は必須という認識だったようで、同社の伊藤正裕取締役COOは、国内・海外の最新ファッションニュースを配信する「WWDジャパン」のインタビュー記事で、「技術検証は6万回、時間にして延べ5000時間と、時間も手間もかなりかけたことも遅れた原因だ」と語っています。見切り発車感の強かったゾゾスーツとは雲泥の差です。加えて、靴ではPB(プライベート)は作らないことも明言しているのですが、これもゾゾスーツと連動させたPB服が、まったく売れなかったことへの反省が生かされていると言えます。

 そんなゾゾマットは、靴のネット通販にどのような影響を与えると考えられるのでしょう。

 そもそも靴は、少々小さくても着用できることが多い服とは違って、少しサイズが小さいだけで、痛くて歩けないことすらあり得るもの。もちろん、「返品交換無料」という商品やサイトもありますが、それとて、その手続きが面倒くさく、やはり最初から実店舗で試着して購入するほうがはるかに楽ですから、ネット通販で靴を買うのは、従来「非常にハードルが高い」とされてきました。

 もし躊躇なくネット通販で購入しようとすると、その靴や、そのブランドのサイズ感を完全に把握しなければなりません。例えば、昨年私は、5,000円前後に値下がりしたナイキの「エアマックスシリーズ」をAmazonで4足買いましたが、これは以前、ナイキのエアマックスインビガープリントというスニーカーを購入した経験があったからです。そのときは、27.5センチを購入し、着用はできたものの、どうも少し小さめだと感じました。我慢して何カ月か履いたのですが、長時間履くと足がすごく疲れてしまい、やっぱり「少し小さめ」という結論に至ったのです。ですから、エアマックスシリーズの商品を買う際は、0.5ミリ大きい28.0センチが自分の適正だということがわかりました。そこで念のため、28.0センチのエアマックスフレア50という商品を試しに買ってみたところ、想像通りのサイズだったため、確信を持って、ネットで買うようになりました。つまり、ここまでの経験と類推がないとネットで靴を買うのは至難の業なのです(まあ、足の痛みなど気にしないという人を除けばですが)。

 そう考えると、ゾゾマットの登場は、試着なしのネット通販による靴の購入を大幅に促進できる可能性があります。多くの人が期待しているのも理解できます。

 しかし、実は、ゾゾスーツよりは圧倒的に少ないものの、ゾゾマットの「計測ミス」がネット上で報告され始めているという実情もあります。「ゾゾシューズ」の成功、ひいては靴のネット購入の拡大に、ゾゾマット自体の改良修正は必要不可欠であり、急務だと言えます。それなしではゾゾスーツの二の舞となってしまう可能性も低くありません。ZOZOには真摯に課題点の修正に臨むことが期待されます。
(南充浩)

宗教団体の内部で起きた「窃盗未遂」事件――“手かざし”では救えなかった、50代女性の深い闇

 殺人、暴行、わいせつ、薬物、窃盗……毎日毎日、事件がセンセーショナルに報じられる中、大きな話題になるわけでもなく、犯した罪をひっそりと裁かれていく人たちがいます。彼らは一体、どうして罪を犯してしまったのか。これからの生活で、どうやって罪を償っていくのか。傍聴席に座り、静かに(時に荒々しく)語られる被告の言葉に耳を傾けると、“人生”という名のドラマが見えてきます――。

【#008号法廷】

罪状:有印私文書偽造、同行使、窃盗未遂
被告人:Y子(58歳)

<事件の概要>

 入信している新興宗教団体の道場で、同じ信者女性の財布を拾得したY子。しかし、団体関係者に知らせたり、警察に届けたりすることはせず、そのまま所持していた。Y子はその財布の中から、被害者名義のクレジットカードを使用し、U銀行Y支店のATMで10万円の借り入れを試みるも、すでに利用停止届が出されており失敗。被害者名義のキャッシュカードでも払い戻しを試みたが、暗証番号がわからず未遂に終わる。

 ここで思いとどまるどころか、Y子はそのキャッシュカードと被害者の運転免許証をわざと銀行のゴミ箱に捨て、そばにいた清掃員に「見つかったら連絡ちょうだい」と自分の電話番号を教えた。後日、実際に連絡を受け、そのキャッシュカードを受け取るため同じU銀行Y支店に出向き、被害者本人になりすまして「印鑑と暗証番号を変えたい」と申し出る。キャッシュカードの再発行を勧められて手続きに入ったものの、被害者の名前を間違え、免許証の写真(被害者)とY子が別人だったことで怪しまれ、銀行員が通報、逮捕。なお、被告は生活保護受給者で精神科通院歴あり。平成18年と28年に有罪判決を受けており、前科2犯。

“国会答弁”のような、ぼんやりした回答

 まるで“不条理芝居”を見ているような法廷でした。見終わっても、「なぜ、財布を拾ったときに道場へ届けなかったのか?」「なぜ他人のキャッシュカードをATMに入れて操作したのか?」「暗証番号も知らないのに、なぜ金が引き出せると思ったのか?」などなど、「そもそもどうして?」という疑問が多数残りました。一般常識を凌駕した被告の行動からは、動機となったはずの“欲”なども全く見えてきません。

 被告人質問の回答をピックアップすると、Y子の“人となり”が見えてくるような気がします。

「クレジットカードは使っていません。ATMに入れ(て操作し)ただけ」
「キャッシュカードは、きっぷ売り場に置いてありました。ほかの人が持って行ったのを見たので、『私も持って行っていいのかな?』と思い持ってきました」(さっぱり意味不明)
「(被害者に)なりすまそうとは思ってなかったけど、(被害者の名前を)書いてしまったのは事実」
「ウソの電話番号を書こうとしたけど、思いつかなかったので自分のを書きました」
「(虚偽の届け出をしても)銀行が処理してくれると思いました」

 「結果としてそうなった」というニュアンスの回答が多く、Y子に反省の色はほとんど見えません。さらに、「そう言うなら、そうだったんだと思う」「記憶はないけど、記録があるなら私がやったと思う」など、まるで国会中継の答弁を見ているようなシュールな答えまで。なりゆきで犯罪を犯してしまった、ということなのでしょうか? Y子は「印鑑を買うために百均へ出向き、すぐ銀行に戻る」といった行動も取っていたようで、冷静になれるタイミングはあったはずなのですが……。とにかくうすぼんやりした回答が続き、頭がクラクラしてしまいました。

 しかし、ただ一点だけ、Y子が自ら具体的に話したことがありました。「財布を拾ったとき、なぜ警察に届けなかったのか?」という質問です。

Y子 元夫のDVで、(自分が)通報したり、よく警察には行っていたけど、放置されたり脅されたりと真剣に取り合ってくれなかったので、行くのが怖かった。

 なぜかここだけ、必要以上に詳しく理由を話していたのです。しかも、今回はその元夫(と思われる人)から、Y子を減刑してもらうための“嘆願書”も出ていました。Y子は過去、警察にどんなひどいことをされたのか? Y子と元夫の間に何があったのか? このあたりに、被告人のバックグラウンドを読み解くヒントがあるような気がします。ちなみに、裁判中はY子が入信している新興宗教の名前も出ました。「“手かざし”では救えないこともある」と学んだ事案でした。

宗教団体の内部で起きた「窃盗未遂」事件――“手かざし”では救えなかった、50代女性の深い闇

 殺人、暴行、わいせつ、薬物、窃盗……毎日毎日、事件がセンセーショナルに報じられる中、大きな話題になるわけでもなく、犯した罪をひっそりと裁かれていく人たちがいます。彼らは一体、どうして罪を犯してしまったのか。これからの生活で、どうやって罪を償っていくのか。傍聴席に座り、静かに(時に荒々しく)語られる被告の言葉に耳を傾けると、“人生”という名のドラマが見えてきます――。

【#008号法廷】

罪状:有印私文書偽造、同行使、窃盗未遂
被告人:Y子(58歳)

<事件の概要>

 入信している新興宗教団体の道場で、同じ信者女性の財布を拾得したY子。しかし、団体関係者に知らせたり、警察に届けたりすることはせず、そのまま所持していた。Y子はその財布の中から、被害者名義のクレジットカードを使用し、U銀行Y支店のATMで10万円の借り入れを試みるも、すでに利用停止届が出されており失敗。被害者名義のキャッシュカードでも払い戻しを試みたが、暗証番号がわからず未遂に終わる。

 ここで思いとどまるどころか、Y子はそのキャッシュカードと被害者の運転免許証をわざと銀行のゴミ箱に捨て、そばにいた清掃員に「見つかったら連絡ちょうだい」と自分の電話番号を教えた。後日、実際に連絡を受け、そのキャッシュカードを受け取るため同じU銀行Y支店に出向き、被害者本人になりすまして「印鑑と暗証番号を変えたい」と申し出る。キャッシュカードの再発行を勧められて手続きに入ったものの、被害者の名前を間違え、免許証の写真(被害者)とY子が別人だったことで怪しまれ、銀行員が通報、逮捕。なお、被告は生活保護受給者で精神科通院歴あり。平成18年と28年に有罪判決を受けており、前科2犯。

“国会答弁”のような、ぼんやりした回答

 まるで“不条理芝居”を見ているような法廷でした。見終わっても、「なぜ、財布を拾ったときに道場へ届けなかったのか?」「なぜ他人のキャッシュカードをATMに入れて操作したのか?」「暗証番号も知らないのに、なぜ金が引き出せると思ったのか?」などなど、「そもそもどうして?」という疑問が多数残りました。一般常識を凌駕した被告の行動からは、動機となったはずの“欲”なども全く見えてきません。

 被告人質問の回答をピックアップすると、Y子の“人となり”が見えてくるような気がします。

「クレジットカードは使っていません。ATMに入れ(て操作し)ただけ」
「キャッシュカードは、きっぷ売り場に置いてありました。ほかの人が持って行ったのを見たので、『私も持って行っていいのかな?』と思い持ってきました」(さっぱり意味不明)
「(被害者に)なりすまそうとは思ってなかったけど、(被害者の名前を)書いてしまったのは事実」
「ウソの電話番号を書こうとしたけど、思いつかなかったので自分のを書きました」
「(虚偽の届け出をしても)銀行が処理してくれると思いました」

 「結果としてそうなった」というニュアンスの回答が多く、Y子に反省の色はほとんど見えません。さらに、「そう言うなら、そうだったんだと思う」「記憶はないけど、記録があるなら私がやったと思う」など、まるで国会中継の答弁を見ているようなシュールな答えまで。なりゆきで犯罪を犯してしまった、ということなのでしょうか? Y子は「印鑑を買うために百均へ出向き、すぐ銀行に戻る」といった行動も取っていたようで、冷静になれるタイミングはあったはずなのですが……。とにかくうすぼんやりした回答が続き、頭がクラクラしてしまいました。

 しかし、ただ一点だけ、Y子が自ら具体的に話したことがありました。「財布を拾ったとき、なぜ警察に届けなかったのか?」という質問です。

Y子 元夫のDVで、(自分が)通報したり、よく警察には行っていたけど、放置されたり脅されたりと真剣に取り合ってくれなかったので、行くのが怖かった。

 なぜかここだけ、必要以上に詳しく理由を話していたのです。しかも、今回はその元夫(と思われる人)から、Y子を減刑してもらうための“嘆願書”も出ていました。Y子は過去、警察にどんなひどいことをされたのか? Y子と元夫の間に何があったのか? このあたりに、被告人のバックグラウンドを読み解くヒントがあるような気がします。ちなみに、裁判中はY子が入信している新興宗教の名前も出ました。「“手かざし”では救えないこともある」と学んだ事案でした。

コスプレ業界にはびこる「性犯罪」の実態――“トイレ盗撮”された人気コスプレイヤーの悲痛な思い

カネと欲望が渦巻くコスプレ業界――40代“現役”コスプレイヤー・椎名蜜が、業界の闇をぶっちゃけます!

 コスプレイヤーを撮影するカメラ小僧、通称「カメコ」のぶっ飛んだ言動をご紹介した前回に続き、今回は“エロキモカメコ”に遭遇した一件をぶっちゃけます。

 連載1回目で明かした通り、私はコスプレ写真集を販売し、収入を得ていました。そのコスプレ写真集の内容が「どんどんエロくなってしまう」なんて話もしましたが、これは被写体となるコスプレイヤーの意思だけではなく、カメコの影響が大きかったんだと、今になって思います。長年、顔なじみのカメコさんに写真を撮られていると、最初は恥ずかしかった水着撮影も慣れてしまい、いつの間にか“ほぼ素っ裸”でも平気になってしまうのです。

しれっと「緊縛」を要求してくるカメコ

 私は、撮影会で好みの写真を撮ってくれるカメコ・Bさんに出会い、コスプレ写真集制作のお手伝いをお願いしたことがあります。Bさんはほかのコスプレイヤーさんの写真集撮影もお手伝いしていて、界隈からの信頼がありました。そのため、こちらも警戒心ゼロになってしまい、ラブホテルで1対1の撮影をしたのです。

 ……といっても、いきなり変な要求はしてきません。場所はラブホでも、最初は普通の撮影で終わりました。しかし、回を重ねるうちにBさんは

「〇〇のコスプレするなら、▲▲バージョンの衣装(よりエロい衣装)を持ってるから、着てみない?」
「××ちゃんの写真集撮影したときは、ローションでヌルヌルになる撮影をしたんだよね。彼女の写真集けっこう売れてるみたいだから、そんな感じで撮ってみない?」
「今は“緊縛”がはやってるんだってさ。蜜ちゃんもチャレンジしてみない?」

 などなど、あくまでも“売れる作品作りのアイデア”として、しれっとエロいことを提案してきたのです。

 当時の私は「なるほど、やってみよう!」とBさんに言われるがまま、服じゃなくて“ほぼヒモ”みたいな衣装を着てみたり、縄で縛られて撮影してみたり、ローションで衣装を濡らされたり(Bさんは「濡れた衣装に興奮する」らしい。知らんがな)、ニプレスや前貼りの上から生クリームを塗られたりしていました。

 ちなみに、生クリームって体温で溶けてくるので、撮影中に何度も塗り直さないといけないんですが、こっちはポーズを決めているので、Bさんが丁寧に塗り直してくれるんです。そうすると必然的に、私の大事なところを何度も触ることになるので、まったくありがたい話じゃなかったです。

 自分の感覚としては「アート作品作り」だったので、Bさんと協力していいものを作ろうと熱くなっていて、このおかしさに気づかなかったし、気づこうともしませんでした。でも今なら、Bさんがしたことは立派なセクハラであり、一歩間違えば性暴力だったのだとわかります。

 Bさんのような“エロキモカメコ”の中には、右も左もわからない中学生コスプレイヤーにエロいポーズを求めて無理やり撮影をしたり、撮影会を主催してスタジオのトイレや更衣室を盗撮したり、イベント後に居酒屋で打ち上げをしたあと、酒に酔わせたコスプレイヤーをラブホに連れ込んで強姦するなど、犯罪を犯す人もチラホラいます。

 「撮影会スタジオでトイレ盗撮」を実行し逮捕された人が、過去に私も写真集の撮影をお願いした人だと知った時は、衝撃が走りました。もちろん私もそのスタジオを利用していたので、トイレを盗撮されていたんじゃないかと思うと、本当にショックです。

 彼が撮影した写真は、レタッチをしなくても透明感のあるキレイな仕上がりだったので、私はその“写真”がすごく好きでした。しかし、この一件があったことで、自分が置かれている世界の異常さを思い知ることになりました。もちろん、純粋にコスプレが好き、作品が好き、撮影が好きで良い写真を撮りたいというカメコさんもいますので、“エロキモカメコ”のせいで真面目なカメコさんが誤解されないよう願うばかりです。

 ひとくちに「カメコ」といっても、さまざまな人がいることを学びました。地下アイドルストーカー刺傷事件、秋葉原耳かき店員殺人事件は、いずれも男性から見て「身近で気軽に会える手の届きそうな女性」が、深刻な被害に遭っています。“エロキモカメコ”には、コスプレイヤーも同じように見えているでしょう。

 犯罪に巻き込まれてからでは遅いですから、コスプレイヤーさんや、これからコスプレイヤーになろうと思っている人たちには、“エロキモカメコ”のうまい言葉にだまされず、何よりも「自分の身を守る行動」をしてほしいと思います。

「胎内記憶」池川明医師は、虐待の専門家をあざ笑う――「頼ってもムダ」発言の恥ずかしさ

 弱った心に入り込む、甘い言葉やラクに稼げそうな情報――。ネット上には、無責任な理論で集客しては人を食い物にする、スピリチュアリスト、霊能者、民間資格カウンセラーなどがあふれています。「この人たちのようになれるかも」と彼らを信じ込んでしまえば、価値観や金銭感覚をゆがめられるのはあっという間。友人や家族を失ってからでは、もう遅い! 「スピリチュアルウォッチャー」黒猫ドラネコが、現代社会にのさばる怪しい“教祖様”を眼光鋭く分析します。

 新型コロナウイルスの騒動で、落ち着かない日々。引き続き、手洗いうがいなどの対策をしっかりとしたいものです。そういえば、「胎内記憶」の第一人者である産婦人科医・池川明氏は、自身のFacebookで「ベビーイオン 結構売れてます! コロナウィルス、インフルエンザウィルス、花粉症対策などに使えます」と、24万円(税別)の「イオン発生器」の宣伝をしておられました。自粛ばかりではなく、経済活動も大事ですもんね。この機械がどうというわけではなく、便乗商法やデマにはくれぐれも注意したいものですねえ。

 さて、そんな池川医師、どうやら「胎内記憶」が間違った解釈をされていると、お怒りのようです。

 昨年、立教大学で行われた「霊性(スピリチュアリティ)と現代社会」なる公開シンポジウムに、池川医師が「登壇予定」と告知され、ネット上で物議を醸しました。“あの”池川医師が招かれたということで、私も「マジか立教大学」とツイートしたところ、拡散されて「これはヤバい」「自分の子どもがこんな講演聞いてきたら泣きたい」といった、批判的な反響がありました。

 この騒動がWebサイト「Wezzy」をはじめ、いくつかの媒体に取り上げられたこともあってか、のちに立教大は「講師のご都合」として、池川医師の登壇取りやめを発表。こうしたひと悶着がありながら、昨年12月8日、池川医師抜きでシンポジウムは開催。「在日宇宙人」「宇宙人ドクターズ(の一人)」「天の声を聴く詩人」「和太鼓響沁浴演奏者」といった人々が登壇したようで、池川医師がいなくても、十分カオスな状況だったようです(これについては、キリがないのでツッコみません)。

「虐待する親を選ぶ」と主張する意味はあるのか?

 以前、当コラムでもテーマにしましたが、「胎内記憶」とは、子どもたちが語る「母親のおなかの中や、前世にいた時の記憶」のことを指すそうです。池川医師によれば、6歳までの子ども3,500人にアンケートを取ったところ、その中の約3割が「生まれる前の記憶」を語ったといいます。この結果だけならいいのですが、池川医師はこれを「胎内記憶」として、「子どもは親を選んで生まれてくる」「虐待をする親を選ぶ子どもがいる」など、「不幸や不遇も自分で決めた」と取れるむちゃな理論を広めていると感じます。私はこの“思想”を、以前から問題視し続けています。

 1月29日から2月8日にかけて、池川医師は立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科の濁川孝志教授との対談動画を12本もYouTubeに公開しました。ここで池川医師と濁川教授は「ネットで騒がれた」と苦笑しつつ、「胎内記憶が虐待肯定だというのは、完全にフェイク」「批判したい人はしてもいいが、一般に流れる情報にフェイクを出すのはよくない」といった主張をしています。これは、前述したWezzyの記事「虐待を肯定する『胎内記憶』池川明医師が立教大シンポジウムに 大学側の見解は」に対する“反論”です。

 まず動画を視聴して驚いたのは、池川医師が「子どもがそう話している」などと繰り返していたこと。責任逃れではないと思いたいのですが……。たとえば、次のような発言がありました。

「虐待をする親を選ぶ子がいるのは間違いないんですよ、だってそう言うから」
(FOTTO TV「(6)Wezzy 記事の「虐待肯定」は、論理飛躍?」より)

 本気で言っているなら噴飯ものです。親による凄惨な虐待事件が連日報じられているこの時世に、「そう言うから」といって、虐待される環境を「選ぶ子がいるのは間違いない」と主張する必要性が、一体どこにあるのでしょう? 目黒区の結愛ちゃんも、野田市の心愛ちゃんもこれに当てはめられてしまうのなら、甚だ疑問です。

 厚生労働省によると、全国の児童相談所への虐待相談対応件数は、「一貫して増加を続け、2017年度には13万件を超えている」(2019年3月19日発表「児童虐待防止対策の抜本的強化について」より)といいます。調査や報道で明らかになる惨状だけでなく、人知れずネグレクトや性的暴行を受け、一生の傷を抱える「虐待サバイバー」もいます。また、虐待を止めることができず悔いる加害者家族、被害者の関係者もいるでしょう。池川医師がこうした状況を知った上で発言しているとは、到底思えません。

 池川医師は、虐待の問題に取り組む人たちをあざ笑うかのような発言もしています。

「どこに虐待の専門家がいるんですか? Wezzyさん紹介してよ(笑)。もし虐待を防ぐ人がいるなら、世の中から(虐待が)一掃しているはずですよ。どんどん(虐待が)増えているのはどういうことですか?」
「虐待をする親を(子どもが)選んでるのに、それを専門家に治させるなんて、ムダなんですよ。遅すぎるんです。虐待をしないように、妊娠中から関わらないと、虐待なんかなくならないんです」
「私は『(虐待の)プロじゃない』ってことですよね? 『ド素人が手を出すな』って言ってるわけですよ。じゃあ、誰がプロなんだ? プロのリスト挙げてほしいなあ。全国の、何十万という数の虐待を防ぐ人たちが、どこにいるんだろうって思うんですけどね」
(以上、FOTTO TV「(9)Wezzy 記事の「虐待肯定」論は、池川著書2ページのうち2行だけを引用している? 虐待を無くす為に本当に必要な事を考える」より)

 笑いながらおっしゃっていましたが、恥じるべきだと思います。子どもの貧困・格差問題の解消に尽くそうとしていたり、被虐待児の居場所を確保したりする自治体や各団体の努力を、池川医師が何も知らず、知ろうともしていないだけでしょう。本当に虐待をなくしたいと思う立場なのでしょうか?

 助けを求める人々を無視するかのような、「虐待をする親を選ぶ子がいるのは間違いない」「専門家に治させるなんてムダ」の放言にはあきれます。このような考え方は、助かるケースの発見を遅らせることにはならないでしょうか? 万が一、「胎内記憶」が疑いようのない事実であったとしても、池川医師に承服しがたいのは、こうした発言への疑問があるからです。

 さて、何度聞き直してもさっぱりわからないのが、「胎内記憶は虐待肯定ではない」という主張で池川医師が出した、二つのたとえです。

「山登りで死ぬ人がいるのに、『山登るなよ』って言うのが普通だとしたら、山に登る人を禁止にすればいいじゃないですか? でもみんな登るじゃないですか、許可とかもらって。あれを“遭難推進”って言うんでしょうかね?」

 「人の死につながる」という共通点から例に挙げたのでしょうが、虐待は「他人から受ける理不尽な暴力」であり、自ら進んで行う登山と並べて考えるのは、理屈が通っていません。そして、もう一つ意味のわからないたとえがこちら。

「犯罪を犯す人に、『いや~あなたたち、こんな環境だったら(犯罪をしても)しょうがないよね』って言ったら、“犯罪推進”になる。そういう理論ですよ」
(以上、FOTTO TV「(6)Wezzy 記事の「虐待肯定」は、論理飛躍?」より)

 はっきり言っておきたいのは、虐待は「しょうがない」では済まないということです。理不尽な暴力を受けている環境まで自分が「選んで生まれてきた」と捉えさせ、「しょうがない」と諦めさせるのなら、ある種の“肯定”にはなりませんか? 「虐待をする親を選ぶ子がいる」という説は、「自ら選んだのだから、暴力を受けてもしょうがない」という考えと地続きだと思うのですが。

 動画の中で、池川医師の発言にはいくつも矛盾があり、全体的に“その場しのぎ”な印象でした。「生まれた意味を知り、愛に気づけば虐待しなくなる」といった趣旨のこともおっしゃっていましたが、せっかく12本もの動画で“弁明”したのに、「胎内記憶」の有用性アピールに固執するあまり、虐待の現状や、問題の深刻さを全く理解していないことが浮き彫りになっただけでした。

 池川医師は12本目の動画にて、「『こうやってやればいいんだ』って押しつける。実はこれが虐待を増やしてるんですよ」と批判しています。こうした言葉の背景には、一般的な虐待防止対策などに対する、池川医師の不満があるのかもしれません。しかし、池川医師が「押しつけ」だと感じることがあったとしても、幼い命を救うための具体的な対策を何よりも優先するべきです。自身の“思想”を広めるのは、せめてそのあとではないでしょうか。

 むしろ、産婦人科医という立場がある池川医師の主張こそ、妄信的な信者を生んで「『胎内記憶』を信じれば虐待が止まる」と、明確な根拠がないことを押しつけそうな気がします。ネット上にはびこる、一般には受け入れがたいスピリチュアル理論。それらはまるで「善意」のように広められるため、“感染力”が強くて始末が悪いのです。

※厚生労働省は「児童虐待防止対策」の一つとして、児童虐待が疑われる子どもを発見した際や、出産や子育てに関する質問等を受け付ける専用ダイヤル「189(いちはやく)」を設けています。電話連絡は無料、匿名の相談も可能で、地域の児童相談所へつながります。また、各市町村や児童相談所には相談窓口もあります。詳細は、下記のリンクをご覧ください。

・厚生労働省「児童虐待防止対策
オレンジリボン運動

「胎内記憶」池川明医師は、虐待の専門家をあざ笑う――「頼ってもムダ」発言の恥ずかしさ

 弱った心に入り込む、甘い言葉やラクに稼げそうな情報――。ネット上には、無責任な理論で集客しては人を食い物にする、スピリチュアリスト、霊能者、民間資格カウンセラーなどがあふれています。「この人たちのようになれるかも」と彼らを信じ込んでしまえば、価値観や金銭感覚をゆがめられるのはあっという間。友人や家族を失ってからでは、もう遅い! 「スピリチュアルウォッチャー」黒猫ドラネコが、現代社会にのさばる怪しい“教祖様”を眼光鋭く分析します。

 新型コロナウイルスの騒動で、落ち着かない日々。引き続き、手洗いうがいなどの対策をしっかりとしたいものです。そういえば、「胎内記憶」の第一人者である産婦人科医・池川明氏は、自身のFacebookで「ベビーイオン 結構売れてます! コロナウィルス、インフルエンザウィルス、花粉症対策などに使えます」と、24万円(税別)の「イオン発生器」の宣伝をしておられました。自粛ばかりではなく、経済活動も大事ですもんね。この機械がどうというわけではなく、便乗商法やデマにはくれぐれも注意したいものですねえ。

 さて、そんな池川医師、どうやら「胎内記憶」が間違った解釈をされていると、お怒りのようです。

 昨年、立教大学で行われた「霊性(スピリチュアリティ)と現代社会」なる公開シンポジウムに、池川医師が「登壇予定」と告知され、ネット上で物議を醸しました。“あの”池川医師が招かれたということで、私も「マジか立教大学」とツイートしたところ、拡散されて「これはヤバい」「自分の子どもがこんな講演聞いてきたら泣きたい」といった、批判的な反響がありました。

 この騒動がWebサイト「Wezzy」をはじめ、いくつかの媒体に取り上げられたこともあってか、のちに立教大は「講師のご都合」として、池川医師の登壇取りやめを発表。こうしたひと悶着がありながら、昨年12月8日、池川医師抜きでシンポジウムは開催。「在日宇宙人」「宇宙人ドクターズ(の一人)」「天の声を聴く詩人」「和太鼓響沁浴演奏者」といった人々が登壇したようで、池川医師がいなくても、十分カオスな状況だったようです(これについては、キリがないのでツッコみません)。

「虐待する親を選ぶ」と主張する意味はあるのか?

 以前、当コラムでもテーマにしましたが、「胎内記憶」とは、子どもたちが語る「母親のおなかの中や、前世にいた時の記憶」のことを指すそうです。池川医師によれば、6歳までの子ども3,500人にアンケートを取ったところ、その中の約3割が「生まれる前の記憶」を語ったといいます。この結果だけならいいのですが、池川医師はこれを「胎内記憶」として、「子どもは親を選んで生まれてくる」「虐待をする親を選ぶ子どもがいる」など、「不幸や不遇も自分で決めた」と取れるむちゃな理論を広めていると感じます。私はこの“思想”を、以前から問題視し続けています。

 1月29日から2月8日にかけて、池川医師は立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科の濁川孝志教授との対談動画を12本もYouTubeに公開しました。ここで池川医師と濁川教授は「ネットで騒がれた」と苦笑しつつ、「胎内記憶が虐待肯定だというのは、完全にフェイク」「批判したい人はしてもいいが、一般に流れる情報にフェイクを出すのはよくない」といった主張をしています。これは、前述したWezzyの記事「虐待を肯定する『胎内記憶』池川明医師が立教大シンポジウムに 大学側の見解は」に対する“反論”です。

 まず動画を視聴して驚いたのは、池川医師が「子どもがそう話している」などと繰り返していたこと。責任逃れではないと思いたいのですが……。たとえば、次のような発言がありました。

「虐待をする親を選ぶ子がいるのは間違いないんですよ、だってそう言うから」
(FOTTO TV「(6)Wezzy 記事の「虐待肯定」は、論理飛躍?」より)

 本気で言っているなら噴飯ものです。親による凄惨な虐待事件が連日報じられているこの時世に、「そう言うから」といって、虐待される環境を「選ぶ子がいるのは間違いない」と主張する必要性が、一体どこにあるのでしょう? 目黒区の結愛ちゃんも、野田市の心愛ちゃんもこれに当てはめられてしまうのなら、甚だ疑問です。

 厚生労働省によると、全国の児童相談所への虐待相談対応件数は、「一貫して増加を続け、2017年度には13万件を超えている」(2019年3月19日発表「児童虐待防止対策の抜本的強化について」より)といいます。調査や報道で明らかになる惨状だけでなく、人知れずネグレクトや性的暴行を受け、一生の傷を抱える「虐待サバイバー」もいます。また、虐待を止めることができず悔いる加害者家族、被害者の関係者もいるでしょう。池川医師がこうした状況を知った上で発言しているとは、到底思えません。

 池川医師は、虐待の問題に取り組む人たちをあざ笑うかのような発言もしています。

「どこに虐待の専門家がいるんですか? Wezzyさん紹介してよ(笑)。もし虐待を防ぐ人がいるなら、世の中から(虐待が)一掃しているはずですよ。どんどん(虐待が)増えているのはどういうことですか?」
「虐待をする親を(子どもが)選んでるのに、それを専門家に治させるなんて、ムダなんですよ。遅すぎるんです。虐待をしないように、妊娠中から関わらないと、虐待なんかなくならないんです」
「私は『(虐待の)プロじゃない』ってことですよね? 『ド素人が手を出すな』って言ってるわけですよ。じゃあ、誰がプロなんだ? プロのリスト挙げてほしいなあ。全国の、何十万という数の虐待を防ぐ人たちが、どこにいるんだろうって思うんですけどね」
(以上、FOTTO TV「(9)Wezzy 記事の「虐待肯定」論は、池川著書2ページのうち2行だけを引用している? 虐待を無くす為に本当に必要な事を考える」より)

 笑いながらおっしゃっていましたが、恥じるべきだと思います。子どもの貧困・格差問題の解消に尽くそうとしていたり、被虐待児の居場所を確保したりする自治体や各団体の努力を、池川医師が何も知らず、知ろうともしていないだけでしょう。本当に虐待をなくしたいと思う立場なのでしょうか?

 助けを求める人々を無視するかのような、「虐待をする親を選ぶ子がいるのは間違いない」「専門家に治させるなんてムダ」の放言にはあきれます。このような考え方は、助かるケースの発見を遅らせることにはならないでしょうか? 万が一、「胎内記憶」が疑いようのない事実であったとしても、池川医師に承服しがたいのは、こうした発言への疑問があるからです。

 さて、何度聞き直してもさっぱりわからないのが、「胎内記憶は虐待肯定ではない」という主張で池川医師が出した、二つのたとえです。

「山登りで死ぬ人がいるのに、『山登るなよ』って言うのが普通だとしたら、山に登る人を禁止にすればいいじゃないですか? でもみんな登るじゃないですか、許可とかもらって。あれを“遭難推進”って言うんでしょうかね?」

 「人の死につながる」という共通点から例に挙げたのでしょうが、虐待は「他人から受ける理不尽な暴力」であり、自ら進んで行う登山と並べて考えるのは、理屈が通っていません。そして、もう一つ意味のわからないたとえがこちら。

「犯罪を犯す人に、『いや~あなたたち、こんな環境だったら(犯罪をしても)しょうがないよね』って言ったら、“犯罪推進”になる。そういう理論ですよ」
(以上、FOTTO TV「(6)Wezzy 記事の「虐待肯定」は、論理飛躍?」より)

 はっきり言っておきたいのは、虐待は「しょうがない」では済まないということです。理不尽な暴力を受けている環境まで自分が「選んで生まれてきた」と捉えさせ、「しょうがない」と諦めさせるのなら、ある種の“肯定”にはなりませんか? 「虐待をする親を選ぶ子がいる」という説は、「自ら選んだのだから、暴力を受けてもしょうがない」という考えと地続きだと思うのですが。

 動画の中で、池川医師の発言にはいくつも矛盾があり、全体的に“その場しのぎ”な印象でした。「生まれた意味を知り、愛に気づけば虐待しなくなる」といった趣旨のこともおっしゃっていましたが、せっかく12本もの動画で“弁明”したのに、「胎内記憶」の有用性アピールに固執するあまり、虐待の現状や、問題の深刻さを全く理解していないことが浮き彫りになっただけでした。

 池川医師は12本目の動画にて、「『こうやってやればいいんだ』って押しつける。実はこれが虐待を増やしてるんですよ」と批判しています。こうした言葉の背景には、一般的な虐待防止対策などに対する、池川医師の不満があるのかもしれません。しかし、池川医師が「押しつけ」だと感じることがあったとしても、幼い命を救うための具体的な対策を何よりも優先するべきです。自身の“思想”を広めるのは、せめてそのあとではないでしょうか。

 むしろ、産婦人科医という立場がある池川医師の主張こそ、妄信的な信者を生んで「『胎内記憶』を信じれば虐待が止まる」と、明確な根拠がないことを押しつけそうな気がします。ネット上にはびこる、一般には受け入れがたいスピリチュアル理論。それらはまるで「善意」のように広められるため、“感染力”が強くて始末が悪いのです。

※厚生労働省は「児童虐待防止対策」の一つとして、児童虐待が疑われる子どもを発見した際や、出産や子育てに関する質問等を受け付ける専用ダイヤル「189(いちはやく)」を設けています。電話連絡は無料、匿名の相談も可能で、地域の児童相談所へつながります。また、各市町村や児童相談所には相談窓口もあります。詳細は、下記のリンクをご覧ください。

・厚生労働省「児童虐待防止対策
オレンジリボン運動