――中華料理なんてものはない――中国の広大な国土の中で多様な民族がおりなす食を紹介する動画が今、熱い。さままざな形で同地のグルメを追求する動画が中国では大量に生産されており、ユーチューブなどで配信されている。13億人の人民がユーザーが熱狂する、ハイクオリティグルメ動画をご紹介!
最国・雲南省にある屋台街が真俯瞰で映し出される。もうもうと煙が立ち込める小さな店内に、客たちは名物の牛肉串焼きを50本、100本単位で注文し、黙々と食べ続けている。ドローンなど最新の撮影機器を使用した映像は、欧米のドキュメンタリーとそん色がない。ナレーションは従来のドキュメンタリーのように静ひつさや重厚さはなく、話し言葉のようにポップな口調で展開される。そこに「1本が安くてもこれだけ食べると割高だよ」「串焼きを食べ過ぎるとがんになるって、ばあちゃんが言ってた」などの弾幕(コメント)が映像にかぶさって飛び交う。
中国各地の串焼きを紹介する「人生一串」【1】のワンシーンだ。同作は、中国最大級の動画プラットフォーム「bilibili(ビリビリ)」が2018年夏に初めて制作したオリジナルのドキュメンタリー。
「人生一串」のシーズン1(全6話)は約5697万回再生され、約1万人のユーザーによるレビューも9・8と高スコアとなっている。7月のシーズン2の放映開始を前にして、多くのユーザーが続編を心待ちにしているようだ。同作の特徴は「90后」や「00后」といった90年~00年代生まれの若者をターゲットにしたところで、ビリビリのメイン層である二次元・アニメオタクに刺さるタイトルやナレーションを多用している。弾幕でユーザーたちがコメントを入れられるよう、あえて「ツッコミどころ」を要所要所に忍ばせてあるのだ。
中国では近年、ドキュメンタリー番組が急増している。中国国務院「中国ドキュメンタリー発展報告2019」によれば昨年、全土で番組制作に投入された総額は約766億円(前年比19%増)、同市場規模は約980億円以上となっている。この急成長の原因のひとつは間違いなくグルメ番組の存在だ。昨年、中国で最も観られたのはグルメドキュメンタリー「風味人間」【2】で、視聴回数は10・7億回、2位の「舌尖上的中国シーズン3」(約4億回)もグルメ番組だ。他ジャンルと違ってグルメ番組に若者の視聴者が多いのは、ビリビリのような事例のほか、スマホやスマートテレビの動画配信で気軽にクオリティの高いグルメ番組が見られるからだろう。
世界的に「食コンテンツ」がはやり始めたのは16年頃から。ネットフリックスやアマゾンプライムでは「シェフのテーブル」や「アグリー・デリシャス」などグルメ番組が数多く作られるようになり、時を同じくしてSNS上では「Tasty」や「Delish Kitchen」などオシャレで質の高いレシピ動画が多くの人々の間でシェアされるようになる。日本では「孤独のグルメ」や「深夜食堂」などグルメドラマがヒットし、食コンテンツはテレビ・動画のメインジャンルのひとつとなった。
こうしたなか、中国の食コンテンツは世界の潮流から影響を受けつつ、独自の進化を遂げてきた。中国のグルメドキュメンタリーの元祖にして金字塔とも言われるのは12年に放送された「舌尖上的中国(舌の上の中国)」【3】だ。中国国営のCCTVが制作した同作は各地の名産品や郷土料理を紹介する内容で、3シーズン累計で10億人以上が視聴し、ネットで10億回以上再生されたオバケ番組。シーズン1(全7話)の撮影期間は13カ月、中国の70のエリアで撮影され、ドキュメンタリー番組として中国で初めてHDカメラが導入された。国内だけでなく、マレーシアなど東南アジアやベルギーなどEU圏のテレビ局が放映権を購入し、各国で放送されている。
映像はいわゆる欧米のドキュメンタリーそのもの。さまざまな手法で撮られた食材や料理、美しい山間や海辺の風景。生産者やシェフへのインタビューなどが“国営”ならではの重厚なナレーションとともに紹介されていく。一部ではクルーにオランダ人など海外のカメラマンを起用していたという。シーズン3は昨年2月に放送が終了したが、今も動画配信プラットフォームではキラー・コンテンツのひとつとなっている。
「舌尖上的中国」の総監督を務めたドキュメンタリー映画の著名な監督・陳暁卿は中国メディアのインタビューで、「当時、世界でスローフードがはやりだして、その視点で中国グルメを紹介したいと思った」と述べている。同作が誕生した時期はまだ胡錦濤政権の時代。規律より拝金が横行していた。毒食品や偽装食品など食の現場で不正が横行した時期でもある。こうした情勢の中、中国では安全で安心な食品・原材料への関心が高まっていたこともあり、同作のテーマと視点は一般大衆の心に刺さったのだろう。
シーズン1終了後、陳には1・6億円の投資が集まり、番組名の使用権は12億円の値がついたという。一躍、有名人となった陳はこの後シーズン2で番組を降板し、新たにテンセントと前述の「風味人間」という人気シリーズを手がけていく。テンセントビデオで独占配信された同作は昨年の中国動画ランキングで特別賞を受賞し、公開3時間後に再生回数が1億回を突破するなど大きな話題を呼んだ。日本はもちろん、欧米のドキュメンタリーをも超える高レベルの圧倒的なクオリティにいち早く目をつけたのがネットフリックスで、同社は陳と独占配信契約を結び、「風味人間」の続編に当たる「風味原産地/Flavorful Origins(邦題:美味の起源 奥深き潮州料理の世界へ)」【4】を制作。同作はネットフリックスオリジナルのドキュメンタリー作品で初となる中国語作品で、20言語に翻訳され、190カ国以上に配信された。
陳が切り開いた中国のグルメドキュメンタリーは、ネットフリックスが独占契約したことにより、新たなステージに入った。豊富な資金力でトップクリエイターを招集し、最新の撮影技術やCGで学術的な食材に関する知識をわかりやすく、丁寧に伝えて世界中の人々に感動を与える。完成した映像は芸術品そのものだ。お笑い芸人による食レポや大食いを中心とした稚拙な食コンテンツがまん延する我が国との差は歴然としている。中国人動画配信者による、日本料理や食品の紹介は中国本土でも人気コンテンツだが、近い将来、中国のクルーが日本にやってきて、和食をテーマにしたクオリティの高いグルメドキュメンタリーを制作する日も近いのではないか。
中国の食コンテンツでもうひとつ、注目すべきは素人による動画配信だ。グルメの世界においても多数の中国版ユーチューバーが出現し、芸能人並みの人気を得ている配信者もいる。
テンセントが発表した「2018年十大美食紅人」(紅人は人気配信者の意)に挙がった10人はそれぞれ、オーソドックスな中華料理のレシピを紹介する人や中国やアジアのスイーツをひたすら食べ歩く女性、美少女大食い系などジャンルもさまざまだ。皆、「優酷(Youku)」やテンセントビデオ、ビリビリ、微博などのプラットフォームを利用しており、フォロワー数は数百万人を抱えている。先の十大美食紅人でトップに輝いた「美食家大雄」【5】は、家庭料理を紹介するごく普通の内容だが、語り口調や手際の良さ、短時間で美味しい料理を作る小技が受け、フォロワー数は800万人に上る。
ひときわオリジナリティ溢れる人気配信者のひとりが「亦公室小野(オフィスの小野さん)」【6】という25歳の女性だ。ユーチューブにもチャンネルがあり、日本語の動画説明もある。ただし日本人ではなく、四川師範大学出身でIT企業に勤める高畑充希似の中国人だ。日本名を名乗っているのは日本文化に親しみを持つ90后だからなのかもしれない。彼女はオフィスにあるもので料理を作るという一風変わったテーマを採用。17年に「ウォーターサーバーで火鍋を作ってみた」がバズって有名配信者となった。工作や実験の要素を取り入れたクッキング動画が世界中で受け、ユーチューブのチャンネル登録者数は670万人を突破。昨年、中国本土在住者で唯一のカリスマユーチューバーとしてグーグルからも表彰された。ちなみにユーチューブのアクセスが禁止されている中国で、彼女を含めた多くの食関連の配信者がどうやって動画をアップしているのか謎だが、国内動画サイトで配信した作品を、香港などにいるパートナーがアップしているようだ。テーマが食で“無害”だからか、今のところ中国当局は黙認している様子。
もうひとり、十大美食紅人で忘れてはいけないのが「李子柒」【7】だ。四川省の山奥で祖母と暮らすアラサーの美女で、動画にナレーションはなく、彼女の声も一切入らない。ただ淡々と素朴な日々の暮らしを伝えるものばかりだ。映像は素人とは思えないクオリティで、美しい風景とともに自給自足の中国スローライフを紹介する彼女の動画は瞬く間に人気が出た。微博のフォロワーはなんと1698万人。ユーチューブのチャンネル登録者数は496万人に上っている。
ただし李子柒をめぐっては、さまざまなうわさも飛び交う。「四川省の省都・成都でDJをしていたが父の死をきっかけに田舎に戻った」という設定だが、売れないタレントでバックにプロデュースする男性がいるという話もある。彼女の微博での投稿は中国共産党青年団のアカウントが頻繁にリツイートして称賛していることから、中国政府のプロパガンダではないかと見る向きもある。数々の謎に包まれている彼女だが、それもまた魅力になっているのだろうか。
彼らは動画広告や企業とのタイアップ、番組出演などでマネタイズする。中には法人化して投資を受ける配信者もいる。テンセントが発表した「2018微博アカウント発展レポート」によれば、月10億PV以上ある20のカテゴリーのひとつに「美食」がランクインしている。関連アカウントは現在1・5億以上あり、MCN(配信者のマネジメント会社)は150を越えるという。今後も関連コンテンツは増えていくだろう。
「食の本場」の名の通り、中国の食コンテンツは想像をはるかに超える規模で発展し、欧米を凌駕しつつある。今後、どんな作品が発表されるのか楽しみだ。(サイゾー8月号『中韓(禁)エンタメ大全』より)