1月3日に米ケーブル局「Lifetime」がR&B歌手R・ケリーの性的虐待告発ドキュメンタリー『Surviving R.Kelly(R・ケリーからの生還)』を放送するという衝撃的な出来事から始まった、2019年の米ショービス界。#Me Too以降は性暴力根絶、有害な男らしさへの警鐘といった機運が高まっており、さらには多様性ある社会を目指すためのポリティカル・コレクトネスが作品はもちろんアーティスト自身にも求められるなど、業界そのものの価値観が大きく変わろうとしている。
そこで、ブラックミュージックやヒップホップに詳しいライターの渡辺志保さんと、ゴシップとカルチャーの両視点からショービズ界に斬り込むライター辰巳JUNKさんに、19年に起こったトピックを振り返りつつ、来年以降の動向を占ってもらった。
――今年も本当にいろんなことが起こりましたが、気になる出来事はありましたか?
渡辺志保さん(以下、渡辺) 例年に続き、個人的には今年もカニエ・ウェスト、キム・カーダシアン夫妻が気になっていました。1月にはカニエがサンデーサービス(※1)をスタートしたんですよ。最初はキムのインスタグラム・ストーリーでちょっと見られるぐらいだったのですが、徐々に参加していたミュージシャンもインスタに上げ始めて、「なんだこれ?」と広まっていったんです。4月に行われたアメリカ最大の音楽フェス「コーチェラフェスティバル」でも、出張版サンデーサービスを催して。もともとカニエは、今年のコーチェラにヘッドライナーとして出演する予定だったんですけど、ステージじゃなくてドームを作りたいと言いだしたんです。主催者側が「立地的に無理」と言ったら、「じゃあもう出ません」ということで、いったんは出演がキャンセルになった。結局メイン会場から離れた原っぱみたいなところを使い、かなりイレギュラーな形でサンデーサービスを持っていった。その際に、サンデーサービスが初めて世界中に生中継されて、その全容が明らかになったんです。そのぐらい、今年は宗教色の濃い活動が盛んでしたね。
10月25日にアルバム『JESUS IS KING』を発売したんですが、制作期間中はスタッフに婚前交渉を禁止するとか、自分のアルバムでは下品な言葉は絶対使わないとか、そこまで徹底していたみたいで、もともと作っていた別のアルバムはお蔵入りになった。個人的に、いちファンとしてはカニエと周波数を合わせるのがちょっと大変な1年でした。
辰巳JUNKさん(以下、辰巳) だって1年ぐらい前は「妻の姉妹全員とヤリたい」みたいな下品な曲(「XTCY」)を作ってましたよね。
渡辺 そう。去年9月には米最大級のポルノサイト「Pornhub」の「Pornhub Awards」に、カニエのクロージングライン「イージー」からポルノ女優用の衣装を提供していたんですよ。しかも、ちゃんと特別に誂えた素敵な衣装で、おっぱいバーンって出てるみたいな。それ用に「I Love It」という曲を作ったり、そのリリックも「おまえは本当になんてヤリマンなんだ」といった歌詞で身もふたもない感じだったんですけど……。
――そこまで方向転換して、ファンはついていけてるんですか?
辰巳 あんまりついてきてない。
渡辺 でも『JESUS IS KING』はビルボードで1位になっていて、同時にクリスチャン・ミュージック部門でも1位を獲っているんです。賛否両論ある感じで、アルバムに対するレヴューも真っ二つに分かれているという印象です。
辰巳 サンデーサービスは、ブラッド・ピットらハリウッドセレブも参加してますよね。その流れのもとにありそうな存在が、ジャスティン・ビーバーやセレーナ・ゴメスらが通っていた「ヒルソング教会」。サンデーサービスと同じように音楽をメインとした礼拝なんですけれど。ニック・ジョナスも通っているし、キムエ夫妻(キム・カーダシアンとカニエ)の結婚式もヒルソングと近しい牧師に来てもらってました。カーダシアン姉妹の中では、コートニーが一番熱心に通っていました。一時期、ジャスティンがコートニーとウワサされたのは、同じ教会に通う信者だからかも。当時のジャスティンはセレーナ、いま妻となったヘイリー、コートニーら、信者仲間とばっかりウワサが出ている。Twitterを見ていておもしろいなと思ったのは、「『JESUS IS KING』を聞いて、ヒルソングからカニエ教会に移るセレブは多そう」という内容のツイートです。
※1 一般的な日曜礼拝とは異なり、牧師による説法ではなく、ゴスペルなどのパフォーマンスがメイン。もともとは一部の人しか参加できないクローズドな形だったが、回を重ねるごとに規模が大きくなり、最近では多くのセレブも参加している
――今年、こんなにもカニエの活動に宗教色が強くなった原因というのは?
渡辺 カニエは16年の8月から『ザ・セイント・パブロ・ツアー』と題したツアーで全米を回ってたんですが、12月に途中で切り上げて、精神疾患が原因で入院した。それも本人の意思にそぐわない形で入院し、治療の際にオピオイド(※2)が使われたそうで。それでカニエは「病院側にオピオイド中毒にされちまった」と歌の中でも言うようになった。加えて、昨年リリースされたアルバム『ye』ではかねてから患っていた双極性障害のことや自殺願望があったとくみ取れるようなことも歌うように。さらに10年以上前になりますが、07年には最愛の母親であるドンダを亡くし、かつ彼女の死に目にも会えなかった。なので、常に喪失感や虚無感、焦燥感といったものに襲われてたのかなと。そこで自分が信頼できる牧師に出会い、大きく宗教的なほうに傾いていったのではないかというのが、私の個人的な推察です。でも今、アメリカの若いアーティストはメンタルヘルスについてラップしたり、自殺問題を扱うドラマ作品が増えたりという状況下ですから、もしかすると宗教は次のトレンドになるんですかね?
辰巳 「ニューヨーク・タイムズ」によると、北米の若者は信仰心が薄くなってるらしいです。それなのに、一般的に保守的とされる福音派寄りのヒルソング教会がリベラル都市の若者に受けたから驚かれている。実際に教会に行った人に聞くと、すごく楽しいらしいんですよ。サンデーサービスと一緒で、厳粛な雰囲気というより、コンサート、フェスみたいな。だからカニエが新しい形のヤング受け教会っぽいものを始めたというのは確かにそうなんですけど、その前にはヒルソング・ブームがある。もともとあそこの牧師はロックスターみたいな感じで、サンローランの30万円のジャケットとか着てる。諸説ありますが、「金を稼いでもいい」的なビジネスマンを祝福する教えのようなので、セレブと相性がいいですよ。
渡辺 カニエって、お金を稼ぐことに対してはやっぱり貪欲なんですよね。ちゃんと金も稼ぎつつ、自分の教えや自分の愛をみんなに広めたいという姿勢がカニエなので、ヒルソングと共鳴することがあるのかも。
――今年の前半、ジャスティンも宗教的な言動が多かったですが、カニエほどの影響力はなかったように思います。その差はなんだと思いますか?
辰巳 いや、でも影響力ありますよ。だってヒルソングで飛び込みライブとかするんですもん。本気で追いかけるようなファンじゃなくても、Twitterを見ていて歩いて5分ぐらいの教会にジャスティンが来てると知ったら、とりあえず行く人は絶対いるじゃないですか。
渡辺 カニエはやり方が派手だし、賛否の「否」も多いから目立ってしまうんじゃないですかね。あと、もともと最近のカニエは「黒人性が薄い」というふうに皮肉っぽく言われることもあって、サンデーサービスも最初、ロサンゼルスのカラバサスだけで開催していたんです。カラバサスって、日本でいうと田園調布の奥の奥みたいな、一般市民が入れないくらいの高級住宅地なんですよ。だから、貧困や自分たちの置かれた環境の苦しさから、心の拠り所として宗教を信仰しているような、本来カニエが自分のコミュニティとしていてもおかしくないような一般的なアフリカン・アメリカンの人々が育ったコミュニティと全く真逆のところで、自分の宗教的イベントをスタートさせてるのはすごく皮肉だと思ったし、今のカニエっぽいなと同時に思いましたね。たぶん、ジャスティンは逆で、元の彼のイメージと信仰のイメージが乖離していないのかなとも思う。何不自由ない家庭で育てられた、みたいな。
辰巳 でもジャスティンのお母さんは、もともと福音派の信者なんですよ。シングルマザーで、そんなに裕福でもない。ジャスティンを妊娠したときはドラッグ中毒にも苦しんでいて、中絶も考えたけど、やっぱり産もうと。それで今は中絶禁止運動をしています。
渡辺 そうなんですね。今年は中絶禁止法がジョージア州やアラバマ州などで次々可決されたじゃないですか(※3)。福音派は、基本的には中絶禁止ですよね。アラバマで中絶禁止法が可決されたときに、若い男性ラッパーたちがSNSで反対の姿勢を示したんです。ジョージア州のときも、ミーゴスのオフセットが「これは現代の奴隷法と一緒」とツイートしていました。今後どんどんカニエが福音派に寄っていくことがあれば、そこでまた思想の対立が浮き彫りになってくるのかなと。と言いつつ、カニエは本当に言うことがコロコロ変わるので。そこが前提としてあるので、彼の今後を占うのは、非常に難しいんですが。
※2 麻薬性鎮痛薬。アメリカでは多くの依存症患者を生み出したことで社会問題になっており、2018年は1日に100人を超える人がオピオイドの過剰摂取で亡くなったとも報じられている
※3 今年に入って、アラバマ州やミズーリ州など9つの州で、中絶を禁止したり、制限をかけたりするような法案が次々と成立。性暴力による妊娠も例外としないなど厳しい規定を掲げる州もあり、多くの市民から反発が相次いだ。背景には、福音派を中心とする宗教保守の存在と、彼らの票を取り込みたいトランプ大統領の思惑の一致があるともいわれている
――一方、カニエの妻であるキム・カーダシアンは実業家としてはもちろん、近年、罪状に対して量刑の重い囚人の減刑を訴える活動家としても動いています。また今年は、司法試験受験資格の取得を公言しました。この動きはどう見ていますか?
渡辺 いつまでたってもお騒がせセレブ路線は厳しいというのはあるんじゃないですか。
辰巳 話題になった補正下着ブランド「SKIMS」は今までの商品と違って、多様性路線の広告を出しています。やっぱり世論的にも、ヴィクトリアズ・シークレット(※4)は「時代遅れなんじゃ?」といった感じなので、彼女は既存路線が社会的にシビアになってきたという時流を読んでいると思います。
渡辺 カーダシアン家のリアリティショー『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』を見ていても、台本通りにいかない現実がどんどん浮き彫りになっているように感じます。例えば、長女コートニーは、スコット・ディシックという恋人と、彼との間に生まれた子ども3人を抱えているのが番組の“テンプレ”だったんですが、この2人が別れちゃって。その後、スコットが義妹ケンダル・ジェンナーと仲の良いモデルと付き合いだしたり。今年でいえば、妹カイリーの親友ジョーディン・ウッズと、クロエの内縁の夫で娘のパパであるトリスタン・トンプソンの浮気疑惑というすごいゴシップもありました。しかもクロエが妊娠9カ月のときもトリスタンは浮気をしていて、子どもを産めば夫婦関係が落ち着くと思いきや、すぐジョーディンとの浮気が浮上。
こうして、番組を仕切っている母クリスの想像を超える、ネガティブなリアルの部分が明るみになってきた。これまでテレビ的においしいと思ったら妊娠中の娘たちを常にカメラに追わせてきたんですが、昨年、カイリーが妊娠・出産したときは例外で、産むまで全く公表しなかった。この3~4年、みんなが面白がるようなお騒がせセレブリティ一家という枠には収まりきらなくなってしまっていると思います。姉妹5人がそれぞれにアイデンティティや、本当にやりたいことを考え始めているのかも。
辰巳 もともと剛腕なクリスお母さんの指揮のもと始まったリアリティショーで、娘たちは若かったこともあって、結構やらされてた仕事もあったんじゃないかと思います。特にジェンナー姉妹は、幼いころから自宅でカメラが回っているわけじゃないですか。クリスは常に生き生きしてるけど、カーダシアン姉妹はパリス・ヒルトンほど「カメラのフラッシュが大好き」ではなさそうだし。あと、キムはパリの強盗事件(※5)の影響が結構大きかったと思います。犯人は、キムのSNSの投稿を見て、居場所を特定したと言ってるので。それ以降は、きらびやかでゴージャスな私生活というのは前面に出していないし。
渡辺 私はキムの弁護士を目指すという動きは、非常にすばらしいなと思っています。40手前で、子どもを4人抱えて。キムが弁護士になったら、カニエがかねてから公言している2024年の大統領選出馬にも大きな支えになるのかな。
※4 アメリカ最大手のランジェリーブランド。世界的スーパーモデルがランウェイを練り歩く毎年恒例のファッションショーは、女性たちの羨望を集めていた。しかし、昨年同社の幹部がプラスサイズモデルやトランスジェンダーモデルは起用しないと明言。時代に逆行するような発言と同社の世界観は、性差別・多様性の欠如と非難されるようになり、徐々に売り上げにも影響が表れた。今年はショーを中止することが発表されている
※5 2016年10月、ファッションウィークのためにパリの高級プレジデンスに滞在していたキム・カーダシアンのもとに、警察官を装った5人組が押し入り、総額10億円ともいわれる宝石が盗まれた。キムは被害に遭う前に、SNSで巨大ダイヤがあしらわれた指輪やパリでの様子を投稿しており、犯人たちはこれを見て犯行を計画したという
――キムエ夫妻とは、夫同士は師弟関係にありながら、妻たちは性格も価値観もまったく合わなそうなジェイ・Z&ビヨンセ夫妻の今年はいかがでしょうか?
渡辺 昨年は2人でアルバムもリリースしていたけど、今年はあんまり夫妻としての印象がないかも。ビヨンセは映画『ライオン・キング』の声優を務め、同作に絡めたアルバムを作ってそこにジェイが1曲参加していましたけど。
――ビヨンセが双子を生んでから体形をコントロールできずに、なかなか表に出てこないという見方もあります。
辰巳 基本、あんまり出てこないじゃないですか。インタビューも媒体を絞っているし、例えば米「VOGUE」に出ても、自分で編集している。だけど『ライオン・キング』関連ではめちゃくちゃインタビューを受けていて、ディズニーパワーは半端ねぇなって思いました。
渡辺 本当、ディズニーパワー半端ないですよね。ビヨンセが声優を務めて、なおかつ彼女は、レーベル面ではソニー所属なのですが、ディズニーとソニーが組んでビヨンセのアルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』を発表した。一方で、『ライオン・キング』本編のサウンドトラックをまとめているのが、ファレル・ウィリアムズなんですね。なので、ビヨンセ、ジェイ・Z、そしてファレルのヒップホップ優等生三つ巴感が半端ないなと思って。こういう人たちが業界を牛耳っていくんだなと思いました。
大企業と組んで自分の作品をすごくまっとうな形で出すというのもカニエとは正反対だし、ビヨンセには絶対ジェイが関わっているから、ジェイの抜け目なさもすごく感じた。『ザ・ギフト』は、本当にバランスがいいんですよね。今のアフリカで活躍しているアーティストたちを多くフィーチャーして、アルバムをまとめ上げた。そこに加えてジェイもいるし、ケンドリック・ラマーもいるし、同じく声優を務めたチャイルディッシュ・ガンビーノもいるし、百点満点! 今年もすごい優等生チックな動きだったかなと。
辰巳 今の時代に優等生といわれるのは、安心感というかレア感もありますよね。
渡辺 そうそう。今、一世代後の若いアーティストって――例えばリゾやビリー・アイリッシュもそうですが――既存のスタンダードじゃなくて、「どこかいびつでも、私はこうよ」って常識を打ち破っていくことが求められていると思うんですよ。ビヨンセは圧倒的な牽引力があるんだけど、優等生的な完璧主義者でもある。なので、どのようにして彼女が次世代にバトンを渡す時が来るのか、ちょっと気になります。
今年ネットフリックスで配信されて大きな話題となった『HOMECOMING: ビヨンセ・ライブ作品』(※6)も本当に素晴らしい作品で、ここでひとつ、彼女は自分のルーツのことも描いて、アーティストとして表現しきったっていうのはあると思う。だから次のビヨンセがどういう手を打ってくるのか、めちゃめちゃ気になっています。そうこうしている間に、例えばリアーナはビューティーやメゾンブランドを始めて大成功している。ビヨンセも10年くらい前にファッションブランドを立ち上げたけど、すぐ畳んだんですよ。だから、彼女たちが今の後輩たちをどう見ているのかも、すごく気になる。ただアイコンとしては不動の地位を築いているアーティストなので、ここから人気がガタ落ちするとか、変なアルバムを作って叩かれるとか、そういったことは絶対ない。どういう動きをするのか、そこに興味が集まっています。
(第2回に続く)
※6 2018年のコーチェラのヘッドライナーを務めるまでの彼女と、実際のステージを映し出したドキュメンタリー映画。前年の双子の妊娠・出産、産後の体形変化、黒人であることについて話す貴重な映像となっている