91歳の万引き犯が、店長の葬儀に――Gメンが言葉を失った「塩辛泥棒」の切ない思い出

 こんにちは、保安員の澄江です。

 今年のお盆休みは、台風に直撃されて大変でしたね。帰省先を持たない私は、お墓参りに出かけるくらいで、夏休みのほとんどを自宅で過ごしました。先日、熱中症にかかったこともあり、意識的に外出を避けて、冷房の効いた部屋でおとなしくしていたわけです。休み中は、もっぱらDVD鑑賞。大好きなアルフォートを頬張りながら、先日購入した『万引き家族』のDVDを見ていると、休日には気を使って連絡してこない部長さんから珍しく電話がかかってきました。

(警察から呼び出しでもあったのかしら)

 警察は、供述調書等における誤字脱字の訂正印をはじめ、証拠写真の追加や撮り直しなどが必要な場合、暦に関係なく連絡してきます。どの件かと、最近の取扱事案を思い浮かべながら電話を受けると、いつもは明るい部長さんが重苦しい雰囲気で言いました。

「お休みのところ申し訳ない。実は、訃報が入りまして………」

 聞けば、毎月のシフトに入っているH店の店長さんが、昨夜、脳溢血で急逝されたというのです。享年42歳。10年ほど前から店長を務めておられていた店長は、俳優の古尾谷雅人さんに似たスタイルの良い美男子で、仲間内でも人気の高いお方でございました。最後にお会いしたのは、2カ月ほど前のこと。いま振り返れば、少し嫌な思いをさせてしまったので、あれが最後だと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

 勤務開始、5分前。店内の一角にある事務所に向かうべく、エスカレーターで階下に向かっていると、ペットボトルの飲料水(2L)が入ったダンボールと10キロの米袋を抱えた店長が反対側のエスカレーターに乗って上がってくるのが見えました。荷物を抱える店長の背後には、とても小さなおばあさんが佇んでおり、骨の形が浮き出た油気のない手で店長の腕にしがみついています。すれ違いざまに、店長と目が合ったので黙礼をすると、すぐに戻るので事務所で待っているよう、爽やかに指示されました。小さなおばあさんは、お孫さんと買い物に来た雰囲気で、どこかうれしそうにしています。

「あのおばあさんには、開店当初からお世話になっているんですよ。最近、ご主人が亡くなった上に、足腰が悪くなっちゃって、重い物を買われたときには家まで運んであげているんです」

 事務所に戻った店長は、額に輝く汗をハンドタオルで拭いながら、充実感あふれる表情で言いました。お客さんを大事にする店長の姿に、心温まる思いがしたのは言うまでもありません。

 その日の夕方、何気なく店の出入口を観察していると、朝方に見かけた小さいおばあさんがエスカレーターで降りてくるのが見えました。朝とは違って、妙に周囲を気にしながら歩く姿が、どうにも気になります。よく見れば、使い古された空のレジ袋を隠すように握っており、その持ち方から判断すれば、マイバッグに使用するとは思えません。そのまま目を離さないでいると、漬物売場で足を止めた小さなおばあさんは、少し大きめの袋に入った塩辛を2つ続けて手に取りました。

(え? ここで入れちゃうの?)

 その場で持参のレジ袋を広げて、いわば堂々と2つの塩辛を隠し、レジのない入口の方に向かってよちよちと歩いていきます。途中、青果売場で品出しをしている店長とすれ違いましたが、気付かれることなく通過しました。チラチラと後方を気にしながら、エスカレーターに乗り込み、店の外に出たところで声をかけます。

「警備の者です。おばあちゃん、塩辛のお金、払うの忘れたでしょ?」
「ひっ! あ、え? そ、そうだったかねえ………」

 苦笑いで取り繕いながらも素直に犯行を認めてくれたので、事務所までの同行をお願いすると、不意に左手を差し出した小さなおばあさんが言いました。

「手をつないでもらっていいかしら? ヒザが痛くて、うまく歩けないのよ」

 2人で手をつないで事務所に入ると、特価品のPOPを作成していた店長が、私たちの姿を見て目を丸くしています。

「おばあちゃん、どうした? 具合でも悪くなっちゃったの?」
「いや、そうじゃないんだけど………」

 もじもじと言葉を飲み込む小さなおばあさんに変わって、私の口から状況を説明すると、店長は口をあんぐりと開けて絶句してしまいました。

 被害品は、「塩辛職人」なる商品が2点で、被害金額の合計は859円(税込)です。身分を証明するものも持っていませんでしたが、店長が自宅を知っていることもあって、そこは重視されませんでした。小さなおばあちゃんの年齢は、91歳。足腰の状態は良くないものの、受け答えはしっかりしており、年齢よりは若い印象です。

「買えるだけのお金は、お持ちですよね?」
「申し訳ないけど、お財布を忘れてきちゃったから、一度家に行かないと用意できないねえ」

 家に忘れた財布を取りに帰るのが面倒で盗んでしまったと話していますが、空のレジ袋と家の鍵は忘れずに持ってきているので、ちょっと信用できない話に聞こえます。いずれにせよ、現在の所持金がゼロということに違いはなく、面倒な展開になる気配が漂い始めました。しばし沈黙が流れた後、悲しげな顔をみせた店長が、寂しそうな口調で小さなおばあちゃんに語りかけます。

「………ねえ、おばあちゃん。俺たち、毎日挨拶する関係だよね? 俺、おばあちゃんの家にだって、何度も行ってるよ。なのにどうして、こんなことするのよ? もしかして、いつもやってたの?」
「いつもってわけじゃないよ、ちょっと忘れちゃっただけだよお」
「今まで、たくさんの万引きを扱ってきたけど、こんなに悲しいのは初めてだよ。今までで、一番悲しいな。それ、買ってくれなくていいからさ、今後、ウチの店には二度と来ないで。出入禁止ね!」
「店長、悪かったよお。ここが一番近くて便利なの、知ってるだろお。もう絶対にしないから、許しておくれよお……」

 願い叶わず、立ち入り禁止の誓約書に署名させられた小さなおばあちゃんは、盗んだ商品を返還することで、警察に引き渡されることなく帰宅を許されました。店の外に出るのを確認する意味もあって、一緒にエスカレーターに乗り込むと、小さなおばあちゃんが私の袖口を掴んで言います。

「あんた、こんな年寄りをいじめて、本当に悪い人だよ」

 なにも返す言葉が見つからず、小さなおばあさんの背中を見送って事務所に戻った私に、全身に悲壮感をまとった店長が言いました。

「大事なお客さんだと思って接していたのに、本当にショックですよ。万引きが減るのはいいけど、お客さんまで減っちゃうと困りますよね。今夜は、眠れそうにないな……」

 自分の仕事を全うした結果、関わる人たちに嫌な思いを残してしまった現実が重く、この日は複雑な気持ちを抱えたまま帰路についたことを覚えています。

 通夜当日、ご焼香を終えて会場を出ると、記帳の列に小さなおばあさんの姿がありました。何気なしに後方を振り返れば、素敵な微笑を浮かべた店長の遺影が煌々と輝いています。

(もう許してくれているはずよ)

 心の中で声をかけた私は、少し晴れやかな気分で、一粒の涙を落としました。人のつながりは、捨てたものじゃないのです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

板野友美似の美少女万引き犯に、店長デレデレで「警察呼ばなくていい」――保安員が見た顛末

 こんにちは、保安員の澄江です。

 ようやくに梅雨明けしたかと思えば、凄まじく暑い日々が続いていますね。丈夫な体だけが自慢の私ですが、つい先日、生まれて初めて熱中症にかかってしまいました。最寄り駅から現場に向かう道中、緩やかに続く長い坂道と路面の照り返しに体力を奪われて意識が朦朧とし、事務所に到着すると同時に手足が痙攣して動けなくなってしまったのです。油断することなく日傘を差し、水分補給もしっかりしていたのに、この結果。エアコンの効いた涼しい休憩室で、しばらく横にならせてもらうことで回復できましたが、人通りの少ない路上で倒れていたらと思うと、ぞっとします。私が子どもの頃は、気温が30度に達することさえ珍しかったものですが、いまや40度を超える勢いとなりました。命がけで通勤する時代を迎え、地球環境の大きな変化をあらためて痛感した次第です。

 環境の変化といえば、最近の日本国内は、どこにいっても外国人の方が多いですよね。私たちの現場も同様、ここ数年、まったく喜ばしくない形で国際交流してきました。これまでの経験からすれば、ベトナム、中国を筆頭に、韓国、北朝鮮、フィリピン、タイ、インド、ブラジル、アメリカ、モンゴル、ロシア、ウクライナなどの国籍を持つ万引き犯を扱った経験があります。語学留学生による換金目的の大量盗難や、万引きで商材を仕入れる自営業者の犯行が目立ちますが、観光目的で来日した外国人による犯行も珍しくありません。今回は、とある高級スーパーで捕らえた異国の万引き犯について、お話していきたいと思います。

 当日の現場は、K市にある高級スーパーS。治安が悪いことで有名な街の中心部にある店舗は、国際空港に近いため外国人観光客の姿も多く、私からすれば、行けば何かが起こるお店の一つです。この日も、勤務開始からまもなく、いくつかの惣菜パンをポケットに隠して外に出たホームレスのおじさんを捕捉しました。いわゆる食うに困っての犯行とは言え、失うものがない人特有の全てに投げやりな態度が、志願兵(自ら進んで刑務所に入ろうとする人)の雰囲気を漂わせています。逮捕されれば、寝食の確保はできる。そんな発想で万引きしているようですが、たとえ逮捕要件(カネなし、ヤサなし、ガラウケなし)が揃っているとしても、本人が刑務所入りを希望するほど逮捕してもらえないものなのです。

「今日は別件もあって忙しいし、こいつらは娑婆にいた方がつらいから、タレ(被害届のこと)は勘弁ね」

 結局、今回も被害届の代わりに、被害申告の意思がない旨が記された上申書に店長が署名することで、全ての処理は終了しました。買取不能の被害品は、もれなく廃棄されます。どうせ捨てるなら、食べさせてあげたい。毎回、そんな気持ちに駆られますが、そういうわけにもいきません。食べる予定だった被害品が、次々と捨てられていく光景を見つめるおじさんの目が、食べ物の恨みの恐ろしさを物語っているように思いました。

「お前、この店、永遠に出禁だから。二度と来るなよ」

 罪を許されたおじさんは、自分より若い警察官に激しく罵倒された後、店の外に出たところで解放されました。こうした光景を目にするたび、まともに扱われず開放された被疑者が、より大きな罪を犯さないか心配になります。

(なによ、少しも座れないじゃない……)

 警察が扱うことなく、商品の買取すらかなわない結末は、重い徒労感だけを残します。仕方なく現場に戻って巡回を再開するも、どうにもやる気が湧かずに、大過なく時間は過ぎていきました。

(あれ? あの子、どこかで見たことあるような……。もしかして、芸能人かしら?)

 疲労もピークに達した業務終了間際。ディズニーランドの大きな袋を肩にかけて店内に入ってきた髪の長い女の子が、私の目に止まりました。どこか輝いているように見えたからです。そのあまりの可愛さに、少しの間見惚れていると、彼女は桃やいちご、シャインマスカットなど、いくつかの高級果実を手にし、お菓子売場の方に向かって歩いていきます。すれ違うお客さんも振り返るほどの可愛さで、大学生くらいの男の子二人組などは、元AKB48の板野友美さんではないかとうわさし、何度も振り返って確認してしまう始末です。

(確かに似ているけど、本物は、もっと小さくて細いはずよね)

 そんなことを思いつつ、何気なく彼女の姿を目で追いながら業務終了の時を待っていると、彼女が手にしていたはずの高級果実が、いつの間にか消えていることに気づきました。商品の行方が気になって、チョコレートを物色する彼女に近づいてみれば、先ほどまで手にしていたはずのいちごやシャインマスカットが、ビニール袋に描かれたミニーちゃん越しに透けて見えます。

(チョコレートも、きっとやる)

 そう確信してまもなく、比較的高価な箱入りチョコレートを次々と袋の中に隠した彼女は、なに一つ買うことなく店の外に出ていきました。ただ盗みに来たという状況だけに鑑みれば、先に捕らえたホームレスのおじさんと、彼女のやっていることに違いはありません。時計を見れば、業務終了2分前。ここで声をかけてしまえば残業必至の状況ですが、プロとして見送るわけにもいかないので、邪念を捨てて声をかけます。

「あの、お客さ………」
「キャー! ナニ、アナタ、ヤメテ! STOP!」

 声をかけると同時に振り返って悲鳴をあげた彼女は、外国人のイントネーションによる日本語で叫ぶと、私の前に両手を広げて突き出しました。

「あら、あなた。外国の人なの? フルーツとチョコレートのマネー、ちゃんと払わないと。わかる?」
「ゴメンナサーイ、オカネナカッタ」

 商品を隠した袋を指差しながら、知っている英単語を並べて問いかけると、アヒル口を尖らせて犯行を認めた彼女は、素直に事務所までついてきてくれました。ある程度の日本語はしゃべれるようで、21歳の大学生だと話した彼女は、東京ディズニーランドで遊ぶことを目的にマレーシアから来たと話しています。被害は、計9点で、合計4,500円ほど。盗んだ理由を聞けば、ディズニーランドでお金を使いすぎてしまい、チョコレートはお土産にするつもりだったそうです。

「このフルーツは、どうするつもりで?」
「コレハ、タベタカッタ。ゴメンナサイ、ヘヤデ、カレシマッテル。ハヤクオネガイシマス」

 ホテルの部屋で待つ彼氏も、お金を持っていないというので、もはや商品を買い取る術はありません。どことなく千鳥のノブさんに似た比較的若い店長を呼んで事情を説明すると、被疑者の顔を見た途端に鼻の下を伸ばして、妙に親しげな様子で彼女と会話を始めました。その乱心ぶりに気づいた彼女も、この場を収めるべく誘うように体をくねらせて、最後の夜に馬鹿なことをしたと、目に涙を溜めながら許しを請うています。

「明日、国に帰るって言うしさ、警察は、呼ばなくてもいいんじゃない?」

 同情したのか、良い格好をしたいのかわかりませんが、店長がなかったことにするというなら仕方ありません。念のため、警察から全件通報の指示を受けていることと、被疑者が外国人の場合は必ず通報するよう本部から強く指導されていることを伝えると、一転して表情を曇らせた店長が言いました。

「面倒はごめんだから、やっぱり呼ぼう」

 店長を籠絡しきれず、警察に引き渡された彼女は、外国人だからなのか、その場で逮捕となりました。彼女を逮捕するくらいなら、午前中に捕まえたホームレスのおじさんこそ逮捕するべきだったのではないかと、逮捕者として腑に落ちない思いがしましたが、ただの保安員である私に言えることはありません。

「こんなに可愛い子が逮捕されちゃうなんて、なんかショックだなあ」

 手錠をはめられ泣きわめく彼女を見つめる店長の表情が、いつもより興奮気味に見えて、美女の持つ力を思い知った次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

「双子の老女」による巧妙トリック!? 万引きGメンを混乱させた「女子トイレ」での一幕

 私たち保安員が一番恐れるのは、言うまでもなく誤認事故を起こすこと。私自身、過去に3度も経験しておりますが、解決するまでの間は、とても悔しく苦しい思いで過ごしたことを覚えています。誤認事故と言っても、過程を見れば、着手に至ったうえで中止されるケースが多く、巧妙な罠にはめられてしまうことも少なくありません。いわゆる「当たり屋」と呼ばれる人も存在しており、証拠隠滅の成功をいいことに居直り、浅はかな知識で人権侵害を訴えてくることもありました。そうした人ほど被害者面で喚き散らし、自ら警察を呼ぶなどして騒ぎを大きくしようとしますが、その演技性は見ていて伝わるもので、関わる全ての人を不快にさせます。今回は、私の関わった事故の中でも、一番印象深い事案についてお話していきたいと思います。

 当日の現場は、S県にあるディスカウントストアD。長年にわたって毎月コンスタントに入っている現場の一つで、土地柄なのか捕捉率は高く、1日に3件の捕捉があることも珍しくありません。比較的閑静な住宅街にありながら、競艇や競輪、オートレースなどの賭博施設までバスで行ける場所にあるため、賭け事に負けた人たちによる腹いせ的な万引きや、オケラ(一文無し)になった人たちによる「やけ酒狙い」の万引きが横行しているのです。帰宅する金まで失ってしまったのか、生きるために盗みを重ねるホームレスのような方に声をかける機会も多く、彼らが発する強烈な臭いにやられて、うまく呼吸ができずに気を失いかけたこともありました。どことなく汚らしい人ばかり来るお店ですが、馴染みの店なので不審者の選別は容易です。その一方、常習者に顔を覚えられている側面もあって、あまり居心地はよくありません。なるべく早く万引きする人を捕まえて、警察署に行って座らせてもらおうと、自分のアンテナを全開にした私は、少しでも顔を隠すべく、買ったばかりのマスクをつけて売場に入りました。

 昼のピークを迎えて混雑する店内を巡回していると、酒売場の通路で眼(がん)を振っている老女に目が止まりました。商品や値札を吟味することなく、そっぽを向きながら商品に手を伸ばす姿が気になったのです。ユニクロらしきグレーのスウェット上下を着込んだ彼女は70代前半くらいで、子ども用に見える派手な蛍光色のスニーカーが、その正体を不明にさせます。顔を見れば往年の大女優であられた菅井きんさんを意地悪にしたような感じで、左手首に下げられている使い古されたナイロンの手提げバッグが、彼女のやる気を証明しているように見えました。

(常習っぽいけど、初めて見る顔ね)

 それから、缶ビールや缶チューハイを数本ずつバッグに隠した彼女は、年齢にはそぐわない素早い動きで出入口脇にあるトイレに向かっていきます。同性であることに感謝しながら、少し間をおいてトイレに入ると、何も手にしていない状態の彼女がハンカチで手を拭っていました。2つある個室は使用中で、それとなく周囲を見回すも、先程お酒を隠したバッグは見当たらない状況です。

(どこに隠したのかしら?)

 トイレから出て、そのまま出口に向かった彼女は、店舗前の駐輪場に止めてある自転車に跨がりました。売場にいた時とは違って、周囲を警戒する様子も見せずに、平然と立ち去っていきます。
釈然としないまま、持ち込まれた商品を探すべく再度トイレに戻ると、いましがた見送ったばかりの彼女が、大きな紙袋を持って個室から出てきました。声を上げたくなる衝動をこらえて、我が目を疑いつつ改めて彼女の姿を確認すれば、蛍光色だったはずの靴がグレーのサンダルに変わっています。

(一体どういうことなのかしら?)

 声をかけようにも、目切れ(途中、目を離すこと)した状況であるし、犯罪供用物であるバッグも変わっているため、それは叶いません。出口に向かった彼女は、さっきと違う場所に停められた自転車に跨ると、先程と同じ方向に自転車を走らせました。何がどうなったのか、よくわからないまま彼女を見送ります。自分の見たものが信じられない。そんな違和感を抱えたまま、その人着(人の性別、年齢や服装、持ち物などを把握すること)を脳裏に焼き付けて、しっかりと“貯金”しました。

 数日後、以前に見送った老女が、前に見かけた時と同じ服装で店内に入ってくるのが見えました。今回も大きな紙袋を手にしていますが、重量感は感じられず、一見したところ何も入っていないようです。売場に立ち寄ることなく、トイレに直行していく彼女を遠目に見守っていると、正面口からナイロンバッグを手にした老女が入ってきました。彼女もまた、前に見かけた時と同じ服装をしています。一瞬、おばけでも見ているような気持ちになりましたが、先の出来事と照らし合わせてみると、ようやくに事態が飲み込めました。

(この人たち、双子なのね。これは、わからないわ……)

 実行役と思しきナイロンバッグのきんさんを監視下に置き、その行動を見守ると、今回は高価な牛肉や加工肉を始め、メロンやいちご、それに和菓子などを手慣れた様子でナイロンバッグの中に隠していきました。商品の隠匿を終えたナイロンバッグのきんさんは、案の定、トイレに向かって歩を進めています。追尾中、たまたま居合わせた副店長を捕まえて、事情を話しながら声掛けに立ち会ってもらうようお願いすると、少し嫌な顔をしながらも引き受けてくれました。トイレ内に入って、個室の扉をノックしたナイロンバッグのきんさんが、個室内に潜む紙袋のきんさんに、未精算の商品が詰まったナイロンバッグを手渡したところで声をかけます。

「お客様、そちらのバッグに入れた商品、ご精算いただけますか」

 すると、突然に個室の扉が閉まって施錠されると同時に、ナイロンバッグのきんさんが私たちを振り払うように早足で歩き始めました。副店長に警察への通報と個室の見張りを頼み、事務所への動向に応じるよう並走して説得を試みます。

「大丈夫だから、お話を聞かせてください。逃げると大事になりますよ」
「私は、関係ない。お金は、姉が払うと思う」

 店外に出たナイロンバッグのきんさんが自転車で走り出そうとするので、ハンドルを必死に抑えて制止していると、異変に気づいた矢崎滋さんに似た店長と数人の男性店員が駆けつけてくれました。揉み合いの中、ざっと事情を聞いて激昂したらしい店長は、オラついた巻き舌で何かを怒鳴り、自転車にしがみつくナイロンバッグのきんさんを自転車から引き剥がしにかかります。いとも簡単に引きずり降ろされたナイロンバッグのきんさんは、首根っこを掴まれた猫のような形でトイレまで連行されると、待機していた副店長にその身を預けられました。それからまもなく、ドンドンと激しくトイレの扉をたたき始めた店長が、個室内に籠城する老女に向けてドスの利いた声で怒鳴ります。

「開けろ、おら! 早く出てこい!」

 それでも扉が開く気配はありません。そこで業を煮やした店長は、若い店員にモップを持ってくるよう指示すると、残った人にお尻を押させて扉を登り始めました。左手でモップを受け取り、柄の部分を下に持つと、それをスライドさせて見事に鍵を開けてみせたのです。

「なによ、あんたたち! 女が用を足しているのに、ひどいじゃないのよ!」
開けられた扉の中では、紙袋を抱えた老女が、スウェットパンツをおろした状態で便器に座っていました。店長をはじめ、居合わせた男性全員が、すぐに俯いて目を背けた瞬間が、とてもおかしかったです。

 その後、臨場した警察官に用を済ませてから精算するつもりだったと釈明した双子の老姉妹は、覗きの被害を訴え出ることで反撃に転じました。しかし、同様の前科が明らかとなり、その言い訳は通用しません。お店側も、盗難の被害届を受理するよう警察に迫りますが、複雑な展開に扱いを嫌がった警察は、双方に厳重注意をすることで、この場を収めました。

「あんたもプロなんだから、店内で声をかけるなんてこと、もうしないでくれよな」

 バカにするように私を見下ろした初老警察官の目は、いまも脳裏に焼き付いています。

 その後も、懲りることなく来店を続けている双子の老姉妹は、隙あらばといった動きで店内を闊歩し、私たちやお店の人を翻弄し続けています。もう顔を覚えられてしまっているので、2人に対しては防止に勤しむほかなく、勤務時間外の行動については把握できません。もはやお手上げといった感じなので、機会を作ってウチのエースに登場してもらって、しっかり見てもらおうと思っています。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

「双子の老女」による巧妙トリック!? 万引きGメンを混乱させた「女子トイレ」での一幕

 私たち保安員が一番恐れるのは、言うまでもなく誤認事故を起こすこと。私自身、過去に3度も経験しておりますが、解決するまでの間は、とても悔しく苦しい思いで過ごしたことを覚えています。誤認事故と言っても、過程を見れば、着手に至ったうえで中止されるケースが多く、巧妙な罠にはめられてしまうことも少なくありません。いわゆる「当たり屋」と呼ばれる人も存在しており、証拠隠滅の成功をいいことに居直り、浅はかな知識で人権侵害を訴えてくることもありました。そうした人ほど被害者面で喚き散らし、自ら警察を呼ぶなどして騒ぎを大きくしようとしますが、その演技性は見ていて伝わるもので、関わる全ての人を不快にさせます。今回は、私の関わった事故の中でも、一番印象深い事案についてお話していきたいと思います。

 当日の現場は、S県にあるディスカウントストアD。長年にわたって毎月コンスタントに入っている現場の一つで、土地柄なのか捕捉率は高く、1日に3件の捕捉があることも珍しくありません。比較的閑静な住宅街にありながら、競艇や競輪、オートレースなどの賭博施設までバスで行ける場所にあるため、賭け事に負けた人たちによる腹いせ的な万引きや、オケラ(一文無し)になった人たちによる「やけ酒狙い」の万引きが横行しているのです。帰宅する金まで失ってしまったのか、生きるために盗みを重ねるホームレスのような方に声をかける機会も多く、彼らが発する強烈な臭いにやられて、うまく呼吸ができずに気を失いかけたこともありました。どことなく汚らしい人ばかり来るお店ですが、馴染みの店なので不審者の選別は容易です。その一方、常習者に顔を覚えられている側面もあって、あまり居心地はよくありません。なるべく早く万引きする人を捕まえて、警察署に行って座らせてもらおうと、自分のアンテナを全開にした私は、少しでも顔を隠すべく、買ったばかりのマスクをつけて売場に入りました。

 昼のピークを迎えて混雑する店内を巡回していると、酒売場の通路で眼(がん)を振っている老女に目が止まりました。商品や値札を吟味することなく、そっぽを向きながら商品に手を伸ばす姿が気になったのです。ユニクロらしきグレーのスウェット上下を着込んだ彼女は70代前半くらいで、子ども用に見える派手な蛍光色のスニーカーが、その正体を不明にさせます。顔を見れば往年の大女優であられた菅井きんさんを意地悪にしたような感じで、左手首に下げられている使い古されたナイロンの手提げバッグが、彼女のやる気を証明しているように見えました。

(常習っぽいけど、初めて見る顔ね)

 それから、缶ビールや缶チューハイを数本ずつバッグに隠した彼女は、年齢にはそぐわない素早い動きで出入口脇にあるトイレに向かっていきます。同性であることに感謝しながら、少し間をおいてトイレに入ると、何も手にしていない状態の彼女がハンカチで手を拭っていました。2つある個室は使用中で、それとなく周囲を見回すも、先程お酒を隠したバッグは見当たらない状況です。

(どこに隠したのかしら?)

 トイレから出て、そのまま出口に向かった彼女は、店舗前の駐輪場に止めてある自転車に跨がりました。売場にいた時とは違って、周囲を警戒する様子も見せずに、平然と立ち去っていきます。
釈然としないまま、持ち込まれた商品を探すべく再度トイレに戻ると、いましがた見送ったばかりの彼女が、大きな紙袋を持って個室から出てきました。声を上げたくなる衝動をこらえて、我が目を疑いつつ改めて彼女の姿を確認すれば、蛍光色だったはずの靴がグレーのサンダルに変わっています。

(一体どういうことなのかしら?)

 声をかけようにも、目切れ(途中、目を離すこと)した状況であるし、犯罪供用物であるバッグも変わっているため、それは叶いません。出口に向かった彼女は、さっきと違う場所に停められた自転車に跨ると、先程と同じ方向に自転車を走らせました。何がどうなったのか、よくわからないまま彼女を見送ります。自分の見たものが信じられない。そんな違和感を抱えたまま、その人着(人の性別、年齢や服装、持ち物などを把握すること)を脳裏に焼き付けて、しっかりと“貯金”しました。

 数日後、以前に見送った老女が、前に見かけた時と同じ服装で店内に入ってくるのが見えました。今回も大きな紙袋を手にしていますが、重量感は感じられず、一見したところ何も入っていないようです。売場に立ち寄ることなく、トイレに直行していく彼女を遠目に見守っていると、正面口からナイロンバッグを手にした老女が入ってきました。彼女もまた、前に見かけた時と同じ服装をしています。一瞬、おばけでも見ているような気持ちになりましたが、先の出来事と照らし合わせてみると、ようやくに事態が飲み込めました。

(この人たち、双子なのね。これは、わからないわ……)

 実行役と思しきナイロンバッグのきんさんを監視下に置き、その行動を見守ると、今回は高価な牛肉や加工肉を始め、メロンやいちご、それに和菓子などを手慣れた様子でナイロンバッグの中に隠していきました。商品の隠匿を終えたナイロンバッグのきんさんは、案の定、トイレに向かって歩を進めています。追尾中、たまたま居合わせた副店長を捕まえて、事情を話しながら声掛けに立ち会ってもらうようお願いすると、少し嫌な顔をしながらも引き受けてくれました。トイレ内に入って、個室の扉をノックしたナイロンバッグのきんさんが、個室内に潜む紙袋のきんさんに、未精算の商品が詰まったナイロンバッグを手渡したところで声をかけます。

「お客様、そちらのバッグに入れた商品、ご精算いただけますか」

 すると、突然に個室の扉が閉まって施錠されると同時に、ナイロンバッグのきんさんが私たちを振り払うように早足で歩き始めました。副店長に警察への通報と個室の見張りを頼み、事務所への動向に応じるよう並走して説得を試みます。

「大丈夫だから、お話を聞かせてください。逃げると大事になりますよ」
「私は、関係ない。お金は、姉が払うと思う」

 店外に出たナイロンバッグのきんさんが自転車で走り出そうとするので、ハンドルを必死に抑えて制止していると、異変に気づいた矢崎滋さんに似た店長と数人の男性店員が駆けつけてくれました。揉み合いの中、ざっと事情を聞いて激昂したらしい店長は、オラついた巻き舌で何かを怒鳴り、自転車にしがみつくナイロンバッグのきんさんを自転車から引き剥がしにかかります。いとも簡単に引きずり降ろされたナイロンバッグのきんさんは、首根っこを掴まれた猫のような形でトイレまで連行されると、待機していた副店長にその身を預けられました。それからまもなく、ドンドンと激しくトイレの扉をたたき始めた店長が、個室内に籠城する老女に向けてドスの利いた声で怒鳴ります。

「開けろ、おら! 早く出てこい!」

 それでも扉が開く気配はありません。そこで業を煮やした店長は、若い店員にモップを持ってくるよう指示すると、残った人にお尻を押させて扉を登り始めました。左手でモップを受け取り、柄の部分を下に持つと、それをスライドさせて見事に鍵を開けてみせたのです。

「なによ、あんたたち! 女が用を足しているのに、ひどいじゃないのよ!」
開けられた扉の中では、紙袋を抱えた老女が、スウェットパンツをおろした状態で便器に座っていました。店長をはじめ、居合わせた男性全員が、すぐに俯いて目を背けた瞬間が、とてもおかしかったです。

 その後、臨場した警察官に用を済ませてから精算するつもりだったと釈明した双子の老姉妹は、覗きの被害を訴え出ることで反撃に転じました。しかし、同様の前科が明らかとなり、その言い訳は通用しません。お店側も、盗難の被害届を受理するよう警察に迫りますが、複雑な展開に扱いを嫌がった警察は、双方に厳重注意をすることで、この場を収めました。

「あんたもプロなんだから、店内で声をかけるなんてこと、もうしないでくれよな」

 バカにするように私を見下ろした初老警察官の目は、いまも脳裏に焼き付いています。

 その後も、懲りることなく来店を続けている双子の老姉妹は、隙あらばといった動きで店内を闊歩し、私たちやお店の人を翻弄し続けています。もう顔を覚えられてしまっているので、2人に対しては防止に勤しむほかなく、勤務時間外の行動については把握できません。もはやお手上げといった感じなので、機会を作ってウチのエースに登場してもらって、しっかり見てもらおうと思っています。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

ラブホテル街で避妊具を万引きした40代女性……連れの男とのド修羅場に、Gメン震撼!

 こんにちは、保安員の澄江です。

 今年の梅雨は、長いですね。ここのところ駅から遠い現場が続いているので、雨の中を歩いて出勤しなければならないことが多く、毎日の通勤が憂鬱でなりません。本音を言えば転ばないためにも、防水性の高い靴や長靴を履いて出勤したいところですが、余計な足音がたってしまって仕事にならないですし、歩く時には1日に2万歩以上も歩く仕事なので、あきらめています。この季節は、靴の中に浸み込む雨水の不快さを堪えて、よちよちと歩くほかないのです。

 長年の経験から言えば、雨の日は晴れの日に比べると万引きする人が少なく、この時期の捕捉率は低くなります。雨天時は客足が悪くなるので、やる側の心理からすると、目立ってしまう気がするのでしょう。混み合う店内の人混みのなかで、どさくさに紛れて万引き行為に至る人の方が圧倒的に多いのです。それでも、まったくないというわけではないので、私たちが油断することはありません。今回は、大雨の日に捕らえた被疑者の中でも、特に印象深かった中年カップルの末路について、お話ししていきたいと思います。

 当日の現場は、東京の繁華街にあるホテル街、その脇に位置する中規模総合スーパーD。土地柄なのか、外国人やホームレス、水商売風のお客さんが目立ち、どことなく落ち着けない雰囲気のお店です。前の契約が終了して以降、しばらくご無沙汰していたお店ですが、ここのところ夜間の被害が頻発しているようで、この日は午後2時から10時までの勤務となりました。繁華街における夜の勤務は客質が悪く、いつもより強い緊張を強いられるので、はっきり言って苦手です。

(こんな時間からホテルに入るなんて、どんな関係なのかしら……)

 年齢様々な複数のカップルと行き交いながら、小雨降りしきるホテル街を抜けて現場に向かうと、小太りで妙に顔色の悪い店長が満面の笑みで出迎えてくれました。

「お、今日は忙しくなるかな。最近、ちょこちょこと怪しいのを見かけているので、よろしく頼みますね」

 控えめな言い回しですが、言われている側の私からすれば、こうした一言が大きなプレッシャーになります。

(たくさんいるから、捕まえろ。あんた、そのために来たんだろう?)

 万引き被害は賞与査定に影響するというので、このような本音が聞こえてくる気がしてしまうのです。

(早く捕まえて、楽になりたい)

 その一心で閑散とした店内の巡回を始めると、1時間ほど経過したところで、肩に提げたトートバッグに手を差し入れている中年女性を発見しました。一見して40代前半くらいに見えますが、胸やお尻の形が強調された黒のワンピースに赤いハイヒールという典型的とも言える水商売風の服装が、その年齢を不詳にさせます。髪の毛も茶色で、お顔を確認すれば、秘書を暴行して問題になった元女性議員さんに似ておられました。男好きのするいい女と言えば聞こえはいいでしょうが、正直なところ昔で言う“尻軽女”といった雰囲気で、私の苦手とするタイプです。

(何を出したのかしら……)

 遠巻きに行動を見守っていると、トートバッグから出しされた手は握られたままで、なにかを取り出したように見えます。不審な動向を見極めるべく追尾を続ければ、ドラッグコスメのコーナーでいくつかの化粧品と0.01ミリの避妊具、マッサージオイル、それに続けて一番高価なユンケルをカゴに入れた彼女は、この店一番の死角と言える狭い通路に向かっていきました。すると、カゴの中にある商品を左手で掴んだ彼女は、右手に握っていたらしい小型カッターの刃を使って、いくつかの商品に貼られている防犯シールを切り裂き、それらを次々とトートバッグに隠していきました。防犯シールは、小さく丸められて、最終的にはキャベツの外葉を捨てるポリバケツに投げ込まれています。

(風俗関係の人かしら……)

 そんなことを想像しながら目を離さないでいると、歯磨きセットとミントタブレット、2本の缶コーヒーを棚から手にした彼女は、そのままレジに入っていきました。チラチラと後方に視線を飛ばしているところを見れば、悪いことをしている認識はあるのでしょう。いくつかの商品を精算することで、お客さんとして帰るつもりのようですが、自分の心はごまかしきれないようです。レジ店員の視線を気にして、トートバッグの口を脇の下で固く抑えた彼女は支払いを済ませると、どこか憮然とした様子で屋上駐車場に向かうエレベーターに乗り込んでいきました。同乗者は誰もおらず、同時に乗り込めば瞬時に気付かれてしまう感じです。扉が閉まり、エレベーターが動き出すのを見届けた私は、老体に鞭を打って階段を駆け上がります。

 屋上駐車場のエレベーターホールに辿りつくと同時に、エレベーターから降りてくる彼女の姿が見えました。幸いなことに、降りしきる雨に躊躇しているのか、出口前で足を止めてくれています。その隙に、閉じかけた扉の奥を覗いて隠した商品が出されていないか確認すると、それらしきモノは一つも見当たりません。

(間違いない)

 声をかけることに決めて彼女の動向を見守ると、営業車に見えるワゴン車が、彼女の前に横付けされました。

「おまたせー」

 猫撫で声を出しながら、後部座席の扉を開けた女性が、トートバッグを車内に置いたところで声をかけます。

「お客さん、すみません。お店の者ですけど、何かお忘れじゃないでしょうか?」
「はあ? なんですか?」

 眉間にしわを寄せ、目を大きく見開いた彼女は、麻生太郎さんのように口元を歪めて私を睨みつけてきました。カッターのことが気になって手を確認しましたが、いまは持っていないので、その表情に怯むことなく要件を簡潔に伝えます。

「そのトートバッグに入れた商品、お金払ってないですよね。一緒に事務所まで来てもらえますか?」
「……ごめんなさい。でも、この人は関係ないので、わからないようにしてもらっていいですか?」
「お話することはないから大丈夫ですよ」

 動じなかったことが功を奏したのか、途端に表情を変えて犯行を認めた彼女は、後部座席にあるトートバッグを取り出しながら男性に言いました。

「忘れ物しちゃったみたいだから、もう少し待ってて……」

 余計なことは聞かれたくなかったのでしょう。男性の返事を聞くことなく、その場から逃れるように扉を閉めた彼女は、自ら進んでエレベーターホールに戻っていきました。事務所に向かう道中、いつのまにか泣いていた彼女が、私の袖口を掴んで言います。

「お金払ったら、警察には行かないですよね?」
「それは店長さんが決めることで、私にはわからないのよ」
「あの人に、待っててもらって、大丈夫でしょうか?」
「どちらにせよ、お迎えは必要になると思いますけどね。お天気も悪いし……」

 事務所に連れて行き身分を確認すると、彼女は46歳のパート従業員で、仕事帰りに同僚と立ち寄ったと話していました。今回の被害は、計7点、合計1万円ほど。所持金を聞けば、3万円ほど持っているというので、経済的な理由で盗んだわけではなさそうです。一連のことを店長に報告すると、よくやってくれたと破顔の笑みで褒められ、すぐに警察を呼ぶことになりました。彼女に聞かれないように注意しながら通報を済ませて、警察官が到着するまでの間は、他愛のない話をしてつなぎます。警察を呼んだと知られた途端に暴れ出して、逃走を図る被疑者もいるので、気を逸らすことが重要なのです。

「防犯シールをカッターで切るなんて、なかなかできないことだと思いますけど、いつもやってらっしゃるの?」
「本当にすみません。お金払うので、警察だけは……」

 そんなやりとりをしているうちに、彼女のことを心配した男性が事務所に現れました。間の悪いことに、その後方には3人の警察官が続いています。

「どうしてこうなるの……」

 一気に修羅場を迎えて激しく動揺したらしい彼女は、顔を覆ってうずくまると、大声で泣き始めました。警察官の質問にも答えられないほどの乱心ぶりで、ようやくに状況を理解したらしい男性は、彼女をかばうことなく呆然としています。

「あんたたちは、どんな関係よ? ご夫婦?」
「いえ、ネットで知り合って、さっき初めて会ったんです。本当の名前も知らないくらいの関係なんですよ」
「買春するつもりじゃないだろうな?」
「ち、違いますよ……」

 警察官の質問に飄々と答えた男性は、どこか蔑んだ目で彼女を見下ろすと、その場を離れていきました。どうやら二人は、出会い系サイトを介して知り合った関係らしく、これから近くのホテルで一緒に時間を過ごす予定だったようです。

「お願い、主人には言わないで!」

 ようやく泣き終えた彼女が、警察官に放った断末魔の叫びは、いまも耳に残っています。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

【監修・伊東ゆうからの告知】
「7月16日午後6時55分より、テレビ東京系列にて放送される『悪い奴を見逃すな!THE犯罪特捜ファイル【万引き& 盗聴現場を激撮SP】』に登場いたします。前回同様、自分の出番は、最初と最後の二部構成。タオル巻きおばあちゃんとの死闘は、 自分史上に残る闘いとなりました。ぜひ全編を通してご視聴いただき、世の中を憂いてくださいませ」

『悪い奴を見逃すな!THE犯罪特捜ファイル【万引き& 盗聴現場を激撮SP】』公式サイト

ラブホテル街で避妊具を万引きした40代女性……連れの男とのド修羅場に、Gメン震撼!

 こんにちは、保安員の澄江です。

 今年の梅雨は、長いですね。ここのところ駅から遠い現場が続いているので、雨の中を歩いて出勤しなければならないことが多く、毎日の通勤が憂鬱でなりません。本音を言えば転ばないためにも、防水性の高い靴や長靴を履いて出勤したいところですが、余計な足音がたってしまって仕事にならないですし、歩く時には1日に2万歩以上も歩く仕事なので、あきらめています。この季節は、靴の中に浸み込む雨水の不快さを堪えて、よちよちと歩くほかないのです。

 長年の経験から言えば、雨の日は晴れの日に比べると万引きする人が少なく、この時期の捕捉率は低くなります。雨天時は客足が悪くなるので、やる側の心理からすると、目立ってしまう気がするのでしょう。混み合う店内の人混みのなかで、どさくさに紛れて万引き行為に至る人の方が圧倒的に多いのです。それでも、まったくないというわけではないので、私たちが油断することはありません。今回は、大雨の日に捕らえた被疑者の中でも、特に印象深かった中年カップルの末路について、お話ししていきたいと思います。

 当日の現場は、東京の繁華街にあるホテル街、その脇に位置する中規模総合スーパーD。土地柄なのか、外国人やホームレス、水商売風のお客さんが目立ち、どことなく落ち着けない雰囲気のお店です。前の契約が終了して以降、しばらくご無沙汰していたお店ですが、ここのところ夜間の被害が頻発しているようで、この日は午後2時から10時までの勤務となりました。繁華街における夜の勤務は客質が悪く、いつもより強い緊張を強いられるので、はっきり言って苦手です。

(こんな時間からホテルに入るなんて、どんな関係なのかしら……)

 年齢様々な複数のカップルと行き交いながら、小雨降りしきるホテル街を抜けて現場に向かうと、小太りで妙に顔色の悪い店長が満面の笑みで出迎えてくれました。

「お、今日は忙しくなるかな。最近、ちょこちょこと怪しいのを見かけているので、よろしく頼みますね」

 控えめな言い回しですが、言われている側の私からすれば、こうした一言が大きなプレッシャーになります。

(たくさんいるから、捕まえろ。あんた、そのために来たんだろう?)

 万引き被害は賞与査定に影響するというので、このような本音が聞こえてくる気がしてしまうのです。

(早く捕まえて、楽になりたい)

 その一心で閑散とした店内の巡回を始めると、1時間ほど経過したところで、肩に提げたトートバッグに手を差し入れている中年女性を発見しました。一見して40代前半くらいに見えますが、胸やお尻の形が強調された黒のワンピースに赤いハイヒールという典型的とも言える水商売風の服装が、その年齢を不詳にさせます。髪の毛も茶色で、お顔を確認すれば、秘書を暴行して問題になった元女性議員さんに似ておられました。男好きのするいい女と言えば聞こえはいいでしょうが、正直なところ昔で言う“尻軽女”といった雰囲気で、私の苦手とするタイプです。

(何を出したのかしら……)

 遠巻きに行動を見守っていると、トートバッグから出しされた手は握られたままで、なにかを取り出したように見えます。不審な動向を見極めるべく追尾を続ければ、ドラッグコスメのコーナーでいくつかの化粧品と0.01ミリの避妊具、マッサージオイル、それに続けて一番高価なユンケルをカゴに入れた彼女は、この店一番の死角と言える狭い通路に向かっていきました。すると、カゴの中にある商品を左手で掴んだ彼女は、右手に握っていたらしい小型カッターの刃を使って、いくつかの商品に貼られている防犯シールを切り裂き、それらを次々とトートバッグに隠していきました。防犯シールは、小さく丸められて、最終的にはキャベツの外葉を捨てるポリバケツに投げ込まれています。

(風俗関係の人かしら……)

 そんなことを想像しながら目を離さないでいると、歯磨きセットとミントタブレット、2本の缶コーヒーを棚から手にした彼女は、そのままレジに入っていきました。チラチラと後方に視線を飛ばしているところを見れば、悪いことをしている認識はあるのでしょう。いくつかの商品を精算することで、お客さんとして帰るつもりのようですが、自分の心はごまかしきれないようです。レジ店員の視線を気にして、トートバッグの口を脇の下で固く抑えた彼女は支払いを済ませると、どこか憮然とした様子で屋上駐車場に向かうエレベーターに乗り込んでいきました。同乗者は誰もおらず、同時に乗り込めば瞬時に気付かれてしまう感じです。扉が閉まり、エレベーターが動き出すのを見届けた私は、老体に鞭を打って階段を駆け上がります。

 屋上駐車場のエレベーターホールに辿りつくと同時に、エレベーターから降りてくる彼女の姿が見えました。幸いなことに、降りしきる雨に躊躇しているのか、出口前で足を止めてくれています。その隙に、閉じかけた扉の奥を覗いて隠した商品が出されていないか確認すると、それらしきモノは一つも見当たりません。

(間違いない)

 声をかけることに決めて彼女の動向を見守ると、営業車に見えるワゴン車が、彼女の前に横付けされました。

「おまたせー」

 猫撫で声を出しながら、後部座席の扉を開けた女性が、トートバッグを車内に置いたところで声をかけます。

「お客さん、すみません。お店の者ですけど、何かお忘れじゃないでしょうか?」
「はあ? なんですか?」

 眉間にしわを寄せ、目を大きく見開いた彼女は、麻生太郎さんのように口元を歪めて私を睨みつけてきました。カッターのことが気になって手を確認しましたが、いまは持っていないので、その表情に怯むことなく要件を簡潔に伝えます。

「そのトートバッグに入れた商品、お金払ってないですよね。一緒に事務所まで来てもらえますか?」
「……ごめんなさい。でも、この人は関係ないので、わからないようにしてもらっていいですか?」
「お話することはないから大丈夫ですよ」

 動じなかったことが功を奏したのか、途端に表情を変えて犯行を認めた彼女は、後部座席にあるトートバッグを取り出しながら男性に言いました。

「忘れ物しちゃったみたいだから、もう少し待ってて……」

 余計なことは聞かれたくなかったのでしょう。男性の返事を聞くことなく、その場から逃れるように扉を閉めた彼女は、自ら進んでエレベーターホールに戻っていきました。事務所に向かう道中、いつのまにか泣いていた彼女が、私の袖口を掴んで言います。

「お金払ったら、警察には行かないですよね?」
「それは店長さんが決めることで、私にはわからないのよ」
「あの人に、待っててもらって、大丈夫でしょうか?」
「どちらにせよ、お迎えは必要になると思いますけどね。お天気も悪いし……」

 事務所に連れて行き身分を確認すると、彼女は46歳のパート従業員で、仕事帰りに同僚と立ち寄ったと話していました。今回の被害は、計7点、合計1万円ほど。所持金を聞けば、3万円ほど持っているというので、経済的な理由で盗んだわけではなさそうです。一連のことを店長に報告すると、よくやってくれたと破顔の笑みで褒められ、すぐに警察を呼ぶことになりました。彼女に聞かれないように注意しながら通報を済ませて、警察官が到着するまでの間は、他愛のない話をしてつなぎます。警察を呼んだと知られた途端に暴れ出して、逃走を図る被疑者もいるので、気を逸らすことが重要なのです。

「防犯シールをカッターで切るなんて、なかなかできないことだと思いますけど、いつもやってらっしゃるの?」
「本当にすみません。お金払うので、警察だけは……」

 そんなやりとりをしているうちに、彼女のことを心配した男性が事務所に現れました。間の悪いことに、その後方には3人の警察官が続いています。

「どうしてこうなるの……」

 一気に修羅場を迎えて激しく動揺したらしい彼女は、顔を覆ってうずくまると、大声で泣き始めました。警察官の質問にも答えられないほどの乱心ぶりで、ようやくに状況を理解したらしい男性は、彼女をかばうことなく呆然としています。

「あんたたちは、どんな関係よ? ご夫婦?」
「いえ、ネットで知り合って、さっき初めて会ったんです。本当の名前も知らないくらいの関係なんですよ」
「買春するつもりじゃないだろうな?」
「ち、違いますよ……」

 警察官の質問に飄々と答えた男性は、どこか蔑んだ目で彼女を見下ろすと、その場を離れていきました。どうやら二人は、出会い系サイトを介して知り合った関係らしく、これから近くのホテルで一緒に時間を過ごす予定だったようです。

「お願い、主人には言わないで!」

 ようやく泣き終えた彼女が、警察官に放った断末魔の叫びは、いまも耳に残っています。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

【監修・伊東ゆうからの告知】
「7月16日午後6時55分より、テレビ東京系列にて放送される『悪い奴を見逃すな!THE犯罪特捜ファイル【万引き& 盗聴現場を激撮SP】』に登場いたします。前回同様、自分の出番は、最初と最後の二部構成。タオル巻きおばあちゃんとの死闘は、 自分史上に残る闘いとなりました。ぜひ全編を通してご視聴いただき、世の中を憂いてくださいませ」

『悪い奴を見逃すな!THE犯罪特捜ファイル【万引き& 盗聴現場を激撮SP】』公式サイト

「くさいわね……」電動車いすのおばあちゃん万引き犯、Gメンが眉をひそめた“異臭の正体”

 こんにちは、保安員の澄江です。

 ここのところ、捕捉に至るのは高齢者の方ばかりで、日常の業務において介護的な要素が強まってきました。当然のことながら足腰の悪い人が多く、事務所まで来てもらうだけのことにも、ひと苦労。ようやく事務所に到着したと思えば、会話が成立しないことも多々あって、手の震えが止まらずに自分の名前を書けない人もいれば、住所や生年月日、電話番号などを正確に言えない人まで存在します。最終的には、警察に引き渡すほかない状況に陥りますが、彼らの扱いに困るのは警察も一緒です。

 特に、被疑者に前科があり、「ヤサ(住居)なし、カネなし、ガラウケ(身柄引き受け先)なし」といった逮捕要件が揃ってしまう場合には、目もあてられません。腰の曲がった老人といえども、逮捕するほかない状況になるので、特に嫌がられてしまうのです。そのため、あからさまに被害届を出させないように仕向けてくる警察官も一部の地域で存在しており、犯罪処理における地域格差のようなものを感じることも少なくありません。今回は、少し前に捕まえた電動車いすに乗ったおばあちゃんについて、お話ししていきたいと思います。

 当日の現場は、東京の下町商店街の中に位置する食品スーパーE。どうやら高齢化の著しい地域らしく、お店があるアーケード型商店街のメイン通路は、いつもお年寄りだらけで、杖をついて歩く人や施設の方などに車いすを押されて進む高齢者の姿が目立ちます。

 この店の開店時間は、午前9時。それに合わせて現場に入ると、平日の早い時間にもかかわらず、すぐに多数のお客さんが入ってきました。店内に溢れるお客さんの中には、朝から酒のニオイを漂わせる日雇労働者風の男性や、妙に不審な動きをする高齢者が多数混在しています。勤務開始早々から、万引きしているだろう人を二人見かけましたが、いずれもタイミングが合わずに現認不足となり、声をかけることはできませんでした。

(ここは「いる現場」だから、きっと大丈夫……)

 いままでの経験からすれば、この店で捕捉がない日はありません。少しイラついた気持ちを落ち着かせるべく、見通しの良い中央通路に佇んでいると、この店一番の死角である日用品売場に、黄色の電動車いすに乗ったおばあちゃんが入っていくのが見えました。曲がり際に、不自然なほど後方を気にしていたのが、どうにも気にかかります。最大限の早足で駆け付けて彼女の行動を見守ると、膝の上に載せたカゴの中にある惣菜や果物などの商品を、次々と自分のバッグに移し替えているのが見えました。

 これまでノーマークだったために、棚取りは一つも見ておらず、このまま出られてしまえば、またしても見送る結果を招きます。タイミングが合わない時は、なぜかこういうことが続くものなのです。しかし、彼女の大胆な所業は、これに止まることなく継続されました。精肉や和菓子など、いくつかの商品をカゴに入れると、まるでそうするのが当たり前といった動きで、自分のバッグに隠していったのです。

 それから白菜や長ネギ、モヤシなど、比較的安価でかさばる商品だけ、きちんと精算を済ませた彼女は、お客様係に先導されながら、屋外の駐輪場に直結するエレベーターに乗り込んでいきます。思い切って同じエレベーターに乗り込んだ私は、すぐに行先ボタンを押して扉を閉めました。地上階に到着するまでの間、窃盗の被疑者と二人きりで過ごすエレベーター内の空気が、いつもより重たく感じられたことを覚えています。

「お先にどうぞ」
「ありがとう」

 先に彼女を行かせて、電動車いすが公道に出て走り始めたところで横に並んだ私は、そこであらためて声をかけました。

「おばあちゃん、ちょっと待って。お店の者ですけど、お金払ってないものあるでしょう?」
「ひっつ!? なんだって?」

 少し驚いた様子を見せた彼女は、口の中でずれた入れ歯を直しながら、コンドルのような鋭い目で私を睨んできました。どうやら聞こえなかったようなので、膝の上にある盗品を詰めたバッグを軽く叩きながら、もう一度ゆっくりと、少し大きめの声で言い直します。

「お店の者ですけど、このバッグの中にいれたモノ、お金払ってほしいんですよ」
「あら、そうだったかしら? もう今年で90になるから、忘れちゃうのよ。堪忍ね……」

 惚ける姿勢を見せながらも、用意していたかのようにスラスラと言い訳する彼女の姿からは、こうした場面に慣れているような雰囲気が伝わってきました。見え透いた言い訳を聞くことなく、電動車いすに乗った彼女をエレベーターまで連れ戻すと、さっき乗った時には感じなかった異臭が室内に漂っています。

(くさいわね……。一体、なんのニオイかしら?)

 エレベーターに乗っている間、なるべく息を吸わないようにして過ごした私は、扉が開くと同時に外に出て、廊下に置かれた書類などを除けながら電動車いすを誘導します。応接室内に電動車いすの駐車スペースを確保して、バッグの中に隠したモノをテーブルの上に出してもらうと、ステーキ肉や高級ハム、幕の内弁当、さくらんぼ、もみじまんじゅうなど、計8点、合計9,000円ほどの商品が出てきました。盗んだモノを並べてみれば豪華な感じに見えますが、一度盗まれたモノとしてみると、なぜか汚らしく見えてくるのが不思議です。

「今日は、どうしたんですか?」
「年金だけじゃあ、おいしいもの食べられないから……」
「買い取るだけのお金はあるのかな?」
「それが全然足りないのよ。このお肉とメロンは、お返ししてもいいかしら」

 土産物屋で見かける古臭いガマグチに入れられた彼女の所持金は、小銭と合わせても3,000円足らずで、全ての商品を買い取ることはできません。身分を証明できるものも持っていないというので、仕方なく紙に書いてもらうよう頼むと、心電図のような線で書かれた文字は解読不能。やむなく口頭での聴き取りを試みれば、入れ歯がずれてしまってうまくしゃべれない状況です。できることがなくなり、内線電話で店長を呼び出して状況を説明すると、電動車いすで万引きするなんて人は初めてだと驚き、迷うことなく警察に通報されました。身元がわからないことよりも、商品の買い取りができないことの方が、通報の決め手になったようです。

 まもなくして到着した警察官たちは、彼女の身元がはっきりしないことにイラつきを隠さず、仕方なさそうな雰囲気で彼女を警察署に連れていきました。電動車いすは、店の裏口に置かせてもらうこととなり、自力で歩くことのできない彼女は、警察官が両脇を担ぐ形でパトカーに乗せられています。

 その後の調べで89歳の独居老人であることが判明した彼女は、それと同時にいくつかの前科も明らかとなったようで、刑事課で扱うことが決まりました。簡単に言ってしまえば、逮捕の可能性が高いといえる状況です。

(うっつ……)

 お店での実況見分を終えて警察署に向かい、刑事課に入ると、お店のエレベーターで嗅いだのと同じ異臭が、自然に息を止めてしまうほど強く漂っていました。この場から離れたいという衝動を堪えて、どことなく桂歌丸さんに似た担当の刑事さんに異臭の正体を尋ねてみます。

「あの、すみません。すごくくさいんですけど、これはなんのニオイですか……」
「え? あんた、知らなかったの? あのばあさん、おもらししちゃってて、大変だったんだ。声をかけられたときに出ちゃったって話していたから、てっきり気付いているかと思っていたよ。ほんと、くせえよなあ。今日は、散々だ……」

 臭いの正体を知り、余計に気持ち悪くなった私は、書類ができるまで廊下のベンチで待つことにしました。しばらくベンチに座っていると、両脇を警察官に抱えられて、物干し竿に吊るされた衣服のような形になった彼女が、私の面前を通過していきます。詳しくは聞きませんでしたが、健康上の問題から拘留に耐えられないと判断されて在宅調べとなり、私より先に帰宅を許されたようです。およそ3時間後に書類が出来上がり、署名捺印をするために刑事課の取調室に戻ると、あれだけ強く漂っていた異臭は、いつの間にか消えていました。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

グリコ・森永事件の犯人を彷彿――万引きGメンがゾッとした「キツネ目の少年」の悪事とは?

 こんにちは、保安員の澄江です。

 今年の夏も、また暑くなりそうですね。商店に訪れるお客さんも、今年は早目に衣替えを済まされたようで、先月あたりから不審者の見極めが容易になってきました。薄着の方が商品を隠す場所が限定されるため、重ね着をする冬場よりも、不審者の存在が目立つようになるのです。

 店内に現れる不審者は、なにも万引きする人ばかりではありません。先月は、とあるスーパーで、清涼飲料水のペットボトルに貼られたQRコード付きのシールを次々と剥がして、商品を損壊する高校生らしきキツネ目の少年を発見しました。なんでも、若者に人気がある女性アイドルグループの限定動画を見ることができるのだそうです。

 犯行の実行現場となったドリンク売場のすぐ脇には、アイドルグループのポスターが貼られており、ジュースに使用されているキャラクターの着ぐるみが、大きなアクションで幼稚園児と思しき姉妹の相手をしています。それにもかかわらず、少年は万引きする時と同じ挙動で3本のペットボトルを手に取り、着ぐるみに背を向けて、ごそごそと不審な動きで商品をいじると、それを売場に戻して立ち去りました。気付かれないよう、少年が戻したペットボトルを確認してみると、貼られていたはずのシールがなくなっています。

 販促品のシールを剥がして持ち去る行為は、それだけでも窃盗罪が成立します。飲料とシールを合わせて、初めて一つの商品と解釈されるために、その商品自体が被害品となるのです。シールが貼られていない商品の多くは売れ残りますし、シール目当てのお客さんから余計なクレームを頂戴することもあるので、商店の頭を悩ませる小さくも煩わしい問題の一つと言えるでしょう。

 何かしたのか確認するべく、そのまま後をつけると、拳を固く握りしめたままドリンク売場を離れた少年は、その足で隣接するフードコートに入っていきました。比較的奥の方の席に着き、手の中にあるシールをテーブルの上に置くと、爪の先を使って、1枚ずつ丁寧に広げて並べています。

(あら、嫌だ……)

 スマホでQRコードを読み取った少年が、件の動画を見始めたところで、背筋に鋭い悪寒が走りました。ものすごく、いやらしい顔をしていたのです。興奮した面持ちで、鼻の下を伸ばしながら食い入るように画面を見つめる少年の姿は、欲望丸出しといった様子で、おぞましいほどでした。声をかけたい気持ちになりましたが、シールを剥がした瞬間は見ることができなかったし、少し怖かったので、やむなく見送った次第です。

 数時間後。巡回中にドリンク売場の前を通りかかると、先ほど見送ったキツネ目の少年が、いつのまにか店内に戻ってきていました。防犯カメラが気になるのか、不自然に天井を見回しています。

(ちょっと怖いけど、今日は万引き犯が挙がってないし、次やったら声をかけよう)

 それからまもなく、同じ手口を用いてペットボトルから4枚のシールを剥ぎ取った少年は、それを握りしめたまま、またしてもフードコートに向かって行きました。今回は、犯行の一部始終を現認できたので、先程と同じ席についた少年が、テーブルの上にシールを並べたところで声をかけます。

「すみません、お店の保安員です。そのシール、ほかにも楽しみにしている人が多くて、剥がされちゃうと困るのよ。ちょっと事務所まで、一緒に来てもらってもいいですか?」
「はあ? そんなことしてねえし。これは、前に買って、持ってきたものなんだけど」
「今日、ここに2回来られて、2回とも同じことされてますよね? いくらなんでも、7本はやりすぎですよ」
「はあ? なにもやってねえし。じゃあ、証拠を見せてよ。防犯カメラとか、ついてるんでしょ?」

 思い切り居直られてしまい、まるで埒が明かないので、仕方なくその場にマネージャーを呼び出して事情を説明します。すると、たまたまドリンクの品出しも担当されていた中野英雄さん似のマネージャーから、ここ数日、毎日のようにシールが剥がされていると、そっと耳打ちされました。

「きっと、全部この子の仕業でしょうから、証拠になる映像を探してみましょう」
「お手数かけて申し訳ございません」

 どちらかといえば、進んで同行に応じた少年に剥がしたシールを持たせて、3人で防災センターに向かいます。防犯カメラの位置を確認していたので、撮られていない自信があるのでしょう。防災センターの応接室に入ってからも、証拠がなかったらどうしてくれるんだと、私を挑発するように大人顔負けのセリフを吐き続けています。

「証拠が出てきたら、どうするか。それも考えておいてくださいね」
「おお、なんでもしますよ。そんなのあるわけねえし」

 実行場所と時間をマネージャーに伝えて、防犯カメラの映像を確認していただいた結果、少年が犯行に及んだ場所の真上に設置されたドーム型の防犯カメラに、犯行の一部始終が収録されていることがわかりました。少なくとも2枚のシールを、ペットボトルから剥がす瞬間が見て取れるというので、証拠としては十分なものといえるでしょう。しかし、警察など司法関係者以外に、防犯カメラの映像を公開していけないという社内規則があるらしく、その映像を確認させることはできません。証拠となり得る映像が見つかったことを少年に告げたマネージャーは、このまま否認を続けるならば警察に通報すると、冷たく言い渡しました。すっかり狼狽した様子を見せて、目に涙をためながら両手の拳を固く握りしめて俯いた少年は、座っているパイプ椅子が音を立てるほどに激しく体を震わせています。すると、突然に顔を上げて、泣き叫ぶように言いました。

「どうせないから、見せられないんだろ? 証拠があるなら、いますぐ見せてみろよ!」
「素直に謝ったら許してあげようと思ったけど、そこまで言うなら仕方ないね」
「やっていないものは、やっていない!」
「わかった。じゃあ、俺もとことん付き合うよ」

 怖いくらいに厳しい顔で席を立ったマネージャーは、目の前にある固定電話の受話器をあげて警察を呼びました。これほどまでに否認を続けるのは、きっと何か理由があるはず。話を聞いてみたい気持ちになりましたが、異様に興奮した面持ちで、わなわなと体を震わせ続ける少年に話しかける勇気もありません。警察が到着するまで一緒にいてもらえるようマネージャーにお願いして、彼の背中に隠れるようにしていると、まもなくして二人の警察官がやって来ました。

「シールだけ剥がして、なにすんだ? ちゃんと買ってから剥がせよ」
「いや、そんなことはしていません。証拠もないのに、ひどい話です」
「じゃあ、このシールは、どうした?」
「これは、前から持っているやつで……」

 少しイラついた様子の警察官が少年の身分を確認すると、少年は17歳の高校生で、この店から歩いて15分ほどのところに両親と暮らしているとのことでした。所持品検査の結果、少年のポケットからは、先ほど持たせたものと別のシールが7枚も出てきましたが、いまだ否認を続けています。痺れを切らして防犯カメラの映像を検証することにした警察官は、マネージャーに頼んで、ペットボトルに貼られたシールをつまんでいる瞬間を再生させ、モニター画面を接写した写真をプリントして少年に提示しました。

「いま見てきたけど、防犯カメラに全部写っていたぞ。もう、いいかげんあきらめろ」
「ごめんなさい! でも、学校には言わないでください! うあーん……」

 決定的な写真を提示され、一瞬にして絶望の表情に変えた少年は、すぐに降参して幼児のごとく号泣しています。店内でペットボトルに手を伸ばす少年の写真は、グリコ・森永事件で公開された手配写真を彷彿させ、キツネ目の男の末裔をみたような気持ちになりました。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

「マジ、ウケるんだけどー」万引きGメンが四国出張で遭遇した、“2人の少女”への複雑な思い

 こんにちは、保安員の澄江です。

 今年のゴールデンウイークは、長かったですね。10連休を取られた方も多くおられたようで羨ましい限りですが、私たち保安員の仕事に暦は関係ありません。連休の恩恵をあげれば、通勤利用する電車が空いていて、車内で座れることに小さな喜びを感じるくらいでしょうか。休日は、むしろ依頼が増えるので、連休をもらえることなどないのです。

 数年前に一度だけ、四国地方の現場に出張して、連休の勤務に従事したことがありました。とあるクライアントの担当者から、人手不足で保安警備に悩むエリアマネージャーをご紹介いただき、5日間ほど出張することになったのです。四国地方の現場に入るのは、これが初めてのこと。さまざまな不安を覚えましたが、お受けするとなれば、独り身で自由の利く私が担当するほかない状況でしたし、見知らぬ土地で仕事ができる機会も貴重だろうと、思い切ってお受けしたのです。今回は、その時に遭遇した2人の少女について、お話ししていきたいと思います。

 出張先の現場は、地元で有名な歓楽街の近くに位置する大型ショッピングモールY。食品のほか、日用品やコスメドラッグ、衣料品などの商品を扱っており、フードコートをはじめ、ゲームセンターや映画館も併設されている大きなショッピングモールです。当日の勤務は、午前11時から。入店手続きを終えて事務所に行くと、銀行員のような雰囲気を持つ40代後半であろう店長さんに、意外なほど歓迎されました。

「ああ、東京から来た保安の方! お待ちしていましたよ。こっちには、私服警備をやられている警備会社が少ないもんですから、困っていたのです」
「そうでしたか。被害は、かなり頻繁にあるのですか?」
「東京の店と比べたら、のんびりしていると思いますけど、ここは比較的ガラの悪い地域なので多いんですよ。常習さんも、たくさんおられるので、みんな捕まえちゃってください。費用もかかっていますし、なんとかお願いします!」
「はい、頑張ります……」

 早口で窮状を訴えながらも、費用対効果の成果を暗に求める店長の言葉が、この上ないプレッシャーとなって私に圧し掛かります。期待に応えるべく、気を引き締めて売場に入るも、客数の少なさに愕然とさせられました。連休の影響なのかもしれませんが、東京の現場と比べると、その2割くらいの客入りしかないのです。犯行の多くは人混みに紛れて実行されるので、客入りが悪ければ万引きされる確率も低くなります。たとえ常習者が現れても、一対一の状況に陥ってしまう状況といえ、気付かれることなく犯行を現認するのも難しい状況と言えるでしょう。

 自分の実力が試されているような気分になった私は、メインの出入口が見渡せる場所に身を潜めて、来店者の流れを観察することから始めました。しかし、店に来るのは幸福そうに見える家族連ればかりで、特に気になる人の入店はないまま時間だけが過ぎていきます。どうやら、彼らから発せられる平和なムードが、店内の防犯効果を高めているようです。

(少し早いけど、休憩を取ってしまおうか……)

 現場の流れを変えるには、気を抜くのが一番いい。誰かに教わったことを思い出して、休憩に入るべくお弁当を選んでいると、10代半ばに見える女の子の2人組が店に入ってくるのが見えました。2人共、年齢にそぐわぬ派手なメイクで、胸元が大きく開いたシャツを着ていますが、寝起き感の漂うボサボサの髪と足元の使い古したクロックスタイプの汚いサンダルが、全てを台無しにしています。どこを見ても、だらしない。そんな感じに見える2人の肩には、何も入ってなさそうな大きめのナイロンバッグがかけられており、幸せそうな家族連れの群れの中で大きな異彩を放っていました。手にしていたお弁当を戻して2人の後を追うと、迷うことなく化粧品売場に直行し、売場にいる店員を気にしながら、化粧品やサプリメント、入浴剤、美容器具など、多数の商品をナイロンバッグに隠していきます。一瞬だけ垣間見えたバッグの中は、銀色の紙が張り巡らされており、防犯機器対策も万全のようです。

 犯行を終えた2人は、エスカレーターに乗り込んで、映画館の方に向かって行きました。空に見えたナイロンバッグは、隠した商品で歪な形に大きく膨らんでおり、2人が歩を進めるたびに、アルミホイルのシャカシャカ音が聞こえてきます。

(映画館の中に逃げ込むつもりかしら? 敷居をまたいだら、声をかけなくちゃ……)

 そう心に決めて追尾すると、2人は入口の手前にある休憩スペースに入り、上映中である『名探偵コナン』の大きな立て看板の後ろに身を隠して、バッグに隠した商品を床に並べ始めました。まもなくして商品のパッケージを開き始めたため、気付かれぬよう2人の後方から忍び寄って、そっと声をかけます。

「こんにちは、お店の保安員です。それ、お金払わないとダメよ」
「保安員?」
「私服警備員のことよ。万引きGメンって言ったらわかるかな?」
「え? ウソ? マジ? ウチら、万引きGメンに捕まったの? マジ、ウケるんだけどー」

 犯行は素直に認めてくれたものの、反省した様子のない2人は、事務所に向かう途中、万引きGメンに捕まったと、妙なテンションで盛り上がっていました。

「ウチも、万引きGメンやってみたいんですけど、どうやったらなれますか?」
「前科があったらなれないの。あなたは、大丈夫かしら?」
「そりゃ、だめだあ。キャハハハ……」

 捕まったことを楽しんでいるかのような2人の振る舞いに困惑しながら事務所に入り、ナイロンバッグに隠した商品を出させると、どことなくmisonoさんに似ている少女のバッグからは25点(3万4,000円相当)の商品が、どことなく若い頃のハイヒールモモコさんに似た少女のバッグからは18点(2万8,000円相当)の商品が出てきました。一番高額なのは、美顔ローラー(3,980円・税別)で、2人とも同じものを盗んでいます。

「こういうこと、いつもしてるの?」
「まあ、ぶっちゃっけ金ないし、ここは楽勝なんで」
「このアルミホイルは、なんのために?」
「ゲートが鳴らなくなるって、ネットの掲示板でみたから……」

 misonoさん似の少女が、あっけらかんと、どこか勝ち誇ったように言いました。どうやら彼女の方がリーダー格のようで、モモコさん似の方の少女は、ただうなずいて同調しています。所持金を聞けば、2人共に3,000円程度しか持っておらず、商品を買い取ることはできません。身分を証明できるものはないというので、メモ用紙に人定事項を書いてもらうと、2 人とも16歳で、この店の近所におばあちゃんと2人で暮らしていると話しました。

「おばあちゃん、迎えに来てくれるかな?」
「前に捕まった時、これが最後って言っていたから、多分来てくれない」
「お父さん、お母さんは?」
「……いない。たぶん死んでる」

 幼馴染だという2人は、同じような境遇に育ったらしく、中学を卒業してからは、地元のスナックで一緒にバイトしているそうです。これ以上、彼女たちの生い立ちを知ってしまえば、情に流されてしまう。そんな気がして、逃げるように席を離れた私は、内線電話で店長を呼び出します。

 連絡を受けて駆けつけた店長は、被害品の多さに呆れ、未成年者であることを考慮しても許せないと警察を呼びました。まもなくして現場に臨場した少年課の女刑事が、被疑者2人の所持品検査を終えたところで、misono似の少女が言います。

「今日は、夕方からバイトがあるんですけど、何時に帰れますか?」
「当たり前だけど、今日のバイトは行けないね。あんたたち、保護観中だよね? もしかしたら、しばらく帰れないかもしれないよ」
「マジかあ……」

 ようやくに自分の立場を悟ったらしい2人は、テーブルの下で手を握り合って俯き、すすり泣き始めました。すると、その姿を見た女刑事が、2人に向かって言います。

「あんたたち、乳首見えているわよ。背筋を伸ばしていなさい」

 その瞬間、店長の視線が彼女たちの胸元に走ったのを現認した私は、この人も捕まえた方がいいと言いたい気持ちになりました。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

「おばあちゃんに捕まえられるの?」意地悪なクライアントに見せた、ベテラン万引きGメン熟練の技

 こんにちは、保安員の澄江です。

 来年開催される東京五輪に向けて、繁華街に高性能な防犯カメラを設置するなど、国の防犯対策も激しくなってきました。商業施設においても同様で、改装などに合わせて顔認証機器や動作認証機器を導入する店舗が増えてきています。数年前までは、防犯カメラから不審者の写真を取り出し、事務所に貼り出すなどして警戒するのが一般的でした。それがいまや顔認証登録されている者が入店すると同時に発報し、不審者の顔写真や位置情報が表示される時代なのです。認証技術が進んだ現在、無人店舗の開発も急速に進んでいるので、これも自然の流れといえるでしょう。

 その効果なのかはわかりませんが、万引き被害は減少傾向にあり、以前に比べると私の関わる捕捉件数も少なくなってきました。それでも、現場によっては被害が頻発しており、いつも気の抜けない状況にいることに違いはありません。今回は、最新の防犯機器を導入している店舗で捕捉した常習犯について、お話したいと思います。

 当日の現場は、東京近郊のベッドタウンにあるショッピングセンターX。真新しいモニターに囲まれた防災センターで、新装開店に合わせて昇進異動してきたという30代前半に見える若いマネージャーに勤務開始の挨拶を済ませると、「最新の顔認証システムを導入したから」と専用の受信端末を持たされました。不審者の顔登録は、各クライアントの判断によるもので、私たちが携わることはありません。

「運用を始めたばかりで、まだ数人しか登録できていませんが、発報したら必ずチェックしてください。毎日同じ時間に来て、たくさん持っていく人もいるので、お願いします」

 昇進したばかりだからなのか、やる気に満ちあふれ、自分の査定に直結する商品ロスを少しでも減らしたい気持ちで一杯らしいマネージャーは、値踏みするような表情で1枚のプリントを差し出しました。

(こんなおばあちゃんに、万引き犯が捕まえられるのか?)

 きっとそう思っているだろうマネージャーの眼差しを無視してプリントを受け取り、その内容を確認すると、50代くらいに見える女性が正面口から入店してくる様子や、食品売場でカゴから自分のバッグに商品を移し替えている瞬間など複数枚の写真が掲載されていました。入退店時刻を確認すれば、そのほとんどが午前11時台に集中しています。本日の業務は、午前11時から。マネージャーによれば、毎日来店して、その都度犯行に及んでいるようで、なんとなく縁があるような気がしてきます。

(このマネージャーを、見返してやりたい)

 写真に写る女の顔と、犯行に用いたバッグの形状を覚えた私は、使い慣れない端末を持って現場に入りました。

 まずは、ランチ目当ての買物客であふれる地下の食品売場を中心に、ゆるりと巡回を始めます。気持ちに左右されて頑張りすぎてしまうと、思い込みなどから誤認事故発生のリスクが高まるので、気楽に巡回するくらいがちょうどいいのです。するとまもなく、持たされている顔認証端末が発報。情報の確認をするべく、パスワードを入力してみましたが、どうにもうまく開けません。エスカレーターに近い売場の陰で、それを何度か繰り返していると、11時の女が一階から降りてくるのが見えました。いつものバッグも手にしており、今日もやる気を感じさせます。

 追尾すると、果実や総菜、菓子、 消臭剤などをバッグに隠した彼女は、売場の死角に空になったカゴを放置すると、なにも買うことなくエスカレーターに乗り込みました。在店時間は、ほんの3分ほどで、なにも買っていないので、ただ盗みに来たといえる状況です。後ろ向きに乗車して後方を警戒しているところを見れば、悪いことをしている自覚はあるようですが、捕まりたくないという気持ちも強いのでしょう。素知らぬふりをしてエスカレーターに乗り込んだ私は、そそくさと外に出ていく彼女に声をかけます。

「あの、お客さ………」

 捕捉時の口上を言い終える前に走り出した彼女は、出口脇に停められた自転車のカゴに隠した商品を詰めたバッグを放り込むと、自転車に跨って逃走を図りました。

「待ちなさい!」

 走り出そうとする自転車を制止するべく、叫びながら咄嗟にリアキャリアを掴みます。すると、バランスを崩した彼女は転倒して、自転車の下敷きになりました。

「危ないから逃げないで! 大丈夫ですか?」
「すみません、びっくりしちゃって……」

 彼女は正気を取り戻したのか、逃走を断念したらしく、自転車を起こしてあげると、腰をさすりながら防災センターへの同行に応じました。身分確認をさせてもらうと彼女は56歳で、ここから自転車で10分くらいのところにあるアパートに、旦那さんと二人で暮らしていると言いました。この日の被害は、計8点、合計2,800円ほど。女の所持金は、2,000円に満たないので、被害品の全てを買い取るには少し足りない状況です。

「盗っちゃった理由、なにかありますか?」
「主人が糖尿病で足を失ってしまって……働けなくなったので、お金がないんです」
「ご自身は、お仕事されてないの?」
「はい。この歳ですし、主人の看病もあるので、なかなか見つからなくて……」

 館内放送で防災センターに呼び出されたマネージャーは、応接室で涙を流す彼女の顔を見るなり、話をしようともせずにスマホを取り出して警察に通報しました。臨場した警察官に、今までの経緯を説明したマネージャーは、被害届を出すと息巻いています。

 実況見分を終えて、警察署に向かうことをマネージャーに報告すると、意地悪気な顔をしたマネージャーがいいました。

「このシステムがあれば、捕まえるの、簡単でしょう?」
「実は、パスワードを入れても見れなかったので、ちょっとわからないです」
「はあ? じゃあ、なんでわかったの?」
「タイミングさえあえば、写真だけでも十分でございますよ」

 そんなシステムなどなくても、十分に仕事はできるのです。

 その後、微罪処分とされた女は、両足がないはずの旦那さんが歩いて現れ、その日のうちに帰宅を許されました。どんよりとした気持ちで家路についたのは、言うまでもありません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)