サッカー部の万引き少年が、逃走中に事故! 右足があらぬ方向に……それでも「同情できない」Gメンの胸中

 こんにちは、保安員の澄江です。

 年末年始は、1週間ほどお休みをいただけたので、ゆっくりと過ごすことができました。自宅にいる時は、大好きなテレビにかじりついて、リモコンを片手にさまざまな番組をチェック。お笑い番組と格闘技中継を交互に見ながら年を越し、お正月は簡単なおせちを肴に、やはりいろんな特番を見て、この上なくだらだらと過ごしました。

 今年は、自宅の近所にある高校が「全国高校サッカー選手権大会」に出場しており、こちらも観戦。詳しいルールはよくわからないものの、ご近所という縁があるだけでも気持ちは入るもので、テレビの前でひとり声を上げてしまいました。パソコンやスマートフォンを思うように扱えない私にとって、最大の娯楽はテレビなのです。

(そういえば、あの子もサッカー部だったわね。あの後、走れるようになったかしら)

 その試合中、ボールを持った選手がフェイントをかけて相手の選手をかわすシーンを見て、ある少年のことを思い出しました。今回は、そのことについてお話ししたいと思います。

重くどんよりした雰囲気の大型スーパーY

 当日の現場は、関東郊外の住宅地にある大型スーパーY。食品はもちろん、衣類やドラッグコスメ、文具や玩具、家電まで扱う大型の総合スーパーです。自宅から1時間半ほどかかる場所にあるため、交通費負担の事情などから、普段は入らない現場なのですが、急な欠員が出てしまったということで変更となり、この日が初日の勤務となりました。営業の担当さんによれば、この地域で一番と言えるほど荒れた現場だそうで、外国人を含め、相当数の常習者を抱えているとのこと。古い造りの老舗店であるため、防犯機器の導入も少なく、保安員を入れるたびに複数の捕捉がある状況だと聞きました。

 街の雰囲気を掴むために、少し早めに出て駅前を散策してみると、団地とパチンコ屋、スナック、ファストフード店ばかりが目立ちます。その街並みは、どこかどんよりとしていて、ここに住みたいと思わせないような雰囲気を醸し出していました。裏口の入管を経て、入店の挨拶をするために総合事務所まで出向くと、フットボールアワーの岩尾さんに似た店長さんから、見るからに面倒くさそうな態度で対応されます。

「あれ、初めて見る顔だな。いつもの人は、どうした?」
「身内に不幸があったようで、今日は私が担当することになりました。連絡入っていませんか?」
「ああ、なんか聞いたかもなあ。まあ、いいや。面倒なことは、お断りだからさ。それだけ気をつけて、あとは適当にやってください」

 まるで信用されていないようですが、初日の現場ではよくあることなので、特に気にすることなく現場に入ります。

 巡回を始める前に店内の状況を確認すると、出入口が多く複雑な売場は死角だらけで、重くどんよりとした雰囲気が充満していました。おそらくは、店長さんにやる気がないのでしょう。剥がされた値札や中抜きされた商品の空き箱なども、商品棚のあちこちに放置されており、かなりの被害が見て取れます。万引き被害は、店長さんのやる気がないほど、大きくなってしまうものなのです。

 どこで何を盗まれてもおかしくない状況なので、自分の勘に任せて被害の多そうなフロアを中心に巡回していると、しばらくして家電フロアのドライヤーコーナーで眼(がん)を振る(あちこちに目を飛ばして周囲を警戒すること)ブレザー姿の高校生らしき少年が目に止まりました。前髪と襟足だけが異常に長い鶏冠のようなヘアスタイルと、ワイシャツの裾をズボンから出したままにしているだらしのない姿が印象的な少年で、ディスプレイされたくるくるドライヤーを手に、異様なほど鋭い目つきで周囲を窺っていたのです。目を離せない気持ちになって、少し離れたところから行動を見守っていると、鶏のような動きであちこちに視線を飛ばした少年は、ブレザーのポケットから小さなニッパーを取り出しました。そして、くるくるドライヤーのサンプル品につけられたワイヤーを切断すると、それを手に持ったまま下りのエスカレーターに乗り込んで、そのまま外に出て行ってしまいます。

「こんにちは、お店の者で……待ちなさい!」

 声をかけると同時に、少年は脇目も振らずに走り出し、隣接する駐車場に逃げ込んでいきました。慌てて後を追えば、駐車場の管理をしているおじさんの制止を振り切って、場内に侵入していく姿が確認できます。駐車場の出入口はひとつしかなく、周囲の壁も越えられる高さではないので逃げ場はありません。行き場を失い、駐車場の隅まで追い詰められた少年に、努めて冷静に優しく声をかけます。

「危ないから、逃げないで。大丈夫だから、ね?」

 そう言いながら、袖口を掴むべく距離を詰めると、少年は素早く身を捩り、右へ左へと素早いステップを踏んで、私の前から姿を消しました。

「待ちなさい!」

 慌てて振り返ると、心配して様子を見に来てくれていたおじさんが両手を広げて少年の行く手を阻んで見せましたが、同じようにステップを踏まれて、あっという間にかわされてしまいます。

「いやあ、悔しいなあ。あんなに速くちゃあ、捕まえられないよ」
「ああ、逃げられちゃった。私、ここの保安員なんです。あとで説明に来ますね」

 もはや走れないので、できるだけの早足で少年の後を追うと、けたたましいスキール音に続けて大きな衝撃音が聞こえてきました。駐車場から大通りに出ると、前方が凹んだ車が道の真ん中に停まっており、道路上には少年が横たわっています。

「もう、だから言ったじゃない。大丈夫?」
「あ、あ、足が……」

 駆けつけて声をかけると、しきりと足の痛みを訴えるので確認してみれば、右足があらぬ方向に曲がっていました。とても痛そうに苦しんでいますが、傍らに落ちたくるくるドライヤーを見ると、同情する気にはなれません。その場で救急車を呼び、まもなく駆けつけた警察官に事情を話すと、顔面蒼白の状態で泣き咽ぶ少年を見下ろして言いました。

「お前、バカだなあ。しばらくそうして反省してろ」

 警察官に付き添われて救急搬送される少年を見送った私は、別の警察官と共に事務所に向かいます。万引きをして逃走した結果、急に飛び出して事故に遭ったという事実を明らかにするため、店長に被害届を出してもらえるよう、話してほしいというのです。

「面倒なことは、お断りって言ったよね?」

 意地悪げに言う店長をなだめて、私が警察署に出向いて書類を作ることを条件に了解を得た後、店内、駐車場、道路における実況見分を済ませて警察署に向かいます。この日の行き先は、少年課。書類作成中に得られた情報によれば、少年は店の近くにある私立高校に通う高校2年生で、右足の複雑骨折により入院されたそうです。

「さっき、ご両親と連絡がついたんだけど、この子、サッカー部のレギュラー選手なんだってさ。全国大会出場を目指しているから、学校には言わないでくれって。お母さんは、息子のやったことより、学校とかケガのことを気にしていたなあ」

 過去に捕捉した高校生の例を振り返れば、野球やバスケットなどよりもサッカーをやっている子の事例が多く、声かけ時の逃走率も高いように感じます。ここ数年、少子化の影響もあって少年による万引きは減少していますが、その成功例……つまり捕まらなかった例に目を向ければ、その暗数は計り知れません。集団で来店して、堂々と万引きしていくグループも、各地に存在しています。保安員を探して追いかけ回し、盗撮した写真をSNSのグループで共有する高校生グループもありました。逃げるが勝ち。バレなければ、何をしてもいい。捕まえられるものなら、捕まえてみろ。そんなゲーム感覚の万引きに興じて、将来を台無しにするほど、愚かしいことはないのです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

万引き犯に「おれと結婚してくれないか」と口説かれ……Gメンが呆れた「生活保護老人」の顛末

 こんにちは、保安員の澄江です。

 仕事柄、万引き事件に関する報道は、毎日必ずチェックしていますが、長年にわたって万引きの現場に携わってきた私から見ても、近頃の事案は目を疑う内容のものばかりです。特に衝撃を受けたのは、連続発生した警察官による万引き。なかでも、山形県警の警視(49)による事件には驚愕しました。地元で交通安全講習の講師を務めた帰り、県内にある百貨店の食品売場に立ち寄って、牛タンやタラバ蟹の缶詰(1個・5,400円)などを複数ずつ盗んで逮捕(被害総額は1万3,000円相当)されたそうです。報道によれば、声をかけた女性保安員を突き飛ばして、20メートルほど逃走した後、たまたま居合わせた人たちに取り押さえられたとのこと。事後強盗(窃盗犯が、財物の取り返しを防ぐため、逮捕されることを免れるため、または、罪証隠滅のために、暴行・脅迫をすること)にもなり得る事案といえ、我が事として立場を置き換えて考えてみれば、とても許せる内容ではありません。犯行理由を問われた警視は、なんで盗んでしまったのか自分でもわからないと供述しているそうですが、盗んだモノや数から判断するに初めてのこととは思えず、常習性を感じてしまいます。

 また、車やラブホテルを根城にして、埼玉県下で万引きや店舗荒らしなどを繰り返していた泥棒一家の摘発も衝撃的でした。盗みの実行役は父親と息子で、盗品を高値で買い取らせるために磨き、換金するのは母親や長女といった具合に役割分担していたそうで、家族で組織的な犯行に臨む暮らしぶりは昔の盗賊のように思えます。盗んだモノを食らい、換金することで生活してきた一家の行く末を思うと、暗澹たる気持ちにさせられました。

 失うモノのない人が、一番強い。

 近頃は、規範意識はおろか、モラルの欠片もない、いわゆる志願兵(刑務所に入りたくて万引をする人)をはじめ、「無敵の人」による犯行が目立ちます。万引きだけでは警察に相手にしてもらえないからと、声をかけてきた店の人や保安員に暴行をして、留置場入りを目指す人まで存在するのです。もはや、年金や生活保護などを受給できる立場にあるだけでも、幸せなのかもしれません。今回は、とある生活保護受給者を捕らえた時のことについて、お話ししていきたいと思います。

 この日の現場は、関東郊外にある公営ギャンブル施設に隣接する食品スーパーL。夕方のピークを迎えて、メインの出入口を見渡せるパン売場に佇んで、入店者のチェックをしていると、居合わせた男性客から突然に声をかけられました。

「ねえ、お姉さん。どのあんぱんが、一番うまいと思う?」

 反射的に顔を見上げれば、70代前半と思しき見知らぬ男性が、人懐こい顔で私の顔を見ながらニヤニヤしています。大きめの顔についた小さな目と、数本の歯しか残っていない幅広い口が印象的な笑顔は、アンパンマンに出てくるカバオくんを彷彿させ、どこか憎めない感じがしました。

「いつもこれを買うけど、口に合うかしら」
「へえ……。小さいのが、たくさん入っているなあ。ねえ、一緒に食べない? 今日はボートで勝ったから、ごちそうするよ」
「あらー、ありがたいわね。でも、時間ないから遠慮しとくわ」

 酒とするめいかが混じったような臭い呼気を吸わないように顔を背けて誘いを断ると、その場で地団駄を踏んでみせたカバオくんが、少し大きめの声で悔しそうに言いました。

「なんだよ。今日は、大勝ちして金あるから、遠慮しないでいいのに……」

 まるで旧知の知り合いのように話しかけてくるので、微笑みながら軽くいなして立ち位置を変えると、あんぱんをカゴに入れたカバオくんは、続けて草大福を手に取って売場を離れていきます。草大福を握った手をカゴの中に入れたまま歩き始めたので、それが気になって後を追えば、まもなくしてズボンのポケットに隠してしまいました。先ほど、お金があると自慢していたのは、周囲を油断させるためのことだったのでしょうか。カバオくんは、草大福をポケットに隠したまま、素知らぬ顔でカゴにある商品の支払を済ませ、購入した商品を袋に詰めると出口に向かって歩いていきます。

(お饅頭ひとつだけだし、面倒くさそうな人だから、見送ってしまおうか……)

 そんな気持ちで行動を見守れば、カバオくんは出入口脇に設置された生花売場の前で立ち止まり、一対分の生花を手にして店の外に出て行ってしまいました。

(やっぱり、声をかけないとダメね)

 出入口脇にある駐輪場で、使い古された自転車のカゴにレジ袋を入れたカバオくんに、警戒されぬよう親しげに声をかけます。

「もう、お帰りなの? なにか、お忘れじゃないかしら?」
「ああ、あんぱん? あげるからウチで一緒に食べようよ。女房が死んでからは、おれひとりだから、大丈夫。汚いアパート住まいだけど、金はあるよ」

 身分を明かすことなく声をかけてしまったのが悪かったのか、随分と勘違いしている様子のカバオくんに、あらためて用件を告げます。

「私、実は、このお店の保安員なんです。あんぱんじゃなくて、草大福とお花のこと、ちょっと聞かせてもらいたいのよ」
「ああ、花と大福は、死んだ女房の仏壇にあげるんだよ。すぐそこだから、線香でもあげてやってよ」
「そうじゃなくて、ちゃんとお金を払っていただかないと困るんですよ。ちょっと事務所まで来てもらっていいかしら」
「ああ、そうだ。うっかりしちゃったなあ。面倒だから、ここで払うよ」

 カバオくんは、ズボンの後ろポケットから、使い込まれて四隅が白くなった黒革の二つ折り財布を取り出し、中身を見せつけるように財布を開くと、新券の1万円札を取り出して私に押し付けました。財布の中には、大量の1万円札が束で入っており、一見して100万円近くあるようにみえます。

「迷惑かけたから、釣りはいらねえよ」
「そういうわけにはいかないのよ。事務所で払ってもらっていい?」
「仕方ねえなあ」

 事務所で身分を確認させてもらうと、カバオくんは73歳。子どもはおらず、身寄りもないそうなので、ガラウケ(身柄引受人のこと)は用意できそうにありません。被害を確認すると、計3点、合計894円となりました。財布には、90万円ほどの現金が入っており、なぜ盗んだのか気になります。

「こんなにたくさんお金あるのに、どうして払わなかったんですか?」
「お供え物にお金つかうの、もったいないじゃない。すぐダメになっちゃうし、誰も食べないから」
「そんなことしたら、仏様が可哀想ですよ。ひどいなあ」
「ああ、あんた、優しい人だな。よかったら、おれと結婚してくれないか。生活保護をもらっている関係で、安アパート住まいだけど、博打で年に1000万は稼いでるから金はあるんだ。おれと一緒にいたら贅沢できるよ」

 まるで反省していない様子で、楽しそうに私を口説き続けるカバオくんに呆れた店長は、いつもなら出さない被害届を「今回は、出す」と意気込みました。これから警察対応を始めるとなると、間違いなく残業となり、経費負担が増します。早く帰宅したい一心で、再考するよう仕向けてみましたが、店長の意思を変えることはできませんでした。

 まもなく駆けつけた警察官が、カバオくんの身体捜検と犯歴照会に続けて、自転車の防犯登録を確認します。すると、その自転車が盗品であることが判明。一時は逮捕もあり得る雰囲気になりましたが、悪運が強いのか基本送致される(逮捕、拘留されることなく書類送検されること)に止まりました。

「おい、とっつあん! こんなに金を持っているんだから、生活保護なんて必要ないだろう」

 所持金の出所を自慢気に話してしまったがために、警察から市役所に通報されることにもなり、生活保護の支給まで見直される様相です。2人並んでベンチに座り、迎えのパトカーを待っていると、ようやくに自分の立場を理解したらしいカバオくんが、ひどく落ち込んだ様子で呟きました。

「えらいことになっちゃったなあ」
「仏様にひどいことした罰なのかもしれないわね」

 少し意地悪気に話すと、不意に背筋を伸ばしたカバオくんが、神妙な面持ちで手を合わせて祈り始めます。

「母ちゃん、おれが悪かったよ。勘弁してくれ……」

 盗んだモノを仏前に供えるなど、決して許されることではないのです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

「人間のクズ」と店長戦慄! 万引きGメンに捕まった少女、その両親の恐るべき“復讐”とは

 こんにちは、保安員の澄江です。

 普段は、生鮮市場やスーパーマーケット、ショッピングモールなど、食品をメインに扱う現場を中心に担当している私ですが、少し前に大きな家具屋さんでの勤務を経験しました。家具屋さんといっても、ずいぶんと現代的な造りをした店舗で、おしゃれな雑貨から珍しい輸入食品まで、家具以外にも幅広い商品を多数扱う地元の人気店です。週末や祝祭日は、周辺道路が渋滞するほどの盛況ぶりで、その混雑に乗じた犯行が横行しているとのこと。いままで付き合っていた保安会社が誤認事故を起こしたことを理由に、契約を弊社に切り替えていただいたそうで、手の抜けない週末になる気配を感じます。40代前半と思しきLiLicoさん似の女性店長に入店の挨拶を済ませて、この店の被害状況を尋ねると、にこやかにプレッシャーをかけられました。

「年間の被害で300万くらいです。たくさんいると思いますけど、間違いだけは起こさないでくださいね」

 大物家具のショールームである2階に、万引きされるようなものは見当たらないので、1階の売場を中心に巡回することとします。店内の状況を把握するべく、広大な売場を見て回ると、雑貨や小物家具をはじめ、食器、菓子、文具、ワイン、化粧品など、比較的高価で魅力的な商品が溢れていました。なくても困らない贅沢品を好む傾向のある万引き犯からすれば、格好の獲物と言える商品ばかりで、なにを盗まれてもおかしくない感じがします。店員さんの姿もまばらなため、やる気になればなんでも盗れる状況にあると言っても過言ではなく、その被害は想像以上に多いと感じられました。中抜きされたらしい商品の空き箱や除去された防犯タグなど、被害の痕跡も多数放置されており、被害者である店側の防犯意識は低そうです。

(ここは、確かにやられているわね。広い店だから、油断しないようにしないと……)

 たくさんの常習者を抱える店舗に入ると、嫌な予感がするもので、どこか落ち着かない気持ちにさせられます。おそらくは長年の経験によるものと思われますが、お店の持つ雰囲気や構造、扱う商品、土地柄などから、見えない情報が伝わってくるのです。

 嫌な予感ほどよく当たるもので、この日は前半の勤務だけでも、2件の見送りがありました。現認のタイミングが合わず、犯意成立要件の一部が欠けてしまい、声をかけるまでに至らなかったのです。短時間の内に失敗を繰り返したことで、自分の存在意義がないような気持ちになってしまい、どうにもならないくらいにイラついて心が落ち着きません。お昼休憩をいただくことで、冷静さを取り戻し、後半の勤務に臨んだ私は、不審者の目星をつけるべく、入店してくるお客さんの様子を眺めることから業務を再開します。

(あまり、いい子には見えないわね……)

 そうしてまもなく、一見して中学生くらいに見える女の子が、店に入ってくるのが目につきました。中学生が1人でくるようなタイプの店ではありませんが、周囲を確認してみても保護者らしき人の姿は見あたりません。キティちゃんのプリントが入った派手なスウェットを上下に着込んで、パステルカラーの大きなスポーツバッグを斜めがけした彼女の姿は、高級感あふれる店内で異彩を放っています。その違和感から行動を見守ることにすると、腰元にあったスポーツバッグをおなかの方にずらした彼女は、チャックを全開にして、輸入物の高級調理器具が並ぶ売場に入っていきます。近くにある商品棚の陰に潜んで、棚の隙間から彼女の行動を覗きみれば、色違いのスウェット上下に身を包んだ30代後半と思しきカップルと言葉を交わしているように見えました。それからまもなくして、カップルは売場を離れていきましたが、1人残された彼女は動こうとしません。

(なにか、おかしいわね。顔見知りなのかしら)

 そのまま行動を見守っていると、子どもらしからぬ悪い目で周囲の様子を窺った彼女は、1本の高級包丁を手にしました。プラケースに貼られた防犯シールを、人差し指の爪で剥がしているようで、爪から発せられるガリガリという音が広い店内にこだましています。どこで教わったのか、剥がし終えたシールは別の商品に貼りつける悪質さで、我が目を疑う気持ちにさせられました。防犯シールの除去を終えた高級包丁を、素早くバッグに隠した彼女は、次に小さなフライパンを手にしました。それも同様の手口でバッグに隠すと、さらに続けて小鍋やトングなど、いくつかの商品を隠していきます。防犯機器を手際よく除去して、臆することなく大胆に商品を隠していく彼女の様子に、常習性を感じたのは言うまでもありません。バッグのチャックを閉めて歩き始めた彼女の後を追うと、迷うことなく化粧品売場に入っていきます。

(あ! また、いる……)

 化粧品売場に目をやると、彼女のほかに、あのカップルの姿もありました。近づける雰囲気ではないので、遠目から注意深く観察すれば、それとなく彼女に近づいて、なにやら呟いているように見えます。一連のことが偶然のこととは思えず、なにをするでもなく早々と売場を離れていく2人の行き先も気になりますが、現認の取れている彼女から目を離すわけにもいきません。

 その場に止まって彼女の動向を見守っていると、再度バッグのチャックを開いた彼女は、棚取りした箱入りの化粧水を中抜きしてバッグに隠しました。空き箱は潰して、棚の隙間にねじ込んでいます。それに続けて、乳液や口紅、アイシャドー、ファンデーションなどを手にした彼女は、同様の手口で全てをバッグに隠しました。

(今日は、ここまでかな)

 重みの増したバッグのチャックを閉めて、足早に歩き始めた彼女は、レジを通ることなく店の出口を通過しました。バッグのひもを掴んで彼女を呼び止めると、店内で見かけたカップルが、ママチャリに乗って駆けつけます。

「おい。ウチの娘に、何をしているんだ。その手を離せ!」

 どことなくパンチ佐藤さんに似ている男の、どこか偉そうに聞こえる独特のしゃべり方が耳に障ります。

「あら、こちらのご両親でしたか。お店の者ですけど、このバッグの中に、お支払いただかないといけないものがたくさん入ってるので、事務所まで一緒に来ていただけますか?」

 少し嫌味っぽく言うと、どこか不良っぽい、朝青龍に似た顔をした母親が、彼女を睨みつけて言いました。

「ええっつ!? あんた、本当なの?」

 黙って頷く彼女でしたが、目撃した状況と盗んだ商品から察するに、彼らが指示を出して盗ませたに違いありません。全ての罪を子どもになすりつける悪質な姿勢は、親どころか人として許せないレベルで、こんな人間を親に持つ彼女が可哀想に思えました。

「よく言って聞かせますし、買い取らせていただきますので、今回だけは勘弁してもらえませんか」

 言い慣れたセリフを言うように、まるで気持ちのこもっていない口調で許しを乞う母親を無視した私は、「大丈夫だから」と宥めながら、嫌がる一家を事務所まで連れて行きます。事務所の扉を開くと、彼らの顔を見た店長が慌てた様子で駆け寄ってきました。

「いつも、ご迷惑をおかけしております。また、迷惑駐車でしょうか?」
「いや、その……」
「なにか支障がございましたら、すぐに警備員を……」
「いや、今日は、大丈夫なんだけど……」

 どうやら店長の顔見知りらしく、なにかを勘違いされているようなので、私の口から状況を説明します。すると、店長は途端に態度を急変させ、思いのほか乱暴な口調で言いました。

「いままで散々クレームをつけてきたうえに、商品まで盗んでいくなんて、あんまりじゃないのよ」
「まだ小学校を卒業したばかりの子どもがやったことだし、全部買い取るから、それでお願いしますよ。いつも迷惑してるのは、こっちの方なんだし、お互い様でしょ?」
「はあ? いくらお隣で、ご迷惑をかけているとはいえ、それとこれとは話が別よ。子どもだけの話かどうか、警察を呼んで調べてもらいますね」
「ああ、呼べよ。そこまでするなら、おれも考えるよ」

 固定電話の受話器を上げ、その場で通報を始めた店長の横で、母親が言いました。

「お隣同士、お互い様なんだから、今日のところは勘弁してもらえませんかねえ。ご近所だから、こんなことで揉めても、ろくなことないわよ」
「申し訳ないけど、ご近所だからこそ許せません。このお店には、二度と立ち入らないでくださいね」

 この日の被害は、計11点、合計で2万6,000円ほどとなりました。隣人の圧力に屈することなく被害届を出した店長でしたが、駆けつけた所轄の警察官が防犯カメラの映像を確認した結果、両親が犯行に加担した証拠となるような映像がなく、共犯関係の立証は叶いません。被疑者である娘さんも、まだ13歳なので罪に問われることはなく、虐待の恐れありという注意をつけられたうえで、児童相談所に通報されていました。結局、誰ひとり罰を受けることなく、事件は終結。捕らえた被疑者に、罰を与えることを目的に仕事をしているわけではありませんが、どこか釈然としない気持ちになったことは否めません。

 その後、出入禁止となった一家が店に来ることはなくなりましたが、その代わりなのか、迷惑駐車や店舗周辺道路の渋滞に関するクレーム電話が頻繁に入るようになりました。そのうちの何度かは110番に通報され、その度に警察官から指導を受けているようです。

「あの人たち、ウチの駐車場も、好き勝手に使ってるのよ。犬の散歩までして、ウンチも片付けないの。ほんと、人間のクズよね……」

 憎まれっ子、世に憚る。

 気の強い店長が頭を抱える姿を見て、向こうの方が一枚上手だと、言い知れぬ敗北感を味わった次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

さっき捕まえた「ヨーダ似の老婆」舞い戻ってきた!? 万引きGメンの「世にも奇妙な物語」

 こんにちは、保安員の澄江です。

 レギュラーで入っているスーパーで勤務していたときのことです。小学校低学年くらいに見える可愛らしい双子の姉妹が店に入ってきました。どうやら一卵性双生児のようで、服や靴はもちろん、持ち物に髪形までもがお揃いで、親でなければ見分けられないほどよく似ておられます。あまりに可愛らしく「初めてのおつかい」を見る気分で幼い2人の動向を気にしながら巡回していると、同じタイミングで同じ商品を手に取り、その瞬間に同じ言葉を発する場面を目撃。以心伝心とはこのことだと、とても不思議で興味深かったです。

 まるで孫を見送る祖母のような気持ちで、お菓子を片手に仲良く店を出て行く姉妹の背中を見送りつつ、ふと、先日起きた薄気味悪い事件を思い出しました。

 それはついこの前のことです。新規の契約先となった総合スーパーにて、初日の勤務を任されました。契約初日の勤務を任されるのは、会社から信頼されている証。そう言ってしまえば聞こえはいいですが、結果を出さなければならないプレッシャーが強く、慣れた現場における勤務よりも疲れます。

「ウチは、常習さんも含めてたくさんいるけど、大丈夫? この仕事は、長いの?」
「はい、40年ちょっとくらいになります。いればわかると思いますので、充分に注意して巡回しますね」
「ほー。今日は、忙しくなりそうだなあ」

ヨーダ似の老婆が見せた熟練の早業

 目を丸くして感心しつつも、まるで期待してなさそうなゴリラ顔の店長さんに挨拶を済ませて、妙なプレッシャーを感じながら現場に入ると、邪悪な目をした老婆が店に入ってくるのが見えました。

(あのおばあさん、やりにきたのかな)

 『スター・ウォーズ』に出てくるヨーダに似た目をした老婆から、溢れ出るような犯意を感じた私は、その行動を確認するべく彼女の行動を確認します。するとまもなく、ヨーダは厚揚げ、ちくわ、ウインナーなどの商品を手にし、店の死角通路で花柄の刺繍が入った黒のトートバッグに商品を全て隠すと、なにひとつ買うことなく外に出ていってしまいました。その熟練された早業は、この仕事に長年従事してきた私からしても目を見張るほどの技術で、相当な常習者だと感じられます。

「お店の者です。このバッグの中に入れたモノ、お支払いただけますか?」
「あら、いやだ。うっかりしてた! いま払うから……」
「申し訳ないけど、事務所でお支払いただけますか?」
「なんで? 嫌だよお……」

 声をかけると同時に、踵を返して店内に戻ろうとしたので、腰元を咄嗟に掴んで制止します。両足の爪先を立てて一歩も歩こうとしないヨーダの体を、後方から押すようにして事務所に連れていき、事務作業中の店長さんに引き渡しました。

「万引きです」
「え? もう? スゲエなあ」

 指定の場所にヨーダを座らせ、トートバッグに隠したモノをデスクに出させると、計5点、合計1,200円ほどの商品が出てきました。話を聞けば、ヨーダはこの店の近くに住んでいるといい、年齢は78歳で、身分を証明するモノは持っておらず、所持金は300円ほどしかないと言います。買取不能であることが判明した途端に、顔色を変えた店長は、少し乱暴な口調でヨーダを責め始めました。

「一度あんたのバッグに入れられたものを、お店で売るわけにはいかないから買い取ってもらいたいんだけど、家の人とか、誰か立て替えてくれる人は呼べるの?」
「妹と一緒に住んでいるけど、いまケンカしてるから頼りたくない。全部返すから、それで勘弁しておくれ」
「なんで盗っちゃうんだよ? 悪いことだって、わかってんだろ?」
「年金だけじゃあ、生活が苦しくて、食べていけないのよ。あたしじゃなくて、世の中が悪いんだよお」

 まるで反省の見えない態度で店長さんに許しを乞うたヨーダは、まもなく警察に引き渡されると、なにかしらの前科があったらしく簡易送致されることになりました。

(一件挙がって、カッコもついたし、後半はゆっくり回ろう)

 所轄警察署における逮捕手続きを終えて、食事休憩を済ませて店内に戻ると、先程まで隣の取調室で喚いていたヨーダの姿が目に入りました。

(意外と早く解放されたみたいだけど、何をしにきたのかしら? 謝罪に来るようなタイプではないし……)

 一度捕らえた被疑者に、私から声をかけることはありません。報復を始め、何が起こるかわからないので、気付かれないように姿を隠して、動向を見守るのがセオリーなのです。目的がわかるまで行動を注視すると決めて、遠巻きにヨーダの行動を見守っていると、伊達巻やさつま揚げ、ウインナー、梅干しなど、朝に盗んだモノと同じような商品ばかりをカゴの中に放り込んでいきます。確か、彼女の所持金は、300円ほどしかなかったはず。状況が変わっていないとすれば、カゴの中の商品を買うことはできません。

(ちゃんと払えるのかしら?)

 あたりまえの疑問を胸に注視を続けると、しきりと後方を振り返りながら死角通路に入ったヨーダは、左手首にかけたトートバッグの中に商品を隠し込みました。なにひとつ商品を買うことなく、またしても盗むだけ盗んで店の外に出たヨーダに、言い知れぬ怒りを堪えて声をかけます。

「あなた、さっき捕まったばかりなのに、なにやってんのよ」
「へ? あんた、なんだい? 知らないよ」

 同じ人を複数回捕捉することは、さほど珍しいことではありません。過去には、半年くらいの間に、合わせて8回も声をかけさせられた痴呆症の常習老女もおられました。しかし、半世紀近いキャリアの中でも、1日のうちに同じ人を2回捕まえた経験はありません。

「あなた、よく言うわねえ。とにかく、お金払ってもらわないと」
「ああ、はいはい」

 事務所に連れて行くと、彼女の顔を見た店長さんが、顔を真っ赤にして怒鳴りました。

「おい、ばあさん。なに考えてんだよ? あんた、さっき捕まって警察に行ったばかりだろう」
「はあ? あたし、警察になんか行ってないよ」

 怒る店長さんを宥めて、先と同じ段取りで商品を出させると、計6点、1,800円ほどの商品が出てきました。どこで手に入れてきたのか、お金は持っているというので見せてもらうと、5,000円ほど所持しています。

「このお金、どうしたの?」
「どうしたのって、あたしのお金だよ」
「こんなにあるんだったら、さっきのやつも買ってくれたらよかったのに」
「さっきのやつって、なによ?」

 あからさまに否認を続けるヨーダの態度を、どこかおかしいと感じた私は、通報に必要な人定事項を事故処理表に書いてもらいました。警察への通報を終えて、前件の事故処理表を手に戻ってきた店長が、それを受け取って照合します。

「あれ? 住所は同じだけど、名前が違う!」
「それ、なんて名前よ?」

 店長が名前を読み上げると、苦笑したヨーダは言いました。

「それ、姉さんの名前だわ」
「ええっっ!?」
「私たち、双子なのよ」

 その後、駆けつけた警察官によれば、この姉妹は所轄内で名を馳せる常習者とのこと。いつもは共犯でやるのにと首を傾げていましたが、恐らくはケンカをしている最中のため、別々に来て盗んだのでしょう。同じ日に、同じ店で、同じようなことをして、同じ人に捕まる。この奇跡が、双子だからこその能力だとすれば、もっといいことに使ってほしいものです。

 ひどく重たい気持ちで警察署に戻ると、地域課の前にある廊下で、ようやくに取り調べを終えたらしい姉と、これから取り調べを受ける妹が遭遇する場面がありました。よく観察してみれば、靴とトートバッグがお揃いで、色違いのモノを着用しています。

「あら、迎えに来てくれたの?」

 同じ顔で、2人同時に同じ言葉を発する双子の老姉妹を見ても、少しも可愛いとは思えませんでした。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

万引きGメンの息子が、スーパーで「万引き」! 「親子で何やってんだよ」店長さんの痛烈な皮肉

 こんにちは、保安員の澄江です。

 先日、大手警備会社であるセコムの従業員が、警報機の誤発報を起こした契約先に合鍵を使って入室した際、カルティエの高級時計など計125万円相当の貴金属を盗んで逮捕されるという事件がありました。まもなく盗品を転売しているところをみれば、計画的な犯行だったのでしょう。家宅捜索の結果、多くの高級時計が発見されたというので、常習性も高そうです。人の財産や生命を守る立場にある警備員が、勤務中に、ましてや制服姿で犯行に及ぶなど言語道断の行為で、同業者の端くれとして大きな憤りを覚えます。被害者の立場からすれば、セコムをしていたおかげで窃盗被害に遭ったことになり、恐らくは人間不信に陥ってしまうでしょうね。警察OBの天下り先として名を馳せる同社が、どのように信頼回復を図っていくのか、今後の推移に注目したいところです。

 少し前には、埼玉県三郷市内にある警備会社の社員が、契約先から預かった3億6000万円もの現金を盗み出して、指名手配された後に逮捕されるという事件もありました。さらに言えば、女性万引きGメンがドラッグストアで万引きをして、警戒中の同業者に逮捕されるという事件も記憶に刻まれています。彼らの愚行は、業界全体の信用を大きく失墜させるもので、その罪は重いと言わざるを得ません。今回は、関係者による犯罪行為のおかげで、ひどく気まずい思いをした事案について、お話していきたいと思います。

 当日の現場は、東京の下町に位置する生鮮食品スーパーE。値段の安さと豊富な品揃えが評判で、地域一番の人気店として知られる昔ながらの名店です。

 この日の勤務は、開店時刻である午前9時から午後5時まで。事務所に出向いて、30代前半と思しき関ジャニ∞・村上信五さん似の店長さんに入店の挨拶を済ませると、壁に貼られている「出入禁止の方々」というタイトルがつけられた1枚のポスターを見せられました。

「この人たちが来たら、必ず知らせてください」

 そのポスターには、20人ほどの顔写真が、不規則な形で並べられていました。少しでも顔を覚えるべく凝視すれば、どこか不潔な感じのする人ばかりで、皆一様に不貞腐れた顔をしています。捕捉された万引き犯だけでなく、酒に酔って暴れた人や意味なく商品を損壊して回る人なども含まれているようで、写真の脇に「暴力を振るってきます」「焼魚を指で押します」などという変わったキャプションがつけられている人もいました。

「もし来たら、どうするのですか?」
「出て行ってもらいますよ。出禁なんだから、当たり前じゃないですか」

 万引きをして捕捉された被疑者に、今後二度と店に出入りしない旨の誓約書を書かせる店は多く、それを約束させることで被害届を出さないで済ませることは珍しくありません。しかし無用のトラブルを避けるためなのか、たとえ約束を破って再来店されたとしても、厳しく適用する店は少なく、それとなく見守ってやり過ごすのが通常の対応と言えるでしょう。しかし、この店は違うようです。

「ずいぶんと、厳しくされているんですね」
「この辺は、酔っ払いも多いし、あまり治安のいい街じゃないから仕方ないよね。約束は、きちんと守ってもらわないと」

 ここに万引き犯を捕まえてきたら、どんなことになるのでしょうか。稀にみるほど厳しい対応を見せそうな気配に、気の抜けない雰囲気を感じた私は、いつにも増して気合を入れて巡回を始めました。

 業務終了まで、あと30分。なにひとつ成果が出ない状況に焦りながら巡回していると、お菓子売場の通路に1人佇む小学5年生くらいに見える坊主頭の少年が目に止まりました。なにをしているのか、下を向いて、ごそごそとしている姿が気になったのです。

(この店に、小学生が来るなんて、珍しいわね)

 妙な違和感を覚えて動向を注視していると、商品棚に目を移した少年は、睨むような目で周囲を警戒しながらペッツのリフィル(8個入)を手に取りました。上着のチャックを開けて、それを脇に挟む形で隠した少年は、すぐにチャックを閉めて、出口に向かって歩いていきます。

「ねえ、ぼく。お菓子のお金、払ってもらわないと困るんだけど……」
「……え? ごめんなさい」

 外に出たところで声をかけ、事務所まで連れて行く道中に話を聞けば、少年はこの店の近くに住んでいる小学4年生で、今日は1人で来たと話しています。事務所に着いたところで、懐に入れてしまったモノをテーブルの上に出してもらうと、ズボンのボタンの上からドナルドダックが顔を出しているのが見えました。恐らくこれは、下を向いているときに入れていたのでしょう。ペッツのリフィルのほかに、ドナルドダッグのディスペンサーも盗っていたのです。被害総額は800円程度となりますが、少年が持っていたマジックテープ式の財布の中には、200円足らずしか入っておらず、商品を買い取ることはできません。店長さんは、まだ小学生だからと、警察は呼ばずに保護者に迎えに来てもらうよう私に指示し、少年に断わりを入れて写真を1枚撮ると、バタバタと売場に戻っていきました。

「怒られるから嫌だ。ママには知られたくない」

 駄々をこねて保護者の連絡先を教えようとしない少年に、このままだと警察を呼ぶことになってしまうと、優しくも厳しい口調で通告します。警察という言葉を聞いて、すぐに降参したらしい少年は、財布から自宅の電話番号が書かれたメモを取り出しました。事務所にいた女性マネージャーにメモを渡して連絡してもらうと、すぐに母親と連絡がつき、まもなく迎えに来てくれると言います。

「お母さんが来てくれるっていうから、もうちょっと待っていてね」
「ひっつ、うぐっつ……」

 頬全体を涙で濡らし、必死に嗚咽を堪える少年を宥めながら母親の到着を待っていると、この店を一緒に担当している同僚のTさんが、慌てた様子で事務所に入ってきました。

「あれ、Tさん!? そんなに慌てて、どうしたのよ?」
「あ、ねえさん。実は……」
「いま処理中なのよ。私に話があるなら、ちょっと待って……」
「いえ、違うんです。実は、私、この子を迎えに来たんです」

 そう言って、泣き咽ぶ少年の脇に立った彼女は、その場に立ち尽くして涙を流し始めました。瞬く間に頬を濡らす様が、少年の泣き方と同じで、本当に親子なのだと確信したことを覚えています。

 彼女とは、研修会で顔を合わせる程度の関係しかありませんが、会社の同僚であることに違いはありません。あまりの気まずさに言葉を失った私は、事務的に処理を進めることで、この場からの脱出を目指すことにしました。それを察したらしいTさんも、財布を弄って釣銭のないように商品代金を用意すると、出入禁止の誓約書に署名しなさいと自分の息子に迫っています。

「もう、この店に来たらダメなんだからね。わかった?」
「うん……」
「捕まってよかったんだよ。感謝しないと」
「はい……」

 まるで自分が捕まえてきた少年万引き犯に説諭しているように見えますが、この2人の立場は加害者側。こちらが恥ずかしくなるような違和感を覚えつつ2人を見守っていると、泣きながら誓約書に署名する親子を前に、何か汚いものをみる時のような顔をした店長さんが、吐き捨てるように言いました。

「まったく、親子で何やってんだよ。ほんと、どうしようもねえな。今月一杯で契約解除するって、あなたの会社にも伝えといて」

 今月の契約日数は、あと1日しか残っていません。全ての処理を終えて、気の利いた言葉をかけられないままTさん親子を見送った私は、一連のことを担当部長に報告しました。すぐに謝罪に行かれた部長さんでしたが、店長さんは聞く耳を持たず、状況は変えられなかったそうです。

 そうして迎えた契約最終日。Tさんに代わって現場に入り、入店の挨拶をするべく事務所に伺うと、出迎えてくれた店長さんが気まずそうな顔で言いました。

「せっかく捕まえてもらったのに、契約を切っちゃって申し訳ない。自分のところで使っている保安員の息子が、母親の現場で万引きするなんて気持ち悪くて、どうしても許せなくてさ」
「いえいえ、仕方のないことですよ。あんなこともあるんですねえ」

 何気なく壁に目をやると、少年の写真が追加される形で「出入禁止の方々ポスター」が新調されていました。どこか嫌な気持ちになったのは、言うまでもありません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

「このくそババア!」鬼嫁にブチギレられた“万引き老婆”……Gメンとの再会で恨み節炸裂!!

 こんにちは、保安員の澄江です。

 いままで多くの万引き犯を捕まえてきた私ですが、印象深い被疑者や現在取り扱っている常習者を除いては、そのほとんどを記憶に残していません。日々、さまざまな土地の現場を巡回しているので、自分の手で捕まえた犯人はおろか、お店や警察の担当者の顔を覚えるだけでも大変なのです。年齢のせいか、最近は記憶力が低下したのか、日常生活における物忘れも増えてきました。「貯金」(限りなく被疑者に近い不審者のこと)に対する反応も鈍くなってきており、犯行の瞬間を記憶するので精一杯の状況のようにも思えます。年を追うごとに視力も悪くなっているので、確実な現認が取れなくなった時が引退するときだと、心に決めている次第です。

 しかし、捕まえられた側からすれば、私の顔は忘れられないのでしょう。私の声かけをきっかけに、多額の罰金を支払ったり、刑務所に行くことになった人などは、なおさらのこと。なかには報復願望を持たれている方もおられるようで、過去には捕捉現場となった店舗内で捜索され、追い回してくる人もいました。今回は、拘置所から出てきた被疑者との望まぬ再会について、お話ししていきたいと思います。

「あら、あなた。こんなところで会えるとは思わなかったわ……」

 うっかり体調を崩してしまい、かかりつけの病院で診察を受けるべく待合室で待機していると、見知らぬ老婆から声をかけられました。あまりに痩せ細った体は、骨と皮だけで構成されているような雰囲気で、全体的に鳥をイメージさせます。

(見たことある人のような気もするけど、誰だっけ……)

 痩せこけた「湯ばあば」のように微笑む老婆を前に、愛想笑いを浮かべて記憶を辿ってみますが、まるで思い当たりません。すると、全てを察したらしい老婆は、いやらしくほくそ笑みながら言いました。

「あんた、まだ、あのスーパーでやっているのかい?」
「え?」

 鼻を掻きながら上目使いに言う老婆の顔は、憎悪に満ち溢れている感じで、背筋に悪寒が走ります。魔女のように尖った鼻を掻く老婆の皮張った手と、馴染み深い現場の店名をヒントに記憶を辿ってまもなく、この老婆が事務室で大声を出しているシーンを鮮明に思い出しました。

 あれは確か、3年ほど前のことだったと思います。巡回中、豚ロースのブロック肉や明太子、トマト、高級ウインナー、サランラップなどの商品をバッグに隠した彼女が、金を払わずに店を出たところで声をかけると、話を聞く様子を見せずに立ち去ろうとしたのです。

「ちょっと待って。そのバッグの中のモノ、なにも払ってないでしょう?」
「あんた、なんなのよ。あたしは、ここの常連なのよ。そんな言いがかりをつけて、ただで済むと思っているのかい?」

 犯行の一部始終は、この目ではっきり見たので、どんなに否認されても怯むことはありません。爆笑問題の太田光さんにそっくりなマネージャーが、たまたま近くにいたので手を借り、嫌がる老婆を説得しながら引きずるようにして事務所まで連れて行くと、席に着いた途端に不遜な態度で喚き始めました。

「あたしは、この店に何十年も通う上客なんだよ。あんたみたいな下っ端じゃなく、店長を呼んでおくれ」
「店長はお休みで、今日の責任者は私です。おばあちゃんね、あなたは上客どころか、迷惑客ですよ」

 事務的に処理を進めるマネージャーを前に、途端に狼狽してみせた老婆は、使い古されたガマグチから5,000円札を取り出してテーブルの上に置きました。それに併せて、商品を隠したバッグも差し出します。

「ここに入れちゃったから、払うのを忘れちゃったんです。ちゃんと払いますから、これで勘弁しておくれよ」
「盗った量も多いし、警察呼びますね」
「いつも来ているんだから、そんなこと言わないでおくれよ。実は、嫁があたしに冷たくするから、それがつらくてねえ……」

 居直りが通用しないとみるや、嫁にいじめられて毎日が辛いと泣きを入れ始めた老婆でしたが、見るからにクールなマネージャーの心を変えるには至りません。

「雨の日に限って、買い物と子どもの送り迎えを私に押しつけるような嫁なんだ。ロスだ、ハワイだって、自分たちばっかり遊びに行って、あたしは年金すら自由にできないんだよ」

 警察官が到着するまでの間、嫁によるいじめの詳細を涙ながらに吐露し続けた老婆は、警察官の姿を見た途端に態度を急変させます。

「こんなことくらいで警察を呼ぶなんて、ひどいじゃないか。あんたのこと、忘れないからね!」

 その後、前科のあったらしい老婆は基本送致となり、当然のことながら逮捕者である私も警察署に同行されました。犯行現場における実況見分を済ませてパトカーで警察署に向かい、地域課の取調室で様々な書類を作成すること、およそ6時間。ようやくに逮捕手続きを終えて廊下に出ると、ドキッとするほど大きな女性の怒鳴り声が聞こえてきます。

「このくそババア! 今回は許さないからね。もう家から出て行ってもらうよ」

 壁際に設置された背もたれのないベンチをみれば、取り調べを終えたらしい老婆がガラ受けにきたお嫁さんらしき人に見下ろされる形で座っており、だらだらと涙を流しています。

「あんたみたいな泥棒は、早く死ねばいいのにね。これ以上、私たちに迷惑をかけるなら、葬式も出してやらないから」
「ううっつ、もうしないから、勘弁しておくれよ……」

 罵詈雑言を浴びせて老婆を責めるお嫁さんらしき人の顔を見れば、話しかける気が起こらないほどに冷たく、まるで汚物を前にしているかのような態度で老婆に接しています。

 本音を言えば近付きたくありませんが、署内の構造上、階下まで降りるにはベンチの前を通過するほかありません。素知らぬふりをして、なるべく見られないように、そそくさとベンチの前を通過しようとすると、私の姿を見た老婆が突然に顔を上げて叫びました。

「全部あんたのせいだ! あんたのことだけは、絶対に忘れない!」

 呪いつけるような目で私を睨む老婆の眼よりも、その横で軽い微笑みを浮かべて私を見つめるお嫁さんらしき人の表情が印象的で、この老婆のことは記憶に埋もれてしまったようです。

「あなた、あの時の……」
「あたしは、40万円の罰金刑になって、労役に行かされたんだ。罰金を払えるような金はないし、家族にも立て替えてもらえなかったから、3カ月近くも拘置所で働かされたの。あんたのおかげで、もう地獄だった」
「そんなこと言われても困りますね。悪いことをしたのはあなただし、罰を受けるのも仕方ないじゃないですか」
「ふん、なによ。たかが警備員のくせして、偉そうに。あたしは家を追い出されて、6畳一間のアパートに独りで暮らしているんだ。あれから孫にも会えていないし、あんたへの恨みは、一生忘れないから」

 この人に、何を言っても仕方ない。言葉を返すこともなく、待合室で睨み合っていると、私の名前がタイミングよくアナウンスされました。診察室に向かうべく、老婆の視線を無視する形で立ち上がったところ、憎々しげな顔の老婆が私の背中に向けて呟きます。

「こんなに人を不幸にしておきながら平気な顔して、あんたみたいな人が一番悪いわ」

 診察室に入ると、怒りからなのか顔が相当に紅潮していたようで、担当してくださる舟木一夫似の医師に驚かれました。ここだけの話だと、堪えきれずに事情を話せば、深呼吸をするよう進言され、少し落ち着いたところで医師が言います。

「私も、ここだけの話をしますね。あのおばあちゃんね、かなり認知症が進行しているので、近いうちに忘れちゃうと思います。だから、心配しないで。大丈夫ですよ」

 素敵な笑顔で慰められて、老婆への怒りが鎮まった私でしたが、今度は目の前にいる医師に向けて心拍数を上昇させることになりました。素敵な男性の優しさに触れると、年齢に関係なく、ときめいてしまうものなのです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

「このくそババア!」鬼嫁にブチギレられた“万引き老婆”……Gメンとの再会で恨み節炸裂!!

 こんにちは、保安員の澄江です。

 いままで多くの万引き犯を捕まえてきた私ですが、印象深い被疑者や現在取り扱っている常習者を除いては、そのほとんどを記憶に残していません。日々、さまざまな土地の現場を巡回しているので、自分の手で捕まえた犯人はおろか、お店や警察の担当者の顔を覚えるだけでも大変なのです。年齢のせいか、最近は記憶力が低下したのか、日常生活における物忘れも増えてきました。「貯金」(限りなく被疑者に近い不審者のこと)に対する反応も鈍くなってきており、犯行の瞬間を記憶するので精一杯の状況のようにも思えます。年を追うごとに視力も悪くなっているので、確実な現認が取れなくなった時が引退するときだと、心に決めている次第です。

 しかし、捕まえられた側からすれば、私の顔は忘れられないのでしょう。私の声かけをきっかけに、多額の罰金を支払ったり、刑務所に行くことになった人などは、なおさらのこと。なかには報復願望を持たれている方もおられるようで、過去には捕捉現場となった店舗内で捜索され、追い回してくる人もいました。今回は、拘置所から出てきた被疑者との望まぬ再会について、お話ししていきたいと思います。

「あら、あなた。こんなところで会えるとは思わなかったわ……」

 うっかり体調を崩してしまい、かかりつけの病院で診察を受けるべく待合室で待機していると、見知らぬ老婆から声をかけられました。あまりに痩せ細った体は、骨と皮だけで構成されているような雰囲気で、全体的に鳥をイメージさせます。

(見たことある人のような気もするけど、誰だっけ……)

 痩せこけた「湯ばあば」のように微笑む老婆を前に、愛想笑いを浮かべて記憶を辿ってみますが、まるで思い当たりません。すると、全てを察したらしい老婆は、いやらしくほくそ笑みながら言いました。

「あんた、まだ、あのスーパーでやっているのかい?」
「え?」

 鼻を掻きながら上目使いに言う老婆の顔は、憎悪に満ち溢れている感じで、背筋に悪寒が走ります。魔女のように尖った鼻を掻く老婆の皮張った手と、馴染み深い現場の店名をヒントに記憶を辿ってまもなく、この老婆が事務室で大声を出しているシーンを鮮明に思い出しました。

 あれは確か、3年ほど前のことだったと思います。巡回中、豚ロースのブロック肉や明太子、トマト、高級ウインナー、サランラップなどの商品をバッグに隠した彼女が、金を払わずに店を出たところで声をかけると、話を聞く様子を見せずに立ち去ろうとしたのです。

「ちょっと待って。そのバッグの中のモノ、なにも払ってないでしょう?」
「あんた、なんなのよ。あたしは、ここの常連なのよ。そんな言いがかりをつけて、ただで済むと思っているのかい?」

 犯行の一部始終は、この目ではっきり見たので、どんなに否認されても怯むことはありません。爆笑問題の太田光さんにそっくりなマネージャーが、たまたま近くにいたので手を借り、嫌がる老婆を説得しながら引きずるようにして事務所まで連れて行くと、席に着いた途端に不遜な態度で喚き始めました。

「あたしは、この店に何十年も通う上客なんだよ。あんたみたいな下っ端じゃなく、店長を呼んでおくれ」
「店長はお休みで、今日の責任者は私です。おばあちゃんね、あなたは上客どころか、迷惑客ですよ」

 事務的に処理を進めるマネージャーを前に、途端に狼狽してみせた老婆は、使い古されたガマグチから5,000円札を取り出してテーブルの上に置きました。それに併せて、商品を隠したバッグも差し出します。

「ここに入れちゃったから、払うのを忘れちゃったんです。ちゃんと払いますから、これで勘弁しておくれよ」
「盗った量も多いし、警察呼びますね」
「いつも来ているんだから、そんなこと言わないでおくれよ。実は、嫁があたしに冷たくするから、それがつらくてねえ……」

 居直りが通用しないとみるや、嫁にいじめられて毎日が辛いと泣きを入れ始めた老婆でしたが、見るからにクールなマネージャーの心を変えるには至りません。

「雨の日に限って、買い物と子どもの送り迎えを私に押しつけるような嫁なんだ。ロスだ、ハワイだって、自分たちばっかり遊びに行って、あたしは年金すら自由にできないんだよ」

 警察官が到着するまでの間、嫁によるいじめの詳細を涙ながらに吐露し続けた老婆は、警察官の姿を見た途端に態度を急変させます。

「こんなことくらいで警察を呼ぶなんて、ひどいじゃないか。あんたのこと、忘れないからね!」

 その後、前科のあったらしい老婆は基本送致となり、当然のことながら逮捕者である私も警察署に同行されました。犯行現場における実況見分を済ませてパトカーで警察署に向かい、地域課の取調室で様々な書類を作成すること、およそ6時間。ようやくに逮捕手続きを終えて廊下に出ると、ドキッとするほど大きな女性の怒鳴り声が聞こえてきます。

「このくそババア! 今回は許さないからね。もう家から出て行ってもらうよ」

 壁際に設置された背もたれのないベンチをみれば、取り調べを終えたらしい老婆がガラ受けにきたお嫁さんらしき人に見下ろされる形で座っており、だらだらと涙を流しています。

「あんたみたいな泥棒は、早く死ねばいいのにね。これ以上、私たちに迷惑をかけるなら、葬式も出してやらないから」
「ううっつ、もうしないから、勘弁しておくれよ……」

 罵詈雑言を浴びせて老婆を責めるお嫁さんらしき人の顔を見れば、話しかける気が起こらないほどに冷たく、まるで汚物を前にしているかのような態度で老婆に接しています。

 本音を言えば近付きたくありませんが、署内の構造上、階下まで降りるにはベンチの前を通過するほかありません。素知らぬふりをして、なるべく見られないように、そそくさとベンチの前を通過しようとすると、私の姿を見た老婆が突然に顔を上げて叫びました。

「全部あんたのせいだ! あんたのことだけは、絶対に忘れない!」

 呪いつけるような目で私を睨む老婆の眼よりも、その横で軽い微笑みを浮かべて私を見つめるお嫁さんらしき人の表情が印象的で、この老婆のことは記憶に埋もれてしまったようです。

「あなた、あの時の……」
「あたしは、40万円の罰金刑になって、労役に行かされたんだ。罰金を払えるような金はないし、家族にも立て替えてもらえなかったから、3カ月近くも拘置所で働かされたの。あんたのおかげで、もう地獄だった」
「そんなこと言われても困りますね。悪いことをしたのはあなただし、罰を受けるのも仕方ないじゃないですか」
「ふん、なによ。たかが警備員のくせして、偉そうに。あたしは家を追い出されて、6畳一間のアパートに独りで暮らしているんだ。あれから孫にも会えていないし、あんたへの恨みは、一生忘れないから」

 この人に、何を言っても仕方ない。言葉を返すこともなく、待合室で睨み合っていると、私の名前がタイミングよくアナウンスされました。診察室に向かうべく、老婆の視線を無視する形で立ち上がったところ、憎々しげな顔の老婆が私の背中に向けて呟きます。

「こんなに人を不幸にしておきながら平気な顔して、あんたみたいな人が一番悪いわ」

 診察室に入ると、怒りからなのか顔が相当に紅潮していたようで、担当してくださる舟木一夫似の医師に驚かれました。ここだけの話だと、堪えきれずに事情を話せば、深呼吸をするよう進言され、少し落ち着いたところで医師が言います。

「私も、ここだけの話をしますね。あのおばあちゃんね、かなり認知症が進行しているので、近いうちに忘れちゃうと思います。だから、心配しないで。大丈夫ですよ」

 素敵な笑顔で慰められて、老婆への怒りが鎮まった私でしたが、今度は目の前にいる医師に向けて心拍数を上昇させることになりました。素敵な男性の優しさに触れると、年齢に関係なく、ときめいてしまうものなのです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

フードコートに巣食う「万引き老女グループ」の実態! まるで「鬼婆」――Gメンも恐怖!

 こんにちは、保安員の澄江です。

 店舗より指名をいただくのは、非常に栄誉なこと。そう信じて疑わない私でしたが、ここのところ長年にわたり指名をいただいている現場における勤務が、ひどく苦痛になってきました。買収されて店名が変わったことで、過去に検挙して出入禁止にしてきた複数の老女グループが舞い戻ってきてしまい、店の出入口脇に新設されたフードコートにたむろするようになってしまったのです。

 彼女たちの行動は相変わらずですが、私の正体はバレてしまっているので、まったく仕事になりません。見張り役と思しき老女に存在を認知されると同時に、犯行を中止されてしまうのです。どうやら過去に捕らえた老女の口から、周囲のグループにまで正体を吹聴されているようで、なかには私を指差してくる人までいる始末。これらの状況から、勤務をお断りしてみましたが、人手不足の関係で勤務することになってしまいました。今回は、食品スーパーのフードコートに巣食う老女グループの生態などについて、お話したいと思います。

 件の現場は、関東近郊の新興住宅街に位置するスーパーT。食品のほかに日用品も扱う中規模スーパーで、来店者の8割が高齢者といった雰囲気のお店です。この店のフードコートには、3~4人の集団で構成された70代と思しき老女グループが複数存在しており、そのほとんどが毎日のように来店します。

「未精算商品の持ち込みはご遠慮ください」
「フードコートのご利用は、1時間以内でお願いいたします」
「購入したものを飲食する際は、店員に声をおかけください」

 フードコート内には、3つのルールが大きく掲示されていますが、まるで効果はありません。開店まもなく来店し、サーバーから無料提供される水やお茶を片手に、試食のパンを頬張って、延々と終わらぬおしゃべりに興じ、夕食時までの長時間にわたって居座り続ける人ばかりなのです。試食の出されるタイミングや、割引シールが貼られる時間なども完全に熟知しており、目当ての商品を朝から手元にキープしている人が目立ちます。割引シールを貼る係の店員さんが現れると同時に、朝からキープしてきた商品を差し出して、シールを貼らせます。お店側は、特別扱いできないと丁重にお断りしてますが、経験の浅いアルバイト店員を狙って声をかけてシールを貼らせたり、「客を差別するのか」などと怒鳴りつけることで目的を達成するのです。

 何に使うのか、売場の各所に配備されたビニール袋を大量に持ち去るのは当たり前で、そのビニールの中に醤油や割箸、試食のパンなどを詰め込んで持ち去る猛者まで存在しています。過去には、トイレットペーパーや芳香剤などトイレ備品を専門に盗んでいく人や、あろうことかフードコート内で手足の爪を切り始める人もいました。その光景を目撃した時には、低すぎる民度に言葉を失ったものです。

 それだけならまだしも、お弁当やパン、和菓子など、未精算の商品をフードコート内に持ち込み、金を払わないまま食べてしまうことも珍しくありません。まるで自宅にいるかのように振る舞う老女たちの厚かましさは、とても真似できるものではなく、その姿を見るたびに恥ずかしく思ってしまうのです。

 万引き行為に及ぶときには、役割分担をしているのか、全員がバラバラに行動をして、それぞれが不審な行動を取ります。さほど広くない店内ではありますが、一人の目で3人の行動を把握するのは難しく、的を一人に絞れば見張り役の仲間に気付かれてしまうのです。彼女たちによる周囲への目配りは異様なほどで、不用意に近づけば、ここぞとばかりにクレームを入れてきます。高齢者万引きにおける共犯関係は、比較的珍しい事案と言え、ここまで完成された高齢者の万引きグループは見たことがありません。どうにかして捕まえたい。その一心で警戒にあたるものの、単独での捕捉は困難を極め、為す術のない状況と言えるでしょう。

 とある雨の日、摘発のチャンスは突然に訪れました。午前中に、おにぎりとカップ酒を盗んだホームレス風の人を捕まえ、警察に引き渡して店に戻ると、老女グループのリーダーらしき女が珍しく一人で店内を徘徊していたのです。恐らくは、私の姿がないことを確認し、油断しているのでしょう。米や日本酒、アマニ油、和牛ステーキ肉などの商品をカート上のマイバスケットに入れた彼女は、私の視線に気付くことなく、商品が満載されたカートをフードコート内に持ち込みました。フリーサーバーで手に入れた紙コップ入りの緑茶を片手に、店内の様子が見渡せるいつもの席に着くと、犯罪者特有というべき鋭い眼光で周囲の様子を窺っています。その顔は、尼崎連続殺人事件の主犯格であった角田美代子元被告に似ていて、ひどく不安な気持ちになったことを覚えています。

(出るまで、しばらくかかるかしら。自分の姿を見られないようにしないと……)

 動きのないまま20分ほど経過したところで、彼女とは違うグループの老女2人組がフードコートに現れました。すると、どこか居心地の悪そうな顔で立ち上がった彼女は、使用したカートはそのままに、未精算の商品を入れたマイバスケットを左手に持って歩き始めます。絵に描いた鬼婆のような顔で後方を振り返りながら、店の外に出た彼女に近づいて声をかけると、この上なく苦い顔で返されました。

「店内保安です。なんで声かけられたか、おわかりですよね」
「あら、いやだ。また、あなたなの。みんなやっているのに、なんで私ばっかり」
「そんなの関係ないですよ。ちょっと事務所まで来てもらえますか」
「嫌よ、離して。これ、返すから!」

 すると、年齢にそぐわぬ力強さで商品が満載されたカートを振り回した彼女は、それを私の右腕にぶつけて逃走しました。痛みをこらえて追いかけると、すぐ近くに駐車された古い軽自動車の脇で、激しい手の震えによりうまく鍵を差し込めないでいる彼女を発見。車と彼女の間に割り込む形で、震える彼女の右手を押さえた私は、努めて冷静な口調で問いかけます。

「ちょっと、落ち着いて。事務所まで来てくれたら、それで大丈夫だから」
「嫌よ。どうせまた、すぐに警察を呼ぶんでしょう。あたし、あんたのせいで30万もとられたのよ。(商品は)返したんだから、それでいいじゃない」

 どうやら私に捕まえられたことで、罰金刑を受けたことがある人のようですが、まるで記憶に残っていません。事務所への同行を促しても、両足の爪先を上げて歩こうとしないので途方に暮れていると、先程フードコートに現れた二人組の老女が店から出てきて言いました。

「ちょっと、Tさん。あんた、なにしてんのよ。一体、どうしたの」

 顔見知りらしき老女たちに声をかけられたことで、正気を取り戻したらしい彼女は、ようやくに事務所への同行に応じました。

「あんた、なんであたしばっかりいじめるんだよ。近所の人にまで見られて、恥ずかしいじゃないか……」

 近所に住む人に声をかけられたことで、逃げても仕方がないことを悟ったらしい老女は、警察に引き渡されると執行猶予中のみであることが判明。この日を最後に、この店のフードコートから姿を消しました。

 この件以降、加勢してくれた老女グループの人たちから、ことあるごとに不審者情報をいただけるようになった私は、より一層居心地の悪い現場で仕事をすることになりました。いてくれるだけで防犯になると、店長は喜んでくれているので、もうしばらくの間は抜け出せそうにありません。なにもないのが、一番大事。保安の仕事は、本来そういうものだと、この仕事の奥深さをあらためて思い知った次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

母親の万引きに利用された幼女――店長とGメンの心を揺さぶった「純真無垢」な言葉

 こんにちは、保安員の澄江です。

 さまざまなニュースサイトで報じられる万引きの事件記事を、日々チェックしている私ですが、ここのところ悪質な犯行が頻発しているように思います。最近は、特定の店舗に狙いを定めた窃盗団による系列店舗を狙った連続的な犯行が頻発しており、関係者は戦々恐々。いまや貧困を理由に万引き行為に至る者より、法の隙間を突いた計画的で粗暴な換金目的の犯行に徹する者が多く、その対応に限界を感じることも多くなりました。用いられる手口や犯行態様は、悪質かつ複雑化していて、現行法では対応しきれないような事案まで発生しているのです。なかでも、犯意を否定する目的で、罪に問われることのない年齢の子どもを利用する犯行は個人的に許せません。今回は、幼い我が子を利用して犯行に及ぶ万引き女についてお話ししたいと思います。

 当日の現場は、東京のベッドタウンに位置する生鮮食品スーパーL。ここは団地に囲まれた地域密着型の中規模スーパーで、いわゆる“荒れている”中学校や外国人向けの日本語学校が近隣にあることもあって、相当数の常習者を抱えている状況にあります。1日入れば、一人は挙がる。私たちから言わせれば、そんなイメージの現場だと言えるでしょう。ところが、この日は、生憎の雨。来店者が少なく、特に変わったことのないまま、後半の勤務を迎えることになりました。天候の悪い日は、万引きする人が少ないのです。

 夕方のピークを迎えて、少し賑わい始めた店内を流すように歩いていると、30代前半と思しき太めの女性に、引きずられるようにして歩く小さな女の子の姿が目に止まりました。まだ3歳くらいでしょうか。足元のおぼつかない女の子を連れているにもかかわらず、子どもがあたふたするくらいの早足で歩く彼女の姿が、どこか異様に見えたのです。彼女の背中には、生後半年に満たないくらいに見える赤ちゃんも背負われており、激しい歩調に合わせて体を大きく上下させていました。遠目から見ると、もぐらたたきを彷彿させる動きで、とても居心地が悪そうに見えます。

(なにを、そんなに慌てているのかしら……)

 すれ違いざまに彼女の人着を確認すると、どことなく喪黒福造さんに似ている感じの女性で、色あせたグリーンのジャンバーと、靴底が擦り切れて外側に向けて繊維が放出されているサンダルが目につきました。女の子の着ている白いワンピースも薄汚れてグレーがかっており、プリキュアがプリントされたピンクの靴までもが泥だらけの状態で、二人共に相当の不潔感を放っています。

 カゴの中に目を落とせば、いつの間に手にしたのか、鶏肉、アサリ、牛乳、卵、菓子パン等、あまり万引きされることのない安価な商品ばかりが入っていました。買い物カゴを持つ左手の手首には、雑誌の付録で話題になったDEAN&DELUCAのトートバッグがかけられており、不自然なほど大きく口を広げています。あくまでも個人的な見解ですが、付録のトートバッグは犯罪供用物(犯行に使われる道具のこと)に用いられることが多く、警戒せざるを得ない気持ちにさせられるのです。

(あのバッグは気になるけど、安いモノばかりだから、やらないかな………)

 そう思いつつも、どこか捨てきれずに観察していると、この店一番の死角である菓子売場に一家が入っていくのがみ見えました。客を装って、棚の端から覗き見れば、ママにおねだりする女の子の声が聞こえてきます。

「ねえ、ママ。あめちゃん、食べていい?」
「うん、いいわよ。好きなのを取りなさい」

 すると、うれしそうにキャンディーを選び始めた女の子の後ろに隠れるようにした彼女は、カゴにある商品を全てトートバッグにしまってしまいました。棚取り(棚から商品を取るところを目撃すること。犯意成立要件の一つ)は、なに一つ見ていないので、このまま出られてしまえば見送るほかありません。空になったカゴを、売場通路にある柱の影に放置したところを見れば、これ以上に商品を隠匿することはなさそうです。

(あの飴玉は、買うのかしら? あれをやったら声をかけよう)

 そんな気持ちで見守っていると、3本のチュッパチャップスを手にした女の子が、彼女に言いました。

「ねえ、ママ。いま食べてもいい?」
「1本だけね」
「やったー。いちごのにしよう!」
「ほかのは、この袋に入れて」

 女の子は、手渡されたビニール袋に、いま食べたいらしいイチゴ味以外のチュッパチャップスを入れ、破顔の笑みを浮かべてイチゴ味の包装を解き始めます。

「開けにくいでしょ? ママが持っていてあげようか?」
「いや! 自分で!」
「もう、早くしてよ」

 イラついた様子を見せる彼女を尻目に、そこそこの時間をかけて包装フィルムを剥がした女の子が、それを口に含むと、一家は出口に向かって歩き始めました。女の子の手を引く彼女のスピードは、先にも増して素早く、一見すればグズる子どもを無理に連れ帰る母親の姿にしか見えません。しきりと後方を振り返る彼女の視線をかいくぐり、証拠とするために女の子が途中で捨てた包装フィルムを拾い上げた私は、外に出た彼女が駐輪場に停めてある自転車に手をかけたところで声をかけました。

「警備の者です。お子様の持たれているキャンディーとか、お支払いしていただきたいのですが……」
「え? あれ? あ、この子、いつの間に……。申し訳ありません」

 包装フィルムを片手に声をかけると、ひどく動揺した様子の彼女は、全てを子どものせいにしてから、事務所への同行に応じてくれました。事務所の応接室に入り、向かい合って座ると、何日かお風呂に入れていないのか、ホームレスの人たちと同種の臭いが、彼女の方から漂ってきます。何気なく頭髪を見れば、脂気が多く見える髪の毛はボサボサで、大量のフケが付着していました。

「すみません、おいくらですか?」

 どうやらチュッパチャップスの精算だけを済ませて、この場を収めようとしているようですが、彼女の脇に置かれたトートバッグの中身が気になります。ビニール袋を娘さんに渡すところのほかに、カゴにあった商品をバッグに隠すところも見たと、少し遠回しな言い方で伝えてみると、途端に顔色を変えた彼女は、脇に置いたトートバッグの口を押さえて否認しました。これ以上の質問は、取り調べ類似行為になりかねないので、一通りのことを、いとうあさこさん似の女性店長に報告して判断を仰ぎます。

「あんな小さな子どもを使って万引きするなんてあり得ないわね。警察を呼びましょう」

 まもなくして男女一組の警察官が到着すると、そのうちの女性警察官が、彼女の顔を見るなり言いました。

「あ! Fさんじゃないのよ。あんた、またやっちゃったの?」 
「いや、違うんです。子どもがアメを……」

 耳に入る二人の話を聞いていると、二人の子どもを抱える無職のシングルマザーだった彼女は、署内でも有名な常習者のようでした。「123」(警察無線で使用される犯歴照会の隠語)の結果、前回の件で審判中であることも判明。彼女が頑なに罪を逃れようとする理由は、これだったのです。

 警察官による取り調べの結果、トートバッグの中にある商品も盗んだと認めてくれた彼女でしたが、所持金は20円ほどで商品の買取はできず、立替えてくれるような人やガラウケも用意できないと言います。このまま被害届が出されてしまえば、彼女は逮捕となり、しばらくの間留置されることになる。そうなれば子どもの面倒をみるのは、誰になるのでしょうか。重苦しい状況のなか、女性店長は、一家の将来を左右する被害申告の判断を迫られ、頭を悩ませています。すると、それを眺めていた女の子がビニール袋から1本のチュッパチャップスを取り出して言いました。

「これ、どうぞ!」
「……ありがとう」

 自分の店で盗まれたチュッパチャップスを差し出された女性店長は、それを受け取ると警察官に被害申告しないことを告げて、彼女に出入禁止の誓約書を書いてもらうよう私に指示しました。盗んだ商品は、私の現認不足を理由に返却を受け付けないこととし、子どもが食べてしまったチュッパチャップスの支払いも求めないと言います。

「娘さんに救われたこと、忘れたらダメですよ」

 店長の優しさに触れた彼女は、低い声で嗚咽を漏らすと、顔を覆って泣き始めました。

「これ、どうぞ!」

 最後のチュッパチャップスを、母親に差し出す女の子の純真無垢な目は、いまも忘れられません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

鮮魚チーフは弁当泥棒、それでも店長は見て見ぬ振り……Gメンが地団駄を踏んだ「内引き」事件


 こんにちは、保安員の澄江です。

 ここのところ、万引き犯摘発依頼のほか、従業員や関係者などによる内引き(従業員による万引きのこと)の摘発依頼が増えています。従業員の立場を悪用した犯行は、常習性が強く、その被害は過大です。雇用している側からすれば、不用意な形で声をかけると大事になりかねないので、その対応に苦慮しているのが本音と言えるでしょう。相当に疑わしくても摘発は困難を極め、確たる証拠が掴めるまでの間は、遠慮なく膨らんでいく被害を甘受するほかないのです。

 警察介入された場合は別ですが、私たちの手によって解決された事案を、クライアントが公表することはありません。自社に対するネガティブな報道により、企業イメージが損なわれることを嫌うのです。内々に和解して被害弁償させてしまえば、被害を訴え出ても得られるものはないので、それも当然のことなのかもしれません。今回は、とある高級スーパーで、数年前に起きた内引き事案の顛末を、お話していきたいと思います。

「姉さん、お疲れさまです。あしたの勤務、SのT店ですよね? 先週入ったときに、やっている感じの社員さんがいたので、姉さんの目でも見てもらいたいんですけど………」

 当該店舗における勤務前日、5年ほど前にインターン研修を担当した後輩のマキちゃんから、珍しく電話がかかってきました。どことなくモデルの森星さんに似ている彼女は、年齢不詳な感じのする美魔女で、その美貌から複数の男性職員や店長さんを虜にしています。いまや新人教育を担当しているため、あまり現場に出ることはありません。今回は、急な欠員が出たということで駆り出されたらしく、久しぶりの現場で不審な動きをする社員に翻弄されたようです。

「あそこの鮮魚チーフ、すごく体が大きな人で……。怖くて見送っちゃいましたけど、お昼のお弁当や飲み物なんかを、1つも会計しないでバックヤードに持ち込んでいたんです」

 悔しそうに話すマキちゃんから、鮮魚チーフの人着や行動を聞き取った私は、それをメモに残して電話を切りました。不審者や常習者の情報共有は、効率よく成果を出すための基本で、非常に大切なことなのです。

 当日の勤務は、午前10時から。出勤の挨拶をするため事務所に出向くと、30代前半と思しき、江頭2:50さんに似た線の細い店長が対応してくれました。

「ここの店長を任されてから、まだ日が浅くて、わからないことばかりなんです。変わったことがあったら、なんでも教えてください」

 聞けば、アルバイトからの叩き上げで店長になられたばかりだそうで、その場に居合わせたキャッシャーの熟年女性はタメ口で店長に接しています。いままでの関係から仕方のないことかもしれませんが、部下に対してヘラヘラと媚びるように接する店長の姿は情けなく、頼りない感じがしてなりません。

 まだ閑散としている店内の巡回を始めると、調理室の中で魚を捌く鮮魚チーフの姿が確認できました。どことなく朝潮(現・高砂親方)さんに似ており、大柄ながらも愛嬌のある表情で真剣に魚を捌く姿を見れば、とても不正行為を働くような人には見えません。

 事前に確認したところ、従業員の買い物はバッジを裏返して買い回り、一般のお客さん同様、レジに並んで精算することになっていました。精算後は、購入した商品かレジ袋に、そのレシートを貼付しておくのがルールです。マキちゃんからの情報によれば、鮮魚チーフの休憩は午後1時半頃からだったとのこと。私の昼食時間と被りますが、空腹凌ぎのチョコレートを頬張りつつ、そのときに備えます。

 情報通り、午後1時半を過ぎてお昼休みに入った鮮魚チーフは、この店で売られる弁当の中で一番高価な幕の内弁当(698円)を皮切りに、マグロ三色丼(598円)、からだ健やか茶W(148円)、缶コーヒー(78円)、シュークリーム(205円)を手に取り、そのままバックヤードに持ち込みました。売場から持ち出す食べ物の量と、体の大きさが比例していて、その犯行に説得力のようなものを感じます。入店証を胸につけてバックヤードに入り、気付かれぬように後を追えば、事務所脇にある従業員専用の休憩室に入っていく大きな背中を確認。わずかに時間をおいて休憩室に入室すると、電子レンジで幕の内弁当を回した鮮魚チーフが、マグロ三色丼を食べ始めるところでした。従業員に対する声かけは、クライアントの担当者か店長の許可が必要です。太い指を駆使して、マグロに醤油をかけた鮮魚チーフが、丼にかじりつく瞬間を見届けた私は、早足で事務所に向かいました。事務所内で、特売の値札を作っていた店長に、一連のことを報告します。

「え? ウソでしょ? チーフは自分の上司だから、俺からは言えないよ……」

 報告を聞き終えた店長は、険しい表情で腕組みすると、どうするかなと呟きながら対応を思案しています。

 しばらくの間、沈黙の場が続くと、昔のプロレスラーのような雰囲気を纏った男性が、発注伝票を持って事務所に入ってきました。小柄ながらも強面な方で、日焼けした筋肉質の体に短めのパンチパーマが、とてもよく似合っています。

「なんだ、お前。浮かない顔して」
「あ、チーフ! ちょっと相談いいですか?」

 この男性は、精肉部のチーフで、雰囲気から察するに鮮魚チーフの先輩にあたる方のようです。ここだけの話だと、店長から一連のことを聞き終えた精肉チーフが、眉間にシワを寄せて言いました。

「あいつに言うのはいいけどよ、もし辞めることになったらどうするんだ? ただでさえ、人手は足りないんだぞ」
「それは、困ります! でも、どうしましょうか……」

 同行してくれれば、私が声をかけると伝えてみましたが、二人は腕組みして唸ったまま許可を出してくれません。結局、防犯カメラの映像と私の報告書を持って、改めて本部の判断を仰ぐこととなり、この日の声かけは見送ることになりました。持ち込んだ商品を、全て食べ終えた鮮魚チーフは、なにも知らないまま現場に戻って、普段と変わらぬ様子で仕事を再開しています。

 およそ1カ月後、お店から指名を受けるかたちで勤務に入ると、以前と変わらぬ様子の店長が私を出迎えてくれました。挨拶もそこそこに、私を指名した理由を、店長が切り出します。

「先日は、ありがとうございました。今回は、内密にお伝えしたい話もあって来てもらったんですけど……。鮮魚チーフの件は、忘れてください」
「忘れろとは、どういう意味でしょうか?」
「実は、本部に報告したんですけど、解雇できる状態になるまで放っておくように言われたんです。代わりの人が見つかるまで、見て見ぬ振りをして、好きなだけやらせておけと……」

 あまりの話に言葉を失いましたが、クライアントの指示は絶対で、なんの異論もありません。

「もう行動確認しなくて大丈夫ですか?」
「はい。防犯カメラの映像で被害を確認して、やめてもらうときに、まとめて請求するみたいです。いつになるかは、わかりませんけどね。とにかく口外しないようにしてください」
「承知しました」

 もう見なくても良いと店長から指示されましたが、休憩時間における鮮魚チーフの行動が、どうしても気になります。保安員の性なのでしょうか、犯行を見ておきたいという気持ちが抑えきれないのです。休憩時間をずらして、いわば興味本位で鮮魚チーフの行動を確認すると、この日の昼食も前回同様、商品代金を支払わないままバックヤードに持ち込みました。犯行の一部始終を確認できているにもかかわらず、見送るほかない状況に地団駄を踏んでいると、どこからか精肉チーフがやって来て囁きます。

「あいつ、自分ちにあるモノのように持っていくよな。あいつの店じゃねえのに……」
「恐らくは、毎日のことですよ。腹立たしいことです」
「次の人、早く決まるといいなあ」

 自分の店という意識が規範意識を喪失させるのでしょうか。まるで自分の家のモノを扱うように商品の横領を続けた結果、大きな代償を支払うことになるのは当然のこと。まもなく、責任を取らされる予定の鮮魚チーフでしたが、この日から数年経過した現在も、この店で働いています。求人募集をしても、まったく応募がないそうで……。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)