有名私立高校の女子生徒4人組が集団万引き! 「警察に引き渡したほうがマシ」保安員が胸を痛めた“親の土下座”

 こんにちは、保安員の澄江です。

 ようやくに東京の自粛要請が緩和され、私たちの現場である商店にも、随分と活気が戻ってきました。その分、感染リスクが高まっているようにも思えますが、仕事をしなければ食べていけないので、恐れてばかりもいられません。それなりの予防対策をして立ち向かうほかないのです。

 新型コロナウイルスの影響を言えば、現場における不審者の見極めが、以前より難しくなりました。マスクのほかに、帽子やサングラスを着用されている方も多く、周囲の人を避けるような不規則な動きで買い回るお客さんに惑わされることもあって、どうしても巡回効率が下がってしまうのです。その一方、失業や生活苦から止む無く万引き行為に手を染めてしまうケースは相変わらず頻発していて、以前は見かけることの少なかった20〜50代の方々に声をかける機会が増えています。つい先日は、品薄状態が解消されたトイレットペーパー(4芯入り)を店頭から持ち去った50代の飲食店店主を捕捉。どことなく梅沢富美男さんに似ている大柄な男で、一見したところ粗暴な感じに見えて少し怖かったのですが、声をかけると同時に強面を歪めて、いまにも泣き出しそうな顔で同行に応じてくれました。

 被害代金は、458円(税込)。

 話を聞けば、店舗の営業を再開してもお客さんの入りが悪く、少しでも節約したくて盗んでしまったとのこと。事情を聞いた店長さんが、事業継続の持続化給付金を申請するよう物知り顔で進言されていましたが、確定申告などしていないのでもらえないのだと肩を落としていました。自業自得のこととは言え、どこか不憫に思えます。

「事情はわかりますけど、一つでも盗ったら、立派な犯罪なんですよ」

 へたをしたら自分の子どもより年下であろう10代後半と思しき新人警察官に説教され、肩を丸めて小さくなっている男の姿は、とても痛々しいものでした。犯歴照会の結果、男に前科はなく、その場でトイレットペーパーの代金を支払い、奥さんに身柄を引き受けさせることで事態は終結。最近は、初犯の扱いが多く、警察に通報しても微罪処分で済まされることばかりで、堂々と座って休める取調室に入る機会が減って困っています。なかなか座らせてもらえず、疲労の抜けない日々を過ごしていますが、それも取調室の密を避けるためだと勝手に解釈している次第です。

 思えば、昭和の後半から平成初期の頃までの警送処理においても、取調室まで入れるケースは稀でした。思い返せば年に数回しかなく、いまとは違い、警察署に行くたび新鮮な気持ちで事情聴取を受けていたことを思い出します。万引きで警察を呼ぶこと自体が珍しい時代だったので、それも当然のことと言えるでしょう。だからこそ、取調室にまで行くような事案は深刻で、そのほとんどが深く記憶に刻まれています。今回は、1980年代後半に捕らえた、思い出深き不良少女グループについて、お話ししていきたいと思います。

 当日の現場は、人気百貨店M。繁華街の駅前に位置する8階建てのビル内は、当時の若者たちに人気の高かったDCブランド店が各フロアで覇権争いをしているような状況にあり、曜日にかかわらず混雑していました。バブル景気とDCブランドブームに乗った店内は、流行を追う学生さんたちの聖地といった様相で、流行の先端を行くような人たちが集まっていたのです。ここ最近は、学生グループによる犯行と思しき大量盗難が頻発しているということで、およそ2カ月にわたる集中警戒の依頼を受けました。その大半を、大先輩の敬子さんと2人で消化します。

「澄江ちゃん、ここはいるわよ。一緒に、頑張ろうね」

 敬子さんと2人で現場に入るのは、新任研修のとき以来、およそ3年ぶりのこと。ある程度の経験を積んでも、その親心は心地よく、ついつい甘えたい気持ちにさせられます。母親についていく子どものような気持ちで、敬子さんの後に続いて百貨店の総合事務所に入ると、どことなく俳優の中井貴一さんに似た真面目な感じのする管理部長さんに出迎えられました。私たちの顔を見るなり、デスク上のファイルを手に取り、静かな口調で現況を語り始めます。

「最近ね、お揃いのジャンパーを着た女子高生グループに、集団でやられて困っているんです。見ればわかると思いますけど、こんなジャンパーを着てくる子たちが来たら、目を離さないでもらえますか?」

 言い終えると同時に「(秘)万引きファイル」と書かれた分厚いファイルを開いた管理部長は、お揃いのジャンパーに身を包んだ女子高生4人組が店を出入りする様子や、団子状に肩を寄せ合って店内を歩く様子が写った防犯カメラのモニターを接写したと思われる数枚の写真を私たちに示しました。よく見れば、バッグもお揃いのようで、全員が「shu uemura atelier」と印字された黒いボストンバッグを肩に下げています。入店時の画像と退店時の画像を比較すると、4人のバッグが大きく膨らんでいるのがわかり、その表情の変化まで見て取れました。悪いことをしている時は、みんな悪い顔になるものなのです。

「この子たち、いつも午後4時くらいに来ています。その時間は、特に注意してください」

 写真に写る女子高生たちの顔を目に焼き付けて店内に向かうと、その道中、いつになく険しい顔をした敬子さんが言いました。

「澄江ちゃん。あの子たち、きっと来るわよ。あなた、集団万引き、挙げた経験ある?」
「いえ、まだ2人組しかないんです。私で、大丈夫でしょうか?」
「4人組を捕まえるのは、なかなか大変よ。共犯は役割の見極めが大事だから、そこがわかるまでは、私のそばにいてね。後半は、一緒に回りましょう」

 合流する場所を正面口の脇に決めて、約束の時間までは単独で巡回します。店内の構造を確認しながら巡回して、大過なく約束の時間を迎えて正面口に出向くと、敬子さんの代わりに管理部長がやって来ました。

「ちょっと前に捕捉があって、いま引き継ぎをしてもらっています。もうすぐ来られますけど、それまではお願いしますとのことでした」

 携帯電話のない時代なので、広い現場で捕捉を共有するには、行動を共にするほかありません。知らない間に捕捉があったことと、暗に実力の差を見せつけられた悔しさを感じながら、ひとり正面出入口の脇で警戒します。するとまもなく、件の女子高生グループが、ファイルにあった写真と変わらぬ格好で店内に入ってきました。彼女たちの表情を窺えば、随分と大人っぽい雰囲気で、まるで高校生らしくありません。自分ひとりで大丈夫なのかと、不安に思いながら後を追うと、エスカレーターで3階に向かった彼女たちは、いわゆるボディコンスタイルの服をメインに扱うお店に入っていきます。店内は、若く派手な女性たちで混雑しており、4人ほどの店員さんが右往左往している状況に見えました。自分とは縁のないスタイルの洋服を扱うお店なので、浮いてしまう気がして店内に入るのを躊躇していると、いつの間にか隣にいた敬子さんが言います。

「あの子たち、欲しいものを一カ所に集めて、一気に入れるつもりよ。動いたら、実行役の手だけを見て」

 するとまもなく、商品を集めた棚の前で肩を寄せ合うようにした彼女たちは、実行役とバッグを広げる役、それに2人の見張り役といったふうに役割分担をして、まるで洗濯物を洗濯機に入れるような動きで次々と商品を隠していきます。一つずつ丸めてからバッグに入れている理由は、より多くの商品を隠すためでしょうか。ボストンバッグ二つ分の商品を、あっという間に隠してみせた4人は、そそくさと店をあとにします。敬子さんが実行役の2人を、私が見張り役の2人の捕捉を担当することに決めて、店の正面口を出たところで声をかけることにしました。

「あなたたち、ちょっとお待ちなさい。お金払わないといけないものあるでしょう」

 気配を消して彼女たちの背後に近づいた敬子さんが、ブツが入ったバッグの持ち手を素早く掴んで彼女たちを呼び止めると、仁王立ちする敬子さんの迫力に言葉を失ったらしい4人は、ただ呆然と顔を見合わせています。

「大丈夫だから、みんなでごめんなさいしにいこう」
「はい、ごめんなさい……」

 素直に犯行を認めた4人を連れて総合事務所に向かい、盗んだ商品を出させて、身分を確認したところ、4人は有名私立高校に通う同級生で、ディスコを借りてパーティーをするようなチームの仲間ということでした。被害は、いわゆるボディコン系のワンピースやブラウス、スカート、ベルトなど、すべて各4点ずつ。被害合計は、およそ20万円になりました。どうやら全てお揃いにするのがチームの決まりのようで、ボストンバッグから出された財布や手帳も、どれも同じものだったことを覚えています。

「いままでのこともあるし、被害も高額だから、家と学校の両方に通報します」
「え? 学校は勘弁してください。退学になっちゃう!」

 一報を聞いて駆けつけた管理部長さんが通報を始めると、ようやくに事態の大きさに気付いたらしい彼女たちは、下を向いて嗚咽を漏らし始めました。その後、いち早く駆けつけた先生方が彼女たちの荷物を検査すると、いわゆるパーティー券が数十枚とタバコ、それにコンドームまで出てきてしまいます。一見して生活指導担当とわかる元力士のような先生が、ドスの利いた声で彼女たちに言いました。

「お前ら、どうしようもないな。これは助けられないかもしれんぞ」

 あまり感じたことがないほどの重い雰囲気が漂う中、彼女たちの保護者方が続々と迎えに来られて、総合事務所内の空気は、さらに沈下していきます。なかには先生に土下座をしながら寛大な処分を求める方もいらして、見るに堪えない気持ちがしました。これならば、警察に引き渡されたほうが、まだマシなように思えます。

「澄江ちゃん、ちょっとつらかったのかな? 気持ちはわかるけど、あまり入れ込んだらダメよ。今日を最後にしてくれたら、それでいいんだから。それにしても、子育ては大変よね……」

 私が子どもを作らなかったのは、この一件を見て、きちんと育てる自信が持てなかったからかもしれません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

ピンクレディーグッズを大量に盗んだ少年は、父親にボコボコにされた……ベテラン保安員が振り返る「昭和の万引き犯」

 こんにちは、保安員の澄江です。

 ここのところ、新型コロナウイルス感染防止による自粛要請から仕事を失い、生活苦に陥られた方による犯行が目立ちます。普段通りの生活が送れていれば、おそらくは縁がなかっただろう雰囲気の被疑者が多く、そうした方が犯行に至った時には、我が目を疑う気持ちになって、声かけに躊躇することもありました。慣れぬことをすれば目立つもので、その挙動や犯行態様から、初犯だということは伝わってくるものなのです。報道によれば、万引きから事後強盗(窃盗犯人が取得物を取り返されるのを防ぐため、あるいは、逮捕を免れもしくは罪跡を隠滅するため、暴行・脅迫に及ぶこと)に発展してしまう事案も各地で頻発しており、この先の治安悪化は避けられない情勢と言えるでしょう。みんながマスクを着用していることから、顔認証装置の精度は役に立たないほど低下しており、被害の暗数は確実に増加しています。いままでの現場と、何かが違う。長年、この世界にいることから、そうした時は肌で感じてしまうのです。今回は、保安員として働いてきた過去42年間を振り返りながら、万引き現場の変遷についてお話ししていきたいと思います。

 私が、この業界に入ったのは、昭和54年のことでした。当時は、セブン-イレブンが増え始めた頃で、スーパーや百貨店、ディスカウントショップ、書店、レコード店などが主な現場であったと記憶しています。いまのような巨大ショッピングモールは存在しておらず、派遣される現場は、チェーン展開するスーパーマーケットばかりで、当時人気を博していた屋上遊園地が設置された百貨店などもありました。

 万引きをして捕まっても、商品を買い取れば許されることが多く、警察を呼ぶことは滅多になかったです。たとえ支払いができなくても、店長の罵倒に耐えれば済む時代だったので、いまよりも罪の意識が希薄だったのでしょう。食品売場を中心にして、衣料品、ドラッグ、玩具、文具などの売場を順番に回っていれば、自然と被疑者が目に入る日々を過ごしていました。少年たちはゲーム感覚で、大人たちは節約心と生命維持を理由に、平気な顔で商品を盗んでいくのです。

 この仕事を始めた頃、百貨店内にあったアニメやアイドルのさまざまなグッズを扱うお店で、ピンクレディーのブロマイドやポスターなどを大量に盗んだ中学生を捕らえたことがありました。捕捉して事務所に連れて行き、所持していた学生バッグの中を出してもらうと、下敷きや筆箱、ノート、鉛筆、定規、ブックカバーなど、その全てがピンクレディーで統一されています。所持金を確認する際に取り出した折り畳み財布にまで、ピンクレディーのお二人がプリントされているのを見て、スーパーアイドルの底力を見たような気持ちになりました。

「ピンクレディーのモノは、全部持っていたくて、我慢できなかったんです」

 熱狂的ファンとは、こういう人のことを言うのでしょう。被害品の中で微笑むピンクレディーと鬼気迫る少年のニキビ顔は、40年以上経過した現在も、色褪せることなく脳裏に焼き付いています。結局、盗んだ商品を買い取れなかった少年は、お店の人の判断で、自宅と学校の両方に連絡されました。当時は、子どもの万引きを教育のせいにする人が多く、非行の芽を早期に摘むという名目で、自宅と学校の両方に連絡するのが基本だったのです。この時は、連絡を受けて迎えに来た父親が、うなだれる息子を事務所で殴る蹴るしたあとに、商品を買い取って終結。いまならば通報しなければならないレベルの暴行でしたが、昭和の父親は、地震や雷、火事などと同線で恐れられていたこともあってか、咎める人は誰もいません。保護者が不在のため、仕方なく身柄の引き受けに来た生活指導担当の先生が、当該生徒をボコボコにしばいてしまうこともありました。昭和という時代の雰囲気が、保護者や教師による暴力を問題視することなく、許容していたように思います。

 この頃の主な警戒対象は、いわゆる不良少年たちでした。なにしろ中学1年生くらいの子が、パンチパーマをかけて、たばこやシンナーを吸いながら街を練り歩いていた時代です。少年非行が社会問題化しており、シンナーを吸いながら万引きする少年少女など、珍しくもない時代でした。暴走族風のカップルが、ジュースやお菓子、もしくは酒とおつまみといった組み合わせ一式を万引きするのが犯行の定番で、夏休みになるとバーベキューセットを花火付きで持ち去る犯行が横行します。野球チームを作りたかったと、バットやボールのほか、仲間の人数に合わせた数のグローブを盗み出した暴走族グループに遭遇した時には、開いた口が塞がらない思いがしたものです。

 当時は、インベーダーゲームが大流行しており、屋上のゲームコーナーで「ガット」(硬貨投入口にテニスラケットで使用するガットや針金を差し込んで不正にクレジットを増やす犯罪行為)と呼ばれる行為で不正入金を繰り返す不良高校生グループを、学校の先生と一緒に摘発したこともありました。盗んだジュースやお菓子、それにシンナーを片手に、ゲームコーナーで屯するところを摘発したのです。その時には、捕まった被疑者たちの仲間が事務所まで身柄を取り返しにきて、大騒ぎになりました。通報を受けて駆け付けた体格の良いプロレスラーのような体をした警察官が、全員相手してやるから道場に来いと、事務所で悪態をつく少年たちをドラマチックに挑発してみせた場面が、昨日のことのように思い出されます。不良少年などには、みんなが人情深く、熱く接していた時代だったのです。

 昨今の現場は、金を出し惜しむ守銭奴のような高齢常習者と、我が国の商店をあざ笑うかのように大量盗難を繰り返すベトナム人窃盗団に苦しめられています。コロナ騒動下の現在、高齢常習者は相変わらず目に余る状況ですが、多くの不良ベトナム人は帰国を余儀なくされたようで、その姿を見ることは急減しました。その分と言っていいのかわかりませんが、自粛により稼げなくなった中高年層の方々が万引きに手を染めてしまう事案が目立ち始め、暇を持て余した小中学生によるゲーム感覚の犯行も増加傾向にあるようです。

 ここのところ頭にちらついていた引退の二文字が、最近は浮かばなくなってきました。初々しく犯行に及ぶ初犯の方を検挙するたび、自分の使命感のようなものが燃えてしまうのです。

「これを最後にしましょうね」

 現場で縁のあった被疑者のみなさんに伝える言葉は、この仕事を始めてから変わっていません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

万引きGメンが「痴漢」を捕らえた! 衣料品売り場を匍匐前進、「露出狂の男」との緊迫の一幕

 こんにちは、保安員の澄江です。

 新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が、もう1カ月延長されることとなり、自粛要請が続いています。つい先週までは、普段と変わらない状態で勤務して参りましたが、勤務地周辺で感染者が出たことを理由に、同僚数人が出勤をボイコットしたことで状況は一変。ようやく事態の重さに気付いたらしい会社は、ほとんどの職員を休職させることに決めました。ある程度の手当は出るようですが充分ではなく、国から助成金をもらったところで、これまでの蓄えを放出しなければならない状況になりそうです。いつ終息するかもわからないので、正直なところを言えば、ほかの仕事を探してみようかと考えることも多くなりました。しかし、自分にできる仕事と言えばスーパーの店員くらいしか思い浮かばず、いまの仕事を続けていくことと大差はありません。生きる残るためにと、現場に出してもらうよう会社に願い出た私は、かろうじて以前と変わらぬ生活を維持できています。その甲斐あってか、つい先日は、一人の女性を救うことができました。今回は、その時のことについてお話ししたいと思います。

 当日の現場は、関東近県の郊外にある大型ショッピングモールE。1階に食品売場とフードコート、2階に衣料品、3階に日用品と玩具、4階に家電売場を擁する大きな店舗です。広大な売場は死角だらけの上に、防犯機器の設置は少なくスタッフの数もまばらで、どこで何が起こってもおかしくない状況にあると言えるでしょう。

 初夏を思わせる陽気の中、電車とバスを乗り継いで1時間ほどかけて現場に到着した私は、挨拶を済ませて入店すると同時に、緊急事態の最中とは思えぬ客入りの多さに愕然としました。店内のフードコートや休憩所には、多くの学生さんたちや家族連れがたむろしており、休日以上の混雑ぶりを見せていたのです。その光景を見れば、呼吸するのも憚られるほどで、この場にいるだけでたちまちに感染してしまうような気にさせられます。この仕事を始めて、すでに41年が経過しておりますが、これほどまでに強い危機感を抱きながら現場に立つことはありませんでした。なるべく人の多いところで警戒にあたるのが巡回の基本と言えますが、自分の生命を守ることを第一に考え、いわゆる「密」の状況を回避するべく、人気の少ない1階以外のフロアを中心に巡回することにします。

(まだ、こんな時間か。どこの店も、食品売場以外は平和なのよね……)

 普段とは違って人気のない売場に身を潜めているため、なにも見るものがなく、いつも以上に時間の経過が長く感じられます。特に目立った不審者を見かけることもないまま、業務が終盤に差し掛かると、自分のスマートフォンに店長さんから電話がかかってきました。

「いま、どこにいますか?」
「4階におりますが、どうされました?」

 クレームかしらと、恐る恐る用件を尋ねてみれば、興奮した様子の店長に早口でまくしたてられます。

「衣料品担当の女性スタッフを狙った痴漢らしき男がきているので、大至急、2階に向かってください。ベージュのトレンチコートを着た30歳くらいの男です。何度かやられているので、犯行の現認ができたら捕捉してもらえますか? 私も、近くで警備員と警戒しておきますので、お願いします」
「はい、了解です」

 格好よく返事をしたものの、痴漢の捕捉は容易ではありません。万引き犯に比べて警戒心が強く、たとえ首尾よく犯行を現認できたとしても、捕捉時には暴れ、容疑を否認したり証拠隠滅を図ることが多いのです。恐怖と緊張からくる胸の鈍痛を堪えながら、エスカレーターで2階に駆け下りて、それとなく売場を見回すと、トレンチコートの男はすぐに見つかりました。気付かれぬよう遠目から人着(犯人の人相や着衣)を確認すると、どことなく「霜降り明星」のせいやさんに似た20代後半と思しき太めの男で、その視線の先には、女優の永作博美さんに似た雰囲気の小柄で可愛らしい女性スタッフが品出しをしています。男の顔を見れば、荒い息遣いが聞こえてきそうなほど紅潮しており、顔全体が脂汗でテカついているように見えました。

(あんなにいやらしい目で見られたら、誰でもゾッとするわよ……)

 まったく尋常ではない男の目つきに強い犯意を感じた私は、人気のない婦人服売場に潜む形で、男の行動を見守ります。するとまもなく、品出しを終えた女性スタッフが、店の奥にあるレジカウンターの中に入りました。それに合わせて、トレンチコートの裾を両腕で抱えるようにして動き出した男は、尋常でないほどにギラついた目で周囲を気にしながらレジカウンターに忍び寄っていきます。

(どこから見ようかしら)

 できることなら正面から見たいところですが、衣料品売場の棚は低く、自分の姿を見せずに近づく方法が見つかりません。周囲に誰もいないことを確認した私は、棚の陰で俯せになって、男のそばにあるラウンドハンガーまで匍匐前進の要領で移動しました。確実な現認が取れるなら、これくらいのことは平気なのです。

「キャーッツ!」

 そうしてまもなく、不意に轟いた大きな悲鳴に驚いて視線を上げると、レジカウンターの前に立ち尽くした男が両手でコートを広げていました。コートの下には何も身につけておらず、まるで蝙蝠のような格好で、自身の陰部を女性スタッフに見せつけています。

「あなた、なにやっているのよ!」

 捕まえるべく足元から立ち上がると、目玉が飛び出てしまうのではないかと思うくらいに驚いた男は、その場に尻餅をつきました。すぐに駆けつけてきた店長と2人の制服警備員が、自慢にもならない大きさのイチモツをさらして床に寝転ぶ男を取り囲んで見下ろします。

「す、すみません!」

 抵抗する様子を見せることなく、慌てた様子でコートの裾を合わせて正座してみせた男は、床に額をつけて泣き始めました。男3人がかりで泣き伏せる犯人を立たせて、事務所まで引き摺るように連行して、弁解を聞くこともなく警察に通報します。警察官が到着するまでの間に身分を確認させてもらうと、男は29歳。2年前にカラオケ店のアルバイトを辞めてからは職に就いておらず、店の近所にある実家で両親と一緒に暮らしていると話していました。被害者によれば、いままでに何度か店内外を問わず尾行されたことがあるそうで、ずっと気になっていたのだと、安堵の涙を流しながらも体を震わせています。ひどく動揺して、言葉を詰まらせる被害者を励ましながら、臨場した刑事さんに被害状況を説明します。

「この野郎、どうにも悪いヤツなんで事件にして扱いたいのですが、ご協力いただけますか?」

 現場を仕切る刑事さんが女性スタッフに被害申告の意思を確認すると、逆恨みや報復行為を恐れながらも、被害届を出すことになりました。その場で男は逮捕され、逮捕者である私と女性スタッフは、実況見分を済ませてから警察署に向かいます。

「ここで、こうして現認しました」

 実況見分時、犯行を現認した瞬間を再現する写真を撮影する際、売場で匍匐前進する自分の写真を撮られて、とても恥ずかしかったです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

ホームレスの女装万引き犯は、鼻の頭が割れていた……「これで人生台無しよ」Gメンに漏らした過去

 こんにちは、保安員の澄江です。

 テレワークなどとは縁のない職種に就く私たちは、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が発令されて以降も、普段と変わらず現場に入っています。人混みの中で不審者を探し出し、捕捉時には被疑者に密着。事務所まで被疑者に寄り添って連行して、密室としか言えない事務所や警察署の取調室で事後対応に追われているわけです。まさに3密(密閉空間・密集空間・人との密接)の状態にしか身を置けないような状況で、マスクを外して深呼吸できる場所などありません。本音を言えば、のどにガラスが刺さるような痛みは味わいたくもないので、自宅で静かに自粛していたいところです。しかし、お客様である商店が営業されている以上、私たちが休むわけにもいきません。この不安定な情勢化にあって、通常業務につけるだけでもありがたい。そう思うようにして、日々の業務をこなしています。

 一部の商品を除いて、ようやくに買い占め行為は落ち着いてきましたが、売場関係者の疲弊は限界を越えているように感じます。マスクの争奪戦は相変わらずで、開店待ちの行列は、もはや見慣れた光景となりました。入荷がない旨の告知が店頭に貼り出されているにもかかわらず、その行列が絶えることはありません。店員さんにマスクの入荷日を問い合わせて、不明だと答えられた70代と思しき男性が、在庫を隠し持っているのではないかと店員さんに詰め寄る場面も目にしました。マスク未着用の来店者に対する風当たりも強く、その人が咳払いをひとつしようものなら周囲の人から睨まれるといった具合に、どこの売場も殺伐しています。ただでさえ身の危険を感じる仕事である上、咳ひとつ自由にできない雰囲気の中で自然と緊張しているのか、普段より疲れが酷く、休日には近くの整骨院に行って体のバランスを整えていただきました。本当は近所の天然温泉にも浸かりたいのですが、営業を自粛されているため、自宅の小さな湯船にバブを沈めて堪えています。

 今回は、この自粛期間中に捕らえた女装万引き犯について、お話したいと思います。

 当日の現場は、都内南部に位置する総合スーパーY。商業ビルの地下にあるタイプのお店で、生鮮食品を含む食料品のほか、酒や日用品、ドラッグストアコスメなどを扱う中規模スーパーです。近くに公営ギャンブル施設があることから、職業不詳に見える怪しい方々が数多く来店されるのが特徴で、1日あたりの捕捉率が高い現場のひとつでもあります。ワンフロアの広い店内は、単純ながらも死角が多い構造で、盗ろうと思えばなんでも盗れる状況にあると言えるでしょう。この日の勤務は、午前10時から午後6時まで。バックヤードにある事務所まで入店の挨拶に伺うと、どことなく、くりぃむしちゅーの上田晋也さんに似た顔馴染みの店長が、開口一番に言いました。

「おはようございます。今日入りますので、よろしくお願いいたします」
「あ、どうも。今日はさ、出入口にあるアルコールとトイレのペーパー在庫にも注意してくれる? 出すたびに、やられちゃって、参っているの」

 トイレットペーパーの一つひとつに、店の名前が書いてある状況を見て、どこか恥ずかしさを感じるのは私だけでしょうか。一連の買い占め騒動以降、店の備品であるトイレットペーパーやアルコール液のプッシュボトルを持ち去る備品泥棒が増加しており、どの店も対応に苦慮しています。

「最近、すごく多いんですよ。なにかで固定しないと、すぐに持っていかれちゃいますよ」
「そうだよねえ。ちょっと忙しくて、すぐにはできないから、今日はよろしくね」
「承知しました。ほかに注意することは、何かございますか?」
「ああ、そうだ。今日のレース、コロナの影響で無観客なんだってさ。だから、いつもより落ち着いていると思うよ」

 この店は、レースの開催日に合わせて私たちを導入されています。この日のレースは無観客開催ということで、いつも見られる職業不詳の方々の姿は現場になく、目につくのは自粛の準備に勤しむ家族連ればかり。勤務の後半に入っても現場は落ち着いたままで、特に気になる人は見つけられず、平和な雰囲気に包まれていました。

(今日は、ないかもしれないわね)

 勤務終盤、退屈からくる眠気と闘いながら店の出入口を眺めていると、一見してホームレスに見える男性が、黄色いミニスカートと水色のハイヒールをはいた女装姿で店に入ってくるのが見えました。おそらくは60歳前後でしょうか。羽織っているブルーのスカジャンをはじめ、身につけているもの全てが薄汚れていますが、白いストッキングが筋肉質で細い脚を際立たせています。

(なにを買いに来たのかしら? どう見ても、お金は持っていなさそうだけど……)

 そっと近づいて後を追うと、なにかで胸まで膨らませていた男性は、迷うことなく化粧品売場に直行していきました。恐る恐る表情を窺えば、つけまつげを接着剤でつけているのか、目の周りがバリバリになっていて、終始目をパチクリさせています。

(この人、どんな人なのかしら……)

 するとまもなく、つけまつげセットとつけ爪セットを続けて手にした男性は、それを重ね合わせると、その場で躊躇することなく上着のポケットに隠してしまいました。続けて、いくつかの口紅とマニキュアを手に取って、それらもポケットに隠してしまいます。周囲を警戒することなく、平気な顔で犯行に及んでいるところを見れば、ずいぶんと手慣れているように見えました。

(もう間違いないわね。暴れる感じはしないけど、態度を豹変させるかもしれないから気をつけないと……)

 気付かれぬよう距離を置いて後を追うと、次に焼肉弁当とカップ酒を手にした男性は、それをおなかの前で抱えたまま外に出て行ってしまいました。地上出口につながるエスカレーターに乗り込んだ男性が、上階の床板を越えたところで声をかけます。

「お店の者です。そのお弁当とお酒、持っていったらダメですよ」
「あら、いやだあ。あんた、見てたの? お金ないし、これ返すから、許してくれない?」

 まるで慌てることなく、意外なほど人懐っこい笑顔で応じた男性は、賞状を渡す時に似た動きで焼肉弁当とカップ酒を差し出しました。ガサガサの唇に塗られた真赤な口紅と、顔の中で浮いている水色のアイシャドウが、この男性の不気味さを際立たせています。

「それだけじゃないでしょう。全部出してもらわないといけないから、事務所まで一緒に来てもらえます?」
「ここで勘弁してよ。お金は、一銭もないし、全部返すから。ね、お願い」
「ダメですよ。さあ、行きましょう」

 埒が明かないので、腰元を掴んで少し強引に歩き始めると、意外と素直に歩を進めてくれました。事務所までの道中に逃げられぬよう、気を逸らすべく、いくつかの質問をぶつけてみます。

「化粧品は、ご自分で使うためですか?」
「うん。コロナで、いつ死ぬかわからないから、きれいにしておきたくてね」
「お家は、あります?」
「そこの川に住んでいるのよ。ダンボールじゃなく、トタンの家なの」

 そんな会話をしながら事務所に向かい、応接テーブルに盗んだ商品を出させると、計7点、合計8,000円ほどの商品が出てきました。話を聞けば、ここからほど近い河原で暮らしているという男性は57歳。一文無しの上に、身寄りはなく、商品代金を立て替えてくれるような人も用意できないと話しています。ふと、前に座る男性の顔を見つめれば、鼻がぺちゃんこに潰れており、鼻の頭が二つに割れていました。しばし、目を奪われていると、私の視線に気付いた男性が恥ずかしそうに言います。

「整形で失敗しちゃったの。安いとこはダメね。これで人生台無しよ」

 その後、警察に引き渡された男性は簡易送致処分とされ、店内で実況見分を行うことになりました。犯行状況を明確にするため、盗んだ商品の陳列棚や商品を隠した場所、捕まえられた場所などを指差した写真が撮影されます。

「そこを指差したまま、こっち向いて」
「はい」

 すると、あろうことか満面の笑みを浮かべた男性は、警察官に向かってピースサインを突き出して見せました。

「おい。お前、舐めてんのか?」

 息子ほど年齢の離れた警察官に怒られた男性が、肩をすくめると同時に、胸が大きくズレておかしかったです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

オンナ万引きGメン「1日に7人」捕捉! 最高記録を打ち立てた、忘れえぬ“あの日”

 こんにちは、保安員の澄江です。

 先月、この記事を監修してくださっている伊東ゆうさんが出演された『おたすけJAPAN』(フジテレビ系)と『ジョブチューン★人知れず活躍する正義の仕事人!取締りGメン密着SP』(TBS系)の放送を拝見しました。『おたすけJAPAN』で放送されたフィリピンのセブ島における捕捉活動は刺激的で、万引き犯の挙動は世界共通と証明してみせた伊東さんの眼力と、海外でも臆することなく捕捉に挑む勇気に感服。私には真似のできないことだと、あらためて感心した次第です。また、『ジョブチューン』の放送では、6日間に8人の被疑者を捕捉されたそうで、捕らえた被疑者の両腕に手錠がかかるシーンまで放送されていました。見たところ前歴のある常習者ばかりで、その事後処理を考えれば、1日に2人の捕捉が目一杯の状況だったと推測できます。警察庁が平成22年に万引き事案の全件通報指導を行って以来、軽微な事案も含めて通報するようになったため、事後処理に時間を割かれてしまうのです。万引き犯の摘発は、その9割以上が保安員の手によるもの。こうした背景があることから、自ずと巡回する時間は減り、それに合わせて捕捉件数も減少しています。

 万引き事案の全件通報指導が浸透する以前は、盗品を被疑者に買い取らせて済ませることが多く、よほど悪質でなければ警察を呼ぶことはありませんでした。たとえ悪質な事案であっても被害届を出されることは稀で、罰金刑もなかったことから、常習犯がはびこっていたのです。1回の勤務で複数の万引き犯を捕らえることも珍しくなく、私自身、1日に7人の万引き犯を捕捉した記録を持っています。過去には、1日のうちに、同じ人を2回捕まえたこともありました。ちなみに、伊東ゆうさんの最高捕捉記録を伺えば、なんと1日に13人を捕捉された経験があるとのこと。内訳を聞かせていただくと、そのうちの5人は共犯関係にある中学生グループだったそうで、外国人2人組の共犯事案も1件含まれていると聞きました。それでも1回の勤務で8件もの事案を扱っており、そのバイタリティあふれる仕事ぶりに驚愕した次第です。

 今回は、私が捕捉数の最高記録を打ち立てた忘れえぬ1日を、お話ししたいと思います。

 当日の現場は、関東近県のベッドタウンに位置する総合スーパーY。全国展開するクライアント様の支店で、この仕事を始めた頃から絶えることなく契約をいただいている馴染み深いお店です。いわゆる低所得者層向けの団地が目立つ街並みは、飲み屋とパチンコ屋、それにファストフードの店ばかりで、あまり治安のよいところではありません。口の悪い保安員の間では「釣り堀」と称されるほど万引き被害が多く、集中的に保安員を導入して万引き犯確保の通報を入れすぎた結果、店の商品管理体制を強化するよう、所轄警察署から警告を受けるほどのポテンシャルを有しているのです。この店に行けば、なにかが起こる。そんな現場の代表格と言えるでしょう。出勤時、現場に向かうべく駅前交番の前を通いかかると、立番をしていた顔なじみの中年警察官から声をかけられました。

「あれ? 今日、入っているんですか? 参ったなあ。お手柔らかに、お願いしますね」
「おはようございます。後ほど、お呼びするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 私の登場に顔をしかめる警察官を笑顔でかわして、そそくさと事務所に向かい、副店長から昇格したばかりだという新店長に挨拶を済ませます。

「しばらくお願いしていなかったんだけど、本部に掛け合ってようやく入れてもらえたの。かなりひどい状況だから、ガッツリとお願いしますね」

 自分が店長になったからには、万引きを見逃したくない。そんな気持ちがあるらしく、今日はとことん付き合いますと、すでに鼻息を荒くしています。結果を出して当然と言わんばかりの圧力を感じながら事務所を出て、食品売場に通じる階段を降りると、すぐ目の前でカゴの中にある商品をバッグに移し替えている女性を発見しました。我が目を疑う光景に動揺しつつも、そっと身を隠して彼女の行動を見守れば、棚から取った商品をカゴに入れては死角通路でバッグに隠すという行為を繰り返しています。

(あ、あの人もやってる!)

 その現認中に、70代と思しきホームレス風の男性が、お弁当とカップ酒を競馬新聞に包んで出て行く一部始終も目撃してしまいました。女より先に店を出たので、たまたま近くにいた店長と一緒に、店の外で男性を呼び止めます。

「申し訳ない。競馬で負けちゃって、金がないんだ」

 暴れることなく素直に認めてくれたので、事務所への同行は店長に任せて、急いで店内に戻って女の監視を続けます。2分ほど目を離してしまいましたが、商品を隠したバッグの形状に変化はなく、いくつかの商品を隠匿するところもあらためて現認できました。なに一つ買うことなく店の外に出た女が、出口脇に停められた自転車のカゴに盗品を詰めたバッグを入れたところで、声をかけます。

「店内保安です。そのバッグに入れたモノ、お支払いただきたいのですが」
「はあ? なんですか? どれですか?」
「あんなにたくさん入れたのだから、私の口から言うまでもないでしょう?」
「すみません、ごめんなさい……」

 抵抗空しく犯行を認めた女を事務所に連れて行くと、先程声をかけたホームレス風の男性が、テーブルに置かれたカップ酒と弁当を前にうなだれていました。その横で腕を組み、男を見下ろす店長に、女を引き渡します。

「まだ10分もたっていないのに、忙しいですね。まだ来るかもしれないし、ここは見ておきますから、警察官が来るまで巡回していてもらえますか?」
「わかりました。なにかあったら呼んでください」

 捕捉の連発で興奮した気を静めるために、不審者がいないか店内を一回りしてから、店の外に出て軽い休憩を取ることにしました。駐車場の傍らにある販売機でコーヒーを買い、喫煙所のベンチに座って店の出入りを眺めながら一服していると、妙な雰囲気で店の中に入っていく、中学生くらいに見える2人組の男の子が目に留まります。その顔を見れば、盗む気満々といった感じで、見過ごせるレベルにありません。

(こんな時間に若い子が来るなんて珍しいわね。学校は、お休みなのかしら?)

 すぐにタバコを消して後を追えば、いくつかの整髪料とドリンク、それにガムやチョコレートなどをポケットに隠した少年たちは、そのまま店の外に出て行ってしまいます。後方から声をかけると同時に、走り出して逃走を図られましたが、前件の通報を受けて駅前交番から駆け付けた2人の警察官がタイミングよく現れて、すぐに捕まえてくださいました。

「さっき来たばかりなのに早すぎですよ。通報いただいたのは、このことですか?」
「いえ、これは新件で、あと2人事務所にいます」
「ええっ!? もう、そんなことになっているんですか?」
「なぜか、たくさんいて……。ごめんなさい」

 警察官と一緒に事務所に向かうと、先に捕らえた男女が、盗んだ商品と自身の身分証明書を前に、応接セットでうなだれていました。扉の前で見張りをしていた店長が、少年たちの姿を目にした途端、少し興奮気味に目をギラつかせて言います。

「この子たち、やっぱり、やっていましたか。毎日毎日、おかしな動きしていたもんなあ」
「なんだ、お前ら。いつも、やっていたのか? おお?」

 処理しなければならない仕事が一気に増え、機嫌の悪くなってしまったらしい警察官が、少年たちに凄みます。なにも答えないまま不貞腐れている少年たちを睨みつけながら、呆れた様子で無線のマイクを手にし、応援を要請すると、6人ほどの警察官が集まってきました。一人ずつ警察署に送り、4人全員の引き渡しを終えた頃には、すでにお昼を過ぎていたと記憶しています。

(今日は、なんて日なのかしら。この店、まだまだいそうで、ヤバいわね)

 どこか落ち着かず、バックヤードにある従業員用休憩室で簡単に食事を済ませて現場に戻ると、20分ほど店内を歩いたところで、大量のチョコレートをバッグに隠している女子高生を発見。捕まえて店長に引き渡すと、また警察を呼んだら怒られるかもしれないと危惧され、保護者に連絡をして引き取りに来てもらうことになりました。

「こっちは大丈夫ですから、巡回を続けてください」

 まだ満足していない様子の店長に彼女の身柄を預けて、店内の巡回を続けると、15分ほど巡回したところで、お団子やまんじゅうなどをカートに隠して出て行く80代の老婆を見つけて声をかけることになりました。事務所に連れて行き、盗んだチョコレートの山を前に泣き咽ぶ女子高生の隣に、和菓子を盗んだ老婆を座らせ、被害品の確認を済ませたところで店長が言います。

「この子の親、まだ来ないんですよ。このおばあちゃんは、お金ないみたいだけど、どうしよう? このまま帰すわけにもいかないし」

 結局、老婆のバッグにつけられたネームプレートに書かれた介護ヘルパーの方に連絡を取り、その身柄を引き受けてもらうことになりました。その決着を見届けて店内に戻ってまもなく、炭酸飲料のペットボトルを持ち去る男子中学生を見つけてしまい、またしても事務所に戻されます。

「もう座るところないから、駅前交番に連れていっちゃってください」

 泣きじゃくる男の子を連れて駅前交番を尋ねると、出勤時に挨拶を交わした警察官が、嫌気の差した顔を隠すことなく言い放ちました。

「警察は、あんただけのためにあるわけじゃないんだから、ちょっとは考えてやってくれよ。もうすぐ交代なのに、まったく……」

 その数日後、同じ現場に出勤すると、駅前交番の警察官が新人警察官を伴って店内を徘徊していました。なにを買うでもなく、ただ店内を歩き回っています。気にせずに巡回を始めてまもなく、私の姿を見つけた警察官が、そばに寄ってきて言いました。

「今日は、何時までですか?」
「18時までです」 
「それでは我々も、18時まで警戒させていただきますね。犯罪は、未然に防ぐのが一番大事で、それが我々の使命ですから」

 その日は1日中、警察官に後をつけられ、誰一人捕捉することなく業務を終えました。摘発は最大の犯罪抑止と言われていますが、やりすぎると嫌がられることもあるのです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

地下食品街を荒らす「カフェ店主」摘発! 「万引きで仕入れ」大胆すぎる手口にGメン衝撃

 こんにちは、保安員の澄江です。新型コロナウイルスの感染防止対策として、本格的な自粛モードに突入しておりますが、私たちの現場である商店に、あまり影響はありません。店内は連日、買い出し客で大盛況。普段のスーパーでは、あまり見かけないタイプの方々も食料品の買い出しに来られており、食品スーパーが飲食店のお客様を吸い上げている感じがします。その影響は大きいようで、長年にわたり小料理店を営んできた私の友人も、来月いっぱいで店を閉めることになりました。ある程度の資産をお持ちの方なので、この先の暮らしに不安はないようですが「不本意な形で店を閉めることになった」と涙ながらに悔しがっている姿を見て、共に涙したばかりです。今回は、経営するお店の売り上げ低迷を理由に、万引きすることで店の仕入れを図る「万引き店主」についてお話ししたいと思います。

 当日の現場は、東京郊外にある複合商業施設の中にある地下食品街M。精肉や鮮魚をはじめ、青果、総菜、弁当、パン、菓子、輸入食品など、多種多様の専門店が軒を連ねる「デパ地下」に似た雰囲気の現場です。今回は、万引き被害に悩む各テナント様からの苦情を受けた協同組合から、およそ2カ月にわたる食品街全体の集中取り締まりのご依頼を受けました。この日は、その5日目。各店の売場面積は小さく、棚も低いために、一見すると万引きしにくい状況に見えますが、相当数の常習者を抱えているようで、すでに何人かの常習者が摘発されています。通常のスーパーと比べて、質の良い商品を取り扱っているため、万引き犯にも好まれてしまうのでしょう。どうせ盗むなら、少しでも良いモノを。そう考える万引き犯は、非常に多いのです。

 出勤の挨拶のため事務所に出向くと、どことなく坂田利夫さんに似た小柄な理事長さんが出迎えてくれました。

「今日一日、よろしくお願いいたします。今日が初回なのですが、なにか特別に注意することはございますか?」
「魚屋と肉屋、輸入食品店の被害が多いみたいだけど、我々は運営側だから詳しくはわからないねえ。お店の人が言うには、毎日のように来ては盗んでいく悪いヤツもいるようですよ。いまのところ、毎日捕まってるから、またあるかもしれないねえ」

 どこの組織でも言えることだと思われますが、管理職の立場にある人の多くは現場を知りません。事務的な確認事項を済ませて現場に入ると、地下食品街は多くのお客さんであふれていました。人込みに紛れて店内の構造を確認すれば、出入口が多数あり、隣接する駅や百貨店にまで直結しています。それに加えてエレベーターやエスカレーター、階段まであるため、実行後の万引き犯が辿るルートの予測はできそうにありません。抜け場所の多い現場は見失う確率が高まり、声かけのタイミングも難しいことから、正直に言えば苦手です。

「常習者の捕捉に務めよ」

 事務所からの単純な指令を胸に巡回を始めると、2時間ほど経過したところで、精肉店にいるエプロン姿の中年女性が気になりました。一見して40代前半くらいでしょうか。どことなく尼神インターの渚さんに似た彼女の、カゴの中で落ち着きなく蠢く右手が気になったのです。少し離れたところからカゴの中に目をやると、いくつかの精肉パックのほかに、大きく口の開いた黒いエコバッグが入っているのが見て取れました。何気なく近づき動向を見守れば、ほかの客に紛れながら、カゴの中に入れた精肉パックをスライドさせる形でバッグの中に隠しています。

(随分、大胆ね。まだやるかしら)

 カゴの中の商品を隠し終えた彼女は、続けてソーセージを手にすると、カゴの中に入れるふりをしながら、それを直接バッグの中に隠しました。ここで声をかけてもいいくらいの状況にはありますが、法的な解釈をもとに考えれば、より慎重に、言い逃れのできない状況を作らなければなりません。そそくさとカゴを戻して精肉店をあとにする彼女の追尾を続けると、何度か後方を気にしながら、珍しい商品が多数並ぶ隣接の輸入食品店に入っていきました。狭く入り組んだレイアウトが個性的な、とても万引きしやすい造りの人気店です。

(ここでも、絶対にやる)

 犯行に及ぶことを確信して、店外から彼女の行動を見守ると、チーズやコーヒー、舶来モノのビスケットなどの商品を手に取り、次々とバッグに隠していくのが見えました。犯行の現認は充分なので、無理してみることはしません。なるべく遠くから彼女の手元だけを視界に入れて、店の外に出るタイミングを伺うのです。なに一つ精算することなく、持参したバッグを大きく膨らませて駅側出口の扉を跨いだ彼女に、そっと声をかけます。

「すみませ……」

 声をかけると同時に、私を振り払って走り出した彼女は、自動改札を突破して駅構内に逃げ込んでいきました。彼女の行く方向を確認しながら、首かけ式のパスケースに入れてあるSuicaを自動改札機に慌ててタッチして、その後を追います。するとまもなく、乱暴に開かれた鉄扉が立てる破裂音と共に、駅員さんが飛び出してきました。ものすごいスピードで後方から私を追い抜くと、一段飛ばしで階段を駆け上がり、彼女の後を追いかけていきます。

「お客さん、改札通ってないですよ!」

 駅員の呼びかけを無視して階段を駆け上がった彼女でしたが、ホーム上に出たところで追いつかれると、力尽きたようにしゃがみ込みました。老体に鞭を打って階段を駆け上がり、ようやくに追いついた私は、息を切らせながら駅員さんに事情を説明して協力を求めます。

「もう逃げるのは、やめにしましょうね。電車来るから、危ないですよ」

 事態を把握した駅員さんが、駅事務所を貸してくれるというので、両足の爪先を上げて歩こうとしない彼女の両脇を二人で担ぎ上げるようにして、改札階に向かうエレベーターに乗り込みます。エレベーターの扉が開くと、どなたかが通報されたようで、すぐに二人の警察官が歩み寄ってきました。簡潔に事情を説明した後、即座に彼女を引き渡して、行き先を駅前の交番に変更します。

「このバッグに商品を隠して、金を払わないまま駅の中に逃げたってことね」

 交番に着くなり、プロレスラーに劣らぬほど大きな体をした警察官が、彼女のバッグから被害品を取り出しました。2店をハシゴして盗んだ商品は、計13点、被害合計は1万2,000円ほどとなりました。彼女の所持金は1,000円足らずで、クレジットカードや電子マネーも持っていないので、商品を買い取ることはできません。警察官による身分確認の結果、彼女は34歳。結婚はしておらず、身寄りを失くしたばかりで、迎えに来てくれるような人はいないと言います。観念した様子で、なに一つ精算してないことを認めた彼女は、つい先日も別のスーパーで万引きをして捕まったばかりだと告白しました。

「前に捕まった時、もうしないって約束したと思うんだけど、なんでやっちゃったの?」
「ごめんなさい。お店を開けて、すぐにコロナ騒動が起きて、全然お客さんが来ないんです。それで苦しくて、つい……」

 傍らで話を聞いていれば、同居していた母親が亡くなってしまい、自分の生計を立てるべく隣町の商店街にカフェを開店したそうで、その経営が思わしくなく犯行に至ってしまったとのことでした。盗んだ商品は、全て店で使うつもりだったと話しています。交番の汚いデスクに並べられた被害品を眺めてみれば、厚切り豚ロース肉、鶏モモ肉、和牛ミスジステーキ、ソーセージ、パルメザンチーズ、ピザ用のシュレッドチーズ、コーヒー、ビスケットなど、確かにカフェで使うようなものばかりを盗んでおり、その理由に嘘はなさそうです。

「あんた、理由はどうあれ、今日は時間かかるよ。駅構内への不正入場の件も警察官が現認してるから、きちんと正直に話してください」
「はい。あの、すみません……」
「なに、どうしたの?」
「この靴も、さっき上の店で盗りました。ごめんなさい……」
「ええっつ!?」

 恥ずかしそうに項垂れる彼女の足元を見れば、真新しいピンクのスニーカーが履かれており、よく見ると踵のつまみ部分にはプラスチックの値札紐だけが残されています。

「これ、紐だけ残っているけど、値札はどうしたの」
「ちぎって捨てちゃいました」
「履いてきた靴は、どうした?」
「この靴が入っていた箱に入れてあります」

 その後、警察官と共に靴屋さんに出向いた彼女は、ちぎった値札を捨てた場所や、自分の履いてきた靴を箱から取り出すところの写真を撮られると、各店から被害届を出されて逮捕となり、警察署に連行されました。この先、彼女の人生は、一体どうなるのでしょうか。一人で生きていくことが、どんなに大変なことか、あらためて思い知らされた私は、マッチングアプリへの登録を悩みながら家路につきました。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

新型コロナパニックで「高級マスク大量万引き」! 保安員が驚いた「女泥棒の正体」とは……

 こんにちは、保安員の澄江です。

 新型コロナウイルス、得体が知れなくて怖いですね。先週は、明らかに転売目的と思しき人たちや、不安を煽るデマを信じた人たちによる買い占め行為が各現場で横行し、マスクや消毒用アルコール、おむつやペーパー類などの家庭用紙製品までもが商品棚から消えました。安倍晋三首相が全国の小中高校を休校するよう一斉要請した翌日には、米やパスタ、缶詰、インスタントラーメンなど、保存性の高い食品が買い占められる始末です。自分さえよければいいのか、お一人様1点限りのルールを無視して、多数の同一商品をレジに持ち込んでゴネる客や、目的の商品が欠品状態であることを知って店員に悪態をついて掴みかかったり、腹いせに棚を蹴飛ばして警察に引き渡された迷惑客も散見されました。人は、危機を迎えると、自分のことしか考えなくなってしまう生き物なのでしょうか。いつもとは違う殺伐とした店内の雰囲気に辟易とした次第です。

 こうした混乱に乗じて、万引き行為に至る不届き者も、さほど珍しくありません。多くのお客様が大量の商品をカートに載せることから、それに紛れて堂々とカゴヌケ(かごに入れた商品の精算をしないまま外に出て行く手口)する者や、人混みを利用して衣服やバッグに商品を隠匿する者などが必ず現れるのです。東日本大震災発生時には、大きな揺れに構うことなく自分のバッグに商品を隠し続け、そのまま外に出て行った老婆を捕まえました。震災発生直後の混乱から、店の人はおろか警察にまで相手にされず、商品代金を支払うことで、お咎めなく解放されたことを思い出します。折角の成果も、挙げるタイミングを間違えてしまえば、嫌な顔をされるだけで評価されないものなのです。今回は、つい先日に捕らえた火事場泥棒的万引き犯について、お話ししたいと思います。

 当日の現場は、昔ながらのスタイルで営業を続けるディスカウントストアK。地元民に愛される地域密着型の大型店で、長きにわたってお付き合いさせていただいているクライアント様です。入店の挨拶を済ませて店内の状況を見て回ると、この先「マスクが不足する」という報道に接したらしい多くの方々が、複数のマスクをカゴに入れていました。同一商品を大量に棚取りするのは、万引き犯に見られる代表的な挙動の一つ。しかも高性能マスクは、意外と高額で、被害に遭いやすい商品なので、それを複数取りしている全員が不審者に見えます。自分本位で勝手なことを言わせてもらえば、買い占め行為に至る卑しい気持ちから出るやましさのような雰囲気は、万引きする人の発する雰囲気と同じなのです。

(しっかり見極めないと……)

 買い占め目的の客が多いのか、平日にもかかわらず休日以上の大混雑をみせる店内で不審者の見極めを行っていると、しばらくして不気味な中年女性が目に止まりました。つばのついたスポーツキャップを目深にかぶったうえに、大きなサングラスをかけて、マスクをつけている女です。顔を隠すようにしているため、その年齢はわかりませんが、服装や身の回りの物などから判断するに30歳くらいでしょうか。その容姿はもちろん、肩にかけられた量販店の大きなトートバッグと、カートに載せられた精算済みカゴが不審に思えてなりません。

(いくらなんでも怪しすぎるわ)

 人混みを掻き分けながら、不自然なほどの早足でドラッグコーナーに入って行く彼女の後を追えば、日本製の高級マスクを次々とカゴに入れていきます。身を隠しながらも目を離さずに棚取りの状況を確認すると、続けて箱入りのマスクを手に取り、合わせて5箱(ひと箱30枚入り)のマスクを、カート上にあるカゴの中に入れました。まだ販売制限はかかっておらず、大量購入自体に問題はありませんが、しきりと後方を振り返りながら売場を離れて行く姿が気になります。すると、屋上駐車場に通じるエレベーター前で足を止めた彼女が、カゴの中にある商品をトートバッグに詰め替え始めました。この先にレジはなく、その緊張した面持ちを見れば、精算するつもりはないようです。

 全ての商品をトートバッグに入れ終えた彼女が、エレベーターに乗り込んだので、閉じかけた扉を開いて駆け込むように同乗しました。少し警戒されたようですが、構うことなく閉ボタンを押して、操作盤の前に陣取って到着を待ちます。これから捕まえる人と、二人きりでエレベーターに乗ると、お互いの鼓動が聞こえてくるような感じがするのが不思議です。

「どうぞ」

 開ボタンを押して先を譲ると、会釈ひとつすることなく私の前を通り過ぎた彼女は、駆け足に近い早足でカートを走らせました。出入口脇に停められた黒い軽自動車の脇にカートをつけ、大量のマスクを隠したトートバッグを後部座席に置いたところで、そっと声をかけます。

「警備の者です。そのバッグに入れたマスクの代金、お支払いいただけますか?」
「え? 払いましたけど……」
「では、レシートを拝見できますか?」
「いらないから捨てちゃいました」

 買っていないのだから、レシートがあるはずありません。レシートをどこに捨てたのか問えば、「忘れた」と答え、事務所への動向を促せば、行く理由がないと主張されます。数分間にわたり、やんわりと説得を続けてみましたが、何を言っても埒が明きません。仕方なく警察を呼ぶことにして自分のスマートフォンを取り出すと、明らかに動揺した様子をみせた彼女が、端末を操作する私の手を押さえて言いました。

「ごめんなさい。払いますので、警察だけは許してください」

 ようやくに犯行を認めてくれたので、車に積んだトートバッグを彼女に持たせて、事務所まで連行します。安っぽい応接セットに彼女を座らせ、トートバッグに隠した商品をテーブルの上に出させると、目撃したマスクのほかに、黒ニンニク(3,480円)が2袋出てきました。除菌用のアルコールティッシュを片手に、自分の周辺を拭きまくっている彼女に、これらを盗んだ理由を尋ねます。

「こんなにたくさん、どうするつもりで?」
「自分で使うためです。毎日使うものだからストックしておきたくて……」
「黒ニンニクは? お好きなの?」
「いえ、ウイルスが恐いから、免疫を上げようかと……」

 身分を確認させてもらうために免許証を見せてもらうと、彼女は32歳。ここから車で10分ほどのところに、母親と二人で暮らしていると言いました。写真を見たところ、女優の遠野なぎ子さんに似た美形で、とても万引きするような人には見えません。所持金を聞けば、3万円ほど持っているので、生活苦というわけでもなさそうです。

「お金あるのに、どうして払わなかったんですか?」
「新しい空気清浄器を買ったりしたから、これ以上、ウイルス対策にお金を使うのが嫌になっちゃって……」
「コロナウイルス、確かに怖いわよね」
「はい。外に出るのも怖いくらいで、いまここにいるのもつらいです」

 報告を受けて駆けつけた店長さんに謝罪をするにあたり、帽子とマスク、それにサングラスを外すよう彼女に促すと、病的なほど白い肌が露わになりました。とてもきれいな方であるに違いありませんが、キラキラ感のある免許証の写真と比べてみれば、かなり焦燥している感じに見えます。

「この度は、申し訳ありませんでした。お支払いいたしますので、どうかお許しください」

 店長さんに対して、早口で謝罪した彼女は、言葉を言い終えると同時にマスクとサングラスを装着。その態度が気に入らなかったのか、呆気に取られた様子の店長は、しばし沈黙した後で警察を呼びました。被疑者が女性であるため、男女二人の警察官コンビが現場に駆けつけ、すぐに彼女の犯歴照会を行います。

「あんた、弁当持ちじゃないか。バカなことしたなあ」

 犯歴照会の結果を受けた巡査部長さんが、呆れた顔で彼女に言いました。その脇では、新人らしい10代と思しき女性警察官が、慣れぬ手つきでホルダーから手錠を取り出しています。

「14時36分、あなたを窃盗の現行犯で逮捕します。両手を出してください」
「はあ? 困ります! 逮捕なんてされたら、あたし生きていけない!」
「話は、あとで聞きますから。早く両手を出して!」
「嫌よ! あんな汚いところ、もう行きたくない! 離して!」

 さまざまなもので顔面を隠したまま、二人の警察官を相手に暴れた彼女は、まもなく取り押さえられて手錠をはめられました。

「あんたのこと、一生恨んでやるから!」

 事務所から出て行く際に吐かれた暴言は、いまも耳に残っています。

 その後、警察署で調書を作成していると、どことなくミルクボーイの駒場孝さんに似ている担当警察官が、一人呟くように言いました。

「あの人、雑誌のモデルさんなんだって。そんな人でも、万引きすることあるんですね」

 その話を聞いて、少し前に逮捕された「令和のキャッツアイ」のことを思い出した私は、あの人たちより華のある彼女に、素敵なあだ名をつけてあげたい気持ちになりました。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

女性ホームレスが交番で突然死! 「万引き犯の遺体」に対面――Gメンの「重い」経験

 こんにちは、保安員の澄江です。

 先日、学生時代からの親友と2人で、1泊の温泉旅行に行ってきました。ゆっくりしたくて出向いたわけですが、せっかくだからと景勝地まで足を延ばして歩き回ってしまい、余計に疲れた次第です。それでも大きな湯船で足を伸ばせば、みるみるうちに疲労は回復。おいしい地魚をつまみに温めのお酒をいただき、ホテルの部屋でマッサージをしてもらうと、いつのまにか眠ってしまいました。仕事柄、緊張している時間が多いので、一度気を緩めると、すぐに眠くなってしまうのです。自分の流したよだれの冷たさに目を覚ますと、隣でマッサージを受けていたはずの友人も、テレビをつけたままグラスを片手にソファで寝落ちしていました。その光景を見た瞬間に、10数年前の冬の日に捕捉した女性のことが鮮明に思い出されたので、今回は、そのことについてお話したいと思います

万引き犯は古くて暗い、雑然とした現場に集まる

 当日の現場は、都内有数の繁華街に位置するスーパーS。東京の名所と言える街の中心にあるため、地元のお客さん以外に、酔客やホームレス、外国人観光客なども数多く来店される中規模総合スーパーです。長いことお世話になっているお店ですが、老舗店であるために造りが古く、私たちの逃げ場所となるトイレも和式で汚いので、正直なところを言えば入りたくない現場の代表格と言えるでしょう。

 生魚と精肉、惣菜の揚げものを作る安い油の臭いを嗅がされながら事務所に向かい、古臭いトイレ用芳香剤のにおいが充満する事務所に入ると、官房長官の菅義偉さんによく似ている顔なじみの店長が出迎えてくれました。

「本日も、よろしくお願いいたします」
「ああ、今日は、あんたの日か。相も変わらず、たくさんいるから、なるべくデカいのを挙げてきてよ。カップ酒1本とか、おにぎり1個とか、そういうのは、もういいから」
「お気持ちはわかりますけど、マークしている人もたくさんいますし、一度見ちゃったら、それを見逃すわけにはいかないんですよ。とにかく、なにかあったら、お願いしますね。面倒なことは、こちらで全部やりますから」
「はいはい、全部警察に突き出してやろうね」

 豊富な商品で埋め尽くされた店内は、どこを見ても雑然としており、何が起こるかわからない雰囲気を醸し出しています。だからこそ、万引きしてしまう方々に狙われてしまうのでしょう。彼らは、忌み嫌われる害虫と同じで、古くて暗い、雑然とした売場に集まってくるものなのです。

 なるべく早く捕まえて、警察署に行く。大物を欲しがる店長の戯言は無視して、たとえ1点であっても見逃さない気持ちで業務を始めると、1時間ほど経過したところで、過去に捕らえたことのある地元で有名な女性ホームレスの方が入ってくるのが見えました。彼女の姿を見るのは、2年振りくらいでしょうか。まだ50代後半と若いこともあって、意外と小奇麗にされているし、異臭を放つこともないので、一見するとホームレスの方には見えません。でも、ところどころに穴の開いた上着を見れば、その生活背景が垣間見えるような気がします。

(また、やりに来たのかしら)

 ホームレスの捕捉は、お店の人を始め、警察からも嫌がられます。そのニオイや状況をはじめ、中にはあえて刑務所入りを目指す“志願兵”も存在するなど、さまざまな事情から扱いを敬遠されるのです。ましてや、この人は地元の有名人で、なにかあると大声で喚き散らす札付きの嫌われ者。捕まえたとしても誰も喜ばないので、なるべくなら関わりたくないのですが、前に捕らえた人の再犯行為を見過ごすわけにもいきません。今日はやらないでと、心の中で願いつつ彼女の行動を見守ると、願い空しく犯行に至ってしまいました。パックの日本酒とおにぎりを、二つずつ、持参のレジ袋に隠して外に出たのです。以前に声をかけた時には、「関係ないから」と大声を出して逃走を図ったので、今回は腰元を掴みながら声をかけることにしました。

「こんにちは。またお会いしましたね。お元気でしたか?」
「へ? あんた、誰だっけ? 役所の人?」
「いえ、ここの保安員ですよ。袋に入れたお酒とおにぎり、お金払っていただかないと」
「ああ、思い出したわ。いつもお世話かけて、申し訳ない」

 以前とは違い、殊勝な態度で同行に応じてくれたので、どこか拍子抜けした気持ちで彼女を事務所まで連れて行くと、私たちに気付いた店長が事務所のカギを閉めて入室を拒絶しました。扉の脇にある小窓を開き、私を呼び寄せた店長が、小さな声で指示を出します。

「どうせまた、酒とおにぎりだろ。悪いけど、相手をしている暇はないよ」
「はい、お察しの通りですけど……。どうしたらいいでしょう?」
「買い取りもできないだろうから、駅前の交番に置いてきてくれる? 出入禁止と厳重注意でかまわないから」
「はあ」

 いつ大声を出されるか不安に思いながら、腫物を触るような気持ちで、少し酔っている様子の女に状況を説明し、一緒に駅前交番へと向かいます。駅前交番までは、歩いて5分ほど。特に女と話すこともなく、重い雰囲気の中を歩いたせいか、思ったより遠くに感じられたことが記憶に残っています。

「万引きです」
「また、あんたか。お宅の話は、もう聞き飽きたよ。少しは、調書取る身にもなってくれないかな。同じ話ばかり聞かされて、たまったもんじゃないよ……」

 交番にいた警察官は、女の顔をみるなり目を背けて嫌味を言い、仕方ないといった様子でパイプ椅子を広げて女を座らせました。

「いつも世話かけて、申し訳ありませんね……」

 酒のにおいが混じった大きなため息をついて、疲れ果てた様子で腰を下ろした女は、息を吸うのも苦痛だと言わんばかりに顔を歪めて目を瞑っています。私が座るところは見当たらないので、女の脇に立って現認状況を説明していると、しばらくの間、興味なさげに話を聞いていた警察官が突然に立ち上がって叫びました。

「おい! あんた、大丈夫か!?」

 その声に驚いて女の方を見ると、目を見開いた状態で眼球を上方に上げたまま、天井を見上げるような姿勢で気を失っていました。慌てて頭を支えて、肩をたたき、頬を叩いて反応を探ってみるも、意識が戻る様子はありません。慌てる警察官と2人で、そっと床に寝かせて反応を窺うも状況は変わらず。もはや狼狽した様子の警察官は、声を震わせながら警察無線で救急車を要請しています。

「ちょっと難しいかもしれませんねえ」

 交番に到着した救急隊員が、女の瞳孔を確認して、脈をとった後に言いました。為す術もなく、救急車で搬送されていく女を見送り、気を取り直すようにして万引きの件についての事情聴取を受けます。しばらくすると、1本の電話を受け終えた警察官が、神妙な面持ちで言いました。

「あの人、ダメだったって……。別の調べも必要になるから、ちょっと時間かかるよ。おれも残業だから、一緒に頑張りましょう」
「そうでしたか……。ごめんなさい。私、余計なことをしちゃったのかしら?」
「暴れたところを取り押さえたわけじゃないんだし、まったく問題ないから気にしない方がいいですよ。亡くなったとはいえ、悪いことしたのは、あっちなんだから」

 警察署に移動して取り調べを受けていると、万引きした被疑者と故人が同一人物であることを立証するために、面通しをすることになりました。遺体安置室まで連れて行かれるのかと思いきや、司法解剖などがあるために遺体の写真でやると言います。写真とはいえ、自分の捕らえた被疑者の遺体を見るのは、これが初めてのこと。微妙な顔見知りという立場にある人の亡骸に接することが、これほど重たいことだとは思いませんでした。その夜は、我が家の食卓にカップ酒とおにぎりをお供えして、彼女の冥福を祈った次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

萬田久子風の万引き犯に「早く死ね、ばーか」と逃げられて……Gメンの犯した“完全なミス”

 こんにちは、保安員の澄江です。

 ここのところ、少し暖かくなったとは言え、まだまだ寒い日が続いていて、毎日がつらいですよね。私たちが派遣される現場の大半を占める食品スーパーの店内は、大きな冷蔵庫のようなものなので、どうしても体が冷えてしまいます。その影響なのか、近頃は、足腰に痛みを感じることが増えてきました。この仕事の基本は、視力と脚力。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、万引き行為の現認は“瞬間”の世界なので、万全の体調で挑まなければ結果を残すことはできないのです。

 先日は、現認の取れた30代前半と思しき女性万引き犯の素早い行動に足がついていかず、まんまとチャリ(一度隠した商品を出されること)され、逃げられてしまいました。今回は、その時のことについて、お話ししたいと思います。

常習犯としか思えない動きを見せる、萬田久子風の女

 当日の現場は、東京の湾岸地域に位置する大型総合スーパーT。1階に食品、2階にドラッグコスメ、3階にはテナントの百円ショップを有する大きなお店で、過去に何度もお世話になったことのある馴染み深い現場です。やけに出入口の多い厄介な造りと、店員の少ない売場が多くの万引き犯に好まれているようで、その被害が減ることはありません。各売場をハシゴする被疑者も多く、どのフロアにいても気の抜けない状況に置かれるため、ひどく疲れる現場の一つと言えるでしょう。

 最近は、夜の被害が多いらしく、終電に合わせたシフトでの出勤です。遅めのランチを済ませてから現場に向かい総合事務所まで挨拶に出向くと、肝臓が悪そうな顔色をした初老の店長さんが、興奮した面持ちで食い入るように防犯カメラのモニターを睨んでいました。

「おお、ちょうどいいところに! 前から目をつけていた女がさ、ちょうどいまやっているから、すぐに入ってくれる?」

 すぐさまモニターを確認すると、大きなつばのついた帽子を被った萬田久子さんを一般人にしたような女性が、2階の売場でカゴの中にある化粧品などを次々とバッグに隠していました。「棚取りは見た」と店長さんが言うので、この店のモノを隠し込んでいることに違いないと思われますが、商売柄、犯行の一部始終を自分の目で見なければ気が済みません。店内に入って行動を見守ると、カゴの中にある商品をバッグに入れ尽くした女は、さらに2本の化粧水をわしづかみにしてみせました。それをバッグの中に直接隠すと、そそくさとエレベーターに乗り込んでいきます。場数を踏んだ常習者としか思えない動きに、自然と身体が緊張してしまい、両脇から変な汗が流れ出ました。

(一緒に乗り込めば、正体がバレる)

 自分の直感に従い、エスカレーターに乗るべく踵を返した瞬間、左膝が抜けたようになってしまいました。うまく力の入らない状態となった左足を引き摺り、ぴょこぴょこと体を跳ねさせながらエスカレーターに乗り込み、痛む左膝を擦りつつ女の居場所を探ります。

(あ、やばい!)

 すると、間の悪いことに、エレベーターの扉が開いた瞬間、女と目が合ってしまいました。どうやら自分の感情が顔に出てしまったようで、帽子のつばに覆われた闇深い目を、じっと私の方に向けて微動だにしません。エレベーターを降りることなく、平然とした様子で扉を閉めた女は、そのまま上階に引き返していくようです。

(あの女、相当な常習者ね。一瞬で、完全に見抜かれたわ)

 追わないわけにもいかず、もたもたと2階まで引き返すと、妙に軽やかな足取りでエレベーターをあとにする女の姿がありました。エレベーター脇には、バッグから戻したと思われる商品が満載されたカゴが放置されており、もはや取り返しのつかない状況です。完全なミスに呆然としていると、大胆にも私に向かって近づいてきた女が、すれ違いざまに呟きました。

「早く死ね、ばーか……」

 忸怩たる思いで店の外に出て行く女の背中を見送り、放置されたカゴを回収して足を引き摺りながら事務所に戻ると、どうやら常習者の捕捉を待ち詫びていたらしい店長さんが目を丸くして言いました。

「あれ、どうした? 取っ組み合いでもしてきたの?」
「いえ、ちょっと挫いちゃったみたいで……」
「あの女は?」
「バレて、出されちゃいました。たぶん、全部あると思うんですけど……」

(せっかく見つけてやったのに、なにをやっているんだ)

 そう言いたげな表情で私を見下ろした店長さんでしたが、気を取り直したように言葉を飲み込むと、女が置いていった商品の確認を始めました。未遂の被害は、計18点、合計1万6,000円ほど。生鮮食品などは、一度バッグに入れられたことを理由に廃棄処分され、化粧品などの商品は清拭した後で売場に戻されます。次々と捨てられていく高級食材を眺めながら、「捨てるくらいなら私が買い取ります」と申し出たい気持ちを堪えていると、怒りに震える店長さんの独り言が微かに聞こえてきました。

「盗まれて、ただで食わせるくらいなら、捨てちまった方がよっぽどいいよ」

 容易く近寄れない店長さんの雰囲気に気圧され、なるべく静かに事務所を出た私は、汚名を返上するべく現場に戻ります。膝の痛みが治まらないので、なるべく歩かないで済むよう、メインの出入口近くに陣取って入店者のチェックをすることにしました。そうしているうちに、入店直後から不審な動きをする60歳代と思しき男性を発見。その後を追えば、カップ酒やおにぎり、ホタテの缶詰などをポケットに隠して、なにも買うことなく平然とした様子で店から出ていってしまいます。さほど動きも早くないので、首尾よく声をかけるまでに至り、素直に認めた男を事務所に連れていきました。

「すみません、魔が差しちゃって。お金払いますので、今回だけは勘弁してください」
「金あるなら、ちゃんと買えよ。今回は勘弁してあげるけど、もうウチの店には、二度と来ないでくれるかな?」

 手を合わせて懇願する男を見下ろしながら、凄むように店長さんが言うと、深くうなずいて応じた男が、ポケットから取り出した財布の中から1枚のカードを抜き取って言いました。

「ポイントで支払います。もう来ちゃいけないなら、電子マネーも精算しちゃってください」

 万引きした商品の支払いに、ポイントを利用する人は初めてのこと。逃げられて罵倒された悔しさや膝の痛みも忘れて、ついつい笑ってしまった次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

ベテラン万引きGメンが尊敬してやまない大先輩、「催事のスペシャリスト・敬子」の思い出

 こんにちは、保安員の澄江です。   

 先日、久しぶりに新人さんの入社があり、現場におけるインターン研修の指導を任されました。研修現場は、職員の間で「万引き犯の巣窟」と揶揄される大型スーパーM。ここは昭和の最先端といった雰囲気の老舗で、長いこと取り引きさせていただいているクライアントのひとつです。防犯機器の導入もなく、たくさんの常習者を抱えているため、研修には打ってつけのお店と言えるでしょう。新人さんとは、最寄駅の改札口付近で待ち合わせをして、現場まで一緒に向かうことになりました。

「おはようございます。今日一日、よろしくお願いいたします」

 待ち合わせ場所に到着すると、40代と思しき、どこかボーイッシュな感じのする女性が駆け寄ってきました。なんでも部長さんから私の人着(にんちゃく:人の特徴や背格好のこと)を聞いてきたそうで、「すぐにわかりました」と、妙に得意気な顔をしています。型通りの挨拶をかわして、現場に向かうまでの間に話を聞いてみると、今年44歳になるという彼女は独身で、前職ではラブホテルの受付や清掃をしていたとのこと。前の仕事を辞めた理由を尋ねれば、勤務中に殺人事件が発生した際、その第一発見者になってしまったことで嫌気が差したと話しています。

「前の職場では、援助交際しているような女子学生や、部屋で麻薬を使っているような人が普通にいました。私、こう見えても根が真面目なので、そういう人を見ると注意したくなっちゃうんですよ」

 どうやら人並み以上に正義感が強い方のようですが、ただそれだけでは、この仕事は務まりません。声をかけるまでに至るプロセスが、非常に重要なのです。

「そんな簡単に声をかけられることはないから、まずは現場に慣れることから始めた方がいいわよ。声をかけたい気持ちが強すぎると、誤認事故につながりかねないから、常に冷静でいないとね」
「はい、先生! いろいろと勉強させていただきます」

 この日は、2件の捕捉がありましたが、いずれの発見も私の目によるもの。自分で見つけることができず悔しがる彼女に、そのうち1件の声かけを担当してもらいました。実況検分から調書作成まで、警察対応も一通り経験できたそうで、随分と刺激的な1日になったようです。

「今日一日、あっという間でした。インターンの初日に、こんな経験までさせてもらえるなんて……。私も、先生みたいになれるよう、頑張ります」

(私にも、こんな時があったのよね……)

 どこか昂りながらも、尊敬のまなざしで私を見つめる彼女を見て、自分の新人時代のことを思い出しました。今回は、私が尊敬してやまない敬子さんについて、お話ししていきたいと思います。

会社のエース敬子さんと、高級ホテルの催事場へ……

「あなたが、ウワサの澄江ちゃんね」

 入社後まもなく、研修に参加するため事務所の会議室に入ると、この会社のエースであられる先輩保安員の敬子さん(当時52歳)から声をかけられました。どうやら勤務初日に捕らえた少年の件が、みなさんの間でウワサになっていたようで、どんな人なのか私に会ってみたかったと仰ってくれています。

「勤務初日に挙げる人なんて、なかなかいないから、あなたに会える日を楽しみにしていたのよ。この仕事は、気に入ったかしら? 怖いことは、ない?」

 どことなく往年の京塚昌子さん似ている敬子さんは、とてもおおらかな感じがする方で、その口調も柔らかで優しいものでした。一つひとつの言葉から、慈愛に満ちた雰囲気が醸し出されるようで、この人に説諭されたら泣いてしまうような気がします。

「はい。やりがいのある仕事なので、これからも頑張りたいと思います」
「それは、よかった。今度、指名をもらった大きな催事の現場があるんだけど、私と一緒に入ってみない? スーパーと違って、なかなか難しいけど、経験しておいた方がいいと思うわよ」
「本当ですか? 私なんかでよければ、是非お願いします!」

 その翌月、都内にある高級ホテルの催事場で開催された百貨店のセール会場に、敬子さんと2人で入る機会に恵まれました。セール期間は、金曜日から日曜日までの3日間。その初日である当日は、外商の担当がつくような別格のお得意様だけが限定招待されており、場内は煌びやかで優雅な雰囲気に包まれています。

「澄江ちゃん、この状況、どう思う?」
「皆さん裕福そうで、万引きするような人は、いないように見えます」
「そう思うでしょう。それが意外といるのよ。初日は、いつも挙がるから油断しないでね」

 開場と同時に売場に入ると、場内は数分もかからないうちに大勢の客であふれ、思うように身動きが取れないほどの状況になりました。要領を得られず、右往左往しながら巡回を続けていると、いつのまにか私の隣にいた敬子さんが言います。

「澄江ちゃん、あそこにいる赤いショルダーバッグの女、わかる?」
「え? あ、はい」
「たぶんやるから、よく見ていてね」
「うそ!?」

 敬子さんが言う赤いショルダーバッグの女は、一見して30代前半にみえる派手な女性で、その服装や雰囲気から察するに水商売の方に見えます。遠目から様子を窺うと、高級ブランドの皮財布を選んでいるようで、値札を確認しては戻すという行為を繰り返していました。

(本当に、やるのかしら? お金は持っていそうだし、私には商品を選んでいるようにしか見えないけど……)

 しっかりと手元を確認するべく、比較的近い場所まで移動して、彼女の行動を見守ります。するとまもなく、3つの高級皮財布を手にした彼女が、特設された精算会場の方に向かって歩いて行きました。

(やっぱり、買うみたいね)

 レジの行列に並び始めた彼女の姿を見送り、売場に戻るべく踵を返すと、またしてもいつのまにか隣にいた敬子さんが言います。

「どこ行くの? もうすぐよ。ほら、見て!」
「ええっつ!?」

 すぐに振り返ると、前にいる人の陰に隠れながら、手にある全ての財布を赤いショルダーバッグの中に隠す彼女の姿がありました。この時に見た悪意あふれる魔女のような目は、いまも脳裏に焼き付いています。

「もう出るわね。いい機会だから声かけしてみなさい。きっと変な言い訳するわよ」

 すると、敬子さんの声に反応したように動き出した彼女は、しきりと後方を気にしながら出口に向かうエスカレーターに乗り込み、ホテルの正面玄関から出ていきました。商品に手をつける前から彼女の犯意を察知し、その行動を読み切ってみせた敬子さんの職人技に驚愕しながら、異常なまでの早足で前を行く彼女の後を追います。

「お客様、お待ちくださいませ。お支払いしていただかないといけないものがございます」

 高級店における声かけだからか、不自然なほど丁寧な口調になってしまい、それを聞いた敬子さんも笑いを堪えているように見えました。

「これのことですか? 混んでいたので、あとで払おうと思っていたんです。いま払いに行きますね」

 ショルダーバッグから、隠した財布を取り出してみせた彼女は、意味不明な言い訳をしてホテルに戻ろうと歩き始めます。すっかり動揺してしまい呆然としていると、ショルダーバッグのハンドルを咄嗟に掴んだ敬子さんが、有無を言わせぬ威厳のある態度で彼女に言いました。

「あなた、そんな言い訳は通らないわよ。わかっているでしょ?」
「はい、ごめんなさい……」

 思いのほか強烈だった敬子さんの迫力に、すっかりたじろいだ様子の彼女は、事務所までの同行を求めると素直に応じてくれました。

「今日は、どうしたの? なにか、嫌なことでもあった?」
「ちゃんと買うつもりで来たんですけど、お金を使うのが嫌になっちゃって……」

 スナックの雇われママを生業にしているという彼女は、29歳。お母さんのように話しかける敬子さんに、すっかり心を開いているように見えます。事務所に到着して、テーブルの上に盗んだモノを出してもらうと、高級財布のほかに、ネクタイピンとカフスもショルダーバッグから出てきました。全て3つずつ盗んでいるので、その理由を尋ねれば、複数の馴染み客にプレゼントするつもりだったと話しています。盗んだ商品は、いずれも高級品で、被害総額は15万円を超えました。被害届が出されれば、逮捕必至の状況にありますが、お店側は買い取ってくれればいいという姿勢でいます。どうやら会場がホテルということもあり、警察沙汰を起こしたくないというのが本音のようです。商品を買い取れるだけのお金を用意できるか尋ねると、20万円以上の現金を所持していたので、警察は呼ばずにコトを済ませることになりました。敬子さんと2人で、被害品の精算を済ませた彼女を店の外まで見送り、帰りの道中に話を聞きます。

「あの人がやるって、どうしてわかったんですか?」
「目よ。どう見たって、買い物する目じゃなかったでしょう?」
「確かに……」

 催事のスペシャリスト、敬子。職員の間で敬遠されるほど厳しい現場で、数々の高額品狙いを捕捉してきた敬子さんは、65歳で引退され、82歳でご逝去されました。最後にお会いした時には、随分と認知症が進んでおられたようで、私のことを孫と勘違いされ、とても優しくしてくださったことを覚えています。晩年は、警察や万引きの実録番組を楽しみに過ごされたそうで、その時に限って饒舌になられたと、娘さんから聞きました。おそらくは、人生の大半を費やしたであろう自分の仕事に、誇りを持っておられたのでしょう。

(私も、そろそろかしらね……)

 1日の勤務を終えても疲れを感じさせないほど、軽快な足取りで歩く新人さんの背中を見送った私は、迫りくる自分の終末を意識しました。次のお休みは、亡き敬子さんの墓前に伺い、お花を供えたいと思います。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)