万引きGメンになって45年、ついに引退を決意したワケ――「自分を許せなかった」事件の顛末

 こんにちは、保安員の澄江です。

 唐突な話ですが、いよいよ現場から離れる決心がつきました。立ち仕事に伴う足腰の痛みや、目が悪くなってきたことも大きな理由といえますが、先日、暴行被害を受けたことから決心がついたのです。今回は、その時のことについて、お話ししたいと思います。

 当日の現場は、ショッピングセンターM。私鉄沿線の駅近くに位置する商業ビルの地下1階にあるワンフロアの大型店で、1階に100円ショップや美容室、2階にはゲームセンターが入居しています。

 ここでの勤務は、今回で3回目。惣菜や生鮮食品をはじめ、コスメドラッグや衣料品の被害が多発しており、過去2回の勤務においても複数の捕捉がありました。主な被疑者層は、少年と高齢者で、犯行時間の予測が難しく、気の抜けない現場といえるでしょう。

 この日の勤務は、午前11時から午後7時まで。ひどく寒い日で、いつもより客入りは悪いものの、それなりに混雑する店内の巡回を続けます。

「あの人、なにをやっているのかしら?」

 午後2時頃。冷蔵ではないペットボトル売場で、棚からお茶を取っては戻すという若い男性が目につきました。おそらくは、20代後半から30代前半くらいの人でしょうか。どことなく芸人のもう中学生さんに似ている人です。左手にはビニール袋に入った複数の駄菓子が握られており、棚取は見ていないものの、この店の商品である気がしました。そのまま行動を見守ると、何種類ものお茶を手にしては戻すという行為を何度か繰り返した男性は、1本の緑茶を手にしてレジのほうに向かって歩き始めます。

おとなしそうな万引き男が豹変!

 手にある商品を、すべて精算したとしても、ほんの300円足らずの話です。おそらくは精算するだろうと思いながらも、念のために見守ると、どこか気まずそうな顔でレジ脇をすり抜けた男性は、そのまま出口につながるエスカレーターに乗り込んでしまいました。商品単価が安く、あまり気乗りしませんが、犯行を現認してしまった以上、見逃すことはできません。

「あ、飲んだ!」

 声をかけるべく一定の距離を保ちながらエスカレーターに乗り込むと、上がり切ったところでペットボトルのフタを開けた男性は、後方を振り返ってからゴクリとひと口飲みました。まだ敷地内の状況にありますが、未精算の商品を開封して口をつけたので、ここで声をかけます。

「こんにちは、お店の者です。それ、飲んじゃって大丈夫ですか?」
「え? ごめんなさい……」

 男の横について、顔を覗き込むようにしながら声をかけると、まるで子どものような言い方で対応されました。見た目の年齢と合わない態度に、どこか病的なものを感じます。

「ごめんなさいって、どういうこと? お金を払っていないなら、ちゃんとしていただかないと」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「ここで謝られても仕方ないから、事務所で話を聞かせてもらえますか?」

 事務所への同行を求めると顔色を変えた男は、いきなり大声を出して、逃げるように身を捩りました。

「嫌だ! お父さんに怒られるから、絶対に行かない!」
「じゃあ、いますぐ警察を呼ぶことになるけど、それでもいい?」
「警察? 嫌だ、お父さんに怒られる! もう! 離せ、離せよ!」

 すると、大きく右手を振り上げた男が、鉄槌の形で私の顔を殴ってきました。腕をつかんで抵抗するも、空いている左手で顔や頭を何度も殴られたため、たまらずに背を向けてしまいます。

 その隙に逃走されましたが、痛みと衝撃で追いかける気力はなく、ただ呆然と顔を押さえて男の背中を見送りました。男の手にあったお茶と駄菓子は、いつの間にか床に放置されており、商品を取り返す使命は果たせたようです。

「大丈夫ですか? もう警察は呼びましたから、ちょっと待っていてくださいね」

 するとまもなく、ビル管理を担当する警備員が駆け寄ってきました。その様子からして、あまり積極的には関わりたくないようで、男を追いかける素振りはありません。

 痛々しげに顔を覗き込まれてから救急車も呼ぶといわれたので、そこで初めて自分の状態が気になりました。トイレに駆け込み鏡を見れば、左頬が腫れ、左目の白眼部分が真っ赤に充血しています。まるで試合後の格闘家のような顔になっているので、水をハンカチにしみこませて固く絞って、叩かれた場所を冷やしながら警察官の到着を待ちました。

「大丈夫ですか? 無理はしなくていいので、救急車が来るまでの間、話を聞かせてください」

 現場に臨場した刑事は、私から簡単な事情聴取を済ませると、すぐに防犯カメラ映像の確認にいきました。まもなくして犯人の映像は見つかり、その人着が無線で共有されると、早速に緊急配備が敷かれて逃げた男の探索が開始されます。コロナ禍で忙しいのか、救急車はなかなかきません。

 その間、窃盗の事実確認をするために店内の防犯カメラ映像を検証した結果、なんとも気まずい事実が発覚しました。男が店に入ってきた時の様子を確認すると、ペットボトルのお茶とビニールに入れた駄菓子を手に持って店に入ってきていたことが確認されたのです。

「万引きはしていないようですね。行動からすると、ちょっと変わった人に見えるけど、実際はどうでした?」
「確かに、少し病的な感じはしました。でも、お茶を盗っていないなら、誤認になっちゃうかもしれないので、被害届は大丈夫です」
「そうですか。もし病気の人だとすれば、行為能力の問題もあるから、そのほうがいいかもしれませんね」
「しっかり棚取は見たのですが、こんなこともあるんですね」

 以前、他社から移籍してきた新人さんの指導を担当した際、前の所属先では入店時から行動を見続けなければ、商品を隠匿する現場を見ても声をかけてはならないという規則があったと聞いたことがあります。その時は、なにをバカなことをと心の中で嘲笑した記憶がありますが、こうした経験のある人が作ったものだと思うと理解できました。

 ようやくに救急車が到着したので、近くの病院で診察してもらうと、頭部打撲のほか、左頬骨にひびが入っていることが判明。全治2カ月と診断されましたが、被害申告をしなかったことで補償は得られず、ただのヤラレ損といった結果となりました。それよりも、誤認事故に近しき事態からの受傷事故を起こした事実が重く、自分を許せない気持ちが消えません。それで、これを機に引退することに決めたのです。

 この仕事に就いて、早45年。これまで捕らえた万引き犯は、およそ1万人近くになると思われ、やり残したことはありません。これを最後にしてほしい。その思いを伝えるべく、被疑者の皆様と接してきましたが、どれだけ心に響いてくれたことでしょう。

「恨みっこなし」

 そう思い込むことで、我が身に積もらせた業を振り払っていきたいと思います。

 長きに渡りご愛読いただき、ありがとうございました。

(文=澄江、監修=伊東ゆう)

高校中退の万引き少年の母「あんたに、なにがわかるのよ!」――Gメンに絶叫したワケ

 こんにちは、保安員の澄江です。

 毎年12月になると、決まって万引き被害は増加し、忙しい日々を過ごすことになります。被疑者の背景を聞けば、どこか寂しい話が多く、印象に残る人も多いです。昨年末には、高校を中退してから、日雇い仕事で生計を立てる作業着姿の少年を捕まえました。

 懐に隠す手口で盗んだものは、クリームパンとファンタグレープの2点で、合計200円ほどの被害です。

「ちょっと、のどが渇いちゃったから」

 身分を証明できるものは持っておらず、まだ16歳だという少年の所持金は30円ほどしかなく、商品を買い取ることもできません。すでに店長が警察を呼んでしまっているため、誰かに身柄を引き受けてもらわないと、いつまでも解放されない事態になること必至の状況といえるでしょう。そのことを伝えると、突然に語り始めたので、真摯に耳を傾けました。

「親と仲悪くて、高校も勝手に退学届を出されてやめさせられたんだ。だから頼んでも、迎えになんて来てくれないよ」
「ひどい話だけど、親が勝手に退学届けを出すなんてこと、あるかしら。で、いまは、ひとり暮らしなの?」
「ううん、おばあちゃんち」

 少年の顔は幼く、職人さんが好む黒い作業着の上下に身を包んでいるもののまったく似合っておらず、キッザニアで遊ぶ子どものように見えました。

「おばあちゃんは、迎えに来られるかしら」
「まだ仕事だから、家にいないよ」
「じゃあ、待つしかないわね」
「そんなの退屈だな。つまんないよ」

 まるで反省していないらしく、足を放り出してパイプ椅子に座る少年の態度は横柄で、悪いことをする自分がかっこいいと思っているように感じます。

 駅前交番から男女2人の警察官が現場に臨場すると、どこかうれしそうに微笑んだ少年に男性警察官が言いました。

「お、見たくないのに、よく見る顔だ。お前、名前なんだっけ?」
「〇×だよ。知っているくせに、聞かないでくれよ」
「また万引きしたんだって? 今日は、何を盗った?」
「このパンとコーラだよ。のどが渇いちゃってさ。パンは、ついでに盗ったんだ」

 少年事案に微罪処分はなく、被害届が出されれば簡易送致されることになります。まるで親戚のように話す2人に、上役である女性の巡査部長が割って入ると、私情を挟まぬお役所モードで事務処理を進めていきました。

 身分を確認できるものは持っていないものの、直近に扱い歴があったため、警察官の手帳に残されていた人定事項を基に話が進められます。軽微な被害の少年事案であることから、まずは被害弁償をさせたいようで、ここに保護者を呼びつけることになりました。

「いつもLINEだから、電話番号はわかんないよ」
「じゃあ、LINEでいいから、私の目の前でお母さんにかけて」

 嫌な顔を見せつつも、逆らうことなく連絡を取り始めた少年は、気まずいのか、お母さんが出ると同時に自分のスマホを女性警察官に手渡します。

「説明くらい、自分でしなさいよ」
「めんどくさいから、そっちでやって」

 やむなくスマホを受け取り、電話口に出た女性警察官が、丁寧な口調で状況を説明しました。10分ほどで迎えに来られるというので、それまでの間に実況見分を済ませることになり、売場で盗んだ商品を指差す少年の写真が撮影されます。

 周囲の客から見れば、万引きして捕まったと容易に想像できる状況で、毎度のことながら人目に晒される被疑者のプライバシーが心配でなりません。事実を突き合わせるため同行してくれというので、その様子を遠巻きに見守っていると、写真撮影のためパン売場でクリームパンを指差していた少年が急に顔を伏せました。

「ほら、写真撮るから、顔あげて」
「…………」

 女性警察官の指示を聞かず、うつむいたままでいるので近づいてみると、顔を真っ赤にした少年が言いました。

「どうしたの?」
「知り合いがいるから、ちょっと待って」
「どの人よ?」
「あの子たち、中学の同級生なんだ。こんなことってある?」

 目で合図するので確認すると、制服姿の女子高生2人組が、興味津々といった様子でこちらの状況を見つめていました。多感な時期でもあるし、少しかわいそうに思って女性警察官に知らせるも、すぐに終わるからと構うことなく無理に写真を撮り続けます。

 それ以降、明らかに不貞腐れてしまった少年は、ろくに返事もしなくなりました。険悪な雰囲気の中で、実況見分を終えて事務所に戻ると、まもなくして少年の母親を名乗る女性が被害品の支払いに現れます。おそらくは、夜の仕事をされている方なのでしょう。乳房が目立つ服装と派手なネイルが印象的な40歳くらいの女性です。

「あんた、また万引きしたんだって?」
「うん。のどが渇いちゃったんだけど、カネがなかったから仕方ないだろ」
「はあ? あんた、いい加減にしなさいよ。もうガキじゃないんだから、今回は自分で責任取ってこい」

 一喝された少年は、ただニヤニヤと悪い笑みを浮かべるばかりで、まるで反省のない態度を取り続けています。その様子に怒った母親が、努めて冷静に女性警察官に言いました。

「お店に迷惑がかかるから、代金のお支払いはしますけど、こいつは置いて帰ります。留置場でも刑務所でも、どこでもいいから放り込んでやってください」
「まあまあ、落ち着いてください。警察署で、ちゃんと言って聞かせますから」

 怒りに震える母親を宥め、被害品の精算をさせた女性警察官が、足を放り投げて座る少年を一喝しました。

「君ね、そんな態度でいたら、本当に逮捕しなきゃならなくなるよ。まずは、お母さんに謝りなさい」
「はいはい、ごめんなさい。もうしません」

 これが精一杯だったのでしょう。頭を下げることなく、口先だけで謝った少年は、まもなく警察署に連れて行かれました。逮捕者である私も調書作成のために同行を求められ、少年の母親と同じ車に乗って警察署に向かいます。

 あまり関わりたくないのが本音ですが、その車中で母親から話しかけられたので、やむなく対応します。

「ご迷惑おかけして、すみません」
「いえいえ。難しい年頃だから、お母さんも心配ですよね」
「前にも何度か同じことをしていて、高校もやめさせられているんですよ。それから家に寄りつかなくなって、おばあちゃんのところで寝泊まりさせてもらっているんですけど、あまり仕事にも行ってないみたいで。どうやったら、やめてくれますかね?」
「お母さんが見捨てたらダメだと思います。もしかしたら、本当は学校に行きたいんじゃないですかね? さっき、実況見分しているところを中学の同級生に見られたって、すごく悲しそうにしていて、かわいそうでしたよ」

 すると、突然に泣き始めた母親が、私の腕をつかんで言いました。

「あんたに、なにがわかるのよ! あんたに、なにがわかるのよ! うあーん」

 余計なことを言ってしまったようで、ひどく気まずい思いをしましたが、まもなく警察署に到着して救われました。

 その晩、調べを終えて少年課を出ていく2人の背中を見送った私は、子どもを産むことなく終盤を迎えた自分の人生について振り返った次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

悪質な「マイカゴ万引き」発生! めちゃくちゃな言い分の18歳常習犯に、冷たい手錠がかかった瞬間

 こんにちは、保安員の澄江です。

 昨今、商店を苦しめる万引きは後を絶たず、その手口も巧妙になっています。なかでもセルフレジや無人販売店舗による不正行為が激増しており、その防止対策は急務といえるでしょう。

 各商店は、レジ袋有料化に伴いエコバッグやマイカゴなどを持参されるよう啓発していますが、それを逆手に悪用する犯行も減ることはありません。このような運動が始まる前は、空のレジ袋やバッグを店内に持ち込む来店者は、私たちの中でわかりやすい不審者としてとらえられていました。

 レジ袋が有料化されて以降は、それが普通のこととなり、店内の防犯に携わる者たちを右往左往させています。さらにいえば、以前の教育では、店内における帽子やマスク、サングラスの着用も同様に不審者の発するサインと教えられてきました。それも花粉やコロナ、猛暑などの影響により着用が普通のこととなり、不審者を見極める難易度は年々増しているといえるでしょう。

 今回は、前々回、前回に引き続き、地方出張のお話をしたいと思います。最終日に捕まえた万引き常習者についてです。

連日万引き犯を捕捉するGメンに、なぜかプレッシャーをかける警察

 出張最終日は、正面入口にパトカーを横付けされ、警察官が店内を巡回する状況から勤務が始まりました。ここまでの2日間、逮捕事案が続き、忙しくさせてしまったことが影響しているのでしょう。

 犯罪を未然に防止するという名目で、店内外の警戒にあたるとあいさつをいただきましたが、まだ新人らしき真新しい制服を着た若い警察官から執拗に追尾されて仕事になりません。おそらくは20歳くらいでしょうか。顔だけ見れば高校生に見えるほど幼く、どこか頼りなげな警察官が、まるで気遣いのない形で私の後をついてくるのです。

「あの、仕事にならないんですけど、何時までついてくるんですか?」
「交代の時間(午後3時半)くらいまでいるよう指示されました」
「私の後をついてきても防犯にならないでしょう。違うところを回ってくださいよ」
「いえ、保安員さんが不審者を見つけたら、すぐに声かけするよう言われていますので、ご協力お願いします」

 どうにも話にならないので、警察官を無視して事務所に戻った私は、所轄警察署にクレームを入れるよう店長に進言しました。

「経費もムダになりますし、ずっとついてこられている私が犯罪者みたいで、すごく失礼な話だとも思うんですよ」
「確かにそうですね。ちょっと連絡してみます」

 その結果、私の後をついて回ることだけはやめてもらえましたが、正面口に配備されたパトカーはそのままで、童顔の警察官は出入口付近をウロウロと警戒するようになりました。

 警察の巡回効果もあってか、前半の勤務は不審者に遭遇することなく終了したので、食事休憩をいただいてから後半の勤務に入ります。

(やっと帰ったわね)

 休憩を終えて現場に戻ると、警察官の姿は消えており、パトカーも撤収していました。気兼ねなく巡回を再開して、業務終盤を迎えたところで、黒いスポーツキャップにサングラスをかけ、さらにダウンジャケットのフードをかぶった20歳くらいに見える若い男性が目に留まります。いかにも悪そうな風体はもちろんですが、その手はピンクのマイカゴが握られており、そこに違和感を覚えたのです。

(あんな格好の若い子が、マイカゴを持って買い物に来るなんて、珍しいわね。何を買いに来たのかしら)

 着ている黒のダウンジャケットには、大きなアルファベット文字が白抜きされており、それを目印に追尾すると、精肉売場に直行して和牛のこま切れ肉と切り落とし肉を3パックずつカゴに入れました。

 それから、いくつかのお菓子やドリンクを追加してキャンプ用品売場で足を止めた男性は、紙コップや紙プレート、割りばし、ガスボンベなどをカゴに入れると、家電コーナーに立ち寄ります。そこでスマホ用のケースやバッテリーを複数ずつカゴに入れ、フタをするような形で電動工具セットをカゴに載せた男性は、店内を大きく一周してからレジに寄ることなく店の外に出ていきました。

 動揺している様子は見せずに、風を切って堂々と歩いていますが、手にある商品の代金は支払っていません。外に出て数歩歩いたところで、カゴを持つ男の右腕を両手で抱え込んだ私は、前進を阻むべく腰を引きながら声をかけました。若い男性被疑者は、逃走する確率が高いので、そのつもりで声をかける必要があるのです。

「お店の者です。その商品、お金払わないとダメですよ」
「ああ、いま先輩が金持ってくるから、ちょっと待って」
「そんな言い訳は、通用しませんよ。話は聞きますから、とりあえず事務所まできてもらえますか」
「なんでだよ? 違うから、離せ!」

 身をよじって逃げようとするので、腕を抱きしめたまま腰を落として、その動きを封じます。

「悪いことしていないなら、逃げないで! 事務所に来て払ってもらえば、大丈夫だから」
「わかった、わかったから離せ!」
「逃げるから、それはダメ。事務所までは、このまま仲良くいきましょう」
「なんでだよ、ウゼえなあ」

 たまたま通りかかった店員さんの助けを得て、なだめながら事務所まで連れて行くと、事務作業をしていた店長が顔色を変えて言いました。

「あ! こいつ、昨日の……」
「え? お知り合いですか?」

 プリントを手に立ち上がった店長が、事務所の外に出るよう手招きするので、逃走されないよう出口を塞ぎながら小声で話をします。

「あいつ、昨日も来ていてさ。いまのと同じくらい持っていっているの。これから(顔認証)登録しようと思っていたところに連れて来られたから驚きましたよ」

 示されたプリントを見ると、商品を山盛りにしたピンクのマイカゴを手に、まったく同じ服装でレジ脇をすり抜ける男の姿が写っていました。売上検索の結果、レジにおける精算履歴も見当たらなかったというので、まるで言い訳のできない状況にあるといえるでしょう。あまりに悪質なため、すぐに警察を呼んだ店長は、通報を終えると男に詰め寄りました。

「お前、昨日も来て、やっていったよな?」
「来てねえよ。そんなに暇じゃねえし」
「これ、お前だろ? 上着に書いてある文字まで同じじゃないか」
「誰、これ? 全然、オレじゃねえし」

 昨日の写真を面前に提示されても、まるで動じない様子の男は、すべてを平然と否定して居直っています。今回の被害は、計25点、合計で1万4,000円ほど。買い取れるだけの金があるか尋ねると、カネは先輩が払うという主張を変えないので、少しだけ付き合ってみました。

「その先輩、ここに呼んでよ」
「こんなことになったから、いまLINEして帰らせた」
「はあ? 言っていること、めちゃくちゃじゃない? あなたは、買えるだけのお金持っているの?」
「先輩が払うって話だったから、持ってきてないよ」

 話がめちゃくちゃで付き合いきれずに、事務処理を進めるべく身分証明書の提示をお願いすると、何もないと一蹴されます。これ以上、話をしても仕方ないので、逃走を警戒しながら警察官の到着を待つことにしました。

 駆けつけた警察官による所持品検査の結果、財布から学生証が出てきたので見せてもらうと、通信制高校に籍を置く学生で年齢は18歳。住居として、ここから少し離れた町の住所が記載されていますが、そこには帰っていないそうで、いまは友達や先輩の家を転々としている状態だと話しています。

 家出中の特定少年による犯行とわかり、交番から来た男女の警察官のほか、少年課の刑事や近くを巡回していた自ら隊員まで事務所に駆け付けてきました。ここだけ見れば大事件の様相ですが、警察の人たちに取り囲まれて事情聴取を受ける男に反省の色はなく、先輩が金を払うことになっていたと荒唐無稽な言い訳を繰り返しています。

「お前、警察に捕まったことあるか?」
「ああ、あるよ」
「その時は、何をした? 万引きか?」
「ああ、あと空き家に入って寝ちゃって、捕まったこともある」

 犯歴照会の結果、そのほかの事実も判明したようで、男は逮捕されることになりました。

 直接の逮捕者である私も、警察署への同行を当然に求められます。少年課の刑事に手錠をかけられ、警察官に脇を固められて連行される男の姿を見ながら、顔を上気させた店長がつぶきました。

「18歳で手錠をはめられる人生なんて、ちょっと想像できないな」
「親や家族の問題も大きいでしょうから、若い子の逮捕はかわいそうですよね」
「かわいそう? そこまでは同情できないよ。しょせん泥棒だし」
「まあ、そうですけど……」

 逮捕手続きのため警察署に入ると、この度はお手柄でしたと、少年課の刑事さんから労われます。

「いえいえ、せっかく朝から防犯警戒していただいたのに、また忙しくさせてしまって申し訳ありません」
「そうだったんですか。今回のヤツは、地域の扱いじゃないから、気にしないで大丈夫ですよ」

 おそらくは少年課にとって、おいしい被疑者だったのでしょう。同じ警察署内の話であっても、1階(地域課)と3階(少年課、刑事課)の感覚は別のようで、妙に手厚く扱われて困惑した次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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エコバッグ窃盗犯の女VSベテラン万引きGメン! 防犯機器の「電源を抜く」狡猾な手口

 こんにちは、保安員の澄江です。今回は前回に引き続き、大量の万引き被害に悩まされる中部地方の大型ショッピングモールEに出張した際のことを記していきたいと思います。

 出張2日目。昨日の報告を兼ねて出勤のあいさつに出向くと、昨夜遅くまで一緒にいた女性刑事が、総合事務所で私のことを待ち受けていました。昨日、捕まえた女の件で作成した調書に誤字が見つかり、訂正印をもらいにきたそうです。

 どうやら一睡もしていないようで、昨夜に比べると疲労の色が濃く見え、髪の毛の脂気も増しています。留置されている女の状況を尋ねると、取り調べは違う刑事が担当しているから詳細はわからないと話しつつ、少なくとも協力的な態度ではないと愚痴をこぼされました。

 執行猶予中の身であることから、そう簡単に罪を認めるわけにはいかず、最後の悪あがきをしているのでしょう。過去に盗んだ商品を、ネット上で転売していた証拠まで上がっていることを思えば、無駄な抵抗をしても心証を悪くするだけで有利になることはなさそうです。

「昨夜の件、被疑者からの話が十分に聞けていないので、検察庁から呼ばれることになるかもしれません」
「そうですよね。記録も残してあるし、呼ばれたらきちんと対応しますよ」

 年に数回は検察庁に呼ばれていますが、いくらかの日当と交通費は支給されるので、私からすればアルバイトのようなものです。庁内に入れば、腰縄を巻かれた手錠姿の犯罪者たちが警察官に連れられ闊歩しており、その非日常的な情景を楽しむ自分も否定できません。

 過去には、テレビで話題となった保険金殺人犯と庁内の廊下ですれ違い、窃盗で逮捕された元野球選手の隣で調べを受けたこともありました。衝立1枚を隔てて座るため、その内容が自然と耳に入り、ついつい聞き耳を立てたことを覚えています。

 女性刑事を見送り、出勤のあいさつとあわせて昨日の報告書を店長に手渡すと、満面の笑顔で対応してくれました。昨日同様、顔認証システムの受信端末を持って現場に入ると、早速に発報して驚かされます。

 慌てて画面を確認すれば、検知場所の情報と合わせて、ペラペラの状態に見えるLサイズのエコバッグを手首に提げた中年女性が映っていました。どことなく、タレントの柴田理恵さんに似ている50歳くらいの女性です。

 検知場所付近に駆けつけて、それとなく周囲を見渡すも、その姿は見つかりません。この店の顔認証データは、珍しいほど確度が高いため、早く発見しないとやられてしまう気持ちに駆られて焦ります。不自然なほどの早足で広い店内を探し回ると、ようやくに食品売場の方から健康食品売場に入っていく女性の姿を見つけました。ペラペラだったはずのエコバッグは、すでに膨らんでおり、このまま出られてしまえば、もやもやすること必至の状況です。

「イラッシャイマセ」

 数多くの商品が居並ぶサプリメントコーナーの商品棚には、人感センサー付きの防犯モニターが装着されています。機械による声かけと、売場に立つ客自身の姿をモニターに表示することで、万引き犯に「見られている」と意識させる防犯機器です。売場に足を止めたところで反応され、その存在が気になったらしい女性は、じろじろとモニターを見つめました。するとまもなく、裏側にある電源コードを抜いて、レンズ面を天井に向けて無力化してしまいます。

「絶対にやる」

 防犯機器の電源を抜く理由は、商品を盗むためのほかは考えられません。天井には多くの防犯カメラが付いており、このモニターを無効化してもたいして状況は変わらないのですが、思いのほか気になっているようです。犯行を確信して棚取りを注視したところ、さまざまな種類のサプリメントを複数ずつ手にした女性は、手首にかかるエコバッグの中に隠しこんでいきました。

(DHA、マルチビタミン、プラセンタ、グルコサミン、ナットウキナーゼ……)

 すべての商品を複数ずつ取っていますが、手の動きが早く正確な数までは見きれないので、商品名だけを記憶していきます。時間にすれば、20秒ほどでしょうか。手早く商品を隠して、出口方面に向かう女性の後を追うと、通路上に設置されたワゴンにあるセール品のタオルを手に取りました。あたかも自分のモノのように首元を拭くと、エコバッグの中にある商品を覆い隠すようにしています。

 結局、何一つ買わないまま店の外に出たので、そそくさと早足で歩く女が、駐輪場に停めた電動自転車に手をかけたところで声をかけました。

「保安の者です。お客さん、ご精算、お忘れじゃないでしょうか?」
「あ、はい。いや、買うつもりじゃなくて。すみません」

 万引きした人に声をかけ、買うつもりじゃなくてと返されたのは、長年のキャリアの中でも初めてのこと。わずかに動揺して固まってしまいましたが、盗むつもりで来たと解釈するに至って、平静を装って事務所までの同行を求めます。

「ええ、わかっていますよ。事務所まで、一緒に来ていただけますか?」
「はい、あの、いや、ごめんなさい。お金、持っていないけど、大丈夫かしら」
「大丈夫ではないですね。お話は、事務所で聞きますから」

 事務所に連れて行き、エコバッグに隠した商品を出させると、計26点、合計で6万円ほどの商品が出てきました。エコバッグの底には、ジュールス・デストルーパーのクッキー(548円相当)が4箱も隠されており、こちらも未精算であると本人が認めています。所持金を尋ねれば、3,000円ほどしか持っておらず、すべてを買い取ることはできません。

 身分のわかるものを求めたところ、財布の中から折りたたまれた国民保険証を出してくれたので確認すると、女は54歳。ここから自転車で20分くらいの場所でひとり暮らしをしているそうで、迎えに来てくれるような人はいないと話しています。

「機械の電源を抜いたのは、なぜですか?」
「うるさかったから……」
「こんなにたくさん、どうするつもりで?」
「旦那がコロナで死んじゃって、お金がなかったんです」

 店長を呼んで判断を仰ぐと、過去の被害も特定されている人だからと、すぐに警察を呼びました。するとまもなく、先ほど帰ったばかりの女性刑事が、少しうんざりした様子で事務所に現れます。

「いま無線で聞いたんですけど、またですか?」
「そうなんですよ。入った途端に現れて、お金もない人なんです。忙しくさせてごめんなさいね」

 人定を確認した後、少しイラついている様子の女性刑事が、並べられた商品の前に平然と座る女に問いかけました。

「こんなにたくさん、どうするつもりだったのよ? 転売?」
「いや、自分でも使うけど」
「自分でもって、それ以外は、なに?」
「知り合いにあげたり……」

 結局、逮捕されることなく基本送致された女は、その日のうちに帰されました。変わった受け答えを続けるので、不審に思った刑事が病院に連れて行った結果、なんらかの病気であると診断されたため在宅捜査としたそうです。

 翌朝、出勤すると店の正面出入口の真正面にパトカーが停まっていました。また訂正印かと思いきや、防犯警戒のためにいるそうで。これでは万引き犯はお店になかなか入ることはありません。

「これ以上、仕事を増やしてくれるな」

と言われているようで、意気消沈した次第です。

(文=澄江、監修=伊東ゆう)

【万引きGメン・澄江さんへの質問大募集】
万引きの現場や万引きGメンについて聞いてみたいことを大募集いたします。下記のフォームよりご応募ください。

ベテランGメンVS100人の万引き犯! 大量盗難に苦しむショッピングモールからの救援要請

 こんにちは、保安員の澄江です。

 先月は珍しく出張することになり、中部地方の現場に入って仕事をしてきました。棚卸の結果、大量の商品ロスが発覚したそうで、東京本社の防犯担当マネージャーからご指名いただいたのです。

 当日の現場は、大型ショッピングモールE。勤務シフトは、午後2時から閉店時刻である午後10時まで。この日から3日間の予定で巡回に勤しみます。新幹線からローカル線を乗り継いで現場に向かい、巨大モールの外周を歩いて見つけた従業員通用口で入店手続きを済ませ、総合事務所に入ると、ロス担当のマネージャーが分厚いファイルを手に出迎えてくれました。

「遠いところ、ご苦労様です。こっちのほうは、夜間の保安をやってくれる警備会社がなくて、東京から呼んでもらえないかと、ずっと本社にお願いしていたんですよ。ようやく予算がついて念願がかないました。今回は、よろしくお願いいたします」
「そうだったんですか。そんな話を聞いてしまったら、いつも以上に頑張らないといけないですね。それで、最近の被害は、どんな感じですか?」
「夕方からは、2階の売場を中心に巡回してください。人手が足りなくて、どうしても手薄になっているから、かなりやられていると思うんです。この店は顔認証システムも入れているんだけど、なかなかうまくいかなくて」

 話を聞けば、午後7時以降は売場従業員の数が少なく、店内の状況を確認してもらいたいそうです。フロアマップで2階にある売場の取扱品目を確認すると、衣料品や服飾雑貨、コスメドラッグなど、万引き犯に好まれる商品ばかりを中心に扱っていました。

 出入口も多く抜けやすいため、人目がなければ、やりたい放題の状況になるだろうと容易に想像がつく状況といえるでしょう。すると、手にあるファイルを開いたマネージャーは、それを私に差し出して言いました。

「犯行が確認された人の写真をまとめたファイルです。車のナンバーと合わせて顔認証登録もしてあるので、覚える必要はないですけど、参考までに目を通しておいてください」

 その場でパラパラとページをめくってみると、出入口やエスカレーター付近で撮影された不審者の写真がまとめられていて、乗ってきた車を紐づけされている人もいました。

 ざっと見たところ100人近くの写真がつづられており、余白部分には来店日時や被害品などの情報が詳細に付記され、被害に悩むマネージャーの苦しみが表現されているようにも感じられます。古い情報を取り入れても仕方ないので、直近の写真を中心に眺めてファイルを返すと、それと引き換えに顔認証システムの受信機を渡されました。

「発報したら、必ず(その人を)追ってください。絶対に、(万引きを)やりますから」

 夕方までの間に、顔認証の発報とは関係なく、いくつかの食品を盗んだ高齢女性を捕らえましたが、微罪処分となり警察署に行くことなく処理を終えることができました。

 そうこうしているうちに業務は後半を迎え、指示通りに人気のなくなった2階の婦人服売場に潜んで警戒していると、業務終盤になって突然に顔認証システムの受信機が発報します。端末画面を確認すれば、大きめのトートバッグを肩にかけた女性の写真が、検知位置情報と共に表示されていました。付記された情報を見ると、化粧品狙いで登録されている人なので、きっと2階に上がってくるはずです。

 婦人服売場からコスメドラッグのコーナーを見渡せる位置に移動して、自分の読みを信じつつ彼女の登場を待ち受けると、まもなくしてサーファーのように日焼けした40歳くらいの女性が姿を見せました。

 女優の田中律子さんから、可愛らしさを取り除いたような雰囲気の女性で、その顔つきを見ればヤル気満々といった様相です。迷うことなく化粧品売場に直行したので、その動向を注視するべく後を追うと、乳液や化粧水、付け爪といった商品を手に取ってはトートバッグに隠していきます。

(これは、常習だわ)

 女を注視すること、およそ3分。明らかに重量感の増したトートバッグを肩にかけ、いわば堂々とエスカレーターに乗り込んだ女が、そそくさと1階の出入口から外に出たところで声をかけました。

「こんばんは、お店の……」

 声をかけると、すぐに振り返った女は、肩にかけたトートバッグを私に投げつけて逃走しました。地面に落ちたトートバッグを拾い、必死に走って女を追いかけると、駐車場にあるブルーの軽自動車に乗り込もうとしています。

 閉まりかけのドアに体を挟んで、発進できないようにしたつもりでしたが、ひどく殺気立っている様子に見える女は、イグニッションにキーを差し込んで逃走継続の構えをみせました。このまま発進されたら、自分が危ない。窮地を脱するべく、女の右手を咄嗟に掴んだ私は、キーを持つ手を力いっぱいに握って怒鳴ります。

「あんた、このまま逃げても、すぐに捕まるわよ! 車のナンバーも、わかっているんだからね!」

 すると、怒りと悲しみを合わせたような目で私を睨みつけた女は、どこか不貞腐れた様子で車から降りてきました。女が車の扉を閉めて、施錠したところで腰元をつかみ、努めて冷静に話しかけます。

「わかってくれてよかった。精算してもらえば、きっと大丈夫だから、もう逃げないでね」
「フン、どうせ警察呼ぶくせに……」
「あら? 前にも同じようなことの経験をお持ちなんですか?」
「…………」

 今回の被害は、計14点、合計で9万円ほど。盗んだものは、高額な美白美容液が中心で、思いのほか高額な被害となりました。買取の可否を尋ねると、お金はないと言い切り、財布を出そうともしません。理由はわかりませんが、身分証などの提示も拒否して、名前すら教えてくれない状況です。より不貞腐れた態度で、面前に並ぶ被害品を睨む女に、報告を受けて駆け付けたマネージャーが開口一番に言いました。

「警察を呼んだので、そのまま待っていてください」
「ああ、終わった。あたしの人生、もう終わりだ」

 自棄になった様子で、天を仰いで嘆く女に、そっと声をかけます。

「大丈夫。そう簡単に終わらないですよ」
「あんたに、あたしの何がわかるのよ」
「あなたのことはわかりませんけど、これを最後にすれば、きっと大丈夫だと思います」
「……あんた、何様? 余計なお世話よ」

 駆けつけた女性警察官による所持品検査で運転免許証が見つかり、それを基に犯歴照会をかけると、多数の前科と合わせて執行猶予中であることが判明しました。その場で逮捕された女は、まもなく警察署に連行され、逮捕者である私も別のパトカーで警察署に向かいます。昭和感の漂う古い警察署に到着して、30歳くらいに見える体格のいい女性刑事の案内で刑事課の取調室に入ると、すぐに身分証明書の提示を求められました。

「わざわざ東京から、このためだけに来られたのですか?」
「ええ。今日から3日間、あの店に入ります」
「初日から、お手柄ですね。あの被疑者、ほかの店からも被害届が出ていて、ちょうど捜査を進めていたところで……」

 どうやら他店でも複数の被害が確認されているそうで、逮捕状を請求するべく、防犯カメラ映像などで女の捜査を進めていたそうです。本人は黙秘しているものの、おそらくは転売目的だろうと推察した女性刑事は、スマホやパソコンの解析を中心に捜査すると話していました。

「あの人、次の帰宅は、いつ頃になるのかしら」
「余罪にもよるけど、合わせても2年くらいじゃないかな。まだ30代で働き盛りなのに、もったいない話ですよね」

 すべての逮捕手続きを終えたのは、午前0時。図らずも女の刑務所行きを確定させてしまい、自分の仕事が持つ破壊力をあらためて実感した私は、人生の終わりについて考えながらホテルに入りました。楽しみにしていた大浴場は終了しており、その厳しさを思い知った次第です。

(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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無人の餃子販売店に万引きGメンが喝! 魔が差しやすい無法地帯――ヒトの性善説を過信しないで

 こんにちは、保安員の澄江です。

 つい先日、取引先である防犯カメラの設置業者さんから、最近増殖する無人の餃子販売店における防犯相談を受けました。死角のないよう多数の防犯カメラを設置しているそうですが、それもむなしく万引き被害は頻発しているようで、どのような対策が効果的かと意見を求められたのです。

 犯行の様子を捉えた防犯カメラ映像を見せていただくと、皆一様に金を払う演技をしていたので、悪いこととわかってやっているに違いありません。ヘタな演技をしながら、わずかな金員のみを支払い、商品代金をごまかして出ていく被疑者も数多く存在していました。

 値段の貼り替えや割引シールの無断貼付などと同様、窃盗というより詐欺に近い犯罪行為なので、その場に人がいないと防げない状況といえるでしょう。そのほかにも、賽銭泥棒のように売り上げの入った料金箱を漁る者や南京錠付きのチェーンを壊して箱ごと持ち去る者まで散見され、もはや無法地帯の様相すら感じさせます。

 犯行中の挙動を見れば、防犯カメラの存在は意識するも犯行の様子が映らないよう努力する被疑者ばかりで、犯意を抑制するほどの防犯効果は見受けられません。いまや、自宅の車庫で厳重保管される高額なバイクや自動車をはじめ、軒先を彩る花や側溝のフタまでもが簡単に盗まれてしまう時代です。

 街中には防犯カメラがあふれていますが、それを踏まえて犯行に至る者は絶えることなく、日本各地で暗躍しています。はっきりいってしまえば、この不況下において無人販売すること自体に無理があると思われ、どれだけ高性能な防犯機器を設置しても盗難被害の根絶は不可能なことといえるでしょう。

「自動販売機のように、お金を入れた分の商品しか取り出せない仕組みにしないと、被害の根絶は難しいでしょうね。常習者なら顔認証登録して、その都度に対応すればいいでしょうけど、初めての犯行まで完全に防止したいとなれば、すぐに対応できる距離でモニター監視するしかないですよ」

「自動販売機や顔認証システムを導入する予算はないですよ。そもそもコストがかからないから無人販売なのであって、人も置けないんです」

「機械での防犯には限界がありますから、どうしても人の目や手が必要になります。例えば、店内の様子をライブ配信して、さりげなく防犯につなげている店舗もありますが、それでも(万引きを)やる人はやりますから。常習者対策としてならば、被疑者の写真を店内に貼り出して牽制するやり方もありますけど、人権問題に発展しかねないのでお勧めできません。支払完了まで商品を触れないようにするか、店番を置くこと以外は、やっぱり思いつきませんね」

 いわゆる無人の餃子販売店は、無人コンビニと違って、スマホをかざすなど入店に際して身分確認的なことを求めていません。そのため余計に心理的な圧迫は少ないと思われ、犯行の様子を防犯カメラに撮られたとしても、捕まるには至らないだろうと高をくくられてしまうわけです。ある意味、魔が差しやすい店づくりの極みともいえ、犯罪とは無縁に過ごす正常客が犯行に至ってしまう可能性も否定できません。

 経費削減と利益追求のため、あえて人を置かずに盗みやすい状況を構築しておきながら、盗まれると被害者として許せないと訴えるのは、ナンセンスな話ではないでしょうか。現在の時代背景に鑑みると、満足に食事を取れない人たちの緊急避難場所と化してしまう恐れもあり、そうなれば削減してきた経費を一気に吐き出す結果を招くことにもなりかねません。

 大切な商品を盗まれたくないのならば、ヒトの性善説を過信することなく、自分の手で守るほかないのです。

セルフレジ不正による被害が増加

 昨今は、無人店舗と同じく、大型商店の一部で導入が進むセルフレジにおいても不正行為が横行しています。積極的に導入されている店舗では、バッグやポケットに隠匿する手口を見る機会が減った分、セルフレジ不正による被害が増えたと訴える声が絶えません。

 商品ロスの増大を恐れて、設置しただけで稼働できていない店舗も散見され、いかに不正被害を防止するかが大きな課題となっています。セルフレジサポーターの目をかいくぐって犯行に至る者は絶えることなく、結果として商品ロスが増えてしまった店舗もありました。常に人目があるにもかかわらず、このような状況になってしまうのですから、価値ある商品を無人で販売すればどうなることか。皆さんも、容易に想像できることでしょう。

 詳しい手口の記述は避けますが、セルフレジ不正が横行する大きな要因として、誤りを指摘されても言い訳しやすい状況があります。万引き犯は「もしバレたとしても、間違えた、わからなかったと言い訳すればいい」と考えているのです。一度でも成功して味をしめてしまえば、少しでも得をしようと不正行為を繰り返すようになるため、隙のない防犯体制を構築する必要があります。

 いままで万引きなどとは無縁だった人が、突如として不正に手を染めてしまう事案も多々あり、この魔が差しやすい精算方式を罠のように感じたこともありました。

 セルフレジには、比較的高性能なカメラが各所に設置されており、その映像を見れば言い訳は通用しません。ポイントカードやクレジットカード、車のナンバーなどから、被疑者の身元を特定するケースは多く、後日逮捕の可能性も十分にあります。不正行為を認められれば、もれなく顔認証登録され、入店する度つけ回されることにもなるでしょう。その場で得られた小さな利益は、取り返しのつかない事態になるまでの時限爆弾と変わらず、不安に怯える生活を強いられることにもつながりかねないのです。

 ちなみに、セルフレジにおける割引シールの無断貼付やバーコード自体を加工するなどの不正行為は、窃盗罪ではなく電子計算機使用詐欺罪が適用されます。金額の大小にかかわらず、出来心では済まされない事態を迎えることになるので、ご留意ください。

「セルフレジを使用すれば、盗みたい、ごまかしたいという欲望が湧いてきてしまうので、これからは利用しません」

 セルフレジ不正をした30代の主婦を捕捉した際、店長の恩情により弁償することだけで済まされた女は、そう泣きながら宣言して謝罪しました。セルフレジ不正は万引きと同じく、誰にでも簡単にできてしまうことなので、癖になってしまえば自己防衛も必要なのだと痛感した次第です。

(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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夏の風物詩「アウトドア系」万引きの実態とは? 万引きGメンが見たディスカウントストアでの犯行

 こんにちは、保安員の澄江です。

 今夏、新型コロナウイルスの感染が爆発していたものの、夏休みということもあって各商店に客足が戻ってきており、それに合わせて万引き被害も増えていました。流行しているアウトドアキャンプやバーベキューに絡む商品の被害が目立ち、万引きが世間の流行に敏感な犯罪であることを実感しています。

 つい先日も、みんなでキャンプに行くからと、カートを駆使して500mlのビールケースを5箱も盗み出した50代の男を捕まえました。

「仲間から預かった金を、自分の小遣いにしたかった」

 集金用と思しき、仲間の苗字の隣に〇×式のチェック項目が書かれた封筒から、バツの悪い顔で3万円超の現金を取り出した男は、被害届を出すからと代金の受領を店長に拒絶され、懇願むなしく警察に引き渡されました。横領の罪はつかないものの、仲間を裏切った代償は高くつき、そのまま逮捕となった男は、10日ほど留置施設で過ごしています。

 今回は、夏の風物詩ともいえるアウトドア系万引きの実態について、お話ししたいと思います。

2日間で7件の事案が発生、万引き犯に狙われたディスカウントストア

 当日の現場は、東京郊外に位置する総合ディスカウントストアA。さまざまな商品をもれなく扱う地域で人気の巨大店舗です。他社の保安を常駐させている店舗ですが、導入時間内に高額の万引き被害が相次いだそうで、入れ替え業者を選定するため5日間のスポット契約をいただきました。

 この日の勤務は、午前10時から午後6時まで。中日にあたる3日目の勤務を任され、入店のあいさつをするべく従業員通用口から総合事務所に向かうと、このために本社から来られたと思しき防犯部長を名乗る40歳くらいの男性に対応されます。どことなくアンガールズの田中卓志さんに似ておられる、背が高く線の細い男性です。

「昨日、一昨日と入ってもらったけど、思った以上に(万引き者が)いて驚きましたよ。今日もよろしくお願いしますね」
「そうでしたか。どのくらい(万引きした人が)挙がりましたか?」
「初日は4件、昨日は3件でした。みんな1万円を超えていたので、警察手続きも大変で、まだ終わっていないんです」

 2日間で7件もの事案を発生させているとすれば、所轄署の地域課や刑事課を、ひどく忙しくさせていることでしょう。たくさん挙がる現場で、保安員を連続導入してしまうと、結果によっては所轄警察署との関係が悪化することにもなりかねないので、注意が必要なのです。

「それは大変ですね。所轄の皆さん、怒っていらっしゃるでしょう?」
「そうなんですよ。少しは考えてやってくれと嫌な顔をされました。あとで書類を持ってくるので、差し入れでもしてフォローするつもりです。他社さんにも定期的に入ってもらっていますが、こんなことは初めてですよ」

 所轄警察署の状況はさておき、2日連続で“祭り”になっていると聞いた以上、一番長いキャリアを持つ私が坊主を出すわけにはいきません。ただキャリアがあるだけで、結果を出せない無能な職員だとは、絶対に思われたくないのです。自分の気持ちを楽にするには、万引き犯を捕捉するほかなく、早速に店内の巡回を始めました。

(思ったより、お客さんが少ないわね)

 勤務開始直後から激しい雨が降ってきたため、お客さんの姿はまばらで、警戒すべき不審者も見当たりません。スマホのお天気アプリで雲行きを確認すれば3時間ほどでやむと予報されていたので、少し早めの食事休憩をいただくことにして、勤務後半に今日の勝負をかけることに決めました。

 従業員などによる内引き対策も兼ねているため、極力目立たぬよう気をつけながら、従業員向けの休憩室で食事を済ませます。身支度を済ませて、2階にあるカー用品やキャンプ用品などを扱う売場の通用口から店内に戻ると、前方から歩いてくる男性3人組が目に留まりました。

 一見して、20代前半くらいでしょうか。白いスウェット上下に、ブランド物の派手なスニーカーを履いた男がリーダーのようで、ダボついた派手な柄の長袖Tシャツに、ニット帽をかぶったラッパーのような恰好をした2人がその脇を固めるように歩いています。彼らの首には、さまざまな太さのゴールドチェーンが誇示するように巻かれており、その重量によって格付けされているように見えました。羽振りの良さをアピールしているものの、年齢や振る舞いが若いためにバランスが悪く見え、初見のイメージを言えば半グレか特殊詐欺グループのメンバーといったところです。

(何を買いにきたのかしら)

 粗暴な雰囲気を纏いながら、大きな声ではしゃぐ様子が気になって動向を見守ると、彼らの行き先はアウトドア用品売場でした。まるで買う気は感じられないのに、目につく商品を手に取っては戻すという行為を、ただひたすらに繰り返しています。きれいにディスプレイされた商品を、遠慮なく乱暴に扱う彼らの振る舞いに、辟易としたことは言うまでもないでしょう。

 しばらくの間、戯れながら商品を弄ぶ彼らの行動を見守ると、リーダーと思しき男がキャンプ用のキャリーワゴンを引いて釣具コーナーで足を止めました。キャリーワゴンの荷台に、ルアーや釣り糸、レインコートといった商品を、おそらくは人数分、特に選ぶことなく次々に載せていきます。それからまもなく、各階精算のお願いを聞くことなく売場を離れた3人は、エレベーターに乗って下に降りていきました。

 店内の客数に鑑みると、一緒に乗り込めば身バレする可能性が高く、脇にある階段を駆け下りて後を追います。すると、エレベーターを降りて出口に向かった3人は、風除室にキャリーワゴンを放置すると、その代わりにカゴを載せたカートを押して食品売場に入っていきました。

(やるに違いない)

 犯行に至ると確信して、防犯部長に連絡を入れた私は、3人の後を追いながら簡単に状況を説明して、至急応援に来てもらえるようお願いしました。これからキャンプに行くのか、3人はその間、大きな肉のパックや輸入物のハム、ソーセージ、スナック菓子などをカゴに入れていきます。ギラついた目で周囲を警戒しつつも、わざとらしくはしゃぎながら酒売場に入っていきました。

「あの人たち?」

 数分後、棚の陰から3人の動向を見守る私の後方から、防犯部長が声をかけてきました。視線の先にいる3人の姿を見た途端に、あからさまに怯えて、身を縮めるようにしています。

「ちょっと危ない人たちに見えますね。暴れたら、どうしよう。大丈夫かな?」
「暴れるかどうかはわかりませんけど、あの様子からすると確実にやりますよ」

 内線で店長を呼び出した防犯部長は、風除室にあるキャリーワゴンを遠巻きに見守るよう指示すると、続けて警察にも通報し始めました。

 こそこそと通報を始めた防犯部長に気づくことなく、多数の缶ビールやハイボール缶、それにロックアイスまでカートに載せた3人は、レジ前にある有料の特大レジ袋を複数枚まとめてつかみ取ると、レジ列に並ぶように見せかけて売場通路に戻っていきます。歩きながらレジ袋を広げて、カート上にある商品を覆い隠して精算済みを装い、風除室のある出口方面の方に向かって歩いていきました。

(そろそろ出るわね)

 身構えて出口方面に目をやれば、カゴやカートの回収係である制服警備員が作業をしており、それに気づいたらしい3人は足を止めて風除室の様子をうかがっています。棚の陰から目を離さないでいると、通報を終えたらしい防犯部長が追いかけてこられ、私の耳元でささやきました。

「交番の警察官が、書類を持って、ちょうど出たところだって」

 この店から交番までは、自転車で5分ほどの距離らしく、まもなく到着する見込みのようです。タイミングよく警察官が来てくれることを祈りつつ、引き続き3人組の様子を見守ると、商品を満載したカートを売場に放置して、キャリーワゴンには見向きもしないまま外に出ていってしまいました。キャリーワゴンを放置している風除室のある出入口から、2人の警察官が入ってきてしまったのです。

「チャリされちゃいましたね……」
「これは悔しいなあ。やる気満々だったのに、タイミング悪すぎでしょう」

 後方を振り返りながら、人をからかうような振る舞いで店を出た3人が、車に乗って敷地外に出るまで店内から見届けます。車種とナンバーを確認して、車が通過した出口と時間をメモした上で、店内に戻って警察官に状況を説明しました。

「現認は、一つもない?」
「抜けようとしていたから、棚取りは見ていますけど、チャリされちゃいましたからね」
「おわかりだろうけど、現認がないと、どうしようもないんですよ。でも、未遂になってよかったでしょう。犯罪は、未然防止が一番ですから」
「ええ、まあ……」

 結局、私の手柄を台無しにしたことについての謝罪はなく、今後も未然防止に力を入れるよう指導されることで事態は終結。放置された商品は、計28点、合計で5万円を超えていますが、一連の行為が罪に問われることはありません。

 立ち去った3人については、全員の顔と車両ナンバーを認証登録することで、今後の来店に備えることになりました。結局、この日は、一件の捕捉もないまま業務は終了。鼻で笑いながら立ち去った3人の顔は、脳裏にこびりついたまま、いまも離れません。

(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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ウイスキー万引き夫婦、夫が「俺は関係ねえ」「うるせえ」と大暴れ! 妻に罪をなすりつけたワケ

 こんにちは、保安員の澄江です。

 昨今、商業施設の大規模化が進み、どの店も商品管理に頭を悩ませています。取扱品目を増やし、売場面積が大きくなるほど、万引き被害は増え、防犯対策に難儀する実態があるのです。特に、専門店における被害は顕著で、大量かつ高額の万引き被害が頻発しています。換金目的の万引き常習者に狙われたことで、系列店舗を軒並み荒らされ、結果として数百万円にものぼる損害が生じたこともありました。

 換金目的の万引き犯は、なるべく高額で、簡単に捌ける人気商品を大量に盗み出していきます。それを職業としている側面を持つため、買取相場や転売市場にも詳しく、捕まらないよう巧妙な手口を用いて持ち去っていくのです。昨今は、不況の影響から夫婦や家族による共犯関係が目立ち、家族間で罪を擦りつけ合う光景を目にすることもありました。

 今回は、大型ディスカウントストアで捕らえた万引き夫婦について、お話ししたいと思います。

若者の万引きが増加する、夏

 当日の現場は、S県の端にある総合スーパーY。都内から急行電車に乗って、およそ1時間。そこからさらに10分ほどバスに揺られたところに位置する2階建ての巨大スーパーです。この日の勤務は、午前10時から午後6時まで。2人勤務のため、この日のパートナーであるリョウくんと、従業員通用口の前で待ち合わせて現場に入りました。いつもなら駅で待ち合わせするところですが、今日はバイクで来たそうで、最近買ったのだと自慢されます。

「この間、高校生が走って逃げたんで、バイクで追いかけて捕まえたんですよ。ちょうどいいところに停めていたから、つい乗ってしまったんですけど。警察には、危ないからやめろって、すごく怒られました」
「そんなことがあったの? 確かに危ないわね。その高校生は、なにを盗んだのよ?」
「(値段が)高めの水着とゴーグルですね。友達の分まで盗っちゃって、被害は2万円を超えていました。足の速い子で参りましたよ」
「そんな季節よね」

 夏休みが近くなると、若い子による犯行が増えるのは昔から変わらず、毛染めや水着、日焼け止めなど、季節感のある商品が狙われるようになります。男女を問わず、年齢が若いほど逃走率は高まるため、思いがけない事故が発生したこともありました。

 追われて逃げる際は誰もが夢中で、後方を振り返ったりすることなどで周囲への注意が緩慢になるため、人を突き飛ばしたり、車や自転車などと接触してしまうことがあるのです。それは、捕捉する側も同様で、深追いすればするほど受傷事故に発展する恐れが高まります。犯行現場から距離が開くほど、被疑者の逃走意欲は増し、逃げ切りたいがために反撃してくることが多いのです。

 業務開始後は、二手に分かれて、広い店内を巡回します。早い時間は、2階に向かうお客さんが少ないため、人の流れが多い1階を中心に警戒しました。広大な食品売場のほか、雑貨店やスポーツ用品店、メディアショップ、フードコートなどのテナントも多数入っているため、平日にもかかわらず人の出入りは激しく、少しも油断できない状況といえるでしょう。

(ん? あの人、なにを慌てているんだろう?)

 勤務開始から、およそ2時間が経過したところで、妙に慌てている様子の主婦らしき女性が目に留まりました。一見して、30代後半くらいでしょうか。どことなく納言の幸さんに似た女性が、誰かを探すような動きで、店内をうろついていたのです。カート上にあるカゴの中には、液体系の化粧品や機能性食品など、よく万引き被害に遭う商品ばかりが入っており、その挙動と合わせて気になりました。

(ただの人探しならいいけど、いいモノ※が入っているし、リョウくんに連絡しておこうかな)

※盗まれやすい商品のこと

 店内を足早にうろつく女性を遠目に見ながら、リョウくんに電話をかけて状況を話すと、すぐに駆けつけてきました。女性の状態を一目見るなり、まるで預言者のごとく、自信たっぷりに言い放ちます。

「モノがいいし、あれはやりますね。棚取は、何か見れてます?」
「まだ見つけたばかりで、何も見れていないの。誰かを探している感じもするのよね」

 親子を装い、カートを押す女性を遠巻きにして追尾すれば、このフロア一番の死角箇所といえる酒売場に入っていきました。棚取を見るべく目を離さないでいると、一見してヤクザ風の男性が売場に現れ、女性に近づいていきます。おそらくは30代半ばくらいでしょうか。バナナマンの日村さんをVシネマ俳優にしたような強面で、短髪の男性です。

 何を話しているのかはわかりませんが、目を合わすことなく周囲を見ながら言葉を交わす2人の様子は不自然で、ワル企みしているようにしかみえません。

 するとまもなく、何も手にすることないまま酒売場を離れた男性は、そのままフードコートに入っていきました。そのあとをリョウくんが追っていくのが見えたので、私1人で女性の行動を見守ります。すると、棚に並ぶ箱入りのウイスキーを次々と手にした女性は、カート下段のカゴをあふれさせると、酒売場の脇にある衣料品売場に移動しました。特に選ぶことなく、男物のTシャツを手に取って広げて、ウイスキーが満載されたカゴを覆い隠しています。

(これは抜ける※)

※精算せずに店から出ていく手口。通称カゴヌケ

 犯行に至ることを確信して追尾すれば、何度も後方を振り返りながらフードコートの中に入った女性は、先ほど酒売場で言葉を交わしていた男性が座るテーブルに腰を下ろしました。未精算の商品をフードコート内に持ち込むことは、店内の規則で禁止されていますが、余計なトラブルになりかねないので、声をかけるわけにはいきません。

「これから払おうと思っていた」
「客を泥棒扱いするのか」

 このような反論を封じるため、しっかりと犯罪が成立するまで、状況を見守る必要があるのです。少し間を置いてフードコートに入ると、入口脇のテーブルにリョウくんが座っており、フレンチフライをつまんでいました。ご丁寧に、私の分のアイスコーヒーまで用意してあり、ストローを咥えながら2人の動きを見守ります。

「お酒の棚取、全部見たわよ」
「ブツに幕を張っているし、間違いないですね。2人とも、めちゃくちゃ警戒しているから気をつけないと」
「目を合わせなければ大丈夫よ。なるべくゆっくり食べて、私たちを気にするようだったら、先に出て待ち受けましょう」

 しばらくの間フードコートに留まり、すっかり安心した様子で駐車場に出た2人の後を追うと、黒いワンボックス車の前で足を止めました。トランクを開き、カゴにある商品を積み込み始めたところで、リョウくんが声をかけます。

「お店の者です。それ、お金払ってもらわないと困るんですけど」
「ああん? なんだお前?」
「この店の保安ですよ。お金払ってないのに持っていかれたら困るって言っているの!」
「はあ? 知らねえよ。よお、お前。金、払ってきたよな?」

 しらじらしくも堂々と犯行を否認した男は、傍らでうつむく女に話を振って、我れ関せずといった姿勢を見せつけてきました。その一方、すっかり動揺した様子の女は答えに窮して、ただ黙って俯いています。万一に備えて女の腰元に手を置き、そっと声をかけると、急に顔を上げて言いました。

「お金、払っていないですよね? 認めていただけないなら、すぐに警察を呼びますけど……」
「はいはい、全部私がやりました。夫は関係ありません。これでいいんでしょう?」

 状況から察するに、妻1人で罪を背負わなければならない関係にあるようですが、犯行の一部始終を目撃している立場からすれば、2人ともにご同行を願うほかありません。

「旦那さんも、事務所まで一緒にお願いします」
「なんでだよ? 俺は関係ないだろ?」

 平気な顔で耳を疑うようなセリフを吐いて凄む男に、まるで怯むことなくリョウくんが言いました。

「お2人は、ご夫婦なんですよね? 奥さん、1人でかわいそうじゃないですか。どちらにせよ、迎えに来ることにもなるんだから、一緒に来てくださいよ」
「いや、とりあえず1回、家に帰る。余計なことになっても困るからよ」
「余計なことって、なんですか?」
「うるせえなあ。とりあえず、俺は関係ねえから」

 説得を試みましたが埒が明かないので、仕方なく110番通報して警察官の到着を待っていると、リョウくんと揉みあう男を睨む女の目から涙がこぼれ落ちるのが見えました。警察官いわく「旦那のほう、弁当持ち※だったよ。状況的には、共犯でやりたいんだけど、今日は大きな事件があって人もいなくてさ……」とのことでした。
※執行猶予中のこと

 この日の被害は、計19点、合計で5万円ほど。その後、フードコートに立ち寄ったことで精算したと思い込んでしまったと犯意を否認した女は、初犯だったこともあり商品代金を支払うことで逮捕されることなく帰宅を許されました。

 共犯関係どころか犯意すら認められずに、逮捕者の1人として納得がいかない思いがしましたが、警察の決定に異議を述べる立場にもありません。私たちの役割は、クライアントに損失を与える人物を店に引き渡すまでで、その後の処罰に関知する必要はないのです。

(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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万引きGメン衝撃! 「玄米泥棒」主婦の犯行を暴露したまさかの人物とは?

 こんにちは、保安員の澄江です。

 再燃する新型コロナウイルスの猛威や終わらぬロシアによるウクライナ侵攻、安倍晋三元首相の銃撃事件など、世の中は不穏なことばかりで憂鬱な日々を過ごしています。この先の世界は、どうなっていくのか。そんな不安を抱えながら巡回にあたっても、万引き犯は自然と目に入ってくるもので、ここのところ捕捉なく終わる日は少ないです。

 捕らえた被疑者を事務所に連行して話を聞けば、さっき出会ったばかりの人から、さまざまな不満や不安を吐露されることになります。慣れていることとはいえ、それを受ける心の負担は大きく、ときには耳を塞ぎたくもなりますが、被疑者から逃がれるわけにもいきません。この人の話を聞くのは、これが最後。そんなふうに値打ちをつけて、被疑者の状況に則した言葉を選んで、再犯しないよう願いながら接しているのです。

 今回は、家族経営の小規模スーパーを悩ませる万引き常習者について、お話ししたいと思います。

万引き犯は「絶対来る」――水曜日消える30キロの玄米

 当日の現場は、東京とさいたまの境目に位置するスーパーJ。住宅街の一角にある家族経営の小規模スーパーです。今回は、決まった商品を定期的に盗まれて困っているという相談をいただき、その犯人の発見と摘発の依頼を受けました。

 この日の勤務は、午前10時から午後8時まで。いつもより勤務時間が長いのは、1回の依頼で確実に仕留めたいからだそうで、なるべく費用をかけずに常習者を退治したいという意向があるようです。最寄駅からバスに揺られて、勤務開始予定時刻より早く現場に到着した私は、詳しい話を伺うべく、開店準備に勤しむ社長兼店長に声をかけました。

「おはようございます。保安の者です」
「保安? ああ、Gメンさんか。あんた、この仕事は長いの?」
「はい、もう40年以上にもなりますが……」
「ほお! それはスゴイな。今日、絶対に来るよ。それだけのキャリアあれば大丈夫だよね? 警備に金を使えるような店じゃないから、きっちり頼むよ」

 おそらくは50代前半くらいでしょうか。どことなくNHK党の立花孝志党首に似ている社長兼店長は、私のことを品定めしながら言いました。

「決まった商品が盗まれていると聞きましたけど、なにを盗られているんですか?」
「外の売場にある30キロの玄米(9,680円)なんだけどね。そんなに売れる商品でもないので、盗まれるようになってしばらくは店頭に1袋だけしか出さないようにしてきたんだけど、決まって水曜日になくなっているんだ」

 この店は、売場面積を広げるため、5キロ以上の精米や調味料の徳用ボトル、トイレットペーパーなど、大きな商品の多くを屋外の売場に陳列しています。従業員が屋外の売場に立つのは、品出しとカゴの整理の時くらいで、ほぼザル状態(なんでも盗める状態にあること)にあるといえるでしょう。

「なるほど。大きいものだから目立つと思いますけど、大体の時間はわかります?」
「少ない人数で回していることもあって、正直、目が届かなくてさ。全然わからないよ。気になる怪しい人がいるわけでもないから、おたくにお願いしたの。今日、水曜日だし、絶対に来ると思うんだよね」

 さまざまな状況から犯行を予測し、満を持して依頼されたことを知って、失敗が許されない事態に追い込まれていることに気がつきました。店内の状況をいえば、店が狭く、棚も低いため、ひとつ間違えれば存在に気づかれる状況にあります。

 今回の目的は、玄米泥棒の摘発。今日1日、玄米に集中すると決めた私は、売場に出ることなく、事務所の中からモニター監視する了解を取り付けました。おそらくは、20年くらい前の防犯システムでしょうか。カメラの性能は悪く、解像度の低いモニターを使用しているため、ひどく目が疲れますが、玄米に手を付ける人がいれば、すぐにわかる状況です。

 午後4時40分頃。すっかり飽きてしまい、眠い目をこすりながらモニター監視を続けていると、派手なグリーンのワンピースを着たショートカットの女性が、陳列される玄米袋の脇にカートを横付けしました。そっと売場に入って、客の振りをしながら様子を窺います。すると、どことなく若い頃の三原じゅん子さんに似ている雰囲気を有する小柄の女性は、その場にしゃがんで両手で玄米袋を抱きかかえました。

 30キロの商品なので一気には持ち去ることはできず、少し持ち上げてから横にスライドさせるという動きを繰り返して、カート下段に載せるべく奮闘しています。店員を呼んで助けを求めれば、すぐに済む話ですが、周りを見ても姿はないので、自分の手で載せることに不自然さはありません。でも、30キロの玄米と女性のイメージが合わず、犯行に至る気配も感じます。それからまもなくカゴを手に取り、カート上段に載せた女性は、そのまま屋内の売場に入っていきました。

 重そうにカートを取り回しながら、もやしとキャベツ、それに複数の冷凍食品をカゴに入れた女性は、素早く買い回りを終えてレジ列に並びます。玄米の精算を見届けるべく注視すると、カート上段のカゴにある商品の精算を終えた女性は、下段にある玄米の精算はしないまま外に出ていきました。

 お会計で2,000円ほどしか出していないので、玄米袋の支払いを済ませていないのは明らかです。特に挙動も見せずに、堂々と店を出ていく女に、そっと近づいて声をかけました。

「お店の者です。お客さん、その玄米なんですけど、お支払されていませんよ」
「へ? 私、レジ通りましたけど」
「通って精算したのは、上のカゴだけでした。事務所でお支払いいただいてもらっていいですか」
「ああ、そうでしたね。ごめんなさい……」

 否定を続けることなく、すぐに犯行を認めて同行に応じてくれたので、拍子抜けした思いで事務所に向かいます。古めかしい扉のノブを廻して、事務所のなかに入ると、社長兼店長が腕を組んで待ち受けていました。私が売場で追尾していることに気づいて、到着を待っていたそうです。

「こんな若い女が犯人だとは想像していなかったよ。あんた、これ以外にも何度かやってるよな? 毎週水曜日にきて、玄米を持っていっているだろう?」
「…………」

 すっかり黙ってしまったので、事後処理を進めるべく身分証明証の提示を求めると、真っ赤な財布から運転免許証を取り出して提示してくれました。それによれば、女は31歳。この店の近くに実家があるそうで、そこで家族と一緒に暮らしていると話しています。商品を買い取れるか尋ねれば、現金は3,000円ほどしかないので、クレジットカードでしか払えないと答えました。ちなみに、このスーパーは現金取引のみで、電子マネーやクレジットカードを使うことはできません。

「今日、お金払わなかった理由は、なにかありますか?」
「実家で世話になっているんですけど、家賃を払わない代わりに食費を負担することになっていて、7人家族だから大変なんです」
「それで30キロもの玄米を……」
「はい。おいしくて体にいいから……。もし見つかっても、うっかりしていたと言えば大丈夫かなと思っていました。本当にごめんなさい」

 どうにもはっきりしませんが、悪いことをしたという意識はあるようで、過去の犯行について触れないまま軽々しく謝罪の言葉を口にした女は、お金を払うためにおばあちゃん(被疑者の母)を呼びたいと言い出しました。きちんと謝ったし、今回の代金(玄米1袋分)を払えば、それで済むと思い込んでいるようです。

 スマホ片手に、足を組んでメッセージを送った女は、家は近くだからすぐに来ると話しています。まるで反省の態度がないため、その様子を見ていた社長兼店長が、苦々しい顔で言いました。

「(犯行に)気づかないウチのスタッフも確かに悪いけどさ、こちらからすれば今日だけのことじゃないから、今回は警察を呼びますね」

 通報を受けてやってきた男女の警察官に、一連の流れを説明した店長は、過去の被害についても調べてほしいと訴えました。犯歴照会の結果は、該当なし。警察の世話になるのは初めてのようで、女性警察官から過去の被害について聞かれても、知らぬ存ぜぬを繰り返しています。

 すると、4歳くらいに見える女児を抱えた初老の女性が、店員の案内で事務所に入ってきました。

「ママ、ばあばとお金持ってきたよ。早く帰ろう」
「うん、ありがとう。お金払うから、ちょっと待ってね」

 どうやら状況説明を受けていないらしい2人は、警察官に囲まれる彼女を見て呆然としています。警察官の許可を得て、玄米の精算を受けることになると、大きな玄米袋を持ち上げた社長兼店長を見て女の子が言いました。

「ねえ、ママ。いつものお米、買ったの? 機械に入れるの、あたしも手伝うね!」
「う、うん……」

 図らずも子どもに犯行を暴露された女は、その後の調べで過去の犯行も認め、すべて弁償したうえで簡易送致されました。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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レジ袋有料化から早2年――万引きGメンが「大胆な犯行増えた」と警告

 こんにちは、保安員の澄江です。

 レジ袋の有料化から、早2年。いまや、ほとんどのお客さんがエコバッグを持参のうえ、買い物に来られるようになりました。以前であれば、空のバッグや袋を持って来店される人は「わかりやすい不審者」として警戒するよう指導されてきましたが、いまや通用しません。

 また、レジ袋有料化と同時期に新型コロナウイルスが流行し、マスク着用もいまや常識となっていますが、かつてマスク着用の来店者を、無条件に警戒対象としていた大手スーパーチェーンでは、その方針を大きく変更して、万引き犯の顔認証登録に勤しみ、再犯防止対策に力を入れています。多数のバッグを店内に持ち込むや、顔を隠すことが不自然でない現況は、万引きをやる側にとって最高の環境といえるでしょう。

 実際に、持ち込んだエコバッグなどに、大量の商品を詰めて盗み出す手口は横行しており、それに対応する商店や警察が疲弊している側面も否定できません。また、マスクや帽子で顔を隠すことで、防犯カメラを気にする必要がないため、余計に大胆な犯行に至る人が増えているのです。

 さらにはセルフレジをはじめ、無人店舗や商品のスキャン機能がカートに付された「レジゴー」などの普及によって、万引きの手口や言い訳も大きく変化してきました。摘発する側である警察や検察も、事例や判例が充分にないため立件判断に頭を悩ませており、精算方法の多様化に法律が追いついていない実態すら垣間見えます。

 コロナ対策や環境問題、精算技術の進化が犯罪者に有利な状況を構築し、結果、万引き行為が増えてしまった現状を皮肉に思うのは、私だけではないでしょう。

 今回は、複数のエコバッグを犯行に用いて大量の商品を盗み出した犯行事例について、お話ししたいと思います。

 当日の現場は、関東郊外に位置する大型ショッピングモールA。ここ数年、勤務するたびに捕捉がある現場で、前回来た時には3件の捕捉がありました。もれなく警察に通報して全員引き渡しましたが、どの事案も点数が多かったことから処理を嫌がられてしまい、ほどほどにしてくれと警告を受けています。

 そのことから、この日は朝から正面口にパトカーが横付けされており、2人の警察官が店内を巡回していました。巡回といっても保安員の後を付け回すことが主たる目的で、私が不審者に目を止めるたび、視線の先にいる人物に対して姿を誇示して威嚇してきます。

「犯罪は、未然に防ぐのが、一番大事」

 その大義名分をもって、保安員の仕事を邪魔するようなやり口で、店内を巡回しているのです。事件が続いている時や、警察行事があるときなどに実施されることが多いようで、捕まえるなら交代後にしてくれと、疲弊した顔見知りの警察官にお願いされることもありました。

「ご苦労様です。今日は、何時までいるつもりですか」
「ああ、どうも。ほかに大きな事件が起きない限り、交代まで巡回させてもらうことになっています」
「どうせなら、私がいないときに来てくれたらいいのに」
「…………」

 どうにも仕事にならないので、事務所に戻って防犯部長に相談すると、少し意地悪気な顔で意外な指示を出されます。

「1人捕まえてみたら、どうかな。そうしたら引き揚げざるを得ないでしょう」
「そうなればいいですけど、ずっと付いてくるんですよ」
「それは、ひどいね。ストーカーじゃあるまいし。ちょっと私から話してみましょう」

 2人で売場に戻り、防犯部長が警察官たちと話している間は、その様子を気にしながら、入店してくる人たちの姿も遠巻きに眺めて過ごします。すると、10歳くらいに見える髪の長い女の子が、1人で店に入ってきました。時計をみれば、午前11時を少し過ぎたところで、通常であれば学校にいなければならない時間です。

(学校は、お休みなのかしら?)

 人着(対象者の容姿や服装のこと)を確認すれば、大きな王冠マークが描かれたピンクのTシャツと、派手な柄のスパッツの組み合わせが妙にうるさく、金色に染められた髪先と合わせて、どこかやんちゃな雰囲気を感じます。

(もしかしたら悪い子なのかもしれない)

 目が離せない気持ちになって行動を見守れば、特大サイズのエコバッグを棚から降ろした女の子は、それを引きずりながら衣料品コーナーの方に向かって歩いていきました。その目的を探るべく追尾すると、売場内の死角箇所で20歳くらいに見える肥満体の男性と合流して、手にあるエコバッグを差し出しています。

 スーパーの衣料品コーナーで販売されている感じの派手な柄がプリントされた黒いTシャツに、膝までのショートパンツをはいた男性の脇には、商品であろう衣類を満載したカゴを上下段に載せたカートが置かれていました。それを見た瞬間、着手に至ると確信したのは、言うまでもないでしょう。

 案の定、まもなくして洋服が並ぶ陳列棚の陰にしゃがんだ男は、エコバッグを床に広げてカゴにある衣類を乱雑に投げ込んでいきました。その間、女の子は売場を行ったり来たりして、見張りの役目を立派に果たしています。

(これは、悪いわ。親子ではなさそうだけど、どんな関係なのかしら)

 体格のいい男が相手なので、すぐに防犯部長に電話をかけて応援を頼むと、まだ警察官たちと一緒にいるとのことで、すぐに電話口を代わられました。現在までの状況を説明しているうち、パンパンに膨らんだエコバッグをカートに載せた男が、女の子を引き連れて売場を離れていきます。

 しきりと後方を振り返る女の子の目を避けるため、相当な距離を取りつつ、2人が向かう方向を電話口の警察官に伝えながら追尾すると、正面口を避けてフードコートの隙間にある通用口から外に出ていきました。

 その進路を塞ぐ形で、2人の前に立ちはだかった警察官たちは、すぐに職務質問をはじめて単刀直入に切り出します。

「こんにちは。お店の警備員さんから通報があってね。その商品、お金払った?」
「…………」
「黙っていたら、わからないよ。これ、お金払ったの?」
「すみません……」

 まさか、警察官に声をかけられるとは思っていなかったのでしょう。ひどく動揺して、なすすべなくうなだれた男は、その場に呆然と立ち尽くしています。

「この子は、あなたの娘さん?」
「いえ、妹です。こいつは関係ないんで、家に帰してやってください」

 警察官の問いかけに、そう答えた男でしたが、確実な現認がとれているのは、女の子が棚取した特大サイズのエコバッグだけなので、帰すわけにはいきません。

 2人を事務所に連れていき、警察官による身体捜検が実施されると、男のポケットから財布のほか、2つのおにぎりが出てきました。財布の中にあった運転免許証によれば、男は21歳。店の近所に両親と4人で住んでいるそうで、今日は小学4年生の妹と一緒に、食事を買うつもりで来たと話しています。運転免許証をもとに男の犯歴照会がかけられると、半年ほど前に刑務所から出てきたばかりであることが判明してしまい、現場の雰囲気は一気に急変して引き締まりました。

「おい、〇×くんよ。あんた、出てきたばっかりじゃないか。まさか、今日はやってないよな。ちょっと、腕を見せてみな」

 どうやら前刑は窃盗と覚醒剤使用によるもので、より細かい身体捜検があらためて実施されましたが、特に不審な点は見つかりませんでした。上から股間を触ったり、その周囲の臭いを嗅ぐなど、変態行為と見紛う調べ方を目の当たりにして、とても嫌な気分になったことを申し添えておきます。

 今回の被害は、計27点、合計で3万6,000円ほど。

 財布にあった男の所持金は2,000円足らずで、すぐに商品を買い取ることはできません。このままいけば逮捕されるに違いなく、気になって女の子に話しかけたところ、特に動揺した様子も見せずに平然としていました。

「お兄ちゃん、今日は一緒に帰れないかもね」
「あたしは帰れる? また児相(児童相談所のこと)に行くの?」
「親が迎えに来てくれたら帰れるよ。お父さんかお母さんは、おうちにいるかな?」
「2人とも仕事で、夜遅くに帰ってくるの。それまでは、児相に行く?」

 以前にも、同じようなことで捕まった経験があると話した女の子は、児童相談所に行くことを恐れてはいないようです。その一方、年齢の離れたお兄さんである男は人目を憚ることなく涙を流して、悲劇の主人公のごとく大声で叫びました。

「逮捕するなら、早くしろ! 金もないし、早くパクれ!」
「どうしてそんなに金ないんだよ?」
「覚醒剤! そんときの借金が、まだいっぱいあるんだよ!」

 妹の存在には構うことなく、言葉を選ばず警察官に八つ当たりして泣き叫ぶ男に、同情の余地はありません。しかしながら、いつにも増して警察官は消極的で、衣類の現認がないことを理由に、被害届の受理に難色を示しています。

「今回は、現認のあるエコバッグ(980円相当)のみ、被害届を受理します。あとの商品は返しますので、それでお願いできますか」

 結局、微罪処分とされた2人は、ガラウケ(身元引受人)を用意することで帰宅を許されました。エコバッグを使い、大胆な盗みを働いても、目撃者の現認がなければ、少し怒られるだけで済むこともある。とてもやりきれない気持ちになった1日でした。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)