追悼・トビー・フーパー! 伝説のホラー作品『悪魔のいけにえ』の撮影現場は、映画以上の地獄だった!!

 最高のホラー映画は何かと聞かれたら、ノータイムで『悪魔のいけにえ』と答える。

 そんな人間が、僕以外にも世界中のあらゆる町に溢れているだろう。

 人類の歴史に残るホラー映画の金字塔、『悪魔のいけにえ』。

 僕が十数年前にこの映画を初めて見た時、すでに『悪魔のいけにえ』は名作ホラーのレジェンド的な存在だったわけだが、「何十年も前の映画がそんな怖いわけないじゃ~ん、どうせ特殊メイクもショボいよ、当時のファンは思い入れあるかもしれないけど、ありがちなホラー映画だろ~」という、完全になめてかかった態度で視聴を開始した。

 結果的に、強烈な体験に心臓がバクバクし、一時停止を押したい! と本気で願った数少ない映画となった。

 この映画は、「怖い」を超えた何かだ。

 もはやホラーだとか、スプラッターだとか、そういうジャンルを超えて、フィルムから放射されてくるエネルギー_だ。

 それは純粋で、原初的なエネルギーだ。

「怖い」とか「悲しい」とかの感情的エネルギーではない、もっとカオスなエネルギーだ。

 それゆえに、この映画を見ると、いつの間にか笑っていることがある。

 怖がっていいのか、笑っていいのか、楽しんでいいのか、嫌悪していいのか、わかんないけどそれが同時にやってくる。

 まだ名前もついていないような、湧き出る謎のエナジー。

 それを顔面にゴンゴンとぶつけられているような、唯一無二な体験がそこにはある。

 今からさかのぼること45年前、1973年の夏、テキサスの片田舎で、ほとんど素人同然のスタッフと役者が映画を撮っていた。

 スタッフの経験は浅く、予算も時間も限られている。

 撮っている作品は、気が滅入るように陰惨な内容だ。

 その場にいたスタッフや役者の大部分が、「この映画、どーせ公開されないでお蔵入りだろうな」と思っていた。

 しかし、その瞬間、その場所に、映画の神が居合わせて、何か超常的な力を与えたのだ。

 いや、そうとしか思えない。

 映画は、歴史に残る傑作となり、マスターフィルムは芸術作品としてニューヨーク近代美術館に永久保存され、監督の名は世界中に轟いた。

 その名はトビー・フーパー。

 今年、2017年8月にその人生の幕を閉じた、奇妙な映画監督。

『悪魔のいけにえ』で、焦燥感あふれるドキュメンタリータッチで生々しい恐怖を撮り上げた彼は、スピルバーグプロデュースの『ポルターガイスト』で、安心感あふれるユルめの大作ホラーを撮り上げ大ヒット、『スペースバンパイア』では脱力エンタメおっぱいホラーに挑戦し、満を持して送り出した『悪魔のいけにえ2』を、デニス・ホッパーがチェーンソー二刀流でもっさりしたチャンバラをするコメディにした。

 かように掴みどころのない監督なのだが、おそらく普通とはちょっと違うユーモアのセンスがこれらの作品に脈々と流れているのだ、きっと。

 そんなトビー・フーパー作品が大好きだ。

 今回は、トビー・フーパー追悼の原稿として、『悪魔のいけにえ』の舞台裏に迫ったインタビュー映画『ショッキング・トゥルース』から、悲惨すぎて面白くなってしまう伝説の映画の裏話をいくつか紹介したい。

 

1、アルマジロの死体、ソーヤ家の調度品……リアルな美術に隠された事実

 

 映画がスタートし、若者たちの旅のシーンで最初に映るのはアルマジロの死体である。アルマジロの死体越しに道を走っていくバンが、これからの苦難を予感させて不吉だ。物語のムードをいかんなく表現した小道具なのだが、このアルマジロの死体は本物である。実は脚本では犬の死体の予定で、そのシーンも撮影されていた。それどころか、美術監督を担当したロバート・バーンズは、撮影の日に馬の死体が道端に倒れて腐っているのを発見して、それを使おうとしたのだ。

 しかしスタッフが、とても臭いからと近寄りたがらなかったので断念した。結果的に道端に死んでいるアルマジロを見つけ、これを剥製に加工して撮影に使った。トビー・フーパーは、さらに「車で轢いて内臓をまけ!」と命令したが、ロバートが反対してそのまま撮影された。トビー本人は記憶にないという。

 同じくロバート・バーンズの仕事しては、ソーヤ家の調度品も映画の異常性を際立たせている。家の中には動物の骨や犠牲者のパーツで飾られた家具がところ狭しと並んでいるのだ。ここまでの話の流れで察してると思うが、もちろんこの動物の骨も本物である(犠牲者のパーツはさすがに作り物だが)。

 ロバートは、農家で死んで遺棄された家畜の骨をかき集めて、それを加工した。さらにメイクのドロシー・パールが動物病院で働いており、動物たちのための大きな墓地を知っていた。ロバートはそこで発見した珍しい骨をナップザックいっぱいに詰め込んで、飛び上がって喜んだという。本当にソーヤ家の一員のようである。ポケットいっぱいのお菓子に喜ぶ子どものような、愉快なエピソードだ。

 これらの美術の真に素晴らしい点は、ソーヤ家の人々の「理解不能さ」だけを雄弁に物語っていることだ。ロバートは「“異常者ならこうするだろう”という考えが見えてはいけない。彼らの心理は探らずに生活感を出すようにした」と言う。素晴らしいと思う。まったく理解不能でありながら、確かにそこに何者かが息づいているという確信を与える。レザーフェイスのマスクは言わずもがな、奇跡的な美術もまた、この映画の主役だ。

 

2、現実でも受難の連続! 主演マリリン・バーンズがかわいそうすぎる

 

「目ん玉ひんむき絶叫ホラークイーン」として今もファンの間で愛されているサリー役のマリリン・バーンズ。テキサス映画委員で働いていた彼女は、地元で製作されるという長編映画の撮影に参加した。まさか地獄のような撮影現場が待っているとは知らずに。映画内で次第に増えていく彼女のアザは本物だ。時に化粧でアザを隠すという、普通のホラー映画とは逆のメイクが行われた。ドレイトンにホウキで殴られるシーンは、なかなかOKが出ず何時間も殴られ続けた。ドレイトン役のジム・シードウが手加減すると、トビー・フーパーは「本気に見えない」とNGを出した。OKが出た時には、彼女は気絶寸前だった。

 家の2階から窓を割って飛び降りるシーンも、スタント無しで撮影された。さすがにトビー・フーパーも「やめろ」と言ったが、結局マリリンは2メートルの高さから飛び降りた。みんなおかしくなっていたのだろう。マリリンは着地で足をくじいた。レザーフェイスから逃げる彼女が足を引きずっているのは演技ではない。本当に足をケガしていたのだ。

 椅子に縛られるシーンでは、肉体的にはケガをしなかったが、精神的に追い詰められた。猿ぐつわをされるシーンで、適当な布が見つからず、そこらにあった汚い布が口に詰め込まれたのだ。マリリンは言う。「本当に汚かったわ」。時間も予算もなく、現場は過酷だった。撮影中に椅子ごと倒れてしまったマリリンは、そのまましばらく放置されたという。汚い猿ぐつわをされたまま。

 この過酷な撮影を終え、衣装を脱いだ時は「もうこの衣装を着なくていいんだ。髪も肌も手入れできる」と最高の気持ちだったという。しかし数日後にトビーから「もう一回撮影したい」という電話がかかってきた。追加の撮影で撮られたのは、悪夢から解放されたサリーが血まみれで狂ったように笑うラストシーンだ。これは、悪夢のような撮影から解放された、マリリンの本気の笑いだという。

 

3、映画以上の恐怖! 地獄の「夕食シーン」

 

 極め付けは、映画の中でも重要シーンとなるソーヤ一家の「夕食シーン」だ。このシーンの撮影の時点で、スケジュールは押しに押し、ここは数十時間ぶっ通しでの撮影となった。だれもが疲労困憊のうえに、不幸なことに机の上にはニワトリの頭を使ったオブジェが置いてあった。テキサスの真夏の日中、光が入らないように密閉された室内は50度以上あり、オブジェは次第に腐り、悪臭を生じ始めた。照明の高熱にさらされた骨も焦げて、ヒドい臭いだ。換気する時間の余裕などあるはずもない。地獄の出来上がりだ。スタッフは次々具合が悪くなり、外に出て吐いた。さらに予算がなく衣装の代えがないので、演者はずっと同じ衣装を着ていた。特にレザーフェイス役のガンナー・ハンセンの衣装は1カ月以上洗うことができず、とんでもなく臭かった。メイクのドロシーは、もっとも印象に残っているのは「みんなの体臭のひどさ」だという。さらに、そこに追い打ちをかけたのが「動物の死体事件」だ。

「家の周りに動物の死体を並べよう!」と考えていたトビーとロバートは、動物病院から数体の動物の死体を手に入れた。しかし腐ってきたので、焼くことにした。トビーは、「ぜんぶなくなると思った」。しかし、燃料が足りなかったのだ。生焼けになった死体は強烈な悪臭を発し、その煙が撮影中の家の中に流れ込んできた。中と外の悪臭の挟み撃ちに襲われた撮影現場は、さらなる地獄と化した。それでも役者とスタッフはこのシーンをやりとげ、映画の完成までこぎつけた。実際にこのシーンは悪臭が匂いたってくるような鬼気迫る出来となっているのだ。

 

4、まさにいけにえ! レザーフェイス役のギャラは1万円だけ!?

 

『悪魔のいけにえ』といえば、レザーフェイスだ。犠牲者の人間の皮をかぶってチェーンソーを振り回す殺人鬼。しかし、どうやら子どものような精神を持っているという、数多くの殺人鬼ムービースターの中でも特異なマスターピースである。レザーフェイスを演じたガンナー・ハンセン、彼の無言の演技なくしては、これほどの素晴らしいキャラクターにはならなかっただろう。

 ガンナーは、もともと決まっていた役者が泥酔してモーテルから出てこないので、代役として雇われた。テキサスの灼熱の真夏で、32日間、毎日16時間に及ぶ撮影を彼はやりきった。1年以上の編集を経て、映画は公開され、「関係者の誰もが認められると思っていなかった」という大方の予想を裏切り、評論家の高い評価を受け初登場3位を記録した。興行収入は、何百万ドルにも達した。しかしどういうわけか、なかなかギャラが支払われなかった。

 レザーフェイスを演じたガンナーも、大ヒットで高額の配分をもらえることを期待していた。そして待ちに待った最初のギャラで支払われたのは、47ドルだった。信じられないことに、日本円にして1万円ほどだ。

 実は『悪魔のいけにえ』は、なかなか配給会社が見つからず、公開すら危ぶまれていた。そんな中、ブライアンストン社という配給会社が『悪魔のいけにえ』を買って公開することとなった。公開が決まり関係者は喜んだ。その会社が、「マフィアの会社」だと知るまでは。

 公開後に収益から権利分が配分されたが、何百万ドルという収益から彼らに支払われたのは1%にも満たない5,000ドルだった。マンガのような話だが、彼らはマフィアの会社に権利を売ってしまったのだ。簡単に言えば、とんでもない悪徳会社に騙されたのである。

 それだけでなく、撮影中に予算が尽きたトビーと脚本家のキムは、撮影を続けるために彼らの権利をすでに売っていた。そんなわけで、後にブライアンストン社を訴えて示談金が手に入れるものの、誰もあの過酷な撮影と、歴史的評価から、大金を手にすることはできなかった。本当の地獄は、公開後に待っていたのだ。真に人を食い物にしている奴らは現実世界の方にいた……という、出来すぎたオチでこの原稿を終わりにしたい。

 ちなみに、この一件があったからか、それ以降のガンナー・ハンセンは常にギャラのことでモメているイメージがある。『悪魔のいけにえ2』も『3』も、レザーフェイス役のオファーがあったが、ギャラの折り合いがつかず出演していない。ファンとしては、もう一度チェーンソーを振り回すチャーミングな元祖レザーフェイスが見たかったところだが、第1作の資金トラブルを知った今となっては「ギャラにこだわるのも仕方ないな……」と思う部分もある。そんなガンナー氏も、トビー・フーパーに先立つこと2年前に他界している。

 

●タカハシ・ヒョウリ
“サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。
HP:http://www.owarikara.com/
ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/
Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw

追悼・トビー・フーパー! 伝説のホラー作品『悪魔のいけにえ』の撮影現場は、映画以上の地獄だった!!

 最高のホラー映画は何かと聞かれたら、ノータイムで『悪魔のいけにえ』と答える。

 そんな人間が、僕以外にも世界中のあらゆる町に溢れているだろう。

 人類の歴史に残るホラー映画の金字塔、『悪魔のいけにえ』。

 僕が十数年前にこの映画を初めて見た時、すでに『悪魔のいけにえ』は名作ホラーのレジェンド的な存在だったわけだが、「何十年も前の映画がそんな怖いわけないじゃ~ん、どうせ特殊メイクもショボいよ、当時のファンは思い入れあるかもしれないけど、ありがちなホラー映画だろ~」という、完全になめてかかった態度で視聴を開始した。

 結果的に、強烈な体験に心臓がバクバクし、一時停止を押したい! と本気で願った数少ない映画となった。

 この映画は、「怖い」を超えた何かだ。

 もはやホラーだとか、スプラッターだとか、そういうジャンルを超えて、フィルムから放射されてくるエネルギー_だ。

 それは純粋で、原初的なエネルギーだ。

「怖い」とか「悲しい」とかの感情的エネルギーではない、もっとカオスなエネルギーだ。

 それゆえに、この映画を見ると、いつの間にか笑っていることがある。

 怖がっていいのか、笑っていいのか、楽しんでいいのか、嫌悪していいのか、わかんないけどそれが同時にやってくる。

 まだ名前もついていないような、湧き出る謎のエナジー。

 それを顔面にゴンゴンとぶつけられているような、唯一無二な体験がそこにはある。

 今からさかのぼること45年前、1973年の夏、テキサスの片田舎で、ほとんど素人同然のスタッフと役者が映画を撮っていた。

 スタッフの経験は浅く、予算も時間も限られている。

 撮っている作品は、気が滅入るように陰惨な内容だ。

 その場にいたスタッフや役者の大部分が、「この映画、どーせ公開されないでお蔵入りだろうな」と思っていた。

 しかし、その瞬間、その場所に、映画の神が居合わせて、何か超常的な力を与えたのだ。

 いや、そうとしか思えない。

 映画は、歴史に残る傑作となり、マスターフィルムは芸術作品としてニューヨーク近代美術館に永久保存され、監督の名は世界中に轟いた。

 その名はトビー・フーパー。

 今年、2017年8月にその人生の幕を閉じた、奇妙な映画監督。

『悪魔のいけにえ』で、焦燥感あふれるドキュメンタリータッチで生々しい恐怖を撮り上げた彼は、スピルバーグプロデュースの『ポルターガイスト』で、安心感あふれるユルめの大作ホラーを撮り上げ大ヒット、『スペースバンパイア』では脱力エンタメおっぱいホラーに挑戦し、満を持して送り出した『悪魔のいけにえ2』を、デニス・ホッパーがチェーンソー二刀流でもっさりしたチャンバラをするコメディにした。

 かように掴みどころのない監督なのだが、おそらく普通とはちょっと違うユーモアのセンスがこれらの作品に脈々と流れているのだ、きっと。

 そんなトビー・フーパー作品が大好きだ。

 今回は、トビー・フーパー追悼の原稿として、『悪魔のいけにえ』の舞台裏に迫ったインタビュー映画『ショッキング・トゥルース』から、悲惨すぎて面白くなってしまう伝説の映画の裏話をいくつか紹介したい。

 

1、アルマジロの死体、ソーヤ家の調度品……リアルな美術に隠された事実

 

 映画がスタートし、若者たちの旅のシーンで最初に映るのはアルマジロの死体である。アルマジロの死体越しに道を走っていくバンが、これからの苦難を予感させて不吉だ。物語のムードをいかんなく表現した小道具なのだが、このアルマジロの死体は本物である。実は脚本では犬の死体の予定で、そのシーンも撮影されていた。それどころか、美術監督を担当したロバート・バーンズは、撮影の日に馬の死体が道端に倒れて腐っているのを発見して、それを使おうとしたのだ。

 しかしスタッフが、とても臭いからと近寄りたがらなかったので断念した。結果的に道端に死んでいるアルマジロを見つけ、これを剥製に加工して撮影に使った。トビー・フーパーは、さらに「車で轢いて内臓をまけ!」と命令したが、ロバートが反対してそのまま撮影された。トビー本人は記憶にないという。

 同じくロバート・バーンズの仕事しては、ソーヤ家の調度品も映画の異常性を際立たせている。家の中には動物の骨や犠牲者のパーツで飾られた家具がところ狭しと並んでいるのだ。ここまでの話の流れで察してると思うが、もちろんこの動物の骨も本物である(犠牲者のパーツはさすがに作り物だが)。

 ロバートは、農家で死んで遺棄された家畜の骨をかき集めて、それを加工した。さらにメイクのドロシー・パールが動物病院で働いており、動物たちのための大きな墓地を知っていた。ロバートはそこで発見した珍しい骨をナップザックいっぱいに詰め込んで、飛び上がって喜んだという。本当にソーヤ家の一員のようである。ポケットいっぱいのお菓子に喜ぶ子どものような、愉快なエピソードだ。

 これらの美術の真に素晴らしい点は、ソーヤ家の人々の「理解不能さ」だけを雄弁に物語っていることだ。ロバートは「“異常者ならこうするだろう”という考えが見えてはいけない。彼らの心理は探らずに生活感を出すようにした」と言う。素晴らしいと思う。まったく理解不能でありながら、確かにそこに何者かが息づいているという確信を与える。レザーフェイスのマスクは言わずもがな、奇跡的な美術もまた、この映画の主役だ。

 

2、現実でも受難の連続! 主演マリリン・バーンズがかわいそうすぎる

 

「目ん玉ひんむき絶叫ホラークイーン」として今もファンの間で愛されているサリー役のマリリン・バーンズ。テキサス映画委員で働いていた彼女は、地元で製作されるという長編映画の撮影に参加した。まさか地獄のような撮影現場が待っているとは知らずに。映画内で次第に増えていく彼女のアザは本物だ。時に化粧でアザを隠すという、普通のホラー映画とは逆のメイクが行われた。ドレイトンにホウキで殴られるシーンは、なかなかOKが出ず何時間も殴られ続けた。ドレイトン役のジム・シードウが手加減すると、トビー・フーパーは「本気に見えない」とNGを出した。OKが出た時には、彼女は気絶寸前だった。

 家の2階から窓を割って飛び降りるシーンも、スタント無しで撮影された。さすがにトビー・フーパーも「やめろ」と言ったが、結局マリリンは2メートルの高さから飛び降りた。みんなおかしくなっていたのだろう。マリリンは着地で足をくじいた。レザーフェイスから逃げる彼女が足を引きずっているのは演技ではない。本当に足をケガしていたのだ。

 椅子に縛られるシーンでは、肉体的にはケガをしなかったが、精神的に追い詰められた。猿ぐつわをされるシーンで、適当な布が見つからず、そこらにあった汚い布が口に詰め込まれたのだ。マリリンは言う。「本当に汚かったわ」。時間も予算もなく、現場は過酷だった。撮影中に椅子ごと倒れてしまったマリリンは、そのまましばらく放置されたという。汚い猿ぐつわをされたまま。

 この過酷な撮影を終え、衣装を脱いだ時は「もうこの衣装を着なくていいんだ。髪も肌も手入れできる」と最高の気持ちだったという。しかし数日後にトビーから「もう一回撮影したい」という電話がかかってきた。追加の撮影で撮られたのは、悪夢から解放されたサリーが血まみれで狂ったように笑うラストシーンだ。これは、悪夢のような撮影から解放された、マリリンの本気の笑いだという。

 

3、映画以上の恐怖! 地獄の「夕食シーン」

 

 極め付けは、映画の中でも重要シーンとなるソーヤ一家の「夕食シーン」だ。このシーンの撮影の時点で、スケジュールは押しに押し、ここは数十時間ぶっ通しでの撮影となった。だれもが疲労困憊のうえに、不幸なことに机の上にはニワトリの頭を使ったオブジェが置いてあった。テキサスの真夏の日中、光が入らないように密閉された室内は50度以上あり、オブジェは次第に腐り、悪臭を生じ始めた。照明の高熱にさらされた骨も焦げて、ヒドい臭いだ。換気する時間の余裕などあるはずもない。地獄の出来上がりだ。スタッフは次々具合が悪くなり、外に出て吐いた。さらに予算がなく衣装の代えがないので、演者はずっと同じ衣装を着ていた。特にレザーフェイス役のガンナー・ハンセンの衣装は1カ月以上洗うことができず、とんでもなく臭かった。メイクのドロシーは、もっとも印象に残っているのは「みんなの体臭のひどさ」だという。さらに、そこに追い打ちをかけたのが「動物の死体事件」だ。

「家の周りに動物の死体を並べよう!」と考えていたトビーとロバートは、動物病院から数体の動物の死体を手に入れた。しかし腐ってきたので、焼くことにした。トビーは、「ぜんぶなくなると思った」。しかし、燃料が足りなかったのだ。生焼けになった死体は強烈な悪臭を発し、その煙が撮影中の家の中に流れ込んできた。中と外の悪臭の挟み撃ちに襲われた撮影現場は、さらなる地獄と化した。それでも役者とスタッフはこのシーンをやりとげ、映画の完成までこぎつけた。実際にこのシーンは悪臭が匂いたってくるような鬼気迫る出来となっているのだ。

 

4、まさにいけにえ! レザーフェイス役のギャラは1万円だけ!?

 

『悪魔のいけにえ』といえば、レザーフェイスだ。犠牲者の人間の皮をかぶってチェーンソーを振り回す殺人鬼。しかし、どうやら子どものような精神を持っているという、数多くの殺人鬼ムービースターの中でも特異なマスターピースである。レザーフェイスを演じたガンナー・ハンセン、彼の無言の演技なくしては、これほどの素晴らしいキャラクターにはならなかっただろう。

 ガンナーは、もともと決まっていた役者が泥酔してモーテルから出てこないので、代役として雇われた。テキサスの灼熱の真夏で、32日間、毎日16時間に及ぶ撮影を彼はやりきった。1年以上の編集を経て、映画は公開され、「関係者の誰もが認められると思っていなかった」という大方の予想を裏切り、評論家の高い評価を受け初登場3位を記録した。興行収入は、何百万ドルにも達した。しかしどういうわけか、なかなかギャラが支払われなかった。

 レザーフェイスを演じたガンナーも、大ヒットで高額の配分をもらえることを期待していた。そして待ちに待った最初のギャラで支払われたのは、47ドルだった。信じられないことに、日本円にして1万円ほどだ。

 実は『悪魔のいけにえ』は、なかなか配給会社が見つからず、公開すら危ぶまれていた。そんな中、ブライアンストン社という配給会社が『悪魔のいけにえ』を買って公開することとなった。公開が決まり関係者は喜んだ。その会社が、「マフィアの会社」だと知るまでは。

 公開後に収益から権利分が配分されたが、何百万ドルという収益から彼らに支払われたのは1%にも満たない5,000ドルだった。マンガのような話だが、彼らはマフィアの会社に権利を売ってしまったのだ。簡単に言えば、とんでもない悪徳会社に騙されたのである。

 それだけでなく、撮影中に予算が尽きたトビーと脚本家のキムは、撮影を続けるために彼らの権利をすでに売っていた。そんなわけで、後にブライアンストン社を訴えて示談金が手に入れるものの、誰もあの過酷な撮影と、歴史的評価から、大金を手にすることはできなかった。本当の地獄は、公開後に待っていたのだ。真に人を食い物にしている奴らは現実世界の方にいた……という、出来すぎたオチでこの原稿を終わりにしたい。

 ちなみに、この一件があったからか、それ以降のガンナー・ハンセンは常にギャラのことでモメているイメージがある。『悪魔のいけにえ2』も『3』も、レザーフェイス役のオファーがあったが、ギャラの折り合いがつかず出演していない。ファンとしては、もう一度チェーンソーを振り回すチャーミングな元祖レザーフェイスが見たかったところだが、第1作の資金トラブルを知った今となっては「ギャラにこだわるのも仕方ないな……」と思う部分もある。そんなガンナー氏も、トビー・フーパーに先立つこと2年前に他界している。

 

●タカハシ・ヒョウリ
“サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。
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ポケモン映画20周年記念作『キミにきめた!』に隠された、初代脚本家・首藤剛志の“幻の最終回”

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『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』公式サイトより
 8月も終わってしまった。ということで“夏休み映画”もまもなく上映終了だ。夏休みといえば、大作映画や話題作が一挙に公開される季節。今年も各映画会社が社運を懸けたであろう邦画・洋画がめじろ押しだった。  僕も、全国ツアーの合間にいろいろと夏休み映画を楽しんだ。たとえば洋画では、なんといってもマイケル・ベイの『トランスフォーマー/最後の騎士王』がやりすぎですごかった。猛烈なジェットコースターっぷりでありながら、なぜか3時間もあり、まったく理解の範疇を超えていて、マイケル・ベイは頭がどうかしているとしか思えないクレイジームービーだ。  そして邦画では、ポケモン映画の20周年記念作『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』が最高だった。これがどれくらいよかったのかというと、ポケモン映画の金字塔と呼ばれる第1作『ミュウツーの逆襲』に匹敵するほどの「最高傑作」だと思うわけだ。  それも、最新作としての面白さ、「今のポケモン」としてのメッセージを保ちつつ、初期のポケモンのイメージも乱反射させた、長年のファンへのサービスもたっぷりの正しき「アニバーサリー映画」になっている。  というわけで、間もなく上映終了してしまうであろうポケモン映画のコラムを、まだ見てない人向けの「ネタバレなし編(赤)」と、もう見た人向けの「ネタバレあり編(緑)」の2本立てでお送りしたい。 ■「ネタバレなし編(赤)」  今年の劇場版は、ポケモン映画としては異例だった。ポケモン映画は、毎年新しい「伝説」や「幻」と呼ばれる特別なポケモンを主役に添えて公開され、すでに子どもたちの夏の風物詩となっているわけだが、今回は予告から「おや!? ポケモン映画の様子が……?」である。まず、ポケモン映画は第1作『ミュウツーの逆襲』から、昨年公開の『ポケモン・ザ・ムービーXY&Z ボルケニオンと機巧のマギアナ』(これもいい映画だった)に至るまで、タイトルに主役となる「伝説」「幻」のポケモンの名前を必ず冠してきた。19年間、一度の例外もなく、必ず、だ。  それが、今回初めて“ない”。代わりにタイトルに冠されたのは「キミにきめた!」。テレビアニメ版ポケモンの主人公・サトシが仲間のポケモンを繰り出す時に叫び続けてきた、定番のセリフだ。  さらに、パンフレットに目を向けてみると……。ポケモン映画の劇場パンフレットというのもまた、タイトルと同じように必ずメインとなる特別なポケモンが表紙を飾ってきた。しかし今作の表紙は、「サトシとピカチュウ」だ。  今作にも新しい幻ポケモン・マーシャドーが登場するのだが、主役はあくまでサトシとピカチュウということなのだ(それも、昨年までパンフレットの表紙を飾ってきた伝説ポケモンたちと同じく「横顔のアップ」の構図になっているのがニクい)。    これだけでも、今年のポケモン映画が「いつもとは違う」ことがテレキネシスのように伝わってくる。  そして最初に解禁されたキービジュアルは、サトシとピカチュウが夕景の空を見つめる姿だ。その先には、優雅に飛んでいく伝説ポケモン「ホウオウ」。これだけでピンとくる人もいるだろう。  アニメの世界でサトシとピカチュウの旅立った日、すなわち1997年の4月1日に放送された第1話のクライマックスで、サトシたちの前に姿を現したのがホウオウだった。この「ホウオウ」は、その当時まだ開発中だったゲーム「ポケットモンスター」シリーズの2作目『ポケットモンスター金・銀』に登場が告知されていた、言うなれば「まだ見ぬ」新ポケモンだった。  そのウワサの新ポケモンの登場にくぎづけになると同時に、当時ホウオウは「歴史に残るような天才の前にしか姿を現さない」という設定が語られていて、この前途多難そうなサトシとピカチュウのコンビにこれからどんな大冒険と栄光が待っているのか、僕らは胸を躍らせた。  サトシは言う。 「いつか一緒にあいつに会いに行こうぜ!」  そういうわけで、「ホウオウ」はポケモンアニメにとってちょっと特別なポケモンなのだ。そんなホウオウとの出会いをキービジュアルに添えたことからわかるように、今回のポケモン映画は20年前と同じ「サトシ旅立ちの日」が舞台。言うなれば、アニメ『ポケットモンスター』第1話のリメイクなのだ。  しかし、キャラクターにサトシの初期の旅の仲間たち(タケシ、カスミ)がいないことからわかるように、ある種のパラレルワールド、サトシとピカチュウの「もう一つの旅立ちの可能性」を描いている。  そしてその旅は、今の子どもたちはもちろん、サトシと一緒に旅をしたことがあるすべての世代に届く、感動的でちょっとビターなものになっている。  僕は、最初のポケモン赤緑からプレイした世代なので、20年前のポケモンアニメ第1シーズン(通称・無印)の第1話が放映された日、テレビの前で正座してワクワクしながら待っていた。あれ以来、20年間、ポケモンアニメはずっと側にあって、特に意識せずともふとした時にテレビを見たり、映画を見に行ったり、つかず離れずのいい関係性で一緒に歩んできたと思う。  そして、最新作『キミにきめた!』を見て、20年間好きでいられたポケモンアニメへの一つの大きな区切りがつけられた感じがしたのだ。  おそらくポケモンのアニメは、その人気が続く限り終わらない。サトシとピカチュウは、サザエさんやドラえもんのキャラクターのように永遠に年をとらないまま、終わらない旅を続けるだろう。  つまり、ポケモンアニメに真の意味での「最終回」はやってこないわけだが、今回の映画は一つの「最終回」の可能性を見せてくれる。少なくとも僕にとっては、あの日に見届けた旅立ちの、20年越しの終着点だった。「いつか一緒にあいつに会いに行こうぜ!」の「いつか」がやってきたのだ。  そんなわけで、サイゾー読者にもぜひ見てもらいたい今年のポケモン映画なのであった。 ■「ネタバレあり編(緑)」  さて、まだ見てない人はここから先に進んではいけない。  ピカチュウがしゃべった。  これは衝撃だったと同時に、とても感動的だった。  ピカチュウの想いが通じたことを表すシーンで、おそらくサトシのイメージの中の出来事なのだが、どんなにピンチになってもモンスターボールに入らないピカチュウが、その理由を「ずっと一緒にいたいから」という“言葉”でサトシに伝えるのだ。  ある意味、禁じ手とも思えるこのシーン。もちろんこんな演出は、ポケモンアニメ20年の歴史で初めてである。そもそもピカチュウは、なぜモンスターボール=ポケモンの捕獲装置の中に入らないのか?   これについては、初代ポケモンの脚本家・シリーズ構成であった首藤剛志さんがこんなことを言っている。 「いつまでも自己を失いたくないのだ。“自己を見失うな”ということも、このアニメのテーマにしたかった。ピカチュウは、サトシとは仲間であっても、サトシの所有物になりたくないのである」  ポケモンアニメを語る上で、初期のポケモンアニメを支えた首藤さんは決して無視することのできない存在だ。  今作のエンドロールにも「一部脚本・首藤剛志」のクレジットが映るので、多くの初代ポケモンアニメのファンたちを落涙させたとか、させないとか。  ポケモンアニメを貫くテーマや世界観の基礎は、この首藤さんの手による部分が大きい。原作ゲームの「ポケモン」と「トレーナー」の関係は、ともするとモンスターボールで捕獲したポケモンを「道具」のように扱って代理戦争をしているように映る。  実際にポケモンがどんなに戦い傷つき敗北しても、トレーナーは傷つくことはなく、(なぜか)お小遣いを巻き上げられて敗走するだけで、ポケモンもまたどんなに酷使されても死ぬことも文句を言うこともない。  対戦ゲームなのだから当然だが、首藤さんはこの「所有」の関係性がアニメに極力反映されないようにシリーズ構成を行った。「バトル」をアニメの主軸にせず、ポケモンとの「出会いと触れ合い」をアニメのメインテーマにしたのだ。  その結果が、ボールに入りたがらない=所有物になりたくない=自分の意思でサトシと旅をするピカチュウであり、ポケモンのために自分が傷つくことをいとわないサトシのキャラクターなのだ。  ポケモンの第1話、そしてそのリメイクでもある『キミにきめた!』で、出会ってからずっとサトシの言うことを聞かなかったピカチュウがサトシのために戦うことを決意するきっかけとなったのは、身を投げ出し、自ら傷ついてでもピカチュウを守ろうとするサトシの姿だ。  本来のゲームでは絶対に選択できないこの行為があることで、あくまでサトシとピカチュウはそれぞれが傷つき認め合った対等のパートナーであり、お互いの意思でこれからの旅がスタートすることを印象付けた。  首藤さんの作り出したこの導入がなければ、もしかしたらポケモンアニメは強力なポケモンを道具のように繰り出すバトルだけが延々と続く、ありがちな少年向けアニメになってインフレの末に短命で終わっていたかもしれない。  あくまでポケモンアニメのテーマは「勝利」ではなく「信頼」であること、それはシリーズが首藤さんの手を離れてからも繰り返し語られる。  そういう意味でも、このピカチュウがしゃべり「自分の意思でサトシと共にいる」と伝えるシーンは、長い年月を共に旅してきたからこそ成り立つシーンであり、かつポケモンアニメの根底に流れるテーマをもう一度浮き上がらせ言語化する、まさに20年間のポケモンシリーズのハイライトだった。  このシーンに象徴されるように『キミにきめた!』は、初代シリーズ構成の首藤さんの脚本を直接的にリメイクしただけにとどまらず、ちょっと味付けは甘めだが、首藤さんのイメージを受け継ぎつつ、「今のポケモン」として描き出したシーンが多く見受けられる。  ここで、ポケモンアニメにおける首藤さんについて、もう少し書いておきたい。  首藤さんの最大の功績は、サトシとピカチュウの関係性を作り上げたことともう一つ、あるキャラクターたちを創造したことにある。  悪の組織に属しながら、落ちこぼれでマイペース、あくまで独自の美学に基づいてサトシとピカチュウを付け狙うラブリーチャーミーな敵役、ロケット団のムサシ、コジロウ、そして人間の言葉をしゃべるポケモン・ニャースだ。  首藤さんは、子ども向けアニメの「優等生」的な制約の中で自由がきかない主人公チームに対比する、「遊び」がきく大人のキャラクターとしてロケット団の3人(?)を創造した。この存在が、ポケモンアニメにさらなる「抜け」を生んだのは間違いない。  かくいう僕も、ロケット団の3人が大好きで、何度も笑わされ、感動させられてきた。彼らの魅力は、「間抜け」で「落ちこぼれ」で「情けない」敵役キャラクターでありながら、やる時にはやる「自分たちの基準」を持っていて、実は本当の部分では孤高の存在であることだ。  だからこそ、どんなに間抜けでもかっこよく、その結果として何度空の彼方に吹き飛ばされようと、その敗北は清々しく希望に満ちている。アニメの文法にしたがった単純な「悪いやつ」でもなければ、「やっぱりいいやつ」でもない、自分たち自身でもどっちかわからないで画面の中でドタバタ右往左往しながら、その都度自分たちの信じる行動を選択していく。  首藤さん風に言うなら、迷いながらも「自己存在を失っていない」キャラクターたちなのだ。そう、ポケモンアニメのキャラクターたちからは、「自己存在」というテーマが見えてくる。そして、そのテーマが結実したのが、首藤さんが脚本を担当した劇場版第1作『ミュウツーの逆襲』だ。  この映画は、コピーされた生命を題材にとった「自分とは何か?」というダイレクトな「自己存在への問いかけ」がテーマだ。作られたクローン生命であるミュウツーとコピーポケモンたちは、自分の“本物”と戦い勝つことでしか“自己存在”を見つけられないと考えている。こうして自己存在を懸けて、コピーポケモンと本物のポケモンが傷つけ合う。ミュウツーも、自らのクローン元であるミュウと激突する。  そんな中、相手を傷つけることを拒否するポケモンがピカチュウと、クローンと一緒にただ月を眺めているニャースだ。ロケット団のニャースは、人間になりたくて、人間の言葉をしゃべれるようになった、非常に変わったポケモンだ。人語習得という大技に力を使い果たしたばかりに、進化したり、新しい技を覚えることすらできない=もはやポケモンとしての機能を持っていない、という設定もある。ピカチュウと同じくモンスターボールには入らず、ムサシとコジロウともあくまで「同僚」であり「対等な仲間」だ。彼はポケモンでありながら、人間でもある、言うなれば「境界線上のポケモン」といえる。そしてそれは、ポケモンでもなければ、人間でもない、「何者でもない」ことでもある。  そう、「自己を見失わない」ということは、「誰の所有物にもなれない=どこにも属することができない」ということと背中合わせなのだ。ピカチュウもまた、トレーナーの所有物でもなければ、野生のポケモンでもない。  彼らは、自分たちの自己存在の曖昧さを抱えながら、それでも「自分でいよう」という選択を続けてきた。だから、「何者でもない」葛藤を恐れないし、そのために他者を傷つけることを選ばない。この戦いを見て「昔の自分を見るようで、今の自分を見るようで、やな感じ~」と嘆く、ムサシとコジロウ。彼らも「悪役」でもなければ、「正義の味方」でもない。組織の中で出世することもできなければ、誰に感謝されるわけでもない。それでも「自分」でいようとしてきた彼らは、「他者」の存在を否定しない。 「自己存在を失わない」者は、「他者との共存」を選択できるんじゃないか。これもまた、首藤さんがポケモンシリーズに込めた想いの一つでもある。実は、ポケモンアニメは放送開始の段階では1年、そのあとも長くとも4年で終わる予定で、首藤さんはすでに最終回の構想を持っていた。  この『ミュウツーの逆襲』にも、幻の最終回へとつながる要素がちりばめられているという。このプロットは、いろいろなところに掲載されていると思うので、ここでは手短に話そう。 ***  ある日、「ポケモンと人間の共存は不可能」という結論に達した両者が対立し、大きな争いになっていく。ポケモン側のリーダーに担ぎ上げられたピカチュウは、サトシと共に戦いを止めようとするが事態は改善せず苦悩する。  そんな中、奮闘するのが、あのロケット団の3人だ。彼らの存在が、人間とポケモンにとっての「共存」の道標になり、さらにミュウツーも現れる。  ピカチュウ、ロケット団、ニャース、ミュウツー……みんなその葛藤を抱きながらそれでも「自己存在」を求めて旅を続けてきた。次第に彼らは「自己存在への問い」に答えを見いだしていく。 「自己存在のある限り、我々はどんな者たちとも共存できる」という答えを。  ……年月がたち、老人になったサトシが過去のことを回想している。ピカチュウとの冒険の日々は、少年時代の幻想だった。  ポケモンたちは、少年時代のサトシの目を通して見ていた架空の存在だったのだ。翌朝、目を覚ましたサトシは、また少年の姿。しかし、その世界にポケモンはいない。今度は現実の世界で、自分を探し、他者との共存を目指す旅が始まるのだ。 ***  このプロットには、いつか虚構(ゲーム)の世界と別れ、現実へと回帰して自分の世界で一歩を踏み出してほしい、そしてその世界で「自己存在」と「他者との共存」を目指してほしいという首藤さんのメッセージが感じ取れる。  さらに、この幻の最終回のプロットを見ると、今回の『キミにきめた!』の中にいくつかのイメージが反映されているのがわかる。  特に、「老人になったサトシ=サトシのような服装の老人・ボン」「ポケモンのいない世界=マーシャドーによりサトシの見た夢(?)の世界」の2つは顕著だ。  しかし、映画ではこれらの意味合いが反転して使われているのも面白いところだ。首藤案では大人になりポケモンのいる世界に別れを告げている老人サトシだが、映画に登場するボンという老人はホウオウを20年間追いかけ続ける「ポケモンを卒業できない大人」なのである。  これは、首藤さんの言うところの「虚構の世界で夢に酔いしれている、外見だけは大人で心はいつまでも子ども」そのものである。  そして、20年たった今もポケモンの世界を卒業しないでいる、僕を含むファンの姿でもある。さらに、「ポケモンのいない世界」がマーシャドーの見せた「悪夢」的な空間として描かれているのも印象的だ。最終的にサトシは、ピカチュウの存在を思い出すことで、ポケモンの世界へと回帰する。  しかし、ここの描き方に違和感を覚える人もいるのではないだろうか? これ、もしかしたらポケモンの世界のほうが夢なのではないか、マーシャドーの影響で少年の純粋さを失いかけたサトシが「ポケモンの夢」から覚めかけてしまったのではないか……などと、妄想すればきりがないが、とにかく首藤さんのイメージを乱反射させつつ、その解釈は逆になっているのもまたこの映画の面白いところなのである。  首藤案では、最後にポケモンのいない世界での冒険が始まるところでエンドマークとなる。「ポケモンの世界」と決別しながら、これから視聴者の子どもたちが飛び込んでいく現実の世界に希望を持たせるエンディングだ。  対して『キミにきめた!』のラストシーンは、いつも映画の冒頭に流れる「ポケットモンスター、縮めてポケモン」から始まる「ポケモン」の存在をもう一度再確認するナレーションが流れる。  これはサトシと、それを見守る僕らの旅がこれからも続いていくことを予感させる、虚構の世界(ポケモンワールド)の希望に満ちたものだ。  この2つのエンドマークが指し示しているものは、大きく違う。  ポケットモンスターは、スタートした時からは想像できないくらい長い歴史と多くのファンを持つようになった。アニメのポケットモンスターも、もちろん首藤さんだけのものではないし、首藤さんが関わらなくなってからのポケモンアニメの歴史のほうがはるかに長いのだ。  多くの人々が共に歩んできて、これからも歩んでいくポケモンにとっては、今のエンディングがふさわしいのだろうと思う。 『キミにきめた!』は、首藤さんをはじめ、原点であった「かつてのポケモンアニメ」へのリスペクトと、「今のポケモンアニメ」としてのメッセージや挑戦が融合した映画だ。その2つが、まったくの別物だとは思わないが、やはり同じものであるともいえない。  ポケモンアニメは変わり続けてきた。これからも今の子どもたちに届くような新しい進化を続けていくだろうし、それを願っている。  ただ、20周年という節目に、過去と現在のポケモンをつないでくれた『キミにきめた!』は、20年に一度のポケモンアニメからの素晴らしいギフトだった。それだけは記しておきたい。 ※首藤剛志さんの発言等については、「シナリオえーだば創作術 だれでもできる脚本家」(http://www.style.fm/as/05_column/05_shudo_bn.shtml)からの引用です。首藤さんが自身のキャリアについて独特の筆致で書き残した素晴らしいコラムです、興味のある方はご一読を。 ゴジラ映画史上最大の異端児坂野義光監督に捧ぐ『ゴジラ対ヘドラ』にまつわるエトセトラの画像2 ●タカハシ・ヒョウリ “サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。 HP:http://www.owarikara.com/ ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/ Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw

“ゴジラ映画史上最大の異端児”坂野義光監督に捧ぐ『ゴジラ対ヘドラ』にまつわるエトセトラ

ゴジラ映画史上最大の異端児坂野義光監督に捧ぐ『ゴジラ対ヘドラ』にまつわるエトセトラの画像1
『ゴジラ対ヘドラ 東宝DVD名作セレクション』(東宝)
『ゴジラ対ヘドラ』という映画がある。  ゴジラシリーズの11作目として1971年に公開されたこの映画は、シリーズ最大の「異色作」ともいわれ、一部ゴジラファンの間で熱烈な人気を誇る。  当時の社会問題であった「公害」が受肉し、そのまま実体化したような怪獣「ヘドラ」と、ゴジラが戦う――。新怪獣とのバトルが通例となっていたこの時期の娯楽路線のゴジラにおいて、ヘドラは異端の対戦怪獣だった。  そもそもゴジラは、人間の生んだ「核」という負の領域からヌッと現れた怪獣だ。54年の第1作『ゴジラ』で、人々はその存在に戦争の亡霊を見いだし、恐怖した。その脅威を排除するために全力を尽くし、沈みゆくゴジラに自らの過去も重ねて祈りを捧げた。  それから時がたち、地球の、子どもたちの味方になっていったゴジラの前に立ちはだかったのは、くしくも同じ人間が生んだ「公害」という負の領域からヌッと現れたヘドラだ。言うなれば、ヘドラは70年型の「新ゴジラ」だった。  この映画では、メッセージを背負っているのはゴジラではなく、ヘドラのほうなのだ。子どもの声に応えてどこからともなく現れたゴジラは、もはや実態を持たない、子どもたちが生んだ妄想のヒーローのようにすら見える。重量もなければ、奥行きもない、書き割りのようだ。そして、ヘドラは強い。ゴジラが対峙した怪獣の中でも最強の部類だ。  感情を見せず、ただヘドロやスモッグを吸いつくし、全身から有害物質をまき散らし、無尽蔵に成長することだけを本能としている。それはそのまま、公害を撒き散らしながら膨れ上がる日本の姿を暗示している。メッセージを持った敵は強い。  痛みも感じず、体が崩れても死なないヘドラに対して、今作のゴジラは鬼神のように立ち向かう。新たな「ゴジラ」であるヘドラに勝つには、自身の「ゴジラ」を取り戻すしかない。敵の「重さ」をむしり捨てるように、ヘドラの肉体をえぐり取っていく。  これはゴジラにとって「アイデンティティー」の戦いなのだ。  そこには余裕に満ちたヒーロー然とした姿はなく、ただ目の前の脅威を消滅させるために泥にまみれ、片目を潰され、腕は白骨化し、人類の武器まで利用して、満身創痍で辛くも勝利する。夕日に照らされ、死にゆくヘドラを傍目に佇むゴジラ、そこにかぶさる荘厳なコーラス。その姿は、自らの亡霊を葬り去っているかのようだ。第1作で沈み行くゴジラを見つめた人々と、ゴジラがダブる。  映画は、「そして、もう一ぴき?」という新たなヘドラの出現を予感させるスーパー(字幕)で終わる。  これもまた、新たなゴジラの存在を予感させた第1作目の『ゴジラ』と同じだ。  僕は、この『ゴジラ対ヘドラ』こそが、第1作目の『ゴジラ』に迫ることができた唯一のゴジラ映画だと思っている。そこには、監督の「ゴジラには、その時代の文明批評的なメッセージが必要だ」という並々ならぬ想いがあるからだ。  この映画を監督したのが、坂野義光さん。生涯において、メインの監督作はこれ1本。そして、その坂野さんは、5月7日に亡くなった。享年86歳。  少し自分の話をしたい。人にはそれぞれの「特撮」を卒業するタイミングがある。僕にも、特撮を卒業しそうなときが二度あった。一度は、小学校高学年になったとき。アニメや漫画やゲームに夢中で、特撮番組を見なくなった。これは、ほとんどの人が特撮番組を卒業する至極まっとうなタイミングで、多くのクラスメイトも戦隊ヒーローの話をしなくなったし、怪獣ソフビを買ったり、ウルトラマンのガチャガチャを回す人もいなくなった。  でも、そのときハマったアニメとその監督が、特撮のDNAを持っていることに気づき、すぐに戻ってきた。  そのアニメは『新世紀エヴァンゲリオン』で、監督は雑誌でスペシウム光線のポーズを決めている庵野秀明さんだった。  次のタイミングは中高生のときで、こちらのほうが大きかった。音楽に目覚めたのだ。それまで漫画家志望だったのに、一夜で音楽家に変わった。とにかく曲を作ったりする人になりたかった。特に「サイケ」と言われる音楽が妙に気に入った。どこまでがハードロックで、どこらへんがサイケで、どこからがプログレかよくわからなかったが、反復されるリズムや、エコーの効いたボーカル、主役のオルガン、ワウ、ファズが気に入った。  子どもの頃に好きだった特撮に対する興味は薄れて、音楽に夢中になった。  そんな時に、何かの雑誌で「ヘドラはサイケだ!」という一文を見つけた。言われてみれば、子どもの頃に見た『ゴジラ対ヘドラ』は変な映画だったよな……と思い返し、レンタル屋で借りて見てみた。  そこからの91分。開始早々に突如流れる「かえせ!太陽を」というサイケデリック歌謡曲、「水銀、コバルト、カドミウム……」と公害物質を連呼するAメロ、「かえせ!」「かえせ!」の大合唱、子どもからゴジラに捧げる作文、オタマジャクシのようなヘドラの融合と成長、ボディペインティングの歌姫と、魚人間が踊り狂うゴーゴークラブ、荒削りなバンドの演奏、麻雀中にヘドロに巻き込まれて死ぬサラリーマン、ヘドロに沈むメガネ、32分割されるニュース映像、赤ん坊の泣き声、不吉なアニメーション、バタバタと倒れる女子学生、めちゃくちゃ唐突に白骨化する通行人、富士の裾野100万人ゴーゴー(100人くらいしかいない)、役に立たない自衛隊、そして悲痛なまでのゴジラの死闘、強烈なイメージの数々が流れ込んできた。  この瞬間、自分の「好きになった物」と「好きだった物」がつながり、直列電流のような強力な電気が体内を走った。 「おれ、こういうのが好きなんじゃん!」  人生が決まってしまったような瞬間だった。  それ以来、僕は自分が好きになるものを、直列電池のようにつなぎ合わせて生きてきた。一人の人間のことだ。同じリズムの中で愛したものに、古いも新しいも、はやりもダサいもない。 『ゴジラ対ヘドラ』は、僕の中で大きな作品となった。  さて、冒頭で書いたように坂野さんは、この『ゴジラ対ヘドラ』の1本しかメインでの監督をしていない。もともと東宝で黒澤明監督はじめ数々の巨匠の助監督を務めた経験のある坂野さんは、70年の大阪万博・三菱未来館での映像制作を大成功させ、新進気鋭の監督として抜擢された。その記念すべき1作目が『ゴジラ対ヘドラ』だったのだが、それだけのキャリアを持つ坂野さんがこれ1本しか監督をしていないというのは不思議な話だ。一部では「坂野義光は“ゴジラを飛ばして”東宝の逆鱗に触れて、干された」ともいわれている。 『ゴジラ対ヘドラ』のクライマックス、死闘の末にヘドラを追い詰めたゴジラだったが、ヘドラは使い古した肉体を脱ぎ捨てるように脱皮し、飛翔して逃げ出してしまう。それを追いかけるべくゴジラが取った行動は、尻尾を抱え込むようにして丸まり、口から地面に向けて放射火炎を噴き出したのだ。その「逆噴射」ジェットで空に飛び上がったゴジラは、そのまま飛行してヘドラを追いかけ、体当たりで叩き落とす!  それまでのゴジラにはなかった強烈なこの「空飛ぶゴジラ」のシーンが、坂野さんが「ゴジラを飛ばした男」とまで呼ばれる由来だ。  しかし、公開後にこのシーンを見たプロデューサーの田中友幸さんが難色を示し、「ゴジラのキャラクターを変えてもらっては困る」「坂野にはもう特撮映画は撮らせない」と述べたという。真偽のほどはわからないが、日本映画の斜陽とも重なり、この数年後に坂野さんは劇映画の世界を離れることとなる。  では、これで坂野さんの映像作家としてのキャリアは終わってしまったのか?  そんなことはない。むしろ、ここから坂野さんは、その行動力と企画力で、数々の功績を残していく。 まず、坂野さんは助監督時代から培ってきた水中撮影の技術で、数々の水中映像のドキュメンタリーの傑作を生み出していく。困難に直面しながらも、水中撮影のノウハウを切り開いてきた坂野さんは、日本の水中撮影のパイオニアと言っても過言ではない。  さらに万博での経験から、大型映像の未来を予感した坂野さんは、独自に日本初の大型映像「ジャパネックス・システム」を開発。80年代には、大型映像用のコンテンツの制作にも積極的に関わっていく。  いまやIMAX3D、4DMXなどの大型上映システムが映画の主流になっているが、坂野さんは40年も前からこの未来を予測し、その普及と発展に尽力してきた。  そして坂野さんの夢は、この大型映像システムで、もう一度ゴジラの映像を作り出すことだった。2003年、坂野さんはIMAX3D用にゴジラとヘドラが登場する短編を企画し、東宝との権利契約も締結する。  しかし、この『新ゴジラ対ヘドラ』は資金難に直面し、企画は頓挫寸前になってしまう。転機は10年、この短編3D映画の企画がとある人物の目に止まり、そこから「坂野版3Dゴジラ」は、さらに規模を拡大してハリウッド製作の長編映画として生まれ変わることとなる。  その人物が、レジェンダリー・ピクチャーズのトーマス・タル会長であり、その企画から生まれたのが、14年に公開されたギャレス・エドワーズ監督作『GODZILLA』だったのだ。この大作映画のスタッフロールに、坂野さんは「エグゼクティブ・プロデューサー(製作総指揮)」として大きくクレジットされた。  坂野さん自身の願いであった「環境問題に根ざしたシナリオとメッセージを」という想いも反映され、原子力発電所の事故を背景としたシナリオが完成した。  坂野さんは、自らのデビュー作であり、自身が特撮映画の世界を去るきっかけともなったゴジラの世界に、40年ぶりに帰ってきたのだ。そして、それはゴジラ映画自身の10年ぶりの復活でもあり、その復活の仕掛け人がゴジラ映画史上最大の異端児だった、というオマケ付きだ。  こんな痛快なことがあるだろうか?  スタッフロールに出た「YOSHIMITSU BANNO」の名前に、多くの『ゴジラ対ヘドラ』ファンは感動した。この坂野さんの企画書からスタートしたレジェンダリー版ゴジラは、今後も続編が予定されており、坂野さん亡き後も続いていく。  長年の夢を実現させ「新ゴジラ」をハリウッドで完成させた坂野さんだが、まだまだやりたい企画が山ほどあるようだった。14年、僕が見に行った坂野さんのトークショーでも、ヘドラが登場する新しい企画を進めたいと語っていた。  最近も、福島第一原発事故により新たなヘドラが登場するという『新ヘドラ』の企画を進めていたという。亡くなる直前まで、いくつもの企画を構想し、最新の映像技術を追いかける「現役映像作家」だった坂野さん。  そのエネルギーを『ゴジラ対ヘドラ』という1本の映画の中で追体験できる僕らは幸福だ。そして、坂野さん自身による『新ヘドラ』は残念ながら実現しなかったが、人間がいる限り、その陰から生まれる怪獣もまた、必ずいる。  新たなゴジラ、新たなヘドラは、時代の陰からヌッと現れてくるだろう。だからこの原稿も、このスーパーで終わる。 「そして、もう一ぴき?」 参考文献:『ゴジラを飛ばした男 85歳の映像クリエイター 坂野義光』 ゴジラ映画史上最大の異端児坂野義光監督に捧ぐ『ゴジラ対ヘドラ』にまつわるエトセトラの画像2 ●タカハシ・ヒョウリ “サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。 HP:http://www.owarikara.com/ ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/ Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw

「ラーメンは減点法の食べ物」である

「ラーメンは減点法の食べ物」であるの画像1
イメージ画像(足成より)
「おいしさ」や「味」を定義する言葉というのは、たくさんある。たとえば「とってもフルーティー」。これ、相当難しい言葉だと思う。僕は、生レバ刺しを食べると、よく「とってもフルーティー」と言う。そのたびに、周りからは意味不明だと非難の声が上がる。しかし、僕の中では、新鮮でおいしいレバ刺しは「フルーティー」以外の何ものでもないのだ。プリプリと、まるで果実にようにみずみずしく、さわやかささえ漂ってくる。「いや、フルーツ味じゃないし」と言われたら、それはおかしいと反論する。「フルーティー」が果実にだけ使われる言葉だとしたら、果実は当然全部フルーティーに決まってて、そんな言葉は必要ないだろう。なら「ホタティー」という言葉があったら「このホタテ、すごいホタテ味で、とってもホタティー!」と使うのか? ホタテ関係にしか使えないのか? ここでは、フルーティー=果実そのものでなくても「果実のように」おいしいものやみずみずしいものも指す言葉に違いないのだ。味ってさ……それくらい自由なものなんじゃないんか? と、一語でもこんなふうに開幕と同時に侃々諤々と議論する。  いかように、「食」にまつわる言葉は難しい。「味」や「おいしさ」「食べ物へのイメージ」は人それぞれの主観的なものだし、万人を納得させる「食言葉」は意外と少ないのではないか。  この手の「食」にまつわる言葉をいろいろと思い浮かべると、最高の市民権を得ているのは「空腹は最高のスパイス」ではないだろうか? これに異を唱える人は少ないだろう。「いやいや、聞いてくれよ! 俺はおなかいっぱいのときのほうが、なんでもおいしくなる!」っていう人がいたら、それは病気か呪いだ。子どもでも老人でも「空腹は最高のスパイス」なのは間違いない。この言葉の持つ圧倒的メジャー感、メインストリーム感はすごい。ロックでいうビートルズ、漫画界でいう手塚治虫のような、燦然と輝く金字塔だ。  さて、最近、僕には非常にお気に入りのラーメン店がある。一番ハマっていた時期は、わざわざ電車に乗って毎日のように通った。このラーメンを食べたときには、ちょっとそれまで味わったことのない感動があった。10席もない小さめのラーメン店なのだが、すべてにおいて非の打ちどころのないラーメンを出す。烏骨鶏のラーメンで、ハム状のしっとりした鳥チャーシューと、気の利いた旬の青野菜が添えられている。トッピングはワサビというのも変わり種だ。そのラーメンを何度か食べながら、「いったい、こんなに俺のハート(と胃袋)を撃ち抜くこのラーメン、ほかのラーメンと何が違うんだ?」と考えた。確かに、とてもうまい。ズルズル。しかし、うまいラーメンには、人生の中でたくさん出会ってきたはずだ。ズズーッ……。では、このラーメンだけ何が違う……? ゴクリ。  すると、食べ終わった瞬間に、あることに気づいたのだ。食べ始めたときにおいしいのは当然なのだが、食べ終わったときの満足感が違うんだ、ということに。一口目の「うま~い」という100点の気持ちが、最終的に最後の一口を食べるときまで下方修正することなく100点で「うま~い」のだ。グラフに表すと横一直線。昔からラーメンについて思っていたのは、一口目はおいしいけど、食べ進むうちに急降下していき、最終的に本当の意味での満足を得られない食べ物なのではないか……? ということだ。どんな食べ物でもそういう傾向はあると思うが、ことラーメンは、その傾向が強いんじゃないか、という疑いが拭えなかった。店に入ったときのワクワク感、「これからラーメン食べてやるぜ!」という気合が、「うひょ~、こんなにおいしい食べ物があっていいのかしらん」という一口目を経由し、食べ進むほどに減退していき、店を出るときには満腹感と同時に、一種特有の倦怠感に変わっている。グラフに表すと……表さなくていいか。とにかく、これが僕の抱くラーメンのイメージであった。「いや、当然だろ、それが普通だろ」「お前が年取っただけだよ!」と憤りの諸兄。僕もそう思っていた。しかし、それが、このラーメンにはなかったのだ。店に入ったときのワクワク気分と、店を出るときのウキウキ気分が同じなのだ。アンビリーバボー。まさに奇跡体験。  つまりこのラーメン、「減点法で100点」なんだ! 一口目が100点のラーメンは幾度となく出会ってきたかもしれない。しかし、減点法で最後まで100点のラーメンには出会ったことがなかった。自分がこのラーメンにスペシャルを感じたのは、その最後まで面倒見てくれる懐の広さによるものだったのか、自分は、こういうラーメンを探していたのか、と。ラーメンを食べて己を知る。白い烏骨鶏スープに映る自分の顔をじっと見る(映らない)。ラーメンは、己を映す鏡なのかもしれない。  というわけで、この経験から僕がたどり着いた食言葉を、ここに書き残しておきます。 「ラーメンは減点法の食べ物」  いかがだろうか。皆さんは共感していただけるだろうか? 「ラーメンは減点法の食べ物」であるの画像2 ●タカハシ・ヒョウリ “サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。 HP:http://www.owarikara.com/ ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/ Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw