「主人公が羨ましくて発狂しそう」
ディビの作品には、そんな感想が絶えない。デビュー以来、ひたすらに女性上位で責められる主人公を描き続けてきた。独特の画風と、漫画の文法を逸脱した文字の洪水は、羨ましさを越え読者の四肢と五感を物語に接続したような快楽を与えてくれる。9月に刊行された2冊目の単行本『甘く奏でて』(ワニマガジン)を経て、さらに溺れる読者を増やし続けるディビ。これは、その無二の世界に触れる初のルポルタージュである。
* * *
「主人公の少年……実くんが……隣のお姉さん家に連れこまれて……お姉さんがだんだん妖しい雰囲気になってきて……冷たい指先が、シャツのすそをまくり上げながら、トリハダをかすめるようにつぅ……って……脇腹を這い上がっていく感覚に……」
ああ、愛しいお姉さんの匂いがする。自分の肌を這い回っている、しなやかな指。きみの筋肉の少ない、線の細い身体の上を楽器を奏でるように、するすると走っていく。時に爪を立てながら、乳首を、脇の下を、きみの身体の気持ちいいところなど、最初からお見通しといわんばかりに、指は這い、音を立てる。
こちょこちょ、くりくりくり、こちょこちょこちょ、なでなで、かりかり
きみの身体は、反応する。気持ちよさを求めて過敏に反応する。そうすれば、もっと気持ちよくなれるという、おずおずとした期待感が、本能的に過敏さを増幅させるのだ。衣擦れ、肌の触れあう音、心臓の音。奏でる楽器の数だけ興奮は積み重なっていく。
ドキン、ドキン、ドキン、ドキドキ、ぞくぞく、ぴくん、ぴくん。
きみのリピドーを邪魔する知性は、一つの言葉に上書きされていく。気持ちいい。ただ、ひたすらに気持ちいい。で、この愛しいお姉さんは、きみの耳元でささやいているのだろうか?
「……いいですよ……もっとしてあげます。ていうか……ああ、もう……たまんない……めちゃくちゃにさせてください」
きみは、きみ自身だと思っている。紙に黒いインクで印刷された。あるいは、液晶の画面の中に表示される数百万個の素子の集合。その結果として表示されているもの。窓ガラスから差し込む陽の光の下で。天井で輝く蛍光灯の下で。あるいは、暗い部屋の中で煌々と輝く画面の中で。きみは、椅子かソファに座るか、寝転んでいるかしている。どちらかの手は、本かスマートフォンを支えている。噴き出す快感の泉の源は、どこだろう。フリーなほうの手が優しく上下したり、ぎゅうっと握りしめたり耐えず運動をしている股間だろうか。いや違う。その快感は、もはや日々の習慣に裏打ちされたありきたりのもの。快感はもっと違うところにある。
視神経を通して脳に流れ込んでくる情報。それは、理屈ではない興奮でぐっちゃぐちゃにかき回されている。かき混ぜて練り上げられる感覚の中から生まれるのは、より上質な気持ちよさ。やがて脳から溢れ出た快感は、全身に回っていく。身体の中を足の指の先から頭のてっぺんまで突き抜けるリピドー。身体はとてつもなく正直に、もっと快楽の高みだけを求めている。ふっと、視神経から入ってくる情報に目をやると、そこには、きみ自身の言葉がある。
きもちい……きもちいいれす、もっと、もっとして絵……ひっく、えぐ……えぐ、えぐ
すっかりと、とろけきった身体。それは、きみの身体。そうではないと自信をもって否定することのできる人などいない。で、きみは確かに作品にひっかかった、何万人目かの男になる。
ひっかかった男の大半は、きみみたいに何かを期待して本を買ったはず。けっして、現実ではたどり着くことのできないエロマンガならではの表現を期待して。でも、この本……『甘く奏でて』(ワニマガジン)は、そうじゃなかった。9月下旬の本の発売された日、日本列島の大半は雲に覆われていて、発達した前線は、冷たい雨を降らせていた。でも、その日のうちにどうにかして本を手にしたかった。もう、書店には平積みになった本が待っているのはわかっていたから。早々とネットで予約して、今か今かと呼び鈴が鳴るのを待っていた人は幸運。きみは、そうだったかも知れないけれど、そうでない、ぼくは、どうしても、その日のうちに本が欲しくて雨の中を街に出た。
待つか出かけるか、違いはあるにしても、その本は一分一秒でも手に入れたいものだった。だって、既にひっかかっている、きみやぼくは、そこに紛れもない気持ちよさがあることがわかっていたのだから。流れていく時間の中で、習慣のように繰り返されるマスターベーション。それとは違う、最良の気持ちよさ。特別な日の特別なごちそう。そのようなものが、待っているのを知っていたのだから。
なんで、そんな気持ちになるか。それは、きみ自身が感じていることと一緒。目の前を流れていく、描かれた物語だけではないから。囁かれる言葉、音、それらは、きみをとろけさせる。その果てにあるのは気持ちよくなっている、きみ。描かれている男性は、きみ。きみは、描かれている男性。感情の洪水は、描かれた架空の物語と、きみとの境界を消失させる。ここまで、括弧でくくったりした言葉は『甘く奏でて』の中の一篇「薄い本みたいに」の引用。舞台のはじまりは、大学の漫画研究会の部室。主人公は、後輩の女の子と二人きり。二人で話す話題は、最近話題になっている綺麗でエロい作風の同人誌。
「今度……貸してくれる」の一言をきっかけに、意図せずやってきた女の子の部屋。ふと、見つけるのは、その子の描いている漫画の原稿。で、話題にしていた同人誌の作者は、その子自身。意図せずに暴かれるのは、主人公が自分でも昇華しきれていなかった、自身の性の芯の部分。年齢の上下など関係なく、後輩はたちまち、お姉さんになる。きみのことなど、とっくにお見通しとばかりに。
「部室でも私の漫画読んで興奮していたでしょう……男の子が初恋のお姉さんにぐちゃぐちゃにされちゃう……えっちなえっちな、おねショタ読んで……勃起していたでしょう」
世界の色を変える決めの一言は、耳元でささやかれる、優しくて暖かくて冷たく刺すような一言。「マゾの香りがします」。それは架空の物語のはず。二人っきりの後輩は、単なる大学のサークルが同じの薄い関係なんかではない。恋でもなく、未成熟だけど、どこか薄ぼんやりと、お互いの小指に赤い糸のあるのではないか。少なくとも、主人公は、そんなことを考えたことがありそうな関係。そんなことは、微塵も描いていないけれど、常にかすかに香っている。そんな世界観の中で、いつしか主人公は物語の架空の存在から、きみへと変容していく。コマを追うたびに、ページをめくるたびに少しずつ。そして、きみは、気持ちよさに激しく悶えるのだ。
あらゆる作品との出会いがそうであるように、どの作品でひっかかるかは、人それぞれ。ただ、通底しているのは、はっと気がついた時には、ほかにはない作品からわき出す快感の中に溺れている。ページを埋め尽くすように活字で刻まれる言葉。その隙間もなくするかのように、書き文字で描かれる、気持ちよさそうな言葉と擬音。きみの身体も、お姉さんの身体も、曲線の印象的な独特の造形。それらは、とろけるようにして身体のあらゆるところから、侵入してくるような感覚を与えてくる。
ぼくが、最初にこの快感に出会ったのは、これから出る単行本に収録予定の『ラクロス沼』。掲載誌は、ムック「オトコのコHEAVEN」(メディアックス)の30号。ふと、中身も見ずに買った巻末に、その作品は載っていた。それが、単に「主人公受け」だけの作品だったら、流して読んで終わってただろう。お姉さんが男の娘になっても、芯の部分はやはり同じ。きみ自身が、否応なしに快楽の回路を全開にされて溺れていく作品だった。それも、やっぱり偶然の出会いから始まるものではない関係性を匂わして。
この作品の一ページ目。タイトルの後ろで部活のラクロスに励むヒロイン。それを、心ここにあらずと眺めているのは主人公。そして、二ページ目。夕暮れ時、片付けを手伝った主人公と校内を歩くヒロイン。
「A組の橋本君だよね。ありがとね、片付け手伝ってくれて」
二人の関係はずうっと遠い。でも、赤い糸は僅かな言葉で、ぎゅうっと二人を近づける。
「あのさ、前からお前見かけるたびに思ってたことなんだけど……みんな気づいてないみたいだけどお前……男だよな……?」
「……そうだよ……って、言ったら?」
ここまで僅かに三ページ。三ページ目の最後のコマ。主人公の服の裾を引っ張るヒロインの手のアップ。何が、二人の距離をそんなに近づけたのか。どうして、主人公はそのことに気づき、こうして、それを問うに至ったのか。描かれない、背景部分の心情。それが、行為以前から興奮をかき立てる。本を手に取り脳裏に浮かぶのは、新たな欲望。「こんな風になりたいな……」。でも、本当に読者が、ひっかかるページは最後にあった。ラスト三ページ。体育館裏で、男の娘相手に挿入し、行為を終え帰ろうとする主人公の袖を、ヒロインは再び引っ張る。
「……何言ってんの?」
一拍のコマ。
「まだ、帰さないよ?」
左のページ目をやれば、一転ヒロインに尻穴を開発されきって、快感に啼いてる主人公。浴びせられるのは、言葉の洪水。
「橋本くん……かわいい。すごくかわいいよ……とってもえっちな声で鳴けるゆになってきたね……うんうん、大丈夫分かってるよ?おしりがたまらないんだよね?おしりのあな拡げながらゆっくり入ってきた熱い熱いおちんちんに前立腺ぷりぷり虐められながら奥のきもちいいトコロつんつんってされると腰の骨がとろけそうに気持ちいいんだよね?彰君のカラダおちんちんでおしり可愛がってもらわなきゃ満足できないようにちゃんと調教してあげるからね」
漫画の基礎において、長いセリフというのは読者に読み飛ばされる恐れのある禁忌。でも、どうだろう。一文字も読み飛ばしたくはない。漢字と片仮名と平仮名とを使い分け、目で追う文字は耳から入るヒロインの囁きと錯覚する。それが脳をとろとろにしていく。例え文字の一つでも読み飛ばしたくはない。文章でいえば行間の感覚と、長いのに読み飛ばす部分がどこにもない活字と書き文字。そして、画風と。それらに、ぼくは完全に、ひっかかった。「ディビ」という、おそらく絶対に埋もれないであろう作者の名前を、絶対に見逃すことなく記憶しておこうと思った。
それが2016年の秋のこと。最初の単行本が出たのは冬、12月に入ってからのことだった。キルタイムコミュニケーションから出た『その指先でころがして』は、商業誌デビュー作である『女子刑務所の刑務官は僕の転職でした』などの初期作品も収録したもの。きみも、冒頭から収録された、発情期の猫耳お姉さんとメイドさんとが気持ちよくしてくれる「発情と調教のあいだ」に酔いながら、それも一日でなったものではないと知ったのではないかな。やっぱりここでも、言葉の洪水は身体のあちこちから侵入して、本を手にした人を、戻って来られないところへと運んでいた。独特のエロスと可愛さとが同居する人物造形のセンスに魅了され、興奮しながら、もっと言葉を噛みしめたい。そんなリピドーを慰めてくれたのが『甘く奏でて』であった。収録作「取材協力」で、新人編集者の主人公が訪れたのは、官能作家のお姉さん宅。
脱稿間近の原稿の音読を求められて、緊張しながら読み始める主人公。ページをめくれば、見開き二ページを丸々使って小説の音読が続く。おおよそ漫画にはあり得ない表現。それでもなお、作者自身のリピドーは治まらなかったのか。単行本の巻末、通例は同業者の応援コメントだとか、作者のお礼や雑感がイラストと共に掲載される、あとがきページを丸々三ページ使って短編小説が収録されている。溢れるリピドーを浴びせられて、ぼくは作者自身にも興味が沸いた。作者を知ろうとすれば、今は便利な時代。Twitterもあればpixivもある。Twitterをさがせば、きみやぼくと同じような人もたくさん。限られた文字数で感想を述べてる人だけでなく『甘く奏でて』を一度に五冊も買った人。それらのひとつひとつをリツイートして、お礼のコメントをつけている作者。ずうっと過去のツイートを見ていけば、村上春樹とか小説の話題も。ここまで単行本は二冊。それだけでは待ちきれなくて、雑誌やムックも読んでいるけど、泉はまだ沸きだしたばかりとしか見えない。描かれるのは、男の娘も含めて女性上位のシチュエーション。マゾに歓迎される前立腺責めに射精管理。その結果としてのメスイキの気持ちよさ。でも、ひっかかるのは、それだけではない。背景にある、まだ沸きだしていない泉も含めて、ぼくらはすっかり、そこの虜になってしまっているのだ。
そう思った時、ぼくに新たな感情が生じる。「いったい、作者はどんな人なのだろう」。
こうして、ぼくはディビに初めての連絡を。住んでいるのは山梨県。「最寄りの駅はないので、甲府市内で会いましょう」。すぐに予定を決めて、取材の日を心待ちにする。
待ち合わせたのは、瀧の流れる中にはを望むラグジュアリーなホテルのカフェテリア。ほかに客はおらず、大きな窓から陽の光が綺麗に降り注ぎ、瀧の音だけが響く中で、ゆっくりと待ちながら改めて単行本のページをめくる。
この乙女たち、セイレンたち、妖しい言葉で、架空と現実とのボーダーを行き来する感覚を導き出すその創造主は、いったい如何なる人物なのか。その答えは、待ち合わせ時間きっかりに。
薄いグレーのジャケットに、黒いスキニージーンズ。セルフレームのグラスが締まった印象を持たせる。それが、ディビの第一印象。挨拶に続いて始まった、物静かな語りは、漫画家というよりは文学青年に近かった。なにより、ゆっくりとした語りには、豊かな知識と洞察力。自らの内で燃えさかるものを出す時と場所とを心得た教養人の趣。
二年前……というから、初めての単行本が出た年に勤めを辞めて、漫画家専業となったディビ。なのに、漫画家になることを思いたってから、まだ10年も経っていない。
「趣味で描いていたら、こうなった……」
常に何かが燃えさかっている作品を、まったく感じさせない静かな口調での一言に、ぼくは一気に虜になる。
「初めて漫画を描いたのは……」月並みな質問に、ディビは我が意を得たりと、すぐに答える。
「キルタイムコミュニケーションから、声をかけられて。それまでは、イラストばかりで……」
そういって、ディビは少しはにかんだ顔。
デビュー作の「女子刑務所の刑務官は僕の転職でした」が掲載された電子コミック『刑務所で喘ぐ女たちVol.2』(キルタイムコミュニケーション)が配信されたのは、2015年3月。それまで、漫画としてコマを割って描いた作品は僅かに数作。あとは、イラスト。いずれもpixivで公開していたが、まさにディビ自身が言うとおりに趣味の範疇といえるもの。はじめてイラストで性を描いたのは、その2年ほど前の2013年10月。最初に描いたのは『艦隊これくしょん -艦これ-』の大井と北上の百合イラスト。その次に描いたのは、男の娘。その前は、エヴァンゲリオンであったりとかSF系のイラストばかり。
「漫画を描こうとして描き始めたんじゃないんです。漫画で飯を食べる気もなかったし。小説もそう。漫画も小説も大好きで、村上春樹は好きだけど、自分で書こうとは思ったことなんてなくて……」
また、少し笑う。
自分で作品を創って生きていこう。そんな意識以前に、絵筆を執ったこともなかった。大学では建築を学び、授業で図面を引くこともあった。だから、建築を見て回ったり、絵を見ることは好きだった。でも、自分が絵筆を執ることは、まったく意識の外だった。それが「今すぐ書きたい」に変わったのは瞬間の出来事。2009年。映画館で『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を観た時だった。
ぼくの脳裏にも、序に続き破を映画館で観た時の興奮が再生される。「どこに、そんなにはまる要素が……?」
「全部」
ふっと真剣な顔。
「全部……?」ぼくが次の質問に詰まっていると思ったのか、ディビのほうが言葉を繋ぐ。
「ストーリーよりはシーンですね。エヴァが走るところとか」
この時「やられた」と思うまで、さほど熱心に作品を観ていたわけではなかった。オタク文化全般についてもそうだった。高校の頃に好きだった漫画は『ONE PIECE』。大学の時、実家を離れて暮らした地方都市には、アニメイトはあったけれども、あまり足を運ぶこともなかった。同人誌即売会も、コミックマーケットにはいまだに足を運んだことがない。一度、一般参加でコミティアにいったことがあるだけ。日々、親しんでいる文化の中に漫画やアニメも分別なく存在はした。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を映画館で観たのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』も、たまたま映画館で観ていたからというだけ。映画やアニメなど映像作品には、熱心になれる性質ではない。今も昔も、時間を割くのは漫画と小説。序の時から、映画館で見たのは、友達に誘われたという偶然の産物。その偶然の産物が、意識を変えた。
「ほんとうに、度肝を抜かれて……人生の中で人生観が変わった映画を挙げろといわれたら、迷うことなんて……」
で、何かを描きたい、つくりたいと思った。
「今までずっと貯めていたのが、あれで溢れたのだと思うんです。それまで、つくろうという意志は漠然とはあったかもしれないけど……」
何が噴き出したのかはわからないが、とにかく沸きあがってくるものに突き動かされた。「まずは、イラストを描いてみよう」。大学の研究室には、Photoshopが入っていた。そこにある機材で、どれくらい絵がかけるのかもわからなかった。なにより、他人の目もある場所でエロはもちろんのこと、キャラクターの絵など描きにくい。これなら大丈夫だろうと思ってフランク・ロイドの建築で有名なカウフマン邸を描いた。コメント欄には「滝の上にある実在の建築です。通称落水荘。 …かんぷなきまでにもりがかけない」と記した。が、しかし、それで、たくさん「いいね」がもらえたりコメントをしてくれるはずはない。ただ、自分がどれくらい描けるのかだけは、わかった。
それが2009年の6月。そこから、絵を描く練習が始まった。それから数年間、ディビがpixivにアップしたイラストは、様々。エヴァンゲリオンのほか葛葉ライドウ。SF風なしずかちゃんや、メカと宮崎アニメの組み合わせ。pixivで公開するイラストの間には膨大な練習もあった。写真を見ながら描いてみたり、デッサンを重ねる。ともすれば、モラトリアムな若者にありがちな淡い情熱。でも、ディビはそうではなかった。大学を卒業した後、実家に戻りサラリーマンになった。学生から社会人になると、自ずと自由になる時間は減る。それでも、描き続けた。
「描き始めたのが遅いから、量でカバーするしかないと思ったんです……」
当初、SF風なイラストを描いていたのは、弐瓶勉をはじめSF作品を好んだいたからだ。「それが、なぜ、エロに移ったんでしょう……」そう問うと、ディビは少し困った顔。
「うーん、自分で謎です」
「きっかけがあったのでは……」
「なんでだろう……どうだったかな……」
「年相応に、エロ漫画も読んでいたでしょう」
「そう、それまでエロメディアにあまり触れていなかったんです。谷崎潤一郎も嫌いじゃ無いけど、影響を受ける程じゃないし」
「pixivで描いたものが初めての……」
「そう、最初に書いたヤツ……なんで描いたんだろう……」
初めて描いた、本格的なエロは2013年10月にpixivにアップした『シドニアの騎士』の二次創作「シドニア裏百景・緑川纈の調教部屋(男の娘注意)」。ここで初めて、現在の作品のルーツが生まれているのだが、これもまた生まれた理由がわからない。
「自分にマゾ性があるとしたら、自覚したのはいつ頃からなのか……」明解な答えなど出ない。
「生まれつき、最初からじゃないですか」
「影響された作品とかも……」わかっていても、とりあえず聞いてみる。
「昔から……人生を思い出しても、それ以外で興奮したことがない……」
人並みに恋愛もセックスも経験したこともある。でも、興奮するのは、それ。好きなキャラクターを問えば出てくるのは『動物のお医者さん』の菱沼さんと、漫画版『風の谷のナウシカ』のクシャナ様。
「これも意識はしてなくて……菱沼さんはキャラとして好きなだけだけど、クシャナ様は、心底いい……」
「本当に、いつからそうなのか」何か、思い出すことはないかと、ぼくは再度問う。
「はっと気づいた時には、そうなっていたから……。だから、女性上位が当たり前。たぶん、そうでなければ、一本も描けない……」
また、照れ笑いを浮かべて恥ずかしそうに語る。言葉で自分を飾ったりすることもなく、ただ正直に。だから、少し恥ずかしい。
と、言葉は少ないがエロを描いたことで、何かがディビに降臨した。それから12月まで、コマ割りをしてみたり、一枚絵にしてみたり。『シドニアの騎士』と『艦隊これくしょん -艦これ-』をテーマに描くこと12作品。13作品目でたどり着いたのが、オリジナル。「男の娘が後輩に虐めぬかれるエロ漫画」というタイトルのそれは、絵が発展途上なことを除けば、完全に現在の作風の原型だ。男の娘、ケモノ耳、おねショタ……。そこから、商業誌から声がかかるまで、一年と数カ月。それは、幸運というよりは必然。そう、まだ絵は発展途上。でも、手書きで刻まれる女性上位の責めの言葉。そこにあるのは、オリジナリティ。股間どころか、快楽中枢を直撃する魔法の呪文。
それも、やっぱり描きたいように描いていたら、生まれたもの。
「漫画の書き方のような本……読んだことなくて……漫画の文法はあんまり考えずに描き始めたんで」
設定をじっくり考えたことなんてない。キャラクターの姿形も考えない。まず一番最初に考えるのは、台詞。台詞が生まれてから、プロットを考え、ようやくキャラクターの番。計算して「読者にここで、こう……」とは、微塵も考えたことはない。ぼくが、ちらちらと気になる登場人物の恋愛感情も、まったく意図することの埒外。
「無意識で考えてるかも知れないけど……自然に入っているだけ。漫研の話とかは、達成できなかった青春があるのかな……」
ふっと思い出す青春の後悔も、今は笑い飛ばせるもの。だから、ディビは、また、はにかんだ笑顔。その裏表のない性格が、作品にも響く。
「されたいことを描いているだけで、されたくないことは描かない。えーと、一番されたいことは……悩むなあ」
やりたいようにできないのなら、作品をつくる意味などない。ほかの人がどうやってるかは気にしない。で、生まれたのが、ページを埋め尽くすような文字。これも、描きたいように描いてたら、自然となっただけ。
「文字が多いと興奮するわけじゃないけど……そのページで伝えたい情報を、全部描いたら、こんな風に……」
描きたいものは、自室のホワイトボードに次々と描きだしている。掲載する先が、男の娘専門だとか、最低限の縛りを除けば編集者は、ディビの描くことに意見しない。だから、思いついた順に描いていく。どれも描きたいものだから、一作ごとに前よりも、次はと、作品の濃さは増す。過去の作品を振り返るのは苦痛。読み返すことは、ほとんどない。とりわけ最近、濃さを増すのは下着とポーズ。そう、ポージングにデッサン人形なんかは使わない。シワや筋肉の歪みを除けば、すべて脳内で組み立てる。
「実際にできる動きをしたかったら、漫画である必要がない。アダルトビデオとか3D人形でやればよくなっちゃう……」
そうやって、一作品にかける時間は約1カ月。作画よりも、プロットのほうが時間が多め。そうして考えているうちにも、責めの言葉は次々と浮かぶ。ホワイトボードもまた、これから描きたい作品と、使いたい責めの言葉で余白はない。無数のセイレンたちが、解き放たれる時を、待っている。
そんな創造主でも、人の評価は、やっぱり気にはなるものだ。
「読者の反応は、すごく気になる。気になるけど……だから、やることを変えようとは思わない」
で、本を手に取り熱狂する人は、ディビが考えているよりも多かった。中には女性の読者もいる。実家暮らしとはいえ、漫画を描くだけで暮らしも成り立つようになった。おお、まさに漫画家志望者が憧れる階段を、一段一段と踏みしめている。でも、小さな成功に安住するなんて色気は、まったく無縁。仕事の合間は、読書と土いじり。そして、時々、ロードバイク。
「欲しいものは……うーん4Kの液晶タブレットと、新しい自転車」
ディビの名前と作品とを、賞讃の言葉と共にネットでよく見かけるようになったけど、大家は中堅でも、ベテランでもないのは当たり前。それもそのはず、がむしゃらに描いて、評価されても、満足してるかと思えば、まだ全然。とりわけ、ヒロインは、そう。
「まだ、全然しっくりこない……特に、顔の造形とか表情は、自分の理想になってない。吐く言葉は出来ているし、頭の中ではできてるんだけど……」
だから、今はがむしゃらに描かなければいけない。練習もする。そう、自分がこうありたいという未来の目標も、まだ霧の向こう。
エロは描きたい、でも、エロ以外でも……。
「そう、エロは今のスタイルしかかけないけど……一般作は描きたいものが……そう、SFだったら無限にかけるなあ。もともと、SF作品に憧れて描いてきたから、そんな要素の入ったエロも描いているけど……一般作でも描いてみたいなあ……」
「宇宙は好き?」そう問えば、ディビはふっと顔つきが熱く、嬉しそうになる。
「ええ、はやぶさが帰ってきた時、ぼくは本当に泣きそうになって……描けるかどうかは別として宇宙開発の話は描いてみたいなあ。今は、講談社のブルーバックスとか一人で読んでるだけだし……」
「宇宙の話をできる友達は……」少し、ディビの表情が曇る。
「仲間はいないかな……あまり興味がないだろうから、話さないようにしてるし」
ふっと見せる寂しそうな顔。それに、ぼくはドクンとした。ああ、きっとインタビュアーが、あるいは、ぼくが女のコなら。きっと、ディビの手を握って「上に、部屋を取りましょ」といっている。そう、ディビ自身の中から、性別を超えた彼が描くセイレンたちの妖しい魅力の泉が涌きだしている。描かれる男も女もディビ自身。描く作品が、自然と今のものになっているのは、ペンの先からあふれ出している。好きなキャラクターとして、菱沼さんとクシャナ様をあげることの意義。それは、魂の中に秘められた、されたいことの被虐性。したいことの嗜虐性が同居していることの表象。人間の弱い部分と強い部分。アンビヴァレンツなものがとろけあい、共存している。優しさは強引さで、常識は非常識。そんな魂が、ふと垣間見えた時、男も女も関係なしにドクンとするのは当然のこと。いわば、天性のジゴロ。それが、紙の、液晶画面の向こうに渦巻くもの。そんなディビの作品が、18禁の枷を越えて、一般作として生まれ時に、読んだ人はどうなってしまうのか。ぼくや、きみが味わうのとは違う、快感の虜になってしまうのか。
で、今のディビは、前立腺も射精管理も、まったく体験のままに描いている。でも、それは、単に機会がなかったから。ファンに誘われ、まずはSMバーに行くのが、ディビの近々の楽しみ。
間違いない。そこでの経験は、またホワイトボードを埋め尽くす。モノクロ原稿に、白い部分が見えないほどに描きこまれる。やったね! とけちゃうような! 死んじゃうような!快楽の深淵! きみも、ぼくも身を委ねることができる。これからもずうっと! ただ、ページをめくるだけで。
(文=昼間たかし)

