子役・城桧吏にパルムドール『万引き家族』で注目が集まる今、柳楽優弥が示す「14年後」

「第71回カンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞であるパルムドールを受賞!」

 2018年5月20日、このニュースは各メディアで一斉に流され、直後には作品名がネット上の話題ワードにランクインした。カンヌ国際映画祭で日本映画がパルムドールを受賞したのは、1997年の今村昌平監督作『うなぎ』以来、21年ぶりのこと。まさに快挙である。同作品は日本では6月8日から全国の映画館で公開されることが決まっている。

 受賞ニュースから2日が経ったが、いま同作品に出演している子役の城桧吏(じょう・かいり/11)が大きく注目され始めている。『万引き家族』は、家族ぐるみで万引し生計を立てる一家の物語で、城はリリー・フランキー(54)と安藤サクラ(32)が演じる夫婦の息子を演じている。同作品への出演はオーディションにより決まったそうで、オーディション時に城桧吏が部屋に入ってきた瞬間、是枝監督は「この子だとピンときた」のだという。たしかにまだあどけなさの残る顔立ちながら、強く光を放つ目が印象的だ。

 城桧吏は現在都内の小学6年生。映画やドラマ出演のほか、大手芸能事務所スターダストプロモーション所属の若手俳優で構成される「EBiDAN」の小学生ユニット「スタメンKiDS」でも活動中だ。スタメンKiDSには公式インスタグラムもあり、覗いてみると現在フォロワー数は3252人と芸能人のインスタグラムにしてはちょっと少なめ。投稿数は544件で、投稿には平均して400~500のいいねが押されている。誰がどの曜日にインスタ投稿するかが決められているようで、城の担当は火曜日。ちなみに1週間前の火曜日には「桧吏がカンヌで頑張っているため藤マネが代わりに更新」のコメントをつけ、マネージャーらしき人物が城の写真をアップしている。この作品で注目を浴び、日本国内でのテレビドラマやCMなどへの出演依頼も増加していくだろう。

 是枝作品に出演し、時の人となった子役といえば、やはり多くの人が2004年に是枝監督作品の『誰も知らない』に出演した柳楽優弥(28)のことを考えずにはいられないのではないだろうか。当時14歳だった柳楽は、同作品で第57回カンヌ国際映画祭・最優秀主演男優賞を受賞。これは日本人初の快挙、しかもカンヌ史上最年少での受賞となったことで知られている。今回是枝作品に出演した城は、当時の柳楽とどことなく風貌が似ており、とくに強い目力は共通しているようにも思える。

 14歳で天才子役と騒がれ世間の注目を一身に集めた柳楽優弥。その後、いくつかの作品に主演・出演するも、やがて仕事のオファーが段々と途切れていく。柳楽は2016年に受けたあるインタビューで、14歳からのブレイク直後の自分のことを「天狗なんてもんじゃない。わがままで生意気でした。ガキのくせして『やる意味がない』とか言って偉そうに仕事を断ったりして。それによって周りに迷惑をかけていることにも全く気づいていませんでした」と述べている。わがままで扱いづらい天才子役を周囲も持て余すようになり、それが仕事の減少につながってしまった、と認識しているのかもしれない。

 しかしそれだけではなかった。わずか14歳の幼さであまりに大きな栄光を手に入れてしまったこと、その後のプレッシャー、仕事の激減。精神的に追い詰められていたであろう柳楽は激太りと激ヤセを繰り返すようになった(1日8食食べていたこともあったそうだ)。2008年8月には自宅にて安定剤を大量に服用し急性薬物中毒で病院に運ばれる事態に。自殺を図ったのではないかとの憶測も飛んだが、当時柳楽はホームページで「家族といい争いをしている最中、ついカッとなってしまって」「通っている医師の方から処方していただいた安定剤をいつもより多めに飲んでしまうという行動を起こしてしまった」と自殺未遂を否定している。だが少年が突如としてまつりあげられ、芸能界で右往左往し、苦しい思いをしたことは確かだろう。

 柳楽優弥は2009年、19歳でモデルで女優の豊田エリー(29)と結婚、翌年10月には第一子となる女児が誕生している。同じ頃、車のディーラーや洗車のアルバイトも行ったという柳楽は、2011年にNHKの企画でハリウッドの地に飛び俳優修業を行っている。それを契機に、現在はコンスタントに活動する若手実力派俳優となった。まだ28歳なのだ。ちなみに2017年度は6社のコマーシャルに出演している。

 5月22日、スポーツ紙が「城桧吏に世界が熱視線」とのタイトルの記事をインターネット上に発信したところ、すぐに多くのコメントがついた。「あまりちやほやしては、結局は本人が潰れることになってしまう」「持ち上げない方がいい」「柳楽優弥の二の舞になる」との声も多い。しかし紆余曲折あれ柳楽は立派な俳優となった。

 たしかに城の周囲の大人は彼が天狗にならないよう、芸能以外の知識も身につけられるように見守り、導く必要があるだろう。だがだからといって、いわゆる普通のいい子の型に当てはめる必要なんてまったくない。注目されているいまだからこそやってくるオファーはたくさんあるはずだ。奇しくも柳楽優弥は城桧吏と同じく、所属事務所はスターダストプロモーションである。柳楽をマネジメントしてきた同事務所は、今この喧騒をどう捉え、乗り越えればいいのか熟知しているはずだ。

(エリザベス松本)

子役・城桧吏にパルムドール『万引き家族』で注目が集まる今、柳楽優弥が示す「14年後」

「第71回カンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞であるパルムドールを受賞!」

 2018年5月20日、このニュースは各メディアで一斉に流され、直後には作品名がネット上の話題ワードにランクインした。カンヌ国際映画祭で日本映画がパルムドールを受賞したのは、1997年の今村昌平監督作『うなぎ』以来、21年ぶりのこと。まさに快挙である。同作品は日本では6月8日から全国の映画館で公開されることが決まっている。

 受賞ニュースから2日が経ったが、いま同作品に出演している子役の城桧吏(じょう・かいり/11)が大きく注目され始めている。『万引き家族』は、家族ぐるみで万引し生計を立てる一家の物語で、城はリリー・フランキー(54)と安藤サクラ(32)が演じる夫婦の息子を演じている。同作品への出演はオーディションにより決まったそうで、オーディション時に城桧吏が部屋に入ってきた瞬間、是枝監督は「この子だとピンときた」のだという。たしかにまだあどけなさの残る顔立ちながら、強く光を放つ目が印象的だ。

 城桧吏は現在都内の小学6年生。映画やドラマ出演のほか、大手芸能事務所スターダストプロモーション所属の若手俳優で構成される「EBiDAN」の小学生ユニット「スタメンKiDS」でも活動中だ。スタメンKiDSには公式インスタグラムもあり、覗いてみると現在フォロワー数は3252人と芸能人のインスタグラムにしてはちょっと少なめ。投稿数は544件で、投稿には平均して400~500のいいねが押されている。誰がどの曜日にインスタ投稿するかが決められているようで、城の担当は火曜日。ちなみに1週間前の火曜日には「桧吏がカンヌで頑張っているため藤マネが代わりに更新」のコメントをつけ、マネージャーらしき人物が城の写真をアップしている。この作品で注目を浴び、日本国内でのテレビドラマやCMなどへの出演依頼も増加していくだろう。

 是枝作品に出演し、時の人となった子役といえば、やはり多くの人が2004年に是枝監督作品の『誰も知らない』に出演した柳楽優弥(28)のことを考えずにはいられないのではないだろうか。当時14歳だった柳楽は、同作品で第57回カンヌ国際映画祭・最優秀主演男優賞を受賞。これは日本人初の快挙、しかもカンヌ史上最年少での受賞となったことで知られている。今回是枝作品に出演した城は、当時の柳楽とどことなく風貌が似ており、とくに強い目力は共通しているようにも思える。

 14歳で天才子役と騒がれ世間の注目を一身に集めた柳楽優弥。その後、いくつかの作品に主演・出演するも、やがて仕事のオファーが段々と途切れていく。柳楽は2016年に受けたあるインタビューで、14歳からのブレイク直後の自分のことを「天狗なんてもんじゃない。わがままで生意気でした。ガキのくせして『やる意味がない』とか言って偉そうに仕事を断ったりして。それによって周りに迷惑をかけていることにも全く気づいていませんでした」と述べている。わがままで扱いづらい天才子役を周囲も持て余すようになり、それが仕事の減少につながってしまった、と認識しているのかもしれない。

 しかしそれだけではなかった。わずか14歳の幼さであまりに大きな栄光を手に入れてしまったこと、その後のプレッシャー、仕事の激減。精神的に追い詰められていたであろう柳楽は激太りと激ヤセを繰り返すようになった(1日8食食べていたこともあったそうだ)。2008年8月には自宅にて安定剤を大量に服用し急性薬物中毒で病院に運ばれる事態に。自殺を図ったのではないかとの憶測も飛んだが、当時柳楽はホームページで「家族といい争いをしている最中、ついカッとなってしまって」「通っている医師の方から処方していただいた安定剤をいつもより多めに飲んでしまうという行動を起こしてしまった」と自殺未遂を否定している。だが少年が突如としてまつりあげられ、芸能界で右往左往し、苦しい思いをしたことは確かだろう。

 柳楽優弥は2009年、19歳でモデルで女優の豊田エリー(29)と結婚、翌年10月には第一子となる女児が誕生している。同じ頃、車のディーラーや洗車のアルバイトも行ったという柳楽は、2011年にNHKの企画でハリウッドの地に飛び俳優修業を行っている。それを契機に、現在はコンスタントに活動する若手実力派俳優となった。まだ28歳なのだ。ちなみに2017年度は6社のコマーシャルに出演している。

 5月22日、スポーツ紙が「城桧吏に世界が熱視線」とのタイトルの記事をインターネット上に発信したところ、すぐに多くのコメントがついた。「あまりちやほやしては、結局は本人が潰れることになってしまう」「持ち上げない方がいい」「柳楽優弥の二の舞になる」との声も多い。しかし紆余曲折あれ柳楽は立派な俳優となった。

 たしかに城の周囲の大人は彼が天狗にならないよう、芸能以外の知識も身につけられるように見守り、導く必要があるだろう。だがだからといって、いわゆる普通のいい子の型に当てはめる必要なんてまったくない。注目されているいまだからこそやってくるオファーはたくさんあるはずだ。奇しくも柳楽優弥は城桧吏と同じく、所属事務所はスターダストプロモーションである。柳楽をマネジメントしてきた同事務所は、今この喧騒をどう捉え、乗り越えればいいのか熟知しているはずだ。

(エリザベス松本)

『コンフィデンスマンJP』最大の魅力=長澤まさみが楽しそうなところ!

 5月も下旬、春クールの連ドラも折り返し地点にさしかかっている。近年視聴率が振るわない傾向にあるフジテレビ系の“月9”『コンフィデンスマンJP』が、奮闘中だ。リアリティの薄い世界観なのをいいことに、“コンフィデンスマン=信用詐欺師”こと、ダー子(長澤まさみ)、ボクちゃん(東出昌大)、リチャード(小日向文世)の3人組は、やりたい放題。そのハチャメチャぶりが爽快な視聴感を生んでいる。

 特に長澤まさみの楽しそうな演技が印象に残る。彼女が演じるダー子は、あらゆる職業の専門知識を驚異的なスピードで習得して、その職業の女性になりすましてターゲットに接近する。1話完結作品なので、視聴者は週替わりで様々な職業の長澤まさみに出会う。10~20代前半の頃の長澤まさみは清純女子を演じるイメージが強かったが、まもなく31歳の誕生日を迎える彼女は今作で自由に活き活き動き回っている。グラマラスなのにハニートラップは下手という設定も遊びがあるし、「華」と「愚」のバランスが取れていい。

 5月14日放送の第6話での長澤まさみは、考古学マニアに扮してターゲット・斑井(まだらい/内村光良)に接近していたのだが、リアクションといいビジュアルといい、もはやコントぎりぎり。しかし長澤まさみが煌びやかな装いで華やかな笑顔を振りまいていればそのほうが魅力的なのかというと、女優ってそういうものでもない。ターゲットを騙す作戦会議の途中、テンションの上がったダー子の「くうぅぅ~おもしろいぃぃ~」、お尻をアップダウンさせながらの「発掘、発掘!!」など、台詞や動きもコミカルでキュートだ。

 また、『コンフィデンスマンJP』自体、スカット系一話完結ミステリーを期待すると肩透かしをくらう、トボけた味わいのドラマでもある。たとえば第6話は、ボクちゃんが思い入れを持つ山奥の山村で進む産業廃棄物処理場の建設工事を中止させるべく、ダー子とリチャードに協力を求める。遺跡を発掘されれば中止になるというダー子の助言で、ボクちゃんは工事現場にアルバイトとして潜入し、リチャードに借りた縄文土器を「見つけた」とねつ造報告。当然即バレる。

 その後もあれこれ策を弄するが、結局すべて偽の遺跡であることがバレ、産業廃棄物処理場建設工事は続行するものの、なんだかんだでハッピーなエンドを迎える……。これまでの話同様、相変わらず騙し方がゆるゆるで、ツッコミどころは少なくない。しかし大がかりなのに雑な信用詐欺と、簡単に騙される切れ者なはずのターゲット、二転三転するけどあっさりした展開、バカバカしいやり取りなどは、軽快で奔放。重厚な人間ドラマや、切ない後味を好む視聴者もいるだろうが、それは『コンフィデンスマンJP』ではない作品に求めてほしいところ。『コンフィデンスマンJP』は軽くて面白い、それで十分ではないだろうか。

子供を可愛いと思えない母親は変なのか?「全て義務感からやっています」

 親は、子供が産まれた瞬間から、その子を全力で愛し慈しむものである……。果たして本当にそうなのか。日々起こる子供の虐待死事件や、ネグレクトなどの報道を見るにつけそこに疑問が浮かぶ。事件に至らないまでも、親の多くは……特に出産直後から育児を主として担う母親である女性は、我が子を可愛いと思えない瞬間や時期があるように思う。決しておおっぴらにはそんな話はしないが、発言小町でそんなアンタッチャブルな相談をぶっこんできたトピ主がいた。

どう頑張っても我が子をかわいく思えない
 トピ主(30代女性・会社員)は同年代の会社員夫との間に3歳の男の子を育てているが、のっけから「生んだ義務感だけで3年間育ててきました」とこう切り出す。息子に「お母さん大好き」と言われても心の琴線に触れず、嬉しいと思えないのだという。だが満面の作り笑顔で「お母さんの方が10倍〇君のことを好き!」と“女優演技”で返している。なぜなら、息子が道を誤って将来お荷物になられたら困ることと、もともと完璧主義なトピ主であるため、子育ても(内心はもうどうしようもないのでともかく)形だけでもきちんとしないと気が済まないからだ。

「息子の幸せが保証されるなら、息子がいなくなっても構いません。
保育園や色々な方から素直で賢くよく笑い、お目目くりくり可愛い、頭がいいと言われます。
もりもり食べ、片付けもでき、ワークは6歳レベル。お利口だと思います。
私は時短ながら社内で何度も表彰され仕事充実、
夫は協力的で朝の送りや飲み会、友達との外出も快く家事育児引き受けてくれ、息抜きも充分。
義両親とも良好で、何不自由ない生活を送れていると思っています」

 完璧なワーママであるトピ主は料理にも手を抜かず毎日手料理を作り、毎週の休みにはピクニックや博物館など息子が喜ぶレジャーに出かける。絵本の読み聞かせも毎日欠かさない。また花図鑑を持って出かけ、息子と二人で道端の花を調べたり、仕事終わりに親子教室に週2通わせ(本人が喜んでやっているからだという)、1日50回以上「ねえねえお母さん」と質問&延々妄想の作り話にも全て真面目に返答し、邪険にはしていない。むしろわざと間違えたり、質問してみたり、ノリノリ演技をしているのだそうだ。

 だが「ここまでやっているにも関わらず、息子とのやり取りが楽しいとか興味があるとは露ほども思えません。全て義務感からやっています。息子が喜ぶ姿をみても、ああ義務が果たせたと思うだけ」とトピ主は綴り、こう問いかける。

「なぜなんだろう?
同じような方いらっしゃいますか?
子が可愛いからこそ子育ては大変でも頑張れるのだと思いますが、
原動力がないのに必死に女優を演じるのが厳しいです。
何かアドバイスをいだだけましたら幸いです」

 原動力がないのにここまで女優(トピ主に言わせると)を演じきっていることがすごい。まあ……子育てをしている&してきた者であれば、必ずしも毎日子供のことを愛しいと思えないことがあるということはよくわかっているだろう。だがトピ主はそれが出産から毎日続いているということのようだ。原動力がないとは書いているが冒頭あたりに「道を誤って将来お荷物になられたら困る」「もともと完璧主義」とも書いているので、その辺が大きく関係しているのかもしれない。

 親は子供を24時間365日全力で愛するもの、特に母親はそうあるものである、という神話が浸透しているので、こんなことはリアルの世界ではなかなか話せない話題ではある。だからか、コメントは、トピ主への批判もあるのだが、意外にも『同意』意見が多く書き込まれた。

「娘がいますが、小さい時の相手が苦痛でした。
子供ならではの可愛さなんて、あまり感じられず。
早く大きくなって対等な会話が出来たらいいな・なんて思いながら子育てしてました。
娘は10代後半になり、大人と対等に会話をしています。
一人の女性として意見交換が出来、娘がいて良かったな、楽しいなと思えています」

「私は何も考えず2人産みましたが、下の子が大変過ぎて生まれて4歳くらいになるまで記憶がないほど育児が辛くて、ストレスで禿げました。
今は二人とも小学生になってだいぶ楽になりました。
大事な存在でおもしろいと思うことはありますが、かわいいと思うことはほとんどないです」

「子供なんて生んだら無条件に愛情が沸くものだと思っていました。
でも生まれて手をかけても可愛いと思えない。
先日、初孫が生まれ遅まきながらその意味が理解できた気がします。
ああ、可愛いと思う暇、時間がないほど自分は懸命だったんだなって。
何としても育てあげ、社会に出さねばと毎日思ってました。
手をかけた料理も食べてくれると嬉しいというより、今日の義務が済んだと
思うだけの日々が懐かしく思いました」

「私も子供好きではありませんでしたし、
子供が生まれてからも、子供の相手より映画見たり本読んだり
友達としゃべったりしたいなあと思ってました」

「義務感だけの子育てでした。
でも、あなたの方がすごいです。私には出来なかった、、、。と思います。
多分、出来たら良かったんでしょうね。
とにかく私は子供が好きではなかったので、
あの話の通じない無垢な生き物の時期がとてつもなく辛かったですね。
旦那にも、『子が可愛くない。育児が辛い。』と言いましたね。
素直な気持ちで『ママ大好き!』という感じが、同じ熱量で返せなくて、
本当に居たたまれないというか。ただ、それだけのことが辛くて重いというか。
周りのママも子が大好き!という方もいましたが、
でも子が可愛くない。と思っている方も、結構いましたよ。
お互いに愚痴を言いあい、それらに私はたくさん助けられました。
もちろん旦那にも、助けられましたね。
でも話が通じるようになってから、楽になりました。
小学生くらいですかね。徐々に話がかみ合うようになった辺りから、楽になってきます」

 なんとなんと、トピ主と同じように“子供を可愛いと思えなかった”人が結構いた。筆者もそのタイプで、子供が産まれてしばらくは未知の生命体(赤ちゃん)との生活に全く慣れず、愛情よりも恐怖感の方が強かった。喋れるようになって楽になるというのは確かにそうかもしれない。

 また、母性神話や“親は子供を可愛いと思うものである”という謎めいた世の中の価値観が無意識のうちにプレッシャーとしてのしかかっているのではないかという指摘もあった。

「ぴぴさんは『子供を可愛いと思わなければいけない』と思っていませんか?
自分が産んだ子供でも、人間ですから相性などもあるし、可愛いと思わなくてもいいのです。
きちんと育てているようですから、今のままで。
自分で自分の気持ちを受け入れるだけでも楽になると思います」

「トピの文に、女優という言葉が二度も出てきます。
こうあるべきというものに対し、演じている自分という区分けのようです。
母らしさにとらわれていませんか? 母性とはこういうものとか。
息子の幸せが保証されれば、いなくなっても構いません、とのこと。
これほど手間のかかる存在に対し、いなくなって欲しいではなく、あくまで、いなくなっても構いませんですし、本当にかわいく思えなかったら前段は付かないですよ。
主さんは十分親という役目をこなしているように見えます」

 これもよくわかる。育児書には、お母さん役の女性が笑顔でベビーカーを押していたり、ギリシア神話のなにかの女神のごとく慈愛に満ちた表情で赤ちゃんを抱っこしているようなイメージカットが差し込まれているので、自分も産めばそうなるのだと思っていたし、また、そうならなければ自分に何らかの欠陥があるのだと考えていた。でも正直子供と向き合っていても頭にくるときはあるし、顔も見たくないと思うときはある。

 さてトピ主レスが書き込まれた。

「まず『それだけやっているなら演技のままで問題ない。むしろ充分やっている』というご意見が多く、本当に目から鱗です。驚きしかありません。
やることはやっている自覚はあっても、中身のない最低な母親だと思っていました。というか今でも毎日思っています。
私は子供をかわいいと思えない優しさのない(ついでに動物も興味なし)、お金と損得でしか心がときめかない、心の貧しい狭量な人間なのです。
でも男の子なんていつか嫌でも勝手に離れるのだから、執着がないほうがむしろ良いという意見には、確かに!と納得しました。
私はおしゃべり好きですので、大きくなったら楽しくなるパターンは確かにありそうです。
次に『頑張りすぎて余裕がない。もっと手を抜いて』のご意見ですが、確かに楽しくもないのに対応するのは疲れます。
何人かの方がおっしゃってましたが、子どものレベルに合わせられなくて、童心にかえり遊ぶができないのです。
というか子どもの頃から思いっきり遊ぶことなどなく、大人びた考えをし、ろくでもない親の庇護下にいる子どもの不自由さを感じていました。
でも手を抜くと言っても会話や質問を無視するとなると息子の心が歪みそうだし、
『家事』はアウトソーシングなどで手を抜けるのはわかるのですが、
子育てはどう手を抜くのでしょうか??
本当にわからないので教えて下さい!」

 トピ主はかなりの真面目気質なのだろう。そういう立場に置かれればとことんベストを尽くすタイプなのか。確かに子育ての手の抜き方は、よくわからない。レスは続けて書き込まれた。トピ主がそのような気質なのは、自分のどこに原因があるのか見つめ始めて書き込まれたようだ。

「夫にも0歳から相談済みで、もっと手を抜いて僕のごはんなんか全部外食でもお惣菜でも構わないと言ってくれるのですが、料理するのが好きなのでお惣菜にしても負担は変わらないか、むしろ楽しみが減ってしまって逆効果だし、何よりやるべきことをやらない自分が許せないのです
私は沢山の『べき』に縛られています。
それは10年来気づいていても変えられないのです。
『べき』を破るほうが苦痛なのです。
色々アドバイスいただくうちに、この件に関係する根深そうな問題は
1自分の興味のあること好きなことが、損得勘定とお金とグルメしかない事
2実家での両親から愛情を感じられず辛い幼少期を送り、愛し愛されることがわからない事 だと感じます」

 まず1については、「例えば1万円の欲しいものを1000円で調達してくる方法、この100万を安全に損せずどうやって殖やせるかという方法、予約の取れないレストランを裏ルートで予約する方法、などを考え実行すること」が大好きなのだという。そして問題は2だ。

「何人かのご意見でもありましたがご名答で、
実家にはいい思い出が無く、
アルコール依存症父(診断済み)とヒステリー母(精神科通院)。
兄は40にもなって未だに一度も社会に出たことのない引きこもり。
愛情を感じないまま育ってきました。
ネグレクトなく大学まで出してくれたことは感謝していますが、
褒められたことも好きと言われた記憶もありません。
95点をとればあと5点は?
出来の悪いものは、どうせ俺の私の子供だから。
何を聞いても、わからない、私に聞かないで。
小学生の時ストレスで禿げたら心配どころか『気持ち悪い』
本当につらい幼少期でした。
結局私は両親のような愛のない育児しか出来ないのだ、と思っています。
自己啓発本にあるような、
当時の気持ちを渡さない架空の親への手紙として書いてみる、
嫌だったことをノートに記す、
誰か聞いてくれる人に洗いざらい話すなど(夫や親友に)はやりましたが、
過去を全く消化できません。
愛のない育児をされたものは愛のある育児を出来ないのでしょうか・・・?
同じ境遇だったけど、今自分の子供が可愛くて仕方ない方いらっしゃいますか?
私には受けてこなかったので、
親の愛情たるものが全く分かりません。
ただひたすら一人でも生き抜ける力をつけようと思ったら、こうなってしまいました」

 トピ主は愛情を受けたという認識がないので、愛情のかけ方がわからないのだという。これにも優しいコメントが多く寄せられた。

「そういうご自分を認めてあげましょう。
良いんですよ、そのままで。そのままのご自分を受け入れてあげれば良いじゃないですか。だって、替われないでしょ?
同じ愛を受けても、感じ方は子どもソレゾレなんです。お子様は女優のアナタから愛を感じるかもしれないし、感じないかもしれない。
トピ主様とお子様と同じ状況でも、同じ心持ちになるとは限りませんよ。人が違うのだから。
大丈夫ですよ。『息子の幸せが保証されるなら』と思えるなら。
子育てに自信持っている人なんて、怖いです」

「私の場合、親も兄弟も(親戚も)最悪でしたけど
友人に恵まれ、ほどよく良い大人に囲まれ、たくましく生きられました。
付き合った人やその親が、すごく愛情深い人だったことがあり
その数年で精神的にまともになれた気がします。
その後、結婚して生まれた子供は、かわいくて仕方がありません。
私の場合は、子供を可愛がることで、自分も癒しているようなところがあります。
だから、主さんは夫さんに甘えまくればいいのではないでしょうか?
『子供の楽しいところを楽しむ』ことができれば
お子さんを愛することも、ご自分を大切にすることも
かなうと思うのですが…。」

「私もあまり愛情のない家庭で育ちました。
四歳の男の子を育てていますが、年の離れた姉弟だというスタンスでいます。
あまり私は母親だからと思いすぎると疲れますから、この距離感が丁度良いのです。
後は小さい頃の自分に顔がそっくりなので、自分を育てているような感覚にもなります。
愛情をあまり感じられなかった幼少期をやり直しているような気持ちです。
もちろん子供は別人格なので
あまり自分を重ねるのは良くないかなと思いますが…。
あまりママっぽくないので最近は、さん付けで呼ばれたりします。とても可愛いです。
お子さんの幸せを思えるなら、愛情ありますよ!悩む事が愛情でもあるのではないでしょうか?」

 子育ては向き不向きがあるとは思う。ひょっとしたらトピ主は実は向いている方なのではないか。愛情が大きすぎてもそれがいつしか歪んで、変に期待をかけすぎて子供に過度なプレッシャーを与えたりということもある。さじ加減が難しいなぁと日々思うばかりである。

「以前テレビで見たのですが…”我が子をかわいいと思えない”という母親の悩みに対して発達心理学の有名な先生が言っていました。
『母性は本能ではありません』と。
だからこそ母親も一緒に育っていくのだと。
母親だから子供を無条件にかわいいと思えるわけじゃないんです。
焦らずゆっくりいきましょう」

 母性は本能ではない、ありがたい言葉だ。ほんとそうですよね〜。

仮面ライダー俳優のその後が波乱万丈。引退、逮捕、引きこもり…

 5月14日、俳優の松尾敏伸(40)が覚せい剤使用の疑いで警視庁に逮捕された。松尾敏伸は2005年の映画『劇場版 仮面ライダー響鬼と7人の戦鬼』に仮面ライダー歌舞鬼として出演しており、各所で「仮面ライダー俳優が逮捕」と報道された。しかし松尾敏伸がライダーを演じたのはその一回きりで、他は『仮面ライダー555』(テレビ朝日系)に怪人として出演した程度のため、松尾敏伸を“仮面ライダー俳優”として扱うことに疑問の声も上がっている。ただ『仮面ライダー響鬼』に出演した俳優に関して言えば、その後の芸能活動は波乱万丈な人物が多い。

 主演の細川茂樹(46)はマネージャーへのパワハラ疑惑などが報じられトラブルに発展。裁判でパワハラは否定されたものの、俳優としての細川茂樹を見る機会は減ってしまった。ライダーの背中から生き様を学ぶ少年・明日夢役だった栩原楽人(28)は今年3月に芸能界を引退。仮面ライダー威吹鬼役の渋江譲二(35)は俳優を続けているがいつしかAVソムリエという肩書きも手にしていた。仮面ライダー斬鬼役の松田賢二(46)は今年2月に辺見えみり(41)と離婚している。

 ライダー俳優といえば、今年4月に『仮面ライダー鎧武』(テレビ朝日系)の仮面ライダーデューク役である青木玄徳(30)が、強制わいせつ致傷容疑で逮捕された事件も衝撃であった。『仮面ライダー剣』(テレビ朝日系)の主演・椿隆之(35)は、2016年にゴルフクラブで顔面を殴打されて重傷を負い、それから引きこもり生活を送るようになったことを今年、テレビ番組でカミングアウトした。

 もちろん一方で、オダギリジョー(42)、要潤(37)、佐藤健(29)、瀬戸康史(29)、菅田将暉(25)、福士蒼汰(24)、佐野岳(26)、竹内涼真(25)など、華々しい活躍をみせる仮面ライダー出身俳優のほうが多い。誰も彼も、現在の活躍ぶりは説明するまでもない。近年のイケメンライダーである西銘駿(20)、飯島寛騎(21)、犬飼貴丈(23)もこれからブレイクしていくだろう。また、2016年には、『仮面ライダー龍騎』(テレビ朝日系)に出演していた松田悟志(39)が、妻のスカートの中を盗撮していた犯人をその場で捕まえたことが話題になり、正義のヒーローらしい振る舞いだと多くの称賛を受けた。

 5月15日放送の『バイキング』(フジテレビ系)では、坂上忍(50)が覚せい剤使用の疑いで逮捕された松尾敏伸に「子どもたちを対象にした作品に出ている意識を持たないとだめ」と苦言を呈していたが、これは的を射ていた。ライダー俳優は子どもたちのヒーローであり、お父さんやお母さんにとってもヒーローである。ライダー卒業後も道を逸脱しないよう心がけてほしいものだ。

(ボンゾ)

『かぐや姫の物語』にTBS宇垣美里アナウンサーが「現代を生きる女の人の話だった」 背景に女性アナウンサーへの性差別的扱い

 18日、『かぐや姫の物語』が『金曜ロードSHOW!』(日本テレビ)枠にてノーカット放送される。『かぐや姫の物語』は、平安時代より受け継がれてきた『竹取物語』を再解釈した作品。4月5日に亡くなった高畑勲監督(享年82)の遺作となってしまった映画でもあるが、この『かぐや姫の物語』に関してTBSの宇垣美里アナウンサー(27)が語った感想が話題となっていた。

 宇垣美里アナウンサーが火曜日のパートナーを務めているTBSラジオの帯番組『アフター6ジャンクション』。この番組の4月17日放送回では高畑勲監督の追悼特集が組まれていたのだが、そのなかで宇垣美里アナは自身の心に残る高畑監督作品として『かぐや姫の物語』を挙げる。その理由を彼女はこのようにコメントしていた。

<日本最古の物語といわれている『竹取物語』が、こんなに現代を生きる女の人の話だったとはってことが非常に刺さって。なんでこのことを、おじさんの高畑監督が知ってるんだろうってことが、私もホントに不思議で。たとえば『コレしちゃダメ、アレしちゃダメ』って教育係の人に言われるなかで『高貴な姫は人ではないので』っていう言葉に『あぁ、女って人ではないんだ』って思う瞬間がたくさんあったりとか。女性はこういうふうにしなさい、こんな言葉使いはダメ、足を広げてはダメ……。『好きにさせてくれ!』みたいな。人目を気にしなきゃいけないっていう部分が『そうだなぁ……』って思ったりとか>

「女ならこうあらねばならない」。社会からそのように命じられることへの怒り。作中でかぐや姫が抱いたその思いは、宇垣アナ自身が日常生活で抱いているものでもある。彼女は続けてこのように語った。

<見たこともない人たちに、『きっとブスだろう』『化物みたいかもしれない』『いや、すごく美人らしいぞ』(と言われて)。なんで見たこともない人にそんなことを言われなきゃいけないんだろうって。もうホントに見覚えがありすぎて、私、そこで涙が止まらなくて。そこで、かぐや姫が疾走するんですよね。あのシーンの、あの絵のエネルギーに圧倒されるし、その気持ちがものすごくわかるし>

 このコメントはSNSで大きな話題を呼んだが、宇垣アナといえばその他にも、「クイック・ジャパン」(太田出版)vol.137に掲載された連載コラムで『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に対しても興味深い論評を綴っている。

 このコラムでは宇垣アナがTBSに入社後、東京に出てきてから抱いた悩みや葛藤が吐露されているのだが、<働き出してから、映画館にたくさん行くようになりました>との書き出しで映画について書かれており、その流れで『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を取り上げている。

<何度も繰り返し観に行ったのが『マッドマックス 怒りのデス・ロード』です。びっくりするでしょうけど、これが本当に刺さるんだ。ちょうどいろいろなことを悩みはじめたとき、たとえば書き殴られた“私たちはモノではない(We Are Not Things)”の言葉や、ニュークスの最期の“俺を見ろ(witness me)”、そしてマックスが初めて自ら血を与えるシーン。泣いて泣いてデトックスすると同時に観終わったあといつも「自分らしく生きていけない場所で生きていくことにはたして意味はあるのかしら?」と考えていました>

 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』はアクション映画の金字塔であり、多くの映画ファンが「2015年のベスト」に挙げた名作中の名作。本人も<びっくりするでしょうけど>と書いている通り、彼女のルックスや過去のスキャンダルからイメージされる人物像とは離れたところにある作品で、意外なセレクトだ。しかし、彼女には「We Are Not Things」のシーンが刺さったという。どのようなシーンか、あらためて説明したい。

 この映画は、荒廃した未来のディストピアが舞台。その世界で独裁者として振る舞うイモータン・ジョーには「ワイブス(Wives)」と呼ばれる5人の妻がおり、彼女らを子どもを生むためだけに生きる出産母体として扱っていた。その扱いに耐えかねた彼女らは、生まれる子どもをイモータン・ジョーに渡すのを拒否するため、女性軍人・フュリオサらの力を借りて脱走。それをイモータン・ジョーの軍隊が追跡する物語となっている。「We Are Not Things」は、脱走した彼女らが部屋の壁に書き置きした言葉である。

 このあらすじを見ればわかるように、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、2時間にわたり延々とカーチェイスやバトルシーンの展開されるルックとは裏腹に「フェミニズム映画」としても評価されている。実際、ジョージ・ミラー監督(73)はインタビューで<アフリカにおける女性の人身売買や搾取に詳しいイヴ・エンスラーを招いて、〈ワイヴズ〉を演じた女優たちに「彼女たちがいったいどういう(精神的・肉体的な)状況にいるのか」ということがしっかりと理解できるよう手助けをしてもらった>(TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』番組ホームページ内「放送後記」より)と語っており、映画づくりの過程において、俳優たちに女性問題についてしっかりとした学ぶ機会をつくったと明かしている。

 『かぐや姫の物語』でも、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でも、宇垣アナの心に響いた部分は共通している。それは、男性優位社会のなかで女性が理不尽な制約を受け、都合の良いように扱われている現実へのアンチテーゼという点だ。『かぐや姫の物語』のかぐや姫も、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の「Wives」も、その現実に苦悩し、絶望し、抗っている。その姿に宇垣アナは強い共感を寄せるのだろう。「クイック・ジャパン」のコラムのなかにある<「自分らしく生きていけない場所で生きていくことにはたして意味はあるのかしら?」と考えていました>という文章は、まさにその心情を象徴するような一文だ。

 宇垣アナがこれらの作品に胸を撃たれたのは、「女性アナウンサー」という職業と無関係ではないはずである。彼女の就いている職業は、「アナウンサーらしく」というお題目のもと私生活まで厳しく制限されるうえ、オヤジ週刊誌で毎週のように組まれる特集を見ればわかる通り、一方的に性的な目に晒される立場でもある。

 その一方、テレビ局内において女性アナウンサーの立場は、ときに「置物」のように扱われ、虐げられたものにもなる。

 元TBSアナウンサーの小島慶子は、「週刊プレイボーイ」(集英社)2018年5月28日号のなかで、福田淳一・前財務事務次官によるテレビ朝日の女性記者へのセクハラ問題において、『報道ステーション』(テレビ朝日)内でテレビ朝日の対応に意見を述べた小川彩佳アナを称賛しながら、その行動が女性アナウンサーにとってどれほど難しいものかということを述べていた。

<番組の意思決定権を持つのはたいてい年次が上の男性たちです。女子アナはニコニコしていればいいんだとかいう人もいる中で、一人称で自分の思いを伝えるのはとても勇気のいることなのです。たとえ会社員ではないフリーの立場であっても、女性キャスターの座に就くと、局は番組の意図を逸脱しないようしゃべることを求めるのが常。言われたとおりにやれという圧力を感じることもあるはずです>

 元フジテレビアナウンサーの長野智子も、女性アナウンサーの局内における待遇のひどさを告発している。自身が編集主幹を務めるウェブサイト「ハフポスト」日本版に寄稿したコラムのなかで、かつてのテレビ局では「顔色悪いね。彼氏とお泊り?」「腰掛けだと言って、3,4年で辞める女くらいがかわいいよね」「30歳ってもう終了じゃん」などといった言葉が公然と投げかけられる環境であったと語っていた。

 しかし、これだけ屈辱的な言葉を投げかけられながらも、彼女たちは耐えなければならなかった。それゆえに、彼女たちは死に物狂いで働くことで見返そうとした。「ハフポスト」では、<「なにくそ」と乗り越えて闘い続けることがデフォルトだった。「あのおじさん、ほんとしょうがないよね」と女同士で愚痴を言いながら><新人の女性記者がトイレのない現場の徹夜取材で「女はめんどう」だと言われたくないから我慢をし、膀胱炎を患うことも珍しくなかった。そして、そういう女性こそが「仕事ができる」と評価され、ついていけないと感じる優秀な女性の何人かは辞めていった>と綴られており、当時のテレビ局が女性にとっていかに劣悪な労働環境であったかがわかる。

 長野智子がフジテレビに入社したのは1985年だが、しかし、このような状況は21世紀に入ってからも、なんら変わっていないのではないか。2007年に日本テレビに入社し、現在はフリーアナウンサーとなっている夏目三久(33)は、4月25日放送『あさチャン!』(TBS)で、<かつて、取材相手からセクハラとも取れる言葉を受けたことはたびたびありました。その人については、取材する側も皆がもうそういう人なんだなぁと諦めて、私自身も声を上げるということが、イコール、“仕事が出来ない”“心が弱いヤツ”だと思われるのが怖くて、その時は皆が黙認しているという空気ができあがっていたんですね>と、セクハラ被害に遭っていたうえ、社内の「空気」からその被害を我慢していたことがあると告白している。

 宇垣アナによる『かぐや姫の物語』や『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の感想が切実なものなのは、彼女が現在置かれている環境が、映画作品に描かれた世界とそう遠いものではないからだろう。

(倉野尾 実)

ホワイトハウスからスターバックスまで~「強者」による「弱者」迫害と、自浄努力

 4月12日、フィラデルフィアのスターバックスで「何も注文しなかった」黒人男性2人が逮捕された。5月10日、ホワイトハウス特別アシスタントが、脳腫瘍を患う高齢の議員について「どうせ死にかかってるんだし」と発言した。5月14日、トランプは在イスラエル米国大使館をエルサレムに強行移転し、予想通り、抗議するパレスチナ人50人以上が死亡、負傷者2,700人の大惨事となった。これらと同時期に、コロラド州立大学の見学ツアーでは参加していたネイティブ・アメリカンの生徒が「妙なTシャツを着ている」と通報され、カリフォルニア州のコーヒーショップでは白人男性客が居合わせたムスリム女性客に「おまえに殺されたくないんだよ」とハラスメントする事件が起きている。

 上記はおたがいに無関連の事件だが、背後には今のアメリカに蔓延する「強者」が「弱者」を徹底差別し、「弱者を人とも思わず」、「その差別心を隠さなくてよい」とする空気が色濃く漂っている。ある識者はホワイトハウス職員による議員へのコメントについて、「トランプがこうした空気を作ってしまった」と語った。トランプは就任以来、人種的マイノリティ、宗教的マイノリティへの共感が完全に欠落した言動を続けており、差別事件の増加を招いたと言われている。その余波が、政権政党である共和党の「病身=弱者」の政治家にまで及んだのだ 。

 以下、過去1カ月間に起こった主な事件を上げてみる。映像があるものは添付してある。近年は監視カメラに加え、目撃者や被害者自身がスマートフォンで現場を撮影することが多く、さらに警察暴力抑止のために警官がボディカメラ、パトカーがダッシュボード・カメラを装着することも増えている。ただし多くの場合、録画が始まるのは問題が起こってからであるため、事件の原因となったシーンの映像はない。

 なお、アメリカではこうした事件ではほとんどの場合、被害者も実名報道となる。メディアは事実報道の一環として実名を使い、被害者側の多くも「私は被害者統計の数値ではなく、一個人である」という主張から実名報道を厭わない。

4月12日 ペンシルバニア州フィラデルフィア
 不動産業者の黒人男性2人(ラション・ネルソン、ドンテ・ロビンソン)が商談のためにスターバックスで友人を待っていた際、飲み物の注文はせず、店員にトイレの使用を申し出る。トイレ使用は客のみと決められているため、店長(白人女性)は拒否し、警察に通報。駆け付けた4人の警官によって2人は手錠をかけられる。その瞬間にやってきた待ち合わせの相手(白人男性)が驚いた表情で警官に抗議するも、黒人男性2人は逮捕。

●フィラデルフィア警察長官が2人と会い、謝罪。
●スターバックスCEOが2人と会い、謝罪。
●スターバックスは5月29日に米国内の全8,000店舗を閉めて「人種偏見訓練」を実施することを発表、2人も参加。
●スターバックスはトイレを客以外にも解放すると発表。
●2人は市を提訴せず、謝罪の象徴としての1ドルのみを受け取り、高校生のための基金20万ドルを求める。
●2人はオバマ政権時の司法長官で人種問題に取り組むエリック・ホールダーのプログラムにも参加予定。

4月22日 アラバマ州サラランド
 ワッフル・ハウスというチェーン・レストランにて、客の黒人女性(チキーシャ・クレモンズ)が店員と口論となり、店舗側が警察に通報。警官はクレモンズを床に押し倒し、首を絞め、腕を背後にねじり上げるなどした後に逮捕。その際、クレモンズのドレス前部がはだけ、乳房が露出。クレモンズが「何をするの!」と抗議した際、警官は「お前の腕をへし折ろうとしてるんだよ」と応答。クレモンズはプラスチック製のフォークとナイフについて、前回は請求されなかった50セントを請求されたことが口論の原因と語る。

●店舗側と警察はクレモンズが酔っており、態度不良であったとコメント。
●“Women’s March” がレストランに抗議の公開書簡、抗議デモ。

4月29日 カリフォルニア州オークランド
 公園のバーベキュー・エリアで黒人一家がバーベキューをしていたところ、白人女性が「ここでは炭を使ったバーベキューは禁止」と言い、警察に通報。バーベキューをしていた黒人女性が白人女性と話すも埒があかず、黒人女性は白人女性をからかい始める。警官が到着すると白人女性は「ハラスメントされた」と泣き出す。公園には「炭BBQエリア」と「炭以外のBBQエリア」があり、黒人一家は「炭以外のBBQエリア」で炭を使用。ただし近隣住人の多くはそのルールを知らないか、習慣的にどちらのエリアでも炭を使用しているとのこと。

●女性の通報で駆け付けた警官も困惑顔。どちらにも法的措置はなかった模様。

4月30日 カリフォルニア州リアルト
 黒人女性3人と白人女性1人のグループが週末に借りていたAirbnbを引き払い、車にスーツケースを積み込んでいたところ、近隣住人(白人女性)が「泥棒」と通報。複数の警官が駆け付け、警察のヘリコプターも上空を旋回。警官は無線で「黒人女性3人が強盗中」と、白人女性の存在抜きの情報を伝えられていた。グループは20分に渡って身分証明書を求められるなどしたのちに解放。女性たちは映像作家のグループで、その中の1人、著名レゲエ・ミュージシャンであるボブ・マーリィの孫娘のドニーシャ・プレンダーガストは「皆、私の祖父の音楽は大好きなのに、実際の戦いになると立ち上がって(stand up)くれない」と、祖父の代表曲『Get up, Stand up』を引き合いに出してコメント。

●Airbnbのオーナー(白人女性)は「女性グループは無礼だった」「人種偏見ではない」と、通報者擁護の発言。
●プレンダーガストは警察を訴えると発表。

4月30日 コロラド州立大学
 ニューメキシコ州の自宅から7時間かけてコロラド州立大学の見学ツアーに参加していたネイティブ・アメリカンの兄弟(トーマス・カネワケロン・グレイ、ロイド・スカナーワティ・グレイ、19歳・17歳)を、他の参加者の母親が「物静かで他の参加者と会話しない」「おかしな柄のTシャツを着ている」と大学の警察に通報。2人は警官に職務質問されたのちに解放されるもツアー・グループはすでに出発しており、ツアーを諦めて帰宅。警官は2人に質問する間、「手を上げていろ」と指示。2人が着ていたのはメタル・バンドのTシャツだった。

●大学側は兄弟と母親、高校に連絡を取り、見学ツアー費用を払い戻し。学長が全学生と教職員に「学内でのヘイトとの闘い」についての長文声明をメールにて送付。

5月3日 ミズーリ州ブレントウッド(セント・ルイス近郊)
 3人の黒人ティーンエイジャー(ディロン・テイラー、メキ・リー、エリック・ロジャース二世)がノードストローム・ラック(ノードストローム・デパートの廉価版店舗)でプロムのための買い物をしたところ、店員が「万引き」と警察に通報。警官は少年がレシートを持っていたために解放。なお、3人は10代であるにもかかわらず、多くのメディアが「3人の黒人男性」と報道。

●社長がミズーリ州に出向き、少年たちと家族に謝罪。

5月4日 ジョージア州アルファレッタ(アトランタ近郊)
 65歳の黒人女性(ローズ・キャンベル)が交通違反を犯したとして、パトカーが停止指示。女性は違反を認めて書類にサインしたが、車のドアを閉める際に警官の肩にぶつけてしまう。そのため、警官が女性を逮捕しようと車から出るよう指示するが、女性は拒否し、「上官に会いたい」と希望。後から駆け付けた警官が女性に「ファック、黙りやがれ! 車から出ろ!」と叫ぶ。怯えた女性が車から出ると、警官は乱暴に腕をねじり上げるなどし、女性は叫び続ける。全容はパトカーのダッシュボードに備え付けのカメラにて録画。

●「ファック」と叫んだ警官は解雇の前に辞職するも、「カースワードは適当ではなかったかもしれないが効果はあり、女性はすぐに車を出た」と発言。
●地域リーダーが記者会見。キャンベルは「警官の謝罪」を要求。

5月8日 コネチカット州 イェール大学院
 イェール大学院の寮の共用スペースで論文を書いていた黒人女性の学生(ロレイダ・シヨンボラ)は、真夜中過ぎにカウチで居眠りをしてしまう。白人女性の学生(サラ・ブラッシュ)が、「ここで寝てはいけない」「私には警察を呼ぶ権利がある」と携帯電話でシヨンボラの写真を撮り、大学の警察に通報。3人の警官がシヨンボラにIDの提示を求めるが、シヨンボラは「なぜ見せる必要があるのか」「私はこの部屋にいる権利がある。他の学生と同様、学費を払っている。私はここにおける私の存在の正当性を証明などしない」とIDの提示をあえて拒否するが、しばらくのちにIDを提示。

●イェール大学院は全学生に「人種偏見、差別、ハラスメント」についての声明をメメールにて送付。
●ブラッシュは以前に黒人の男子学生にも同様のことをした経歴があり、警察はブラッシュに訓告。
●シヨンボラはブラッシュへのなんらかの懲罰、または放校を希望。

5月10日 ノースカロライナ州ウォーソー
 ワッフル・ハウスにて、22歳の黒人男性(アンソニー・ウォール)が店員と口論となり、店員は警察に通報。駆け付けた警官はウォールの首を絞め、地面に投げ倒したのちも首を絞め、腕をひねり上げて逮捕。ウォールによると、口論の原因は店員の無礼な態度。ウォールの弁護士は、店員がウォールに対してゲイの蔑称を使ったと語る。ウォールは高校生の妹のプロムに付き添ったのち、妹や友人とともに食事のためにレストランを訪れていた。

●ウォーソー市長(黒人男性)とレストラン側はウォールにも非があると主張。

5月10日 ホワイトハウス
 ホワイトハウスでの会議にて、共和党の大物議員で大統領選への出馬歴もあるジョン・マケインが、トランプが指名したCIA長官の任命に反対票を投じたことが話し合われていた。マケインは81歳の高齢で脳腫瘍を患っており、病床からの投票。この件について、トランプの特別アシスタントのケリー・サンドラーが「どうでもいいわよ、どうせ死にかけてるんだから」と発言。会議は非公開のものだったが、参加者がリーク。

●発言に対してマケインの妻と娘が抗議し、政界での批判も高まったことからサンドラーは謝罪。しかし、ホワイトハウスはマケインへの公式謝罪を拒否し、サンドラーの解雇も行わず。
●ホワイトハウスは職員によるリークを防ぐために、個人携帯の使用禁止を検討。

5月11日 ウィスコンシン州 メイフェア
 ショッピング・モールの警備員から警察に「5人の男性が騒いでおり、応援が必要」と連絡。警官が到着した時点で男性たちはモールの駐車場におり、警官はなかの1人(氏名不詳、17歳)の顔を殴る。地面に倒れた少年を組み伏せたのちも警官は殴り、首を絞める。

●警察は、ビデオには少年が警官の質問を無視し、歩き去ろうとするシーンが収められていないとコメント。少年は警察署に連行されたのちに釈放。

5月11日 NRPラジオ
 トランプ政権の大統領首席補佐官のジョン・ケリーは、NPRラジオ(米公共ラジオ局)に出演し、不法移民についてのインタビューを受け、以下のように語った。

「不法入国者として合衆国にやってくる多くの人々は悪人ではない。犯罪者ではない。ギャングでもない。しかし、合衆国の近代的な社会に容易に同化できる人々でもない。多くは田舎の人々だ。4~6年生程度の教育が一般的である国々からだ。彼らは英語を話さず、これは明らかに大きな問題だ。彼らはうまく同化しない。彼らは(仕事に必要な)スキルを持たない」

 ケリーは大統領のトランプを含め、ホワイトハウス中枢メンバーの多くが政治経歴を持たず、かつ非常に不安定な言動を繰り返す中、冷静な言動が「ホワイトハウスの中の大人」と呼ばれる人物。加えて、前任者の唐突な辞任によって大統領首席補佐官となる前は、移民問題を扱う国土安全保障省の長官であった。そのケリーが、言葉遣いはマイルドながら移民(中南米出身者)への強い偏見を露わにし、強く批判されている。

●NPRラジオは2日後に移民を専門とする大学教授を番組に招き、ケリー発言「同化しない」「低い教育レベル」などへの具体的な反証をおこなった。

5月11日 カリフォルニア州
 コーヒーショップにて、注文の列に並んでいた若いイスラム教徒の女性(全身を覆い、目だけをだすニカブを着用)に対し、白人男性が口頭でハラスメント。以下は会話の要約。

女性「なぜ、そんなことを言うのですか?」「私がイスラム教徒だと知っていますか?」
男性「(顔をしかめて)嫌いなんだよ。これでどうだ?」「おまえに殺されたくないんだよ」
女性「キリスト教徒ですか?ならば聖書について話しましょう」
男性はキリスト教を持ち出された時点で会話を終わらせようとする。

●店の奥にいた他の男性客が「出て行け、ファック・ユー!レイシストめ!」と叫ぶ。
●店長が、男性は「公共の場を乱し、とてもレイシスト」として、注文を拒否。

5月14日 エルサレム
 米国大統領のトランプは、エルサレムをイスラエルの首都であるとし、在イスラエル米国大使館をイスラエル最大の都市テルアビブからエルサレムに移転した。14日の新大使館開館記念式典には大統領上級顧問で、娘イヴァンカの夫であるジャレッド・クシュナーと、イヴァンカが出席。クシュナーはユダヤ系アメリカ人であり、結婚に伴いイヴァンカもユダヤ教に改宗している。2人がスピーチをおこなっている間、ガザでは大規模な抗議運動と、それに対するイスラエル側の攻撃があり、パレスチナ人の死者50人(5/15現在)、負傷者2,700人以上となっている。

●2月に移転が発表された時点で米国主導の中東平和が遠のくこと、および移転に反対するパレスチナとイスラエルの間で衝突が起こることは予測されていたが、トランプ政権は移転を強行。

「弱者」を切り捨てる「強者」
 14件もの事件の羅列。読んでいて疲れ、呆れたことと思うが、これらはSNSかメディアが報じ、筆者の目に止まった事件のみである。全米で同様の事件がどれほど起こっているのか、想像もできない。

 トランプ政権の外交政策とショッピング・モールでの10代の少年や運転中のシニアの問題には一見、なんの繋がりもないが、根は同じだ。「弱者は品行方正に、静かに、腰を低くしていろ」、さもなくば「強者はなにをしても許される」である。

 スターバックスで注文をしない、交通違反を犯した、バーベキューの場所を間違えた、モールで騒いだ、高圧的な店員と口論した、大学見学にメタル・バンドのシャツを着た、無愛想……被害者側のこうした行動を「間違っている」と判断する人もいるかもしれない。しかし、こうした行動は誰もが日常生活で取り得る範囲だ。

 その程度の行動によって警察を呼ばれ、一歩間違えれば命にもかかわる暴力を受けてしまう。警官と一般市民が対峙する際、警官は「強者」であり、市民は「弱者」だ。アメリカではとくに黒人市民が無実の罪で警官に暴行を加えられ、射殺される事件が多発している。そのため、黒人は警官を非常に警戒する。65歳の黒人女性が「上官を呼んでほしい」と懇願したのはそれが理由だ。女性は「パトカーの青いライトが信用できない」「パニックに陥った」とも語っている。また、過去にこうした事件が相次いでいるからこそ、「もう黙っていられない」と、記者会見、テレビ出演、訴訟によって事態を是正しようとする被害者も出る。

 コーヒーショップでの件は一般市民同士だが、白人男性は自分が「アメリカ人」「白人」「男性」「キリスト教徒」、かつ被害者のムスリム女性よりもかなりの長身であることなどから、自分が「強者」であると考えている。女性の英語に訛りがなく、おそらくアメリカ生まれであろうことはまったく気にかけていない。ゆえに白昼のコーヒーショップで堂々と「弱者」への差別行動に出たのである。ただし、クリスチャンといっても教義には疎く、ムスリム女性からの宗教議論に尻尾を巻き、加えて思いもよらなかった他の客や店長からの攻撃にすごすごと退散している。

 マケイン議員はベトナム戦争時に敵兵に捕らえられ、5年間もの捕虜生活を生き延び、「アメリカの英雄」と呼ばれる人物だ。議員が健康で議会に出ている時であれば、同じ共和党の若いホワイトハウス職員が揶揄できる相手では到底ない。ところがトランプに反意を唱え、かつ重篤な病床にあるとなるや「弱者」と捉え、トランプに属する自分を怖い者なしの「強者」と思い、「どうせ死にかかっている」となる。

 トランプの大使館移転が大量の死者を招くことは分かり切っていた。まともな知識のある人間であれば政治家でなくとも予測したことだった。それでもトランプは実行した。自分自身とアメリカ、アメリカが支援するイスラエルを「強者」、相対するパレスチナを「弱者」と捉え、弱者の命にはなんの価値も認めていないのである。式典に出席したクシュナーとイヴァンカも同様である。

アメリカの自浄努力
 本来、警官は強者ではなく、市民の生活を助ける者だ。アメリカ人が米国内では自国民として優位な立場にあるのは当然だが、「アメリカ人」の定義を考えてみる必要がある。移民も米国籍を取ればアメリカ人となり、そもそも移民はアメリカの活力源だ。米国は大国だが、他国を弱者として扱うべきではなく、まして他国民の命を軽んじていいわけでは決してない。

 アメリカ人は「勝者 winner」「敗者 loser」という言葉を多用する。「強者」「弱者」と同義語だ。この言葉を使う者はものごとを2つに分け、誰もがどちらか一方に属すると考える。中間や、場合によっては同一人物がどちらにも属するとは考えない。つまりものごとの多様性をみることができない単純思考だ。この単純さが、実は非常に危険なのである。アメリカに限らず、現在の日本でもよくみられる傾向ではあるが。

 アメリカには希望もある。上記の各事件の解説の巻末を見てほしい。なんらかの解決策、改善策が取られている、もしくは取ろうとする努力がみられる。まったくないものもあれば、解決策は建前だけ、逆に行き過ぎていると思われるものもある。それでも、人々は試みる。残念なことに、改善策を検討する気がまるでないのは、ホワイトハウスなのである。
(堂本かおる)

追記:こうした事件が相次いで報道されたためか、公正な判断を下す警官も出現。ミズーリ州にて空家のチェックに訪れた不動産投資家の黒人男性(マイケル・ヘイズ)に対し、近隣住人の白人女性が「ファック、何してるんだ!」と叫んで通報。駆け付けた警官は文句を言い続ける女性に「留置所に入れるぞ」と告げ、黒人男性と笑顔で記念撮影。

『おっさんずラブ』は笑えて泣ける完璧な正当派ラブコメディ!!

 土曜ナイトドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)が放送折り返し地点を迎え、高い人気を守っています。土曜23時15分~放送のこのドラマ、視聴率自体は2.9%~4.2%~3.8%~3.5%と、この枠のドラマとして可もなく不可もなく(前クールと大差なし)。同じ時間帯で金曜放送の『家政夫のミタゾノ2』が7%前後をキープしていることを考えれば、『おっさんずラブ』がさらに急上昇してもおかしくないのですが、視聴率測定器の置かれた世帯は限られていますから仕方がないのでしょうか(視聴率はすべてビデオリサーチ調べ、関東地区)。

 でも「ザテレビジョン」が毎日発表している“視聴熱(しちょうねつ)”ではブッちぎりの1位を独走中。これまで視聴熱の高かったドラマは『アンナチュラル』『カルテット』『逃げるは恥だが役に立つ』(いずれもTBS系)、『奪い愛、冬』(テレビ朝日系)など。視聴熱とは何ぞやというと、「ザテレビジョン」がSNSでの盛り上がりなどを独自調査して集計、“今熱い番組・人物・コトバからテレビの流行に迫る新指標”なわけですが、まあ確かに『おっさんずラブ』はどう考えてもアツい。

 タイトル通り、おじさんである吉田鋼太郎のラブを主軸に描いてきた『おっさんずラブ』。吉田鋼太郎演じる黒澤武蔵55歳は、職場ではスーツをびしっと着こなすかっこいい部長で仕事もデキて部下に信頼されている上司なのですが、職場の部下である“はるたん”こと春田創一33歳(田中圭)の可愛さにヤラれてしまってですね、完全に恋するヒロインになってしまっています。でも武蔵だけじゃなく、同僚の営業部員・牧凌太25歳(林遣都)も、はるたんの魅力にハマッてしまってガチ恋に落ちちゃったので、はるたんを巡る三角関係勃発。おっさんだけじゃない、若者のラブも描かれているわけなんですね。

 第一話から吉田鋼太郎の振り切ったヒロインぶりと田中圭のすっとぼけた顔芸リアクションで視聴者抱腹絶倒、一躍大人気ドラマとなった『おっさんずラブ』ですが、5月12放送の第四話で前半戦が終了。全七話の予定で撮影中ですから、次週からは怒涛の後半戦となります、というわけで、前半戦のおさらいが必要ですね!

真っ当な純愛で楽しませる
 物語の舞台は天空不動産東京第二営業所。部長の武蔵は既婚者(妻・蝶子を演じるのは大塚寧々)なのですが、はるたんの存在が罪なほどの可愛らしさや優しさに胸キュンしてしまい、キュンが積み重なってマジ惚れ、妻に離婚を切り出すに至りました。仕事でもプライベートでも横柄なところがなく、ちょっとはるたんの意思を無視して暴走しちゃうところはあるけれど、誠実で温厚な人柄の武蔵さん。愛されキャラのヒロインとして視聴者からは熱烈応援されています。

 でも強力なライバルが出現! それは本社から異動してきた部下の牧です。はるたんは実家暮らしなのですが、お母さんが出て行ってしまい(父親やきょうだいは最初から不在)、牧を「一緒に住む?」と軽い気持ちで招き入れました。すると牧は家事が万能で、美味しい料理を作ってくれるうえ世話を焼いてくれてはるたんは「うひょっラッキー♪」とばかりに甘え放題。でも牧ははるたんに恋愛感情を持っているのでした。第一話では部長が舞台仕込みの発声で「はるたんが、好きで~~~~~~~す!!!!!」と告白したかと思いきや、牧はシャワー中のはるたんを壁ドンして「(巨乳じゃなくて)巨根じゃダメですか?」と強引キッス。波瀾の三角関係が幕を開けたのでした。

 第二話では牧と部長がはるたんを巡ってとっくみあいの喧嘩。混乱するはるたんをよそに、二人とも仕事中は超平静なデキる会社員だから面白いです。牧はドSという触れ込みですが、全然そんな感じではないと思います。ただすこぶる頼りになる男で、プロの執事になれるレベルで家事スキルが高く、人の心を察する気遣い屋さんでもあります。頭もキレるし仕事の営業成績も優秀、顔はチワワみたいに可愛い……なのにどうしてはるたんなんだよ? 嫉妬しちゃう気持ち、わかります、武川さん(後述)。でもはるたんは罪深きレベルで超絶可愛い男子だから仕方がないんですよ……。

 はるたんはヘテロセクシャル(武川さんの言う“あっち側”の人)ですが、告白してくれた彼らにはっきりNOを突きつけず、「エッ?」と戸惑うばかり。部長の頭を優しくなでちゃったり、牧に胸がざわついたりで、どんなルートに着地するのかさっぱり読めません。この恋愛模様に、牧の元カレで今も想い続けている同僚で主任の武川44歳(眞島秀和)や、はるたんの幼馴染女子ちず27歳(内田理央)も絡んできて、大混戦……というのが第四話まで。

 ちなみに部長から離婚を切り出された蝶子さんは、夫と「ハルカ」という人物との浮気を疑い、はるたんに不貞調査の協力を依頼するのですが、夫が好きなのはその“はるたん”。真実を知った蝶子さんの、というか大塚寧々さんのコメディエンヌぶりは圧巻でした。さすがの一言! 第四話の後半ではるたんは部長に「お付き合いすることは出来ない」とはっきり断りを入れたのですが、その場面を木陰からこっそり覗いていた蝶子さんは、フラれた夫への同情心なのか「ウッ」と清い涙を流すのでした。

 「俺は巨乳女子が好きだし……」と公言してきたはるたんは、上司や後輩から愛の告白を受けて戸惑うばかりではありますが、この世界には「ゲイなんてダメ」とか「ゲイになっちゃダメ」と変な発言をするような登場人物は今のところ1人もおりません。男は女を、女は男を愛し、異性に性欲を抱くのが当然だという規範を押し付けるキャラクターは、ここにはいないわけです。つまりレッテル貼りがない。ノイズがない。そのまっさらな世界観を前提に、とことん面白い台本と細かい演出、役者陣のアドリブに卓越した演技力(会話のテンポがすっごい自然!)、作りこまれた小道具なども含めたすべてが、すさまじく完成度の高いラブコメドラマを作り上げています。

 牧の心を奪われて嫉妬に燃える武川主任は、はるたんに唐突にセクハラをかまし、偶然にしては多すぎる連れションでイチモツを凝視したり、牧にもパワハラチックな当たり方をするのですが、それすらも「そうか~元カレだからなのかあ~」と伏線回収して視聴者を納得させます。田中圭と林遣都のやりとり(特に食卓の二人が最高!)もキュンキュンの連続で、かと思えば田中圭と内田理央のやりとりもキュンキュンで、もうはるたんがどのルートに着地しても変じゃない。そしてみんながはるたんに好意を抱くのもよくわかります。これでこそ主人公でしょう。

 第四話のラストシーンで、はるたんは幼馴染と恋愛に発展するのだろうと先読みした牧は「出て行きますね。僕は武川さんのところに行きます。お幸せに」と荷物をまとめて去ろうとするのですが、はるたんは思わず牧に抱きついて引き止めます。バックハグです。武川さんの未練を利用しようとした牧ってばズルイぞ! 自分の気持ちがどこにあるのか全然自覚できないはるたんはもどかしすぎるぞ! この二人、どうなっちゃうの~!

 次回、第五話では、はるたんと牧が正式に付き合いはじめるものの、しかし妻に「はるたんは死んでもゲットしなさいよ~(にっこり)」とエールを送られた武蔵も再び「ちょっと待ったあああ!」で参戦して混戦状態が続く模様です。

 発売中の「週刊女性」(主婦と生活社)が、はるたん・武蔵・牧の鼎談を掲載しているのですが、田中圭は<男女でもいい話を男同士で演じているけど、人が人を好きになることに性別や年齢は関係ないと思います><人が人を好きになることに真剣に向き合って表現しようと思い、特にラブシーンは真剣に演じています>と語っており、そうなんだよぉぉぉぉぉ~~~~~と激しく首を縦振りせずにいられませんでした。綺麗事のように聞こえるかもしれませんが、まさにその通りなんです。吉田さんが<根底に流れているのは純愛><純愛の部分がいちばん大事>と相槌を打てば、林さんも監督との打ち合わせで<恋愛ドラマとしてちゃんと成立する方向性が見えて、納得できました>と繋ぎます。だからこれは正当派ラブコメ。“一風変わった”とかの枕詞は正直、不要だと思います。だって見ていると本当に面白くてせつないラブ・コメディ・ドラマだから。

 きっとそのうちはるたんのお母さんも帰ってきて牧との同棲は解消するのでしょうし、簡単にハッピーエンドになるとは予想できないのですが、違和感の強い着地点にはならないはず、という信頼を持って見続けることができるすごいドラマです。ちなみに吉田鋼太郎さんは5月15日に開幕(30日まで上演)した日生劇場での舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』の稽古と並行して連続ドラマの撮影をしてきて、今もまだ舞台と撮影を同時進行しているはず。すごすぎるお人であります。

(hin-nu)

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女の子の冒険はおつかいだけ? 絵本の多様さ・複雑さを解き明かす『絵本を深く読む』

 書店で児童書担当として働いていた頃に、時々「どの絵本が売れていますか?」「昔好きだった○○という絵本はありますか?」という質問を受けることがありました。

 本屋での絵本は基本的には「大人が子供に与えるものために買うもの」です。幼児の場合、1歳児と4歳児では理解の水準が違いますし、子供ウケと大人ウケにはズレが生じることもままあります。

 こうした質問は、質問者である大人にとっては、絵本を読むというのが自分事ではないことが多いという状況の反映でもあります。ですから、質問を受けた際には、お子さんの年齢による理解度や今どきの人気作について語りながら、「保護者のお気に入りなら、気持ちを込めて読んであげられるから、きっとお子さんも好きになってくれると思いますよ」なんて一言を添えたりしていました。

 大人にとっても絵本は面白い。絵と短い文字というシンプルな構成だからこそ光る作家の個性。「子供」という社会的弱者に向けて差し出される文化だからこそストレートに反映される社会の有り様。そして、これから生きていく子供たちに向けたエールや愛情。それらは、大人になった今でも心に響く、普遍的なものだからです。

 翻訳家であり、児童文学研究者でもある灰島かりの『絵本を深く読む』は、こうした絵本の世界の複雑さや面白さを、多彩な切り口で教えてくれます。

『絵本を深く読む』
女の子が行ける冒険はおつかいだけ?
 たとえば、男の子と女の子では、絵本の中に描かれる冒険の質が違うことをご存知でしょうか。

 第1章の「成長を占う旅」では、『もりのなか』(マリー・ホール・エッツ)や『はじめてのおつかい』(作:筒井頼子、絵:林明子)、『ゆうかんなアイリーン』(ウィリアム・スタイグ)など世界のベストセラー絵本が例に出され、性別による冒険の描かれ方の違いが細かに分析されます。

 そもそも「日常と異なる場所へ出かけ、他者に出会って成長して帰宅する」というのは児童文学の定番です。男の子の冒険はまさにこのパターン通り。『もりのなか』や『大森林の少年』(作:キャスリン・ラスキー、絵:ケビン・ホークス)では、異界である森をさまよったり、流感(インフルエンザ)による一家全滅を避けるための対策として、遠くの森林伐採場に送られたりします。彼らはそうした苦難の中、クマや大人など他者と交流し、最終的には以前よりたくましくなって戻ってきます。

 対して女の子の冒険の舞台はもっと身近な場所です。なぜでしょうか? 森は女の子にとって危険な場所だから。代わりに女の子は牛乳を買いに行ったり、ドレスを届けたりと、親から課せられたおつかいに行き、つとめを果たして帰宅します。おつかいの中にも困難は待ち受けており、女の子たちも知恵や勇気を持って困難に対処し、成長します。ですが、男の子の冒険のように他者と出会うことはありません。

 灰島は<女の子は、どうやら他者と戦わずに母のいいつけにしたがうだけで成長することができるようだ。>と結び、さらに<女の子は最終的に『小さな母』に成長する。>と指摘します。

『はじめてのおつかい』

『大森林の少年』
 灰島は、決して絵本の中で奮闘する女の子たちや、それを描いた作家。そして、愛してきた読者を否定しません。ですが、それが歴然として存在する性差の反映であることはもちろん意識しています。そして2008年作の『そのウサギはエミリー・ブラウンのっ!』(作:クレシッダ・コーウェル、絵:ニール・レイトン)や、2011年作の『ほげちゃん』(やぎたみこ)など、より女の子が活発で力強くなった現代の絵本においても「小さな母」への誘導は残っているとします。<こうした性差による変化を見守りつつ、どのような絵本が登場するか注目したい>と慎重に結ぶのです。

右向きは前向き、大きな足は地に足が着いた証拠など、絵本の演出技術
 また本書はテキストだけでなく、絵本の演出構造や作品が生まれた文化的背景などを細かく読み解いてくれます。

 イギリスの作家であるシャーリー・ヒューズの絵本を紹介する章では、絵本固有の演出方法や、イギリスと日本での親子関係のあり方の違いも説明されます。

 幼いお姉ちゃんのベラが弟のためにがんばる『ぼくのワンちゃん』(シャーリー・ヒューズ)。そして、同じくお姉ちゃんのあさえが妹のためにがんばる『いもうとのにゅういん』(林明子)の比較では、このような解説がなされます。

困っているベラもあさえも、左を向いていることに注目してください。横書きの絵本は右へ右へと進んでいきますから、右向きがポジティブの方向です。右側を向くということは、ポジティブの方向を向くことになるので、読者はポジティブな気持ちを受け取ります。(中略)これがめくるアートである絵本の基本構造です。

 これをふまえ、ベラとあさえが妹弟を助けてあげた場面では、お姉ちゃんはふたりとも右を向いていることが指摘されます。おかげで読者は前向きな印象を受け取るのですね。絵本の演出技術について知ることで、その作家の描かんとする世界もよりはっきりします。

 ところで『いもうとのにゅういん』では、お母さんがあさえをほめてあげる場面があります。しかし、『ぼくのワンちゃん』ではそういった承認の場面はなく、全体的に大人はあまり前に出て来ません。ここには、イギリスと日本では子供の社会的立場が異なっていることが反映されています。

 こうした文化的背景による絵本の変化についてじっくり語った「進化する赤ずきん」という章もとてもスリリングです。

女の子がおばあさんを食べてしまうエログロナンセンス民話が
行って帰ってくる冒険者の赤ずきんを生み出すまで

『Little Red Riding Hood』
 まず取り上げられた赤ずきん絵本はアメリカの人気絵本『Little Red Riding Hood』(Candice Ransom)。この赤ずきんちゃんでは、少女は「ワインとケーキ」ではなく、「パンとチーズと果物」を持っておばあちゃんの家へ出かけます。登場するオオカミはなんと白い身体にジーンズとシャツを着用。白人の赤ずきんを黒人が襲い、その黒人が殺されるという連想を招くのがまずいのでしょう。

 オオカミはおばあさんを食べずに戸棚に閉じ込めるだけ。そして、やって来た赤ずきんに「お前を食べるためさ」と飛びかかってきますが、赤ずきんは俊敏に飛びのいて危機を免れます。オオカミは窓から転げ落ち、殺されることなく退場します。

 ヘルシーなお土産を持参し、強い男性に助けられることなく、自分の力で身を守る赤ずきん。そして動物愛護の面からも問題の無い、政治的に正しい赤ずきんです。

 しかし、こうした改変は昔話の中に潜んでいる人々の感情をそぎ落とし、アイデンティティを奪うことでもあります。こうした前提を踏まえ、この章では、ペローが採集し、書き留める前の民話も議論の俎上にのせています。

 まず、民話の女の子は、ずきんをかぶっていません。オオカミはおばあさんを食べてしまうだけでなく、その肉と血を女の子に食べさせます。さらに、女の子は服を脱いでベッドに入ります。そして、食べられそうになった女の子は、「おしっこがしたい」といって庭に出て、つながれたひもを木に結んで逃げ出し、無事に家に帰るのだとか。なかなかのエログロナンセンスで、だからこそ生命力を感じる話でもありますね。

 赤ずきんの研究者であるザイプスは、この変換を「民話の『百姓の娘』は率直で勇敢で抜け目ないが、ペローの赤ずきんはかわいくて甘えん坊でだまされやすく、たよりない」とまとめているそうです。しかも、ペローの赤ずきんでは女の子は食べられておしまいなんです。実は、現在流通している「猟師に助けられて家に帰る」赤ずきんはグリム版なんですね。

 こうした赤ずきんの変換を踏まえた上で、紹介される各国の赤ずきん絵本はとても多彩です。

 まだ絵本画家でなく、妖艶な画を描くイラストレーターとして知られていた頃の片山健が澁澤龍彦の再話によって描いたエロチックな赤ずきん。ファッション誌で活躍したカメラマンのサラ・ムーンによる幻想的な写真絵本。絵本画家としてキャリアを積んだ片山健が、窓から逃げ出す民話の少女をとてつもなくたくましく描いた絵本などなど。

 中でも印象的なのは、矢川澄子の再話と飯野和好の画によるものでしょう。矢川の再話は赤ずきんのセリフを増やし、言葉つきも変えていて、少女の性格に力強さを与えます。

 そして、飯野は少女の造形をタワシのようなもじゃもじゃ頭で力強い目つきにしました。彼の作風である人物のアクの強さが、そのまま女の子の力強さにつながっています。さらにこの絵本の大きな特徴として、最後の見開きページに少女がひとりで森の中を帰宅する場面があることを指摘します。この場面が付け加えられたために、少女が「行って帰ってきた」冒険者となるというのです。

 うっかり寄り道をしたためにオオカミに襲われ、最後は銃を持った男性に助けられる赤ずきん。その構造は変わらないはずなのに、演出ががらっと変わったことで冒険者としての赤ずきんが誕生するというのはとても面白い。

『赤ずきん』
 古めかしい価値観に支配されていると指摘されていた古典が、演出の変化によって冒険に行って帰ってくる女の子を描くことに成功しているのはなかなか痛快な話です。再話によって、力強い民話の少女を取り戻したと言えるかもしれません。

 このほかにも、同書では、ピーター・ラビットの作者ビアトリクス・ポターの、親に半ば幽閉されて育ちながら絵本作家になり、最後は農場主となるという奇妙な一生と作品との関わりについて。複雑化した社会で生きる子供たちに寄り添った結果、成長を主題としなくなったポストモダン絵本について。そして無意識の世界を絵画化し、生命の複雑さを描いた『まどのむこうのそのまたむこう』(センダック)の主題の追求など、「絵本だからこそ表現できる世界の豊かさ」を読み解く楽しさが詰まっています。

 灰島かりは2017年に本書の完成を見ることなく病没されました。今後彼女の手による絵本論を読むことはかないませんが、本書によって絵本の世界の広さを知った読者なら、その楽しさをそれぞれ自らの力で深めることが出来るでしょう。

(池田録)

阿部寛の面白すぎるプライベート「顔がビチャビチャ」「洗濯機ずっと見てる」

 5月18日に阿部寛(53)主演のR15指定映画『のみとり侍』が公開される。同作は歴史小説の第一人者・小松重男の傑作短編集『蚤とり侍』(光文社)が原作で、江戸時代に実在した猫の“蚤とり”稼業が題材。阿部寛が演じる主人公は、エリート侍だったのが失言で左遷され“蚤とり”屋に。しかし“蚤とり”をする裏で“女性に愛をご奉仕する”仕事を営むことになる……という役どころ。これはなかなかセクシーな阿部寛を拝むことが出来るのかもしれない。

 阿部寛といえば愛され俳優の最上位。ビデオリサーチによるタレントイメージ調査やオリコン主催のタレントパワーランキングでは常に上位をキープしている。2006年放送の主演ドラマ『結婚できない男』(フジテレビ系)では40代の独身男、2012年公開の主演映画『テルマエ・ロマエ』では古代ローマ人の浴場設計技師など、俳優としてさまざまな役に見事にハマってみせる阿部寛。私生活では2008年に15歳年下の一般女性と入籍し、2011年に第1子、2012年に第2子が誕生したが、生活感のない俳優の筆頭でもある。ただし意図的に私生活をベールで覆い隠しているわけではなさそうで、バラエティ番組に出演するたびに視聴者を大いに笑わせるところも、阿部寛の人気の理由のひとつだろう。

 2015年10月放送の『櫻井有吉アブナイ夜会』(TBS系)出演時には、“アブナイ噂”を本人に確認するコーナーで、「10年以上美容院に行っていない」と紹介されると事実だと認めていた。美容院では寝ている間に予定以上に短く切られてしまうこともあるため、髪はセルフカットしているそうだ。そして、どうしても風邪をひきたくないことから、加湿器を10台持っていると明かすも、乾燥を気にし過ぎるあまり枕元に加湿器を置き、朝起きると顔がビチャビチャになっていたという体験談も告白。なんというオチのつけかただ。

 さらに、洗濯機を回すと、ちゃんとすすげているのか、洗濯物が絡まっていないか気になるため、洗濯機を観察してしまうという。途中でわざわざ手を突っ込んですすぎ洗いをしたりもするなど、洗濯機への信頼度が低すぎる。東芝の家電CMにも出演していたのに、そんな不信感を明かしてしまって良かったのだろうか。また、同番組ではレーザー距離計にハマっていることも告白し、家を建てようと考えていた時、参考にするため知人の家の間取りをレーザーで測って以来レーザー距離計の面白さにドはまりしたと語っていた。

 今年1月に、同番組の進化版である『櫻井・有吉THE夜会』(TBS系)に出演した際も、阿部寛はプライベートを惜しみなく明かした。寝ている時は動いたほうが良い(=寝返り)と聞いたことから、具合のいい抱き枕を探していると明かし、番組でさまざまな抱き枕を試した阿部。しかし気に入ったものはたくさん購入する上、捨てることができない性格だと告白し、家にはブラウン管のテレビを含めて大きなテレビが複数あり、ベッドは8個~9個もあるのだと話した。これは迂闊にモノを買わないほうが良いのでは。加湿器が10台あるのも、捨てられないため増えていったという理由もあるのかもしれない。

 今年2月放送の『PON!』(日本テレビ系)では、1日に4本焼き芋を食べると明かしてネットで話題にもなった、阿部寛。5月14日放送の『しゃべくり007』(日本テレビ系)では、「知られざるプライベートを解禁」と題して“ホームセンターが好きで3時間くらいいる”といった新たな告白があるという。どこまで掘っても面白さしか出て来ない、阿部寛の私生活。番宣でのバラエティ出演のたびに好感度を上げファンを増やしているに違いない。

(ボンゾ)