中居正広は芸能界一の「差し入れ王」 グルメじゃないのになぜ? その極意は

 1月23日に濱口優(45)がInstagramを更新。中居正広(45)から“差し入れ”があったことを報告した。濱口は「#めちゃイケ #中居正広さんから #差し入れ頂きました #中居君 #赤トンボの #サンドイッチ #いただきまーす #雛形あきこさんも #インスタ #始めたそうですよ」というコメントと共に、雛形あきこ(39)とのツーショット写真を投稿。濱口の手には「日本一周ありがとうございました! ラストスパート~」と書かれた、中居からのメッセージカードが握られている。

 中居が『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)の収録現場に、「赤とんぼ」のサンドイッチを贈った模様。スターの粋な計らいだ。ところで濱口のインスタからは、中居がどれだけの数のサンドイッチを差し入れたのかわからないのだが、ネット上では「中居くんのことだからスタッフの全員に配ってそう」と予想するファンの声も。「赤とんぼ」の1口大のサンドイッチは1パック300円~500円で、1人前は大体3~4パックとされている。それを現場の全員に差し入れたら中々の値段になりそうだが、中居正広といえばこれまでも豪華すぎる差し入れで注目を集めてきた“差し入れ王”。全員分用意していてもなんら不思議な話ではない。

 有名なのが『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)最終回に中居が用意した差し入れで、彼は約200人のスタッフ全員にナイキのスニーカー「エアマックス」を贈ったという。スニーカーにはそれぞれスタッフ1人1人の名前を刻む繊細な心配り。なお、一言で「エアマックス」といっても様々なモデルがあるが、安いものでも1万円はする。あまり金額のこと言うのは無粋かもしれないが、最低でも総額200万円は下らないだろう。

 2016年には、假屋崎省吾(59)が自身のブログに「金スマの収録がありました」「中居正広さんから差し入れの寿司弁当をいただきました」と投稿。画像には折り詰めの豪華なお寿司が写っており、中居はこれを『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)のスタッフや、背景のように後ろに座る赤い洋服の女性たち100人全員にふるまったそうだ。このお寿司は中居の鉄板差し入れのようで、2017年に釈由美子(39)がブログで公開した中居の差し入れもおそらく同様の寿司弁当。釈はブログで「豪華なお寿司の折り詰めに大興奮で思わず拝んじゃいました」と感謝を綴った。

 そのほか、ドリンクを“冷蔵庫ごと”ふるまったり、ラーメンを屋台ごと呼んだり、毎年年末には叙々苑の焼肉弁当を現場に差し入れたりと、差し入れに関してはとにかく話題に事欠かない中居。そんな彼に“差し入れ”で衝撃を与えた人物が存在する。2017年10月に放送された『なかい君の学スイッチ』(TBS系)では、ズバリ芸能人の差し入れについて取り上げたのだが、中居は心に残った差し入れを聞かれ佐藤隆太(37)の名前を挙げたのだ。

 佐藤は「吉野家」のトラックを仕事の現場に呼び、作りたての牛丼を共演者に提供。その光景を見た中居は「テンション上がるよね」「高ければいい、美味ければいい、だけじゃない」と、差し入れの極意を学んだのだという。現場の士気を上げる差し入れは、値段や味だけでなく、意外性や企画力も伴うもののようだ。その学びを経て、今は金額だけでなく“人を楽しませる”ことも意識されているであろう中居の差し入れ。それにしても本人は食にこだわりが薄く、食べ歩きもしない“非グルメ”を自称するが、差し入れは気が利いたものばかり。よくやれるものである。

(ボンゾ)

浜崎あゆみは、なぜ“オワコン”なのに注目を集め続けるのか? ウォッチャーが激論!!

 “平成の歌姫”として一世を風靡したアーティスト・浜崎あゆみ。しかしここ数年話題となるのは、激太りや歌唱力の低迷、過剰な画像修整疑惑に迷走する恋愛など、本業とはかけ離れたことばかり。挙げ句には、ともに一時代を築いた安室奈美恵の引退表明を受けて「芸能界にしがみついている」とまで言われてしまうほど、今やすっかり“オワコン”扱いされている。

 しかしその一方で、それでもなお自分を貫くあゆの姿を、常日頃から熱心にチェックしているウォッチャーたちがいる。今回は、「私たちは、決してアンチではありません」と語るあゆウォッチャーを集め、彼女の魅力や面白さについて語っていただいた。

A……20代半ば女性。あゆの全盛期はあまりよく知らないが、ネット炎上を目にするうち、興味を持つように。「最初はちょっとアンチ目線だったが、一周回ってファンになった」とのこと。
B……30代前半女性。小学校高学年の頃にあゆがデビューし、青春の思い出は全て当時のヒット曲とリンクしている。しかし「全盛期より今の方があゆに夢中です」。
C……30代後半女性。今回のウォッチャー3人中で唯一のコアなファン。ブーム衰退とともに一度ファンを離れたが、5年ほど前から再びドハマり。あゆの生き方についても考察を繰り広げる。

■あゆは致命傷を負ったディーバ

A 私は「rollin’」(2009年発売のオリジナルアルバム『NEXT LEVEL』の収録曲)のライブ映像をネットで見て、あゆに落ちた(笑)。ネットだと「ローリン音頭」って言われてるよね。楠田枝里子みたいな金髪のボブで、アンドロイドのような動きを見せるダンスが本当にツボ。あと、あゆ本人が「私は最先端のパフォーマンスをやっている」って表情をしているのも笑ったなぁ。ああいうあゆのダサさが、たまらなく好き。

B 出た、ローリン音頭(笑)。私的には、Perfumeときゃりーぱみゅぱみゅを、あゆなりに解釈したらああなったのかなって思ってる。ネットで有名な“糸巻きぐるぐるダンス”は、12年のツアーで披露した「Boys&Girls」(1999年発売のシングル)の曲終わりに、客席を煽ってる振りなのよ(笑)。それから、“宙吊りパフォーマンス”も「ボンレスハムみたい」って笑われてたなぁ。あゆって“ギャルの孤独”を歌うようなバラードのイメージが強かったのに、ここ10年で完全に迷走しちゃった。世間では「歌唱力で勝負できなくなった」って言われたり、「ボイトレしろ」とか叩かれたりもしているけど、あゆ自身はどう思ってんだろう。

C あゆはもう、歌うことに興味ないと思うよ。実は昨年、今やってる『Just the beginning -20- TOUR 2017』の第一章を見に行ったの。ライブだと歌よりショーの方に目がいくし、あんまり“歌を聞きに行った”という印象がなかった。そもそも音響も大きいから、テレビほど歌のヘタさが目立たないよね。でもやっぱり高音は出なくて、がなる感じで歌うからドスが利いちゃって、楽しい歌も怖く聞こえた(笑)。あゆは、今回のツアーの第二章で、会場をアリーナからホールに移したわけだけど、バンドを削ってダンサーを残したでしょ。本人も「ショーを見せたい」って言い切っているし、歌で勝負する気はもうないんじゃないかなぁ。まあ、ショーっていっても、“イエスマンたちに囲まれたあゆが、楽しそうにしている様子”を見せられている感じなんだけどね。

A “おはま一座”だね(笑)。 ライブに行ったファンが「ダンサー邪魔」って嘆いているのをよく聞く。セクシーかつキュート、それでいて強い女性であることを誇示したいのか、パフォーマンスでも男性と絡みたがるよね。崇められたい欲求が強いのかも。

B でも、それがかえって笑いのネタになっているという。そうそう数カ月前に、山梨公演映像のネット流出騒動があったじゃん? その映像に映っていた、あゆがダンサーに手を引かれている姿が、ネット上で「介護」っていわれてた(笑)。ステージ演出もお粗末だなぁって思ったし、曲自体も高音が出ないから変な抑揚をつけて歌っててさ、なんともいえないシュールさだった。私、あの流出映像、100回は見たね!! 消されちゃったのが残念すぎる。

A ライブといえば、「衣装もダサい」って叩かれてる。全盛期のままで時代錯誤だって。それを「最高にオシャレ」と思って着ていそうなあたりが、あゆの面白いところなんだけど。

C 私が行ったライブのアンコールの衣装も、パフスリーブTシャツにミスカート&ニーハイだった……。しかもかなり太っていた時期だから、本当にキツかった(笑)。でも、あの体形で、堂々と露出度の高い衣装を着ちゃうあゆは、最高に素敵だと思う。

B あゆは体形の変化に屈せず、常に攻めた衣装を着ているよ。しかも、「アラフォーなのに年甲斐のない」といわれそうな衣装を着ることに、一切エクスキューズがない。思い切りの良さが最高。

C そうそう。逆にオシャレになっちゃったら、あゆの魅力半減だよね。この珍妙さがいい。「周りは『ダサい』と思っているのに、あゆには言えないんだな……」とか、妄想も広がる(笑)。

A よく指摘されてるけど、あゆは自意識が“ディーバ”なんだよ。やっていることブリトニー・スピアーズとか、マドンナの真似。でも、「歌唱力がそんなにない」というディーバとして致命的な欠点を負っているからこそ、これだけ面白い存在でいてくれるんだよね。

■あゆの画像修整は「エイベックスの忖度」説

B ただ、私は1つ解せないことがある。インスタグラムの本人画像をえげつないほど修整しているんだよね。映像と写真で、まるで別人なんだもん。普通タレントって、ネットで叩かれるから、別人レベルの修整ってしないのに、あゆは潔すぎる。頭身から違うからね。しかも、修整を指摘されても、藤原紀香みたいにこっそりすり替えたりしない。

C インスタの画像は修整しまくるのに、あゆはファンにライブ中の写真撮影をOKしてるから、修整なしの画像もいっぱいネットに散らばってるじゃん。それはいいの? 本当に意味がわからない。本人が望んでいるのか、エイベックスの意向なのか……。そもそも誰が画像修整しているのか。謎が深すぎて、考えるほど楽しくなる(笑)。

A ネット上では、自己顕示欲であゆ自身が修整しているってもっぱらのウワサだけど、エイベックスの可能性も高い。あゆがショックを受けないように気を使ってるのかな。でも、あゆ本人は、ファンに“ありのままの自分”を見せたいから、ライブの撮影を許しているとか?

C あり得るよね。太り始めた頃、雑誌のインタビューで「重力に逆らうためには、ワークアウトで筋肉をつけて、食べたいものを食べた方が、髪もつやつやになるし、肌にもいい」みたいなことを言ってて、食べなかった頃の自分を否定しているのよ。だから、あゆ自身は体形を気にしてないのかも。この間も、インスタにお菓子の大量買いをしているストーリーを載せていて、「痩せる気ねーだろっ」っていうツッコミ待ちなのかと思ったもん(笑)。

B だとしたらなおさら、なぜこんなに画像修整をするのかが謎。永遠の謎。でも、謎すぎるから味わい深い。

A あゆが某雑誌の表紙を飾ることになったとき、自ら印刷所まで行って、写真に修整指示を出したことがあるっていう話を聞いたことがある。あと、あゆがあまりに鬼のような修整指示を入れてくるから、デザイナーが混乱しちゃって「もう目の位置すらわかんない」と漏らしたとか……あゆにはいろんな都市伝説があるよね。10年後くらいに、あゆに仕える“修整職人”が暴露本とか出してくれないかな。

■L.A.住まいの頃が、あゆのイケイケ全盛期

B あゆのインスタって、写真に“一行ポエム”を添えるよね。「泣かない夜を過ごせたかな。優しい日を送ってね。」とか「人を求め、人を憎み、人を信じた傷と一緒に生きていく。」とか。あゆの全盛期にはやった、女子高生が自分の不幸な生い立ちとかを綴る“ケータイ小説”を彷彿とさせる雰囲気がある(笑)。ケータイ小説は廃れたのに、あゆの中ではそのまま生きている感じ。「これはどこに響いているんだろう?」と感じさせる、自己満足的なメンタリティがたまらない。

C あの一行ポエム、曲の歌詞を一部抜粋してるパターンもあるのよ。まぁ、あゆは自分大好きだよね。あゆって自宅写真を公開してるんだけど、それを見ると、至るところに“A(あゆ)マーク”を飾ってるの。それこそイスの背面に「Aマーク」が入ってたり。そのセンスに「NO」と言える人が周りにいないんだろうけど、発想がディーバだよね。もっとやってほしい。あ……余談だけど、私、とある不動産会社のサイトに、あゆが以前住んでいた家の間取り図が載っているのを見つけて、プリントアウトしたものを今も持ってるの。その間取り図と、あゆの自宅の風景写真を照らし合わせて、「どんなふうに暮らしていたんだろう?」って想像するのが好きなんだよね(笑)。

A Cさん、すごい趣味(笑)!! しかしやっぱ、あゆはいいよね。「これが日本人の美徳よ!」とばかりに謙遜するタレントが多い中、あゆは「今の私がいちばんイイ!」ってスタイルを貫いているところも最高。

B あゆはいつだって“お姫様”。オーストリア出身の俳優マニュエル・シュワルツに続いて、アメリカ人医大生ともスピード離婚しちゃったとき、世間では「さすがにおとなしくなるかな?」っていわれてたけど、それでも今なお、あゆ本人は「絶好調!」って感じだもん。

C そういえば、医大生と結婚したのって、ちょうどL.A.に住んでた頃だったよね。金髪で、バイブスがどうとか英語交じりでしゃべったりして、まるで海外スターみたいだったなぁ。あの時期が、私の中でのあゆ全盛期。過去の自分を否定しながら「今の私がいちばん!」って、イケイケだったの。でも15年に日本に帰国した当初、あゆは髪を黒くして、毒にも薬にもならないことばかり言ってて、日本人に媚びている感じがして嫌だった。もう一度、L.A.時代のあゆに戻ってほしい。

■“マダムあゆ”は、若い男を囲うべき

A ネット上では、「TOKIOの長瀬智也と付き合っていた頃が、あゆは一番幸せそうだった」っていわれてるよね。「美男美女カップル」なんて呼ばれて、若い子のあこがれだったんでしょ。あ……そういえば、あゆのバックダンサーだったマロ(内山麿我)とも付き合ってたね。交際宣言までしたのに、離婚調停中の妻がいて、しかもまた別の女性との間に子どもまでいたことが発覚してさ……。でも、男運がないところもディーバっぽいのかも(笑)。

C あゆ、騙されやすそうだもんね。あゆって、自作の歌詞を見ていると、もともとは根暗な女だろうなぁって思うのよ。だから、マロみたいにポジティブワードで夢を語る男性のことを、好きになっちゃうんじゃないかって。しかも、あゆの周りはイエスマンばっかりだから、あゆに対してでも、ガンガン物申しそうなマロの言葉が、響いたんじゃない?

B “ノリのいい明るいイケメンヤンキー”ってところも、あゆの好みだと思う。長瀬もそんな雰囲気だよね。でもそうなると、そのあとの外国人2人は何だったんだ? 「歌姫である私が、名も知れていない一般人と結婚する」っていうドラマ性を重視したの? まぁ、日本には、あゆにグイグイ行けるような一般人男性はなかなかいないだろうし、あゆ自身が西洋人コンプレックスをこじらせてる部分もあるから、外国人と結婚したのかもね。

A 紀香発想に近いものを感じるね。あゆはなんでもドラマ性を大事にするから、結婚もそうだったのかも。でも、自分で創り出した美談なのに、結局スピード離婚という面白い結末を迎えてるという。次にあゆが結婚するとしたら、みんな「いつ離婚するんだろう」って楽しみにすると思うよ。もしうまくいっちゃったら物足りなさを感じそう。

C それか、若い男を養子にしたらいいんじゃない? 美人でしかもお金持ちなんだから、あゆに養ってもらいたい男は大勢いると思う。

B いいね! あゆって、年下の男を可愛がるのが好きじゃん。AAAの浦田直也を、弟みたいに溺愛しているし。でもあれは、あゆが浦田に甘えているって感じだろうけど。みんなに囲まれてチヤホヤされるのが好きだから、若い男をいっぱいいっぱい囲えばいいと思う!

C ステキ、そんなあゆ! “マダムになったあゆ”を想像したら、これからが楽しみになってきた!

■あゆは芸能界にしがみついて生きていく

A これからのあゆは、どうなっていくだろうね。昨年は『しゃべくり007』『今夜くらべてみました』(ともに日本テレビ系)に出演していたけど、もう出ない気がする。ほかの出演者たちは、「あの大スター・あゆが来てくれた!」ってテンションで持ち上げていたけど、あまりにバラエティ番組に露出しすぎると、ディーバ感が保てないしね。

B そうだね。でも、引退しろっていう人も多いよ。ネットでは「安室奈美恵の引き際は素晴らしい」「あゆもそうしろ」っていわれているけど、あれは安室なりの美学じゃん。あゆは芸能界で、自分の理想像にどこまでもしがみついていった方がいいと思う。あゆって、“自分で作った物語の主役”として生きていると思うんだけど、その物語を周りから称賛され続けないと満足しないでしょ。その場を失ったら寂しくて死んじゃうんじゃないか心配。私はあゆがどんなババアになっていくか見届けたいよ。

C 私も。あゆは自意識のバケモノだから、そこで右往左往している姿をずっと見ていきたい。でも、そもそもあゆって、「慕っていた女性が亡くなり、その人のために活動を続けている説」があるよね。だから、何か活動に対して信念があると思うんだけど、CDが売れなくなってきているから、今のツアーが終わった後にアルバム制作に入るかどうかが、今後の歌手人生の分岐点になる気がする。

A 前回のアルバム『MADE IN JAPAN』は3万枚くらい売れてた。工藤静香みたいに「3,000枚も売れない」レベルの落ちぶれ方はしていないから、歌手活動は続けてくれるといいんだけど。あゆってさ、自意識のバケモノでありながら、自分が世間からネガティブに見られていたとしても、一切言い訳しない。そこが、一本筋が通っているなって思う。でも、周囲の目を気にしているのかすらわからないときもあるから、不思議な存在だよね。

C だからこそ妄想が膨らんで楽しいんだけど(笑)、不思議すぎるゆえに、心はジョイントできないね。

B そう、共感はまったくできない(笑)。空港芸とか、宣伝のために離婚発表の時期を決めるとか、注目を集めるためにゾッとするようなことを平気でするクールな一面もあるし。

C そうなんだよね。でも、だからまた動きがあったら何かしてくれるはず! それを楽しみにウォッチを続けるわ。

華原朋美、“小室引退”からSNS更新途絶える! 「最近は共演NGされていた」との証言も

 華原朋美のTwitterとインスタグラムの更新が、現在途絶えている。最終更新日は、Twitterが1月17日、インスタグラムが18日と、かつての交際相手・小室哲哉が引退を表明した19日以前となっており、実に1週間以上沈黙を続けているのだ。そんな華原の様子には、マスコミ関係者からも心配の声が出ているという。

「小室は18日発売の『週刊文春』(文藝春秋)で不倫が報じられたことを受け、不倫自体は否定しながらも、けじめとして引退を発表。2002年にglobeのKEIKOと結婚した小室ですが、90年代には華原との交際が伝えられていました」(スポーツ紙記者)

 しかし99年1月、華原がガス中毒で緊急入院し、この時に小室と破局していたことも発覚。以降、華原は休養と復帰を繰り返し、その間に精神安定剤などの薬物依存で閉鎖病棟に入院した時期もあったという。

「華原が不安定になったきっかけは、小室との破局による影響が大きいとみられていますが、それでも彼女は12年に本格的に活動を再開。13年の『FNS歌謡祭』(フジテレビ系)では、15年半ぶりに小室と共演を果たし、『I BELIEVE』(95年)や『I’m proud』(96年)を披露しました」(同)

 さらに、華原がデビュー20周年を迎えた15年には、小室が16年半ぶりに楽曲提供した「はじまりのうたが聴こえる」もリリース。こうした経緯から、2人の関係は良好だとみられていたが……。

「実は、小室サイドはどちらかといえば、華原の“擦り寄り”を敬遠しているフシがあったんです。昨年、あるイベントに両名の参加が決定した際、華原側はステージ共演を希望していたものの、小室がNGを出し、結局実現に至らなかったということがありました。タッグを組んだ楽曲『はじまりのうたが聴こえる』も、オリコンの週間チャートで最高36位と大惨敗だっただけに、仕事上で華原と絡んでも旨みはないと判断したのかもしれませんね」(イベント関係者)

 一方で華原は、バラエティ番組などで昨今でも小室との過去をネタにしているため、ネットユーザーから「未練タラタラじゃん」「すでに小室はKeikoと結婚しているんだから、当時の話をするのは慎むべき」などと呆れられることもしばしばあるが……。

「今でも小室との話をするのは、ただ単に話題作りのためなのかもしれませんが、華原にとって小室という存在が大きいのは確かでしょう。それだけに、彼が芸能界から去るという展開に、誰よりもショックを受けている可能性もあります」(前出・記者)

 SNSの更新を再開する時、華原はどのような言葉をつづるのだろうか。

ドラマ『女子的生活』が描く「性別」というファンタジー 男女のあわいを巧みに体現する志尊淳

 1月26日に最終回をむかえるドラマ『女子的生活』(NHK)はトランスジェンダー女性である主人公・みき(志尊淳)の、アパレル会社勤務の生活を描いている。周りには、みきの部屋にとつぜん転がり込んでくる高校時代の同級生だった後藤(町田啓太)、会社の同僚のかおり(玉井詩織)と仲村(玄里)、みきと恋人関係になるゆい(小芝風花)らがいる。そう書くとかんたんなのだけど、とても奥深い。その要が志尊淳の見事な演技だ。

 トランスジェンダーという存在は、その当事者の生きる社会において、生物学的性別と紐づけられた「男性/女性とはこう」という価値観にもとづく服装、振る舞いに違和感を持ったり、移行するもの、と言える。『女子的生活』のみきは、男性として生まれたけれど(実際は、子どもの出生時にわたしたちが「男/女の子が生まれた」と言うとき、外性器の形状による視認だけなので、「生物学的に女性/男性である」ということがきちんと調べられているわけではない)、レディースの服を着てメイクアップし、女性として振る舞いながら生活をしている。

 そんななにげない生活のなかでみきは、「性別」についてのさまざまな価値観や慣習を分析し、わたしたちが当たり前のように共有している「性別」という属性は疑いようもなく存在するものではなく、ファンタジーである可能性を教えてくれる。

 本作は、ジェンダーという視座を内面化した一般的なトランス女性が、世界を批評的に見るという、いまだかつてない傑作だ。と同時に、ひとりの働く社会人の仕事ドラマとしてもおもしろい。性愛や「じぶんらしさ」という人生における普遍的なテーマをめぐって、生きる苦さがほのかに通奏低音として響いていて、性別に悩みを抱えたことがない人にも届きうるとおもう。

「女性はスカートを履く」ことは自明ではない
 『女子的生活』の第1話の冒頭からみきは、会社のPR業としてインスタグラムやツイッターのようなSNSに「きらきらとすてきに見える」写真をハッシュタグをつけて投稿し、肌寒い秋口だろうに「夏のおしゃれを使い尽くす」という薄着コーデを取り入れ、仕事に活かす服装をえらぶ。同1話でみきは、合コンを共に開いたかおりといっしょに、参加者のゆいについて「ほっこりナチュラル系な服装で手作りを重んじる生活観」だと分析し、そのかおりは男性モテを意識した振る舞い、テクニックを披露する。

 男と女も、装ったり振る舞ったりするものだ、と考えることができる。その助けになる視点が「ジェンダー」だ。ジェンダーとは、かんたんに言うと社会・文化における性別の自認や表現を指し、つまり「わたしは男/女だ」(あるいはそのどちらと決めたくない、決められない)とおもうことだったり、男性的とされる服装や女性的とされる振る舞いを選択したり形成することだ。

 男性であること、女性であることが疑いようもなく、明らかに存在していて、本質的に異なるものとする価値観は一般的だ。たとえば「男ってああだよね、こうだよね」「女はこういうときにこういうこと言うよね」といった発言を耳にしたことは誰でも一度はあるだろう。しかし、生物学的な男性と女性の差が身体上に存在するとしても、それらと、服装、振る舞い、言動などは本質、自然、当たり前というように紐づけられるようなものではない。

 たとえばスコットランドでは伝統的な服装として男性がスカートを履く風習がある。わたしたちが生きているこの日本において一般的に共有されている「女性はスカートを履く」(男性はスカートを履かない)という価値観は、決して自明ではないということだ。わたしは今、フランス、ベルギー、ドイツを周遊しながら本稿を執筆しているのだけど、腕毛や薄い産毛を口もとに生やしたままの女性もいる。台湾、タイ、ベトナムにも何度か行っているけれど、特に身だしなみが悪いというわけでもなく、現代的な女性であっても、すね毛や腕毛を生やしている人はいた。

「女/男らしさ」とトランス女性の多様性
 また第2話では、後藤が連れてくる、男子の内輪ウケ狙いでかまってもらうことに必死な同級生の高山田(中島広稀)に、みきが女性装の指南をするエピソードがある。ここでは、性別移行初期のみきが、かつて同じくトランス女性である元同居人のともちゃん(トランスジェンダー監修も担当する西原さつき)からコンプレックスをカバーするメイクテクを学んだことも示唆される。

 この高山田の女装のエピソードは秀逸だ。

 ガニ股で歩く女装のミニーさん(高山田のあだ名)と、左右の膝を交差させながらしなやかに歩くみきの対比は、歩き方をとおして「男/女らしさ」の構築性を描いている。衣装も秀逸で、ふたりのコントラストを際立たせている。ミニーさんの服装は、赤と白のチェック地のストールで首回りをおおって(輪郭を覆うことでごつごつと骨ばった「男性らしさ」をカバーしている)、ベージュの上着にからし色のトップスと白いスカートを合わせた柔らかなもの。一方みきは、黒いオーバーサイズのカーディガンにジーンズというラフでクールないでたちなのに、全体として圧倒的に柔和だ。「女らしい」とされる「柔らかさ」「おしとやかさ」といったイメージは、服装だけで決まるものではなく、振る舞いも重要ということが「歩く」というシーンひとつで伝わってくる。

 みき、後藤と共に、女装姿で出歩くことにしたミニーさんがコンビニで買い出しをする際に、梅酒を買いたいというミニーさんと、1話の合コンシーンで梅酒が好きと言うゆいのエピソードとも重なる。本作では「甘い口あたりの梅酒を飲む女」はかわいさをアピールする存在として批評されているということだ。

 また、同じく2話でみきは、トランス女性の多様性も言い当てている。

 まず冒頭で、「ともちゃんは単純を愛している、でもわたしは複雑が好き」というセリフがあり、性的指向においても、ともちゃんはシスジェンダー(性別に違和感を持たない)男性と恋愛している一方で、みきは女性との恋愛やセックスを楽しむ「トランス女性でありレズビアン」と、ジェンダーとセクシュアリティは同一ではないことがきちんと表現されている(「性的指向と性自認については、改訂された広辞苑の誤解とおなじく一般にも共有されている。くわしくはこちら)。

 それから、キス未経験だと高山田に告げられた後藤が「ミニーちゃんめっちゃピュアだねえ」と言うのに対し、その気になって「あたし、そういうのよく知らないから」と返している様子を見て、みきは内心「乗っかるのかそれ」「よくもまあ、そこまで自分を信じられるな」と引き気味に分析する。女装姿になってミニーさんとしてぶりっ子な振る舞いをするさまを批評しながら、ひとくちに女性(トランス女性)と言っても、そうした人もいれば、みきのようにクールで媚びない生き方も存在するということがさりげなく示されている。

トランス=まがいものという意識が潜む「女子よりも女子」発言
 志尊の演じるみきは、指の動き、歩き方、そのすべてが自然と言えるけれど、じつはその実践は積み重ねられた成果であるということは、2話でのミニーさん(高山田)とのやりとりをとおして「すぐにこうなれたわけじゃなかった」という話題になる点からもあきらかだ。しかし、これはトランス女性に限ったことではなく、じつはシスジェンダー女性だって無意識に行なっているはずのこと。

 たとえば、中学高校の多感な時期にファッションやコスメに関心が高まる女性は少なくないだろうが、校則でメイクが禁止されている場合がほとんどで、十代後半のころのじぶんの写真を見直してみると「メイクが下手」「整ってない」とおもう人もきっといるだろう。

 わたしたちは日々、周囲を観察したり、ファッション誌を見たり、研究熱心な人はデパート1階に行ってコスメ売り場のBA(ビューティー・アドバイザー)さんに指南してもらったりして、じぶんになじむメイク方法を探求したりする。ファッションも、試着を繰り返しながらじぶんの体型に合うもの、コンプレックスをカバーするもの、就労や就学にふさわしいものを選んだりするだろう。小学生や中学生といった子ども時代から、社会人になっても、周りに合わせて「派手にするのはやめておこう」とか「周りが『女の子は身だしなみをきちんと』と言うから従ってきた」といった経験に覚えがある人はきっといるんじゃないだろうか。

 こうした考え方はひるがえって、「おしとやかでかわいい振る舞いをもともと身につけているはず」という女性にたいする偏見、決めつけとも言える。本作を紹介するモデルプレスでの記事の視聴者コメントに〈みきちゃん可愛すぎて女子をやめたくなった〉というものがあるが、化粧がうまくなくても、洋服に興味がなくても、おしとやかではなく乱雑でも、身体がごつごつしていても、その人が「じぶんは女性だ」とおもうなら、それでいいはずだし、誰も否定なんてできない。

 本作は、おしとやかでかわいいという「典型的な女性像」にみきの振る舞いが決しておさまらない点でも秀逸だ。第1話で、突然転がり込んでくる高校の同級生だった後藤が、学生時代食べていたけれどハイカロリーだからとみきが控えている菓子パンを持ってくるのだが、それをほうばる際に「くっそうめー!」と言う。第3話でも、仕事のため日本海側にある田舎町に帰省する際にみきは「あーシナモンどちゃくそ入れたラテ飲みたい」と言う。また、みきはなにかというと無礼な(しかし、他者であるみきのトランス女性としての在り方を尊重し、学ぼうとする)後藤に対し、回し蹴りを披露する。女性だってあぐらをかくし、汚い言葉づかいをすることはあるはずだ。

 みきを演じる志尊淳の乱雑な言葉づかいや振る舞いは、しかしまったく下品ではない。トランス女性は、少しでも「おしとやか」「かわいい」「きれい」といった典型的な女性像からはずれた途端、「そういうところがやっぱり男だよな」と、わざわざ「元男性」であることを指摘され、蔑視されることがある。志尊の発声、発語のしかた、動きは「抑圧的な男性的振る舞い」や「バラエティ的おもしろおかしい元男性像の披露」に一切なっておらず、こうした繊細な表現は、現実に生きるトランス女性への敬意がうかがえる、見事なバランス感覚だとおもう。

 本作で、「そこに主人公・みきが生きている」としかおもえない、すばらしい演技を見せてくれる志尊淳に対して、先ほども引いたモデルプレスの記事に〈女子よりも女子〉といった賞賛がある。しかし、そうしたほめことばは、むしろ現実に生きているトランス女性に対する侮蔑になりうる。〈女子よりも女子〉という、トランス女性に対してよく聞かれるフレーズには(他にも「どうやったらそんなにかわいくなれるんですか?」という言い方もある)、「女性的とされる振る舞いを演じる」トランス女性はまがいもので、「女性的とされる振る舞いをもともと身につけている」シスジェンダー(性別に違和感を持たない)女性は本物、と本質主義的に差別化していると言えないだろうか。

 しかし、わたしたちはみな装って、振る舞って生きているはずだ。社会人を装い、学生を装い、母を装い、父を装い、娘や息子として装う。会社で上司に気に入られるような振る舞いを選び、周りから奇異な目で見られないように身だしなみを整えたり化粧をし、「親不孝者」「甲斐性なし」といったネガティブな扱いを受けたくなくて、家族を大切にする(もちろん心の底から「愛情を注いでいる」と断言できる人もいるだろうけれど)。

「男子的生活」と「女子的生活」で異なるニーソの消費
 「男性という生き方の批評」という点をさらりと描いてみせている点でも、2話は秀逸だ。

 まず前半では後藤に対して、「背中丸めてゲームして、ミスってゲームオーバーして、ビール溢れるって、盛りすぎ」「その『ザ・落ち込んでます感』? どうにかして」とみきは指摘し、何か言い出したいけど出せないぐあいを「男あるある」として痛快に炙り出す。それから、後藤と高山田の高校時代のやりとりを振り返って、みきは、男子同士の単純な笑いのやりとりや、気軽に肌がふれたり距離が近くなる様子を「性的だった」と分析する。この「かまってほしい」という高山田の自意識を「俺のこと好きなんじゃないか」と理解する後藤の視点も、みきの分析と通じる。

 みきに指南を受けたあと、ミニーさんとしてSNSに女装姿を投稿する高山田に「化け物!」とコメントがついている点にも「男子的生活」のコミュニケーションの在り方が見て取れる。

 2話冒頭でともちゃんは、男ウケのためだけに履いていた自身のニーハイソックスを「世界で一番無意味なニーソ」とぼやいていた。同じようにニーソをミニーさんが履くと、かまってもらうための機能としては同じ「男ウケ」でも、男性同士のコミュニケーションに内向きとして機能する。ホモソーシャルな場でのいじりという関わり方でしか作用しない様子を、みきは「世界で最も無意味なニーソ」と評した。ここではニーソ(=女性装)の消費のされ方だけでなく、洋服など着飾ることについての男子的生活と女子的生活での意味が異なることがわかる。

 男同士の関係において、体型や髪型や服装をいじって、貶めるということは、まま見られるだろう。こうした振る舞いは、2話前半で高山田がみきに再会したときに、不躾に下半身事情をたずねたり「化け物だな」と罵ったりするところにも出ていたのだが、実際に多くのトランス女性たちは「元男性」というくくりで「男子的生活」なコミュニケーションに取り込まれて、ぶつけられることはよくある。第2話から登場するみきを取材しようとするテレビディレクター・小山(夙川アトム)や、第3話に登場するテキスタイルデザイナーの柳原美穂(前田亜季)のように、「男ですよね?」とわざわざ問うたり、「世間の偏見に負けずにがんばって生きている人」といったステレオタイプにはめてくるような人もたくさんいる。

わかりやすい「女性像」を体現しないみきの魅力と孤独
 以前わたしは、wezzy(messy)の記事で、荻上直子監督の映画『彼らが本気で編むときは、』を批判的に検証した。トランスジェンダー女性が抱く性別違和や、性別を移行することの悩みは劇的に描きやすそうだけど、この映画は『女子的生活』同様にその先を描こうとするという志においては評価したい。しかし、上記の記事で引用した監督インタビューどおり受け取るなら、主演の生田斗真の身体つきや顔つきをふまえずに、制作チームの好きな「かわいさ」や「女性とはこういうもの」といった価値観を服装や振る舞いに落とし込んでむりやりはめ込まれているから、筋肉質な生田の身体と「性別適合手術(SRS)を受けたトランス女性」という設定にズレが生じていた。一方『女子的生活』では、志尊淳の身体や顔つきに対して服装やメイクは浮いておらず、かつ、「SRSを受けていないトランス女性」の微妙な「女装感」が出ていて、リアルで味わい深い。

 みきは、わかりやすい「女性像」を体現しないし、恋愛面でも、「男(女)は女(男)を好きになるのが当たり前」とされるヘテロセクシュアル(異性愛)主義に染まらず、女性への性別移行をしながら性的指向(セクシュアリティ)は女性に向かうレズビアンという自意識も持つ。多くの人々が周りに合わせて同調するし、みきは会社勤めで社会性を持っているけれど、どこかでヘテロセクシュアル/シスジェンダー主義的な社会が押し付けようとするファンタジー性を共有しきれず、浸れていない。そういうみきの孤独にかすかにふれる点でも画期的だ。

 トランス女性は、みきのように美しく、就労形態を取れる人ばかりではない。本作でのみきの生き方はある意味では、既成の女性像に同化できる容姿に恵まれた人にしか選択できないかもしれない。それでも、みきが「アパレル会社でPRと営業も兼ねる仕事に就く女性」を擬態しているという設定の本作はトランス女性にとってもロールモデルになりうるかもしれないし、シスジェンダーの人たちにとっても「自分たちと同じような存在」として受け取る可能性を秘めていると言える。その要はやはり、たいへん丁寧な役作りでみきを造形した志尊淳だ。実際の社会で生活し、生きているとしか見えない志尊の演技ひとつを取っても、わたしは彼女の生活をずっと見ていたいとおもった。魅力的な人物がそこに存在しているというだけでも、このドラマは成功している。

 最終回をきっかけに、ぜひ多くの人に見てもらいたいすばらしい作品だ。

壇蜜が「殿方に尽くす」のは「欲しいものを自分で奪いに行く」ためだった/『男と女の理不尽な愉しみ』

1月11日放送の『ゴロウデラックス』(TBS)が、林真理子(63)と壇蜜(37)による共著『男と女の理不尽な愉しみ』(集英社新書)を課題図書として取り上げ、林真理子・壇蜜がゲストとして登場して稲垣吾郎(44)と恋愛論を繰り広げた。

 昨年11月に発行された『男と女の理不尽な愉しみ』は、林真理子と壇蜜が、恋愛、不倫、看取りなど“男と女を巡るあらゆる問題”について雑談を交わす内容。“男と女を巡るあらゆる問題”については誰でも、自分や自分の周囲にいる人たちの経験を踏まえた上で持論を持っているだろうが、彼女たちの場合はより人生経験が豊富そうな存在として貴重な言葉を期待する読者も多いのだろう。

 同書の「第一章 結婚したい女たち」で、壇蜜は、結婚に向く出会いがないと嘆く女性への回答として「損をしてみたら?」と提言している。この真意を、番組で稲垣は尋ねた。

『多くの女性って、ずっと「得したい」と思ってきたわけですよ。できるだけ損をしないように生きてきた結果、いまがあるんですね。だったら、いっぺん損をしてみるのもいいんじゃないかと思うんです。いままでなら「この男とは無理!」と思って避けていたような相手と寝てみたら? と(笑)』(『男と女の理不尽な愉しみ』p24)

 この一文について説明を求めるかたちで、次のように会話が進行していった。ちなみに壇蜜は昭和女子大学附属昭和小学校から内部進学で中学高校と進み、昭和女子大学を卒業している。

壇蜜「『しなくてもいい苦労をする』という人生のモットーがありまして」

稲垣「しなくてもいい苦労?」

壇蜜「しなくてもいい苦労をすると、自分に若干の余裕みたいな、愛情みたいなものが広がっていくような気がして。おそらく奉仕活動とかボランティア活動みたいなものを散々叩き込まれて育ってきた環境……学校がそうだったので。それに大人になってもまだ捉われていたので。だったら、しなくてもいい苦労を、あえて損してみる時間を、無理矢理設けて否定しないで生きてみようかなって思うようになったんです」

林「それはこういうことですか? こんな男と付き合ったって仕方ないと思っても、言い寄られたらちょっと付き合ってみて、無駄な時間も過ごして、それで初めてわかる愛情だとか男の人の良さもあるということ?」

壇蜜「……そうですね。相手もまたそれを無駄だと思っていたら、それは問題かもしれないですけど、相手が楽しそうにしていたらそこに価値が出てくるなあって思って」

林「女神のようじゃないですか」

壇蜜「ただ私は一人なので、それをできる人(相手)は一人だけなので、ある意味不平等ではありますよね。みんなにできるような増殖システムみたいなのがあればいいんですけど、生憎一人なので」

林「本の中で『そういう付き合い方するとあなた男にいつか恨まれるよ』って言ったら『首絞められた』って」

壇蜜「そうですね、大概首狙ってきますね」

林「よく無事で生きてきたなと思って」

壇蜜「そうです。死んだおじいちゃんが後ろに憑いているので多分大丈夫です」

 しかしこれだけでは誤解が生じるかもしれない。壇蜜が誠心誠意、一人の殿方に尽くす従順な女性かといえば、それはまた別の話だからだ。彼女は気まぐれでもあり、主体的に行動を起こす。支配され可愛がられる籠の中の鳥になりたいのではなく、「欲しいもの」を手中におさめるべく能動的に動く人だということが、同書の発言からわかってくる。

 たとえば壇蜜は、好きになった男を自分から口説くという。ジッと目を見つめて誘われるのを待っていても始まらないゆえ、『男の人を酔わせて、こっちから行く(笑)』。さらに逃さないために『相手の居場所をつくることだけに専念する』。

『自分の欲しいものを手に入れるためなら、自分の自由をちょっと我慢してでもやらなきゃいけないことが絶対にあると思うんです』(P44)

『自分のユートピアやアルカディアを大事にしたいなら、口説かれるのを待つより、自分から欲しいものに手を出したほうがいいんですよ』(P45)

 こうした価値観は、林真理子の世代の女性にとっては馴染みにくいものだろう。女性から誘って断られたら恥だというプライドもあるだろうが、それだけではなく、女性は男性から強く求められて応じる形でなければ、あとで調子に乗った男性からひどい目に遭わされてしまう、との警戒心がそこにはある。

 しかし一方で、その恋愛作法に「乗れない」性格の女性も少なくないのである。そして壇蜜も、ギブアンドテイクの恋愛関係に魅力を感じず、損得ぬきに自分がしたい相手とする。だから壇蜜は、「結婚したい女子」にこう言いたいのだと思う。周りの変化を待っていないで貴女が動けばいいんじゃないの、と。どうせ無傷で生きていくことなど難しいのだから。

 そんな彼女の価値観が「正解」ではない。そこに正解なんてないからだ。恋愛や結婚などは究極にプライベートな事案で、ひとりひとり違う答えを持ち得る。壇蜜は、「得したい」という我欲を脇に置き、殿方に尽くす経験を持って成長することを女性に促すが、それもひとつの価値観というだけのこと(何より彼女の人生のモットーは誰も否定できない)。その価値観に共鳴する女性は実行してみればいいと思う。

 ただ、壇蜜と林真理子が『多くの女性は得したがっている』という前提で話を進めていくことには異論を唱えたい。「得したい」のは女性特有の性質なのだろうか、そもそも「得したい」と思うことはそんなに不健全なことか? 一般に“女性は「得したい」という気持ちが強く、打算的な生き物”というイメージが蔓延しているような気もするが、立場の維持や向上を目論みうまく立ち回ろうとする人物は老若男女を問わないだろう。

 また、壇蜜の結婚問題に林真理子が『お母さんになられるの嫌かもしれない』『母親になると女の人って凡庸になっていくから。やっぱり母性って女の人から色んなものを与えると同時に奪うと思うんだよね』と持論を展開しているが、そこにある“母親像”は一面的で貧相だ。

 その他セクハラやLGBTなどにも言及しており引っかかる箇所は多いのだが、とはいえ壇蜜と林真理子の価値観がほとんど相容れない点は面白い。しかも作家として大先輩である林が提示する保守的な男女の恋愛観を、壇蜜が「私のやり方はみなさんとは違うので……」とやんわり否定する(そして林が「さすが壇蜜さんだわ」と褒めちぎる)構図になっているのに、最終的には似たもの同士のようにも見えてくるのだ。かつては林真理子が「私のやり方はみなさんとは違う」と新しい価値観を提示するポジションに立っていたからだろう。

 前述したような壇蜜のモットーや恋愛観に嫌悪感を覚える女性は少なからずいるだろうが、林真理子的な価値観での恋愛・結婚を試みて迷走している自覚がある女性にとっては、一読の価値はあるかもしれない。

元NHK・登坂アナ、「セクハラ麿」は周知の事実!? “第二のショーンK”寸前も余裕なフジの思惑

 “麿”という愛称で親しまれ、人気を博した元NHKアナウンサーの登坂淳一が、第二の人生を歩み出す直前に、セクハラスキャンダルに見舞われた。1月25日発売の「週刊文春」(文藝春秋)は、登坂アナがNHK在籍時に新人女性キャスターへセクハラを行い、告訴される寸前の事態に陥っていたと報じたのだ。

 NHKの東京本局に在籍していた頃には、女性ファンも多かったが、地方支局を転々とし、最終的には閑職に追い込まれていたという登坂アナ。今月15日には、NHKを退職して大手芸能事務所のホリプロに所属すること、また4月からフジテレビ系情報番組『プライムニュース』のメインキャスターを務めることが発表されていた。

「しかし、この時点でマスコミ関係者の間では、『きちんと身辺調査をしたのか?』という疑問の声があふれ返っていました。札幌支局でのセクハラ疑惑は、2015年にも一部で報じられていたし、NHK関係者の間では、触れ回ることこそしないものの、“麿のセクハラ行為”は周知の事実という認識。いくら看板キャスターがほしいとはいえ、フジのゴーサインは自殺行為としか思えませんでした」(週刊誌記者)

「文春」では、登坂アナだけでなく、ホリプロやフジにも取材を行っているが、いずれもセクハラ疑惑については否定、もしくは回答拒否となっている。

「本来なら危機的状況にもかかわらず、フジもホリプロもどこか余裕すら感じられる、と記者内では話題です。双方とも、登坂アナが降板するまでには至らないという確信があるのか、と逆に勘ぐってしまう。ただでさえフジは、番組キャスターが決定していたにもかかわらず『文春』の報道で経歴詐称を暴かれ、番組スタート直前に降板した、ショーンKという“苦い過去”がありますからね」(同)

 被害者とされる女性キャスターは、代理人弁護士を通じて登坂アナのセクハラ被害について「ご指摘の事案については確かにありました」と回答している。

 “爆弾”を抱えた船頭を用意したところ、案の定爆発したという“想定内”すぎる展開となった、フジの登坂アナキャスター抜擢。果たしてマスコミ各社が期待する、セクハラ報道をも覆す“秘策”を、フジは持ち合わせているのだろうか。

嵐・相葉、櫻井、V6・森田ら“結婚時期”はいつ? 一方「生涯独身」掲げるジャニーズも

 昨年、小島瑠璃子との交際が報じられた関ジャニ∞・村上信五が、番組内で“結婚時期”について言及したことで、ファンがザワついている。昨年は、V6・岡田准一が宮崎あおいとゴールインし、早くも「次に結婚するジャニーズ」がメディアで盛んに報じられているが……。

 村上は1月22日放送の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で、観覧の一般人から「いつ結婚するんですか?」と聞かれ、「30代はない。少なくとも、オリンピック(2020年)終わるまではないな!」と断言した。

「ジャニーズ事務所は、村上の熱愛スキャンダルに、さほど神経質な様子は見せないようになっています。というのも、村上はすでにテレビ界でMCとして頭角を現していますし、たとえ結婚したとしても、急激な人気低下を招く事態にはならないだろうと踏んでいるようなんです。それだけに、遠くない将来ゴールインする可能性は十分考えられますよ。しかし、小島との交際は本人が完全否定しているし、続報もまったく聞こえてこないことから、結婚相手が小島という可能性はまず考えられない。『オリンピックが終わるまではない』という時期についても、言い換えれば『まだまだ結婚する気はない』というところでしょう」(スポーツ紙記者)

 一方で「近々にも発表があるのでは」と目されているのが、V6・森田剛なのだという。

「年末になって、宮沢りえの妊娠情報がマスコミ中を駆けめぐり、各社とも必死に裏取りをしていました。宮沢に近い関係者が、妊娠を否定しなかったという情報もあるだけに、どこも“電撃婚”の発表に備えているようです」(テレビ局関係者)

 さらに、昨年ネット上で「結婚秒読み」とウワサされていたのが、嵐・櫻井翔と相葉雅紀だったが……。

「櫻井は交際が報じられているテレビ朝日・小川彩佳アナと早期結婚説がささやかれました。相葉も、『フラッシュ』(光文社)に熱愛をキャッチされた一般女性とは、『すでにジャニーズから結婚を許可してもらっている』と業界内でいわれています。しかし、嵐に関しては、ジャニーズ関係者が『デビュー20周年となる19年末まではない』としているそうなので、まだまだ結婚には時間がかかるでしょうね。順番としては、『相葉が先』とされており、マスコミ関係者の間では、『櫻井はその間に破局してしまうのでは?』と予想する声もありますよ」(週刊誌デスク)

 さらに、地下アイドルとの“極秘交際”がネットで炎上したNEWS・小山慶一郎も、いまだに破局していないことから、記者にマークされているというが……。

「交際継続とは耳にするものの、小山が地下アイドルと添い遂げるとは考えにくい。ジャニーズも交際自体を認めていないだけに、人知れず破局して、“なかったこと”にされてしまうのでは」(同)

 各々が結婚や交際で盛り上がる中で、アイドルとしてのプライドから“生涯独身”を貫こうとしているのが、V6・坂本昌行なのだとか。

「坂本は、“自分はファンのもの”という意識が強く、女性と交際こそしても、結婚はファンに対して失礼と考えているそう。しかし、ジャニーズサイドは、こうした坂本の意思を気にも留めていない様子で、交際について『報道NG』を出されたことはありません」(前出・記者)

 果たして、最初にゴールインを報じられるのはどのジャニーズタレントになるのか。

嵐・相葉、櫻井、V6・森田ら“結婚時期”はいつ? 一方「生涯独身」掲げるジャニーズも

 昨年、小島瑠璃子との交際が報じられた関ジャニ∞・村上信五が、番組内で“結婚時期”について言及したことで、ファンがザワついている。昨年は、V6・岡田准一が宮崎あおいとゴールインし、早くも「次に結婚するジャニーズ」がメディアで盛んに報じられているが……。

 村上は1月22日放送の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で、観覧の一般人から「いつ結婚するんですか?」と聞かれ、「30代はない。少なくとも、オリンピック(2020年)終わるまではないな!」と断言した。

「ジャニーズ事務所は、村上の熱愛スキャンダルに、さほど神経質な様子は見せないようになっています。というのも、村上はすでにテレビ界でMCとして頭角を現していますし、たとえ結婚したとしても、急激な人気低下を招く事態にはならないだろうと踏んでいるようなんです。それだけに、遠くない将来ゴールインする可能性は十分考えられますよ。しかし、小島との交際は本人が完全否定しているし、続報もまったく聞こえてこないことから、結婚相手が小島という可能性はまず考えられない。『オリンピックが終わるまではない』という時期についても、言い換えれば『まだまだ結婚する気はない』というところでしょう」(スポーツ紙記者)

 一方で「近々にも発表があるのでは」と目されているのが、V6・森田剛なのだという。

「年末になって、宮沢りえの妊娠情報がマスコミ中を駆けめぐり、各社とも必死に裏取りをしていました。宮沢に近い関係者が、妊娠を否定しなかったという情報もあるだけに、どこも“電撃婚”の発表に備えているようです」(テレビ局関係者)

 さらに、昨年ネット上で「結婚秒読み」とウワサされていたのが、嵐・櫻井翔と相葉雅紀だったが……。

「櫻井は交際が報じられているテレビ朝日・小川彩佳アナと早期結婚説がささやかれました。相葉も、『フラッシュ』(光文社)に熱愛をキャッチされた一般女性とは、『すでにジャニーズから結婚を許可してもらっている』と業界内でいわれています。しかし、嵐に関しては、ジャニーズ関係者が『デビュー20周年となる19年末まではない』としているそうなので、まだまだ結婚には時間がかかるでしょうね。順番としては、『相葉が先』とされており、マスコミ関係者の間では、『櫻井はその間に破局してしまうのでは?』と予想する声もありますよ」(週刊誌デスク)

 さらに、地下アイドルとの“極秘交際”がネットで炎上したNEWS・小山慶一郎も、いまだに破局していないことから、記者にマークされているというが……。

「交際継続とは耳にするものの、小山が地下アイドルと添い遂げるとは考えにくい。ジャニーズも交際自体を認めていないだけに、人知れず破局して、“なかったこと”にされてしまうのでは」(同)

 各々が結婚や交際で盛り上がる中で、アイドルとしてのプライドから“生涯独身”を貫こうとしているのが、V6・坂本昌行なのだとか。

「坂本は、“自分はファンのもの”という意識が強く、女性と交際こそしても、結婚はファンに対して失礼と考えているそう。しかし、ジャニーズサイドは、こうした坂本の意思を気にも留めていない様子で、交際について『報道NG』を出されたことはありません」(前出・記者)

 果たして、最初にゴールインを報じられるのはどのジャニーズタレントになるのか。

ジュリー副社長激怒! V6・井ノ原の相方、有働由美子の『あさイチ』降板報道は「タブー破り」

 1月1日、NHK・有働由美子アナウンサーの『あさイチ』降板が報じられた。同番組を楽しみにしている視聴者に大きな衝撃を与えた報道だったが、ジャニーズ事務所では「藤島ジュリー景子副社長が怒りを爆発させていた」(テレビ局関係者)という。

「スポーツ紙や女性週刊誌で、立て続けに降板が報じられた有働アナ。2010年からV6・井ノ原快彦と共に番組の司会を担当しており、コンビ揃って視聴者の支持を得ているだけに、ネット上には『有働アナじゃないと嫌だ!』といった書き込みが続出しました」(芸能ライター)

 その裏で、有働アナに怒り心頭となっていたのが、井ノ原所属のジャニーズサイド。番組降板について、相談や連絡を一切受けておらず、報道で初めて知ったというジュリー副社長は、水面下で有働アナの“身辺調査”を進めたようだ。

「実に8年間も続いている井ノ原と有働アナのタッグは、視聴者からの評判も上々で、NHKにとって『あさイチ』は、連続テレビ小説と並ぶ朝の看板番組に成長しました。一方で近年、有働アナはフリー転身がささやかれるようになったのも確かで、今回の降板報道に関しては、多少先走ったことは否めないものの、いずれはそうなるとみられていたんです」(前出・テレビ局関係者)

 しかし、こうした報告を本人の口からではなく報道で知らされるということは、業界の慣習として、あってはならない“タブー”なのだという。

「ジュリー副社長は有働アナに大激怒し、すぐさま情報収集をして、すでに“移籍先”とみられている芸能プロまで割り出したそうです。一部報道では、有働アナが羽鳥慎一と交流があることから、『テイクオフ』と言われています。しかしこうなった以上、有働アナも今後のジャニーズとの付き合い方を考えれば、降板やフリー転身を、より慎重に行う必要があるでしょう」(同)

 有働アナに関して、フリー転身説のみならず、すでに「TBSのニュース番組に出演するのでは?」といった情報も流れていた。NHKや井ノ原は、ジュリー副社長の反応に困惑しているというが、果たして有働アナは自身の降板・フリー転身問題に、どう決着をつけるのだろうか。

石原さとみ『アンナチュラル』が最高に面白い! 医療ミステリーでありプロのお仕事モノで爽快感ある後味

 金曜夜10時から放送中の連続ドラマ『アンナチュラル』(TBS系)が視聴率好調だ。初回放送は平均視聴率12.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区 以下同)で、第2話はそれを上回る13.1%を記録した。主演は石原さとみで、他に窪田正孝、市川実日子、松重豊、井浦新らが出演。脚本は『重版出来!』『逃げるは恥だが役に立つ』などの野木亜紀子、「不自然死究明研究所(UDIラボ)」を舞台にした原作のないオリジナルドラマだ。初回よりも数字を下げるドラマが多い中で、2話でUPするケースは初回がしっかり評価されたと言っていい。

 『アンナチュラル』は1話完結の医療ミステリーで、エンタメとして楽しめる医療ドラマ・刑事ドラマは定番だ。いわば鉄板だが、暗すぎず空回りする明るさもない程よい味付けで仕上げている。

 UDIラボの面々は全員がスペシャリストとして冷静かつ的確な判断をするため、視聴していてストレスがない。足手まといがいないのだ。無駄な突っ込みどころがないのもノンストレス。プロの仕事を興味深く拝見するタイプのドラマである。演出もシンプルでとにかくわかりやすい。親切設計なのに押し付けがましさがないところも、良いのである。

 石原さとみといえばぶりっ子だったり一生懸命なドジっ子だったりとにかく「可愛い役」でおなじみの印象があるが、今作では仕事人だ。そして普通の大人の女性である。毎度UDIラボには警察や葬儀屋から事件が持ち込まれ、石原たちはチームで事件を解決する。そこに過剰な熱意はない。あくまでも仕事だ。

 また、一時間ある物語の“どこ”に重点を置くかも『アンナチュラル』は特徴的。第1話はウィルスを日本に持ち込み撒き散らした「犯人」が二転三転して視聴者を驚かせ、第2話は殺人事件の「犯人」が登場するが、お涙頂戴の犯行動機などは語られずさらっと流すバランス感覚も巧みだ。消化不良に終わらせるわけではなく、来週もきっと面白いだろうな、と思わせる余韻だけを残している。ゲスト出演者がメインにはならず、あくまでも主役はUDIチームであるところも、続けて視聴したいと思わせる。

 展開がスピーディーでテンポ良く、もったいぶらずどんどん話を先に進めていくにもかかわらず、良い意味で一時間が長く感じる作品だ。エンディングで「いい仕事を見せてもらった」という感想を抱くのは、医療モノであり刑事モノであり、お仕事モノでもあるからだろう。巨悪を成敗するわけでもないのに爽快感ある後味を残す『アンナチュラル』、金曜の夜にしっくりくる。

(清水美早紀)