マドンナは本当にセクシーなのか~おっと、セックスの話はダメだなんて知らなかった

 常々、女性ミュージシャンを「姐さん」と呼ぶのはちょっとダサいことも多いと思っているのですが、世の中にはどうしても姐さんと呼びたくなる方もおられます。私の場合、それはマドンナです。たぶん、マドンナだけはどうしても姐さんと呼ばざるを得ないという方はけっこうおられると思います。

 姐さんというのは、時代劇などでヤクザが女親分を呼んだり、芸者衆が先輩を呼んだりする時によく使われるような言葉です。「姉さん」はきょうだいのうち年上の女性を指す言葉ですが、「姐さん」は実際に血がつながっていない擬似家族的な集団でリーダーになる女性を指すようです。つまり、人望や才能があって、メンバーから慕われつつグループににらみを利かせ、世間的にはちょっと堅気でないような稼業もこなす女性というニュアンスでしょう。

 マドンナを姐さんと呼ぶ時、私たちは無意識に妹分とか弟分のような気になっているのかもしれません。80年代からこのかた、マドンナのファッションや音楽を真似るファンやアーティストのことを「マドンナ・ワナビー」(マドンナになりたいちゃん)と言うことがありますが、たぶん円錐ブラや筋トレを真似なくても、マドンナを姐さんと呼んでしまう人はみんなマドンナ・ワナビーなのです。姐さんの才能とか押しの強さ、堅気でない感じに憧れているのです。

 マドンナ姐さんのこの「堅気でない」感じはいったいどこから来るのでしょうか? 一言で言うと、セックスに関する自分の考えを型破りかつ主体的に語っているからだと思います。今回の記事では、マドンナがアーティストとしてセクシュアリティを探求していた時期について考えてみたいと思います。

自分を表現すること

 常に自分のイメージを刷新し続けてきたマドンナですが、ひとつ変わらない核があるとすると、それは自分の気持ちを正直に表現すべきだという理念です。上に貼ったのは1989年の「エクスプレス・ユアセルフ」のビデオです。この曲はタイトルが示しているように、女性に「自分を表現しなさい」と呼びかける励ましの歌です。さらには恋する女性に対して「感じてることをカレに言わせるように」(“Make him express how he feels”)しなさいとも言っており、女性が主体となって男性にも自分の気持ちをはっきり言わせるよう促しています。つまり、恋愛において男性側に「察してほしい」というような甘えや、「女と話しても埒が明かない」というようなバカにした気持ちがあっては実りのある関係は築けないから、対等かつ正直にお互いを大事にする気持ちを表現することが重要だということを訴えています。

 もとから大胆な表現を好んでいたマドンナですが、この曲を発表した後、90年代になると、セックスに関してよりあからさまな表現を探求しはじめます。1990年には同性間のセックスやBDSM(緊縛といった嗜虐的あるいは被虐的な性的嗜好)などを描いた「ジャスティファイ・マイ・ラヴ」のビデオがMTVから放送を拒まれます。1992年には、BDSMや同性愛、グループセックスなどを主題とする写真集『セックス』と、同様のテーマをシャープなダンスサウンドで彩ったアルバム『エロティカ』を発表しました。どちらも女性としての自らの性的ファンタジーを追究した作品です。

 既に「女の子がムラムラしてはいけないの? イギリス文学における女と性欲」でも解説したことですが、女性が自らの意志で主体的に性欲を表現することは歴史的にタブーとされてきました。今からすると、『セックス』はおしゃれでアートなモノクロ写真集、『エロティカ』はキレッキレの90年代ポップで、とくに過激とは思えないでしょう。しかしながら90年代はじめにおいて、メインストリームの女性アーティストが主体的にセクシュアリティを探求した作品を作り、自分の性欲とファンタジーを男性に媚びない形で芸術に昇華させるというのは革命的なことでした。

 どちらの作品も大きな議論を呼び、ネガティヴな反応を示す人もたくさんいました。誰もこういうものを見聞きしたことがなかったので、反応しづらかったというのもあるでしょう。今では評価も好意的になり、ロックの殿堂は『エロティカ』を女性による性表現の幅を広げた画期的なアルバムだと評しています。このアルバムが作られていなければ、クリスティーナ・アギレラもレディ・ガガもリアーナも今ああいうふうには活躍出来ていないでしょう。みんな姐さんの妹分なのです。

マドンナはセクシーなのか?
 この時代のマドンナの作品、とくに『セックス』はポルノグラフィ的だと評されることがありました。マドンナといえばセックスシンボルですし、ライヴやミュージックビデオでオナニーやグループセックスなどを思わせる表現も用いています。しかしながら、私がいつも疑問に思っているのは、マドンナは本当にセクシーなのか、ということです。

 ポルノグラフィとは通常、人を性的に興奮させることを目的として作られたコンテンツを指します。何がポルノで何がポルノでないかの境界は非常に曖昧で、またどういうものに性的興奮を感じるかは人によって大きく異なるので一概に言うことはできません。『セックス』を見たり、『エロティカ』を聞いたりすると物凄い性的興奮を覚えるという人がいてもおかしくはありません。しかしながら『セックス』や『エロティカ』には、妙にポルノ的でないところがあります。セックスがふんだんに登場するのに、人を興奮させるよりはむしろ考えさせるほうに導くようなところがあるのです。

 『セックス』の序文には、こんなことが書かれています。

頭も体もリラックスしているとき、私はいちいちコンドームのことを考えたりしない。人間なら誰だってそうだろう。私の想像の世界は、私のつごうのいいようにできている。だから、エイズの心配もない。残念なことに、現実の世界はそうはいかない。コンドームは必要だし、ひとりひとりに課せられた義務でもある。あなたがこれから見たり、読んだりすることは、すべて想像の世界であり、夢であり、一種の「ごっこ」だ。でも、もし、夢の世界を実際にためすことになったら、私は間違いなくコンドームを使う。安全なセックスをするということは命を守ること。覚えていて欲しい。

 この本は、夢や空想は完全に現実とは切り離されたものだという一種の諦めから始まっています。この本には悪夢のようなシュールなものからユーモアのある笑えるものまで、性的幻想を描いたいろんな文章と写真が収録され、基本的にセックスを楽しいものとして描いているとは思います。しかしながら一方で、楽しいはずのセックスによって現実世界では妊娠やHIV感染などの危険にさらされる面倒な体を抱えているということが最初に述べられているのです。

 あらかじめ読者を性的興奮に誘うことを拒んでいるような序文のトーンが、『セックス』全体を支配しています。途中には、ポルノ映画はくだらないし、「人が本当に傷つけられているような映画はみる気がしない」が、美しいヌード写真は大好きだ、という文章もあり、語り手はつまらないものと美しく楽しいもの、どこに線を引けば良いのか自分でも混乱しているらしいことがわかります。

 セックスについて楽しさだけではなく、困惑や割り切れない気持ちも正直に出そうというこのスタンスは、『エロティカ』にも見られます。恋人を失って楽しくないセックスや飲酒喫煙に溺れる女性を歌う「バッド・ガール」や、ゲイの友人たちをエイズで亡くした悲しみを歌う「イン・ジス・ライフ」などはそうしたスタンスがよく表れています。自信を持ってセクシュアリティを表現する精神と、混乱や苦痛をそのままさらけ出す内省が共存していることが、『エロティカ』や『セックス』が90年代の視聴者を面食らわせた一因かもしれません。型にはまらない表現だったのです。

 私は実は一度もマドンナをセクシーだと思ったことはありません。マドンナがセックスを扱った作品を見聞きするといつも、わくわくウキウキするというよりは、セックスについて何か凄く真面目に考えなければならないような気分になるからです。また、マドンナが露出度の高い衣装を身につける時は別に男性の気を惹きたいのではなく、周りがドン引きしてもいいから自分が綺麗と思えるものを身につけたいのだろうなという気もしています。

 いつもセックスの話をしているのに、全然セクシーじゃないかもしれないし、それでもいいんだよということを教えてくれるのがマドンナです。男性中心的な社会は、セックスについて自己表現する女性にエロ、色物、性的対象というレッテルを貼りたがりますが、マドンナはそうした型から逸脱しています。マドンナは本当にセクシーなのかはよくわからないけど、セックスを表現する第一人者であり、紛れもなくセックスシンボルです。

「私が作ったわけじゃないルールは全部破ってる」

 『セックス』や『エロティカ』を作った時代のマドンナはずいぶんメディアから叩かれていました。おそらく、男性に媚びずに主体的に自らの性欲や性的幻想を表現し、セックスの楽しいところと楽しくないところ両方を探求するという型破りなスタイルが受け入れられにくかったのでしょう。ストレートにエロエロでポルノっぽかったら、もっとわかりやすいと思われていたかもしれないと思います。

 そんなマドンナが1994年のアルバム『ベッドタイム・ストーリーズ』のため録音したのが「ヒューマン・ネイチュア」です。上にビデオを貼りましたが、全体的に『セックス』や『エロティカ』のBDSMモチーフを引き継ぎつつ、時々マドンナが顔芸みたいな表情をするなど、もう少しユーモアをまじえた表現になっています。歌詞もこのビデオにぴったりの自虐ギャグのような内容で、「エクスプレス・ユアセルフ」という前の作品そのままのささやきで呼びかけをする一方、「おっと、セックスの話はダメだなんて知らなかった」とか「おっと、自分が思ってることを言っちゃダメだなんて知らなかった」とか、礼儀に外れたことをして罰される自分を面白おかしく歌っています。途中で「私が作ったわけじゃないルールは全部破ってる」という歌詞がありますが、90年代初めのアメリカ合衆国では、女性がセックスについて男性に媚びない主体的な表現をするのは堅気ではないルール違反な行為だったわけです。

 「ヒューマン・ネイチュア」の面白さは、語り手がとくにタブーを破ってやろうと意識せずに正直な表現をしているだけなのに、どういうわけだか知らないうちにルール違反にされているという状況を歌っているところです。語り手は「ヒューマン・ネイチュア」、つまり人間の本質だから自分はセックスその他について話さずにはいられないのだと言っており、おそらくは生きてるだけで過激な発言をしてしまうみたいな状況が想像できます。天然の反逆者であるマドンナらしい歌です。

 マドンナはいつも完璧な芸術家であるわけではありません。ファンが心配になるくらいトンチンカンな言動や駄作もずいぶんあります。正直、忠実な妹分である私も、たまに「姐さん、何やってんだろ」と思うこともあります。それでも、姐さんは私たちに、自信を持って自己表現していいんだということ、その自己表現には混乱や戸惑いがあってもいいんだということ、自分の性欲について自由に表現してもいいんだということを教えてくれたと思います。

参考文献

マドンナ、スティーブン・マイゼル、『SEX by MADONNA―マドンナ写真集』中谷ハルナ訳、同朋社、1992。

マドンナは本当にセクシーなのか~おっと、セックスの話はダメだなんて知らなかった

 常々、女性ミュージシャンを「姐さん」と呼ぶのはちょっとダサいことも多いと思っているのですが、世の中にはどうしても姐さんと呼びたくなる方もおられます。私の場合、それはマドンナです。たぶん、マドンナだけはどうしても姐さんと呼ばざるを得ないという方はけっこうおられると思います。

 姐さんというのは、時代劇などでヤクザが女親分を呼んだり、芸者衆が先輩を呼んだりする時によく使われるような言葉です。「姉さん」はきょうだいのうち年上の女性を指す言葉ですが、「姐さん」は実際に血がつながっていない擬似家族的な集団でリーダーになる女性を指すようです。つまり、人望や才能があって、メンバーから慕われつつグループににらみを利かせ、世間的にはちょっと堅気でないような稼業もこなす女性というニュアンスでしょう。

 マドンナを姐さんと呼ぶ時、私たちは無意識に妹分とか弟分のような気になっているのかもしれません。80年代からこのかた、マドンナのファッションや音楽を真似るファンやアーティストのことを「マドンナ・ワナビー」(マドンナになりたいちゃん)と言うことがありますが、たぶん円錐ブラや筋トレを真似なくても、マドンナを姐さんと呼んでしまう人はみんなマドンナ・ワナビーなのです。姐さんの才能とか押しの強さ、堅気でない感じに憧れているのです。

 マドンナ姐さんのこの「堅気でない」感じはいったいどこから来るのでしょうか? 一言で言うと、セックスに関する自分の考えを型破りかつ主体的に語っているからだと思います。今回の記事では、マドンナがアーティストとしてセクシュアリティを探求していた時期について考えてみたいと思います。

自分を表現すること

 常に自分のイメージを刷新し続けてきたマドンナですが、ひとつ変わらない核があるとすると、それは自分の気持ちを正直に表現すべきだという理念です。上に貼ったのは1989年の「エクスプレス・ユアセルフ」のビデオです。この曲はタイトルが示しているように、女性に「自分を表現しなさい」と呼びかける励ましの歌です。さらには恋する女性に対して「感じてることをカレに言わせるように」(“Make him express how he feels”)しなさいとも言っており、女性が主体となって男性にも自分の気持ちをはっきり言わせるよう促しています。つまり、恋愛において男性側に「察してほしい」というような甘えや、「女と話しても埒が明かない」というようなバカにした気持ちがあっては実りのある関係は築けないから、対等かつ正直にお互いを大事にする気持ちを表現することが重要だということを訴えています。

 もとから大胆な表現を好んでいたマドンナですが、この曲を発表した後、90年代になると、セックスに関してよりあからさまな表現を探求しはじめます。1990年には同性間のセックスやBDSM(緊縛といった嗜虐的あるいは被虐的な性的嗜好)などを描いた「ジャスティファイ・マイ・ラヴ」のビデオがMTVから放送を拒まれます。1992年には、BDSMや同性愛、グループセックスなどを主題とする写真集『セックス』と、同様のテーマをシャープなダンスサウンドで彩ったアルバム『エロティカ』を発表しました。どちらも女性としての自らの性的ファンタジーを追究した作品です。

 既に「女の子がムラムラしてはいけないの? イギリス文学における女と性欲」でも解説したことですが、女性が自らの意志で主体的に性欲を表現することは歴史的にタブーとされてきました。今からすると、『セックス』はおしゃれでアートなモノクロ写真集、『エロティカ』はキレッキレの90年代ポップで、とくに過激とは思えないでしょう。しかしながら90年代はじめにおいて、メインストリームの女性アーティストが主体的にセクシュアリティを探求した作品を作り、自分の性欲とファンタジーを男性に媚びない形で芸術に昇華させるというのは革命的なことでした。

 どちらの作品も大きな議論を呼び、ネガティヴな反応を示す人もたくさんいました。誰もこういうものを見聞きしたことがなかったので、反応しづらかったというのもあるでしょう。今では評価も好意的になり、ロックの殿堂は『エロティカ』を女性による性表現の幅を広げた画期的なアルバムだと評しています。このアルバムが作られていなければ、クリスティーナ・アギレラもレディ・ガガもリアーナも今ああいうふうには活躍出来ていないでしょう。みんな姐さんの妹分なのです。

マドンナはセクシーなのか?
 この時代のマドンナの作品、とくに『セックス』はポルノグラフィ的だと評されることがありました。マドンナといえばセックスシンボルですし、ライヴやミュージックビデオでオナニーやグループセックスなどを思わせる表現も用いています。しかしながら、私がいつも疑問に思っているのは、マドンナは本当にセクシーなのか、ということです。

 ポルノグラフィとは通常、人を性的に興奮させることを目的として作られたコンテンツを指します。何がポルノで何がポルノでないかの境界は非常に曖昧で、またどういうものに性的興奮を感じるかは人によって大きく異なるので一概に言うことはできません。『セックス』を見たり、『エロティカ』を聞いたりすると物凄い性的興奮を覚えるという人がいてもおかしくはありません。しかしながら『セックス』や『エロティカ』には、妙にポルノ的でないところがあります。セックスがふんだんに登場するのに、人を興奮させるよりはむしろ考えさせるほうに導くようなところがあるのです。

 『セックス』の序文には、こんなことが書かれています。

頭も体もリラックスしているとき、私はいちいちコンドームのことを考えたりしない。人間なら誰だってそうだろう。私の想像の世界は、私のつごうのいいようにできている。だから、エイズの心配もない。残念なことに、現実の世界はそうはいかない。コンドームは必要だし、ひとりひとりに課せられた義務でもある。あなたがこれから見たり、読んだりすることは、すべて想像の世界であり、夢であり、一種の「ごっこ」だ。でも、もし、夢の世界を実際にためすことになったら、私は間違いなくコンドームを使う。安全なセックスをするということは命を守ること。覚えていて欲しい。

 この本は、夢や空想は完全に現実とは切り離されたものだという一種の諦めから始まっています。この本には悪夢のようなシュールなものからユーモアのある笑えるものまで、性的幻想を描いたいろんな文章と写真が収録され、基本的にセックスを楽しいものとして描いているとは思います。しかしながら一方で、楽しいはずのセックスによって現実世界では妊娠やHIV感染などの危険にさらされる面倒な体を抱えているということが最初に述べられているのです。

 あらかじめ読者を性的興奮に誘うことを拒んでいるような序文のトーンが、『セックス』全体を支配しています。途中には、ポルノ映画はくだらないし、「人が本当に傷つけられているような映画はみる気がしない」が、美しいヌード写真は大好きだ、という文章もあり、語り手はつまらないものと美しく楽しいもの、どこに線を引けば良いのか自分でも混乱しているらしいことがわかります。

 セックスについて楽しさだけではなく、困惑や割り切れない気持ちも正直に出そうというこのスタンスは、『エロティカ』にも見られます。恋人を失って楽しくないセックスや飲酒喫煙に溺れる女性を歌う「バッド・ガール」や、ゲイの友人たちをエイズで亡くした悲しみを歌う「イン・ジス・ライフ」などはそうしたスタンスがよく表れています。自信を持ってセクシュアリティを表現する精神と、混乱や苦痛をそのままさらけ出す内省が共存していることが、『エロティカ』や『セックス』が90年代の視聴者を面食らわせた一因かもしれません。型にはまらない表現だったのです。

 私は実は一度もマドンナをセクシーだと思ったことはありません。マドンナがセックスを扱った作品を見聞きするといつも、わくわくウキウキするというよりは、セックスについて何か凄く真面目に考えなければならないような気分になるからです。また、マドンナが露出度の高い衣装を身につける時は別に男性の気を惹きたいのではなく、周りがドン引きしてもいいから自分が綺麗と思えるものを身につけたいのだろうなという気もしています。

 いつもセックスの話をしているのに、全然セクシーじゃないかもしれないし、それでもいいんだよということを教えてくれるのがマドンナです。男性中心的な社会は、セックスについて自己表現する女性にエロ、色物、性的対象というレッテルを貼りたがりますが、マドンナはそうした型から逸脱しています。マドンナは本当にセクシーなのかはよくわからないけど、セックスを表現する第一人者であり、紛れもなくセックスシンボルです。

「私が作ったわけじゃないルールは全部破ってる」

 『セックス』や『エロティカ』を作った時代のマドンナはずいぶんメディアから叩かれていました。おそらく、男性に媚びずに主体的に自らの性欲や性的幻想を表現し、セックスの楽しいところと楽しくないところ両方を探求するという型破りなスタイルが受け入れられにくかったのでしょう。ストレートにエロエロでポルノっぽかったら、もっとわかりやすいと思われていたかもしれないと思います。

 そんなマドンナが1994年のアルバム『ベッドタイム・ストーリーズ』のため録音したのが「ヒューマン・ネイチュア」です。上にビデオを貼りましたが、全体的に『セックス』や『エロティカ』のBDSMモチーフを引き継ぎつつ、時々マドンナが顔芸みたいな表情をするなど、もう少しユーモアをまじえた表現になっています。歌詞もこのビデオにぴったりの自虐ギャグのような内容で、「エクスプレス・ユアセルフ」という前の作品そのままのささやきで呼びかけをする一方、「おっと、セックスの話はダメだなんて知らなかった」とか「おっと、自分が思ってることを言っちゃダメだなんて知らなかった」とか、礼儀に外れたことをして罰される自分を面白おかしく歌っています。途中で「私が作ったわけじゃないルールは全部破ってる」という歌詞がありますが、90年代初めのアメリカ合衆国では、女性がセックスについて男性に媚びない主体的な表現をするのは堅気ではないルール違反な行為だったわけです。

 「ヒューマン・ネイチュア」の面白さは、語り手がとくにタブーを破ってやろうと意識せずに正直な表現をしているだけなのに、どういうわけだか知らないうちにルール違反にされているという状況を歌っているところです。語り手は「ヒューマン・ネイチュア」、つまり人間の本質だから自分はセックスその他について話さずにはいられないのだと言っており、おそらくは生きてるだけで過激な発言をしてしまうみたいな状況が想像できます。天然の反逆者であるマドンナらしい歌です。

 マドンナはいつも完璧な芸術家であるわけではありません。ファンが心配になるくらいトンチンカンな言動や駄作もずいぶんあります。正直、忠実な妹分である私も、たまに「姐さん、何やってんだろ」と思うこともあります。それでも、姐さんは私たちに、自信を持って自己表現していいんだということ、その自己表現には混乱や戸惑いがあってもいいんだということ、自分の性欲について自由に表現してもいいんだということを教えてくれたと思います。

参考文献

マドンナ、スティーブン・マイゼル、『SEX by MADONNA―マドンナ写真集』中谷ハルナ訳、同朋社、1992。

浜崎あゆみ、「引退」の怪情報!? エイベックス・松浦氏も慌てる“功労者引退”の真偽とは

 引退が相次ぐ昨今の芸能界だが、約1週間にわたり、あの“大物歌姫”の引退情報が、マスコミ関係者の間を駆けめぐっていたという。ウワサがウワサを呼び、ついにはエイベックスの“総帥”までが参戦する、大規模な情報合戦へと発展してしまったというが……。

 “怪情報”がささやかれていたのは、デビュー20周年ツアー『ayumi hamasaki ARENA TOUR 2018 ~POWER of MUSIC 20th Anniversary~』を春に控えている浜崎あゆみ。先月は小室哲哉、また昨年は安室奈美恵も今年9月での引退を発表しており、そこに「あゆも引退するらしい」とくれば、マスコミ関係者が色めき立つのも当然だろう。

「週刊誌が裏取りに動いている間に、スポーツ紙やテレビ局関係者にも浜崎の引退情報が伝わっていきました。そして2月6日には『翌日のスポーツ紙の一面に記事が出る!』とまで言われ始め、爆発的に話が広まっていったんです。こうして各メディアが、一斉にエイベックスに対して取材や問い合わせをする事態になりました」(スポーツ紙記者)

 しかし、エイベックスの反応は、まさに“寝耳に水”といった様子。記者からしても、とぼけているだけなのか、本当に知らないのか、判断がつかなかったようだ。

「メディアの取材合戦は、スポーツ紙に掲載されるといわれた翌7日になっても続き、エイベックスだけでなく、繋がりのある芸能プロや制作会社にも、問い合わせが殺到。そしてついには、浜崎の引退情報が飛び交っていることが、エイベックスグループのトップである、松浦勝人氏の耳にも入ったようです」(芸能プロ関係者)

 浜崎にとっては“育ての親”となる恩人である松浦氏。彼からしても、浜崎はエイベックスの発展を支えた功労者だ。しかし、この引退情報は松浦氏も、予想だにしていなかったようだ。

「驚いた松浦氏は、エイベックスのスタッフに『浜崎が引退するのは本当なのか』と慌てて確認していたそうです。スタッフからすれば『あなたが知らないのに、我々が知っているはずがない』というところでしょう。やはり誰も引退について知らされていないことが判明し、ようやく情報が“ガセ”だと断定できたようです」(同)

 なお、エイベックスに近い関係者によれば「それこそ10年以上前、浜崎は最盛期での引退を考えていたことはありました。山口百恵のような、まさに“伝説となる引き際”を実践しようとしたワケです。本当にそうしていれば、近年の凋落ぶりを嘲笑されることもなかったんですかね。現在でも自らの引き際について考えることはあるのでは」とか。

 今回は単なる“ガセ”で決着したが、いつの日か、“怪情報”が現実となる日が来るのだろうか。

浜崎あゆみ、「引退」の怪情報!? エイベックス・松浦氏も慌てる“功労者引退”の真偽とは

 引退が相次ぐ昨今の芸能界だが、約1週間にわたり、あの“大物歌姫”の引退情報が、マスコミ関係者の間を駆けめぐっていたという。ウワサがウワサを呼び、ついにはエイベックスの“総帥”までが参戦する、大規模な情報合戦へと発展してしまったというが……。

 “怪情報”がささやかれていたのは、デビュー20周年ツアー『ayumi hamasaki ARENA TOUR 2018 ~POWER of MUSIC 20th Anniversary~』を春に控えている浜崎あゆみ。先月は小室哲哉、また昨年は安室奈美恵も今年9月での引退を発表しており、そこに「あゆも引退するらしい」とくれば、マスコミ関係者が色めき立つのも当然だろう。

「週刊誌が裏取りに動いている間に、スポーツ紙やテレビ局関係者にも浜崎の引退情報が伝わっていきました。そして2月6日には『翌日のスポーツ紙の一面に記事が出る!』とまで言われ始め、爆発的に話が広まっていったんです。こうして各メディアが、一斉にエイベックスに対して取材や問い合わせをする事態になりました」(スポーツ紙記者)

 しかし、エイベックスの反応は、まさに“寝耳に水”といった様子。記者からしても、とぼけているだけなのか、本当に知らないのか、判断がつかなかったようだ。

「メディアの取材合戦は、スポーツ紙に掲載されるといわれた翌7日になっても続き、エイベックスだけでなく、繋がりのある芸能プロや制作会社にも、問い合わせが殺到。そしてついには、浜崎の引退情報が飛び交っていることが、エイベックスグループのトップである、松浦勝人氏の耳にも入ったようです」(芸能プロ関係者)

 浜崎にとっては“育ての親”となる恩人である松浦氏。彼からしても、浜崎はエイベックスの発展を支えた功労者だ。しかし、この引退情報は松浦氏も、予想だにしていなかったようだ。

「驚いた松浦氏は、エイベックスのスタッフに『浜崎が引退するのは本当なのか』と慌てて確認していたそうです。スタッフからすれば『あなたが知らないのに、我々が知っているはずがない』というところでしょう。やはり誰も引退について知らされていないことが判明し、ようやく情報が“ガセ”だと断定できたようです」(同)

 なお、エイベックスに近い関係者によれば「それこそ10年以上前、浜崎は最盛期での引退を考えていたことはありました。山口百恵のような、まさに“伝説となる引き際”を実践しようとしたワケです。本当にそうしていれば、近年の凋落ぶりを嘲笑されることもなかったんですかね。現在でも自らの引き際について考えることはあるのでは」とか。

 今回は単なる“ガセ”で決着したが、いつの日か、“怪情報”が現実となる日が来るのだろうか。

豊原功補との不倫に「小泉今日子、目を覚まして!」 面倒くさい3人の俳優たち

 皆さん、ごきげんよう。アツこと秘密のアツコちゃんです! 「やっぱりキョンキョンはタダモノじゃない!」と感じさせてくれた今回の小泉今日子さんの事務所独立と恋愛騒動。いろいろと言われているけれど、アツ周辺では「相変わらず勇ましくてカッコイイ」と、こっそりエールを送る人たちが多いのよね。

 独立に関してはもう10年以上前から「辞めたがっているけど、円満退社にするべくキョンキョンが孤軍奮闘している」という話を聞いていたからそんなに驚かなかったんだけど、噂になっていた豊原功補さんと「恋愛関係にある」という報告にはびっくりよ。「なぜ今さら、発表する意味があったのか?」とマスコミが探り始めたけど、そんなことよりアツの周りでは「何で豊原功補?」という疑問のほうが大きいの。

 というのも、豊原さんって映画やドラマスタッフの間では「ちょっと面倒くさい人」で通ってるから。インタビューをしていても演技論を熱く語るタイプにありがちなんだけど、かなり上空からの発言が多くてね。斜に構えている辺りがカッコイイんだろうけど。余計なお世話だけど「キョンキョン、早く目を覚まして!」と願ってる人が多いのも事実なの。

 キョンキョンは男性ファンも多いけど、何が強みって、女性からの支持が厚いことじゃない? 豪快な性格で同性のお友達も多くて、仕事はしっかりこなすから現場でもスタッフからの人望も厚いの。それに今までは男性の趣味もよくて、特に永瀬正敏さんと結婚した時は「さすがキョンキョン、目の付け所が違う。いい趣味してる~!」と絶賛されたしね。

 アツは永瀬さんが滅多に出ないドラマ『私立探偵 濱マイク』(日本テレビ系)で主演された時から何回かインタビューしているんだけど。このドラマには、当時はまだ結婚中だったキョンキョンや、のちに恋愛関係に発展した中島美嘉さんが出演していたの。思い返すと劇中より、すごいドラマがあったんだなって思うのだけど、現場はとっても和やかで、永瀬さんとキョンキョンはベタベタはしてないけど、いつも仲良く話していたし、お互いを「役者として尊敬する」と評していて、素敵な夫婦関係を築いているなぁと思っていたの。

 ある緑多い森の中、真っ赤なドレスに身を包んだキョンキョンがひとり佇むシーンで、永瀬さんが「もうそこに赤いドレスの小泉今日子さんがいるというだけでシーンが成立していて、改めて彼女の存在感の大きさを感じた」と言ってらしたのが印象的だったわ。

 当時の永瀬さんは、撮影に入る前から横浜のホテルで一人暮らしをされていて、こっそり「僕は仕事に集中しすぎるタイプなんで、公表はしていませんが、撮影中はホテル暮らしをしているんです。でも彼女とはとてもいい関係ですよ」と教えてくれたの。

 2人の関係は仕事仲間でもあるし、戦友という感じで、でもどこかに甘さもあって、見ていて憧れる夫婦像だったのだけど、その後、残念ながら離婚されて。だけど、その後もお2人は映画で共演したり、夫婦役を演じたりで、「これぞキョンキョン!」って感じで。離婚しても一緒に仕事ができる関係性が出来ていて、さすがだなと思ったものよ。

 20歳年下の亀梨和也くんと恋に落ちた時も、同年代の女性たちから「よくやった、キョンキョン」ってエールを送られてたし、亀梨くんとも別れてからも「何でも相談できるいい友人関係」を築いていて、ドロドロしない人間関係を作れるところがキョンキョンの魅力のひとつでもあったのに。よりによって既婚者の、それも豊原功補って(ごめんなさい)。

 まぁ昨年、玉森裕太くん主演のドラマ『重要参考人探偵』(テレビ朝日系)で久々に豊原さんを取材した時には、年下の俳優たちを見下すことなく接していらして「あら、ちょっと変わった?」とは思ってたんだけど。しっかり者の彼女だから、洗脳されてるなんてことはないだろうけど、でもやっぱり「私たちのキョンキョンに何してくれてんのよー」って叫びたい気持ちでいっぱいよ。

 世間一般もそうだけど、俳優さんの中にはたまにこう、恋愛関係になった女優さんを“自分好みに変えていく”という強い願望を持った人がいるのよね。恋は盲目だから、女性側もうっかり洗脳されちゃうんだろうけど、その最たる人が……保阪尚希さんだったわ。今は「年商10億を稼ぐ通販コンサルタント」として名を馳せているけれど、かつては人気があった俳優さんで、松雪泰子さんと恋愛関係になったり、高岡早紀さんと再婚してのちに離婚したりとモテモテでね。

 あれは高岡さんと電撃入籍する直前だったかしら。保阪さんがドラマに出演していたのでインタビューしたんだけど、その隣にはピッタリ寄り添った高岡さんの姿が。えっと、今日は保阪さん単体のインタビューのはずだけど、マネージャーさんではなく隣に恋人の高岡さん? とちょっと疑問に思いつつも、ニコニコ顔の高岡さんが可愛かったからそのままインタビューを始めたの。

 すると、次から次へと出るわ出るわ。何がって彼の自分自慢が(苦笑)。「今、ちゃんとした役者なんていないからさ。演技ってのは~」に始まり、自前で着ていた高級スーツの話になり、鞄、靴と次々にご紹介くださった挙句「この靴はね、底まで革なんだよ。それこそ本物の革靴。目が飛び出るほど高いからそこら辺のサラリーマンが買えるようなシロモノじゃない。だいたい底が革の靴で営業なんかできないだろうしね。ツルツル滑っちゃうからムリムリ。こうゆう高級靴はフカフカの絨毯の上で履くものだからさ」と悪びれることもなくサラリと話されて、アツの目はテン。

 あまりにびっくりして高岡さんの顔を見たら……まだニコニコ笑ってる~! エー、何で? こんな自分自慢をしれっと繰り広げちゃう男を、なぜ微笑んで見ていられるの? とあ然としちゃったんだけど、その後も、ドラマ撮影に入った保阪さんの後をピッタリくっついていく高岡さんを見て、またまた驚愕。

 その時、保阪さんの相手役をされていた女優さんが「仕事場に恋人を連れてくるってあり? イチャイチャするのは構わないけど、撮影中もカメラ横で恋人がじっと睨むように見つめてきて、やりにくったらありゃしない。一体、あの人たちどうしちゃったの?」って嘆いていたけど、どうやら保阪さんの独占欲は尋常じゃなかったらしいの。

 確かにインタビューでも「恋人は常に傍にいること。仕事中だろうと、いつでもどこでも一緒にいること。そんなの当たり前でしょ」と堂々と言ってらして、口あんぐり状態だったのよね。

 逆に高岡さんがお仕事の時は保阪さんがピッタリと寄り添い、マネージャーさんより近くであれこれ世話を焼き、「女優さんは連ドラに入ったら肌が持たないから、食生活も大事。だから朝昼晩と、俺が野菜を中心にしたメニューで食事を作ってる」と豪語。いやいや、それって優しさを通り越してちょっとやりすぎ、痛くない? と当時も思ってたのよね。最近の高岡さんは恋多き女と呼ばれるけれど、あの束縛から逃れたからそうなっちゃったんじゃないかしら?

 ちなみに、今でもいつお会いしても高岡さんはニコニコしていて感じがいいの。ピュアな人のようで、麻布界隈で年下のアイドルや俳優さんと飲んでる姿は魔性の女というより、キャッキャと笑う少女のよう。大変失礼ながら、保阪さんの洗脳が解けて本当によかったねと思っちゃうもの。

 ドラマの現場なんかではスタッフから「いろいろ面倒くさい人」と呼ばれていた保阪さんだけど、今は“通販帝王”として君臨されていて役者業には一切未練なく、我が世の春って感じだし、めでたしめでたしよね。

 今はあんまり「面倒くさい役者」がいなくて、保阪さんが懐かしいぐらいだけど(笑)。でも、たまにまだ「ちょっと面倒くさい人」で名前があがるのは……やっぱり向井理さんかなぁ。現在、吉岡里帆さんの主演ドラマ『きみが心に棲みついた』(TBS系)で不気味な男を演じているけど、マスコミ連中からは「ピッタリのハマリ役!」との声が多数。タッパもあるしあれだけのモテ顔で頭脳明晰だし、非の打ち所はないはずなんだけど、売れない時代から応援していた女性記者たちからは「理くんの取材態度は何とかならないかしら?」って、ため息まじりの愚痴がたまに聞こえてくるの。

 向井さんだけじゃなく、俳優さんが取材中に、記者と目を合わせないってことは時々あるの。理由はいろいろで「恥ずかしい」「面倒くさい」「そもそも取材が嫌い」とかね。でも一応、人としての礼儀でたまには相手の目を見てちゃんと話して欲しいのだけど、机の上に置かれた新聞や雑誌をパラパラめくりながらインタビューに答える俳優さんもいるのよ。

 で、いざ答えると意外と辛辣な言葉で独自の役者論をぶちまけたり、「あの作品は~」とちょっとした文句を言ったりね。プライベートを聞こうとすると「それはいらないでしょ?    誰が興味あるの? 知ってどうすんの?」なんて言われちゃったりね。

 まぁ女性ファンが多いから奥様や子供さんの話はしたくないんだろうけど、向井さんの粗塩対応は一時、ちょっとした話題だったから、すっかりトーンダウンした編集者たちもいたわ。まぁもう実力もある人気俳優で名前も十分に知られているから、取材なんかに頼らなくてもいいんだろうけどね。ちなみに『きみが~』で共演中の桐谷健太さんは対照的にめちゃくちゃ面白くて、取材でもサービス精神満載。「どこまで笑わせてくれるの」って感じで、みんなを楽しませてくれる俳優さんなの。

 よく大物俳優さんは「どんなに演技をして隠したつもりでいても、画面は正直だからね。その人が持つ人間性が、どこかでポロリと出ちゃうもんなんだよ」と言ってらして、なるほど~と感心しちゃうんだけど。画面通り、いい人な役所広司さんとか寺尾聰さん、渡辺謙さんとか、大物ベテランクラスは器が違い過ぎて、本当にいつも感謝感激よ! やっぱり本物は違うのね。

 一方で、画面の中では毒舌を繰り広げる中尾彬さんや泉谷しげるさん、松山千春さんなんかは、実際に会ってみるとあら不思議! 何ともダンディーで優しい素敵なオジサマたちで、会話をしているだけでトロトロとろけちゃうぐらいよ。こういう嬉しい裏切りは大歓迎!

 さて私たち、これからも翻弄されつつ、頑張って取材を続けていかなくちゃね。面倒くさい人もいらっしゃ~い! 立ち向かっていきましょ。春の新番組ラインナップもそろそろ出揃ってきたし、ますますガツガツ取材しにいきますので、皆様どうぞ宜しくお願いしま~す!

豊原功補との不倫に「小泉今日子、目を覚まして!」 面倒くさい3人の俳優たち

 皆さん、ごきげんよう。アツこと秘密のアツコちゃんです! 「やっぱりキョンキョンはタダモノじゃない!」と感じさせてくれた今回の小泉今日子さんの事務所独立と恋愛騒動。いろいろと言われているけれど、アツ周辺では「相変わらず勇ましくてカッコイイ」と、こっそりエールを送る人たちが多いのよね。

 独立に関してはもう10年以上前から「辞めたがっているけど、円満退社にするべくキョンキョンが孤軍奮闘している」という話を聞いていたからそんなに驚かなかったんだけど、噂になっていた豊原功補さんと「恋愛関係にある」という報告にはびっくりよ。「なぜ今さら、発表する意味があったのか?」とマスコミが探り始めたけど、そんなことよりアツの周りでは「何で豊原功補?」という疑問のほうが大きいの。

 というのも、豊原さんって映画やドラマスタッフの間では「ちょっと面倒くさい人」で通ってるから。インタビューをしていても演技論を熱く語るタイプにありがちなんだけど、かなり上空からの発言が多くてね。斜に構えている辺りがカッコイイんだろうけど。余計なお世話だけど「キョンキョン、早く目を覚まして!」と願ってる人が多いのも事実なの。

 キョンキョンは男性ファンも多いけど、何が強みって、女性からの支持が厚いことじゃない? 豪快な性格で同性のお友達も多くて、仕事はしっかりこなすから現場でもスタッフからの人望も厚いの。それに今までは男性の趣味もよくて、特に永瀬正敏さんと結婚した時は「さすがキョンキョン、目の付け所が違う。いい趣味してる~!」と絶賛されたしね。

 アツは永瀬さんが滅多に出ないドラマ『私立探偵 濱マイク』(日本テレビ系)で主演された時から何回かインタビューしているんだけど。このドラマには、当時はまだ結婚中だったキョンキョンや、のちに恋愛関係に発展した中島美嘉さんが出演していたの。思い返すと劇中より、すごいドラマがあったんだなって思うのだけど、現場はとっても和やかで、永瀬さんとキョンキョンはベタベタはしてないけど、いつも仲良く話していたし、お互いを「役者として尊敬する」と評していて、素敵な夫婦関係を築いているなぁと思っていたの。

 ある緑多い森の中、真っ赤なドレスに身を包んだキョンキョンがひとり佇むシーンで、永瀬さんが「もうそこに赤いドレスの小泉今日子さんがいるというだけでシーンが成立していて、改めて彼女の存在感の大きさを感じた」と言ってらしたのが印象的だったわ。

 当時の永瀬さんは、撮影に入る前から横浜のホテルで一人暮らしをされていて、こっそり「僕は仕事に集中しすぎるタイプなんで、公表はしていませんが、撮影中はホテル暮らしをしているんです。でも彼女とはとてもいい関係ですよ」と教えてくれたの。

 2人の関係は仕事仲間でもあるし、戦友という感じで、でもどこかに甘さもあって、見ていて憧れる夫婦像だったのだけど、その後、残念ながら離婚されて。だけど、その後もお2人は映画で共演したり、夫婦役を演じたりで、「これぞキョンキョン!」って感じで。離婚しても一緒に仕事ができる関係性が出来ていて、さすがだなと思ったものよ。

 20歳年下の亀梨和也くんと恋に落ちた時も、同年代の女性たちから「よくやった、キョンキョン」ってエールを送られてたし、亀梨くんとも別れてからも「何でも相談できるいい友人関係」を築いていて、ドロドロしない人間関係を作れるところがキョンキョンの魅力のひとつでもあったのに。よりによって既婚者の、それも豊原功補って(ごめんなさい)。

 まぁ昨年、玉森裕太くん主演のドラマ『重要参考人探偵』(テレビ朝日系)で久々に豊原さんを取材した時には、年下の俳優たちを見下すことなく接していらして「あら、ちょっと変わった?」とは思ってたんだけど。しっかり者の彼女だから、洗脳されてるなんてことはないだろうけど、でもやっぱり「私たちのキョンキョンに何してくれてんのよー」って叫びたい気持ちでいっぱいよ。

 世間一般もそうだけど、俳優さんの中にはたまにこう、恋愛関係になった女優さんを“自分好みに変えていく”という強い願望を持った人がいるのよね。恋は盲目だから、女性側もうっかり洗脳されちゃうんだろうけど、その最たる人が……保阪尚希さんだったわ。今は「年商10億を稼ぐ通販コンサルタント」として名を馳せているけれど、かつては人気があった俳優さんで、松雪泰子さんと恋愛関係になったり、高岡早紀さんと再婚してのちに離婚したりとモテモテでね。

 あれは高岡さんと電撃入籍する直前だったかしら。保阪さんがドラマに出演していたのでインタビューしたんだけど、その隣にはピッタリ寄り添った高岡さんの姿が。えっと、今日は保阪さん単体のインタビューのはずだけど、マネージャーさんではなく隣に恋人の高岡さん? とちょっと疑問に思いつつも、ニコニコ顔の高岡さんが可愛かったからそのままインタビューを始めたの。

 すると、次から次へと出るわ出るわ。何がって彼の自分自慢が(苦笑)。「今、ちゃんとした役者なんていないからさ。演技ってのは~」に始まり、自前で着ていた高級スーツの話になり、鞄、靴と次々にご紹介くださった挙句「この靴はね、底まで革なんだよ。それこそ本物の革靴。目が飛び出るほど高いからそこら辺のサラリーマンが買えるようなシロモノじゃない。だいたい底が革の靴で営業なんかできないだろうしね。ツルツル滑っちゃうからムリムリ。こうゆう高級靴はフカフカの絨毯の上で履くものだからさ」と悪びれることもなくサラリと話されて、アツの目はテン。

 あまりにびっくりして高岡さんの顔を見たら……まだニコニコ笑ってる~! エー、何で? こんな自分自慢をしれっと繰り広げちゃう男を、なぜ微笑んで見ていられるの? とあ然としちゃったんだけど、その後も、ドラマ撮影に入った保阪さんの後をピッタリくっついていく高岡さんを見て、またまた驚愕。

 その時、保阪さんの相手役をされていた女優さんが「仕事場に恋人を連れてくるってあり? イチャイチャするのは構わないけど、撮影中もカメラ横で恋人がじっと睨むように見つめてきて、やりにくったらありゃしない。一体、あの人たちどうしちゃったの?」って嘆いていたけど、どうやら保阪さんの独占欲は尋常じゃなかったらしいの。

 確かにインタビューでも「恋人は常に傍にいること。仕事中だろうと、いつでもどこでも一緒にいること。そんなの当たり前でしょ」と堂々と言ってらして、口あんぐり状態だったのよね。

 逆に高岡さんがお仕事の時は保阪さんがピッタリと寄り添い、マネージャーさんより近くであれこれ世話を焼き、「女優さんは連ドラに入ったら肌が持たないから、食生活も大事。だから朝昼晩と、俺が野菜を中心にしたメニューで食事を作ってる」と豪語。いやいや、それって優しさを通り越してちょっとやりすぎ、痛くない? と当時も思ってたのよね。最近の高岡さんは恋多き女と呼ばれるけれど、あの束縛から逃れたからそうなっちゃったんじゃないかしら?

 ちなみに、今でもいつお会いしても高岡さんはニコニコしていて感じがいいの。ピュアな人のようで、麻布界隈で年下のアイドルや俳優さんと飲んでる姿は魔性の女というより、キャッキャと笑う少女のよう。大変失礼ながら、保阪さんの洗脳が解けて本当によかったねと思っちゃうもの。

 ドラマの現場なんかではスタッフから「いろいろ面倒くさい人」と呼ばれていた保阪さんだけど、今は“通販帝王”として君臨されていて役者業には一切未練なく、我が世の春って感じだし、めでたしめでたしよね。

 今はあんまり「面倒くさい役者」がいなくて、保阪さんが懐かしいぐらいだけど(笑)。でも、たまにまだ「ちょっと面倒くさい人」で名前があがるのは……やっぱり向井理さんかなぁ。現在、吉岡里帆さんの主演ドラマ『きみが心に棲みついた』(TBS系)で不気味な男を演じているけど、マスコミ連中からは「ピッタリのハマリ役!」との声が多数。タッパもあるしあれだけのモテ顔で頭脳明晰だし、非の打ち所はないはずなんだけど、売れない時代から応援していた女性記者たちからは「理くんの取材態度は何とかならないかしら?」って、ため息まじりの愚痴がたまに聞こえてくるの。

 向井さんだけじゃなく、俳優さんが取材中に、記者と目を合わせないってことは時々あるの。理由はいろいろで「恥ずかしい」「面倒くさい」「そもそも取材が嫌い」とかね。でも一応、人としての礼儀でたまには相手の目を見てちゃんと話して欲しいのだけど、机の上に置かれた新聞や雑誌をパラパラめくりながらインタビューに答える俳優さんもいるのよ。

 で、いざ答えると意外と辛辣な言葉で独自の役者論をぶちまけたり、「あの作品は~」とちょっとした文句を言ったりね。プライベートを聞こうとすると「それはいらないでしょ?    誰が興味あるの? 知ってどうすんの?」なんて言われちゃったりね。

 まぁ女性ファンが多いから奥様や子供さんの話はしたくないんだろうけど、向井さんの粗塩対応は一時、ちょっとした話題だったから、すっかりトーンダウンした編集者たちもいたわ。まぁもう実力もある人気俳優で名前も十分に知られているから、取材なんかに頼らなくてもいいんだろうけどね。ちなみに『きみが~』で共演中の桐谷健太さんは対照的にめちゃくちゃ面白くて、取材でもサービス精神満載。「どこまで笑わせてくれるの」って感じで、みんなを楽しませてくれる俳優さんなの。

 よく大物俳優さんは「どんなに演技をして隠したつもりでいても、画面は正直だからね。その人が持つ人間性が、どこかでポロリと出ちゃうもんなんだよ」と言ってらして、なるほど~と感心しちゃうんだけど。画面通り、いい人な役所広司さんとか寺尾聰さん、渡辺謙さんとか、大物ベテランクラスは器が違い過ぎて、本当にいつも感謝感激よ! やっぱり本物は違うのね。

 一方で、画面の中では毒舌を繰り広げる中尾彬さんや泉谷しげるさん、松山千春さんなんかは、実際に会ってみるとあら不思議! 何ともダンディーで優しい素敵なオジサマたちで、会話をしているだけでトロトロとろけちゃうぐらいよ。こういう嬉しい裏切りは大歓迎!

 さて私たち、これからも翻弄されつつ、頑張って取材を続けていかなくちゃね。面倒くさい人もいらっしゃ~い! 立ち向かっていきましょ。春の新番組ラインナップもそろそろ出揃ってきたし、ますますガツガツ取材しにいきますので、皆様どうぞ宜しくお願いしま~す!

「皇族との結婚を舐めすぎ」眞子さま、小室圭さんとの“結婚延期”を皇室ウォッチャーが解説

 2月6日、宮内庁が秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんの結婚が、2020年に延期される見通しになったことを発表。その理由について、眞子さまは「充分な準備を行う時間的余裕がないことを認識するようになりました」と、宮内庁を通じて表明したものの、この前代未聞の事態に、日本国民は大いに困惑している。

 昨年9月の婚約内定会見で、小室さんは眞子さまを「月」、眞子さまは小室さんを「太陽」に喩えられるなど、息の合った仲睦まじい様子を見せていた2人に、何が起こったのか。今回、皇室ウォッチャーX氏に、“結婚延期”発表をどう見たか、話を聞いた。

――眞子さまと小室さんの結婚延期の一報を聞いたときは、とても驚きました。

皇室ウォッチャーX氏(以下、X) 小室さんのお母さんが、元婚約者との間に400万円の借金トラブルを抱えていたという週刊誌報道がありました。皇族に関する費用は、全て国家予算、つまり国民の税金によって賄われている事情もあり、やはり金銭絡みのスキャンダルは絶対にNG。そういった問題を抱える家に嫁ぐというのは、見過ごせないと考えたのではないでしょうか。私は、あの報道があった時に、「宮内庁から何か発表があるかもしれない」とは思っていましたね。

――小室さん、またその家族に関しては金銭問題のほかにもさまざまな報道がありましたが、それらも結婚延期に少なからず影響を及ぼしたのでしょうか。

X 小室さんは現在パラリーガルで、年収200~300万円程度だけに経済的不安があると盛んに言われていました。また、小室さんのお父さん、お祖父さんが自殺しており、また、お母さんが新興宗教にハマッているとも報じられましたが、正直言って、それらが“結婚延期”につながったとは考えられません。ご家族の自殺に関しては小室さん自身には関係がないことですし、日本では信教の自由が認められています。やはり、“金銭トラブル”によって、延期になったと思います。ただ、私自身は小室さんに対して、以前からあまりいい感情は持っていませんでした。

――と、言いますと?

X 婚約内定報道があった翌日、小室さんが勤める弁護士事務所の前で、ちょっとした会見が行われていました。その様子をテレビで見たときに、彼の妙に堂々としたしゃべり方が気になったんです。「皇族と結婚するのに、なぜこんな自信に満ちた態度なのか?」「図太すぎるし、調子に乗っている」と感じました。婚約内定会見の際もそうです。皇族との結婚という重みをちゃんと受け止めていれば、汗をかいたり、早口になったりして当然なのに、そういった様子は見られませんでしたね。彼は、皇族と結婚する重大さをわかっていないのではないかと思ってしまいます。

――なぜ宮内庁は、事前に小室さん自身やご家族のことを調査しなかったのだろうと、疑問が募るのですが……。

X 世間では、NHKが婚約内定のスクープを報じたことにより、十分な調査ができなかったのではと指摘されていますが、それはどうなんでしょう。宮内庁の調査といっても、本人たちにお話をお聞きするだけでしょうし、小室さん側が借金トラブルなどの話を黙っていたら、宮内庁も把握しきれないと思います。

 05年に清子さまとご結婚された黒田慶樹さんは、初等科から学習院で、秋篠宮さまのご学友でもありました。さらに親戚筋には旧華族の人物もおり、ご職業も東京都職員と、宮内庁としては安心できる人物だったのでは。そんな黒田さんに比べると、やはり小室さんには不安要素が多かったとは思われます。

――眞子さまと小室さんは、大学でお知り合いになられただけに、皇室関係者も、眞子さま自身も、あまり詳しく人物像を把握しきれてなかった面もあるのでは?

X まさに「恋は盲目」でしょう。眞子さまは、学生時代、あまり男子と活発に交流されるタイプではなかったと聞きます。それで突然、男性から「結婚しよう」といわれ、ときめいてしまったというのは、なきにしもあらず。小室さんに対して「この人を逃したら」と思ったのかもしれませんね。ただ、そもそも大学生の身分で、皇族にプロポーズするという点からしても、小室さんには疑問を抱かざるを得ません。そんな奴がいるのか、と。普通、恐れ多いと感じると思うのですが……。

――眞子さまはもちろんのこと、秋篠宮さまや紀子さまも大きなショックを受けられていると思うのですが。

X それは間違いありません。特に秋篠宮さまは、眞子さまをとても可愛がられていらっしゃるそうで、昨年8月には、お二人だけでハンガリー旅行に行かれるほど、とても仲がよい父娘なんです。それだけに、小室さんには怒りを覚えても当然だと思います。また、小室さんは、眞子さまだけでなく、“秋篠宮家”の顔に泥を塗ったことになるのです。来年、皇太子待遇となる秋篠宮さまにとっては赤っ恥でしかありません。

――世間では、「このまま婚約解消になるのではないか」などともいわれています。

X あると思います。即婚約解消にならなかったのは、タイミング的に、「週刊誌報道がきっかけで」と世間に受け止められるのを避けるためでしょう。これから2年で一体どうなるのか……これは個人の意見ですが、小室家の借金トラブルは、お母さんの問題であって、小室さん自身の問題ではありません。もちろん、胡散臭いな……という前提はありつつも、例えば借金を全部返済し、小室さんが経済的に安定した職業に就くなどしたら、結婚というのもあると思います。ただ、前代未聞の結婚延期という事態となり、さまざまな重圧がのしかかる中、小室さんに眞子さまと結婚するだけの度量があるのか。この2年で、小室さんの方から辞退することも十分あり得ると思いますよ。

有賀さつきアナ、フジが「死因特定」に異様な執着!? 病室への侵入画策にブーイングの嵐

 2月5日、「スポーツニッポン」によって、突然の訃報が伝えられた元フジテレビの有賀さつきアナウンサー。父親の洋さんは、故人の遺志により、死因を公表しない意向を示したが、古巣であるフジの情報番組が死因特定のため、“行き過ぎた取材”を行い、マスコミ関係者の間で批判が続出しているという。

 報道が出た5日、翌6日と、フジの各情報番組では、有賀さんの早すぎる死を特集。そのVTR内で、元同僚のアナウンサー、元夫でフジテレビ解説委員を務めた和田圭氏に取材を行っていたが、さらに洋さんを“囲い込む”ような行動に出たとのこと。

「フジは、洋さんが自宅と病院を往復する際の車を用意して、彼を囲い込み、取材を進めようとしていました。フジは有賀さんの古巣だけに、こうした取材方法も理解できるのですが、問題視されているのは『病院内への突撃を試みた』という部分です」(テレビ局関係者)

 フジの取材班は、有賀さんの入院していた病室のフロアを、洋さんから聞き出し、そこへスタッフを“侵入”させようと画策していたという。

「当然、関係者以外が病室に出入りすることは禁止されているだけに、フジの取材方法はあり得ませんよ。どうやら、いまだ明らかになっていない死因を特定したいようですが、病室内への侵入が成功したところで、わかるはずもない。他社からも、フジに対するブーイングが巻き起こっています」(同)

 また、洋さんが取材に応じた際、死因が書かれているであろう「死亡診断書」に食いつき、「カメラに映させてください」と食い下がっていたのも、フジ関係者だったそうだ。

「一部では、有賀の病名について触れるメディアもありますが、『この状況で病名を特定してスクープすることに、そこまでの意義があるのか』と悩んでいるマスコミ関係者は多いですよ。そんな中、有賀と最も関係の深い局であるフジが、ルール違反ギリギリの取材を行うのは、見ていて気持ちのいいものではありませんね」(週刊誌記者)

 かねてから、フジの情報番組の行き過ぎた取材は他社から批判を浴び、炎上に発展したケースも多々あった。有賀の死因が特定されるその日まで、フジは取材を続けるつもりだろうか。

有賀さつきの死因を探る報道は「小林麻央がん闘病」スクープ合戦の続き

 2月5日、元フジテレビアナウンサーの有賀さつきさんが、1月30日に都内の病院で死去していたことが明らかにされた。52歳の若さで、病気により入院していた先で亡くなったという。

 有賀さつきさんの実父である有賀洋さんは、横浜市内の自宅前に詰めかけた報道陣の取材に応じたが、病名や死因については一貫して伏せている。病名や病状についても、故人の遺志を尊重し明らかにしないと明言。一部スポーツ紙が病名を「乳がんだったのでは」と推測したが、洋さんはこれを否定した。

 有賀さんも遺族も、死因や病名の公表を望んでいないわけだが、それでもなお「いつから闘病を……」「痩せてしまっていた……」と答え合わせするような報道や、ネットユーザーの無礼な憶測は途絶えない。

 この件で思い起こされるのは、昨年6月に亡くなった小林麻央さんの病状についても、盛んなスクープ合戦があったことだ。2016年6月、「スポーツ報知」が小林麻央さんが進行性のがんを患い闘病中だと報じた。これを受けて、説明を求めるマスコミが自宅に押しかけたことから、夫の市川海老蔵が記者会見を開き病状を公表した。

 その際、海老蔵は「報道陣が押しかけて子供達が幼稚園に行けない」ため、事態の収束をはかり、それまでどおりの家族の日常生活を送るための会見だったことは明らか。しかし「もっと、もっと」と情報を求めるメディアは、その後も市川家の周辺を探り、歌舞伎の後援会界隈や病院関係者に聞き込みをし、ブログの発言を拾い、毎週のように報道した。麻央さんの通院先とされる病院を予想、医療関係者のコメントを用いて勝手に麻央さんのがんの「ステージ」予測までするメディアも少なくなかった。

 理屈としては、会見で海老蔵が麻央さんの乳がんを「深刻だ」と表現したが手術をしていないことや、ブログを頻繁に更新するものの麻央さんの病状について細かく書いたりはしないことが、世間の「知りたい気持ち」を煽ったのだ、と見る向きもあるだろう。しかし彼女の病状がそんなに「知りたいこと」「知らなければ困ること」だっただろうか。

 海老蔵は記者会見やブログで再三、マスコミへ向けて「取材はご遠慮ください」と訴えた。特に週刊誌記者のハリコミは執拗で、「雑誌の方々、静かに見守ってください」と自粛要請を重ねた。何度も「お願い」しても取材は控えられず、また麻央さんの死後も市川家は噂話で構成された再婚騒動などが報じられている。

 病気はスキャンダルとは違う。体調についてというのはごくプライベートな話題で、芸能人だからといって他人がズカズカ踏み込んでいい領域だろうか。身内にすら隠して闘病したい人もいるだろう。今は出演者の人間ドックを公開するバラエティ番組もあり、闘病を公表する著名人もいるが、言うも言わないも本人や家族の判断次第だ。

有賀さつきの死因を探る報道は「小林麻央がん闘病」スクープ合戦の続き

 2月5日、元フジテレビアナウンサーの有賀さつきさんが、1月30日に都内の病院で死去していたことが明らかにされた。52歳の若さで、病気により入院していた先で亡くなったという。

 有賀さつきさんの実父である有賀洋さんは、横浜市内の自宅前に詰めかけた報道陣の取材に応じたが、病名や死因については一貫して伏せている。病名や病状についても、故人の遺志を尊重し明らかにしないと明言。一部スポーツ紙が病名を「乳がんだったのでは」と推測したが、洋さんはこれを否定した。

 有賀さんも遺族も、死因や病名の公表を望んでいないわけだが、それでもなお「いつから闘病を……」「痩せてしまっていた……」と答え合わせするような報道や、ネットユーザーの無礼な憶測は途絶えない。

 この件で思い起こされるのは、昨年6月に亡くなった小林麻央さんの病状についても、盛んなスクープ合戦があったことだ。2016年6月、「スポーツ報知」が小林麻央さんが進行性のがんを患い闘病中だと報じた。これを受けて、説明を求めるマスコミが自宅に押しかけたことから、夫の市川海老蔵が記者会見を開き病状を公表した。

 その際、海老蔵は「報道陣が押しかけて子供達が幼稚園に行けない」ため、事態の収束をはかり、それまでどおりの家族の日常生活を送るための会見だったことは明らか。しかし「もっと、もっと」と情報を求めるメディアは、その後も市川家の周辺を探り、歌舞伎の後援会界隈や病院関係者に聞き込みをし、ブログの発言を拾い、毎週のように報道した。麻央さんの通院先とされる病院を予想、医療関係者のコメントを用いて勝手に麻央さんのがんの「ステージ」予測までするメディアも少なくなかった。

 理屈としては、会見で海老蔵が麻央さんの乳がんを「深刻だ」と表現したが手術をしていないことや、ブログを頻繁に更新するものの麻央さんの病状について細かく書いたりはしないことが、世間の「知りたい気持ち」を煽ったのだ、と見る向きもあるだろう。しかし彼女の病状がそんなに「知りたいこと」「知らなければ困ること」だっただろうか。

 海老蔵は記者会見やブログで再三、マスコミへ向けて「取材はご遠慮ください」と訴えた。特に週刊誌記者のハリコミは執拗で、「雑誌の方々、静かに見守ってください」と自粛要請を重ねた。何度も「お願い」しても取材は控えられず、また麻央さんの死後も市川家は噂話で構成された再婚騒動などが報じられている。

 病気はスキャンダルとは違う。体調についてというのはごくプライベートな話題で、芸能人だからといって他人がズカズカ踏み込んでいい領域だろうか。身内にすら隠して闘病したい人もいるだろう。今は出演者の人間ドックを公開するバラエティ番組もあり、闘病を公表する著名人もいるが、言うも言わないも本人や家族の判断次第だ。