知られざる「男性器整形」の実態! 男性はなぜあそこに“ボール”を入れるのか、Dr.高須が解説

【第57回】「高須幹弥センセイ、男性器にボールを入れるメリットって何ですか?」
 “整形”といえば顔やボディを美しくするイメージがあるが、施術の中には「男性器整形」というものもある。女性には未知のモノである“男性器整形”。一体どのような理由で、どんな手術をするのだろうか? そもそも、施術を希望する男性はどれくらいいるのだろう? 高須クリニック名古屋院院長の高須幹弥先生、男性器整形のこと、いろいろ教えてください!

■男性器整形の実態とは?
 男性器整形を希望する患者さんは、高須クリニック全体で見ると1日20人くらいいらっしゃいます。

 いちばん多いのは「包茎手術」で、男性器整形患者の半数くらいを占めています。男性器は、子どものうちは全体が包皮に包まれていますが、通常は成長に伴って亀頭の部分が覗きます。でも、日本人男性の7割近くは、成人になっても勃起時のみ亀頭が覗く仮性包茎なんですよ。男性は風呂場や更衣の際など同性の目に触れる機会も多いので、通常時に包皮をかぶったままだと「子どもっぽく見えて恥ずかしい」というのが施術を希望される主な理由ですね。勃起時も包皮がむけない真性包茎や、包皮の先端が狭いカントン包茎の場合は、垢などが溜まって不衛生になりやすい上、がんのリスクもあるので、治療的な側面が強いです。

 あと、日ごろ包皮をかぶっていると亀頭がデリケートになって早漏になりやすいので、「早漏を治したい」という男性も多いです。なお、早漏は「裏すじ(陰茎小帯)を切ると治る」というウワサもあるようですが、そのような効果はあり得ません。陰茎小帯を切ると見た目も変わりますし、何のメリットもないですよ。

 次いで多いのが、亀頭にヒアルロン酸を注入して大きくする「亀頭増大術」。性経験の豊富な女性や、加齢で膣が緩んだ女性をパートナーに持つ男性が「相手を喜ばせるために」ということもありますが、男として「大きく見せたい」というのが一番の理由ですね。ただ、標準サイズなのに「小さい」と思い込んでいる男性も多いと感じます。アダルトビデオの男優さんと比べてしまったり、元彼女とケンカ別れの際に指摘されたトラウマだったりで、自信を失くしてしまうようです。あと、上から見ると先細りして実際より小さく見えるので、風呂場などで正面から見た他人の男性器と比べて、小さいと勘違いしている男性も多いですね。ちなみに、日本人男性の男性器の平均サイズは、勃起時で約13センチ。女性の膣が10センチほどなので、機能面で見ると問題ないのですが、身長でも家でも車でも、男はなんでも「大きいほうがいい」っていう概念なんですよ(笑)。

 3番目に多いのは、避妊目的の「パイプカット」。夫婦生活を避妊具なしで楽しみたい既婚男性や、いろいろな女性と遊びまくりたい男性がメインですが、避妊の知識がない知的障害者の方も来られます。

 男性器はある程度体型に比例する部分もありますが、形やサイズなど千差万別。理想的な男性器に比べると欠けている部分のある人のほうが多いので、男性器整形で補いたいと思うんですね。男性にとって、男性器が大きかったり、自分のモノで女性を喜ばせられたりすることは自信につながるんですよ。シリコンボールを陰茎に挿入する「シリコンボール法」もその表れで、パイプカットの次くらいに施術者の多いメニューです。

 もともとは、暴力団員が“度胸がある男の証し”として真珠やパチンコ玉を入れていたようで、この施術の患者さんの半数くらいはその道の方ですね。一部の彫り師も真珠の挿入を施しているようですし、刑務所などでは、割りばしで包皮を切って、歯ブラシの柄を切って丸く削ったものを入れたりもするそうですが、感染症などの心配があるため、ウチのようなクリニックで、安全性が高く劣化もしないシリコンボールを入れる暴力団員も増えているんです。

 残りの半数は一般人。ただ、シリコンボールが入っていると見た目がグロテスクになって引かれたり、膣の弱い女性に痛がられたりするので、強い刺激を望むパートナーを持つ男性のことが多いですね。

 シリコンボールを入れても男性の感度がよくなるわけではないのですが、気持ちよがる女性を見て、精神的な気持ちよさが得られるそうです。女性の様子に満足して、追加で入れに来る患者さんもいます。ただ、一般人の中には、パートナーが変わったりして「やっぱり取りたい」と来られる方もたまにいらっしゃいますね。

 当院ではシリコンボール1つで3万円(税別)なので、予算的なものもあってか、3つを希望される方が多いです。入れる場所は亀頭のすぐ下あたりですが、中には「7つ入れて北斗七星の形にして」などデザイン性も楽しまれる方もいるんですよ。

高須幹弥(たかす・みきや)
美容外科「高須クリニック」名古屋院・院長。オールマイティーに美容外科治療を担当し、全国から患者が集まる。美容整形について真摯につづられたブログが好評。
・公式ブログ 

子宮系女子の魔女的文化祭!? おまたフェスティバルに見る女性性崇拝のひどさ

 〈おまたフェスティバル〉を覗いてきました。子宮系女子たちの文化祭と言うべきか、子宮系マルシェと呼ぶべきか。2月10日&11日に、原宿のカフェで開催されたイベントです。

 会場では子宮を労わるアイテムと謳われる布ナプキンやふんどしパンツ、膣ケアグッズなどの〈おまた〉関連アイテムが販売され、助産師や人気ブロガーのミニトークショーも開催。資金を募っていたクラウドファンディングのページでは、主催者の闘病体験を語ったうえで、イベントの意義がこう説明されています。

「膣のこと、子宮のこと、じぶんの身体だけど知らない方がたくさんいらっしゃいます。膣、子宮というと性的なこととなりがちで、人に聞けない、誰にきいたらわからず悩んでいる女性も多くいるのではないでしょうか? わたしたちが知ることでこどもたちにも伝えていける、女であることをもっと楽しむきっかけとなる場となれば幸いです」

 そしてHPでは、こう。

「じぶんのおまたのためにお金と時間をかけてあげてください。 おまたを愛すると身体や恋愛もお財布も潤いもよくなる気がしています」

 潤うのは主催者や出展者の財布だと思いますが、生殖器に壮大な夢を見る子宮系女子たちの耳には、ありがたい御言葉として響くのですか? しかも医師不在で、膣や子宮の何を知るのでしょう?

 早い話が〈おまたケアに散財してね!〉と呼びかけているとしか思えないイベントの会場は、路地裏にある建物の3階。ふらりと入るには敷居の高さを感じる場所でした。

センスは悪くないけれど…
 少しだけドキドキしながらエレベーターへ乗り込みフロアに出ると、ハンモックの置いてあるウッドデッキの奥にカフェの入り口があるという、かわいらしいつくりで気持ちがほぐれていきます。

 店内へ入ると、〈おまたケア〉のアイテムがズラリ。2017年1月に行われた引き寄せ女子・Happyのイベントでも同様の光景を見ましたが(過去記事ご参照)、おまたフェスのほうが規模が小さい分、比較的センスのいいショップが厳選されていたという印象。

 布ナプキンにありがちな、地味で真面目な雰囲気漂う〈ザ・オーガニック〉というテイストより、華やかな柄のプリントされたキラキラ系が多めです(ちなみに子宮委員長プロデュースの布ナプは、安定のダサ派手テイストでしたが)。出店している女性たちも、コーデをマネしたくなるくらい、オシャレでお美しい方多し。

 ひと昔前は、スピ系女子というと〈あか抜けない少女趣味の不思議ちゃん〉な印象の人が多かったように思えますが、昨今はずいぶん変わってきましたな~。それとも子宮系女子を、上品な印象に仕立てるブランディング化計画でも始まっているのか。

 しかしいくらオシャレに演出しても、子宮系は子宮系。安定のトンデモっぷりはご健在です。販売トークやパンフレットにある効果効能を見聞きしているだけで頭が痛くなってくるのは、もはや予定調和ともいえる展開です。

 レンチンしてカイロのようにして使う〈ぬか福来ろ(ふくろ)〉の販売ブースでは、こんな販売トークをかまされました。

「仕上げのここ(袋の1辺)は、手縫いで仕上げているんです。だから、ヒーリング効果が高いんですよ~」

 8~10cm程度の直線縫いでヒーリング効果が発生するなら、戦地へ赴く家族の無事を切望しながら縫われた〈千人針〉や、魔除けの意味を持つ中央アジアの荘厳な刺繍で、死者が生き返ってもおかしくなさそうです。

 子宮温活グッズとして定番の〈おまたカイロ〉を入れる専用のポケットがついているという布ナプキンには、POPにこんな文がありました。

「美人は知っている! 子宮を温めるといいこと尽くし」

 美女の皆さ~ん、ご存じですか~? 世の女性たちへ脳内でコール&レスポンスする妄想をしながら眺めていると、人魚のイラストがプリントされているポケット付き布ナプを、どの柄に選んでいる女性を発見。

  おかっぱ頭の人魚というレアそうな柄を「かわいい!」と選ぶ女性に、売り子はこう説明していました。

「これは座敷童みたいな、お守りかな♪」

 完全に「おぱかっぱ頭」からのイメージだけだろ、それ。そして座敷童も、股を住まいにされてはお怒りだわ。ただの、言葉遊びでしょうけど。

「女性だけのパワースポット=子宮を内側から温めます」と謳った、火山天然鉱石が練りこんである〈股温めパッド〉の名前もすごかった。〈子宮ほっかりんパット〉ですから。生理用ナプキンにも使えると説明書きがありますが、天然鉱石シートとやらはフェルト製(それをオーガニックコットンで挟み込んである)。使い捨てではないようですので、繊維が絡み合っているフェルトにしみ込んだ経血を想像すると、雑菌が繁殖しそうで白目になります。

安定の、ふんどし推し
 パンフレットに記載されている「こんな女神様におすすめ」という項目には「尿漏れが気になるお世代」「授かり希望」「産前産後」などが書かれていますが、股にちょっと保温性の高いパッドを1枚あてることでそれがどう妊娠等にいい影響を与えるのか、謎。

「体験談」の項目では「早期閉経と言われたが、これを着用したら生理が来た!」「着け初めはデトックスで、中にたまっているものがたくさん出てきた」などが語られていますが、それって健康効果というよりむしろ何かが炎症を起こしているのでは~!? と再び白目。

 麻製のふんどしはこんな説明書きが飾られていました。

・霊的なエネルギーが得られる!

・日本人の精神性を高めていた腰肚(こしはら)文化を現代に復活させることで、すぐにキレない肚(はら)のすわった理想の社会を実現できるかもしれません。

 何だか高尚すぎてついていけない私はきっと、おまた意識が低いのでしょう。

 最高潮に「なんだこりゃ!」と思ったのは、〈子宮きゅんスプレー〉という名のフラワーエッセンスです。「本来の創造力を取り戻したいとき」「きゅん♡としたいとき」「子宮の感覚になりたいとき」に、下腹部や体の周りにスプレーして使うそうです。手のひらサイズのボトルが、4900円……うーむ。

 会場で販売されていた甘酒をいただきながら(これはとても美味しかった)物販を冷かしたあとは、施術コーナーへ。

 最近チラホラ耳にする「股コリ」解消のマッサージが受けられるコーナーがあるではありませんか。股コリとは、肩こり同様に、〈恥骨、坐骨、骨盤、仙骨、尾骨周辺の血流が悪くなって硬い人が多い! 股周辺は特に放置されがち! だからほぐして健康になりましょう〉と謳われている新物件。

「これ自体に効果効能はない。でも体験者はこんな効果を報告していますよ!」と謳われる手口は、膣にパワーストーンを入れる〈ジェムリンガ〉のそれとそっくりですね。巷では〈股ケアプロトレーナー講座(68000円)〉なるものも存在するようで、何が何だか。

 今回、おまたフェアに現れた〈股コリ〉施術者は、「1000回」施術することを目指しているそうで、「股コリ1000本ノック!」なる看板を掲げていました。

 お値段、20分4000円。マッサージとしては妥当なお値段設定ですが、クオリティはどうでしょう?  床に敷かれた布の上へうつぶせになり、股コリ体験の始まりです。

 はじめは腰や骨盤周りを、かるーく圧迫。5分もしないうちに「ほら、すっきりしてきた!」とヒップラインを自分で触らせられます。「そう言われればそうかも?」と適当に相槌を打ちながら、「こんなんでボディラインが変わるなら、世のエステサロンやダイエット情報誌は、軒並み潰れるわー」と心の中でツッコミ。正直、まったく変化は感じられません。

 次に「日頃、こんな場所は自分でほぐしませんよね?」と、指で指圧されるのは、恥骨結合部周辺。以前エステで「膣美管理」なる施術を体験しましたが(過去記事参照)、何となくそのプロセスとよく似ているような気がします。まあ、こちらのほうが軽めに指圧しているだけという感じで、マッサージというよりスキンシップという印象でしたが。しかし施術者曰く、「経血コントロールに役立つ」やら、「男性の場合は起ちがよくなったとか、尿のキレがよくなったなんて言う人もいるんですよ!」などの、実感が報告されているのだとか。

 股コリの横で店を広げていた〈子宮ケア〉は、〈骨盤を整え子宮の形を整え、元の位置に戻す〉という施術だといいます。えーと子宮の形って、奇形レベル以外はほぼ同じ形でしょうし、仮に奇形だったとしたらちょちょっとマッサージしたくらいでは戻るはずがありません。この空間にあるものすべてが、〈受け取り側の気の持ちよう〉に頼っているのでは。

サイン会も開催
 子宮系女子は基本的に、〈子宮にフォーカスして女性性を高め、自分を愛することができれば、男からも愛される!〉というノリですが、少なくともこの空間は男性が完全にアウェイになるレベルの、女の妄想爆発夢空間。

 会場には子宮委員長の元夫である岡田氏の姿もありましたが、さすがに違和感ありありでした。会場で行っていた岡田氏のサービスは、本人のブログによると「一言メッセージ付きのサイン」が、著書持参の人は1,000円、購入の人は2,000円。読者へのサインが有料ってすごいな~。ちなみにわたくし出版業界に20年弱おりますが、そんな著者初めて見た。岡田氏は〈ゲス〉を自称していますが、もはやゲスというより〈銭ゲバ〉でしょう。

 有名カルト教団の高額なお布施や、引退宣言して人前にはもう出ないという子宮委員長の霊視サービスなどと比べると、ひとつひとつは比較的リーズナブルな体験でしたが、所詮すべては〈魔女ごっこ〉の範疇。ここで癒しを求め小銭をつぎ込むのは、〈おまた道楽〉(または子宮道楽)にほかなりません。

 子宮の声を聞いたり女性であることを楽しもうというメッセージは結構ですが、こういったイベントが増えると、専門家でもない単なる一般人が、健康アドバイスを気軽に語れる場が増えるという問題点もありそうです。〈信頼・高額〉はプラセボ効果を高める要素ではありますが、果たしてこの手の魔女ごっこでどこまでそれが発揮されるのでしょうか。健康に悩みの無い、お財布に余裕のある人だけが集ってほしいイベントだなというのが、私の感想です。

男の子への性的搾取と、オンライン上の居場所

 男子高校生にわいせつ行為をしたある地方議員が、今年に入ってから遺体で見つかった。児童買春・ポルノ禁止法で逮捕され釈放された後に、車の中で自死してしまったらしい。同性間の性暴力やDVがあることの知られていない社会で加害者や被害者の性別があかされることは、私自身は一定の意味があることだと思う。議員であれば、実名報道されても仕方あるまい。ただ、ときどきこういう痛ましいことは起きる。不祥事や犯罪に対するペナルティに加えて「予期せぬアウティング」という制裁がついてくるというような。彼が命を絶った理由が他にいろいろあったとしても、ちょっと考えさせられる話だ。

 報道によるアウティングは、ときどき起きる。同性間DVで殺された被害者が実名報道されたこともあれば、猟奇的事件の被害者がトランスジェンダーでそのことが格好の週刊誌ネタになってしまったこともあった。つまり性的少数者はうっかり殺されてもいけない。まあ、そもそも犯罪被害に遭った際の実名報道なんて性的少数者でなくとも大多数の人は望んでいないので、どんな事件であったとしても「詳細をどこまで報じるのか」という根本的な問いはいつもあるのだけれど、いちおうメディアが事件を実名で報じるのには「そのことが公益にかなうため」という理由があるそうだ。それであるならば、今回このような事件がおきたという報道から私たちは何を読みとるべきなのだろうか。教訓は何だったろうか。そんなことに想いをはせる。

 今回の被疑者はインターネットを介して出会った高校生を買春したり、中学生にLINEで性的な画像を送らせたりしたことが報じられている。男性に惹かれる男の子たちがインターネットで自分探しをはじめると、すぐにアダルトコンテンツや出会い系掲示板にたどりついてしまうというのは、よくある話だ。ためしに「ゲイ 高校生」でネット検索してみると、みごとにアダルトコンテンツだらけで、ときどき「yahoo!知恵袋」などで「性行為目的じゃない仲間がほしい」と相談をしている子がいるのが切ない。

 英国のLGBT支援団体らによる調査では、10代の子どもたちが自分の性的な写真や動画を撮る割合はゲイやバイセクシュアル男性の場合は59%にのぼり、そのうちの47%がオンライン上で出会った見知らぬ相手にこれらを送ったことがあると回答している。同性が好きかもしれないと思ったときに、はじめて目にするコミュニティの「常識」が、あまりにセックスやルッキズムにかたよっていれば、そもそもゲイとはそのようなものだと思いこむ子どもたちもいるだろう。

 私が関わっているLGBT系ユースの団体「にじーず」のオンライン匿名質問箱には、「男らしくないとゲイはモテませんか」「ゲイはノンケより外見を気にしますか」といったコメントが寄せられる。男の子が好きな男の子であることと「だれかが作ったゲイの世界」の一員になることの間で引き裂かれている声にも聞こえる。いやなことはしなくていいよ、という声がもっとかれらには必要じゃないのか。きみは、きみのままでいいんだよ。

 昨今では「自殺 方法」「死にたい」などと検索すると、支援機関につなげられるようなオンラインサービスをしている団体があるらしい。特定非営利法人OVAでは「夜回り2.0」というキャッチーな言葉で、支援が必要な人へのオンライン上のアプローチが有効ではないかと提唱している。若者が検索するとエロコンテンツだらけのLGBTについても同じことが言えそうだ。最近知りあった英語圏の友人は、10代の頃にポルノサイトをのぞこうとして「18歳未満の人はこちら」とオンライン性教育サイト「scarlteen」を紹介されたことが役立ったといっていた。このサイトは多様な性にもひらかれていて、妊娠や恋人との付き合い方、ボディ・イメージなど、子どもたちの困りごとにもマッチしている。日本にもこんなサービスがほしいし、「ネットは危ない」だけでないインターネット活用の方法について議論していく必要があると思う。いろんな人のアイデアを聞いてみたい。

元極妻が教える「職質」の心がまえ――しつこく聞いてくる“おまわりさん”をかわす裏ワザ

 今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

■元国家公安委員長が二度も職質を

 大阪で、職務質問を拒否してナイフを出した男に警察官が発砲……という事件がありましたね。もちろんナイフは持ってるだけでダメですが、この職務質問というのは、なかなか微妙な問題なので、ちょっとご紹介しますね。

 「職務質問」とは、「怪しい人間に対して質問できる」という意味で、法律(警察官職務執行法第2条1項)により定められています。あくまでも「質問」を「できる」だけで、強制ではありません。でも、事実上は強制に近いですね。

 とはいえ、私はされたことないんですよ。女性はラリってる時など特殊な場合を除き、ほとんどされないのだとか。知り合いの女性編集者さんは、深夜に脱走した猫ちゃんを探して、スッピン+ジャージ姿で懐中電灯とキャリーバッグを持って何度もウロウロするという不審な行動を取ったにもかかわらず、一度も職質されたことがないそうです。

 逆に、国家公安委員長だった白川勝彦元議員は、なんと二度も職質を受けているそうです。別に「顔が反社会」とかではないですし、現在は弁護士さんです。白川元議員は、公式サイトで「強引な質問は憲法違反」とバッサリ。

 そもそも国家公安委員長は警察庁を管理する立場なのに、末端の警察署員(ヤクザで言うなら「枝の若い者」)が顔を知らない……というのは、由々しき問題です。ヤクザだったら、指が何本あっても足りませんよ。ことほど、さように職質は「現場のフィーリング」に左右されるようです。

[button_more text=’イヤだなと思ったらアレを使う’]

 フィーリングですから、女性でも職質をされる可能性はゼロではありません。私も「その日」のために、いろいろ知識は仕入れております。

「ちょっと、いいですか?」

 突然、複数のおまわりさんに囲まれたら、悪いことをしてなくても、ドキっとしますよね。

「身分証明書とカバンの中身、見せてもらえます?」

 ここでバッグを勝手に開けようとするおまわりさんがいたら、インチキです。職質の場合は、本人が「見せる」のが前提だからです。これが面倒だったら、開けて見せてさっさと行くのもアリです。でも、深夜に近所のコンビニに行く時など、免許証などは持たずにスマホしか持ってないこともありますよね。

「イヤです」

 こう言ってみたら、どうでしょうか? おまわりさんたちの態度がイッキに硬化します。

「どうしてですか?」
「だって、任意ですよね?」
「そうですけど……。ご協力お願いしますよ」
「私のどこがアヤしいんですか?」
「……こんな時間にどちらへ?」
「言わなきゃダメですか?」

 さあこうなったら、ますます態度が硬化します。それで、なぜかおまわりさんは、こんな時は「こちらに話しかけながら近づいてくる」のだそうです。これは相当イヤですね。制服や背広はなかなかお洗濯できないから、臭いでしょうしね。

 でも、ここで「寄らないでください!」とか言って払いのけたら、公務執行妨害になるかもしれません。走って逃げたら追いかけてきますしね。そこで、スマホを出します。

「動画、撮ってもいいです?」

 警察も、拒否することはないようです。

「任意なのに、なぜ拒否できないのか、カメラの前で説明してもらえますか?」
「……」

 そこで「公開してもいいですか?」などと聞いてみましょう。ちなみにネットなどで「公務員に肖像権はないから、撮り放題&載せ放題」的なお話を見かけますが、それはウソで、肖像権はあるそうです。「このハゲー!」みたいなことがない限り、公開には先方の了承が必要です。

 まあここまでやるのは面倒……と思われたら、最初からサクッと受けるほうが早いですね。私も面倒くさいので、応じてしまうかもしれません。

カーリング女子日本代表の「おやつ」高騰! 注目度が最高潮に達したLC北見とカーリングの面白さ

 メダルラッシュに沸く平昌五輪で、特に日本国内で高い注目を集めているのが、初の準決勝進出となったカーリング女子だ。「氷上のチェス」とも呼ばれるカーリングの歴史は古く、1807年にカナダで王立カーリングクラブが設立され、1830年代にはアメリカにカーリングクラブが登場。19世紀終わり頃までに欧州に広まったと言われている。

 冬季五輪の正式種目に採用されたのは1998年の長野からで、日本カーリング女子は6大会連続で五輪出場中(ちなみに男子は、長野と平昌の2度のみ)。今回の平昌五輪には、鈴木夕湖選手(26)、吉田夕梨花選手(24)、吉田知那美選手(26)、藤澤五月選手(26)、本橋麻里選手(31)が名を連ねる「ロコ・ソラーレ北見(以下、LS北見)」が出場している。このLS北見は、いわゆる日本代表として各地から選抜されたメンバーでなく、北海道北見市・常呂町を拠点として活動するクラブチームだ。

 日本代表選抜ではなくクラブチームが五輪に出場する理由は、「チームワークが大切な競技であるため即席のチームでは上手くいかない」こと、選抜チームを作るための「予算や時間がない」こと、そして「クラブチームを支えるスポンサーや都道府県ごとにある協会との兼ね合い」もあるようで、日本は2006年のトリノ大会からクラブチームが五輪に出場している。これまでの五輪成績は長野とソチの5位が最高で、近年の世界選手権は2014年・不出場、15年・6位、16年・準優勝、17年・不出場という結果になっている。

 LS北見は、16年に世界選手権で初の銀メダルを獲得した、5人全員が北海道北見市出身。本橋麻里は06年のトリノ、10年のバンクーバーでは「チーム青森」として出場していたが「“北見から世界へ”というチームを作りたい」といった思いから「チーム青森」を離れ、LS北見を創設したという。

 その実力も然ることながら、今回の五輪で注目されたのは休憩時間に選手たちがおやつを食べる時間、通称“もぐもぐタイム”。作戦会議をしつつ果物やお菓子をほおばるシーンが放送されると、SNSには「高校生のゆるい部活に見えてカワイイ」といったギャップ萌えの声が続出。OAR(個人資格で参加したロシア国籍の代表)戦にて、日本の選手たちが食べていた北海道北見市の有名チーズケーキ「赤いサイロ」は、一時はインターネット受注を中止したほど注文が殺到。品薄状態となったためか、「メルカリ」では22日以降に出品価格が高騰し、定価の4〜5倍の値段で取引されている。それでも今買いたい、という人がいるのだろうか。

 日本のカーリングの競技人口は3,000人程度と言われ、国内ではまだまだマイナースポーツの部類。しかし、一年を通してカーリングができる長野県の「軽井沢アイスパーク」にはLS北見の活躍を見て利用者が増えているという。また、東京は「明治神宮外苑アイススケート場」や「東大和スケートセンター」など全国各地にカーリングができる施設は存在している。平昌大会の日本代表メダル獲得数は、冬季五輪最多だった長野の10個を突破。初のメダル獲得に期待がかかる日本カーリング女子に注目だ。

(ボンゾ)

ジャニーズも頭を抱えた? 木村拓哉母・菅田将暉母の対談ショーで“菅田父”怒号響いたワケ

 2月18日、首相夫人である安倍昭恵氏が参加したトークショーの一部始終を、2月22日発売の「週刊新潮」(新潮社)が報じている。依然として続くモリ・カケ問題の最中だけに、昭恵夫人の言動が見過ごせない場面ではあるものの、トークショーのメインとなる“対談”に関しては、芸能関係者から熱視線が注がれていたという。「新潮」によれば、木村拓哉、そして菅田将暉の実の母が、昭恵夫人と子育てについての対談を行っていたらしいのだ。

「かねてから木村の母親は、各地での講演会の様子がたびたびメディアで報じられており、『宇宙エネルギー』などスピリチュアルな発言もあって、ファンの間でも物議を醸していました。しかし、幼少期の木村のプライベートトークが聞けるとあって、一部の熱心な木村ファンは、木村母のステージを追いかけています。一方で菅田の方は、近ごろ父親の菅生新(すごう・あらた)氏が折につけ週刊誌に登場し、“奔放”な発言を繰り返しています」(スポーツ紙記者)

 昨年「新潮」は、菅生氏による「息子には“吉田拓郎に会わせてくれたら、お父さん死んでもいい”って言うてるんです」というコメントを報じた。また、菅生氏は昨年末に「子育て奮戦記」を謳った自著『スゴー家の人々』トランスワールドジャパン刊)まで出版している。

 木村・菅田の母親ともに、いわば“我が子を利用したネタ”でのトークショー開催とあって、それぞれの息子が所属する芸能事務所からすれば、頭痛の種になっていることは想像に難くない。さらに、今回のトークショーに参加した一般人によると、会場には菅生氏も駆けつけていたのだという。

「ネットで今回のトークショー開催を知って、すぐに申し込みしました。壇上以外では、ずっとお母さんにピッタリとくっついていたので、すぐにお父さんだとわかりましたよ」

 超人気俳優である菅田の両親が、ジャニーズの顔ともいえる木村の母親と一緒に並ぶ様子は、異世界のような絵面だったそうだ。しかし、イベント終了後には、こんなトラブルも発生していたのだとか。

「突然菅田のお父さんが、『お前らマスコミのせいだぞ!』と、話しかけた人に怒鳴り始めたんです。周囲には観客も大勢いるのにいったい何事かと思っていたのですが、今思えば記者が話しかけていたんですね」(同)

 とんだハプニングにも見舞われた今回のトークショーだが、今後も彼らが公の場に登場すれば、同じような事態に陥ってしまう可能性は否めない。果たして木村・菅田は、今回の報道に対していったい何を思うのか。

映画『ナチュラルウーマン』 が描くトランス女性像 メディアで特異に扱われる人々も普通に生きている

 2017年、世界三大映画祭のひとつベルリン国際映画祭で銀熊賞(脚本賞)を受賞し(コンペ部門では最高賞である金熊賞の候補にもあがっていた)、本年度の第90回アカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされている『ナチュラルウーマン』(セバスティアン・レリオ監督)が、2月24日から日本で公開される。本作の主人公は、チリ・サンティアゴでウエイトレスとして働きながらシンガーとしても活動するマリーナで、トランスジェンダー女性、つまり生物学的に男性とされる身体を持ちながら社会、文化的には女性として生きる人物だ。

 マリーナを演じるダニエラ・ヴェガ自身もトランス女性ということもあり、注目されている向きもある。しかし、ヴェガはいくつかの映画祭で役者として受賞もしており、トランスジェンダーという属性が飛び道具的なものではなく、シスジェンダー(男女という身体の性別、性別役割、性表現に違和感を持たない)の役者たちと変わりなく演技で評価されているという証左だと考えられる。

 本作の原題はスペイン語で「すばらしい女性」の意で(「Una Mujer Fantástica」:英語だと「A Fantastic Woman」)、まさにその名の通り、ヴェガによってマリーナはたいへん魅力的な存在として構築されている。

トランス女性への蔑視を映画的飛躍で回収
 マリーナは、父親ほどの年齢に見えるオルランドと付き合っており、誕生日をいっしょに祝っている。しかし、その夜オルランドは体調不良を来たし、そのまま帰らぬ人となってしまう。この件をきっかけに、マリーナはオルランドの元妻・ソニアや息子・ブルーノと接触することとなり、彼らの厳しい偏見、差別意識に晒される。こう書くと、「トランスジェンダーが厳しい状況のなか健気に生きるお涙ちょうだいもの」とおもわれるかもしれないが、本作はそのような枠には収まらない。

 マリーナは整った顔立ちをしていて美人だと言える。けれど、決して華奢でか弱い体格ではなく、引きのショットが全身を捉えると、肩幅の広さや筋肉質気味な腕や太ももなど、シスジェンダー女性と比べて目につく部位もある。こうした特徴を捉えてだろうか、トランス女性であることを侮辱する人物が本作にも登場するが、マリーナは決して屈しない。そのマリーナのタフで、しなやかな姿はダニエラ・ヴェガという器によってまぶしく受け止められている。

 また、セバスティアン・レリオ監督は、死んだオルランドの亡霊を登場させたり、そのオルランドのお葬式への参列を妨害するソニアらの抵抗にマリーナが立ち向かう様子などを、幻視的な映像として表現するといった手法を用いて人間くさすぎるドラマには仕立てず、映画のフィクション性を観客が楽しめるようなつくりにもなっている。

 とは言え、本作でマリーナが受ける差別や偏見は、現実にトランス女性が受けてもおかしくないほど生々しくもある。

 たとえば、予告編にも登場する、オルランドの死を「不審」と決めつけ、マリーナの職場のカフェにまで足を運ぶ性犯罪捜査官・アントーニアとの関わりだ。この無礼な捜査官は、父子ほどの年齢差もあってかマリーナとオルランドの関係を、お金のつながりによる身体だけの関係なのではと見なし、不躾にも質問を重ねる。「不審死には不審な人物が関わっているはずだ」と言わんばかりだ。

 また、ソニアは、元夫の車を返してほしいとマリーナと初めて会うが、自分を「普通」と定め、マリーナを「変態」と呼んだあげくに、「目の前のあなたを理解できない」として「キマイラ」(ギリシャ神話に登場する、ライオンの頭、ヤギの胴体、蛇の尻尾を持つとされる怪物)と名指す。そのうえ、マリーナという名前を尊重せずに、わざわざ「ダニエル」と男性名で呼ぶ。息子のブルーノも同様に、マリーナを異常者扱いする。

 トランス女性への偏見が暴力に変わり、被害を受けるという点はNetflixでシーズン5まで製作されている『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』(以下、OITNB)でも描かれている。シーズン3で、トランス女性で受刑者のソフィアは、「男がなぜここにいるのか」と同じ女性として見なさないシス女性の受刑者による蔑視にさらされる。この直接的な暴力描写は衝撃的だ。問題の再発防止のためにソフィアが懲罰房に隔離されるという展開は、騒動を起こしたわけでもないのにマイノリティに問題の原因が帰属されるという点で、『ナチュラルウーマン』でオルランドの死をめぐって「なにか怪しい」とマリーナが見なされてしまう状況とも、構造的に重なる。

 直接的な暴力ではないけれど、NHKで放送されていたドラマ『女子的生活』でも、主人公みきがトランス女性だからと向けられる、身体や人格に関する不躾な質問や不審者扱いといった、偏見や差別が描かれている。最終回では、みきを慕うマナミの婚約者・ケンイチが、「男性だから気をつけろ」という主旨でみきの身体の性別にわざわざ言及して「怪しい」と決めつけていた。シスジェンダーでヘテロセクシュアル(異性愛)が「当たり前」とされる価値観からすると、ジェンダーはトランス女性で、恋愛対象(セクシュアリティ)は女性のレズビアン、というみきの在り方がケンイチにとってはなじみがないから疑わしさを抱いているのかもしれないけれど、みきだって女性だったら誰でもいいわけではないはずだ。

 このように暴力を伴わずとも、トランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪)と言える視線は、ざんねんながら現実にも日常的に存在する。

 『ナチュラルウーマン』でマリーナは、偏見に満ちた疑いによって、裸になって身体検査を受けることになるのだが、予告編でも見られるこの場面は、トランスジェンダー女性にとって何重もの意味で屈辱的だ。まず、裸になるというプライベートな場所の露出を意志に反して強いられること、次にそれが「トランス女性と恋愛関係の男性の死には何らかの異常性があるはずだ」という無根拠な疑いによるものという点、そしてシスジェンダー女性の胸や体格とは異なる身体を視認されるというコンプレックスも喚起される。セバスチャン・レリオ監督は、マリーナの心情をわかりやすく見せず、音楽などで悲壮に飾り立てたりしない。だからこそ余計に痛切に響く。

 しかし、この「トランス女性が裸になる」というネガティヴな意味づけが、価値の発見に転じられる重要なエピソードがラスト間際に仕掛けられており、トランス女性を一面的には収めない本作のフィクションとしての飛躍を活かす伏線ともなっていて、見事だ。

マイノリティを他者化する視線に揺れる自己像

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 わたしの友人のトランス女性から、ホルモン投与をする前には両親から大反対を受けていたけれど、縁を切る覚悟で踏み切ったところ、だんだん女性的になっていく子を前に応援するようになっていった、という話を以前聞いた。これは、性別移行前には(ホルモン投与の健康面での身体への影響含め)どういうものかわからないから、ではないだろうか。しかし、実際変わっていく様子を目にし、その様子が「化け物」などという想像の産物ではなく健やかなものであれば、受け入れられる可能性は上がるとおもう。『女子的生活』の第3話の、父親からの「みき」という女性名の呼びかけにはそういう意味が込められているとおもったし、起こりうるリアリティが感じられた。

 しかし、とは言っても、既存の「女性らしさ」に(例えば声、肩幅、胸のつくりなど、部分的にであれ)当てはまらない造形であると、「異様」と見なし、同化することを奨励する向きもある。これは悪意があってではなく、「その方がいいとおもって」という場合も少なくないから厄介だ。髪の毛が短いより長い方が、醜いより美しい方が、胸が小さいより大きい方が、トランス女性にとって良いことだろうとアドバイスしてくる人はいる。時に美容整形を薦める人だっている。しかし、本来はその人の造形がゴツゴツと骨ばって見える、いわゆる「男らしい」様相でも(これはシスジェンダーの女性から「顔が男っぽい」という劣等感として聞くこともある)、その人自身がこの社会で女性として生きることを望んでいるのであれば、他人がとやかく言うものではないだろう。

 そういう点から見ると、『女子的生活』のみきが、最終回で髪をバッサリ切ったのは痛快だったし、また「その先」が見たくなるような見事な終わり方だった。

 一方、『ナチュラルウーマン』では、「らしさ」の揺らぎとして鏡像が随所に散りばめられている。鏡像は、特にトランスジェンダーが晒されやすい、自己像と他者からの認知のズレをあらわしているのだろう。先述の、オルランドの元妻や息子らからのマリーナに対する決めつけは、その一例だ。ある者は「彼女」と呼び、ある者は「彼」と呼ぶ。「マリッサ」と誤った名前で呼び続ける者もいる。他称によって、ときにそのズレがアイデンティティを引き裂くような痛みを生むだろう状態が、鏡像という表現で示唆されている。

 しかし、このモチーフについても、マイノリティの肯定として効果的に働くエピソードが見事なかたちで用意されていて、静かに心揺さぶられる。

映画、テレビドラマにおけるトランスジェンダー女性たち
 2000年代には、『トランスアメリカ』『リリーのすべて』といった、トランス女性が中心となる映画作品が発表され、それぞれ主演俳優がアカデミー賞の候補、受賞に至っているけれど、シスジェンダーだった。志尊淳が『女子的生活』に主演すると発表されたとき、トランス女性の当事者らから「(黒人を白人が演じないように)トランスジェンダー役を当事者になぜ演じさせないのか」というクレームが湧いた。そうした問題提起も重要だが、日本ではそもそも、演技訓練の積まれたトランスジェンダーの俳優が圧倒的に少ないことや、そうした人々が描かれる機会自体が少ないという、いくつかの問題が重なっているのだと推測する。

 近年は、『ナチュラルウーマン』のダニエラ・ヴェガだけでなく、映画『タンジェリン』のキタナ・キキ・ロドリゲス、マイア・テイラーや、先述のOITNBのソフィアを演じているラヴァーン・コックスといった、トランスジェンダー女性が「普通に」俳優として起用され、評価されているのは変化の兆しと言える。また、Amazonプライムのオリジナルドラマシリーズ『トランスペアレント』では、メインキャラクターの、3人の子どもを育てて老年になって性別移行をするトランス女性を演じるジェフリー・タンバー(シーズン4までで降板)はシスジェンダー男性だが、その性別移行に伴って周りに増えていくトランス女性/男性らの役には当事者が起用されている。

 また、Netflixのドラマシリーズ『センス8』を作ったラナ、リリーのウォシャウスキー姉妹は、かつてラリー、アンディの兄弟として『マトリックス』シリーズを手掛けており、トランスジェンダーのクリエイターがメインストリームに現れつつある。ちなみにこの想像力豊かなSF作品には、様々な国籍、人種、ジェンダーの人々がメインキャラクターと出ており、中でもトランス女性のジェイミー・クライトンの配役も目を引いた。

 『タンジェリン』は、ショーン・ベイカー監督やプロデューサーが入念にリサーチを行い、出演もしているトランス女性らとコミュニケーションを重ねて、トランスジェンダーにとどまらない多層的なアイデンティティにふれられる傑作として作り上げられた。これまで映画やテレビドラマなどで極端に誇張された特殊な存在として扱われがちだったトランスジェンダー像として見るのではなく、シスジェンダーと変わりない存在として向き合おうとすれば、当事者でなければふれてはいけないということにはならないはず。また、トランスジェンダーがシスジェンダー同様のありふれた存在であることをメディアが伝えたり、あるいは作り手や出演者としてメディアに関わるきっかけが一般的になれば、より豊かな視座の含まれた作品が生まれるのではないだろうか、ということも考える。

 トランスジェンダーである個人が自認する性への他人からの尊重をめぐる葛藤や軋轢と、シス/ヘテロである人と同様にこの世界にただ「普通に」生きる存在であるという示唆、が本作のテーマのひとつだ。しかし、主演のダニエラ・ヴェガ来日を報じた日刊スポーツの記事では〈心と体の性が異なるトランスジェンダーであることを公表しているヴェガが、同じ境遇の男性を演じた〉と、トランス女性を「男性」と名指してしまっており、まさに本作に登場するマリーナを「男」と見なす視線と同質になってしまっている。

 こうしたトランスジェンダーの尊厳を損ないかねない出来事や言動や表現に、当事者がいちいち指摘するのには骨が折れる。その点では、『女子的生活』は、みきへの偏見について同居人の後藤が異議申し立てをする役割を担う、というエピソードが画期的だった。後藤は、みきに対して無知な言動をぶつけてしまうこともあるけれど、すれ違う経験から学ぶことのできる人物として描かれている。

コミュニケーション可能なナチュラルな存在としてのトランス女性像
 『ナチュラルウーマン』でも、シス/ヘテロが「当たり前」だと信じられている人々がトランスジェンダーを「特殊な存在」と見なし、差別や偏見を向ける一方で、マリーナの働くカフェのオーナーだろう女性が普通に接している様子も描かれている。また、オルランドの弟・ガブリエル(ガボ)はマリーナがトランスジェンダー女性だとわかっても、ソニアやブルーノとは同調せず、「彼女」と呼び続ける。マイノリティを他者化し、決めつけるような姿勢ではなく、一個人として付き合いができるという点で、『女子的生活』の後藤とも重なるところだ。

 『ナチュラルウーマン』の監督はシスジェンダーだろうけど、トランスジェンダーのダニエラ・ヴェガと共に作られ、ヴェガの存在なくして成立しないと言える。そのすばらしさは特異性(fantastic)でもあるけれど、他者化せず、性別や人種が同じだろうが近かろうが差異はあって当然で、そうした普通に存在するもの(natural)としてコミュニケーションが取れれば……という可能性を豊かに示唆している。

 本稿で、わたしはマリーナを「トランスジェンダー」と説明してきたけれど、映画の中でマリーナがそう自称したことは一度もない。つまり、この映画は厳密には「トランスジェンダーを描いた作品」というより、そういう属性を持つ個人がただそこに存在するだけで、周りから不当に名指されたり、あるいは当たり前のように尊重される様子が描かれているだけ、とも言える。邦題の『ナチュラルウーマン』は、そういった意味で、キャロル・キング作、アレサ・フランクリン歌唱の同名曲が本作に流れるエピソードと呼応するのではないだろうか。

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■『ナチュラルウーマン』
配給:アルバトロス・フィルム
2月24日(土)、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

坂上忍、「10年後にリタイヤ」宣言も「今すぐ辞めて」「失言多すぎ」とネット懇願

 2月22日放送の『櫻井・有吉 THE夜会』(TBS系)にゲスト出演した坂上忍が、今後の人生について「一生懸命働くのは60歳くらいまで」と、言及した。坂上は現在50歳なので、残り10年ほどになるが、ネットユーザーからは「明日にでもリタイアしてくれ」という、懇願の声が上がっている。

「坂上は、60歳頃を目処に『セミリタイア』を考えているようで、その後は動物に囲まれて暮らすため、『忍どうぶつ王国』を建設したいんだとか。ところが、ネット上には『あと10年もテレビに出るつもりか』『セミリタイアと言わず、今すぐ本気のリタイアをお願いしたい』『他人を不快にさせてばかりで、マジで嫌い』『老害すぎる』といった声が噴出しました」(芸能ライター)

 坂上は近年、司会者としての活躍が目立つが、“炎上”する機会も少なくない。

「2017年だけでも、かなりの批判を浴びていましたね。たとえば同11月、坂上が司会を務める『バイキング』(フジテレビ系)で、芸能人の妊娠報告が話題に上がった際、7月に結婚したばかりだった横澤夏子に『妊活してるの?』と、ド直球で質問。デリケートな問題だけに、ネット上では『坂上の発言はセクハラでは?』『無神経すぎる』『気持ち悪いし、横澤にも旦那さんにも失礼』などと大炎上しました」(同)

 また、同9月の『おしゃべりオジサンと怒れる女』(テレビ東京)では、漫画家の峰なゆかが『「男は浮気をする生き物」などと主語を大きくすることで、自身を正当化する男性が多い』と問題提起した際、坂上は「基本的に会話なんてさ、差別がないとつまらない」「あなた(峰氏)が言ってることは、会話をつまらなくすること」と、発言。これに対しては、「面白ければ差別していいなんて考えてるから、坂上は失言が多いんだな」といった呆れた声が寄せられた。

「ほかにも、坂上は同10月の『バイキング』で元プロ野球選手・桑田真澄の次男・Mattについて取り上げ、『いまいちどんな人か知らないし、知りたくもないし』などと口にし、この発言を知ったMattがTwitter上で『傷ついた』『許せない』と反応したことも(編注・当該ツイートは削除済み)。こうした騒動のたび、坂上はネットユーザーの好感度を下げているようです」(同)

 坂上が60歳でのセミリタイアを宣言した翌日、オリコンは毎年恒例の「好きな司会者ランキング」を発表。第1位はタモリで、坂上はトップ10にも入っていなかったが、本人がリミットとする“あと10年”の間、果たして芸能界で生き延びられるのだろうか。

羽生結弦「嫌われたくない」の真意は? 相次いだ“嘘みたいな記事”と中傷

 2014年のソチ五輪に続き、2018年平昌五輪でもフィギュアスケート男子で金メダルを獲得した羽生結弦選手(23)。フィギュアスケート男子の五輪連覇達成は、66年ぶりの快挙である。一夜明けた2月18日におこなわれた記者会見の最後に、羽生選手は印象的な言葉を残した。

 昨年11月に公式練習にて右足を負傷し、治療とリハビリを経て平昌五輪に臨んだ羽生選手。この三カ月間の心理状態について記者から質問を受け、羽生選手は次のように語った。

「3カ月間のメンタルに関しては、うーん……なんて言ってほしいですか?(笑)
うーんと、とくに自分の心から、自分の頭が先導で、ネガティブなことに引っ張られることはなかったですけど、環境、状況、状態、条件。そういったものから、外的要因からすごくネガティブな方向に引っ張られました」

「ほんとのほんとの気持ちは嫌われたくないってすごい思うし、色んな方に見られれば見られるほど、色んなことをしゃべればしゃべるほど嫌われるし(笑)、色んなこと書かれるし、なんか嘘みたいな記事が多分これからもっともっと出てくるんだろうなって思います。
ただ、僕がしゃべったこと、僕が作ってきた歴史、それは何一つ変わらないし、自分の中で今回は誇りを持って、本当に誇りを持って、オリンピックの金メダリストになれたと思ってるので、これからの人生、オリンピックの金メダリストとしてしっかり全うしたいと思います」

 羽生選手は2012年の世界選手権で銅メダルを獲得した際のインタビューで、「メディアは多くの方々に自分の声を届けていただける場だと思います」と語っており、メディアと良好な関係を築いていた。しかし2014年のソチ五輪で金メダルを獲得後は、マスメディアによる“アイドル扱い”が過熱し困惑することもあったという。本人はアイドルを名乗らず一人のアスリートとして立っていても、アイスショーや祝賀会への出演依頼は殺到する。羽生結弦は否応なしにアイドルとして、国民的スターとして扱われるようになった。

 2016年1月には、プライベートに関するデマ報道があった。女性週刊誌による羽生選手と元同級生女性の婚約スクープで、記者は女性に「羽生さんの子供を妊娠・中絶したんですよね」と無遠慮に問いただしたうえ、その女性の実名がネットでさらされる事態にまで発展。羽生選手は会見を開き、「火のないところに煙は立たないというけど、本当に火もないところ」と全面的に否定した。

 羽生選手はこのことについて、2016年7月に発売された著書『蒼い炎II-飛翔編-』(扶桑社)の中で、<1月初め、足は痛いし、身に覚えのない報道が出たりして人間不信みたいになっていたので、ショーで滑れることがすごく幸せだったんですね。スケートって自分の意思だけで出来る。そこには誰も介入できないから>と綴っている。

 “嘘みたいな記事”はプライベートな事柄についてだけではない。平昌五輪後に羽生選手が引退するという報道、そしてここ三カ月の右足の状態や、ブライアン・オーサーコーチとの関係についておかしな報道も少なくなかった。インターネットでエゴサーチをすれば、無責任な誹謗中傷の言葉にすぐたどり着く。

 ただでさえ噂は尾ひれをつけて遠くまで拡散していくもの。マスメディアによって自身の発言が歪曲されて伝えられ誤解を受けること、それが一般ネットユーザー間で拡散されていき誤った情報がさも真実のように受け止められることは、ただ迷惑なだけでなく、不愉快な苦痛を伴い、自尊心も傷つけられる。

 しかし、冒頭の会見で羽生結弦選手は、たとえ“嘘みたいな記事”が出たとしても、「僕がしゃべったこと、僕が作ってきた歴史、それは何一つ変わらない」と明言している。そこには弛まぬ努力を続けてきた自負と、自分自身、そしてトロントで支えてくれたチームへの信頼、スケートへの集中力がある。それでも彼が決して「傷つかない」わけではない、ひとりの人間であることを示す言葉だった。

 羽生選手が会見で発した「嫌われたくない」というフレーズは多くのファンに衝撃を与え、スポーツ報道のあり方に一石を投じている。勘違いしてはいけないのは、羽生選手が批判や注意を受け付けないわけでも、過剰なプレッシャーを拒絶しているわけでもないことだ。一切のネガティブな報道にNOを突きつけたりはしていない。過去の発言から拾えば、たとえば2011年のグランプリファイナル後、<厳しい意見を聞くとやはり、悔しさを感じますが、そんな意見があるからこそ「やらなければ!」と思います>と発奮。また金メダル獲得など上位入賞へのプレッシャーについても<“期待される”という感覚が好きです。プレッシャーではなく快感なんです>と発言している。

 向き合うべき言葉には対峙する。そのうえで他者の言葉に取り込まれない。ライバル選手のことを熱心に観察・分析する一方で「自分に集中」する。そのバランス感覚はまさに見習いたいがそうそう真似できない。だから羽生選手はスターなのだ、などと結論づけてはいけないと思うが、ネガティブな方向に引っ張られながらも、軸をぶれさせず競技をやりきった羽生選手の精神力はやはり称える以外にない。今後も現役続行を明言している羽生選手、まずは2月25日のエキシビションを楽しみに待ちたい。

(参考)
■羽生結弦『蒼い炎』扶桑社
■羽生結弦『蒼い炎Ⅱ-飛翔編-』扶桑社
■羽生結弦『羽生結弦語録』ぴあ
■野口美惠『羽生結弦 王者のメソッド』文藝春秋

志村けん、誕生日パーティの裏事情ーー女性タレントが「泣く泣く参加してる」ワケ

 恒例となっている、志村けんの誕生日パーティが、今年も各メディアで取り上げられている。志村がブログにアップした写真には、珍しくすっぴんのマツコ・デラックスが写っており、ネット上で驚きの声が飛び交ったほか、2月22日発売の「週刊文春」(文藝春秋)には、毎年本命が座るとされる志村の“隣の席”に、「今年は(多岐川)華子が座っていたのではないか」とする記事も掲載された。志村の“スペオキ”は、優香にはじまり、みひろや磯山さやか、板野友美と、これまで多くの女性芸能人の名前が取り沙汰されているが、一部を除き、誕生日会への参加は「女性タレントにとって極めて不名誉なこと」といわれているという。

「文春」の記事では、志村が「好きな女性と一緒じゃなきゃ仕事する気にならない」と公言していると伝えられており、実際に『志村の夜』(フジテレビ系)の女性レギュラーやゲストは、志村のお気に入りであるといわれる。

「世間では、『女性タレントが志村に枕営業をしている』なんていわれていますが、実際に彼女たちが、志村と“男女の関係”になるわけではありません。『お尻を触られたり』といった話はあるものの、彼女たちはあくまで志村の“接待係”で、おしゃべりをしてお酌してと、ガールズバーの店員のような立ち回りをしているといいます」(週刊誌記者)

 女性タレントやその所属事務所関係者からすれば、こうした接待役を引き受けなければいけないのは、迷惑極まりないのだとか。

「まず、誕生日会の参加者の“選定”からして、実は志村ではなく、彼が所属する事務所の社長が、かなり強引に『○○を呼べ』と指示を出しているんです。この社長は“芸能界の実力者”だけに、弱小プロは断るわけにもいかず、泣く泣く参加させられている女性タレントも多いとか」(制作会社関係者)

 さらに、誕生日会で、志村から“見いだされて”しまった場合、誕生日会以外にも、お呼びがかかる機会が増えるそうだ。

「まったく売れないタレントや旬がすぎたアイドル、テレビに進出したがっているAV女優ならまだしも、売れっ子女性タレントが、志村にお酌係として夜な夜な呼び出されるのは、迷惑以外の何物でもありませんよ。スケジュールを押して、深夜まで志村の相手をして、その見返りが“深夜バラエティに出演”では、まったく割に合いませんからね」(同)

 長年志村の“側室”といわれた優香にしても、「彼女が売れたのは本人の実力であって、志村の影響は特にないでしょう。それでも義理堅く、結婚するまで参加を続けたのは立派だと思いますが、それによって世間では『志村に気に入られれば売れる』という、間違った認識が生まれてしまいました」(同)という。

 マスコミが例年報じる志村の誕生日会だが、「変に伝説化させないでほしい」という、参加者による知られざる本音も聞こえてきた。それでも華子は、来年以降も“お酌係”を続けるのだろうか。