その「いじめ」は「犯罪」です。ちゃんと知りたい法律のこと『こども六法』

 学校における“いじめ”報道は後をたたない。たとえば、神戸・東須磨小学校での教員たちによる継続的な集団暴行。あまりに凄惨で衝撃的な事件だが、多くのメディアはこれを「いじめ」と伝えていた。学校外で起きていれば「いじめ」とは呼ばれないはずだ。

 生徒間の暴力も同様で、殴る蹴るの暴力、「死ね」などの暴言、物を盗んだり恐喝して金品を脅し取ったり……などの行為は、刑法に抵触する犯罪だ。このような事態が学校外で起こった場合、加害者は逮捕され処罰を受ける。それが学校内になると、“いじめ”であり、加害者は何の罪にも問われないのだから、おかしい。

 学校内での「いじめ」を始め、子どもたちは加害者にも被害者にもなる。そうならないために、あるいはそうなってしまったときのために、役に立ちそうなある本が話題だ。8月20日に発売された『こども六法』(弘文堂)。出版されるや売り切れが相次ぎ、たちまち重版がかかった。

 

『こども六法』(弘文堂)
 『こども六法』は、子どもの生活に関係のある法律(刑法、刑事訴訟法、少年法、民放、民事訴訟法、日本国憲法、いじめ防止対策推進法)を、子どもにも理解しやすい言葉とイラストで表現した一冊。

 特徴のひとつは、見出しだけでどのような行為が法律違反にあたるかが分かるようになっていることだ。たとえば、刑法223条「強要」の見出しは<おどして何かをさせたらダメ!>、民法第709条「不法行為による損害賠償」は<他人のものを壊したら弁償しないといけないよ>。どちらも、いじめによくある加害行為である。

 教育研究者でミュージカル俳優でもある山崎聡一郎さんは、中学生時代に六法全書を読み、自分が受けたいじめが“法律違反”にあたることを知った。「当時の自分に法律の知識があれば、自分で自分の身を守れたのではないか」という思いから、子ども向けの法律書として『こども六法』の執筆に取り組んだ。

 

山崎聡一郎
藤田さん プロフ、記事前半の位置の識者タグにはこれだけにしてください。 山崎聡一郎 教育研究者、ミュージカル俳優、写真家。合同会社Art&Arts社長、慶應義塾大学SFC研究所所員。修士(社会学)。法と教育学会、日本学生法教育連合会正会員。

学校に浸透していない「いじめ防止対策推進法」
――山崎さんが『こども六法』を出版するきっかけは、小学生時代に経験したいじめ被害だったとのことですが、当時の様子を聞いてもいいでしょうか。

山崎:私に対するいじめのピークは小学校5年生のころでした。同級生の暴力によって、内見や打撲、左手首を骨折することもありましたが、いずれも学校は「軽い怪我」のように扱いました。

――クラス担任など学校関係者は、いじめを止めるためのアクションを取らなかったのですか。

山崎:多少はありました。しかし、いじめは基本的に教師の目のないところで行われるもので、僕がやられる時も教師のいないタイミングが多かったです。たまたま教師の目の前で行われた時は、教師が止めに入ってきました。

また、6年生に進級する時にクラス替えをし、いじめの加害者の子たち3人を別々のクラスにして、僕はその3人の誰もいないクラスになりました。

――では、6年生でいじめはなくなったのでしょうか。

山崎:いいえ、いじめ自体がなくなることは、結局最後までありませんでした。いじめから逃げる一番完璧な方法は転校だと思っていたのですが、教育委員会からも「学区の都合上できない」と言われたと両親から聞いています。結局、親に言われて中学受験をして、地元ではなく私立中学に進むことになりました。

当時の担任教師は、個人的には「ありえない」ですが、一般的な対応だと思います。もっとひどい先生も世の中に沢山いるので……。

――しかし2013年には「いじめ防止対策推進法」が施行されました。大人はいじめを受けている子どもを救い、いじめを防止する義務があるという法律です。『こども六法』にも載っていますよね。

山崎:「いじめ防止対策推進法」では、教師はいじめに対してどのように対処すべきかの基本が明記されています。以下はその内容の一部です(『こども六法』より)。

・学校は、いじめがあったことが確認された場合には、いじめをやめさせ、二度といじめが起きないようにするために、学校の先生が協力して、また専門家に協力してもらいながら、いじめを受けた子どもとその保護者に対するサポートを行い、またいじめをした子どもへの指導とその保護者に対するアドバイスを続けて行っていくこととします

・必要があるときは、いじめをした子どもを、いじめを受けた子どもが使う教室以外の場所で勉強させるなど、いじめを受けた子どもやその他の子どもたちが安心して教育を受けられるために必要な対応をします

・学校は、いじめ行為が犯罪として扱われるべきだと考えられたときは、近所の警察と協力して対応しなければいけません

――いじめを未然に予防するにはどうしたらいいのか、いじめが起きた時はどのように対応するのか、犯罪に相当するようないじめの場合は……など、実は全部法律で決まっているわけですね。

山崎:そうなんです。しかし残念ながら、「いじめ防止対策推進法」は間違いなく浸透していません。

――そう言い切れてしまうのですか?

山崎:はい。実際に現場の教師に話を聞いてみると、いじめ防止対策推進法について「知らない」「法律の名前は知っているけど具体的な中身はわからない」という回答が少なくありません。教師によってムラがかなりあります。

本来であれば「いじめ防止対策推進法」により、いじめの基本的な対応は日本全国で対応されているはずですが、法律通りにやっている教師もいれば、法律すら知らない教師もいる。そこで何が起きるかというと、学校の先生の経験ノウハウやいじめに対する考え方によって、対応が全く変わってしまうんです。

いじめに危機感を持っている教師が担任であればいいのですが、経験が浅かったり、いじめを軽視している教師が担任になった場合、いじめはずっと放置され、ひどい時はないことにされる。

もちろん、個々の子どもの境遇や性格に合わせて対応していくことも必要ですが、まずは、すべての教師が「いじめ防止対策推進法」の内容を理解し、実行することが急務です。

――「いじめ防止対策推進法」を周知させるにはどうしたらよいのでしょうか。

山崎:法律を知らない教師がいる一方で、「いじめ防止対策推進法」をしっかり実践している学校もあります。そうした模範となる事例をメディアで取り上げ、いじめは解決できるというイメージを共有することがひとつ、重要なことだと思います。

また、「いじめ防止対策推進法」というルールを現場に押し付けるだけでなく、法に則った対応をすることでいじめ問題の深刻化を防ぎ、教師たちの負担も少なくなるなど、学校側のメリットも伝えていくことも重要ではないでしょうか。

「相談できる大人は沢山いる」と強調した
――「いじめ防止対策推進法」が機能していないなど問題はありますが、日本の学校でいじめに対する対応がまったく進んでいないというわけではないのですよね。

山崎:進展はあります。文部科学省が調査している学校におけるいじめの認知件数は増えており、2017年には41万件を超え、2018年は54万件以上で過去最多を更新しました。一見、「いじめが増えている」と思われるかもしれませんが、そうではありません。

文部科学省は近年、「いじめはしっかり発見・対応しましょう」「いじめの認知件数が増えることは、いじめを発見・対応している証」という方針を強く打ち出しています。その結果、徐々にいじめの認知件数が増加したと見ることができます。

つまり、認知件数の増加は、しかるべき対応を取っている学校が増えたということです。それでもまだ、「いじめゼロ(認知件数0件)」に極めて近い学校も少なくありませんが……。

――いじめの認知件数がほぼ0件、ですか。

山崎:しかも1年間で、です。そんなわけがないと思いますが、そんなわけがあると主張する学校も少なくないのは、いじめ防止対策推進法ができていじめ防止基本方針が発表されてもまだ周知が足りていないということ。いじめ防止対策推進法どころか、その中のいじめの定義だけでさえ、どれだけ浸透しているか怪しいと私は思います。

――まず教育に携わる多くの大人たちに知ってほしいことですよね。また、もちろん教育関連の仕事ではない大人たちにも、法律の知識は必要です。法律の入門書や解説本など、大人向けの法律関連した本はたくさんありますが、そうした本をきちんと読み理解できる大人はわずかではないでしょうか。

山崎:大人でも「六法全書」を読んで理解することは難しいですよね。大人の方から「この本を読んで法律が勉強できた」という声もありました。また、「教室に置くべきだ」という感想も多く寄せられています。実は『こども六法』は、将来的に「どの学校の教室に1冊置けるものにしたい」という目標を持って制作した本なので、非常に嬉しく感じています。

「親子で読みたい」「子どもにプレゼントしたい」という反応のほか、高齢の方が「孫が3人いるから1人1人にプレゼントする」と3冊購入されたケース、また、「自分の母校に寄贈します」という方もいて、“子どもへのプレゼント”として広まっている印象もあります。

――『こども六法』は、年齢に関係なく誰もが理解しやすい言葉で書かれていますよね。「六法全書」をわかりやすくかみ砕くだけでなく、強いメッセージ性も感じます。

山崎:「相談できる大人は親と教師だけではない」という点は、とくに強調しました。子どもの一番身近な大人は親と教師ですが、彼らにいじめ相談をしても望むような対応をしてくれなかった場合、子どもは絶望を感じてしまいます。

しかし実際には、「大人」は親と教師だけでなく、大勢いるのです。警察や医師、児童相談所の職員といった大人に相談することもできます。「相談できる大人は沢山いる」ということを、言葉を換えながら、何度も繰り返し取り上げるようにしました。
あとは我々大人がこのメッセージを嘘にしないために努力し続けること、それがいじめ問題を少しずつ改善に向かわせていくと信じています。

――『こども六法』第7章の「いじめ防止対策推進法」では、「大人にはいじめから子どもを救いいじめをなくす義務がある!」とはっきり書かれてあり、いじめに苦しむ子どもにとっては心強い一文です。是非、多くの子どもたちの元に届いてほしいです。

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山崎聡一郎さん
小学校5年から6年にかけて左手首を骨折するほどの暴力を伴ういじめを受け、中学受験を決意。東京都私立桜丘中学校に進学するも、今度はいじめ加害者となり、いじめ被害の苦痛を知る自身が加害者となることはないと慢心していたことから衝撃を受ける。この経験からいじめ問題の複雑さと難しさを痛感し、いじめ問題への取り組みを決意。埼玉県立熊谷高等学校を経て慶應義塾大学総合政策学部に進学し、自身の経験を踏まえて「法教育を通じたいじめ問題解決」をテーマに研究活動を開始。学部3年時には英国オックスフォード大学に短期留学し、政治教育への演劇的手法の導入方法を学んで単位を取得。また、2019年に弘文堂より出版された『こども六法』の原型は、当時慶應義塾大学から研究奨励金を受給して作成した法教育副教材「こども六法」である。

学部卒業時には学位記授与学部総代に選出、卒業論文は優秀卒業プロジェクトに選定。その後一橋大学大学院社会学研究科修士課程を修了、現在は慶應義塾大学SFC研究所所員として研究活動を継続している。

ミュージカル俳優としての顔も持ち、劇団四季「ノートルダムの鐘」に出演するほか、自身でもコンサート等の興行を企画運営するなど多方面で活躍。それぞれ活動で相乗効果を発揮することを目指している。板橋区演奏家協会会員。

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人を憎み関西を憎み「反省しない」と宣言した死刑囚の最終陳述

 2005年(平成17年)から、主に刑事裁判を見つめ続け、傍聴ライターとして活動してきた高橋ユキが、これまで傍聴してきた刑事裁判を紹介してゆく。

 今回振り返るのは「京都・神奈川 親族連続強盗殺人事件」。2007年の冬、京都府長岡京市と、神奈川県相模原市で、親類を殺害し、金品を奪った男が逮捕される。のちに2件の強盗殺人罪で起訴されたが、初公判の罪状認否では「2人の冥福を祈るつもりはない」と述べる。彼は強盗目的ではなく「社会への仕返し」として事件を起こしたのだというのだ。

京都・神奈川 親族連続強盗殺人事件
<2008年傍聴@京都地裁>

 2007年1月16日夜、京都府長岡京市のある民家から「妻が浴室で血を流して倒れている」と110番通報があった。署員が現場に駆けつけたところ、その家に住む岩井順子さん(57=当時)が服を着たまま水を張った浴槽の中に顔をつけた状態でうつぶせに倒れており、すでに死亡していた。遺体には約10箇所刺し傷があり、家からは財布がなくなっていた。

 同月23日17時ごろ、府警捜査本部は東京都練馬区の路上で、順子さんの甥で住所不定の無職、松村恭造(逮捕当時25)を発見し、逮捕する。

 この直前である16時55分、神奈川県相模原市に住む加藤順一さん(72=当時)宅を訪れた長男から110番通報がなされていた。「室内に血痕があり、父親が行方不明になっている」。現場に駆けつけた相模原署員が2階和室の押し入れで加藤さんの遺体を発見。頭部に鈍器で殴られた跡が数10箇所あった。

 順一さんは松村の母方の祖父の弟。のちの調べで松村は順一さんも殺害していたことがわかる。

 松村は逮捕当初から、一貫して“反省しない”姿勢を貫いていた。順子さんに対する強盗殺人罪で起訴され、身柄が神奈川県に移される際に弁護人が開いた会見で、事前に「伝えたいことはないか」と松村に尋ねた際の返答を代弁した。

「25年間歩んできた人生の中で、反省すべきことは一つもない、と言っておいてほしい」

 “反省すべきことが一つもない”松村の半生は、どんなものだったのか。公判で明らかにされたことを書いていく。

 

「次に殺す相手も具体的に考えていた」
 大阪市阿倍野区で両親、弟、妹と暮らしていたが、暴力事件を2度起こした事で高校を中退。その頃から家庭でも暴力をふるうようになった。その後大倹に合格し、2000年4月に東京都内の私立大学芸術学部に入学。ところが同級生に数回暴力を振るったことから処分を受け、翌年9月、中退した。実家に戻ってからは、バイトをするも長続きせず、父の収入で長く暮らしていた。

 事件前年の2006年、バイト先の店長に暴力をふるい、バイト仲間の財布を奪ったことから、9月4日に懲役2年、執行猶予4年の判決を受ける。

 その翌月に実家で暴れて、父に勘当されてしまう。別居中の実母を頼り、高知に身を寄せた。だが、その時実母と交わした「モノを壊さない、飲酒しない」という約束を速攻で破ったことから、11月7日に家を追い出され、以後、母も頼ることが出来なくなっていた。

 11月中旬に滋賀県内の養豚場に住み込んで働くようになったが、家畜を殴って傷をつけたことから翌月に解雇となる。住む場所と仕事の両方を失った松村は、祖母に金を無心したが断られていた。

 さて松村は祖母から金の無心を断られた直後の12月20日、1人目の被害者が住んでいた長岡京市の岩井さん宅を訪ねた。家に上げてもらったが、順子さんの夫から生活態度を注意されてしまう。岩井さん宅を出た松村は六甲へ向かい、翌日に「入水自殺を試みたが断念した」と119番通報をする。これにより、実父に保護を求める連絡が入ったが、実父はこれを拒否した。

 移動や治療費で所持金が底をついた松村。実父には保護を断られたが、実母に連絡をすると、金を送ってくれた。この金で関東まで移動。クリスマスイブに、2人目の被害者となる加藤さん宅を訪ねる。泊まらせてほしいという松村の求めに、加藤さんは応じてくれたのだが、27日には1万円を渡され「年末年始に人が来る」と遠回しにそれ以上の延泊を断られてしまった。また別の親戚を訪ね、宿泊を願い出るが断られ、1万円を渡される。

 いよいよ八方塞がりとなった松村は、ついに28日、東京都内の保護施設に入所を申請し、その許可を得た。滋賀県内での住み込みの仕事も決まり、入寮を済ませた。だが、事件前日の1月15日。

「面接時に担当者に抱いていた不満を思い出した」

と、結局、入社初日の朝に寮を出てしまう。家族が不在の時に実家に忍び込み、夕食の残りを勝手に食べたりしながら、夜は野宿をして、事件の日を迎えた。

 松村は京都地裁で開かれた初公判において、1人目の被害者、岩井さん殺害の理由を「恨みがあったから」と語る一方、加藤さんについては「勘定合わせで殺した」と不可解な供述に終始した。これについて再び弁護士は記者会見で「『1人だけ殺して自殺するのはバランスが悪かった』と本人は言っているが、私にはよくわからない」と困惑しながら弁明している。

 さらに続く公判では、“第3の殺人”まで計画していたことを明かす。松村曰く、2件目の強盗殺人ののち、自暴自棄になり「さらに悪いことをしよう」と「次に殺す相手も具体的に考えていた」というのだ。その相手は東京都に住むある男性で、小学校・中学校時代の同級生だった。相模原市で2件目の殺人を犯したのち、同級生を殺すために東京に向かった松村だったが、殺害の前に、母校を見に行くことに。その際、身柄を確保されたのだった。

 その“第3の殺人”を決意したのも「昨年12月に『会おう』と電話したのに軽くあしらわれ、畜生と思った」「自分は大学中退なのに、大卒で会社にも勤めていて、嫉妬があった」という理由からだったと語る。

 

「私は世の中に対して貸しはあっても借りはない」
 初公判から一貫して反省のそぶりなど見せない松村は、最終意見陳述でも一貫していた。検察により死刑が求刑されたのち、速報のためか、司法記者らが一斉に出て行き、法廷には数えるほどしか傍聴人は残っていなかった。そんな中「長いですが……」とスーツのポケットから紙を何枚か取り出し、高い声でスラスラと陳述を始めた。

「今回の出来事の原因は、自分の中のエリート意識です。自分は特別な存在だから何をやってもいい、という思いが根底にありました。しかし、そう思うことは、必ずしも間違っているとは言えません。

 というのも私は今まで対等に付き合うに足りない相手ばかりに囲まれてきたからです。同世代の人間と比べ、私はダントツに理解力がありました。つまり私は1を聞いて10を知る事ができるのです。1を聞いて1を知る事しかできない同世代の連中とは、まるで会話が成立しなかったのです。

 高校のときの同級生が今日傍聴に来ています。Sという男なのですが、周囲がいかに幼稚であったか、このSを例に挙げて述べます」

 傍聴席最前列に座るスーツ姿の若い男性が、おそらくそのSさんだった。松村は続ける。

「私は高校の頃、教師を殴る暴力事件を起こしましたが、その事件のあと、Sはこの事件のことを4コマ漫画にし、周囲に見せてまわりました。

 またその後、全校集会のあと、私たちの学年だけ残され、教師が私の暴力事件を取り上げ、暴力はダメだという話をしました。そのときSは隣のクラスだったのにわざわざ私のほうを振り返り私にニヤリと笑いかけてきたのです。

 要するに何が言いたいかと言いますとSは、面白ければ何をやってもいいという、年齢は私と同じでも中身は数段劣る低級な男なのです。

 私の今回の裁判でSは毎回傍聴に来て最前列に座っていますが、なんでこんなカスに事件の全容を知られなくてはいけないのか、と、腹立たしく思いました。

 私にさらしもの気分を味わわせているということをSが認識していない事が腹立たしい限りです。私の神経を逆撫でしている事を本人が全く理解していないこと、腹立たしくて仕方ありません」

 こき下ろすのは毎回傍聴に来ていた同級生だけではなかった。続く陳述で松村は、同世代の人間、そして関西の人間と、批判の対象を拡げてゆく。

「大学に入るまで、周りの同世代の人間が、中身は全く幼稚なのに私と対等だと思っているということが不愉快でたまりませんでした。大学に入って東京に行き、その後大阪に戻ってきてからは、周りの人間すなわち関西人がバカに見えてしかたありませんでした。

 関西の人も街も言葉も大嫌いです。東京を知ってから関西人は全て嫌悪の対象になりました。関西にいる自分は間違った自分なのです。もとは東京に生まれ、東京で教育を受けた私ですが、それでもこれだけ引け目を感じているのだから、関西に生まれ、関西に住む関西人どもは、もっと劣等感を感じるべきなのです。

『私は○○だからガラがいい』などとお互いに足を引っ張り合う関西人、バカの集まりです。自分たちが特別だと思っている関西人は、一人残らず殺してやりたいです。

 私は死刑になると思いますが、私が死んだら、東京の神田川に遺骨をまいてほしいです。死んだあとも東京にいれるなら本望です」

 阿倍野区で育った松村は、この陳述を標準語で行なっていた。そして、批判の対象は、松村に金を渡してくれた親戚や、泊めてくれた被害者にも及ぶ。

「被害者や遺族についてですが、全く反省していません。ザマミロと思っています。岩井順子と加藤順一を殺して当然だと思います。X(加藤さんの長男)は私に死刑を望んでいると、自分でケリをつけたいなどと言っていますが、アンタ自分の手で殺すだけの根性あって言ってんのかよと言ってやりたいです。

 遺族には、事件から時間が過ぎて、笑いながら過ごしている日にも、ふいに私のことを思い出して、どんよりとした暗い気持ちになり落ち込むような人生を送ってほしいです。なぜなら、私が今までそのような人生を送ってきたからです。

 今回、人の事を悔しがらせる事ができて本当にうれしいです。私のことを許さないとか言っている人もいますが、許さなきゃいいじゃないかと言ってやりたいです。

 結局私は世の中に対して貸しはあっても借りはないんです」

 傍聴席最前列に座っていた女性は、顔を覆って泣いていた。この1月の最終意見陳述ののち、同年3月に開かれた判決公判で、京都地裁は松村に死刑を言い渡した。のちに松村は控訴するが、「身辺整理のための時間が必要。判決に不満はない」と、弁護人を通じて、身辺整理が終われば控訴を取り下げる意向であると表明。その言葉通り、同年4月8日、控訴を取り下げ、死刑が確定した。松村には2012年、自身が最も嫌う関西・大阪の拘置所で、死刑が執行されている。

 

『スッキリ』が献血ポスターを「不快だから環境型セクハラ」と歪曲

 今月24日放送の『スッキリ』(日本テレビ系)が、賛否両論を呼んでいる日本赤十字社のポスターについて取り上げた。しかしその内容が「Twitter上の意見を捏造している」として、批判の声が集まっている。

 問題となっているポスターは、漫画『宇崎ちゃんは遊びたい!』(KADOKAWA)の女性キャラクター“宇崎ちゃん”が描かれたものだ。“宇崎ちゃん”は小柄で「バストサイズは96センチのJカップ」という設定のため胸は大きく誇張されて描かれている。

 日本のアニメ描写ではよくみられる誇張だが、献血を呼びかけるこのポスターが注目されたきっかけは、あるアメリカ人男性のツイートだった。男性は新宿駅で見かけたというこのポスターに対して「過度に性的な宇崎ちゃんを使ったキャンペーンは残念」「こういうものは時と場所がある」と、苦言を呈した。

 太田啓子弁護士がこのツイートを拡散、もとの指摘に同意し「このポスターは女性をものとして扱う価値観を補強してしまう」「TPOをわきまえてほしい」という批判の声が大きくなった。同時に、「別に気にならない」「漫画とのコラボは献血を若い人へのアピールで合理的」など、ポスターを肯定する声もあり、賛否両論を呼んでいる。

 罵詈雑言飛び交う極端な対立も発生しており、冷静な議論が必要なこの問題だが、『スッキリ』の取り上げ方はむしろ冷静な議論を阻み、対立を激化させかねないものだった。

『スッキリ』スタジオは献血ポスター批判に「行き過ぎ」の空気
 24日の『スッキリ』ではまず、“宇崎ちゃん”のポスターに対する街の人の声やネット上の声を紹介。「不適切」「適切」それぞれの意見が並び、MCの加藤浩次を始めとしたスタジオの出演者は「このポスターに文句をつけるのは行き過ぎている」との方向性を示した。

 唯一、ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏だけは、「日本は昔から性に寛容的な文化があるが、西洋の感覚は違う」「簡単に議論できるものではない」との意見を述べていた。

 そして番組では、Twitter上で「環境型セクハラ」という指摘も出ているとし、ポスターとともに複数のツイートをモニターに映し出した。

<公共の空間で環境型セクハラしているようなもの!>
<献血でこんなイラスト使うなんて環境型セクハラだ>
<これは間違いなく環境型セクハラですね。理由は私が不快と感じたから>

 「環境型セクハラ」というフレーズはTwitter上でたちまち話題となり、番組視聴者から「自分が不快に感じたからといって排除するなんて」といった驚きや批判が続出。一部では、「環境型セクハラ」を主張し快・不快で善悪を決めようとしているのはフェミニストだとし、「やっぱりフェミニストは過激で傲慢」とフェミニストを嘲笑する意見もみられる。

 たしかに<公共空間で環境型セクハラしてるようなもの>というコメントは、前述のアメリカ人男性のツイートを引用して拡散した太田啓子弁護士が、<なんであえてこういうイラストなのか、もう麻痺してるんでしょうけど公共空間で環境型セクハラしてるようなものですよ>と指摘していた。

 しかし3番めのコメントは文脈を無視した“捏造”だという。

 番組放送後、<これは間違いなく環境型セクハラですね。理由は私が不快と感じたから>とツイートしたのは自分だというTwitterユーザーが、「違う意図で使われた」と、Twitter上で反論。この投稿は、弁護士の太田啓子氏がポスターを環境型セクハラだと指摘したことを皮肉ったものだったと説明した。

 さらに、番組が“宇崎ちゃん”のポスターを無許可で使用したことも、『宇崎ちゃんは遊びたい』の作者である丈(たけ)氏のツイートで判明。

<日テレさんからの打診はあったと聞いてて僕も担当編集もキッパリ断ったはずなんですが誰がいつテレビで使うことを許可したのかそれとも勝手に使われたのか説明は欲しいところですね>

“宇崎ちゃん”献血ポスターが孕む無数の問題
 献血を呼びかける“宇崎ちゃん”のポスターをめぐる問題はとても複雑で多層だ。女性を性的な存在としてのみ扱うような表現が公共空間で(疑問や意図を持たず)展示されることの是非。女性を性的な記号として扱う表現を、許容し続けていいのかどうか。虚構であるはずのコンテンツが実在の男女に不利益を与えている可能性はないか。

 性的な記号を誇張した表現は、もっと適切にゾーニングすべきではないか。そもそも件のポスターは過度に性的ではない、という意見もあり、では何をもって過度に性的かそうでないか判断するのかもまた問題だ。

 あるいはポスターを禁止してほしいという動きが表現の自由を規制する方向に発展する懸念はないか。まだまだ足りないだろう。こうした検討は、コンテンツや表現そのものの価値を否定するものではない。

 ポスター批判への反論として、若者に献血を促すために人気漫画のキャタクターを利用するのは必然で合理的だという意見、献血が重要かつ尊い行為であることは間違いなくこんなことで献血事業の邪魔をすべきでないという意見、献血をするのは男性の方が多いのだから男性向けでもおかしくないとする意見なども出た。

 だから、冷静な態度で話し合うべきなのだ。「これはこうだ」と決めつけたり、「いいや違う」とはねのけたり、現状はその繰り返しになっている。これでは議論が成熟するどころかスタートすらしない。

 『スッキリ』のスタッフがツイートの意図を勘違いして採用したのか、番組にとって編集しやすく都合のいい形で使用する意図があったのかはわからないが、「ニュース番組」を謳う以上、「こんな炎上が起きています」と紹介するのなら正確に事象を把握してほしい。そのうえで、いかに複雑で切実な問題であるかを番組内で伝えるべきではないだろうか。

『スッキリ』が献血ポスターを「不快だから環境型セクハラ」と歪曲

 今月24日放送の『スッキリ』(日本テレビ系)が、賛否両論を呼んでいる日本赤十字社のポスターについて取り上げた。しかしその内容が「Twitter上の意見を捏造している」として、批判の声が集まっている。

 問題となっているポスターは、漫画『宇崎ちゃんは遊びたい!』(KADOKAWA)の女性キャラクター“宇崎ちゃん”が描かれたものだ。“宇崎ちゃん”は小柄で「バストサイズは96センチのJカップ」という設定のため胸は大きく誇張されて描かれている。

 日本のアニメ描写ではよくみられる誇張だが、献血を呼びかけるこのポスターが注目されたきっかけは、あるアメリカ人男性のツイートだった。男性は新宿駅で見かけたというこのポスターに対して「過度に性的な宇崎ちゃんを使ったキャンペーンは残念」「こういうものは時と場所がある」と、苦言を呈した。

 太田啓子弁護士がこのツイートを拡散、もとの指摘に同意し「このポスターは女性をものとして扱う価値観を補強してしまう」「TPOをわきまえてほしい」という批判の声が大きくなった。同時に、「別に気にならない」「漫画とのコラボは献血を若い人へのアピールで合理的」など、ポスターを肯定する声もあり、賛否両論を呼んでいる。

 罵詈雑言飛び交う極端な対立も発生しており、冷静な議論が必要なこの問題だが、『スッキリ』の取り上げ方はむしろ冷静な議論を阻み、対立を激化させかねないものだった。

『スッキリ』スタジオは献血ポスター批判に「行き過ぎ」の空気
 24日の『スッキリ』ではまず、“宇崎ちゃん”のポスターに対する街の人の声やネット上の声を紹介。「不適切」「適切」それぞれの意見が並び、MCの加藤浩次を始めとしたスタジオの出演者は「このポスターに文句をつけるのは行き過ぎている」との方向性を示した。

 唯一、ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏だけは、「日本は昔から性に寛容的な文化があるが、西洋の感覚は違う」「簡単に議論できるものではない」との意見を述べていた。

 そして番組では、Twitter上で「環境型セクハラ」という指摘も出ているとし、ポスターとともに複数のツイートをモニターに映し出した。

<公共の空間で環境型セクハラしているようなもの!>
<献血でこんなイラスト使うなんて環境型セクハラだ>
<これは間違いなく環境型セクハラですね。理由は私が不快と感じたから>

 「環境型セクハラ」というフレーズはTwitter上でたちまち話題となり、番組視聴者から「自分が不快に感じたからといって排除するなんて」といった驚きや批判が続出。一部では、「環境型セクハラ」を主張し快・不快で善悪を決めようとしているのはフェミニストだとし、「やっぱりフェミニストは過激で傲慢」とフェミニストを嘲笑する意見もみられる。

 たしかに<公共空間で環境型セクハラしてるようなもの>というコメントは、前述のアメリカ人男性のツイートを引用して拡散した太田啓子弁護士が、<なんであえてこういうイラストなのか、もう麻痺してるんでしょうけど公共空間で環境型セクハラしてるようなものですよ>と指摘していた。

 しかし3番めのコメントは文脈を無視した“捏造”だという。

 番組放送後、<これは間違いなく環境型セクハラですね。理由は私が不快と感じたから>とツイートしたのは自分だというTwitterユーザーが、「違う意図で使われた」と、Twitter上で反論。この投稿は、弁護士の太田啓子氏がポスターを環境型セクハラだと指摘したことを皮肉ったものだったと説明した。

 さらに、番組が“宇崎ちゃん”のポスターを無許可で使用したことも、『宇崎ちゃんは遊びたい』の作者である丈(たけ)氏のツイートで判明。

<日テレさんからの打診はあったと聞いてて僕も担当編集もキッパリ断ったはずなんですが誰がいつテレビで使うことを許可したのかそれとも勝手に使われたのか説明は欲しいところですね>

“宇崎ちゃん”献血ポスターが孕む無数の問題
 献血を呼びかける“宇崎ちゃん”のポスターをめぐる問題はとても複雑で多層だ。女性を性的な存在としてのみ扱うような表現が公共空間で(疑問や意図を持たず)展示されることの是非。女性を性的な記号として扱う表現を、許容し続けていいのかどうか。虚構であるはずのコンテンツが実在の男女に不利益を与えている可能性はないか。

 性的な記号を誇張した表現は、もっと適切にゾーニングすべきではないか。そもそも件のポスターは過度に性的ではない、という意見もあり、では何をもって過度に性的かそうでないか判断するのかもまた問題だ。

 あるいはポスターを禁止してほしいという動きが表現の自由を規制する方向に発展する懸念はないか。まだまだ足りないだろう。こうした検討は、コンテンツや表現そのものの価値を否定するものではない。

 ポスター批判への反論として、若者に献血を促すために人気漫画のキャタクターを利用するのは必然で合理的だという意見、献血が重要かつ尊い行為であることは間違いなくこんなことで献血事業の邪魔をすべきでないという意見、献血をするのは男性の方が多いのだから男性向けでもおかしくないとする意見なども出た。

 だから、冷静な態度で話し合うべきなのだ。「これはこうだ」と決めつけたり、「いいや違う」とはねのけたり、現状はその繰り返しになっている。これでは議論が成熟するどころかスタートすらしない。

 『スッキリ』のスタッフがツイートの意図を勘違いして採用したのか、番組にとって編集しやすく都合のいい形で使用する意図があったのかはわからないが、「ニュース番組」を謳う以上、「こんな炎上が起きています」と紹介するのなら正確に事象を把握してほしい。そのうえで、いかに複雑で切実な問題であるかを番組内で伝えるべきではないだろうか。

木下優樹菜のタピオカ店恫喝で批判コメント12万件 『モニタリング』降板にも影響するか

 木下優樹菜が姉の働くタピオカ店オーナーへの恫喝DMを発端とした騒動は、今も収束していない。木下優樹菜がレギュラー出演中である『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』(TBS系)を降板するのかどうかも、注目が集まっている。

 木下優樹菜は今月6日、姉が勤務していたタピオカ店への不満をInstagramに投稿。同日、Twitter上では店の事情を知るという匿名のアカウントが、木下がタピオカ店に送りつけたInstagramのDMを公開した。

 公開された木下のDM文面は、相手を馬鹿にした言葉遣いで恫喝ととれる内容も含まれていたため、木下のInstagramには彼女を批判するコメントが殺到。9日に木下はInstagramに謝罪文を投稿したが、批判が止む気配はなく、矛先は夫であるFUJIWARA・藤本敏史にも向けられる始末だ。

 木下優樹菜のInstagramは9日の謝罪投稿を最後に更新が止まっているが、現在も批判コメントは相次いでおり、特に9日の投稿に寄せられたコメント数は12万件を超える。「芸能界引退」を要求するコメントや、「夫婦そろってゴミ」「最悪のママ」などの誹謗中傷コメントも見受けられる。

ベッキーは不倫騒動で『モニタリング』を降板
 恫喝DMが拡散されたことにより、木下優樹菜の仕事にはすぐ影響が出た。

 P&Gの食器洗い用洗剤「JOY」が、木下・藤本夫妻が出演するCMの動画をホームページから削除。木下がイメージキャラクターを務めていたCannonの「Kiss Mamaになろう。」のサイトも彼女の動画や名前を削除した。

 さらに22日には、神戸学院大学の大学祭中央実行委員会が、11月2日に予定されていた木下のトークショーについて、セキュリティ上の問題から出演を見合わせると発表した。

 また、木下がレギュラー出演中の『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』(TBS系)の公式Twitterには、「木下優樹菜を出演させないでほしい」と求めるコメントが多数寄せられている。

<木下優樹菜は放送しないでください>
<木下優樹菜が出るなら二度と見ません>
<木下優樹菜の出演の有無をツイートして下さい>
<木下優樹菜、降板ですよね? 出演者のところの名前をみるだけで不快です。視聴者への誠意をみせてください>
<木下優樹菜が出ないなら見ます>

 同番組では2016年2月、当時司会を務めていたベッキーが、ゲスの極み乙女。・川谷絵音との不倫を報じられたことを受け降板している。

 不倫騒動が表沙汰になった1月の段階では、同番組の関係者はベッキーについて「降板する予定はない」と説明していた。しかし実際の放送ではベッキーの出演シーンは不自然に少なく、ベッキーがなるべく登場しないよう編集したのではないかと話題になった。

 結局、2016年2月4日の放送を最後にベッキーは降板。木下優樹菜もベッキーと同じ道を辿る可能性もなくはない。

 一方で、木下の言動を支持する声もまばらながら存在する。最近の木下はママタレとして活動していたが、元々は「ヤンキーキャラ」として人気を博した。木下はInstagramのアンチコメントに強気に反撃するなどして度々炎上しているが、「ユッキーナらしい!」と支持するファンもおり、今回の騒動に対しても「ユッキーナは悪くない」と擁護するコメントはちらほら見られる。

 支持者がいる限り、ほとぼりが冷めれば芸能活動を再開するだろう。ただ、騒動以前と変わらぬ仕事内容になるかどうかはわからない。

“意識高い系”がニセ医学にハマってしまう 囲い込んで洗脳する陰湿スピリチュアルも

 百鬼夜行のごとく、続々と巷に姿を現すトンデモ物件。それをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……といった痛快さで鋭くつっこみ、ネットで注目を集める五本木クリニックの院長・桑満おさむ先生は、。当連載にでも幾度もご登場いただいている「ニセ医学バスター」です。

 私の中で痛快だった桑満先生の活躍は、巷の健康法で使われまくる常套句「体温を上げると免疫力が高まる」なる言説について、それをHPに掲載していた製薬会社に電凸し、実は根拠がなかったことを突き止めたことでしょうか。また、2016年に騒ぎとなった「WELQ(ウエルク)問題」※の火付け役となったことも、目の離せない出来事でした。

※医学的根拠のない健康記事を大量に公開するなどしていたことが外部専門家の指摘によって発覚し、運営する情報サイトが閉鎖に追い込まれた。

 そんな桑満先生が今年10月ついに、これまでのブログから話題を厳選してまとめた『“意識高い系”がハマる ニセ医学が危ない』(育鵬社)を上梓したとあれば、改めてお話を聞かない手はない!ということで今回はインタビューをさせていただく運びとなりました。 

 

桑満おさむ『“意識高い系”がハマる「ニセ医学」が危ない!』扶桑社
 同書で取り上げられている多くは、女性が関心を寄せる物件たち。「コラーゲンでお肌プルプル」「合成添加物(を危険視する界隈)」「酵素栄養学」「デトックス」「母乳信仰」「放射能」「EM菌」「経皮毒」「反ワクチン」「ホメオパシー」「波動」など。これらにハマる人は、自分を過大評価し、周囲に認めてもらいたがる「意識高い〈系〉」であるのが特徴であると、解説されています(ちなみに向上心を持ち努力するのは「意識が高い」という別モノ)。

 今回のインタビューではこれらに注目するようになったきっかけや、ニセ医学に対してどういう姿勢であるべきかといった点をお伺いしてみました。トンデモ物件ウオッチャーだけでなく、ネットにあふれかえる情報のとらえかたに迷う人たちの参考になれば幸いです。

 まずは、桑満先生がこのような「トンデモ」に注目されるようになった背景からお話を進めさせていただきましょう。

桑満おさむ先生(以下、桑満)「この本は、私のことを嫌う『アンチ』によって生まれた本だと言えます。今や私のブログ(五本木クリニック 院長ブログ)は、トンデモ検証ネタだらけですが、書き始めた当初は『台風や低気圧で「喘息発作」が増えるというのは伝説とか、『インフルエンザワクチンって男性は効果が少ないって本当!?』とか、医学のオモシロネタが中心だったんですよね。基本的には、正しい医学情報を伝えたい気持ちから始めたのです。

 ところが、酵素栄養学界隈の主張へ突っ込みを入れていたら、それに対する批判が増えてきた。そうなると、つい期待にお応えしたくなり巷のトンデモに挑む原動力となってしまった(笑)。そして記事数が1000本を超え、そこから厳選してまとめ、今回の本ができあがったというわけです」

 それってまるで、ダチョウ倶楽部の誘い水「絶対に押すなよ!」では~。アンチがいいお仕事(?)をしてくれたおかげで、ここ数年のブログ記事は、タイトルだけで丼飯がかきこめる仕上がりです。茶目っ気と毒気たっぷりの桑満節、ここを読んでいる皆様はもうご存知ですよね。(ここでチラリとノジルセレクトのブログ記事をご紹介!)

さようならクロワッサン、発酵食信仰をこじらせたようですね。
「誕生学」の大葉ナナコさん、男性不妊症の原因が電磁波って本当ですか!!??
ニセ医学に手を出しちゃった「イケダハヤト」さんの弁明が間違っている理由。
 ちなみにブログとは異なり、本のほうでは個人名には触れられておらず、あくまで「お説」のおかしさを医学的に分かりやすく解説してありますので、毒気が苦手な方にもオススメできます。

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 桑満先生はトンデモ沼にハマってしまった人たち同様、基本的には「怪しい話」が大好物。トンデモをたしなむキャリアは、小学生時代からというお話。

桑満「初めは小学校のときのUFOブームです。ユリ・ゲラー※1とかも大好きでしたね。そういった類の本を趣味として集めていたのですが、結婚してからさらに加速。きっかけは、子供の夜泣きです。

 うちの子はドライブに行くと泣き止むので、寝かしつけのために深夜に車を出すんですよ。するとつい、当時深夜でも開いている本屋である青山ブックセンター六本木※2に行ってしまう。そして棚に並んでいる本をまるっと買う……なんてことを繰り返し、トンデモ本の蔵書が山のようになってしまって。

 中でも好きなのは、精神病はオバケのせいだとかと言っている人とか、東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)に山本五十六※3 のメッセージが! とか言いだす人とか。それがなぜか皆、医師(笑)。

 今は蔵書を詰め込んだ本棚に囲まれた部屋で寝てますので、地震があったら圧死するかも。トンデモ本に埋もれて死んだら、本望かもしれません(笑)。スチール棚の重みで床には穴が空いてしまいましたが、妻に「どうせまた開けるから」と治してもらえない……という話はさておき、そういった本に掲載されているトンデモさんの話しって、別のトンデモさんの発言などを引用してあるんですよね。つまり、トンデモの元ネタもトンデモ。そしてさらにそれを追って……とやってると、膨大な量になってしまった。ブログなどに書いているネタは、その中の5%くらいですよ」

※1スプーン曲げで有名な、自称超能力者。今年3月には、「超能力で英国のEU離脱を止める」と宣言。
※2現在は閉店。アート系やサブカル系など、マニアックな品ぞろえが特徴だった。
※3昭和海軍の名将といわれた軍人。

 

山田ノジルの本棚と、かなり近いものがある

トンデモの重みが、邸宅のカーペットを突き破ったそうです
 果てなきトンデモオブトンデモを追い求める桑満先生が、いつしかUMA研究家に見えてきてしまう……。しかし楽しいことだけでなく、そうやって巷の「おかしな話」を観察していると、危ないと感じる側面も少なくないそう。

桑満「基本的には何でも、両者の意見を聞いて自分で判断して決めればいいと思います。しかし本で取り上げたようなトンデモは、笑い飛ばせる知識がないと、うっかり取り込まれかねないのでとても危ない。今回は基本的に中学生でもわかるくらいの表現でまとめてありますので、お子さんがいるご家庭にも置いていただくなどの活用法もぜひおすすめしたいですね。

 他に怖いと感じる点は、信じている団体などがカルト化して地下に潜られること。人目に触れにくくなると囲い込みが強くなり、抜けにくくなりますから。僕は婦人科系は苦手な分野ですのでこれまで手を出さなかったけど、教祖にアドバイスされて性風俗の仕事を始めた信者なども出てしまった子宮系女子などはとかあまりに陰湿なので、最近は無視できない存在になっています。

 職業を差別するつもりは全くありませんが、囲い込まれて洗脳されて……という感じが悪質で、悲惨なことに見えてしまう。バックファイヤ効果って言うんでしょうか。反論されるとかえって盲信してしまう心理にも要注意です」

 同書では、周囲に同調を強要する「意識高い系」や「ヒステリックな自然派ママ」がニセ医学を広めていると指摘しつつ、しかしその人たちも被害者であると説いています。

桑満「トンデモを発信する医師も、中には純粋すぎるがゆえというタイプの人もいるでしょう。一番罪なのは、そういった人たちをビジネスや政治のために利用する界隈です。もちろん金儲けのためではないとしても、医師の肩書でやっていいことと悪いことはあります。例えば胎内記憶などは、医師の肩書でスピリチュアル的な妄想を語っている問題があるでしょう。本来ならば、医師の肩書は外して活動すべきです」

 これまで当連載が取材してきた中で、桑満先生が繰り返し話していた「どんな界隈にも、逃げ道が必要」というアドバイスは、同書のはしばしにちりばめられた、皮肉を装ったユーモア感覚にも表れている印象です。

桑満「この本は、あくまで読み物として読み、笑い飛ばしてほしいんですよね。あまり真面目まじめにとられても、困ってしまう。理論に対しては理論で対応しますが、感覚的な言説には感覚的に対抗するしかないと思うんですよ。多くのニセ医学は、感覚で語るものが多いので、それに応じて今のスタイルになっていると思っていただければ。そういった感覚もご理解いただきつつ、本書をぜひ楽しんでください」

 同書からは「信じていたあんな話はニセ医学だったんだ……!」 という発見だけでなく、周りにいる「意識高い系」への対応法なんかも学べそう。もちろん、トンデモウォッチャーのツボに入ることは、必須! それって本当? と思っていたあんな話こんな話のモヤモヤは、確実に吹き飛ぶことでしょう。

批判殺到の佳子さま、「佳子さまフィーバー」はいつ反転したのか

 秋篠宮家の次女・佳子さまが今月初旬にダンススクールの発表会に参加したことを多くのメディアが写真つきで伝え、ネット上では「下品」「ダンスの前に公務では?」などのバッシングが飛んでいる。

 佳子さまは国際基督教大学(ICU)在学中からダンスの練習に励んでおり、大学を卒業した後もダンススクールに通っているようだ。佳子さまのダンス発表会の様子を伝えた「週刊女性PRIME」によると、佳子さまのダンスはハイレベルであり、足にはテーピングがされていたという。短めのトップスからは割れた腹筋がチラチラと見えていたそうだ。

 社会人がダンスを踊ろうが、お腹の見える洋服を着ようが咎められることは普通ないが、佳子さまは皇族であり「皇族としては下品」「もっと皇族らしい振る舞いをしてほしい」などの苦言が噴出している。また、「公務はどうなっているのか」「ダンスの前に公務では」と、佳子さまが仕事そっちのけでダンスをしていると指摘する声も多い。

 佳子さまは今年の3月に大学を卒業しているが、「女性セブン」(小学館)によると長女・眞子さまと比較し、佳子さまは公務の回数が少ないという。普段、佳子さまが何をして過ごしているのかは不透明な状況だとして、これまた“佳子さま叩き”の燃料になっている。

 そういったバッシングを佳子さま本人も認識していると、「週刊新潮」(新潮社)は報じた。佳子さまが自身へのバッシングに疲弊し「日本にいたくない」と漏らしているというのだ。ほとんどの週刊誌報道が、“批判を恐れぬ”佳子さまの様々な言動を“奔放”と表現し、母である紀子さまがショックを受けていると伝えてきたが、かつて佳子さまは“気品あふれるプリンセス”と賛辞を浴びていた。一体なぜ、いつから、状況が180度変化したのか。

佳子さまへのバッシングはいつから始まったのか
 批判的な声は鳴りやまない佳子さまだが、一時は「佳子さまフィーバー」と称されるほどの人気を博した時期もあった。バッシングが始まったきっかけのひとつは、姉の眞子さまと小室圭さんの結婚問題に言及したことだろう。

 佳子さまは今年3月、ICUを卒業するにあたり、宮内記者会の質問に回答した文書を公開した。そこには、未だに決着のつかない眞子さまと小室圭さんの結婚問題に言及。

<私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています>
<姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい>

 こうして佳子さまは、「お二人の結婚を応援する」という意思を表明された。

 しかし眞子さまと小室圭さんの結婚に反対する声は今なお大きく、佳子さまにまでバッシングが飛び火。「皇族という立場を理解していない」と、佳子さまを批判する声が出始めた。

 同時に、秋篠宮家の教育方針もバッシングの的となっている。秋篠宮家では子どもたちの意思を尊重する教育方針で、紀子さまは今年9月の宮内記者の質問に答えた文書でも、眞子さまと小室さんの結婚について、「眞子さまの意思を尊重する」と回答している。

<延期のことも含め、現在、長女は、さまざまな思いを抱えていると思います。このような状況で、長女の気持ちを推測するなどして現状や今後についてお伝えすることは、控えたいと思います。また、次女の将来については、本人が深く考え、歩んでいくことを期待しております>
<そして、長女も次女も、それぞれがよき人生を歩み、これまで2人の成長を支えてくださった方々にも喜んでいただけるよう、将来を築いていってほしいと願っております>

 だが個々の意思よりも、「皇族に相応しい振る舞い」を尊重すべきだとする論調が強いことは、冒頭に複数紹介した週刊誌記事の内容から明らかだろう。

 眞子さまと小室圭さんの結婚問題が収束すれば、秋篠宮家へのバッシングも収まるのかもしれない。しかし人間として個人の意思よりも常に「皇族として」の見え方を優先させなければならないような日本の皇室のありかたそのものが、果たして令和的といえるのかどうか、それこそが疑問である。

雅子皇后は25年間にわたるバッシングを受けてきた~皇后を褒め称える前に忘れないでほしいこと

 10月22日(火・祝)に行われる「即位礼正殿の儀」。台風19号の被害を鑑み、祝賀パレードは11月10日への延期が発表されたが、天皇が即位を内外に宣言される即位礼正殿の儀などは予定通り実地される。

 国を挙げての一大行事に即し、祝福ムードを高めるべく、あれだけ秋篠宮眞子さまと小室圭さんのご結婚ネタに執心していた女性誌もこぞって雅子さまを祝福する記事を量産している。下記は、一部の記事タイトルを抜粋したものだ。

<雅子さま、いまだ体調との綱引きはあれど、美智子さまの想いを覚悟で引き継ぐ!>「週刊女性」(主婦と生活社)
<雅子さまに待つ驚きのハードスケジュール…5時起床で18時間>「女性自身」(光文社)
<雅子さま“常に笑顔で”の誓い…カメラへの苦手意識も克服>「女性自身」
<雅子さま 即位の礼へ準備万端!“令和の奮闘”5カ月が糧に>「女性自身」
<世界が驚嘆する「日本の皇室」という奇跡 皇后雅子さまは「唯一無二のエンプレス」>「女性セブン」(小学館) 

 いずれの記事も、雅子さまがご病気を乗り越え、即位式に臨まれて皇后にならんとする“美談”を綴ったものだ。

 「女性自身皇室スペシャル即位記念号」(光文社)によれば、雅子さまは即位に際して精力的に公務に励んでおり、9月だけで3つの公務をこなしたという。

<約3週間で、3県のご訪問はかなり大変なスケジュールですが、雅子さまも無事に務められました。沿道にいる地元の人々にも、常に笑顔をお見せにいらっしゃり、そのご回復ぶりには目を見張るばかりです>

 今年5月のトランプ大統領夫妻来日においては、雅子さまが通訳を介さずにメラニア夫人と会話するシーンもあり、多くのメディアが雅子さまの語学力の高さを誉めそやしていたことも記憶に新しい。

 しかし、こうした報道の数々は、かつて雅子さまがメディアから受けてきたバッシングを振り返ると、極端な手のひら返しとの印象を拭えない。むしろ、雅子さまが優秀な外交官であったことが、皇室内ではマイナスだとする向きさえあったのだ。

ご結婚からおよそ25年間、雅子さまが浴び続けてきたバッシング
 1993年1月、天皇陛下と雅子さまの結婚が発表された。

 当時、まだ“小和田雅子”であった雅子さま。記者会見で、雅子さまは「外交官の職を捨てることに悔いはないか?」との質問を受けて、「いろいろと考えた結果、今私の果たすべき役割というのは殿下のお申し出をお受けして、皇室という新しい道で自分を役立てることなのではないか、と考えましたので、決心したわけですから、今は悔いというものはございません」とお答えになられた。

 雅子さまは、これまでのキャリアを生かし、皇室という新天地で活躍することを”決心”していたのだろう。
 
 しかし、その意気込みは踏みにじられることとなる。皇太子妃として一にも二にも求められることは“お世継ぎ”を産むことだったのだ。週刊誌は、雅子さまが体調不良で公務をお休みになったり、ヒールの低い靴を履いていたりする度に、「ご懐妊か?」と騒ぎ立てた。そのプレッシャーは想像を絶するものだっただろう。

 そんなおり、「週刊朝日」1999年12月24日号(朝日新聞出版)は<雅子さま 懐妊の兆候>との見出しで雅子さまのご懐妊をスクープした。ご結婚から約6年半後のことだった。世間は祝福ムードに包まれたものの、その直後に雅子さまの稽留(けいりゅう)流産が発表された。

 妊娠初期はデリケートな時期であり、安定期に入るまでは妊娠の公表を控えるのが通常だ。それを一方的に暴かれた雅子さまの心労は幾重にも重なっていたことが容易に推察される。

 2001年5月には、雅子さまのご懐妊が正式に発表された。同年12月には愛子さまがお生まれになる。しかし、雅子さまにかかるプレッシャーは、「次はお世継ぎを」「第2子には男児を」と、言葉を変えて存在し続けていた。

 2003年には、湯浅利夫宮内庁長官(当時)が会見で「やはりもう一人ほしい」とデリカシーを欠いた発言をして物議を醸した。雅子さまが置かれていた状況は辛いものだっただろう。

 この直後から、雅子さまは体調不良を訴え出すようになったという。2003年12月、帯状疱疹を発症し入院。翌年には適応障害との診断が発表され、療養に入られた。

 2004年5月、まだ皇太子であった現天皇陛下が会見に臨み、次のようなお言葉を述べられている。

「雅子にはこの10年、自分を一生懸命、皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが、私が見るところ、そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」

 この“人格否定発言”は、強い衝撃を持って受け止められた。しかし、それからというもの、週刊誌は雅子さまバッシングをさらに強めていった。この直後から、現天皇陛下と雅子さまの“離婚説”がにわかに囁かれはじめ、雅子さまが「皇太子妃を辞めます」と激昂したとの報道まで見られた。

 2006年3月、愛子さまが5歳のおりに皇太子一家は東京ディズニーランドとディズニーシーを訪れた。進学を控えた愛子さまに「同世代の子どもと同じ体験をしてほしい」との教育方針であったというが、この時にも雅子さまに対して「療養中なのに遊んでばかり」などと誹謗中傷が巻き起こった。

 このように、病気療養のため公務に参加できない雅子さまに対するバッシングはすさまじかった。

「週刊現代」2008年1月5日・12日合併号は<雅子さまの私的なお出かけ>を批判。<愛子さまの送り迎えなどを含む雅子妃の私的なお出かけは、本誌がカウントしただけで、ゆうに50回を超える>とし、<乗馬にショッピング、友人とのレストランでの食事、さらには大学での聴講―まさに、充実したプライベートそのもの>と皮肉った。そのうえで、<治療の方針がどうなっているのか、国民にわかりやすく説明すべき>と綴られている。

 もはや一挙手一投足が監視下に置かれ、バッシングの対象とされるような状態であった雅子さま。プライバシーもなにもあったものではない。

 2010年、学習院初等科2年生だった愛子さまが同級生の“乱暴”が原因で不登校になられた際にも、「週刊文春」2010年6月3日号は<雅子さまと愛子さま 「母子密着」20人の証言 いまも「学校をやめたい」>と題した記事を打ち、“過保護”バッシングへと導いていた。

 ご結婚から25年あまり、週刊誌は雅子さまネタを量産し続け、そのキャリアはおろか、人格や愛子さまへの愛情さえ否定するようなバッシングを差し向けてきた。その大義のない姿勢がどれだけ雅子さまをどれだけ苦しめてきたのか、想像に難くはない。

 にもかかわらず、「回復して良かった」「素晴らしい皇后さまだ」と、メディアは今、雅子さまを賞賛する。誰が雅子さまを苦しめてきたのか、振り返ることはないのだろうか。

「イクメン」への違和感を表明する父親たちの声「ふたりとも親じゃないですか」

「イクメン」という言葉が使われるようになったのは2010年頃のことで、およそ10年前。「イクメン」は育児参加する男性に対して誉め言葉としては使われてきた。

 しかし考えてみれば、「イクメン」とは父親が自身の子どもを育てているにすぎず、母親は毎日育児をしているにも関わらず、褒められることはない。そのことに気が付き、「イクメン」という言葉に違和感を示す男性芸能人も続々と出てきている。

「イクメンオブザイヤー」受賞者も「イクメンという言葉がなくなってほしい」
 「イクメンオブザイヤー」を受賞しながらも、「イクメン」というフレーズを否定する……という、一見矛盾しているように見えて、当然の流れも起きている。

 今月15日に東京都内で開かれた「イクメンオブザイヤー2019」の授賞式では、アンガールズ・山根良顕、高橋由伸、杉浦太陽、石田明、SEIKINの5名が「育児を楽しみ・頑張ったパパ=イクメン」として表彰された。

 授賞式後の囲み取材に応じた山根は<パパもママも一緒にやることなのに、パパだけが表彰されるとか「がんばってるね」とか言われるのはちょっとどうかと思ったんですけど、「パパがやるのも普通になってきている」が浸透していくことにちょっと参加できるのであれば……>と、イクメンへの違和感について言及した。

 5児の父親で育児休業経験もあり、第1回「イクメンオブザイヤー」を受賞していたつるの剛士も、2016年に出席した子育てイベントで、<僕は「イクメン」という言葉がなくなって、男性が育児するのが当たり前になってほしい>と語っている。

 また、1歳になる長男を育てているりゅうちぇるは、昨年の「イクメンオブザイヤー2018」を受賞したが、Twitterで<イクメンオブザイヤーを受賞させていただいた僕が言うのもあれだけど…イクメンという言葉が無くなるくらい パパも子育てに当たり前に向き合えて 別にパパが子育てをしてても 全然驚かれないような 大切な子供を夫婦で協力して話し合いながら育てていけるといいな…>とツイート。

 りゅうちぇるは、今月14日にwebで公開された「GQ JAPAN」のインタビューでも<イクメンと呼ばれるのが苦手><だって僕がやることを女性がやっても誉められないから。ふたりとも親じゃないですか、だからやるべきことをやっている感じです>と語っている。

ヒロミと賀来賢人の反省「男は育児やった気になっちゃう」
 サッカー日本代表で現在トルコ・ガラタサライに所属する長友佑都も「イクメン」と評価されているが、本人は「イクメンという言葉は海外にはない」と言いイクメンという言葉に批判的だ。

 長友は妻・平愛梨との間に2児を育てる。2018年2月に長男が誕生すると、長友もまた、自身のTwitterや平のInstagramの投稿などから「イクメン」として評判になり、先日発表された明治安田生命のアンケート調査では、「イクメンだと思う有名人」スポーツ選手部門第1位に選ばれている。

 しかし長友自身は、今年6月に掲載された「ハフポスト」のインタビューで、<そもそも、日本には「イクメン」って言葉がありますけど、海外にはないですからね。その言葉ができること自体が、まず問題だと僕は思っています><別に男の人が子育てするのは普通のことじゃないですか?><違和感はありますね>と語っていた。

 また、15日放送の『火曜サプライズ』(日本テレビ系)では、ヒロミと賀来賢人が「男性は育児をやったつもりになっている」と発言する場面があった。

 賀来は、たまには子どもを祖母に預けて妻と食事に行ったり、自分が子どもの世話をしている時に妻に「ごはん行ってきなよ」と声をかけるなど気遣っているそうだが、一方で、<男って勝手にポイントで数えちゃうじゃないですか。バカだからやった気になっちゃうじゃないですか>と内省。

 そんな賀来に、ヒロミは<“これやったから今日はいい”みたいなね。1日子ども見たらみたら“当分これで俺、遊べるな”って思っちゃう>と共感を示し、また<1日2日休ませたってチャラにはならない。そんなレベルじゃないんですよ。向こうの大変さ加減は><50:50でいかないとね>と育児に奮闘する配偶者を慮っていた。

 父親である男性に育児参加を促すべく、“育児をする男はかっこいい”といった意味合いで使われ始めた「イクメン」。しかし男性自身が「育児をするのは当然だ」と声を上げ始めている。子どもの親である以上、男性であろうと女性であろうと育児をする責任の比重は同等。実際に子どもを育てている男性たちの姿が、「イクメン」という概念を破壊し、「父親としてのスタンダード」なイメージにつながっていくだろう。

りんごちゃんの胸揉みしだき「柔らかいんやな」 関ジャニ∞村上の行動、中居正広と同じ?

 関ジャニ∞の冠番組『関ジャニ∞のジャニ勉』(関西テレビ)で、村上信五がものまねタレント・りんごちゃんの胸を揉む場面があり、“セクハラではないか”との批判が出ている。

 問題の放送は今月16日。テリー伊藤とりんごちゃんがゲストで登場し、りんごちゃんは武田鉄矢などの歌ものまねを披露した。そして「村上さんもいることなので」と切り出し、りんごちゃんがマツコ・デラックスのものまねをしながら、村上と共に『月曜から夜更かし』(日本テレビ系)を再現することに。

 村上が「絡みによっては乳とか揉んでしまうで」と宣言すると、りんごちゃんは「あっ、よろしくお願いします」と、了承した。

 ワンテイク目は、りんごちゃんがマツコのものまねをしながら「村上“さん”」と呼んでしまい、村上が「(マツコは)村上“さん”とはあんまり言わへん。『お前』か『村上』か『コノヤロー』か『ブス』」とツッコミ。

 仕切り直して村上が「大阪で絡むの初めてだな~」とふると、マツコのものまねでりんごちゃんは「そうよ、あんた今日もブスね」と返答。それに対し村上は「誰がブスやねん!」とツッコミながらりんごちゃんの胸を乱暴に揉み、他の関ジャニ∞メンバーも、「揉んでる揉んでる!」とガヤを入れた。最後はりんごちゃんの「嫌いじゃないんだけど」というマツコが言いそうなセリフで、寸劇は終了した。

 りんごちゃんの胸から手を離した村上は「りんごちゃんおっぱい柔らかいんやな」と感想を述べた。それを聞いた横山裕が「治外法権なん?」と問うと、「ボクはいつもやっていることをやっただけだから」と、村上は釈明していた。

 りんごちゃんは性別を公表していないが、過去ニューハーフバーなどで働いていたことは明かしている。今は少なくとも女装をしていて容貌は女性的。人はタレントとしてのりんごちゃんのことを「彼」ではなく「彼女」と呼ぶだろう。けれども生まれたときの体の性別はおそらく男性なので、「胸を揉みしだくやりとり」が笑いになる……ということになる。

 しかし「男がおかまの胸を揉む」光景は、もはや笑えるものではないかもしれない。ネット上では、村上に対して「セクハラ」「気持ち悪い」など批判も噴出しており、関ジャニ∞のファンからも「やりすぎ」「これはまずいと思った」と残念がる声も聞こえる。

中居正広はKABA.ちゃんの胸を後輩に触らせる
 かつてはテレビ番組で女装タレントの体を男性タレントが触るというシーンは珍しくなかったが、最近はそのような演出も減ってきているように思う。しかし、村上の先輩であるベテランタレントの中居正広も、数年前に同じようなことをしていた。

 それは2016年に放送されたバラエティ番組『Momm!!』(TBS系)でのこと。この日のゲストはKABA.ちゃんであり、KABA.ちゃんが女性に性転換するために行っている手術や治療のことをトークした。中居は「おっぱいはないの?」と質問。KABA.ちゃんが「ホルモン治療で少しはあるんですけど」と回答すると、中居はKis-My-Ft2の千賀健永に、KABA.ちゃんの胸を触るように促す。KABA.ちゃんが「まだ男だから(いいよ)」と了承すると、千賀は「ほんとですか? いいですか?」とためらいがちに胸に触り、さらに中居の「両手でいった方が」という指示を受けて、千賀は両手でKABA.ちゃんの胸を触ったのであった。

 KABA.ちゃんもまだ性転換が完了していなかったとはいえ、りんごちゃん同様、「彼女」だった。女性の胸を公然と触ったらセクハラ、強制わいせつなどの可能性もあるのに、彼女たちにそれをすることは笑いになるのだろうか?

 りんごちゃんもKABA.ちゃんも、胸を触られることに同意しているのだろう。あくまでバラエティ番組の演出に過ぎないことに口を挟むのは野暮なのかもしれない。けれど彼女たちのセクシュアリティをもっと尊重することはできないのか、疑問に思う。