有村架純と新垣結衣に与えられた“イメージ”が固まりすぎ!! 濃いメイクにしただけで批判噴出

 現在放送中のドラマ『中学聖日記』(TBS系)で主演を務める有村架純。今月22日発売の美容雑誌「美的」(小学館)では、付録つきと付録なしの2パターンで表紙を飾っているのだが、そのメイクが“彼女の魅力を殺している”とSNSで話題になっている。

 「美的」の表紙の有村のメイクは、美容雑誌なだけあり、2パターンとも通常の彼女よりも“濃い”印象を与える。付録つきの表紙写真は、赤みがかったブラウンのアイシャドウに鮮やかな赤色のリップ。一方付録なしの表紙写真も、紫がかったピンクのアイシャドウにこちらも紫の強いピンクのリップで、艶っぽい女性に仕上がっている。

 新鮮な有村の姿に、SNS上で飛び交う感想の多くが否定的なものだった。「有村架純である必要ないメイクに驚く」「彼女の素敵なフェミニン感が皆無になっている」「こういうのは白石麻衣みたいな人に任せときゃいいんだ!」といったコメントが並ぶ。多くのファンは有村に対して、色気や大人っぽさは求めてはいないのだろうか。

 ドラマや映画をはじめ、バラエティ番組でもすっぴんさながらのナチュラルメイクが多い有村架純。連続テレビ小説『ひよっこ』(NHK)で演じた素朴なヒロインの影響もあり、お茶の間ではふんわりとした可愛らしいイメージが定着しており、役柄も清純で心優しい女の子が多かった。

 しかしそんな彼女に対して、“女優”として生き残っていくためには、「新境地を開く必要がある」という報道も幾度となくされてきた。一体どっちなんだ、という話である。

「『中学聖日記』で脱皮か」と言われた有村架純
 『中学聖日記』は「有村架純が新たな役に挑戦!」と、放送前から期待されていた作品だった。有村は15歳の男子中学生と恋に落ちる教師を演じており、禁断の恋に揺れ動く大人の女性を彼女がどう演じるのか、今作で今までのイメージから脱却なるかなど、様々なメディアが記事をリリースした。

 しかし蓋を開けてみると、彼女の演技がどうこうという以前に、脚本や設定そのものに視聴者は騒然。平均視聴率も振るわず5%台から7%台(ビデオリサーチ調べ、関東地区)に留まっている。大雑把なストーリーにツッコミを入れながら楽しく観る人もいるようだが、残念ながらSNSで評価されている点は、有村の“可愛らしさ”と、俳優陣の顔がかっこいいという点がほとんどだ。

 「脱皮のために重要」と報道されていた、生徒を演じる岡田健史とのキスシーンも放送されたが、視聴者にさほど衝撃を与えるものではなかった。なお、昨年公開された映画『ナラタージュ』では、松本潤や坂口健太郎とのベットシーンもあり「脱皮のための濡れ場」と言われていたが、現在にいたっても彼女のイメージは変わりないだろう。

新垣結衣も“イメージ定着”で苦戦
 有村についてしまったイメージを覆すことは相当難しいのかもしれない。それを今期ドラマで証明しているもう一人の女優が新垣結衣だ。

 新垣は現在放送中のドラマ『獣になれない私たち(以下、けもなれ)』(日本テレビ系)で主演を務めている。『けもなれ』で新垣は、ブラック企業に勤めている上、彼氏との関係も上手くいっていない女性を演じており、表情は貼りついた笑顔か疲れ気味かのどちらかだ。

 新垣といえば弾けるような笑顔“ガッキースマイル”が特徴的な女優であり、すっかり“元気で明るい”“優しくやわらかい雰囲気”が定着している。そのせいか、ドラマを見たファンからは「こんなガッキーは観たくない」と残念がる声が続出。こういった声を受け一部のメディアでは、新垣は女優としての需要がないとまで書きたてた。

 では、有村架純と新垣結衣には、これまで築き上げたイメージ以上のものは求められないのだろうか。しかし、それではいつまでたっても“アイドル女優”と揶揄されたままになってしまう。この矛盾する現実に彼女たちがどう立ち向かうか。幸いにして、芸能界には多くの先達がいる。可愛らしさと凛々しさ、大人の色気と清楚な表情、様々な役柄を演じ分ける30~40代の女優たちは非常に豊富だ。有村と新垣は、とりわけ可愛らしいイメージでブレイクし、そのイメージが定着してしまったが、この壁を乗り越えて長い活躍を望みたい。

BTS騒動で知った、親世代の「嫌韓」 積み重なる不信感と誤解

 BTS(防弾少年団)をめぐり、日韓双方の嫌悪感情が高まっていることを、否が応にも感じる。韓国のヒップホップグループであり、世界的に人気のBTS。そのBTSメンバーであるジミンが昨年、「原爆投下後のきのこ雲」のイメージをプリントしたTシャツを着ていたことを、10月から日本の一部メディアが批判し、やがて多くの人がこのことを知るに至った。

 BTSは11月9日に『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出演予定だったが、番組はBTSサイドにこのTシャツ着用の理由を問い、明確な回答が得られないとして直前に出演を取り止めにしたと発表。日本国内のテレビニュースのみならず、アメリカやイギリスでもこの問題は報じられた。

 BTSはこの通称「原爆Tシャツ」問題だけでなく、ナチスを想起させるファッションやパフォーマンスをしていたとして、サイモン・ウィーゼンタール・センターが正式に抗議の意を表明。その国際感覚や人権感覚を問題視し非難する声が、少なくとも日本のインターネット上には溢れた。

 しかしBTSは13日夜、公式な説明と謝罪を発表。戦争には明確に反対するとして、原爆イメージのTシャツ着用は日本を侮辱する意図はなかったが、誤解を招くものだったと謝罪。ナチス問題についても、ナチス風ファッションの着用はスタイリストの用意したものであったが、それを着てしまったことは軽率だったと謝罪した。また、ナチスを想起させるパフォーマンスはしておらず、むしろ全体主義を批判する意図のパフォーマンスであると説明している。

 この説明は誠実なものだと筆者は感じたが、その夜、離れて暮らす実家の母と他愛のないLINEのやりとりをしている中で、「BTSってなんなの?」と唐突に言われた。「あの人たち、気持ち悪いね」と。

 私の母は60代前半だ。母はスマートフォンを利用しているが、日常的にネットニュースに触れてはいない。いわゆる「ネトウヨ」というわけではない。BTSのことはテレビのニュースやワイドショー、新聞報道などで知ったという。「反日」という言葉は使わなかったが、一連の騒動を受けて露骨な嫌悪感を抱いたようだ。母がBTSの公式サイトに掲示された謝罪文を読むことはないだろう。

 BTSの騒動を拡大させたのは「ネット民」「ネトウヨ」であり、ネットが騒いでいるだけだとの見方もあるけれど、果たして本当にそうだろうか。実家に帰ると『文藝春秋』(文藝春秋)は置いてあっても、『正論』(日本工業新聞社)や『Hanada』(飛鳥新社)はない。両親はネットに接続して情報を得る習慣もない。でも今回の件に限らず、テレビニュースやワイドショーを見ただけの層も、その内容次第では「何この人たち?」というモヤモヤだけを受け取り、韓国への不信感につなげてしまっている節があるのではないだろうか。

改ページ

 テレビのストレートニュースで充分な情報を伝えきることはおそらく難しい。ワイドショーは演出の意向が入るだろう。BTSの釈明を知らないまま、「この人たちは、原爆を揶揄したひどい人たちだ」と思ったまま、「韓国は怖い」との被害者意識を深めていく人たちがいる。繰り返しになるが、それは今回の件に限ったことではない。慰安婦問題にしろ徴用工問題にしろ、韓国側の歴史背景や事情を考慮せず、自分たちの歴史を振り返ることもなく、「この人たちは怖い」で済ませてしまう。

 母は韓国ドラマ『冬のソナタ』や『宮廷女官チャングムの誓い』が日本で放送されていた第一次反流ブームの際、それらのドラマを楽しんで視聴していた。けれどエンタメコンテンツの消費とは別で、母や父が韓国への不信感を持っていることは、当時から少し感じていた。いや、不信感だけでなく、この人たちは韓国を対等な国として見ておらず、見下しているのではないかとも思っていた。そんな中で育った私自身がフラットな見方を出来ている自信もないが、ともかく家族とテレビニュースなどを見ながら話していると、無条件に日本はアジアで一番であり、他のアジアの国々は劣っているとの価値観が、会話のどこかからにじむ。

 それは私の母や父が特殊なわけではないと思う。友人や仕事関係者にこの話をすると、「うちもそうだよ」「その世代の人はそうだよね」といった相槌が返ってくる。親世代は、日本の好景気を知っている世代だ。日本が一番すごくて、他のアジアの国々は劣っているという感覚を無意識に持っている可能性もある。

 私の両親に限っていえば、海外に住む人びととの交流は少ない。いつからか、韓国に対して「あの人たちはマナーが悪い、言いがかりをつけてくる、おかしなことばかりする……」と、言うようになった。慰安婦問題が大きく騒がれていた時期には、「今さらそんなことを言うなんて、非常識な人たちだ」と純粋に怯え、憤っているようにも思えた

 BTSはNHK紅白歌合戦に出場しないことが決定した。その他にも、年末に多く放送を予定している日本の大型音楽番組への出演がすべてキャンセルになったという。もし彼らが出演していたら、両親のように彼らへの誤解を持ったままの人たちは不愉快を覚えるだろう。そして「嫌い」という感情を強めてしまうのかもしれない。ひたすら悲しく愚かなことだが、そうした感情が発露している場面で、「この人たちはこういうふうに説明と謝罪をしてたよ」と伝えても、効果をなさないだろうと思う。「どうして味方をするの? この人たちのファンなの?」と言われるだけだと目に見えている。

 徴用工や慰安婦をめぐる問題からも明らかだが、韓国側から日本に対しての被害者感情に基づく憎しみは確かにあるだろう。けれど、私たちにできることはそれをほどくべく努力することじゃないのか。国交断絶を求めることじゃなくて、折り合いをつけることじゃないのか。そんなのはただの綺麗事と一蹴されてしまうのだろうが、綺麗な理想を掲げた状態で現実的な解決を模索する外交を望みたい。そして私自身もやっぱり、会話を流してしまわずに「私は違うと思う」と母に言おうと思う。

BTS批判とミスリード? K-POPにマツコ「嫌だったら日本から出ていけ!」発言が拡散

韓国ヒップホップグループ・BTS(防弾少年団)の「原爆Tシャツ騒動」は、未だにネットを中心に炎上を続けているが、タレントのマツコ・デラックス(46)が、韓国に対して「嫌だったら(日本から)出ていけ!」と発言したとの情報が拡散されている。

 マツコ・デラックスが「嫌だったら出ていけ!」と発言したのは、2012年1月にゴールデンタイムで放送された『なかよしテレビ 日中韓!ホンネで言いたい放題SP』(フジテレビ系)でのことだ。同番組は、日本・中国・韓国の出演者がトークを繰り広げて議論しながら、それぞれのいいところを学ぼう、という趣旨のもの。マツコは、東国原英夫(61)や、小島慶子(46)らとともに、日本人パネラーとして出演していた。

 「世界に自慢できる芸能人がいる国」というお国自慢コーナーで、韓国はK-POPの人気が世界に波及していることを紹介。在日日本人作家の韓国人・リュウが、「日本の芸能界は草野球レベル、韓国の芸能界はプロ野球レベル」と喩えて発言すると、マツコは「納得できない」と挙手。「K-POPは結局、アメリカのパクリにしか見えない。世界に通用するって言うけど、どこを指してるの?」と批判した。

 すると、リュウは、韓国もかつて日本の芸能界をトレースしたことがあったが、米国の市場に出て行けなかったと説明し、「今、K-POPは米国の市場に上陸している。その前に、EU(欧州連合)でファンがついている」と答えて、フランス、ドイツ、スペインの例を挙げたが、マツコは「またEUの中でも微妙な国ができたな」となじり、議論はさらにヒートアップする。

 リュウが、「J-POPはそこ(海外でファンを獲得すること)まですらいけていない」と指摘すると、マツコは怪訝そうな表情で、「行こうとしてないもん。アメリカで評価されることがすべてなの?」と反論した。

 さらに別の出演者から、「今、日本はレディー・ガガにハマっているけど、それはどうなのか?」と質問されると、「それでいいじゃない。あんたたちの国のやつも受け入れてやってるのよ。ありがとうって言われても、文句を言われる筋合いはない」と言い返し、トドメに「これだけ懐が深い国がどこにあるんだよ。お前ら(韓国)もお前ら(中国)も受け入れてやってんだよ。出てけ、いやだったら出てけ!」と、いつものように毒吐いた。

 この直後、MCのくりぃむしちゅー・上田晋也(48)が、「マツコ、1回血圧測って!」と茶々を入れ、スタジオは笑いに包まれるのだった。

 同番組では議論が白熱するシーンが多々見られたが、番組の趣旨をまっとうしていたといえるだろう。ちなみに、ラストは番組のテーマソングという『We Are The 日中韓』を全員で熱唱して終了している。こうした演出は悪趣味と言えなくもないが、番組の目的が各国間の対立を煽ることではないのは明らかだ。

著名人もBTSを批判しているようにミスリード
 しかし、BTS(防弾少年団)の原爆Tシャツ騒動をめぐって韓国批判の声が増しているネットでは、マツコが過去にK-POPを批判したことが話題を呼んでいる。さらに、「嫌だったら(日本から)出ていけ!」という発言が切り取られた状態で、SNSを中心に拡散されているようだ。

 SNSには、〈マツコ大好き、全部言ってくれる。BTSも嫌なら出てけってほんとその通り〉〈別にわたしが嫌韓だからってわけじゃなくて、客観的に考えて正論ですよね。本当に的を射ている〉〈BTSがいろんな国にでたところで受け入れられることはないだろうねwww〉などと、同意や賞賛の声が相次いでいる。

 6年前のテレビ番組で、マツコがK-POPを真っ向から批判したことは事実だ。しかし、まるでマツコがBTSに「日本から出ていけ」と言ったように解釈すること、BTS批判に加勢しているような読み方は誤っている。著名人もBTSを批判しているようにミスリードし、ネットの嫌韓感情を煽るため、マツコの過去の発言が利用されたに過ぎない。

 Twitterをはじめ、ネットでは、著名人の発言の一部が切り取られて、誤解されたまま広まることがよくある。しかし、流れてくる情報を無批判に信じ、同調してしまうことはどれだけ危険かーーーむやみに加担してしまう前に、一度考えるべきだろう。

(今いくわ)

『イッテQ!』捏造疑惑への日テレ対応に重大な問題点

 11月8日発売の「週刊文春」(文藝春秋)記事をきっかけに明るみとなった『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ)のやらせ疑惑。

 ラオス政府が今後の対応を協議するような事態にもなっているが、この問題を生み出し、そして、深刻化させている根幹に「面白ければ他者を愚弄しても構わない」というメディア側の増長した態度があるだろう。

 「週刊文春」がやらせを糾弾したのは、5月20日に放送された同番組の人気コーナー、「世界で一番盛り上がるのは何祭り?」という企画だ。ラオスの首都・ビエンチャンで行われた「橋祭り」に、宮川大輔が参加するという内容だったが、現地日本人による告発を受けて同誌記者が3週間にわたって現地取材を行ったところ、ラオスの情報文化観光省観光部、情報文化観光省マスメディア局など、複数人が「ラオスに橋祭りなんて聞いたことがない」と証言したという。「橋祭り」は番組側がセットを組み、地元の人々に協力を仰いででっち上げた、虚偽の祭りだというのだ。

 この報道を受け、8日午後、日本テレビは見解を公表。<今回の企画は、現地からの提案を受けて成立したもので、番組サイドで企画したり、セットなどを設置した事実はなく、番組から参加者に賞金を渡した事実もございません>と強く否定。また、<ラオスの情報文化観光省には、番組の趣旨を十分に説明し、正式な手続きを経て当局の許可をいただき、撮影にもご協力をいただきました>として、行政のお墨付きも得ている点を強調した。

 そして、今回のような疑惑が生まれている背景には、コーディネート会社からの説明不足ゆえに、この会場では初めての開催であった橋祭りを毎年開催しているかのように放送してしまったことにあるとして、<会場での開催実績を十分に確認しないまま作業を進めてしまいました。結果、この会場で初めての開催であった「橋祭り」を、放送では毎年行われているかのような、誤解を招く表現となりました。この点については、番組として真摯に反省すべき点があったと考えております>と弁明した。

 FNNの取材によれば、こういった声明に対し、ラオス政府は怒りを表明したという。2018年11月9日付「FNN.jpプライムオンライン」では、ラオス情報文化観光省の関係者が「“祭り”を紹介する企画だと事前に知っていたら、許可は出さなかった。なぜなら、このイベントは本当の祭りではないからだ」とのコメントをしたと報じている。またさらに、関係者が「日本人は誠実な人たちだと思っていた」と失望感をあらわにしているという。

 「日本人は誠実な人たちだと思っていた」という言葉は重く響く。というのも、確かにこの件に対するテレビメディアの対応は「誠実」とは言い難いものだからだ。

 11日には、騒動以降初めての『世界の果てまでイッテQ!』の放送があったが、番組内でやらせ疑惑に関する説明はいっさいなし。何事もなかったかのように通常の放送を行う姿には違和感を拭えなかった。

『ワイドナショー』は日本テレビの問題を追及せず
 では、この件に対して他のテレビ番組の反応はどうなのか? 同じテレビメディアが犯した愚行に対してきちんと意見するかと思えば、まったくそんなことはなかった。

 たとえば、11日放送『ワイドナショー』(フジテレビ)で松本人志は<祭りの定義って難しくない? 家でおかんがメッチャたこ焼き焼いているときに、『今日はたこ焼き祭りやで!』って言うてたからね。でも、まあ、その国の人にしたら、そんな祭りやってないのに、毎年やっていると言われるのは、日本人がもしそれをやられたらって考えたら、多少、うーん、気持ちがあまりよくないっていうのはわかりますけど>と語ったうえで、<フジテレビと日テレ、天秤にかけたら日テレで仕事したいわけですからね。そんなには言えない>などと冗談めかしてコメントを終えた。

 また、ゲストコメンテーターの泉谷しげるは<人気番組は叩かれるんだよな>と、まるで『世界の果てまでイッテQ!』が被害者であるかのような口ぶりで語り、松本もそれを否定するどころか、<そうですね。それはもう仕方がないですよね>と、泉谷のコメントを肯定する始末だった。

 ラオス政府が怒りをあらわにするのは当然のことである。自国の文化が他の国のメディアによって捏造されたのだ。

 しかし、日本テレビ側の出した声明は疑惑を全否定して現地コーディネーターに罪を着せることに終始し、ラオス政府への謝罪の言葉は一言もない。

 『世界の果てまでイッテQ!』は視聴率20%越えを記録することもある日本テレビの看板番組。やらせを認めれば大事なドル箱コンテンツを失うことになってしまうからこそ、ここまで苦しい抵抗しているのだろうが、日本テレビは問題の本質を見誤っているのではないか。

 ラオスの人々を愚弄するような捏造がまかり通ったのも、釈明のための声明で現地のコーディネート会社に罪を着せてトカゲの尻尾切りのようなことをしているのも、いまだにラオスの人々に対して謝りの言葉のひとつもないのも、すべてその背景には、第三世界の国々に対して圧倒的な上から目線で見下ろす視線が関係しているだろう。この相手がアメリカやフランスであったら、現地のコーディネート会社にすべての責任を押し付けるような声明は出せなかったはずだ。その態度には、いまだ消えぬ宗主国根性が見え隠れする。

 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は日本テレビに対し、番組制作の経緯に関する報告書と映像の提出を求めている。今後、第三者による客観的な目線で判断がくだされるかもしれない。

(倉野尾 実)

『イッテQ!』捏造疑惑への日テレ対応に重大な問題点

 11月8日発売の「週刊文春」(文藝春秋)記事をきっかけに明るみとなった『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ)のやらせ疑惑。

 ラオス政府が今後の対応を協議するような事態にもなっているが、この問題を生み出し、そして、深刻化させている根幹に「面白ければ他者を愚弄しても構わない」というメディア側の増長した態度があるだろう。

 「週刊文春」がやらせを糾弾したのは、5月20日に放送された同番組の人気コーナー、「世界で一番盛り上がるのは何祭り?」という企画だ。ラオスの首都・ビエンチャンで行われた「橋祭り」に、宮川大輔が参加するという内容だったが、現地日本人による告発を受けて同誌記者が3週間にわたって現地取材を行ったところ、ラオスの情報文化観光省観光部、情報文化観光省マスメディア局など、複数人が「ラオスに橋祭りなんて聞いたことがない」と証言したという。「橋祭り」は番組側がセットを組み、地元の人々に協力を仰いででっち上げた、虚偽の祭りだというのだ。

 この報道を受け、8日午後、日本テレビは見解を公表。<今回の企画は、現地からの提案を受けて成立したもので、番組サイドで企画したり、セットなどを設置した事実はなく、番組から参加者に賞金を渡した事実もございません>と強く否定。また、<ラオスの情報文化観光省には、番組の趣旨を十分に説明し、正式な手続きを経て当局の許可をいただき、撮影にもご協力をいただきました>として、行政のお墨付きも得ている点を強調した。

 そして、今回のような疑惑が生まれている背景には、コーディネート会社からの説明不足ゆえに、この会場では初めての開催であった橋祭りを毎年開催しているかのように放送してしまったことにあるとして、<会場での開催実績を十分に確認しないまま作業を進めてしまいました。結果、この会場で初めての開催であった「橋祭り」を、放送では毎年行われているかのような、誤解を招く表現となりました。この点については、番組として真摯に反省すべき点があったと考えております>と弁明した。

 FNNの取材によれば、こういった声明に対し、ラオス政府は怒りを表明したという。2018年11月9日付「FNN.jpプライムオンライン」では、ラオス情報文化観光省の関係者が「“祭り”を紹介する企画だと事前に知っていたら、許可は出さなかった。なぜなら、このイベントは本当の祭りではないからだ」とのコメントをしたと報じている。またさらに、関係者が「日本人は誠実な人たちだと思っていた」と失望感をあらわにしているという。

 「日本人は誠実な人たちだと思っていた」という言葉は重く響く。というのも、確かにこの件に対するテレビメディアの対応は「誠実」とは言い難いものだからだ。

 11日には、騒動以降初めての『世界の果てまでイッテQ!』の放送があったが、番組内でやらせ疑惑に関する説明はいっさいなし。何事もなかったかのように通常の放送を行う姿には違和感を拭えなかった。

『ワイドナショー』は日本テレビの問題を追及せず
 では、この件に対して他のテレビ番組の反応はどうなのか? 同じテレビメディアが犯した愚行に対してきちんと意見するかと思えば、まったくそんなことはなかった。

 たとえば、11日放送『ワイドナショー』(フジテレビ)で松本人志は<祭りの定義って難しくない? 家でおかんがメッチャたこ焼き焼いているときに、『今日はたこ焼き祭りやで!』って言うてたからね。でも、まあ、その国の人にしたら、そんな祭りやってないのに、毎年やっていると言われるのは、日本人がもしそれをやられたらって考えたら、多少、うーん、気持ちがあまりよくないっていうのはわかりますけど>と語ったうえで、<フジテレビと日テレ、天秤にかけたら日テレで仕事したいわけですからね。そんなには言えない>などと冗談めかしてコメントを終えた。

 また、ゲストコメンテーターの泉谷しげるは<人気番組は叩かれるんだよな>と、まるで『世界の果てまでイッテQ!』が被害者であるかのような口ぶりで語り、松本もそれを否定するどころか、<そうですね。それはもう仕方がないですよね>と、泉谷のコメントを肯定する始末だった。

 ラオス政府が怒りをあらわにするのは当然のことである。自国の文化が他の国のメディアによって捏造されたのだ。

 しかし、日本テレビ側の出した声明は疑惑を全否定して現地コーディネーターに罪を着せることに終始し、ラオス政府への謝罪の言葉は一言もない。

 『世界の果てまでイッテQ!』は視聴率20%越えを記録することもある日本テレビの看板番組。やらせを認めれば大事なドル箱コンテンツを失うことになってしまうからこそ、ここまで苦しい抵抗しているのだろうが、日本テレビは問題の本質を見誤っているのではないか。

 ラオスの人々を愚弄するような捏造がまかり通ったのも、釈明のための声明で現地のコーディネート会社に罪を着せてトカゲの尻尾切りのようなことをしているのも、いまだにラオスの人々に対して謝りの言葉のひとつもないのも、すべてその背景には、第三世界の国々に対して圧倒的な上から目線で見下ろす視線が関係しているだろう。この相手がアメリカやフランスであったら、現地のコーディネート会社にすべての責任を押し付けるような声明は出せなかったはずだ。その態度には、いまだ消えぬ宗主国根性が見え隠れする。

 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は日本テレビに対し、番組制作の経緯に関する報告書と映像の提出を求めている。今後、第三者による客観的な目線で判断がくだされるかもしれない。

(倉野尾 実)

『バイキング』坂上忍ワンマンショーの人気が怖い 異なる意見を排除する硬直化した番組姿勢に疑問

『笑っていいとも』(フジテレビ系)の後番組として、2014年4月から始まった坂上忍(51)司会による情報バラエティ番組『バイキング』(フジテレビ系)の視聴率が上昇している。

 芸能情報や時事問題をネタに、スタジオで激論を繰り広げる“生ホンネトークバラエティー”を売りにしており、今年6月には番組始まって以来初の週間平均視聴率で民放トップを獲得した。

 視聴率としては好調な『バイキング』だが、MCである坂上忍の“歯に衣着せぬ発言”つまり文字通りの“生ホンネトーク”が視聴者にウケていると見る向きが強い。しかし一方で、坂上忍の態度によっては、場が凍りつくこともある。

 いわば坂上忍のワンマンショーと化しており、彼(あるいは台本)と異なる意見は冷遇、排除されるのが定番だ。この番組が人気を博しているという事実は、恐ろしくもある。

坂上忍はゲスト評論家の主張を頻繁にさえぎる
 たとえばその傾向は、今月8日の放送で顕著だった。この日の『バイキング』では、八王子で女子中学生がいじめ被害の末に自死した事件を扱い、スタジオには明治大学文学部准教授でいじめ問題の研究をしている内藤朝雄氏がゲスト出演した。

 内藤氏は、日本の“学校教育の構造”がいじめやいじめ隠蔽につながっているとして、この構造から問題を考えなくてはいけないと主張。八王子の事件についても、隠蔽した学校やいじめをした生徒を責めるだけでは問題は解決しないとして、学校教育の構造を直視すべきだとした。

 しかし坂上は猛反論。声を荒げながら「じゃあ(八王子のいじめ被害生徒は)亡くなったってしょうがないといいたいの?」「あなたはいじめ問題を研究している方なんですよね?」「今回の学校の対応についてどう思いますか?」など、今回の事件に関する具体的な意見を要求した。いや、具体的な意見というよりも、いじめた生徒や、隠蔽しようとした学校を責める言葉を求めている様子だった。

 また坂上は、内藤氏が喋っている途中でも頻繁にさえぎるなど、失礼な態度もみられた。他の出演者も坂上に同調し、内藤氏の発言に対して「わかりづらい」等と言うばかりで、論点が噛み合わないまま議論は終了した。

 番組としては学校教育の構造ではなく、今回のいじめ問題についての学校側の対応の問題点などについての回答が欲しかったのだろう。そうであれば、スタッフと内藤氏との事前打ち合わせが充分でなかったのだろうか。せっかく番組に出演したにもかかわらず、MCに発言をさえぎられ、「わかりづらい」と排除されたのでは、何のために内藤氏を招いたのかわからない。番組趣旨に迎合して学校側の対応を責める役回りが欲しかったのなら、他に適役はいくらでもいそうなものだが。

 坂上忍は御意見番のように扱われているが、複数の出演者を招いている以上、番組として固まったひとつの意見だけを押し通すのではなく、それぞれの主張を聞き議論することがMCとしてあるべき態度だろう。

 番組側が求めていたのは、八王子の事件を厳しく糾弾することだったが、内藤氏は今後このようないじめを再発させないためにどうすればいいかを話した。生放送ゆえ台本通りにトークが進まないことへの焦りが、坂上忍を無礼な態度にさせていることは明白だった。つまり、坂上忍に生放送の柔軟なハンドリングは難しいのではないか。

坂上忍に異論ぶつける出演者は排除される?
 『バイキング』にはかつて、雨上がり決死隊の宮迫博之(48)や小籔千豊(45)もレギュラー出演していたが、いずれも降板している。

 今年4月の番組改編で、雨上がり決死隊は『バイキング』の金曜MCを降板したが、8月に出演したラジオ番組で宮迫は「しんどいから辞めた」「プライベートでも<憶測でそういう人のこと言うてあげんな>って言ってしまうタイプが、そんなものの司会やったらアカン」と、自分に『バイキング』は不向きだったと語っていた。一部では、憶測でものを言えない宮迫が踏み込んだコメントをしないため、坂上と衝突したという報道もあったが、番組の描くストーリーと宮迫の相性が悪かったことは確かだろう。

 今年の9月には小籔千豊も『バイキング』を降板。小藪は『AbemaPrime』(AbemaTV)で、番組名こそ明かしていないが「反対意見を少しでも言うとMCにすごいイヤな顔をされたり、強制的にCMに行かされたりすることで心、折れてきますよ」と発言したことがあった。小藪は以前から『バイキング』において坂上と反対の意見を主張し、言い合いになることもしばしばだった。

 2人の降板により、『バイキング』では坂上の意見に他のレギュラー出演者が同調する構図がいっそう明確化した。しかし同番組で扱うような時事問題には、性別や年齢、それぞれの置かれた立場などによって、様々な意見が存在するのが常であり、一方向の意見だけを垂れ流すのは危険ではないだろうか。情報番組として、多方面からの意見を元にした議論が必要なはずだ。

坂上忍の怒りは“演出”に過ぎないのか
 今月9日放送の『バイキング』では、「週刊文春」(文藝春秋)がスクープした『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)でのラオス祭り捏造問題を取り扱ったが、坂上は「広い意味では『バイキング』もヤラセだと僕は思っていますよ」と発言した。番組の意向や面白さを加えるために“演出”している部分もあるということだろう。また、以前出演した番組のなかで彼は、「あえて怒っている演出をしている」ことも明かしている。

 冒頭で記したように『バイキング』の視聴率が好調だということは、坂上の“怒り”から生まれる討論を面白いと感じる視聴者が多いことも事実なのだろう。しかし、センセーショナルなだけでなくデリケートな時事問題を扱う情報番組において、坂上の“怒る演出”は本当に必要なのだろうか。八王子事件でいえば、「いじめた生徒や学校側の対応を責める」ことに終始するのが、『バイキング』の望む姿勢なのかということだ。

 坂上の“怒る”パフォーマンスが演出なのだとすれば、そのパフォーマンスが受け入れられて視聴者が溜飲を下げるという社会の構図自体がただただ虚しい。

(栞こ)

BTS「原爆Tシャツ」「ナチス衣装」が国際的な問題に ドームツアーは強行するのか

韓国のアイドルグループ・BTS(防弾少年団)の「原爆Tシャツ」騒動が、まだ炎上を広げている。騒動は日ごとに大きくなり、いまや「原爆Tシャツ」だけではなく、次々と新たな薪がくべられ延焼し続けている。

 BTSのメンバー・ジミンが、過去に原爆のきのこ雲と万歳する韓国国民がデザインされたTシャツを着用していたことを発端に、大問題へと発展しているこの騒動。BTSは11月9日放送の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)への出演を予定していたが、急きょ取り止めになった。

 8日、『ミュージックステーション』は公式サイトにて、<以前にメンバーが着用されていたTシャツのデザインが波紋を呼んでいると一部で報道されており、番組としてその着用の意図をお尋ねするなど、所属レコード会社と協議を進めてまいりましたが、当社として総合的に判断した結果、残念ながら今回はご出演を見送ることとなりました>と、BTS出演見送りの理由が件のTシャツにあることを説明している。

[wezzy_blogcard 60815]

 これについてアメリカやイギリスの主要メディアも報道。米CNNは9日、BTSが日本の歌番組『ミュージックステーション』への出演を取り止めたことを報じ、その経緯にある「原爆Tシャツ」騒動を説明したうえで、<韓国と日本はともに第二次世界大戦の遺物に対してとくに敏感だ。朝鮮半島は1910年から1945年まで日本の支配を受け、第二次世界大戦で日本が負けて独立することができた>と説明を加えた。

 また、英BBCは、日本のネットで批判の声が高まっていることを説明し、先の戦争を踏まえて<これは両国双方にとって極めて敏感なテーマ>と表現して伝えた。

 どちらもBTSの「原爆Tシャツ」をめぐる騒動の根本を端的に伝えている。第二次世界大戦で日本が原爆を落とされて降伏した歴史は、韓国にとっては解放のきっかけとなった祝福すべきことだとの認識がある以上、その主張を表面化すれば対立化し、騒動は必然となる。国際的なアーティストであるBTSメンバーが、このデリケートな題材をモチーフにした洋服を着用したことが、日本での反発につながることは予想できただろう。

 日本でも多くのBTSファンは、「他意はない」「彼らは反日ではない」と擁護するが、意図的かどうかや“反日”か否かは問題ではなく、この騒動は、いわゆる日本の“ネトウヨ”が韓国に言いがかりをつけただけ、では落とし込めないところまで発展している。

改ページ

BTSのナチス連想パフォーマンスにユダヤ人団体が抗議「謝罪を」
 さらに波紋は広がっている。韓国のファッション誌「CeCi(セッシ)」の2014年9月発売号に掲載されていた写真も炎上中だ。それは、メンバーがナチスのハーケンクロイツがデザインされた帽子をかぶっているもの。画像がネットで出回るや、「日本人じゃなくてもすごく悪趣味に思うはず」「日本だけじゃなく世界をバカにしているのか」などとさらにBTSへの批判の声が大きくなっている。

 これに関連して、2017年に行われた韓国人歌手のソ・デジ(46)のコンサートで、BTSがナチスを想起させる軍服を着用して赤い旗を掲げるパフォーマンスを行っているYoutubeの映像も注目された。

BTS「原爆Tシャツ」「ナチス衣装」が国際的な問題に ドームツアーは強行するのかの画像2
問題となっているBTSの軍服パフォーマンス(SeoTaiji公式Youtubeチャンネルより)
 このパフォーマンスを、米ユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」が問題視。副署長のエーブラハム・クーパー氏が11日、<原爆被害者をあざけるTシャツの着用は、過去をあざけるこのグループの最新の事例にすぎない>と指摘し、< BTSは日本の人々とナチスの被害者に謝罪すべきだ>との声明を出すに至った。もはや、日韓の問題では済まないところにまで飛び火しているのだ。

 ナチスを想起させる軍服といえば、2016年に日本のアイドルグループ・欅坂46がナチス風衣装を着用していたことに対しても、サイモン・ウィーゼンタール・センターは抗議している。ナチス風の衣装やパフォーマンスは、「ファッションだから」「他意はない」で許容できないというのが、国際的な歴史認識だ。

BTSは「自分たちは日本の被害者」という認識?
 もちろん、この騒動は韓国でも大いに注目を集めている。11日付の「朝鮮日報」は、<偏狭な日本のテレビ局、防弾少年団の出演が相次ぎ白紙に>という記事タイトルで、BTSが日本メディアへの露出を制限されたことを報じ、<韓国のコミュニティーサイト「DCインサイド」「日刊ベスト貯蔵所」などでは「われわれも日本のAKBメンバーが所属している(韓日合同アイドルグループ)IZ*ONE(アイズワン)のテレビ出演を阻止しよう」と過激な反応も見られる。>と、韓国国内の動向を伝えている。

[wezzy_blogcard 60515]

 そこかしこに火種はくすぶっていたにせよ、BTSの「原爆Tシャツ」の件を通じて、日本国内での嫌韓ムードが高まり、相乗的に韓国側の反発もヒートアップしているように見える。両者が冷静になることが望まれるが、今のところ、そのきっかけすら見つからない。

改ページ

 BTSは年末にかけて、大型音楽特番『FNS歌謡祭』(フジテレビ系)や『ミュージックステーション・スーパーライブ』(テレビ朝日系)への出演が打診されていたが、騒動を受けてすべて白紙に戻ったとの報道もある。また、NHKの『紅白歌合戦』においては、BTS騒動も含め韓国と日本の関係が悪化する中で、韓流ガールズユニット・TWICEが出場するか否か、NHKに注目が集まっている。

 BTS は11月13日、14日に東京ドームにて「 BTS WORLD TOUR LOVE YOURSELF JAPAN EDITION」の公演を予定しており、これを皮切りとして、来年2月にかけて大阪・名古屋・福岡をめぐるツアーが控えている。日本の多くのBTSファンは予定通りの開催を望んでいるが、BTS側はどのような判断を下すのだろうか。興行開催で日韓双方の経済が潤うことは間違いないが、何事もなかったかのようにライブをすれば反発はいっそう強まるだろう。

 もしBTS側の歴史認識として、「韓国は日本の支配による被害者であり、だからあのTシャツは愛国心の表現として間違っていない」というのであれば、表面的な謝罪で濁すよりも、堂々と主張して議論すればいいだろう。あのTシャツには日本で原爆被害に遭った広島・長崎の市民に対する思慮が欠如しているが、韓国側が「自分たちはもっとひどい被害者だ」との認識を持っている可能性もある。この日韓の歴史認識のすれ違いが解決しない限り、これからも同じような問題は何度でも繰り返されるだろう。

 BTS側はまだ公式見解を出していないが、国際的な注目をこれほど集めている以上、沈黙したままワールドツアーを続けるわけにはいかないのではないだろうか。

広瀬すずのメンタルが無敵! 松嶋菜々子の忠告は不要だった?

 6月19日に20歳の誕生日を迎えた、女優の広瀬すず。NHK連続テレビ小説100作目となる『なつぞら』(NHK)のヒロインに抜擢されるなど、その活躍ぶりは若手女優の中で頭一つ突出した存在だ。映画界を中心にストイックな姿勢が評価されてきた彼女は、そのメンタルの強さも抜きん出ているそうである。

 広瀬すずといえば、2015年に『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ)にて発した「どうして生まれてから大人になったときに、照明さんになろうと思ったんだろう」というスタッフ軽視発言で盛大なネットバッシングを受け、自身のツイッターで「いつもお世話になっているスタッフの方々に誤解を与えるような発言をしてしまい申し訳ありませんでした。本当にごめんなさい」と謝罪した事件の印象も根強い。

 彼女は当時まだ17歳で、番組での発言も子どもの冗談と流してもおかしくないような流れでの言葉だったが、ネットでの徹底的で容赦ないバッシングに晒された。しかしウソかマコトか、このバッシング以降、「他人にどう見られているか?」を直視すべくエゴサーチをして批判的なコメントと向き合い、客観的な視点を鍛えるようになったとの話もある。実際にそうならば、主演ドラマ『anone』(日本テレビ系)の視聴率がふるわず“大爆死”“大コケ”等と揶揄されたことなども認識したうえで、作品に臨んでいるのかもしれない。

 となると、今の広瀬すずはもはや無敵なのではないか?

 件のスタッフさん発言が出た番組では、父親よりずっと年上であろう大御所芸人のとんねるずの前でリラックスムードで談笑する強心臓ぶりを発揮していた広瀬すずだが、先日は「女性自身」(光文社)にて、『なつぞら』で共演する松嶋菜々子(44)に一喝されたという報道があった。その記事によると、松嶋菜々子は広瀬すずに「ちゃんと台本読んできてね」と笑顔で忠告したのだという。この“お言葉”が関係しているのかどうかはわからないが、現場で広瀬すずは迫真の演技を披露しているそうだ。

 しかし、松嶋菜々子がその忠告を本当にしたのだとしたら、彼女は広瀬のことを過少評価しているのかもしれない。以前、『ジョブチューン ~アノ職業のヒミツぶっちゃけます!』(TBS系)にゲスト出演した広瀬すずは、撮影現場の裏側を明かしたのだが、彼女いわく、台本は1回読めば暗記できるのだという。ゆえに、台本には何も書き込まず、撮影現場でも台本を読まない主義。映画『怒り』の時は「撮影中1回も見てないです。全部撮影前に入ってて」というからすごい。ちなみに木村拓哉も現場入りする前に台本は完璧に頭に入れているのだという。

 また同放送では、彼女と一緒に仕事をしてきた映画監督が“女優・広瀬すず”のスゴさを明かしていた。映画『ちはやふる』の小泉徳宏監督は、彼女が役作りのため「寝る前に髪の毛を痛いくらい何カ所も縛って髪を無理やり伸ばそうとした」と暴露。さらに映画『チア☆ダン』の河合勇人監督は、「役への感情移入がすごく、カットがかかった後も涙が止まらなかった」というエピソードを語っていた。

 どんな場面でも物怖じしないメンタルを持った広瀬すず。以前、ツイッターに届いた「いくら役でもきつく言われて萎えないの?」というファンの質問に「私こう見えてもメンタルだけは無敵なんです」と返信したこともあった。こう見えても、というか、もうどう見ても無敵である。このまま大女優の道を悠々と歩いて行ってほしいものだ。

(ボンゾ)

杉田水脈「LGBT支援の必要ない」が自民党の総意である可能性

 先日Wezzyでも取り上げたが(リンク)、自由民主党の杉田水脈衆議院議員が「新潮45」(新潮社)2018年8月号に寄稿した「「LGBT」支援の度が過ぎる」というタイトルのコラムのなかで、「子供をつくらないLGBTには『生産性』がないので、行政が支援する必要はない」と主張し、大きな波紋を呼んでいる。

 LGBTに対する強い差別感情をあらわにし、さらに、ナチス・ドイツにも似た優生思想を振りかざす杉田水脈議員の発言には多く批判が上がっている。政治家としてあり得ないこの発言には、自民党内でなんらかの処分や注意喚起があってしかるべきだが、自民党がとった反応はむしろ、杉田議員の考えを積極的に肯定していくものであったようだ。

 7月22日、杉田水脈議員は自身のツイッターに<LGBTの理解促進を担当している先輩議員が「雑誌の記事を全部読んだら、きちんと理解しているし、党の立場も配慮して言葉も選んで書いている。言葉足らずで誤解される所はあるかもしれないけど問題ないから」と、仰ってくれました。自民党の懐の深さを感じます>と投稿した。

 また同時に、<自民党に入ってよかったなぁと思うこと。「ネットで叩かれてるけど、大丈夫?」とか「間違ったこと言ってないんだから、胸張ってればいいよ」とか「杉田さんはそのままでいいからね」とか、大臣クラスの方を始め、先輩方が声をかけてくださること>ともツイートしており、もしも杉田議員のツイート内容が事実なのであれば、自民党としても杉田議員の言う「『生産性』のないLGBTは支援する必要はない」との考えに同意を示したことになる(両ツイートとも現在は削除されている)。

 自民党といえば、今年の6月、二階俊博幹事長が東京都内で開かれた講演で「この頃、子どもを産まないほうが幸せじゃないかと勝手なことを考える人がいる」と述べ大問題となったのは記憶に新しい。党幹部が、そもそも何が問題なのかすら理解できていない可能性もある。

杉田水脈議員は日本にLGBT差別はないと主張するが……
 杉田議員の発言は7月18日に「新潮45」(新潮社)2018年8月号が発売されてすぐ、コラムの一部がツイッターで拡散され炎上した。その際、杉田議員は、雑誌の一部が切り取られたことにより誤解が生まれたと主張。<全文を読んでから批判してほしい>とツイートしていたが(こちらも現在は削除済み)、誤解されているどころか、全文を読むとさらにトンデモ発言のオンパレードなのであった。

 コラムの冒頭でまず、杉田議員はLGBTに関する報道の量を疑問視。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞といった新聞を比較すると、朝日や毎日といったリベラル寄りの新聞の方がLGBTを扱った報道の量が多いことを指摘したうえで、<違和感を覚えざるをえません>と主張する。

 その<違和感>の論旨として、杉田議員は<LGBTだからといって、実際そんなに差別されているものでしょうか>としながら、日本は歴史的に同性愛に寛容な社会だったと述べる。

 杉田議員は、戦国武将などにあった男色の風習を念頭に置きながら<寛容な社会>としているのかもしれないが、現代においてLGBTへの差別がないかといえば、残念ながら「差別はある」。

 「週刊文春」(文藝春秋)2018年6月21日号にて、日本で初めての同性愛専門誌「薔薇族」(第二書房)を創刊した編集者の伊藤文學氏がインタビューを受けているが、そのなかで伊藤氏は、1983年に宮崎県で起きた「薔薇族」万引き事件について語っている。「薔薇族」の万引きを見つかった高校生が警備員室に連れて行かれ、親を呼び出されることになった際、親にゲイであることを知られるのを恐れるあまり、「トイレに行きたい」と言って警備員室を抜け出し、そのままビルの屋上が飛び降り自殺してしまった事件だ。伊藤氏はこの事件を振り返りながら<ゲイ雑誌を買いづらい状況が彼を殺したようなもので、心底やりきれなかったです>と語っている。

 こういった痛ましい事件が起きたのは、日本社会のなかにLGBTへの偏見や差別が根深くあり、当事者自身も、そのことを強く認識し、恐れているということの証左に他ならない。

 それは21世紀の現在でも、変わっていない。2015年には、LGBTであることを友人に暴露されたことを苦にした一橋大学大学院の学生が自殺するという事件が起きたばかりだ。

 また、当人に直接差別的な態度を示さないかたちで差別感情が浮き彫りになることもある。男同士の性愛を過激に表現したコミックやイラストで人気を博し、最近では佐藤隆太や把瑠都の出演でドラマ化された『弟の夫』(双葉社)でも知られる漫画家の田亀源五郎氏は、自著『ゲイ・カルチャーの未来へ』(Pヴァイン)のなかで以下のように綴り、日本的なLGBT差別のかたちを語っている。

<たとえばヘイターが実際にいたら、表立って闘えばいいから対処は簡単なんですよ。それより難しいのは、無自覚な偏見に囚われている層なんです。そういう人たちというのは、差別が良くないということはわかっているし、自分が差別的ではありたくないと思っている。つまり自分は差別していないという前提があるから、なおさら「それはじつは差別的なんだよ」という風に指摘されると、ものすごく抵抗するんですよ。それはもう意固地になるくらいに。私は自分の生活で、そうした例を実際によく見ています>

 こういった証言から、日本社会がLGBTに対して<寛容な社会>などでは決してないことは明らかなのだが、それにも関わらず、杉田議員は「新潮45」のコラムにおいて<「生きづらさ」を行政が解決してあげることが悪いとは言いません。しかし、行政が動くということは税金を使うということです>としたうえで、<例えば、子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか>と綴った。

 LGBTの人々にとって同性婚が認められていないことによる不利益は数多ある。扶養控除などの税控除や社会保障も同性パートナーには認められていないし、片方が亡くなったときの相続の問題もある。また、病気で入院してしまい「家族以外は面会謝絶」といった場合に同性パートナーはどうするのかという問題もあるし、家を借りようと思った際に大家から断られてしまうといった問題もある。つまり、同性婚が認められていないという社会制度の不備によって生み出される「生きづらさ」は山のようにあるのだ。そういった状況を改善するのが政治家の仕事であり、ましてや差別を煽り立てるなどというのは政治家としての資質が問われる問題だろう。

 そして、「新潮45」のコラム上で杉田議員は、メディアによる報道が人々を惑わせていると主張する。

<マスメディアが「多様性の時代だから、女性(男性)が女性(男性)を好きになっても当然」と報道することがいいことなのかどうか。普通に恋愛して結婚できる人まで、「これ(同性愛)でいいんだ」と、不幸な人を増やすことにつながりかねません>

 同性愛者を<不幸な人>と断定している時点で、もうこの問題について語る資格がないのは明らかだが、杉田議員は「多様性を受け入れる」という価値観で社会をつくっていくことに反発。そういった報道に対しては<むしろ、冷静に批判してしかるべきではないのかと思います>としたうえで、このような言葉で原稿を締めた。

<「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。私は日本をそうした社会にしたくありません>

 その「普通であること」という同調圧力や強迫観念により、不当に差別され、苦しい生活を強いられている人々が現実にいることを、彼女は無視して政治を行うつもりなのだろうか。

 杉田議員の主張は、同調圧力の暴力を振りかざして、弱い立場にいる人々を痛めつけるものである。議員バッジをつけた国会議員が行って許される行為ではない。

 7月21日付日刊ゲンダイで憲法学者の小林節氏は、杉田議員は<「人権」論の本質が分かっていない>と喝破し、このように語っている。

<人間は皆、先天的に「それぞれ」に個性的な存在であるが、それをお互いに許容し合う温かい心こそが人権論の土台である。

 だから、自分とは異質な者を内心では見下しておきながら、それを単なる「区別」だと言い張り、その上で「優先順位が低い」という見下し発言をして恥じない者が権力側にいては、いけないのである>

 杉田議員は<全文を読んでから批判してほしい>と語っていたが、全文を読んではっきりしたのは、杉田議員がLGBTを差別し、迫害しようとしているということだ。もしも、それが言葉足らずで誤解されていると言うのなら、自らが伝えたかったことを改めて説明するべきだろう。

(倉野尾 実)

死刑囚も「死んだ方がマシ」な拘置所の猛暑

 7月22日は、和歌山カレー事件の“犯人”林真須美(正しい表記は眞須美)死刑囚の誕生日である。逮捕当時37歳だった彼女は、今年57歳になった。

 20年の拘置所生活は、真須美を「シワクチャシラガハヌケババア」(本人談)に変えたが、変わらないのは、独居房の夏の暑さと冬の寒さである。彼女は今、灼熱地獄と戦っている。

 収容される拘置所によって冷房があったりなかったり、部屋によって日が差し込んだり窓が開かなかったりと、室温には天国と地獄ほどの違いがあるという。

 刑務官の覚え次第で涼しい部屋に入ることもできるのだが、真須美はいつも一番暑い部屋で夏を過ごしている。その異常な暑さについて、彼女は手記にこう書いている。

 私の室、獄中生活は暑いってもんではない。窓の開閉が左右自由にできず、上下に鉄板の窓戸[ママ]が年中はめ込まれていて、焼け付いて手で触ることも出来ず、風通しは悪くて、蒸し風呂、サウナ状態であること、廊下側食器口も私の室は、普通の1/10も開閉できず、風が全く通らず、頭上に24時間監視カメラと録音マイク二つがセットされており、電灯も他室より大きく明るく二本も電球[ママ]があり、昼も明々とつけられており他室より暑いこと、日中は太陽が差し大汗がビニール畳にポタポタ落ち3~4回は着替えて過ごすこと、もう冷たい差し入れが平日ないのなら死んだ方がマシだ[中略]私室[ママ]と他室との室温を比較するため測ってほしいと再々々々々、所長に申し出てきましたが、所長の代理として面接した女区長(女)は知らぬ顔をしてます。

 彼女は、死刑で“罪”を贖う予定になっているのに、すでに毎日死ぬほどの目に遭っているのだ。彼女がこれまで、拘置所の処遇に不満を感じ、たびたび国家賠償請求訴訟を起こしてきたことも頷ける。

 収容者の部屋に冷房が設置されているのは、東京拘置所、名古屋拘置所など、全国の刑務所・拘置所の1割程度にすぎない。

 真須美が大阪拘置所に移る前に収監されていた和歌山刑務所丸の内拘置支所では、2015年に熱中症による死亡者が出たため、その後、冷房が設置された。

   保険金詐欺容疑で真須美と同時に逮捕され、冷房設置前の同拘置支所に収監されていた夫の林健治によれば、「あそこは風通しが悪くてものすごく暑い。刑務所の方がなんぼかマシだから、やってないこともやったと言うて、早く出ていこうとするやつもいる」とのこと。今年のような猛暑では、信じたくなる話である。

 健治は一審で懲役6年の刑が確定し、滋賀刑務所に移送された。同刑務所も冷房はなかったが、琵琶湖から涼しい風が流れてくるので、夏場は過ごしやすかったという。

 冬は暖房がない大阪拘置所。真須美は毎年、全身に使い捨てカイロを貼って凌いでいる。昨年7月から今年5月まで同拘置所に収監されていた森友学園の籠池前理事長は、冬の寒さで手に霜焼けができたという。

 そういう環境だからこそ互助の精神がはたらくのか、獄中20年の林真須美は新参者の籠池前理事長に饅頭を、その妻に石鹸を差し入れ、喜ばれたという。

 死刑囚に「死んだ方がマシ」と言わしめる拘置所の猛暑。今年の異常な暑さのもとでは、すでに各地の刑務所・拘置所で熱中症患者が続出しているだろう。7月19日に39.8度を記録した京都市内にある京都拘置所では、2人が搬送され、うち1人は意識不明の重体だという。

 京都拘置所は、「今年は非常に気温が高い日が続いているので、熱中症対策として水分補給の機会をできるかぎり増やしたい」とコメントを出しているが、水分補給だけでは熱中症は防げない。収監者の高齢化も進んでいることから、死亡者が出る恐れもある。一刻も早く、冷房の設備を整えるべきである。
(文中、敬称略)