ウディ・アレンの自叙伝が急きょ発売! 性的虐待疑惑や、35歳年下の妻への思いをつづる

 既報の通り、元パートナーである女優ミア・ファローとの養女への性的虐待疑惑が問題視され、4月7日の発売が中止されてしまった米映画界の巨匠ウディ・アレンの自叙伝。

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」は、この自叙伝は昨年、大手出版社4社に売り込まれたものの、「#MeToo」運動が盛んであることから出版は難しいと断られたと報道。今回、社員の猛反発を受けて発売中止を決断した大手出版社アシェット・ブック・グループ傘下の「グランド・セントラル・パブリッシング」が最後の望みだったため、お蔵入りしてしまうのかとファンを落胆させた。

 そんなウディの自叙伝『Apropos of Nothing(突然だけど)』が、3月23日に突然発売されたのだ。

 発売したのは、スカイフォース出版社傘下の「アーケード・パブリッシング」で、同社は米AP通信を通して「ウディのブルックリンでの幼少期時代から、映画、劇場、テレビ、出版物、スタンドアップ・コメディで名声を得る過程や、家族や友人との関係についても記した回想録だ」と説明。発売を諦めかけていたファンを大喜びさせている。

 ウディは自叙伝の中で、ミアのことを「明るく、美しく、演技力があり、絵心もあり、音楽も嗜みながら、7人の子どもを育てている女性。彼女たちとの生活にシットコムのようなおもしろさを感じてしまい、いつの間にか関係を持つようになってしまった」と回想。幸せな時を一緒に過ごしていたものの、息子ローナン・ファローが誕生した1987年以降は徐々に関係が冷えていき、ウディがミアの養女スン・イーと付き合い始めた頃には実質的には別れていたと主張。

 97年12月にイタリア・ヴェネツィアでこぢんまりとした結婚式を挙げた、35歳年下のスン・イーとの交際については、「関係を持ち始めた頃、我々は完全に欲望に支配されていた……互いの体に、常に触れ合っていた」と、肉体的に激しく求め合うような関係だったことを赤裸々に告白。ミアは、ウディの自宅でスン・イーのヌード写真を見つけたことで2人の関係を知ったと伝えられているが、セックスありきの関係だったのなら納得だ。ウディも「盛り上がっていたから、エロティックな写真を撮ろうという話になってね。カメラがうまく使えるか自信がなかったけど、興奮するような写真が撮れた。あとはみなさんタブロイドで読んだでしょう」とつづっている。

 スン・イーのヌード写真を発見した時のミアの気持ちについては、「ショックを受けただろう。うろたえただろう。激怒しただろう。理解できる。もっともな反応だと思う」と受け止めたものの、スン・イーと愛し合う仲になったことは後悔していないと断言。彼女との交際が発覚してからというもの、「苦難の連続に見舞われ、至るところで中傷されるようになった。『こういう結果になると予想できなかったのか?』『スン・イーとこうならなければよかったと思わないか?』とも質問される」ようになったが、「私の答えはいつも同じ。(過去に戻れたとしても)迷うことなく絶対に同じことをする」と、彼女への揺るぎない愛を明かした。

 なお、スン・イーとは愛情を確かめ合うために結婚したのではなく、「金銭的な理由」からとのこと。「私は彼女よりうんと年上だから、余命宣告を受けて短期間で死んでしまう可能性が高い。その時、遺産相続がスムーズにいくように結婚した。私が持つすべてを彼女に受け継いでもらうために」とつづっている。

 ミアはウディと別れた直後の96年、彼と迎えた養女ディランが7歳の時に、「ウディから性的虐待を受けたと言っている」と警察に通報。警察は調査したものの、訴訟には至らなかった。ミアとウディのもう1人の養子モーゼは14年、米芸能誌「People」に、「性的虐待は起きてない。ミアがウディに復讐するための作り話」と激白しており、ディランはミアに洗脳され、性的虐待を受けたと思い込んでいるだけで、実際にはそんなことはなかったと証言している。

 ウディは自叙伝で、ディランへの性的虐待疑惑を改めて否定。「ディランに手を出したことは一度たりともない」「虐待していると誤解されるようなことすらしていない」と断言。「初めから終わりまで、でっち上げた作り話でしかなかったんだよ」と主張している。

 ディランが今も言い続けている“1992年8月にコネチカットの家で起きた性的虐待”についても、「部屋の中には、たくさんの人がいた。みんなでまったりとテレビを見ていたんだ。私の座る場所はなく、床の上に座った。ソファに寄りかかった時に、頭がディランの膝に当たっていたかもしれない」と認めたうえで、「でもそれは不適切なことではない。不適切なことなどしていない」と断言している。

 ディランと絶縁状態にあることについては、「彼女を大切に育ててきた年月が失われてしまった。私の人生において最も悲しいことである」と嘆き、「もし、ディランがモーゼのように、スン・イーと私に連絡をくれたらなら、両手を広げて大歓迎する。今のところ、夢でしかないが」と、ディランへは変わらぬ愛情を持ち続けているよう。

 世間からのバッシングにあまり反応しないことについては、「悪意に満ちた無意味な宇宙において、この虚偽告発はあまりにもちっぽけすぎる」ため気にならず、また「人間嫌いが幸いし」傷ついてもいないと告白。「まったく、人々は本当に私の考えを裏切らないもんだ」と、ウディ節を炸裂させている。

 ゲリラ的なウディの自叙伝発売に対して、ネット上は賛否両論。「売ればいい。私は買わないし読まない」といった意見、Kindle版が約15ドルで購入できることから「新型コロナウイルス感染拡大で外出禁止になって暇だから、読んでみようかな」といった意見も多く上がっている。

 この自叙伝だが、冒頭で「最高のスン・イーに捧げる」と記しており、「自分の言いなりにしているつもりが、いつの間にか自分が彼女の言いなりになっていた」と、のろけている。スン・イーとラブラブであることをアピールしているウディだが、84歳と高齢。新型コロナウイルス感染症の患者数が激増しているニューヨーク市に住んでいるため、健康状態も心配されている。

ウディ・アレンの自叙伝が急きょ発売! 性的虐待疑惑や、35歳年下の妻への思いをつづる

 既報の通り、元パートナーである女優ミア・ファローとの養女への性的虐待疑惑が問題視され、4月7日の発売が中止されてしまった米映画界の巨匠ウディ・アレンの自叙伝。

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」は、この自叙伝は昨年、大手出版社4社に売り込まれたものの、「#MeToo」運動が盛んであることから出版は難しいと断られたと報道。今回、社員の猛反発を受けて発売中止を決断した大手出版社アシェット・ブック・グループ傘下の「グランド・セントラル・パブリッシング」が最後の望みだったため、お蔵入りしてしまうのかとファンを落胆させた。

 そんなウディの自叙伝『Apropos of Nothing(突然だけど)』が、3月23日に突然発売されたのだ。

 発売したのは、スカイフォース出版社傘下の「アーケード・パブリッシング」で、同社は米AP通信を通して「ウディのブルックリンでの幼少期時代から、映画、劇場、テレビ、出版物、スタンドアップ・コメディで名声を得る過程や、家族や友人との関係についても記した回想録だ」と説明。発売を諦めかけていたファンを大喜びさせている。

 ウディは自叙伝の中で、ミアのことを「明るく、美しく、演技力があり、絵心もあり、音楽も嗜みながら、7人の子どもを育てている女性。彼女たちとの生活にシットコムのようなおもしろさを感じてしまい、いつの間にか関係を持つようになってしまった」と回想。幸せな時を一緒に過ごしていたものの、息子ローナン・ファローが誕生した1987年以降は徐々に関係が冷えていき、ウディがミアの養女スン・イーと付き合い始めた頃には実質的には別れていたと主張。

 97年12月にイタリア・ヴェネツィアでこぢんまりとした結婚式を挙げた、35歳年下のスン・イーとの交際については、「関係を持ち始めた頃、我々は完全に欲望に支配されていた……互いの体に、常に触れ合っていた」と、肉体的に激しく求め合うような関係だったことを赤裸々に告白。ミアは、ウディの自宅でスン・イーのヌード写真を見つけたことで2人の関係を知ったと伝えられているが、セックスありきの関係だったのなら納得だ。ウディも「盛り上がっていたから、エロティックな写真を撮ろうという話になってね。カメラがうまく使えるか自信がなかったけど、興奮するような写真が撮れた。あとはみなさんタブロイドで読んだでしょう」とつづっている。

 スン・イーのヌード写真を発見した時のミアの気持ちについては、「ショックを受けただろう。うろたえただろう。激怒しただろう。理解できる。もっともな反応だと思う」と受け止めたものの、スン・イーと愛し合う仲になったことは後悔していないと断言。彼女との交際が発覚してからというもの、「苦難の連続に見舞われ、至るところで中傷されるようになった。『こういう結果になると予想できなかったのか?』『スン・イーとこうならなければよかったと思わないか?』とも質問される」ようになったが、「私の答えはいつも同じ。(過去に戻れたとしても)迷うことなく絶対に同じことをする」と、彼女への揺るぎない愛を明かした。

 なお、スン・イーとは愛情を確かめ合うために結婚したのではなく、「金銭的な理由」からとのこと。「私は彼女よりうんと年上だから、余命宣告を受けて短期間で死んでしまう可能性が高い。その時、遺産相続がスムーズにいくように結婚した。私が持つすべてを彼女に受け継いでもらうために」とつづっている。

 ミアはウディと別れた直後の96年、彼と迎えた養女ディランが7歳の時に、「ウディから性的虐待を受けたと言っている」と警察に通報。警察は調査したものの、訴訟には至らなかった。ミアとウディのもう1人の養子モーゼは14年、米芸能誌「People」に、「性的虐待は起きてない。ミアがウディに復讐するための作り話」と激白しており、ディランはミアに洗脳され、性的虐待を受けたと思い込んでいるだけで、実際にはそんなことはなかったと証言している。

 ウディは自叙伝で、ディランへの性的虐待疑惑を改めて否定。「ディランに手を出したことは一度たりともない」「虐待していると誤解されるようなことすらしていない」と断言。「初めから終わりまで、でっち上げた作り話でしかなかったんだよ」と主張している。

 ディランが今も言い続けている“1992年8月にコネチカットの家で起きた性的虐待”についても、「部屋の中には、たくさんの人がいた。みんなでまったりとテレビを見ていたんだ。私の座る場所はなく、床の上に座った。ソファに寄りかかった時に、頭がディランの膝に当たっていたかもしれない」と認めたうえで、「でもそれは不適切なことではない。不適切なことなどしていない」と断言している。

 ディランと絶縁状態にあることについては、「彼女を大切に育ててきた年月が失われてしまった。私の人生において最も悲しいことである」と嘆き、「もし、ディランがモーゼのように、スン・イーと私に連絡をくれたらなら、両手を広げて大歓迎する。今のところ、夢でしかないが」と、ディランへは変わらぬ愛情を持ち続けているよう。

 世間からのバッシングにあまり反応しないことについては、「悪意に満ちた無意味な宇宙において、この虚偽告発はあまりにもちっぽけすぎる」ため気にならず、また「人間嫌いが幸いし」傷ついてもいないと告白。「まったく、人々は本当に私の考えを裏切らないもんだ」と、ウディ節を炸裂させている。

 ゲリラ的なウディの自叙伝発売に対して、ネット上は賛否両論。「売ればいい。私は買わないし読まない」といった意見、Kindle版が約15ドルで購入できることから「新型コロナウイルス感染拡大で外出禁止になって暇だから、読んでみようかな」といった意見も多く上がっている。

 この自叙伝だが、冒頭で「最高のスン・イーに捧げる」と記しており、「自分の言いなりにしているつもりが、いつの間にか自分が彼女の言いなりになっていた」と、のろけている。スン・イーとラブラブであることをアピールしているウディだが、84歳と高齢。新型コロナウイルス感染症の患者数が激増しているニューヨーク市に住んでいるため、健康状態も心配されている。

ウディ・アレン、「少女に性的虐待をするような男」と出版社ストライキで自叙伝発売中止に!

 『アニー・ホール』(1977)『ミッドナイト・イン・パリ』(2011)など、数多くの名作を生み出してきた映画監督ウディ・アレン。アカデミー賞をはじめ、名だたる映画賞で評価されてきた世界的名監督だが、彼には長年ある疑惑が向けられている。

 元夫との間に実子3人、養子3人(当時)を持つ女優ミア・ファローと80年頃に交際を始め、87年には息子ローナン・ファローが誕生。91年には、モーゼ(男児)とディラン(女児)という2人の子どもと養子縁組した。そんな中、ミアと元夫の養女で、少女の頃から知っているスン=イーと恋仲になり、ミアと破局。直後、ウディが当時7歳だったディランに性的虐待をしたとミアが警察に通報し、ペドフィリア(小児性愛者)の疑惑が向けられるようになったのだ。スン=イーとの関係は「正真正銘の純愛」と公にし、97年には結婚したのだが、35歳差の2人を祝福する者は少なかった。

 ウディが一貫して否定しているディランへの性的虐待に関しては、ディラン本人が精神的に耐えられずに「トラウマになる」として起訴されなかったが、長年ディランやミアは「性的虐待はあった」と、メディアやSNSで主張し続けている。この状況を見かねたもう一人の養子モーゼは14年、米誌「People」に「ウディはディランを性的虐待なんてしていない。ミアがウディに復讐するための作り話」「ミアは本当に意地悪。子どもをコントロールしたがる」と暴露。最終的に計10人の養子を育てたミアだが、そのうちの2人は自殺しており、何人かは疎遠に。「毒親」とのウワサが根深いため、ウディの性的虐待やミアの証言をめぐっては、いまだ世論も紛糾している状態だ。

 そんな中、ウディの実子でジャーナリストになったローナンは、17年に米誌「ニューヨーカー」に寄稿した、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラと性的暴力に関する暴露記事で同氏を失脚させ、「#MeToo」運動の立役者として注目を集めるように。18年にはこの記事でピュリツァー賞を受賞。「#MeToo」運動の高まりや、ローナンが以前から「ディランの発言を信じる」と公言していたことから、ウディに対する風当たりが強くなってきた。そしてこのたび、4月に発売されるはずだったウディの自叙伝が、急きょキャンセルされることになったのだ。

 ウディの自叙伝は『Apropos of Nothing』というタイトルのもので、アシェット・ブック・グループ(以下、アシェット)傘下の「グランド・セントラル・パブリッシング」が「4月7日に発売予定」と3月2日に発表したばかりだった。

 アシェットは、「ウディが、仕事とプライベート両方の人生を詳しくつづった回想録」「家族や友人、愛する人々との関係にも触れている」と大々的に宣伝し、ネット上では「興味がある」「ぜひ読んでみたい」といった意見も多く、大きな話題を集めていた。アメリカだけでなく、イタリア、フランス、ドイツ、スペインなど世界各国での発売を予定していたが、この発表にディランは激怒。「権力と金を持つ者の、理解しがたい特権だ」とTwitterで批判し、アシェットはウディの共犯者だとまで言い放った。

 翌3日には、ローナンが「ウディ・アレンのように権力を持つ男たちが、いかに性的虐待に対する責任逃れをしてきたかを告発する私の著書『Catch and Kill』を出版したはずの会社が、他社に断られたウディ・アレンの自叙伝を出版すると知り、非常に落胆している」と批判するツイートを投稿。「道義上、アシェットとはもう一緒に仕事はできない」とまで宣言した。5日、ディランとローナンの批判ツイートに賛同する、「グランド・セントラル・パブリッシング」及びアシェットの社員75人以上が、「少女に性的虐待をするような男の本を出版するな!」と職場放棄し、ストライキを開始。SNSで大バッシングを受け始めたアシェットは6日、「非常に難しい決断だったが、出版を取りやめるという結論に至った」「本の権利は著者に戻す」と発表したのだった。

 渦中のウディだが、もともと03年に自叙伝を出版する契約を出版社「ペンギン」と結んだと報じられたが、実現には至らなかった。昨年、米紙「ニューヨーク・タイムズ」が、ウディは大手出版社4社に自叙伝を売り込んだが、「#MeToo」運動が盛んなため難しいと断られた、と報道。そんなことから、アシェットは最後の望みだったとみられており、自叙伝はお蔵入りになる可能性が高い。

 出版中止報道を受け、ディランやローナンは喜んだが、一方でアシェットを非難する声も上がっている。

 『キャリー』『シャイニング』などの著書を持つ、アメリカを代表する作家スティーヴン・キングは、6日、この出版取り消し報道に対して、「不安な気持ちにさせられる」とツイート。「ウディのことはどうでもいい。次は誰が口封じさせられるのかが心配なんだ」と懸念を表明した。「ウディはペドフィリアなんだ」という意見には、「そう思うのなら、彼の本を買わなければいいだけ。彼の映画を観なければよいだけ。カーライル(ホテル)で彼が演奏するジャズを聴かなければいいだけ」「アメリカでは、権利は消費者にある」と返し、「そもそもローナン・ファローの本を出版したアシェットが、今度はウディ・アレンの本を出版しようだなんて、あまりにもずれた判断だったんだ」とFワードを交えて投稿。一度は出版すると大々的に宣伝しておきながら、直前になり取りやめを決断した出版社に対して怒りをあらわにした。

 英大手タブロイド紙「ガーディアン」も、作家ジョー・グランビルによる「出版社なのに、まるで検閲者気取り」とアシェットを痛烈に批判する記事を掲載し、出版社による「検閲行為」に警鐘を鳴らしている。

 ちなみに、ウディがアマゾン用に制作した映画『A Rainy Day in New York』は、アメリカでは未公開。昨夏スペインで撮影した『Rifkin's Festival』の配給元も見つからない状態が続いており、彼の新たな作品が世に出る機会はしばらくなさそうだ。

ウディ・アレン、「少女に性的虐待をするような男」と出版社ストライキで自叙伝発売中止に!

 『アニー・ホール』(1977)『ミッドナイト・イン・パリ』(2011)など、数多くの名作を生み出してきた映画監督ウディ・アレン。アカデミー賞をはじめ、名だたる映画賞で評価されてきた世界的名監督だが、彼には長年ある疑惑が向けられている。

 元夫との間に実子3人、養子3人(当時)を持つ女優ミア・ファローと80年頃に交際を始め、87年には息子ローナン・ファローが誕生。91年には、モーゼ(男児)とディラン(女児)という2人の子どもと養子縁組した。そんな中、ミアと元夫の養女で、少女の頃から知っているスン=イーと恋仲になり、ミアと破局。直後、ウディが当時7歳だったディランに性的虐待をしたとミアが警察に通報し、ペドフィリア(小児性愛者)の疑惑が向けられるようになったのだ。スン=イーとの関係は「正真正銘の純愛」と公にし、97年には結婚したのだが、35歳差の2人を祝福する者は少なかった。

 ウディが一貫して否定しているディランへの性的虐待に関しては、ディラン本人が精神的に耐えられずに「トラウマになる」として起訴されなかったが、長年ディランやミアは「性的虐待はあった」と、メディアやSNSで主張し続けている。この状況を見かねたもう一人の養子モーゼは14年、米誌「People」に「ウディはディランを性的虐待なんてしていない。ミアがウディに復讐するための作り話」「ミアは本当に意地悪。子どもをコントロールしたがる」と暴露。最終的に計10人の養子を育てたミアだが、そのうちの2人は自殺しており、何人かは疎遠に。「毒親」とのウワサが根深いため、ウディの性的虐待やミアの証言をめぐっては、いまだ世論も紛糾している状態だ。

 そんな中、ウディの実子でジャーナリストになったローナンは、17年に米誌「ニューヨーカー」に寄稿した、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラと性的暴力に関する暴露記事で同氏を失脚させ、「#MeToo」運動の立役者として注目を集めるように。18年にはこの記事でピュリツァー賞を受賞。「#MeToo」運動の高まりや、ローナンが以前から「ディランの発言を信じる」と公言していたことから、ウディに対する風当たりが強くなってきた。そしてこのたび、4月に発売されるはずだったウディの自叙伝が、急きょキャンセルされることになったのだ。

 ウディの自叙伝は『Apropos of Nothing』というタイトルのもので、アシェット・ブック・グループ(以下、アシェット)傘下の「グランド・セントラル・パブリッシング」が「4月7日に発売予定」と3月2日に発表したばかりだった。

 アシェットは、「ウディが、仕事とプライベート両方の人生を詳しくつづった回想録」「家族や友人、愛する人々との関係にも触れている」と大々的に宣伝し、ネット上では「興味がある」「ぜひ読んでみたい」といった意見も多く、大きな話題を集めていた。アメリカだけでなく、イタリア、フランス、ドイツ、スペインなど世界各国での発売を予定していたが、この発表にディランは激怒。「権力と金を持つ者の、理解しがたい特権だ」とTwitterで批判し、アシェットはウディの共犯者だとまで言い放った。

 翌3日には、ローナンが「ウディ・アレンのように権力を持つ男たちが、いかに性的虐待に対する責任逃れをしてきたかを告発する私の著書『Catch and Kill』を出版したはずの会社が、他社に断られたウディ・アレンの自叙伝を出版すると知り、非常に落胆している」と批判するツイートを投稿。「道義上、アシェットとはもう一緒に仕事はできない」とまで宣言した。5日、ディランとローナンの批判ツイートに賛同する、「グランド・セントラル・パブリッシング」及びアシェットの社員75人以上が、「少女に性的虐待をするような男の本を出版するな!」と職場放棄し、ストライキを開始。SNSで大バッシングを受け始めたアシェットは6日、「非常に難しい決断だったが、出版を取りやめるという結論に至った」「本の権利は著者に戻す」と発表したのだった。

 渦中のウディだが、もともと03年に自叙伝を出版する契約を出版社「ペンギン」と結んだと報じられたが、実現には至らなかった。昨年、米紙「ニューヨーク・タイムズ」が、ウディは大手出版社4社に自叙伝を売り込んだが、「#MeToo」運動が盛んなため難しいと断られた、と報道。そんなことから、アシェットは最後の望みだったとみられており、自叙伝はお蔵入りになる可能性が高い。

 出版中止報道を受け、ディランやローナンは喜んだが、一方でアシェットを非難する声も上がっている。

 『キャリー』『シャイニング』などの著書を持つ、アメリカを代表する作家スティーヴン・キングは、6日、この出版取り消し報道に対して、「不安な気持ちにさせられる」とツイート。「ウディのことはどうでもいい。次は誰が口封じさせられるのかが心配なんだ」と懸念を表明した。「ウディはペドフィリアなんだ」という意見には、「そう思うのなら、彼の本を買わなければいいだけ。彼の映画を観なければよいだけ。カーライル(ホテル)で彼が演奏するジャズを聴かなければいいだけ」「アメリカでは、権利は消費者にある」と返し、「そもそもローナン・ファローの本を出版したアシェットが、今度はウディ・アレンの本を出版しようだなんて、あまりにもずれた判断だったんだ」とFワードを交えて投稿。一度は出版すると大々的に宣伝しておきながら、直前になり取りやめを決断した出版社に対して怒りをあらわにした。

 英大手タブロイド紙「ガーディアン」も、作家ジョー・グランビルによる「出版社なのに、まるで検閲者気取り」とアシェットを痛烈に批判する記事を掲載し、出版社による「検閲行為」に警鐘を鳴らしている。

 ちなみに、ウディがアマゾン用に制作した映画『A Rainy Day in New York』は、アメリカでは未公開。昨夏スペインで撮影した『Rifkin's Festival』の配給元も見つからない状態が続いており、彼の新たな作品が世に出る機会はしばらくなさそうだ。

性的虐待でキャリア瀕死のウディ・アレンに追い打ち! 10代からの性奉仕と3Pを元愛人告白

 『アニー・ホール』(1977)や『それでも恋するバルセロナ』(2008)などで知られる、大御所監督ウディ・アレン(83)。人気俳優たちがこぞって彼の作品に出たがり、ヴェネツィア国際映画祭の栄誉金獅子賞や、アカデミー賞脚本賞を獲得するなど、確かな成功を築き上げてきた彼だが、長年そのキャリアに影を落としてきた問題がある。養女への性的虐待だ。

 過去に事実婚関係にあった女優ミア・ファロー(73)と養女ディラン・ファロー(33)からは、ディランの親権をめぐってミアと争っていた1992年頃から事あるごとに告発され続けているが、これまではウディが断固否定していたため、仕事に大きな影響はなかった。しかし、セクハラ撲滅運動「#MeToo」が盛んに行われるようになった今年1月、ディランが再度「7歳の頃に、陰部を触られるなどの性的虐待を受けた」と告発。ウディは世間から激しいバッシングを受け、作品の出演者からも総スカンを食らい、公開予定の映画がお蔵入りになるなど、業界から追放されかけている状態なのだ。

 このピンチに、めったに表舞台に現れない現妻スン=イー・プレヴィン(48)が「#MeToo運動を利用したミアの嫌がらせだ」とメディアで主張。もともとミアの養女だったスン=イーは、子どものころにミアから受けたひどい仕打ちや虐待をぶちまけるなどしてメディアの矛先をミアに向けようとした。

 ウディは、35歳年下のスン=イーのことを子どもの頃から知っており、彼にとっても養女のような存在。そのため、2人の結婚は大スキャンダルとなった。スン=イーは「成人してからウディと性的関係を持った」「純愛だ」と主張し、結婚生活は20年以上続いているが、それでも2人の関係に嫌悪感を抱く人は多い。

 そんなウディが、現在59歳になる女性に「16歳の時から8年間にわたり彼に性奉仕した」と暴露されてしまったのだ。

 その女性は、元モデルで女優、脚本家、プロデューサーの、バビ・クリスティーナ・エンゲルハート。現地時間12月17日に米業界紙「The Hollywood Reporter」の電子版が掲載した特集記事で、ウディとの関係を赤裸々に語った。

 バビは「別にウディのことを責めるつもりじゃない」「私が経験したラブストーリーを、みんなと共有したいだけ。彼がいたから今の私がいる。後悔なんて全然してないわ」と前置きした上で、自分からウディにアプローチをかけたと告白。

 1976年10月にマンハッタンのレストランでウディを見かけ、自分の電話番号を書いた紙を彼のテーブルの上に置いたところすぐに連絡があり、数週間後には肉体関係を持ったという。モデルを目指していたバビは当時16歳。同サイトにその頃の写真が掲載されているが、長髪のブロンド美女で、「魔性の女性」という雰囲気を漂わせている。ニューヨーク州では17歳未満との性交渉は同意があったとしても犯罪になるが、彼女はウディに高校生だと伝えたものの、何歳なのかは聞かれなかったため、年齢は明かさなかったとしている。

 2人はウディが所有するマンションのペントハウスで逢瀬を重ね、時に彼は若くて美しい別の女性を連れてきて3Pをすることも好んだという。そんな淫欲にまみれた関係を持って4年目、ウディはバビに「彼女」であるミアを引き合わせた。3Pのためにである。自分より14歳年上のミアと3Pすることになったバビは、当初「吐きそうなほどキモい」と感じたそう。「その場にいるのも嫌だったけど、だからといって立ち去る勇気も出なかった」「だって、なにもせずに去れば、彼との関係が終わってしまうから。今振り返れば、そうした方がよかったのだとわかるけど。でも当時は、ウディのいない人生なんて、考えただけで恐ろしくって」と赤裸々に語った。

 その3人でセックスした回数はそれほど多いわけではなかったが、マリファナを吸い、リラックスした状態で行為に及んだそうで、「楽しい時もあった。ミアは美しくてスイートで、彼はチャーミングで魅力的な人だった。私も“セクシュアルなゲーム”で、うまく立ち回れるようになってきたし」と回想。しかし、「すべてが終わってから、とんでもないゆがんだ関係だと思うようになったわ。私は、おもちゃでしかなかったんだって」と吐露した。

 ウディがスン=イーと結婚するためにミアを捨てたことについては、「本当に気の毒だと思った」「女はたくさんいたのに、よりによって彼女の養女を狙うだなんて」と、現在のウディの苦境は、ある意味当然の報いなのだと示唆した。

 バビが最後にウディとコンタクトをとったのは2001年。「今度はスン=イーと3人でセックスしたいのだな」とピンときたが、バビは子どもを産んでおり、「昔とは物事の優先順位が変わったの。もうそういうことからは遠ざかっていたいから」と、誘いに乗るようなことはしなかったという。

 今回の特集では、ウディとの関係を証明するために、彼からもらった手紙などを公開。ほかにも、彼女の友人2人が今回の暴露を「事実」だと証言している。彼女が最初にウディにアプローチをかけた夜は、写真家のアンドリュー・ユーネストと一緒だったとも明かしているため、彼からも証言が取れそうだ。

 映画監督フェデリコ・フェリーニのミューズだったとも明かす彼女は、幼い頃から霊能力があり、有名人相手に霊とのコンタクトとの仲介もするそう。少々うさんくささが漂うが、個人的に楽しむために執筆した自叙伝(非売品)にはウディとの情事に関する記述がてんこ盛りだとのことで、ウディも気が気ではないだろう。

 キャリアが終わろうとしているタイミングで、10代の少女を手ごめにしていたと暴露されたウディ。この件に関して彼とミアがどのような反応を見せるのか、続報に注目したい。

ゴールデン・グローブ賞受賞のウディ・アレンに、息子が「性的虐待したのに?」と爆弾発言

<p> 監督、俳優、脚本家で、ハリウッドの“偏屈おやじ”として知られるウディ・アレンが、長年にわたり映画界に貢献した人物に贈られるゴールデン・グローブ賞のセシル・B・デミル賞を受賞した。ゴールデン・グローブ賞を主催するハリウッド外国人映画記者協会は、毎年事前にセシル・B・デミル賞の受賞者を発表しており、ウディが受賞することも昨年9月に発表されていた。</p>

「道徳上の罪だよな」! ウディ・アレンに実子とミア・ファローが軽蔑のツイート

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あれ、ジャニーさんそっくりじゃないすか!?

 天才肌の名監督だが、常人離れした変わり者としてバッシングの標的になることが多いウディ・アレン。つい先日も、スン=イーとの間にもうけた養女を抱きしめる写真が公開され、ペドフィリア(小児性愛)のようで気持ち悪いと叩かれたばかりだ。そんな彼の実の息子が、父の日につづったツイートが、機能不全家族の犠牲者の生々しい声だと、世間の注目を集めている。

 ウディとミア・ファローの唯一の実子であるローナン・ファローは、5歳の時に両親の醜い別れを目の当たりにした。破局原因は、ウディがミアの養女スン=イー・プレヴィンと男女関係に陥ったこと。10歳の頃から父親として接してきた養女と性的関係を結んだことから、ウディは世間から激しい批難の声を浴びた。ローナンはミアに引き取られ、ウディは血を分けた息子である彼と「第三者の立会いのもと面会できる」ことになったのだが、会いに来ることはほとんどなかったという。