虐待も愛情も人を殺せる。殺されないためには――中村うさぎ×伏見憲明×こうきトークショーレポ

 親子たるもの無償の愛で結ばれるものだと信じて疑わない人は、いまの世の中にどれほどいるだろう? 過去最多を更新し続ける国内の虐待件数を目の当たりにすると、どうやら必ずしもそうではないらしいと気づいてしまうものだ。

 しかし、これほどまでに成育過程で親の愛を刻めなかった人も珍しいかもしれない。新宿二丁目のゲイ・ミックス・バーで働きながらイラストレーターとしても活躍の幅を広げている、こうきさんである。

 「平手打ちをはじめとする日常的な暴力とネグレクト」「自室は小鳥やハムスターの飼育部屋」「汚物を見るかのような目線を向けられる」「高校卒業と同時に無言で持ち物を捨てられ、ホームレス生活を余儀なくされる」ーー両親から凄惨な虐待を受けてきた。

 学校では動物臭いといじめられ、ゲイであることをアウティングされ、高校卒業後は公園で寝泊まりしていた時期もあった。自身のセクシュアリティから新宿二丁目にたどり着き、心ある人たちに救われた。が、いまでも自分の中にくすぶり続ける“怪物”と戦っている。

 そんなこうきさんの体験をもとにした絵本、『ぼくは、かいぶつになりたくないのに』(日本評論社)が2018年12月に発売になり、話題を呼んでいる。文章はエッセイストで小説家の中村うさぎさんが担当、絵はこうきさん自身が描いた。

 1月10日には、出版を記念して「居場所・つながり・新宿二丁目」をテーマにコミュニティセンターaktaでトークイベントが開催された。こうきさんをはじめ、中村さん、熊谷晋一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)、マダム・ボンジュールジャンジさん(コミュニティセンターaktaセンター長)が登壇。こうきさんが働くバーのママでもある、作家の伏見憲明さんが司会を務め、愛や他人とのつながりについて、それぞれの観点から語られた。そのハイライトを紹介したい。

 親の愛情を知らずに育ったこうきさんは、「高校時代から寂しさを埋めるように、体のつながりにのめり込んでいった」と振り返る。しかし、セックスだけの関係にもむなしさを感じるようになり、仲間づくりのためHIVをはじめとしたセクシャルヘルスに関する情報を発信するaktaでボランティアをするようになる。そこでの活動を通して伏見さんに誘われ、バーに勤務、さらにそのバーの常連である中村さんとも知り合った。

 伏見さんと中村さんの後押しもあり、クラウドファンディングで自らの生い立ちを描いた絵本を出版することになったという。ここでは絵本の細かい描写は控えるが、なんともかわいらしいタッチの絵でありながら、おどろおどろしく、筆者はページをめくるごとに背筋がゾッとするトラウマ級の感覚を抱いた。

 それは、こうきさんが幼少期から連綿と続く「ぐちゃぐちゃにしてやる、自分の気持ちをぶつけて破壊するっていう気持ち」を表現しているからに他ならない。中村さんも「こうきくんの絵を初めて見たときに、こういう絵を描くんだと衝撃を受けました。この子の抱えるものに興味を持ち、代弁できたらと思いました」と話す。

 また、脳性麻痺で手足が不自由ながら、東京大学先端科学技術研究センター准教授として障害者の差別問題に長年取り組んでいる熊谷さんは、生い立ちは違えど、こうきさんに共鳴すると話す。

「障害者を健常者に近づけることを目的にしたリハビリ施設に通っていたのですが、暴力や抑圧と紙一重の日々。3歳の頃から全部焼き尽くす、夜な夜なかめはめ波(漫画『ドラゴンボール』に出てくるエネルギーを放出する技)で施設を焼き尽くすようなイメージにふけっていました」(熊谷さん)

 こうきさんの絵本には、自立を連想させる象徴的な絵がある。家を追い出され、行き場がなくなった当時の自身を描いたものだ。孤独のピークに達しながらも、なぜか安らいだ表情であることをめぐり、トークテーマは「真の自立とは何か」に移っていった。

 「こうきくんの両親ほど抑圧的じゃなかったものの、父親とは対立関係だった」と打ち明ける中村さんは、子どもの頃から一日でも早く自立したいと思っていたという。

「自立が人間の最高目標と考えていて、経済的にも精神的にも1人で生きていることに重きを置いていました。でも、病気をしてからは、夫に支えられないとコンビニにも行けない状態。苦しくて泣いたこともありました。そんな時、熊谷さんが『自立は依存先をたくさん増やすこと』とおっしゃっていたのを耳にして、目からウロコでした。依存はいけないっていうけど、ちょっとずつ増やしていかないと、生きるのが苦しくなるんですよね」(中村さん)

 また、「俗に言う、普通の家庭に育ち、学校もそこそこ楽しんでいた」と話すのは、aktaを切り盛りするジャンジさん。しかし、トランスジェンダーというセクシュアリティもあってか、「自分が自分として、そこにいない感じ」は常にあったという。

「早くから家を出たいと思っていて、新宿二丁目に来て初めて、ほっとする感覚はありましたね。自分らしく居られる場所が、探しても見つからないなら自分でつくろうと思って、性別やセクシュアリティ、国籍を超えて集まれるパーティを企画するようになりました」(ジャンジさん)

 それに対して、親からの深くも重い愛情を受けて、逆に「愛情に殺される」と感じていたという熊谷さん。身体的に介助がない生活は厳しいながらも、1人の開放感を味わいたいと18歳で家を出ることを決意したそう。

「開放感はあったんですけど、依存先が親という1カ所しかないような状態だったので、へその緒を切断したような気持ちでした。ただ、それによって息ができた。外に出たから、いろんな人とつながれました。依存先が少ないと、たとえば暴力を振るわれても逃げ先がないので、いつでもだれでも切れるようにしておいた方がいい。そのため、依存先は増やした方がいい。相反するようですが、自立するためにも依存先は必要になると考えています」(熊谷さん)

 三者三様の経験を踏まえて、「自立せざるを得ない不幸もあれば、自立させてもらえない不幸もある」と伏見さん。

 熊谷さんのいう“へその緒”とは、つまるところ、愛情に裏付けられた親とのつながりのことだろう。しかし、そのつながりを断ち切ったとき、すべからく穏やかでいられるとは限らない。中村さんは次のように考察する。

「親との太いへその緒があると、恋愛関係などで同じくらい太くて強烈な絆を求めがちですよね。私自身、親から自立した直後は男への依存が強かったと思います。それで最初の結婚にも失敗しましたし。年を重ねたからこそ、他人との太い関係はやめておこうと割り切れますけどね」

 捉えようによってはリスキーな依存関係を回避するため、熊谷さんはつながりを分類することを勧める。

「こうきさんがセックスだけの関係だけではなく、仲間を求めたことに近いかもしれませんが、私は生きるために欠かせないつながりと親密なつながりとを区別したいと思っています。私にとって、前者は介助者との関係なので、お気に入りのヘルパーさんを意識的に作らないようにしているんです。でも、生きる上では後者の親密なつながりも欠かせません。それは恋愛や性的に結ばれたいという相手。日本の家族制度はその2つのつながりをパッケージ化していますが、『分けましょうよと』思ってしまいますね」(熊谷さん)

 2人のトークを受けて、「そもそも太い関係性にあまり関わってこなかった人生なので、いいなとは思うんですけど、どういうものなのか不思議なので、現実味がないですね」と話すこうきさん。しかし、伏見さんとの“親子関係の再構築”を経て、少しずつ感情に変化が出てきたという。

「僕にとって、こうきは子どもみたいな感覚で、経験できなかった親子関係を楽しませてもらってるんです。ちょっとしたお母さん気分みたいな。ただ、これはバーのオーナーとスタッフという雇用関係があって成り立っているもの。何もないと、ただのうざくておせっかいな“おばさん”ですよね。心配になると電話したり、旅行に連れて行ったり、肉体関係もないのに何やってんだって思いますけど、時給の何パーセントかには、疑似親子費用も含んでいるということで(笑)」(伏見さん)

 それに対してこうきさんは、「僕も親がいたら、こういう気持ちなのかな。伏見さんが将来的に歩けなくなったり買い物へ行けなくなったりしたら、僕が手伝おうかなと思っています」と答える。

 人は孤独の中では呼吸ができない。へその緒から与えられる酸素が絶妙な配分で胎児を生かしているのに対し、人間同士のつながりは調整が難しい。薄すぎでも濃すぎでも呼吸困難になりかねず、やっかいだ。

 生まれながらに親子愛を否定されたこうきさんだが、新宿二丁目で息を吹き返した。それは、偶然の出会いによってもたらされたが、人のぬくもりを諦めなかったからこその必然だったのかもしれない。トーク終了後にあらためて読み返したこうきさんの絵本からは恐怖ではなく、過酷な状況でも生きようとする強さがにじみ出ているように感じた。
(末吉陽子)

虐待も愛情も人を殺せる。殺されないためには――中村うさぎ×伏見憲明×こうきトークショーレポ

 親子たるもの無償の愛で結ばれるものだと信じて疑わない人は、いまの世の中にどれほどいるだろう? 過去最多を更新し続ける国内の虐待件数を目の当たりにすると、どうやら必ずしもそうではないらしいと気づいてしまうものだ。

 しかし、これほどまでに成育過程で親の愛を刻めなかった人も珍しいかもしれない。新宿二丁目のゲイ・ミックス・バーで働きながらイラストレーターとしても活躍の幅を広げている、こうきさんである。

 「平手打ちをはじめとする日常的な暴力とネグレクト」「自室は小鳥やハムスターの飼育部屋」「汚物を見るかのような目線を向けられる」「高校卒業と同時に無言で持ち物を捨てられ、ホームレス生活を余儀なくされる」ーー両親から凄惨な虐待を受けてきた。

 学校では動物臭いといじめられ、ゲイであることをアウティングされ、高校卒業後は公園で寝泊まりしていた時期もあった。自身のセクシュアリティから新宿二丁目にたどり着き、心ある人たちに救われた。が、いまでも自分の中にくすぶり続ける“怪物”と戦っている。

 そんなこうきさんの体験をもとにした絵本、『ぼくは、かいぶつになりたくないのに』(日本評論社)が2018年12月に発売になり、話題を呼んでいる。文章はエッセイストで小説家の中村うさぎさんが担当、絵はこうきさん自身が描いた。

 1月10日には、出版を記念して「居場所・つながり・新宿二丁目」をテーマにコミュニティセンターaktaでトークイベントが開催された。こうきさんをはじめ、中村さん、熊谷晋一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)、マダム・ボンジュールジャンジさん(コミュニティセンターaktaセンター長)が登壇。こうきさんが働くバーのママでもある、作家の伏見憲明さんが司会を務め、愛や他人とのつながりについて、それぞれの観点から語られた。そのハイライトを紹介したい。

 親の愛情を知らずに育ったこうきさんは、「高校時代から寂しさを埋めるように、体のつながりにのめり込んでいった」と振り返る。しかし、セックスだけの関係にもむなしさを感じるようになり、仲間づくりのためHIVをはじめとしたセクシャルヘルスに関する情報を発信するaktaでボランティアをするようになる。そこでの活動を通して伏見さんに誘われ、バーに勤務、さらにそのバーの常連である中村さんとも知り合った。

 伏見さんと中村さんの後押しもあり、クラウドファンディングで自らの生い立ちを描いた絵本を出版することになったという。ここでは絵本の細かい描写は控えるが、なんともかわいらしいタッチの絵でありながら、おどろおどろしく、筆者はページをめくるごとに背筋がゾッとするトラウマ級の感覚を抱いた。

 それは、こうきさんが幼少期から連綿と続く「ぐちゃぐちゃにしてやる、自分の気持ちをぶつけて破壊するっていう気持ち」を表現しているからに他ならない。中村さんも「こうきくんの絵を初めて見たときに、こういう絵を描くんだと衝撃を受けました。この子の抱えるものに興味を持ち、代弁できたらと思いました」と話す。

 また、脳性麻痺で手足が不自由ながら、東京大学先端科学技術研究センター准教授として障害者の差別問題に長年取り組んでいる熊谷さんは、生い立ちは違えど、こうきさんに共鳴すると話す。

「障害者を健常者に近づけることを目的にしたリハビリ施設に通っていたのですが、暴力や抑圧と紙一重の日々。3歳の頃から全部焼き尽くす、夜な夜なかめはめ波(漫画『ドラゴンボール』に出てくるエネルギーを放出する技)で施設を焼き尽くすようなイメージにふけっていました」(熊谷さん)

 こうきさんの絵本には、自立を連想させる象徴的な絵がある。家を追い出され、行き場がなくなった当時の自身を描いたものだ。孤独のピークに達しながらも、なぜか安らいだ表情であることをめぐり、トークテーマは「真の自立とは何か」に移っていった。

 「こうきくんの両親ほど抑圧的じゃなかったものの、父親とは対立関係だった」と打ち明ける中村さんは、子どもの頃から一日でも早く自立したいと思っていたという。

「自立が人間の最高目標と考えていて、経済的にも精神的にも1人で生きていることに重きを置いていました。でも、病気をしてからは、夫に支えられないとコンビニにも行けない状態。苦しくて泣いたこともありました。そんな時、熊谷さんが『自立は依存先をたくさん増やすこと』とおっしゃっていたのを耳にして、目からウロコでした。依存はいけないっていうけど、ちょっとずつ増やしていかないと、生きるのが苦しくなるんですよね」(中村さん)

 また、「俗に言う、普通の家庭に育ち、学校もそこそこ楽しんでいた」と話すのは、aktaを切り盛りするジャンジさん。しかし、トランスジェンダーというセクシュアリティもあってか、「自分が自分として、そこにいない感じ」は常にあったという。

「早くから家を出たいと思っていて、新宿二丁目に来て初めて、ほっとする感覚はありましたね。自分らしく居られる場所が、探しても見つからないなら自分でつくろうと思って、性別やセクシュアリティ、国籍を超えて集まれるパーティを企画するようになりました」(ジャンジさん)

 それに対して、親からの深くも重い愛情を受けて、逆に「愛情に殺される」と感じていたという熊谷さん。身体的に介助がない生活は厳しいながらも、1人の開放感を味わいたいと18歳で家を出ることを決意したそう。

「開放感はあったんですけど、依存先が親という1カ所しかないような状態だったので、へその緒を切断したような気持ちでした。ただ、それによって息ができた。外に出たから、いろんな人とつながれました。依存先が少ないと、たとえば暴力を振るわれても逃げ先がないので、いつでもだれでも切れるようにしておいた方がいい。そのため、依存先は増やした方がいい。相反するようですが、自立するためにも依存先は必要になると考えています」(熊谷さん)

 三者三様の経験を踏まえて、「自立せざるを得ない不幸もあれば、自立させてもらえない不幸もある」と伏見さん。

 熊谷さんのいう“へその緒”とは、つまるところ、愛情に裏付けられた親とのつながりのことだろう。しかし、そのつながりを断ち切ったとき、すべからく穏やかでいられるとは限らない。中村さんは次のように考察する。

「親との太いへその緒があると、恋愛関係などで同じくらい太くて強烈な絆を求めがちですよね。私自身、親から自立した直後は男への依存が強かったと思います。それで最初の結婚にも失敗しましたし。年を重ねたからこそ、他人との太い関係はやめておこうと割り切れますけどね」

 捉えようによってはリスキーな依存関係を回避するため、熊谷さんはつながりを分類することを勧める。

「こうきさんがセックスだけの関係だけではなく、仲間を求めたことに近いかもしれませんが、私は生きるために欠かせないつながりと親密なつながりとを区別したいと思っています。私にとって、前者は介助者との関係なので、お気に入りのヘルパーさんを意識的に作らないようにしているんです。でも、生きる上では後者の親密なつながりも欠かせません。それは恋愛や性的に結ばれたいという相手。日本の家族制度はその2つのつながりをパッケージ化していますが、『分けましょうよと』思ってしまいますね」(熊谷さん)

 2人のトークを受けて、「そもそも太い関係性にあまり関わってこなかった人生なので、いいなとは思うんですけど、どういうものなのか不思議なので、現実味がないですね」と話すこうきさん。しかし、伏見さんとの“親子関係の再構築”を経て、少しずつ感情に変化が出てきたという。

「僕にとって、こうきは子どもみたいな感覚で、経験できなかった親子関係を楽しませてもらってるんです。ちょっとしたお母さん気分みたいな。ただ、これはバーのオーナーとスタッフという雇用関係があって成り立っているもの。何もないと、ただのうざくておせっかいな“おばさん”ですよね。心配になると電話したり、旅行に連れて行ったり、肉体関係もないのに何やってんだって思いますけど、時給の何パーセントかには、疑似親子費用も含んでいるということで(笑)」(伏見さん)

 それに対してこうきさんは、「僕も親がいたら、こういう気持ちなのかな。伏見さんが将来的に歩けなくなったり買い物へ行けなくなったりしたら、僕が手伝おうかなと思っています」と答える。

 人は孤独の中では呼吸ができない。へその緒から与えられる酸素が絶妙な配分で胎児を生かしているのに対し、人間同士のつながりは調整が難しい。薄すぎでも濃すぎでも呼吸困難になりかねず、やっかいだ。

 生まれながらに親子愛を否定されたこうきさんだが、新宿二丁目で息を吹き返した。それは、偶然の出会いによってもたらされたが、人のぬくもりを諦めなかったからこその必然だったのかもしれない。トーク終了後にあらためて読み返したこうきさんの絵本からは恐怖ではなく、過酷な状況でも生きようとする強さがにじみ出ているように感じた。
(末吉陽子)

“遺伝子銀行”で「国宝」を守る! 国民に愛されすぎの「世界一太った○○」とは……

 豚の漫画を描いたことで、ハンガリーに国賓として招かれた不可思議な出来事をまとめたコミックエッセイ『ブタが好きすぎてハンガリーの国賓になりました』(ポプラ社)。この本の刊行を記念して、著者の松本救助さんとハンガリー大使のトーク、ハンガリーの国宝である「マンガリッツァ豚」を食べる試食会が1月24日に開催された。国宝といえば、日本では建築物や仏像、美術品など、歴史があり、大切に保存するべきものというイメージがあるが、豚が「国宝」であるとは、そして、その豚を食べるって、いったいどういうことなのか!? 確かめるため、ハンガリー大使館に行ってみた。

■数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならない

 同書には、松本さんが国賓としてハンガリーを訪れた経緯や、首都ブダペストの和食店での首相との会食、豚の農園訪問、朝の人気番組への出演など、いち漫画家にもかかわらず、“豚好き”ということから、手厚いおもてなしを受けた体験がコミカルに描かれている。大の豚好きである松本さんが「思ったより毛がごわごわして、スチールウールみたいだった」というマンガリッツァ豚は、丸っこく、羊のような毛に覆われているのが特徴。

 そのマンガリッツァ豚が国宝になったのはなぜなのか? トークショーでは、日本語を含め5カ国語に堪能なイケメンのパラノビチ・ノルバート大使から説明があった。

「かつては1,000万頭いたのですが、第二次大戦後に減少し、1991年には191頭になっていました。私が子どもの頃は、動物園でしか見られなかったんです。マンガリッツァ協会のトート会長がスペインのセラーノハムの専門家と協力して、『遺伝子銀行』を作りました。マンガリッツァの遺伝子を守りつつ、おいしいサラミや生ハムなどを市場に戻す戦略を立てたのです。現在は5万頭前後で、ハンガリー全体で飼育されている豚の1.5%程度。2004年に国宝に認定されました」

 しかし、なぜ国宝なのに食べても構わないのだろうか? その問いに対して大使は、「昔から食べていたので、ただ数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならないのです」と語る。つまり、動物園のようなところで保護するのではなく、日常生活の中にある存在として大切にしていくという考え方のようだ。

■「国宝の豚を勝手に漫画にして、怒られる!」

 そんな貴重なマンガリッツァ豚を主人公にした『Bar:Mangalica』(バー・マンガリッツァ)という漫画をウェブで連載していたことから、松本さんはハンガリーに国賓として招待されるに至った。同作は、バーのマスターを務める豚が客の女性の話を聞いて心を癒やすという内容。マンガリッツァ豚の加工販売を行う食品会社ピック社のF澤さんが、偽物の商品にマンガリッツァの名が使われていないか、定期的にネットで調べていたところ、その漫画を見つけ、松本さんに連絡したのがきっかけだ。

 その時の状況を松本さんは「いきなり『所長がお呼びなので来てください』と言われて……」と恐縮した様子で振り返った。「国宝の豚を勝手に漫画にして、やばい! 怒られる!」とおびていたという。ところが、実際ピック社を訪れると、予想外に歓迎され、食品の展示会「FOODEX JAPAN」のために、同社とコラボレーションした漫画を制作することに。その後、ハンガリー大使館にも招待されて、マンガリッツァ協会のトート会長と会い、同国政府から国賓として招待されることになった。

■世界一太っている豚

 マンガリッツァ豚はハンガリーの輸出品では看板商品だが、高級な食材。高級である理由は飼育に手間がかかるからだという。

「まず、生まれる子豚の頭数が少ない。そして、育てる期間が長いのです。白ブタが8~9カ月で育つのに対し、マンガリッツァは12~15カ月かかります。世界一太っている豚で、脂が多く、体脂肪率が60~70%になります。肉は3割しかとれないため、値段が高くなるのです。政府のサポートがないと、なかなか育てられない」(パラノビチ大使)

 ちなみに脂(ラード)は、バターの代わりにパンに塗ったり、調理やお菓子作りに使うという。もともとハンガリーでは伝統的にラードがたくさん使われ、ラードパンは居酒屋の定番おつまみなのだとか。

 なお、パラノビチ大使によると、マンガリッツァ豚の輸出先としては日本が第1位。日本ではブランド肉が人気で、日本人は肉の特徴をよく理解しているからだという。

 マンガリッツァ豚は、東京・表参道にあるブダペストの老舗カフェ「ジェルボー」の支店などで食べられる。ハンガリー政府もサポートする希少なブランド肉だけに、漫画を通じてその背景が広まれば、知名度も人気も上がるかもしれない。

“遺伝子銀行”で「国宝」を守る! 国民に愛されすぎの「世界一太った○○」とは……

 豚の漫画を描いたことで、ハンガリーに国賓として招かれた不可思議な出来事をまとめたコミックエッセイ『ブタが好きすぎてハンガリーの国賓になりました』(ポプラ社)。この本の刊行を記念して、著者の松本救助さんとハンガリー大使のトーク、ハンガリーの国宝である「マンガリッツァ豚」を食べる試食会が1月24日に開催された。国宝といえば、日本では建築物や仏像、美術品など、歴史があり、大切に保存するべきものというイメージがあるが、豚が「国宝」であるとは、そして、その豚を食べるって、いったいどういうことなのか!? 確かめるため、ハンガリー大使館に行ってみた。

■数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならない

 同書には、松本さんが国賓としてハンガリーを訪れた経緯や、首都ブダペストの和食店での首相との会食、豚の農園訪問、朝の人気番組への出演など、いち漫画家にもかかわらず、“豚好き”ということから、手厚いおもてなしを受けた体験がコミカルに描かれている。大の豚好きである松本さんが「思ったより毛がごわごわして、スチールウールみたいだった」というマンガリッツァ豚は、丸っこく、羊のような毛に覆われているのが特徴。

 そのマンガリッツァ豚が国宝になったのはなぜなのか? トークショーでは、日本語を含め5カ国語に堪能なイケメンのパラノビチ・ノルバート大使から説明があった。

「かつては1,000万頭いたのですが、第二次大戦後に減少し、1991年には191頭になっていました。私が子どもの頃は、動物園でしか見られなかったんです。マンガリッツァ協会のトート会長がスペインのセラーノハムの専門家と協力して、『遺伝子銀行』を作りました。マンガリッツァの遺伝子を守りつつ、おいしいサラミや生ハムなどを市場に戻す戦略を立てたのです。現在は5万頭前後で、ハンガリー全体で飼育されている豚の1.5%程度。2004年に国宝に認定されました」

 しかし、なぜ国宝なのに食べても構わないのだろうか? その問いに対して大使は、「昔から食べていたので、ただ数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならないのです」と語る。つまり、動物園のようなところで保護するのではなく、日常生活の中にある存在として大切にしていくという考え方のようだ。

■「国宝の豚を勝手に漫画にして、怒られる!」

 そんな貴重なマンガリッツァ豚を主人公にした『Bar:Mangalica』(バー・マンガリッツァ)という漫画をウェブで連載していたことから、松本さんはハンガリーに国賓として招待されるに至った。同作は、バーのマスターを務める豚が客の女性の話を聞いて心を癒やすという内容。マンガリッツァ豚の加工販売を行う食品会社ピック社のF澤さんが、偽物の商品にマンガリッツァの名が使われていないか、定期的にネットで調べていたところ、その漫画を見つけ、松本さんに連絡したのがきっかけだ。

 その時の状況を松本さんは「いきなり『所長がお呼びなので来てください』と言われて……」と恐縮した様子で振り返った。「国宝の豚を勝手に漫画にして、やばい! 怒られる!」とおびていたという。ところが、実際ピック社を訪れると、予想外に歓迎され、食品の展示会「FOODEX JAPAN」のために、同社とコラボレーションした漫画を制作することに。その後、ハンガリー大使館にも招待されて、マンガリッツァ協会のトート会長と会い、同国政府から国賓として招待されることになった。

■世界一太っている豚

 マンガリッツァ豚はハンガリーの輸出品では看板商品だが、高級な食材。高級である理由は飼育に手間がかかるからだという。

「まず、生まれる子豚の頭数が少ない。そして、育てる期間が長いのです。白ブタが8~9カ月で育つのに対し、マンガリッツァは12~15カ月かかります。世界一太っている豚で、脂が多く、体脂肪率が60~70%になります。肉は3割しかとれないため、値段が高くなるのです。政府のサポートがないと、なかなか育てられない」(パラノビチ大使)

 ちなみに脂(ラード)は、バターの代わりにパンに塗ったり、調理やお菓子作りに使うという。もともとハンガリーでは伝統的にラードがたくさん使われ、ラードパンは居酒屋の定番おつまみなのだとか。

 なお、パラノビチ大使によると、マンガリッツァ豚の輸出先としては日本が第1位。日本ではブランド肉が人気で、日本人は肉の特徴をよく理解しているからだという。

 マンガリッツァ豚は、東京・表参道にあるブダペストの老舗カフェ「ジェルボー」の支店などで食べられる。ハンガリー政府もサポートする希少なブランド肉だけに、漫画を通じてその背景が広まれば、知名度も人気も上がるかもしれない。