3M、ジュニアアイドルブーム、おバカキャラ……極私的平成アイドル史【女優・タレント編】

 平成時代をドルヲタとして過ごしてきた私が、ファン目線で平成アイドル界を振り返る企画。今回は「女優・タレント編」である。

 

アイドル女優の台頭

 平成が始まった頃、現在もアイドル評論家として活動している北川昌弘氏が中心となって、『NIPPONアイドル探偵団』(JICC出版局)という本が、毎年作られていた。

 そこでは、活躍中のアイドル、女優、アーティスト、女子アナ、アスリートなど、広い意味での「女性アイドル」と考えられる人たちを、ある程度の実績や将来性、そして独断と偏見を加えてランク付けし、それについて、読む者がああだこうだと語り合えるような作りになっていた。

 例を挙げてみると、平成元年(1989年)の1位は宮沢りえ、翌年は発行がなかったが、平成3年(91)は鈴木保奈美、その後、和久井映見(92年)、牧瀬里穂(93年)、内田有紀(94年)、常盤貴子(95年)と続いていく。

 一目瞭然なのは、いずれも女優をメインとして活動している人が1位をとっているということだ。平成のアイドル界は、若手女優を中心に回っていたというのもある意味真実なのだ。

 特に、平成初期に活躍した、宮沢りえ、観月ありさ、牧瀬里穂は、3人のイニシャルから「3M」と呼ばれ、映画やドラマに引っ張りだこだった。もちろん、それぞれ歌手デビューもしたが、あくまでも「女優」がメインである点は、いわゆるライブアイドルとは異なる点だ。

 この、「女優メイン」の活動というのは、その後の内田有紀、菅野美穂、仲間由紀恵などへと繋がっていき、後に広末涼子の大ブレイクを迎えるのである。ハードな踊りや歌をメインにするよりも、年齢に合わせた役を演じることができるため、息の長い活動ができる点が大きなメリットである。

 私はこの、“女優系のアイドル”というのも大好きで、特に、演じた役と本人のキャラクターがぴったりと合い、一層の魅力を持って輝き出す瞬間がたまらなかった。広末涼子でいえば、『ビーチボーイズ』(フジテレビ系)での和泉真琴役、菅野美穂なら『イグアナの娘』(テレビ朝日系)の青島リカ役などが、まさにその奇跡を感じさせた。

 この系譜はその後も、堀北真希や多部未華子などが継承し、現在の土屋太鳳や広瀬すずへと受け継がれている。直接会う機会は少ないが、写真集やカレンダーイベントなどで目の当たりにすると、テレビだけでは伝わらないオーラのようなものを感じて、感激することしきりなのである。

 広末涼子がブレイクした平成10年頃、アイドル界で一つのブームが起きつつあった。それが、小中学生の女の子をフィーチャーしたテレビや雑誌による「ジュニアアイドルブーム」である。

 きっかけとなったのは、小中学生向けファッション誌のモデルとして人気を集めた野村佑香のブレイクだったが、それに続き、前田愛・亜季姉妹や中田あすみなども活躍し、活況を呈した。

『天才てれびくんシリーズ』(NHK Eテレ)の「てれび戦士」や『おはスタ』(テレビ東京系)の「おはガール」などは、その登竜門でもあり、当時のアイドルファンの多くがチェックしていたものだ。

 それらの中からは、蒼井優、ベッキー、飯田里穂など多くの人気者が生まれていったし、宮崎あおいや長澤まさみといった女優も、当初はジュニアアイドル的な活動をしていたのだ。

 もちろん、私もご多分にもれず、秋葉原で多く行われるようになったジュニアアイドルのイベントに通っていた。単純に可愛い子を見るのも楽しかったが、「この中から、次はどんな子がブレイクするのだろう」という、宝探しのようなトキメキを感じていたものだ。

 最近は「ジュニアアイドル」という言葉はあまり使われなくなったが、アイドルが全体的に低年齢化しており、特別なことではなくなっていったという背景が大きいだろう。

 平成10年代には、アイテムとしてもアイドル界に新たな流れが登場する。それがイメージDVDである。

 もちろん、それ以前のVHSビデオの時代からアイドルのイメージ作品は作られていたが、DVDの手軽さなどもあって、爆発的に広まっていくのである。そして、それまでは、アイドル歌手や女優が活動の一環として行っていた「グラビア」を、メインで行うアイドルが出てきた。雛形あきこや小池栄子などが当時所属していた、イエローキャブが有名だが、ハロー!プロジェクトのメンバーや、先に挙げたジュニアアイドルなども、グラビア活動を行っていた。

 最近は規制も多く、以前のように若いアイドルが水着になることも少なくなったが、それでも、グラビアアイドルのイベントなどには多くの人が集まり、ひとつの文化を形成している。

 私がイベントに行っていた中では、中川翔子、浜田翔子、吉木りさ、壇蜜などが、メジャーになっていったところだろうか。

 

忘れてはいけないバラエティタレントの存在

 

 最後に挙げておきたいのは、歌手でも女優でもない、いわゆる「タレント」としてのアイドルである。元々は、昭和の終わり頃、山瀬まみや井森美幸が「バラドル」と呼ばれて、人気を博したのが始まりだが、平成の時代においても、その時々によって、求められるバラエティアイドル像があるのである。

 バラドルの中でも、一番スキルが高いと思われるのが、島崎和歌子や森口博子などのように、番組の仕切りなどもできるタイプだ。正統派アイドルを目指していたのが、そちらの才能を買われて転身してきたり、MEGUMIなどのように、グラビア界から入ってきた人もいる。現在では、小島瑠璃子などが第一人者だろう。

 次に、多いのは不思議ちゃん系である。“天然”などとも呼ばれるが、西村知美や、釈由美子、小倉優子などがこの系譜にあたり、今ではどのアイドルグループにも一人はいるキャラになっている。

 そして、現在も続いているのが、「おバカキャラ」である。昔から「アイドルはものを知らない」というイメージはあったが、それを特に強調したり、間違えた時でも、普通の人は考えないようなことを言ったりすることで人気を得る人たちが出てきた。これは、平成17年に始まった『クイズ!ヘキサゴンII』(フジテレビ系)でクローズアップされるようになり、里田まい、木下優樹菜などが人気を集めた。現在も、鈴木奈々や、滝沢カレンなどに受け継がれている。

 バラエティタレントは、ファンと直接交流する機会は少ないが、イベントのゲストやトークライブなどに出演する人は多い。チャンスがあれば、ぜひ“生の面白さ”を感じてもらいたいものだ。

 以上、平成という時代のアイドルを、駆け足で振り返ってみたが、まさにアイドルは「時代を写す鏡」である。かつては、歌や演技、グラビアなど、総合的な能力が求められていたが、それは取りも直さず、日本人の多くがマルチな力を必要としていたことの反映に他ならない。それらが細分化されていった平成の後期は、何かに特化した“一芸”が評価されてきた時代なのだ。

 令和の時代に入り、アイドル界はどのように変わっていくのか。それは多分、日本人の心のありかたがどう変わっていくかを表す、一つの指標になることだろう。いずれにせよ、アイドルを追いかけることができる幸せを噛み締めながら、この時代を過ごしていければいいと思う。

(文=プレヤード)

ハロプロや48グループだけじゃない! 極私的平成アイドル史【ライブアイドル編】

 昭和が平成に変わった時、私はもうヲタクだった。ネットの環境こそなかったものの、アイドルやサブカルについての雑誌は数多く出版され、そこで得た情報を元にアイドルの現場に向かっていたものだ。

 平成も間もなく幕を閉じる。それに合わせ、さまざまな観点で、この時代を総括したり、振り返ったりという記事が公開されている。アイドルの分野についてもしかりだ。

 ただし、ただ“平成に流行ったアイドル”を列挙しても、それは多くの人が承知していることであり、単に記憶をなぞる程度にとどまってしまう。そこで今回は、平成のアイドル史をたどるとともに、私が個人的に経験したアイドル状況を紹介し、流行したアイドルとはどのような関係性が生まれたのかをまとめてみたい。

 まず、今回は「ライブアイドル編」である。

 

“アイドル冬の時代”を越えて

 最初に、平成初期のアイドル界が、どのような状況だったかを確認しておこう。

 多くの人が語っているように、その頃は「アイドル冬の時代」だった。誰もが名前を知るようなアイドルはほとんどおらず、皆「アイドルファンだけが知っている」という程度の存在だった。

 そんな中、私が夢中になっていたのは、酒井法子だった。ヒット曲こそ飛ばしていないものの、テレビの歌番組には頻繁に出演し、地方に住んでいた私なども、十分に“ファン”としての楽しみを享受できたのだ。

 その頃、アイドルライブの定番の場所が「デパートの屋上」であった。多くのデパートの屋上にイベント用のステージがあり、そこで歌を歌い、握手会をしていた。私が酒井法子を初めて生で見て、握手をしたのも、ショッピングセンターの屋上だった。

 そして、平成2年、後のライブアイドル文化に大きな影響を与える2組がデビューする。「東京パフォーマンスドール」(初代・以下、TPD)と「宍戸留美」である。

 TPDは、それまでニューミュージックやロック系のアーティストが出演していたライブハウス、「原宿RUIDO」を拠点に、ライブを見せることをメインとした活動を開始。3年後には、武道館2Days公演を成功させるまでになった。後に、モーニング娘。のプロデュースで大ブレイクするつんく♂も、TPDのファンであったことを公言しているし、ハロー!プロジェクトのステージを見ても、TPDの影響は随所に感じられる。

 一方の宍戸留美は、ソニーレコードからメジャーデビューするも、2年後に事務所との契約を解消。フリーで活動する道を選ぶ。まだ個人で発信することが難しい時代、わずか18歳の少女が始めた活動が、後のフリーで活動する地下アイドルの礎となっていくのである。

 それと同じ頃、テレビなどの活動の場が減っていったアイドルに、歌う場を提供しようという試みが始まる。『歌姫伝説』と名付けられたこのイベントは、原宿RUIDOや川崎クラブチッタなどで、コアなアイドルファンを集めて、人気を集めていった。

 実は、これらのアイドルライブが広まっていった背景には、ライブハウス側の事情もあった。平成が始まった頃に起こっていた「バンドブーム」が一段落し、多くの会場で出演者が減ってきたのである。そこに、ある程度客の呼べるアイドルの公演を入れることによって、空いている時間をなくすという方針をとったのだ。つまり、ライブアイドルが始まった背景には、出演者と会場の利害が一致したという理由があるのである。

 諸説あるが、いわゆるアイドル冬の時代が終わるのは、平成5年頃だ。きっかけは安室奈美恵のブレイクである。彼女をアイドルと見ることに違和感を覚える人もいるかもしれないが、男女ともに彼女に憧れを持ち、その歌に酔いしれていたことを考えれば、まさに平成を代表するアイドルの一人といっていいだろう。

 彼女に続いて人気を博したのが、同じ沖縄アクターズスクール出身の「SPEED」である。平成8年のデビュー時、最年少の島袋寛子はまだ小学生ということで、その後のアイドルの低年齢化にも影響を与えた。

 もう一つ、その頃からアイドルの楽しみ方に変化を与えたものがある。「パソコン通信」の登場だ。現在のように画像や動画が扱えるものではなく、文字だけのやり取りであったが、テレビやライブの感想をリアルタイムで書き込める手段として、アイドルファンの間では大いに活用された。私も、当時のニフティサーブにあった「SPEED会議室」で、彼女たちへの思いをたくさん書き込んでいた記憶がある。

 もちろん、その後普及するインターネットも含め、アイドルたちは、その活動を告知する手段として大いに利用した。先に挙げた宍戸留美なども、いち早くネットに取り組んだ一人といっていいだろう。

 このようにして、地上と地下、両方で育まれていった平成のアイドル文化だが、そのどちらにも大きな影響を及ぼす存在が誕生する。それが平成10年の「モーニング娘。」である。

 彼女たちは、テレビ番組『ASAYAN』(テレビ東京系)から誕生し、人気となっていった。もちろんメジャーなアイドルである。ここで注目すべきは、『ASAYAN』という番組が、メンバーが決まっていく過程をつぶさに放送していたということだ。

 これまでの“生まれたときから運命づけられていたような特別な存在”から、“自分の今いるところからの延長線上”にあることを認識させた。つまり、「アイドルになるための方法」を、全国の女性たちに知らしめたのだ。後の、地上・地下にかかわらず、モーニング娘。に憧れてアイドルになる人が増えたのは、そのような理由もあったからだろう。

 そして、今でも地下アイドルの現場では、モーニング娘。をはじめとした、ハロプロの楽曲がよく歌われる。それは、このような経緯を考えれば、ごく自然な流れなのである。

 その頃、私は何をしていたかというと、メジャーなアイドルが出てきたことを横目で見つつ、ライブハウスなどでのアイドルライブに通っていた。まだ今のようなフォーマット(地下アイドルが複数出演→物販→特典会)ができておらず、その内容はさまざまであったが、新しい文化が生まれてくる胎動のようなものを感じていたものだった。

 モーニング娘。、そしてハロプロが破竹の勢いで人気を博し、アイドル界が盛り上がっていた平成17年、AKB48グループが劇場公演を開始する。48グループと、その後、ライバルグループとして結成された坂道シリーズの躍進については、改めて語るまでもないだろう。

 この時期のもう一つ大きな出来事として、「アイドリング!!!」の存在を挙げておきたい。平成18年にフジテレビのCSで番組がスタートして以来、9年間に渡りバラエティ豊かな放送を続けてきた。一方、音楽に関しても、クオリティの高い楽曲が多く、ライブなども積極的に行っていた。彼女たち、そしてスタッフの一番の功績は、平成22年から開催されている、日本最大級のアイドルフェス『TOKYO IDOL FESTIVAL』(TIF)の開催であろう。

 私も、第1回から参戦しているが、いわゆる“地下”を中心に活動しているグループや、ローカルアイドルなども出演しており、現在のアイドルブームを作り上げた立役者ともいえる。

 平成も後期に入ると、ライブアイドルはますます多様化をしていく。TIFに加え、『アイドル横丁夏まつり!!』『@JAM EXPO』といったフェスが開催され、アイドルが出演するライブ会場も増えていく。また、ネット環境の普及により、アイドルたちがSNSなどでファンと直接交流することもできるようになる。地方に住んでいても、情報を得て、アイドルの魅力を感じたりすることもしやすい時代になったのだ。

 ただ、その反動として、アイドルのグループのサイクル(結成から解散、メンバーチェンジまでの期間)が早くなっているようにも感じる。ファンが常に新しいものを求めるために、それに対応する基軸などを打ち出さなくてはいけなくなったのだ。これは、どこが悪いということではない。新しさを感じつつも、変わらない魅力を維持する、それは、時代が変わろうともアイドルが人気を保っていくための秘訣であるだろう。

 そして現在、ハロプロ、48グループ、坂道シリーズは引き続き人気を集め、地下のアイドル現場も健在だ。

 平成の30年間で、アイドルを取り巻く環境は、驚くほど変化した。つらい冬の時代を乗り越え、今のアイドル文化が花開いたことを思うと、いちアイドルヲタクとして、感慨深い思いだ。

 この10連休には、「平成最後の」「令和最初の」と銘打ったライブが数多く開催される。今のアイドル文化の礎となった、平成アイドルの足跡を感じながら、新しい時代を迎えてみてはいかがだろうか。

(文=プレヤード)

ハロプロや48グループだけじゃない! 極私的平成アイドル史【ライブアイドル編】

 昭和が平成に変わった時、私はもうヲタクだった。ネットの環境こそなかったものの、アイドルやサブカルについての雑誌は数多く出版され、そこで得た情報を元にアイドルの現場に向かっていたものだ。

 平成も間もなく幕を閉じる。それに合わせ、さまざまな観点で、この時代を総括したり、振り返ったりという記事が公開されている。アイドルの分野についてもしかりだ。

 ただし、ただ“平成に流行ったアイドル”を列挙しても、それは多くの人が承知していることであり、単に記憶をなぞる程度にとどまってしまう。そこで今回は、平成のアイドル史をたどるとともに、私が個人的に経験したアイドル状況を紹介し、流行したアイドルとはどのような関係性が生まれたのかをまとめてみたい。

 まず、今回は「ライブアイドル編」である。

 

“アイドル冬の時代”を越えて

 最初に、平成初期のアイドル界が、どのような状況だったかを確認しておこう。

 多くの人が語っているように、その頃は「アイドル冬の時代」だった。誰もが名前を知るようなアイドルはほとんどおらず、皆「アイドルファンだけが知っている」という程度の存在だった。

 そんな中、私が夢中になっていたのは、酒井法子だった。ヒット曲こそ飛ばしていないものの、テレビの歌番組には頻繁に出演し、地方に住んでいた私なども、十分に“ファン”としての楽しみを享受できたのだ。

 その頃、アイドルライブの定番の場所が「デパートの屋上」であった。多くのデパートの屋上にイベント用のステージがあり、そこで歌を歌い、握手会をしていた。私が酒井法子を初めて生で見て、握手をしたのも、ショッピングセンターの屋上だった。

 そして、平成2年、後のライブアイドル文化に大きな影響を与える2組がデビューする。「東京パフォーマンスドール」(初代・以下、TPD)と「宍戸留美」である。

 TPDは、それまでニューミュージックやロック系のアーティストが出演していたライブハウス、「原宿RUIDO」を拠点に、ライブを見せることをメインとした活動を開始。3年後には、武道館2Days公演を成功させるまでになった。後に、モーニング娘。のプロデュースで大ブレイクするつんく♂も、TPDのファンであったことを公言しているし、ハロー!プロジェクトのステージを見ても、TPDの影響は随所に感じられる。

 一方の宍戸留美は、ソニーレコードからメジャーデビューするも、2年後に事務所との契約を解消。フリーで活動する道を選ぶ。まだ個人で発信することが難しい時代、わずか18歳の少女が始めた活動が、後のフリーで活動する地下アイドルの礎となっていくのである。

 それと同じ頃、テレビなどの活動の場が減っていったアイドルに、歌う場を提供しようという試みが始まる。『歌姫伝説』と名付けられたこのイベントは、原宿RUIDOや川崎クラブチッタなどで、コアなアイドルファンを集めて、人気を集めていった。

 実は、これらのアイドルライブが広まっていった背景には、ライブハウス側の事情もあった。平成が始まった頃に起こっていた「バンドブーム」が一段落し、多くの会場で出演者が減ってきたのである。そこに、ある程度客の呼べるアイドルの公演を入れることによって、空いている時間をなくすという方針をとったのだ。つまり、ライブアイドルが始まった背景には、出演者と会場の利害が一致したという理由があるのである。

 諸説あるが、いわゆるアイドル冬の時代が終わるのは、平成5年頃だ。きっかけは安室奈美恵のブレイクである。彼女をアイドルと見ることに違和感を覚える人もいるかもしれないが、男女ともに彼女に憧れを持ち、その歌に酔いしれていたことを考えれば、まさに平成を代表するアイドルの一人といっていいだろう。

 彼女に続いて人気を博したのが、同じ沖縄アクターズスクール出身の「SPEED」である。平成8年のデビュー時、最年少の島袋寛子はまだ小学生ということで、その後のアイドルの低年齢化にも影響を与えた。

 もう一つ、その頃からアイドルの楽しみ方に変化を与えたものがある。「パソコン通信」の登場だ。現在のように画像や動画が扱えるものではなく、文字だけのやり取りであったが、テレビやライブの感想をリアルタイムで書き込める手段として、アイドルファンの間では大いに活用された。私も、当時のニフティサーブにあった「SPEED会議室」で、彼女たちへの思いをたくさん書き込んでいた記憶がある。

 もちろん、その後普及するインターネットも含め、アイドルたちは、その活動を告知する手段として大いに利用した。先に挙げた宍戸留美なども、いち早くネットに取り組んだ一人といっていいだろう。

 このようにして、地上と地下、両方で育まれていった平成のアイドル文化だが、そのどちらにも大きな影響を及ぼす存在が誕生する。それが平成10年の「モーニング娘。」である。

 彼女たちは、テレビ番組『ASAYAN』(テレビ東京系)から誕生し、人気となっていった。もちろんメジャーなアイドルである。ここで注目すべきは、『ASAYAN』という番組が、メンバーが決まっていく過程をつぶさに放送していたということだ。

 これまでの“生まれたときから運命づけられていたような特別な存在”から、“自分の今いるところからの延長線上”にあることを認識させた。つまり、「アイドルになるための方法」を、全国の女性たちに知らしめたのだ。後の、地上・地下にかかわらず、モーニング娘。に憧れてアイドルになる人が増えたのは、そのような理由もあったからだろう。

 そして、今でも地下アイドルの現場では、モーニング娘。をはじめとした、ハロプロの楽曲がよく歌われる。それは、このような経緯を考えれば、ごく自然な流れなのである。

 その頃、私は何をしていたかというと、メジャーなアイドルが出てきたことを横目で見つつ、ライブハウスなどでのアイドルライブに通っていた。まだ今のようなフォーマット(地下アイドルが複数出演→物販→特典会)ができておらず、その内容はさまざまであったが、新しい文化が生まれてくる胎動のようなものを感じていたものだった。

 モーニング娘。、そしてハロプロが破竹の勢いで人気を博し、アイドル界が盛り上がっていた平成17年、AKB48グループが劇場公演を開始する。48グループと、その後、ライバルグループとして結成された坂道シリーズの躍進については、改めて語るまでもないだろう。

 この時期のもう一つ大きな出来事として、「アイドリング!!!」の存在を挙げておきたい。平成18年にフジテレビのCSで番組がスタートして以来、9年間に渡りバラエティ豊かな放送を続けてきた。一方、音楽に関しても、クオリティの高い楽曲が多く、ライブなども積極的に行っていた。彼女たち、そしてスタッフの一番の功績は、平成22年から開催されている、日本最大級のアイドルフェス『TOKYO IDOL FESTIVAL』(TIF)の開催であろう。

 私も、第1回から参戦しているが、いわゆる“地下”を中心に活動しているグループや、ローカルアイドルなども出演しており、現在のアイドルブームを作り上げた立役者ともいえる。

 平成も後期に入ると、ライブアイドルはますます多様化をしていく。TIFに加え、『アイドル横丁夏まつり!!』『@JAM EXPO』といったフェスが開催され、アイドルが出演するライブ会場も増えていく。また、ネット環境の普及により、アイドルたちがSNSなどでファンと直接交流することもできるようになる。地方に住んでいても、情報を得て、アイドルの魅力を感じたりすることもしやすい時代になったのだ。

 ただ、その反動として、アイドルのグループのサイクル(結成から解散、メンバーチェンジまでの期間)が早くなっているようにも感じる。ファンが常に新しいものを求めるために、それに対応する基軸などを打ち出さなくてはいけなくなったのだ。これは、どこが悪いということではない。新しさを感じつつも、変わらない魅力を維持する、それは、時代が変わろうともアイドルが人気を保っていくための秘訣であるだろう。

 そして現在、ハロプロ、48グループ、坂道シリーズは引き続き人気を集め、地下のアイドル現場も健在だ。

 平成の30年間で、アイドルを取り巻く環境は、驚くほど変化した。つらい冬の時代を乗り越え、今のアイドル文化が花開いたことを思うと、いちアイドルヲタクとして、感慨深い思いだ。

 この10連休には、「平成最後の」「令和最初の」と銘打ったライブが数多く開催される。今のアイドル文化の礎となった、平成アイドルの足跡を感じながら、新しい時代を迎えてみてはいかがだろうか。

(文=プレヤード)

足りないピースを追い続けた14年間の集大成~『9nine one man live 2019 Forever 9nine』レポート~【後編】

*【前編】はこちらから

 4月6日、会場となったのは、彼女たちのホームグラウンドともいえる中野サンプラザ。駅に着くと、構内にはファン9(9nineファンの呼び名)が出したと思われる大きな広告が飾られている。

 会場である中野サンプラザの前には多くのファンが集まり、横断幕に書き込みをしていたりもする。他のアイドルグループに比べ、女性ファンが多いのも特徴的だ。みな思い思いのスタイルで、今日のライブを待っている。

 17:45開場。中に入ると、顔出しのパネルや、たくさんの関係者からのにフラワースタンドなどが並んでおり、物販には、最後に記念の品を手に入れようと、長い列ができている。そして、ホールの中では、懐かしい曲が流れていた。「Smile Again」「ヒカリノカゲ」といった、最初の5人体制時の曲や、初期9人体制時代の「白い華」なども流れる。ライブを前に、往年のファンは、これまでの9nineの歩みに思いを馳せたのではないだろうか。

感謝と感動にあふれたステージが始まる

 そして、定刻の18:30を過ぎてSEが流れ、ステージの幕が開く。1曲目は「願いの花」。ピンクのスカートの衣装に、タイトルに合わせ、1人1輪ずつ花を手に持って歌う。

「願いは花となりきっと咲き誇る」そんな歌詞になぞらえるように、客席はペンライトの光で埋め尽くされる。

 続いては、ステージに花を置き、激しいダンスナンバー「愛愛愛」で、一気に9nineの世界に入り込んでいく。早くも彼女たちの本領発揮だ。

 曲が終わったところで、「みなさんこんばんは! 9nineでーす!」と挨拶。3曲目の「THE MAGI9AL FES.」、「少女トラベラー」で会場は早くも最高潮の盛り上がりを見せる。

 4曲終わったところで、自己紹介。吉井は「今日は全力で、1曲1曲噛み締めて歌う」と宣言、村田は「幕が開く前から泣きそうだった」と思いを語る。佐武は「中野が日本で一番盛り上がっているということを見せたい」と決意を述べ、西脇は「中野駅の広告を見て、みんなの言葉を受け取った」と話した。

 そして、今の季節にぴったりな曲。「桜、ゆれる」を歌い始める。離れた場所にいる人を想う歌詞とやわらかなメロディが、春の切なさを掻き立てる。1曲1曲が、メンバーからファンへのメッセージのように思えてくる。

「チクタク☆2NITE」に続いて歌った「国道サマーラブ」では、メンバーが客席に降りていき、通路沿いのファンとハイタッチするという演出。これにはファンも大喜びだった。続く「困惑コンフューズ」は、2階から見ていると、そのフォーメーションが美しかった。そして、サビのところではお約束のタオルを回す。客席でもたくさんのタオルが振られ、ステージとの一体感が生まれた。

 ここでMC。番組のロケで、富士急ハイランドに行った時のことを、楽しげに話すメンバー。こんなところからも、メンバーの仲の良さが感じられてうれしくなる。

「私達は新たな決断をした。そして、皆さんの背中を押してあげたい」そんな曲フリで「koizora」を歌う4人。天井のミラーボールが、会場中にピンク色の光を放つ。それはまるで、彼女たちとファンの人たちの未来を照らすかのようだった。

 続く「シ、グ、ナ、ル。」を歌って、メンバーが一度そでにはける。次に出てきたときには、スカートのベールを外した姿。西脇と村田がソロのダンスを披露し、怒涛のメドレーに入っていく。「Love me?」では佐武がソロのダンスを、「Forget-U-not」では吉井がソロのボーカルを聴かせる。

 5曲ほどメドレーでパフォーマンスした後、ドラマ『リーガルハイ』(フジテレビ系)の主題歌にもなったヒット曲「Re:」で会場を沸かせた。「何度でもチャレンジしていきたい」そんな歌詞に込められた思いは、これまでの9nineの歩みを象徴しているようにも思えたし、これからの彼女たちの姿勢であるようにも感じた。

 MCでは、今回のメドレーでの振り付けは、リニューアル後初の曲「Cross Over」を担当した先生が、数年ぶりにつけてくれたものだと話し、感慨深げであった。

「Party9」、そしてその「Cross Over」。この曲を聴いた頃、9nineに対して複雑な思いを抱いていたことを思い出す。でも今は、4人を素直に応援したい気持ちだ。それは、たとえメンバーが変わっても、前に進もうという気持ちは変わらずにあってくれたからだろう。

 西脇の「ファン9のみなさん! ここからは私達と一つになっていきましょう!」という掛け声により、「Wonderful World」。サビの手を振る振り付けに合わせ、会場中の人が手を振る。吉井の「ここからは一緒に歌いましょう」との言葉で、ファンが一緒に歌い始め、会場中が大合唱に包まれる。

 そして、「1.2.3.4.5.6.8.ナイン!」の掛け声で始まったのが、「SHINING☆STAR」。先ほどとは色を変えたミラーボールが会場を照らしていた。そして、本編ラストの曲「Evolution No.9」。こちらもドラマの主題歌に使われたヒット曲。会場からは、活動休止を惜しむかのように力強い手拍子が湧き上がる。曲のラストでは、会場に紙テープが噴射され、大きな盛り上がりの中、メンバーたちが手を振ってそでにはけていった。

合言葉は「Forever 9nine」

 もちろんアンコール。しかし、普通のアンコールとは違った。会場には「SHINING☆STAR」のサビの部分の大合唱が響いたのだ。こんなアンコールは初めてだが、悪くない。しばらく合唱が続いたあと、メンバーが上着をTシャツに着替え登場した。

 アンコール1曲目の「Fly」を歌い終わると、メンバーもリラックスした表情で話し始める。次の曲では、グッズのライトを使って会場も一緒にふりをしてもらいたいとのこと。ボタンを押す毎に色が変わるライトを操りながら、「SMILE&TEARS」。笑顔の中、終わりの時が近づきつつある。

 続く「流星のくちづけ」では、再びメンバーが会場に降りて、サインボールを客席に投げる。曲が終わり、客席も入れた記念撮影をしたあと、メンバーそれぞれから最後の挨拶。

 吉井は「3歳からダンスを始め、オーディションも受けまくって、やっと出会ったのが9nineだった。3人が一緒だったから今日まで強く強く生きてこられた。ありがとう」とメンバーに感謝の思いを語る。

 村田は、「『活動休止ってなんやねん!』と思ったけど、決断したのは私たち。本気でこれからも9nineのために生きていこうと思った。みなさんのおかげです」と話した。

 佐武は、「芸能界に入って、最初の仕事が9nineだった。それまでは夢がなかったけど、みんなでいろんな景色を見るのが夢になった。これからどんな形になっても、9nineとして生きていきます」とコメント。

 最後に西脇が「出会って一つの空間を作った宝物がファン9だった。活動休止については、メンバーの中にもいろいろな思いがあった。今までは手をつないで輪になっていたものが、一列に並んで踏み出すように、ちょっと形を変えるだけだと思っている。だから心配しなくて大丈夫」と話しながらも、時折涙声になる。「今日は最後まで見守ってくれてありがとう」。そう締めくくった時、村田からお知らせが入る。今日のライブが、今年の9月9日にBlu-rayで発売になるという。「みんなで一緒に見よう!」そんな言葉も飛び出しながら、次の曲へ。

 アンコール4曲目は、メンバーの自己紹介ソング「9nine o’clock」。かつては、川島海荷のパートも入っていたが、彼女の脱退後は4人のものに歌詞を変えているナンバーだ。曲が終わると、メンバーがステージにあった花を手にする。そう、1曲目で手に持っていたものだ。それを手にして、「好き、嫌い、好き、嫌い……」と花びら占いを始める。そして、最後にみんなで会場に向かって叫ぶ。「大好きー!」

 そのままラストの曲「colorful」へ。「何が起こっても 絶対大丈夫だから」――メンバーが自分自身に、そして会場のファンに向けて言い聞かせるような歌詞。ステージ上では、新たな旅立ちをするメンバーの上に、花びらのような紙吹雪が舞ってくる。

 歌い終えると、メンバー全員の肉声で「9nineは永遠だよ!」と挨拶。会場の拍手は、鳴り止むことがなかった。

 終了後、会場で配られた、Blu-ray発売を知らせるポストカードの裏には、「NEVER BREAK UP」と書かれていた。これで終わりではない、まだまだ、それぞれの中にある9nineは続いていくという決意表明でもあろう。

  こうして、9nineは、14年の活動の歩みを止めた。

 アイドルというものが、“何かになるための過程を見せるもの”だとすれば、9nineは、その名の通りあと1つ足りないピースを追い続けた、まさにアイドルだったと言えよう。

 これからは、4人それぞれが、なりたい自分に向かって、残りのピースを探していくことになるのだ。恐れることはない、メンバーも、ファンも、9nineの魂は受け継がれていく。どのような道になろうとも、きっとその歩みを見届けてくれるはずだ。それが、メンバー4人と、ファンである私達との約束なのだから。

(文=プレヤード)

足りないピースを追い続けた14年間の集大成~『9nine one man live 2019 Forever 9nine』レポート~【前編】

 アイドルグループの名前の由来はさまざまだ。奇をてらってつけられたようなものもあれば、運営の思いをストレートに表したものもある。

 その点、アイドルユニット「9nine」の名前はシンプルだ。メンバーが9人だったから“9nine”。しかし、その名前は、後々いろいろな意味を持つようになってくる。

決して平坦ではなかったその道のり

 9nineが結成されたのは2005年、平成で言えば17年。AKB48が産声を上げ、当時の小泉純一郎首相が郵政解散を行った年というと、ずいぶん昔であるように感じるだろう。

 それから14年、ここまでの歩みは、決して平坦なものではなかった。先に述べた通り、結成時のメンバーは9人。現メンバーの西脇彩華、佐武宇綺のほか、現在は女優として活動しトーク番組などにも出演している我妻三輪子なども名を連ねていた。

 活動開始から1年ほど経った07年、メンバー2名が脱退し、新たに下垣真香、そして川島海荷が加入する。当時の川島は、すでにドラマなどで注目され、アイドルファンの間では知られた存在であった。さらにグループ加入後も、映画やCMなどでの活躍が続き、9nineは、“川島海荷のいるグループ”という認識をする人も多くなっていった。

 その年の12月、初期メンバーであった加藤瑠美が脱退、8人体制となった。この時は、グループ名に関し「メンバー8人と、ファンのあなたを加えて9nineです」と言っていた記憶がある。9nineの「足りないピース」が生まれた頃だ。

 翌年、リーダーを務めていた芦田万莉恵を含む3人が脱退。5人体制となる。同じ事務所のベイビーレイズのように、改名することもできただろう。しかし、彼女らはそれをしなかった。「“10”に少し届かない数字のまま、そこを目指していこう」という意味合いの中、9nineというグループ名を使い続けたのだ。

 私が一番熱心に足を運んでいたのは、この初期5人組の頃だった。CDのリリースも相次ぎ、イベントも多く開催していた。順調に活動しているように思えていたが、その状況もまた1年ほどしか続かなかった。

 10年、大きな転機を迎える。メンバーの下垣と三浦萌が脱退、代わりにオーディションで選ばれた吉井香奈恵と村田寛奈が加入する。「パフォーマンスガールズユニット」を名乗り、レコード会社も移籍、ライブではハンドマイクではなくヘッドセットをつけて歌い踊るという、全く新しい基軸を生み出したのだ。

 ファンの反応はさまざまだった。脱退した下垣や三浦のファンであり、そこから離れていく者や、これまでよりもスタイリッシュでダンサブルなパフォーマンスに乗り切れない人もいた。私も正直、この頃の9nineについては、複雑な思いで見ていた。

 ここで一つの力になったのは、川島のさらなるブレイクだろう。時を同じくして、映画『私の優しくない先輩』(2010)に主演、深夜ドラマ『ヘブンズ・フラワー』(TBS系)でも主演するなど、女優として多くのファンを獲得していったのだ。私の周りでも、川島きっかけで9nineのライブに足を運ぶようになったという人も確かにいる。

 こうして、新たな体制となった9nineは、方向性を定め、前に進み始めたのである。もちろん、ライブパフォーマンスも磨いていたが、その一方で、それぞれのキャラクターを活かしたバラエティなどでも楽しませてくれた。ラジオ番組『オールナイトニッポンR』(ニッポン放送)や、12年に放送されたドラマ『こんなのアイドルじゃナイン!?』(日本テレビ系)などで、彼女たちの素に近い部分を知ることもできた。

 精力的にライブや新曲のリリースを続け、14年には武道館公演も開催した。順調に目指すべきものに近づいたと思われたが、16年、彼女たちはまた一つのピースを失うこととなる。エース的な存在であった川島の脱退だ。

 もちろんファンにとっても大きな出来事であったが、メンバー自身、4人体制になるということに不安はあったようだ。また一つ、空いた穴を埋める作業を始めることになったのだから。

 それでも、彼女たちは諦めることはなかった。ライブ活動を続けるとともに、同じ事務所のベイビーレイズJAPANとの共演で、『浅草ベビ9』(テレビ東京系)というバラエティ番組も始まる。番組は楽しいものだった。4人体制になってからも、彼女たちの上昇志向は変わることなく、常に前を向き続けた。

 その頃、メンバー個人の仕事も増え続けてきた。西脇は、姉である、Perfumeの西脇綾香とともにラジオを始め、佐武はアニメの声優をやるようになった。

 そんな迷いの中、今年の2月、9nineが活動休止に入ることが発表。

「活動休止」という言葉に、ファンは戸惑った。“解散”ではない。あくまでも音楽活動を休止することだ。

 その思いについて、ネット配信番組などでは語られてきたが、休止前、メンバーはどんなステージを見せ、どんな言葉をファンに直接話すのか。それを聞くために、活動休止前最後となるライブ会場に向かった。

*後編へつづく

(文=プレヤード)

【今夜最終回!】NHKドラマ『トクサツガガガ』が描き出すオタクの悦楽

 今から30年ほど前、「アイドル冬の時代」と呼ばれる時期があった。「メジャーなアイドルが出てこなかった時期」という意味で使われるが、実はこの時代こそ、「アイドルファン」にとって冬の時代だったのだ。

 今でこそメジャーな趣味になったアイドルだが、当時、アイドルファンは「かっこ悪いもの」「モテないやつの趣味」という目で見られることが多く、私自身、学校や職場でカミングアウトすることをはばかったものだ。

 遠因は、アニメや漫画に端を発する熱狂的なマニア、いわゆる“オタク”というものを、どこか危険視するような風潮にあった。ちょっと変わった嗜好を持つ人が、差別的に扱われることは古くからあることだ。周囲に合わせたコミュニティを作り、身を守っていくための本能でもある。

 それに比べれば、今は好きな趣味を突き詰めていける時代になった。オタクもだいぶ市民権を得ているようだし、ネットの普及によって、同好の士と繋がることが簡単にできるようになった。しかし、それで全ての問題が解決したわけではない。いくら「多様性の時代」と言われようとも、根底にある「異質なものを排除しようという気持ち」が、完全になくなることはないだろう。現実の世界には、今もまだ、家族や職場の偏見を恐れ、そのことをひた隠しにしている人も大勢いるのだ。

 そんな、“隠れオタク”を題材にしたドラマ『トクサツガガガ』(NHK総合)が話題となっている。

 主人公は、特撮マニアのOL・仲村叶(小芝風花)。職場では自分の趣味を隠し、普通の女子を演じているが、心の中では、自分の趣味をわかってもらいたい、そしてリアルな誰かと趣味の話を思いっきりしたい、と願っていた。

 そんな時、電車で出会った吉田さん(倉科カナ)が同じ特撮オタクであることを知り、仲良くなる。そこで彼女は、オタク同士で繋がることの喜びを知るのである。

 一方、叶の職場には、北代(木南晴夏)という、気難しい女性がいた。なかなか自分のことを話さない彼女だったが、実は名古屋のボーイズアイドル『Bee Boys』のオタクだということが判明し、2人は急速に仲良くなる。

 そして、北代のオタク仲間・みやび(吉田美佳子)や、行きつけの駄菓子屋の強面店主・任侠さん(カミナリ・竹内まなぶ)、特撮好きの少年・ダミアン(寺田心)なども巻き込んで、オタクならではのドタバタ劇が繰り広げられるのだ。

 このドラマの人気の秘密は、オタク心をくすぐる構成と小ネタにある。

 脈々と続く戦隊もののパロディをはじめ、アニメや懐かしのテレビ番組のテイストが、これでもかと詰め込まれている。しかも、劇中で使われる、特撮番組『獅風怒闘ジュウショウワン』や、そこで使われる曲なども、実にしっかりと作りこまれている。画面に出てくる字幕なども、オタクが好きそうなポイントを見事に押さえたもの。ネットを通してリアルタイムに、「あの元ネタは◯◯」「あれの構成は××っぽい」と盛り上がれるようにできているのだ。何より、ドラマを通して、作り手の“オタク心”が見えてくるようなところがいい。

 もちろん、小芝風花をはじめとしたキャストの熱演も魅力だ。オタクであることがバレないようにと、コソコソと活動をするときの緊迫した表情、好きな特撮を見ているときの恍惚の表情、自分と通じ合える人と出会ったときの歓喜の表情。少しオーバーなくらいの演技が、このドラマにはぴったりとハマっている。

 物語が佳境に入り、大きなテーマとなっているのが、親との関係だ。叶の家庭では、両親が離婚しており、母親(松下由樹)に育てられた。しかし、その母親は、オタクや、他人と違うことが大嫌いという性格。当然、叶の特撮好きも許すことなどできずにいたのだ。

 このような親との関係は、オタクにとって最大の難問だ。学生のうちは、何といっても、貴重な財源が親から出ているということがある。親の意に反し、小遣いをもらえなくなったら、オタク活動もできなくなるのだ。独立してからも、その関係は、そう簡単に断ち切ることはできない。それまで世話になった恩義もあるし、世間的な目もあるだろう。

 ただ、自分の経験からいっても、親の考えを完全に変えることはできない。自分よりもずっと長く、それこそ全く違う価値観の中で生きてきたのだ。ならばどうするか。

 一つの結論としては、「距離を置く」ことだ。親族の冠婚葬祭や、必要最小限のやりとり。それ以外は、長くコミュニケーションすることを避けたほうが良い。ある程度、円滑な関係を築きながらそれができれば一番いいが、お互いの歩み寄りが無理なようであれば、多少ギスギスするのも覚悟して、距離を保つこと。それが、最善策だと思う。

 このような問題にぶつかった時感じるのは、「オタクというのは、いつからオタクになるのだろうか?」という疑問だ。生まれつきなのか、育った環境によるのか。ただ、私自身振り返ってみても、幼い頃から、何かどうでもいいことが気になって仕方のない性格ではあった。

 テレビに出てきた怪獣の名前を全部覚えないと気が済まなかったり、学校でみんなが持っているのとは違うものを欲しがったり。それによって、周囲から偏見を持たれてしまったり、心無い言葉を言われたこともあった。でも、そんなことより、自分の中で、その「なぜだかわからないこだわりの心」と折り合いをつけることが、一番苦しかった気もする。自分の中のオタク性と向き合い、「オタクとはそういうものだ」と、自分を納得させられるようになったのは、だいぶ大人になってからだ。

 残念ながら、差別や偏見は無くならない。それは、人間の持っている性とも言えるから。でも、もしオタクだからといってつらい思いや悲しい思いをした時は、それと同じくらいの強い繋がりを得ることができると信じてほしい。

 事実、オタク同士の会話は楽しいものだ。自分たちの詳しいことだけで話が進むので、まるで周りには通じない共通言語で話しているような気持ちになる。ネットのやりとりとは違う、リアルタイムの言葉のキャッチボールができるのである。

 この「やっと言葉が通じる人と出会えた気持ち」は、オタクでない人にはあまり理解されないかもしれない。言い換えれば、そんな時に感じられる楽しさは、オタクだけに与えられた特権なのだ。

 私は、「オタクであるがゆえの苦しみ」と「オタクであることの幸福」の総量を比べてみれば、結局、普通の人の平均値ぐらいにはなるのではないかと思っている。

 多分、オタクというのは“振り幅が大きい”生き方なのだ。つらいことも多い分、喜びも大きい。どちらがいいということではない。オタクではない人たちが、周りの人と同じような穏やかで平均的な幸せの中にいることも、それはそれで素敵なことである。

  どうして自分はオタクなんだろう? どうして他の人と同じにできないんだろう? そんな迷いを乗り越えてなお、オタクとして生きている人は、知らず知らずのうちにそれなりの覚悟を決めている。

 そんな事情を踏まえた上で、単にオタクのこだわりを、笑ったり揶揄したりするだけではなく、そのつらさや悲しみにも寄り添って作られている。それこそが、このドラマが支持される一番の要因ではないかと思う。

 人と違ったっていい、好きなことは「好き」って言っていい。誰も見ていないかもしれないけど、わかってくれる人はきっといる。

 その証拠に、こんな素敵な作品が背中を押してくれるのだ。世の中そんなに悪いものではない。

 だから、オタクのみんな、頑張って生きていこうな!

(文=プレヤード)

元ももクロ・有安杏果“結婚前提交際宣言”に感じる「割り切れなさ」の正体

 2月6日、元ももいろクローバーZの有安杏果がTwitterで、現在結婚を前提に交際している男性がいること、その人物が有安の個人事務所「アプリコット」の代表になることなどを発表した。

 週刊誌の直撃を受け、先手を打って自ら公表したようだが、この報道を知った時、何かちょっとモヤモヤとした「割り切れなさ」のようなものを感じた。

 その後発売された「FRIDAY」(講談社)では、その交際相手が、都内で開業する心療内科医で、年齢は48歳であることが伝えられた。

 記事を読んで、先に感じていたモヤモヤが、さらに増幅された気持ちになった。

 私がももクロを生で見ていたのは、まだ早見あかりも加わっていた、2010年頃だったが、最初に好きになったのは、他ならぬ有安杏果であった。もともと私は、丸顔でぷにぷにほっぺの女の子が大好きなので、ルックス的にストライクであったのだ。

 そして、ファンなら承知のことだろうが、彼女はその愛らしいルックスとは裏腹に、自分のやるべきこと、できることを追究してきた努力家だ。幼い頃から芸能の世界に身を置き、歌もダンスも抜群の才能を持っている。それでもなお、ストイックに上を目指し、楽器を覚え、曲を作り、大学で写真を学び、優秀な成績も収めている。

 そもそも、「ももいろクローバーZ」というグループ自体、次々と新しいことにチャレンジし、それに向けて、悩んだり苦しんだりする姿勢を見せるところが魅力でもある。ある意味で有安杏果は、“一番ももクロらしいメンバー”と言えるかもしれない。彼女を推していたファンは、その頑張る姿を応援していたのではないだろうか。

 私は、好きなアイドルがすることはすべて肯定しようという考えを持っている。本人が望んでいないのに、周りにやらされているようなことは別だが、卒業も、解散も、最終的に本人が決めたことであれば、応援するのがファンだと思うからである。

 そのため、昨年、彼女がグループを卒業したことも、(発表から卒業までの期間が短すぎるなどの不満はあるものの)納得はしてきたつもりだ。

 ただ、今回の件については、何か心から祝福できない気持ちが先立ってしまう。この正体は一体何なのだろうか?

「結婚」というと、秋篠宮家の長女・眞子さまと、小室圭さんとの結婚問題もさまざまなメディアで報じられている。

 小室さんの母親の借金騒動によるこの問題は、一向に解決に向かう様子が見えない。父親である秋篠宮さまも、会見で懸念を示され、小室さん側が出した文書に対しても、不安を拭い去れないという意見が多い。

 本人同士の気持ちを優先されるべきとの声もあるが、何かトラブルを抱えた相手との結婚を受け入れがたいのは、皇室に限らず、一般の親でも同じことであろう。

 違う分野での2つのニュースであるが、根底に感じる割り切れなさには、共通しているような感覚を覚える。

 それは、アイドルを応援するファンも、皇室の安寧を願う国民も、みんなが考えているのは、「当人が将来的に幸せな人生を送ってもらいたい」という思いだということだ。

 もちろん、先々にはどんなことが起こるかわからない。問題のない人と結婚したところで、幸せになるとは限らない。しかし、そのリスクがより少ない方向に行ってほしいというのが本音のところだろう。親が子どもに「勉強しろ」とか「地道に働け」と言うのは、その方が安定した生活を送ることができる可能性が高いからなのである。

 有安杏果に話を戻せば、今回のニュースで、私を含めた多くのファンが、「将来的に苦労をするリスクがあるのではないか」と感じているのではないだろうか。

 元々彼女は、昨年、「普通の女の子の生活を送りたい」と言って、グループを卒業したのだ。しかし、1年が経ち、表現活動を再開、3月にはソロコンサートを行うこととなっている。不安材料としてまず挙げられるのは、このような彼女の思いの“ブレ”である。

 同じももクロのメンバーであった早見あかりは、「女優の道に進みたい」という理由で脱退した。その言葉通り、役者の道を極め、映画やドラマで活躍することとなったのだ。彼女は、昨年一般男性と結婚したが、多くの人から祝福を持って受け入れられた。

 早見の結婚が祝福されたのは、彼女の生き方にブレがなかったためである。「自分の進む道をしっかり見極め、それを実現している女性が選ぶ相手なら間違いないだろう」そんな思いが、ファンの間でも生まれていたと思われる。

 有安の、生き方に対する“迷走”のようなものは、見るものに不安感を与える。それが若さゆえの一時的なものであったとしても、恋人と付き合っているのは、まだ若い“今”なのだ。

 彼女は真面目すぎるし、ストイックでもありすぎることを知っている。ただ、しなることをしない硬いものほど、ポッキリと折れてしまうことはよくある。そんな彼女に、それと似たような「危うさ」を感じてしまうのだ。

 相手の年齢も、不安要素の一つだ。

 昔から、芸能界においても、年の差カップルの例は、たくさんある。自分が若い頃は、「同世代の男性を差し置いて、そんな年上の人と付き合うのか」という嫉妬心から、何か納得のいかない気持ちになるのだと思っていた。しかし、今回に関して、私は、その年上の男性と同世代である。それでもやはり、同じような気持ちは抱く。

 48歳で独身というと、いろいろな過去や事情を抱えていることが多く、それらのものを若い女性が背負っていくのは大変だろうという気持ちになる。事実、結婚後さまざまな問題が露呈し、別れてしまった例も多く聞く。

 健康のことを考えても、40代も後半になってくると、病気になる可能性も高くなるし、単純に平均寿命からいって、夫を亡くした後、長い年月を過ごすことも想像に難くない。

 それらのことを考慮すれば、なかなか手放しで祝福することはできないのである。

 そして、「グループの時代から、彼女の活動をサポートしていた」「今後は会社の代表として仕事の面で支えてもらう」ということから、脱退も含めた彼女の考えに、男性の考えは少なからず影響は与えていることだろう。心配なのは、どこまで彼女の真意が汲み取られているかということだ。「洗脳」などという言葉を使っているメディアもあるが、25歳も上の男性の影響を受け、もはや彼女自身も、本当に進むべき道を見誤っている可能性だってある。

 彼女のファンの願いは、将来彼女に後悔することなく、幸せになってほしいということに尽きる。それが、もしかしたら、違う方向に行ってしまうのではないかという不安。それこそが、この「割り切れなさ」の正体であると考える。

 今、もし彼女に伝えられることがあるとすれば、「できるだけ冷静になって、自分が何をしたいのか、どうすべきなのかを見つめ直してほしい」ということだ。できれば、世間の反響やファンの声にも耳を傾けてほしい。

 その上で、彼女自身が、誰の影響も受けることなく決断したことなら、納得するだろう。とにかく、自分が少しでも応援し、幸せをもらった相手が、後々後悔するようなことにだけはなってほしくないのである。

(文=プレヤード)

NGT48暴行事件は、なぜあんなにも大ごとになってしまったのか?――いちアイドルファンの目線から考えてみる

 昨年のクリスマスイブ、フジテレビ系で、ドラマ『犬神家の一族』が放送された。

 名探偵・金田一耕助をNEWSの加藤シゲアキが演じるなど、これまでの映画やドラマで際立っていた同作品の“陰鬱さ”よりも“エンターテイメント性”が強く感じられ、面白く見ることができた。

 私は、この作品に限らず、横溝正史作品の映像化は大好きで、テレビや映画を度々見ている。そこで描かれるのは、人の欲――性愛であったり、名誉欲、憎しみ、妬み――というものの果てのなさと、それらが複雑に絡まって事件を起こしてしまうという、人間の愚かさである。そのような「人間の業」のようなものを描き出している点が、実に魅力的なのである。

“性悪説”と言ってしまえばそれまでなのだが、人間誰しも、心の中に嫉みや妬みを抱えているものだと思っている。

 明けて1月8日、NGT48のメンバーである山口真帆が、動画配信サイト「SHOWROOM」で、1カ月前に自宅で2人組の男に襲われたことを告白した。続いて、グループのメンバーが犯行に関与していたことを疑わせる内容をTwitterにも投稿したことから、事件はまたたく間に広まっていった。

 不起訴になったとはいえ、警察沙汰になった暴行事件であるため、テレビはワイドショーのみならず、一般のニュースでも伝えられることとなった。

 10日、山口が劇場公演に出演。被害者自身が騒ぎになったことを「謝罪」するという“異常さ”に、世間からは運営側への批判の声が相次ぎ、14日には、マネジメントを担当するAKSの松村匠取締役、NGT48劇場の早川麻依子新支配人、岡田剛新副支配人がカメラの前に出て、改めて会見を開くこととなった。

 そして、山口の涙の告発から2週間ほど経った現在、ネット上では、「太ヲタ」「Z軍団」「アイドルハンター」などといった、「アイドルと接触する」ことを目的とした軍団の名前や関係図まで流されたり、メンバー間の確執が疑われたり、さらには、海外のメディアまでがこの事件を報じているという状況にまでなっている。

 もちろん、一人の女の子が襲われたのだから、決して小さな事件ではない。運営側の対応の遅れなども指摘されているが、果たして、それだけでここまで大きくなってしまうものだろうか?

 個人的に、今回の事件が大きくなった背景には、横溝正史作品に描かれていたような、人の妬みや憎しみといった感情が絡み合い、それが大きく作用しているように思えてならない。そこで今回は、いちアイドルファンとしての心情を考え、この事件を考察してみたい。

 

■いろんな妬みが混じっている

 誤解を恐れずに書くが、今回の騒ぎの中でまず感じるのは、犯行を行った軍団に対する「羨望感」だ。

 各メディアの報道によれば、メンバーの寮と同じマンションに住み、推しのメンバーと部屋の行き来もあったように伝えられている。アイドルファンなら誰でも一度は夢見るであろう状況である。

 ここでは、実際にそうであったかどうかはあまり関係がない。そうであるかのような報道を見て、多くのファンが「あのヤロー、いい思いしやがって!」という気持ちになっていることが重要なのだ。

 そして、この感覚は、実はNGT48のファンだけのものでないことにも目を向けなければならない。他にも、事務所が用意した寮(何部屋かを寮として借りているマンションが多いだろう)に住んでいるアイドルは多い。それらのファンの人も、自分の好きなアイドルと、NGT48のメンバーを重ね合わせて、やっぱり悔しがることだろう。

 実際、TwitterなどSNSを見ていると、アイドルと繋がったといわれる“軍団”の話題に反応しているのは、NGT48のファンではなく、一般のアイドルファンが多いように感じる。つまり、今回の事件は、「どのアイドルグループにも起こりうる」という点において、日本中・世界中にいるアイドルファン全体を悔しがらせてしまったのだ。

 アイドルのスキャンダルや炎上を見ていて思うのは、この「嫉妬」ともいえる感情を刺激してしまうと、いたずらに問題が大きくなってしまうということだ。例えば、普通の恋愛報道より不倫などのほうが騒ぎになるのは、「結婚しているにもかかわらず、他の女にまで手を出して羨ましい」という嫉妬心を、より強く煽るからだろう。

 そもそも、この事件の発端は、NGT48のメンバー間や、それらを取り巻く軍団、一般のファンなどの間に嫉妬の感情があったことによるものではないだろうか。

 感覚的なものではあるが、そのような感情というのは、何かのきっかけで周囲の関わりのある人に伝播していくように思う。最初は小さな憎しみであったものが、人々を巻き込んで大きくなっていく。そう、あの横溝正史作品のように、何かのはずみで大事件が起こっていくのである。

 私は嫉妬する気持ちが一概に悪いとは考えていない。嫉妬や憧れは、誰もが持ち得る感情だし、自分が努力するためのバネになることだってあるからだ。ただし、それを一時の感情に任せて、憎しみに変え、誰かを攻撃しようとする衝動が問題なのだ。

 人は理性を持った動物である。今、ネットなどを通して、自分の欲望を爆発させている人たちを見ると、理性が退化しているような不安を覚えることがある。物事を正しく判断し、行動するには、まず、冷静に事実を把握することが大切なのだ。

 

■アイドル界に与える影響

 それでは、ここまで大きくなってしまった問題は、これから一体どんな形で収束し、そしてアイドル界にはどんな影響を与えていくだろうか。

 正直なところ、全てが丸く収まるようなキレイな収束というのは、難しいと思われる。このまま時間が経って、なんとなく収まっていくということはあるだろうが、それは後々、さまざまな面で禍根を残し、ボディブローのようにアイドル界を弱体化させていくかもしれない。

 理想を言えば、アイドル、運営、ファン、それらが同じ方向を向き、アイドル界の発展のために、よりよい着地点を探っていくことが唯一の解決の道だろう。

 一般論として言えば、各運営には、ファンの中で「不公平感」を感じるようなことをしないこと、そして、妬みの感情を抱かれるようなことがないよう、最大限の配慮をすることが求められる。

 今回のことで、ファンの妬みがどれほど大きな影響を及ぼすかが、白日のもとにさらされたことになる。おそらく、今後そのような対策は、各事務所においても、より大きな比重を占めていくことだろう。

 一方、ファンとしては、あくまでも「節度を持った」応援をしなければならない。「他の人よりいい思いをしたい」「他のファンに羨ましがられるようなことをしたい」、その気持はわからなくもない。人間として、誰もが持つ感情だろう。ただ、その気持と、本当にそれで応援するアイドルが喜んでくれるかどうかという思いを、しっかりと天秤にかけ、より先を見た対応を求められる。相手がどう思うか、自分の行動がどんな問題をはらんでいるか、想像力をもって、考えてもらいたい。

 もちろん、アイドル側も、これまで以上に多くの思いを気遣いながら行動しなければならなくなるだろう。生配信やSNSでも、自分の行動や発言がどれほどの影響力があるのか、それを考えながら発信する必要がある。

 そうは言っても、アイドルにはできるだけ自由な環境で、自分のやりたいことをやってもらいたいというのも正直な気持ちだ。制限されたところではない、素のアイドルに魅力を感じ、ついてきたファンこそ、何があってもその人を応援する本当のファンだと思うから。

 何よりも、アイドルが萎縮して、動画配信やSNSなどで自由に発言できなくなってしまうとしたら、それは“アイドル”というものの存在価値を揺るがす、大きな問題である。

 アイドルには“自由”であって欲しいという思いと、“安全”を優先するために、ある程度の配慮をしなければならないという現実の間に生まれるジレンマ。それこそが、今回の事件で浮き彫りになった、今のアイドル界最大の課題と言えるかもしれない。

(文=プレヤード)

新時代の幕開けにアイドルはどんな景色を見せてくれるのか?――2019年アイドル界勝手に大予想

 いよいよ2019年が幕を開けた。

 昨年末は、乃木坂46が日本レコード大賞2連覇を達成。『第69回NHK紅白歌合戦』では、AKB48とBNK48が共演し、休養中の平手友梨奈に代わって小林由依がセンターを務めた欅坂46は、見事なパフォーマンスを見せてくれるなど、まだまだアイドル界は安泰と実感させられた。

 さて、今年は、アイドル界にどんなことが起こり、どんな女の子がブレイクするのか、独断と偏見を交えながら、予想してみたい。

 

■改元とともに新たなアイドルが生まれる?

 1月1日、ネット上で新たなアイドルオーディション開催の告知がされた。その名も「平成ラストアイドルオーディション」。

 48グループや坂道グループの楽曲を制作した片桐周太郎がプロデュースを担当し、運営陣には元℃-uteの梅田えりかや、元アイドリング!!!の遠藤舞なども名を連ねている。すでにエントリーは始まっており、メンバー決定後、今年の春にはCDデビューが約束されているという。「本気で武道館を目指せるグループ」という言葉からも、その力の入れ具合が伝わってくる。

 翌2日、今度は、モーニング娘。’19が15期となる新メンバーのオーディションを行うことを発表した。新たに加入するメンバーは、今年の春に行うツアーでお披露目となる予定で、こちらも「新元号に合わせての加入」といった報道が多く見られた。

 これらのオーディション状況からもわかるように、なんといっても今年最大のトピックスは、“元号が変わる”ことである。新しい時代の始まりとして大々的に行事が行われるのだ。アイドル界もこれに乗っからないわけがない。「平成最後の」や「新時代初の」といった触れ込みは、耳目を集めるにはうってつけの言葉なのだ。

 おそらく、元号が変わった5月以降、新たなアイドルがいくつも誕生すると思われる。しかも、キャッチフレーズやコンセプトに新元号を使って、「〇〇最初のアイドル」「〇〇時代のダンスユニット」といった触れ込みが増えるのではないだろうか。

 もしかすると、5月1日の0時ちょうどに結成を発表し、「うちが最初だ」「いやうちの方が早かった」などと、「最初の」の称号を取り合うことになるかもしれない。

 そしてもう一つ、その新しい元号を冠したり、もじったりした名前のグループが出てくることも予想される。ジャニーズグループの「Hey! Say! JUMP」のようなパターンである。

 ここで述べておきたいのは、たくさん出てくるであろう新しいアイドルを、できるだけ“目撃してほしい”ということだ。

 アイドル界には「古参」と呼ばれる、初期から見続けてきたファンを指す名称がある。良い意味でも悪い意味でも使われることがあるが、そのアイドルの誕生時を見ておくと、その後の応援が何倍も楽しくなるのだ。

 ももいろクローバー(現「ももいろクローバーZ」)が、路上で活動をしていた頃から見ていた人や、Perfumeが、ショッピングセンターでイベントをしていた頃から通っていた人、そんな人たちは、ドーム級の会場でコンサートをやるまでになった時、これまでの軌跡を思って、涙が出るほどに感動できる。

 新しいアイドルか出てきて、少しでも気になったら、活動をチェックし、現場へ行く。これだけで、その後のヲタク生活は充実したものになるはずだ。ぜひとも、新しいアイドルとともに、新時代を体感してもらいたい。

■アーティストとアイドルの境目が変わる?

 次に注目したいのは、今年デビューが予定されている、秋元康とワーナーミュージック・ジャパンによるガールズバンド「ザ・コインロッカーズ」である。

 昨年12月23日、Zepp Tokyoで行われたイベントで、オーディションで選ばれた41名のメンバーが初お披露目となったが、いずれ劣らぬ美女ぞろい。アイドル的な人気を得ることも十分考えられる。

 この動きが、アイドル界の一つのカギを握ると思われる。昨年行われたネット上でのオーディションも盛り上がりを見せ、評判は上々である。もし彼女らがスターダムにのし上がっていけば、「アーティスト」と「アイドル」両方の要素を兼ね備えた存在が、大きな位置を占めることになる。

 そして、アイドル界というのは、一つの成功例ができると、そのフォロワーが多く出てくる世界なのだ。同じようなコンセプトのアイドルバンドが、続けて登場する可能性は十分ある。

 アイドル界にはいくつかの系譜のようなものがあるが、「アイドルバンド」というのも定期的に出てくるものの一つだ。かつて「夏祭り」のヒットを飛ばした「Whiteberry」や、「secret base ~君がくれたもの~」で一躍その名を轟かせた「ZONE」などをイメージしてもらえばわかりやすいだろう。

 すでに、自分で楽曲を作り、歌いながら、それでも「アイドル」という存在にこだわり続ける眉村ちあきや、同じく弾き語りで活動する原田珠々華、里咲りさなども人気だ。彼女たちには、アイドル的な応援をするファンや、楽曲を強く支持するファンなど、より多くの人にアピールできる点が強みだ。

 このようにして、2019年はアイドルとアーティストの存在が近くなっていくことが予想される。

■女優系アイドルの攻防

 女優業に関して注目したいのは、昨年、アイドルグループの解散や卒業が相次いだことにより、ソロ活動を始める人が多くなったことだ。

 それらの中から、ドラマで活躍する人が出てくるのではないかと思っている。乃木坂46を卒業した西野七瀬は、昨年放送されたドラマ『電影少女 ~VIDEO GIRL AI 2018~』(テレビ東京系)も高評価であったし、欅坂46卒業の今泉佑唯は、事務所をエイベックスに移籍し、本格的に女優活動を始めることとなった。また、NMB48卒業の市川美織も、昨年公開の映画『放課後戦記』で主演を務めるなど活躍している。

 他にも、ベイビーレイズJAPANの高見奈央や、アイドルネッサンスの比嘉奈菜子などは、グループ解散後、舞台に出演するなどして、活動の場を広げている。また、オスカープロモーションに所属していたX21のメンバーも、女優として大成した先輩が多いこともあり、今後活躍してくれる可能性があるだろう。

 もう一つポイントなのは、子役出身の女優が、そろそろ大人びた役を演じられるようになってきたということだ。現在活躍中の女優を見ても、杉咲花や井上真央など、子役から活動をしている人は多い。そのような人たちが、“子役”から“女優”となっていくのが、14~15歳ぐらいの時なのだ。今年は、芦田愛菜、本田望結、鈴木梨央といった、実力派の面々がその時期に差し掛かる。ドラマや映画で、彼女たちの「少し大人びた」演技と表情を見ることができるかもしれない。

 その他新人については、今の段階で、どの女の子がブレイクするかは難しい。ただ、1月6日から日本テレビで放送が始まる『3年A組―今から皆さんは、人質です―』はぜひ注目してもらいたい。

 生徒役として、永野芽郁、川栄李奈、今田美桜など、すでにドラマで活躍中の女優をはじめ、昨年『義母と娘のブルース』(TBS系)で、綾瀬はるかの娘役を好演した上白石萌歌、『チア☆ダン』(同)に出演していた堀田真由と箭内夢菜、元Dream5で、グラビアで活躍中の大原優乃、同じくDream5メンバーであった日比美思、モデル・女優・バラエティと幅広い活躍を見せる福原遥など、注目株が多数出演する。

 主役は、担任役の菅田将暉なので、生徒役がどこまで出番があるかはわからない。しかし、後々活躍することになる子は、そんな中でも、きらりと光る何かを感じさせるものだ。ぜひ、「どの子が才能を秘めているか」という視点でドラマを見て、お気に入りの女の子を探してみてほしい。

■メディアミックスの進化

 今に始まったことではないが、アイドル的な存在の子は、ライブやテレビなどに限らず、ネットのプラットフォームをうまく利用している。YouTubeをはじめ、SHOWROOMなどの動画配信サービス、Instagram、Twitterなどでも人気を集めていることが多い。元AKB48の高城亜樹や、昨年引退した、仮面女子の神谷えりななど、活動が高じて、YouTuberとして活躍した事例もある。

 今のところ、純粋にネットだけから火がついてメジャーアイドルまで上り詰めた事例は見当たらないが、音楽界でのヒャダインやDAOKOなどのように、ニコニコ動画に作品を投稿したことから人気を博した人も多いため、アイドル界で同様の道をたどる人が出てくるのも時間の問題だと思う。

 また、時に自虐的に、時に攻撃的にと、鋭いツイートをし、そこが人気となりつつある、NGT48の中井りかや、狩野英孝の元カノの話を赤裸々に暴露してしまい、炎上によって話題になった、ZOCの戦慄かなのなど、SNSでバズることによって人気を得たり、知名度が上がったりするアイドルもいる。

 あえて、炎上を狙ってくる人もいるかもしれないが、この手のものは、意図的にやるとその真意を見抜かれてしまうものだ。先に挙げた2人にしても、悪気はなく、ストレートに思ったことを発言しているところが、最終的に人気となるポイントなのかもしれない。

 メディアミックスといえば、もう一つ予想しておきたいことがある。それは、“スキャンダル”である。

 昨年、剛力彩芽がZOZOTOWNの前澤友作社長と交際していることが明らかになったほか、石原さとみとSHOWROOMの前田裕二社長との熱愛も報じられた。我々からすると、「IT系社長と若手女優なんてどこで出会うんだ?」という疑問が湧かなくもないが、芸能界とネットの親和性が高くなっている今、いろいろとルートはあるのだろう。

 そして、毎年のように新たなサービスが生まれている今、今年もITサービス系の社長や社員と、アイドルの熱愛はさらに増えてくるのではないかと思っている。最近急成長しているところで言うと、TikTokやPayPayの関係者などがありそうだと思っているのだが、いかがだろうか。

 以上、今年のアイドル界で起こりそうなことを勝手に予想してみた。ライブやテレビ、動画を見ることなど、アイドルの楽しみ方はたくさんあるが、「今後の展開を予想する」というのもまた、楽しい作業のひとつなのである。応援しているアイドルの、今年の活動を想像してみたり、新たに出てきそうなアイドルを思って気持ちをときめかせてみたり、そんな楽しさを、ぜひ味わってみてもらいたい。そうして、我々を楽しませてくれるアイドルの幸せを祈りつつ、年の始まりを過ごしたいと思う。

(文=プレヤード)

解散、卒業、また解散――出会いと別れにあふれていた2018年のアイドル界を振り返る!

 みなさんにとって、2018年はどんな年だったろうか?

 来年、元号が変わることを受けて、とかく「平成最後の」という言葉が踊った年。夏に相次いだ自然災害なども記憶に新しいところだろう。

 そんな中、アイドル界は、なんといっても「解散」と「卒業」に終始した一年であった。

 

■中堅どころの相次ぐ解散、AKB・坂道グループでも卒業が続く

 年が明けた1月、まず飛び込んできたのは、有安杏果の「ももいろクローバーZ」卒業のニュースだった。国民的な人気となったグループからの卒業は、世間から驚きの声が上がった。

 そして、同じ1月、結成5年目を迎え、アイドル界では中堅どころとなりつつあった、「アイドルネッサンス」が解散を発表。前年に、初のオリジナル曲を発表するなど、活動の幅を広げていた中での解散は、衝撃的だった。

 しかし、これらの動きは、まだ“序章”でしかなかったのだ。

 大きく動いたのは、現在アイドル界のトップに君臨する、「乃木坂46」。デビューから多くの曲でセンターを務め、グループの中心人物であった生駒里奈が4月に卒業。それを皮切りに、若月佑美、能條愛未、そして、西野七瀬など、計8人が卒業した。

 また、48グループでも、NMB48の山本彩が11月に卒業、そして12月には、総選挙3連覇の指HKT・原莉乃が卒業を発表した。

 一方、解散ということであれば、8月に、10年以上活動を続けていた「チャオ ベッラ チンクエッティ(旧名:THE ポッシボー)」が、その後、「PASSPO☆」「ベボガ!(虹のコンキスタドール黄組)」「ベイビーレイズJAPAN」「バニラビーンズ」「X21」と、中堅どころが次々と解散していった。

 一体なぜ、ここまで解散や卒業が相次いだのか?

 個人の理由や、運営上の理由など、さまざまではあると思う。しかし、大局を見て考えるならば、いくつかの要因が考えられる。まず、グループが結成されたり、彼女たちがアイドルとなった時期を考えてみたい。

 ご承知の通り、2010年頃からの48グループブレイク以降、「アイドル戦国時代」と呼ばれるほど、アイドル業界が活性化し、アイドルグループが雨後の筍のように結成されていった。むろん、大きなブレイクを果たすことができず、短期間で消えていったグループも多いが、一定の人気を集めたところは、それなりに長く続けることができた。

 ただし、アイドルグループには、ある程度適正な“期間”というものがある。あまりいい言葉ではないが、“寿命”“賞味期限”などと言えばわかりやすいだろうか。

 一時期急激に増えていったアイドルグループが、一気にその期限を迎えてしまった。高度成長期にたくさん作られたマンションが立て続けに寿命を迎えているのと構造は同じである。

 アイドルというのは、その存在からして、“清新さ”“フレッシュ感”が必要なものだ。グループとしてそれを維持するために、メンバーチェンジや、方針の転換、改名などが行われる。しかし、やはりそれにも限界はある。それらの時期が、今年重なったということだろう。

 そしてもう一つ。来年、元号が変わるということも、遠因として考えられる。

 今や、年号については西暦が多く用いられ、昔に比べれば元号の意味合いは、薄れているかもしれない。しかし、日本における元号は、1300年以上も使われているのだ。日本人にとっては、もはやDNAに刻まれているレベルで、備わった感覚ではないだろうか。

 そのような中、一つの時代が終わろうとしている現在、「今続けていることに区切りをつけたい」という思いが、意識的にしろ無意識的にしろ、働いているのではないかと思う。

 地下アイドルとして長く活動してきた姫乃たまが、平成最後の日である、来年の4月30日に地下アイドルとして最後のライブを行うことや、先述の指原莉乃が、同じく4月28日に卒業コンサートを開くことなどは、象徴的であると思う。

 もちろん、その中には「新しい時代を新しい環境で迎えたい」という前向きな気持ちも十分に感じられる。卒業や解散は悲しいことかもしれないが、新しい人生の始まりであることを考えれば、決して悪いばかりの年ではなかったと思う。

 

■アイドルの労働環境が改めてクローズアップされた年

 5月、愛媛県を中心に活動するアイドルグループ「愛の葉Girls」のメンバー、大本萌景さんが亡くなったことを受けて、アイドルの活動内容や契約などについて、ワイドショーなどでも取り上げられる事態となった。

“過労死”や“パワハラ”などの言葉が一般化しているように、近年、企業においては、労働環境の整備が急速に行われてきた。しかし、一方でアイドルなどの“芸能”に関する職場環境は、今まで表立って議論されることはなかった。

 昔のトップアイドルの話などによれば、睡眠時間もろくに取れないまま、テレビ局を移動していたなどということもあったようなので、今のアイドルがそこまで忙しいかは判断が分かれるところだろう。

 ただ、例えば、ブログを書いたり、動画配信をしたりといった、「業務時間との線引きが難しいもの」が増えつつあることも事実である。さらには、SNSなどによって、ファンの声を直接聞く機会が増えたことにより、心無い言葉をダイレクトに受け取れてしまうという事情もある。当然、受け取った側は、今まではなかったような、精神的苦痛を感じることだろう。

 そのようなリスクに立たされているアイドルを救うのは、やはり、ファンの励ましだと思う。アイドルの置かれている状況を理解し、言葉をかけたり、応援をしたりすることが、これまで以上に必要になってくることだろう。

 そして、こういう悲しい事件が起きてしまった以上、各運営も、アイドル本人の意思や体調を最大限に考慮し、できる限り長く、ファンとの関係を築き上げられるようするべきなのである。

■若手女優とバラエティアイドル

 いわゆる「グループアイドル」が、坂道シリーズを中心に人気を集めているとすれば、「女優アイドル」の中心にいるのは、間違いなく広瀬すずだ。

 今年は、映画3本(『ちはやふる -結び-』『ラプラスの魔女』『SUNNY 強い気持ち・強い愛』/いずれも東宝)と、ドラマ2本(『anone』日本テレビ系、『チア☆ダン』TBS系)の他、CMにも多く出演、年末の『第69回NHK紅白歌合戦』紅組司会、来年4月からのNHK朝ドラ『なつぞら』主演と、安定の活躍を見せた。

 彼女に続くのが、土屋太鳳、松本穂香、平祐奈といったところだが、今年はいわゆる「ニューヒロイン」的な人が少なかった。強いて言えば、4月からの朝ドラ『半分、青い。』(NHK総合)でヒロインを演じた永野芽郁、人気ドラマの新シリーズ『花のち晴れ~花男 Next Season~』(TBS系)で小悪魔女子を演じた今田美桜、『義母と娘のブルース』(TBS系)で、綾瀬はるかの娘役を演じ、『キリン午後の紅茶』のCMで歌声も披露している上白石萌歌などが、ブレイクしたと言えるだろうか。

 新人が少なかった理由の一つは、学園モノのドラマが少なかったからであろう。各所で言われている通り、最近の若者はテレビをあまり見なくなっている。必然的に、ドラマも若者よりは、高年齢の視聴者が共感できるようなものが増えていくのだ。“若者から支持される若手女優”というのは、もはやテレビではなく、映画やネットの世界から生まれてくるのかもしれない。

 最後に触れておきたいのが、バラエティで活躍するアイドルである。菊地亜美、鈴木奈々といったバラエティでの実力派が、結婚し、「主婦タレント化」する中、台頭してきたのが朝日奈央である。ご存知の人も多いと思うが、彼女は菊地亜美とアイドルグループ「アイドリング!!!」でともに活動した仲。出演した番組でMCを務めていたバカリズムから、直接バラエティのノウハウを学んできたと言えるだろう。

『ゴッドタン』(テレビ東京系)で、アシスタントを務める他、今年は『オールスター感謝祭』(TBS系)で優勝するというおまけも付き、勢いを感じさせた。番組で叩き上げられた実力があるだけに、まだまだこの勢いは続くと思われる。

 そしてもう一人、48系で単独の活躍が増えているのが、NGT48の中井りかだ。4月から始まった、平日夕方の生番組『青春高校3年C組』(テレビ東京)のMCの他、『スマートフォンデュ』(テレビ朝日)、『白昼夢』(フジテレビ系)でもレギュラーを務め、バラエティタレントの地位を確立しつつある。彼女の持ち味は、自虐的な発言や、ストレートな物言いだ。生放送を多くこなしながら、嫌味にならない程度のバランスを身につけていけば、指原莉乃に続くボジションを狙えるだろう。

 以上、駆け足で2018年のアイドル界を振り返ってみたが、「解散」「卒業」が続いた中でも、次に何か新しいものが生まれるような“胎動”も感じた一年だった。時代の変わる瞬間に立ち会えるという、高揚感のようなものを感じながら、来年を迎えたいと思う。

(文=プレヤード)