離婚経験を持つ13人の男性に、その経緯や顛末を聞いたルポルタージュ「ぼくたちの離婚」(角川新書/KADOKAWA)が刊行された。
もともとは女性向けウェブメディア「女子SPA!」の連載企画だが、夫側からの一方的な離婚劇の総括という体裁によって、これまであまり語られることがなかった離婚男性の胸の内が赤裸々に発露。新たなエピソードが公開されるたびに、ネットを中心に大きな話題を集めた。一体、中年男の離婚話が、なぜここまで人を惹きつけるのだろうか。新書刊行を記念して著者の稲田豊史氏に同作に込めた思いを聞いた。
離婚の本が本棚にあるとマズイので…Kindle版が売れてます
——出版後の反響はいかがですか?
稲田 おかげさまで“刺さる”という声が続出です(笑)。ただ、男性読者は、こっそり読んでいるみたいですね。自宅の本棚に置いて奥さんにヘンに疑われるのが面倒だからか、発売直後はKindle版の方が伸びていたようです。
——男性目線で離婚を語る本というのは、あまりなかったですからね。
稲田 そうなんです。だからこそ反応もたくさんいただきました。そこで感じたのは、この本は、読む人の鏡になっているんじゃないかということ。ここまで激しい経験はしていなくても「ここに書かれているのは自分だ」と考える人がたくさんいたんです。でも、それを男性が口に出して語ると「へぇ、お前んとこってそうなんだ」と見られてしまうから、語る機会がないんですよね。まえがきにも書いたんですが、この企画はもともと自分も参加していた「バツイチ会」という離婚経験者の集まりが原点です。男性が自身の離婚についてもっと気楽に語り合う場所があってもいいんじゃないか、そういう思いではじまっています。
——確かに離婚について多くを語らない男の美学のようなものはある気がします。
稲田 そうそう。でも、それって別にかっこいいというポジティブなものではなく、過ぎたことをグチグチいうのはみっともないという考えなんですよね。これが社会問題なんです。令和の時代になってもいまだに男は昭和的な呪縛にからめとられている。家庭というのは男が守るものであって、それが崩壊したのは男が情けないからだと。もちろん、実際はそんなことはないと頭ではわかっていると思います。でも、30~40代の団塊ジュニアかその少し下の世代くらいまでは親の価値観の影響があるから、離婚に対する後ろめたさが大きいんですよ。僕自身も離婚経験があるんですが、友達レベルの会話でも悪気なく「お前がチャラチャラしてるから、嫁さんが出てっちゃったんだろ?」とか、軽く言われがちじゃないですか。女を下げるよりも、男を下げておいたほうが丸くおさまるみたいなね。そうなると男は吐き出す場がなくなり、溜めていく一方になってしまう。これはよくないんじゃないかなと思っていました。
——本書は「女子SPA!」での連載をまとめたものですが、もともと女性に読んでもらう想定だったのですか?
稲田 もともとの企画では、女性読者を想定していなかったんです。もちろん、読んでいただければうれしいけど、どちらかといえば男性読者に共感してもらうイメージでした。でも、飲みの席などでいろんな編集の人に「こんな企画があるんだけど」と話しても、あまり反応がなくて、はじめて本気で食いついてきたのが、女子SPA!の担当編集だったんです。
——どんなところに興味を惹かれたのでしょうか。
稲田 女子SPA!は担当編集も編集長も女性なんですが、離婚について男の人が女の前で本音を言ってくれないと言うんです。すごく奥さんを憎んでいるのか、それともすごく後悔をしているのか、結局どう思っているのかぜんぜんわからないと。だから、女性は男性の気持ちが知りたいんだと言っていました。僕からすると意外な意見だったんですが、実際にこの本を取材や書評で取り上げてくれたのも、8割方が女性向けのメディアでした。正直、ここまで偏るとは思いませんでしたね。
——書籍の内容は特に女性側に寄ったものというわけではないですよね。
稲田 そうなんですよ。いろいろなエピソードがある中で、明らかに夫が悪いケースもあれば、これは奥さんに原因があるだろうというものもある。基本的には、男が勝手なことを言っているわけで、読む人によっては女性が不快になるかもなとも思っていたので、ここまで女性読者が興味をもってくれるとは思っていませんでしたね。
——実際に読んでみると、男だから夫側、女だから妻側に感情移入するというようなシンプルな構造でもなかったように思います。
稲田 そうですね。それは、描かれているのが“人間”だからだと思います。例えば、女性の読者で「家族が得意じゃない」という離婚男性にすごく共感したという方がいて、一方でその感覚はまったく理解できないという男性読者もいる。「牛」のエピソード(結婚の挨拶に向かった同棲相手の実家近くで見た牛小屋が生理的に受け入れられず、関係を解消したデザイナーの話)も連載時に反響がすごくあったものなんですが、まったくわかりませんという人と、わかりますという人で真っ二つでした。そういう個々人の感覚がエピソードによって浮き彫りになってくるのはおもしろかったですね。
——どのエピソードに共感するかで、読む側の鏡になっているわけですね。
稲田 だからこそ、男性は具体的な感想をくれないんですよ。「ぼくたちの」という男性一人称のタイトルで距離がとれるからか、女性はSNSでも細かなエピソードをあげてしっかり感想を書いてくれるんだけど、男性は「ホラーですね」とか「刺さりました」とかふわっとしたことしか書かない(笑)。その代わり、facebookのDMなどで個別に「実は僕も……」みたいな具体的な感想を言ってくる。男はズルいなぁと思いましたね。
——たくさんの離婚経験者を取材したことは、稲田さんご自身の離婚を振り返るきっかけにもなりましたか?
稲田 そうですね。でもそれは新たな気づきというよりも再確認という感覚です。いろんな人がこれを読んで、自分の一部がそこに書いてあると感じるように、僕にとっても、すべてのエピソードでどこかしらに共感性がありました。そういう意味では、この企画の発端となった「バツイチ会」と同じ効用がありましたね。話すことで解決されるわけではないけど、このいびつな形の苦痛は自分オリジナルのものではなく、他の人も経験している類のことなのだとわかる安心感。実際、取材のたびに「それ、すごくわかります」とたくさん言ったし、相手から「そうですよね!」と言われて、共感しあっていました。
——なんか、カウンセリングのようでもありますね(笑)
稲田 実際、取材対象の方にそう言われたこともあります。カウンセリングって、話を聞くことが大事なんですよね。あなたの言っているその“ごちゃごちゃ”に輪郭づけるとこういうことで、それは私にもよくわかると認めてあげること。だから、取材の場では僕が自分の話をすることも多かったです。こっちが無傷ではフェアではないですからね。取材の形としてはちょっと変わっているかもしれません。
——取材対象の方たちも、話を聞いてほしいモードなんでしょうか?
稲田 一応、本当にわずかな謝礼はお支払いしているんだけど、そんなのどうでもいいから、俺の話を聞いてくれって感じですね(笑)。で、話しきってすっきりするという。ことの顛末を頭から最後まで誰かに話したことがない人がほとんどなんですよ。だって、おじさんの元妻の出会いから別れまでじっくり聞きたい人なんて誰もいないじゃないですか。友達だって、いいとこ15分くらいで別の話題に切り替わるでしょう。それを相槌を打ちながら、一切否定せずにすべて絞り切るというのがよかったんだと思います。
——取材時間もかなりかかっていそうですね。
稲田 長いときは6時間以上話を聞いてます。みんな話のプロではないから、順序立てて話したりできないじゃないですか。だからそこは自然に任せて、出てきたエピソードを頭の中で順序立てて組み立てながら聞いていきました。6時間の人の場合、3時間くらい聞いてようやく、こことここの話がまだ出てないなってことが見えてきたので、補足するようにそこを聞いて埋める。でも、その穴埋め作業は相手が一通り話し終わるまで待ちますね。とにかく話の腰を折らないですべて吐き出してもらうことが大事で、すべて聞き切ったところでポロポロとディティールの話が出てきたりするんです。
——疲れないですか?
稲田 すっごい疲れますよ(笑)。しかもテープを起こすときにまた6時間の音源を聞くから二度疲れます。まあ、いい疲れだなと思ってやっていますけどね。
——本作はルポの形式をとっていますが文章にする段階ではどんなことを意識しましたか。
稲田 この連載が決まって「バツイチ会」に招集をかけたんですよ。そこでみなさんにも意見を出してもらったんですが、ディティールが大事じゃないかって話になったんですよね。事の推移だけ書いてもダメで、例えば、元奥さんの実家の場所や、男が何を目的に上京してきたかとかの細部ですね。だから、原稿では身バレを防ぐために固有名詞は変えているけど、地名なら東京から見ての都市の規模感とか、その本質の部分は変えていません。対象者の職業についても、忙しさや働き方、ステータスといった、変えてはいけない部分は残しているので、その改変のさじ加減にはかなり時間をかけています。
——エピソードに具体性がすごくあったので、周囲の人ならば誰の話かわかってしまいそうだなと思いました。
稲田 ほとんど変えていないものも多いので、その人に近い人なら全員がわかると思います。だからこそリアリティを持っているし、まえがきにも書いたんですが、書籍化の段階で掲載しないでくれといわれたケースもありました。
——いまでは再婚されている方も多かったですしね。
稲田 出てくれた13人のうち8人は再婚しています。みんな一番苦しい時期は過ぎていたので、取材を受けてくれたんだと思います。渦中の人だったら話せないでしょう。離婚直後は、「もう二度と結婚しない」という人と、「すぐに次へ行きたい」という2パターンに分かれるんですけど、二度と結婚したくない人は、相手云々ではなく自分が日本の婚姻制度に合わないと感じてしまった人。後者は、婚姻制度には文句がないが、相手を間違えたと思っている人です。
——そういう意味でも、やはり離婚について男性の語りしろはまだまだありそうですね。
稲田 そうなんです。特に田舎だとおおっぴらに離婚の話がされることはほとんどありません。でも、よくよく聞いてみると、離婚経験のある親族がいたりするんですよね。それを知らされていないから、一族のなかで自分だけが離婚してしまうのは恥だと思って、我慢を続けてしまうケースもある。そういう事態にならないように、もう少し我々の世代から離婚をオープンにしていけないかと思っているんです。
——世間体を気にして離婚を我慢する必要はないんじゃないか、と。
稲田 そうそう。決して離婚を推奨するわけではないけど、限界まで我慢して自分が壊れてしまう必要はない。離婚は治療なんです。よくない夫婦関係というのは病気の状態だから、我慢しても意味がない。我慢しても悪化するだけだから、這いつくばってでも病院に行って早い段階で薬をもらわないと。極端な話、離婚を不名誉な犯罪歴みたいに思ってる人もいるじゃないですか。歴をつけたくないから頑張らないとって。その認識はよくないから変えていかないといけないと思います。
——自分が置かれた状況を俯瞰してみるためにも、「ぼくたちの離婚」でいろんなエピソードを知ることは役立ちそうです。
稲田 そうですね。それと、離婚“後”について語られることもあまりないんですよね。実際は、そのあとに幸せに暮らしてる人もたくさんいるのに。だから離婚というものが、いつまでも悲劇のままで終わってしまう。この書籍を通じて、もっと男性がオープンに離婚を語れるような社会になっていけばいいなと思います。
稲田豊史
1974年生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。「サイゾー」「SPA!」などで執筆。