「ダルちゃんは、思いきり傷つく必要があった」
(前編はこちら:「ジェンダー論の、少し先の話」――著者・はるな檸檬さんに聞く『ダルちゃん』執筆の背景)
――スギタとダルちゃんのラブホテルでのシーンは、読む側にもダルちゃんの痛みがダイレクトに伝わり、衝撃的でした。
『花椿』担当編集 実はそのシーンは、リスク対策などの面から「企業の媒体で発信する内容にふさわしいかどうか」で、内部で議論になりました。そうした企業の思惑が表現の幅を狭めてしまう一因になりかねないところは、非常にもどかしいところなんですが……このときはるなさんに、「この表現を和らげる可能性はないか」とご相談させていただいたんです。
するとはるなさんは、「ダルちゃんはおもいきり傷つかなければならないこと」、「その後、ダルちゃんは、初めて友達と呼べる人ができること」、「恋をすること」、「自分を表現することを知ること」、いろいろと乗り越えて最後には、「希望がある展開にするという考えがあること」をうかがいました。そして、「ダルちゃんは自分ではコントロールできないほど、すでに勝手に動き出し、物語を紡ぎ出していること」など、とても強くて熱い想いを聞き、弊社としては、はるなさんの創作する過程を邪魔してはならないと判断し、はるなさんと、命を得て動き出すダルちゃんに委ねました。
はるな そうなんですよね。仲良くなるつもりで登場させたサトウさんのことを嫌いになるしで、キャラが勝手に動き始めた最初のシーンでした。以前、講談社の担当編集さんから、「某有名漫画家先生が『キャラが勝手に動き始めると、物語が動くようになる』と言っていた」という話を聞いたことがあったんです。それを思い出し、「これがソレか」と。「じゃあ、思っていた流れとは違うけれど、ダルちゃんの動くままにやってみよう」と思っていたら、ホテルまでついていっちゃいました。
――ダルちゃんが恋愛をする相手のヒロセくんは足が不自由に描かれていますが、それも自然な流れでしょうか。
はるな これが正しい表現かはわかりませんし、もし当事者の方に失礼があったら、もう謝るしかないのですが、男性が持つコンプレックスを記号化するために、そうした描写になりました。これは当初から念頭にあった部分です。
――コンプレックスは「ダルちゃん」のテーマの一つであったと思います。登場人物それぞれに、象徴的なコンプレックスがあります。
はるな コンプレックスは、みんなにありますよね。みんな少し上を見ている。「あの人はいいな」と思って見ているその人にもコンプレックスはあって、不毛ですよね。美貌がある人でも学歴にコンプレックスがあったり、学歴がある人でも恋人がいる人にコンプレックスがあったり、不毛なことをみんながやっているし、わたしもやっていました。自分に持っていないものを眺めても仕方がないけれど、その不毛さから抜け出そうと思って抜け出せるものではないです。
そうした、「このコンプレックスを含めて、いいかな」と思えるまでの過程を、ひとりの女性を通して描いてみたかったんだと思います。
――いち読者として、“スイッチ”を入れない状態のまま自立したダルちゃんを、立派だなと、憧れの目で見ました。
はるな 成長って、何かを足すことではないと思っています。「成長=何か荷物を持たなければ、何か付加価値をつけなければできないこと」だと思いがちですが、実は荷物を捨てることだったりするんじゃないのかなと。
――読者の反響の中には、自立したダルちゃんに対し、「結局、男性たちのお世話係になっている。女性はやっぱりそういう役割にならなきゃいけないのか」といった声がありました。
はるな そうしたご感想もいただくかな、と思っていました。でも「女性は」「男性は」というくくりを超えたところに、人それぞれ得手不得手があると思います。そのあたりをフラットにとらえて、「得意な人が得意なことをやればいい」となった時に、きっとこの子はこういうことが得意だろうな、と思ったので。自分の得意なことが誰かの役に立つ、それが仕事の本質だと思うんです。別に女性がやろうが男性がやろうが構わない、という前提で考えたら、「ダルちゃんが女性だからこういう役割である」ではなくて、「ダルちゃんが得意なことをやったら、こういう役割になった」というくらいのことです。男女平等の、その先の話というか。
でも、どう読んでいただいても、世に出た時点で読者のものになるので、本当に自由にとらえていただきたいのが本音です。
――ダルちゃんはさまざまな経験や年齢を重ねて、表現の楽しさや自立を手に入れました。それは年齢を経て、誰もが会得できることなんでしょうか。
はるな 年齢を重ねた、その年数は関係ないと思います。ただ、年を取ると「負けを認める」「自分の弱みを受け入れる」ことが若い時よりもしやすくなると思う。もちろん人によりますが。若いうちにそれができればいいですが、若いと等身大の自分を見ることに、勇気がいりますからね。思っていた自分と違う自分を受け入れることって、すごくつらいから。
年を取る、年齢を重ねるって、単純に挫折を味わう可能性が増えるということでもあると思っていて。わたし、挫折経験のない人にあまり魅力を感じないんですが、挫折がないと、本当に人生を理解できないんじゃないかと思うんです。挫折経験こそ、その人の魅力的な部分じゃない? くらいの。
――ヒロセくんもそうした描かれ方をしていたように思います。
はるな そうですね。でも結果的に、ヒロセくんが持つコンプレックスが、2人の仲を引き裂くことになってしまいましたが。そういえば、そんなヒロセくんについて、読んでくれた友達に、「ヒロセ、すげームカつく! ああいう、コンプレックスを売りにしている男っているよね! 別れ話の時、絶対引き止めてほしかったんだよ!」と言われてビックリしたことがありました(笑)。描いた本人も知らなかったヒロセくんの一面を知らされて、へえ〜そんな人だったの!? みたいな(笑)。読み手によって言うことがバラバラで、毎回驚きます。読み手の経験により、それぞれの感想が生まれるんだなと思いました。
――他には、登場人物のどんな知られざる一面を教わりましたか?
はるな サトウさんはわたしから見るといい人でしかないんですが、「サトウさんって、いやなとこあるよね?」みたいな感想もありました(笑)。みんなの中に、それぞれダルちゃんがいるんでしょうね。そう思うと、ダルちゃんはもう生きていて、わたしのコントロール下にいないんだろうなと感じます。
――最後に、単行本発売に際して、どんな方に読んでもらいたいですか?
はるな 若い女性に向けて描いたつもりではありましたが、連載中、意外と50代男性から感想をいただいたりして驚いたこともありました。なので、年齢や性別で区切らず、こうした感覚を共感できる人になら、誰でも読んでほしいです。ダルちゃんはもう、わたしの手から離れているので、どんな人がどんな感想を持っても、それぞれの解釈で楽しんでいただけたら、と思います。
(取材・文=有山千春)
はるな檸檬(はるな・れもん)
1983年宮崎県生まれ。2010年に宝塚ファンを題材にした『ZUCCA×ZUCA』(講談社)でデビュー。他に自身の読書遍歴を描いた『れもん、よむもん!』(新潮社)、出産体験を描いた『れもん、うむもん!』、宝塚ファンの夫婦を描いた『タクマとハナコ』(文藝春秋)など。