男は優秀で気が利くのがいい 日本のおもてなし以上のサービスができるエチオピアの通訳

 フォトグラファー ヨシダ ナギが世界中で見つけたイケメンをこっそりあなただけに紹介。

イケメンNo.05
スムスム fromエチオピア

nagi_episode5.jpg

 エチオピアの少数民族撮影で通訳を頼んでいるスリ族のイイ男、スムスム。彼はエチオピアの公用語であるアムハラ語や英語にくわえて、各地の少数民族の言語2~3種類を操る優秀な人間だ。そして、彼はとにかく気が利く。例えばエスコートが非常にうまい。

 足場の悪い場所ではさりげなく手を引き、わたしのちょっとした表情から的確に気持ちを汲み取り、行動に移す。そんな日本のお・も・て・な・し精神も真っ青なサービスを提供できる男が彼だ。やはり男は優秀で気が利くのがいい。

 アフリカでもエチオピア人は日本人に気質が似ていて、がつがつしていない。そんな中でも彼の人間的な距離感は絶妙だ。仕事と趣味を混同する人間が多いアフリカにおいて、プロフェッショナルに、そしてスマートに撮影での仕事をこなしながら、時にキュートなギャグでわたしをなごませてくれる。その仕事っぷりは、もはや通訳を超え、アシスタントの域に入る勢いだ。時にわたしより先に少数民族に対して、ポージングの指導をすることもあるほどだ。(実は海外の有名カメラマンも彼を指名しているとか)

 ただそんな日本人のわたしでさえ感心する繊細で几帳面な彼の性格ゆえなのか、ストレスでできた10円ハゲを某旅番組ではネタにされていた。現地の少数民族に、ニンニクが育毛にいいと勧められて、患部に塗り炎症を起こして、ヒーヒーいうチャーミングな一面もまた彼の魅力だ。今度通訳をお願いする時は日本から毛生え薬を持参してやろうと思っている。

 白人やアジア人を見かけると必ず口説くアフリカ人が多い中(それはエチオピア人も例にもれず)、彼は一切口説こうとしない。不思議に思ってその理由を尋ねると、「君ら白人(アジア人)は僕ら黒人とは真面目に付き合ってくれないことを、俺は知っている」と答えた。

 なにがあった、スムスム。

ヨシダナギ
1986年生まれのフォトグラファー。アフリカ人への強烈な憧れを幼少期から抱き「大きくなったら自分もアフリカ人のような姿になれる 」と信じて生きるが、自分が日本人だという現実を両親からつきつけられ、10歳の時に大きく挫折する。独学で写真を学び、2009年より単身でアフリカに渡り、憧れの彼らの写真を撮りはじめる。アフリカの裸族と共に裸になったことがさまざまなメディアで紹介され、その奔放な生き方と写真が注目を集める。現在はアフリカや途上国の秘境や僻地で写真を撮りながら、“アフリカ人の美しさ”や“アフリカの面白さ”を伝えるべく、講演会やコラム寄稿などの活動を積極的に行っている。
・公式サイト

男は優秀で気が利くのがいい 日本のおもてなし以上のサービスができるエチオピアの通訳

 フォトグラファー ヨシダ ナギが世界中で見つけたイケメンをこっそりあなただけに紹介。

イケメンNo.05
スムスム fromエチオピア

nagi_episode5.jpg

 エチオピアの少数民族撮影で通訳を頼んでいるスリ族のイイ男、スムスム。彼はエチオピアの公用語であるアムハラ語や英語にくわえて、各地の少数民族の言語2~3種類を操る優秀な人間だ。そして、彼はとにかく気が利く。例えばエスコートが非常にうまい。

 足場の悪い場所ではさりげなく手を引き、わたしのちょっとした表情から的確に気持ちを汲み取り、行動に移す。そんな日本のお・も・て・な・し精神も真っ青なサービスを提供できる男が彼だ。やはり男は優秀で気が利くのがいい。

 アフリカでもエチオピア人は日本人に気質が似ていて、がつがつしていない。そんな中でも彼の人間的な距離感は絶妙だ。仕事と趣味を混同する人間が多いアフリカにおいて、プロフェッショナルに、そしてスマートに撮影での仕事をこなしながら、時にキュートなギャグでわたしをなごませてくれる。その仕事っぷりは、もはや通訳を超え、アシスタントの域に入る勢いだ。時にわたしより先に少数民族に対して、ポージングの指導をすることもあるほどだ。(実は海外の有名カメラマンも彼を指名しているとか)

 ただそんな日本人のわたしでさえ感心する繊細で几帳面な彼の性格ゆえなのか、ストレスでできた10円ハゲを某旅番組ではネタにされていた。現地の少数民族に、ニンニクが育毛にいいと勧められて、患部に塗り炎症を起こして、ヒーヒーいうチャーミングな一面もまた彼の魅力だ。今度通訳をお願いする時は日本から毛生え薬を持参してやろうと思っている。

 白人やアジア人を見かけると必ず口説くアフリカ人が多い中(それはエチオピア人も例にもれず)、彼は一切口説こうとしない。不思議に思ってその理由を尋ねると、「君ら白人(アジア人)は僕ら黒人とは真面目に付き合ってくれないことを、俺は知っている」と答えた。

 なにがあった、スムスム。

ヨシダナギ
1986年生まれのフォトグラファー。アフリカ人への強烈な憧れを幼少期から抱き「大きくなったら自分もアフリカ人のような姿になれる 」と信じて生きるが、自分が日本人だという現実を両親からつきつけられ、10歳の時に大きく挫折する。独学で写真を学び、2009年より単身でアフリカに渡り、憧れの彼らの写真を撮りはじめる。アフリカの裸族と共に裸になったことがさまざまなメディアで紹介され、その奔放な生き方と写真が注目を集める。現在はアフリカや途上国の秘境や僻地で写真を撮りながら、“アフリカ人の美しさ”や“アフリカの面白さ”を伝えるべく、講演会やコラム寄稿などの活動を積極的に行っている。
・公式サイト

お姫様抱っこでホテルを移動 ロマンチック系イケメンに出逢える魅惑の国

 フォトグラファー ヨシダ ナギが世界中で見つけたイケメンをこっそりあなただけに紹介。

イケメンNo.04
名もなきイケメンinイエメン

nagi_episode4_3.jpg

 わたしは中東が苦手だ。どうもノリが合わないことが多い。ただし、イエメンだけは少し違う。

 中東といえば、ドバイやカタールなどオイルマネーで非常に潤っている国を想像する方も少なくないと思うが、イエメンは中東の中では非常に貧しい国にあたる。ソコトラ島という、一説によると『ドラゴンボール』(集英社)のナメック星のモデルになったという地球上っぽくない島があるくらいで、そのほかにはあまり有名な観光名所もないのだが、とにかく人がいいのだ。「旅人がもう一度訪れたい国ランキング」の上位に食い込んでいたのを、なにかで見かけたことがあるくらい、人がいいのだ。

 そんなイエメンの首都にあるホテルに宿泊した際に、わたしは名もなきイケメンイエメン人たちに遭遇した。そのイケメンはホテルのスタッフたちだった。

 このホテルの中で、わたしはほぼ自分の足で歩かず、移動した。「どういう意味?」と諸君は思うかもしれない。ただその言葉の通り、ほぼこのホテルの敷地内を歩くことなく、自室から出入りし、食堂でごはんを食べ、そして出かけたのだ。

 答えは簡単。このホテルのスタッフが、すべてのシーンでわたしを抱きかかえて移動してくれたのだ。しかも、「プリンセス、あなたは自分の足で歩いてはいけない」というセリフつきだ。

 甘ぁぁぁぁ―い‼

 このホテルの甘い話はこれだけではない。まずはなにも考えず、下の写真を見てほしい。

nagi_episode4_2.jpg

 いわゆるベッドメイキングサービスなのだが、このホテルはひと味から4、5味くらい違う。バスタオルやシーツを駆使して、花や蝶をアーティスティックに形作るのだ。このおもてなしに心の底から感動したわたしは、次の日出かける前に、「素敵なベッドメイキングをありがとう」と彼らへ感謝の手紙を書いた。ホテルに帰ってくると、前日同様ベッドメイキングアートを用意してくれていた。

 気をよくしたわたしは、「素敵なバラをどうもありがとう」という手紙を残して、その次の日も出かけていった。戻ってくると予想通り見事なベッドメイキングアートが広がっていたのだが、その時は手紙付きだった。

nagi_episode4_1.jpg

「プリンセス、あなたが整理整頓をできるようになると、もっと素敵な女性になると思います」

 そんな少しビターなアドバイスまでくれる、甘いだけじゃないロマンチック系イケメンに出逢える魅惑の国、イエメンに幸あれ。

 そんなイエメンは2016年2月現在、内戦状態にあり、外務省からは全土にわたってレベル4の渡航禁止/退避勧告が出ている。あのやさしくて人懐っこくて、ロマンチストな彼らが無事でいてくれることを心から祈る。

ヨシダナギ
1986年生まれのフォトグラファー。アフリカ人への強烈な憧れを幼少期から抱き「大きくなったら自分もアフリカ人のような姿になれる 」と信じて生きるが、自分が日本人だという現実を両親からつきつけられ、10歳の時に大きく挫折する。独学で写真を学び、2009年より単身でアフリカに渡り、憧れの彼らの写真を撮りはじめる。アフリカの裸族と共に裸になったことがさまざまなメディアで紹介され、その奔放な生き方と写真が注目を集める。現在はアフリカや途上国の秘境や僻地で写真を撮りながら、“アフリカ人の美しさ”や“アフリカの面白さ”を伝えるべく、講演会やコラム寄稿などの活動を積極的に行っている。
・公式サイト

お姫様抱っこでホテルを移動 ロマンチック系イケメンに出逢える魅惑の国

 フォトグラファー ヨシダ ナギが世界中で見つけたイケメンをこっそりあなただけに紹介。

イケメンNo.04
名もなきイケメンinイエメン

nagi_episode4_3.jpg

 わたしは中東が苦手だ。どうもノリが合わないことが多い。ただし、イエメンだけは少し違う。

 中東といえば、ドバイやカタールなどオイルマネーで非常に潤っている国を想像する方も少なくないと思うが、イエメンは中東の中では非常に貧しい国にあたる。ソコトラ島という、一説によると『ドラゴンボール』(集英社)のナメック星のモデルになったという地球上っぽくない島があるくらいで、そのほかにはあまり有名な観光名所もないのだが、とにかく人がいいのだ。「旅人がもう一度訪れたい国ランキング」の上位に食い込んでいたのを、なにかで見かけたことがあるくらい、人がいいのだ。

 そんなイエメンの首都にあるホテルに宿泊した際に、わたしは名もなきイケメンイエメン人たちに遭遇した。そのイケメンはホテルのスタッフたちだった。

 このホテルの中で、わたしはほぼ自分の足で歩かず、移動した。「どういう意味?」と諸君は思うかもしれない。ただその言葉の通り、ほぼこのホテルの敷地内を歩くことなく、自室から出入りし、食堂でごはんを食べ、そして出かけたのだ。

 答えは簡単。このホテルのスタッフが、すべてのシーンでわたしを抱きかかえて移動してくれたのだ。しかも、「プリンセス、あなたは自分の足で歩いてはいけない」というセリフつきだ。

 甘ぁぁぁぁ―い‼

 このホテルの甘い話はこれだけではない。まずはなにも考えず、下の写真を見てほしい。

nagi_episode4_2.jpg

 いわゆるベッドメイキングサービスなのだが、このホテルはひと味から4、5味くらい違う。バスタオルやシーツを駆使して、花や蝶をアーティスティックに形作るのだ。このおもてなしに心の底から感動したわたしは、次の日出かける前に、「素敵なベッドメイキングをありがとう」と彼らへ感謝の手紙を書いた。ホテルに帰ってくると、前日同様ベッドメイキングアートを用意してくれていた。

 気をよくしたわたしは、「素敵なバラをどうもありがとう」という手紙を残して、その次の日も出かけていった。戻ってくると予想通り見事なベッドメイキングアートが広がっていたのだが、その時は手紙付きだった。

nagi_episode4_1.jpg

「プリンセス、あなたが整理整頓をできるようになると、もっと素敵な女性になると思います」

 そんな少しビターなアドバイスまでくれる、甘いだけじゃないロマンチック系イケメンに出逢える魅惑の国、イエメンに幸あれ。

 そんなイエメンは2016年2月現在、内戦状態にあり、外務省からは全土にわたってレベル4の渡航禁止/退避勧告が出ている。あのやさしくて人懐っこくて、ロマンチストな彼らが無事でいてくれることを心から祈る。

ヨシダナギ
1986年生まれのフォトグラファー。アフリカ人への強烈な憧れを幼少期から抱き「大きくなったら自分もアフリカ人のような姿になれる 」と信じて生きるが、自分が日本人だという現実を両親からつきつけられ、10歳の時に大きく挫折する。独学で写真を学び、2009年より単身でアフリカに渡り、憧れの彼らの写真を撮りはじめる。アフリカの裸族と共に裸になったことがさまざまなメディアで紹介され、その奔放な生き方と写真が注目を集める。現在はアフリカや途上国の秘境や僻地で写真を撮りながら、“アフリカ人の美しさ”や“アフリカの面白さ”を伝えるべく、講演会やコラム寄稿などの活動を積極的に行っている。
・公式サイト

お姫様抱っこでホテルを移動 ロマンチック系イケメンに出逢える魅惑の国

 フォトグラファー ヨシダ ナギが世界中で見つけたイケメンをこっそりあなただけに紹介。

イケメンNo.04
名もなきイケメンinイエメン

nagi_episode4_3.jpg

 わたしは中東が苦手だ。どうもノリが合わないことが多い。ただし、イエメンだけは少し違う。

 中東といえば、ドバイやカタールなどオイルマネーで非常に潤っている国を想像する方も少なくないと思うが、イエメンは中東の中では非常に貧しい国にあたる。ソコトラ島という、一説によると『ドラゴンボール』(集英社)のナメック星のモデルになったという地球上っぽくない島があるくらいで、そのほかにはあまり有名な観光名所もないのだが、とにかく人がいいのだ。「旅人がもう一度訪れたい国ランキング」の上位に食い込んでいたのを、なにかで見かけたことがあるくらい、人がいいのだ。

 そんなイエメンの首都にあるホテルに宿泊した際に、わたしは名もなきイケメンイエメン人たちに遭遇した。そのイケメンはホテルのスタッフたちだった。

 このホテルの中で、わたしはほぼ自分の足で歩かず、移動した。「どういう意味?」と諸君は思うかもしれない。ただその言葉の通り、ほぼこのホテルの敷地内を歩くことなく、自室から出入りし、食堂でごはんを食べ、そして出かけたのだ。

 答えは簡単。このホテルのスタッフが、すべてのシーンでわたしを抱きかかえて移動してくれたのだ。しかも、「プリンセス、あなたは自分の足で歩いてはいけない」というセリフつきだ。

 甘ぁぁぁぁ―い‼

 このホテルの甘い話はこれだけではない。まずはなにも考えず、下の写真を見てほしい。

nagi_episode4_2.jpg

 いわゆるベッドメイキングサービスなのだが、このホテルはひと味から4、5味くらい違う。バスタオルやシーツを駆使して、花や蝶をアーティスティックに形作るのだ。このおもてなしに心の底から感動したわたしは、次の日出かける前に、「素敵なベッドメイキングをありがとう」と彼らへ感謝の手紙を書いた。ホテルに帰ってくると、前日同様ベッドメイキングアートを用意してくれていた。

 気をよくしたわたしは、「素敵なバラをどうもありがとう」という手紙を残して、その次の日も出かけていった。戻ってくると予想通り見事なベッドメイキングアートが広がっていたのだが、その時は手紙付きだった。

nagi_episode4_1.jpg

「プリンセス、あなたが整理整頓をできるようになると、もっと素敵な女性になると思います」

 そんな少しビターなアドバイスまでくれる、甘いだけじゃないロマンチック系イケメンに出逢える魅惑の国、イエメンに幸あれ。

 そんなイエメンは2016年2月現在、内戦状態にあり、外務省からは全土にわたってレベル4の渡航禁止/退避勧告が出ている。あのやさしくて人懐っこくて、ロマンチストな彼らが無事でいてくれることを心から祈る。

ヨシダナギ
1986年生まれのフォトグラファー。アフリカ人への強烈な憧れを幼少期から抱き「大きくなったら自分もアフリカ人のような姿になれる 」と信じて生きるが、自分が日本人だという現実を両親からつきつけられ、10歳の時に大きく挫折する。独学で写真を学び、2009年より単身でアフリカに渡り、憧れの彼らの写真を撮りはじめる。アフリカの裸族と共に裸になったことがさまざまなメディアで紹介され、その奔放な生き方と写真が注目を集める。現在はアフリカや途上国の秘境や僻地で写真を撮りながら、“アフリカ人の美しさ”や“アフリカの面白さ”を伝えるべく、講演会やコラム寄稿などの活動を積極的に行っている。
・公式サイト

誠実で料理上手 ガーナのゲストハウス支配人は正真正銘のジェントルマン

 フォトグラファー ヨシダ ナギが世界中で見つけたイケメンをこっそりあなただけに紹介。

イケメンNo.03
トーク・トゥルー from ガーナ

nagi_episode03.jpg

 「真実を話す者」。彼はそんな名前を持っている男だ。

 彼に出会ったのはガーナのゲストハウスだった。そのゲストハウスは、アメリカ人のおばあちゃんがボランティアで運営しており、そこの支配人がガーナ人のトーク・トゥルーだった。

 わたしがガーナを訪れたのは撮影ではなく、パイナップルがおいしいと聞いたからだ。その「ひとりパイナップルツアー」で滞在したのが、そのゲストハウスであった。

 ガーナ人は、とても人がいいといわれているが、彼はその中でも群を抜く正真正銘のジェントルマンであった。お金を預けるとたいていの場合において、少なくなって返ってくるのがアフリカ。それはガーナとはいえ例外ではない。しかし、彼は信頼できる男として、現地人だけでなく、諸外国の人間からお金を預かり、1ドル1セントたりとも抜かずに返す。

 方々からリスペクトを集める彼が地元を歩くと、「トーク・トゥルー!」「トーク・トゥルー!」と老若男女から黄色いコールがかかる。彼はそれらの声援を背中で受け、ヘビー級のチャンプさながらに両拳をつき上げて、こう言い放つのだ。

 「I will be free !!」と。(わたしは瞬時に、「青天井‼」と、勝手に脳内和訳したが、少し違う気がしている)

 そんな彼は料理がとても上手で、私の滞在中、毎日違うガーナ料理を作ってくれた。スパイスのきいた豆のシチュー、魚と揚げバナナの炒め物、そしてアフリカンピザ。いまだに彼の作ってくれた料理は、アフリカ歴訪史上No.1だ。アフリカ渡航で、5kg太って帰国したのもこれが初めての経験だった。

 そんなこんなで、帰国が迫ったある夕方、彼に「なぜ、あなたはそんなにも誠実なの?」と聞いてみた。彼はうれしそうに笑って、少し考えてから、こう答えた。

「僕のトーク・トゥルーという名前は本名なんだ。その名前に恥じぬように生きる義務が、僕にはある」

 誠実系イケメン、ここにあり。そう思った。

ヨシダナギ
1986年生まれのフォトグラファー。アフリカ人への強烈な憧れを幼少期から抱き「大きくなったら自分もアフリカ人のような姿になれる 」と信じて生きるが、自分が日本人だという現実を両親からつきつけられ、10歳の時に大きく挫折する。独学で写真を学び、2009年より単身でアフリカに渡り、憧れの彼らの写真を撮りはじめる。アフリカの裸族と共に裸になったことがさまざまなメディアで紹介され、その奔放な生き方と写真が注目を集める。現在はアフリカや途上国の秘境や僻地で写真を撮りながら、“アフリカ人の美しさ”や“アフリカの面白さ”を伝えるべく、講演会やコラム寄稿などの活動を積極的に行っている。
・公式サイト