遠い場所にお墓があるため管理が大変、自分の代以降管理をする人がいないといった理由から、近年、墓を片付ける“墓じまい”がブームとなっている。一般的には子孫が続いていく前提で作られている先祖代々の墓。しかし、多様な生き方が世に認められつつある風潮を受け、外国人や友人同士、LGBTのカップル、籍を入れていない内縁の夫婦など、どんな間柄でも入れる「関係性を問わないお墓」に取り組んでいるのが證大寺。證大寺の住職、井上城治さんに、最近のお墓の問題や同寺独自の取り組みについて話を伺った。
■お墓の伝統的な仕組みが時代に追いついていない
――墓じまいブームや、Amazonでお坊さんの派遣が登場するなど、近年はお墓に関する新しい取り組みも登場しています。これらからわかる最近の、お墓の問題について教えてください。
井上城治住職(以下、井上) お墓は代々家族で継承していくものだったのが、現在は核家族化や少子高齢化の進行で、そのような前提条件が整わない方も増えてきました。だから、墓じまいがはやっているんです。
お墓がある人は、まだいいんです。実は、東京に暮らす団塊の世代の方たちで、お墓がない方がけっこういるんです。みなさん地方から東京に出てきて、一気に人口形成したわけですから、生まれも育ちも東京という人は、団塊の世代ではまだ少ないです。その方たちは実家にお墓があったのですが、東京で家のローンを払いつつ、子どもも東京の郊外に住んでいるとなると、もう実家に帰ることはほとんどありません。実家にお墓があっても、独立した人は帰りづらい。あとは逆に言うと、本家自体から東京へ来ている人は、もう帰らないからお墓を整理したいと思っている。だから、新しくお墓を買うという人はまれですね。
――お墓を片付けたい人が多いなか、證大寺側では何か対応を行っていますか?
井上 私どもはお寺を構えているのですが、埼玉県東松山市と千葉県船橋市で霊園を運営しています。「子どもがいなくて墓を継承する人がいないので、自分が生きているうちに片付けたい」という要望を受けまして、霊園内に3年前、永代供養墓を建立しました。我々はそのお墓を「浄縁墓」と呼んでおります。既存の約1万2,000の墓から、1,000人ほどが浄縁墓に移られました。なかにはお子さんがおられる方もいましたが、「子どもに負担をかけたくないから、自分が生きているうちに整理したい」という方も多かったですね。お墓の伝統的な仕組みが時代に追いついていないというのが、近年の問題だと思います。
――「関係性を問わないお墓」への取り組みを始めたきっかけはあるのでしょうか?
井上 いま申し上げた永代供養墓をご提供した際、たくさんの方からお申し込みがあったのですが、そのなかで「永代供養でもいいのだけれど、せっかく連れ添った夫婦なのだから一緒に入りたい」とおっしゃった方がいたんです。でも、同じタイミングでご遺骨になることは、なかなかありません。「亡くなった順番に埋葬します」と言ったのですが、「それでは離れ離れになってしまうので、どちらかが亡くなったらお寺で遺骨を預かっていただき、もう一人が亡くなってから、一緒に永代供養墓に入れてほしい」と言われまして……。
これに僕らは大反対だったんです。死んだら一緒というより、生きているうちに決めようよと。お骨で結婚するわけではないのだから、夫婦で入るためにどっちかが一度待つというのはおかしいのではないか。
――でも、そのように考えるカップルもいるんですね。
井上 100年くらい前の日本では、大名じゃない限り、お寺にお墓などなく、一般の人は村の共同体の墓に埋葬されていて、ある意味、永代供養墓だったんです。お参りするための五輪の塔などがあり、そこでお参り、もしくは本堂でお参りして、死んだらみんな平等に浄土だったわけです。でも、今の日本は、お骨信仰が強い。僕らとしては、永代供養墓の利用者が「夫婦だから自分たちは、ほかの人の骨とは分けてくれ」というのには抵抗がありました。
そのうち、ご家族ではない方が永代供養墓の申し込みにくるケースもあり、ひょっとしたら籍を入れていない内縁の夫婦や、長く一緒に暮らしているパートナーという可能性もあると気がついて、永代供養墓とは別に「間柄を問わないお墓」を思い立ったんです。それを「&<安堵=あんど>」と名付けました。籍を入れていない愛人関係だったとしても、故人への思いがあるので、よほどのことがなければお参りはします。思いと戸籍は、あんまり関係ないじゃないですか。そういった人がお参りできないのは、制度がズレているなと思います。それならば、昔の人が村の共同墓地でお参りしていたように、元に戻せばいいんです。
――関係性を問わないお墓「&<安堵=あんど>」は、LGBTのカップルでも入れる点が時代に合っているように思いました。全職員でLGBTに関する勉強会や座談会を行ったとのことですが、それまで住職は、LGBTに関してよくご存じなかったのですか?
井上 いやぁ、知らなかったですね。知らなかったというか、新宿二丁目にひっそりと集まっている人たちという印象で「友達にはなりたくないな」という偏見を持っていたほどです。でも、その人たちがお墓を求めているという理由で勉強したのではありません。ある雑誌に「性的少数者は自殺率が一般的な人と比べて4倍も高い」と書いてあり、その理由が「自分の自己肯定感が弱い」「アイデンティティーがない」「自分の評価の拠り所である親からも認められない場合がある」というものでした。そうなると、自分で肯定感も持てないですよね。
――同性愛を禁じている宗教もありますが、仏教だと、どういった考え方になるんですか?
井上 仏教では、LGBTへの批判や否定は全くありません。大乗仏教では老いも若きも、男も女も、あの世では関係ありません。救いの対象に入っています。でも、それを今までお寺側が伝えられていなかったのだと思います。伝えられていないというか、差別しまくっていたんだなと……。それで、證大寺のパートさんを含めた全職員で勉強会を行って、当事者の人を招いて座談会も行いました。
結果、LGBTの人って少数じゃないなと思いました。“性”も大事ですが、それ以上に人として“いいやつ”かどうか、“好き”かどうかで普段から付き合っているのですから、LGBTに特化というのも、おかしいのではないかと思います。
――LGBTは、仏教の教えには反しないのですね。関係性を問わないお墓「&<安堵=あんど>」は、戸籍上の婚姻関係に当たらない人も対象としていますが、愛人のような関係は、仏教ではどのように考えられているんですか?
井上 一応、仏教には倫理の教えという面はあります。愛人の場合、キリスト教的には別れなくてはいけませんが、別れられない場合、自暴自棄になってしまう恐れもある。ところが仏教の場合、「別れられないのなら、別れられないと認めて大事にしなさい」となります。そうすると、「子どもを大事にするのだから、認知してね」とか「お金をちゃんとちょうだいね」となります。相手ときちんと向き合い、何をやっているかわかっているのか、という認識を徹底するのが大切なんです。
――今後はやはり、関係性を問わないお墓「&<安堵=あんど>」のニーズが高くなってくるとお考えでしょうか?
井上 社会の動向と一緒じゃないですかね? 今は戸籍を入れていないカップルも多いですし。でも、僕はお墓そのものよりも、お参りについてしか重要と考えていません。お墓は、宗教・宗派関係なく、お参りできる場所として存在していればいいんです。お参りは、子どもを連れて「お父さん、来たよ」と報告するのではなく、故人と向き合って「お父さんがいたら何と言うかな?」と考えて時間を過ごすことが大事です。それがお参りなのです。一方的な報告だと、SNSと一緒になってしまいます。お参りは向き合うことなので、故人に手紙を書くことも推奨しています。
――でも、「手紙を書く」ということも一方的な行為ですよね?
井上 その通りです(笑)。本当は手紙をもらう方が大事。だから、僕らは生前にお墓を買ってくれた人に対して、自分の子どもや家族、パートナーに向けて「ラストレター」を書いてもらい、いったんこちらでお預かりしているんです。そして、その人が亡くなった四十九日のときに渡すんですよ。関係性を問わないお墓「&<安堵=あんど>」の場合は2人しかいないですから、生きているときにお互いを思って書きます。そして、パートナーが亡くなって寂しくなったときに、その手紙を読んで返事を書いてもらうのが目的です。
でも、手紙は自分の死と向き合って書かねばならないので、本当にハードルが高くて、みなさん書きながら号泣されます。でも、「書けない」と感じることも大事です。そして、書くと気持ちが整理されます。お墓を買うということは、死と向き合うことに一番近いのに、みんな死ぬことを考えていないんです。
(姫野ケイ)
井上城治(いのうえ・じょうじ)
證大寺住職。仏教に人生を学ぶ「仏教人生大学」や、手紙寺・證大寺「銀座道場」の開設など、仏教を通してさまざまな活動を行っている。