『ザ・ノンフィクション』修業の終了間近に退職したきっかけ「ボクらの丁稚物語2022 ~涙の迷い道と別れ道~ 後編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月6日の放送は「ボクらの丁稚物語2022 ~涙の迷い道と別れ道~ 後編」。

あらすじ

 横浜市の家具製作会社「秋山木工」では、住み込みで5年間修行する丁稚奉公制度が採用されている。この間、丁稚たちは酒もタバコも恋愛も禁止、携帯電話は私用で使えず、家族への連絡は手書きの手紙だけ。朝は近所の清掃、さらに修行期間中は男性も女性も丸刈りという非常に過酷な生活だ。

 高級ブランド店が注文するような一点ものの家具を作る高度な手加工の技術を身につけられるとあって志望者は後を絶たないが、半数は脱落してしまうという。

 2017年、秋山木工に3人の丁稚が入社する。京都大学を中退して来た、実家が家具製造会社の内藤と造園会社の跡取りである加藤、糖尿病を抱える佐藤だ。

 19年春、そんな3人に2人の後輩が入ってくる。そのうちの一人、山田は秋山社長が「傲慢になる天才」と呼ぶ鼻っ柱の強さで、「何かどうしても上の方々の3人に(17年組)ちょっとどうしても憧れが持てない自分がいて」と不満を口にし、17年組との関係は不和が続く。

 秋山木工は、23歳以下の若手職人が技術を競い合う大会「技能五輪」において入賞常連であり、17年組の直接の先輩にあたる伸吾も銅メダルを獲得している。「打倒秋山木工」を掲げる全国のライバルも多い。

 今回、秋山木工からは佐藤と山田が出場する予定だったが(ほかの17年組は年齢制限で出場できない)、先輩職人から、2人の出場に対し物言いが入る。

 佐藤は遅刻が多く、禁止されている携帯電話を使っていること。山田は言うことを聞かないことなど、2人の生活態度は17年組と山田の不和を呼ぶだけでなく、先輩職人の間でも問題視されていたのだ。これを受けて、秋山社長は初めて「技能五輪」の出場を断念する。

 もともと佐藤は先輩社員の高い技術、仕事ぶりを見て、自分はここまでできないと退職を考えていた。一度実家に帰り、家族からの説得もあり、秋山木工に戻ったという経緯がある。しかし、この不出場で気持ちが折れてしまったのか、5年の修業生活のうち4年半まできたところで、結局退職してしまう。

 番組の最後では、伸吾先輩が修行を終え晴れて職人となった。先輩職人から秋山木工の法被を着せられると、両親は涙していた。

 5年間の修業生活のうち、4年半まで来たところで退職した佐藤だったが、その理由は語られなかった。もちろん、放送されなかっただけの可能性もあるが、『ザ・ノンフィクション』を見ていると自分の気持ちをはっきり言葉にしない、できない人を少なからず見かける。

 精神的に疲れ切って言葉にする労力が残っていないのかもしれないし、言葉では拾いきれないものがあって話さないのかもしれない。

 あるいは、「自分の思いを言葉にする」という習慣がそもそもない人もいるのではないか。男性の場合、女性より自分の感情を言葉として表に出すことに対し、社会的な圧も存在するだろう。

 それでも、心の中にあるなんだかモヤモヤとしたことを、言葉に変換していくのが「考える」ことだと思う。そもそも、言葉にしないと周囲も理解することがより難しくなってしまい、腫れ物に触るように扱われてしまうだろう。しかし『ザ・ノンフィクション』を見ていると、「言葉にできない人」は案外多いのだと思う。

 一方、今回の秋山木工に限った話ではないが、『ザ・ノンフィクション』で若者の就業をテーマにする回では、「親孝行」「親への恩返し」を目的に挙げる出演者が多い。山田もシングルファザーとして自分を育ててくれた父親に恩返しをしたいと話していた。

 親孝行がしたいと話す子どもは、親の苦労を知っているのだろうし、それを意識せずに育つことができた子どもよりも「苦労を知る子ども」だと思う。つらいこともあったろうに、グレないどころか「親孝行がしたい」と話す姿は立派だが、私は違和感というか、何か子どもが無理を抱えているように思える。

 ひとり親など、親が忙しい中で子育てせざるを得なかったとしたら、それは親自身と社会の問題であり、子どもに責任は全くない。今の時代の親は、ほぼすべての親が、親自身の意志で子どもを持ったのだから、恩返しなど考えなくてもいいと思うのだ。

 単純に「親孝行と言うと、年上受けがいいから」という計算や、「家庭と学校しか社会を知らないので、親孝行くらいしか言えない」といった理由のほうが、私には健全に思えてホッとする。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「生きることって… ~山とマタギと私たち~」。秋田県の山村でマタギを営む74歳の鈴木英雄。マタギは自分の代で終わりだと思っていた鈴木のもとに、マタギ希望の若者たちがやってきて……。

『ザ・ノンフィクション』尊敬できない先輩VS扱いづらい後輩「ボクらの丁稚物語2022 ~涙の迷い道と別れ道~ 前編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月27日の放送は「ボクらの丁稚物語2022 ~涙の迷い道と別れ道~ 前編」。

あらすじ

 横浜市の家具製作会社「秋山木工」では、住み込みで5年間修行する丁稚奉公制度が採用されている。この間、丁稚たちは酒もタバコも恋愛も禁止、携帯電話は私用で使えず、家族への連絡は手紙だけ。朝は近所の清掃、さらに修行期間中は男性も女性も丸刈りという非常に過酷なものだ。

 しかし秋山木工では、高級ブランドショップやホテルなどに納品されるような、一点ものの超高級家具を作る技術を丁稚生活で身につけることができ、過酷な生活ながら丁稚志望者は後を絶たない。だが、半数は脱落してしまうと番組内では伝えられていた。

 2017年、秋山木工に入社した丁稚3人。京都大学を中退して来た、実家が家具製造会社の内藤、造園会社の跡取りの加藤、糖尿病を抱える佐藤だ。

 19年春、そんな3人に2人の後輩が入ってくる。そのうちの一人、山田はシングルファザーとして自分を育ててくれた父親に恩返ししたいと話すも、流されやすい性格だとも言い、入社前に会社側から習得を求められているそろばん3級も合格できていなかった。そんな後輩・山田を教育するミッションが内藤を中心に、17年組に課せられる。

 山田が入社し1年半後、同期入社のもう一人は退職していた。一人になった山田の下に、新しく後輩の丁稚が入ることになり、山田は自分が苦戦したそろばんについて熱心に説いていた。しかし、そんな中で山田が秋山木工から失踪してしまう。

 山田の直属の先輩である17年組は、山田の失踪においても特に慌てていないようで、先輩職人や秋山社長から、後輩の失踪には先輩の責任もあると諭される。内藤は、山田が何か思うところがあることを察していたが、「実際、面倒くさいというか嫌なんですよね。人と話したりするの」と、素直すぎる思いを番組スタッフに話す。

 一方、失踪から戻ってきた山田は、番組スタッフに対し「何かどうしても上の方々の3人に(17年組)ちょっとどうしても憧れが持てない自分がいて」と不満を話し、番組ナレーションではこの構図を「尊敬できない先輩、扱いづらい後輩」と表現していた。なお、失踪理由については語られなかった。

尊敬できない先輩と生意気な後輩

 番組を見る限りだが、17年組の3人はボーッとした感じで、口数も少なく、はた目にも「頼れる」という言葉が出てこない感じだ。だが、この3人に「悪意」は感じられない。

 一方でその3人の後輩にあたる山田は、そんな先輩にいら立っているのが態度に出ていた。番組の最後、新人指導において内藤と山田の意見は正反対となったが、その時の言葉の使い方も、もう少し気を使ったらいいのに、と思うものだった。

 それまでのいろいろな蓄積があってのことだと思うが、それにしても山田は17年組を下に見ている感じがした。「人を下に見る」は、いかなる理由があれど、それを顔や態度に露骨に出すのは、最大級の失礼にあたると思う。

 秋山木工の丁稚生活は過去にも放送されたが、その際は17年組に久保田という同期がいた。久保田も同期の一人を下に見ている感じがして、山田同様に感じが悪いなあと思ったものだ。久保田はその後、秋山木工を退職する。

 丁稚生活は過酷なので、退職理由は山のようにあったとは思うが、人を下に見る態度を取ると、その相手から憎まれるだけでなく、周囲からも疎まれるようになる。その場に居づらくなった、というのも退職の背景にあるのではないかと思う。

▼前回の放送『ザ・ノンフィクション』「ボクらの丁稚物語 ~泣き虫同期 4年の記録~ 前編」

 番組後半ではそんな後輩、山田が失踪するが、17年組は特に心配した素振りも見せず、至って平常通りの生活を送っているように見えた。そんな3人に対し、先輩の職人たちは後輩の山田にもっと気を配らないと、と諭し、秋山社長も山田の失踪に際し、先輩である3人、そして社長自身に一番責任があると話していた。

 しかし、「かわいげのない後輩が失踪した」という状況で、「心配する」ことが17年組にはなんだかしらじらしく感じられたのではないかと察するし、その気持ちは一個人としてはよく理解できる。

 一方で、秋山社長や先輩職人たちの「部下を心配する、部下の行動に対し自分のマネジメント上の責任を感じる」という気持ちも、社会人として理解できる。

 ただ、「厄介な後輩の失踪」という状況は、実際はせいせいしていたとしても、多少心配した素振りぐらいは見せておいたほうがいいのでは、と思う人が多いだろう。

 そんな中でもまったく平常そうな17年組は“心のまま”とも言え、それは幼さでもあるのだが、大抵の大人が社会にもまれ建前を身につけ、いつの間にかなくしてしまう素直さが残っていて、ちょっとまぶしさも感じた。

 次回は今回の続編。17年組と山田の不協和音が増幅していく中、秋山社長は苦渋の決断を下すことになる。

『ザ・ノンフィクション』娘の育児が他人事の母親をどう説得する?「山奥ニートの結婚 ~一緒に赤ちゃん育てませんか~」

 

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月20日の放送は「山奥ニートの結婚 ~一緒に赤ちゃん育てませんか~」。

あらすじ

 和歌山県田辺市、コンビニも病院もない山奥に、シェアハウス「共生舎」がある。暮らしているのは主に20~30代の人たちで、月に2万円の食費、光熱費を払えば家賃はタダ。気になる買い物の面は、アマゾンに注文すれば翌日には届くので、これといった不便もなく、13ある個室は満室だ。

 過疎集落なので、アユの放流など若い人手を必要とする仕事があったり、交通整理のバイトなどで働きつつ生活している人もいる。

 30代のももこは、もともと法律事務の仕事をしていたが、仕事柄人間関係のトラブルを多く目の当たりにすることで人間不信に陥り、自分はひっそりどこか遠くで暮らしたいという思いから、共生舎に移り込み、貯金を切り崩しつつ生活している。

 しかし、共生舎の住人であるアツシと結婚し妊娠。なお、この限界集落において「赤ちゃんが生まれる」は40年ぶりの出来事だという。

 夫のアツシは子どもが生まれるにあたり、病院からの距離や、学校のことも考えて共生舎からの卒業を考えていたが、ももこは共生舎での子育てを希望しており、「子育てが大変だから面倒を見切れない分は、ほかの住人にも見てもらえるかなって」とも話す。

 共生舎の近くで暮らす80代女性、中岡さんは共生舎の住民たちの面倒を見てくれる、頼れるご近所さんだ。実家の親とは折り合いが悪いももこは中岡さんを信頼しており、生まれた娘の名前も、中岡さんの名前から取り「カヨ」にする。

 一方、ももこは家事、育児に対しどこか他人事な態度を取ってばかりで、赤ちゃんの様子を見に訪ねてきた中岡さんにまで沐浴をしてくれるようお願いする。中岡さんは帰り道、番組スタッフを前に親子を案じて涙する。

 番組の最後、中岡さんはももこたち親子を自宅に呼んだ。ももこに対し、もうちょっと育児に対し積極的になってほしいと説得を試みる。ももこは「私が赤ちゃん産むって決めたから、育てるって決めたから、そこは責任取らなきゃいけないなって思います」と話した。

1週間かけて培われた「説得」の力

 中岡さんの「説得」が印象的な回だった。共生舎のそばで一人暮らしをしている中岡さんは、育児に対し他人事、人任せな言動がみられる母親・ももこのことが気が気でなく、番組の最後で態度を改めるよう諭した。

 「他人の行動を変える」というのは、人間の行う行為の中で最も難しいことの一つといってもいいだろう。これが楽にできれば、世の中の上司も親も教師も苦労しない。正論は言った側が気持ちいいだけで、言われた側の反発を招くだけだろう。説教なんてもってのほかだ。

 中岡さんの説得の何が良かったのか考えてみた。もちろん、説得の言葉自体も、「育児に主体的になってほしい」という耳の痛い話を、繊細なももこに気を使って配慮に配慮を重ねた素晴らしい言葉だった。しかし何より、ももこが娘に「カヨ」と名付けたくらい、中岡さんのことを信頼しているという、言葉以前の、関係性が培われているのが、良い説得につながっていたように思った。

 結局、信頼していない相手がいくら口でうまいことを言っても、それは相手には響かない。中岡さんは、ももこたち親子を1週間自宅に寝泊りさせていた。そういった背景も含めての「説得」なのだ。

 中岡さんの説得は完璧なものに見えたが、一方、説得は受け取る側の力も求められる。

 ももこは、出産前に「子育てが大変だから、面倒を見切れない分はほかの住人にも見てもらえるかなって」といった発言をしていた。自分本位すぎて反発を招くから、「言わないでおこう」と普通は考えそうなのに、ももこは開き直ってとかではなく、まったく悪気なさそうに言っていた。

 中岡さんの説得後、番組の最後には、「私が赤ちゃん産むって決めたから、育てるって決めたから、そこは責任取らなきゃいけないなって思います」と殊勝なことを言っていたが、どうにも「子育てが大変だから、面倒を見切れない分はほかの住人にも見てもらえるかなって」のインパクトを受けたあとに聞くと、本当かな? と思ってしまう。

 「責任を取らなきゃ」は、どんな行動を取るべきか見えてこないフワフワしている言葉だが、「ほかの住民にも面倒を見てほしい」は、取るべき行動が明確で、とても実感がこもった言葉に聞こえる。

 ももこの心に、中岡さんの言葉は果たして届いたのだろうか。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は『ボクらの丁稚物語2022 ~涙の迷い道と別れ道~ 前編』。スマホも恋愛も酒も禁止、男女問わず丸刈りという、令和とは思えぬ労働条件のもと5年修行をする「秋山木工」の若者たちを追う。

『ザ・ノンフィクション』暗い世相にまばゆいバブル世代の華やかさ「もう限界かもしれません ~コロナと父娘のラーメン屋~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月13日の放送は「もう限界かもしれません ~コロナと父娘のラーメン屋~」。

あらすじ

 都内屈指のラーメン激戦区、東京・荻窪。35歳のえつ子は、コロナ禍で最初の緊急事態宣言があけた直後の2020年6月、この地で「旨辛麺 かつくに」をオープンさせる。荻窪では少ない、辛みそを売りにしたラーメンだ。

 コロナ収束の見通しが全く立たない難しい時期にあえて開業を選んだのには理由がある。えつ子の父、裕也は埼玉県でキャバクラや飲食店を6店舗運営しており、コロナ前は年商10億円を目標に掲げ4億円は稼いでいたが、売り上げは10分の1に下がってしまったと話す。

 主力の川越にある海鮮居酒屋では夜の時短営業対策でランチを始めるも、客は1日に数人程度、そもそも川越の街に人がいないという。裕也の店であり、えつ子がかつて働いていた狭山のキャバクラは無期限休業中だ。ラーメン店ならばとその可能性に賭けての出店だったのだ。

 かつくにの、7人しか入らないカウンターの店で、えつ子と、元キャバクラの黒服だった菊池は懸命に働くも、テレワークの影響もあり、荻窪の街を歩く人が夜は格段に減ってしまい、店を開けても閉めても赤字の状態が続いてしまう。

 21年5月、えつ子は店頭に「もう限界かもしれません。売る物も(私物)無くなり このままではお店も1カ月もちません。もう限界です。皆様 お客様 どうかお助け下さい  店主えつ子(一部のみ抜粋)」と張り紙を出す。

 えつ子の訴えに、ネット上では同情商法はやめろ、協力金はもらうくせに、などの心無い声も見られたが、店には応援すると客が何人も訪ねていた。

 それでも赤字は続き、えつ子は閉店を決心。しかし、菊池が裕也とえつ子に店の継続を土下座して懇願、10日間の猶予を与えられた。それでも、店を営業するための目標金額の半分に及ばず、かつくには休業となった。

 えつ子は、応援してくれた常連に送る手紙とともに、冷凍ラーメンをセットで送るなど、通販という新たな活路を見いだそうとする姿も伝えられていた。

6店舗のうち5つをたたむ

 えつ子の父、裕也は、屋台から一代で事業を伸ばしたやり手の実業家だ。番組の最後では6店舗あった店舗のうちの5つを閉店や休業状態にする厳しい決断を下す。

 そのうちの一つ、西東京市の海鮮居酒屋の最後の日は、裕也も接客を行い、閉店後は人がいなくなった店に戻っていく背中が映されていた。まったく自分の落ち度ではないコロナという要因で、手塩にかけてきた店をたたまないといけない無念、悔しさを思う。

 番組ではコロナ前、会社が絶好調のころの自社パーティー(裕也50歳の誕生祭)が紹介されていたが、裕也は銀白色の袴姿で、リオのカーニバル風のダンサーたちを大勢従え登場するなど、今の日本からはほとんど失われたように思われた「バブリー」を地で行っていた。そして、これが見ていて爽快なのだ。

 社長室の壁には、家の玄関ドアほどある大きな馬の絵画が飾られ(馬主になりたいと話していた)、部屋にはえつ子の身長くらいありそうな陶磁器のツボ、円形の屏風、金色を基調とした縁起物があった。

 バブル世代は金銭感覚と美的感覚がおかしいと煙たがられることもあるが、一方で、バブル世代には華がある。華やかさ、派手さが、今の先の見えない暗い世相だからこそよりまばゆい。そしその圧倒的な華やかさが、新宿歌舞伎町ではなく、狭山から噴き出していたというのもたまらない。

 裕也の社名「インフィニティ78」の78は七転び八起きが由来だという。先の見えない苦難の中かと思うが、“狭山の帝王”の再起を願う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「山奥ニートの結婚 ~一緒に赤ちゃん育てませんか~」。和歌山県の山奥で、「働きたくない」20~30代の若者がシェアハウスで共同生活を送っている。そんな理想郷に、現実の象徴でもある「赤ちゃん」がやってきて……。

『ザ・ノンフィクション』ほとんど福祉の領域にある不動産業「おせっかい男とワケありな人々~あなたのお家 探します~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月6日の放送は「おせっかい男とワケありな人々~あなたのお家 探します~」。

あらすじ

 アフロの髪形におしゃれなパーカーと、古着屋店員のような見た目の高橋大輔は「おせっかい不動産」の代表だ。おせっかい不動産には店舗も看板もない。神戸市長田区にある介護付きシェアハウスの、高齢者たちがたたずむ大広間の一角でパソコンを立ち上げ仕事をしている。

 このシェアハウスを運営する首藤が高橋と意気投合し、「自分たちの理想の不動産屋をつくろう」と持ち掛けたという。首藤はかつて自分におせっかいをしてくれたおばちゃんと高橋がかぶると話す。おせっかい不動産は、ほかの不動産会社なら断ってしまうような「割に合わない」仕事も引き受ける。

 火事で家を焼け出されてしまった、生活保護で暮らしていた身よりのない福永には新居を探すだけでなく、中古ながら状態のいいテレビや冷蔵庫、さらには家具から包丁まで家財道具一式を調達して引き渡していた。

 病気でほぼ目が見えない一人暮らしの美津子は、当初おせっかい不動産で家を探すも予算の折り合いがつかず公団に入ることになり、高橋の顧客ではなくなったのだが、一度会った縁と、高橋は引っ越しまで手伝う。また、91歳の身寄りのない女性が亡くなった際は、遺品の整理も手伝っていた。

 採算度外視のおせっかい仕事もためらいなく引き受ける一方で、高橋はもともと大手不動産会社の営業マンだった経歴を生かし、数百万円の契約もこなす。

 そんなおせっかい不動産に新人女性、岡崎が加入した。岡崎は今も大阪・西成で日雇い労働者の生活支援を行うNPOで働いており、そもそも首藤の介護施設の手伝いを希望していたが、おせっかい不動産に配属される。当初、おせっかいはありがた迷惑だと思われるのでは、と岡崎は戸惑いを番組スタッフに口にしていた。

 次なるおせっかい不動産の顧客、79歳の橋迫はがんが見つかり、それまで住んでいた風呂なし、水場も共同の2畳の部屋より、もっと環境のいい部屋のほうが良いだろうとソーシャルワーカー経由で依頼が入る。

 この家探しにおいて、ケアマネージャー、ヘルパー、訪問看護が集い、岡崎は「(その中に不動産会社である)おせっかい不動産がいていいんだっていうのはすごくしっくりきました」と腑に落ちた様子で話しており、その後、橋迫をひとり訪ね、生活の様子ごく自然に尋ねる岡崎の姿も放送されていた。

 高橋の本職は不動産業なのだが、おせっかい不動産の採算度外視の仕事を見ていると、これはもう福祉の領域に見える。『ザ・ノンフィクション』では今回に限らず、福祉、社会問題と向き合っている人たちを多く伝えており、今回の高橋でいいな、と思ったのが、数万円するパーカーを着て、髪形もアフロヘアーと金がかかるファッションを決めていたところだ。

 ファッションが好きで、自分のスタイルにこだわりがあるのだろう。「おせっかい不動産」の仕事と「金のかかる個人的な趣味を両立させている」ところが実にいいと思った。

 福祉はどうしても「豊かさ」とのリンクが弱い。というか、そもそも、社会が「豊かさ」を目指す中で「ひずみ」が生まれてしまい、そのひずみによって最低限の社会生活が困難になった人をなんとかしようとするのが福祉なのだと思う。

 そのため、どうしても福祉は「金」と縁遠くなりがちなのだろうが、あらゆる面で余裕がない中、手弁当で人の幸福のために身を削る人というのは、見ていて切なくなるものがある。そんな中で、高橋のファッションへのこだわりや、妻子の待つ家に午後6時には帰るという姿は見ていて安心した。社会を思う気持ちと、自分の楽しみやプライベートを両立させようとする姿に、今の時代の良さを思った。

 高橋は大手不動産会社での経験を生かし、おせっかい以外の不動産業務もこなしていて、番組内は札束が映るような高額案件もあった。福祉や社会問題を生業にしようと志す人は、採算は二の次になりがちな傾向もあるように思うが、それ自体がお金を生み出しにくいからこそ、「金」のことがむしろとても大切なのだと思う。

 番組では、突然亡くなってしまった女性の遺品整理に取り組む様子も伝えられていた。一人暮らしの91歳の女性で、部屋は物が多めだが片付けられており、作りかけの刺繍は虎の全身模様という気合の入ったものだった。高齢ながら、一人生活をきちっと、また、楽しみをもって営んでいたのであろう様子が部屋からしのばれた。

 しかし突然死によって、サイフの置き場所は? 保険証は? という部屋の大捜索が始まる。一人暮らしの場合、家を引き払う必要があるわけで、本人が亡くなったあとも人手や、それに伴い金がいる。

 どうしても生きていると「死んだ後」についてはついふたをしてしまいがちだが、あらためて自分が死んだあと数日は続く「死後の仕事」の備えについて考えてしまった。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は「もう限界かもしれません ~コロナと父娘のラーメン屋~」。「もう限界かもしれません」から始まる張り紙が物議を醸し、話題となった1軒のラーメン店がある。埼玉県を中心に居酒屋、キャバクラを展開する飲食店グループを経営する社長とその娘の苦難について。

『ザ・ノンフィクション』専業主婦希望の婚活で噴き出した本人の問題「結婚したい彼女の場合 ~コロナ禍の婚活漂流記~後編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。1月23日の放送は「結婚したい彼女の場合 ~コロナ禍の婚活漂流記~後編」。

あらすじ

 コロナ禍で2020年の国内婚姻件数は52万5,490組と前年より12.3%も減っている。外出自粛やリモートが出会いの機会を奪っているのだ。

 そんなコロナ禍で「婚活」を始めた、飲食店で働く実家暮らしの31歳の女性・ミナミ。共稼ぎの両親のもとで育ち一人で食事をとることも多かったと話し、専業主婦志望だ。

 恋愛経験のないミナミは結婚相談所「マリーミー」に入会するも、状況は芳しくなく、マリーミー代表、植草美幸による直接指導コース(月3万円)を受ける。植草は8割の利用者を1年以内に成婚させるやり手だ。

 専業主婦志望という条件でなかなか決まりにくかったミナミの婚活だが、資産家の家系で、駅前にマンションを2棟持っている40代の長谷川とは話が弾み、デートを重ねる。しかしその同時期にやりとりを始めた30代の介護士、町田に初恋状態になり、浮かれた様子で番組スタッフに話していた。

 恋心から、当初考えていなかった共働きのライフプランまで植草に披露していたミナミだったが、その後町田の自宅でデートをしたところ、気持ちは一転。町田との交際を終了したいと植草に告げる。

 町田の自宅で、使い込んだ座布団が擦り切れてワタが見えていたり、電球を取り替えておらず部屋が薄暗かったり、一方で(ミナミ的にはあまり価値を置かない)車にお金をかけているなど、リアルな生活状況を知った途端、急速に冷めてしまったようだ。

 一方、長谷川との関係だが、長谷川が親兄弟と同居していること、育った経済的な環境が違いすぎることなどが理由で、ミナミの母親は交際を反対。ミナミの心も揺れる。植草は「(母親がミナミのことを)一人前だと思ってないんだと思う。どっかで飛び出さないとね、自分が」とミナミの背中を押す。

 しかし、長谷川がミナミの実家にあいさつに来ることになった直前、ミナミは番組スタッフに対し「長谷川さんとは交際終了になると思います」と唐突に告げる。

 デートの際、具合が悪くなったミナミに対し、「僕もパニックになることがあるよ」と励ました長谷川の「パニック」という発言に対し、ミナミは持病があるのかと疑い出し、さらに、その疑いは植草への不信、怒りへと変わっていってしまったのだ。

 すっかりだまされた気になり、植草に言いたいことを言ってやると「マリーミー」に向かったミナミだったが、植草に諭され気を取り戻す。だが長谷川との間は交際不成立で終わった。

 先週の前編では、お見合いの席でミナミに「(大卒なのに)ホールの仕事をしているの?」と言った無礼な男性がいて、涙を流すミナミに心無い人もいるものだとミナミに同情した。しかし、後編は前編からうっすら気配があった「ミナミのまずさ」が際立った回で、気遣いのできる長谷川の次なる良縁を願わずにはいられなかった。

 ミナミのまずさは「決めつけの強さ」だ。前編では、長谷川が肌着などをイトーヨーカドーで買うことから「資産家はケチなのかもしれない」と決めつけていたが、この決めつけが後編ではマシになるどころか、悪化する。

 その流れを整理すると、このようになる。

1.デート中に具合の悪くなったミナミに、長谷川が「僕もパニックになることがある」と気遣う。
2.長谷川の「パニック」という発言にミナミが過敏に反応。病気を隠していると疑い、母親に伝えると「騙されているのと一緒だよ」と怒っていたという。植草に対しても、なぜそんな大事なことを教えてくれないのかと怒りが沸騰。
3.植草に怒りの丈をつづったメールを送信する。裏切られた、アンフェア、騙されたなどの記載があった。

 番組を見ていない人が見ると、上の記載は何かを大幅に省いたり、誇張して書いているのではと思うかもしれないが、番組を見た人にはおおむね見たままを書いたことが伝わると思う。そのくらいミナミは決めつけが激しく、さらにその決めつけに基づいて極端な行動に出てしまう。

 「僕もパニックになることがある」と聞いたときに、ミナミは「単に『パニクっちゃうことがある』程度のことじゃないのか?」「とりあえず植草さんに確認してみよう」「仮になんらかのパニックを起こす疾患があったとして、そういったものは結婚相談所では事前に申告し、伝えられるものではないのか?」などの感情の整理をする余裕がないまま、暴発してしまう。「パニック」状態なのはむしろミナミだと思った。

 また、ミナミははっきりした物言いの母親には頭が上がらないようだが、母親は長谷川に会ってもいないのに交際に反対していた。母娘で「決めつけが強い」傾向が似ているように思った。

 そして身近な人がこうだと、もしかしたらミナミは自分が「決めつけが強い」という自覚すらないのかもしれない。イトーヨーカドーの件で、すでに植草にたしなめられていたのに直せてないということは、かなり身についてしまっている思考回路なのだろう。

 番組では、コロナで先の見えない生活の中、結婚相談所には20代前半の女性の入会が続いていると伝えられていた。そのうちの一人は、髪を巻き、薄ピンクを基調にしたワンピースを着用して植草のもとを訪ねていて、婚活とは何かを理解した服装だった。

 その20代女性は40代男性とお見合いし交際しているようだが、植草に相手との年齢差について聞かれたときに、「彼も(自分同様)海外にいた経験があって、年齢差を全く感じない会話ができていたので」と百点満点の答えをしていた。若くしていろいろなことと折り合い、諦め、妥協ができている、ソツのない大人に見えた。植草の手を煩わせず早々に「卒業」していくのではないかと思われる。

 一方のミナミは31歳のわりには幼く、それゆえに理想は高く、決めつけが激しい。しかし、そんなミナミが成婚に至ったらそれはとてもドラマティックだ。

 手ごわい20代ライバルが増える中、ミナミは植草のアドバイスのもと婚活で自己研鑽を重ね大人になり、現実と折り合いをつけ、狭き門である専業主婦になれるのか。

 また、専業主婦になれなくても、座布団のワタや、部屋の電気の暗さ程度で幻滅せずに「この人とやっていきたい」と覚悟を決められるのだろうか。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「おせっかい男とワケありな人々~あなたのお家 探します~」。アフロヘアーの高橋大輔は見た目とは裏腹に不動産会社「おせっかい不動産」の代表だ。彼の担当する客のほとんどは、普通の不動産会社だと断られてしまうような「ワケあり」な人が多いようで……。

『ザ・ノンフィクション』専業主婦志望のハード婚活「結婚したい彼女の場合 ~コロナ禍の婚活漂流記~前編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。1月16日の放送は「結婚したい彼女の場合 ~コロナ禍の婚活漂流記~前編」。

あらすじ

 コロナ禍で2020年の国内婚姻件数は52万5,490組と前年より12.3%も減っている。外出自粛やリモートが、それまで自然にあった出会いの機会を奪っているのだ。

 そんなコロナ禍で「婚活」を始めた飲食店で働く30歳の女性・ミナミ。共稼ぎの両親のもとで育ち一人で食事をとることも多かったと話し、専業主婦志望だ。恋愛経験のないミナミは結婚相談所「マリーミー」に入会するも、状況は芳しくなく、マリーミー代表、植草美幸による直接指導コース(月3万円)を受ける。

 植草は8割の利用者を一年以内に成婚させるやり手で、成婚数は年に100~150件に及ぶ。成婚で植草のもとを「卒業」していった利用者女性は「『恋愛と結婚は別だよ』っていうところから(植草に)教えていただいてすごくありがたかったです」と話す。

 植草は、専業主婦希望のミナミに対し、日本の年収は40年上がっておらず、妻に家にいていいという男性は少数派で、「夢の専業主婦=10%」と厳しい現実を伝える。その上で、ミナミのプロフィール写真を女性らしい服装とヘアメイクにして撮り直す。

 ミナミも家で婚活対策のノートをまとめ、植草の著書を読み、婚活を研究し、お見合いの場ではにこやかに気遣いをしつつ話をしている様子が放送されていた。

 しかし、植草という頼もしいセコンドがついても簡単にうまくいかないのが婚活だ。ミナミは「大卒なのに飲食のホール(の仕事を)やってるの?」と見合い相手から言われ、相談所で涙することもあった。

 一方で、婚活を通じミナミ自身の問題もあぶりだされてくる。不満をため込んで爆発してしまうところや、相手に厳しい評価をしてしまうことだ。

 専業主婦志望という条件でなかなか決まりにくかったミナミの婚活だが、駅前にマンションを2棟持っている40代の長谷川とは話が弾み、デートを重ねていく。夏のデートでは水上バスに乗り、長谷川はミナミへ誕生日プレゼントを渡しと、いい感じの雰囲気に見えたものの、番組最後に「もう一人の方のほうが私としては……」とスタッフにミナミは話す。

 その直前にやりとりを始めた30代の介護士の町田とフィーリングがとても合ったようだが、この場合、専業主婦を叶えるのは難しくなりそうだ。迷うミナミはどう決断を下すのか。

番組を見ている中で、婚活市場の男性に「うわあ」と思ったことがいくつかあった。

1.店員に横柄(ミナミとお見合いした男性)
2.結婚がうまくいかないのを相談員のせいにし暴言メールを送る(植草の話から)
3.「大卒なのに飲食のホールやってるの?」と相手に聞く(ミナミとお見合いした男性)

 「普通の常識的な振る舞い」すらできない層が、婚活市場において少なくないのだろう。

 よく婚活において女性が「普通の男性でいいんです」と話をすることがある。その「普通」とは、年収や見た目とかそういうことよりも、普通に、常識的な、何もすごく思いやりにあふれていなくてもいいから、「最低限のやさしさのあるコミュニケーションができる」というか、人に失礼なことをしない人という意味を含んでいるのではないかと思う。

 髪をせっせと巻いて、休日にお見合いに行き、相手がその「普通のコミュニケーション」すらできないタイプなら心底がっくりきそうだ。

 全国の結婚相談所は連盟があり、登録者を全国の相談所で共有し紹介しあっている。上記のような普通がままならない人はイエローカードを発行し、累積でレッドカードにし「出禁」にすればいいのに、と自分が利用者の立場なら切に願う。しかし、一方でおそらくこういう「本人に問題があって、いつまでも決まらない人」の払う会費が、全国の結婚相談所の運営を支えているのだろうとは思う。

 一方で、ミナミもミナミで婚活を通じ問題点が出てくる。長谷川がTシャツや寝具をイトーヨーカドーで買っていることに対し、ミナミは「資産家はケチが多いというのは本当かもしれない」と植草への相談メールに書いていた。

 長谷川は別にミナミにおごらないわけではない。自分が服を買う店だけで、ここまで勘ぐられたらたまったもんじゃないと長谷川に同情した。

 さらに、それはないなと思ったのが、資産家の息子である長谷川について、ミナミが番組スタッフに発した言葉だ。

 「正直(長谷川が)イヤなわけじゃないんですけど、結局私は労働者として一生懸命働いているわけであって(略)でも相手のその人はもともとお金持ちだから、そこまで自分を追い込んで働いたことあるのかなって思っちゃって。そんな住む世界が違う人とやってけるのかなって」という発言だ。

 「格差社会の不公平」「住む世界が違う人と結婚することの不安」自体はわかるのだが、しかし、そもそも共稼ぎの家庭で育ったミナミは専業主婦志望という前提から、相手は「住む世界が違う」人になるはずなのだ。

 住む世界が違うことになるであろう人を志望しながら、住む世界の違いに不満や不公平感を覚えるなら、一体何がどうなればミナミは満足するのだろう。

 どうにも煮え切らないミナミの態度だったが、それは新たにお見合いをした介護関係の仕事をしている町田への「恋」によりがらっと一変する。

 今回の前編では町田本人は出てこなかったが、町田のことを話すときは明らかに楽しそうだった。町田以外の男性に対しミナミの採点が辛口だったのも相手への「恋力」が低かったからというのもあるのかもしれない。

 一緒にいて楽しい相手というのはなかなかいないのだから、町田にすればいいのにと個人的には思ったが、次回予告で植草は「ここは恋するところではなくて、結婚をするところ」と、浮かれるミナミにぴしゃりと釘を刺していた。

 恋は冷めるので、植草の発言の意図、思いもよくわかるのだが、一方で本格的な男女交際をしたことがなく、恋の力をおそらく初めて知ったミナミが、あえてそれを無視した選択をする、というのもなかなかきつそうだ。

 何より「恋より結婚」で選ばれる男性も気の毒に思う。ミナミはどうするのか。来週の後編が待ち遠しい。

『ザ・ノンフィクション』日本を出て中国・深圳で生きる原動力「この町で人生を変えたくて ~結婚とお金と生きがいと~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月19日の放送は「この町で人生を変えたくて ~結婚とお金と生きがいと~」。

あらすじ

 真新しい超高層ビルが立ち並ぶ中国のハイテク都市・深圳。住民の平均年齢は33歳で、街全体が活気にあふれている。開発スピードもめまぐるしく、番組のナレーションでは「シリコンバレーの1カ月は深圳の1週間」と伝えられていた。

 こちらでバー「モザイク」を営む35歳のゆきは、今年の2月に前のオーナーからこの店を引き継ぐ。SNSで流れてきた譲渡の情報がきっかけで、わずか3秒の即決だったという。ゆきは子どものころから日本の生活に息苦しさを覚えていたと話し、教師になるもその後世界中を旅し、深圳にたどりつく。「モザイク」は日本人駐在員たちで連日にぎわっている。

 即決のゆきは結婚も早く、日本の婚活はふるわなかったというが、中国で婚活を始めて最初に出会ったリャンと早々に結婚する。しかしゆきは中国語を話せず、リャンは日本語を話せないため、2人の会話は英語だ。

 リャンが同僚をモザイクに連れてきたとき、わからない中国語の会話の輪に自分が呼ばれたことや、営業時間を過ぎても帰らないことにゆきは不機嫌そうだった。新婚のワンルーム生活もゆきにはストレスだったようで、ゆきは自分用の部屋を別に借りる。

 モザイクの客である26歳の鈴木は深圳3年目。投資会社で働き、新米ながら数億円の運用を任されている。日本について「お金持ちになりたいというと汚いと思われる」「資本主義の犬め、みたいな」と話し、鈴木も日本社会に窮屈さを感じていたようだ。鈴木はモザイクで出会った中国人女性をデートに誘い、中国で生活を根付かせていきたいようだった。

 同じくモザイクの客で47歳の高須は、世界中から深圳に集まってくる最先端技術を世界へ発信し、日本企業と最新技術の橋渡し役を行っている。大規模会場で毎月のように行われる展示会に足を運び、新しい技術を前に楽しそうな様子だった。世界最先端の情報を発信している高須のSNSには、世界中から1万2,000人を超えるフォロワーがいるという。

 番組の最後では、ゆきが中国語の勉強をはじめ、夫婦でゆきの誕生日を祝っていた。

夫のやることなすこと気に食わないのは、無自覚な要求の多さゆえ?

 モザイクの店主のゆきは、異国でにぎわう店を切り盛りしており、人生を1人で切り拓いていける行動力の持ち主だが、それゆえに我もかなり強そうだった。夫のリャンは国際結婚に憧れがあったのか、「日本人女性は~」となにかと連発するが、ゆきは主語を大きくするなと怒っていた。

 そんなリャンは基本的に悪気がなくおだやかだが、ゆきはリャンの一挙手一投足にイラついているように見えた。夫のやることなすこと気に食わないという妻は多いが、これは妻自身の無自覚な要求の多さにも問題があるように思う。

 しかし、番組の最後でゆきは「(リャンに対し)私と一緒にいてくれることがすごいなぁって思います」と話していて、結婚生活はゆきを少し大人にしたのだろう。

 ゆきと鈴木は「日本社会がどうにも合わず、世界中を旅し深圳にたどり着く」という経緯が似ている。特に鈴木は「日本って『お金持ちになりたい』というと汚いと思われるじゃないですか」「資本主義の犬め、みたいな」と話していた。しかし、実際に鈴木に口頭でここまで言った人は本当にいたのだろうか。鈴木の話を聞いていた番組スタッフも「そうかなぁ」と同意しかねていた。

 実際のところは、なんとなく雰囲気でそう感じたとか、ネットの書き込みを見た、あたりなのではないだろうか。ネットは大げさなものほど目を引く世界なので、リアルとは異なる。もし実際に日本で、鈴木の夢に対し対面でこのように言う人がいたのだとしたら、それは日本社会が悪いというより、話す相手のチョイスを間違えたようにも思う。

 一方で、「過去を(実態よりも)くさして、それをこれからの生きるためのバネにする」という感覚は、鈴木ほどではないものの、私も上京してきた立場なのでわかるところもある。国や地域でなくとも「自分を振った相手、うまくいかなかった勤め先を悪者にして奮起する」「あいつを見返してやる」などまで含めれば、心当たりのある人も少なくない感覚に思える。

 その人がよりよく生きるためのバネになるのならこのやり方もアリだとは思うが、何かをくさして奮起するというのは、実態以上に過去や故郷や人などを嫌悪するなどの副作用もあるのではないかと思ってしまった。しかし鈴木は26歳であり、「若さゆえ」とも言える。

 一方、3人目の登場人物である47歳の高須は大人だった。年季の入った技術オタクでありビジネスマンの高須は、展示会を巡り新技術に食いつき、スタートアップの企業を自転車で回り商談してと、愛する最新技術に世界で一番触れられる場所で、いきいきと暮らしていた。

 また高須はゆきや鈴木のように「自分は日本が合わない」といった発言はなく、むしろ中国の最新技術を日本に伝えていきたいと話していた。高須のように過去へのネガティブな気持ちを原動力にしなくとも、健康的に、自然に頑張れる人もいるのだ。

『ザ・ノンフィクション』やる気を見せても、すぐに「逃げ出す」人たち「スマホとホームレス ~無料Wi-Fiに集う若者たち~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月12日の放送は「スマホとホームレス ~無料Wi-Fiに集う若者たち~」。

あらすじ

 都内で生活困窮者の支援を行う佐々木大志郎。困窮者のSOSはスマホから届くという。しかし携帯会社に通信費を払えないほど困窮しているため、端末を街の無料Wi-Fiにつなげている。

 炊き出しの場所、日雇いの仕事探しなど、今の生活困窮者にとってスマホは必需品であり、佐々木もウェブでの情報提供に力を入れ、炊き出しなどの日は自前でモバイルWi-Fiルーターや充電器を持参する。そうした支援活動を続ける佐々木のもとに、SOSを出した3人のホームレス青年を見つめる。

 28歳の山本は料理人だったが新型コロナで店が苦境に陥り、解雇され寮から追い出されてしまう。日雇いの仕事が見つからない日は、何も考えたくないとただひたすら街を歩き回っているという。夜は金があればネットカフェを宿にするが、公園で夜を過ごすこともある。

 生活は一層困窮し、一昨日から何も食べられない状況になり佐々木にSOSを出す。生活保護を申請し、家を決め、新たにスマホ修理の仕事を得る。当初は仕事にやる気を見せていた山本だったが、仕事への愚痴を番組スタッフにこぼすようになり、仕事を辞め、佐々木への連絡も途絶えてしまう。

 37歳の中村は日雇いの仕事をしていたが、携帯料金が支払えなくなり、日雇いのバイトも採用されない状況だという。母とは疎遠で、生活保護の申請を佐々木に促されるも、結局、その後連絡は途絶えてしまい、申請は行われなかった。

 佐々木は生活保護をためらう人が多い理由について、生活保護に良いイメージがないことと、申請に際し親族に照会連絡が行くことへの抵抗があると話していた。

 その後、中村と再度連絡がつながり、今度こそ申請を、となるが、またも約束の日に中村はすっぽかす。生活保護の受給は見送り、実家のある九州で頑張ってみると中村から連絡があった。

 31歳の佐藤は飲食業をしていたが失業。パニック障害とうつの治療を行いながら家族と同居していたが、家族仲がこじれ、出て行ってほしいと母親から言われ、佐々木のもとを頼る。新居を見つけ、フードデリバリーの仕事をしつつ、正社員を目指し就職活動も行っていた。

 なお、3人の青年ともに顔にボカシが入っていたが、持ち物や服装といった見た目にはいわゆるステレオタイプ的な「ホームレス」感はなく、こざっぱりとした印象だった。これはネットカフェや個室ビデオ店など、シャワーサービスを併設した、安く泊まれる場所が増加したことも影響しているという。

 路上生活者は減ったが、ホームレスが減っているわけではなく、見えにくくなっているだけと番組では伝えられており、都内の公園で行われた生活困窮者に向けた弁当の配布には長蛇の列ができ、スマホを手にした若者と思しき男女の姿も散見された。

 3人の生活困窮者が番組では紹介されていたが、今後について前向きな様子が映像で確認できたのは佐藤だけだった。山本は、新しい家も就職先も見つけたものの長く続かず、連絡を絶ってしまう。

 山本は番組スタッフとの受け答えなどちゃんとしている青年だったので、突然の放り投げるような行動との落差に驚いてしまった。

 しかし『ザ・ノンフィクション』では、生活困窮者とそれを支援する人たちを取り上げた回が過去に何度もあり、思い返してみると、 残念ながら今回のような「支援される人の雲隠れ」は「あるある」ですらある。

 さらに、そういった人たちは「確かにやりかねない」と危うさを感じさせる人は少なく、山本のように、むしろ「ちゃんとしてそう」な人が多い。そんな人が、いきなり投げやりな態度になっていき、投げ出し、関係者はびっくりしてしまうーーそんなケースは、過去に番組で何度も見ていた。

 「助けてくださいと手を伸ばし、支援者のバックアップで生活は再建された。めでたしめでたし」となることのほうが、今までの番組を見る限りは少ないのだ。

「逃げる」選択肢を選ぶのがとにかく早い

 今まで『ザ・ノンフィクション』で見てきた「逃げ出す人たち」は、最初はやる気を見せる。その気持ちに嘘はないと思うのだが、そこから逃げ出すまでが驚くくらい早い。つらいこと、困難なことに適応、対応する力が弱く、「逃げる」という選択肢を選ぶのが早すぎるのだ。

 つらいことや困難なことは誰だってイヤだと思うが、そこで「ふんばってみる」「愚痴をこぼしつつ乗り切る」「相談する」「転職する」など、ほかの選択肢もあるのに、いきなり「逃げる」を選んでいる印象だ。

 「逃げる」は重要な選択肢だと思うが、「逃げ癖」がつくのはまずいし、放り出すような逃げ方では信頼を失ってしまう。

 佐々木は連絡のつかない山本を案じていた。逃げ出してしまうのはあるあるすぎていちいち怒ったり失望したりしていられないのだと思うが、それでも手を差し伸べ続ける支援者の方たちの日々の活動を尊敬する。そして同時に、「逃げ癖」がついてしまうことの怖さを改めて感じた

 次週は「この町で人生を変えたくて ~結婚とお金と生きがいと~」。急速な発展を続ける中国・深圳。1700万人に膨れ上がった人口の平均年齢は33歳。活気あふれるその街でバーを営む「ゆき」のもとを訪ね、深圳で暮らす日本人たちの姿を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』遺影専門の写真館「笑顔の一枚とあなたの記憶 ~家族へのおくりもの~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月5日の放送は「笑顔の一枚とあなたの記憶 ~家族へのおくりもの~」。

あらすじ

 東京、中野で遺影専門の写真館「素顔館」を営むカメラマンの能津喜代房(73)。13年間で5,000人以上の遺影写真を撮っており、館内には笑顔の遺影が並ぶ。

 能津はもともと広告カメラマンだった。カメラを質に入れるほど暮らしが厳しかったころに生活を支援してくれたのは義父だが、その義父が亡くなった際に写真を撮っていなかったことを後悔して、遺影写真のカメラマンへ転身した。

 遺影撮影の第1号は郷里の山口で暮らす能津の両親だった。元気な時の1枚は「家族への最高のプレゼント、最後のプレゼント」と能津は話す。そんな能津のもとを訪ねた「遺影を撮影したい人」の背景を追う。

 80歳の房江は、息子を5年前に37歳で亡くしてしまう。突然の体調不良で入院し、何が原因かもわからないまま亡くなってしまったという。その若さで遺影など事前に撮影するはずもなく、スナップ写真を引き伸ばして使っているため写真は少しボケている。その後悔もあり、自身はちゃんとした遺影を撮影しようと、房江は素顔館へと向かう。

 2017年に能津が撮影した68歳(当時)の貴美子は、がんが進行し、気づいたときにはすでに手術ができない状況で、医師から6~9カ月の余命を宣告されてしまう。がんの治療で見た目に変化が出てしまう前に、と娘が遺影の撮影を勧めたそうだ。

 貴美子の自宅で行われた出張撮影は、父親が新居の祝いにと植えた思い入れのあるバラが満開になるタイミングで行われ、そのバラを背景に、孫の吹くシャボン玉に囲まれて、貴美子は遺影を撮影した。

 54歳(20年10月時)という若さで遺影写真を撮影した正樹は、取材の前月、腎臓にガンが見つかったという。手術してみないとわからない状況とのことで、腎臓を全摘出して人工透析になる可能性もあると、医師から告げられていた。

 今一番(健康状態が)いいときに自分の写真があってもいい、と撮影を依頼する。幸い手術はうまくいき、短期での職場復帰を果たしていた。

 番組の最後では、17年の撮影から4年たった貴美子が、孫を抱きかかえるほど元気に過ごしている姿も伝えられていた。遺影の自分自身の写真が力になったと話す貴美子は、今回、能津に家族写真を依頼していた。

「遺影」を撮影することで生まれる気持ちの変化

 冒頭で紹介されていた房江は、番組で見る限り、健康上に問題はない状態での遺影撮影だったと思われる。その後、出来上がった遺影を近所の人や娘にお披露目していたが、その場で笑いも出てしまう、ちょっとユーモラスで、朗らかで、ほのぼのとした1枚だったのが印象的だった。

 そもそも遺影を本人がお披露目するというのも、なんともシュールだ。足元に迫った死を笑うことは難しいが、自身が健康で死が少し遠い距離にあるときは、ユーモアをもって扱うと、思わず笑ってしまうことがあるだろう。それは、死という最大の恐怖からちょっと救われる、ほっとする笑いだったりする。

 近いところにある死は深刻だが、一方で覚悟が決まることもある。余命宣告をされていた貴美子や、人工透析になるかもわからないまま手術に臨んだ正樹は、2人とも幸いその後の経過がよく、遺影が使われることなく今も過ごせている。2人とも遺影の自分の姿が力になったと話していた。

 「自分の死」を意識するというのは、強烈な覚悟になるのだろう。時になんだか笑えてしまったり、覚悟が決まったりと、恐怖だけではない、さまざまな「死の持つ力」を感じた回だった。

 私はライターで、たまにカメラマンが同行できない案件で写真を任されることもある。そこで思うのが「写真を撮られる」側の難しさだ。

 知人がスマホで撮影した飲み会の写真では良い笑顔の人も、あらたまった場の撮影では、慣れなさから表情が硬くなってしまうケースが本当に多い。能津も貴美子の遺影を撮った際、貴美子の孫に参加してもらうことで硬さを抜いていたが、この「硬さを抜く」が本当に大事なのだと思う。

 本当は、能津が手掛けた多くの遺影写真のように「くつろいだ自然な笑顔」で写るのが最高だと思うし、それを引き出すのがプロカメラマンなのだと思う。

 私自身、スタジオで撮ったプロフィール写真があるが(遺影が必要な際はこれを使おうと思う)、その際、自分が撮影する側で苦労した経験があったために、硬くならないように、あえてものすごく笑ってみた。すると写真では、それがちょうどいい塩梅になっていたのだ。

 こうした撮影経験から、「ちょっと大げさなくらいがちょうどいい」のだと思う。選挙ポスターみたいな、こんなのやりすぎじゃないのか、と不安になるくらいの笑顔が写真だとちょうどよかったりする。

 また、歯を見せない笑顔は何か腹に隠し持った感じや、ツンと取り澄ましたように見えてしまうので、できれば歯は見せて笑ったほうがいいように思う。参考になれば幸いだ。

 次週は「スマホとホームレス ~無料Wi-Fiに集う若者たち~」。都内の公園、生活困窮者のための炊き出し会場に掲げられた看板には「無料Wi-Fi使えます」「スマホ充電できます」という言葉が並び、そこにはスマホを手にした若者たちが集まってくる。スマホは炊き出し場所など、生活に困っている人が支援とつながるための最後の命綱なのだ。現代の貧困の姿を見つめる。