『ザ・ノンフィクション』タニマチや太客、人脈で生きる歌手「27歳 流しの歌姫 ~夢のステージに立ちたくて~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月29日の放送は「27歳 流しの歌姫 ~夢のステージに立ちたくて~」。

あらすじ

 流しの歌手、27歳のかとうあいは日本中のスナックやクラブなどに飛び込み営業を行う生活を7年続けている。4万軒に飛び込みをして1万軒に断られたと明るく話す。

 そんなあいの夢は日本武道館での単独ライブだ。大阪の音楽専門学校に通っていたため当初の夢は大阪城ホールだったが、老若男女が知っている日本武道館に変更したとのこと。

 夢の実現のため、あいは流しを通じ人脈を構築していく。銀座の会員制ラウンジのママはあいの夢実現に向けた決起集会を開き、高級シャンパンは80本ほどはけたという。また、経営者たちの支援も得て、18社があいの夢をサポートしている。

 あいは並外れたバイタリティを見せる一方で、抜けている面もある。飲食のバイトもクビになり音楽しか続かなかったと話すが、本業である音楽も専門学校時代に路上で歌うことに夢中になってしまい、授業がおろそかになって今も楽譜が読めないという。

 高音域の歌唱も苦手で、番組内でチョイスしていたカラオケ曲も「栄光の架橋」(ゆず)「Srory」(AI)など、比較的音域狭めでローテンポのバラード調の曲が多く、小岩での流しでも「壊れかけのRadio」(徳永英明)を入れようとしたところ、店からもっと盛り上がる曲を、とリクエストされていた。また、あいはギターなど楽器を弾くわけでもなく、オリジナル曲も乏しい。

 夢の会場だった日本武道館についても調べが甘かったようで、当初、業者を通じ4000万円弱で2022年12月12日に開催ができるとあいは思っていたようだが、実は会場を押さえてなかったことが後から判明。業者とあいが電話で話す様子が番組で放送されていたが、あいの言葉を業者は「うん、うん」と返しており、子ども扱いしているようにも見えた。

 傷心のあいは島根の実家に一時帰省するも、母親からオリジナル曲がないこと、(人を集めるには)代表曲が世に認められる必要があること、生で歌を聞きたいと思える人物であることを発信する必要があること、魅力があるから世に出られること、一方、チップ生活で7年過ごすのは憧れるというより変な人だと思われる、と正論を説かれる。

 母親は番組スタッフに対し、「(あいは)甘いなと思います。(略)周りのことを考えずに自分がやりたいからどうだから、それで突っ走る感じ。とにかくお金があれば何でもできると思っている。お金だけじゃない部分もあるじゃないですか。そういう部分が(あいには)見えない」と案じる。

 結局、武道館の手配は別の業者に頼んだものの、実績がないとダメだと断られてしまった。しかし、あいは諦めておらず、雇われママとなり金策を進める一方で、武道館規模(1万人)の会場でのライブを行い、実績を積むことで武道館を目指すと話す。

 武道館のために流し生活を7年続けて1000万円貯めたこともすごいが、流しの活動を通じ、そこで「社長さん」たちというタニマチになってくれる太客との人脈を築いたことはさらにすごい。あいの「武道館」という夢は現実味に欠けるが、一方で「どんな小さな箱でもいいからまず単独ライブをしたいんです」では、社長さんたちも「じゃあ自分でやれば」となってしまうだろう。武道館だからこそタニマチがつくのだ。

 歌手志望で、YouTubeやTikTokで自分の歌動画をいくつも上げている人を大勢見かける。一方で、これは「やろうと思えば、誰でも、いつでも、すぐに、お金をかけずに、家でもできる」手軽なことだ。だから大勢がしていることであり、その中で頭角を現すのはとても難易度が高い。並外れた個性や魅力や歌唱力が求められ、デビューどころか、1いいね、1チャンネル登録をもらうのですら楽ではないだろう。

 一方で、「タニマチを見つける」という努力をしている歌手志願者となると、その数は激減するだろう。そもそも、歌手志望者はオーディションやコンテストを通じた事務所所属を目標にする人が多いと思われ、自費出版のような「自費武道館」は思いもよらない選択だ。「実現可能性」を別にして考えれば、あいの目のつけどころはユニークだ。

 大勢の歌手志願者が「人気を取らねば」と思う中で、あいは「人脈」に目を付けている。「人気」は結局のところ人頼りだが、「人脈」は自分の努力次第でなんとか増やすことができる。そして、人脈づくりはあいの長所であるめげなさ、物怖じのしなさ、人懐っこさが活用できる領域に思える。

 武道館に向け努力はしているし、「人脈」を狙うのもいい目の付け所だと思うが、その他のあいの「努力の方向性」においては、問題が山積しているように見えた。 

 そもそも、武道館は結婚式場のように金があれば借りられる会場ではないのでは、と思うし、代表曲もないのにとも思うが、そうした「そもそも」の部分は、あいの母親が言い尽くしている。現実味の欠けるあいに、この冷静な母親がいてよかった。

 なお、日本武道館のホームページを見てみたが、「会場をご利用になられたい方へ」といった項目・ページはやはり見つからなかった(見つかれば、あいも苦労しないだろう)。日本武道館の問い合わせ窓口として「武道振興事業」はあるが、「コンサート、興行向け」と思われるものがない。そもそも、「武道」館であり、アーティストの聖地と化しているものの、その名の通り武道のためにつくられた硬派な会場なのだ。

 一方で、あいが当初想定していた大阪城ホールや、また関東圏で大型コンサートが開かれるときの会場の一つ、幕張メッセは「主催者向け」ページが存在する。1万人規模会場で公演を行い、武道館に向けての実績をつくると話していたあいは、この違いをどう思っているのだろうか。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「うちにおいでよ ~居候たちの家~」。都内で暮らす森川家は、夫婦、子ども3人以外に「居候」がいる。居候たちはなぜ居候をし、森川家はなぜ居候を招き入れるのか?

『ザ・ノンフィクション』29歳、西船橋キャバクラ嬢の決断「夜の街で輝きたくて… ~闘う女たちの見る夢~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月22日の放送は「夜の街で輝きたくて… ~闘う女たちの見る夢~」。

あらすじ

 西船橋のキャバクラで働くMelty 輝(メルティー きら)29歳。番組スタッフが取材を始めた2021年6月は緊急事態宣言の真っ只中で、輝の月収は15万円まで落ち込んだという。ほかの事業をと、フランチャイズの歯のホワイトニングサロンを開くも順調とは言えない状況のようだ。

 輝は銚子市で育ち、学生時代はバレーボールに熱中、26歳から始めたキックボクシングは週6でジムに通う熱の入れようで、アマチュア大会への出場経験もある。高校卒業後に地元銚子のスナックで夜の仕事を始め、その後千葉、西船橋へと移る。

 かつては売れっ子だった輝だが、キャバクラでは世代交代も進み、29歳という年齢的な限界も感じている中、「ナイトクイーングランプリ」へエントリーする。これは、スナックやキャバクラなどで働く従業員のコンテストで、容姿だけでなく人としての魅力、個性、生き方も評価されるものだ。

 ナイトクイーングランプリを主催した一般社団法人 日本水商売協会の代表、甲賀香織自身もキャバクラ、クラブでの勤務経験がある元ナイトワーカーだ。夜の仕事はコロナ禍で叩かれやすいと話し、2020年4月、国のコロナ支援から飲食接待業を除外しないでほしいと自民党に直訴していた。

 ナイトクイーングランプリにエントリーしている21歳の胡蝶美蘭は、新宿歌舞伎町の人気店で働くキャバクラ嬢で、10万円超のシャンパンを次々と入れる常連客を多く持つ売れっ子だ。

 美蘭は19歳で結婚、その後離婚し、シングルマザーとして2歳の息子を育てている。息子は出勤前に職場近くの24時間託児所に預け出勤し、シングルマザーであることは隠していないと話す。

 エントリー総数120名から30人に絞られる予選を輝、美蘭ともに通過。決勝では、ほかのナイトワーカーたちがドレスアップした姿で出る中、輝はキックボクシングのウェア、グローブ姿で自己PRを行った。結果、美蘭はローズ部門ルーキークラスでグランプリ、輝は同部門レジェンドクラスの準グランプリを受賞する。

 21年12月、アマチュアキックボクシングの全国大会で輝は優勝。ナイトクイーングランプリの受賞で踏ん切りもついたのか、プロのキックボクサーへ転身を決意し、勤め先のキャバクラでは送別会が行われていた。

 『ザ・ノンフィクション』の持ち味の一つに、今回のようなキャバ嬢やホストの「ナイトワーカーもの」がある。ただ、20年春から続くコロナ禍で、それまで恒例だった「ホストもの」はめっきり放送されなくなっている。

 この2年で放送されたナイトワーカーものは、コロナ禍で全く人が来ない状況にあえぐ従業員や経営者、あるいは転職を志す人を追ったものだった。だが、今回は人が街に戻り始めている中の放送で、テーマもコロナ以外が題材とあって、かつての『ザ・ノンフィクション』らしい、実家に帰ったときのような懐かしい安心感があった。

『ザ・ノンフィクション』日本水商売協会は「何のため?」

 日本水商売協会は一般社団法人で、設立は2018年とコロナ前になる。協会のホームページを見たり、番組内での甲賀の発言を聞くと、ナイトワーカーの従業員たちのイメージ向上が目的なのだろうというのは察する。

 しかし、「同業者にさえその思いをわかってもらうのは簡単ではありません」とナレーションで伝えられた通り、甲賀が訪ねたホストクラブのオーナーは、「(日本水商売協会とは)何のために? って思いましたもんね」と不思議そうに話していた。

 これは、日本水商売協会が具体的にどんな活動をしているのかよくわからない、というのもあるように思う。

 以前、「水商売の女性が昼職を目指すためのセカンドキャリア支援」を行う団体の活動を別のドキュメント番組で見たことがある。この団体の場合は「誰に対し何をするか」が明確だったが、それに比べると、日本水商売協会はホームページを見ても、業界イメージの向上のためにどういった事業を行うのか、というところが漠然としているように見える。

 ただ、設立から間もない状況で「コロナ」という水商売業界全体を根底から揺るがすトピックがあり、訪問する店舗にCO2センサー(換気状況が良好か測定できる)を設置するなどコロナ対策にかかりきりで、事業展開を考えられなかったのかもしれない。

 コロナが落ち着いたあと、日本水商売協会はナイトクイーングランプリ以外にどのような活動を始めるのだろう。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「27歳 流しの歌姫 ~夢のステージに立ちたくて~」。夜の店に飛び込みで入って歌を歌い、客からチップをもらうという「流し」の生活を7年続けてきた27歳の歌手のあい。あいの夢は日本武道館でのワンマンライブというものだが……。

『ザ・ノンフィクション』ヤングケアラーとしての日々の終わり「NYフェスティバル2022受賞記念 ボクと父ちゃんの記憶 ~別れのあと 家族の再会~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月15日の放送は「NYフェスティバル2022受賞記念 ボクと父ちゃんの記憶 ~別れのあと 家族の再会~」。

あらすじ

 2021年10月に放送された同作と、家族の「その後」について伝える。昨年の放送内容は、国際メディアコンクール「ニューヨークフェスティバル」のドキュメンタリー・普遍的関心部門で銅賞を受賞した。

千葉県南東部、緑豊かな睦沢町で暮らす高校3年生の大介は、若年性アルツハイマー型認知症になった父親を日常的に介護している「ヤングケアラー」だ。

 大介の父親、佳秀はもともと東京で映像制作の仕事をしており、多忙な日々を送っていた。1999年、43歳で再婚したときから、大切な約束を忘れてしまうなど仕事でミスが出始めたという。

 2003年に大介が産まれるが、このころには車で出勤したのに、それを忘れ電車で帰ってくるなど日常生活にも影響が出始める。大介が2歳、佳秀が50歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断される。

 病気の進行を遅らせるため、一家は千葉に越して仕事を減らす。大介が幼いころは心身とも安定していた佳秀だったが、大介が中学校、大介の下の妹たちが小学校に上がるころから、症状は坂道を転がるように悪化していく。

 21年夏、取材を始めたころの佳秀は、会話がほぼ成り立たず、トイレも一人で行けないため日中はデイサービスに通っていた。機嫌のいいときはにこやかだが、唐突に腹を立てることもある。妻・京子が働いて一家を支えており、仕事で帰宅が遅くなるときは、大介が佳秀を寝かしつける様子も映されていた。

 京子は大介を介護の助け手にしていることに悩んでおり、佳秀を受け入れてくれる施設を探す。しかし、コロナ禍の状況であり、さらに、コロナがなくてもインフルエンザなどの感染症を防ぐため、希望する施設は11月から4月までは面会謝絶だという。

 一度、施設に入れたら、もう佳秀から家族の記憶は完全になくなってしまうだろうとためらいもあったようだが、京子は施設に入れることを決断する。

 京子の決断を聞いた大介は、「(佳秀には)入ってほしくはなかったけど、お母さんが限界だからね」と、便まみれになっていた佳秀を京子が介護していたことをスタッフに話す。

 21年夏、施設に行く当日、涙をこらえハンドルを握る京子と、父親を見つめる大介の横で、状況を把握できていないのであろう佳秀はただニコニコしていた。

 施設に預けてから半年以上がたった22年5月。佳秀の誕生日に家族はケーキを差し入れしようと施設を訪ねる。コロナ予防のため直接の面会はかなわなかったが、談話室のような場所にいる佳秀とガラスサッシ越しに再会ができた。ただ、佳秀が目の前にいる人々を家族と認識できたかどうかは、今一つわからない状況だった。

 今回に限らないが、近年の『ザ・ノンフィクション』は、映像に映る実際の会話や雰囲気をそっちのけにして、ナレーションが「美談」に誘導していると思うことがある。

 今回では、佳秀が入る介護施設に到着したシーンでの「誰も望まないのに、車はやっぱり父ちゃんが入る介護施設に到着」というナレーション。そして、番組最後「いつかまた(家族)一緒に暮らせる日を信じて」との言葉。

 すでに会話がままならず、おむつをしていても便まみれになってしまうことがある佳秀を施設に預けることで、正直、家族には「ほっとする」気持ちも、そしてそんな感情を持つことへの罪悪感もあるように想像する。

 子どもたち3人は、周囲の同級生たちと比べ「父親の世話をする」という壮絶な思春期を送ってきた。その日々への思いや、また、佳秀との悲喜こもごもの思い出だってあるだろう。

 ナレーションの全体は「施設に預けたくない、家族一緒に過ごしたい」というテイストでまとめられてたが、ナレーションがそう伝えるほどに、実際に映し出されている映像からは、もっと複雑な状況を感じざるを得なくなった。

 今作は国際的な賞を受賞したとあり、そうなるとこの美談調の方針が番組として強まるのかもしれない。『ザ・ノンフィクション』の持ち味は生々しさだと思うので、個人的には美談調ではないほうが好きだが、今の時代だとかつての表現は「侮辱的・差別的だ」と反発が起こることも考えられる。「美談調」は時代への対処なのかもしれない。

 今回の放送を見て、「自分の認知が危うくなったら、どうしてほしいのか」という意思を事前に伝えておくことの大切さについて考えた。「自分が死んだらどうしてほしいのか」よりも重要な意思表示だと思う。

 認知症はある日突然そうなるのではなく、徐々に進行していく病なのだから、症状が悪化したとき周囲にどうしてほしいか、佳秀が事前に意思表示しておく、あるいは家族が本人の意思を確認しておけばよかったのではないだろうか(残していたのかもしれないが、番組内では触れられていなかった)。

 自分の子どもたちの10代が、ヤングケアラーとして費やされる可能性について、病状が悪化する前の佳秀はどこまで自覚的だったのだろう。そして、このことについて夫婦でどこまで話し合えていたのだろうか。少なくとも子どもが負う責任ではないと思う。

 そしてこれは佳秀に限らず、私も含め多くの人に関わる話だ。「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」の推計のよると、20年の65歳以上の高齢者の認知症有病率は16.7%、約602万人いるという。

 その中で、「認知がさらに悪化したときに自分はどうありたいか」という“意志”を周囲に伝えている、伝えていた人はどのくらいいるのだろう。

 次週は『夜の街で輝きたくて… ~闘う女たちの見る夢~』。西船橋のキャバクラで働く29歳の輝(きら)は18歳からキャバクラ一筋。コロナ禍、若いキャバ嬢が台頭する中、輝はあるコンテストへの出場を決意する。

『ザ・ノンフィクション』現実を知らなかった40代の息子「ワケあり人生と部屋探し ~無理とは言わない不動産屋~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月8日の放送は「ワケあり人生と部屋探し ~無理とは言わない不動産屋~」。

あらすじ

 高齢、生活保護受給、精神疾患など、住まいを借りるのが難しい人々の部屋探しを手伝う横浜のアオバ住宅社。会社には看板らしい看板もないが、口コミで客は絶えない。代表の齋藤瞳は1人で会社を切り盛りしている。

 生活保護で暮らす高齢の母親と双極性障害とADHDがある中年の息子の家族は、長年借家の庭付き平屋で過ごしてきたが、家主の都合で引っ越しを余儀なくされる。齋藤も新居を探すものの、生活保護を受給している旨を伝えると、ことごとく断られてしまう。

 息子は聴覚過敏だといい、集合住宅への転居に気乗りしないようで、家探しは難航する。齋藤の進め方に対し、スタッフへ不満も口にしていた息子は、自身で家を探してみるも、不動産会社側に生活保護受給世帯の場合9割は断られ、さらに精神疾患がある場合はほぼ断られる、と厳しい現実を告げられていた。それもあったのか、齋藤が選んだ団地への転居を決める。

 ほかに、2年前に母親を亡くした24歳と15歳の姉妹は生活保護がネックで家探しが難航して齋藤を頼る。亡くなった母親はうつとパニック障害があり、姉がヤングケアラーとして家のことをほぼ任される生活で、姉自身も精神的に参っていたようだ。

 姉妹が入居するアパートでは、隣人の80歳女性が部屋の掃除を手伝っており、姉妹も交流を喜んでいた。齋藤は今回のように入居者同士をつなげたり、入居者たちに清掃の仕事をあっせんしたり、定期的に集まるなど人の輪を作る活動に注力している。

都営住宅は倍率50倍、一方で東京の空き家は81万戸

 『ザ・ノンフィクション』では以前に、住宅探しが困難な人に向け住居を仲介する兵庫の「おせっかい不動産」を取り上げていた。その放送を見たときに、都道府県が提供している公営住宅(都営住宅、県営住宅等。所得に応じ家賃が変わる)になぜ入居しないのだろうかと思ったが、今回調べてみたところ、公営住宅は相当狭き門のようだ。

 アオバ住宅社のある神奈川県の公団住宅の抽選結果を調べてみると、定員割れになっている物件は稀で、ほとんどが5倍以上、数十倍になっている物件もいくつもあった。東京(都営住宅)はさらに過酷で、ある抽選会では平均倍率が49.7倍というありさまだった。

 一方で、住む人のいない空き家は増えつつある。総合情報サイト「プレジデント オンライン」の記事「都市部では廃墟マンションが急増中…問題の背景に横たわる日本人の『新築信仰』という病」によると、東京は「空き家率」こそ低いが、そもそもの住宅の数が多いため、約81万戸の空き家があるという衝撃の数値がある。

 空き家は安全・防犯上問題があるし、人が住まない家は劣化が急激に進んでしまう。ならば、生活に困っている人と空き家がもっとうまくつながればいいのだが、そう簡単にはいかない現状があるのだろう。

 庭付き平屋に長年過ごしていた親子の家探しは、息子のこだわりが強いようで難航していた。しかし、番組後半で息子自身が不動産会社に連絡し、生活保護の受給者かつ精神疾患のある借主だとほぼ紹介できない、という厳しい現実を身をもって知ったことで急展開していったように見えた。

 家探しはよほどの金持ちでない限り、(1)理想の家を思い描く(2)理想と払える家賃のギャップに落胆する(3)理想と家賃をすり合わせる、といった過程を踏む。おそらくこの息子は、家探しが初めてだと思われ、理想と現実のギャップを認識してなかったので、長く迷い続けたのではないだろうか。

 最初から息子自身にも家探しをお願いしていたほうが、早めに「現実はかなり厳しい」ことを知れて、齋藤も半年もかけずに済んだのではないかと思った。齋藤の仕事は苦労が多い割に金銭的なメリットは期待できないことは想像がつくので、せめてストレスをためないでほしい。

『ザ・ノンフィクション』79歳マダムの決断

 さまざまな境遇にある老若男女が出てきた良回だったが、特に印象深かったのが82歳の女性、小川だ。フランスで娘と暮らしていた小川は、娘と折り合いがうまくいかず、3年前にテレビで齋藤の活動を知ったことで、家探しをお願いしたいとエアメールを送る。

 現在は齋藤の用意した横浜の部屋に暮らしながら、齋藤の会社で清掃の仕事を行い、一人暮らしをしている。

 食事のときも背筋がピンと伸びていて、きれいにヘアメイクをした小川は「おばあさん」ではなく「マダム」だった。日本で暮らしていたら、なかなかこんな80代にはなれないだろうと、美の国、大人の国である「フランスの力」を感じた。

 小川が一人暮らす家も、額縁に飾られた絵がそこかしこに並び、一方で生活感を感じさせる日用品は見えるところには置いておらず、美意識の高さをうかがわせるものだった。

 そんな小川の佇まいや暮らしぶりは只者ではないが、何より79歳で暮らしを変えようと思った決断がすごい。その年齢で、一緒に暮らす娘と折り合いがつかない場合は「時々誰かに愚痴を言ったり、ガス抜きをしながらやり過ごす」ことを選ぶ人が多いように思う。もちろん、関係の悪さの程度もあるのだが、やり過ごす以外の選択もあるのだ。小川にはよりよく生きていたいという凛々しさがあって、見ていて背筋が伸びた。

 次週は「NYフェスティバル2022受賞記念 ボクと父ちゃんの記憶」。若年性アルツハイマーの父とその家族の別れを見つめた同作は21年10月に放送され、その後国際メディアコンクール・ニューヨークフェスティバルのドキュメンタリー・普遍的関心部門で銅賞を受賞した。次週は同作と、家族のその後について伝える。

『ザ・ノンフィクション』「余命」の算出は医師それぞれ?「花子と大助~余命宣告とセンターマイク 夫婦の1400日~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月17日の放送は「花子と大助~余命宣告とセンターマイク 夫婦の1400日~」。

あらすじ

 2018年3月、宮川花子は症候性多発性骨髄腫と診断された。体のあちこちにがんが転移している状況で、余命半年を告げられる。

 がん細胞が神経を圧迫し、下半身が動かせなくなった花子は入院生活となり、車いすからベッドへ移るわずかな動作も自力では難しくなる。介助が必要な状況の中、夫の大助は花子を毎日見舞う。

 大助が帰ったあとの病室で、リクライニングベッドで上半身だけ起こした花子は、大助は舞台への復帰を楽しみにしているようだが自分にはそれが全然頭にない、と番組スタッフに告げる。

 その後、2020年4月に花子は退院。奈良県生駒市の自宅に戻った花子は、大助の応援のもと、一人でベッドから起きて車いすへ移るリハビリをゆっくり行っていた。同年8月には自宅で誕生日を迎え、花子は、舞台への復帰の希望を口にする。

 宮川大助・花子はもともと師匠も事務所も違う芸人同士として出会う。結婚後はコンビを組むどころか、花子は漫才師を続ける気もなく警察官となる。一方の大助は、警備員の仕事をしながらネタを書き続けるなど諦めきれなかったようで、花子がほだされる形でコンビ結成となった。

 花子のまくしたてるようなしゃべりで押しまくる夫婦漫才は一世を風靡するも、その陰で花子は体調を崩すことも多かったという。30代でがんが見つかったとき、大助は病院のベッドの床で寝て看病し、一方大助が脳出血で倒れたとき、花子は一人ステージに立ち、大助をネタにしつつ会場を沸かせた。

 時は流れ21年12月。花子の車いす生活は続いていたが、この1年でトイレもお風呂も一人で入れるようになったと笑顔で話し、かつて車いすからベッドへのわずかな移動も介助が必要だった状況から劇的な回復を遂げていた。

 同月、地元の生駒市から舞台の依頼があり、花子は2年半ぶりに舞台に復帰する。当日、自宅の階段も手すりを使ってゆっくりと慎重に降りていた花子だったが、いざ会場に到着すると、大助を車いすに乗せ、それを押して舞台に登場。会場を大いに沸かせる。

 楽屋では、緊張からか口数が減る大助に対し、メイク室の鏡を見据える花子の目にはみるみる光が宿っていき、ブランクを感じさせない堂々たる風格に、大助は「やっぱりアンタはプロやなあ」と感心していた。大助を車いすに乗せるのも、花子のアイディアだった。

 22年3月、花子のガンは寛解状態(「完治」とは異なるが、病気による症状や検査異常が消失した状態)になっていた。翌月の4月、吉本興業110周年特別公演に大助・花子は出演。目標であったなんばグランド花月へ返り咲く。

 『ザ・ノンフィクション』では花子の闘病を2年前の20年2月にも前後編の2度で放送している。

 このときは、20年の正月に退院した花子と大助が家で正月恒例の漫才番組を見て、穏やかに笑っているシーンで終わっていた。正直このときの状況では、花子が舞台に復帰するとは想像がつかなかったが、花子はそこから2年で復帰した。前回の放送を見た人ほど、花子の回復ぶりに驚いたと思う。

 21年の年末、一人でトイレやお風呂に行けるようになったことがうれしいと花子は話していた。「一人でトイレやお風呂に行く」ができない状況が続くというのは想像するだけでもつらい。一つひとつできることを取り戻していった花子を尊敬する。

『ザ・ノンフィクション』「余命」の算出は医師それぞれ?

 花子は当初の半年の余命宣告を覆した。『ザ・ノンフィクション』では花子以外にも余命宣告を覆した人の様子が伝えられることがあり、何よりなことだと思う一方で、一体どんなルール、見立ての上で余命の計算がなされているものなのだろうと疑問に思う。業界標準みたいなものはあるのだろうか?

 調べてみたが、余命の算出に明確なルールがあるわけではないようだ。一般的には、同じ治療を行った患者のデータをもとにして説明しているそうだが、データではなく医師の判断に任されていることもあるという。さらには、余命宣告をしない医師もいるようだ。思ったよりも「ゆるく」見え、驚いた。

 てっきり、全ての余命宣告は「がんを研究する学会が発表した、同世代で同様の病状の人なら平均余命が〇年」といった統一的なデータなどがあり、それに則って伝えられるものかと思っていた。

 しかし、データに則って「平均余命」を出したとしても、翌日に亡くなってしまう人もいれば、10年後も生きている人もいて、それらをならしたのが「平均」だ。そう考えるほどわからなくなってきた。

 また、同世代で同じ病気、同様の病状であっても、ほかに病気を抱えていたり、飲酒、喫煙、食生活、運動習慣などライフスタイルの違いはさまざまだ。これらも余命に関わってくるだろう。

 そうなると、データよりも、その患者を前にしている医師の見立てのほうが予測の精度が高いのかもしれないとも思う。そもそも、余命を覆した人の話は聞くことができるが、覆せなかった人の話は聞くことができない。余命は人生で最も重い数字だが、一筋縄ではいかない数字だ。

※参照記事

がんの「余命宣告」の正しい意味を知っていますか?

がんの余命宣告って、信頼できるの?

『ザ・ノンフィクション』こだわりと意地の境界線「泣かないでアコーディオン ~シングルマザーの大道芸人~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月10日の放送は「泣かないでアコーディオン ~シングルマザーの大道芸人~」。

あらすじ

 44歳のあんざいのりえは芸歴23年の大道芸人で、4歳の息子・ろっちゃんと二人、神奈川県川崎市で暮らすシングルマザーでもある。

 東京オリンピック直前の2021年7月。コロナさえなければのりえは五輪関連の仕事で大忙しだったはずだが、収入はほぼゼロの状態で、各種の公的給付金でしのぐ生活が続く。月1回の外食のランチも厳しい状況だと話し、仕事の依頼は来るには来るものの、コロナ禍ではキャンセルになってしまうことが多いそうだ。

 のりえは「『女の子はこういうものだから』っていう社会の押し付けとかが嫌で」「今思えば結局は人と一緒のことができない子だったのかなって」と10代を振り返り、かつては自傷行為がエスカレートしたこともあったという。学生時代、旅行先のバルセロナで見た大道芸人を見て開眼、卒業後から大道芸人として暮らしてきた。

 しかしのりえは35歳でジストニア(脳神経の病気)になり、手術をしたもののアコーディオンが弾けなくなってしまう。その後、結婚するも離婚し、離婚後に妊娠が判明。子どもを一人で育てていこうと再度アコーディオンを手に取る。

 息子のろっちゃんはのりえのパフォーマンス中は横にいて、のりえや顔なじみからは「座長」とも呼ばれている。静岡のイベントでは帽子で投げ銭を受ける係も担っていた。

 上野公園は大道芸人にとって聖地的な場所だが、緊急事態宣言中は大道芸が禁止となった。解除後も、腰を掛けるのにちょうどいい高さの縁石にフェンスが張られて座れないようになっていたり、大通りも中央に分離帯が置かれ片側通行が徹底されるなど、大道芸人にとっては厳しい状況が続いている。

 22年正月、のりえは初詣の客でにぎわう川崎大師の仲見世にある知り合いの店を手伝っていた。一方で、芸幅を広げようとスティルト(竹馬のようなもの。大道芸で見かける足長パフォーマンスで、ズボンの下に仕込んでいる)をつけたままアコーディオンを弾くなど、新しい芸風の模索を続けていた。

こだわりと意地の境界線

 のりえの経済状況について整理すると、収入はほぼゼロで、4種類の公的給付金をやりくりして生活している。元夫からの養育費については番組内で説明がなかったので、もしかしたら受け取っていないのかもしれない。

 そんな生活状況にありながら、同じ川崎市内にある実家にあまり近寄らず、ろっちゃんと二人暮らしをしている。番組を見る限り、のりえの母親ももっと頼ってくれてもいいのに、と思っているようだ。のりえが上野公園で大道芸をしたときに足を運んでいる様子を見ても、親子の折り合いが悪いわけではないのだろう。

 こうした姿を見ていて、のりえは「こうありたい(こうありたくない)」という思い、こだわりが強くある人に見えた。離婚後、妊娠が発覚したときには一人で育てると決めているのも、こうありたいという思いの強さからだろう。

 こだわりの強さは美意識や生きる上での美学につながるところでもあり、それは大道芸人というのりえの仕事においてはプラスになっているところもあるのだろう。一方で、シングルマザーとして生きていくにおいては、そのこだわりの強さが時として「意地を張っている」ようにも見えた。

 一方で、番組内ののりえは「意地っ張り」と聞いてイメージしがちな感情的なタイプには見えず、誰かと衝突、対立するシーンはないし、番組スタッフのインタビューの受け答えも、過酷な生活の中でありながら、冷静に言葉を選んで話している。

 しかし近所に、悪い関係ではなさそうな実家もあるのに、月1回の外食ランチもままならないギリギリの生活にこだわるところや、アルバイトが増えると大道芸への思いが薄れると、アルバイトに対し消極的なその様子は、なぜそこまでと言いたくなるほどで、単に意固地になっているようにも見えた。

 もっと実家を頼ったり、アルバイトを増やしたりと、他の選択肢を取り入れてみればいいのにとも思うが、長所と短所は表裏一体なので、「こだわりの強さ」の都合の悪いところだけを減らす、というのもなかなか難しいのかもしれない。

 息子、ろっちゃんはのりえに「母さぁ、ろっちゃんが小学生になるくらいには(のりえに)相手みつけられるといいね。だってろっちゃんがずっと一緒にいられるわけじゃないからさ」と話したという。

 子どもはたまに大人がドキッとするほど芯をとらえた発言をすることがある。一方で誰かの受け売りを口にすることもあり、4歳のろっちゃんがどこまで本気なのかはわからないが、少なくとも「のりえは苦労している」ということはろっちゃんは十分感じているのだろう。幼くして親の苦労を知るというのも切ないものがある。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「花子と大助~余命宣告とセンターマイク 夫婦の1400日~」コンビ結成から43年の夫婦漫才コンビ、宮川大助・花子。花子は血液のがん「症候性多発性骨髄腫」を患っているが、なんばグランド花月への復帰を誓う。

『ザ・ノンフィクション』火事でゆっくりと失ったもの「火事と夫婦と生きがいと ~高円寺『薔薇亭』の1年~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月3日の放送は「火事と夫婦と生きがいと ~高円寺『薔薇亭』の1年~」。

あらすじ

 2020年の年末、東京、高円寺で50年愛され続けた洋食店「薔薇(ローズ)亭」が全焼した。薔薇亭は80歳のマスター、正氏が作る大盛りの料理と、お客さんを我が子のようにもてなす帽子がトレードマークのママ、78歳の千種が切り盛りしていた。

 夫婦は営業再開に向けて動き出すものの、人気の街、高円寺は家賃の高騰もあり、店の跡地で営業を再開する場合、家賃が倍以上になってしまうと聞かされる。ほかの物件を探すも、揚げ物など油を多く使う飲食店は匂いの問題から取り扱いが少なく、物件探しは難航。さらにマスターは肩の調子も悪く、夫婦は店の再開を断念する。

 マスターはもともと趣味だった油絵、ママは書道を始めるなど新たな生きがいを探すが、突如始まった夫婦二人だけの生活は互いにいら立つことも多いようだ。マスターはママを避けて一人で食事をとり、ママは薔薇亭の常連客に慰められたり愚痴を聞いてもらったりもしていたが、夫婦ともに沈んだ日々が続く。

 そのような中、薔薇亭の常連客有志がママの誕生日会を企画し、マスター、ママを招待する。常連客の一人は自分の娘にもマスターの料理を食べさせたいと話し、手紙を渡す客もいた。そんな客たちの思いにマスターは礼を伝え、ママはその様子に驚いていた。

 番組の最後、マスターは肉じゃがやとんかつを手慣れた様子で作り、ママと2人で食卓を囲んでいた。2人はまた店舗を探しているという。

『ザ・ノンフィクション』過失のない火事で家賃が倍に?

 番組内では火事の詳細な原因については触れられず、「もらい火」とだけナレーションで語られた。火災において薔薇亭に過失はないようだが、夫婦が跡地で営業を再開しようとしたところ、家賃が倍以上で諦めざるを得なかったという。

 借主の落ち度ではない火災にもかかわらず、貸主は家賃を上げていいことに驚いた。「住まい」ではなく「事務所や店舗」の賃貸契約は、このようにシビアなのもしれない。

 『ザ・ノンフィクション』で過去に新宿歌舞伎町の薬局をテーマにした回があったが、貸主の都合で借主である店主が出ていかなくてはならなくなり、次の物件を急いで探す様子が伝えられていた。

 また、私自身も働いていた会社の事務所が、貸主側の突然ともいえる都合で、入居から数年で引っ越しを余儀なくされた経験がある。

 薔薇亭の夫婦にしてみれば、半世紀を歩んだ店を失っただけでなく、再開のめども立たない悲惨な状況だ。

 薔薇亭の跡地は、2020年年末の火災から1年たった21年の年末時点で、新しい建物の土台ができている状態だった。

 その1年の間、薔薇亭の焼け跡は立ち入り禁止のフェンスに囲まれたまま放置の状態が長く続き、その後、重機が入り解体され瓦礫になり、更地になり、更地となった土から草が生え……と、そのゆっくりとした喪失を見に来る夫婦の背中は切なかった。

 高円寺は庶民的で親しみやすい雰囲気とは裏腹に、新宿へのアクセスの良さや中央線ブランドもあり、家賃の面ではむしろ「お高い」街と言っていい。高円寺から離れたら家賃は安くなりそうだが、50年高円寺で店をやってきて、街になじみが深い老夫婦に、同地を離れろというのは酷だ。

 夫婦ともに高齢で、希望を失うのも無理もない状況にも思えるが、番組の最後ではぎくしゃくしていた家庭生活を立て直し、物件を探すなど二人の前向きさ、タフさを感じさせるものだった。報われてほしい。

 次週は「泣かないで アコーディオン ~シングルマザーの大道芸人~」。大道芸人のあんざいのりえは芸歴23年のベテランで、アコーディオン一つで息子を育てるシングルマザーでもある。しかしコロナがのりえ親子の暮らしにも直撃し……。

『ザ・ノンフィクション』新人を叱責する場に居合わす客の気まずさ「新・上京物語2022 後編 ~旅立ちの時~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月27日の放送は「新・上京物語2022 後編 ~旅立ちの時~」。

あらすじ

 初就職する若者の姿を見つめる、毎年春の人気シリーズ「新・上京物語」の2021年度版。21年4月、浅草に本店のある洋食店「レストラン大宮」に3人の新人が入る。栃木県の高校の調理科を卒業した千春と楽壱(らいち)、そして彼らより1つ年上で、茨城県出身で、調理師専門学校を卒業したあかりだ。

 楽壱、あかりは厨房配属となったが、千春の配属はホール。数カ月おきに持ち場は変わるローテーションだと言われていたものの、調理の経験を積んでいく2人を横目にホールのままの千春は焦燥感を募らせる。

 21年11月、ようやく千春は念願の厨房配属となったが、新丸ビル店を仕切る9年目の26歳の七久保から叱られる日々が続き自信をなくしていく。レストラン大宮の大宮勝雄シェフは「ヒール役がいないと若い子は伸びない」と七久保の立場を理解しつつ、一方で「難しいですよね、新人を育てるというのは」とも話す。

 そんな七久保自身も、新人の頃はお客さんの前で直立不動状態になってしまい、叱られながら育ってきたという。

 七久保はレストラン大宮入社時の履歴書で、将来は食の外交官、つまり公邸料理人(海外にある大使、総領事館で働く料理人)になりたいと夢を書いており、今も夢のため、昼休みは店の片隅で英会話レッスンもしている。レストラン大宮は公邸料理人を過去に15人輩出しており、大宮シェフはその公邸料理人のOBを店に呼び、七久保と交流の機会を設ける。

 公邸料理人は赴任先の海外で、大使への日々の食事の提供にとどまらず、限られた予算でパーティーを取り仕切ることも要求される。日本食を出すと喜ばれるように思われるが、外国には寿司が苦手な人もいるのだ。

 そうしたゲストの嗜好について大使秘書に確認したり、さらにベジタリアンに対応したメニューを用意したりもする。ほかにも、パーティーの規模によっては、ウエイターを予算内で雇ったりなど、レストラン大宮で働いていたころとは異なるさまざまな動きが求められる。新丸ビル店では堂々たる責任者の七久保も、OBの話を聞いている時は新たな世界を前に緊張した面持ちだった。

 大宮シェフは、七久保に公邸料理人の推薦状を用意し、実際の面談では七久保が調理した料理を雇い主となる総領事に提供した。結果は無事合格。赴任先の国はセキュリティ上の都合とのことで番組内では明かされなかった。

 一方、自信をなくしていた千春は、当初は不本意であったホール業務のほうが自分には合っているかもしれないと大宮シェフに打ち明け、番組の最後ではホールのプロを目指してワインを勉強する様子も伝えられていた。

 番組内では千春や楽壱が厨房内で七久保に叱られるシーンがあった。七久保はイライラした様子で、千春や楽壱にしてみたら叱るにしてももうちょっと穏便になってほしいところだろう。七久保が叱っていたポイントは、サラダの盛り付けを丁寧に、葉野菜のサラダはドレッシングとあえすぎない(葉がへタってしまう)、味見の時以外はマスクをするといったもので、理にかなったものに見えた。

 新人は右も左もわからないために、指導なしでは成長しないだろう。ただ、先輩は新人のためというより、客のために叱り方を工夫してほしいとは思う。

 私はラーメン店で、店長とほかの店員が新人店員の悪口で大いに盛り上がっている向かいのカウンターでラーメンを食べたことがある。ろくに味もしなかった。今なら食べログに文句を書いていただろう。

 番組内では「厨房内」で2人は叱られており、客前ではなかった。しかし、たいていの飲食店は客席と厨房の距離が近い。さらに、1人で食べに行った場合は話し相手もいないため、厨房内の叱り声は客席にいても案外聞こえてくる。あれも気まずいものだ。

 客の前で従業員を叱りつけたり、悪口で盛り上がったりする店は論外だが、だからといって「冷静に諭せばいいのか」となるとまたそれはそれで違っていたりする。

 スターバックスでコーヒーを飲んでいたとき、新米と思しき店員が何か至らないところが多かったのか、物陰でマネジャーと思しき人に諭されていたのを見たことがある。多くの客からは見えない位置をマネージャーは選んだと思われるが、私がいた隅の席からは丸見えだった。

 そのマネージャーの叱り方は感情に任せたものでも、バカにしたような感じでもなく、愛情をもって論理的に至らないところを諭す「望ましい叱り方」ではあった。諭されていた側も、生意気な態度をとるでもなく、ただただ恐縮していた。

 このときも居たたまれなかった。先ほどのラーメン店よりも「誰も悪くない」感が強く、だからこそ、より居たたまれなかった。漫画『孤独のグルメ』(原作・久住昌之/作画・谷口ジロー、扶桑社)には「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず 自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで……」という名台詞があるが、モノを食べたり飲んだりする時間は、心もほっと救われていたい。人が叱られている横で食べる飯はうまいまずい以前に、喉も胃も悲しくてきゅっと縮んでしまう。

 さて、今回で「ヒール役」の七久保は退職となった。この状況ならば、案外千春は厨房で働けるのではないか、とも思う。

 11月に待望の厨房に配属された千春は、12月で早くも気持ちが折れ、ホールのほうが良かった、と大宮シェフに話していた。しかし、始めて1カ月の業務は「できなくて当たり前」だと思う。そこで「料理全般に向いてない」とまで結論付けるのは早計だろう。

 当初は不本意ながら配属されたホール業務に、千春が自分でも思いがけず活路を見いだせたのなら何よりなことだが、それにしても、まだ見切りをつけるには早いと思った。本当に「厨房の仕事自体が向いてない」のか、はたまた「できなくて当たり前の時期に、先輩の指導を受けて自信を喪失しているだけ」なのか。

 千春は自分のガサツさを気にして、厨房に向いていないのではと思っていたようだが、ガサツな人は「せっかち」も併発しがちだ。先はまだまだ長いので、そう焦らず、もっと自分の成長や可能性をゆっくり信じていいのではないだろうか。

 1年後、またレストラン大宮の新人の様子が伝えられるかもしれないが、そのとき千春はどんな立ち位置になっているのだろう。

 次週は「火事と夫婦と生きがいと ~高円寺『薔薇亭』の1年~」、地元で50年愛された洋食屋「薔薇亭」は火事で焼失してしまう。生きがいを失った高齢夫婦のその後とは。

『ザ・ノンフィクション』新人にはつらい人事ローテーションの不実施「新・上京物語2022 前編 ~18歳 夢のあとさき~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月20日の放送は「新・上京物語2022 前編 ~18歳 夢のあとさき~」。

あらすじ

 若者の初就職を見つめる毎年春の人気シリーズ『新・上京物語』の2021年度版。2021年4月、浅草に本店のある洋食店「レストラン大宮」に3人の新人が入る。栃木県の高校の調理科を卒業した千春と楽壱(らいち)、そして彼らより1つ年上で、茨城県出身で、調理師専門学校を卒業したあかりだ。

 千春は寮にある狭い台所を駆使して、一人でも料理をしていた。料理の道を志したのは中学生の頃で、闘病生活で食欲のない祖母のために料理を作り喜ばれたことがきっかけだったという。調理科のある高校へ進学し朝6時の電車に乗り、学校ではパティシエ部とそば打ち部に所属し、料理漬けの高校生活を送っていた。

 しかし、楽壱、あかりは厨房配属となったが、千春の配属はホールになる。数カ月おきに持ち場は変わるとは言われていたものの、調理の経験を積んでいく2人を横目に千春は焦燥感を募らせる。

 ローテーション期間を過ぎても千春のホール業務が続く中、6月、千春は故郷の栃木に初めて帰省する。千春は上京後、家族からのLINEや電話をあまり返していなかった。帰省時も、千春の帰りを待っていた家族たちを前に、仕事の不満や焦燥感は伝えず、笑顔で過ごす。

 しかし帰りがけに両親が渡した手紙には「明けない夜はありません」とつづられており、両親は娘の様子に思うところもあったようだ。東京に戻る電車の中で千春は一人涙する。

新人のつらさとは「待つしかできない」こと

 昨年の「新・上京物語」もレストラン大宮の話だった。その際は、新人の「超早期離脱」という結果になり、オーナーの大宮勝雄シェフに同情したものだが、今回の放送を見る限りは、同店の人事ローテーションに問題があるように見えた。

 厨房希望の千春はホールに配属されるも、数カ月おきに配属先はローテーションされると伝えられていた。同期入社の厨房配属の2人がみるみる調理のスキルを上げていくのを傍らで見るのは千春にとってつらい日々だったと思うが、「数カ月でローテーションされる」ことが、希望でモチベーションだったと思う。

 しかし番組内で、その期日が過ぎてもローテーションは実行されなかったと伝えられた。店側にも事情があったのかもしれないが、その事情は千春に伝えたほうがいいし、千春はあらかじめ聞いていた人事が実施されなかったことについて怒っていいと思う。しかし、新人の立場で怒るわけにはいかない気持ちもとてもよくわかる。「待つことしかできない」というのが新人のつらさだ。

 こうした状況を見て思うのが、ホール担当の人材を最初から雇えばいいのに、ということだ。レストラン大宮に限らず、千春が就職活動で訪ねた別のレストランでは、「厨房担当」と募集をかけておきながら、実際話が進むと、厨房は“完成された料理人”しか働けないと話があったと、千春の父親は話していた。募集要項で期待を持たせておいてひどいレストランだが、こんなだまし討ちのような手口を使わなくてはならないほど、ホール担当者というのは集まりにくいのだろうか。

 コロナ禍で飲食の求人は大きく減っていると番組内で伝えられていたが、一方で、ホールは売り手市場なのだろうかとも思う。客としても本当は厨房に入りたいのに、と無念さを胸に秘めたまま接客業務を務めている人より、いきいきとホールで働く人から食事を出されたい。

「人生設計」の功罪

 千春と楽壱の通った高校では、「いくつまでにこの調理技術を習得し、いくつまでに自分の店を持ち……」といった人生設計を授業で書かされたという。二人とは別の学校を出たあかりはそのような授業はなかったと話していたが、千春と楽壱はその人生設計をかなり意識しているように見えた。

 ただ生きていると日々の生活に追われ、気が付けば1週間が終わり、気が付けばもう3月も終わりかけているし、気が付けば1年が過ぎ、そしてこの調子で気が付けば一生も終わっていくだろうから、「人生設計」があること自体は非常に良いことだと思うし、高校生にその先の人生を意識させる、というのはとてもいい教育だと思う。

 一方で、この「人生設計」が千春を余計焦らせているのではないか、とも思った。当たり前だが設計図通りに人生は進まない。コロナウイルスのような自力ではどうしようもない要因もあるし、自分自身の考えや思いも、高校生の頃から当然変わっていく。

 人生設計は自分の人生を豊かにするためのものであり、人生設計に合っていないことが自分をひどく苦しめるようなら、本末転倒な気がする。

 かといって、ゆるい人生設計ならないも同然で、日々の生活にあっけなく流されていってしまうだろう。どういうのが良い「人生設計」なのだろうと考えてしまった。

 次週は今週の続編。半年を経てようやく調理担当になれた千春だったが……。

『ザ・ノンフィクション』マタギ志願の20代「生きることって… ~山とマタギと私たち~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月13日の放送は「生きることって… ~山とマタギと私たち~」。

あらすじ

 秋田県北部の阿仁(北秋田市)。かつては陸の孤島と呼ばれるほどの寒村だったが、それゆえに狩猟技術が発達した「マタギの郷」でもある。74歳の鈴木英雄さんは阿仁の地で代々続くマタギの9代目だが、息子は町で働いており、マタギは自分の代で終わりにする覚悟もあったという。しかしそんな鈴木さんのもとに、全国から20代の若者がマタギの技術を教えてほしい、と集まってくる。

 そのうちの一人、27歳の女性、永沢は地元の秋田出身。絵を描くことが好きで秋田の美大に進み、東京で飲食の仕事をしていたものの、何かが違うと秋田に戻る。親が嫌々働いているのを見て育ったと話し、こうまでして働かなければいけない理由って何だろう、という思いがマタギへとつながっていったようだ。アルバイトをしながらマタギ生活を続け、阿仁の山や、マタギの暮らしを絵にも描いている。

 27歳の男性、山田は大阪大学で研究漬けの日々を送っていた。金銭面はギリギリの生活だったそうだが、逆に月に10万円あれば暮らしていけると手応えもあったようで、市の地域おこしの仕事をしつつマタギの修業中だ。地域おこし隊の仕事ではうまくいかないこともあったというが、仕事を通じて地元・秋田の女性と結婚する。

 永沢と山田のほかにも複数の若者が弟子入りしており、鈴木さんは彼らに囲まれ「夢のような話、現実なんだけど本当に信じられないことなんですよ」と微笑む。

 鈴木さんは、緑が生い茂る夏も、背丈ほどの雪が積もる冬も山中を軽やかに進んでいき、若い新米マタギたちはついていくだけでやっとだ。なお、永沢は猟銃免許と銃の所持許可も取り、射撃練習場ではクレーを撃っていたが、実際に獲物をしとめたことはまだない。

 冬、狩猟シーズンにおいて鈴木さんはマタギ見習いたちを熊の巣穴まで連れてゆく。熊はそのとき巣穴におらず、猟とはならなかったが、見習いマタギたちは熊の巣穴に入り、山を体感していた。

映像からも伝わる現実の臨場感

 新米マタギの若者の一人は、鈴木さんがマタギの活動を積極的に情報発信しており、それでマタギを知ったと話していた。

 番組の最後では、鈴木さんが熊の巣穴に潜り込み、穴止め(巣穴の入り口に足止めとして木の棒を立てる)を行うのだが、同じようなシーンが人気漫画『ゴールデンカムイ』(集英社)でもあった。北海道が舞台で狩猟シーンが多く、登場人物には阿仁マタギもいる作品だ。

 漫画を読んでいるときもドキドキしたものだが、現実の持つ臨場感はすごい。はいつくばって、巣穴に潜り込み外からは足だけ見えている鈴木さんと、息を潜めて見守る新米マタギたちの様子は、もし熊が突進でもしてきたらとハラハラした。映像を見ているだけでそう思うくらいだから、真後ろで、ライブで、その場で見守る新米マタギたちにとっては、物すごく濃密な時間だっただろう。

 結局、そのとき熊は巣穴にいなかった。番組を通して、狩猟において何も獲物がなく「ボウズ」で下山していた。マタギは、労働対価という意味での「コスパ」はこの上なく悪いのだが、若者たちはマタギになった理由として「生きたい」「お金じゃない」といったことを話していた。

 この言葉だけ取り出すと青臭くも聞こえてしまうが、阿仁の山中で、鈴木さんが語る山の知識が若者を魅了するのはよくわかった。葉や枝のわずかな変化や、木についた小さな傷から熊の行動を読み解いたり、遭難時でも雪の中で炎が消えない木の皮を教えたり、あふれんばかりの鈴木さんの知識に惹きつけられ、「生きたい」「お金じゃない」という言葉が出てきたのだろう。

 山で知る「山の知恵」の実感はとても強いと思う。ググっても核心にはたどり着けないし、ウィキペディアにも載っていない。なんでもネットにある時代に見えて、こういう「実感、手触り」はネットが非常に苦手とする領域に思える。

 一方で、先週放送の厳しい丁稚修行のある「秋山木工」でも思ったが、それまで送ってきた日常よりも「かなり厳しい環境」に自らの身を置くことの意味を考えてしまう。そこまでしなくとも、日常の暮らしからでも、生きている実感や自身の成長は感じられるのではないか、とも思うのだ。

 なお、今回阿仁の取材はほぼ1年間だったが、『ザ・ノンフィクション』の就業ものではつきものである「早期離脱者」がいなかったのはすごい。もちろん、放送されていないだけで、いたのかもしれないが。

 次回のザ・ノンフィクションは「新・上京物語2022 前編 ~18歳 夢のあとさき~」。昨年3月の放送では「早期離脱」となってしまった浅草に本店がある洋食の名店「レストラン大宮」の今年度の新人について。