『ザ・ノンフィクション』金に執着する認知症の父に、息子は声を荒げ……「あの日 僕を捨てた父は ~孤独な芸人の悲しき人生~ 後編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月30日の放送は「あの日 僕を捨てた父は ~孤独な芸人の悲しき人生~ 後編」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 フジタは45歳の「ゲーム芸人」で、レトロゲーム界隈では知られた存在だ。フジタがゲームにはまったのは自身の壮絶な幼少期と関係している。フジタの母親は彼が幼稚園の時にくも膜下出血で死去。その後、父・陽人は、フジタの同級生の親でシングルマザーの朱美(仮名)と内縁関係になる。陽人は朱美の元で暮らし、フジタには週に一度3万円を渡すだけで、フジタは小学生にして一人暮らしをしていたのだ。

 陽人は朱美の息子をかわいがり、フジタにはきつくあたったそうで、旅行の途中で自分だけ帰らされたこともあったとか。現在82歳の陽人は一人暮らしだが、朱美との関係は続いており、月に一度3万円を渡しているという。そんなある日、陽人はフジタを呼び寄せ、行政書士の立ち合いのもと、財産をフジタに譲ると言い出した。

 しかし、陽人はその後アルツハイマー型認知症と診断される。2カ月分の年金を1カ月で使い切る、キャッシングを利用するなど、金の使い方が荒くなってきたことを心配するフジタは、金が朱美に流れているのではないかと懸念。一方の朱美も、内縁の夫である陽人が自分に断りなくフジタに財産を渡したことが気に入らなかったようで、彼のことを快く思わなくなってしまう。

 フジタは陽人からキャッシュカードなどを預かっていたのだが、陽人はそれを返してほしいとフジタを呼びつける。認知症もあってか、フジタの説得がなんら届いていない陽人。同じ不満を何度も漏らす陽人に、フジタは声を荒らげるしかない。

 また、フジタは陽人の日々の様子を見るため「見守りカメラ」を部屋に設置するが、そこには、陽人が朱美に対して「フジタが働かず自分の金をあてにしている」といった内容を電話で話している姿が。それを真に受けた朱美はフジタへの不信感と不満を番組スタッフに話し、フジタからの電話も忙しいからと取り合わない。

 当の陽人は認知症のため、そのようなことを言った記憶もないようだった。高齢の陽人にとっては、“YouTubeで稼ぐ”というフジタの働き方が理解できず、遊んでいるようにも見えたのだろう。

 しかし、うんざりしかけたフジタに思わぬ救いの手が入る。朱美の孫で、朱美と一緒に暮らす21歳の俊(仮名)だ。俊は祖母・朱美が毎月3万円を受け取っている事実を知らなかったようで、それがなくても大丈夫なことや、その3万円は自分の養育に必要だったのかもしれないとフジタに説明する。

 さらに俊は、荒ぶる朱美をなだめ、陽人、朱美、フジタ、俊がいる場での話し合いの場を用意。そこでフジタは陽人の借金の現状や、フジタ自身がきちんと働いていて収入があることを朱美に説明し、その場はひとまず収まる。

 ただ、陽人の金への執着は増すばかりで、フジタが金を預かると「盗んでいる」と言う。また、陽人の家の鍵付きタンスに金を保管すると、フジタの知らないスペアキーで出してしまう。食器棚に入れワイヤーキーで施錠しても、隙間から「孫の手」を使ってでも取り出す有様だ。往診に来た医師は認知症が進んでおり、これから半年でさらにその症状は悪化するだろうと話し、施設での生活も勧めていた。

 番組の最後、フジタは陽人と朱美を軽井沢旅行に連れて行く。陽人の年金は朱美が預かることになったという。

 軽井沢旅行の場で、朱美に対し、陽人をなぜ好きになったのか尋ねていたフジタ。朱美は「(私の)子どもを虐待しないってこと。だから安心してお付き合いできる」と答え、フジタはその代わりに自分が虐待された、と冷静に説明していた。虐待されていたフジタを前に、朱美のこの答えはあまりにも配慮がないと思うし、私が朱美ならもっと取り繕い、よりによってこの理由を選ばないだろう。

 その後フジタは陽人にも、「土日だけ朱美の家に行く」のではなく、毎日フジタを一人家に置き去りにしたのはなぜかと尋ねるが、「(自分が朱美を)好きだからじゃないの?」と答えていた。素直と言えばそれまでだが、これも幼少期に置き去りにされたフジタに対して配慮がない一言だと思う。

 しかし、陽人と朱美に今さら謝られたところで、私ならどんな回答であっても結局、腹が立ちそうだ。ただ、いち視聴者がどう思おうが、これらを確認することがフジタにとって必要な過程だったのなら、それでいいのだろう。

 それにしても、朱美に陽人の年金の管理を任せて大丈夫なのだろうか。『ザ・ノンフィクション』は続編も楽しみの一つだが、こればかりは続編がないことを願いたい。陽人と朱美に振り回されるフジタをこれ以上見たくない。

 次週は「そこにいていいんだよ ~もじゃくん夫婦と不登校の子どもたち~」。不登校の子どもたちの居場所づくりに奮闘する元小学校教師のもじゃくんと、ちーさん夫妻。ただその運営は手弁当のギリギリな状況だ。夫妻と子どもたちを見つめる。

『ザ・ノンフィクション』父親の遺産と、父の厄介な内縁の妻「あの日 僕を捨てた父は ~孤独な芸人の悲しき人生~ 前編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月23日の放送は「あの日 僕を捨てた父は ~孤独な芸人の悲しき人生~ 前編」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 フジタは45歳の「ゲーム芸人」で、レトロゲーム界隈では知る人ぞ知る存在だ。自室には80年代の初代ファミコンソフトがうずたかく積まれている。今のオンライン配信型ゲームと異なり、流通数が限られていた80年代ゲームソフトの中には、数十万円以上のプレミアがつくようなソフトもあり、フジタ自身、そういったレアゲームを積極的に購入しているため、カードローンに頼る生活だという。

 フジタがゲームにはまったのは自身の壮絶な幼少期と関係している。フジタの母親はフジタが幼稚園の時にくも膜下出血で死去。その後、フジタの父・陽人は、フジタの同級生の親でシングルマザーの朱美(仮名)と内縁関係に。陽人は朱美の元で暮らし、フジタには週に一度3万円を渡すだけで、フジタは小学生にして一人暮らしをしていたのだ。

 陽人は朱美の息子をかわいがり、フジタにはきつくあたったそうで、旅行の途中に自分だけ帰らされたこともあったという。朱美の息子の殺人計画まで立てたフジタだったが、クラスメイトの中で難ゲーム「スーパーマリオブラザーズ2」をクリアできたのがフジタしかおらず、みんなからの羨望を集めたことが、フジタに“実行”を思いとどまらせるきっかけになったようだ。そこから、ゲームがフジタの心の支えになっていた。なお、フジタと同世代の著者も同時期にこのゲームをしたが、手も足も出なかった。

 現在82歳の陽人は一人暮らしだが、朱美との関係は続いているようで月に一度3万円を渡しているという。そんなある日、陽人はフジタを呼び寄せ、行政書士の立ち合いのもと、財産をフジタに譲ると言い出す。

 しかし、陽人の様子がそれからおかしくなっていく。自分のお金が盗まれたと交番に行く、買い物したものがスーパーの中で置き引きされたと話す、約束の時間をすっぽかす……。フジタは陽人を物忘れ外来に連れていき、軽度の認知症と診断された。

 2カ月分の年金を1カ月で使い切る、キャッシングを利用するなど陽人の金の使い方が荒くなってきたことを心配するフジタは、金が朱美に流れているのではないかと懸念する。

 一方の朱美も、内縁の夫である陽人が朱美に断りなくフジタに財産を渡したことが気に入らなかったようで、陽人が借金の返済を優先し、それまで朱美に渡していた月3万円を渡せないようなら陽人と別れると番組スタッフに話す。

 そして、陽人は当初フジタに、月3万円だけを朱美に渡していると話していたが、年金支給日にも同額を支払っていたことが発覚。陽人が朱美に渡すであろう金を立て替えるフジタは不満を募らせていく。

 番組を見ていて複雑な気持ちになったのは、フジタは陽人に対しマイナスな感情があるようにはあまり見えず、むしろ父親の世話をかいがいしく焼いている。一方で、父親の内縁の妻である朱美に対して嫌悪感を抱いているように見えたところだ。

 朱美は確かに自分勝手のように思うが、「子どものフジタに寂しい思いをさせながらのうのうと生活してきた」という点で朱美と陽人は同罪だし、陽人はフジタの実父という点で、より罪深いだろう。

 また、陽人について、番組を見ていない人は「とんでもないクソジジイ」を連想するかもしれないが、テレビ画面に映る陽人は、フジタへの所業に反し「愛嬌のあるおじいちゃん」なのがまた複雑な思いにさせられる。そして一方の朱美も「ちゃきちゃきとしたおばあちゃん」という感じで、陽人と朱美と朱美の孫が回転寿司店で食事をする場面は「ほのぼの」としていたくらいだ。そのほのぼの感を、フジタの幼少期に分けてやってほしかった。

陽人が今のフジタにできること

 不実な男と女は老いて、おじいちゃんとおばあちゃんになる。親は「老いる」ことで、子どもに「もうこの人にはなにを言っても無駄」だと思わせ、複雑な感情を子どもに残しつつ逃げることができてずるい。私がフジタなら、遺産がよほどの高額でもない限り陽人とそもそも連絡を取らないと思うが、そんな父親からでも、関心を持たれるとうれしいのだろうか。

 なお、フジタはYouTuberとしても活動している。今回の放送で登録者数も増えたと思われるが、放送日10月23日午後9時の時点でチャンネル登録者は7.55万人となっている。コメント欄は番組を見た人からのフジタへの激励の言葉であふれていた。息子に対して不実であった陽人はせめて、チャンネル登録者数増やしくらいは貢献してほしい。

 次回は今回の後編。フジタの堪忍袋の緒がいよいよ切れて……。

『ザ・ノンフィクション』職場との相性は「運」なのか「人力車に魅せられて2 ~夢と涙の軽井沢物語~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月16日の放送は「人力車に魅せられて2 ~夢と涙の軽井沢物語~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 2022年7月3日の放送で、浅草の人力車業を営む東京力車の社内検定に12回落ち、俥夫(人力車の運転手)になることが叶わないまま、東京力車を去った当時30歳のアツシ。

 その後の8月、31歳になったアツシは長野・軽井沢町で別の人力車屋さんで研修を受けていた。軽井沢で人力車業を営むてやんでぃ屋社長・高山が、前回の放送を見て、アツシと連絡を取りたいとフジテレビに問い合わせたのだという。

 高山はアツシについて「(俥夫として)全然イケるやん」と番組スタッフに話し、卒業検定に何度落ちても辞めなかった熱意も評価して、「この子はもったいないな」と思ったという。また「結構打算的なところがあって、うちでも人材欲しいし、(アツシは東京力車で)研修もほとんど終わっているし、この子は楽だなと思って」とも話す。

 アツシも誘いに即決だったそうで、繁忙期である8月の間、アツシはてやんでぃ屋で研修生として働くことになる。

 てやんでぃ屋は街なかを走る浅草とは異なり、主に軽井沢の森の中を走る観光コースになる(万平ホテルや、上皇さまが美智子さまと出会ったテニスコートの脇も通る)。自動車は入れないであろう遊歩道もあり、交通量も浅草よりはずっと少ないが、一方、舗装されていない砂利道や段差も多い。

 東京力車の最後の日々について、(きつすぎて)訳がわからなかったのではないか、と同僚に尋ねられたアツシは、「メンタルボロボロでした」と振り返る。高山は「それがあるから今がある」「もう本当に、だから(てやんでぃ屋の)研修楽やん」と話す。実際にアツシのてやんでぃ屋の研修はスムーズに進む。

 ただ、交差点の手前での減速や一時停止を怠ってしまう以前からの欠点は軽井沢でも見られヒヤヒヤしたが、高山は「この弱点を直さなくていいの、自分はそういう人間だと思って仕事すればいい」「自分の弱点を克服するんじゃなくて、受け入れて、その弱点の中で生きていく」とアツシを励ます。

 その後、てやんでぃ屋の社内検定にアツシは無事合格。21年9月に東京力車に入ってから1年弱で、ようやくアツシは客を乗せるプロの俥夫になった。

 そんなアツシを高山はドライブに誘う。16年に発生した大学生ら15人が亡くなったスキーバスの事故現場の慰霊碑にアツシを連れていき、「(スピードを出すのがカッコいいのではなく)安全運転で、ゆっくり丁寧にやることがカッコいいんよ」と諭す。

 順調にてやんでぃ屋で仕事をしていたアツシのもとに、東京力車の後輩の金光から人力車の予約が入る。だが、当日そこにいたのは金光ではなく、東京力車の社長・西尾と、アツシの社内検定のために尽力した教育係・押木の2人だった。

 アツシは西尾や押木にロクに別れも言わない状態で辞めた手前(西尾とアツシの最後のやりとりは電話だったようだ)、この再会に緊張していたが、西尾、押木ともにアツシの人力車と案内のもとで、軽井沢を満喫する。

 8月の終わり、アツシはてやんでぃ屋の月間MVPとなり、てやんでぃ屋の面々に見送られ軽井沢を去る。現在アツシは鎌倉で俥夫として働いている。

 前回、東京力車でのアツシは、後輩たちが次々と俥夫として自分を追い抜いていく中で、どんどん精神的に追い詰められているように見えた。そのため、もっと早く東京力車を辞めたほうがよかったのでは、とレビューに書いた。

 同じミスを繰り返してしまうアツシを教育する押木の負担もあるし、何より社内で「卒業検定に落ち続けている気の毒な人」と思われながら過ごすのは、アツシの精神衛生に良くないように思えたからだ。

 しかし今回見てみると、東京力車の厳しい研修があったために、てやんでぃ屋でアツシはスムーズに研修を終えることができたし、てやんでぃ屋にしてみても、繁忙期に未経験の新人を育てることは難しかっただろうから、東京力車での研修は助かったと思う。

『ザ・ノンフィクション』仕事は結局「運」なのか

 番組の最後のナレーションでは「人には、同じ仕事をしていても合わない職場もあれば妙にしっくりくる職場もあります」「突き詰めてしまえば、それもまた運次第なのかもしれません」と伝えていた。

 「運」というと身もふたもないが、しかし確かに仕事生活は「運」の要素も大きいと思う。上司やクライアントが一人変わるだけで天国から地獄にもなりかねない、結構はかないものだ。

 だからと言って「結局運なのだから、職場が合わなければさっさと辞めればよい」とも一概に言えないなと今回の放送を見て気づかされた。

 アツシは、東京力車をなかなか辞めなかったことで、てやんでぃ屋からスカウトされ、俥夫としてデビューでき、西尾や押木と俥夫として再会でき、浅草での苦かったであろう過去とも折り合いをつけられたように見えた。もし、早いうちに見切りをつけていたら、ただの「挫折」「苦い経験」で終わっていたのかもしれない。あらためて「辞め時」の難しさを思う。

 次週は「あの日 僕を捨てた父は~孤独な芸人の悲しき人生~前編」。幼い頃から没頭してきたゲームの腕でファンを魅了するゲーム芸人・フジタ。小学2年の彼を35年前に「捨てた」父親が、全財産を遺すと伝えてきて……。

『ザ・ノンフィクション』30歳アツシ、卒検13回不合格が意味すること「人力車に魅せられて ~夢と涙の浅草物語~」

 10月16日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「人力車に魅せられて2 ~夢と涙の軽井沢物語~」。7月に放送された「人力車に魅せられて ~夢と涙の浅草物語~」の続編となり、前回から引き続きアツシの姿を追う。

 7月放送当時のアツシは30歳。東京・浅草で一人前の俥夫(しゃふ。人力車を引く人)になるべく励んでいた。もともとはメジャーデビューも果たした歌手で、その後はテーマパークのパフォーマーとして活躍していた経歴を持つが、コロナ禍の影響で職を失い、俥夫を志すようになったという。しかし、目標を持って努力を続けても、なかなか検定を突破できない日々が続いていた。

 今作は、浅草では俥夫の道を諦めたアツシが、新天地の軽井沢で再び人力車を引くべく研修に取り組む姿を追うという。そこで続編のオンエアに合わせて、7月放送回の番組レビューをあらためて紹介したい。


(初出:2022年7月4日)

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月3日の放送は「人力車に魅せられて ~夢と涙の浅草物語~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 東京・浅草観光の名物「人力車」。多くの同業者がしのぎを削る中、赤いはんてんがトレードマークの「東京力車」は、SNSを駆使した発信を続けるなどして勢力を伸ばしており、女性の俥夫(しゃふ。人力車を引く人)も多く活躍している。

 東京力車で俥夫になるためには社内研修の卒業検定に合格する必要がある。番組内では現役大学生俥夫も紹介されており、スムーズに合格する人もいるようだが、10回近く検定を受け続けても合格できない「研修生」もいる。

 研修生で最年長となる30歳のアツシは、もともとはメジャーデビューも果たした歌手だったが、全く売れず。その後、テーマパークのパフォーマーとして活躍するも、コロナで職を失い、現在は俥夫を目指しているものの、なかなか検定を突破できない。

 アツシは何度も同じミスを指摘されてしまうようで、後方確認など人力車を走行させるにあたっての基本的な交通ルールに関するものから、客への地図の見せ方がなってないなど、接客に関するものまで及ぶ。あとから入った後輩が次々と追い抜いて俥夫になっていく状況だ。

 それでもアツシは諦めず、朝は誰よりも早く出社し、トイレ掃除などをこなす。その姿に心を動かされ、指導担当の押木は業務時間外でアツシの特訓を行うことにする。しかし、満を持して挑んだ12回目の試験も不合格。

 それまで注意されていた交通ルールの順守や接客に問題はなかったものの、ツアー時間は「1時間くらい」という顧客役の要望に対し、20分オーバーしてしまったためだ。

 そこで気持ちが折れてしまったのか、それ以降の練習は身が入らず、アツシは東京力車を辞める。スタッフのインタビューでは指導してくれた押木に応えられなかった申し訳なさを話していた。

『ザ・ノンフィクション』去り際の見極めは難しい

 番組最後、退職後にアツシは「ここまでうまくいかないのは生きてきて初めてだった」と話しており、学生時代や歌手時代、前職のショーの仕事などでは、そういったつまずきはなかったのだろう。

 そもそも歌手時代はメジャーデビューをつかむなど、アツシは狭き門を突破する力はある。そうなると、俥夫は「向いてなかった」ということなのだろうし、向いてなかったら潔く辞めたほうがいいように思う。

 番組を見る限り、もうちょっと早く辞めたほうがアツシ自身も挫折感を強く味わうことなく、指導した社長、押木などの負担も少なく済んだのではとも思う。だからといって、「見切りが早すぎる」のも問題だ。

 『ザ・ノンフィクション』では以前、レストラン大宮で修行中の若者を追った回があったが、初日で音を上げた人がいた。さすがに、これは早すぎるだろう。「我慢が足りないだけ」では、向いているかどうかもわからないと思う。去り際の見極めは難しい。

 そもそも、「この仕事は自分に向いているか」の判断も難しいものだが、東京力車の場合、「卒検」がそれを知るいい基準になっているのだろう。

 一方、世の中の大半の仕事には検定や資格はない。そのような中で、何をもってして仕事に向いているか考える際に、「同じミスを何度もしたり、指摘される」というポイントは結構アテになるのではないか、と思った。

 人間なのでミスをゼロにすることはできないが、あまりに同じミスを何度も繰り返してしまう場合は、その人にとって、それは根底では「興味の持てないこと」なのだろう。人は、興味を持った物事に対しての目線は細やかで丁寧で真剣なものになり、おのずとミスは減っていくが、興味の持てないことではそれを期待できないと思う。

 また、興味が持てないことであっても「それが仕事ならば、大切に扱います」と取り組む選択肢もあるし、実際、大抵の大人はそうして働いているはずだ。しかしミスを連発するということは、それすらも「難しい」「できない」という状態であり、そこまできたら、それはその人には向いていないように思える。

『ザ・ノンフィクション』興味の持てない過酷な環境に身を置く理由

 一点不思議でならないのは、アツシはそこまで人力車に興味があるように見えなかった点だ。先週の『ザ・ノンフィクション』に登場した、山の開拓を志す若者・大地も、山に興味があるように見えなかった。また、番組でシリーズ化されているスマホ禁止の丁稚生活を行う木工会社・秋山木工で修業中の丁稚たちも、木材加工や家具製作が好きで好きでたまらない、という人は番組を見る限り少ないように見える。

 アツシも大地も秋山木工の丁稚も、「職務対象(人力車や山の開拓や木工)に対して興味がなさそう」なのに、「いわゆる普通の仕事でない過酷な道」になぜあえて飛び込むのだろう。あえて過酷な環境に自分を置くことで、自らを鍛え直したいという思いがあるのかもしれないが、過酷な環境であればあるこそ「そのものへの強い興味関心」がないと相当しんどそうだ。

 番組最後のナレーションでは、アツシの今後に対し「また走りだせばいいんです。今度は無理なく自分がピタッとはまれる場所を目指して」と言葉を当てていたが、本当にそう思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「泣き虫舞妓物語2022 ~夢と希望と涙の行方~ 前編」。京都で舞妓を目指す15歳少女・寿仁葉(じゅには)の5年の記録。

『ザ・ノンフィクション』月収40万円、フードデリバリーの仕事「東京デリバリー物語~スマホと自転車とホームレス~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月9日の放送は「東京デリバリー物語~スマホと自転車とホームレス~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 コロナ禍以降、3年足らずで街の風景としておなじみになった、フードデリバリーの配達員。そんな3人の配達員の暮らしを見つめる。なお、今回の登場人物は、「佐々木」以外はすべて仮名。

 和田(42歳)はイベント会社で働いていたものの、コロナの影響で仕事がなくなり2020年の冬に配達員になった。一日8時間週5日働いて、月収は30万、運がよければ40万になると話す。

 郊外で部屋を借りると都心での配達仕事がやりづらいため、和田の住まいは都心のインターネットカフェだ。和田は「昔からピンチのときでもそんなに深く考えない、俺のダメなところなんですけど、どうにかなるだろうみたいな、日本なんで」とも話すが、一方で「ちょっとみじめな気持ちにはなりますよね」「若い子のパシリなのかみたいな、そういう虚しさ」と、複雑な胸中を明かす。

 運が良ければ稼げるフードデリバリーの配達員だが、仕事や住まいを失った人を支援する「一般社団法人つくろい東京ファンド」の佐々木大志郎は、配達員の仕事について「現代的なテクノロジーを使った日雇い仕事みたいなものなので、困窮の二歩手前であるという実態は変わらない」と話し、ツイッターを使う配達員たちに「保険や食料など必要でしたら、どうぞお気軽にご相談くださいませ」とリプライを送る。

 一方で佐々木は「あるカテゴリーの人には(フードデリバリーは)いい働き方。(職場の)人間関係がいやだという人は多い。そこのメリット(人間関係に煩わされないこと)は計り知れない」とも話す。自身のNPOでもフードデリバリーで働く人のために貸し出し用電動アシスト自転車を用意している。

 佐々木から食べ物の支援を受け取った、フードデリバリーを始めて3か月の高山(30歳)は、昨年6月に仕事をうつ病で辞め、FXで暮らしていこうとしたもののうまくいかず、94万円の借金を抱えている。早稲田大学の政治経済学部を卒業し日本銀行に就職した超エリートだったものの、会社が自分に求めることを満たすことができず、罪悪感からメンタルの調子を崩してしまったそうだ。

 佐藤(31歳)はフードデリバリーの配達員として週4日働いて、月収が8万円ほど。飲食店で働いていたがコロナ禍で職を失い、実家に引きこもっていたものの、家族との折り合いが悪くなりパニック障害を発症。その後、家を飛び出したが、当時の所持金は82円だったという。路上生活を覚悟していたが、無料Wi-Fiを使って佐々木のNPOにつながり、現在は生活保護を申請しアパートで暮らしている。生活保護の支給額は13万円で、フードデリバリーで稼いだ分は生活保護費から差し引かれる。

 順調そうにフードデリバリーの仕事をしていた和田だが、所持金が800円になったと佐々木の元へSOSが入る。配達中に転倒し腰を痛め、仕事に出れなかったという。和田は佐々木から食料を受け取りその場をしのぐことができたが、最近はステイホームの風潮が弱まりつつあり、デリバリーの依頼も減少。そのため、和田は交際を始めた女性の父親が経営するリフォーム会社の社員として働くことを決意する。

 借金を抱えている高山は返済のため、台風が東京を直撃した日も朝から晩まで働く。悪天候などで注文が殺到した時は、配達員の報酬が上がる仕組みだそうだ。しかし、日銀時代に入っていた年金型の保険の存在を思い出し、解約した際の解約金で借金を完済。さらに余った金で、自転車で日本一周の旅に出る。

 今回、フードデリバリーの注文の詳細も伝えられていたのだが、「若い女性が、1人前で、ファストフードなど単価の安いものを頼んでいる」というケースが多く、意外だった。フードデリバリーを頼むのはファミリー層が多いと思っていた(取材先がほぼ都心だったため、郊外ならファミリー層も多いと思うが)。

 都心で暮らす場合、徒歩で近所に飲食店やコンビニが全くないとは考えにくい。番組ではすき家の牛丼と豚汁のセットで客側が支払う料金は1,200円(配達料込。うち配達員の報酬は301円)、また、1人分と思しきマクドナルドのハンバーガーのセットも配達料込みで1,200円と伝えられていた。ここから、牛丼屋やファストフードで1人前のもの、店内飲食やテイクアウトなら600円前後のものをフードデリバリーで頼むと、大体倍額になるようだ。

ザ・ノンフィクション』フードデリバリーを頼むのは「金持ち」なのか

 私自身はピザの出前は頼むことがあるが、フードデリバリーはこのブームの中でも一度もなかった。家の近くに飲食店やスーパーがあることもあり、出前を頼むなんてもったいない、とケチだから思ってしまう。だから、今回の舞台は飲食する店には困らないはずの「都心」なのに、注文が途切れない状況は意外だった。

 注文者は金持ちが多いのだろうと思ったが(唐揚げ一人前をタワマンに届ける様子も伝えられていた)、担当編集氏より個人的にはフードデリバリーを頼む=金持ちという印象はない、と話があり、何に金を使う人を「ぜい沢だ、金持ちだ」と判断するのも個人差があるのだなと思った。

 なお、タワーマンションは入館に時間がかかるため、配達員にとっては割に合わないようだった。フードデリバリーの事業会社は「タワマン割増料金」を作った方がいいかもしれない。

 次週は「人力車に魅せられて2~夢と涙の軽井沢物語~」。今年7月に放送された、浅草の人力車の会社で俥夫(人力車の運転手)を目指すも、社内検定に13回落ち会社を去ったアツシ。しかし、そんなアツシにも意外な「救いの手」が差し伸べられ……。

『ザ・ノンフィクション』お父さんは「いない」という長男の複雑な気持ち「ボクのおうちに来ませんか2 ~モバイルハウスと新たな家族~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月2日の放送は「ボクのおうちに来ませんか2 ~モバイルハウスと新たな家族~」。

あらすじ

 神奈川県・相模原市の山深い集落、綱子(つなご)の空き地に「モバイルハウス」を止めて暮らす二人の青年。モバイルハウスとは移動可能な住居のことだ。二人の生活は2020年に初めて放送され、今回は2年たった彼らの心境、状況の変化について伝えた。

 青年の一人は自称・生活冒険家の赤井成彰(33歳)。赤井のモバイルハウスは軽トラを改造したもので、外観は移動式コーヒーショップのようで中腰にならずに立てるほどの高さもある。

 もう一人の青年は漫画家のおぐりちはや(2年前の取材時点で28歳、現在30歳?)。20年時点では、赤井の立派なモバイルハウスに引き換え、おぐりのモバイルハウスは「リアカーの上に大きめの棺桶が乗っている」ような形状だったが、2年を経てデスク、椅子も携えた形状に進化していた。2年前からモバイルハウスでの生活を漫画にしているようだが、漫画家としての生活は厳しいようだ。

 二人の生活にも変化が見られており、肝心のモバイルハウスで暮らす頻度が減っていた。ともに配偶者(恋人)の存在が大きい。

 赤井は綱子のイベントで出会った、二人の息子(10歳のあおし、7歳のとうわ)と暮らすシングルマザー、37歳の朱里と交際しており、週2日は朱里の家で暮らす生活だという。

 おぐりは、2年前の放送当時から交際していた、教育関係の仕事に就くゆりかと結婚。ゆりかがローンを払う自由が丘のマンションで月3週間暮らしており、ほぼ自由が丘が拠点となっているようだ。ゆりかはおぐりにもっと働いてもらいたいようで、おぐりもゆりかの気持ちに応えたいと番組スタッフに話してはいたものの、番組を見る限り特に何もしていないように見えた。

 赤井は朱里宅の風呂を堪能しながらも、結婚には前向きではないようで、子どもとの関係について「近所のおもろい兄ちゃんぐらいの感じがいいかな」と話す。おぐりと地元で飲んだ時は、「責任って言葉がめっちゃ嫌いなんや」と話し、おぐりも「わかるね」と同意。彼女の家の資源を満喫しておきつつも(特におぐり)二人は気ままに生きたいようだった。

 赤井は金沢の実家(赤井の父は医師で、実家はかなりの豪邸)に、朱里の子ども二人を連れてモバイルカーで帰る(翌日、朱里も合流)。赤井の両親は朱里親子を歓迎。母親は、籍は入れたほうがいいと赤井に話し、父親は「自分が死んでも(家族が)生きていけるようにしないと」と、自身が父親として意識していた責任の在り方について話した。

 番組最後で赤井と朱里親子は海に行き、なんとなく二人はそのまま結婚しそうな雰囲気だったが、はっきり結婚した、という明言はないまま終わった。

 番組の最後に交わされた、スタッフと朱里の息子二人の会話を紹介したい。

 スタッフによる「今お父さんいます?」の問いかけに、次男のとうわは「うん」「ナル(赤井)と、パパ(実父と思われる)」と答えたのに対し、長男のあおしは、「うん」と言った後すぐに訂正、「今はいないかな」と2回言っていた。

 あおしの「今はいない」は「簡単には言えない」ということなのだと思う。「母親の再婚」という事態を前にすればもっともだ。10歳という年齢で、自分の複雑な気持ちをテレビカメラを前にしながら、表現しようとするあおしはすごい。

 しかし番組スタッフは続けて「ナル君にお父さんになってほしい?」とあおしに聞いていて、あおしは「うん」と答えていた。これらやりとりの隣には朱里がいる。朱里が赤井と結婚したがっていると知っているあおしとしては、そう答えるしかないだろうという気がした。最初にあおしがどこか含みを持たせた回答をした時点で、スタッフは察して、そっとしておいてやればいいのにと思った。

 あおしがそのように、繊細な思いを表現しようと模索しているのに対し、それを横で聞いていた朱里は「みんなでそう思い合えるならうれしい」と涙をぬぐっており、これはかなり“雑”だと思った。

 朱里の「みんなでそう思い合えるならうれしい」の「そう」は「家族になる」ということなのだろう。番組を見る限り、これはその直前に発せられた息子二人の言葉を受けたものだが、赤井は結局、結婚について明言していない。さらに、その直前のやりとりでもストレートに家族になりたいと言っているのはとうわで、あおしの心境はもう少し複雑に見えた。

 番組を見る限り、明らかに家族になりたい意向があるのは朱里ととうわの2人だと感じる。しかし、朱里は4分の2の意見なのに「“みんなで”そう思い合えるならうれしい」と言ってしまうあたり、自分の都合の良いように解釈しているようにも聞こえた。朱里が結婚したいのはよく伝わったので、「私は結婚したい」と言えばいいのに、と思う。

 自由気ままに生きていたい赤井とおぐりだが、自分が自由気ままに生きたい、を最優先したいなら「彼女を持たない」もしくは「子どもを持ちたくない女性と付き合う」にすればよかったのに、なぜ二人とも「子どもを望む女性(ゆりか)、子どもがいる女性(朱里)」を選んだのだろうか。

 「自由気ままな生活」は、毎日の世話が必要な「子ども」という存在とかなり相性が悪いように思う。「相手を好きになったから彼女を選んだ」と言えばそれまでだが、赤井やおぐりの「自由気まま」を望む気合、熱意は、モバイルハウスという極端な暮らしをしていることからも、人並み以上にあるように見える。しかし、案外それほどでもないのかもしれない。

 次週は「東京デリバリー物語 ~スマホと自転車とホームレス~」。いつの間にかすっかり社会の風景として定着した自転車やバイクで街中を駆けるフードデリバリーの配達員たち。コロナ禍の中での「雇用の受け皿」にもなっている中、さまざまな配達員の状況を見つめる。同作は令和4年度(第77回)文化庁芸術祭参加作品でもある。

『ザ・ノンフィクション』母の願い「家族一緒に」は、子の負担にもなる「ボクと父ちゃんの記憶2022後編 ~18歳の夢 家族の夢~」

 

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月25日の放送は「ボクと父ちゃんの記憶2022後編 ~18歳の夢 家族の夢~」。

あらすじ

 千葉県南東部、緑豊かな睦沢町で暮らす林家。高校3年生の息子・大介は、若年性アルツハイマー型認知症になった父親を日常的に介護している「ヤングケアラー」だ。

 大介の父親、佳秀はもともと東京で映像制作の仕事をしており、多忙な日々を送っていた。1999年に妻の京子と再婚、その後大介が産まれるも、2005年、50歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断される。

 病気の進行を遅らせるため、一家は自然豊かな千葉に越す。大介が幼少期のころは、普通の父親と変わらない様子で一緒に散歩や会話をしていたが、大介が中学校に上がるころから、佳秀の症状は目に見えて悪化していく。

 現在は家族と佳秀の会話はほぼ成り立たず、佳秀は家族の名前も思い出せない。トイレも一人で行けず、おむつをはいている状況で、仕事で遅くなる京子に頼まれて、大介が佳秀を寝かしつける様子も映されていた。

 京子は佳秀を施設に入れることを決断。別れの日、施設に向かう車の中で涙をぬぐう京子や大介の傍らで、事情がおそらくわからない佳秀はただニコニコしていた。

 その後、大介は高校卒業後に地元の造園会社に就職。将来的には農業をやりたいと話す。佳秀の症状が自然豊かな地で緩やかになった、という実感があるようだ。そして、初任給で施設にいる佳秀へ誕生日ケーキを贈る。

 林家は、佳秀と前妻との間にグループホームで暮らす知的障害のある娘と、大介の実兄にあたる、佳秀と京子の間に生まれた長男にも障害があり、病院で暮らしていることも伝えられた。

 21年の夏、佳秀を施設に預けて以来、感染症予防もあり家族は対面での面談がかなわなかったが、22年6月、京子はようやく対面を果たす。

『ザ・ノンフィクション』美談調ナレーションのモヤモヤ

 林家を取り上げた過去3回の放送は、ナレーションが美談調でモヤモヤする、と先週も書いたが、今回最後のナレーションもその調子だった。

「修行して一人前の農家になって、また父ちゃんと、家族一緒に暮らせる日まで、父ちゃんもう少し待っててください」

 実際大介は、番組内ではこのように発言していない。なんだかモヤモヤする、と思いながら見ていたが、これは大介の思いでなく、京子の思い、としたほうがフィットする。

 京子は、施設に入りもう京子が誰なのかもおぼつかなくなっている佳秀との再会時、佳秀の好物であるステーキをたっぷりのせた弁当を作り、ワンピースでおめかしをしていた。

 日本の50代の既婚女性で、夫にこれほど恋愛感情を持っている人は珍しいのではないだろうか。玄関には、佳秀と京子の結婚式と思われる写真が大きく引き伸ばされて飾られていた。これは「ようやるわ」という冷やかしの意味ではない。仲が悪かったり、冷え切っている夫婦関係よりはずっと良い。

 施設に預けたら佳秀が家族のことを忘れるのでは、とためらいを見せていたのも京子だ。京子は、佳秀と施設で再会した帰り道で「全員うちの障害の子たちが一緒に暮らせたら本当に楽しんじゃないかなと思って。それぞれができる役割したらすごく楽しいかな」と話していた。

 この「全員」のあと「子たちが」と続くので、佳秀は入っていないのかもしれないが、入っているとすれば、ナレーションの調子と一致する。

『ザ・ノンフィクション』「家族一緒に」という発言に伴う負担

 林家の放送はこれで4回目になるが、佳秀と京子の間の第1子(大介にとって兄)には重い障害があり、病院で暮らしていることが初めて伝えられた。

 大介は18歳という年齢の割にしっかりしている印象で、それは父親を介護するヤングケアラーとしての日々から培われたものかと思ったが、兄の存在もあったのかもしれない。この兄の存在が明かされたことで、ずいぶん家族全体の見え方が変わってくるような気がした。

 そして京子も、家族をケアする日々だったのだろう。そのうえで「(家族)一緒に暮らせたら」と言える京子はパワフルだと思うが、その思いが今の子どもたちの負担にならないことを願う。「家族一緒に」という発言自体は「善意」なので、異論を唱えにくい。

 家族一緒に、じゃなく、大介はむしろ一人暮らしをしてのびのび過ごしてみては、と思った。

 次週は「ボクのおうちに来ませんか2~モバイルハウスと新たな家族~」。2年前に放送した、移動型の家で暮らす二人の若い男性のその後。彼らに「結婚に伴う責任」と「自由気ままな生活」を天秤にかけて決断しなければならない時が迫り……。

▼前回のモバイルハウスのレビューはこちら

 

『ザ・ノンフィクション』親の介護を離れて「自我が芽生えた」息子「ボクと父ちゃんの記憶2022前編 ~母の涙と父のいない家~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月18日の放送は「ボクと父ちゃんの記憶2022前編 ~母の涙と父のいない家~」。

あらすじ

 千葉県南東部、緑豊かな睦沢町で暮らす林家。高校3年生の息子・大介は、若年性アルツハイマー型認知症になった父親を日常的に介護している「ヤングケアラー」だ。

 大介の父親、佳秀はもともと東京で映像制作の仕事をしており、多忙な日々を送っていた。1999年に妻の京子と再婚、その後2003年に大介が産まれるも、05年、50歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断される。

 病気の進行を遅らせるため、一家は自然豊かな千葉に越す。ホームビデオで撮影された、病状が悪化していないころの佳秀は普通の父親と変わらない様子で、幼い大介と散歩に出かけ会話も弾んでいた。しかし、大介が中学校に上がるころから、佳秀の症状は目に見えて悪化していく。

 現在は家族と佳秀の会話はほぼ成り立たず、佳秀は家族の名前も思い出せない。トイレも一人で行けず、おむつをはいている状況で、仕事で遅くなる京子に頼まれて、大介が佳秀を寝かしつける様子も映されていた。

 京子は佳秀を施設に入れることを決断。別れの日、施設に向かう車の中で涙をぬぐう京子や大介の傍らで、事情がおそらくわからない佳秀はただニコニコしていた。

 佳秀のいなくなった林家では、それまで佳秀の世話にかかりっきりだった大介と京子の間にけんかが起こるようになり、ナレーションではその様子を「みんな介護で精いっぱいだった林家、自由な時間が生まれた大介君に、自我が芽生え始めました」と伝えていた。

 その後大介は高校卒業後地元の造園会社に就職、将来的には農業をやりたいと話す。

 過去の林家の放送回レビューはこちらから。

「ボクと父ちゃんの記憶」ここ1年で4回放送

 『ザ・ノンフィクション』で林家の放送をずいぶん見ている気がしたため、これまでの回を振り返ってみた。

 21年10月に林家の初回が放送され、その回が国際メディアコンクール『ニューヨークフェスティバル』のドキュメンタリー・普遍的関心部門で銅賞を受賞。その後、22年5月にその後の林家が伝えられ、そして今回22年9月で3回目の放送となる。今週は前後編あるうちの前編なので、来週放送回を含めるとこの1年で4回放送されることになる。

 『ザ・ノンフィクション』では京都の「泣き虫舞妓物語」や、上京した若者の生活を見つめる「新・上京物語」などシリーズ化している回もある。ただどちらも、主役格である“新人”は毎回変わる。なお、歌舞伎町のホストたちをテーマにした回も定期的に放送されていたが、これは新型コロナの蔓延以降全く放送されなくなってしまった。

 一つの家族を見つめ続ける、という点ではダウン症のダンサーである優とその家族を見つめた「ピュアにダンス」シリーズもあるが、こちらは過去2年で年1のペースで放送されている。その点、林家はかなりのハイペースだ。

 番組が国際的な賞を取ったこともあり、番組としては「林家推し」なのかもしれない。林家の場合「認知症」という、今日多くの人にとって自分の親、そして自分自身にとっても無関係ではいられないテーマを含んだ回ではあるが、林家のほかにも「その後」を取り上げてほしい過去の出演者は少なくない。番組は、どういう基準で「その後」を追う対象を決めているのだろう。

『ザ・ノンフィクション』に登場した人たちの「その後」

 なお、番組が取材した人たちの「その後」について少し触れたい。19年10月放送「好きなことだけして生きていく 後編~伝説のシェアハウス解散~」では、開業資金を極力抑えて開店した喫茶店「しょぼい喫茶店」の様子が伝えられていたが、その後、店は20年2月に閉店したそうだ。時期的に考えて、新型コロナウイルスの流行とは無縁かと思われる(新型コロナウイルスによる初の緊急事態宣言発令は同年の4月)。

 また、近年の『ザ・ノンフィクション』で最も話題沸騰となった回と言っても過言ではない、22年1月放送「結婚したい彼女の場合 ~コロナ禍の婚活漂流記」に登場した30代女性のミナミは、その後無事婚約に至ったと結婚相談所の植草氏が伝えている。

 番組の取材に協力することでの謝礼はあるとは思うが、番組に出ることで、SNSやネット掲示板でさまざまな人に好き勝手なことを言われることを思うと(この原稿もそうだ)、番組にもう出たくない、という人も少なくないと想像する(出演した側が、実態と違うと放送後に番組側へ抗議したケースも複数ある)。

 その中で4回も登場する林家は、番組側の意図と京子の意図が合致している幸福なケースなのかもしれない。

 ただ林家放送回では、ナレーションが「家族一緒が一番大切」といった美談調にしようとしているように個人的には感じる。今回もその傾向はあった。実際は、もっと苦悩やいら立ちなど、さまざまな感情があるはずだろう。

 しかし介護を終えた林家で、京子と大介が親子げんかをしていた際に、介護生活から離れ大介に「自我」が芽生えた、と触れたナレーションは、ハっとさせられる良い文言だと思った。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今週の続編。感染症予防から面会がなかなかかなわなかった家族は佳秀とようやく面会となり……。

『ザ・ノンフィクション』聞く耳を持たない父の息子は……「話を聞いてくれる人 ~空っぽの僕が生きる意味~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月11日の放送は「話を聞いてくれる人 ~空っぽの僕が生きる意味~」。

あらすじ

 名古屋駅前で夜、2017年から「聞き屋」として、人の話を無償で聞いているディーン・カワウソこと水野怜恩。雨の日以外は聞き屋としての活動を続けており、2021年は300日以上名古屋駅前にいたという。

 聞き屋の客層は10~70代と多様だ。話を聞いてほしい人が相席状態になることも多く、客同士で話が盛り上がることもある。

 聞き屋の常連もいる。28歳のいおりは精神的な病を抱えており、ハイ状態になると買い物を止められなくなってしまう。食べるものにも事欠くこともあり、水野は別の客からもらったペットボトルのミルクティーをいおりに渡していた。

 水野自身は実家暮らしで、アルバイトを週一でしているものの生活を賄えるほどではなく、会社員時代の貯金を切り崩している。残高が100万円を切りそうになっている通帳も映されていた。

 水野は大学卒業後、大手パンメーカーに勤めるも、転勤辞令が出され退職。その後、旅先の横浜で別の聞き屋に出会い、地元名古屋で自身も聞き屋をしてみたところ、初めて人生でやりがいを感じたという。今後は占い師としての活動を模索しているようで、人気占い師の元を訪ねる様子も伝えられていた。

 水野の両親は息子の将来を心配していて、特に父親は息子に対し口うるさいところもあったようだ。母親はそんな夫(水野にしてみれば父親)に不満があるようで、「すごく(息子に対し)口出しするんですよ」「私も息子と同じ気持ちありますし」「そういう流れがあって『もういい』『口も聞きたくない』って」と番組スタッフに話していたが、その最中に父親が「もういい」と母親を制するシーンも映されていた。

 番組の最後で、常連のいおりは世話になっているお礼にと水野の名刺を作って手渡す。水野の聞き屋としての客は5,000人を超えたと伝えられていた。

『ザ・ノンフィクション』家族の話を聞かない父

 水野の父親は番組スタッフへの対応は丁寧だったが、「外面はいいものの、家族の話は聞かない」ように見え、また、母親は口数の多いマシンガントークタイプに見えた。

 水野の父親は家族に対し“聞く耳を持たないタイプ”にも見受けられたが、ただ、年代が上になるとこういった傾向のある男性は珍しくないようにも思う。

 そんな、話を聞かない父親の息子が聞き屋になる。「親の期待に応える」「親に反発し、別の道を行く」にしろ、やはり子どもの進路にとって、親の影響というのは大きいと思った。

 客の話を淡々と聞く水野は、よい聞き手と思われるが、「え?」と疑問を抱いたシーンが後半にあった。自身の将来について番組スタッフから聞かれた際のやりとりを抜粋する。

「(夢は)ジャニーズデビューとか、コヤッキースタジオ(都市伝説情報を発信しているYouTubeチャンネル)に入るとか、YouTuberですね」
「(それに対し何かしているか、というスタッフの問いに対し)何もしてないですよ、あくまで、それは、小学生の夢みたいなものですけど」

 別に水野はウケを狙って言った体ではない。水野は年齢を非公表としているが、大学卒業後メーカーで3年働き、2017年から聞き屋をはじめて5年とあり、見た目の雰囲気からも30歳くらいかとみられる。本当にジャニーズになりたい、というより、いわゆる世間的な「30にもなったら落ち着いて……」という風潮に反発したい気持ちの表れのように見えた。

 この強気さは、水野のおそらくアラサーという年齢によるところもあると思う。この若さで自分のやっていることが評価されているのなら、発言も強気になるだろう。水野は著書『名古屋で見かける聞き屋の謎』(マーキュリー出版)もあり、今回『ザ・ノンフィクション』から取材された、というのも自信につながったはずだ。

『ザ・ノンフィクション』30歳のころは見えなかった“年齢”という要素

 なお、「働かずに生きていく」の元祖的存在であり、シェアハウスのムーブメントを作った人でもあるphaについても過去にザ・ノンフィクションでは取り上げていたが、phaは40歳で11年運営してきたシェアハウスを解散している。

 解散の原因について「年齢的なものもあるかもしれないですね。若いころは劣悪な環境で暮らしてること自体楽しかったりするけれど、だんだんただなんかキツくなってくる。飽きてくるというかしんどくなってくるみたいな」と話していた。

 30歳のころはむしろ楽しめていたことが「中年の危機」を迎える40歳になると心境が変わってきて、きつくなってくる、というのは私自身42歳なのでよくわかる。ただこれは30歳のころにはわかりようもない感覚ではある。水野はどんな40歳になるのだろう。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「ボクと父ちゃんの記憶2022前編~母の涙と父のいない家~」。50歳の時に、若年性アルツハイマー型認知症と診断された「父ちゃん」。認知症が悪化し、施設に入ったあとの家族の1年を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』箱根と京都、芸者の違い「母と娘の芸者物語 ~箱根で生きる女たち~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月28日の放送は「母と娘の芸者物語 ~箱根で生きる女たち~」。

あらすじ

 通常、国内外から年間2000万人が訪れる箱根には置屋が31軒あり、約150人の芸者が所属している。32歳の茶々は3代続く芸者の家系で、自宅は母の温味(あつみ)が経営する置屋「喜田見(きたみ)」(「喜」は「七」を三つ重ねた字が正式表記)を兼ねている。

 茶々は当初芸者になるつもりはなかったものの、特にやりたいこともなく、高校卒業後温味の勧めでなんとなく芸者になったと話すが、それから14年、今では踊りの稽古もつけており、自分もいずれ温味のように置屋を出し、箱根の街を盛り上げたいと話す。

 しかし、2020年4月に新型コロナウイルスの感染拡大により緊急事態宣言が出され、にぎわっていた箱根の街から人が消える。お座敷もなくなり、茶々は2カ月間全く仕事がなかったと話す。なお、頼みの補助金もいわゆる水商売は当初、対象外だったそうだ。

 緊急事態宣言が明けた同年7月、置屋の女将たちで構成される箱根湯本芸能組合(湯本見番)も街を盛り上げようと踊りのイベントを開くものの、人がまだ箱根に戻っておらず、なじみ客がひとり来ただけ、という状況だった。

 その後もGoToキャンペーンなどで人が少し戻ったかと思えば、またも緊急事態宣言が発令され、コロナの感染状況に翻弄される日々が続く。そんな状況で30人の芸者が箱根の街を去ったという。

 一方、この状況で飛び込んでくる新人もいる。別の置屋のるか(20歳)は茶々同様、母親のひさ芽が置屋を営んでいるが、当初は芸者になる気はなかったようだ。しかし語学留学先のアメリカで日本文化の良さを知り芸者になる決心をする。ただコロナでお座敷がなく、同年12月には小田原の土産店で働くるかの姿があった。

 出口の見えない状況が1年以上も続く中、21年9月、茶々は当初の目標であった置屋としての独立を決意する。茶々は女将である温味にもう少し芸者として貢献してから独立したいという思いがあったようだが、当の温味は茶々の決断をむしろ後押ししたようで「(現状に)負けてほしくない、やるとなればものすごくできる子だと信じているので」と太鼓判を押す。

 21年9月、茶々は新たな置屋を開き、かつて温味のもとで働いていた芸者、いち路が茶々のもとで働くことになる。箱根に客足も戻りつつある21年末、女将となった茶々を見て、温味は「茶々ちゃんも楽しいんじゃないですかね、今。それを見ている私も楽しいです」と笑っていた。

 少し前に『ザ・ノンフィクション』恒例シリーズとなる京都の「舞妓物語」が放送された。同じ芸者がテーマでありながら、京都回がずいぶん暗かったのに対し、この箱根回は明るい印象だった。

 ただ、今回の場合は土地柄以前に、芸者の置かれた「境遇の違い」がある。箱根の茶々とるかは、母親が芸者かつ置屋の女将をしている2世であるのに対し、京都の舞妓たちは、地方から舞妓に憧れ京都にやってきていた。この違いは大きいように思う。

 茶々もるかも幼少の頃から芸者を目指していたわけではなかったようだが、自宅が置屋で、その風景を見ながら育ったことで、仕事上の大変さや喜びをおのずと理解していたのだろう。

 理想と現実のギャップに「こんなはずでは」とあとから悩むことは、京都の舞妓たちよりは少なかったのではないかと思う。それが箱根の明るさにつながっているように見えた。

 京都の暗さ、箱根の明るさの背景には、こうした境遇の違いのほかに、芸者の就業形態の違いも多分にあるように思った。

 京都の場合、舞妓になるには年齢的な都合から中卒で飛び込まないといけない。一方、箱根の茶々もるかも高校を卒業してから、この世界に入ることを決めている。

 中卒か高卒か、の違いは大きいように思う。学歴もあるが、それ以前に15歳から18歳の頃は価値観が劇的に変貌していく期間といえるだろう。同じ年月でも、35歳から38歳までとは全く意味合いや重みが違うように感じる。

 もちろん、15歳で舞妓の道を選んだ少女にとって、それは当時全力の決断だっただろうが、その年齢で一生涯に関わる大きな決意をするのは、令和の現代社会においては早すぎるように思える。

 京都の舞妓が暗い印象を抱かせる背景には「退路を断つ決断を早くにした」という点が関係していると思う。「舞妓を目指さなければ今頃……」と、選ばなかった道を想像することもあるだろう。

 高校に進学したところで、とりたてて大したことのない日常が過ぎていくのかもしれない。しかし、その「とりたてて大したことのない日常」を過ごしたか過ごしていないかの違いは、その年頃にとって非常に大きいと思う。

 京都と箱根の比較で話が終始したが、温味・茶々親子はコロナの大変な中でもよく笑い、気っ風がよくて、爽やかな親子だった。ひさ芽・るか親子も同じで、今回『ザ・ノンフィクション』としてはレア中のレアである「親子の仲がいい」回となっていた。