『ザ・ノンフィクション』満身創痍の56歳ストリッパー、その“オタク”たちに思うこと

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 星愛美、56歳。ストリッパーの中では国内最高齢と言われている。ストリップ劇場の興行は一劇場につき10日間で、愛美は大きなスーツケースと共に、全国の劇場を巡る日々を送る。愛美の熱心なファンたちは「星組」と呼ばれ、女性ファンも多い。

 愛美の「神々しい」とも言われるステージでの姿や、星組、番組スタッフ、後輩ストリッパーに対する穏やかな物腰からは想像できないが、かつて愛美は相当な非行少女で、暴走族に入り15歳までに2度の人工妊娠中絶、19歳で結婚するも死産の末、21歳で離婚。AV女優、ストリッパー、水商売と職を転々とし、45歳でストリッパーとして再出発した。信じていた人に騙され、借金を背負ったこともあったという。

 また、愛美は37歳でがんを患い子宮を摘出。その影響により自力で排尿ができないため、カテーテルを持参して巡業を行っている。さらにがんが転移したリンパ節も除去したため、内ももがリンパ浮腫でむくんでしまうという。ステージではエネルギッシュな姿を見せる愛美だが、腰や背中にも痛みを抱え、舞台裏では膝を曲げるのもままならないよう。愛美は自身の進退について考えており、「痛々しくてもう見ていられないようなステージだったら、身を引くしかない」と番組スタッフに話す。

 愛美と同じく、星組の中にも満身創痍の人がいる。大腸がんのステージ4と診断された長崎在住のスーさんだ。警察官を定年退職したスーさんは、10年前に旅先のストリップ劇場で愛美の踊りを見て、それ以来フォトブックを作るなど、熱心に愛美の「推し活」をしていたが、病状の悪化で手も荒れ、愛美の踊りに合わせ手拍子をするのもつらいという。ストリップ劇場を訪れた際も、愛美のステージ以外はロビーの椅子に座っていた。

 2022年5月、愛美のホームである大阪、晃生ショー劇場で愛美の誕生日イベントが行われる。「スーさんは体調から来られないのでは」と愛美は話していたが、劇場に現れたスーさん。終演後、愛美はスーさんを見送り、スーさんは「ほかの劇場での愛美の公演を予約しているが、行けないかもしれない」と告げる。どうやら、これがスーさんと愛美の最後の別れだったようだ。

『ザ・ノンフィクション』星組に感じた“オタク”としての共通点

 私自身は二次創作をする“オタク”なので、畑違いではあるのだが、星組の人たちにはオタクとして通ずるものを感じた。

 番組内では、女性ファンからと思われる、色とりどりの封筒に熱心な思いがつづられた愛美への多くのファンレターが映されていたが、思いをしたためられずにはいられないオタクの気持ちはとてもよくわかる。本人に手紙を出さずとも、SNSで同様のことをしているオタクは星の数ほどいる。

 また、スーさんは愛美の公演を地元の長崎から足しげく訪ねていたのだが、一方で「周年イベント」などイベントごとはあまり好きではなく、通常のストリップのステージを中心とした推し活だったそう。スーさんのオタクとしてのスタンスは、個人的に「同じだ」と思った。

『ザ・ノンフィクション』ファン交流が好きなオタクと、興味がないオタク

 オタクにも流派があり、「ファン同士の交流に積極的な人」と「ファン同士の交流に消極的な人」がいる。星組の人たちを見ていても、おそらく星組を仕切っているであろうひこにゃんは「ファン交流積極派」であり、ファンの交流が多いイベントごとはあまり好きではないスーさんは「ファン交流消極派」であると見た。

 SNSでは「〇〇ファンの人たちってほんとに最高~」とつぶやくオタクをよく見るが、こういうオタクは「ファン交流積極派」だろう。ファンである「私たち」という意識も大切にする人たちだ。一方、私は推しがいればそれでいい「ファン交流消極派」なので、スーさんがイベントに参加したくない気持ち、わかる! とスーさんに伝えたいほどだった。

 ただこの「ファン交流積極派」「ファン交流消極派」は白黒はっきり分かれるものではない。私も積極的な交流は気疲れしてしまうので遠慮したいが、同担のオタクと温かな触れ合いがあれば当然うれしいし、オタクのつぶやきを見ること自体は大好きだ。何より、これはどっちがいいとか悪いというものではなく、オタクとしてのスタンスの違いにすぎないだろう。どこのオタクも、根本は変わらないのだなとうれしくなった。

 次週は今回の後編。スーさんの安否は、そして愛美の進退は。

『ザ・ノンフィクション』やくざの妻だったママ、元ツッパリのマスターも「酒と涙と女たちの歌2 ~塙山キャバレー物語~ 後編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。1月22日の放送は「酒と涙と女たちの歌2 ~塙山キャバレー物語~ 後編」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 茨城県北部、日立製作所の企業城下町でもある日立市。全国チェーン系の商業施設や、飲食店が並ぶ国道沿いには、昭和で時が止まったかのような簡素な青いトタン張りのスナックや居酒屋が並ぶ「塙山(はなやま)キャバレー」と呼ばれる一画がある。60年ほど前に誕生し、現在は14軒が営業中だ。

 塙山のママたちは“人生のベテラン”勢が多いが、2021年に30歳で店を始めた若いママもいる。「あーちゃん」(以下カギカッコは店名)のママは、母親が精神疾患にかかり、誰にも話せず、家にも帰りたくなく塙山で酒を飲んでいたところ、「わいわい」のママに話を聞いてもらい、励ましてもらっていたという。

 「あーちゃん」開店の日、塙山のママたちは自分の店は開けっぱなしにして「あーちゃん」を訪ね、カウンターで酒を飲んだり、さらには自分の店の客を「あーちゃん」に行かせるなど、新米ママを歓迎する先輩ママたちの懐の深さを見せていた。

 先輩ママたちのバックグラウンドはさまざまだ。「わいわい」のママの夫はやくざの組長だった。安全のため夫から家に居ることを命じられ、籠の鳥状態で過ごしてきたという。ママが50歳を過ぎた頃に夫が亡くなり、やくざの世界とは縁を切って、これからは好きにやると水商売を始め、塙山キャバレーにたどり着く。今も、ママを慕う強面の男たちが、カウンターを囲むときもある。

 「酔った」のママは人見知りで、「嫌な人は嫌なんだもん」と話し、客のカラオケ熱唱に背を向けていることもあるが、客たちはそんな「塩対応」もたまらないようだ。ママの夫・静雄は大工の棟梁で、不自由ない暮らしをしていたそうだが、25年前に静雄が仕事で約1億円の負債を抱えることになる。ママに負担をかけないために離婚、いっとき音信不通になるも2人はその後、再会。静雄は75歳となった今も大工の仕事をしながら、日々、ママが営む「酔った」に通う。毎回それほど飲み食いはしないものの、お会計は一律5,000円だ。

 塙山には男性店主もいる。「永ちゃん」マスターは、料理は苦手でシシャモを魚焼き網に焦げ付かせてしまうが、塙山キャバレーのトタンでできた共同トイレに60年なかった換気扇を手際よく取り付けられる貴重な男手だ。

 「永ちゃん」のマスターは、塙山キャバレー最年長店主である82歳の「京子」ママの息子。高校時代はリーゼントを決めたツッパリで将来を危ぶまれていたものの、今は「永ちゃん」を切り盛りしつつ、昼間は大工のアルバイトと、かいがいしく働いている。

 なお、前編で内縁の夫を亡くし、店のやる気も失いかけた「ラブ」のママだが、塙山のママや客たち、また娘の支えもあり、店を続けている。

『ザ・ノンフィクション』百戦錬磨のママたちが見せた優しい顔

 前回21年の放送回では、当時30歳の「あーちゃん」ママが塙山で開業しようと準備し、先輩ママたちがそれを気遣う様子が伝えられていた。先輩ママたちは、普段は割烹着でタバコをくゆらせカラオケを熱唱し、酔客をこともなげにあしらう百戦錬磨の風格を漂わせているが、新米のあーちゃんママの開業準備を見守るまなざしは、娘の晴れ着姿を眺める母親のような穏やかで優しいものだったのが印象深かった。塙山に若いママが来てくれたのが、先輩ママたちにはよほどうれしかったのだろう。

コロナで変わった酒の飲み方

 新型コロナウイルスが蔓延しだしもうすぐ3年がたつが、「酒の飲み方」も大きく変わった。「オンライン飲み」はまさに新しい酒の飲み方だ。あれが苦手だと話す人も多いが、筆者は、いつでも寝られるし、退屈だと思うときはパソコンで堂々とほかのことをしていてもバレないし、安く済むし……と、いつまでもオンライン飲みの風習が残ってほしいと思うくらい気に入っている。

 オンライン飲みになじめなかった人はまた外に飲みに行くのだろうが、私のようにオンライン飲みになじんだ酒好きにとっては、「外で飲む楽しみ、外で飲む動機」がかなり薄れてしまっているのではないだろうか。外で飲めば、金はかかるし、出歩くために気合を入れないといけないしなど、デメリットを挙げればきりがない。

 一方で、「外で飲む楽しみ」は今回の前後編が教えてくれた。「人っていいな」としみじみ思うのはやはり、オンラインよりカウンターだ。

 21年の放送を見て「絶対塙山キャバレーに行く」と決めたが、コロナ対策で塙山キャバレーの営業が不明瞭な時期もあったこともあり、ずるずると2年近くたってしまった。前編で、火事を起こした元ラーメン屋・のぼるが亡くなったと伝えられたが、永遠はない。日立に連泊し、塙山キャバレーハシゴ酒ツアーを今年春に行いたい。

 次週は「ザ・ノンフィクション 私が踊り続けるわけ2~56歳のストリッパー物語~前編」。日本最高齢・56歳となるストリッパー・星愛美。彼女に魅せられたファンは「星組」と呼ばれ、星組同士の絆も深い。一方で、星自身も体力の限界を感じており……。前回の星や、星組の様子はこちらから。

『ザ・ノンフィクション』火事を起こした元ラーメン屋・のぼるは“孤独死”なのか?「酒と涙と女たちの歌2 ~塙山キャバレー物語~ 前編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。1月15日の放送は「酒と涙と女たちの歌2 ~塙山キャバレー物語~ 前編」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 茨城県北部、日立製作所の企業城下町でもある日立市。全国チェーン系の商業施設や、飲食店が並ぶ国道沿いには、昭和で時が止まったかのような簡素な青いトタン張りのスナックや居酒屋が並ぶ「塙山(はなやま)キャバレー」と呼ばれる一画がある。60年ほど前に誕生し、現在は14軒が営業中だ。

 塙山キャバレーを支えてきたのは店を切り盛りするママたちの働きぶりと、ママ同士の絆、何より塙山への愛情だ。「みんと(以下もカギカッコ名は店名)」のママは、客に出すビールが切れてしまった際は塙山内の別の店「めぐみ」でもらってきて、と客に伝える。

 客がジョッキ片手にビールをもらいにいった先の「めぐみ」は、家族連れの客も多く、和やかなでくつろいだ雰囲気だ。

 塙山を訪ねる客の事情もさまざま。肺がんのステージ4の女性客は、ママが好きだからと「みき」を訪ね、また、仕事が続かない息子と話し合いたい父親は、話し合いの場に「ふじ」を選ぶ。息子はカウンターで気持ちを吐露し、「ふじ」のママは「真面目すぎるんだよ」と伝えていた。

 そんな常連の一人・のぼるは、もともと塙山キャバレー内でラーメン店を開いていたものの、店からの漏電が原因で、5軒が全焼する火事を起こしてしまう。塙山キャバレーは店が外周を囲むように並んでおり、中央に店が密集する「島」の部分もあったのだが、その島が焼け落ちる形となり、今でもその場所はぽっかりと空いたままだ。

 のぼるはその後、脳梗塞を患い、生活保護で生活している。「働いていないと狂う」のだといい、塙山キャバレー周辺の草むしりをした後、塙山で飲む一杯のビールを楽しみにしていたのだが、のぼるは2022年2月に自宅で亡くなる。第一発見者はのぼるの幼なじみで「めぐみ」のママだった。

 のぼるは苦難の多い人生だった。幼少期に飲んだ薬の副作用で身長が伸びず、学校の入学は3年ほど遅れていたという。両親が離婚し児童養護施設で過ごし、船乗りに憧れ海洋高校を目指すも、身長制限でそれもかなわなかった。職を転々とした中でようやく塙山で自分の店を持つも、それも漏電による火災で失うことに。

 亡くなる前日、のぼるは回転寿司チェーン店「スシロー」で、塙山キャバレーのママたちに寿司をふるまっていたそうだ。ママや塙山の常連客たちは、のぼるの火葬に立ち会いたいと市役所に相談するも、市役所からは法的な理由で難しいとの回答で、有志のママが集まり、店で遺影を前にのぼるを偲ぶ。

 ある日、「めぐみ」のママに43歳の息子から連絡が入るが、電話をしながら車を運転していたところ、警察の検問に引っかかってしまったため、2万5,000円の違反金を立て替えてほしいとの話だった。息子は足場を組む仕事をしており、朝から晩まで働き詰めなのだが、息子の妻が宗教にハマり金を使い込んでしまっているとママは話す。

 また「ラブ」のママは、長年連れ添った内縁の夫を癌で亡くし、傷心の中、店をやめようかと思い悩む。

(↓前回2021年放送の塙山キャバレーレビューはこちらから。「ラブ」のママの詳細もあります)

『ザ・ノンフィクション』のぼるの死は本当に“孤独死”なのか?

 「亡くなったときに独りだった」「親交のあった人々が葬式で別れを告げられない」という意味では、のぼるは孤独死なのかもしれない。ただ、のぼるは亡くなった前日、最愛の塙山キャバレーのママたちに寿司をふるまっていた。「亡くなる前に、好物を好きな人とおいしく食べる」 という時間を持てる人は、少ないのではないだろうか。

 また、のぼるは、もらい火になってしまった店のママとは疎遠になってしまったようだが、火事を出した罪悪感からか塙山に通い続けていた。スシローには疎遠になったママも誘い、久々に話すことができたという。のぼるは人間関係に対し、諦めが悪い。そのタフさがいい。

 のぼるは苦労人だったのだろうが、流されずに困難に立ち向かっていた人に見えた。塙山というかけがえのない場所とママたちが心の中心にあり、つながりを持ち続けたのぼるは「孤独死ではない」と筆者は思う。

『ザ・ノンフィクション』番組スタッフの冴えた質問

 ちなみに、「めぐみ」ママの息子の妻が宗教にかなり金をつぎ込んでいることが明かされた際、番組スタッフの質問が非常に冴えていた。

スタッフ「今話題のあの宗教?」
めぐみママ「違う違う、あれじゃないやつ」

 「宗教」「献金」で多くの視聴者の頭をよぎったであろうものを、ぬかりなく訊ねた輝かしい質問だった。

 家族関係に暗い影を落としかねないほどの“献金”を要求する宗教は、ほかにもあるのだろう。宗教なのに罪深い。財布に優しい料金でほっとくつろげる塙山キャバレーのほうが、よほど人を慰め、救っている。

 次週は今週の続編。店を閉めようか思いあぐねる「ラブ」のママの決断は……。

『ザ・ノンフィクション』暴走する婚活女性・ミナミ、父親の介護をするゲーム芸人・フジタ……2022年放送回で「印象的だった人物」3選

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2022年は43回放送され、さまざまな人間模様が放送された。今回はその中から、私見で特に印象的だった人物を3人選びたい。

『ザ・ノンフィクション』年始から強烈だった婚活女性・ミナミ

 印象に残った人1人目は、「結婚したい彼女の場合 ~コロナ禍の婚活漂流記~」(1月16日、23日)に登場した31歳の婚活女性・ミナミだ。これは、番組ファンも納得のチョイスではないかと思う。

 理想の高い専業主婦希望のミナミの言動に度肝を抜かされた人も多かったと思うが、一方で、婚活市場には多いのであろう“寡黙な男性”相手にも、明るく振る舞い、場を取り持つなど、健気で常識的な面も垣間見えた。

 しかし、やはりミナミは「独りよがりが暴走する」度合いが半端ない(上記の後編参照)。人間誰しも“独りよがり”なところはあると思うが、ミナミのそれは「私はそうは思わないけど、そう思う人の気持ちもわかる」という範疇をはるかに超え、「なぜミナミがそう思うのか、まるで見当がつかない」というものに見えた。

 ミナミという名称は仮名だろうが、彼女はモザイクなしで登場していた。放送された前後編で、彼女は成婚に至らなかったため、番組出演は今後の婚活に影響を及ぼすのではなかろうかと心配していたが、ウェブサイト「東洋経済オンライン」に掲載された植草美幸氏(ミナミが通った結婚相談所の所長)の記事によると、ミナミは無事、婚約に至ったよう。植草氏の敏腕ぶりがすごい。そして、ミナミが末永く幸せであることを願う。

『ザ・ノンフィクション』父親の“正妻”のようだったフジタ

 2人目も、SNS上で大きな反響を巻き起こした、「あの日僕を捨てた父は~孤独な芸人の悲しき人生」(10月23日、30日)の45歳ゲーム芸人・フジタ。フジタは母親を幼くして亡くしている。残された父親・陽人は本来フジタを養育する立場でありながら、フジタの同級生の母親であるシングルマザー・朱美と恋仲になり、フジタを家に置き去りにして朱美の家で生活をする。番組では、認知症が始まった80代の陽人と、それをかいがいしく介護するフジタの様子が放送された。

 印象的だったのは、フジタが“とんでもない父親”に思える陽人には優しく接し、内縁の妻である朱美に対してネガティブな感情を向けていた点だ。そんな彼は、愛人(朱美)にのめりこんだ不実な夫(陽人)が、悪びれもせず家に帰ってきてくれたことを喜ぶ“正妻”のようにも見え、切なかった。

『ザ・ノンフィクション』ミナミ、フジタに続く3人目はこの人!

 22年の『ザ・ノンフィクション』を象徴する人として、ミナミとフジタはすぐ出てきたが、3人目は大いに迷った。同番組を見ていると「やるせない」「腹が立つ」「登場人物の言動に驚く」などの感情が湧くことが多いが、最後は「カッコよさ」を感じさせた、「花子と大助 ~余命宣告とセンターマイク 夫婦の1400日~」(4月17日)の芸人・宮川花子を選びたい。同放送では、彼女ががんの闘病生活から舞台に返り咲いた姿を取り上げていた。

 2年前の20年3月にも、前後編で伝えられていた花子の闘病の様子。

 花子のがんが発覚したのは18年3月。20年放送回は、花子が自宅の介護ベッドから上半身だけ起こし、大介とともに年始恒例の漫才特番を見ながら笑っている姿で終わっていた。花子はNGK(なんばグランド花月)へ復帰したいとの抱負を語っていたが、正直20年の放送を見た際は、かなり難しいようにも思えた。しかし、その後の22年の放送で、花子は見事NGKの舞台に返り咲く。

 特にグッときたのは、NGKの前、2年半ぶりの復帰舞台となった地元・生駒市でのトークショーの舞台裏だ。楽屋でヘアセットをしてもらいながら、鏡をキッと見据える花子は、それまでの闘病生活の姿から一変し、プロ芸人としての風格を漂わせていて、それはそれはカッコよかった。花子が舞台で生きてきた長い年月を、一瞬で感じさせるシーンだった。

『ザ・ノンフィクション』中国から日本の離島へ――救急医の妻子が直面する言葉の壁「遠く故郷を離れて ~この国で命を救う人になる~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月18日は「遠く故郷を離れて ~この国で命を救う人になる~」というテーマで放送された。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 鹿児島県の東半分を占める大隅半島の大隅鹿屋病院で研修医として働く、中国人の朱海(36歳)。

 朱はもともと、中国で医師をしていたが30歳で来日。日本語診療能力調査、医師国家試験にそれぞれ2回落ちるも、病院で働く傍ら勉強を続け、4年半かけて両方の合格を勝ち取る。浪人生活中は中国に帰ろうかと思ったこともあったようだが、妻・薇薇(ウェイウェイ)の支えや、恩師である千代孝夫救急医の存在も大きかったよう。今は妻子を大阪に残し、研修医として鹿児島で多忙な生活を送っている。研修後は大阪で救急医となる予定だ。

 朱が来日したのは、日本に行った優秀な同級生たちへの憧れや、『ドラえもん』(小学館)『SLAM DUNK』(集英社)といった日本の漫画のファンだったことも理由だと話す。

 朱の日本語は、医師という繊細な言語能力が求められる仕事をする上でもまったく問題がないように見えた。しかし、敬語をはじめとする言葉遣いではまだ戸惑うこともあるそう。一方、大阪で暮らす朱の8歳の娘・美熹(ビキ)は2歳で来日したため、日本語が母国語状態で、朱とも日本語で会話をする。美熹は、中国語は聞けるが話せないという。

 なお、薇薇は日本語を話せない。美熹が大阪で病院にかかったときは、医師に症状を伝えられず、テレビ電話で鹿児島の朱が説明したこともあったそうだ。

 研修医はさまざまな科を回るため、各科の手術、訪問診療、また学生と共にAED講習を受けるなど、朱の生活は目まぐるしい。また、大隅半島において少なくない「マムシ被害」についてなど、その地域ならではの治療の理解も、地域医療においては重要だ。

 番組の最後では、朱は研修医生活の締めくくりとして九州と沖縄県の中間にある離島、徳之島の徳之島徳洲会病院へと異動し、太平洋を眼前に見渡す病院で多くの患者を受け持っていた。

『ザ・ノンフィクション』親子間の言葉の壁

 朱一家は、母・薇薇は中国語しか話せず、娘・美熹は日本語しか話せない。美熹に悩みごとがあっても「薇薇には相談できないのでは?」という番組スタッフの質問に、朱は「あるでしょう」と答え、「正直、もしこんな感じだと事前に知っていたら、(日本に)来ないかも。怖くて」「ある意味甘く考えてたかも」と心中を明かしていた。

 薇薇が日本語を勉強中なのか、日本語を習得する気がないのかはわからないが、来日6年という状況を考えるとおそらく後者だろう。ただ、「大人になってから第二言語を習得する」というのは泣きたいくらいの苦行であることは、私自身、挫折した身なのでよくわかる。

 また、言語の習得は大人より子どもの柔らかい頭のほうがはるかにスムーズだと留学先で痛感したので、薇薇も自分が日本語を習得するより、美熹が中国語を習得してくれるのを待つ方針なのかもしれない。美熹の中国語は「聞けるが話せない」レベルなので、そちらのほうが手っ取り早そうだ。

 朱は救急医として日本に骨をうずめる覚悟のよう。言葉が通じない国で一生暮らす、というのはかなりストレスな状況だと思うが、薇薇はどう感じているのだろうか。

『ザ・ノンフィクション』は“番宣映え”する媒体?

 なお、今回番組のナレーションを務めたのは女優の生田絵梨花で、最後は生田も看護師役で出演している映画『Dr.コトー診療所』(公開中)の紹介で締められていた。同映画と朱の生活は「過疎地域医療」という点でつながりがあるが、『ザ・ノンフィクション』が“番宣”のようなことをするのは、私が見てきた限り初めてだと思う。

 別に番宣を非難するつもりはない。よくあるバラエティ番組の最後に行われる番宣は、ただ右から左に抜けていくだけだが、同番組での番宣は思いがけなさすぎて、とても印象に残った。その点では、“番宣映え”する媒体なのかもしれない。

『ザ・ノンフィクション』甘酸っぱくない訳アリ依頼も「ラブレターを書く人 ~愛を伝えたい人々と代筆屋~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月11日は「ラブレターを書く人 ~愛を伝えたい人々と代筆屋~」というテーマで放送された。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 IT企業の取締役である小林慎太郎はラブレターの代筆を副業にしている。8年前から代筆を始め、これまで綴ったラブレターは160通以上。ただ、当初、小林が想定していたような甘酸っぱい依頼はほとんどなく、「訳アリ」な依頼が多い。料金は1通1万円。事前に対面の打ち合わせをしたり、文面ができたあとも対面で確認を取ったりと、かなり手間がかかっているようだ。

 番組では小林に代筆依頼をした2人の男性を紹介していた。1人目の依頼者は45歳の寺木。手紙を送りたいのは、推しの地下アイドル・ヒカリ(仮名)だ。寺木は半年前から“推し活”をしており、ヒカリとのツーショット写真をチェキ帳に大事に保管している。週に3回以上ライブ会場へ足しげく通っていたのだが、ヒカリの所属しているアイドルグループが解散することになり、最後のコンサートの場で渡す手紙を小林に依頼した。

 小林は寺木の誘いでヒカリのライブ会場にも足を運び、ラブレターを渡す相手に会い代筆し始めた。手紙にはヒカリへの感謝と、よかったら食事を一緒にしたい、としたためられていた。その後、これまでヒカリからの返事はないというが、区切りをつけられた寺木はすっきりとした様子だった。

 思いを込めたラブレターを代筆している小林だが、一方で家庭では寡黙なようだ。妻は小林から手紙をもらったことは付き合う前にあったきりだそうで、結婚も3年の交際を経て、妻から「結婚するか別れるか」と言い寄られた末だったという。

 妻は小林について「何考えてるんだろうって思うこともあるし、そんなに自分のこと言わないから。私に対しても、興味がないって言ったら変なふうに聞こえちゃうかもしれないけど」と“暖簾に腕押し”な状況だと話す。そんな妻の切実な言葉に対しても、小林は目を合わすこともなく「なるほど」と返すだけだった。

 2人目の代筆依頼者は、横浜で町中華を営む81歳の阿部。手紙を送りたいのは40年間音信不通の娘だ。阿部は脱サラして中華料理店を始めたのだが、子育ては妻に任せきり。妻はサラリーマンに戻ってほしかったようで、夫婦はすれ違っていき、娘が4歳の時に離婚した。その後、阿部は子どもたちの養育費は払ってはいたものの、一度も会っていないという。

 今になって阿部が娘に会いたいと思ったのは、20年連れ添った女性を昨年亡くしたことが影響しているように思われた。小林は阿部の店にも足を運び、常連がくつろぐ店で阿部の料理を食べる。そして、代筆した手紙には阿部の娘が小さかった頃の思い出や、よかったら店に来てほしいという願いを綴る。投函から1カ月たっても娘からの返信はないようだが、送ったこと自体は、阿部にとっていい区切りになったようだった。

『ザ・ノンフィクション』ラブレターにも“センス”が問われる

 学生の頃、女友達がもらったラブレターを見せてもらったことがあるが、見事なポエムで度肝を抜かれた。女友達も、自分一人ではその愛の重さに耐えきれなかったのだろう。送り主は同級生の男子で、私もその人のことは知っていたが、こんなラブレターをしたためるような人には見えず、そこにもびっくりした。

 その彼にしてみれば、これがベストで全力の、最高のラブレターだったのだろう。歌に“音痴”がいるように、ラブレターにおいても壊滅的にセンスのない人はいるのだと知った。今回の放送を見て「ラブレターくらい自分で書けば」と思った人もいるだろうが、代筆サービスを利用したほうがいい人は案外いるのかもしれない。

 小林の代筆するラブレターは、受け取った側の重荷にならないよう配慮が行き届いており、かつ、状況が目に浮かぶ描写力がある。ただ、文章ではそんな気遣いを見せる小林だが、前述のように、家族、特に妻の前では寡黙で素っ気ない。

 「妻の前では配慮や気遣いスイッチがオフになる夫」自体は珍しくないが、小林の場合、副業でラブレターを書いているのだから、やろうと思えば愛情や感謝を表現することは、むしろ人並み以上にできそう。なのにその態度はないだろうと、妻のやるせなさを思う。

 番組内では小林家を取材していたシーンもあったが、台所でカレーをよそいながら妻は「こうやってご飯作るの、愛情表現だと思っているので」と話していて、これは小林が綴る美文よりも愛情表現として力強い説得力があった。愛は一時の耳障りのいい言葉ではなく、相手を思う日々の継続した行動でこそ伝わるものではなかろうか。

 次週は日中共同制作第11弾「遠く故郷を離れて ~この国で命を救う人になる~」。山間部に多くの過疎地域を抱える鹿児島県・大隅半島――「地域医療最後の砦」といわれる大隅鹿屋病院で働く中国出身の朱海医師に密着するという。言葉の壁、新型コロナウイルス、そして迫りくる観測史上最大級の台風の中で奮闘する姿を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』犯罪被害者家族を誹謗中傷する人とは?「美咲をさがして ~帰りを信じた家族の3年~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月4日は「美咲をさがして ~帰りを信じた家族の3年~」というテーマで放送された。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 千葉県でトリミングサロンを営む小倉とも子。とも子の娘、美咲さん(当時7歳)は2019年9月、山梨県道志村のキャンプ場で行方不明になった。警察、自衛隊のべ1,700人以上(1日最大300人)が動員される捜索が行われたが、有力な手掛かりは見つからないまま、16日間で大規模捜索は打ち切りになる。

 とも子はその後も、千葉から道志村を何度も訪れ捜索を続けた。毎日保育園の送迎をしていた車で美咲さんを迎えに行ってあげたいという思いから、とも子は今も同じ車に乗っており、その走行距離は13万キロを超えている。

 とも子は情報提供につながればとビラを配り、マスコミのカメラの前に立ち続けるのだが、そんなとも子を真犯人扱いするような中傷も届く。とも子のSNSのダイレクトメールと思われる画面には「早く自主しろや 殺してやる」(自首の誤りと思われる)「殺す」の連投など、見るに堪えない暴言が並んでいた。とも子は「普通の人が普通にすることをするだけで、人に何か言われる3年間だった」と話す。

 誹謗中傷する人たちが自宅に来る危険性から警察に避難を勧められるが、とも子は美咲さんを「自宅で迎えたい」と、自宅で暮らし続ける。

 美咲さんが行方不明になり、小倉家の家族の暮らしも一変したよう。もともとは、とも子と夫、長女、次女である美咲さんの4人暮らしだったと思われるが、夫はふさぎ込むこともあったという。明言はしていなかったものの、今は夫と一緒に生活していないようだった。

 また、とも子と一緒に暮らす長女は、美咲さんの行方不明以降、学校には行けたり行けなかったりの状況。「友達とうれしい話とか楽しい話をしていると、その時、美咲のことを考えていない自分がいて」と、その罪悪感を泣きながらとも子に話していたという。

 美咲さんの帰りを待ち続けたとも子だったが、22年4月、美咲さんが行方不明になったキャンプ場から500m離れた場所で、子どものものと思われる骨が見つかり、翌月には美咲さんが当時履いていたものと同じ靴が発見される。そして、発見された人骨はDNA鑑定で美咲さんのものと一致した。

 鑑定直後は、「まだあきらめていない」と話すとも子。捜索ボランティアとともに人骨が発見された枯れ沢を登るが、苔むす岩場で、斜度もきつい場所だった。とも子には警察から、美咲さんが尾根から転落した可能性も伝えられていたものの、その尾根に至る道も40度近い急斜面。枯れ沢も、尾根に向かう道も7歳児が1人で歩くにはかなり険しい道のりであり、捜索に参加した元刑事のボランティアは、美咲さんが事件に巻き込まれた可能性について話していた。

 その後、とも子は情報提供用として開設したホームページに、捜索に参加してくれた人々への感謝と、美咲さんについて「『守ってあげられなくて本当にごめんなさい。帰ってきてくれてありがとう。お帰りなさい。』と伝えたい」と綴る。番組の最後、とも子は、美咲さんが戻ってくるまでと願かけで伸ばしていた髪を切り、「前を向いて時間を過ごしていきたいと思っています」と語った。

『ザ・ノンフィクション』どういう人が誹謗中傷をするのか

 とも子は、ネット上で誹謗中傷した相手を訴えており、名誉棄損の有罪判決が下りた71歳男性は、こういった事件にしては珍しく、被告の実名も報道されていた。二審の結審後も被告は「おかしいでしょ、今回の事件」と発言するなど、反省している様子は見えてこない。

 うんざりするような誹謗中傷がある一方で、とも子の長女のある発言に、筆者は「表現力がすごい」と感じた。美咲さんの死を受け入れなくてはならないという心境になったであろうとも子が、お彼岸の日、特攻兵だったとも子の祖父の話を車中でしようとした際、長女が「言い方悪いけどそういう話、今いい!」と叫び、助手席でフリースの毛布にくるまるシーンだ。

 死について今は考えたくないとの思いを伝えたのだが、その前に「言い方悪いけど」とフォローもしている。他人も自分も大切にした発言であり、長女の聡明さを感じた。

 美咲さんを失う、という大きな悲しみと苦しみと理不尽を味わった小倉家の人たちが、死を受け入れた後、「普通の暮らし」をすることにも罪悪感を覚える、という“第二の矢”が刺さり続けていることがつらい。願うことしかできないが、小倉家の穏やかな時間が増えることを祈ってやまない。

 次週は「ラブレターを書く人~愛を伝えない人々と代筆屋~」。令和の時代に「手紙」で思いをつづるラブレター代筆屋・小林慎太郎。多感な若者からの胸キュンラブレター代筆依頼が多いのかと思いきや、実態は結構違うようで……。

『ザ・ノンフィクション』失踪や殴り合いのけんか……元受刑者支援の現実「あの日 妹を殺されて2 ~たとえ裏切られても~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月27日は「あの日 妹を殺されて2 ~たとえ裏切られても~」というテーマで放送された。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 新大阪駅の近くに本社があるカンサイ建装工業。社長の草刈健太郎は犯罪加害者を雇い入れる「職親プロジェクト」に7年関わっており、草刈自ら、面接のため全国の刑務所や少年院を訪ねている。ただ、雇い入れた元受刑者がすんなり更生できるケースはかなり少ないようで、失踪し連絡がつかなくなることや、再び罪を犯してしまうケースもあるようだ。

 それでも草刈が元受刑者の支援を続けるのには理由がある。2005年、草刈はアメリカで7歳下の妹・福子さんを犯罪で失う。福子さんを殺害した犯人は彼女の夫だった。そうした経験から、犯罪被害者を減らすには、まず加害者を減らすことが大事だと考え、草刈は加害者支援を続けている。

 20年10月、覚せい剤、大麻の使用により3年の刑期を終えたショウタを、草刈はカンサイ建装工業に雇い入れる。ショウタには妻子がいたが服役中に離婚。中学生の頃から家庭環境が荒れていたことが原因で薬物を始めたそうで、嫌なことがあるとクスリに逃げていたという。

 もともと、塗装職人だったショウタは、最初は真面目に働く様子を見せるが、徐々に寝坊したり、社員寮の寮長であるコウスケに金を借りるなど生活が乱れていく。寮の新年会では、離れて暮らす子どもが元妻の彼氏から虐待を受けていると明かし、草刈やコウスケに子どものためにもきちんと働くことを諭されるが、改善する気配はない。ショウタの部屋からは強い独特な匂いがすることもあるようで、香りの強いタバコであればいいのだが、何らかの薬物かもしれないとコウスケは案ずる。

 草刈は、ショウタの生活の乱れは薬物の影響もあるのではないかと「ダルク(薬物依存症患者の回復施設)」へ行くことを勧める。しかし、ショウタはダルクではなく自分の兄の元へ行くと話し、社員寮から失踪。それでも、草刈はショウタに電話をかけ、𠮟るのではなく電話には出てほしいと伝えた。

 元受刑者の雇い入れは、このような例にとどまらず、会社に大きな影響を及ぼすこともあるよう。

 タイチは母親が父親を殺害するという壮絶な過去を持ち、傷害や薬物使用で逮捕歴のある少年だったが、草刈の元で社会復帰を遂げ、かつて自分が収監されていた少年院で講演を行うまでになった。

 そんなタイチだが、同居する兄との仲は悪く、金の貸し借りがきっかけで殴り合いの兄弟げんかに発展。その場所が草刈の会社が受注した病院の「現場」だったため、カンサイ建装工業は発注元である病院から“出禁”を食らってしまう。草刈は「営業マン(が)頑張って7年もやって、やっと(仕事を)入れたのにな、(けんか)一発でなくなるてなあ。縁ないわ」と番組スタッフに苦しい胸の内を吐露。ただ、その後の病院への謝罪が受け入れられ、無事案件は継続できることになった。

 番組の最後では、ショウタと草刈、コウスケが約2年ぶりに再会。ショウタは職人として働くだけでなく、職人に仕事を回していく立場になるなど、しっかりと社会復帰を遂げていた。

 自社の経営という点から見れば、ショウタを雇ったことのメリットはなかったであろうが、2年ぶりに彼と再会した草刈は、道を踏み外さず社会復帰を遂げていることを、ただただ喜んでいた。それは、社会に加害者が増やさないという自身の信念が一つ、形になったことへの喜びだったのだろう。心底感心する。

 ただ、ショウタのケースは珍しいのかもしれない。失踪した後に連絡も取れなくなるのはよくあるようだ。なお、前回の放送では真面目に働く様子が伝えられていた元受刑者・スグルも、今回の放送内で触れられていなかった。「何事もなさすぎて放送するほどではなかった」のであればいいのだが。

 ちなみに、今回番組内で説明された再犯者率は49.1%(2021年版犯罪白書より)で、前回放送時に触れられていた、2019年度版犯罪白書の再犯者率48.8%よりも上昇してしまっている。

『ザ・ノンフィクション』「苦しさ」「興味本位」ではない薬物利用の動機

 番組中、衝撃的だった言葉があった。コウスケがダルクの見学に行った際、元薬物依存者がミーティングで話していたことだ。

「(薬物を)苦しくて使ったわけではないです、興味本位で使ったわけでもないです。ただ何となく使いました」

 つい想像しがちな「苦しくて(苦しさから逃げたくて)」「興味本位で」という理由ではなく、「ただ何となく」という、スマホを見るかのようなゆるい感覚で、薬物に手を出す人がいる。

 そしてこの発言をした人の、自身への洞察の深さにも驚く。よく言われがちな「苦しさ」や「興味本位」は、どうも自分にはピンとこなかったのだろう。安易な想像で、人をわかった気になってはいけないと背筋が伸びる言葉だった。

 次週は「美咲をさがして ~帰りを信じた家族の3年~」。2019年9月、山梨県・道志村にあるキャンプ場で、突然行方がわからなくなった小倉美咲さん(当時7)。必死で美咲さんを探す母親のとも子は、ネットで心無い中傷を受けることになり……。

『ザ・ノンフィクション』コロナと物価高、“勝負師”なフィリピン人店主の一手は?「母と娘のラーメン ~ピンチをチャンスに変える人~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月20日は「母と娘のラーメン ~ピンチをチャンスに変える人~」というテーマで放送された。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 ラーメン激戦区、東京のビジネス街・神田で、コロナ禍の今日まで13年暖簾を守り続けてきた店主がいる。フィリピン人女性のカンラスだ。

 カンラスはフィリピンの貧しい家庭で育った。学費を払えず、母が学校に頭を下げている姿を見たことがあると話す。そんな家計を支えるため17歳から工場で働く中、ミスコンに出たところ入賞。「日本の一流のホテルで働ける」とスカウトされるも、連れていかれたのは東京・錦糸町のフィリピンパブだった。

 日本語もほとんどわからない状況で、カンラスは客との子を身ごもる。里帰り出産し、娘の由奈が産まれるも、その後、父親である客からの連絡は途絶えてしまう。相手からの援助は期待できないものの、カンラスは由奈にちゃんとした教育を受けさせたいという思いから、1歳の彼女を連れ日本に戻る。

 あるラーメン店で厨房や皿洗いの仕事をしていたものの、店を閉めると告げられたカンラスは、居抜きで引継ぎ、自分のラーメン店として新装開店させることを決断。以降、神田というラーメン激戦区で13年、店を継続させてきた。

 ところが、新型コロナウイルスによる自粛ムードや緊急事態宣言等の影響で、神田の町からは人が消え、店の売上はそれまでの1/10にまで落ち込んでしまう。2022年に入り徐々に人は増えてきたものの、今度は円安による物価高が直撃。店の看板ともいえる、つけ麺の上にたっぷりとのせていたとろ肉の原材料(豚バラ)の値段は、1.5倍になってしまった。

 ラーメンには1杯1000円を超えると売れ行きが悪くなる「1000円の壁」というものがあるが、カンラスは1杯1150円に値上げすることを決断。代わりに麺のグレードも上げ、客足をキープする。

 一方で、カンラスは「防戦一方」というわけではない。コロナにより閉まった店も多く、家賃が安くなった今のタイミングを狙い、あえて2号店の出店にも動き出す。カンラスの元で長く働くスタッフは、そんな彼女を「勝負師」と評していた。

 なお、カンラスの娘の由奈は19歳の大学生になり、店の手伝いをしつつ、大学では学費免除を狙えるほどの優秀な成績を維持し続けている。カンラスは由奈がかわいくてたまらないようで、門限は午後9時と厳しく、さらに由奈が出かけると言うとついて行きたがる。

 由奈はそんなカンラスをうっとうしそうにしているところもあるが、母のいない番組スタッフとの取材では、カンラスのことを「力になる存在」と話し、番組の最後では二人で食のイベントに行くなど、仲の良さそうな様子であった。

 筆者は語学留学でフィリピンに滞在していたことがあるが、一番のカルチャーショックはフィリピンの人たちの家族愛のストレートさだった。語学学校の先生やタクシーの運転手が、とにかくうれしそうに家族の話をする。

 語学学校の先生は20代の女性が多かったのだが、週末は家族の元へ帰省し、一緒に過ごすのが楽しみだと話していて、「年ごろなのに家族の優先度がそんなに高いの?」と驚いたものだ。そのため、カンラスの「由奈大好き!」な態度もうなずけるものがある。

 一方で、熱烈な母からの愛情に対し、由奈は塩対応。それについて番組スタッフから尋ねられた由奈は「あなた(カンラス)のために(自分が)努力しているのがバレないようにつんつんしてる」と答えていた。

 実際は母親を愛し、力になりたいと努力しているものの、ストレートに愛情を伝えないツンデレ感は、日本風な家族への愛情表現に思えた。特に相手が親だと照れてしまう、というのも日本的だ。ストレートで熱烈なカンラスの愛情表現の元で育てられたであろう由奈が、それでも日本的なツンデレ愛情表現をするのは興味深い。

 ただ、愛情の表現方法は違っていても、カンラスと由奈はお互いを思いやるいい親子のように見えた。

 次週のザ・ノンフィクションは『あの日 妹を殺されて2 ~たとえ裏切られても~』。建築会社社長の草刈健太郎は、自社に元受刑者を雇い入れる社会支援を行っているが、全員が更生できるわけではなく、現実は裏切られることも多い。また、草刈は妹を殺され喪った被害者遺族でもある。そんな草刈の活動を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』利用料月5,000円の赤字フリースクールと補助金問題「そこにいていいんだよ ~もじゃくん夫婦と不登校の子どもたち~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月6日の放送は「そこにいていいんだよ ~もじゃくん夫婦と不登校の子どもたち~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 神奈川県・横浜市にある、不登校の子どもたちが通うフリースクール「学べる居場所・かけはし」(以下、かけはし)を運営する、元小学校教師・廣瀬貴樹と妻の千尋。貴樹はくせ毛で、「もじゃくん」と呼ばれている。

 かけはしは特定の場所を持たず、廃校になった小学校や行政の施設など日によってさまざまな場所で活動を行っている。2021年5月から活動が始まり、当初は1人の子どもしか通っていない状況だったが、徐々に教師時代の仲間に伝わり、地域の情報紙などにも掲載され、今では毎日20人が通っている。

 かけはしに通う8歳の少年・だいちゃんは、音や刺激に過敏なようで、学校に行けず、家でも幼い弟妹たちの存在にストレスを感じてしまうようだ。また母親にべったりで、近所のコンビニに母親が行くのも嫌がるとのこと。千尋に、“かけはしのスタッフや友達の中で、だいちゃんが遊んで楽しいと思える人ができたらいいかもしれない”と励まされた母親は、ほっとした様子だった。かけはしは子どもの居場所だけではなく、親がほっとできる場所でもある。

 そんなかけはしだが、行政からの金銭的支援などは受けていない状況で、子どもたちの利用料金1人当たり月5,000円と、賛同者の寄付で賄っている。ボランティアスタッフの交通費や子どもたちの保険代を払うと、それだけで運営は火の車だ。そのため、貴樹と千尋の教師時代の貯金を取り崩す生活だという。

 そんな中で貴樹は、近隣の古い空き家を借り、かけはしの拠点にしようと試みるも、フリースクールは住宅街ではなく公的な施設で行ったほうがいいと周囲から助言され、結局、その空き家は地域の人々が集まるカフェとして運営することに。貴樹はカフェで稼いだお金がかけはしの運営費用になればともくろむも、むしろカフェは赤字続きで、かえって経営状況を圧迫してしまう。

 番組の取材開始当初13歳だったかけはしに通う少年・たくみは、「理由なき不登校」のようだ。彼は8歳になるまでは明るい性格だったのだが、徐々に口数が少なくなっていき、小学4年になるとまったく学校に行けなくなってしまった。不登校の理由は、いじめでも病気でもなく、母親もいまだに原因がわからないと話す。その後、いくつかのフリースクールに通わせるも、続いたものはかけはしだけだったという。

 たくみは取材開始時、人とのやりとりはうなずくだけで発話がない状態だったが、貴樹の誘いには素直について行っていた。そして、次に番組スタッフがかけはしを訪ねると、たくみは千尋や、番組スタッフとも短い会話ができるように。

 たくみが所属する中学校の教師は、彼のそんな様子を見た上で、かけはしのようなフリースクールに通うことについて「(家にいるより)よっぽどいい、人と触れ合っている。家の中の刺激は限られてますから。(フリースクールでは)ぜんぜん違う刺激を受けられますよね」と話していた。

 また、母親にいつもべったりだっただいちゃんも、番組の最後では母親から離れ、貴樹でも千尋でもない別のかけはしのスタッフと遊んでいたのだった。

 子どもたちは変化を遂げる中、横浜市・山中竹春市長がかけはしを視察する機会があり、貴樹は運営の厳しさなどを伝えたものの、公的な支援を得られるといった成果にはつながらなかったようだ。

 かけはしは結局、行政からの補助金がもらえなかったようだ。私自身もライター以外の仕事で、行政の補助金があれば助かるという場面があり、いろいろと調べてみたことがあった。単純に、「社会的に意義のあることをしていて、日本の未来を担う子どもたちが元気になっているんです。だから支援してください」と訴えたところで、行政の補助金などもらえないと想像がつく。

 「行政=お役所」ゆえに、民間の企業や一般顧客を相手にするときよりもさまざまなルールや決まりごとがあり、それを滞りなく通過する必要がある。

 例えば行政からの補助金を得たい場合、NPO法人や一般社団法人などの法人格があることが望まれ、ただの個人であったり、法人格のない有志の集まりでは厳しいことが多い。ただ、かけはしのホームページを見たところ「一般社団法人」とあり、この点はクリアしているようだ。

 NPO法人や一般社団法人は、設立だけでなく、運営にも結構な手間や金がかかる。補助金をもらうために金がかかったり、本来の事業(かけはしであれば、不登校の子どもや親の支援)に注力する時間が減っては本末転倒ではないかと腹立たしい気持ちもあるが、一方で行政の「どこの馬の骨かもわからない団体に補助金(税金)を渡せない」という気持ちもわかるので悩ましい。

 なお、かけはしのある神奈川県のホームページを見ると、「神奈川県フリースペース等事業費補助金 令和4年度実施事業のお知らせ」があり、ひきこもり・不登校などで悩んでいる本人、家族を支援している民間団体のうち、県の補助金が対象となっている団体が紹介されている。

 翌年の令和5年度には、かけはしも補助金がもらえているだろうか。