『ザ・ノンフィクション』貫禄と純粋が同居する大人の魅力『一人で生きていても… ~女60代 シェアハウス始めました~』

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月4日放送のテーマは「一人で生きていても… ~女60代 シェアハウス始めました~」。格安シェアハウス運営で貧困を見つめた元杉並区議が議員に返り咲くまでを追う。

あらすじ

 完全無所属で杉並区の区議会議員を3期連続で勤めた奥村たえこ(62)は落選を機にシェアハウス運営を始める。敷金礼金なし、保証金なしでも即日入居できる家賃2万円からの格安シェアハウスは、DV夫から逃げ出した女性のシェルター的役割も果たす一方、住民の家賃滞納や夜逃げなど困難も付きまとう。シェアハウス運営と並行し、たえこは杉並区議会議員補欠選挙に立候補、落選でもめげずに2019年の杉並区議会議員選挙に再度立候補し当選。返り咲きを果たす。

大人の貫禄とピュアな情熱が同居するたえこの魅力

 今回のタイトルは『一人で生きていても… ~女60代 シェアハウス始めました~』。これだけだと、バックグラウンドのない60代女性が、一念発起しシェアハウス運営にチャレンジしてみた、という内容をイメージするが全く違っていた。主人公たえこのスケールがとにかくデカいのだ。

 今回の話は、過去に3期12年を全うした区議が政治の世界に返り咲く話であり、シェアハウスは「おまけ」的位置づけに思える。シェアハウスを運営することで目の当たりにした“リアルな貧困”が、政界から引退したつもりでいたたえこを再び、政治に向かわせたのかもしれない。

 たえこを慕い、自身も世田谷区議を目指す岩井祐樹(37)は、たえこを「かっこいい」と言っていた。確かに、たえこはとんでもなくカッコいい。情熱があり賢く、口先ばっかりでも頭でっかちでもない“行動の人”だ。それでいながら偉そうな感じもないし、女性議員と聞いてつい想像してしまいがちな、クセやアクもない。

 まるで隙のないスーパーウーマンのようだが、そうでもなく、大工仕事など苦手な分野は手を抜くし、酒が好きで馴染みの居酒屋ではレバーを頼んでご満悦だったり、根っからのキティラーだったりと、愛嬌があるのだ。実際に経験を積んでいかないと身に着けられない大人ならではの“貫禄”と、社会をよりよくしていきたいという“純粋な気持ち”がいい感じに同居している。最後、返り咲いた議会の壇上で質問をしている姿は堂々としていて痺れてしまった。

 駅前で政治活動をしているご高齢の方たちに出くわすことがある。それらは、見ているこちらが切なくなってしまうような物悲しいものが多い。言っていることは正義なのだろうが、正義だからこそ伝わりにくく、そこに工夫が必要なのだとは全く思ってなさそうな“鈍感さ”が、物悲しいのだ。

 一方、たえこが区議選の街頭演説をしていると、晩御飯を差し入れする人や、区議時代の頑張りを知っていて応援すると話す人もいた。「社会的にいいことをしているのに誰も関心を寄せてくれない」と感じる人は、たえこの魅力に学ぶところは多いと思う。

 そんなたえこは、寝返りすら打てないような狭いボロアパートに住み、冬は暖房のない室温8度の部屋でマフラーをぐるぐる巻いて生活している。結構ハードな状況といえるのだが、たえこはケロッとしているので、全然つらそうに見えないし、彼女なりに工夫して暮らしているのがわかる。

 しかし、そんなたえことて、シェアハウスの入居者が家賃滞納の揚げ句、汚した食器もそのままで夜逃げしたときは、当然だがガックリきていた。金銭的に苦しい状況にある人を支援するシェアハウスの運営では、こうした事態は避けられないだろう。心が折れるようなことが連続して起こっては、たえこの魅力である明るさも蝕まれていくように思う。たえこの仕事がシェアハウス一本でなく、区議会議員という“両輪”になって本当によかったと思う。

区議を借金で断念した岩井――日本の選挙の問題点「供託金」とは

 たえこは区議に返り咲いたが、一方でたえこを慕い、一時期は世田谷区議会議員への出馬も検討した37歳の岩井は、熟考の末、出馬を最終的に断念する。「出馬するだけで100万円を超えるお金がかかり」とナレーションでは触れられており、過去に一度出馬し落選した岩井は、その際の借金がまだ残っている。妻からは「意欲とかだけではやっていけない」と言われ、友人も「一概にがんばれ、やれと言えない」と話していた。二人とも冷たいわけではなく、岩井の状況を心配しているのだ。

 この「100万円以上」は選挙活動にかかるもろもろの費用もあるだろうが、それ以前に「供託金」の問題もある。過去に日本の選挙の問題点について『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)等の著書がある長嶺超輝氏にインタビューをしたことがある。そこで挙げられたのが供託金だ。

 長嶺氏によると「選挙運動の費用とは別に、衆院選の場合は、供託金として1人300万円かかります。これは世界一高いといわれており、ヨーロッパは数万円くらいです。アメリカやフランスなど、そもそも供託金制度がない国もあります」とのこと。なお世田谷区のホームぺージを見ると、区議会選挙における供託金は30万円だった。

 人口構成的に高齢者優遇になる問題点はあれど、日本においては18歳以上であれば投票はできる。しかしこの供託金問題を考えると「出馬する側」の自由度はまだまだ低い。特に「貧困の解消」をテーマにしている政治家の卵たちは岩井のように自身も貧困で苦しんだ経験を持つ人も多いはずであり、供託金という制度はそういう人たちをふるいにかけているとも言える。

 選挙の問題としてクローズアップされがちな「投票率を上げること」に躍起になっている人もいるが、あまり成果が出ていないのは投票率が物語っている。それよりも供託金を減らしてさまざまな人が出馬しやすい環境を作る方が、結果的には政治に関心を持つ人が増えるのではないだろうか。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は『新・漂流家族 2019夏 ~美奈子と夫と8人の子供~ 前編』。説明不要の超人気シリーズ、美奈子の夏。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』言動が演技っぽい人種とラーメン「天国のあなたへ…~「ラーメンの鬼」の背中を追って~」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月28日放送のテーマは「天国のあなたへ… ~「ラーメンの鬼」の背中を追って~」。ラーメンの鬼と呼ばれた、今は亡き佐野実による、“幻のレシピ”再現に弟子が挑む。

あらすじ

 イタリアンとラーメンを融合させたラーメン店「ドゥエ イタリアン」を営むラーメンシェフ・石塚和生。ラーメンの鬼と呼ばれた「志那そばや」創業者・佐野実の弟子でもある。石塚は佐野から亡くなる直前に託されたレシピを再現し、佐野の妻・しおりからお墨付きをもらうも、メニューとして提供は行わない決断をする。

アツい感情を優先するフィーリング経営

 ラーメンに携わる人間は、よく言えば“アツく”、悪く言えば“演技っぽく”なりやすい。「ラーメンの鬼」こと佐野がラーメン指導を行っていたテレビ番組に『ガチンコ!』(TBS系)があるが、「鬼店主に弟子がビシビシしごかれる飲食ジャンル」というと、やはりラーメンが最も座りがいいように思う。

 麺の湯切りを「天空落とし」と言ったり、ラーメン店主のスタイルが示し合わせたように「頭にタオル」「作務衣系の服」「腕組みで写真撮影」であるところなど、明確な世界観があるようだ。そんな“ポーズ”はいいから、ただ食わせてくれ、というラーメンファンもいるだろうが、一方でこういうラーメンの持つ世界に魅せられているファンも多いと思う。

 今回は、主人公の石塚と、亡き佐野実の妻、しおりの二人が中心の内容だったが、両者ともアツく、かつ“演技性”を感じる人で、それがラーメンというテーマと絶妙にマッチしていた。石塚が、幻のレシピのラーメンを再現した際、二人はこんなやりとりをしている。

石塚 「親父(佐野)の顔が見えたでしょ」
しおり「これを食べたら泣けてくるよ 会いたいを超えて」
(中略)
石塚「『子どもみたいな考え方でラーメン屋はいいんだよ』(と、佐野さんから)メッセージをもらいました」

 臆面なく、こういうことを言い合える二人だ。当人たちには感動的でアツいやりとりなのだろうが、どうにも演技っぽさを感じてしまった。

 石塚がラーメン屋をやるなら、持ち前の“演技っぽさ”を生かして、シャツのボタンはがっつり開けてイタリアンシェフのポーズを取りつつ、味にはとことん真面目なラーメンシェフ、が正解だと思うが、この人のダメなところは経営もやっているところだろう。

 経営企画や売上管理などといったビジネス分野に関しては本人もまるでダメ、と言っており、過去には展開していた店を全店潰した苦い経験もある。にもかかわらず、今回も怒涛の出店計画を続けた結果、三軒茶屋店はわずか半年で閉めてしまうことになる。閉店日、石塚は店を見たくないのか閑散とした店を娘に任せ、他店の手伝いに終始していた。反省したのかと思ったら、番組の最後には、自分の青春の地である吉祥寺にまた出店しており、まったく懲りていない。この人の下では働きたくないと力強く思える“フィーリング経営者”だ。

 佐野の幻のラーメンレシピを再現したというときも、しおりのお墨付きをもらったというのに、結局石塚はそれを、「お金を取ってしまうと、全部壊れちゃうような気がする」「あれ(幻のレシピ)は何かの時にしおりさんが食べて(佐野さんを)思い出してくれたら」 と本人的にはロマンティックなつもりなのだろうが、見ている側にしてみれば今一つよくわからないことを言って、メニューとして提供しなかった。放送されたら客も来るだろうに、フィーリングで動くのは経営者としてどうなのかと思う。

 しかし、佐野の幻レシピは利尻昆布やブランド鶏肉などの材料を、鍋にホントに入るのかと思うほどふんだんに使うものだったと放送されていたので、もしかして石塚は、店で出そうとすると採算に見合わないという、純粋な経営的判断を下したうえで、自分のキザなキャラを生かして「全部壊れちゃう」みたいな言い訳をしたのかもしれない。そうであれば、経営センスを感じるのだが。

ラーメンの世界なら演技性も魅力に

 日本人は、世界においては比較的“演技性”の薄い民族だと思う。外国人の観光客が思い切りポーズを決めて撮影している姿を見て、引き気味になる人も多いだろう。他人の“演技性”に敏感なため、それが過剰な人は嘲笑やいじめの対象にもなりかねない。

 石塚やしおりといった演技がかってしまう人は、日本において堅い業種の会社勤めなどは向かないだろうが、ラーメンの世界では、それが人を引き付ける「カリスマ性」に変化するのではないか。弱点と思われがちな気質が、武器に変わる瞬間だろう。

 たいていの日本人が、そうした言動は恥ずかしくてできないのと同様に、彼らにとって「演技っぽくしない(冷めたように振る舞う)」ことは、苦痛のはずだ。そう思えば、石塚やしおりが、ラーメンの世界で生きていくのは己の持ち味を生かした道といえるだろう。

 最後になるが、ラーメン丼が手元に置かれることを「着丼」としおりは表現していたので、通ぶって使ってみるのも一興かもしれない。

 次回のザ・ノンフィクションは『一人で生きていても… ~女60代 シェアハウス始めました~』。高円寺で元区議会議員の奥山たえこが経済的に困窮する人のため、家賃2万円のシェアハウスを始める。家賃滞納などトラブルの続出にたえこが下した決断とは?

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』おしゃれメシに変わる公的施設の懐かしい味「社長と竜造 葛西臨海公園物語」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月21日放送のテーマは「社長と竜造 葛西臨海公園物語」。国内外に飲食店を運営するゼットンが社運をかけた葛西臨海プロジェクトに挑む。

あらすじ:社運をかけた一大プロジェクトに抜てきされる

 ゼットンが挑む葛西臨海公園プロジェクトは、BBQ広場とレストランのリニューアル、無料休憩所のカフェへの改修、BBQ施設の立ち上げ、さらにガーデンウェディング施設といった5つにわたる大掛かりなものだ。ゼットン・鈴木伸典社長から突如、責任者に抜てきされた松山竜造は、通常の店舗運営も行いながらも、この大型プロジェクトに取り組むことになる。

「とりあえず終わってよかったね」に残るモヤモヤ

 まず思ったのは、この社運をかけたプロジェクトに竜造が取り組むなら、竜造が普段行っている13店舗もの飲食店の運営 (うち一店舗はリニューアルも含む)という通常業務は、ほかの誰かに任せられなかったのだろうか、ということだ。通常業務と新規プロジェクトを並列して走らせる竜造は、番組内でスケジュールをすっぽかすミスをしており、迂闊な自分を責めていた。しかし、これほど忙しければうっかりミスも起きるだろう。

 社長及び上層部もしくは企業風土が、通常業務を「ほかの人に任せるのを許さなかった」というならブラックだと思うが、竜造自身が「任せなかった、任せたくなかった」のかもしれない。もし後者の場合なら、竜造は自分のすっぽかしのミスを責めるより、人を使う立場の自分が、仕事を背負いすぎてしまうことを責めた方がいいのではないかとも思う。

 番組は、忙しかったけど無事終わって良かった、これからも頑張ろう、という社長と竜造による美談といった形で終わった。しかし、どうも見ていて違和感があった。仕事が終わったタイミングで、またこんな大変な目に遭わないため、今後何をしていくべきか? と反省することなく、「とりあえず終わってよかったね」で済ませてしまう。それは、別にゼットンに限らず、多くの会社が似たようなことをしているのだが。

 そんな社長は、創業家の跡取りでなく、たたき上げで社長になったやり手だ。竜造へのダメ出しは、感覚的ではなく理屈がちゃんと通るものだった。

 例えば、メイン利用層は幼い子どもを連れて公園に遊びに来る母親であろうカフェにおいて、竜造が開発したセットメニューは「ピザ、フライドポテト、フライドチキン」。そこに、コールスローサラダをつけるように指摘するなど、ごもっともなのだ。確かに、竜造の考えた組み合わせではカラオケで出てくる「おつまみセット」すぎる。

 社長の風貌は、糸井重里をベースに萩原流行をちょい足しして2で割ったような感じで、明るく染めた髪とピタッとした明るい色のジャケットを着こなす姿は、メディアで紹介されるような“ギラギラ”とした港区の社長そのものの佇まいだ。番組を見る限り、社員の多くも「ザ・港区」な感じだったが、一方の竜造はどこかのほほんとしており、社運をかけたプロジェクトに抜てきされても「やるぞ!」と燃え上がるわけでもなく、むしろ明らかに困っていた。

 どこかおっとりした竜造は、咲くべき場所が違うのではないのかとも思えたが、「ザ・港区」な社長と、そういう社員が多いギラギラした会社だからこそ、そうじゃない社員がいるのは、ゼットンのためにもいいのだろう。社長も、竜造の優しさやホスピタリティを評価していた。会社への愛情や忠誠心はありつつも、会社のカラーとは少し違う人という存在は、組織に多様性をもたらす貴重な存在なのだと思う。

 今回の葛西臨海公園以外にも、公的な機関にゼットンのような民間資本が入る流れは進んでいくのだろう。レストラン運営に慣れた会社が入ることで、フルーツが乗ったインスタ映えするパンケーキや、ケチャップでなくグレイビーソースのかかったハンバーグなど、今どきで、味もいいメニューが、価格設定も絶妙に計算された上で展開されるのだと思う。

 しかし私は、大型病院や市役所や学校など「公」の要素が強い施設の、そっけないメシが結構好きだ。

 小学生の頃、市民プールにいった後、併設の小さな喫茶コーナーで月見うどん(200円)を食べるのが楽しみだった。よそったあと卵を落とすので全然卵が煮えていない、あの月見うどんを思うと、夏場はかき氷が出ていたとか、金髪の男の子が描かれた日世のアイスコーンの箱が店の端に積まれていたとか、塩素のにおいや屋内プールの生暖かい空気の感じや更衣室にあった赤いすのこなど、次々と記憶がよみがえっていく。今も市役所や病院などに行く用事があると、あのうまくもないが安くて懐かしい、そっけない“公メシ”を郷愁に誘われ食べてしまう。

 しかし、それらは絶滅危惧種だ。ゼットンのような民間資本が入ることで「うまくもないが安くて懐かしい」公メシは、うまいが安くはなく、でも「最新の流行とニーズをくんだおしゃれメシ」へとアップデートされていくのだ。

 私にとって「公メシ」は過去へつながる扉だ。家で食べた母の料理も懐かしいのだが、外食の懐かしさはまた特有で独特だ。変化が目まぐるしいこの時代、食事環境もアップデートの連続で育つ今の子どもは、数十年後に思い出し、グッと来たり、ほっとするような「懐かしい外食」があるのだろうかと思う。大きなお世話だが少し気になった。

 次回の『ザ・ノンフィクション』もテーマは飲食運営の『天国のあなたへ… ~「ラーメンの鬼」の背中を追って~』。ラーメンシェフと呼ばれた石塚和生、58歳。国外出店など一時期は多店舗運営をしていたが、不運な事故も重なり経営者から職人へと戻る。師匠から託されたレシピで再起を図るが、果たしてラーメンは完成するのか?

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』おしゃれメシに変わる公的施設の懐かしい味「社長と竜造 葛西臨海公園物語」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月21日放送のテーマは「社長と竜造 葛西臨海公園物語」。国内外に飲食店を運営するゼットンが社運をかけた葛西臨海プロジェクトに挑む。

あらすじ:社運をかけた一大プロジェクトに抜てきされる

 ゼットンが挑む葛西臨海公園プロジェクトは、BBQ広場とレストランのリニューアル、無料休憩所のカフェへの改修、BBQ施設の立ち上げ、さらにガーデンウェディング施設といった5つにわたる大掛かりなものだ。ゼットン・鈴木伸典社長から突如、責任者に抜てきされた松山竜造は、通常の店舗運営も行いながらも、この大型プロジェクトに取り組むことになる。

「とりあえず終わってよかったね」に残るモヤモヤ

 まず思ったのは、この社運をかけたプロジェクトに竜造が取り組むなら、竜造が普段行っている13店舗もの飲食店の運営 (うち一店舗はリニューアルも含む)という通常業務は、ほかの誰かに任せられなかったのだろうか、ということだ。通常業務と新規プロジェクトを並列して走らせる竜造は、番組内でスケジュールをすっぽかすミスをしており、迂闊な自分を責めていた。しかし、これほど忙しければうっかりミスも起きるだろう。

 社長及び上層部もしくは企業風土が、通常業務を「ほかの人に任せるのを許さなかった」というならブラックだと思うが、竜造自身が「任せなかった、任せたくなかった」のかもしれない。もし後者の場合なら、竜造は自分のすっぽかしのミスを責めるより、人を使う立場の自分が、仕事を背負いすぎてしまうことを責めた方がいいのではないかとも思う。

 番組は、忙しかったけど無事終わって良かった、これからも頑張ろう、という社長と竜造による美談といった形で終わった。しかし、どうも見ていて違和感があった。仕事が終わったタイミングで、またこんな大変な目に遭わないため、今後何をしていくべきか? と反省することなく、「とりあえず終わってよかったね」で済ませてしまう。それは、別にゼットンに限らず、多くの会社が似たようなことをしているのだが。

 そんな社長は、創業家の跡取りでなく、たたき上げで社長になったやり手だ。竜造へのダメ出しは、感覚的ではなく理屈がちゃんと通るものだった。

 例えば、メイン利用層は幼い子どもを連れて公園に遊びに来る母親であろうカフェにおいて、竜造が開発したセットメニューは「ピザ、フライドポテト、フライドチキン」。そこに、コールスローサラダをつけるように指摘するなど、ごもっともなのだ。確かに、竜造の考えた組み合わせではカラオケで出てくる「おつまみセット」すぎる。

 社長の風貌は、糸井重里をベースに萩原流行をちょい足しして2で割ったような感じで、明るく染めた髪とピタッとした明るい色のジャケットを着こなす姿は、メディアで紹介されるような“ギラギラ”とした港区の社長そのものの佇まいだ。番組を見る限り、社員の多くも「ザ・港区」な感じだったが、一方の竜造はどこかのほほんとしており、社運をかけたプロジェクトに抜てきされても「やるぞ!」と燃え上がるわけでもなく、むしろ明らかに困っていた。

 どこかおっとりした竜造は、咲くべき場所が違うのではないのかとも思えたが、「ザ・港区」な社長と、そういう社員が多いギラギラした会社だからこそ、そうじゃない社員がいるのは、ゼットンのためにもいいのだろう。社長も、竜造の優しさやホスピタリティを評価していた。会社への愛情や忠誠心はありつつも、会社のカラーとは少し違う人という存在は、組織に多様性をもたらす貴重な存在なのだと思う。

 今回の葛西臨海公園以外にも、公的な機関にゼットンのような民間資本が入る流れは進んでいくのだろう。レストラン運営に慣れた会社が入ることで、フルーツが乗ったインスタ映えするパンケーキや、ケチャップでなくグレイビーソースのかかったハンバーグなど、今どきで、味もいいメニューが、価格設定も絶妙に計算された上で展開されるのだと思う。

 しかし私は、大型病院や市役所や学校など「公」の要素が強い施設の、そっけないメシが結構好きだ。

 小学生の頃、市民プールにいった後、併設の小さな喫茶コーナーで月見うどん(200円)を食べるのが楽しみだった。よそったあと卵を落とすので全然卵が煮えていない、あの月見うどんを思うと、夏場はかき氷が出ていたとか、金髪の男の子が描かれた日世のアイスコーンの箱が店の端に積まれていたとか、塩素のにおいや屋内プールの生暖かい空気の感じや更衣室にあった赤いすのこなど、次々と記憶がよみがえっていく。今も市役所や病院などに行く用事があると、あのうまくもないが安くて懐かしい、そっけない“公メシ”を郷愁に誘われ食べてしまう。

 しかし、それらは絶滅危惧種だ。ゼットンのような民間資本が入ることで「うまくもないが安くて懐かしい」公メシは、うまいが安くはなく、でも「最新の流行とニーズをくんだおしゃれメシ」へとアップデートされていくのだ。

 私にとって「公メシ」は過去へつながる扉だ。家で食べた母の料理も懐かしいのだが、外食の懐かしさはまた特有で独特だ。変化が目まぐるしいこの時代、食事環境もアップデートの連続で育つ今の子どもは、数十年後に思い出し、グッと来たり、ほっとするような「懐かしい外食」があるのだろうかと思う。大きなお世話だが少し気になった。

 次回の『ザ・ノンフィクション』もテーマは飲食運営の『天国のあなたへ… ~「ラーメンの鬼」の背中を追って~』。ラーメンシェフと呼ばれた石塚和生、58歳。国外出店など一時期は多店舗運営をしていたが、不運な事故も重なり経営者から職人へと戻る。師匠から託されたレシピで再起を図るが、果たしてラーメンは完成するのか?

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』なにが三次郎をそこまで銭湯に駆り立てるのか「ボクは梅湯の三次郎~野望編~」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月14日放送のテーマは「ボクは梅湯の三次郎~野望編~」。京都で廃業寸前の銭湯を人気店に復活させた男が二号店に挑む。

あらすじ:廃業寸前の銭湯を軌道に乗せた三次郎、「野望」の二号店へ

 大学時代に銭湯に魅了され、全国の銭湯を巡った湊三次郎は廃業寸前の京都「サウナの梅湯」を25歳で引き継ぐ。3年後、梅湯を軌道に乗せた三次郎は、二店舗目として滋賀県大津で店主が亡くなり休業していた銭湯「都湯」の経営にも乗り出す。三次郎とスタッフたちの奮闘の日々を追う。

銭湯に行ったことがなくても、なぜか懐かしい

 私は「スーパー銭湯」や「スパ」は行ったことがあるが、三次郎が経営するような「銭湯」には一度も行ったことがない。近所にないからだ。東京都のサイトを見ても、平成17年に1,025軒あった銭湯は、平成29年には562軒とほぼ半減している。

 銭湯は都道府県ごとに入場料の規定があり、梅湯、都湯のある京都府と滋賀県の入浴料は大人430円だ。なお一例だが、全国でスーパー銭湯を運営する「極楽湯」奈良店は入館料440円(店舗ごとに料金が異なる)で、ほぼ銭湯と同額。金額が同等であれば、設備が充実している方が魅力的に思えるものだが、その点、銭湯はスーパー銭湯やスパに比べて見劣りしてしまうだろう。

 一方で、スーパー銭湯やスパにない銭湯ならではの魅力は、そのレトロ感だ。「レトロ風」に新しく作られた観光施設は薄っぺらさがあるが、梅湯も都湯も昭和の面影が残る本物のレトロだ。新興住宅地に育ち、銭湯に一度も行ったことがない私ですら、梅湯の外壁にある「サウナの梅湯」というネオンが、夜空にほんのり光っているのを見たとき、心の中の「三丁目の夕日」がくすぐられグッときてしまった。

 「経験したことのないものを懐かしく感じる」とは不思議な感覚だが、これこそ銭湯が共通したイメージを想起させる「文化」であることの表れなのだろう。

「人の上に立ち、目的の意識付けを図り、仕事を他人に任せる」というマネジメント業務は苦労の多い仕事だ。三次郎自身も、人に指示するより自分でやった方が楽と話していたが、二店舗運営となるとそうはいかない。さらに三次郎の野望は二店舗にとどまらず、同じく銭湯で働く弟とともに、後継者問題で経営が立ち行かなくなっている全国の銭湯を積極的に「引き取る」方針で、番組内では東京まで遠征もしていた。

 そのような中、三次郎は新規スタッフを自分の銭湯の顧客や、銭湯イベントで知り合った人からスカウトする形にしていた。単に予算上の都合かもしれないが、求人サイトに広告掲載はしていない。「イチから求人」はリスキーだ。口だけ調子のいいことをいう人などゴマンとおり、たいていの組織に「なぜあんなのを採ったのか」という人材の一人や二人はいるだろう。面接以外の場で、すでに数回話したことのある人であれば、そういった残念なケースは防ぎやすくなる。

 番組内で、三次郎のスタッフが一番「しでかしていた」のは、深夜シフトの若手スタッフ・陸が無断で早退し たときだ。陸は、まだあどけないと言っていいほど表情など若く、自分を雇用した三次郎のことを「先輩っていう感じでも上司って感じでもない、ここをやってくれている人」 と屈託なく話す様子も、しみじみ若い。

 三次郎は無断早退に激怒しクビにしようとしていたが、陸は銭湯を辞めたくないと話し、その後も働いている姿が放送で確認できた。陸の若さに免じ、三次郎は「一発アウト」としなかったのだろう。この経験は若い陸にも、できれば自ら動きたい派の三次郎にも、貴重なものになったのではないだろうか。

 25歳の女性スタッフ・藤内 は、女将候補として三次郎にも期待されていたが、兼業していたため都湯への参画が十分にできず、てきぱき動いているスタッフと自分を比較し落ち込むこともあった。しかし、番組の最後には当初苦戦していたボイラーも手慣れた様子で操作するなど成長を遂げていた。

 番組の最後で、三次郎は藤内のことを「やる気がすごくあり、思いが強い人がいるっていうのは強いですよね」 と評価していた。「思いだけが空回りする」ケースもなくはないが、しかし仕事は最終的には思いの強さがモノを言う。やる気がないことにはどうしようもないのだ。

 そして思いの強さは三次郎がダントツで、半端なく強い。都湯の経営が不振と知ればビラを配り、銭湯の前でプラカードを掲げて通行人に声を掛け続け、かたや全国の銭湯に提携できないか飛び込み営業に行く。邪険にされることも多いというが、めげていない。放送を見る限り、三次郎のもとに集まったスタッフが大きな問題を起こさなかったのも、この三次郎の銭湯への並々ならぬ思いが伝わっていたからではないだろうか。

 しかし、何が三次郎をそこまで銭湯に駆り立てるのだろう。そもそも「減っている」業界なのだから、金銭的なうまみはあまりないはずだ。滅びゆく文化をなんとか継承したいという熱意、若手銭湯界の旗手として、培ってきた日々への自負や誇り、そして銭湯愛がそうさせているのだろうが、気になることもあった。番組終盤、スタッフと花見をしているとき以外、三次郎にほぼ笑顔はなかったことだ。

もともと表情があまり出ない人のようにも見えたし、何よりボロボロの銭湯を補修しながら、素人のスタッフを引き連れての経営なので、ヘラヘラしてる余裕などないのかもしれない。しかし笑わない三次郎が、スタッフとシェアして暮らす散らかった家で、ふりかけご飯を食べ、休日をほぼ持たず黙々と銭湯の仕事をこなしていく日々に、「銭湯への愛」を超え「銭湯への執念」めいたものを感じてしまった。仕事で名を残す人になるには、ここまでしないといけないのだろう。

 次回の『ザ・ノンフィクション』も仕事をテーマにした『社長と竜造 葛西臨海公園物語』。飲食店運営会社が社運をかけた葛西臨海公園プロジェクトに挑む。竜造の出す企画に、ことごとくダメ出しする社長の真意とは?

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』五輪という夢と呪い「運命を背負い続けて~柔道家族 朝飛家の6年~」

 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月7日放送のテーマは「運命を背負い続けて~柔道家族 朝飛家の6年~」。1964年の東京五輪から3代続く柔道一族の悲願「五輪出場」を目指す日々。

あらすじ:3代続く柔道一族の「五輪出場」への悲願

 横浜で50年続く歴史ある柔道教室・朝飛道場。道場を開いた朝飛速夫は1964年の東京五輪でコーチを務めるも、無差別級の決勝で日本人選手の敗北を目の当たりにし、息子・大を五輪柔道選手に育て上げようと決意。しかし、早くに他界してしまう。遺志を引き継いだ大は、全日本選手権に出場するも五輪への夢はかなわず、夢は大の子どもの三人姉弟に託される。

「楽しいとはちょっと違う」の切実さ

 昔は半べそをかいていたがたくましく成長した長姉・七海と、三人姉弟の真ん中らしくマイペースな次姉・真実、パワフルな姉二人の影でおとなしい末っ子の太陽。道場の卒業式ではきょうだいでコントをするなど、和やかな家族だ。

以前、私がスキーに行ったとき、小学生くらいの息子を連れた父親がいた。子どもをプロのスキーヤーにしたいようで、父親は息子をかなりヒステリックに叱りつけ、息子はずっとうつむいていた。「毒親だ……」と雪山で気がめいってしまった。子どもは親の代理戦争の駒ではない。この一件があって以来「スポーツ父子鷹もの」を見ると身構えるようになっていたが、今回の朝飛家は穏やかな雰囲気で安心した。

 「毒親家庭」では、モンスターとなった母親と、家庭の問題に無関心な父親がペアになっているケースが多いように思うが、スポーツ系の「毒親家庭」は立場が逆転し、父親がモンスターに、母親は父親を止められない無力な存在となるように思う。しかし、朝飛家はそうではない。親子間で軽口をたたき合う姿は「柔道一家」の言葉で想起されるイメージより、ずっとカジュアルだ。

 子どもたちへの指導も、ナレーションでは「厳しく指導する」みたいに言われていたが、理屈のある叱り方であり、理不尽さは感じられない。また、印象的だったのは、大が「親の仇になっちゃいけないんですけどね、子どもたちの人生がね」と話していたことだ。

 しかし親子仲が悪くないといっても、「五輪を目指す」以上、子どもたち3人は普通の子どもが送る青春とは全く異質のストイックな10代、20代を過ごすことになる。

 七海は五輪代表の強化選手に選ばれるも、各階級で五輪に出られるのは1名のみ。柔道は日本の“お家芸”ゆえ強敵がひしめく中、ただ勝つだけではなく、勝ち続けなければ代表の座を射止めることはできない。そして、七海の五輪出場は絶望的になってしまう。大きな目標を失い、膝のケガを負い、大に止められても振り切って練習に参加していた姿が気の毒だった。五輪を目指すのは楽しいか、というスタッフの質問に、「いろんな気持ちになることがあるので、一言で楽しいというのはちょっと違うかなって」と七海は笑って話す。「楽しいです!」と偽った気持ちを答えることなく、率直に心境を表した七海の姿に、やせ我慢、根性、忍耐が美徳とされていた昔のスポーツ界からの進化を感じた。

 あらためて思うが五輪は残酷だ。4年に一度のため、選手としてのピークが五輪のタイミングに合わずに涙をのんだ人もいただろうし、選手として絶好調でありながらも、くだらない政治のしがらみの巻き添えを食らい、出場がかなわないことだってあるだろう。

 テニスやゴルフでは「4大大会」が毎年行われ、こういった大会も含めたシーズンでの獲得賞金総額で賞金王を争う。賞金王を逃しても、「4大大会」に出場することの栄誉や注目度は大きく、勝ち上がる姿は盛んに報じられる。サッカーは、五輪よりワールドカップの方が注目を集めているし、野球にはWBCがあるが、なによりプロ野球や高校野球といった国内大会の方が関心度は高いのではないか。つまり“五輪は大切な大会だけれど、それがすべてではない”スポーツはある。

 柔道も「世界柔道選手権大会」は毎年開催されているし、五輪と同等かそれ以上の権威ある大会とされているようだ。しかし、朝飛家においては「五輪以外の大会は五輪のための通過点(だから、勝ち続けないといけない)」のように見ていて感じた。他大会で優勝しようが、結局4年に1回、各階級1人しか選ばれない五輪に出られないとダメ、というのは、もはや呪いのようにすら思える。

 そして、これは何も朝飛家に限らず「五輪以外は五輪に選ばれるための通過点」、もっと極端に言ってしまえば「五輪以外は大会に非ず」と考えている競技者や、競技者の親、指導者はほかにもたくさんいるだろう。この厄介な呪いは、競技を観戦するファンを増やすことが地味ながらも「五輪だけではない」につながる道を開くようにも思える。ファンが増えれば「五輪以外」だって育つのではないか。先に上げたテニス、ゴルフ、サッカー、野球はファンが多いスポーツだ。

 基本的にその競技をやってみれば観戦も楽しめるようになるが、あらゆるスポーツをやるわけにもいかない。そこで重要なのは解説ではないだろうか。解説者は、競技者にしかわからない競技の奥深い魅力や、選手が考えていることなど観戦のポイントを一般視聴者に伝えるのが仕事だと思う。しかし、その出来も解説者によって大きく異なる。ダメな例としては、選手が結婚したとか子どもの名前とか、そんなことばかり話すタイプがある。「初心者はどこを見ればいいのか」「競技経験者のための上級解説」など、「スポーツの魅力を伝える」側にできることはたくさんあるように思えるし、それが競技者たちの「五輪の呪い」を解く一助になるのではないだろうか。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は「ボクは梅湯の三次郎~野望編~」。廃業寸前だった銭湯「サウナの梅湯」を25歳で引き継いだ湊三次郎。梅湯を人気店に育てあげ、2軒目の銭湯運営という「野望」を抱くが、個性豊かなスタッフのマネジメントに四苦八苦……、そんな奮闘の日々を追う。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』彼女から目を離せない理由「ワケあって…坂口杏里」

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。6月30日放送のテーマは『ワケあって…坂口杏里』借金、AV、芸能界引退発表からの復帰など、あわただしい半生を送る坂口杏里の今を追う。

あらすじ:あわただしい人生を送る坂口杏里の「今」

 女優・坂口良子の娘として17歳で芸能界デビューをした坂口杏里。おバカ系タレントとして人気を博するが、2013年に母が亡くなり、ホストクラブ通いから借金、AV出演、交際相手のホストとの金銭トラブルから恐喝未遂と生活は荒れる。現在は、借金の返済のため夜の仕事を行いながら芸能界復帰を目指している。そんな坂口杏里の今を『ザ・ノンフィクション』の女性ディレクターが見つめた。

杏里の「ワケ」を年表で見る

 28歳にしてすでに常人の数倍は「ワケ」を蓄積させている坂口について、番組等を参考に年表を作った。

1991年 誕生
94年 両親が離婚
2008年 芸能界デビュー。母であり女優の坂口良子はバラエティで「親子売り」に精を出し娘の売り込みに励む
13年 坂口良子死去。その後ホストクラブ通いが始まる
16年 AVデビュー
17年 交際相手のホストとの金銭トラブルにより恐喝未遂容疑で書類送検(のちに不起訴)/自身のSNSで芸能界引退を発表
18年 浅草ロック座でストリッパーデビューの予定も、直前降板。マスコミでは坂口杏里のドタキャンという論調で報じられたが、本人は『ザ・ノンフィクション』内で否定。

 番組によると18年6月時点で借金は1300万円以上。現在は夜の仕事をしながら芸能界復帰を希望しており、番組の最後では他番組に一部出演する姿も映されていた。

杏里から目が離せない人がこれだけ多い理由

 番組を見ていて、杏里は「自分がどうなりたいか」が自分でもよくわかっていないのではないかと、もどかしかった。「芸能界に復帰したい」とは番組内で本人も話しており、それは明確な意志なのだが、一方で、どういった芸能人になりたいのか、具体的にどういう人が目標で、ライバルは誰なのか、どんな番組に出たいのか、という具体像は見ている限りまったく出てこなかった。

 音楽をやりたいとバンドメンバーを公募したものの、番組内のライブで歌っていたのはカバー曲であり(オリジナル曲を放送してくれなかったのかもしれないが)、坂口良子の大ファンである杉作J太郎に呼ばれてイベントに参加し、盛況だったものの、その後の放送を見る限り「サブカルおじさんにターゲットを絞った」というふうでもないように見える。

 イベント内で杉作は「(マスコミの記事に)山ほど坂口杏里って名前は出てくるんだけど(そこに)あなたの意見は載ってないじゃないですか。それがもうかわいそうで」と話していた。杉作の言葉は優しい。当然、杏里にもマスコミへの意見はあるだろう。しかしそれ以上の、「私はこういう芸能人になりたい」という意志が番組を見る限り見えないし、本人にも具体像が見えてないように感じるのだ。番組の最後で母・坂口良子の命日に墓前で報告した際も「頑張る」「一所懸命」という言葉は頻出するのだが、「何を」「どのように」頑張るのかは出てこなかった。

 これでは気持ちばかりが空回りする日々が続いてしまう。番組内で、杏里はいつもYouTubeを見ていると話していたが、動画を見る時間で自分の今後を考えてほしいともどかしくて頭を掻いていたら、視聴者の気持ちを代弁するように「今の彼女を見て迷走していると思う人は多いと思います。それでも、生きることすらを投げ出そうとした時期を乗り越えて、迷いながらも走る姿を応援したい、これが私の正直な気持ちです」とディレクターのナレーションがあり、ハッとした。

 坂口杏里は生きるのがヘタだ。しかし一方で、強い意志や目標があり、要領がよく、杉作J太郎という人物に食らいつき、サブカルおじさんたちを手玉に取るアイドルになってやらんと抜け目なさを発揮できていたら、それはもう坂口杏里ではないし、そんな姿はさっぱり想像もつかない。

 そんな「ビックリするほど生きるのがヘタ」なところが、他芸能人にはない坂口杏里の強烈な、真似のできない魅力なのだ。それは本人にしてみたら、おそらく不本意な注目のされ方なのだろうが、一部のマスコミ、そしてその先にいる一部の人たちの心をつかんで離さないのだろう。「心をつかんで離さない」ことをできる芸能人など、そうはいない。坂口杏里には換えのきかない「スター性」があるのだ。

 しかしながらその「スター性」は「不安定さ」の上に成り立つというのが悩ましい。芸能界に限らず、漫画や文章などの分野においても、若い世代で精神的な不安定さを刺激的な作品に昇華させ、人気を博したクリエイターが、その後売れたりすると「安定して作品がつまんなくなった」と悪口を言われたりする。「不安定の上の魅力」を長期間貫くことは厳しいのだ。

 一方で、こういった不安定さを魅力に変える人々は「嫉妬」「コンプレックス」「被害者意識」がガソリンになっている人がほとんどのように、私には思える。だからこそ、満たされるとガス欠になって魅力を失うのだろうが、坂口杏里には、それら要素が私には見えない。彼女にある不安定さの根源は、そこではないように思えるのだ。つくづく坂口杏里は、唯一で、独特な人だ。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は「運命を背負い続けて~柔道家族 朝飛家の6年~」。祖父から東京オリンピックの夢を託された柔道一家、6年の軌跡。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

『ザ・ノンフィクション』彼女から目を離せない理由「ワケあって…坂口杏里」

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。6月30日放送のテーマは『ワケあって…坂口杏里』借金、AV、芸能界引退発表からの復帰など、あわただしい半生を送る坂口杏里の今を追う。

あらすじ:あわただしい人生を送る坂口杏里の「今」

 女優・坂口良子の娘として17歳で芸能界デビューをした坂口杏里。おバカ系タレントとして人気を博するが、2013年に母が亡くなり、ホストクラブ通いから借金、AV出演、交際相手のホストとの金銭トラブルから恐喝未遂と生活は荒れる。現在は、借金の返済のため夜の仕事を行いながら芸能界復帰を目指している。そんな坂口杏里の今を『ザ・ノンフィクション』の女性ディレクターが見つめた。

杏里の「ワケ」を年表で見る

 28歳にしてすでに常人の数倍は「ワケ」を蓄積させている坂口について、番組等を参考に年表を作った。

1991年 誕生
94年 両親が離婚
2008年 芸能界デビュー。母であり女優の坂口良子はバラエティで「親子売り」に精を出し娘の売り込みに励む
13年 坂口良子死去。その後ホストクラブ通いが始まる
16年 AVデビュー
17年 交際相手のホストとの金銭トラブルにより恐喝未遂容疑で書類送検(のちに不起訴)/自身のSNSで芸能界引退を発表
18年 浅草ロック座でストリッパーデビューの予定も、直前降板。マスコミでは坂口杏里のドタキャンという論調で報じられたが、本人は『ザ・ノンフィクション』内で否定。

 番組によると18年6月時点で借金は1300万円以上。現在は夜の仕事をしながら芸能界復帰を希望しており、番組の最後では他番組に一部出演する姿も映されていた。

杏里から目が離せない人がこれだけ多い理由

 番組を見ていて、杏里は「自分がどうなりたいか」が自分でもよくわかっていないのではないかと、もどかしかった。「芸能界に復帰したい」とは番組内で本人も話しており、それは明確な意志なのだが、一方で、どういった芸能人になりたいのか、具体的にどういう人が目標で、ライバルは誰なのか、どんな番組に出たいのか、という具体像は見ている限りまったく出てこなかった。

 音楽をやりたいとバンドメンバーを公募したものの、番組内のライブで歌っていたのはカバー曲であり(オリジナル曲を放送してくれなかったのかもしれないが)、坂口良子の大ファンである杉作J太郎に呼ばれてイベントに参加し、盛況だったものの、その後の放送を見る限り「サブカルおじさんにターゲットを絞った」というふうでもないように見える。

 イベント内で杉作は「(マスコミの記事に)山ほど坂口杏里って名前は出てくるんだけど(そこに)あなたの意見は載ってないじゃないですか。それがもうかわいそうで」と話していた。杉作の言葉は優しい。当然、杏里にもマスコミへの意見はあるだろう。しかしそれ以上の、「私はこういう芸能人になりたい」という意志が番組を見る限り見えないし、本人にも具体像が見えてないように感じるのだ。番組の最後で母・坂口良子の命日に墓前で報告した際も「頑張る」「一所懸命」という言葉は頻出するのだが、「何を」「どのように」頑張るのかは出てこなかった。

 これでは気持ちばかりが空回りする日々が続いてしまう。番組内で、杏里はいつもYouTubeを見ていると話していたが、動画を見る時間で自分の今後を考えてほしいともどかしくて頭を掻いていたら、視聴者の気持ちを代弁するように「今の彼女を見て迷走していると思う人は多いと思います。それでも、生きることすらを投げ出そうとした時期を乗り越えて、迷いながらも走る姿を応援したい、これが私の正直な気持ちです」とディレクターのナレーションがあり、ハッとした。

 坂口杏里は生きるのがヘタだ。しかし一方で、強い意志や目標があり、要領がよく、杉作J太郎という人物に食らいつき、サブカルおじさんたちを手玉に取るアイドルになってやらんと抜け目なさを発揮できていたら、それはもう坂口杏里ではないし、そんな姿はさっぱり想像もつかない。

 そんな「ビックリするほど生きるのがヘタ」なところが、他芸能人にはない坂口杏里の強烈な、真似のできない魅力なのだ。それは本人にしてみたら、おそらく不本意な注目のされ方なのだろうが、一部のマスコミ、そしてその先にいる一部の人たちの心をつかんで離さないのだろう。「心をつかんで離さない」ことをできる芸能人など、そうはいない。坂口杏里には換えのきかない「スター性」があるのだ。

 しかしながらその「スター性」は「不安定さ」の上に成り立つというのが悩ましい。芸能界に限らず、漫画や文章などの分野においても、若い世代で精神的な不安定さを刺激的な作品に昇華させ、人気を博したクリエイターが、その後売れたりすると「安定して作品がつまんなくなった」と悪口を言われたりする。「不安定の上の魅力」を長期間貫くことは厳しいのだ。

 一方で、こういった不安定さを魅力に変える人々は「嫉妬」「コンプレックス」「被害者意識」がガソリンになっている人がほとんどのように、私には思える。だからこそ、満たされるとガス欠になって魅力を失うのだろうが、坂口杏里には、それら要素が私には見えない。彼女にある不安定さの根源は、そこではないように思えるのだ。つくづく坂口杏里は、唯一で、独特な人だ。

 次回の『ザ・ノンフィクション』は「運命を背負い続けて~柔道家族 朝飛家の6年~」。祖父から東京オリンピックの夢を託された柔道一家、6年の軌跡。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂