日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月8日放送のテーマは「映画館に暮らす一家の物語 ~廃墟に移住した切替家の6年~」。
あらすじ
電気通信工事の会社を営む切替義典は、東日本大震災を機に東北での仕事が増えたために、千葉から家族で秋田県の北部、青森に接した大館市に移住する。築65年、敷金・礼金ゼロ、フロなし、家賃わずか5万円の物件。そこは映画館の廃墟だった。映画好きで、安く住めればという義典の思い付きによるものだ。雨漏りもひどく廃墟同然の建物を修復していくうちに、周辺住民から「映画館が復活するのか」という声が多く上がり、義典は一念発起。クラウドファンディングで資金を集め、取り壊し寸前のこの物件を買い取り、映画館として復活させる。
しかし観客ゼロの日も少なくなく、苦しい経営を強いられる。義典は、道の駅の駐車場で積み上げた雪をスクリーンにして、ドライブインシアターを開催するプランや、高齢者のために無料でマイクロバスを走らせ、映画を見た後にスーパーに立ち寄るなどの生活支援を推進。妻の桂がそれを支えている。
寒さで夢も見られない――厳しい映画館での暮らし
切替家は秋田なのに風呂もない。宮城出身の私は「北国で自宅に風呂がないなんて、冬場は絶対我慢できない。これは切替家、北国の人じゃないな」と思ったが、案の定千葉からの移住だ。このように北国の人間が、非北国の人間の寒さに対する認識の甘さを、呆れた様子でマウントするのは「北から目線」とネット上で呼ばれ、鬱陶しがられている。それを承知の上での北から目線をご容赦いただきたい。
そもそも切替家は映画館であり、居住のために作られた造りでない。そのうえ築65年なのでのため近年の建材や建築技術の恩恵をまったく受けていない。これが、秋田で最近建てられた普通の家だったならば、北国ならではのさまざまな防寒設備が標準として備わっていただろうし、寒くて寝付けないとぼやいていた長男もぐっすり眠れたと思う。
この家に越してきたのは、家長であり映画好きの義典の思い付きで、家族に相談もなく決まったという。電気工事の仕事をしている義典は全国を飛び回っているため、雪解け水が雨漏りする家に洗面器を置くのは妻の桂だ。番組の最後で義典は「僕は楽しんでますけど嫁はかわいそうですね」と話し、桂は「私はつらいよ、悪いけど」 と話す。義典の自由の代償を一身に引き受けているのだろう。雪かきがつらくて涙が出ても、その涙も凍るという。長男の「すごく非常識なお父さんを支えるお母さんが一番すごい」 という言葉は冷静だ。桂は義典の思い付きに対し意見を言うことすら諦めているようにも見えて、「我慢しないで」と思わずにはいられない。
一方で、切替家のいいところは、子どもが自主的に見えるところだ。寝ても寒さで起きてしまい、夢すら見られなかった長男は、進学とともに千葉に戻る。一方、小学生の長女は館内の立ち見用の手すりで鉄棒をしたり、友達を家に呼んだり、住み込みで働いている映写技師を顎で使ったりと、映画館ライフをなかなか楽しんでいるようにも見える。
桂いわく、大館の人が年に一度でも映画館に足を運べば映画館の収益は賄えるそうだが、常に経営はカツカツだという。新型コロナウイルスがさらに追い打ちをかけてしまったのではないかと心配だ。
「人が集まること」に対し抵抗が大きくなった今だからこそ、人が集まる場の持つ力や意味を思う。義典と桂は廃墟だった映画館を復興させ、映写技師を雇い、ボランティアで絵看板を描く人も訪ねてくるなど、「人が集う場」を作った。絵を描くのが好きなボランティアはいきいきと絵を描き、ストーブであぶったイカで満足げに一服していたのが印象的だった。「ここに来たら何かいいことがあるのでは」と思える場所がある人は強いし、そういう場を提供、維持できる人も凄いと、今改めて思う。
先日別件の取材で、浅草ロック座に足を運んだ。今この厳しい中で興行を行い、そこに足を運ぶ観客たちがいるという事実には、強く励まされるものがあった。ネット上でなく、目の前に人が集まるというのはそれだけで何か特別な力を持っている。御成座もそういう場所の一つなのだ。
次週の『ザ・ノンフィクション』は「3つの病と闘う怜奈 ~結婚5年目のさざ波~」。福田怜奈33歳。幼少期からさまざまな病気と闘っており、外出時には杖が欠かせない。自身が糖質制限を余儀なくされているため超低糖質のスイーツを販売する会社を始める。夫の竜平は怜奈を献身的に支えるも、妊活より仕事を優先する怜奈に不満もあり……。夫婦の不協和音は解消できるのか?