『ザ・ノンフィクション』人が集まることの意味と力「映画館に暮らす一家の物語 ~廃墟に移住した切替家の6年~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月8日放送のテーマは「映画館に暮らす一家の物語 ~廃墟に移住した切替家の6年~」。

あらすじ

 電気通信工事の会社を営む切替義典は、東日本大震災を機に東北での仕事が増えたために、千葉から家族で秋田県の北部、青森に接した大館市に移住する。築65年、敷金・礼金ゼロ、フロなし、家賃わずか5万円の物件。そこは映画館の廃墟だった。映画好きで、安く住めればという義典の思い付きによるものだ。雨漏りもひどく廃墟同然の建物を修復していくうちに、周辺住民から「映画館が復活するのか」という声が多く上がり、義典は一念発起。クラウドファンディングで資金を集め、取り壊し寸前のこの物件を買い取り、映画館として復活させる。

 しかし観客ゼロの日も少なくなく、苦しい経営を強いられる。義典は、道の駅の駐車場で積み上げた雪をスクリーンにして、ドライブインシアターを開催するプランや、高齢者のために無料でマイクロバスを走らせ、映画を見た後にスーパーに立ち寄るなどの生活支援を推進。妻の桂がそれを支えている。

寒さで夢も見られない――厳しい映画館での暮らし

 切替家は秋田なのに風呂もない。宮城出身の私は「北国で自宅に風呂がないなんて、冬場は絶対我慢できない。これは切替家、北国の人じゃないな」と思ったが、案の定千葉からの移住だ。このように北国の人間が、非北国の人間の寒さに対する認識の甘さを、呆れた様子でマウントするのは「北から目線」とネット上で呼ばれ、鬱陶しがられている。それを承知の上での北から目線をご容赦いただきたい。

 そもそも切替家は映画館であり、居住のために作られた造りでない。そのうえ築65年なのでのため近年の建材や建築技術の恩恵をまったく受けていない。これが、秋田で最近建てられた普通の家だったならば、北国ならではのさまざまな防寒設備が標準として備わっていただろうし、寒くて寝付けないとぼやいていた長男もぐっすり眠れたと思う。

 この家に越してきたのは、家長であり映画好きの義典の思い付きで、家族に相談もなく決まったという。電気工事の仕事をしている義典は全国を飛び回っているため、雪解け水が雨漏りする家に洗面器を置くのは妻の桂だ。番組の最後で義典は「僕は楽しんでますけど嫁はかわいそうですね」と話し、桂は「私はつらいよ、悪いけど」 と話す。義典の自由の代償を一身に引き受けているのだろう。雪かきがつらくて涙が出ても、その涙も凍るという。長男の「すごく非常識なお父さんを支えるお母さんが一番すごい」 という言葉は冷静だ。桂は義典の思い付きに対し意見を言うことすら諦めているようにも見えて、「我慢しないで」と思わずにはいられない。

 一方で、切替家のいいところは、子どもが自主的に見えるところだ。寝ても寒さで起きてしまい、夢すら見られなかった長男は、進学とともに千葉に戻る。一方、小学生の長女は館内の立ち見用の手すりで鉄棒をしたり、友達を家に呼んだり、住み込みで働いている映写技師を顎で使ったりと、映画館ライフをなかなか楽しんでいるようにも見える。

 桂いわく、大館の人が年に一度でも映画館に足を運べば映画館の収益は賄えるそうだが、常に経営はカツカツだという。新型コロナウイルスがさらに追い打ちをかけてしまったのではないかと心配だ。

 「人が集まること」に対し抵抗が大きくなった今だからこそ、人が集まる場の持つ力や意味を思う。義典と桂は廃墟だった映画館を復興させ、映写技師を雇い、ボランティアで絵看板を描く人も訪ねてくるなど、「人が集う場」を作った。絵を描くのが好きなボランティアはいきいきと絵を描き、ストーブであぶったイカで満足げに一服していたのが印象的だった。「ここに来たら何かいいことがあるのでは」と思える場所がある人は強いし、そういう場を提供、維持できる人も凄いと、今改めて思う。

 先日別件の取材で、浅草ロック座に足を運んだ。今この厳しい中で興行を行い、そこに足を運ぶ観客たちがいるという事実には、強く励まされるものがあった。ネット上でなく、目の前に人が集まるというのはそれだけで何か特別な力を持っている。御成座もそういう場所の一つなのだ。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「3つの病と闘う怜奈 ~結婚5年目のさざ波~」。福田怜奈33歳。幼少期からさまざまな病気と闘っており、外出時には杖が欠かせない。自身が糖質制限を余儀なくされているため超低糖質のスイーツを販売する会社を始める。夫の竜平は怜奈を献身的に支えるも、妊活より仕事を優先する怜奈に不満もあり……。夫婦の不協和音は解消できるのか?

『ザ・ノンフィクション』自分のためにNGKに戻ると語る花子「ザ・ノンフィクション 花子と大助 ~余命宣告から夫婦の700日~ 後編」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月1日放送のテーマは「ザ・ノンフィクション 花子と大助 ~余命宣告から夫婦の700日~ 後編」。

あらすじ

 2019年12月。宮川大助・花子による会見が行われ、花子はがんの治療中で、復帰の目処はまだ立っていないことが発表された。花子の病気は18年3月、突然立つこともままならなくなり発覚。血液のがんのひとつ、症候性多発性骨髄腫と診断され、余命半年を宣告される。当初は放射線治療が功を奏したが全身に再発。寝たきりの生活で、自力で歩くこともできなくなった。

 花子と大助は1975年、駆け出しの芸人だった頃にたまたま同じ興行で知り合い、9カ月後に結婚。大助はガードマン、花子は警察官に転身する。娘にも恵まれ、花子は家庭生活に幸せを見出していたが、大助はずっとネタを書き続け、花子を説き伏せる形で夫婦漫才として芸能界に復帰する。仕事では成功を収めるも花子は流産や胃がんなど苦難が続く。一方で大助が脳出血で倒れた際は、花子は劇場に一人立ち、病気の大助をネタにするなどセンターマイクを守る。

 2017年に二人が紫綬褒章を受章した際、花子は会見の席で涙を流す大助に「漫才に誘っていただいて本当にありがとうございました」 と話す。19年の年末年始に、花子は一時帰宅し、大助と普段は自分たちも出演していた正月恒例の漫才番組を居間で楽しそうに見ていた。

「公演を中止する」と「今まで通りのスタイルで公演する」の間にあるもの

 花子は戻りたい場所に「NGK(なんばグランド花月)のセンターマイク」を挙げた。自分のために戻る、戻ろうと何度も口にした。生粋の舞台人なのだ。番組が伝えていた今年の年始の頃までは、「花子が体調を取り戻せば」舞台に戻れるはずだった。

 しかし日本は今、自然災害やテロなどの事件とはまた違った困難、新型コロナウイルス感染症の拡大に直面している。明確な被災地が存在せず、どこに潜んでいるのかが見えない。

 この状況下で多くのコンサート、舞台が中止となっており、花子が復帰を誓うなんばグランド花月も「3月2日から当面の間、全ての公演を中止又は延期すること」を決定している。花子が満員のなんばグランド花月で客を沸かす光景は、明日も続いていく当たり前の日常のように見えて、安全や健康の上に成り立っているかけがえのないことだったのだ。

 コロナウイルスの影響で軒並み、舞台、コンサート、講演が中止になる中で、劇作家の野田秀樹氏は感染症が撲滅されるべきであることには意義申し立てをするつもりはない、とした上で「劇場閉鎖の悪しき前例をつくってはなりません」「それは『演劇の死』を意味しかねません」「劇場公演の中止は考えうる限りの手を尽くした上での、最後の最後の苦渋の決断であるべき」と、自身のサイト「野田地図」で表明した。

 「0(=公演をただ中止する)」と「1(=劇場で、今まで通りのスタイルで公演する)」の間にあるものの模索が、急務で求められている。自分の体験からして、「実際に生で見る舞台」と「撮影したものをDVDや動画配信で見る」では、伝わる迫力が残酷なまでに違うことを知っている。

 生の迫力にはかなわないが、VR(ヴァーチャル・リアリティ)など、通常の映像配信より臨場感が伝わる媒体を活用した配信、という形も手段の一つなのかもしれない。0と1の間にどういった選択肢があるのかは今多くの舞台人や関係者が必死で模索しているはずだ。そしてこのやり方の模索は「劇場に行かないと見られない」という舞台において、新しい観劇スタイルの誕生にもつながるかもしれない。脅威に対し「なすすべもない」が続くのは精神的にもつらい。何か画期的なものが危機的状況から生まれるという希望を持って待ちたい。

 次週のザ・ノンフィクションは「映画館に暮らす一家の物語 ~廃墟に移住した切替家の6年~」。秋田県大館市にある築65年、敷金・礼金ゼロ、フロなし、家賃わずか5万円の物件は、映画館の廃墟だった。切替家はなぜここを選び、ここでどうやって暮らしているのか?

『ザ・ノンフィクション』難病宣告を本人にしなかった時代「ザ・ノンフィクション 花子と大助 ~余命宣告から夫婦の700日~ 前編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月23日放送のテーマは『ザ・ノンフィクション 花子と大助 ~余命宣告から夫婦の700日~ 前編』。

あらすじ

 2019年12月。宮川大助・花子による会見が行われ、花子はがんの治療中で、復帰の目処はまだ立っていないことが発表された。花子の病気は18年3月、イベント『淀川寛平ウォーク』中に突然立つこともままならなくなり発覚。血液のがんのひとつ、症候性多発性骨髄腫と診断され余命半年を宣告される。翌月の4月、二人の紫綬褒章受章記念のイベントが開催され、花子はステージでいつもの調子で漫才を披露するも、楽屋ではずっと寝たきりで、横の大助はそんな花子を「坐骨神経痛」なのだと周囲のスタッフに話す。二人と一人娘のさゆみ、マネジャーと弟子しか花子の病気を知らない中での闘病生活が始まる。

 花子の腰にできたがんへの放射線治療が奏を功し、一時は弟子の結婚祝いに駆けつけるほど復調するも、全身に再発。放射線治療から化学療法へと切り替わり、寝たきりの生活で、体を前と後ろから支える人がいないと歩くこともままならなくなった。そんな花子を大助は毎日見舞う。

 19年12月の会見の当日、花子は半年ぶりに病院の外に出て、なんばグランド花月にて車いすで会見に臨み、大助に感謝の気持ちを伝えた。

かつて胃がんを知らされなかった花子

 花子は以前もがんを患ったことがある。人気絶頂の1988年に胃がんが見つかり、その際に大助は花子に病名を告げず、病室に泊まり込みで看病していた。当時は、難病名が本人に告げられないケースは多かったように思う。自分の本当の病名を知らずに亡くなった人は今よりはずっと多かったはずだ。

 がんとは思ってもいない花子は、病気が治った後も生活はすさむ一方で、夜も家に帰って来なかった頃、大助は夫婦喧嘩の中でかつて花子ががんだったことをはずみで話してしまう。命を落としていたかもしれない大病を患っていたことをあとから知る心境というのは、想像もできない。その晩、二人は一晩中話したといい、きっとこの夫婦の歴史にとって大きな転換点になる一日だったのだと思う。

 それから約30年後の2019年の会見で、症候性多発性骨髄腫の治療を続ける花子は、いつものしっかりと通る声でこう話した。

「復帰会見ということになっていますが、まだ復帰の目処はまったく立っておりません。退院の日にちもまだハッキリ決まっておりません。それでも生きている。生きれることが自分で証明できましたし、これからも証明していきたいので、皆さん方に諦めずに治療して、命を一日でも大切に伸ばしていってもらいたいなと思って、今回この会見に臨みました」

 花子がこう言えるのは自分の病名を知っていたからこそだろう。しかし30年前とて、医療機関も大助も意地悪で告知しなかったのではなく、それが本人にとって善かれと思って黙っていたのだ。「国立がん研究センターがん情報サービス」のウェブサイトに、部位別のがん死亡率の推移グラフ「部位別がん年齢調整死亡率の推移【女性1958~2015年】」がある。これを見ると男女とも、「胃がん」は時代が進むにつれ明らかな右肩下がりになっている。ほかのがんよりも治療方法が発展したといえるだろう。

 しかし花子が胃がんになった1988年時点を見ると、どのがんより死亡率は高い。こういった背景が、“告知しない決断”に影響したのは想像に難くない。それでも、自分を苦しめる病気の正体が、知らされているものとは違うのではないか? と家族や医療関係者に疑いを抱きつつ、病の苦しみに向き合う状況は想像するだけで孤独で恐ろしい。

 それから30年後の現在、告知が当然となったのは大きな変化だ。もしかしたらこの先30年後、2050年の医療水準や価値観で現在を見たら、不思議としか言いようのない言動があるのかもしれない。最善の手法なんてものは、時とともに変わるのだろう。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の続編となる『花子と大助 ~余命宣告から夫婦の700日~ 後編』。車いすで会見に臨んだ花子が、舞台のセンターマイクで大助と漫才をすることを願い、リハビリに励む日々を伝える。

国立がん研究センターがん情報サービス

『ザ・ノンフィクション』日本的ではないという武器「もう一度 お父さんに逢いたい ~ホストの僕とフィリピンパブ嬢の母~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月16日放送のテーマは『もう一度 お父さんに逢いたい ~ホストの僕とフィリピンパブ嬢の母~』。

あらすじ

 大阪のホストクラブで働くレオ、23歳。フィリピンパブで働く母と日本人の父の間に生まれた4人きょうだいの次男。だが父親は全員別々で、その父親に会ったのも13歳の時のたった一度きり。レオは高校を卒業し就職するもうまくいかず、ホストクラブの店長との出会いから居場所を見つける。レオはホストとして店に貢献したいが、営業成績は振るわない。

 ハーフとしての個性を生かしたほうがいいという店長からのアドバイスもあり、自分のことをもっと知りたい、とレオは母親の住む浜松へ。フィリピンパブ嬢の横のネットワークを生かし、ついに父親と再会。父親と息子は10年ぶりに静岡県のご当地レストラン「さわやか」で食事をする。

字面では、とんでもなさそうな両親の実態

 レオの母親は4人の子どもがいて全員、父親が違う。父親は母親がフィリピンパブで働いていた時の客で、レオが13歳で日本に来て日も浅いときに一度会ったきりになる。当時のレオは日本語がまだわからず、初めて会った父親と、ほぼ会話らしい会話もないままだった。それから10年が経過している。

 こうして字面で見ると、グレてもいいくらいの環境で育ったように思えるのだが、不思議とレオにはいじけた感じがない。親や自分の境遇に恨み言を言うわけでもない、感じのいい青年だ。

 番組が進むにつれ、両親の実態が明らかになっていく。まず帰省した先の浜松で、今もフィリピンパブで働く母親が出てくるが、明るくキュートで、微塵の暗さもない。浜松まで突然訪ねてきたレオに驚きつつもかわいがり、またレオも母親を気遣い、父親に会いたいと切り出すまでモジモジしていたりと「普通にいい親子関係」なのだ。

 フィリピンパブを舞台にしたシリーズは『ザ・ノンフィクション』の十八番で、前にも共にフィリピンパブで働く母親と日本人の父親の間に生まれたお笑いコンビを追った回があった。そのときの2人は、ハーフである自分自身にコンプレックスを抱いていた。しかしレオには、そういった部分が感じられない。

 そして番組の終盤には父親も登場するが、この父親は不思議なくらい飄々としていた。レオに、ホストで儲かっているのか、と何度も茶化すように尋ねていて、むしろレオのほうがあれこれ気を使っていた。この父親はろくでなしだとは思うが、こちらの毒気が抜かれるような雰囲気がある。レオの母親同様、明るくて暗さがない。一度しか会ったことのない息子が10年ぶりに自分を訪ねて来るのだ。「不義理にしていて申し訳ない」という気持ちだったり、逆にあまりの気まずさからそっけない態度を取ってしまうこともあるだろうが、そんなことは一切なかった。“日本人離れ”した父親だ。

 『ザ・ノンフィクション』は今回に限らず親子関係をテーマにしたものが多い。「親子関係」は番組のテーマとして鉄板なくらい普遍的で、それほど複雑で難しいケースがあるのだろう。番組に登場したいろいろな親子関係を見てきて思うのは、「子どもが今、幸せなら、それでいいのではないか」ということだ。視聴者が疑問を感じるような親でも、子どもが幸せならそれでいいのではないか。

 その点でレオと父親の関係は、再会したことでレオがより前を向けるようになったという、その一点で「良い」のだろう。

 10年ぶりに再会したレオと父親は、いい感じに会話をしていた。今、日本のたいていの「父と成人した息子」は彼らより会話ができないように思える。しかし、一度しか会ったことがないのに、その後も関係を続けたい、と息子から思われ、いい感じに会話しているレオの父親は「ズルいな」と思ってしまった。一方で、その「責任を果たしていると思えないのに関係を続けるなんてズルい」と思う感覚は、日本的なものだなとも思う。

 レオが働くホストクラブの店長は、レオのハーフという出自は「武器」 だと番組の初めにレオに話していた。最初、この言葉は単なる励ましのように思えたのだが、その後レオの両親のキャラクターや、そしてそんな両親や自分の境遇にわだかまりを抱えていない様子のレオを見ると、店長の言っていたことは本当なのだと思った。

 日本的な家族観では、レオの家庭はヘビーに見えるが、グレもいじけもせず、かといって「父親を許容する」という上からの目線もなく、父親との関係をただ続ける。レオのおおらかさは、生きていくにおいて絶対に役に立つものだと思う。そして、それを培ったのはフィリピン人の明るい母親のキャラクターであったり、フィリピンで育った幼少期によるところも大きいのではないだろうか。

 少なくない日本人が、日本に閉塞感や息苦しさを感じているように思える。治安や国の豊かさで言えば世界でもトップクラスなのに、なぜか苦しいのは、そういった人がいつの間にか背負い、共有している「日本的価値観」がそもそも閉塞的で息苦しいからではないだろうか。 なので、「違う国にもルーツがある(日本的価値観に染まっていない)」というのは、日本で生活する上において弱点のようで、店長の言うとおり、むしろそれはアドバンテージなのだろう。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は『花子と大助 ~余命宣告から夫婦の700日~ 前編』。日本を代表する夫婦漫才コンビ宮川大助・花子。2018年3月、骨髄腫により花子は余命半年の宣告を受け、周囲に病気を隠しての放射線治療が始まる。病と闘う700日を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』お笑い界の情と情け「はぐれ者で生きていく ~借金とギャンブルと夢の行方~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月9日放送のテーマは『はぐれ者で生きていく ~借金とギャンブルと夢の行方~』。落語団体に属さないはぐれ落語家の快楽亭ブラック、そしてその生き方に憧れた弟子、快楽亭ブラ坊の日々。

あらすじ

 フリー落語家の快楽亭ブラ坊、34歳。落語団体に所属していないため、「末廣亭」など寄席の高座には上がれず、落語を披露するのは飲食店やスナックだ。6年同棲していた彼女と折半するはずの家賃は3万円しか払えず、やがてそれすら払えなくなり、別れを告げられ部屋を引き払う。元彼女や愛媛の両親、知り合いから借りた金は総額300万円を超える。借金の原因はギャンブルだ。

 ブラ坊がその破天荒な生き方や落語センスに憧れ、弟子入りした師匠の快楽亭ブラックもまた、ギャンブルでの借金が2000万円を超え、立川談志から除名された過去がある。生き方に共通点はあるが、師匠・ブラックは平成12年には春風亭昇太らとともに文化庁芸術祭賞演芸部門優秀賞を受賞、 今も全国からお座敷がかかり爆笑をかっさらう。一方のブラ坊は客がまったく来ない中で落語をすることもあり、技術にも雲泥の差がある。ギャンブルからも足が洗えず、落語に身の入らない日々が続く。

 そんな中、ブラ坊はまだ師匠から客前での披露について許可を得ていない演目を、勘違いから披露してしまう。それを知ったブラックは、ブログに「破門だ」と怒りを綴るが、ブラ坊にしてみれば、直接言わずブログへ書いたことに不満を抱き、素直に謝れない。二人の関係はギクシャクしたものになる。

謝れないブラ坊が取った行動

 ブラックとブラ坊のすれ違いは、よくある「言った/言わない」が原因ともいえる。どっちかが明確に悪いと言い切れない、ギクシャクした冷戦関係は、職場や家庭にゴマンとあるだろう。こういうとき、下の立場の側が、上の側にとりあえず謝る、という選択肢だってあるはずだが、ブラ坊はすぐに謝らずしばらく考え、やはりブラックから稽古を受けたい、と考えが固まったのちに、謝罪文を携え師匠に詫びていた。

 もちろん、早期解決を試みたほうがいい場合だってあるだろう。時間がたって関係がさらに悪化したり他人を巻き込んで大ごとになったり、取り返しのつかないことになることだってある。しかし、この今回のブラ坊の「納得いかないうちは謝らない」もわかる気がする。納得いかない状態で謝っても、結局何かしこりが残り、それが後々膨らんで、取り返しのつかないことになり、ということもあり得る。どちらが正解と言い切れるものではない。謝るのは難しく、大変だ。

 ブラ坊はブラックに謝る際、ブラックの好物で、小田原でしか買えないと思われる一つ千円もする「夏柑ゼリー」3つと反省文を携え、ブラックの出張先である名古屋へと向かう。そして、関係者を交じえた打ち上げで、酒を飲み上機嫌のブラックが「夏柑ゼリーを持って詫びに来たな」と笑い、二人はようやく和解する。買うのが大変そうなゼリーを携え、東京にいるときでなく、名古屋出張中を狙ってしおらしく謝りに行くあたり、ブラ坊、こう見えてなかなかの策士ではないだろうか。

 番組中、立川一門である落語家、立川志ら玉がブラックを訪ねてきた。ブラックに古典落語を披露し、ブラックから客前で演じる許可を得た。志ら玉の前名は快楽亭ブラ汁 で、もとはブラックの弟子だったのだ。ブラックは談志から除名された際、弟弟子にあたる立川志らくに志ら玉を預ける。

 志ら玉によると、「もう(除名された)ブラックとは、付き合うなと言った人もいるといううわさは聞きましたけど、(立川)志らくは『ブラック兄さんのところに行ってやれよ、たまには帰ってやれよ』と言ってくれたんで」 とのことだ。

 個人的に、志らくといえばMCを務めている情報番組『グッとラック!』(TBS系)のイメージが強く、番組での発言がネットニュースになって炎上してる人、という印象だった。過去には、自分の劇団の手伝いに(落語の)弟子たちが来なかったことで、「全員破門にするか前座に降格するか」とツイートし波紋を呼んだこともあった。落語のイベントならともかく、志らくの劇団の手伝いなら、弟子にしてみれば関係ないとも言える。この一件では、弟子たちに同情してしまった。

 しかし、志ら玉のくだりを知ると、志らくはよくも悪くも情に厚く、その分、他人にも自分と同等の“情”を求めるタイプに思える。それは昭和的でもあり、マッチョ的ではないだろうか。しかしこれは、志らくの性格というより「落語界」、引いては「お笑い界」全体がそういう感覚をベースにしているようにも感じられる。

 ブラック、ブラ坊ともにギャンブル狂というのも、なんとも“マッチョ”だ。お笑いを志す人の中には、そうした空気になじめず苦労する人もいるだろうが、一方で人とのつながりが希薄な個人主義の時代には希少な、情みなぎる世界がたまらない人だっているだろう。そういう人にとって、「お笑い界」は幸せな場所なのかもしれない。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「もう一度 お父さんに逢いたい ~ホストの僕とフィリピンパブ嬢の母~」。大阪のホストクラブで働く日本人の父、フィリピン人の母を持つレオが、一度しか会ったことのない父親を捜す。

『ザ・ノンフィクション』お笑い界の情と情け「はぐれ者で生きていく ~借金とギャンブルと夢の行方~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月9日放送のテーマは『はぐれ者で生きていく ~借金とギャンブルと夢の行方~』。落語団体に属さないはぐれ落語家の快楽亭ブラック、そしてその生き方に憧れた弟子、快楽亭ブラ坊の日々。

あらすじ

 フリー落語家の快楽亭ブラ坊、34歳。落語団体に所属していないため、「末廣亭」など寄席の高座には上がれず、落語を披露するのは飲食店やスナックだ。6年同棲していた彼女と折半するはずの家賃は3万円しか払えず、やがてそれすら払えなくなり、別れを告げられ部屋を引き払う。元彼女や愛媛の両親、知り合いから借りた金は総額300万円を超える。借金の原因はギャンブルだ。

 ブラ坊がその破天荒な生き方や落語センスに憧れ、弟子入りした師匠の快楽亭ブラックもまた、ギャンブルでの借金が2000万円を超え、立川談志から除名された過去がある。生き方に共通点はあるが、師匠・ブラックは平成12年には春風亭昇太らとともに文化庁芸術祭賞演芸部門優秀賞を受賞、 今も全国からお座敷がかかり爆笑をかっさらう。一方のブラ坊は客がまったく来ない中で落語をすることもあり、技術にも雲泥の差がある。ギャンブルからも足が洗えず、落語に身の入らない日々が続く。

 そんな中、ブラ坊はまだ師匠から客前での披露について許可を得ていない演目を、勘違いから披露してしまう。それを知ったブラックは、ブログに「破門だ」と怒りを綴るが、ブラ坊にしてみれば、直接言わずブログへ書いたことに不満を抱き、素直に謝れない。二人の関係はギクシャクしたものになる。

謝れないブラ坊が取った行動

 ブラックとブラ坊のすれ違いは、よくある「言った/言わない」が原因ともいえる。どっちかが明確に悪いと言い切れない、ギクシャクした冷戦関係は、職場や家庭にゴマンとあるだろう。こういうとき、下の立場の側が、上の側にとりあえず謝る、という選択肢だってあるはずだが、ブラ坊はすぐに謝らずしばらく考え、やはりブラックから稽古を受けたい、と考えが固まったのちに、謝罪文を携え師匠に詫びていた。

 もちろん、早期解決を試みたほうがいい場合だってあるだろう。時間がたって関係がさらに悪化したり他人を巻き込んで大ごとになったり、取り返しのつかないことになることだってある。しかし、この今回のブラ坊の「納得いかないうちは謝らない」もわかる気がする。納得いかない状態で謝っても、結局何かしこりが残り、それが後々膨らんで、取り返しのつかないことになり、ということもあり得る。どちらが正解と言い切れるものではない。謝るのは難しく、大変だ。

 ブラ坊はブラックに謝る際、ブラックの好物で、小田原でしか買えないと思われる一つ千円もする「夏柑ゼリー」3つと反省文を携え、ブラックの出張先である名古屋へと向かう。そして、関係者を交じえた打ち上げで、酒を飲み上機嫌のブラックが「夏柑ゼリーを持って詫びに来たな」と笑い、二人はようやく和解する。買うのが大変そうなゼリーを携え、東京にいるときでなく、名古屋出張中を狙ってしおらしく謝りに行くあたり、ブラ坊、こう見えてなかなかの策士ではないだろうか。

 番組中、立川一門である落語家、立川志ら玉がブラックを訪ねてきた。ブラックに古典落語を披露し、ブラックから客前で演じる許可を得た。志ら玉の前名は快楽亭ブラ汁 で、もとはブラックの弟子だったのだ。ブラックは談志から除名された際、弟弟子にあたる立川志らくに志ら玉を預ける。

 志ら玉によると、「もう(除名された)ブラックとは、付き合うなと言った人もいるといううわさは聞きましたけど、(立川)志らくは『ブラック兄さんのところに行ってやれよ、たまには帰ってやれよ』と言ってくれたんで」 とのことだ。

 個人的に、志らくといえばMCを務めている情報番組『グッとラック!』(TBS系)のイメージが強く、番組での発言がネットニュースになって炎上してる人、という印象だった。過去には、自分の劇団の手伝いに(落語の)弟子たちが来なかったことで、「全員破門にするか前座に降格するか」とツイートし波紋を呼んだこともあった。落語のイベントならともかく、志らくの劇団の手伝いなら、弟子にしてみれば関係ないとも言える。この一件では、弟子たちに同情してしまった。

 しかし、志ら玉のくだりを知ると、志らくはよくも悪くも情に厚く、その分、他人にも自分と同等の“情”を求めるタイプに思える。それは昭和的でもあり、マッチョ的ではないだろうか。しかしこれは、志らくの性格というより「落語界」、引いては「お笑い界」全体がそういう感覚をベースにしているようにも感じられる。

 ブラック、ブラ坊ともにギャンブル狂というのも、なんとも“マッチョ”だ。お笑いを志す人の中には、そうした空気になじめず苦労する人もいるだろうが、一方で人とのつながりが希薄な個人主義の時代には希少な、情みなぎる世界がたまらない人だっているだろう。そういう人にとって、「お笑い界」は幸せな場所なのかもしれない。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「もう一度 お父さんに逢いたい ~ホストの僕とフィリピンパブ嬢の母~」。大阪のホストクラブで働く日本人の父、フィリピン人の母を持つレオが、一度しか会ったことのない父親を捜す。

『ザ・ノンフィクション』不良少女を怒り、叱るという意味『モモコと熱血和尚 おじさん、ありがとう』

根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月2日放送のテーマは『モモコと熱血和尚 おじさん、ありがとう』。家出や反抗を繰り返す中学生、モモコが“熱血和尚”の廣中邦充さんの元で再生するまでを追う。そして、廣中さんと妻・待子さんの人生について。

あらすじ

 愛知県岡崎市にある「平成の駆け込み寺」こと西居院の住職、廣中邦充さんは、非行、虐待、いじめ、引きこもり、薬物依存といったさまざまな事情から親元で暮らせない子どもを、無償で引き取り、更生させてきた。その数20年で1,000人以上。

 九州からやってきた中学2年生のモモコも寺に引き取られる。モモコは親に対しては反抗的な態度をとり、家の壁を殴って壊したりもするが、寺では人懐っこく、勉強にも積極的に取り組むなど一見問題なさそうに過ごす。しかし、休日のたびに派手に化粧をして町に繰り出し、男に自分から声をかける生活を送っていた。モモコが無断で外泊し、廣中さんや寺のほかの子どもたちは方々を探し回る。その後、親によって見つけられたモモコは両親とともに寺に現れ、廣中さんや寺の子どもたち、さらにそれまでモモコにあまり時間を割かなかった父親にも叱られたことで、ようやく変わるきっかけをつかむ。

 廣中さんは2012年にステージ4の肺がんが見つかり、治療をしながらその後も精力的に講演活動を続けるが、17年にがんが脳に転移。19年4月、妻、待子さんや多くの寺の子どもたちに看取られ69歳の生涯を終える。

「誰もてめぇのこと信じなくなるぞ!」という怒り

 廣中さんを主役にした『ザ・ノンフィクション』シリーズは、「おじさん、ありがとう ~ショウとタクマと熱血和尚~」として昨年も放送されている

 この回では、改造学ランなど昭和の雰囲気を色濃く残した古風なヤンキー・ショウが、生気のないヤンキー・タクマの無断外泊に対し、ものすごく怒り、叱っていた。そして今回も、一見明るくソツなく振る舞いながら、町に繰り出し男に声をかけ、挙句に無断外泊するなど危うい行動をとるモモコに対し、寺の先輩格であるマヤは胸ぐらをつかみ「誰もてめぇのこと信じなくなるぞ!」と真剣に怒っていた。モモコは廣中さんにも親にも叱られていたが、姉のような存在であるマヤが叱ったことも効いたのではないだろうか。この寺では、生活を共にする仲間が怒り、叱るのだ。

 廣中さんといい、ショウといいマヤといい、他人がした悪事や迷惑に対し本気に怒り、叱れる人は、愛情のある優しい人だと思う。問題のある人に対し、令和の今、「怒る、叱る」よりも「面倒なやつだから金輪際関わらない」ほうを選択する人は多いだろうし、荒れる自分の子どもに対してすら「関わりたくない」と他人事のように思っている親も、すでに大勢いるだろう。

 廣中さんは講演で大人たちに「担任の先生も教育委員会も、確かに原因はあるかもしれないけども家庭の中にもう一つ大きな原因があるんじゃないだろうか? 自分の大好きな娘や息子が自殺をしてしまうまで気が付かない親は親じゃない!」 と訴えた。いじめられていることを親にだけは知られたくないと隠す子どもも多い。しかし、廣中さんの発言からは、子どもが隠しているようなことでも、親は気にかけ、関わり、気づいてやれなければいけないんだ、という強い思いを感じた。これは生半可な人間が言っても説得力がまるでないだろうが、1,000人を更生させた廣中さんが言うからこそ響く言葉ではないか。

 1,000人以上の子どもを更生させた廣中家では、20年にわたり、常に家には大勢の子どもたちがいた。その環境についてどう思うのか、番組スタッフが廣中さんの妻・待子さんに聞いたところ、「一人になりたいこともあるよ。だけどお父さんと二人だけだったらこの家は寂しいと思うし」「良くもあり悪くもありだ」 と笑っていた。

 待子は廣中さんが闘病中、毎日病院を訪れていた。廣中さんは最晩年、足元もおぼつかなくなってきたが、大勢が集まる説法の場で、「ありがとうって言える、今日はちょうどいい機会なんですよ」 とゆったりとした口調で待子さんに感謝を告げる。待子さんは、番組スタッフに「いずれ人間は亡くなるんだろうけどでも、お父さんは何もなくても何もできなくてもいいから、じっとそこに居(お)って欲しい」 と廣中さんへの思いを話していて、廣中夫妻のお互いへの強く深い愛情を感じた。待子さんあっての廣中さんの超人的な活動だったのだと思う。

 廣中夫妻が問題を抱えた子どもたちや、そしてお互いに対しここまで愛情豊かになれたのは、もともとの性格や仏教の教えもあるのかもしれないが、「人と関わることから逃げない」生活で育まれたものもあるのかもしれない。愛の反対は「無関心」だとマザーテレサも言っている。

 次週のザ・ノンフィクションは『はぐれ者で生きていく ~借金とギャンブルと夢の行方~』。プロの落語家だが、寄席や大ホールの高座に上がることはできず、飲食店やスナックで落語会を開く「落語界の“はぐれ者”」に憧れた、もう一人の「はぐれ者」の話。

『ザ・ノンフィクション』不良少女を怒り、叱るという意味『モモコと熱血和尚 おじさん、ありがとう』

根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。2月2日放送のテーマは『モモコと熱血和尚 おじさん、ありがとう』。家出や反抗を繰り返す中学生、モモコが“熱血和尚”の廣中邦充さんの元で再生するまでを追う。そして、廣中さんと妻・待子さんの人生について。

あらすじ

 愛知県岡崎市にある「平成の駆け込み寺」こと西居院の住職、廣中邦充さんは、非行、虐待、いじめ、引きこもり、薬物依存といったさまざまな事情から親元で暮らせない子どもを、無償で引き取り、更生させてきた。その数20年で1,000人以上。

 九州からやってきた中学2年生のモモコも寺に引き取られる。モモコは親に対しては反抗的な態度をとり、家の壁を殴って壊したりもするが、寺では人懐っこく、勉強にも積極的に取り組むなど一見問題なさそうに過ごす。しかし、休日のたびに派手に化粧をして町に繰り出し、男に自分から声をかける生活を送っていた。モモコが無断で外泊し、廣中さんや寺のほかの子どもたちは方々を探し回る。その後、親によって見つけられたモモコは両親とともに寺に現れ、廣中さんや寺の子どもたち、さらにそれまでモモコにあまり時間を割かなかった父親にも叱られたことで、ようやく変わるきっかけをつかむ。

 廣中さんは2012年にステージ4の肺がんが見つかり、治療をしながらその後も精力的に講演活動を続けるが、17年にがんが脳に転移。19年4月、妻、待子さんや多くの寺の子どもたちに看取られ69歳の生涯を終える。

「誰もてめぇのこと信じなくなるぞ!」という怒り

 廣中さんを主役にした『ザ・ノンフィクション』シリーズは、「おじさん、ありがとう ~ショウとタクマと熱血和尚~」として昨年も放送されている

 この回では、改造学ランなど昭和の雰囲気を色濃く残した古風なヤンキー・ショウが、生気のないヤンキー・タクマの無断外泊に対し、ものすごく怒り、叱っていた。そして今回も、一見明るくソツなく振る舞いながら、町に繰り出し男に声をかけ、挙句に無断外泊するなど危うい行動をとるモモコに対し、寺の先輩格であるマヤは胸ぐらをつかみ「誰もてめぇのこと信じなくなるぞ!」と真剣に怒っていた。モモコは廣中さんにも親にも叱られていたが、姉のような存在であるマヤが叱ったことも効いたのではないだろうか。この寺では、生活を共にする仲間が怒り、叱るのだ。

 廣中さんといい、ショウといいマヤといい、他人がした悪事や迷惑に対し本気に怒り、叱れる人は、愛情のある優しい人だと思う。問題のある人に対し、令和の今、「怒る、叱る」よりも「面倒なやつだから金輪際関わらない」ほうを選択する人は多いだろうし、荒れる自分の子どもに対してすら「関わりたくない」と他人事のように思っている親も、すでに大勢いるだろう。

 廣中さんは講演で大人たちに「担任の先生も教育委員会も、確かに原因はあるかもしれないけども家庭の中にもう一つ大きな原因があるんじゃないだろうか? 自分の大好きな娘や息子が自殺をしてしまうまで気が付かない親は親じゃない!」 と訴えた。いじめられていることを親にだけは知られたくないと隠す子どもも多い。しかし、廣中さんの発言からは、子どもが隠しているようなことでも、親は気にかけ、関わり、気づいてやれなければいけないんだ、という強い思いを感じた。これは生半可な人間が言っても説得力がまるでないだろうが、1,000人を更生させた廣中さんが言うからこそ響く言葉ではないか。

 1,000人以上の子どもを更生させた廣中家では、20年にわたり、常に家には大勢の子どもたちがいた。その環境についてどう思うのか、番組スタッフが廣中さんの妻・待子さんに聞いたところ、「一人になりたいこともあるよ。だけどお父さんと二人だけだったらこの家は寂しいと思うし」「良くもあり悪くもありだ」 と笑っていた。

 待子は廣中さんが闘病中、毎日病院を訪れていた。廣中さんは最晩年、足元もおぼつかなくなってきたが、大勢が集まる説法の場で、「ありがとうって言える、今日はちょうどいい機会なんですよ」 とゆったりとした口調で待子さんに感謝を告げる。待子さんは、番組スタッフに「いずれ人間は亡くなるんだろうけどでも、お父さんは何もなくても何もできなくてもいいから、じっとそこに居(お)って欲しい」 と廣中さんへの思いを話していて、廣中夫妻のお互いへの強く深い愛情を感じた。待子さんあっての廣中さんの超人的な活動だったのだと思う。

 廣中夫妻が問題を抱えた子どもたちや、そしてお互いに対しここまで愛情豊かになれたのは、もともとの性格や仏教の教えもあるのかもしれないが、「人と関わることから逃げない」生活で育まれたものもあるのかもしれない。愛の反対は「無関心」だとマザーテレサも言っている。

 次週のザ・ノンフィクションは『はぐれ者で生きていく ~借金とギャンブルと夢の行方~』。プロの落語家だが、寄席や大ホールの高座に上がることはできず、飲食店やスナックで落語会を開く「落語界の“はぐれ者”」に憧れた、もう一人の「はぐれ者」の話。

『ザ・ノンフィクション』農家の嫁の反抗期『私って嫁ですか 妻ですか ~農家に嫁いだ友紀子の結婚~』

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。1月19日の放送は「私って嫁ですか 妻ですか ~農家に嫁いだ友紀子の結婚~」。「子どもはつくらない」「農業は手伝わない」と宣言する農家に嫁いだ女性と、その夫の生活を追った。

あらすじ

 岩立友紀子、現在32歳。サラリーマン家庭に育つが、街コンをきっかけに500年続く柏市の専業農家の長男、昌之と結婚し6年。義両親の家の敷地内に建てた夫婦の家で暮らしている。友紀子は「子どもは嫌いでつくる予定はない」「農業は手伝わない」と宣言。農家の男性を対象にした婚活サイトを立ち上げるなど婚活事業に邁進し、さらには婚活バーを昌之の金で開業するも、客が来ず1カ月半で閉店となってしまう。

 そんな友紀子は、徐々に農業を手伝い始め、子どもに関しても人工授精による妊活を始める。4度の人工授精で妊娠はかなわなかったが、由紀子の婚活サイトは15組目の農家夫婦を誕生させた。

農家界の革命児か? 反抗期か?

 番組では友紀子の婚活サイトに登録している米農家の青年が紹介されていた。さわやかで物腰柔らかなイケメンだったが、婚活では苦戦していると話していて「農業男子」の厳しい現実をあらためて感じた。農家の人たちがいなければコンビニで野菜サラダもおにぎりも食べられない。命を支える仕事をしている人たちが、結婚できないという焦燥感や、つらい思いを抱えて生活しているのは切ない。

 しかし、家族総出で農作業する“オールドスタイル”を崩さない農家サイドにも問題はあると思う。「嫁=農作業人員+子づくり要員」は、令和の労働観、ジェンダー観にしてみれば、無理な話と思う女性の方が多いだろう。

 友紀子はそのような中で「家業は手伝わない」「子どもはつくらない」との方針を打ち立てた。オールドスタイルをぶっ壊す革命児なのか、と思ったが、番組後半になって家業を手伝いだし、結婚6年目で妊活も開始する。番組スタッフから、子どもは作らない主義では、と聞かれると、「(子どもは)好きじゃないけど農家に嫁いだ時点でそこは覚悟してますよ 」と話していた。「家業を手伝わない」「子どもをつくらない」との宣言は、新たな農家の妻像を作りだしてやるといった信念より、最初から“イエ(家制度)”に従うのはしゃくだという反抗期のようなものだったのかもしれない。

 しかし人は反抗期を過ぎることで大人になれる。これから農家と婚活サイトを兼業していく……と思いきや、番組の最後、妊活をいったん終了させた友紀子は、ゲストハウスをやりたいと語っていた。昌之に開業資金を出させたバーを1 カ月半で閉店した前科があるにもかかわらず、新たな「事業」を立ち上げるという。友紀子に限らず、猪突猛進タイプは始めるまでは勢いがあるが、続けることが苦手な人が多い。

 昌之は、嫁に来てもらった負い目があるのかもしれないが、とりあえず友紀子に金をあまり渡さないほうがいいのでは、と他人事ながら思う。一方で、なし崩し的に“嫁”にならない友紀子のしぶとさにはたくましさも感じた。

 見たところ岩立夫婦は「猪突猛進で我の強い妻・友紀子と、穏やかで辛抱強い夫・昌之」という構図に映るし、大体の場面ではそうなのだろう。しかし友紀子にだって夫への不満がある。

 友紀子は夫婦間の家事負担について、昌之が担当するはずの家事を行わないため、結局、自分がしていると番組スタッフに話していた。さらに妊活は、当初は自然妊娠を考えていたものの、友紀子が「この日だ」という日を夫に伝えても、今日は無理、疲れたと協力してくれず、それで人工授精になったのだという。

 妊活関係の記事を読むと、「いかに夫のプライドに抵触せず、その日その気になってもらうか」といったものが多い。しかし、そんな妻側だけの努力でいいのだろうか。しかも、岩立夫妻の場合は友紀子ではなく、昌之が子どもを望んでいるのだ。それなのに、「今日は無理」との理由で、手間も費用も、そして友紀子の体にも負担がかかる人工授精を4度も行っている。これでは友紀子の気持ちが妊活から離れ、ゲストハウスという新規事業に向くのも仕方ない気がする。

 感情をあらわにする友紀子のワガママは目立つが、一見穏やかな昌之の「いつの間にか家事負担は妻の方へ」「妊活時の『今日は無理』」というワガママは見えにくい。そしてこれらは昌之固有のワガママというより、少なくない男性が共通して持っているワガママともいえるのではないだろうか。

 こうしたワガママの根底には、少なくない男性が意識的/無意識的に持つ「面倒なことは女がやればいい」という考えを感じさせる。夫たちは、おそらく自分がワガママを言っている自覚すらなく、むしろ妻がうるさいことを言っている程度にしか思っていないのではないか。夫たちのこうした態度に、イラついている妻たちは多いだろう。昌之のこうした無自覚に対し、友紀子が腹を立てることに関しては、大いに応援したい。

『ザ・ノンフィクション』農家の嫁の反抗期『私って嫁ですか 妻ですか ~農家に嫁いだ友紀子の結婚~』

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。1月19日の放送は「私って嫁ですか 妻ですか ~農家に嫁いだ友紀子の結婚~」。「子どもはつくらない」「農業は手伝わない」と宣言する農家に嫁いだ女性と、その夫の生活を追った。

あらすじ

 岩立友紀子、現在32歳。サラリーマン家庭に育つが、街コンをきっかけに500年続く柏市の専業農家の長男、昌之と結婚し6年。義両親の家の敷地内に建てた夫婦の家で暮らしている。友紀子は「子どもは嫌いでつくる予定はない」「農業は手伝わない」と宣言。農家の男性を対象にした婚活サイトを立ち上げるなど婚活事業に邁進し、さらには婚活バーを昌之の金で開業するも、客が来ず1カ月半で閉店となってしまう。

 そんな友紀子は、徐々に農業を手伝い始め、子どもに関しても人工授精による妊活を始める。4度の人工授精で妊娠はかなわなかったが、由紀子の婚活サイトは15組目の農家夫婦を誕生させた。

農家界の革命児か? 反抗期か?

 番組では友紀子の婚活サイトに登録している米農家の青年が紹介されていた。さわやかで物腰柔らかなイケメンだったが、婚活では苦戦していると話していて「農業男子」の厳しい現実をあらためて感じた。農家の人たちがいなければコンビニで野菜サラダもおにぎりも食べられない。命を支える仕事をしている人たちが、結婚できないという焦燥感や、つらい思いを抱えて生活しているのは切ない。

 しかし、家族総出で農作業する“オールドスタイル”を崩さない農家サイドにも問題はあると思う。「嫁=農作業人員+子づくり要員」は、令和の労働観、ジェンダー観にしてみれば、無理な話と思う女性の方が多いだろう。

 友紀子はそのような中で「家業は手伝わない」「子どもはつくらない」との方針を打ち立てた。オールドスタイルをぶっ壊す革命児なのか、と思ったが、番組後半になって家業を手伝いだし、結婚6年目で妊活も開始する。番組スタッフから、子どもは作らない主義では、と聞かれると、「(子どもは)好きじゃないけど農家に嫁いだ時点でそこは覚悟してますよ 」と話していた。「家業を手伝わない」「子どもをつくらない」との宣言は、新たな農家の妻像を作りだしてやるといった信念より、最初から“イエ(家制度)”に従うのはしゃくだという反抗期のようなものだったのかもしれない。

 しかし人は反抗期を過ぎることで大人になれる。これから農家と婚活サイトを兼業していく……と思いきや、番組の最後、妊活をいったん終了させた友紀子は、ゲストハウスをやりたいと語っていた。昌之に開業資金を出させたバーを1 カ月半で閉店した前科があるにもかかわらず、新たな「事業」を立ち上げるという。友紀子に限らず、猪突猛進タイプは始めるまでは勢いがあるが、続けることが苦手な人が多い。

 昌之は、嫁に来てもらった負い目があるのかもしれないが、とりあえず友紀子に金をあまり渡さないほうがいいのでは、と他人事ながら思う。一方で、なし崩し的に“嫁”にならない友紀子のしぶとさにはたくましさも感じた。

 見たところ岩立夫婦は「猪突猛進で我の強い妻・友紀子と、穏やかで辛抱強い夫・昌之」という構図に映るし、大体の場面ではそうなのだろう。しかし友紀子にだって夫への不満がある。

 友紀子は夫婦間の家事負担について、昌之が担当するはずの家事を行わないため、結局、自分がしていると番組スタッフに話していた。さらに妊活は、当初は自然妊娠を考えていたものの、友紀子が「この日だ」という日を夫に伝えても、今日は無理、疲れたと協力してくれず、それで人工授精になったのだという。

 妊活関係の記事を読むと、「いかに夫のプライドに抵触せず、その日その気になってもらうか」といったものが多い。しかし、そんな妻側だけの努力でいいのだろうか。しかも、岩立夫妻の場合は友紀子ではなく、昌之が子どもを望んでいるのだ。それなのに、「今日は無理」との理由で、手間も費用も、そして友紀子の体にも負担がかかる人工授精を4度も行っている。これでは友紀子の気持ちが妊活から離れ、ゲストハウスという新規事業に向くのも仕方ない気がする。

 感情をあらわにする友紀子のワガママは目立つが、一見穏やかな昌之の「いつの間にか家事負担は妻の方へ」「妊活時の『今日は無理』」というワガママは見えにくい。そしてこれらは昌之固有のワガママというより、少なくない男性が共通して持っているワガママともいえるのではないだろうか。

 こうしたワガママの根底には、少なくない男性が意識的/無意識的に持つ「面倒なことは女がやればいい」という考えを感じさせる。夫たちは、おそらく自分がワガママを言っている自覚すらなく、むしろ妻がうるさいことを言っている程度にしか思っていないのではないか。夫たちのこうした態度に、イラついている妻たちは多いだろう。昌之のこうした無自覚に対し、友紀子が腹を立てることに関しては、大いに応援したい。