『ザ・ノンフィクション』18年を共にした愛犬との別れ「花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 後編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月17日は「花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 後編」というテーマで放送された。

あらすじ

 東京杉並区「ハナ動物病院」の院長、獣医師・太田快作。院名の由来は大学生のときに保健所から引き取った愛犬、花子(18歳)だ。太田は老犬となった花子を大きなリュックに入れ、それを前に抱えて通勤している。

 もともと犬が好きで獣医学科に進んだ太田だが、花子との出会いから徹底的に動物の命について考えるようになる。当時、太田の通った大学の獣医学科では外科実習で保健所の動物を使った動物実験(実験後は基本、殺処分される)が行われていたが、太田はそれを拒否。欧米の大学で一般的な「動物実験代替法」で単位を取得する(なお、同大でも2018年から生体を用いた外科実習は行われていない)。

 太田の動物愛護の活動は現在も続いており、休日は保護猫や多頭飼育で崩壊した家の飼い犬などを無料もしくは実費のみで避妊、去勢手術を行っているほか、東日本大震災とそれにともなう原発事故で被災した犬猫を保護する福島の愛護団体にも定期的に治療のため訪れている。

 花子について「今の僕の全て」「花子が僕をつくった」と話す太田。太田の20代、30代を共に過ごした花子だが、19年の夏の夜に倒れる。花子の腹には小さな腫瘍が見つかるが、もう花子は手術に耐えうる年齢ではなく、最期の日々を太田や看護師たちに囲まれ過ごす。太田は最期は自分やスタッフで看取りたいとカメラが入ることを断り、制作スタッフもそれを了承する。

 数日後、連絡を受けたスタッフが病院に行くと、亡くなった花子の周りを取り囲むように花束が添えられおり、多くの人が病院を訪ねて花子との別れを惜しんでいた。花子は太田の腕の中で息を引き取ったという。

 花子が息を引き取る瞬間にまでカメラが入るのかどうか、前編から気がかりだった。太田は当初はカメラが入ることを了承していたようだが、最期は花子にとっての家族である自分やスタッフたちで見送りたい、と謝罪し、その意志を番組スタッフも尊重していてほっとした。花子の今際の時を映さなくても、この前後編で大切なことはすべて伝わったと思う。

 私もそうだが、番組を見た人のほぼ全員が感じたであろう「太田先生は立派な人だ、感動した」という思いを、そこに留まらせず、行動に移すための選択肢を調べてみた。記載しておきたい。

【選択肢1】番組内で太田が支援していた団体へ支援する

 太田が医療支援を行っている動物愛護のNPO、ボランティア団体のうち、番組内で団体名と氏名が紹介されていた方は以下の通り。

◆太田の医院に保護猫の治療に訪れたノッドダフト森 シェリル リンさん
ジャパン・キャット・ネットワーク

◆太田が避妊、去勢手術をするため訪ねた今成貞江さん
『いぬねこの森』

◆多頭飼育崩壊した家にいる犬の去勢手術のため太田を訪ね、のちにその犬たちのためドッグランを作った東江ルミ子さん
『NPO法人にゃいるどはーと』

◆福島で被災動物の保護活動を行う二階堂利枝さん
『NPO法人SORAアニマルシェルター』

 これらの団体では、里親やボランティアなど人員の募集、ドッグフードやキャットフードなど救援物資の募集や募金の呼びかけを行っている。Amazonの「ほしいものリスト」を活用し救援物資を募集している団体や、YouTubeで配信を行う団体もあった。YouTubeはチャンネル登録者数が4,000人を超え、直近の期間で一定数の再生があると収益化もできる。チャンネル登録や視聴の形での協力もあるだろう。

 私はこれら団体のうち、ホームページ上で上記のお名前の確認がとれた団体について、今回の原稿料の半額(全額、と言えないのが心苦しい)を分割し寄付した。

【選択肢2】ふるさと納税で動物愛護のために寄付する
 返礼品が注目されがちなふるさと納税だが、返礼品なしで自治体の抱える社会問題解決のために寄付ができるケースもあり、その中には動物愛護をテーマにしたものもある。まだ数は少ないが、こういった自治体が成果を出せばその流れは波及していくかもしれない。

一例:「殺処分ゼロ」の継続が2020年2月で1400日になった広島県神石高原町の取り組み

【選択肢3】不用品処分で愛護団体の活動資金に
 コロナで巣ごもり生活が続き、自宅の不用品の整理に励んでいる人も多いかと思う。古本等の買い取りを行う株式会社嵯峨野では、CSR活動として古本募金を行う「きしゃぽん」を行っている。送られてきた本やDVDなどの日用品を査定、換金し、換金額を日本動物愛護協会に寄付する取り組みも行っている。寄付金は、飼い主のいない猫の不妊去勢手術の助成や行き場のない動物の新しい家族探しのために使われている。

「きしゃぽん」

 太田は超人だと思うが、最初から超人だったわけではなく、花子と出会い信念が生まれ、ぶれない行動を続けてきたから今があるのだろう。「立派な人もいたものだ」で終わらせず、こんな人がいるのだという衝撃と、こんな人でも日々の積み重ねの上に今の姿があるのだ、ということを忘れずに生活していきたい。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は『夜だけ開く心の診療所  ~生きづらい時代の物語~』。大阪・ミナミの繁華街にある「アウルクリニック」は全国でも珍しい夜だけ診察する精神科診療所だ。さまざまな悩みを抱え夜の精神科を訪ねる患者たちと、彼らと向き合う精神科医・片上徹也の日々。

『ザ・ノンフィクション』18年を共にした愛犬との別れ「花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 後編」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月17日は「花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 後編」というテーマで放送された。

あらすじ

 東京杉並区「ハナ動物病院」の院長、獣医師・太田快作。院名の由来は大学生のときに保健所から引き取った愛犬、花子(18歳)だ。太田は老犬となった花子を大きなリュックに入れ、それを前に抱えて通勤している。

 もともと犬が好きで獣医学科に進んだ太田だが、花子との出会いから徹底的に動物の命について考えるようになる。当時、太田の通った大学の獣医学科では外科実習で保健所の動物を使った動物実験(実験後は基本、殺処分される)が行われていたが、太田はそれを拒否。欧米の大学で一般的な「動物実験代替法」で単位を取得する(なお、同大でも2018年から生体を用いた外科実習は行われていない)。

 太田の動物愛護の活動は現在も続いており、休日は保護猫や多頭飼育で崩壊した家の飼い犬などを無料もしくは実費のみで避妊、去勢手術を行っているほか、東日本大震災とそれにともなう原発事故で被災した犬猫を保護する福島の愛護団体にも定期的に治療のため訪れている。

 花子について「今の僕の全て」「花子が僕をつくった」と話す太田。太田の20代、30代を共に過ごした花子だが、19年の夏の夜に倒れる。花子の腹には小さな腫瘍が見つかるが、もう花子は手術に耐えうる年齢ではなく、最期の日々を太田や看護師たちに囲まれ過ごす。太田は最期は自分やスタッフで看取りたいとカメラが入ることを断り、制作スタッフもそれを了承する。

 数日後、連絡を受けたスタッフが病院に行くと、亡くなった花子の周りを取り囲むように花束が添えられおり、多くの人が病院を訪ねて花子との別れを惜しんでいた。花子は太田の腕の中で息を引き取ったという。

 花子が息を引き取る瞬間にまでカメラが入るのかどうか、前編から気がかりだった。太田は当初はカメラが入ることを了承していたようだが、最期は花子にとっての家族である自分やスタッフたちで見送りたい、と謝罪し、その意志を番組スタッフも尊重していてほっとした。花子の今際の時を映さなくても、この前後編で大切なことはすべて伝わったと思う。

 私もそうだが、番組を見た人のほぼ全員が感じたであろう「太田先生は立派な人だ、感動した」という思いを、そこに留まらせず、行動に移すための選択肢を調べてみた。記載しておきたい。

【選択肢1】番組内で太田が支援していた団体へ支援する

 太田が医療支援を行っている動物愛護のNPO、ボランティア団体のうち、番組内で団体名と氏名が紹介されていた方は以下の通り。

◆太田の医院に保護猫の治療に訪れたノッドダフト森 シェリル リンさん
ジャパン・キャット・ネットワーク

◆太田が避妊、去勢手術をするため訪ねた今成貞江さん
『いぬねこの森』

◆多頭飼育崩壊した家にいる犬の去勢手術のため太田を訪ね、のちにその犬たちのためドッグランを作った東江ルミ子さん
『NPO法人にゃいるどはーと』

◆福島で被災動物の保護活動を行う二階堂利枝さん
『NPO法人SORAアニマルシェルター』

 これらの団体では、里親やボランティアなど人員の募集、ドッグフードやキャットフードなど救援物資の募集や募金の呼びかけを行っている。Amazonの「ほしいものリスト」を活用し救援物資を募集している団体や、YouTubeで配信を行う団体もあった。YouTubeはチャンネル登録者数が4,000人を超え、直近の期間で一定数の再生があると収益化もできる。チャンネル登録や視聴の形での協力もあるだろう。

 私はこれら団体のうち、ホームページ上で上記のお名前の確認がとれた団体について、今回の原稿料の半額(全額、と言えないのが心苦しい)を分割し寄付した。

【選択肢2】ふるさと納税で動物愛護のために寄付する
 返礼品が注目されがちなふるさと納税だが、返礼品なしで自治体の抱える社会問題解決のために寄付ができるケースもあり、その中には動物愛護をテーマにしたものもある。まだ数は少ないが、こういった自治体が成果を出せばその流れは波及していくかもしれない。

一例:「殺処分ゼロ」の継続が2020年2月で1400日になった広島県神石高原町の取り組み

【選択肢3】不用品処分で愛護団体の活動資金に
 コロナで巣ごもり生活が続き、自宅の不用品の整理に励んでいる人も多いかと思う。古本等の買い取りを行う株式会社嵯峨野では、CSR活動として古本募金を行う「きしゃぽん」を行っている。送られてきた本やDVDなどの日用品を査定、換金し、換金額を日本動物愛護協会に寄付する取り組みも行っている。寄付金は、飼い主のいない猫の不妊去勢手術の助成や行き場のない動物の新しい家族探しのために使われている。

「きしゃぽん」

 太田は超人だと思うが、最初から超人だったわけではなく、花子と出会い信念が生まれ、ぶれない行動を続けてきたから今があるのだろう。「立派な人もいたものだ」で終わらせず、こんな人がいるのだという衝撃と、こんな人でも日々の積み重ねの上に今の姿があるのだ、ということを忘れずに生活していきたい。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は『夜だけ開く心の診療所  ~生きづらい時代の物語~』。大阪・ミナミの繁華街にある「アウルクリニック」は全国でも珍しい夜だけ診察する精神科診療所だ。さまざまな悩みを抱え夜の精神科を訪ねる患者たちと、彼らと向き合う精神科医・片上徹也の日々。

『ザ・ノンフィクション』「獣医師と行政が悪い」と語る院長の真意「花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 前編

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月10日は「花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 前編」というテーマで放送された。

あらすじ

 東京杉並区「ハナ動物病院」の院長、獣医師・太田快作。院名の由来は大学生のときに保健所から引き取った愛犬、花子(18歳)だ。太田は老犬となった花子を大きなリュックに入れ、それを前に抱えて通勤している。

 もともと犬が好きで獣医学部に進んだ太田だが、花子との出会いから徹底的に動物の命について考えるようになる。当時、太田の通った大学の獣医学科では外科実習で保健所の動物を使った動物実験(実験後は基本、殺処分される)が行われていたが、太田はそれを拒否。欧米の大学で一般的な「動物実験代替法」で単位を取得する(なお、同大でも2018年から生体を用いた外科実習は行われていない)。ほか、散歩にも連れていかれることがなかった学内の実験動物の待遇向上のため、学内に「犬部」を発足。賛同者を集り、犬部の活動は保護犬の里親探しにまで広がり、のちに本や漫画にもなった。

 太田の動物愛護の活動は現在も続いており、休日は保護猫や多頭飼育で崩壊した家の飼い犬などを無料もしくは実費のみで避妊、去勢手術を行っている。さらにハナ動物病院では犬、猫の保護も行っており、月に一度開催される譲渡会は多くの人でにぎわう。

 花子について「今の僕の全て」「花子が僕をつくった」と話す太田。太田の20代、30代を共に過ごした花子だが、19年の夏の夜に倒れる。花子の腹には小さな腫瘍が見つかるが、もう花子は手術に耐えうる年齢ではなかった。

飼育を放棄、ボランティアにクレームする飼い主

 今回は動物がテーマの回だったが、聖人のような太田から、見るのも嫌になるような飼い主も登場する「人間回」でもあった。

 番組内で、年間4万6,411匹の犬、猫が殺処分されていると伝えられ(18年)、その多くが子猫だという。太田も休日返上で通常2〜1万円程度かかる猫の避妊、去勢手術を保護猫ボランティア活動をする団体と提携し、無料もしくは実費(2,000〜3,000円)のみで行っている。

 そんな中、格安で手術ができることを知った飼い主が、保護猫ではない飼い猫の施術をしにやってきた。だが、迎えに来た時間通りに手術が終わっていないことに対し、感じ悪くクレームを吐く。番組内では、姿も映らず声も変えられていたが、激高するのではなく、不思議なほど偉そうに嫌味なクレームを重ねていて、その振る舞いは日常においても感じ悪く生活しているのであろうことが伝わる。

 さらに、別の飼い主はすでに7匹飼っているため、今回手術した猫を「もしよければ(保護猫団体で預かってほしい)」と、飼育を放棄する。こうしてみると、「動物好きに悪い人はいない」は、ウソではないだろうか。

 犬や猫は一度の出産で数匹産む動物であり、放っておけばネズミ算式に増えていくことを知らないはずがないのに、避妊、去勢手術を行わない飼い主は腹立たしいくらい多い。番組内では、一軒家に71匹もの犬がうろつく、多頭飼育が崩壊した埼玉の老夫婦の様子も伝えられた。犬だらけの家の中の片隅では、生後間もないであろう子犬に乳を与える母犬の姿があった。

 太田は多頭飼育の崩壊について、「悪いのは獣医師と行政です」「(飼い主は素人だから知識がないが、)知識と情報があるにもかかわらず、(飼い主と)関わるのを避けた人間がいる」「(周辺住民から行政へ)苦情も噂もあったはず。把握していないわけがない」と話す。動物愛護センターはこういうときどうしているのか、という番組スタッフの質問に、太田と共に現場を訪れた保護ボランティアの女性が、愛護センターも1年半前から来ていたが、オスとメスを離しなさいと指導するだけだ、と話す。

 「クレームがあったので指導しました」という建前があればいいのだろう。1年半前に手を打てば、まだここまで犬は増えなかったはずだ。ボランティアスタッフも犬に去勢手術を受けさせるため、埼玉から東京にある太田の病院まで2時間かけてトラックで犬を運んでいた。1日かかりきりで10頭を施術しても、まだ埼玉には未去勢の犬が残っている。太田はこれについても、「埼玉の獣医師が一人一匹手術すれば一日で終わる」と話す。

 もちろん、だらしない飼い方をして、増やしに増やす飼い主が一番悪い。だが、そういう人をゼロにすることは不可能だろう。そのストッパーとして、法制度や条例があり行政があるが、それは番組を見る限り十分に機能していない。番組内では、クラウドファンディングで資金を募るとボランティアスタッフが話していたが、そうした「有志」によって現場は支えられているのだ。

動物を前にして出る、その人間の本性

 動物を飼う資格のない人が動物を飼っている現状を見せられしんどい回だったが、一方で太田をはじめ、愛情にあふれた人もたくさん出てきて救われた。太田の病院では保護犬、保護猫の譲渡会を月一回行っており、そこを訪れたある一家は「飼うなら保護犬がよかった」と話し、野犬(人間に一度も飼われたことのない犬)のニコを引き取る。

 太田と看護師とともに一家の自宅を訪れたニコは、初めての場所に椅子の下で少しおびえた様子だったが、それから1年後の写真として、笑顔を浮かべる家族の中心にニコがいる一枚が紹介されていた。ニコは幸福な犬になれたが、動物は飼い主を選べない。

 「道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る」という名言がある。これはガンジーの言葉という説と、そうではない説もあるが名言であることには変わりはない。なにも国に限らず、人間一人ひとりを見ても、弱い立場である動物を前にしたときに出る言動こそが、その人間の本性なのだと思う。

 次週は今回の後編。『花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 後編』。太田が花子を看取るまで。

『ザ・ノンフィクション』人が消えたナイトクラブの苦悩「銀座の夜は いま・・・菜々江ママの天国と地獄」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月3日の放送は「銀座の夜は いま…菜々江ママの天国と地獄」。

あらすじ

 席に座るだけで4万円、月商1億円をはじき出す銀座の一等地にある高級クラブ「クラブNanae」。オーナーママの唐沢菜々江は18歳で埼玉・春日部のスナックで働き、結婚して一度、夜の街から離れるが夫の借金により復帰。22歳で上野のキャバクラでナンバーワンとなり、25歳で銀座のクラブにスカウトされてからは銀座一筋20年だ。

 銀座のクラブは全盛期の半数まで減少しているという。政財界の要人が足を運ぶこともあり、格式を重んじ秘密主義な気風も強い銀座の一方、カジュアルな雰囲気の六本木や歌舞伎町に人が流れている。菜々江は銀座でホステスを目指す人が増えればと、YouTubeに自身のチャンネルを開設し情報発信も行っている。

 菜々江は「クラブNanae」以外にも印刷会社やワインバーなど、5つの会社を展開。さらに銀座で働くホステスのために、時短美容ができるサロンも2020年4月に開業する予定だった。

 しかし20年2月、横浜・大黒ふ頭沖に停泊中のクルーズ船から新型コロナウイルス感染者が出たことから、コロナの脅威と不安が銀座へ徐々に広がりはじめる。クラブNanaeは家賃や従業員の給料など1カ月の固定費だけで2500万円以上かかるため、赤字を1円でも減らそうと当初は店を開けていた。

 しかし翌月3月29日に志村けんさんが闘病の末に亡くなり、コロナをめぐる情勢や心構えは一変する。志村さんは夜の街を愛した人でもあったため、感染源だと疑うウワサもたった。そして3月30日、小池百合子東京都知事によるバーやナイトクラブなど接客業を通じた感染の増加と、そういった場所への自粛を呼びかける会見が行われ、翌日から「クラブNanae」も営業を中止する。

 当初は短期間の休業を想定していたが、4月7日の緊急事態宣言を受け、菜々江はGWまでの休業を決断する。銀座の街からは人が消え、クラブNanaeの3~5月の売り上げは前年同期比で8割以上減、金額にして2.2億円のマイナスという非常に厳しい状況を迎えた。しかし菜々江は「倒産はしません 意地でも」と新型コロナ融資を申し込むなど奔走する。

銀座らしさと型破り、バランス感覚が巧みな菜々江

 菜々江はYouTubeを活用するなど、人々が思い描きがちな「銀座のママ像」からは型破りなことをする一方で、菜々江のファッションやヘアメイクは46歳という年齢にしてはとてもバブリーで、そのため実年齢よりも上に見えた。

 例えば黒の和装のときは、髪をたっぷり膨らませて結う。最近は頭を小さく見せるためすっきりと結ったスタイルを多く見かけるが、ボリュームある菜々江の髪からは風格と貫禄と格式を感じる。それはまさに「銀座」だ。

 29歳からママをはじめ、今も走り続ける菜々江にとっては、「若々しく見せる」ことよりも「銀座のクラブの主としてふさわしい姿でいる」ことのほうが大切なのだろう。YouTubeなど新しいものを取り入れる一方で、自分の見た目はクラシカルで権威と風格を感じさせる「銀座」テイストをしっかり守る。バランス感覚の良さを感じた。

 今回、番組の取材は19年の秋から始まっていた。きっと『ザ・ノンフィクション』取材班は、当初は違う企画で菜々江に密着しようとしていたのだろう。それは多分、“YouTubeも活用する、銀座のママらしからぬオーナーママ・菜々江。時にピンチやトラブルもあるけれど、それを仲間たちと乗り越え、今日も菜々江は愛する銀座の街のため奮闘する”といった筋書きだったのではないか。しかし、コロナという終わりの見えない、想定をはるかに超えた「ピンチやトラブル」に、菜々江も世界中も見舞われることになってしまった。

 2019年の年末、「クラブNanae」を訪ねた客は菜々江のことを「みんなに夢を売って、女の子にも夢を売って、お客さんにも夢を売って」と褒めていた。座るだけで4万円かかる「夢」を成立させ、月商1億をはじき出していたのは菜々江の不断の努力と才覚によるものだろう。

 しかしコロナ禍のもと、直近3カ月の売り上げ見込みは前年比8割減と厳しい状況だ。5月31日まで緊急事態宣言が延長される中、つらく厳しい日々はまだまだ続くだろう。番組の最後、休業中の菜々江は、オンラインで銀座のママと飲む、といったテーマのネット配信をしていた。菜々江に限らず店を開けられないナイトワークの人たちが「オンラインキャバクラ」「オンラインクラブ」を始めたとは見聞きするが、こういった取り組みで得られる金銭的な成果はいかほどなのだろう。

 以前、演出家の松崎文也氏を取材した際、舞台と映画やドラマの違いについて、人は直接目の前で頑張っている人をなかなか嫌いになれないが、レンズを介して見るときはひどく冷静になってしまう(※)と聞いた。私自身、演劇を生で見たときはそれぞれの役者の良さを感じたが、同じ演目をDVDで見た際、この人は踊りがいまいち、この人は歌がヘタ、と見る目が一気にシビアになって自分でも驚いた。

 「画面越しの人を夢中にさせる」のは、とんでもなく難しい。ナイトワーカーの人たちが、それまで目の前の客に提供していたのは、高額な「夢」だ。銀座というステータスや憧れが込みで成立していた夢の世界が、自宅で画面越しになれば、人は自ずと冷静になり、理性が介入しやすくなる。正直、オンラインのナイトワークはかなり厳しいのではないだろうか。

 しかし人間はどんな時代でも適応し変化を遂げてきた。私の悲観的な予測を覆すような画期的で、夢のある痛快なオンラインナイトワークの誕生を願う。

 次週のザ・ノンフィクションは『花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 前編』。野良猫や捨て犬など飼い主のいない動物の治療を積極的に行う獣医師の太田快作。そのきっかけとなったのが18年前に青森の保健所から引き取った犬、花子との出会いだった。先生と花子の日々を見つめる――と、間違いなく号泣回が来るので箱ティッシュを用意しておきたい。

「テレビ・映画」と「舞台」における演技の決定的違いって? 松崎史也氏に聞く!【ヘタの研究】

『ザ・ノンフィクション』鈍感さの弱みと強み「52歳でクビになりました。~クズ芸人の生きる道~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月19日の放送は「52歳でクビになりました。~クズ芸人の生きる道~」。

あらすじ

 小堀敏夫52歳、独身。貯金ゼロ、家賃2万8,000円のアパートに住んでいる。ワハハ本舗に所属する芸人で「ガッポリ建設」というコンビを組んでいるが、相方は今はカタギの仕事についており、実質ピン芸人だ。しかし小堀はネタを書かず、パチスロばかりの生活を送る。収入源は、昨今世間で話題になった「ギャラ飲み」だ。多いときには月15~20回ギャラ飲みをこなし、バイトなしでも生活できているという。

 ワハハ本舗ではお笑いライブが開かれており、売れない芸人たちはネタ見せ会で主宰の喰始(たべ・はじめ)にアイディアをもらって、芸を磨いていく。小堀も参加はするが、その場を「アウェイ」と呼び、やる気はない。長年、小堀のダメっぷりを見逃してきた喰だが、「体調不良」という見え透いた嘘でネタ見せ会のドタキャンを繰り返す小堀に、堪忍袋の緒が切れ、契約解除を通達する。小堀は芸人を辞めず、若手芸人に交じりコンテストに出場したり女装芸人として芸人活動を続けている。

52歳の無名芸人だが悲壮感は皆無

 小堀は、かなりよく言えば遠藤憲一と板尾創路を足して2で割ったような容貌だ。見切り品の弁当とカップ麺という偏った食生活を送っているが、52歳にしては若く見える。

 小堀は、40代まで父親から仕送りを受けていたという。パチスロで全財産が300円になると、後輩芸人に金を借りに行っていた。小堀は、金を借りるのがうまい。「申し訳ない」「情けない」「恥ずかしい」といった感じが一切ないのだ。堂々と、あっけらかんと金を借りる姿には陰鬱さや悲壮感がない。

 小堀には「他人の目を気にする」ことがあまりないのだろう。ワハハ本舗をクビになり女装芸人へ転身しようとゲイバーを訪ねた際も、店のママから履歴書がないことや女装して来ないことを呆れられ、ほぼ門前払いの扱いを受ける。しかし、そこで「気まずいから、あの店はやめてほかのゲイバーに行こう」とは思わず、同じ店に女装姿で再挑戦して採用される。お笑い芸人コンテストに出た際も、自分より二回り近く年下であろう若手芸人たちに臆することなく、「ガッポリ建設を知ってるか」と話しかけ、気まずそうにする若手芸人の様子も意に介さない。

 いい加減でだらしないが、他人の目を気にしない小堀は「鈍感力」が突き抜けているのだろう。番組内で見る限り、小堀はギャラ飲みで大して面白いことを言っているように見えなかったが、「気楽に飲めていい」と思う人もいるのかもしれない。

 しかし、小堀はなぜここまで「鈍感力」が強いのか。喰が小堀に鋭い指摘をしていた。

「(小堀は芸に)興味なんか持ってないじゃない、誰にも、俺にも興味を持ってないと思うよ。興味を持って人と接しろと言ってるの」

 小堀の突き抜けた鈍感力は、あらゆることへの興味のなさからきているのだろう。ストレスは少なそうだし、ちょっとうらやましいほどの鈍感力だが、一方で芸人という職業において、鈍感力が強すぎるというのは問題ではないか。

 小堀は女装してゲイバーで働いた際、帰る客に対し「バイビー」と言い、古いとツッコまれていた。ワハハ本舗のネタ見せ会をドタキャンする際、LINEに「歯が痛くて動けない」の言い訳とともに、土下座する自分の写真をウケ狙いで添付して、喰の逆鱗に触れてしまった。このあたりの「読めなさ」も、相手がどう思うかという人への興味の薄さゆえなのだろう。

 ただ、小堀が喰の教え通りに、芸や人や世の中に興味を持っていくというのは、より感受性を持ち敏感に繊細になっていくということでもある。今から繊細になったところで、現状を知って落ち込んでしまうだけな気もする。「鈍感さ」は小堀の弱点でもあるが、小堀を守ってもいる。

ギャラ飲みで生きていける鈍感さ

 しかし「ギャラ飲み」とは不思議な世界だ。番組内で小堀を呼んでギャラ飲みをしていたのは、小堀より年下の青年実業家だった。おしゃべりがしたかったらスナックやバー、キャバクラなどさまざまな選択肢があるのに、なぜ「小堀とギャラ飲み」になったのだろうか。その接点も動機も気になるところだ。

 昨年、カラテカ・入江慎也の口利きによって反社会勢力のお座敷に呼ばれた、雨上がり決死隊・宮迫博之、ロンドンブーツ1号2号・田村亮が窮地に立たされた。彼らの所属事務所・吉本興業や他事務所を巻き込む大騒動になったが、あの件は呼ぶ側にしてみれば“あの”宮迫や亮を呼べるところに価値があったはずだ。

 そう思うと、芸人として知名度がない小堀がギャラ飲みを成立させているのは偉業だ。番組内では、ギャラ飲みは芸人の本業ではない、といった調子でネガティブ気味に伝えていたが、人の目を気にしない小堀にとって、芸人の本分などどうでもいいのだろう。

 喰は小堀に興味を持つことの大切さを説いたが、52歳の今からないものを培おうとするよりも、持ち前の人並みはずれた鈍感力を武器にサバイブしていったほうがいいのではないかとも思えた。

『ザ・ノンフィクション』現実から逃げる中年と決意するハタチ「余命3年の社長と刑務所を出た男 後編~塀の外の挫折と旅立ち~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月12日の放送は「余命3年の社長と刑務所を出た男 後編~塀の外の挫折と旅立ち~」。

あらすじ

 元受刑者を日本で最も受け入れている札幌市の北洋建設。約50年前から元受刑者を積極的に採用しており、その数は延べ500人を超える。全国の刑務所に同社の採用募集ポスターが貼られ、毎日のように雇ってほしいと手紙が寄せられる。同社社長・小澤輝真(45歳)は、37歳で進行性の難病「脊髄小脳変性症」を発症。現在、医師から余命3年を告げられている。

 小澤は病気のため、話し言葉は鮮明でなく、人の手を借りなければ歩くこともままならない。しかし家族や社員のサポートのもと、自社の採用だけでなく、企業や専門家が一丸となって元受刑者を支援する「職親プロジェクト」を立ち上げ、27もの企業が賛同した。

 しかし北洋建設で雇った元受刑者のうち、9割が長続きしないという厳しい現実がある。番組では2人の元受刑者の同社新入社員にスポットを当てる。一人は窃盗罪で三度の服役経験がある大山51歳。しおらしい手紙で北洋建設の入社を志願するも、わずか5日で失踪してしまう。もう一人は窃盗で少年院から出所した20歳の翔太。真面目な働きぶりが周囲にも評価されるが、彼女が妊娠してしまい……。

「面倒」と「苦手」の境界線~51歳大山の場合~

 大山は採用まではしおらしい決意の手紙を北洋建設に何度も宛てていたが、いざ働きだすと番組スタッフの前で「(この仕事は)持たなそうな気がしますね」と聞かされた側が応対に困るほど軽い感じで話す。ほかにも「(前職の)トラック(運転手)のほうが楽ですよ、ひとりだから」と言い、さらに人間関係が面倒なため「あまり(周囲は自分に)関わらないようにしてほしい」と口から出るのは弱音、愚痴、文句不満だ。

 大山の北洋建設への感謝がなく自分のことばかりな姿勢にイラついたものの、私自身「人間関係が面倒」派なので、大山の言っていることが理解できないわけでもなく、そこがまた恐ろしかった。

 大山のような「人間関係が面倒」なタイプの中には、「人見知り」「コミュ障」「ぼっち」を自称する人も多いし、そうした人への認知度、しいては市民権は特にネット界隈においては10年前より上がった。しかし、そう自称するウラには結局甘えがあるように思う。

 この1カ月で状況がさらに悪化したコロナ禍で不安が募る中、私は久しく連絡を取っていなかった人に「大丈夫?」と連絡したり、ちょっとしたやりとりをすることで随分ホッとできた。不安を抱えたときは人間関係にすがるくせに、そうでないときは「人間関係なんて面倒くさい」と斜に構えていたことが恥ずかしかった。

 大山は大の酒好きというのも、自分と重なりすぎて苦しい。人間関係が面倒な人にとって、人と関わらないといけない生活はしんどいことの連続だ。酔うことでようやくリラックスできるのだろう。しかし、保護観察中の大山は酒を飲むことを禁じられている。社員寮のルームメイトが酒を飲むのを見ないようにと、大山はパズル雑誌を解いていて、その我慢のつらさは酒好きとしてわかるので、見ていて切なかった。

 大山が「人間関係が面倒」なのは事実だと思うが、「苦手」という気持ちも入っているのではないだろうか。「面倒だ」と物事を自分から、わかったような顔で、さも自分の意志で切り捨てるとき、その裏には「それが苦手だ」という思いや、苦手だと思うに至った失敗や挫折の経験があるように思う。

 「面倒」と「苦手」の境界線はあいまいだ。苦手意識にさいなまれ自信や自尊心を失うのは良くない。かといって面倒だと切り捨て投げ出していけば逃げ癖がつく。この塩梅は本当に難しい。

彼女の妊娠で告げられる「子ども時代の終わり」~20歳の翔太の場合~

 今回のもう一人の主人公、少年院から出所した20歳の翔太は、不平不満ばかりの大山に比べ爽やかだ。少年院生活で趣味になった読書の影響もあるのか、自分の状況を冷静に見つめ、言葉にすることができ、番組の最後では「更生はするものじゃなくさせてもらうもの」とまで言う。深く考え続けなければたどり着けない言葉だろう。

 さらに翔太は、友達と再会の機会をつくりめかしこんで会いに行ったりと、人とつながっていこうとする意欲があり、さらには彼女も作ったりと行動力もある。いわゆる「地方のヤンキー」風情の翔太だが、コミュ力、行動力は高い。所属欲求を大切にする翔太は大山のような「人間関係なんて面倒くさい(≒苦手だ)」という感覚はあまりないのだろう。

 そんな翔太は一方で、慎重さがすっぽ抜けているというか、短絡的なところも同時に持っている。少年院に入ることになったきっかけも、「会社の車を盗む」という、向こう見ずな犯罪だ。出所後も、彼女が妊娠したとき、翔太は番組内で明らかに苛立っていた。全国の視聴者が「妊娠に困るくらいなら避妊しろ」とツッコんだと思う(避妊の失敗なのかもしれないが)。

 20歳で父親になると言われ、本心から喜べる男性はそう多くはないだろう。20歳は成人したとは言え、まだまだ自分の成長や未来のことだけ考えていたい年頃であり、その意味でまだ子どもだ。しかし、翔太は彼女の連れ子も含め子ども二人の「親」にならねばならない。迷った末に居心地のよかった北洋建設を退社し、彼女の待つ青森に戻る翔太は「不安はありますね、頑張るしかないですね」と話す。

 小澤が関わる受刑者支援のプロジェクトの名称は「職親プロジェクト」だが、企業が親になり、働くことを通じて元受刑者たちを大人へと成長させていく、という思いや願いを感じる。翔太も北洋建設という「親」のもと、大人への日々を、もっとゆっくり歩んでいくのがよかったのだろう。しかしこうなった以上は仕方ない。

 番組内では、北洋建設が開催する毎年恒例の新年会の模様も放送された。そこには元社員の姿もあった。「卒業生」の更生した姿は、小澤をはじめ北洋建設社員の喜びであり、そして、古巣にカタギの元気な姿を見せることができる「卒業生」にとっても誇りであるはずだ。それをモチベーションに、翔太もこれから果てしなく続くように見える生活から逃げないでほしいと願う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「52歳でクビになりました。~クズ芸人の生きる道~」ワハハ本舗所属の芸人・小堀敏夫52歳。芸歴30年。芸人として何一つ努力せず、毎日パチスロばかり、ギャラ飲みで生計を立てている。やる気のない小堀をワハハ本舗、主催の喰始(たべ・はじめ)は長年見逃してきたのだが……。先週、今週、来週と『ザ・ノンフィクション』十八番の「ダメ中年」シリーズが続く。

『ザ・ノンフィクション』出所後、カタギになる難しさ「余命3年の社長と刑務所を出た男 前編~塀の外の夢と現実~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月5日の放送は「余命3年の社長と刑務所を出た男 前編~塀の外の夢と現実~」。

あらすじ

 元受刑者を日本で最も受け入れている札幌市の北洋建設。約50年前から元受刑者を積極的に採用しており、その数は延べ500人を超える。全国の刑務所に同社の採用募集ポスターが貼られ、毎日のように雇ってほしいと手紙が寄せられる。同社社長・小澤輝真(45歳)は、37歳で進行性の難病「脊髄小脳変性症」を発症。現在、医師から余命3年を告げられている。元受刑者を支援し続けた小澤の父親も同じ病で50歳で亡くなった。

 小澤は病気のため、話し言葉は鮮明でなく、人の手を借りなければ歩くこともままならない。入院を余儀なくされ、退院時にはビニール袋いっぱいの薬を渡される現状だ。しかし周囲のサポートのもと、自社の採用だけでなく、企業や専門家が一丸となって元受刑者を支援する「職親プロジェクト」の活動も続ける。

 しかし北洋建設で雇った元受刑者のうち、9割が長続きしないという厳しい現実がある。北洋建設に入社した51歳の木村は、ギャンブル依存で金欲しさからコンビニ強盗を起こし、服役期間中に両親が亡くなった過去がある。更生を誓い中古のパソコンを買い、刑務期間中に取得した日商簿記2級を生かして、税理士の受験資格を得るために簿記1級の勉強に励むが……。

再犯率48.8%、再犯者の7割は犯行時に無職――彼らを支援する人たち

 『ザ・ノンフィクション』では、出所後の元受刑者や、彼らを支援する人をテーマにした回をよく放送している。昨年4月には、カタギを志した元ヤクザ・タカシが覚せい剤で挫折するまでを追った「その後の母の涙と罪と罰」、同9月は“最凶”の半グレ集団「怒羅権(ドラゴン)」の創設メンバーで、現在は元受刑者の支援を続ける男を追った「半グレをつくった男 ~償いの日々…そして結婚~」がある。

 こういった番組を見て思うのは、支援する側の人並み外れた使命感や辛抱強さだ。北洋建設でも受け入れた社員のうち9割は長続きしない。支援する側にしてみれば手間が失望で終わることも多い、気が遠くなることばかりで、気が滅入ることも多い仕事だろう。

 小澤は余命3年を告げられている中、マンションなど私財を売ってまで支援活動を続けている。小澤は「世の中で一番大事なのは自分なんですよ。自分を助けるためには奥さんがいてくれた。同じように困っている人がいるのだから(助けたい)」と話す。

 小澤は立派な人だ。そして、小澤の生活を支える妻や、活動に励む息子を応援する母親、そして小澤の秘書で自身も元受刑者であった谷など、周囲で小澤の活動をサポートする人たちも偉大だと思う。また、小澤自身この活動に人生を捧げているのも、先代の社長である小澤の父親が受刑者を支援する姿を見てきたからだ。偉大な人が一人いるとき、その人を支える人など、周囲には何人もの「ほかの偉大な人たち」がいる。

 北洋建設に新たに入った木村は、税理士を目指すべく励んでいたが、仕事で椎間板ヘルニアになり、生活保護をもらうため北洋建設をいったん退社する。しかし生活保護を申請したわずか1週間後に万引きで捕まってしまう。

 木村は「悪人」という感じはまったくしない。両親の死に目に会えず、父親が焼かれた棺の中に入っていた100円玉を大事に取っていて、当初は更生の意志を見せていた。

 昨年4月の『ザ・ノンフィクション』で登場した、覚せい剤で捕まったタカシも悪人という印象はなかった。木村もタカシも口調などからは、むしろ「感じがいい人」とすら思えた。

 では、再犯してしまった木村やタカシと、そうではない人は、どこが違うのだろう。私は番組を見ていて、木村もタカシも「面倒くさがり」かつ「諦めがよすぎる」ように見えた。せっかくつかんだ更生のチャンス、貴重な手を差し伸べてくれる人とのつながり、日々仕事をして生活していくこと――これらを維持していこうというモチベーションが弱く、面倒くささが先に立ってしまっているように見えた。

 さらに、諦めがよすぎる。困難が訪れた際に、それを抱え続けていくことができず、結局、今まで通り「面倒くささから逃げる」道を選んでしまっているようにも見えた。

 “反社会性”の原点は、半グレやヤクザといった「ワルへの憧れ」や悪事そのものではなく、「面倒くささ」から来ている人も、一定数いるのではないだろうか。特に、ある程度年齢を重ねた人間の場合は、「ワルへの憧れ」なんていうことよりも「面倒くささ」のほうが強いように思える。

 木村は同じ店で連日万引きをして捕まった。捕まえてくれ、と言わんばかりの行動に谷は「正直に言ってくれたら協力できることはあるのにね」と諦め気味に話す。ただ、木村にしてみたら「正直に自分のつらさを周囲に訴える」ことは面倒くさく、それよりも、万引きするほうが「ラク」なのだろう。カタギになるというのは、それまでの生活からの「変化」を伴う。面倒くさがりな人間にとって「変化」はすさまじい難敵だろう。

 私自身、面倒臭がりで、すぐ嫌になりがちなので木村やタカシには似たものを覚えている。しかし「面倒臭がり」「諦めがよすぎる」性格は本人の想像以上に自分の心を蝕んでいき、さまざまなものを失っていきやすいのだと、恐ろしさで背筋が伸びた。面倒臭さから逃げない小澤の生き方と、彼を支援する人たちを見て、ますます背筋が伸びる思いだ。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の後編。『余命3年の社長と刑務所を出た男 後編 ~塀の外の挫折と旅立ち~』。北洋建設に入社した更生を誓う50代と二十歳の新入りにフォーカスを当てる。

『ザ・ノンフィクション』東京には何かがある「夢と涙の六本木 ~モモとチャムの上京物語~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月29日の放送は「夢と涙の六本木 ~モモとチャムの上京物語~」。

あらすじ

 夜の六本木で働くために上京した二人の19歳女性。香川から上京し、ダンサーとして働くため祖父の家で暮らすモモ。家族仲は良好だが、小・中学校でいじめられたことがあり、コミュニケーションに苦手意識がある。職場のショーホールでも「ぼっち」でいることが多く、午前1時に閉店してからも店で始発を待つことすら気まずく、遠くのファミレスまで夜の街を歩く。そんなモモに先輩のしおりが声をかける。

 もう一人の主人公は栃木から上京したチャム。両親が幼い頃に離婚し、母親が家を出ていた時期もあり「自分は母に捨てられた」という思いを抱えている。チャムは中学の時から家に帰らず、年齢を偽りキャバクラで働き、友達の家で過ごしていた。指にある入れ墨のために普通の飲食店では働けず、六本木で働く。しかし母親とのわだかまりを解消しないと前に進めないと栃木へ帰省するが……。

上京したての若者の孤独――自分以外が皆、華やかに見える

 モモははいじめに遭った過去があり、就職先のショーホールでもなかなか人の輪に入れない。『ザ・ノンフィクション』ではこういった居場所のない若者に対し、世話焼きの気のいい先輩が出てくるケースが多いが、今回のしおりもいい先輩だった。しおり自身も宮城から上京している。

 しおりは「このままいったときに(モモは)誰にも何も聞けなくなったりとか、自分が行き詰まったときに誰も味方してくれないということになりかねない」とモモを案じる。しおりは聞き上手で、モモの話をうんうん、とただ聞いていた。しおりの包容力を前に、モモはいじめられた過去や、部活動などもしておらず、先輩に対して何が失礼かどうかもわからず輪には入れない、一緒に暮らすおじいちゃんにも香川の友達や家族にも心配かけるから言えなかった、と気持ちを涙ながらに吐露していく。そんなモモの話をしおりは聞きつつ「自分から距離をつくることは相手も近づいてはくれないから」と金言を繰り出す。その後番組の最後では同僚と笑顔で会話するモモの姿が見られた。しおりのような知り合いが私も欲しい。

 就業や就学で上京したての若者の孤独感は独特だ。「若者=生きてるだけで楽しい青春の日々」というイメージだけはあるが、現実はどうってことのない日々が続く人の方が多いはずだ。しかし「若者=青春」の華やかなイメージだけはあるので、周りの若者は皆要領よく楽しそうに華やかに過ごしているのになぜ自分だけ冴えないのだろう、こんなはずでは、と焦燥感を募らせる人もいるはずだし、私自身そういう若者だった。

 今だとSNSで他人のリア充ぶりがこれでもかと目に入ってくるので、今の若者の孤独や焦燥感は10年前の若者より強いかもしれない。しかし、いじけているだけではしおりの言う通り、相手も近づいてくれないのだ。まずは居場所をつくるスタートを切れたモモを見て安心した。

 もう一人の主人公、チャムは上京したものの母親に対する積年のわだかまりや寂しさにキリをつけないことには前に進めないと判断したのか、帰省し思いの丈を母親に訴える。しかしその時は夕飯時だったようでチャムの母親の前にはジョッキがあり、おそらく母親は、チャムの重大な告白を酔いが回った状態で聞いたのではないだろうか。

 酒が入っている相手に「相手を責める要素の入った非常にデリケートな話をする」のは、タイミングとしてはかなりまずい。母親自身も昔はやんちゃだったとあり、チャムの告白で母親はかなりの逆ギレ状態になり、売り言葉に買い言葉の罵り合いに発展。最悪な形で告白は終わった、かのように見えた。

 しかし母親は後日、チャムに手紙を送っていた(チャムに対する謝罪というより、チャムの気持ちもわかる、という体だったようだが)。しかしその手紙でチャムは満足だったのだろう。番組の最後ではチャムが指の入れ墨を消そうと病院を訪れた際、母親が付き添っており、親子関係には歩み寄りが見られたようだ。もうちょっと穏やかな感じで行けないのだろうかといち視聴者として思うが、親子や夫婦関係といったディープな人間関係においては、当事者が互いに納得しているのならば、結局はそれでいいのだろう。

「東京」の力は今の若者にも顕在だった

 私は上京して20年を超えるが、当時と違い、今は地方と東京で買えるものに差はなくなった。また、ネットサービスの普及や進歩で地域の娯楽・文化格差も弱まり、地元にいるほうが金がかからず快適な暮らしができると考える人も増えたと思う。そんな中でもモモとチャムは上京してきた。まだ東京が必要な若者もいるのだ。

 個人的に初めて六本木に行ったときは、駅前にある首都高の高架が視界をふさぎ薄暗いせいもあって、「大したことないじゃん」と思ったものだ。しかし銀座四丁目の和光の時計台、新宿西口の高層ビル群、丸の内の瀟洒な高層ビルと石畳の道を見たときは、「東京ってなんてきれいなんだろう」と興奮したのを今でもはっきり覚えている。この間、夜の銀座に行ったらいまだにドキドキして、気持ちが色褪せてないことがうれしかった。ピチカート・ファイヴの名曲「東京は夜の七時」は、このワンフレーズだけで東京の「何かいいことがありそう」感があふれている。

 かつて母親と東京の街をドライブしていた際、母親が高層ビル群を見て「こんなところで働いていたら自分を偉いと勘違いしそうだ」とつぶやいていたのが印象的だった。確かに東京は人を勘違いさせる側面もあるだろうが、勘違いさせるほどの何かがある街とも言える。

 次週のザ・ノンフィクションは『余命3年の社長と刑務所を出た男 前編~塀の外の夢と現実~』。元受刑者を最も受け入れている北海道・札幌市の北洋建設。約50年前から元受刑者を積極的に採用し、その数は延べ500人を超えるという。同社社長の小澤輝真(45歳)は進行性の難病「脊髄小脳変性症」を発症し、余命3年と言われる中で、採用活動を続けている。小澤の活動と、小澤のもとで働くことになった元受刑者を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』日光さる軍団で働く新人1年生「就職先はさる軍団 ~師匠と弟子と新入社員~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月22日の放送は「就職先はさる軍団 ~師匠と弟子と新入社員~」。

あらすじ

 猿と家族同然に過ごし、師匠から弟子へ受け継がれてきた伝統のスタイルも今や昔。「日光さる軍団劇場」を運営する株式会社モンキーエンタープライズは、週休2日と働き方改革に対応している。2019年春に7人の新入社員が入るが、早々に2人脱落していた。

 新入社員は同社のボスでもあり、“反省ザル”次郎と共に一世を風靡した村崎太郎氏を怖がっている。週2回、会社で行われる宴会では、酔った太郎のご高説を、固まった表情で聞く。20歳すぎの彼ら彼女らはテレビ出演も多かった反省ザルの頃の太郎を知らない。

 一方で、そんな新入社員を指導する41歳のゆりあも苦労する。ゆりあ自身は、しごかれ、泣けばそれをさらに厳しく叱責されるという厳しい環境下で芸を磨いてきた。しかし、伝統芸を受け継ぐというより、会社に入社する感覚の今の若手社員に、これまでのやり方が通じないことも理解している。模索しながらの指導が続くも、ゆりあの情熱は徐々に新入社員に伝わっていく。

 新入社員の一人、夢子は猿回しについて「稽古で10割(猿が)できても舞台では6割」と、動物芸ならではの難しさを話す。入社から約1年後、新入社員のお披露目の場となる新人公演が始まるが……。

頑張っても報われるとは限らない仕事

 今回は、働く大人が忘れかけそうな“初々しさ”を思い出させてくれる良回だった。日光さる軍団に新入社員で入った、面倒を避けたがる覇気に欠ける若者たちが、1年をかけて仕事に情熱を注ぐ社会人のキリッとした顔つきに変わっていく。

 新入社員の一人、吉澤は人との交流が苦手で、観光牧場への就職を希望していたがかなわず、さる軍団の「飼育係」希望で入社した。週末に一人でゲームをするのが楽しみな今どきの青年だったが、ゆりあの指導で火がつき、休日も稽古に勤しむようになる。

 新人公演の日は、吉澤の両親も遠方から駆けつけた。しかし、ほかの新入社員が猿を連れて並ぶ中、吉澤のパートナーである猿のなごみちゃんだけは満員の客席にパニックになってしまう。当たり前だが猿にも性格があり、なごみちゃんは臆病なのだ。あわてふためく様子を愛嬌だと笑っていた客も、それが数分続けばざわついてくる。

 吉澤のデビューは「何もできない」という非常にほろ苦いものとなった。公演を終え、肩を落とす吉澤を太郎は抱きしめ「悔しがれ、いっぱい悔しがれ、負けんなよ。お前自身に負けんなよ」 と太郎自身も涙する。頑張ったところで報われるとも限らないのが仕事だ。そもそも仕事に限らず人生のすべてが頑張ったから報われるとは限らない。ツラく、しんどいことも多い。しかし、悔しいと思える機会すらない状態、諦めの日々をただ過ごすことのほうが「負け」なのではないかと、悔しがる吉澤の姿を見て感じた。

 なお、番組の最後では最近撮影された、吉澤となごみちゃんの猿回しの様子が流れた。なごみちゃんは見事に舞台でハードルの幅跳びをジャンプを決めて喝采を浴びていた。吉澤もなごみちゃんも負けなかったのだ。

 同じく新入社員の夢子はパートナーとして、新人には少々扱いづらい6歳の発情期のオス「はん君」を選ぶ。夢子は早く舞台に出たがっていたが、高尾山さる園での初公演ではん君は何もしてくれず、夢子のデビューもほろ苦いものとなった。しかし、その後の新人公演ではん君は夢子の掛け声に合わせてバク転5連続を華麗に決めた。

 夢子が社会人になって初めての帰省では、母親に女の子からファンレターをもらったことなどを話していた。その後、夢子は旧友と再会し、大学生の友人の一人は夢子の仕事ぶりに涙していた。一足先に大人になった夢子がまぶしかったのだろう。新人の夢子にとっても、母親や友人に、自分のここ一年の軌跡を話せたことは、強い励みになったはずだ。

 日々の暮らしの中で、自分の仕事の話をする人が少ないように思う。特に年を重ねた人ほど少ない。それでも誰かに聞いてもらいたい気持ちがあるから、愚痴や自慢を聞いてくれるキャバクラやスナックは潰れないのだろう。「仕事でこんなことをした」「頑張ったね」と仕事の話を上手に聞いて、聞かれてという行為がもっと自然になれば、心の調子を崩す人は減るのではないかと、私は思っている。

 なお、モンキーエンタープライズのホームページを見ると、日光の劇場以外でも、上野公園など関東を中心に路上公演を行っている。夢子や吉澤の活躍も見られるかもしれない。

 次週のザ・ノンフィクションは今週同様若者の新生活をテーマにした『夢と涙の六本木 ~モモとチャムの上京物語~』。夜の六本木でダンサーとして働くため香川から上京したモモと、中学生の時、年齢を偽りキャバクラでアルバイトをしていた栃木から上京したチャムの話。

『ザ・ノンフィクション』金を稼いでほしい/話を聞いてほしい――夫婦それぞれの主張「3つの病と闘う怜奈~結婚5年目のさざ波~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月22日の放送は「3つの病と闘う怜奈 ~結婚5年目のさざ波~」。

あらすじ

 福田怜奈33歳。幼少期の頃からさまざまな病気を抱え暮らしてきた。今、怜奈を苦しめている病気は脳脊髄液減少症(外出時に杖がいる。定期的な点滴も必要)、反応性低血糖症(血糖値の乱高下が激しく、超糖質制限のある暮らし)、難治性重症便秘症(薬ナシでは便通が難しい)の3つだ。

 怜奈は自身の経験をもとに低糖質スイーツを開発、販売する会社を興すも、自分の給料すら払えない生活が続く。体調不良を押して仕事に邁進する怜奈を、結婚5年目の夫・竜平は支えつつ不満も覚えている。一方の怜奈は、自分が体調不良の際にもう少し竜平に構ってほしいという不満がある。番組の最後で、怜奈は竜平に自分の考えを訴えるが……。

「仕事で金を稼いでほしい」「話を聞いてほしい」双方の主張

 結婚5年目、微妙にギクシャクしている夫婦がそれぞれに抱える主張は、このようなものだ。

竜平:仕事で金を稼げるようになってほしい
怜奈:体調が悪いときにちょっと話を聞いてほしい。「俺に言ったって治んないよ」と言わないでほしい。

 番組を見ている限り、この二人の主張は竜平の言い分のほうが納得できる。というのも、怜奈は無理の利かない体調を押して次々に事業を展開するものの、それで稼げているわけでもない“手弁当”状態だ。無理のし過ぎでさらに体調を崩しているのでは、とも見えるシーンもあった。現状では怜奈の治療費は竜平が出している。竜平の主張としては「金を稼げるようになってほしい」だが、「金を稼げない仕事で体調を崩す状況はいかがなものか(無理をしない範囲で仕事をしたほうがいいのではないか)」という、心配のほうが大きいように見えた。
 
 この二人のぼんやりとした食い違いは、どう解決するのか。番組の最後で怜奈は「(怜奈自身が体調不良の際)騒がれてうっとうしいのはわかるんだけど『はぁ』みたいなのは、ちょっと傷つく。横になってテレビ見て、夜中、ゲームの時間を1分だけちょうだい」 と訴える。そして竜平は、自身の「仕事で金を稼いでほしい」という要望が受け入れられているとは思い難い状況下で、この主張を受け入れた。

 この結果になったのは怜奈の理屈以外の交渉術の巧みさだろう。その“うまさ”とは、上記の怜奈の訴えにも表れている。「ソファーでテレビやらスマホやら、いつも随分忙しいですね」といった嫌味がまったくなく、相手を立てている。内容だけでなく話し方もゆっくりと間を取っていて、頭に血が上った状態で話していないのだ。家でスマホにうつつを抜かしている男性にイラついている女性は全国に数多いるだろうが、この怜奈のテンションで「交渉」できる人はかなり少ないと思う。

 番組内で怜奈は超低糖質のクリスマスケーキを製造し、販売するだけでなく希望者に無償で配る企画も行っていた。

 事業を興して日が浅いときや自信のないときほど、「タダで働く」ことに手を出しがちで、私も関わっていた事業に「タダで」参画したことがあるが、その経験から、それはやってはいけないと思っている。「タダ」は次にまったくつながらない、とまでは言わないが「タダだから」利用する人も多く、結局は自己満足で終わると学んだからだ。

 怜奈のケーキを無償で受け取った母親の一人は、ケーキを食べさせたいと思っていた息子はイチゴが嫌いだと、受け取り時に話す。だが、怜奈のケーキは中にイチゴクリームがサンドされており、結局、息子はクリームのピンク色が見えただけで嫌がって口にしなかった。イチゴが嫌いなのだから仕方ない。イチゴクリームがサンドされていることを怜奈側が伝えていなかったのか、母親側がチェックしていなかったのかはわからないが、これがもし「有償」であったら、事前に双方がもっと細やかにチェックし、対応できたはずだ。

 「タダ」は提供する側・受け取る側、双方の判断が甘くなりがちになる。そして互いがそんな甘い状況下で進んだ物事は、本来目指すべき次のステップである「お金が絡んだ局面」の参考にならないのだ。お金が絡んだほうが両方に良い意味での緊張感が走る。

 番組の最後で、怜奈は自分の治療費くらいは稼ぎたいと話していた以上、「無償」はやめたほうがいい。竜平が指摘する通り、金を受け取らなければ仕事ではない。怜奈は自分の給料を回して事業を手広くしようとするより、対価をしっかり受け取る覚悟を決めるほうが得るものは大きいのではないかと思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「就職先はさる軍団 ~師匠と弟子と新入社員~」。猿と家族同然に過ごし、師匠から弟子へ厳しい指導で受け継がれてきたスタイルも今や昔、「日光さる軍団劇場」を運営する株式会社モンキーエンタープライズは週休2日と働き方改革にも対応している。同社に入社した今どきの若者はどう成長していくのか?