『ザ・ノンフィクション』人の死を待つ移植待機患者の葛藤「私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~ 前編」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月15日は「私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~ 前編」というテーマで放送された。

あらすじ

 難病により心臓移植を待つ2人と、その家族に焦点を当てた回。

 容子51歳(取材時、2018年時)は42歳の時に心臓が肥大化し、血液を送り出す心臓のポンプ機能が低下してしまう原因不明の難病、拡張型心筋症を発症する。悪化すると心臓移植しか手段がない。容子は補助人工心臓(VAD、通称バド)の入ったリュックを常にしょいながら心臓移植を待つ日々を送る。

 容子はもともと夫と息子、娘と暮らしていた。しかしVADの機械トラブル時に介助者が対応できるよう、現在はVADの研修を受けた両親とともに実家で暮らしている。容子は心臓移植について「亡くなった人の命をもらうという、そういうところでの葛藤というのは全く考えない人はいないと思うんだよね。その人の命を自分は……、亡くなるドナーが出るのを待っているのか……」と番組スタッフに思いを話す。

 容子と同じ拡張型心筋症で、患者会で交流を続ける平澤弘章(当時41歳)は、VADをつけた生活が2年半になる。平澤の妻・友子は、平澤の病気を知ったうえで結婚した。友子は「(知り合いの家族が言っていたが、VADをつけて)2年くらいは皆さん元気なんですって。なにごともなく。でも3年目からいろいろ出てくるらしくて」と胸中を話す。なお、心臓移植の平均待機年数は現在約6~8年という。

 平澤は、VADの刺入部(体にケーブルが刺さっている部分)からさまざまな菌に感染してしまい、入院生活が長引く。もともと平澤と友子は2人で暮らしていたが、平澤がVADをつけてからは平澤の両親と同居している。しかし平澤が入院することも多く不在がちの生活で、友子と義両親の折り合いが悪くなり、友子は実家に戻る。退院に望みをかける平澤はVADの交換手術を受けるが、10時間の手術の後、3日たっても目覚めない。

 私事だが足の指を骨折し治療中だ。足の指の骨折と拡張型心筋症は病気のレベルが全く違うが、医師から、骨折した部位は抵抗力が弱まっており、さまざまなものに感染しやすいから清潔にしておくようにと言われた。

 病気、ケガになると「患部を元の状態に回復させる」という主目的以外に、「抵抗力が落ちたことでの二次感染を防ぐ」という二つのケアが必要になる。今回の番組を見ていて、病気そのものの困難さだけでなく、二次感染、そして二次被害の困難さ、大変さを思った。

 二次被害とは平澤がVADとの刺入部から菌に感染したようなことだけではなく、「病気とは直接的に関係ないトラブル」も含まれる。

 友子は夫・平澤と2人暮らしだったが、平澤がVADを入れて以来、夫の両親と同居している。ただでさえ、義両親と暮らすことを歓迎する嫁は少ないはずだ。さらに平澤は長期入院中であり、義両親との関係はギクシャクしていき、最終的には同居解消になる。

 一方、容子は息子が小学校6年のときに拡張型心筋症を発症する。それまで野球少年の息子のためボリューム満点のお弁当を作っていたのだが、容子の病状は年々悪化し、病院で過ごす日々の方が長くなっていく。

 なお、容子の娘は「ママに何かあったらどうしよう」といつも部屋で泣いていて、小学校3年頃から中3まで不登校だったという。容子は「ほかのことは『ごめんなさい』でどうにか通してきたけれども、あぁこの子(娘)の一日一日は今しかないなぁ、と思うと……」と、娘のそばで生活できないことへの思いを話す。

 4人兄弟の長女で病気前は音楽教室を開くなど、見るからに面倒見がよさそうな容子が、闘病のために自分の子どもたちと共に過ごせない無念を思うと切ない。病気は病気そのものの困難さだけでなく、病気に伴うさまざまな困難を本人と家族に引き連れてくる。

 なお、日本では1997年に臓器移植法が成立し脳死後の臓器提供が可能となり、99年、初の臓器移植手術が行われた。脳死の定義について日本臓器移植ネットワークのホームページでは「脳死とは、脳の全ての動きがなくなった状態です。どんな治療をしても回復することはなく、人工呼吸器などの助けがなければ心臓は停止します。回復する可能性がある植物状態とは全く別の状態です」と記載されている。

 日本はドナー提供者の数と移植希望者の数に開きがあり、心臓移植待機患者886人(2020年10月末時点)に対し、19年の心臓移植数は84例にとどまると紹介されていた。容子は看護学生を前にした講演の際、臓器提供意思表示カードについて「(臓器を)『あげたい』『あげたくない』『もらいたい』『もらいたくない』どの選択も意思として等しく尊重される権利が保障されています」と話した。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の続編。待機生活が5年を超え、移植の順番が近づいてきた容子だったが、心が深く傷つくような出来事が起きてしまう。

臓器移植ネットワークホームページ

『ザ・ノンフィクション』人の死を待つ移植待機患者の葛藤「私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~ 前編」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月15日は「私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~ 前編」というテーマで放送された。

あらすじ

 難病により心臓移植を待つ2人と、その家族に焦点を当てた回。

 容子51歳(取材時、2018年時)は42歳の時に心臓が肥大化し、血液を送り出す心臓のポンプ機能が低下してしまう原因不明の難病、拡張型心筋症を発症する。悪化すると心臓移植しか手段がない。容子は補助人工心臓(VAD、通称バド)の入ったリュックを常にしょいながら心臓移植を待つ日々を送る。

 容子はもともと夫と息子、娘と暮らしていた。しかしVADの機械トラブル時に介助者が対応できるよう、現在はVADの研修を受けた両親とともに実家で暮らしている。容子は心臓移植について「亡くなった人の命をもらうという、そういうところでの葛藤というのは全く考えない人はいないと思うんだよね。その人の命を自分は……、亡くなるドナーが出るのを待っているのか……」と番組スタッフに思いを話す。

 容子と同じ拡張型心筋症で、患者会で交流を続ける平澤弘章(当時41歳)は、VADをつけた生活が2年半になる。平澤の妻・友子は、平澤の病気を知ったうえで結婚した。友子は「(知り合いの家族が言っていたが、VADをつけて)2年くらいは皆さん元気なんですって。なにごともなく。でも3年目からいろいろ出てくるらしくて」と胸中を話す。なお、心臓移植の平均待機年数は現在約6~8年という。

 平澤は、VADの刺入部(体にケーブルが刺さっている部分)からさまざまな菌に感染してしまい、入院生活が長引く。もともと平澤と友子は2人で暮らしていたが、平澤がVADをつけてからは平澤の両親と同居している。しかし平澤が入院することも多く不在がちの生活で、友子と義両親の折り合いが悪くなり、友子は実家に戻る。退院に望みをかける平澤はVADの交換手術を受けるが、10時間の手術の後、3日たっても目覚めない。

 私事だが足の指を骨折し治療中だ。足の指の骨折と拡張型心筋症は病気のレベルが全く違うが、医師から、骨折した部位は抵抗力が弱まっており、さまざまなものに感染しやすいから清潔にしておくようにと言われた。

 病気、ケガになると「患部を元の状態に回復させる」という主目的以外に、「抵抗力が落ちたことでの二次感染を防ぐ」という二つのケアが必要になる。今回の番組を見ていて、病気そのものの困難さだけでなく、二次感染、そして二次被害の困難さ、大変さを思った。

 二次被害とは平澤がVADとの刺入部から菌に感染したようなことだけではなく、「病気とは直接的に関係ないトラブル」も含まれる。

 友子は夫・平澤と2人暮らしだったが、平澤がVADを入れて以来、夫の両親と同居している。ただでさえ、義両親と暮らすことを歓迎する嫁は少ないはずだ。さらに平澤は長期入院中であり、義両親との関係はギクシャクしていき、最終的には同居解消になる。

 一方、容子は息子が小学校6年のときに拡張型心筋症を発症する。それまで野球少年の息子のためボリューム満点のお弁当を作っていたのだが、容子の病状は年々悪化し、病院で過ごす日々の方が長くなっていく。

 なお、容子の娘は「ママに何かあったらどうしよう」といつも部屋で泣いていて、小学校3年頃から中3まで不登校だったという。容子は「ほかのことは『ごめんなさい』でどうにか通してきたけれども、あぁこの子(娘)の一日一日は今しかないなぁ、と思うと……」と、娘のそばで生活できないことへの思いを話す。

 4人兄弟の長女で病気前は音楽教室を開くなど、見るからに面倒見がよさそうな容子が、闘病のために自分の子どもたちと共に過ごせない無念を思うと切ない。病気は病気そのものの困難さだけでなく、病気に伴うさまざまな困難を本人と家族に引き連れてくる。

 なお、日本では1997年に臓器移植法が成立し脳死後の臓器提供が可能となり、99年、初の臓器移植手術が行われた。脳死の定義について日本臓器移植ネットワークのホームページでは「脳死とは、脳の全ての動きがなくなった状態です。どんな治療をしても回復することはなく、人工呼吸器などの助けがなければ心臓は停止します。回復する可能性がある植物状態とは全く別の状態です」と記載されている。

 日本はドナー提供者の数と移植希望者の数に開きがあり、心臓移植待機患者886人(2020年10月末時点)に対し、19年の心臓移植数は84例にとどまると紹介されていた。容子は看護学生を前にした講演の際、臓器提供意思表示カードについて「(臓器を)『あげたい』『あげたくない』『もらいたい』『もらいたくない』どの選択も意思として等しく尊重される権利が保障されています」と話した。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の続編。待機生活が5年を超え、移植の順番が近づいてきた容子だったが、心が深く傷つくような出来事が起きてしまう。

臓器移植ネットワークホームページ

『ザ・ノンフィクション』元日本ボクシング連盟終身会長・山根明の今「たたかれても たたかれても… ~山根明と妻のその後~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月8日は「たたかれても たたかれても… ~山根明と妻のその後~」というテーマで放送された。

あらすじ

 2018年に世間を賑わせた元日本ボクシング連盟終身会長・山根明は今、大阪・生野で、渦中の山根を支えた妻の智巳と今も暮らしている。80歳の山根、52歳の智巳の年の差夫婦だ。

 智巳は韓国出身で、韓国が経済危機に陥った23年前、夫の会社が倒産し、家族を国に残して大阪のスナックへ出稼ぎにきた。のちに夫とは離婚し、娘を女手一つで育て上げる。山根とは10年前、店に客としてやってきたことで出会う。現在、智巳は近所のクラブのオーナーママで、店では山根と夫婦漫才のノリで連日メディアに追われた日々を話し、それが店の売りの一つにもなっている。

 山根は1939年に堺で生まれる。終戦の1945年に韓国人の母とともに韓国に渡るが、現地での反日感情は強く、石を投げつけられることもあったという。その後11歳で日本に戻りボクシングを始め、アマチュアボクシングの指導者の道へ進み、2011年に日本ボクシング連盟の会長に就任する。12年のロンドンオリンピックでは2つのメダルを獲得、山根は貢献から日本ボクシング連盟終身会長に就任。就任記念に金の糸で刺繍された赤いグローブが贈られ、それは山根家の玄関に飾られている。

 しかし18年7月、アマチュアボクシング関係者から山根に対し告発があがる。助成金の不正流用、「奈良判定」とも呼ばれた不正判定、さらに暴力団関係者との交際までがスクープとして取り沙汰され、山根は渦中の人となる。山根は助成金の流用以外は否定したが、暴力団関係者と付き合いがあったことものちに認めた。終身会長の座を降り、その後日本ボクシング連盟側から除名処分を受け、永久追放となった。

 会長辞任から1年、山根は新たな格闘技団体「ワールド・ヤマネ・ボクシングチャンピオンシップ」を立ち上げる。山根には糖尿病の持病があり、智巳は気が気ではないが、ボクシングを通じ山根は活力を取り戻していく。

 そんな山根夫妻にもコロナの影響が直撃する。智巳のクラブは4月から6月まで休業を余儀なくされ、さらに智巳自身も、更年期障害が悪化する。2年前は気丈に山根を支えていた智巳も「一番の壁やな、人生の中で」とコロナ禍の今の心境を話す。クラブのキャストからクラウドファンディングを利用してみてはどうか、と提案があり、山根は最初しぶるも、最終的には自分の宝物である終身会長就任記念のグローブもクラウドファンディングの返礼品として差し出す。

 10月、山根の81歳の誕生日を智巳の店で祝った際、山根は智巳に対し「最後まで俺を守った女」と智巳に感謝の思いを告げる。なお、返礼品として出品したグローブは、やはり智巳の強い意志で守られ、今も山根家の玄関に飾られている。

 山根夫妻を見たとき懐かしいと思ってしまったが、まだ2年前だったことに驚いた。自宅前で大勢のマスコミに囲まれていた山根夫妻を覚えている人も多いと思う。番組内では、智巳が撮影したという、大勢の取材陣が自宅に押し寄せる様子を、その輪の外から映した動画を放送していた。

 大きな機材を持ったカメラマンやマスコミのスタッフが山根の周りに50人くらいひしめき合っている様子は壮絶で、それはテレビで見ていた「山根氏直撃」の様子と大きく違って見えた。謝罪会見などでおかしな発言をしてしまい、火に油を注いでしまった人も多いが、あんなにカメラに囲まれ、さらに全員から追及されるような目線を向けられたら、なかなか「まとも」ではいられないだろう。

 山根夫妻は当時の出来事を夫婦漫才調にして店で話し、智巳のクラブの鉄板ネタにするなど、転んでもただでは起きない商魂たくましいところも見せるが、智巳は「私も逃げたかった」と当時の思いを話す。どちらも真実なのだろう。

男・山根を体現するファッション

 2年前の騒動の時も思ったが、山根はおしゃれだ。そして、そのおしゃれさは「TPOへの意識の高さ」ではないかと思う。山根は近所に買い物に出かけるときはシャツにスラックス姿で、その姿は「普通のおじいちゃん」という感じだったが、自分の誕生日のときはバシッとスーツにハットで決めているし、ボクシングジムに立ち寄ったときもスリーピースのスーツで、それはまさに「男・山根」だった。

 「屋内なら帽子をとるべきだ」「サングラスがヤクザすぎる」などはあるものの「ちゃんとした場所に行くときは、パリッとしたその場にふさわしい服装であるべきだ」という「ハレとケ」における「ハレ」の意識を感じさせる。そうした心意気は、世の80歳男性の中ではトップクラスであるように思うし、それどころか今の「スーツすら着なくなってきている」30~40代男性あたりに比べてもケタ違いで高い意識だと思う。

 カジュアルな服装は楽だし、安いし、扱いやすい。カジュアルな服装が幅を利かせる、というのは「名より実」「気取ったところでどうするの」という社会情勢を反映しているといえる。コロナがさらにそれに拍車をかけているだろう。

 しかし男・山根の気取ったファッションは、そんな「実」に流されがちなコロナ禍の時代に堂々と「名」の世界の美を体現していて、圧倒された。山根のファッショニスタぶりに感化されて、たまには気合を入れて服を着て、化粧をして、気取った場所に出かけてみようかという気になった。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「ザ・ノンフィクション 私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~ 前編」。心臓が肥大し、血液を送り出す心臓のポンプ機能が低下してしまう原因不明の難病「拡張型心筋症」。悪化すれば心臓移植しか手段はないが、海外に比べ日本はドナーの数が海外に比べ少ない。心臓移植の待機患者とその家族の、生きることへの渇望と心の揺らぎを追った3年間の記録。

『ザ・ノンフィクション』元日本ボクシング連盟終身会長・山根明の今「たたかれても たたかれても… ~山根明と妻のその後~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月8日は「たたかれても たたかれても… ~山根明と妻のその後~」というテーマで放送された。

あらすじ

 2018年に世間を賑わせた元日本ボクシング連盟終身会長・山根明は今、大阪・生野で、渦中の山根を支えた妻の智巳と今も暮らしている。80歳の山根、52歳の智巳の年の差夫婦だ。

 智巳は韓国出身で、韓国が経済危機に陥った23年前、夫の会社が倒産し、家族を国に残して大阪のスナックへ出稼ぎにきた。のちに夫とは離婚し、娘を女手一つで育て上げる。山根とは10年前、店に客としてやってきたことで出会う。現在、智巳は近所のクラブのオーナーママで、店では山根と夫婦漫才のノリで連日メディアに追われた日々を話し、それが店の売りの一つにもなっている。

 山根は1939年に堺で生まれる。終戦の1945年に韓国人の母とともに韓国に渡るが、現地での反日感情は強く、石を投げつけられることもあったという。その後11歳で日本に戻りボクシングを始め、アマチュアボクシングの指導者の道へ進み、2011年に日本ボクシング連盟の会長に就任する。12年のロンドンオリンピックでは2つのメダルを獲得、山根は貢献から日本ボクシング連盟終身会長に就任。就任記念に金の糸で刺繍された赤いグローブが贈られ、それは山根家の玄関に飾られている。

 しかし18年7月、アマチュアボクシング関係者から山根に対し告発があがる。助成金の不正流用、「奈良判定」とも呼ばれた不正判定、さらに暴力団関係者との交際までがスクープとして取り沙汰され、山根は渦中の人となる。山根は助成金の流用以外は否定したが、暴力団関係者と付き合いがあったことものちに認めた。終身会長の座を降り、その後日本ボクシング連盟側から除名処分を受け、永久追放となった。

 会長辞任から1年、山根は新たな格闘技団体「ワールド・ヤマネ・ボクシングチャンピオンシップ」を立ち上げる。山根には糖尿病の持病があり、智巳は気が気ではないが、ボクシングを通じ山根は活力を取り戻していく。

 そんな山根夫妻にもコロナの影響が直撃する。智巳のクラブは4月から6月まで休業を余儀なくされ、さらに智巳自身も、更年期障害が悪化する。2年前は気丈に山根を支えていた智巳も「一番の壁やな、人生の中で」とコロナ禍の今の心境を話す。クラブのキャストからクラウドファンディングを利用してみてはどうか、と提案があり、山根は最初しぶるも、最終的には自分の宝物である終身会長就任記念のグローブもクラウドファンディングの返礼品として差し出す。

 10月、山根の81歳の誕生日を智巳の店で祝った際、山根は智巳に対し「最後まで俺を守った女」と智巳に感謝の思いを告げる。なお、返礼品として出品したグローブは、やはり智巳の強い意志で守られ、今も山根家の玄関に飾られている。

 山根夫妻を見たとき懐かしいと思ってしまったが、まだ2年前だったことに驚いた。自宅前で大勢のマスコミに囲まれていた山根夫妻を覚えている人も多いと思う。番組内では、智巳が撮影したという、大勢の取材陣が自宅に押し寄せる様子を、その輪の外から映した動画を放送していた。

 大きな機材を持ったカメラマンやマスコミのスタッフが山根の周りに50人くらいひしめき合っている様子は壮絶で、それはテレビで見ていた「山根氏直撃」の様子と大きく違って見えた。謝罪会見などでおかしな発言をしてしまい、火に油を注いでしまった人も多いが、あんなにカメラに囲まれ、さらに全員から追及されるような目線を向けられたら、なかなか「まとも」ではいられないだろう。

 山根夫妻は当時の出来事を夫婦漫才調にして店で話し、智巳のクラブの鉄板ネタにするなど、転んでもただでは起きない商魂たくましいところも見せるが、智巳は「私も逃げたかった」と当時の思いを話す。どちらも真実なのだろう。

男・山根を体現するファッション

 2年前の騒動の時も思ったが、山根はおしゃれだ。そして、そのおしゃれさは「TPOへの意識の高さ」ではないかと思う。山根は近所に買い物に出かけるときはシャツにスラックス姿で、その姿は「普通のおじいちゃん」という感じだったが、自分の誕生日のときはバシッとスーツにハットで決めているし、ボクシングジムに立ち寄ったときもスリーピースのスーツで、それはまさに「男・山根」だった。

 「屋内なら帽子をとるべきだ」「サングラスがヤクザすぎる」などはあるものの「ちゃんとした場所に行くときは、パリッとしたその場にふさわしい服装であるべきだ」という「ハレとケ」における「ハレ」の意識を感じさせる。そうした心意気は、世の80歳男性の中ではトップクラスであるように思うし、それどころか今の「スーツすら着なくなってきている」30~40代男性あたりに比べてもケタ違いで高い意識だと思う。

 カジュアルな服装は楽だし、安いし、扱いやすい。カジュアルな服装が幅を利かせる、というのは「名より実」「気取ったところでどうするの」という社会情勢を反映しているといえる。コロナがさらにそれに拍車をかけているだろう。

 しかし男・山根の気取ったファッションは、そんな「実」に流されがちなコロナ禍の時代に堂々と「名」の世界の美を体現していて、圧倒された。山根のファッショニスタぶりに感化されて、たまには気合を入れて服を着て、化粧をして、気取った場所に出かけてみようかという気になった。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「ザ・ノンフィクション 私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~ 前編」。心臓が肥大し、血液を送り出す心臓のポンプ機能が低下してしまう原因不明の難病「拡張型心筋症」。悪化すれば心臓移植しか手段はないが、海外に比べ日本はドナーの数が海外に比べ少ない。心臓移植の待機患者とその家族の、生きることへの渇望と心の揺らぎを追った3年間の記録。

『ザ・ノンフィクション』覚醒剤で服役12回、結婚4回の男の実像とは「母の涙と罪と罰 2020 後編 ~元ヤクザと66歳の元受刑者~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月1日は「母の涙と罪と罰 2020 後編 ~元ヤクザと66歳の元受刑者~
というテーマで放送された。

あらすじ

 依存症患者や前科のある人の立ち直り支援を行う遊佐学。かつて学は少年院にも入った札付きのワルで、24歳でやくざになった。学は薬物売買から自身も覚醒剤を使用するようになり、薬物による孤独と恐怖で5階から飛び降りたこともあり、今も片足に後遺症がある。

 その後、学は獄中で、自分と同じようにやくざで薬物中毒となった過去を持ちながら、牧師となり人を支える側になった進藤龍也氏の書籍と出会い、信仰により自分もやり直せるかもしれないと改心。学は、自分が家族や仲間から支えられた経験から、今度は自分が支える側になりたいと、薬物利用で12回服役した高野の身元引受人となる。高野は66歳だが、30年以上は刑務所暮らしで、薬物による錯乱で過去にビル10階から飛び降りたことがあるという。

 高野はかつて4度結婚し、娘もいるというが、娘や自分を育ててくれた義母とは数十年音信がない。唯一連絡を取っていた父親の死も獄中で知り、墓の所在もわからない。高野は父親の墓を探すため、現在海外で暮らす娘と電話で会話し、義母とも数十年ぶりに再会を果たす。家族と久々に再会できた高野だったが、通う予定だった回復施設や病院の依存患者の支援プログラムは新型コロナウイルスの感染拡大の影響から中止が続く。

 高野は薬物の後遺症から幻聴、幻覚がひどくなっていく。学が病院に連れて行ったときには、足取りがふらついていた。その後、近所の住民とトラブルを起こし、警察官がかけつけたときには部屋で自分の腹を切っており、精神病院に入院。退院後、血まみれの部屋で学と再会した高野は、死に水を学に取ってほしいと言うが、学は「その道を(自分で)選びとってほしいなって」と話す。番組の最後で、ようやく高野は無縁仏になっていた父親の墓を見つけ、手を合わせた。

 高野は主に覚醒剤で12回の服役経験があり、66歳の人生のうち30年は刑務所暮らしで、4度の結婚歴がある。シャバに出ても半年ももたず、またムショへ、という生活だったそうだ。

 言葉だけ並べると、ろくでもない人物像が浮かんでくるが、番組内での高野は「周りに気を使う人」という印象だった。支援をする学にも気を使っていたし、久々の娘や義母との再会では、相手に気を使いに使っていたのが見て取れた。そうした気を使う様子と、近隣住民と警察が来るようなトラブルを起こし、自宅で腹を切るという姿がまったくつながらず、そこに薬物の恐ろしさを見たように思う。

 高野の実の両親は、高野が幼少期の頃に離婚。父親は高野を両親に預け働きに出て、その後再婚するも、高野を残してまた別の女性の元に行き……と、かなりふがいない。高野は幼少期、少年期を寂しく過ごしただろうし、私がその立場なら父親を恨みそうだと思ったが、しかし高野と最後まで連絡を取っていたのはこの父親だ。

 高野にしてみれば義母と娘は、自分の覚醒剤の利用で一方的に迷惑をかけてしまい「会わせる顔がない」という思いから連絡が途絶えてしまったのかもしれないが、一方で父親はそのふがいなさゆえに、気兼ねせず連絡を取り続けることができたのかもしれない。番組の最後で、高野はようやく無縁仏に埋葬されていた父親の墓を見つけだし、スーツ姿で墓を訪れ、骨を分けてもらっていた。骨になった父親が高野の支えとなればと思う。

依存症支援もコロナの影響を受けている

 番組内では、新型コロナウイルスの影響で、高野が当初受けるはずだった依存症患者のための支援プログラムが中止になったと伝えられていた。

 コロナ禍の状況下、オンラインミーティングが増えたことで「実際に対面でのほうが伝わるものが多い」「オンラインでは物足りない」という不満の声をよく聞く。しかし、私自身は、オンライン会議は実際の場所に行かなくて済むし、無駄話も減り、つまらないときは別のことをしても知られることはないし、アフターコロナの世界においてもオンライン会議は是非残ってほしいと願っている。

 しかし、このような依存で苦しむ人たちが集うプログラムにおいては、対面の良さも大いにあるだろう。心の内を伝えるというのは、仕事のように、業務遂行において必要な要件をわかりやすく、簡潔に伝えるといったものではないからだ。だが、さらに別の見方をすれば、こういうプログラムに参加したいが、対面では敷居が高すぎると思う人や、遠隔地に住む人、そしてデジタルになじみや愛着のある人にとっては、「オンラインなら参加できるかもしれない」と、新たな支援につながる可能性もあるだろう。

 以前、元ひきこもりだった人が自分の経験を話すイベントを聞きに行ったが、その際、講演者が、会場の扉のドアは開演後も開けておいてほしいと話していた。引きこもりの人にとっては会場に来るまでがとても高いハードルとのことで、定刻通りに来られないことも多いという。その際、扉が閉じていると扉を開けることに気後れし、諦めて帰ってしまうこともあるそうなのだ。

 実際の対面での開催と、オンラインの開催、どちらにもメリットがある。特に、困難な状況下にいる人においては、さまざまな選択肢があるといいのではないかと思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「たたかれても たたかれても… ~山根明と妻のその後~」。日本ボクシング連盟の終身会長だった山根明。しかし、2018年の夏、関係者300人以上から「助成金の不正流用」や「審判不正」の告発を受け、その独特のキャラクターもあり世間から猛バッシングを浴びた。山根は会長職を辞任し、連盟からは事実上の永久追放となった。現在の山根と妻の暮らしとは?

『ザ・ノンフィクション』覚醒剤で服役12回、結婚4回の男の実像とは「母の涙と罪と罰 2020 後編 ~元ヤクザと66歳の元受刑者~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月1日は「母の涙と罪と罰 2020 後編 ~元ヤクザと66歳の元受刑者~
というテーマで放送された。

あらすじ

 依存症患者や前科のある人の立ち直り支援を行う遊佐学。かつて学は少年院にも入った札付きのワルで、24歳でやくざになった。学は薬物売買から自身も覚醒剤を使用するようになり、薬物による孤独と恐怖で5階から飛び降りたこともあり、今も片足に後遺症がある。

 その後、学は獄中で、自分と同じようにやくざで薬物中毒となった過去を持ちながら、牧師となり人を支える側になった進藤龍也氏の書籍と出会い、信仰により自分もやり直せるかもしれないと改心。学は、自分が家族や仲間から支えられた経験から、今度は自分が支える側になりたいと、薬物利用で12回服役した高野の身元引受人となる。高野は66歳だが、30年以上は刑務所暮らしで、薬物による錯乱で過去にビル10階から飛び降りたことがあるという。

 高野はかつて4度結婚し、娘もいるというが、娘や自分を育ててくれた義母とは数十年音信がない。唯一連絡を取っていた父親の死も獄中で知り、墓の所在もわからない。高野は父親の墓を探すため、現在海外で暮らす娘と電話で会話し、義母とも数十年ぶりに再会を果たす。家族と久々に再会できた高野だったが、通う予定だった回復施設や病院の依存患者の支援プログラムは新型コロナウイルスの感染拡大の影響から中止が続く。

 高野は薬物の後遺症から幻聴、幻覚がひどくなっていく。学が病院に連れて行ったときには、足取りがふらついていた。その後、近所の住民とトラブルを起こし、警察官がかけつけたときには部屋で自分の腹を切っており、精神病院に入院。退院後、血まみれの部屋で学と再会した高野は、死に水を学に取ってほしいと言うが、学は「その道を(自分で)選びとってほしいなって」と話す。番組の最後で、ようやく高野は無縁仏になっていた父親の墓を見つけ、手を合わせた。

 高野は主に覚醒剤で12回の服役経験があり、66歳の人生のうち30年は刑務所暮らしで、4度の結婚歴がある。シャバに出ても半年ももたず、またムショへ、という生活だったそうだ。

 言葉だけ並べると、ろくでもない人物像が浮かんでくるが、番組内での高野は「周りに気を使う人」という印象だった。支援をする学にも気を使っていたし、久々の娘や義母との再会では、相手に気を使いに使っていたのが見て取れた。そうした気を使う様子と、近隣住民と警察が来るようなトラブルを起こし、自宅で腹を切るという姿がまったくつながらず、そこに薬物の恐ろしさを見たように思う。

 高野の実の両親は、高野が幼少期の頃に離婚。父親は高野を両親に預け働きに出て、その後再婚するも、高野を残してまた別の女性の元に行き……と、かなりふがいない。高野は幼少期、少年期を寂しく過ごしただろうし、私がその立場なら父親を恨みそうだと思ったが、しかし高野と最後まで連絡を取っていたのはこの父親だ。

 高野にしてみれば義母と娘は、自分の覚醒剤の利用で一方的に迷惑をかけてしまい「会わせる顔がない」という思いから連絡が途絶えてしまったのかもしれないが、一方で父親はそのふがいなさゆえに、気兼ねせず連絡を取り続けることができたのかもしれない。番組の最後で、高野はようやく無縁仏に埋葬されていた父親の墓を見つけだし、スーツ姿で墓を訪れ、骨を分けてもらっていた。骨になった父親が高野の支えとなればと思う。

依存症支援もコロナの影響を受けている

 番組内では、新型コロナウイルスの影響で、高野が当初受けるはずだった依存症患者のための支援プログラムが中止になったと伝えられていた。

 コロナ禍の状況下、オンラインミーティングが増えたことで「実際に対面でのほうが伝わるものが多い」「オンラインでは物足りない」という不満の声をよく聞く。しかし、私自身は、オンライン会議は実際の場所に行かなくて済むし、無駄話も減り、つまらないときは別のことをしても知られることはないし、アフターコロナの世界においてもオンライン会議は是非残ってほしいと願っている。

 しかし、このような依存で苦しむ人たちが集うプログラムにおいては、対面の良さも大いにあるだろう。心の内を伝えるというのは、仕事のように、業務遂行において必要な要件をわかりやすく、簡潔に伝えるといったものではないからだ。だが、さらに別の見方をすれば、こういうプログラムに参加したいが、対面では敷居が高すぎると思う人や、遠隔地に住む人、そしてデジタルになじみや愛着のある人にとっては、「オンラインなら参加できるかもしれない」と、新たな支援につながる可能性もあるだろう。

 以前、元ひきこもりだった人が自分の経験を話すイベントを聞きに行ったが、その際、講演者が、会場の扉のドアは開演後も開けておいてほしいと話していた。引きこもりの人にとっては会場に来るまでがとても高いハードルとのことで、定刻通りに来られないことも多いという。その際、扉が閉じていると扉を開けることに気後れし、諦めて帰ってしまうこともあるそうなのだ。

 実際の対面での開催と、オンラインの開催、どちらにもメリットがある。特に、困難な状況下にいる人においては、さまざまな選択肢があるといいのではないかと思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「たたかれても たたかれても… ~山根明と妻のその後~」。日本ボクシング連盟の終身会長だった山根明。しかし、2018年の夏、関係者300人以上から「助成金の不正流用」や「審判不正」の告発を受け、その独特のキャラクターもあり世間から猛バッシングを浴びた。山根は会長職を辞任し、連盟からは事実上の永久追放となった。現在の山根と妻の暮らしとは?

『ザ・ノンフィクション』再犯率8割、50代以上の覚醒剤依存者の現実「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月25日は「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~」というテーマで放送された。

あらすじ

 依存症患者や前科のある人の立ち直り支援を行う遊佐学、45歳。かつての学は少年院にも入った札付きのワルで、24歳でやくざになった。遊佐は薬物売買から自身も覚醒剤を使用するようになり、いわゆる「キメセク」目当てで薬物経験のない女性を薬漬けにしたり、薬物による孤独と恐怖で5階から飛び降りたこともあったという。

 その後、学は獄中で、自分と同じようにやくざで薬物中毒となった過去を持ちながら、牧師となり人を支える側になった進藤龍也氏の書籍と出会い、信仰により自分もやり直せるかもしれないと改心。埼玉県川口市にある進藤牧師の教会に通い、そこで元ヤクザで薬物使用による逮捕歴のある、過去の自分と似た境遇のタカシの世話を買って出る。

 タカシは幼い頃に両親が離婚し、祖父母により育てられた。17歳で岩手から上京しホストになる。歌舞伎町でやくざに誘われ、「かっこいいなって思って」と軽い理由でヤクザになる。タカシは学や教会のサポートを受け、福祉施設での仕事も得たが、働いてわずか2カ月で仕事に行かなくなる。うつ病になり、昼間でもカーテンを閉めきった部屋で布団にくるまり、態度もどんどん投げやりになっていく。その後、タカシは覚醒剤の使用で逮捕されてしまう。

 一方、学は依存症患者の支援施設での就職が決まり、施設長として働いていたものの、働き始めて1年半、支援の方針の違いがあり、「辞めたというかクビにされたというか」という形で退職することになる。ほかの支援施設を探したものの就職口がなく、学は支援を続けるべく、薬物利用で12回服役した高野の身元引受人となる。高野は66歳だが、人生の30年以上は刑務所にいたという。学は高野の新しい住まいを探すなど支援を続ける。

 一方、逮捕されるも執行猶予のついたタカシは、教会の紹介により福島県の祈祷院「福島リバイバル祈りの家」で、教会のスタッフとともに生活を続け、立ち直りのための日々を送る。

 この「マナブとタカシ」シリーズは2019年にも放送された。そのときにも思ったが、学の言動は仏のようだ。口調も穏やかで、そしてその穏やかさに「穏やかにあらねば」「穏やかでありたい」といった“無理”や“意識”を感じさせない。学の母、富子も信仰による学の変化に驚き、自身も教会に通って聖書を学び、番組内では富子が洗礼を受ける様子も伝えられていた。

 その聖書だけでなく、さまざまな言い伝えや民話などに「札付きのワルが、ある時を境に一気に改心」というエピソードは見る。しかし、おそらく学はそんなふうに突然改心したわけではなく、途方もないような一進一退を繰り返し、今の境地に至ったのではないかと思った。

 そう思うのも、学は覚醒剤にまた手を出してしまったタカシに対し「甘く考えないほうがいいよ。何とかなると思ってまた悪いことするんだから。誰だってやらないときってのは絶対あるんだから。まぁ一歩一歩だね」と話していたからだ。この言葉から、学自身、今度こそ何とかなると思った自分に裏切られ、失望し、それでも今度こそ更生しなくてはいけないと、一歩一歩の試行錯誤を重ねてきた日々があったのではないかと思う。

 個人的には、学が支援施設をクビになるまでに至った施設側との「対立」とは何だったのか気になる。辞めた側が一方的に話すのも、というためらいが学にあったのだろうが、だからこそ気になった。もしかしたら、その対立の理由は、他の多くの支援施設が抱える問題にもつながるかもしれない。

依存において、家族ではなく「他人」が支援する大切さ

 今回の番組を見て、あらためて、家族でなく「他人」が支援することの大切さを思う。学の母、富子は、かつて学が覚醒剤の利用で捕まった時の心境を「信用できねえ、2回も裏切られた」と話していた。家族にとってみたら、一度の裏切りならまだ信じてみようと思えても、二度目となると、いよいよ気持ちが折れてしまいかねないだろう。また、番組内では、学が支援施設で働いていたとき、施設を訪れたアルコール依存症患者が「お前のせいでこっちもつらいんだ」と家族から責められると話していた。

 そう責めてしまう家族の気持ちもわかる。一方で、そう責めることがかえって依存症患者を追い詰め、さらなる依存対象への耽溺につながりかねない。そもそも家族は「近すぎる」間柄だ。他人に言われたら素直に受け取れる言葉でも、家族に言われたら素直に受け取れなかったり、むしろ反発してしまう、ということもあるのではないだろうか。

 依存症患者のサポートにおいて大切なのは、家族だけでなんとかするのではなく、むしろ、家族以外の、他人の、そしてこういった支援に長けた専門家を頼ることではないだろうか。家族だけでなんとかしようとすれば、本人も家族も疲弊していってしまう。それは回復をますます遠ざけるように思う。

 なお、番組内では薬物依存の再犯率は中高年者ほど高いと伝えられており、50歳以上における覚せい剤の再犯者率は83.1%(19年、警察庁調べ)と伝えられていた。ちなみに、全世代で見ても、同年における覚醒剤の再犯率は66.3%と7割近い。つまり「半数以上は裏切る」のだ。この数字を踏まえて「信じる」というのはなかなかに困難だ。

『ザ・ノンフィクション』では学以外にも、元犯罪者を支援する人を多く取り上げているが、そういった人たちを周囲の人は「神様みたいな人」とよく話している。「相当信じにくい人を信じ、手を差し伸べることができる」というのは、確かに人知を超えた、神の領域に思える。

 次週は今回の後編。学は、支援している高野の様子がおかしいことに気づく。

※再犯率は以下を参考にしています。
公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター

『ザ・ノンフィクション』再犯率8割、50代以上の覚醒剤依存者の現実「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月25日は「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~」というテーマで放送された。

あらすじ

 依存症患者や前科のある人の立ち直り支援を行う遊佐学、45歳。かつての学は少年院にも入った札付きのワルで、24歳でやくざになった。遊佐は薬物売買から自身も覚醒剤を使用するようになり、いわゆる「キメセク」目当てで薬物経験のない女性を薬漬けにしたり、薬物による孤独と恐怖で5階から飛び降りたこともあったという。

 その後、学は獄中で、自分と同じようにやくざで薬物中毒となった過去を持ちながら、牧師となり人を支える側になった進藤龍也氏の書籍と出会い、信仰により自分もやり直せるかもしれないと改心。埼玉県川口市にある進藤牧師の教会に通い、そこで元ヤクザで薬物使用による逮捕歴のある、過去の自分と似た境遇のタカシの世話を買って出る。

 タカシは幼い頃に両親が離婚し、祖父母により育てられた。17歳で岩手から上京しホストになる。歌舞伎町でやくざに誘われ、「かっこいいなって思って」と軽い理由でヤクザになる。タカシは学や教会のサポートを受け、福祉施設での仕事も得たが、働いてわずか2カ月で仕事に行かなくなる。うつ病になり、昼間でもカーテンを閉めきった部屋で布団にくるまり、態度もどんどん投げやりになっていく。その後、タカシは覚醒剤の使用で逮捕されてしまう。

 一方、学は依存症患者の支援施設での就職が決まり、施設長として働いていたものの、働き始めて1年半、支援の方針の違いがあり、「辞めたというかクビにされたというか」という形で退職することになる。ほかの支援施設を探したものの就職口がなく、学は支援を続けるべく、薬物利用で12回服役した高野の身元引受人となる。高野は66歳だが、人生の30年以上は刑務所にいたという。学は高野の新しい住まいを探すなど支援を続ける。

 一方、逮捕されるも執行猶予のついたタカシは、教会の紹介により福島県の祈祷院「福島リバイバル祈りの家」で、教会のスタッフとともに生活を続け、立ち直りのための日々を送る。

 この「マナブとタカシ」シリーズは2019年にも放送された。そのときにも思ったが、学の言動は仏のようだ。口調も穏やかで、そしてその穏やかさに「穏やかにあらねば」「穏やかでありたい」といった“無理”や“意識”を感じさせない。学の母、富子も信仰による学の変化に驚き、自身も教会に通って聖書を学び、番組内では富子が洗礼を受ける様子も伝えられていた。

 その聖書だけでなく、さまざまな言い伝えや民話などに「札付きのワルが、ある時を境に一気に改心」というエピソードは見る。しかし、おそらく学はそんなふうに突然改心したわけではなく、途方もないような一進一退を繰り返し、今の境地に至ったのではないかと思った。

 そう思うのも、学は覚醒剤にまた手を出してしまったタカシに対し「甘く考えないほうがいいよ。何とかなると思ってまた悪いことするんだから。誰だってやらないときってのは絶対あるんだから。まぁ一歩一歩だね」と話していたからだ。この言葉から、学自身、今度こそ何とかなると思った自分に裏切られ、失望し、それでも今度こそ更生しなくてはいけないと、一歩一歩の試行錯誤を重ねてきた日々があったのではないかと思う。

 個人的には、学が支援施設をクビになるまでに至った施設側との「対立」とは何だったのか気になる。辞めた側が一方的に話すのも、というためらいが学にあったのだろうが、だからこそ気になった。もしかしたら、その対立の理由は、他の多くの支援施設が抱える問題にもつながるかもしれない。

依存において、家族ではなく「他人」が支援する大切さ

 今回の番組を見て、あらためて、家族でなく「他人」が支援することの大切さを思う。学の母、富子は、かつて学が覚醒剤の利用で捕まった時の心境を「信用できねえ、2回も裏切られた」と話していた。家族にとってみたら、一度の裏切りならまだ信じてみようと思えても、二度目となると、いよいよ気持ちが折れてしまいかねないだろう。また、番組内では、学が支援施設で働いていたとき、施設を訪れたアルコール依存症患者が「お前のせいでこっちもつらいんだ」と家族から責められると話していた。

 そう責めてしまう家族の気持ちもわかる。一方で、そう責めることがかえって依存症患者を追い詰め、さらなる依存対象への耽溺につながりかねない。そもそも家族は「近すぎる」間柄だ。他人に言われたら素直に受け取れる言葉でも、家族に言われたら素直に受け取れなかったり、むしろ反発してしまう、ということもあるのではないだろうか。

 依存症患者のサポートにおいて大切なのは、家族だけでなんとかするのではなく、むしろ、家族以外の、他人の、そしてこういった支援に長けた専門家を頼ることではないだろうか。家族だけでなんとかしようとすれば、本人も家族も疲弊していってしまう。それは回復をますます遠ざけるように思う。

 なお、番組内では薬物依存の再犯率は中高年者ほど高いと伝えられており、50歳以上における覚せい剤の再犯者率は83.1%(19年、警察庁調べ)と伝えられていた。ちなみに、全世代で見ても、同年における覚醒剤の再犯率は66.3%と7割近い。つまり「半数以上は裏切る」のだ。この数字を踏まえて「信じる」というのはなかなかに困難だ。

『ザ・ノンフィクション』では学以外にも、元犯罪者を支援する人を多く取り上げているが、そういった人たちを周囲の人は「神様みたいな人」とよく話している。「相当信じにくい人を信じ、手を差し伸べることができる」というのは、確かに人知を超えた、神の領域に思える。

 次週は今回の後編。学は、支援している高野の様子がおかしいことに気づく。

※再犯率は以下を参考にしています。
公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター

『ザ・ノンフィクション』「うちらに死ねって言うの?」ショーパブキャストの啖呵「禍の中でこの街は ~新宿二丁目 コンチママの苦悩~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月12日は「禍の中でこの街は 前編 ~新宿二丁目 コンチママの苦悩~」というテーマで放送された。

あらすじ

 LGBTの人たちが集う新宿二丁目。この地に1968年に創業し、半世紀以上の歴史を持つショーパブ『白い部屋』は、2020年3月末、都が新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための休業要請を出す3日前から休業をはじめた。72歳のコンチママは50年以上店を切り盛りし、バブル崩壊やリーマンショックも乗り越えてきたが、新型コロナウイルスに対しては「きついですよ」と話す。

 白い部屋は客席20席ほどで、畳3帖程度のステージで10人以上のキャストが入れ替わり立ち代わり踊る、客席を巻き込むような「近さ」が持ち味だったが、密を避けるため振り付けも変更を余儀なくされる。コンチママも人気YouTuberのアディーを店に誘うなど、生き残りのための模索を続ける。

 白い部屋は2カ月以上もの休業後、6月19日に営業を再開。再開日は多くの客で盛り上がった。しかしその後新宿歌舞伎町のホストクラブでクラスターが発生。連日連夜、歌舞伎町全体を責めるような論調の報道も続き、歌舞伎町の隣に位置する新宿二丁目も客足が遠のいてしまう。7月中旬にスタッフが白い部屋を訪れた際に店には客がいなかった。コンチママは週6だった店の営業を週3に減らす。

 店を閉めたままでは家賃など固定費だけが発生し、一方、店を開けてもキャストの日給が発生し、肝心の客足も思わしくない。コンチママは銀行から2000万円を借り、「自分の中で辞めたいという気持ちと、あの子たち(キャスト)がいるからやらなきゃいけない気持ち裏表ある」と銀行関連のものや助成金など、さまざまな書類を前に複雑な心境を番組スタッフに話す。

 一方、キャストにしてみれば店が開かなければ日給がもらえない。週6営業が週3へ減り、店のキャストの6人がこの夏で辞めるという。一方でベテランキャストのかんたは新宿二丁目のほかの店と連携して期間限定のバーを作ろうと奮闘を続ける。

 開けても地獄、閉めても地獄の厳しい状況に置かれた白い部屋において、キャストのかんたが吐いた啖呵がかっこよかったので紹介したい。

「私は(感染者が)増えているからってビビってる都とか国が嫌いなの。想定内じゃないもともと。わかっていたことなのにさ。Withコロナって一切言わないでしょ今。Withコロナって言わないじゃん。言えっちゅうのよ」「うちらに死ねっていうの?」「ビビってんじゃねえ、もともと増えるに決まってんじゃん」

 かんたの言う通り、感染症なのだから、ワクチンが開発されそれが普及しない限り、社会生活をしていれば感染者は増えるに決まっている。そして、終わりがわからない以上、社会生活をまったくせずに閉じこもっているわけにもいかないのだ。

 現状における、新型コロナウイルスの「毒性」がさらに問題をややこしくしているようにも思う。新型コロナは高齢者、基礎疾患のある人にとっては命に関わる重篤な症状になりかねず、当人やそのような状況にある人と共に暮らす人には深刻な問題だが、一方で、該当しない人は、毒性をそれほどの脅威に捉えてない傾向があるように思う。

 そうした人々にとっての最大の脅威は、「実際、インフルエンザくらいなんじゃ……」と思っていても、そんなことを言ったら何か言われるのではないかと“勝手に”思って萎縮してしまうことや、もし自分が感染したときに、その感染源が通勤電車ならばともかく、ライブハウスやパチンコ屋、ホストクラブやショーパブということがわかったら、会社や地域社会に居づらくなってしまうのでは……と“ビビって”しまうことだと思う。コロナそのものより、コロナで生じた得体の知れない忖度がまずい。感染者が増えることなどわかっているのに、ビビっていることが、問題なのだと思う。

 そしてこういうときに、真っ先に槍玉に挙がるのが「遊興」の分野だ。コンチママと二人三脚でショーを作り上げてきた振り付け担当の女性は、自分たちのショーの仕事を「生きていくために必要なお米ではない」と話していた。2017年の映像で、白い部屋を訪ねた客が「ショーのある国は間違いなく平和です。おかまが生きている街は間違いなく安全です」とうれしそうに話していた。ショーを行えなくなってきて、それに伴い出演している人たちの生活が脅かされている状況とは、それまでより平和でも安全でもない社会、ということでもある。

 コロナを防ごうとすることで、明らかに社会に別の問題が浮上している。そしてその答えは一人ひとりがその時々の状況に応じたものを自分で考えていくしかないのだろう。個人的には「Go toの観光地で感染するのはまだギリギリセーフだけど、パチンコ屋やホストクラブやショーパブで感染はアウトだよね」という、“雰囲気”のようなものが存在しているのが、なんだかとても嫌だなと思う。

 本筋からはそれるが、コンチママが話していたことで気になることがあった。コンチママは、体の性が男性で心の性が女性の人が性別適合手術を受けることは反対のスタンスだが今の若い子は「止められない」と話していた。

 コンチママいわく、おっぱいを入れるのはいいが下(男性器)を取るのはダメ、とのことで、これはコンチママの主義というより、生殖器を取ることでホルモンバランスが崩れ、精神的に苦しくなってしまった人たちを見てきたから、とのことだった。

 医学的な根拠があるのかは番組を見る限りではわからなかったが、ホルモンが原因で精神的に苦しくなってしまうのは全員が全員ではないだろうと思う。「性適合手術さえ受ければ、万事解決すると思っていたのに」などの、理想と現実のギャップもあるだろう。

 しかし、私自身が生理前の不調やイライラといったPMSの症状がひどかった身として、「ホルモン」の四文字を出されると説得力も感じてしまう。あらためて「ホルモン」という、わずかな量でありながら体や精神を左右する、厄介で、かつ、頭と体は別個のものだと教えてくれる存在のことを意識させられた。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の後編。新型コロナウイルスで苦境に陥った新宿二丁目を、店の垣根を越えた期間限定バーイベントで乗り切ろう、と気を吐いていた白い部屋のベテランスタッフ・かんたが新型コロナウイルスに感染してしまう。

『ザ・ノンフィクション』「うちらに死ねって言うの?」ショーパブキャストの啖呵「禍の中でこの街は ~新宿二丁目 コンチママの苦悩~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月12日は「禍の中でこの街は 前編 ~新宿二丁目 コンチママの苦悩~」というテーマで放送された。

あらすじ

 LGBTの人たちが集う新宿二丁目。この地に1968年に創業し、半世紀以上の歴史を持つショーパブ『白い部屋』は、2020年3月末、都が新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための休業要請を出す3日前から休業をはじめた。72歳のコンチママは50年以上店を切り盛りし、バブル崩壊やリーマンショックも乗り越えてきたが、新型コロナウイルスに対しては「きついですよ」と話す。

 白い部屋は客席20席ほどで、畳3帖程度のステージで10人以上のキャストが入れ替わり立ち代わり踊る、客席を巻き込むような「近さ」が持ち味だったが、密を避けるため振り付けも変更を余儀なくされる。コンチママも人気YouTuberのアディーを店に誘うなど、生き残りのための模索を続ける。

 白い部屋は2カ月以上もの休業後、6月19日に営業を再開。再開日は多くの客で盛り上がった。しかしその後新宿歌舞伎町のホストクラブでクラスターが発生。連日連夜、歌舞伎町全体を責めるような論調の報道も続き、歌舞伎町の隣に位置する新宿二丁目も客足が遠のいてしまう。7月中旬にスタッフが白い部屋を訪れた際に店には客がいなかった。コンチママは週6だった店の営業を週3に減らす。

 店を閉めたままでは家賃など固定費だけが発生し、一方、店を開けてもキャストの日給が発生し、肝心の客足も思わしくない。コンチママは銀行から2000万円を借り、「自分の中で辞めたいという気持ちと、あの子たち(キャスト)がいるからやらなきゃいけない気持ち裏表ある」と銀行関連のものや助成金など、さまざまな書類を前に複雑な心境を番組スタッフに話す。

 一方、キャストにしてみれば店が開かなければ日給がもらえない。週6営業が週3へ減り、店のキャストの6人がこの夏で辞めるという。一方でベテランキャストのかんたは新宿二丁目のほかの店と連携して期間限定のバーを作ろうと奮闘を続ける。

 開けても地獄、閉めても地獄の厳しい状況に置かれた白い部屋において、キャストのかんたが吐いた啖呵がかっこよかったので紹介したい。

「私は(感染者が)増えているからってビビってる都とか国が嫌いなの。想定内じゃないもともと。わかっていたことなのにさ。Withコロナって一切言わないでしょ今。Withコロナって言わないじゃん。言えっちゅうのよ」「うちらに死ねっていうの?」「ビビってんじゃねえ、もともと増えるに決まってんじゃん」

 かんたの言う通り、感染症なのだから、ワクチンが開発されそれが普及しない限り、社会生活をしていれば感染者は増えるに決まっている。そして、終わりがわからない以上、社会生活をまったくせずに閉じこもっているわけにもいかないのだ。

 現状における、新型コロナウイルスの「毒性」がさらに問題をややこしくしているようにも思う。新型コロナは高齢者、基礎疾患のある人にとっては命に関わる重篤な症状になりかねず、当人やそのような状況にある人と共に暮らす人には深刻な問題だが、一方で、該当しない人は、毒性をそれほどの脅威に捉えてない傾向があるように思う。

 そうした人々にとっての最大の脅威は、「実際、インフルエンザくらいなんじゃ……」と思っていても、そんなことを言ったら何か言われるのではないかと“勝手に”思って萎縮してしまうことや、もし自分が感染したときに、その感染源が通勤電車ならばともかく、ライブハウスやパチンコ屋、ホストクラブやショーパブということがわかったら、会社や地域社会に居づらくなってしまうのでは……と“ビビって”しまうことだと思う。コロナそのものより、コロナで生じた得体の知れない忖度がまずい。感染者が増えることなどわかっているのに、ビビっていることが、問題なのだと思う。

 そしてこういうときに、真っ先に槍玉に挙がるのが「遊興」の分野だ。コンチママと二人三脚でショーを作り上げてきた振り付け担当の女性は、自分たちのショーの仕事を「生きていくために必要なお米ではない」と話していた。2017年の映像で、白い部屋を訪ねた客が「ショーのある国は間違いなく平和です。おかまが生きている街は間違いなく安全です」とうれしそうに話していた。ショーを行えなくなってきて、それに伴い出演している人たちの生活が脅かされている状況とは、それまでより平和でも安全でもない社会、ということでもある。

 コロナを防ごうとすることで、明らかに社会に別の問題が浮上している。そしてその答えは一人ひとりがその時々の状況に応じたものを自分で考えていくしかないのだろう。個人的には「Go toの観光地で感染するのはまだギリギリセーフだけど、パチンコ屋やホストクラブやショーパブで感染はアウトだよね」という、“雰囲気”のようなものが存在しているのが、なんだかとても嫌だなと思う。

 本筋からはそれるが、コンチママが話していたことで気になることがあった。コンチママは、体の性が男性で心の性が女性の人が性別適合手術を受けることは反対のスタンスだが今の若い子は「止められない」と話していた。

 コンチママいわく、おっぱいを入れるのはいいが下(男性器)を取るのはダメ、とのことで、これはコンチママの主義というより、生殖器を取ることでホルモンバランスが崩れ、精神的に苦しくなってしまった人たちを見てきたから、とのことだった。

 医学的な根拠があるのかは番組を見る限りではわからなかったが、ホルモンが原因で精神的に苦しくなってしまうのは全員が全員ではないだろうと思う。「性適合手術さえ受ければ、万事解決すると思っていたのに」などの、理想と現実のギャップもあるだろう。

 しかし、私自身が生理前の不調やイライラといったPMSの症状がひどかった身として、「ホルモン」の四文字を出されると説得力も感じてしまう。あらためて「ホルモン」という、わずかな量でありながら体や精神を左右する、厄介で、かつ、頭と体は別個のものだと教えてくれる存在のことを意識させられた。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の後編。新型コロナウイルスで苦境に陥った新宿二丁目を、店の垣根を越えた期間限定バーイベントで乗り切ろう、と気を吐いていた白い部屋のベテランスタッフ・かんたが新型コロナウイルスに感染してしまう。