日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月15日は「私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~ 前編」というテーマで放送された。
あらすじ
難病により心臓移植を待つ2人と、その家族に焦点を当てた回。
容子51歳(取材時、2018年時)は42歳の時に心臓が肥大化し、血液を送り出す心臓のポンプ機能が低下してしまう原因不明の難病、拡張型心筋症を発症する。悪化すると心臓移植しか手段がない。容子は補助人工心臓(VAD、通称バド)の入ったリュックを常にしょいながら心臓移植を待つ日々を送る。
容子はもともと夫と息子、娘と暮らしていた。しかしVADの機械トラブル時に介助者が対応できるよう、現在はVADの研修を受けた両親とともに実家で暮らしている。容子は心臓移植について「亡くなった人の命をもらうという、そういうところでの葛藤というのは全く考えない人はいないと思うんだよね。その人の命を自分は……、亡くなるドナーが出るのを待っているのか……」と番組スタッフに思いを話す。
容子と同じ拡張型心筋症で、患者会で交流を続ける平澤弘章(当時41歳)は、VADをつけた生活が2年半になる。平澤の妻・友子は、平澤の病気を知ったうえで結婚した。友子は「(知り合いの家族が言っていたが、VADをつけて)2年くらいは皆さん元気なんですって。なにごともなく。でも3年目からいろいろ出てくるらしくて」と胸中を話す。なお、心臓移植の平均待機年数は現在約6~8年という。
平澤は、VADの刺入部(体にケーブルが刺さっている部分)からさまざまな菌に感染してしまい、入院生活が長引く。もともと平澤と友子は2人で暮らしていたが、平澤がVADをつけてからは平澤の両親と同居している。しかし平澤が入院することも多く不在がちの生活で、友子と義両親の折り合いが悪くなり、友子は実家に戻る。退院に望みをかける平澤はVADの交換手術を受けるが、10時間の手術の後、3日たっても目覚めない。
私事だが足の指を骨折し治療中だ。足の指の骨折と拡張型心筋症は病気のレベルが全く違うが、医師から、骨折した部位は抵抗力が弱まっており、さまざまなものに感染しやすいから清潔にしておくようにと言われた。
病気、ケガになると「患部を元の状態に回復させる」という主目的以外に、「抵抗力が落ちたことでの二次感染を防ぐ」という二つのケアが必要になる。今回の番組を見ていて、病気そのものの困難さだけでなく、二次感染、そして二次被害の困難さ、大変さを思った。
二次被害とは平澤がVADとの刺入部から菌に感染したようなことだけではなく、「病気とは直接的に関係ないトラブル」も含まれる。
友子は夫・平澤と2人暮らしだったが、平澤がVADを入れて以来、夫の両親と同居している。ただでさえ、義両親と暮らすことを歓迎する嫁は少ないはずだ。さらに平澤は長期入院中であり、義両親との関係はギクシャクしていき、最終的には同居解消になる。
一方、容子は息子が小学校6年のときに拡張型心筋症を発症する。それまで野球少年の息子のためボリューム満点のお弁当を作っていたのだが、容子の病状は年々悪化し、病院で過ごす日々の方が長くなっていく。
なお、容子の娘は「ママに何かあったらどうしよう」といつも部屋で泣いていて、小学校3年頃から中3まで不登校だったという。容子は「ほかのことは『ごめんなさい』でどうにか通してきたけれども、あぁこの子(娘)の一日一日は今しかないなぁ、と思うと……」と、娘のそばで生活できないことへの思いを話す。
4人兄弟の長女で病気前は音楽教室を開くなど、見るからに面倒見がよさそうな容子が、闘病のために自分の子どもたちと共に過ごせない無念を思うと切ない。病気は病気そのものの困難さだけでなく、病気に伴うさまざまな困難を本人と家族に引き連れてくる。
なお、日本では1997年に臓器移植法が成立し脳死後の臓器提供が可能となり、99年、初の臓器移植手術が行われた。脳死の定義について日本臓器移植ネットワークのホームページでは「脳死とは、脳の全ての動きがなくなった状態です。どんな治療をしても回復することはなく、人工呼吸器などの助けがなければ心臓は停止します。回復する可能性がある植物状態とは全く別の状態です」と記載されている。
日本はドナー提供者の数と移植希望者の数に開きがあり、心臓移植待機患者886人(2020年10月末時点)に対し、19年の心臓移植数は84例にとどまると紹介されていた。容子は看護学生を前にした講演の際、臓器提供意思表示カードについて「(臓器を)『あげたい』『あげたくない』『もらいたい』『もらいたくない』どの選択も意思として等しく尊重される権利が保障されています」と話した。
次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の続編。待機生活が5年を超え、移植の順番が近づいてきた容子だったが、心が深く傷つくような出来事が起きてしまう。