『ザ・ノンフィクション』2020年ベスト・セレクションレビュー「お父さんと13人の子ども 」「シングルマザーの大家族 ~パパが遺してくれたもの~」ほか

 フジテレビで土曜午後2時から放送されている人気ドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』。サイゾーウーマンでは、本番組のレビュー記事を掲載している。毎週さまざまな人物や事象が取り上げられる本番組だが、2020年の放送回で世間の感心を最も集めた内容は何だったのか? サイゾーウーマンのレビュー記事から閲覧数の多かった記事ベスト10から、番組のハイライトを振り返る。

1位:「お父さんと13人の子ども 前編~7男6女 闘う大家族~」7月12日放送

 大阪の7男6女の大家族・澤井家。一家は、梅田のビル地下街で居酒屋を経営している。父の淳一郎は居酒屋を経営しながら家事、育児にも協力的で、休日は子どもたちの空手の応援にも駆けつける。しかし3年前、淳一郎が跡継ぎにと決めていた長男が何も言わず突然家を出ていってしまう。また、進学校に通い成績優秀の三男も、家の事情に鑑みて大学進学を諦めるが、居酒屋で仕事をすることに迷いを感じている。それを察した淳一郎は三男を叱責、100万円を渡し「旅させたほうがええんちゃうか」と突き放す。そんな中、新型コロナウイルスの影響が、澤井家の店も直撃してしまう。

 

2位:「シングルマザーの大家族 ~パパが遺してくれたもの~」6月28日放送

 千葉で暮らす續(つづき)家は4男6女合わせて10人の子どものいる大家族。3年前の7月、ダンプ運転手で一家を支えていた父・浩一が、突然くも膜下出血で42歳の若さで亡くなり、母・夕美子は一人で子どもたちを育てていくことになった。しかし次男(23)は定職につかず、三女(17)は高校を中退し、引きこもりになってしまう。節約をしても食費だけで10万を超えてしまうため、卵1パックを買うのもためらう生活が続き、1月には電気代を支払えず電気を止められてしまう。

 新型コロナによる休校も重なり、家庭内の雰囲気はすさんでいくか、散らかった家を長女夫婦の協力を得て片付けたところ、浩一が残した家族のビデオテープが見つかる。そこには家族全員の映像が残されていた。

3位:「最終学歴は中卒だけど… ~ボクの働く場所~」8月30日放送

 原宿のベンチャー企業「ハッシャダイ」は17~24歳の若者に向けた半年間のインターンプログラム「ヤンキーインターン」事業を4年前から始め、350人以上の若者を社会に送り出している。今回の放送では、そこに集った4人の中卒男性にフォーカスを当てる。

 古河は母子家庭で育ち、生活保護を受けているため、働いて得たアルバイト代を差し引かれる生活を送ってきた。親孝行がしたいと話すも、ギラギラと上昇志向の強いほかの参加者とのギャップに苦しみ、リタイアしたいと申し出る。一度は説得されるが、結局インターンから離脱してしまう。安藤はビジネス書や自己啓発書を愛読しており、要約ノートまで作る勉強家だ。病弱な母と多忙な父親という家庭に育ち、妹の世話も安藤がしていたためレベルの低い高校へ進学することになり、結局中退してしまったという。インターンの電話営業では優秀な成績を残すも、「次」を目指し2カ月でヤンキーインターンから離脱する。

 次期に参加した浅見は明るく、輪の中心にいるムードメーカーだ。国立大の付属小学校に通うほど優秀だったが、両親の離婚で生活が荒れ高校を中退する。しかしもともとの頭の良さを生かし電話営業の成績も優秀だ。しかし、その浅見の倍以上の営業成績をたたき出すのが伊藤。遠慮のなさで、ぐいぐい営業先に食い込んでいく伊藤だが、貧しい母子家庭で育ち、母親が精神病を患い小学3年生から不登校だったという。

 浅見は伊藤をライバル視しており、一方伊藤は大胆な営業スタイルとは裏腹に、皆の輪に入りたいものの食事も一人で取るなど人付き合いに苦手意識がある。ハッシャダイの講師で、ヤンキーインターンの一期生でもある前田は気を利かせ二人を焼肉に誘う。

4〜10位

4位「家族のカタチ ~ふたりのお母さんがいる家~」5月30日放送

5位「花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 前編」5月10日放送

6位「銀座の夜は いま・・・菜々江ママの天国と地獄」5月4日放送

7位「19歳の漂流 ~妊娠…出産…家族を求めて~」

8位「父と息子とはぐれた心 ~引きこもった僕の1年~」7月26日放送

9位「東京でビッグになりたい ~所持金10万円の上京ホームレス~」9月13日放送

10位「真夜中の洋菓子店 ~ケーキよりも大切なもの~」7月5日放送

 

『ザ・ノンフィクション』「親に悪い」が浮かばない子ども「『おじさん、ありがとう』~ショウとタクマと熱血和尚が遺したもの~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月27日は「『おじさん、ありがとう』~熱血和尚が遺したもの~」というテーマで放送された。当番組は民放連賞・テレビ教養番組最優秀賞を受賞している。

あらすじ

 愛知県岡崎市にある「平成の駆け込み寺」こと西居院の住職・廣中邦充さんは非行、虐待、引きこもり、薬物依存といったさまざまな事情から親の元で暮らせない子どもを、無償で引き取り、更生させてきた。

 2008年、西居院に九州からやってきた特攻服を着こなす古典的なヤンキー・タクマは、もともと将来を期待されたサッカー少年だった。しかし、母親が薬物依存で逮捕されたことで「九州の中学生ヤクザ」と呼ばれるまでに荒れ、西居院に預けられる。しかし西居院の中でのタクマは、兄貴分で面倒見がいい。

 同時期に西居院にやってきたショウは、「見るからにヤンキー」感はなく、生気のない少年だ。母親の再婚で生活が荒れだし、バイクを30秒で盗める腕を持つ。警察から矯正施設に預けられる前に、西居院へ引き取られた。

 しかし、ショウは不良グループの縄張りでバイクを盗んだことから目を付けられ、集団で暴行される。地域の不良グループは暴力団が背景にいることもあり、一度、暴力団と関係ができると手を切るのは困難になる。廣中さんは不良グループとショウのつながりを絶つため、金属バットを持った不良グループの集団に夜、話をつけに行く。

 感謝したショウは改心したのかと思いきや、その後も寺を飛び出し、西居院の子どもたちが冬の夜の街を探し回っても見つからない。その後、ようやく見つかったショウをタクマをはじめ、寺の子どもたちが本気で怒り、そこでショウはようやく改心する。

 廣中さん自身もかつては荒れた子どもだった。高校時代に退学を迫られたとき、校長に土下座して退学を回避しようとした担任の姿を見て改心したという。献身的に子どもを支え続けた廣中氏は、子どもたちに「逃げるな」と呼びかけ続けた。

 子どもたちの支援を続けてきた廣中さんだったが、12年に肺がんが発覚し、のちに脳にも転移する。寺を中学卒業とともに「卒業」したタクマは、18年に11年ぶりに、寝たきりとなった廣中さんを訪ねる。その後、19年4月、廣中さんは多くの西居院卒業生に見送られ69歳の生涯を終える。

 番組の最後のナレーションで、「この先、またつまずくことがあるかもしれないけれど、いつも心の中に笑顔のあの人(廣中さん)がいる」と語られていた。

「善悪を判断し、悪いことはしない」という、当たり前に思える倫理観は人にもともと備わっているものではなく、心の中に「(悪いことをすると)この人が悲しむ」という人物がいるからこそ善悪を判断できる、という話を聞いたことがある。その場合、浮かぶ顔の多くは親だろう。「親が悲しむ」「親に迷惑かけたくない」「親を心配させたくない」という思いが、人を踏みとどませる。

 しかし、「こんなことをしたら親が悲しむ」という感覚が育たなかった子どもや、家庭や学校の環境が過酷なあまり、その感覚をなくしてしまった子どもが、思春期を迎えて大人並みの腕力や体になるというのは恐ろしい状況だ。ある人にとっては、当たり前のように心に存在している「悪いことをしてはいけない」が通じないのだ。

 廣中さんは「こんなことをしたら親が悲しむ」の意識が希薄な子どもたちに対して、「廣中さんを悲しませてはいけない」という思いを植え付けたのだと思う。これは一朝一夕でできるようなものではなく、途方もない時間と献身が必要な行為だ。

 また、この行為はネットなど「言葉」の分野の弱いところで、限界があるように思う。いくら気の利いた言葉を遠くから重ねたところで、届きにくいように思うのだ。廣中さんのように、目の前に存在する生身の人間が「ここまでしてくれる」という、体温や手触りといった「リアルなもの」が力を持つように思える。

不登校が増えている現在、廣中さんはどうしただろうか

 令和2年版の法務省「犯罪白書」を見ると、少年による刑法犯・危険運転致死傷・過失運転致死傷等の検挙人員は近年減少を続けている。なお、これは「少年の人口比」を見ても減少傾向が続いており「単に子どもが減ったから」だけではなく、「罪を犯す」子どもの比率自体も減っていることがわかる。

 一方で増えているのは不登校だ。令和元年度の文科省資料「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」を見ると、子どもの数が減っているのにもかかわらず、不登校の子どもは「実数」として増えている。

 学校に行けない事情は個々にあり、学校でなくても勉強を進めることはできるだろう。しかし、もし時間を持て余しているとしたら心配だ。今は、時間を潰すツールも充実しているが、ネットやSNS、動画やゲームができて楽しいという気持ちは、そう長くは続かないだろう。そして「暇」な時間は、考えがネガティブに陥りやすい。やることがあれば考えずに済むことも、思い煩いかねない。

 また、「暇」という意識は「寂しさ」とくっつきやすいのも危険だ。座間9人殺害事件の白石隆浩被告は、毎日新聞の記事「SNSに助け求める人を救うには… 女性は座間事件の白石被告に質問を重ねた」において、記者の取材に対し「女の子はさみしいと思った瞬間に話をしたくなる。24時間の相談受け付け体制ができたら犯罪に巻き込まれないかも」と答えている。寂しさは、SNS上にいる危険な人物にすらすがってしまう危険性もはらんでいる。

 罪は犯さないが、不登校の子どもが増加している現代。廣中さんだったら、子どもや親になんと言うのだろう。

令和二年犯罪白書

令和元年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果

『ザ・ノンフィクション』女たちの献身を当然として受け取る”息子“「母さん ごめん ダメ息子の涙 ~六本木キャバクラボーイ物語~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月20日は「母さん ごめん ダメ息子の涙 ~六本木キャバクラボーイ物語~」というテーマで放送された。

あらすじ

 六本木でキャバクラのボーイをしているゆうせい、26歳。店の掃除は適当、ボーイなのに席に座って客と一緒に酒を飲むなど、好き放題にやっている。だが怒られてもへこたれず、座を盛り上げるなど愛嬌もある。

 ゆうせいはもともと真面目な野球少年で、区の大会で優勝しプロ野球選手を目指していたという。しかし、進学した甲子園常連の強豪校で、野球エリートに囲まれ挫折。その後、大手企業に就職するも3日で辞めてしまい、その後は女性の家を転々とするような日々を続ける。女性とのデートでも、先々で支払いは相手持ちだ。

 しかし、ゆうせいにもっとも「課金」しているのはゆうせいの母親だ。役所で堅い仕事をしてきた母親は、ゆうせいの暮らしぶりに業を煮やし、実家のカギを渡していないのだが、一方で、ゆうせいが家に入れるように窓のカギを一つ開けたままにしている。さらにゆうせいの小遣いになればと、家のわかりやすい場所に小銭を貯めておいている。

 そのうえ、家族カードだというクレジットカードを、ゆうせいに持たせてしまう。ゆうせいはそれをいいことに、10万円以上するスーツや3万円以上するスニーカーや旅行などに好き勝手カードを使いまくる。そして、その尻拭いは母親が自身の給料とボーナスで支払っているのだ。

 番組終盤で、母親はようやくゆうせいに渡していたクレジットカードを解約。ゆうせいは実家を訪ね2万円だけ返し、母親に手料理を振る舞う。しかし、その後もその日暮らしを続けるゆうせいに、母親から手紙と実家のカギが届く。「本当に困ることがあれば助けます。本当に困ることのないように考えて歩んでいってほしいと思います」と書かれた手紙に、能天気なゆうせいが珍しく涙する。

 今回の主人公、ゆうせいはいわゆる「ヒモ」としての力がある。番組内でも2人の女性の家を転々とし、食事も洗濯も女性任せ、友人との飲み会に参加するときには小遣いすらもらっていた。

 しかし、ゆうせいに使ってきた金額でいえば、そのトップは母親だろう。母親はすでに成人した息子になぜかクレジットカードを渡しており、番組の最後でついにカードを解約するまで、数年間、自分の給料でゆうせいの買ったものの支払いを続けてきた。

 ゆうせいが女性の前で金を出さずにいられるのは、この母親による教育の“賜物”だろう。もちろん、ゆうせいのもともとの性格も、かなりヒモの適性が高いように見える。そして『ザ・ノンフィクション』では、過去にゆうせいによく似た男が出てきていた。

 半年ほど前、『ザ・ノンフィクション』では、ワハハ本舗を破門になり、ギャラ飲みで生計を立てている52歳、小堀敏夫の生活について紹介していた(参照)。ともにヒモ気質なゆうせいと小堀には共通点がある。2人とも「反省」という感覚を知らないのでは、と思うくらい己を顧みないのだ。「反省しない」のではなく「反省できない」のかもしれない。

 反省という行動は成長につながるための重要なプロセスだが、一方で、反省は自分を責めることになるため、気持ちが暗くなりがちでもある。反省ができないゆうせいや小堀に、暗さはまったくなく、明るく能天気だ。「ヒモ」で生きるなら、明るいほうがいいだろう。うじうじしていて雰囲気を暗くさせるヒモなど、家にいてほしくない。

 小さなことをいつまでもくよくよ気にしてしまう人がいるように、ゆうせいや小堀のように、「反省できない人」もいるのだろう。そういうタイプの人間にいまさら「反省しろ」というのも、無茶な気がする。反省できないゆえの明るさを生かし、ヒモとして生きていくのは一つの道ではないかと思えた。

 一方で、ゆうせいは女性が食事の会計をしているとき、スマホに目を落とすなど気まずさを感じている様子がにじんでいた。もしかしたら、反省に近い感情はあるのかもしれない。

 ゆうせいは元野球少年で、母親は大会の日は一日中河川敷で砂まみれになりながらゆうせいを応援していたという。

 リトルリーグ所属など、本気の「野球少年」の世界は、保護者も大変だ。泥だらけのユニフォームの洗濯、炎天下で行われる試合の応援や送迎などのサポートと苦労も多いが、ゆうせいの母親はそれが楽しかったのだろう。実家のゆうせいの部屋には、ボロボロになった野球帽が大切に保管されていた。

こうした保護者の献身も、野球少年にしてみれば、「通常運転」なのだろう。保護者(実質的には母親)が、早起きして自分のために弁当を用意し、炎天下の中自分の試合をかいがいしく応援し、自分が汚したユニフォームを洗濯するのは当たり前だと思っている。

「母親のサポートはとてもありがたいことだ」と感謝の心を忘れない野球少年のほうが多いと信じたいが、中には「母親(=女性)はかいがいしく自分の世話をみてくれるものだ」と勘違いしたまま育つ野球少年も出てきてしまうように思う。

 母親側も、白球を追いかける息子がかわいいあまり、面倒を見すぎてしまうケースもあるだろう。そして、その果てが、ゆうせい親子に思えた。仲の良い母親と息子という関係の中で困っている分には自由だが、こういう男と結婚する「妻」は大変だ。

 次週は『「おじさん、ありがとう」~熱血和尚が遺したもの~』。熱血和尚と傷ついた子どもたちの触れ合いを追い続けた11年間の映像記録。今作は民放連賞・テレビ教養部門最優秀賞、ATP賞グランプリなど国内外で数々の放送賞を受賞している。

『ザ・ノンフィクション』女たちの献身を当然として受け取る”息子“「母さん ごめん ダメ息子の涙 ~六本木キャバクラボーイ物語~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月20日は「母さん ごめん ダメ息子の涙 ~六本木キャバクラボーイ物語~」というテーマで放送された。

あらすじ

 六本木でキャバクラのボーイをしているゆうせい、26歳。店の掃除は適当、ボーイなのに席に座って客と一緒に酒を飲むなど、好き放題にやっている。だが怒られてもへこたれず、座を盛り上げるなど愛嬌もある。

 ゆうせいはもともと真面目な野球少年で、区の大会で優勝しプロ野球選手を目指していたという。しかし、進学した甲子園常連の強豪校で、野球エリートに囲まれ挫折。その後、大手企業に就職するも3日で辞めてしまい、その後は女性の家を転々とするような日々を続ける。女性とのデートでも、先々で支払いは相手持ちだ。

 しかし、ゆうせいにもっとも「課金」しているのはゆうせいの母親だ。役所で堅い仕事をしてきた母親は、ゆうせいの暮らしぶりに業を煮やし、実家のカギを渡していないのだが、一方で、ゆうせいが家に入れるように窓のカギを一つ開けたままにしている。さらにゆうせいの小遣いになればと、家のわかりやすい場所に小銭を貯めておいている。

 そのうえ、家族カードだというクレジットカードを、ゆうせいに持たせてしまう。ゆうせいはそれをいいことに、10万円以上するスーツや3万円以上するスニーカーや旅行などに好き勝手カードを使いまくる。そして、その尻拭いは母親が自身の給料とボーナスで支払っているのだ。

 番組終盤で、母親はようやくゆうせいに渡していたクレジットカードを解約。ゆうせいは実家を訪ね2万円だけ返し、母親に手料理を振る舞う。しかし、その後もその日暮らしを続けるゆうせいに、母親から手紙と実家のカギが届く。「本当に困ることがあれば助けます。本当に困ることのないように考えて歩んでいってほしいと思います」と書かれた手紙に、能天気なゆうせいが珍しく涙する。

 今回の主人公、ゆうせいはいわゆる「ヒモ」としての力がある。番組内でも2人の女性の家を転々とし、食事も洗濯も女性任せ、友人との飲み会に参加するときには小遣いすらもらっていた。

 しかし、ゆうせいに使ってきた金額でいえば、そのトップは母親だろう。母親はすでに成人した息子になぜかクレジットカードを渡しており、番組の最後でついにカードを解約するまで、数年間、自分の給料でゆうせいの買ったものの支払いを続けてきた。

 ゆうせいが女性の前で金を出さずにいられるのは、この母親による教育の“賜物”だろう。もちろん、ゆうせいのもともとの性格も、かなりヒモの適性が高いように見える。そして『ザ・ノンフィクション』では、過去にゆうせいによく似た男が出てきていた。

 半年ほど前、『ザ・ノンフィクション』では、ワハハ本舗を破門になり、ギャラ飲みで生計を立てている52歳、小堀敏夫の生活について紹介していた(参照)。ともにヒモ気質なゆうせいと小堀には共通点がある。2人とも「反省」という感覚を知らないのでは、と思うくらい己を顧みないのだ。「反省しない」のではなく「反省できない」のかもしれない。

 反省という行動は成長につながるための重要なプロセスだが、一方で、反省は自分を責めることになるため、気持ちが暗くなりがちでもある。反省ができないゆうせいや小堀に、暗さはまったくなく、明るく能天気だ。「ヒモ」で生きるなら、明るいほうがいいだろう。うじうじしていて雰囲気を暗くさせるヒモなど、家にいてほしくない。

 小さなことをいつまでもくよくよ気にしてしまう人がいるように、ゆうせいや小堀のように、「反省できない人」もいるのだろう。そういうタイプの人間にいまさら「反省しろ」というのも、無茶な気がする。反省できないゆえの明るさを生かし、ヒモとして生きていくのは一つの道ではないかと思えた。

 一方で、ゆうせいは女性が食事の会計をしているとき、スマホに目を落とすなど気まずさを感じている様子がにじんでいた。もしかしたら、反省に近い感情はあるのかもしれない。

 ゆうせいは元野球少年で、母親は大会の日は一日中河川敷で砂まみれになりながらゆうせいを応援していたという。

 リトルリーグ所属など、本気の「野球少年」の世界は、保護者も大変だ。泥だらけのユニフォームの洗濯、炎天下で行われる試合の応援や送迎などのサポートと苦労も多いが、ゆうせいの母親はそれが楽しかったのだろう。実家のゆうせいの部屋には、ボロボロになった野球帽が大切に保管されていた。

こうした保護者の献身も、野球少年にしてみれば、「通常運転」なのだろう。保護者(実質的には母親)が、早起きして自分のために弁当を用意し、炎天下の中自分の試合をかいがいしく応援し、自分が汚したユニフォームを洗濯するのは当たり前だと思っている。

「母親のサポートはとてもありがたいことだ」と感謝の心を忘れない野球少年のほうが多いと信じたいが、中には「母親(=女性)はかいがいしく自分の世話をみてくれるものだ」と勘違いしたまま育つ野球少年も出てきてしまうように思う。

 母親側も、白球を追いかける息子がかわいいあまり、面倒を見すぎてしまうケースもあるだろう。そして、その果てが、ゆうせい親子に思えた。仲の良い母親と息子という関係の中で困っている分には自由だが、こういう男と結婚する「妻」は大変だ。

 次週は『「おじさん、ありがとう」~熱血和尚が遺したもの~』。熱血和尚と傷ついた子どもたちの触れ合いを追い続けた11年間の映像記録。今作は民放連賞・テレビ教養部門最優秀賞、ATP賞グランプリなど国内外で数々の放送賞を受賞している。

『ザ・ノンフィクション』警察沙汰を起こす小学生の実像とは「悪ガキとひとつ屋根の下で ~夢の力を信じた10年の物語~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月13日は「悪ガキとひとつ屋根の下で ~夢の力を信じた10年の物語~」というテーマで放送された。

あらすじ

 東京・足立区で格闘技ジムを運営する古川誠一は、学校や家庭で問題を起こした少年を自宅に引き取り一緒に暮らしている。自らも荒れた過去を持つ古川は、子育てに困った親たちから荒れる子どもたちを引き受ける「駆け込み寺の和尚」として機能しているのだ。

 今、古川のもとで暮らす少年、青年は4人。まず曾祖母に手を上げてしまった小学4年生のユウセイ。小学5年生のコジロウは、家族に暴力を振るい警察を呼ばれる騒動も起こしている。

 一方、青年の2人はかつて「悪ガキ」だったが、今は落ち着き、格闘技において成果を残している。10歳の頃に古川に引き取られた武居由樹はK-1世界王者となった今も、古川の元で暮らしている。

 同様に中野滉太も成長を遂げ、初のタイトルマッチが決定。チャンピオンになって会長に恩返ししたいと話していた中野だったが、試合前日、減量に失敗し病院に担ぎ込まれてしまう。事前計量をパスできず、たとえチャンピオンを倒したとしてもタイトルを奪えない中、当日後楽園ホームで中野は戦い、試合には負けたが観客から温かい拍手で迎えられていた。

「警察沙汰」とあどけない表情のギャップ

 家族に暴力を振るう小学生男子という番組ホームページの説明を見て、ふてぶてしく粗暴な小学生を想像してしまったが、ユウセイ、コジロウの、声変わりも迎えていない声と、あどけない顔立ちを見て拍子抜けしてしまった。緊張からか、2人とも番組スタッフに対しても敬語で話し、うつむきがちでしおらしい。古川にも従順に見えた。

 しかしコジロウは家族に対しかんしゃくを起こし、車をキックボードで殴っただけでは収まらず、妹が乗った状態のチャイルドシートを車の外に落とすなど荒れに荒れてしまう。親により警察に通報されて、パトカーで警察署に連れていかれたすさまじい経歴がある。

 番組内では、中野の小学生時代の姿も映されていた。あどけない表情の過去の中野は、ガキ大将として近所の子どもを引き連れ公園で遊ぶのだが、その際、砂に足で円を描き「ここの円から出たやつぶっ殺すから」 と叫ぶ。ここまでだと「小学生男子あるある」ともいえるが、その円から出てしまったのであろう子の髪をつかんで執拗に引っ張り回す姿を見て、「このままだとマズそうだ」と感じた。

 番組ナレーションでは古川の発言として、「幼い頃の愛情不足で10歳くらいから悪の芽が出てくる。その時期に徹底的に厳しさと愛情を注ぎこむことで、その子のその後の生き方が変わってくる」と紹介していた。

 小学校高学年くらいが、粗暴な少年にとって最後のチャンスなのかもしれない。これが中学生くらいになれば母親より体が大きくなってしまう。幸い、現在21歳の中野は、世の中のふらふらした21歳よりもずっとしっかりして落ち着いており、古川への感謝の思いを丁寧に話す真面目な武道青年に成長していた。

 少年たちは古川のもとではしおらしい。また、中野の幼少期の映像を見ると、公園ではガキ大将だったが、2歳年上の兄貴分の武居にはまったく頭が上がらないようだった。問題行動を起こす子どもを「強さ、力、厳しさ」で律することを嫌がる人もいるだろうし、私もその一人だが、一方でそういったもので指導されることを求める人、そこに安心感を覚える人も一定数いるのではないかと感じた。

 「強さ」と「優しさ」のどちらがいい悪いではなく、子どもそれぞれの性格や、子どもの置かれた状況に応じたバランスを見極めていくことが大切なのだろう。「強さ、力、厳しさ」を求めるタイプの子どもにとって、昨今の「優しさ」重視とも思える子育てでは、行き場のないパワーが溜まってしまうのかもしれない。それが問題行動という形で噴出しているのだろうか。

「ほっとけない」保護者

 番組内で育ての親である曾祖母に暴力を振るうと紹介されていたユウセイ。「年老いた曾祖母に暴力」という言葉だけ見たときは、「なんて子どもだ」と思ったが、番組を見ていて少々印象が変わった。

 8月15日の「終戦の日」は、古川のジムのメンバーが総出で足立区のジムから靖国神社まで歩くイベントを毎年行っているという。出発前にユウセイを訪ねた曾祖母は、タオルを事前に濡らせとユウセイにしつこく言っていた。

 曾祖母の発言は心配と善意からのものなのはよくわかるが、こう何度もくどくど言われては、たとえそれが正論であっても、本当にイライラするだろうとユウセイに同情してしまった。曾祖母に悪気がないのは本当にわかるのだが、タオルを濡らしたくなったら途中のコンビニで洗面台を借りればいいのだ。田舎ならともかく、足立区から靖国神社までならいくらでもコンビニはあるだろう。

 放っといていいときは好きにやらせる、というのは子どもへのギフトだと思う。「あなたのためを思って」を大義名分にして、ただでさえカッとなりやすい子どもの導火線にあえて火をつけに行く保護者もいるのだろう、と思ってしまった。

 次週は「母さん ごめん ダメ息子の涙 ~六本木キャバクラボーイ物語~」。六本木でキャバクラボーイをしている26歳のゆうせい。大学卒業後に就職した大手企業をわずか3日で辞めてからは、定職に就く気もなく、女のもとに転がり込む生活を続けている。そんなゆうせいはかつてはプロ野球選手を目指していた将来有望な野球少年だった。ゆうせいと、ゆうせいの自立を願う母親の3年間の記録。

『ザ・ノンフィクション』警察沙汰を起こす小学生の実像とは「悪ガキとひとつ屋根の下で ~夢の力を信じた10年の物語~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月13日は「悪ガキとひとつ屋根の下で ~夢の力を信じた10年の物語~」というテーマで放送された。

あらすじ

 東京・足立区で格闘技ジムを運営する古川誠一は、学校や家庭で問題を起こした少年を自宅に引き取り一緒に暮らしている。自らも荒れた過去を持つ古川は、子育てに困った親たちから荒れる子どもたちを引き受ける「駆け込み寺の和尚」として機能しているのだ。

 今、古川のもとで暮らす少年、青年は4人。まず曾祖母に手を上げてしまった小学4年生のユウセイ。小学5年生のコジロウは、家族に暴力を振るい警察を呼ばれる騒動も起こしている。

 一方、青年の2人はかつて「悪ガキ」だったが、今は落ち着き、格闘技において成果を残している。10歳の頃に古川に引き取られた武居由樹はK-1世界王者となった今も、古川の元で暮らしている。

 同様に中野滉太も成長を遂げ、初のタイトルマッチが決定。チャンピオンになって会長に恩返ししたいと話していた中野だったが、試合前日、減量に失敗し病院に担ぎ込まれてしまう。事前計量をパスできず、たとえチャンピオンを倒したとしてもタイトルを奪えない中、当日後楽園ホームで中野は戦い、試合には負けたが観客から温かい拍手で迎えられていた。

「警察沙汰」とあどけない表情のギャップ

 家族に暴力を振るう小学生男子という番組ホームページの説明を見て、ふてぶてしく粗暴な小学生を想像してしまったが、ユウセイ、コジロウの、声変わりも迎えていない声と、あどけない顔立ちを見て拍子抜けしてしまった。緊張からか、2人とも番組スタッフに対しても敬語で話し、うつむきがちでしおらしい。古川にも従順に見えた。

 しかしコジロウは家族に対しかんしゃくを起こし、車をキックボードで殴っただけでは収まらず、妹が乗った状態のチャイルドシートを車の外に落とすなど荒れに荒れてしまう。親により警察に通報されて、パトカーで警察署に連れていかれたすさまじい経歴がある。

 番組内では、中野の小学生時代の姿も映されていた。あどけない表情の過去の中野は、ガキ大将として近所の子どもを引き連れ公園で遊ぶのだが、その際、砂に足で円を描き「ここの円から出たやつぶっ殺すから」 と叫ぶ。ここまでだと「小学生男子あるある」ともいえるが、その円から出てしまったのであろう子の髪をつかんで執拗に引っ張り回す姿を見て、「このままだとマズそうだ」と感じた。

 番組ナレーションでは古川の発言として、「幼い頃の愛情不足で10歳くらいから悪の芽が出てくる。その時期に徹底的に厳しさと愛情を注ぎこむことで、その子のその後の生き方が変わってくる」と紹介していた。

 小学校高学年くらいが、粗暴な少年にとって最後のチャンスなのかもしれない。これが中学生くらいになれば母親より体が大きくなってしまう。幸い、現在21歳の中野は、世の中のふらふらした21歳よりもずっとしっかりして落ち着いており、古川への感謝の思いを丁寧に話す真面目な武道青年に成長していた。

 少年たちは古川のもとではしおらしい。また、中野の幼少期の映像を見ると、公園ではガキ大将だったが、2歳年上の兄貴分の武居にはまったく頭が上がらないようだった。問題行動を起こす子どもを「強さ、力、厳しさ」で律することを嫌がる人もいるだろうし、私もその一人だが、一方でそういったもので指導されることを求める人、そこに安心感を覚える人も一定数いるのではないかと感じた。

 「強さ」と「優しさ」のどちらがいい悪いではなく、子どもそれぞれの性格や、子どもの置かれた状況に応じたバランスを見極めていくことが大切なのだろう。「強さ、力、厳しさ」を求めるタイプの子どもにとって、昨今の「優しさ」重視とも思える子育てでは、行き場のないパワーが溜まってしまうのかもしれない。それが問題行動という形で噴出しているのだろうか。

「ほっとけない」保護者

 番組内で育ての親である曾祖母に暴力を振るうと紹介されていたユウセイ。「年老いた曾祖母に暴力」という言葉だけ見たときは、「なんて子どもだ」と思ったが、番組を見ていて少々印象が変わった。

 8月15日の「終戦の日」は、古川のジムのメンバーが総出で足立区のジムから靖国神社まで歩くイベントを毎年行っているという。出発前にユウセイを訪ねた曾祖母は、タオルを事前に濡らせとユウセイにしつこく言っていた。

 曾祖母の発言は心配と善意からのものなのはよくわかるが、こう何度もくどくど言われては、たとえそれが正論であっても、本当にイライラするだろうとユウセイに同情してしまった。曾祖母に悪気がないのは本当にわかるのだが、タオルを濡らしたくなったら途中のコンビニで洗面台を借りればいいのだ。田舎ならともかく、足立区から靖国神社までならいくらでもコンビニはあるだろう。

 放っといていいときは好きにやらせる、というのは子どもへのギフトだと思う。「あなたのためを思って」を大義名分にして、ただでさえカッとなりやすい子どもの導火線にあえて火をつけに行く保護者もいるのだろう、と思ってしまった。

 次週は「母さん ごめん ダメ息子の涙 ~六本木キャバクラボーイ物語~」。六本木でキャバクラボーイをしている26歳のゆうせい。大学卒業後に就職した大手企業をわずか3日で辞めてからは、定職に就く気もなく、女のもとに転がり込む生活を続けている。そんなゆうせいはかつてはプロ野球選手を目指していた将来有望な野球少年だった。ゆうせいと、ゆうせいの自立を願う母親の3年間の記録。

『ザ・ノンフィクション』定住しない30男、「住まい」に関する信念「ボクのおうちに来ませんか ~モバイルハウスで見る夢~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月6日は「ボクのおうちに来ませんか ~モバイルハウスで見る夢~」というテーマで放送された。

あらすじ

 神奈川県・相模原市の山深い集落の空き地に地元住民の許可を取り、「モバイルハウス」を止め暮している二人の若者がいる。一人は自称・生活冒険家の赤井成彰(31)。赤井のモバイルハウスは軽トラを改造した移動式コーヒーショップのようなこじゃれた外観、内装で、中腰にならずに立てるほどの高さもある。赤井のモバイルハウス生活は500日を超え、自分の暮らしをインスタで発信し、講演活動なども行っている。

 もう一人は漫画家のおぐりちはや(28)。半年前からモバイルハウス生活を始めている。赤井の自動車を基にしたモバイルハウスと異なり、リアカーを基にしたモバイルハウスは「大きめの棺桶」のような形状で、赤井の「暮らすため」の形状というより寝るためだけの形状に見える。

 赤井の実家は金沢にある。医師の父親と茶道家の母親がおり、実家は和室に茶釜のある豪邸だ。赤井自身は実家が金持ちだ、と言われることを嫌がっており、北海道大学からバンダイに就職した順調な人生から一転、モバイルハウス生活に切り替えるなど、人生の模索を続ける。

 一方のおぐりには付き合って2年の恋人、29歳のゆりかがいる。ゆりかは自身で35年ローンを組み自由が丘の1LDKのマンションを購入した。川で行水をするといった生活を送るおぐりは、ゆりかの新居で風呂に入れる暮らしに癒やされ、赤井からモバイルハウスで暮らす人たちが集まれる場所を作ろう、と話があったものの自由が丘の快適な暮らしからなかなかモバイルハウスに戻れない。しかし結局、モバイルハウスの暮らしに戻る。

 おぐりはゆりかをモバイルハウスに招待する。おぐりはゆりかとの結婚を望むが、一方のゆりかは「この離れた生活で結婚はちょっと……」「衣食住なら「住」は結構ちゃんと(したい)」番組スタッフに話し、2人の生活観、結婚観にはずれが見られていた。

 30歳前後、アラサーといわれる年代は、10代とはまた違う特有の“万能感”や“自己肯定感”を抱きがちなように思う。私自身、その頃は自身に対して不思議な万能感を覚えていた。それはきっと、仕事に慣れてきて、自分で生計を立てられるようになり、気兼ねなく金も使え、社会との付き合い方がそれなりにわかってきたことによる自信なのだと思う。

 赤井やおぐりの選択も、そうした自分への肯定感や万能感が背景にあるのかもしれない。赤井のようにモバイルハウスについて講演を行うなど、選択に対して成果があれば、なお「自分は間違えていない」「間違えるはずもない」という気持ちになりやすいような気もする。

 一方、自分が「親」になっていると、そうした感覚は難しいのかもしれない。小さな子どもに振り回される生活では、自分の思うように生きることはできない。赤井が学生時代の友人・島田の家を訪ねた時、妻子と暮らす島田は親の大変さやありがたみが親になってはじめてわかった、と大人の発言をしていた。赤井はどんな思いで島田の発言を聞いていたのだろう。

 赤井に限らず、「持たない/断捨離/働きすぎない/自分らしい暮らし」系を実践する人は増えている。その中には赤井のように、ストイックというか、もはや暮らしにくいのでは、と思えるくらい極端な例も見受けられる。自分のチョイスに自信のある人も多いだろう。

 赤井の母親は息子に対し、たしなめるでも諭すでもなく優しく、「『これがよかったかな?』とか『自分が本当にこれで幸せだったか』なんて、今思っているのと10年後の本当のことは一緒じゃないかも」と話していた。これは至言だと思うが、赤井にはどう響いたのだろうか。

 自身を振り返っても、アラサーの持つ万能感はこの世代の“はしか”のようなものであり、永遠ではないと思う。そして、それが終わったときに訪れる「中年の危機」はきついものがあった。しかし、自身の中にある万能感のようなパッションを否定すると、いつまでもくすぶりかねない。結局は、付き合っていくしかないのだろう。

「住まい」に関する信念

 赤井は「ボクの暮らしを見て『自分はどんな暮らしをしたいのかな』って、みんなが考えるきっかけになったらいいなって」「ボクのやろうとしている暮らしは極端です。ボクもやったうえで、それを続けるかわからない。でも、やったことがないからやってみたい」と、自身の生き方について率直な思いを話していた。

 おぐりの彼女、ゆりかも「軸を変えてみたら、そっち(モバイルハウス的な暮らし)も、もしかしたら不自由で、もしかしたら縛られている?」と言葉を選びつつ話していた。この二人の「住まい」に対するそれぞれの思い、信念は、番組を見ていてよく伝わった。

 一方、おぐりはモバイルハウスに住むことについて「(山の)ちょっと過酷な環境で生きてるって思うことが、自分の中の安心になっているのかな」などと話していた。自由が丘での生活も満喫していたし、赤井、ゆりかの思いと比べて自身の「住まい」に関する思いがふんわりとしていて、どうもよくわからなかった。

 しかし、この曖昧な感じは「穏やかさ」にもつながっている気がする。おぐりは見るからに穏やかだ。旧態的な男らしさをゆりかにふりかざす姿など想像もつかない。だから、ゆりかはおぐりと付き合っていて、赤井もおぐりを相棒のようにしているのだろうとも思う。

 次週は「悪ガキと ひとつ屋根の下で ~夢の力を信じた10年の物語~」。家族に暴力をふるう、荒れた「小学生」男子。そんな少年たちを父親代わりとして育てる格闘技トレーナー、古川誠一の10年間。

『ザ・ノンフィクション』定住しない30男、「住まい」に関する信念「ボクのおうちに来ませんか ~モバイルハウスで見る夢~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月6日は「ボクのおうちに来ませんか ~モバイルハウスで見る夢~」というテーマで放送された。

あらすじ

 神奈川県・相模原市の山深い集落の空き地に地元住民の許可を取り、「モバイルハウス」を止め暮している二人の若者がいる。一人は自称・生活冒険家の赤井成彰(31)。赤井のモバイルハウスは軽トラを改造した移動式コーヒーショップのようなこじゃれた外観、内装で、中腰にならずに立てるほどの高さもある。赤井のモバイルハウス生活は500日を超え、自分の暮らしをインスタで発信し、講演活動なども行っている。

 もう一人は漫画家のおぐりちはや(28)。半年前からモバイルハウス生活を始めている。赤井の自動車を基にしたモバイルハウスと異なり、リアカーを基にしたモバイルハウスは「大きめの棺桶」のような形状で、赤井の「暮らすため」の形状というより寝るためだけの形状に見える。

 赤井の実家は金沢にある。医師の父親と茶道家の母親がおり、実家は和室に茶釜のある豪邸だ。赤井自身は実家が金持ちだ、と言われることを嫌がっており、北海道大学からバンダイに就職した順調な人生から一転、モバイルハウス生活に切り替えるなど、人生の模索を続ける。

 一方のおぐりには付き合って2年の恋人、29歳のゆりかがいる。ゆりかは自身で35年ローンを組み自由が丘の1LDKのマンションを購入した。川で行水をするといった生活を送るおぐりは、ゆりかの新居で風呂に入れる暮らしに癒やされ、赤井からモバイルハウスで暮らす人たちが集まれる場所を作ろう、と話があったものの自由が丘の快適な暮らしからなかなかモバイルハウスに戻れない。しかし結局、モバイルハウスの暮らしに戻る。

 おぐりはゆりかをモバイルハウスに招待する。おぐりはゆりかとの結婚を望むが、一方のゆりかは「この離れた生活で結婚はちょっと……」「衣食住なら「住」は結構ちゃんと(したい)」番組スタッフに話し、2人の生活観、結婚観にはずれが見られていた。

 30歳前後、アラサーといわれる年代は、10代とはまた違う特有の“万能感”や“自己肯定感”を抱きがちなように思う。私自身、その頃は自身に対して不思議な万能感を覚えていた。それはきっと、仕事に慣れてきて、自分で生計を立てられるようになり、気兼ねなく金も使え、社会との付き合い方がそれなりにわかってきたことによる自信なのだと思う。

 赤井やおぐりの選択も、そうした自分への肯定感や万能感が背景にあるのかもしれない。赤井のようにモバイルハウスについて講演を行うなど、選択に対して成果があれば、なお「自分は間違えていない」「間違えるはずもない」という気持ちになりやすいような気もする。

 一方、自分が「親」になっていると、そうした感覚は難しいのかもしれない。小さな子どもに振り回される生活では、自分の思うように生きることはできない。赤井が学生時代の友人・島田の家を訪ねた時、妻子と暮らす島田は親の大変さやありがたみが親になってはじめてわかった、と大人の発言をしていた。赤井はどんな思いで島田の発言を聞いていたのだろう。

 赤井に限らず、「持たない/断捨離/働きすぎない/自分らしい暮らし」系を実践する人は増えている。その中には赤井のように、ストイックというか、もはや暮らしにくいのでは、と思えるくらい極端な例も見受けられる。自分のチョイスに自信のある人も多いだろう。

 赤井の母親は息子に対し、たしなめるでも諭すでもなく優しく、「『これがよかったかな?』とか『自分が本当にこれで幸せだったか』なんて、今思っているのと10年後の本当のことは一緒じゃないかも」と話していた。これは至言だと思うが、赤井にはどう響いたのだろうか。

 自身を振り返っても、アラサーの持つ万能感はこの世代の“はしか”のようなものであり、永遠ではないと思う。そして、それが終わったときに訪れる「中年の危機」はきついものがあった。しかし、自身の中にある万能感のようなパッションを否定すると、いつまでもくすぶりかねない。結局は、付き合っていくしかないのだろう。

「住まい」に関する信念

 赤井は「ボクの暮らしを見て『自分はどんな暮らしをしたいのかな』って、みんなが考えるきっかけになったらいいなって」「ボクのやろうとしている暮らしは極端です。ボクもやったうえで、それを続けるかわからない。でも、やったことがないからやってみたい」と、自身の生き方について率直な思いを話していた。

 おぐりの彼女、ゆりかも「軸を変えてみたら、そっち(モバイルハウス的な暮らし)も、もしかしたら不自由で、もしかしたら縛られている?」と言葉を選びつつ話していた。この二人の「住まい」に対するそれぞれの思い、信念は、番組を見ていてよく伝わった。

 一方、おぐりはモバイルハウスに住むことについて「(山の)ちょっと過酷な環境で生きてるって思うことが、自分の中の安心になっているのかな」などと話していた。自由が丘での生活も満喫していたし、赤井、ゆりかの思いと比べて自身の「住まい」に関する思いがふんわりとしていて、どうもよくわからなかった。

 しかし、この曖昧な感じは「穏やかさ」にもつながっている気がする。おぐりは見るからに穏やかだ。旧態的な男らしさをゆりかにふりかざす姿など想像もつかない。だから、ゆりかはおぐりと付き合っていて、赤井もおぐりを相棒のようにしているのだろうとも思う。

 次週は「悪ガキと ひとつ屋根の下で ~夢の力を信じた10年の物語~」。家族に暴力をふるう、荒れた「小学生」男子。そんな少年たちを父親代わりとして育てる格闘技トレーナー、古川誠一の10年間。

『ザ・ノンフィクション』認知症の妻の老老介護、最期の日々「おかえり お母さん~その後の『ぼけますから、よろしくお願いします。』~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月29日は「おかえり お母さん~その後の『ぼけますから、よろしくお願いします。』~」というテーマで放送された。

あらすじ

 映像ディレクターの信友直子は20年ほど前から、帰省のたびに広島県呉市で暮らす両親の姿を撮影するようになる。2014年、母の文子(当時85歳)にアルツハイマー型の認知症の症状がみられるようになり、父、良則(当時93歳)による老々介護が始まる。

 当初、文子の症状はりんごを買ったことを忘れ、また購入してしまう程度だったが、16年には洗濯機に入れておいた洗う前の洗濯物を床の上に出し、そこに寝転んでしまうほどになる。明るく働き者だった文子は昼でも横になることが増えていく。文子自身も「わからんのよ わからんのよ バカになってしもうたじゃけん」「(良則、直子に)迷惑かけるね」と自身の症状への恐怖、不安、やるせなさを言葉にする。

 その一方で文子は荒れる日もあり、「包丁持ってきてくれ」「死ぬるもう私は」「邪魔になるけん死にたい」と叫ぶこともあったが、その2時間後にはやたら恐縮し、良則は「朝のこと(死にたいと激高したこと)があるんじゃろう、悪いことをしたと思うて」と文子の心境を話す。

 18年10月。直子が両親を撮影した映像をまとめた映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の公開のひと月前、文子が病院に救急搬送される。自宅で食事中に脳梗塞で倒れてしまったのだ。集中治療室で文子は良則、直子に「手がかかるようになってごめんね」と話す。

 良則は毎日1時間かけ病院まで歩き文子を見舞う。一人暮らしとなった生活に、良則ががっくりきてしまわないか心配だった直子だが、良則は文子を自宅で引き取ろうと、体力づくりに励み、直子に対しては「あんたは働ける間は働いてもええよ、親のことをそがいに心配せんでもええよ」と励ます。

 文子も入院しながらリハビリを続けていたが、18年12月、脳梗塞を再発。寝たきりになる可能性が高いことを告げられる。19年の6月には寝たきりになり、反応はほとんどなく、療養型の病院に転院することになる。

 転院の際のタイミングで一度だけ自宅に寄ってもらい、8カ月振りに文子は我が家へ帰る。家の椅子に座ったとたん、それまでほとんど反応がなかった文子は「あー」と叫んで涙をこぼしていた。

 その後、20年6月。入院先の病院から、文子が危篤状態になったと連絡が届く。新型コロナウイルスにより面会は通常禁じられていたが特別に許され、良則は文子に「わしも今年の11月に100歳になるけんのう、(呉市から記念品を)もろうたら真っ先に持ってくるけんのう。(市役所に)願書を出したけん、何かくれるんじゃろう思うよ。もろうたら真っ先に持ってくるけんのう、待っとれよ。元気を出しての、ごちそうでも食うかい。わしゃあハンバーグが食いたいんじゃ、あんたも一緒に食おうで」と呼びかける。

 文子はその後10日以上持ちこたえたが、6月14日に良則、直子に看取られ眠るように亡くなる。享年91歳。

 新型コロナウイルスの影響で、近くの親族だけで葬儀は行われ、良則は文子の棺桶に「あの世で仲良く暮らしましょう 文子様 良則」と書いた花短冊を入れた。

 今回は、認知症を発症した妻の老々介護という、どこまでも暗くなってしまいそうなテーマながら、どこかで「明るさ」を感じさせる映像になっている。それは良則、文子の夫婦二人とも、ユーモアを大切にしているからのように感じた。

 文子は17年の正月に「ぼけますからよろしくお願いします」と直子に声をかけるし、良則は危篤状態になった文子の枕元で、「(呉市が)何かくれるんじゃろう思うよ」と話し、元気になってハンバーグを食べに行こうと呼びかける。この二人にはユーモアのセンスがある。

 暗くなりそうな状況をユーモアで逃がしてやる、というのは、生きる知恵だと思う。暗い悩みと正面から向き合い、真面目に、深刻になればいいというものでもない。真面目に、深刻に悩めば悩むほど、そんな自分のことを「(悩みに向き合っていて)立派だ」と思いかねないだろう。しかし、深刻な状況をユーモアで「いなす」という選択肢もある。

 そんな良則と文子のユーモアのセンスは娘、直子の映像に引き継がれていると感じた。

100歳にして妻子を守る良則の姿

 妻、文子が入院中に、自宅に戻ってからも介護できるよう、100歳前にしてトレーニング器具で体力づくりに励み、娘、直子が仕事を辞めて介護をしようかと話すと、「あんたは働ける間は働いてもええよ、親のことをそがいに心配せんでええよ」と返す良則はカッコよかった。

 昨今、「男だってつらい」「親だってつらい」をはじめ、「生きるのがつらい」という意見を特にネットの記事やトレンドワードで見る。実際、生きていくのは大変だし、弱音を吐かねば押し潰される、というときに弱音で逃がしてやるのは大切なことだ。

 だが、それが「癖」「習慣」になるのはまずいのではないかと思う。弱音を習慣的に見れば見るほど、「弱っている状態」が自分の標準、基準になっていってしまって、頑張れなくなる気がする。なので、良則の、100歳にして弱音を吐かず、妻と子どもを守るべく、曲がった背中で奮闘する姿を見て、心に火が付くとともに、こんなふうに生きようとする気概のある大人は今どのくらいいるのだろうと思った。

 次週は「ボクのおうちに来ませんか ~モバイルハウスで見る夢~」。車を住めるように改造し、そこを自宅にして夏は涼しい場所、冬は暖かいへ移動する「モバイルハウス」で暮らす若者が増えているという。二人のモバイルハウスで暮らす青年から「自由な生き方」と「快適な暮らし」の間を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』臓器を提供する、しない? 死生観に結びつく臓器移植の現状「私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~ 後編

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月22日は「私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~ 後編」というテーマで放送された。

あらすじ

 難病により心臓移植を待つ2人と、その家族に焦点を当てた回。

 容子51歳(取材時、2018年時)は42歳の時に心臓が肥大化し、血液を送り出す心臓のポンプ機能が低下してしまう原因不明の難病、拡張型心筋症を発症する。悪化すると心臓移植しか手段がない。容子は補助人工心臓(VAD、通称バド)の入ったワンショルダーのリュックを常にしょいながら心臓移植を待つ日々を送る。

 容子と同じ拡張型心筋症で、患者会で交流を続ける平澤弘章(当時41歳)は、VADをつけた生活が2年半になる。平澤の妻・友子は、平澤の病気を知ったうえで結婚した。平澤は、VADの刺入部(体にケーブルが刺さっている部分)からさまざまな菌に感染してしまい、入院生活が長引く。退院に望みをかけてVADの交換手術を受けるが、術後3日たっても意識が戻らない。

 手術から3カ月後、スタッフが平澤を訪ねると、ベッドに寝たままで鼻には管が刺さった状態だったが、平澤は意識を取り戻し話せるまで回復していた。その後、自分の足で歩けるまでに回復し退院、友子との生活を再開する。

 一方、容子は夫との関係がギクシャクすることもあったが、VADを入れて5年、心臓提供の一報が入る。手術当日、容子は「すごい葛藤の中で、この向こう側で(心臓の提供を)決断している家族の方たちがいらっしゃるんだなって」と思いを話す。そして、もしも、万が一手術が失敗に終わったときには、自分の使える体を全部ドナーとして提供すると言葉を残し、容子は手術に挑む。

 移植は成功。容子はVADを入れてる間はできなかった車の運転や一人での買い物ができるようになり、自宅で家族と生活をしている。なお、ドナーの家族には定期的にお礼の手紙を送っているという。

 病気を抱えると、闘病そのものの肉体的ダメージはもちろんだが、それに伴い家族、雇用先との関係が悪化することもあり、そうした精神的なダメージも深刻だ。

 心臓移植は、日本では5年以上「待機」の状態が続くそうで、本人、家族、関係者の闘病も長期戦になる。支える側も、1週間で回復する見込みがあるなら優しくできるだろうが、それが年単位になれば、なかなかうまくいかない日だってあるはずだ。番組の前後編を見ても、平澤と平澤の元雇用先、平澤の妻・友子と義両親、容子と夫の関係が悪化していく様子が見えた。平澤、友子、容子それぞれが、相手から言われた言葉についてこぼしていた。

 病気そのもの以外の、こういった二の矢が刺さってしまうのが、難病のつらさだと思う。その言葉だけを取り出してみると、確かに心無い一言に聞こえる。ただそれは、すでに関係がギクシャクとしている中での一言だ。相手にも言い分はあるだろう。こう冷静に思えるのも、他人だからであり、もし私が言われた側なら、確実に根に持ち、文句を言いまくるとは思う。

 関係がギクシャクしたら、すでにときは遅いのであり、その前に事態を収められたらベストなのだが、病めるときにそれを求めるのも難しい。一方で、容子も平澤も患者会など、「同じ病を持つ人同士で気兼ねなく思いを話せる場」に積極的に参加しているのは、日々をよりよく生きていく知恵だと感じた。似た境遇でないと分かち合えないことがあるだろう。

 番組内で「日本の臓器提供は進んでいない」との説明があったが、どのくらいの数なのか調べてみた。

 日本臓器移植ネットワークホームページによると、死後の臓器提供は、米国が人口3億2800万人に対して年間約1万人なのに対し、日本は人口1億2000万人に対して年間100人前後とある。欧州諸国や韓国などと比べても、日本の数字は目立って低い。

 しかし、ほかの諸政策のように「諸外国に比べ日本は遅れているから、積極的に進めていこう」とするのも、違うような気がする。臓器提供は死生観に直結する部分だ。「死生観」は「性の価値観」とともに、究極的にプライベートな領域の話だと私は思っている。

 「(臓器を)あげる、あげたくない、もらいたい、もらいたくない」ということについて、どう考えるかは、当人の自由であるべきだと思うのだ。

 しかし、それまでは自分には関係のない話だと思っていた心臓移植について、2週にわたって容子と平澤が闘病する様子や、また、提供された心臓が車で運ばれる様子、さらには容子が術後も免疫抑制剤への影響から夏みかんや生もの、カビ系のチーズなどが食べられないと話す様子など、一つひとつのエピソードが映像の力によってリアルに伝わり、対岸の話ではなく、生きている人間の話なのだ、と距離が近いものになった。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「おかえり お母さん~その後の「ぼけますから、よろしくお願いします。」~」。認知症の母と老老介護する父の暮らしを、映像作家の「私」が撮った看取りまでの記録。なお、同作は映画公開もされており、全国で18万人以上を動員している。前回のレビュー『ザ・ノンフィクション』87歳認知症の母を介護する95歳の父「ぼけますから、よろしくお願いします。 ~特別編~」はこちら

日本臓器移植ネットワークホームページ