『ザ・ノンフィクション』新入社員が“ネット炎上”、会社の下した判断とは?「就職先はさる軍団2 ~汗と涙の新入社員物語~ 後編」

 7月16日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「就職先はさる軍団2 ~汗と涙の新入社員物語~ 後編」。

あらすじ

 2022年4月に「日光さる軍団」に入社した新人たちを見つめる前後編の後編。

▼前編のレビュー▼

 村崎太郎は、かつて「反省ザル」の次郎とともに一世を風靡した猿回し師で、現在は日光さる軍団劇場やおさ湯などの施設を運営する経営者でもある。本拠地となる日光さる軍団劇場がある「おさるランド」も、同年7月に1億円かけて大幅リニューアルを行っている。

 22年、同社の新入社員は10名。その中の一人、片づけが苦手な中村は家に帰ったら気が付けば朝という激務の生活で、夏には体重が入社時から10キロ以上減ったという。村崎をはじめとしたスタッフの前で、新人が芸を披露する9月の新人総研の場では、振るわない結果となってしまったが、その後の23年正月には相棒の猿、キャサリンとともに神社で初詣客を相手に単独公演をこなし、おひねりもたくさん集まっていた。

 しかし、その正月の繫忙期を過ぎて間もなく、中村の姿が社内から消える。新人教育係のジュニアのもとには中村から長文のLINEが届き、その中には「そもそもこの仕事に向いているのかわからなくなりました」「命を扱う仕事を自分がしていいのか」「何もかも中途半端でズルい自分が嫌で大っ嫌いです」「考える時間をください」と苦悩する文言が並んでいた。

 中村は以前に、同期の藤倉に「辞めたいと思ったことはあるか」と尋ねるなど、思うことはあったようだ。中村の失踪を受けて、村崎はカメラを前に、昔は舞台に立つにも5年かかったり、10年かかっても立てない職人の世界だったと話す。それを、タイパやコスパを重視する社会の状況にあわせて、新人でも早く舞台に出すようにしたといい、「そのことの良さがわからないのかな、かわいそうだなって」と話す。

 失踪から5日後、中村は日光さる軍団に戻る。「吹っ切れました」とのことで、仕事は続けるようだ。ジュニアは「自分がしたこと(仕事をバックれたこと)は今後、絶対忘れちゃだめだよ」と言いつつも温かく中村を迎える。しかし、先輩のルッキィは「何が大変なの? まだ君たちはまだ何も、何一つ大変なことをやっていない」「ただただ自分に甘いっていうだけだよ」と中村に釘を刺す。

 新人発表会が迫る23年2月、日光さる軍団に激震が走る。新人の芸人が猿回しの際に猿を叩いた動画が観客の手によりネットで拡散、炎上してしまったのだ。

 日光さる軍団の営業部は全国各地の公演をキャンセルするなど大騒動になる。村崎は「焦りすぎました」と話す。コロナの影響などもあり客が減り、「修行の段階で『未熟ですけど見てください』でご祝儀をくださるお客さんがいらっしゃるならばいいんじゃないかと思って出した。これが結果裏目に出たということですね」と後悔を口にした。

 予定されていた日程での新人発表会は中止に。しかし中村をはじめ新人たちは自主練を続け、後日、無観客で新人発表会が実施されると、新人総見のときよりもずっと頼もしい様子で舞台に立っていた。なお、日光猿軍団は猿を叩いた新人も守っていく方針だという。

 一方、新人の一人、藤倉はサルアレルギーがあったことが発覚。番組で映されていた手のひらは腫れて湿疹のようなものも見られており、熱意ある中での無念の退職となってしまっていた。

『ザ・ノンフィクション』若者をめぐる労働環境の変化

 近年、労働条件に対する考えは変化のただなかにある。日光さる軍団は、残業代が同業他社よりおりやすいそうだ。一方、師匠と弟子の世界であるものの、芸を磨くように勤務時間外で稽古をするようにと上は言いづらい。

 また、新人でも早く舞台に立てるようにするなど、かつてより労働環境をめぐる若手への配慮は手厚いようだ。

 こうした状況は、今の日本において若年層は少子化でどんどん減っており、貴重な若手は各企業が取り合う「超売り手市場」であることと無関係ではないだろう。この厚遇は羨ましくなるが、一方で今はスマホ時代でもあり、今回のように「ネットで問題行為を晒される」という可能性もある。

 これまでは社内で収まっていたようなトラブルでも、ネットにより拡散されれば、多くの人に知られ、社会人生命や会社生命までも絶たれかねないことにもなりかねない。そのリスクは年齢問わず全世代にあるが、若者の問題行為は中高年より燃えやすい。若者の炎上のほうが、見ている人の興味を引くからだろう。

 そんな中で今回、猿を叩いた調教師も守っていくという日光さる軍団の判断を個人的には賛成する。動物に暴力を振るうことは良くないが、非難する目的で、無許可で人を撮影し、それをネットに晒すことだって良くないだろう。そしてそのような炎上があった際に、問題を起こした被写体の人間を切り捨てて終わりでは、ネットはただの死刑台になってしまう。

 労働条件という側面から見れば厚遇されているようにも見える今の若者だが、現代ならではの炎上のリスクなど、さまざまな面をトータルから考えれば「若者の苦労」は今と昔でそう大差はないのかもしれない。

『ザ・ノンフィクション』「日光さる軍団」に就職も激務で10キロ痩せて……LINEで失踪する新人

 7月9日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「就職先はさる軍団2 ~汗と涙の新入社員物語~ 前編」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 2022年4月、群馬県草津温泉に、「日光さる軍団」による湯もみショーなどを披露するレジャースポット「草津温泉おさるの湯もみ処~おさ湯~」がオープンした。コロナ禍の厳しい状況下で攻めの決断をした村崎太郎は、かつて「反省ザル」の次郎とともに一世を風靡した猿回し師で、現在は日光さる軍団劇場やおさ湯などの施設を運営する経営者でもある。本拠地となる日光さる軍団劇場がある「おさるランド」も、同年7月に1億円かけて大幅リニューアルを行っている。

 伝統芸能であり、師匠と弟子の世界である猿回しにも令和の「働き方改革」が進みつつあるようだ。従来、業務時間外の稽古を前提に猿回したちは芸を磨いていたのだが、業務時間外に稽古をしろと言えない時代になり、教育担当の「ジュニア」は芸のレベルが落ちているとも話す。

 22年の新入社員は10名。そのうちの一人だった齋藤は、日光さる軍団を辞めたいとジュニアにLINEで伝えていたものの、その後、同業他社と思しき知り合いと連絡をとり、他社は日光さる軍団よりも残業代が払われにくいことを知り、辞意を撤回した。

 また藤倉は、動物とショーがしたく、動物園に就職してもショーの担当者になれると限らないからと日光さる軍団に就職。部活で鍛えた和太鼓は相当な腕前だが、村崎に芸を披露する新人総見の場では出鼻をくじかれ、最後には表情がすっかりこわばってしまいと、ほろ苦いデビューとなった。

 中村はロッカーの中にジュースの空き缶が無造作に放置されているなど、片付けは相当苦手なようだが、残業代の申請はしっかりしていた。家に帰ったら気が付けば朝という激務の生活で、夏には体重が入社時から10キロ以上痩せていたという。

 年末年始は日光さる軍団の稼ぎ時であり、猿回したちは全国各地に散って、興行を行う。中村も千葉県・鴨川に相棒の猿・キャサリンと共に向かう。神社近くで初詣客を相手にした中村の初公演は盛況となっており、おひねりもたくさん集まっていた。

 しかしその正月の繫忙期を過ぎてまもなく、中村の姿が社内から消える。ジュニアのもとには中村から長文のLINEが届き、その中には「そもそもこの仕事に向いているのかわからなくなりました」「命を扱う仕事を自分がしていいのか」「何もかも中途半端でズルい自分が嫌で大っ嫌いです」「考える時間をください」と苦悩する文言が並んでいたのだった。

▼20年放送の「就職先はさる軍団」のレビューはこちらから。

『ザ・ノンフィクション』今どきの若者は金にシビア

 中村は片付けが苦手でも残業申請は怠らず、齋藤は一度辞める意思を示するものの、同業他社より日光さる軍団のほうが残業申請が通りやすいことを知り結局残ることにした。
 
 このあたりの「金へのシビアさ」は今どきだなと思う。「新人で教えてもらっている立場だし、残業代だなんて……」みたいな遠慮はない。こういった振る舞いを「ちゃっかりしている」と取る人もいるかもしれないが、我慢に我慢を重ねた結果、後から、自分は残業代も我慢していたのに! と大爆発するくらいなら、「細かい金をもらうことで自分の中で納得感を得ておく」というのは重要なライフハックなのかもしれない。

 しかしそれでも、中村は失踪してしまったのだが……。

『ザ・ノンフィクション』3年後には精悍な青年に

 一方、20年に放送された前回の「就職先はさる軍団」で、新人発表会が一人うまくいかず涙にくれ村崎に激励されていた当時の新人・吉澤は、3年を経て、一人で頼もしく舞台をこなす精悍な青年になっていた。

 ジュニアは「(新人たちに対して)『3年間は本当にやってくれ』って思います。じゃないとこの仕事の楽しさとか、この仕事のすごさが絶対わからないので」と力説していたが、その壁を越えた吉澤に漂う貫禄を見ると、ジュニアの言葉は間違っていないのかもしれない。中村はこの壁を越えられるのだろうか。

 次回は今週の続編。地方興行に出ていた新人の猿回しの動画がネット上で拡散され、「サルへの過剰なしつけ」ではないのかと大炎上してしまう。危機を迎えた日光さる軍団はどうなるのか。そして中村は戻って来るのか。

『ザ・ノンフィクション』がん闘病の宮川花子を突き放す、夫・大助の“執念”とは?

 7月2日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「花子と大助 ~1450日ぶりのセンターマイク~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 2018年3月、マラソンイベント中に倒れたお笑いコンビ、宮川大助・花子の宮川花子は、血液のがんの一種「症候性多発性骨髄腫」と診断される。すでに体のあちこちにがんが転移している状況で、余命半年を告げられた。そこから数カ月、花子の体は一回り小さくなり、抗がん剤の副作用を恐れ化学療法の導入が遅れたことで、寝返りを打てなくなるほど衰弱が進んでしまう。リハビリの際、前後を介護士に支えられ、ようやく立ち上がる様子が伝えられていた。

 なお、花子の闘病の日々は過去3回、同番組で放送されており、前回のオンエア(22年)では、懸命のリハビリもあり20年4月に花子は退院。奈良県生駒市の自宅で、車いす生活を過ごす中、なんばグランド花月(以下NGK)のセンターマイク(舞台中央に置かれたマイク)への復帰の夢を口にする。時は流れ、21年12月には、花子はトイレもお風呂も1人で入れるようになり、2年半ぶりに地元・生駒市のトークショーで舞台復帰を果たした。

 がん発覚から4年が経過した22年3月、花子のガンは寛解状態(「完治」とは異なるが、病気による症状や検査異常が消失した状態)まで回復。翌月4月には、大助・花子として、吉本興業110周年特別公演舞台に出演する。

 順調そうに見えた花子の経過だったが、今回の放送では、22年10月29日、自宅で息苦しさを訴え、救急車で搬送される様子が伝えられた。花子は心肺停止一歩手前の「心不全」で、肺には大量の水が溜まり、溺れているような状態だったという。その後、一からやり直しになったリハビリを根気よく続け退院し、23年の正月を自宅で迎えることができた。初日の出を前に、花子は「5年生存率いったで」と発言。一方で、一進一退を繰り返す病状に「もう治ってるもんや思ったのにな。“治らん病気”って聞いたけど、そうなったらうまく付き合っていかなあかんな」とも話す。

 22年に、NGKで行われた舞台には出演を果たしたものの、漫才師として、NGKでのセンターマイク復帰を願う大助・花子。23年5月1日、その前哨戦として、NGKの地下にあるYES THEATERで『宮川大助・花子の「おまたせ!」』を開催し、夫婦漫才を披露することに。記者会見で花子は、体調を崩しがちな自分をイベントに起用した吉本に対し、感謝の思いを伝えていた。

 YES THEATERの舞台袖の手前には、8段の階段があるのだが、花子は車いすから降り、ゆっくりと時間をかけ、這いつくばりながら登っていた。その後の舞台では、花子が車いす、大助が椅子に座った状態で漫才を披露。花子はいつもの調子で闘病をネタにし、会場を大きく沸かせていた。

 しかし、2人は漫才師として、漫才を“立って行うこと”に強いこだわりがあった様子。大助は座った状態の漫才に違和感がないか、終演後の会見で周囲に尋ねていたが、「あんだけしゃべったら誰も違和感ない」と記者である男性が答えていた。

 そこから日を置かず、5月9日には、いよいよ大助・花子のNGKへの漫才師としての復帰が決定する。前日、病院に赴き体調に関して医師のお墨付きをもらいたかった花子だが、医師からは張り切りたくなる気持ちもわかるが、しんどくなったらすぐ休憩を取るよう勧められる。

 当日、NGKに向かう車中で花子は不安を吐露するも、大助は「それを口に出して言われると(こちらも)ものすごくつらいから、(花子の)頭の中に置いといてって言うてんの」と取り合わない。花子は「どんだけ怖い思うてる?」と返し、車中の雰囲気はぎくしゃくしてしまう。

 しかし舞台が始まるといつもの調子で2人は会場を沸かせ、帰宅後すぐにその日の漫才の動画を見て、反省会をしていたのだった。

『ザ・ノンフィクション』朴訥とした大助の、燃えたぎる執念

 大助は公私ともにあの朴訥な雰囲気で花子をかいがいしく見舞い続け、とても優しい人物だと感じた。しかし一方で、5月の復帰公演当日、NGKに向かう車中で、“大勢の観客が見ている中で体調が悪化したら”と不安がる花子の気持ちには、寄り添おうとしないどころか突き放している。そういえば大助は、娘が生まれ、芸の道は過去のものとしていた花子を再度芸人として引きずり出した人でもあった。大助は優しい夫だが、芸人でありたい、舞台に立ちたい、という執念はそれ以上に強い。

 しかし、そんな大助の執念あっての大助・花子の華々しいキャリアなのだろう。大助・花子は、マシンガントークをかます花子の才能につい目がいきがちだが、妻が病に倒れてもなお、大助が“芸人でありたい”という燃えたぎる執念を抱き続けたことも、すさまじい才能だと思えた。

 次回は「就職先はさる軍団2 ~汗と涙の新入社員物語~ 前編」。伝統芸能「猿回し」を行う日光さる軍団も、働き方改革が進み、今や週休2日のシフト制だという。生き物の命を扱うこと、伝統芸と今の働き方との兼ね合い……さまざまな事情の中で奮闘する新人たちを見つめる。

『ザ・ノンフィクション』タクシードライバーをしながら芸能活動をする30代、「年齢という壁」に思うこと

 6月25日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「夢を追うタクシー ~目的地はまだ遠くても~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 東京練馬区にあるコンドルタクシーは、ドライバーと俳優・アイドル・歌手といった芸能活動の両立ができるタクシー会社で、オーディションや舞台の際はシフトの融通も利く。

 2022年4月から運転手となった35歳の中島由依子(取材中に36歳になる)は奈良県出身。短大を卒業後、アパレル、パチンコ店で働いたのちに28歳で地元奈良のモデル事務所に所属し芸能活動を始める。ウェディングモデルの仕事もあり充実していたものの、34歳のときに「ミスFLASH2022」のファイナリスト10人に選ばれ、週刊誌「FLASH」(光文社)の表紙を飾り、これが中島に上京を決意させた。

 しかし、その後の芸能活動は鳴かず飛ばずで、30人以上もの水着モデルが集まった撮影会でも、若いグラビアモデルにカメラマンは集中する。中島としては女優活動をメインとしたいのだが、こちらも現時点ではノーギャラの舞台に上がるのみ。

 31歳の仲田泰浩も、コンドルタクシーで働きながら夢を追う一人だ。取材開始時点でドライバー歴は半年足らず。仲田は岡山県出身で、高校の時に声優たちのライブを見てこんな仕事ができたらと思ったものの、本気で夢を追う勇気はその時点ではなく、高校卒業後はしばらくフリーターとして過ごす。23歳で一念発起し、岡山と大阪の声優学校に通うも、東京ほどオーディションの数がなく、資金を貯めて上京してきた。

 仲田は穏やかな物腰と雰囲気で高齢者ウケ抜群なものの、違反で免停になり、復帰3週間後もまた免停になってしまう。連絡も取れない仲田を心配し、番組スタッフが自宅を訪ねると、上京前から患っていた緑内障が悪化し、手術をしたという。

 緑内障は視野が欠けていく進行性の病気で、一度障害を受けた視神経は元には戻らないため、今後はこれ以上視野が狭くならないための対処療法を受けるのみ。仲田は免停中、コンビニなどほかのバイトをしていたが、タクシードライバーとしての復帰を希望する。しかし会社からは、視力や繰り返される違反の状況に鑑みてか復帰は厳しいと言われ、仲田はコンドルタクシーを去ることとなった。

 ただ、仲田は「(目が)見えなくなる可能性があるって思うと、いろんなことやんなきゃなって思っちゃいます」と話し、精力的にオーディションに応募をしていた。

 一方、中島はコンドルタクシーでタクシーとコラボしたグラビア撮影の企画に参加。また、コンドルタクシーが協賛している映画では、出演シーンはわずかながらもセリフのある役をもらえたのだった。

『ザ・ノンフィクション』オールドルーキーには「思い出」がない

 いくつになっても夢を追っていいと思うし、実際、終身雇用制度が期待できなくなった今、若くない年齢で新たなキャリアをスタートさせる人は、かつてよりずっと増えてきている。

 それでも職業によっては「若いうちに始めないとかなり不利」なものもやはりあり、芸能なんてその頂点みたいな業界だろう。そもそも若さが求められる業界でもあるのだが、さらに若い頃から活動していれば、「その芸能人を見聞した日数」がファンならずとも一般の人々にとっても、「思い出」としてカウントされるものだ。

 渦中の人物である広末涼子も、「そういえば早大受験のときも世間は大騒ぎだったな」とか、ファンでない私ですら「広末との思い出」がある。いち視聴者ですらこうなのだから、芸能人を起用するスタッフ側にしてみたら、なおさらだろう。遅く世に出ようとするオールドルーキーは、多くの人にとって「思い出のない知らない大人」だ。

 なお、今回同番組のナレーションを務めていたのは女優・松本まりかで、彼女は30代を過ぎてからブレークした遅咲きだが、芸能活動は10代から始めている。

『ザ・ノンフィクション』生き急がないといけない芸能界

 中島も仲田も学校を卒業後、しばらくは別の仕事をしてから、一念発起し芸能の道へ踏み出した。しかし、この「しばらく別の仕事をしていた数年間」が、若さ至上主義の芸能界に進む場合、もったいないタイムロスだったように思う。中島の母親も困惑しつつ「何でもっと早くから行かへんかったん? って思ったけど」と話していた。

 学校を卒業後しばらく別の仕事をしてフラフラした後、自分の道を選び進んでいくこと自体は珍しいことではないし、むしろそのくらいのほうが納得した上で進路を選べて良いとも思うが、芸能界に進むには「遅すぎる選択」なのは、素人であろう中島の母親でも私でもわかる。

 芸能人を目指すならば必然として、生き急がないといけない。あらためて、芸能界は一般社会とは異なる業界だと感じた。

 次回は「花子と大助 ~1450日ぶりのセンターマイク~」。2018年3月に症候性多発性骨髄腫で余命半年と告げられた宮川花子が、5年にもわたる闘病の末、なんばグランド花月(NGK)のセンターマイクに復帰するまでの軌跡。

『ザ・ノンフィクション』国際結婚夫婦、無職のまま台湾へ――ギリギリの生活を救ったもの

 6月18日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「僕とあなたのあしたは… ~海を越えた結婚の行方~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 神奈川県川崎市に暮らす、祐介(34歳)と詠心(32歳)夫婦。祐介はいわゆる「筋トレガチ勢」で、朝は1杯のプロテインから始まり、取材中もやたら上半身裸で過ごし、「フィジーク」と呼ばれる肉体美を競うコンテストが開催されるとなると、会場が大阪でも出場するほどの熱の入れようだ。

 詠心は台湾出身で、台湾の大学を卒業後、劇団四季の舞台メイクに憧れ、東京の専門学校に留学。2人は8年前に都内のシェアハウスで出会い、祐介の一目ぼれから交際が始まり、5年前に結婚した。

 詠心は現在、写真館でメイクや着付けのアルバイトをしているが、前の職場では目の前で客から「日本人の担当者に変えてほしい」と言われたことがあったという。異国で働くことの難しさも感じる中、近い将来子どもが欲しい詠心は、子育ては故郷の台湾でしたいと思うようになる。祐介は約3年周期で気の向くままに仕事を変えており、現在の動画制作の仕事は気に入っているものの、仕事上どうしても台湾に行けないというわけではなさそうだ。

 しかし祐介は子どもを持つことに消極的。北海道の漁師町で育った祐介は荒々しい地元の気質になじめず、中学時代にひどいいじめに遭った過去が。子どもに同じような経験をさせたくない思いもあるようで、祐介は母親に「結構、この世はつらいんだよね。あえてこのつらい世の中に(子どもを)誕生させていいんだろうかって思う」と涙ながらに話す。

 いっときは子どもを望む詠心との離婚も検討していた祐介。しかし詠心と別れたくない気持ちもあったようで、夫婦の話し合いの末、祐介は台湾移住に了承する。日本から台湾の就職活動がままならかったため、夫婦2人とも無職での移住だ。

 詠心は派遣の仕事が見つかったが、祐介の職探しは苦労する。詠心と付き合いだしてからは日々中国語の日記を書き続け、詠心との会話も日中二カ国語だった祐介は、中国語は簡単な日常会話ならある程度はこなせ、詠心の親とも中国語で話していた。

 だが、ビジネスでの会話となると大きく勝手が違うようで、オンライン面接では企業から就労ビザの有無を聞かれたのだが、祐介は交通手段を回答するなど食い違いを見せ、結局不採用となってしまう。

 貯金残高が目減りしていく中、祐介が何の気なしに、台湾の移住生活を題材にした動画を作り、中国語の字幕を詠心がつけネットで配信したところ、これが台湾を中心に大きくバズり、生計、しいては今後の見通しも見えてきたようだ。番組の最後、「念願の子どもはつくりますよ、おそらく」と祐介は話していた。

『ザ・ノンフィクション』他人の選択に身を任せることもアリ

 祐介は詠心に押し切られる形で移住し、言葉の問題で仕事もさっぱり決まらずぎりぎりの生活の中で、YouTubeがたまたまバズりと「九死に一生を得た」ような感じで番組は終わった。

 動画がバズらなかったら夫婦は一体どうなっていたのだろうとも思うが、「この世はつらい」と話し、そんな人生観から子どもを持つことにもネガティブだった祐介は、番組の最後では「子どもはつくりますよ、おそらく」と話すなど、少しポジティブになっているように見えた。

 慣れない海外生活や、動画から注目を浴びるなど、それまでの暮らしとはまったく違う環境で目まぐるしい日々を過ごしていくうちに、過去のつらい経験に折り合いをつけられるようになったのかもしれない。

 暗い気持ちで下す選択は、どうしても暗いほうに行きがちだ。なので、暗くなりがちな人や、気分が落ちているときほど「自分では思いもよらない、他人の選択に身を任せる」という選択は、リスキーだがアリなのかもしれない。思いがけない出来事続きで、表情が少し精悍になった祐介を見て思った。

『ザ・ノンフィクション』フィジークとボディビルの違い

 ちなみに、祐介が出場した筋肉美を審査する競技「フィジーク」は、「ボディビル」と何が違うのか調べてみた。ともに筋肉美を競う点は一緒なのだが、ボディビルは筋肉量を重視する一方で、フィジークはトータルバランスを重視し、筋肉が多ければいい、というものではないそう。またハーフパンツを着用することもあって、審査対象に脚は入らないなど、細かな違いがあるようだ。「ボディビル」と「フィジーク」で画像検索して比較をすると、両競技が求める肉体の違いがよくわかる。

 次回は「夢を追うタクシー ~目的地はまだ遠くても」。練馬区にある「コンドルタクシー」は、「タクシードライバーと芸能活動の両立OK」という珍しい会社だ。運転手として働きながら、芸能界での成功を目指す30代の男女を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』突然すべての記憶を失った男性、指紋から犯罪歴が発覚し……

 6月4日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「私は何者なのか… ~すべての記憶を失った男~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 2019年11月28日夜、横浜駅東口の石畳の上で目覚めた60歳前後と思しき男性は、その時点で、自分の名前も、なぜここにいるのかも、それまでの記憶をすべてなくしていた。所持品はトートバックにタオル、ライター、ポケットに現金31円のみ。何もわからぬまま駅ビルのトイレに行くと、鏡に映った自分自身の姿も見知らぬ人のように感じたという。

 そのまま12日間ホームレス生活を続け、横浜市の公的機関に保護された男性は、「西六男」と名付けられる。見た目から推測し、仮の生年月日は昭和34年1月1日と決められた。

 西は医師から解離性健忘症と診断される。心に受けた大きなショックから自らを守るため記憶が抜け落ちてしまう病気だ。西は自分の過去についての記憶はないが、入浴や歯を磨くといった日常的な行動は不自由なく、物の名前なども覚えており、生活の支援を受けながら横浜寿町にある横浜市ことぶき協働スペースに通う。一度、同団体で西の動画を作成してSNS公開(現在は非公開)し、情報収集を試みたが、有力な情報は得られなかったという。

 西はわずかながら記憶のある街(横浜中華街、渋谷、新宿)を歩き、街並みから断片的な記憶を取り戻していき、行きつけだったラーメン店を番組スタッフに紹介。自分の記憶について知りたいと話す一方で、「ストレスのかかる大きなことがあったんだろうな」と、知ることを恐れる気持ちもあるようだ。

 目覚めてから8カ月たった20年7月下旬、西は戸籍を作るため指紋をとったところ、警察の記録に指紋が残っていたと報告があり、そこで本当の名前と、昭和33年生まれの62歳であること、さらにはその後、本名をもとに住民票を申請した際、静岡県の富士宮市から転入していたことを知る。

 西は目覚める前に暮らしていた富士宮市を訪問。夏は富士山の雪解け水が湧き出る湧玉池のある浅間神社に涼みに来ていたこと、近くのマックスバリューやイオンに買い物に来ていたこと、商店街の瓦屋根が駅までずっと続いていることなど、次々と風景から記憶を思い出していく。ただ、いざ自分が暮らしていた家が近くなると西は黙り込み、400メートル手前で、「一回ちょっと、ここで一回出てもらって」とこれ以上進まないでほしいとの申し出があり、探索はそこで終了した。

 番組スタッフが「これ以上取材をして大丈夫なのか」と確認したところ、西は「迷惑のかかる相手さえいなければ構わない」と回答したものの、担当医から記憶の探索と取材の継続についてドクターストップがかかる。

 その後、目覚めてから1年半となる21年5月、西はことぶき協働スペースからスタッフとして働いてほしいと申し出があり承諾、それを機に自活を始める。一方で、1年半が過ぎても、誰からも連絡がない状況に、西は「誰も(西が姿を消したことに)何も言ってこないっていうことは、そういう関係性でしかないんだよ」と話す。

 そして、家庭裁判所に自分の指紋が残っていた理由をあらためて尋ねることに。そこで、渡された資料には「犯歴」として、平成24年と28年には窃盗(万引き)、平成29年には占有離脱物横領と記載されてており、西は自身に犯罪歴があったことを知る。

 そこから「私の風当たりって決して良いものではなかったはずだから、そこをトータル的にいろいろ考えると、もうこのままで(記憶を知らなくて)いいかなと……」と吐露。西はことぶき協働スペースの代表やスタッフに犯罪歴があることを伝え、先方もそれを了承していたのだった。

『ザ・ノンフィクション』「いなくなったら探してくれる」は会社勤めのメリット

 西は1年半、自分を探そうとする人が現れなかったこと対し、過去の自分は、周囲とそういう関係しかなかったのだろう、と寂しげに振り返っていた。しかし大人の場合、同居家族がいない、もしくは仕事に就いていないケースの場合、1年半音信不通になる、というのはあり得る話のように思えた。

 友人、知人レベルなら、1年半連絡がつかなくても、忙しかったり、何か事情があるのだろうと思ってしまいそうだし、捜索願などを出して大ごとにし、その後何もなかったらと、ためらってしまいそうだ。

 また、同居していない家族よりも「自分が働く会社」のほうが、すぐに自分の不在や不慮の出来事に気づいてくれるだろう。実際、出勤してこない同僚の自宅を訪ねたら事件に巻き込まれていた、あるいは重篤な状態だったということが発覚するケースはある。「定職についていることのメリット」は数多くあるが、「いなくなったらすぐ探してくれる」というポイントは盲点だったと、今回の『ザ・ノンフィクション』で気づかされた。

『ザ・ノンフィクション』高齢の親に介護してもらう難病の息子が「普通に優しく」できない理由

 5月28日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「人生ってムズい ~レモンサワーと車いす~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 福岡県北九州市で暮らす39歳の落水洋介は、2016年に大脳から脊髄までの運動神経が徐々に障害されていく難病、PLS(原発性側索硬化症、厚生労働省指定難病4)と診断される。意識ははっきりありながら、体の自由が徐々に奪われていく難病で、発症するのは100万人に1人とも言われている。原因は不明で、治療法も見つかっていない。

 なお、同番組では以前、PLSと症状が似た難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症、厚生労働省指定難病2)の患者とその家族の生活の様子も伝えている。

 洋介の体に異変が現れたのは13年、自身の結婚披露宴の翌年からだった。足がもつれやすく、腕の力が抜け、呂律も回りにくくなり、勤め先にも杖をついて歩いていかねばならない状況になってしまう。

 2人の幼子の育児に追われる妻を慮り、洋介は実家に身を寄せ7年目になる。現在、洋介は自力での歩行は困難だが、電動車いすを使い近所で飲み歩いている。行きつけのバーでは店主が慣れた様子で洋介を抱え、店のトイレまで介助する様子が伝えられていた。

 洋介の日常の介護を行うのは、70歳を超えた父・徹雄と母・仁子。徹雄が洋介にTシャツを着せ、酔いつぶれて帰ってきた彼を仁子がおぶって介護用ベッドに移動させる姿が映されていた。

 番組スタッフや行きつけのバー、居酒屋では饒舌な洋介だが、両親の前では無口。ただ、洋介は番組スタッフに対しては、両親に対する感謝や申し訳なさ、自分へのイラ立ちなど、複雑な思いを口にする。

 洋介はSNSでPLSについての情報や生きる意欲を発信しており、賛同者が集まっていく。18年、洋介は廃屋を借り受け、ボランティアの賛同者と共に合同会社PLS(以下、記事では病名と分けるため「PLS社」と表記)を設立。洋介はPLS社で親の手を借りず1人で暮らすことを目指している。

 一方で、PLS社の運営において、洋介の連絡、通達が十分でないところもあるようだ。洋介を支援している一人で、不動産開発会社を経営している黒谷は、PLS社に金額を融通し紹介した工事について、その後の報告が洋介からなかったことをたしなめていた。

 洋介に対し「(自分は)あんたに容赦せんけん」とフラットに接する黒谷。洋介はそんな黒谷を慕っており「大恩人なのに迷惑をかけまくっている」と話していたのだが、またしても迷惑をかけてしまう。

 PLS社での宴会に参加できなかった黒谷に対し、同社のスタッフが暴言を吐いたというのだ。この件に対する洋介のの謝罪も遅れ、黒谷からのメールには「御社、貴殿の常識は理解できません!」とまで書かれてしまう。洋介はカメラの前でしばらく涙に暮れるほど落ち込んでいたが、その後、黒谷とは和解。番組の最後で、洋介は鰻屋で両親のためにうな重を買っていた。

『ザ・ノンフィクション』親に、普通に優しくすることの難しさ

 日ごろ自身を介護してもらいながらも、ついぶっきらぼうに接してしまう両親への思いを、洋介は番組スタッフに以下のように話している。

「僕が心を閉じてるっていう感じですね。親にお世話になるなんて、この年齢で、恥ずかしいやら申し訳ないやら、不機嫌な態度を取っている自分にもイライラするんだけど。親に、両親に普通に話したり、普通に『ありがとう』って言えば、お互い楽ってのもわかるんですけど、心の深い部分に、もう申し訳ない、なにやってるんだ、もう最悪っていう自分に対する怒りを自分で鎮めればいいのに態度で(出してしまう)」
「親に普通に優しく、普通に接する、わかってるけどできない、できる気がしない、甘えてるんですねえ」

 洋介には難病という大きな事情があるが、甘えからついぶっきらぼうな、ぞんざいな態度を親に取ってしまうというのは、「子どもの、親への態度あるある」のようにも見えた。

 洋介は番組の最後にテイクアウトのうな重を両親にプレゼントしており、そういったたまの感謝もないよりはあったほうがいいが、それよりも大切なのは、洋介自身が一番自覚しているであろう「(両親に)普通に優しく」を日々の生活で実践できるかだろう。

 洋介は恩人である黒谷に対しては、とてもストレートかつ熱烈に感謝の思いや愛情を表現している。この表現の1/10でも両親にしてあげればいいのにと思うが、「他人だから愛情を表現できるのであり、相手が親ならやりにくい」という気持ちも理解できる。私も親に「ありがとう」と言おうと思った回だった。

 次回は「私は何者なのか… ~すべての記憶を失った男」。ある冬の日、横浜駅で目覚めた男は、自分の年齢から名前に至るまですべてを忘れていた。鏡に映った自分の姿すら見覚えのない彼は、横浜市の公的機関に保護され、「西六男」という仮の名前が付けられる。西の自分探しの旅を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』アナウンサー就活を辞めて俥夫を継続、モラトリアム延長戦に家族は?

 5月14日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「人力車に魅せられて 3 ~浅草 女たちの迷い道~ 後編」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 東京・浅草の風景に彩りを添える人力車。10社以上がしのぎを削る中、赤いはんてんがトレードマークの「東京力車」には53人の俥夫(しゃふ、人力車の運転手)がおり、そのうち15人が女性だ。

 研修生の指導役を務めているのが青山学院大学4年生の俥夫・ミイ。東京力車の俥夫になるには社内の卒検に合格する必要があるが、難易度が高く、研修期間中で6割以上が辞めてしまうという。ミイ自身も卒検に苦労し、10カ月かけて6回目でようやく合格できた。

 ミイは成績もスポーツも優秀な子ども時代を送り、水泳は中学時代ジュニアオリンピックを目指すほど有望な選手だったが、高校から伸び悩み、挫折を味わう。その後の東京力車での努力と成功がミイの心の支えとなっているようだ。大学では大学公認新聞「アオスポ」の記者としても活動しており、アナウンサーを志願していたものの、NHKの採用面接では人力車以外のエピソードを語れないことを面接官から指摘され、就活を辞めて東京力車に残る決断をする。

 ミイは進路を家族に報告するため愛知に帰省し、「仕事を選ぶときってさ、お金とか安定とか場所とかいろいろあるけどさ、自分はそこにいる人たちで……そこに一緒に働きたいと思える人たちとやっていきたいと思って」と話すも、一方で、やりたいことがあるのか父親に聞かれたとき「やりたいことを見つけていきたいと思っている」と話す。ミイの母・文恵は番組スタッフに「大学の4年間は何だったんだろと思って」「今のその気持ちって、(ミイの)本当のものなのかなと不安です」と吐露し、家族会議は重たい雰囲気のまま終わる。

 状況を知った東京力車社長の西尾は、ミイの働きぶりを評価し、正社員にならないかと誘う。ミイが違う道に進みたくなったら辞めて構わないという厚遇だったものの、ミイは「中途半端な気持ちでいたくないです」と正社員の申し出を辞退し、アルバイトのままでいたいと伝える。西尾は今一つはっきりしないミイの言い分に首をかしげるものの、若い世代は正社員、アルバイトなどのくくりにこだわりがないのかもしれないと話していた。

 ミイは番組スタッフに、「私の夢は……『東京力車の人になる』『そこの社員になる』ではなかった」と心情を明かす。番組ナレーションは「(ミイは)不器用、なのかもしれません、ほかの夢を探しながら社員になるなんて無責任だ、それが彼女の答えでした」と伝えており、ミイの留学生の友人は、ミイから起業すると聞いたと話していた。

 その後、研修生・リホの教育を行いつつ大学を卒業したミイ。卒業式には文恵も訪れており、その後、彼女は番組スタッフに対して「私は娘に心からおめでとうと、言えませんでした。帰り道に、そんな自分が情けなくなりました」と連絡していた。

『ザ・ノンフィクション』フラフラとしたミイの揺るがないもの

 英語を勉強し、留学したいと父親に話していた大学進学時のミイ。その後、スポーツ新聞の制作に携わったこともありアナウンサーを志願するも、一緒に働く人々に惹かれたからと、東京力車に残ることを両親に報告。しかし、状況を知った東京力車の西尾が正社員にならないか持ちかけたところ、そのオファーを断り、最終的に起業の夢を友人に語っていたようだ。なお、 起業について番組の取材で聞かれたミイは「ノープラン」 と回答している。

 こうして振り返ると、ミイの進路はかなりフラフラしているが、逆に言えば「自分はこれでいくという何かを、まだはっきり決めたくない、決めきれない」という思いは揺るぎないのだろう。もし、家族会議の際にアナウンサー就活を辞めるための引き合いとして東京力車を出さず、「まだ進路を決めきれないから、もうしばらく今のバイト先にお世話になりながら進路を探す」と言っていたら、もっとシンプルだったように思う。

『ザ・ノンフィクション』モラトリアム延長戦が実現できる理由

 ある求人サイトに掲載された東京力車の勤務条件を見ると、「時給1800~3100円」「慣れてくると、22日勤務で平均月収60万円」と景気のよい文言が並ぶ(2023年5月時点)。

 これならほどほどの日数で働いても、たいていの大学新卒の初任給よりずっと稼げる。「バイトである程度稼ぎながら自分のやりたいことを探す」がしやすい環境とも言えるだろう。一方で、なまじ稼げてしまうだけに「お尻に火がつきにくい」状態が続くことになり、実際にミイは「新卒就職」という日本の就職のメインストリームからすでに外れてしまっている。

 東京力車は『ザ・ノンフィクション』の恒例シリーズとなっているが、次回の東京力車回までに、ミイは進路を決められているのだろうか。

 次回は「私は何者なのか… ~すべての記憶を失った男」。ある冬の日、横浜駅で目覚めた男は、自分の年齢から名前に至るまですべてを忘れていた。鏡に映った自分の姿すら見覚えのない彼は横浜市の公的機関に保護され、「西六男」という仮の名前が付けられる。西の自分探しの旅を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』人力車回にも登場、「スパルタ職場」を志願する人たち

 5月7日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「人力車に魅せられて 3 ~浅草 女たちの迷い道~ 前編」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 東京・浅草の風景に彩りを添える人力車。10社以上がしのぎを削る中、赤いはんてんがトレードマークの「東京力車」には53人の俥夫(しゃふ、人力車の運転手)がおり、そのうち15人が女性だ。

 東京力車の俥夫になるには、社内の卒検に合格する必要がある。それまでは研修生だ。卒検はシミュレーション形式で東京力車社長の西尾を「客役」として人力車に乗せ、浅草を案内するというものだが、人力車を安全に走行させながら、浅草の観光案内も行わねばならない試験はかなり難易度が高く、研修期間中で6割以上が辞めてしまうという。社長を乗せて走る緊張感からか、卒検中に過呼吸を起こしてしまう研修生もいた。

 研修生の指導役を務めているのが青山学院大学4年生の俥夫・ミイ。ミイ自身も卒検に苦労し、6回目でようやく合格できた。ミイは中学時代、水泳の有望な選手だったが、高校から伸び悩んでしまう。それが彼女にはかなり堪えていたようで「あの自信ないまま社会出たら、やられて終わってただろうな」と話し、その後の東京力車での成功が心の支えとなっているようだ。ミイは大学で、大学公認新聞「アオスポ」の記者としても活動しており、アナウンサーを志願している。

 愛知の小学校で教頭をしているミイの母・文恵が上京した際、ミイは文恵を人力車に乗せ、浅草を案内。その夜、母と娘は対話をする。「アナウンサーの試験結果は振るわない一方、それ以上に東京力車への思いを語る」ミイと、「東京力車は娘にとって大事な場所なのだろうけれど、それはそれとして就職してほしい」文恵の間には、すれ違いが生まれているようだった。

 そして、ミイは19歳のアキナの教育係となる。アキナも研修生生活が8カ月を超え、卒検に苦労している模様。特訓の末、アキナのリベンジ卒検を迎えるが、かじ棒(人力車を引くために俥夫が握る棒状の部分)を落とす大きなミスをしてしまい、不合格に。ただ字幕で、今回の放送直前である2023年5月1日の卒検で、アキナが無事合格したと伝えられた。

 一方のミイは就職せず、アルバイトとして東京力車に残る選択をし、報告のため愛知の実家に向かう。

『ザ・ノンフィクション』スパルタ職場で働きたい!

 アキナが東京力車に入りたいと思ったのは同番組を見たことがきっかけだったそう。なお、その放送回は以下だと思われる。

 同回は、卒検に落ち続ける30歳のアツシが、教育担当の押木と猛特訓するも、結局合格できず東京力車を去る――という内容だった。なお、アツシはその後の放送回で、軽井沢の人力車会社で俥夫として働いている姿を見せていた。

 『ザ・ノンフィクション』の「スパルタ職場シリーズ」といえば、ほかにも、横浜の「秋山木工」や京都の「泣き虫舞妓物語」があるが、どちらにも「『ザ・ノンフィクション』を見て志願した」というアキナのような人がいた。

 私は秋山木工も東京力車も京都の舞妓も「絶対自分には無理」と思ったけれど、これらを見て「私もやってみたい」と思う人もいるのだから、人の感じ方はさまざまだ。企業側からすれば、この厳しい条件を見た上で、なお「やってみたい」と思える熱意ある人材を集められるわけで、同番組は実に効率のいい人材募集方法なのかもしれない。

『ザ・ノンフィクション』アキナの「オッス」に足りないもの

 卒検に苦戦していたアキナの口癖は「オッス」。これは中学時代の運動部で身につけたもののようだ。しかし、接客のシーンでは「オッスはちょっと」と、押木に軽くたしなめられる場面も。たいていの人ならここで言うのをやめると思うが、それでも「オッス」を続けるアキナにとって、「オッス」には譲れぬ美学があるのかもしれない。ただ、アキナは自宅に帰ったときも「ただいま」の要領で「オッス」と言っており、単なる習慣になっている可能性も高い。

 一方で、19歳女子の口癖が「オッス」というのは、アキナ以外の人にしてみれば「なんで?」だろう。さらに、番組を見る限り、アキナのテンションは低めで、「オッス……」にも消極的な雰囲気が漂っているため、違和感に拍車をかけていた。

 もしアキナが、弾けるように力強く「オッス!!!」と言っているのであれば、「この人はこういうキャラなんだろう」と、納得感があったように思う。

 次回は今週の続編。就職活動をせず東京力車に残る決断をしたミイに対し、母・文恵は何を話すのか。

『ザ・ノンフィクション』一橋卒のZ世代スナックママを、“やり手”と感じた理由は?

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月30日の放送は「わたし、スナック継ぎます ~ママは新卒Z世代~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 東京の文教都市として名高い国立市。国立を文教都市たらしめているのは名門・一橋大学の存在が大きい。2022年4月、一橋大学を卒業した同級生は誰もが知っている大手企業に就職していく中で、千里はスナックのママになる道を選ぶ。

 理由は、千里が学生時代にアルバイトしていた国立市内のスナック「スナックせつこ」のせつこママから、店を継がないかと打診されたため。せつこママは76歳で体力の限界もあったようだが、千里の商才を見抜いての打診だった。

 お店を引き継いだ千里は、いかにも昭和のスナックといった趣の内装から、今風のカフェのような雰囲気に改装し、店名も「スナック水中」へと変更。改装費用は1000万円で、クラウドファンディング、銀行融資、商工会の助成金で賄っている。千里自身も少しでも費用を浮かそうと、長年の油汚れがこびりついた換気扇の清掃は自身で行っていた。

 千里の父親、宏治は開発途上国支援の仕事で海外を巡り、今はスーダンで働いている。宏治は当初、「会社入って世の中のシステム勉強しろ」と、新卒でいきなりスナックママになる進路を反対していたが、千里の決意を前に折れた形だ。スナック水中がオープンすると、宏治は店を訪ね、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」を熱唱していた。

 せつこママから引き継いだ客もおり、オープン当初から快調なスナック水中だったが、千里には、女性がサードプレイスとして一息つける場所にしたいという夢があり、中高年男性中心の客層を変えていきたい思いもある。スナックせつこで働いていた頃、せつこママが、自分と話すために店を訪ねる女性を、優しく受け入れる姿に憧れていたようだ。

 千里は女性客や若年層の来客増のため、インスタグラムで情報発信したり、若年層限定のイベントなども開催する。しかし、若い男女が酒を飲み隣り合って座る店内はおのずと「街コン」状態になり、千里はそれが不満なようだった。現状と理想のギャップに悩む千里はせつこママに相談するも、「カウンターの中の人に合ったお客さんが来る」と諭される。

 番組最後は、23年4月のスナック水中の1周年の様子が伝えられており、にぎわう店内には若い女性の姿もちらほらあり、千里の理想に少し近づいているようだ。また、ここ1年の手腕が評価され、千里は国立のジャズバーのマスターからも店舗の継承を依頼されていた。

『ザ・ノンフィクション』飲食店開業が成功するレア中のレア回

 『ザ・ノンフィクション』において「飲食店を開業する」回は幾度か放送されているが、「まず失敗する」と言ってよい。番組の最後には廃業するお店も少なくないため、正直今回も……、という不安があった。

 しかし、千里は1年でスナックを軌道に乗せるだけでなく、ジャズバーの継承も依頼されなど、今回は超レア中のレアな「飲食開業大成功回」だった。経営に行き詰り、取材中に涙を流すなど、千里の不安定な様子が印象に残ったものの、普段の彼女は有能な仕事人なのだろう。

『ザ・ノンフィクション』千里が成功した理由

 千里がこの多産多死とも言われる飲食で成功を収められた理由として、“相談力”があるように思う。千里は、こだわりはかなり強そうだが、一方で他者に相談している姿もよく見られた。

 困ったらせつこママに相談するし、外部のコンサルにも入ってもらい、人の意見を積極的に取り入れている。「人から何か言われるのがとにかく癪(しゃく)に障る」「一から十まで自分の思うようにしたい」というタイプではないのだろう。また、そもそもスナック水中は、せつこママの「地盤」を引き継げたことが経営において非常に大きかったと思われるが、それもせつこママと千里のつながりがあってのことだ。

 仕事をする上で、「他者の意見を聞けて、他者と協力できる(≒独りよがりじゃない)」というのは重要な要素なのではないかと、千里を見て思った。

 次回は「人力車に魅せられて 3 ~浅草 女たちの迷い道~ 前編」。大学4年生の俥夫(人力車の運転手)・ミイは研修の指導も任される存在だ。当初アナウンサーを志望していたミイだが、このまま人力車の仕事を続けようと考え始めている。しかし母親から猛反発されて……。