時短、カンタン、ヘルシー、がっつり…… 世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本(食本)を、 フードライター白央篤司が1冊選んで、料理を実践しつつご紹介!
キュウリ1本、トマト1個を買うにしても、たくさん陳列されたものの中から「より良いものを選べたら」と思う人は多いだろう。どう選ぶかのポイントをはじめ、下処理が必要なものはその適した方法、調理する際や保存のコツなどがわかりやすくまとめられている本、『おいしく食べる 食材の手帖』を今月はご紹介したい。一般的によく使われる野菜30点とキノコ類、肉、卵、魚介、米、そして基本的な調味料とだし素材についての解説がなされる。
この手の本は一冊キッチンに置いておくと、何かにつけ便利。横15cm×縦18.5cm、コンパクトでキッチンに置きやすいサイズなのも魅力だ。
解説者は料理人の野崎洋光さん。東京・南麻布の日本料理店「分とく山」の総料理長で、料理番組などでもおなじみ。板前さんの解説なんていうと「小難しそう……」と思われるかもだが、野崎さんの語り口は実にとっつきやすくて、わかりやすい。
ただ食材の特徴を解説するだけの本じゃない。野崎さんは料理人生活40年以上のベテラン。彼が学び、培ってきた食材それぞれの個性を生かすポイントが最大の読みどころだ。
「ほうれん草は熱湯でゆでる」けれど「小松菜はぐらぐら湯はだめ」なんて違い、私は知らなかった。「沸騰湯でゆでてはいけない野菜」が9種類紹介されているが、うーん……お恥ずかしい、そこに気をかけたことはなかったな。
他に「ゆでたら水にとる野菜ととらない野菜」とその理由、「野菜の縦、横の切り分け(の意味)」「煮るときフタをする野菜としない野菜」など、覚えて損はない情報が続く。「知らなかった……!」という感情が続き、まさに目からウロコ、知識が新陳代謝するようで快いものだ。
「なぜ、こうやるのか」がわかると、レシピは格段に面白くなる。調理プロセスの意味が分かるということは、レシピの読解力が増すということ。そうすると、料理する楽しさも増してくる。
よくある野菜のアク取りや下処理に関して野崎さんは、「アクは野菜の持ち味」であり、「抜かなくていい場合だってある」とし、その理由のひとつとして「見た目を気にしないとき」を挙げる。
家庭の料理、自分のための料理なんだから、お店がやるようなことまでやる必要はない、と折々で線引きしてくれるのが、うれしい。ただ、料理人として引けない点もある。もやしの項から、ちょっと長いけど引用を。
「『見栄えを重視する料理屋のやり方を、むやみに家庭に取り入れるのはよくない』というのがぼくの基本の考えですが、もやしのひげ根に関しては、取ることをおすすめします。なぜなら、ひげ根ともやしの食感に差がありすぎるからです」
たしかにひげ根は、取るとおいしさが確実に上がる。むやみにラクを推奨するわけではない姿勢に、私は真摯で一徹なものを感じるのだ。また、もやしのほどよいゆで時間を知れたのもよかった。今まで長くゆですぎていたなあ……。こんなふうに、ごく基本的なことでも気づかされることが多い。
「いわしは臭みがあるからショウガを入れて煮るといいとよくいわれますが、実際、いわしは臭いでしょうか。(中略)しょうがを入れるのは、流通がよくなかった昔のやり方」
といいつつも、野崎さんはいわしの煮物にしょうがを入れるという。それは臭み消しの目的ではなく、「青背の魚の脂っぽさとしょうがの苦みがよく合うから」と。“イワシの煮つけにはショウガを入れるもの”と特に理由も考えることなく、セオリーとしてやっていた自分に気づいた。
一点だけ書き添えておきたいのが、おにぎりを作るときはラップして素手でやらないほうが衛生的には安心ということ。ニンジンの皮むきやセロリのスジ取りは基本的には必要ないというのは、我が意を得たりだ。
料理していてちょっと迷ったとき、確認したいときにあると便利な一冊。ビギナーの方だけでなく、「料理を覚えたのはもうだいぶ昔……」というベテランさんにもおすすめ。「食材にはいろいろな味と香りがあり、それに合わせた使い方がある」と野崎さん。それらを知り、調理法の目的と理由を理解していけば、「自分の好きな食材を選んで、好みに合った料理を作り、好きな環境で食べることが」できると。
これこそ、私の思う自炊力の究極形だ。
白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。郷土料理やローカルフードを取材しつつ、 料理に苦手意識を持っている人やがんばりすぎる人に向けて、 より気軽に身近に楽しめるレシピや料理法を紹介。著書に『 自炊力』『にっぽんのおにぎり』『ジャパめし』など。
