50代、体の変化を自覚した上でどう食べていく? 魅力あふれる「加齢対応食の本」と日本全国の「お雑煮レシピ本」

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介! 

 食本書評、今回は2冊をご紹介する。料理だけでなく、様々な世代やライフスタイルに即した食生活を提案する上田淳子氏の新刊と、お雑煮の深く豊かな世界に迫るルポタージュ&レシピブック。どちらも白央の下半期激推しの書である。

『55歳からの新しい食卓』上田淳子

 こういう本を待っていた。

 「55歳から」とあるが、40代の方にも強くおすすめしたい。人によって差はあろうが、中高年になってくると少なからず「若い頃は好きだったのに胃がもたれる」とか「硬いものが食べにくい」など、食と加齢に関して気になることがあると思う。老いを認めるのはシャクだけれど、無理すると体に悪いことこの上ない。胃腸や歯をムダに痛める原因にもなり、結局は体の劣化を早めることにも繋がる。

 脂っこいものが苦手になってきた、噛みにくいものが増えた、ヘルシーなものは味気なくてさびしい、あるいは気力が落ちて料理が面倒くさくなった……などなど、中高年が抱えがちな食の悩みにどう対応していくか、というのが本書のコンセプトである。軸となるのは「なおかつおいしく、楽しく食べる」という熱い思い。「加齢対応食の本」なんて書いてしまうといかにも味気ないが、本書に出てくる料理はどれもパッと見からおいしそうで、作ってみたくなる魅力にあふれている。まずそこがいい。

 著者の上田淳子さんはヨーロッパで3年ほど修行されてから料理研究家になられた人。自身も大の食いしん坊だが、50代に入って「気持ちは食べたいのに、体はそうはいかない」というジレンマを覚えた。おいしいものを諦めたくない、という信念のもと「変化を自覚した上でどう食べていく?」を研究する。

 フランス料理における「エチュベ(蒸し煮)」は素材を柔らかくさっぱりと仕上げ、量もとれるおすすめの技法で、本書で何度も出てくる。鶏むね肉などをパサつかせない「塩糖水」を使ったレシピなど、初耳の人も多いだろう。「加齢に応じた食べやすさ追求テク」を覚えるというより、純粋に調理の幅が広がっていくワクワク感を得られるのもいい。

 「以前よりも食べる量が減ったとはいえ、洋食などのこってり味のおかずもいまだに好き」、中華だって「まだまだおいしく食べたい!」といったことがテーマの章もある。このへんがいかにもアラフィフ向きで、現実的だ。あっさりも必要なんだけど、濃いものやガツンとくる味だってまだ恋しいんだよね。じゃあどう作るか、どう食べ切っていくかという視点に立った提案がリアルで、役立つアドバイスにあふれている。個人的には定番醤油味以外の煮魚レシピがありがたかった。「ぶりの梅煮」「さけの塩レモン煮」は我が家の定番になりつつある。

 お雑煮本の決定版である。

 とにかく熱量がすごいのだ。著者の粕谷浩子さんがひたすらに現地を歩いて証言を集め、できるかぎり作り方や食材をその目で見て、触って、味わって得られた知見がぎゅうぎゅうに詰まっている。なんせ粕谷さん、気になると止まらない。お雑煮のみならず、その出汁となるエビやトビウオなどの漁場や加工場にまで足をのばして取材される。雑煮の主役ともいえる餅に関して「できるまでの過程について全然知らない」と思えば、農家さんに連絡してお願いし、もち米づくり体験までしてしまうのだ。全国70種類の雑煮がレシピと共に紹介されるが、そういったサブストーリーを描いたコラムが充実、読んでいて引き込まれる。

 「こんなお雑煮があるんだ!」というシンプルな発見の楽しさは言うに及ばず。私も知らないものがたくさんあった。茨城の旧・里美村の豆腐雑煮や埼玉・戸田のきんぴらごぼう雑煮、福岡・鐘崎漁港あたりに伝わるというぶり串刺し雑煮などは特に驚かされた。直接現地に赴いて話を聞いてみたくてたまらなくなる。

 粕谷さんは雑煮取材の折、早い時間を狙って各地の銭湯や温泉に行くという。「ご高齢の女子たちがたくさん集って」いて、「おひとりに声をかけるだけで、周囲で浸かっていらっしゃる方々も、『ウチもそうだわ』『ウチはこんな雑煮だったね』『嫁いだときに驚いたんだけどね…』なんて口々に語ってくださる」そう。この取材方法は私には出来ない。くやしい。また雑煮話から家族の思い出話に広がることも多いようで、料理を入り口に人生まで伺えてしまう面白さが「何年もお雑煮取材を続けている理由」かもしれない、とも書かれる。粕谷さんはこういう展開がとても「心地よい」と表現されていた。

 お雑煮はざっくりと地域のスタイルが決まっている中で、家族の好き嫌いにも左右され、結婚によるハイブリッドもあり、完全に分類はできない「いいかげん」なところがあって面白い、というのにも納得する。そう、「うちのお雑煮なんてごく普通のもので」と多くの人が思いがちだが、我が家の味はすべてがオンリーワンなのである。作る人がいなくなったら、もう二度と作れない味。愛着を感じている人は、今年のお正月にでもぜひ作り方を習ってみてほしい。

「今、〇〇が食べたい」だけはゆずれない! 食の思い出を詰め合わせた四季別ショートエッセイ集

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介! 

今月の1冊:『荒野の胃袋』井上荒野

 「今、〇〇が食べたい気分」に忠実でありたい。そこだけは、ゆずれない――世の中にはそんな人が一定数いる。「我が食意向原理主義者」とでも言おうか。井上荒野(あれの)さんは作家であり、エッセイの名手であり、そんな人種のひとりだと思う。

 本書は食をテーマにしたエッセイ集で、原稿用紙1枚半ぐらいのショートエッセイが50編ほど、四季別で詰め合わせになっている。

「とうもろこしは『齧る』ことでおいしさを増すような気がする。黄色という明快さ、整然と並んだ粒に歯形を残す乱暴さ、齧りとるときの歯応え。歯列矯正のワイヤーをつけていた高校時代、修学旅行で訪れた北海道で、屋台の焼きとうもろこしを食べることを断念した無念さを、いまだに覚えている」(夏の章 「昔のとうもろこし」より)

 きっと屋台の前にはまだ荒野さんの残留思念があるんじゃないだろうか。エッセイそれぞれに食材自体への思い入れや、家族や友人と食べた思い出、ご自身の創作レシピ的なものと主題は様々だが、常にブレないのは「ああ、そのとき本当にそれを食べたかったんだな、心から」と感じさせるところ。

 ただ人間、常に「〇〇が食べたい!」と具体的に浮かぶわけでもない。心にぼんやりと漂う「肉の気分だけど、脂っこい料理ではなく……」とか「白ワインに合うもので、なるたけ魚介系で」みたいなざっくりしたものをヒントに自問自答しつつ、あるいは冷蔵庫にあるものを思い出しつつ、きょうの気分にかなうものを考えるわけだ。

 ごく短いエッセイの数々から、そういう作業を決しておろそかにしない人であることが伝わってくる。「干鱈と闘う」という一編は、食べたいものを形にすべく奮闘するさまが描かれて実にたのしい。料理好きの食いしん坊なら、多くの人が「あるよね、こういうこと」「そこまでやる!」なんて思いながら、笑顔で読まれると思う。

 折々で見えてくるご実家の食卓風景がまた印象的。とにかく荒野さんの父親(作家・井上光晴)は相当な「おいしいものに固執する人」で、母親も「本当に食い意地の張っている」料理上手だったよう。著者の子ども時代といえば1960~70年代のはずだが、パスタもうどんも手打ちときている。

 天然のブリが1尾届いてもなんのその。お刺身はじめ、ブリ大根、照り焼き、粕漬けなどあれこれ料理して片づけてしまうほどの人だ。求められるクオリティにすごいレベルで応えていた妻と、「うっかり持ってしまった家庭の中でいつも途方に暮れていた」という夫。そんなふたりの娘として生まれ、過ごした食時間をおだやかに懐かしみ、いとおしむ気持ちがエッセイのあちこちから感じられてくる。

 真似してみたい料理やアイディアがたくさん載っているのも大きな魅力だ。コンビーフのフライはやったことなかったなあ。煮干しの天ぷらにも誘われる(ここの描写、シンプルきわまりないのにお酒が飲みたくてたまらなくなる!)。「がり餅」を入れる鍋はすぐにでもやってみたい。

 エッセイなんだけれども一編一編がショートムービーのようでもあり、長めの短歌のようでもあり。ちょっとホッとしたいとき、ひと息つきたいとき、あたたかい飲みものや1杯のワイン、あるいはひと粒のチョコレートを求めるような感じで、私はよく『荒野の胃袋』を開いては数編読んで、リラックスしてきた。

 そう、実は本書、2014年に発売されたものの文庫化。現在単行本のほうは入手困難なので再販が嬉しく、ぜひともご紹介したかった。文庫化に際して、作家・角田光代氏との対談「生きること、食べること」も収録されている。角田さんも食の時間をすごく大切にされる方だ。おふたりがコロナ禍を経て感じられたことも興味深い。

ユニークな箸置きが楽しい! コレクターが集めた、愛らしい「小さな遊び心」の数々

レシピ本をはじめ、マンガやエッセイ、ビジネス書など世の「食」にまつわる本はさまざま。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んでご紹介!

今月の1冊:『食卓の小さな遊び 箸置きの世界』串岡慶子

 書店で平積みされていて、和菓子の「吹きよせ」のような、愛らしいその表紙が気になった。お菓子の本かと思ったら「箸置き」の文字が。コレクターの串岡慶子さんが蒐集(しゅうしゅう)された箸置き約700点が、歳時記的に、モチーフ別に並べられた本だった。

 ぱらぱらと数ページめくって、たいそう心が和む。著名な作家によるもの、風格年輪を感じさせるものも登場するが、紹介される多くのものは、色合いのやさしい素朴なものだった。牧歌的でまろみがあるというのか……眺めているだけで心の“こり”がちょっとほぐれるような思いになったというか。手元に置いておきたくなり、迷わずレジに運んだ。

 タイトルに「食卓の小さな遊び」とあるように、著者の串岡さんが箸置きを使って示される「遊び心」の数々がまず紹介されていく。折々の食事と箸置きのかけ合わせが、なんとも楽しいのだ。

 新春の食卓に選ばれる箸置きは、羽子板に駒、奴凧(やっこだこ)。「久しぶりに親きょうだいが顔を合わせる席」にこれらを並べると、「温かな記憶を呼び覚まし、場が和みます」なんて文が添えられる。

 春なら桜色の鯛に三色団子。ちらし寿司がのる卓がさらに華やぐ。うちわの形の箸置きは、もちろん暑い時期のものだ。夏の花や水玉模様などが描かれて、涼を呼ぶ工夫が重ねられている。芸が細かいなあ。

 かかしの箸置きで実りの秋を連想させるなんて素敵だなと感じ入った。新米をいただくときに使いたくなる。串岡さんは笛や琵琶など、楽器の箸置きも秋にいいと書かれていた。うん、まさに芸術の秋。

 冬なら大根、カニ、熱燗徳利の箸置きが楽しい。手綱こんにゃく(切込みを入れてひとねじりしてあるこんにゃく)をかたどった箸置きを使うと、食卓におでんが加わったかのようだ。

 年中使えるものもたくさんある(ひょうたんや扇型のもの、抽象的な形のものなど)が、季節限定のものを持っているというのも、着物に通じる贅沢(ぜいたく)で、いいものではないだろうか。なにせ場所をとらないし。

箸置きを常用する人はどのくらいいる?

 串岡さんの本職は管理栄養士で理学博士でもあり、食物学、栄養学を専門とされているそう。箸置きの歴史について書かれた章も興味深い。起源のひとつとされる耳皿なるもの、私は初めて知った。独特の形がかわいらしく、75ページで紹介される桔梗の絵柄のは実に魅力的。うーん、欲しいなあ。

 しかし実際、箸置きを家で常用される人は現在どのくらいいるだろう。私も持ってはいるが、お客様のとき、あらたまった気分のときに出すぐらいで、普段は使っていない。和食店でも、箸置きに気をつかうところは少なくなっているような。それではあまりにさびしいと本書を読んで思った次第。もっと箸置き、使っていこう。残していこう。

 串岡さんによると、「箸づかいが綺麗になり、背筋がピンとのびる」「ゆっくり食べるように」なる、なんて効果も期待できるそう。うん、箸置きに箸を置くとき、ちょいと背筋を正す気持ちになるの、分かるなあ。「箸の上げ下ろし」なんて言葉も、とんと聞かないご時世である。大事にしたいことをいろいろと思い出させてくれた本だった。

ひとり暮らしのムリしない料理のコツは、ほどよくラクに「そこそこおいしい」! 自分のための食事をどうする?

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介! 

今月の1冊:『68歳、ひとり暮らし。きょう何食べる?』大庭英子

 40代の後半に入って、食欲が落ちてきたことを如実に感じる。

 「しっかり食べる」がすこやかな生活の基本と、ずっと思ってきた。実際一日三度の食事を大切にしてきたが、食欲が湧かないこともあれば、めんどうくさい気持ちが勝って、適当に済ませてしまう回数も増えてきている。

 平均寿命を考えると、人生はまだまだ長い。今からこんなことではダメだよなあ……と暗い気持ちになってしまう。フードライターなんて看板を掲げてる人間が言うことではないと思うが、このところの正直な気持ちなんである。

 だから書店で、本書のタイトルを目にして思わず手に取った。

 著者の大庭英子(おおばえいこ)さんは福岡県出身、料理研究家として40年以上のキャリアをもつベテランだ。料理関係者からとかく厚い信頼を置かれている方で、「困ったとき、初心に帰りたいときに、大庭さんの本を開く」なんていう人はかなり多いのである。68歳でひとり暮らしの大庭さんは、どんなふうに「きょう何食べる?」という思いをキープしてきたんだろう。

「自分のためだけに食事を作ることを面倒に感じることもあるでしょう。そこでこの本では、わたしが毎日食事を作るなかで生まれた、料理がラクになってちょっと楽しくなる、そんな工夫をあれこれ紹介しました」(『はじめに』より)

 主食(米やパンなど)のほかに用意するのは2皿と決める、毎日栄養バランスをよくしようとせず1週間単位で考えるぐらいでOK、といった基本的な考えの中に、「作りおきと作りたてを組み合わせ」よう、というのがあった。ストンと来た。

 作りおきは、言い換えれば「あまりもの」でもいいと私は読解する。そして作りたては目玉焼きひとつだって、いいのだ。なんなら、ごはんを炊くだけでも作りたてがひとつ生まれる。やる気が出ない日の私の食事が、急に太鼓判を押されたような気持ちになって、ちょっと元気が出てきた。

 どの文章も「こうしなさい」ではなく、「こうすると便利ですよ、安心ですよ」といった圧のない筆致で、やさしい。読む側が「自分だったらこうすればいいかな」とゆるく紐解きつつ考えられるのも、ありがたい。

 冷凍活用のくだりなど(13ページ)「ご飯は炊きたてが一番おいしいと知ってはいるけれど、冷凍してもそこそこおいしいから」なんて表現が、うれしくて。そう、おいしさ最優先でムリして頑張るよりも、ほどよくラクに「そこそこおいしい」でじゅうぶん、という人も多いはずだ。

 日々の料理をどう作りやすくするか。ひとり分を賢くラクに作り続けるにはどうするか、という大庭さんの工夫の数々がつづられていく。大根やにんじんは千切りにして保存、青菜ならひと束丸ごとゆでておく。そしてそれらを実際にどう使うかが、レシピで示されていく。

 ストックしておくと便利なものとして挙げられるもののひとつ、切り干し大根はアーリオ・オーリオやチンジャオロースーの具にも使われる。はんぺんはアボカドとチーズ焼きに、魚肉ソーセージはじゃがいもと炒めものにするなど、「こんな風に使ってもいいのか」という発見が楽しく、視野が広がる思い。

 手軽なアイディア料理だけでなく、手間のかかる料理も紹介される。ラクに済ます日もあれば、好きなものをきちんと作る日もあるというメリハリ。「ひとりでもとんかつ!」のページには見上げるような思いになった。「大好きなとんかつは、やっぱり自分で揚げるに限ります」というセリフを私は68歳のときに言えるだろうか。言える気骨を持っていたい。なんだか刺激されて、そんなふうにも思えてきた。

 ああ、欲を言えば、「食欲とやる気」を保ち続けるために、大庭さんが大事にしていること、実践されていることなども知りたかった。自炊を続けていく上での彼女なりのマインドセット、みたいなことも。どうやって(仕事ではなく日常の料理を)作る気持ちを燃やし続けてこられたのか、是非ともうかがってみたい。

 ひとり暮らしだけでなくふたり暮らしにも、また幅広い年代の方にも参考になる本だと思う。最後になったが、邑口京一郎氏による料理写真がまた実にいい。 誘われるようなぬくもりと香りがあって、料理心がくすぐられる。

 しっかりと一生、料理を続けていきたいあなたに。

原田マハ『やっぱり食べに行こう。』“食い意地”が信用できる旅のグルメコラム

レシピ本をはじめ、マンガやエッセイ、ビジネス書など世の「食」にまつわる本はさまざま。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んでご紹介!

今月の1冊:『やっぱり食べに行こう。』原田マハ

 帯の言葉に「小説、アートと同じくらい、おいしいものが大好き!」とある。

 作者の原田マハさんは1962年生まれ、もともと美術館のキュレーターで、小説家に転身された方だ。アート作品や芸術家をテーマに書かれることも多い。それらと同じぐらいの情熱で、食べることや飲食店のことを考えるのが好きだ、というわけである。

 なんだか高尚そうと怯むなかれ。

 冒頭から3つめのコラム「熱々のコーヒー」でいきなり、「全然こだわりはない。正直に告白すると『キリマンジャロ』と『コロンビア』の区別もつかない」なんて書かれる。そう、全編を通じて気取りやスノッブな感じはゼロ。高級なものも食べられているけど、マウント感はなく、実に気さくに“食旅”の思い出がつづられていく。明るく楽しくサクサク読めるグルメコラムで、まずそこがいいなあ……と思った次第。

 1コラムの文章量も、文庫サイズで2ページから2ページ半ぐらいと短く、電車移動の合間や、寝る前などにちょっと活字に触れたい食いしん坊にもおすすめ。全部でコラムは102編、日本各地から世界までと舞台も広い(原田さんは東京、蓼科、パリの3か所に拠点を置きつつ、あちこち旅する生活をされているよう)。

 「バターたっぷり」というコラムの中で、原田さんが「パリに来たときにはここぞとばかりにバターハントをしている」というくだりが印象的。私も旅をすると必ず、地元スーパーや食材店を訪ねる。その地の特色が何かしら見えてきて、興味深いから。食い意地の張った人間は、旅に出ると必ずと言っていいほどスーパーや市場を訪ねるもの。

 ちなみにパリのスーパーはバターの種類が豊富で、無塩、ハーフソルト、スモーク、海藻入り、いちじく入り、アーモンド入りなどタイプも様々にあるようだ。原田さんのお気に入りはスモークとのこと、試してみたいなあ。

 また、原田さんは気に入ったらそれをしばらく食べ続けるタイプのよう。

 トルコのイスタンブールを旅して見つけた「無添加のヨーグルトと氷をミキサーにかけて作るアイスヨーグルトドリンク」は絶品で、「塩を一振りすると自然の甘さが引き出される。私はこれを夏じゅう飲んで夏バテをしなかった」というくだりを読んで私は妙に、原田さんの食い意地とその徹し方を「信用できる」と思ってしまった(えらそうだが)。

 だってこれ、ひと夏の長期滞在なんである。せっかくの旅行中、あれこれ飲んでみたいだろうに気に入ったものだけを飲み通すというのは、なかなかできることではない。グルメコラムというのは書く人の内側に何というのか……「潔さ」のようなものがないと成立しないと思っている。あれもこれも食べたいところをグッと我慢するときと、我慢しないときの線引きのようなもの。マハさんの文章には確かにそういうものがあった。

 やっぱりアートが絡んでくる話が抜群に面白い。「ローマのアーティチョーク」は特に好きな一編だ。イタリアのバロック時代を代表する画家、カラヴァッジオが荒くれ者だったなんて知らなかった。彼はアーティチョークが大好きで、ある食堂で出されたアーティチョークの味つけが気に入らず、給仕を殴ったこともあるらしい。マハさんはローマでアーティチョークのオイル焼きを食べつつ、彼を想う。このくだりがね、いいんですよ。ぜひ実際に読んで、味わってほしい。

 本書は2018年5月に刊行され、21年の11月に文庫化されたもの。文庫化にあたってのあとがきには、コロナ禍を体験した世界と読者への真摯なエールがつづられていて、胸がいっぱいになってしまった。素敵なコースの後に、なんともあたたかくておいしいコーヒーをいただいたかのような、上々の気分。

 きょうもどこかへ、食べに行こう。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。 ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究 。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)など。
Instagram:@hakuo416

『最強おつまみ事典』『日本全国地元食図鑑』ほか、上半期のオススメ“食本”3冊

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター・白央篤司が選んでご紹介!

2022年上半期の「食本」3冊

 6月になり、早いもので1年の半分が過ぎようとしている。今回は半期に一度の恒例、「食本書評」で取り上げたかったものをまとめてご紹介。はからずも図鑑や事典的な3冊が揃った。いずれも眺めるだけでも楽しく、また読ませる部分も魅力的な好著ばかり。

『47都道府県 日本全国地元食図鑑』菅原佳己 著 

 旅に出たら、ほぼ必ずスーパーをのぞいている。旅好きの料理好きなら、同じようなことをしている人は多いはず。スーパーで見慣れぬ食材を発見すると異様に興奮してしまう。自分にとってはまったく馴染みのないものがシレッと“普通”に並んでいる情景に出くわすと、「旅に出てるなあ……」と感じられて、しみじみワクワクするのだ。

 著者の菅原佳己(すがわらよしみ)さんは、そんな探訪をライフワークにして、スーパーマーケット研究家として活躍されている。本書では各県の地元ならではの食品が紹介されているが、まずその確かな選択眼に唸る。たとえば静岡県の章では由比缶詰所の「まぐろ油漬け」缶と、まるたや洋菓子店の「あげ潮」がセレクトされる。細かい説明は省くが、どちらも地元民から長年愛される逸品だ。そして私が小学生時代を過ごした宮城県からは「パパ好み」が選出されていて、思わず拍手してしまった。

 みな、地元民のとっておきである。おいしくて根強い人気があるのに、なぜか県外までは知られていない。でもだからこそ地域での人気が深まるというか、愛着が湧くというか。各地で深く取材され、実食されて、ローカルに根付く食の名品を調べ出す菅原さんの確かな仕事を思う。そうそう、彼女がなぜ地方スーパー探求にハマったかは大阪「せみ餃子」のところに書いてあるので、ぜひ読んでみてほしい。そして私は今「バラパン」に逢いに、島根県に行きたくてしょうがない。

『いつものお酒を100倍おいしくする 最強おつまみ事典』真野遥 著 數岡孝幸 監修

 しかし日本人というのは飲食に貪欲だ。日常的に飲まれているお酒の種類だけでも、一体何種類あることか。コンビニに行けばビール、日本酒、ワイン、ウィスキー、焼酎、それに梅酒やジンにラム、ウォッカ、テキーラ、そして様々な種類の缶チューハイが並ぶ。それらのお酒に合うつまみを徹底的に研究したのがこの本だ。いわゆるペアリングをテーマに、200を超えるレシピが紹介されている。

 最初にコンセプトを聞いたとき、日本酒やワインはともかく、缶チューハイでペアリングなど細かいことを考えずとも……なんて正直思った。しかしグレープフルーツサワーと桜エビのかき揚げ、緑茶ハイとチーズ入りの磯部揚げなど、やってみたらこりゃ確かに相性がいい。ビールひとつでも、スーパードライとエビスでは合わせるべきつまみも違ってくるという主張に納得。「梅酒としらすおろし、合わせたことある?」的なキャッチコピーにはつい「いや、ない。やってみたい!」などと答えたくなり、食好奇心が大いにそそられた。

 作らずとも、この事典片手につまみの購入を考えるとき参考にするのもいい。酒類それぞれの基本的な説明や、自分好みが分かるチャート診断もあり。著者の真野遥氏は発酵食研究を中心に活動を続ける料理研究家で、ご自身も大のお酒好き。

『祇園 鍵善 菓子がたり』今西善也 著

 著者の今西善也さんのことはツイッターで知った。京都・祇園の菓子店『鍵善良房』(かぎぜんよしふさ)の十五代目当主で、折々でアップされる季節の菓子写真がひたすらに美しく、うつわとの取り合わせも含めて圧倒された。和菓子とはきれいなものだな、こんなふうに盛ってもいいのかと、目の前がスーッと開けていくような思いになり、新鮮な感動を覚えたのである。

 「鍵善十二か月」と題された第1章、菓子とうつわと光と陰が織り成すコーディネーションの妙をこれでもかと堪能できて、贅沢きわまりない。和菓子におけるモダンアート的な面白さを今頃になって知った。抽象的なデザインがときにハッとするほど具体的に、自然のイメージを想起させる面白さ。逆に具体的な花や果実をかたどると、それらが咲き実る季節のあれこれが同時に思い起こされてくる。

 しかしうつわの上の菓子それぞれの雄弁なこと。耳を澄ますような思いでページをめくっていた。ちなみにうつわはすべて今西家のもので、組み合わせを考えたのはご自身とのこと(撮影は内藤貞保氏)。

 また月ごと、菓子ごとに添えられる文章がどれもさらりとしていて心地いい。祇園の菓子屋で生まれ育った人ならではの季節感覚がつづられていく。またあとがきの最後の一文にはホロッとさせられた……。

 実際に「鍵善」の菓子は何度かいただいているが、味の面でも価値観を変えられたこと多々。和菓子がちょっとでも気になる人、ぜひ手に取ってほしい。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。 ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究 。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)など。
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『エシカルフード』で目からウロコ! 日本の食産業の問題点は、買い物ひとつで変わる?

レシピ本をはじめ、マンガやエッセイ、ビジネス書など世の「食」にまつわる本はさまざま。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んでご紹介!

今月の1冊:『エシカルフード』山本謙治

 人間、毎日のように買いものをする。私はきょう、卵と油揚げ、ヨーグルトに冷凍食品、そしてペットフードを購入した。選ぶ際に考えていたことはまず値段であり、次に品質と値段のバランスである。物を選ぶ上での判断基準はこの2点がすべてという人は多いだろうし、私も実際そうであることが多いが、時折「そのメーカーがどんな会社か」ということも考える。

 食品だけでなく、たとえば車を買うとしよう。A社、B社でそれぞれ欲しい車があって値段とクオリティが大体同じだったとして、A社で過労死のニュースがあったらどうだろうか。あるいはA社に特に悪いイメージがなくても、B社では環境に負荷をかけない取り組みが活発であるとか、社員の労働環境改善に取り組んでいるといった情報があったら、どちらを買おうと思うだろう。

 買うこととは、そのメーカーを支持することに直結する。日々何気なく選んでいるあれこれが、時に自然環境を乱すことに繋がることもあれば、ブラック企業を応援してしまうこともありえる。だからこそ、エシカル(倫理的、道徳的)な視点を持った消費者になろうよ、というのが本書のテーマだ。

 日々の買いものに、いちいちそこまで考えちゃいられないよという人もいるだろう。だけど「理想としては、そうあれたらいいな」と思う人も少なくはないと私は思う。

 著者の山本謙治さんは農産物流通コンサルタントで、農政や食生活のジャーナリスト。昨今よく耳にするSDGs(サステイナブル・デベロップメント・ゴールズ 持続可能な開発目標)につながる「食のエシカル」について、実に分かりやすく解説してくれる。この手のテーマにありがちな「エシカルであるべき!」的な圧のない筆致で、「こういう議論があります、どう思われるでしょうか」的な、読み手に判断をゆだねるフラットなアプローチで、読みやすい本であることをまずお伝えしたい。

 エシカルな食消費を考える上で、山本さんは次の7つのテーマを軸に話を進めていく。

・環境問題
・アニマルウェルフェア
(ざっくり言うと劣悪な家畜飼育環境をなくしていこうという考え)
・人権と労働問題
・フェアトレード
・商品とサービスの持続可能性
・利益の公正な分配
・食品ロス

 「うわー難しそう」と思うなかれ。世界の食産業界がこれらのことに対してどういう取り組みをし、消費者がどんなリアクションを起こしているかがそれぞれで語られ、日本の現状も差し込まれていく。ライブ感のあるその構成が面白く、読むごとに「目からウロコ」で視界が開けていく感じが爽快だ。

 印象的なところを挙げたらキリがないのだけれど、まず「オーガニック(な農業)」という概念のとらえ方が、ヨーロッパと北米、そして日本では大きく異なっている」という点に膝を打った。日本では安全性が高く、健康に良さそうなイメージであるのに対して、ヨーロッパでは有機物循環を大切にする持続可能なスタイルを指す、と。

 「ヨーロッパは利他的な、アメリカや日本は利己的な見方とも言える」という表現には射られた思い。そう、利己ではなく利他を考えていこう、その回数をちょっとでも増やしていこうというのが、エシカルな消費観点そのものに思える。15ページに書かれてある食品トレーサビリティの考え方とあわせて、ぜひ多くの人に読んでほしい。

 そしてやはり知っておきたい、日本の問題点。水産業における資源管理や、エコラベル普及に関してのこと。日本の家畜は質や安全性だけでなく、エシカルに育てられているのか? また、輸入大国日本は「買い叩き」をしていないか、フェアな取引をしているだろうか? 

 食品ロスに関しては、国民の「もったいない精神」に依りかかりすぎで根本的解決を目指していない現状も語られる。そして何より“身近”とも言えるブラック労働の問題……。先日も大手寿司チェーン店の元店長が自殺を図ったニュースが流れたばかりである。従業員を苦しめる店を選ばない消費者で私はありたい。

 食に興味関心のある方なら、どこかにひとつは必ず問題意識を刺激される点が見つかると思う。まずはそこを軸に、情報を集めてみてはいかがだろう。そんな良いきっかけを本書はきっとくれるはずだ。

 日々の買いものひとつでも、良い取り組みをしている生産者や食品業者を応援することもできるし、働く人や取引先のことを考えないメーカーと関わらない選択もできる。そういう選択幅の広い人が増えてくれば、エシカルな社会はより早く近づいてくる。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。 ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究 。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)など。
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スパッと痛快な料理本! 盛り付けは「センスではなく知識と理屈」、好奇心をくすぐる新しいヒント集

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター・白央篤司が選んでご紹介!

今月の1冊:『ぼくのおいしいは3でつくる』樋口直哉

 樋口直哉さんの本を読むと私はいつも、頭の中の血のめぐりが良くなったような、するするとした心地よさを覚える。脳の中のサビついていた古い料理知識や思い込みが流れて消えてスカッとするというか、自分がちょっとアップデートされたように思えて、気持ちいいのだ。

 レシピを考える料理家は多いが、樋口さんはレシピの進化も同時に考える。時代と共に食べる人、作る人の価値観は変わり、ポピュラーな食材や使われる調理道具、食材自体の状態も変わってくる。

「昔ながらにやっていることは、今も必要なのだろうか?」
「そもそも決まりでやってきたことは、必要だったのか?」

 味だけではない検証と研究を日々繰り返されていることが著書からは伝わってくる。そこに何かこう……料理的好奇心と探求心のすこやかな燃焼を感じるのも、私は読んでいて快い。

 さて前置きが長くなったが、本書は単なるレシピ集ではなく、日々のごはんをよりおいしくさせるためのヒントとその実践例としてのレシピが詰まった本だ。「もっと料理がうまくなりたい!」と願う人、料理的向上心に富む人に、特におすすめしたい。

 タイトルにある「3」は、いろいろな考えに掛けられる。

 まず「1皿に盛り込む食材は3種類がベスト」という考え方から。例に豚のショウガ焼きを挙げて、豚、ショウガ風味のソース、キャベツの千切りと、構成要素が3つであることを説く。そして料理の配色は3色がまとまりやすいこと、盛り付けは3角形を意識すると整いやすい、と続いていく。

「盛り付けのセンスがなくて……という方が時々いますが、盛り付けはセンスではなく知識と理屈です」

 なんてスパッと書かれるのが痛快だ。確固たる料理哲学でもって読むものを導いていく。指南される喜び、みたいなものも本書は与えてくれる。

 さらには理想的な献立の組み立て方として、「3皿で構成」というのを掲げられる。前菜、メイン、デザートだ。「レストランじゃないんだから」と思われるだろうが、我々が日常的に食べているものも「3皿的な構成」であることが解説されていく。私はこの部分を読んで、自分が普段やっている鍋の食べ方も、単体のメニューでありながら3皿的構成で楽しんでいることに気づかされた。

 まずは青菜やネギ、キノコなどを楽しんでから、肉や魚介、あるいはうどんや米を入れて食べ、最終的にはお茶を飲んだり、ちょっと強い酒を寝酒代わりにしたり。デザート的に最後にいただくものを料理の流れにおける「句読点」と表現しているのにも感じ入った。ちなみに樋口さんは料理家であると同時に作家であり、群像新人賞も受賞している本格派である。

デザート作りが億劫な人こそ、熱烈おすすめ

 紹介されるレシピにはどれも実に丁寧な解説があり、料理のコツを読むごとに冒頭で書いたようなセルフ・アップデートを感じてなんだか、嬉しくなる。ホタテのカルパッチョの切り方、トマトに紅茶の茶葉を合わせる前菜、豚肉の火通しに関してのくだり、そして電子レンジの項などは料理好きならきっと料理心や好奇心をくすぐられるはず。

 一番最初に登場するおひたしサラダも印象的だった。おひたしの概念が変わるというか、おひたしはかくも自由で美しくなれるものかと。レシピ的には手間を感じる人もいるだろうが、「よりおいしく、豊かに」を追いかけたい気分のときにぜひ試してみてほしい。

 もうひとつ、樋口さんが提案するデザートはどれも作りやすくて、それでいて洒落た雰囲気に満ちて、まこと魅力的だ。「デザート作りって温度や時間を厳格にやらなきゃいけないから億劫で……」と思われている方に、熱烈おすすめ。「イチゴのムース」はぜひに、そして寒い時期になったら「柿柚子」も。

 さて、今夜私はこの本から「カジキマグロのソテー トマトとケッパー」を作ってみるつもり。とあるものにカジキを漬け込むコツを早く試してみたくて仕方ないのだ。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。 ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究 。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)など。
Instagram:@hakuo416

山本ゆりさん「イライラしているときでも作れる」料理ほか、16人の料理家による役に立つ“食”エッセイ

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介!

今月の1冊:『生き抜くためのごはんの作り方 悩みに効く16人のレシピ』

  “レシピ”とタイトルにあるが、実際にはエッセイ集である。

 「人生において、料理ってこんなふうに役立つこともあるよ」「私は料理のこんなところに助けられてきたよ」ということをテーマに、16人の料理家が文章を寄せている。「ひとり暮らしを始めるので、料理を覚えていきたい」「食生活を見直したい」「ちゃんと自炊をしていきたい」と真剣に考えている人なら、かなり役立つ本だと思う。

 執筆陣は掲載順に、冨田ただすけ(料理研究家、「白ごはん.com」の主宰者)、寿木けい(エッセイスト・料理家)、有賀薫(スープ作家)、竹内ひろみ(自然派料理家)、西邨マユミ(マクロビオティックの専門家)、山本ゆり(料理コラムニスト)、高山なおみ(料理家・文筆家)、きじまりゅうた(料理研究家)、枝元なほみ(料理研究家)、リュウジ(料理研究家)、今井亮(料理研究家)、小田真規子(料理研究家)、おりえ(主婦)、ヤミー(料理研究家)、なかしましほ(料理家)、滝村雅晴(パパ料理研究家)の各氏。それぞれひとつずつレシピも披露する。彼らの年代はざっくり30代から60代、得意とする分野もかなり違って、バラエティに富む人選と言えるだろう。

 この本、「14歳の世渡り術」というシリーズの一冊で、書内には特にそのあたりに関する説明もないのだが、“中学生のうちに考える力を鍛えておこう、社会に出たときこんな視点を持っていたらきっと役立つはず”といったコンセプトのようだ。

 食べものが身体をつくる。だから、食事を自分で作ることができる=生きる力である、生き抜く力を若いうちに養ってほしい……的なことが編集部の筆によって序章に綴られる。いかにも正しいのだけれど、あまりに正論すぎて響きにくいかもしれない。人間日々栄養を考えて、しっかり自炊していければいいけど、なかなかそうもいかない。

 世間における食の悩みに日々対応している専門家たちの言葉はもっとダイレクトで鋭く、ピンポイントだ。例えば山本ゆりさん。“イライラしているとき、どう食べるべきか?”をテーマに書かれる。

 料理すること、栄養を考えることは当然大事だけれど、例えばインスタントラーメンや菓子パンが好物だとして、それらをどうしても食べたいときに我慢して、心は満たされるのだろうか? 

 山本さん自身もあれこれ逡巡しつつ、「暴飲暴食は余計にストレスになる。舌が一瞬満足しても、心もお腹も満たされない。だから、食べたいものと体にいいものを一致させることが重要だ」という地点にたどり着く。イライラしているときでも作れるぐらい簡単で、おいしく、栄養もあるレシピを考えたので作ってみてほしい……と軽快にエッセイは進む。料理名は「キャベツたっぷり豆乳カルボナーラうどん」だ。

 「洗い物もほとんど出ない」「豆乳が苦手でも大豆の風味はほとんどえ消えるから」なんて言葉を添えるところがさすが。SNSなどで多くの作り手の声を聞いてきた人ならではの気くばりというか。

 きじまりゅうたさんは、料理に必要なのは「段取り力」であると語る。「料理という作業は一度スタートしてしまうと、時を止めることはできない」だからこそプロセスにおいて何が必要で、何をどう用意しておけばいいのか。そこを考えることが大事だと。勉強や仕事でもこの力は活かされる、というのに納得。段取り力を養うために、きじまさんが“教材”に選んだのはなんとカップラーメンだ。いいなあ、このチョイス!

 「ええ、お湯入れればそれでOKじゃん」と思うなかれ。きじまさんが考える、カップラーメンを食べるために必要なプロセスは8つ(卵入りなので手間は増えるけれど、その分栄養価もよくなる)。読んでみると、「なるほど、普段無意識にこのぐらいのことをやっていたのか」と思わされるに違いない。そしてちょっと、自己肯定感も上がるかもしれない。

 その他、冨田ただすけさんの「“買えない料理”を作れることが、きっとこれからいろんな場面で自分を助けてくれる力になる」というメッセージも印象的。彼は「買えない料理」の一例として「焼き海苔にちょんと醤油をつけて炊き立てのごはんを挟むもの」なんてのを挙げる。何気ないものだが、確かに買えない。作りたてを食べられるというのは、自炊する人間が得られる大きな喜びのひとつなのだ。そんな小さなことが、自分を大きく助けてくれることもある。

 有賀薫さんの「食べることと出すことはセット」 という考えは万人に持っておいてほしいものだし、リュウジさんが料理を始めた理由と、料理することでどんな「力」を得ていくことができたかという話は、若い方にぜひ読んでほしいと思う。

 そして枝元なほみさんのエッセイには「作って、食べて、生きる」ことの意味と導きがやさしい言葉でギュッと詰まっている。必読です。

 最後に一点。本書にはマクロビオティックの考えも紹介されている。大人が、いろいろと食に関する基礎知識を身に付けた上で、自分の責任で実践するのは構わないけれど、十代のうちは肉も含めて幅広い食物を楽しく食べてほしいと私は思う。コラム内に「白い砂糖は使わず」とあるが、日本で一般的に販売されている白砂糖を食用にすることは何の問題もない。

 食事は人間の健康に深く関わることだけれども、どんなに健康的な食事を心がけていても、病気になるときはなる。これは避けがたいことだ。病気になったらいくら栄養バランスのいい食事をしても、それだけで病は治らない。病気を治すのは医療であることを忘れないでいてほしい。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。 ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究 。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)など。
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「普通」の結婚はわからないけど……アラサー女子ふたりの共同生活、『今夜すきやきだよ』の多幸感

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター・白央篤司が選んでご紹介!

今月の1冊:『今夜すきやきだよ』谷口菜津子著

 心がモヤモヤしてならないとき、妙に料理したくなることがある。

 食べ切るのに数日かかりそうなほどの豚汁を仕込んだり、あるいは手間ひまかけてじっくり肉豆腐に挑みたくなったり。それで何かが解決するわけじゃないけど、無心に具材の皮むきをする時間が、またはアク取りをしつつ煮えていく鍋中をぼんやり見つめている時間が、ほんのちょっと自分の気持ちを洗ってくれて、スッキリとさせてくれるのだ。

 だから私は、本作の主人公のひとり「ともこ」にまず共感した。どうにもうまくいかないとき、腑に落ちないとき、彼女の心は料理に向かう。フリーのイラストレーターで絵本作家のともこ。売れておらず、生活は苦しい。それでもともこは仕事が行き詰ったときなど、「豚(のかたまり肉)を塩で8時間ひたすら」煮たり、丸鶏で参鶏湯を仕込んだりする。彼女もきっと「料理する時間」に、心ほぐされているんだろう。 

 ともこは小さい頃から料理が大好きで得意だった。「いいお嫁さんになれるね」「いいお母さんになれるよ」と周囲は言う。でも、そういう未来がまったくイメージできない。30歳になった今、恋愛感情が薄い、むしろ興味がないという自認がハッキリとある。

「私、何かが足りないのかって不安だった」

 彼氏や恋愛に興味がないと言うと、「そんな人いるわけない」「変」と一語のもとに否定されてしまう。ともこはこれまでに、何度否定されてきたんだろう。

 対してもうひとりの主人公「あいこ」は根っからの恋愛体質、結婚に憧れている。イキがいいというか、周囲から「姉御って呼ばせてください」なんて言われるタイプ。家事は超苦手、上手になる気もサラサラない。内装デザイナーとして活躍し経済力もある。家事は代行にして生涯働きたいと思っているのに、惚れるのは「良妻賢母」的なものを求める男ばかり。

 ふたりは高校の同級生で、久々の再会から共同生活を始めるんですね。家事はすべてともこが担当、その代わり家賃はあいこが多く負担。利害の一致から始まったシェアハウスだけれど、だんだん信頼関係が深まっていく描き方がなんともテンポがよくてコミカルかつ、深い。

 全編を通じてふたりはよく飲み、よく食べ、よく語り合う。あるときは揚げたての天ぷらを食べつつ晩酌し、あるときは朝から手づくりの肉まんをほおばる。その肉まんは牛すじ入りが“ともこ流”だ。

 作者の谷口菜津子さん描く食べものがねえ……魅力的なんだ、とっても。ポップで流麗で勢いのある線が印象的。ただおいしそうなだけでなく、食いしん坊な料理好きが実際に考えそうなことがちょいちょい織り込まれてくる。“スーパーで安かった魚で作ったなめろうに漬物を刻んで加えてみた”、なんて小技がたまらない。こういうディテールが「ともこ」という人間に厚みを加えていく。

 「普通ってなんだ?」というのが本作のひとつ、テーマだと思う。周囲から「普通はこうでしょ」「普通はそんなことしないよ」的なことを言われて疑問を感じたり、どうにも息苦しくなったことって、ないだろうか。

 ともこもあいこも、私は普通じゃないのか、普通でなきゃいけないのか、ということを考え、悩む。けれど、自分でも同じような「普通の押しつけ」をしてしまうことがある。第4話であいこがともこに指摘されて反省する展開がね、いいんですよ。速やかに、しなやかに自分の価値観を見つめなおし、謝る。かくありたいよなあ、なんて思ったり。

 だんだんと彼らは「補い合う関係」から「支え合い、鼓舞し合う関係」に成長していく。結婚観も含めて自分を見つめ直すあいこ。作家として何を描きたいのか突きつめて考え抜くともこ。ふたりが終盤、すき焼きをつつく多幸感にあふれるシーンを、ぜひ一緒に味わってほしい。

 蛇足かもだが、最後に書いておきたい。

 同性愛含め恋愛の多様性はいろいろなところで言われる時代になってきたけど、恋愛や性愛に興味がない、という人たちの存在も「普通」のひとつになったらいいな、と私は思っている。

 人間、自分と違うことはすぐ「普通じゃない」と思ってしまいがちなもの。そんなときに「普通って、なんだろう」「私は決めつけをしてるかも……?」なんて立ち止まって考えられる人が少しでも増えたら……硬い言い方だけど、より良い社会になるんじゃないだろうか。

 『今夜すきやきだよ』には同じ思いが満ちているようで、読んでいて嬉しかった。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。 ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究 。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)など。
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