もともとはグル!「1,900万円返せ」と阪神・金本知憲が訴えた相手との“本当の仲”

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『金本知憲―心が折れても、あきら
めるな!』(学習研究社)
 今季限りで現役を引退したプロ野球・阪神タイガースの金本知憲から農業法人への出資名目で現金約1,900万円をだまし取ったとして、埼玉県警捜査2課と朝霞署は今月16日、詐欺の疑いで元会社社長の本多善光容疑者を逮捕した。  県警によると、同容疑者が金本に「農業法人の会社を作り、事業を大きくして儲けたい。資金が足りないので都合してもらえないか」などと持ちかけ、2009年12月ごろから11年2月ごろ、計約1,900万円を自分名義の銀行口座に振り込ませ、詐取したという。返済がないことを不審に思った金本氏が昨年3月、県警に相談していた。同容疑者は「農業法人を悪用するような言い方はしていない」と犯意を否認している。  これだけ見れば100%被害者は金本ということになるが、ある関係者は「一時期、2人は毎日のように飲み歩いていた。ビジネスの話もよくしていた」と断言する。  昨年、金本は「週刊文春」(文藝春秋)と「週刊新潮」(新潮社)で懇意にしていた投資会社社長A氏との金銭トラブルが報じられた。当時の記事によると、金本は出資した1億3,000万円の返金をめぐり、山口組組織の名前を出して恫喝。これに社長サイドは警視庁組織犯罪対策部に告訴状を提出する構えを見せていた。 「結局、告訴状は受理されなかったようだが、A氏が主張する恫喝の現場には、実は今回逮捕された本多容疑者も同席していたそうだ。それほど金本と本多容疑者は近しい間柄なんですよ」とは闇社会に詳しい人物。そんな2人が決裂した理由も、また「金」だった。  金本に近い人物は「A氏に投資した1億3,000万円の回収も、ほぼ不可能。それ以外にも彼は投資で失敗を重ねている。数億円の年俸をもらっていて、悠々自適な暮らしを送っているかと思いきや、とんでもない! 借金で首が回らないそうだ。逆を言えば、わずか1,900万円の返済を求めて、かつての“同志”を告訴したのですから、よほど経済的にひっ迫しているということでしょう」と推測する。  告訴したはいいが、同容疑者は金本の“暗部”も知り尽くしているといわれる。これを機に、新たなスキャンダルが噴出しなければいいが……。

もともとはグル!「1,900万円返せ」と阪神・金本知憲が訴えた相手との“本当の仲”

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『金本知憲―心が折れても、あきら
めるな!』(学習研究社)
 今季限りで現役を引退したプロ野球・阪神タイガースの金本知憲から農業法人への出資名目で現金約1,900万円をだまし取ったとして、埼玉県警捜査2課と朝霞署は今月16日、詐欺の疑いで元会社社長の本多善光容疑者を逮捕した。  県警によると、同容疑者が金本に「農業法人の会社を作り、事業を大きくして儲けたい。資金が足りないので都合してもらえないか」などと持ちかけ、2009年12月ごろから11年2月ごろ、計約1,900万円を自分名義の銀行口座に振り込ませ、詐取したという。返済がないことを不審に思った金本氏が昨年3月、県警に相談していた。同容疑者は「農業法人を悪用するような言い方はしていない」と犯意を否認している。  これだけ見れば100%被害者は金本ということになるが、ある関係者は「一時期、2人は毎日のように飲み歩いていた。ビジネスの話もよくしていた」と断言する。  昨年、金本は「週刊文春」(文藝春秋)と「週刊新潮」(新潮社)で懇意にしていた投資会社社長A氏との金銭トラブルが報じられた。当時の記事によると、金本は出資した1億3,000万円の返金をめぐり、山口組組織の名前を出して恫喝。これに社長サイドは警視庁組織犯罪対策部に告訴状を提出する構えを見せていた。 「結局、告訴状は受理されなかったようだが、A氏が主張する恫喝の現場には、実は今回逮捕された本多容疑者も同席していたそうだ。それほど金本と本多容疑者は近しい間柄なんですよ」とは闇社会に詳しい人物。そんな2人が決裂した理由も、また「金」だった。  金本に近い人物は「A氏に投資した1億3,000万円の回収も、ほぼ不可能。それ以外にも彼は投資で失敗を重ねている。数億円の年俸をもらっていて、悠々自適な暮らしを送っているかと思いきや、とんでもない! 借金で首が回らないそうだ。逆を言えば、わずか1,900万円の返済を求めて、かつての“同志”を告訴したのですから、よほど経済的にひっ迫しているということでしょう」と推測する。  告訴したはいいが、同容疑者は金本の“暗部”も知り尽くしているといわれる。これを機に、新たなスキャンダルが噴出しなければいいが……。

もともとはグル!「1,900万円返せ」と阪神・金本知憲が訴えた相手との“本当の仲”

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『金本知憲―心が折れても、あきら
めるな!』(学習研究社)
 今季限りで現役を引退したプロ野球・阪神タイガースの金本知憲から農業法人への出資名目で現金約1,900万円をだまし取ったとして、埼玉県警捜査2課と朝霞署は今月16日、詐欺の疑いで元会社社長の本多善光容疑者を逮捕した。  県警によると、同容疑者が金本に「農業法人の会社を作り、事業を大きくして儲けたい。資金が足りないので都合してもらえないか」などと持ちかけ、2009年12月ごろから11年2月ごろ、計約1,900万円を自分名義の銀行口座に振り込ませ、詐取したという。返済がないことを不審に思った金本氏が昨年3月、県警に相談していた。同容疑者は「農業法人を悪用するような言い方はしていない」と犯意を否認している。  これだけ見れば100%被害者は金本ということになるが、ある関係者は「一時期、2人は毎日のように飲み歩いていた。ビジネスの話もよくしていた」と断言する。  昨年、金本は「週刊文春」(文藝春秋)と「週刊新潮」(新潮社)で懇意にしていた投資会社社長A氏との金銭トラブルが報じられた。当時の記事によると、金本は出資した1億3,000万円の返金をめぐり、山口組組織の名前を出して恫喝。これに社長サイドは警視庁組織犯罪対策部に告訴状を提出する構えを見せていた。 「結局、告訴状は受理されなかったようだが、A氏が主張する恫喝の現場には、実は今回逮捕された本多容疑者も同席していたそうだ。それほど金本と本多容疑者は近しい間柄なんですよ」とは闇社会に詳しい人物。そんな2人が決裂した理由も、また「金」だった。  金本に近い人物は「A氏に投資した1億3,000万円の回収も、ほぼ不可能。それ以外にも彼は投資で失敗を重ねている。数億円の年俸をもらっていて、悠々自適な暮らしを送っているかと思いきや、とんでもない! 借金で首が回らないそうだ。逆を言えば、わずか1,900万円の返済を求めて、かつての“同志”を告訴したのですから、よほど経済的にひっ迫しているということでしょう」と推測する。  告訴したはいいが、同容疑者は金本の“暗部”も知り尽くしているといわれる。これを機に、新たなスキャンダルが噴出しなければいいが……。

「すべての原点はヴァギナだ!」“1331人斬り”宍戸錠の男前伝説

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「週刊新潮」10月25日号 中吊り広告より
グランプリ 「裏路地の居酒屋女将になった『淋しき「未来のファースト・レディ」安倍昭恵』の隙間風」(「週刊新潮」10月25日号) 第2位 「決意の内部告発!『原発ゼロ』はこうして潰された」(「週刊ポスト」11月2日号) 第3位 「エースのジョー【宍戸錠・78】『1331人斬り』」『世界第3位!?』伝説」(「週刊ポスト」11月2日号) ワースト第1位 「おわびします 編集長河畠大四」(「週刊朝日」11月2日号)  同業者OBとして読むに堪えない「おわび」が出た。  先週のこの欄で、週刊朝日の「緊急連載 ハシシタ 奴の本性 佐野眞一+本誌取材班」について概ねこう書いた。 「週刊朝日がノンフィクション・ライターの佐野眞一を起用して連載を始めた。この連載の意図は、タイトルにある『ハシシタ』や『奴の本性』でわかろうというものだ。『あんぽん』(小学館)で孫正義の在日三世としての出自を徹底的に取材した佐野が、この連載で向かうのはどこになるのか。彼がじっくり腰を据えて橋下に取り組む覚悟なら、橋下本人にとってはもちろんのこと、読者にとっても興味深いものになるかもしれない。次回以降を注目したい」  この中で、橋下徹大阪市長の父親の出身地を明記し、そこには被差別部落があると書いている。当然ながら、そのことを橋下市長が批判してくるのは予期されたことであろう。  佐野はこうも書いているのだ。 「一番問題にしなければいけないのは、敵対者を絶対に認めないこの男の非寛容な人格であり、その厄介な性格の根にある橋下の本性である。そのためには、橋下徹の両親や、橋下家のルーツについて、できるだけ詳しく調べあげなくてはならない」  また、書けば橋下はオレの身元調査までするのかと生来の攻撃的な本性をむき出しにしてくるかもしれないが、「それぐらい調べられる覚悟がなければ、そもそも総理を目指そうとすること自体笑止千万である」。この連載を佐野に頼んだ時点で、どういうものになるか編集長は予想できたはずだし、それ故、連載のタイトルも「橋下」ではなく「ハシシタ」にし、リードにも「血脈をたどる取材を始めた」と書いたのではないのか。  それが、想定通り橋下市長が攻撃してきたとたん謝ってしまうというのは、私には理解できない。河畠編集長はこう書いている。 「同和地区を特定するなど極めて不適切な記述を複数掲載してしまいました。タイトルも適切ではありませんでした」  連載も中止し、「橋下徹・大阪市長をはじめ、多くのみなさまにご不快な思いをさせ、ご迷惑をおかけしたことを心よりおわびします」と続けている。全面降伏である。  私は、被差別地域を明記したことをよしとするものではない。差別問題には、メディアに携わる人間は最大の関心と細心の注意を払うべきだと思っている。この連載の中で、具体的な地名まで挙げる必要があったのか、読んでみて疑問が残った。だが、編集長も筆者も、そうしなければいけないという確固たる意識があったからこそ、わざわざ明記したのではないのか。  あえて「言論の覚悟」と言わせていただく。河畠編集長にはその覚悟もなく原稿を依頼し、内容をチェックし(文中には、社内の関係部署のチェックを受けたともある)、タイトルを付けたというのだろうか。  橋下市長の批判に対して受けて立つ論理を編集部側が構築していなかったというのでは、言論機関として体をなさない週刊誌と言われても仕方あるまい。  筆者である佐野眞一のコメントが載ってないのはどうしてなのか。彼には言いたいことが山ほどあるに違いない。それを次号に掲載すべきだろう。週刊誌への信頼がまた大きく傷ついた「事件」である。残念だ。  尼崎の連続怪死事件や「山中伸弥教授のノーベル賞に泥を塗った」森口尚史など、不可解な出来事が多く、沈みがちな気持ちがさらに落ち込んでいく毎日だが、そんな時ほど痛快な読み物が読みたくなるものである。  とっておきのがポストにあった。かつて日活で「エースの錠」といわれて一世を風靡した宍戸錠インタビューがそれである。  インタビュアーは吉田豪。宍戸は年末に79歳になるが「今年、子どもを作る予定だった」と話し始める。  相手は? と聞かれて、 「宍戸 相手はいたけど60歳だから。そいつがまあ、すごくて……もう嫌で(笑)。そいつの友達もまた俺の追っかけでね。その人たちが28とか27だったらいいけど、60と58じゃ……嫌だよ、こっちだって」  でも、今年中にはやろうと思っていると“断言”している。  女の経験人数の世界第1位はウォーレン・ベィティで1万2,775人、次にチャーリー・シーンで5,000人だそうだ。どうやって数えたのかね?  できるのはコンディション次第かと問うと、 「宍戸 いや、相手のね。こないだ、ちょっと年寄りもできるのかなと思ってヤッてみたらね、やっぱり年寄りとヤッちゃいかんな。人数にも入れたくねえよ!」  人数にカウントするのか? 「宍戸 入れないよ。入れたくもねえ。入れるところもねえっていうか(笑)」  中学生の時に、同級生と「内緒で教える女のデカメロン」という猥本を作ったというから天才的早熟。日活の仲間では二谷英明が凄腕で、女に関しては「あいつにかなうヤツはいねえよ」と太鼓判を押している。  ある大物の4号と関係があったといわれるが? 「宍戸 まあ、『役者買い』が流行ってたわけ。育ててやろうかとか、そういうのが昔からあって。そういうのは一度、絶対経験しておかないといけねえなって思うじゃない。だから経験したんだけど、ホントに勃たなくなるわ。金をもらったり、洋服を買ってもらったりしてるとダメなんだよな。金を払う側にならないと勃たないな」  その女とは別の女を、赤木圭一郎に紹介したのだという。  52~53歳の連中を「若い子」と呼び、今でも東京・仙川のカウンターバーでナンパしているそうだ。女遊びと言われるが、向こうからしたら男遊び、女も計算していると語る。  宍戸はかつてこう言ったことがある。 「スキーだのスキューバだのスカイダイビングだの、ほかの遊びが増えたのはわかるけど、海山空よりもすべての原点であるヴァギナだけは忘れないでほしい」  ポスト批判もチクリ。 「宍戸 ただ、『週刊ポスト』でもヴァギナの特集をずっとやってるけど、あれはえげつないな」  高倉健とほぼ同じ年だが、まだまだ十分に男くさい、人間くさい男の話を読むと、こちらまで何かしら元気が出てくる。  同じポスト。野田政権が示した「原発ゼロ」方針は、国家的詐術だと批判する記事が第2位。  ジャーナリストの長谷川幸洋が、政府の脱原発路線を支えてきた最高ブレーン・田坂広志多摩大学大学院教授にインタビューしている。長谷川は、野田政権が決めた「2030年代原発ゼロ」という方針は、実はゼロではなく「30年に原発依存度15%」なのだと指摘する。 「長谷川 私は『政府の30年代ゼロ案は、30年15%案だ』と見ている。この理解は正しいか。 田坂 (中略)『ゼロ案のデータは実質15%案のもの』という指摘は鋭い指摘と思います」 「長谷川 私は『39年ゼロ』も実はないだろうと読む。この理解は間違いか。 田坂 これも残念ながら、『戦略』の表現は、『コミットメント』(公約)ではなく、あくまでも『ベストの努力をする』という主旨に抑えてある。それは『綱引き』の結果生まれてきた文章だからです」  田坂が言うには、原発をなんとか残したいという側とゼロにするという人たちの意見を合わせて修正した、妥協の「霞ヶ関文学」だという。  また、経産省も資源エネルギー庁の官僚も、一番こだわったのは「原発維持の可能性を残す」という点だったと話す。それは財界、立地自治体も同じだ。  端からゼロなんて選択肢はなかったのだろう。  田坂は「『脱原発依存』に向けた12の政策パッケージの宣言」を出した。その意図をこう語る。 「田坂 脱原発に向かう場合、『地元の経済は破綻する』との疑問には『脱原発交付金』の政策を示す。『原子力技術者がいなくなる』との疑問には、『原子力環境安全産業』(廃炉・解体など)の政策を示す。こうした諸政策をパッケージで示さないかぎり、必ず矛盾が出てきます」  廃炉がビジネスになるかという長谷川の疑問には、 「田坂 廃炉や放射性廃棄物処理などは、脱原発に向かうために絶対必要な産業です。さらに、我が国は、ベトナムや韓国、中国なども視野に入れ、国家戦略として、この産業を国際的な産業に育てるべきでしょう」  田坂は「脱原発は選択の問題ではなく不可避の現実」だとし、活断層がないところでも地震の可能性があり、地下水によって高レベル放射性廃棄物がどう運ばれるか分からないこの国では、放射性廃棄物や使用済み核燃料の最終処分は日本の中ではできないと断言する。 「田坂 この最終処分の問題は非常に重い課題となって、次の政権にものしかかってきます。近く行われる総選挙では、本当は、『原発ゼロ社会をめざすか否か』が争点ではない。『不可避的に到来する原発ゼロ社会に、どう準備するか』こそが本当の争点になるべきなのです」  先週、園子温監督の映画『希望の国』を見た。大地震で原発事故が起こり、家族が離れ離れになる悲劇描いた佳作である。酪農家の老夫婦を夏八木勲と大谷直子が熱演している。 これを見ていて、東日本大震災が起き、福島第一原発が爆発したのがわずか1年半ぐらい前だということに改めて気付き、愕然とする。  現代の「世界最低最悪のビジネスの現場から 日本人いじめ ここまでやるか中国」を読んでいて、確かに日中、日韓問題は大きいが、それより日本人が今すぐ議論し尽くさなくてはいけないのは、地震大国日本で原発をどうするのかということである。「国家戦略として、この産業(廃炉や放射性廃棄物処理)を国際的な産業に育てるべき」という考えは正しいと、私も思う。  今週のグランプリは、次期総理が確実視される安倍晋三自民党総裁の妻「アッキー」こと昭恵夫人が、都内に居酒屋を開いたと報じた新潮の記事に捧げる。  夫の原発推進是とする考え方とは違い、反原発運動に傾倒したり、これも反中国の夫とは異なり、中国出身のミュージシャン・金大偉のファンだと公言したりと、話題に事欠かない夫人だが、今度は東京・内神田の裏路地に「UZU」という居酒屋を10月10日にオープンしたのだ。  カウンター5席とテーブルが9席のこぢんまりした店で、新米と豚汁が980円、ひじきの五目煮が480円という庶民的な値段である。  新潮は、次期ファースト・レディになる彼女が、店で酔っぱらったり、亭主がいないのにコンビニでビールを買って帰ったりすることを難じ、2人は仮面夫婦ではないかと心配しているが、いいではないか。  森永製菓の社長令嬢で、やや線は細いが政界のサラブレッド安倍と結婚し、一度はファースト・レディにまでなったのだ。亭主は亭主、私は私で、好きな人生を生きていくというのは、多くの女性たちの共感を得るのではないか。 「私はオーナーで料理は作りませんが、できるだけお店に出て、お客さんと話したい。店の場所は、学校の先輩が近くで料理教室を開いていたこともあって、ここに決めました。店名は、いろんな人が店に集まって、人の渦ができればいいなと思って付けたの。地球の成り立ちも渦で、宇宙に通じているすべてが渦になっていたりもしますしね。いろんなお客さんが出入りして危険なんじゃないかと言われても、何か起きたときに考えればいいかなと。ひとり4,000円くらいで食べられるお店を目指しています。とにかくたくさんの人に来てもらってお話を伺いたい。さまざまな方からお話を聞くのは選挙活動と同じだと思うんです。(中略)主人は大賛成ってわけではないと思います。このお店のことには触れたくないみたいですね、ふふふっ」  こうアッキーは語っている。  今夜は、アッキーの店でいっぱいやってみようか。これを読んだ都内の多くのサラリーマンがそう思うのではないか。私も今週中に行くつもりである。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか 

13体の“等身大ドール”と一緒に生活!? 神出鬼没の謎のサークル「日本ドール公団」を直撃!

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 おたくカルチャーが広がったことによって、アニメキャラのフィギュアや食玩などをコレクションするという趣味は、わりと一般の人たちにまで広がっている。ひと昔前だったら、部屋に美少女フィギュアが飾ってあったら即キモオタ認定されていたことだろうけど、最近じゃもうちょっと風当たりも優しくなっているんじゃないだろうか。  ……がしかし、そんなヌル~くなってしまったフィギュア界に一石を投じるべく(?)、ハードコアな活動を繰り広げているフィギュア好きたちがいる。それが「日本ドール公団」! 彼らが愛でているのは、ただのフィギュアや人形ではない。なんと、等身大のドールたちなのだ。  先日、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)のテレフォンショッキングで、リリー・フランキーがリアルなラブドールを持ってきて話題となっていたが、あのラブドールのように実用(エロに)目的ですらなく、ただただ鑑賞して愛でるためだけに一体数十万円もする、しかも保管しておくだけでメチャクチャかさばるであろう等身大ドールを所有しているとはマニアの鑑!
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 しかも「日本ドール公団」のメンバーたちは、等身大ドールを部屋に置いて愛でるだけにとどまらず、海へ、山へ、街へと繰り出して等身大ドールの撮影会まで行っているという。……外に連れてってるの? ドールを!? うーん、彼らこそまさに日本の、いや世界のフィギュア好きたちの最極北にいるといえるだろう(?)。  それにしても、いったい「日本ドール公団」とはどんな集団なのだろうか? そして等身大ドールと一緒に暮らすって、どんな気持ちなのか!? 「日本ドール公団」のメンバーであり、13体もの等身大ドールを所有しているという「ぴすけす」さんにメール取材を敢行した。 ――初めて等身大ドールをお迎え(編註:ドール用語でドールを買うこと)したきっかけは? 「もともとアニメ好きで、好きなキャラクターのフィギュアを集めたりもしていたんですが、そのキャラが1/6(27センチ)のキャラドールとして発売されて、それを購入したことがきっかけでこの世界にハマッてしまいましたね。それで、1/6ドールから等身大へとエスカレートしてしまった次第であります」
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――これだけたくさんのドールを集めるためには一財産つぎ込んだんじゃないかと思いますが、正直、後悔してたりは……。 「少し調子に乗りすぎたなとは思いますが、後悔はしていない!(キリッ)」 ――人間に近いリアルなドールというよりは、アニメ顔のドールが多いようですけど、ドールに求めているのは、やはり「2次元の世界のキャラクターが3次元にやって来てくれた!」的なことなんでしょうか? 「まさしくその通りでゴザイマス。アニメのキャラクターが我が家にいるというだけで、楽しいじゃありませんか!」 ――普通サイズのフィギュアやドールでは満たされない、等身大ドールの魅力とは!? 「ズバリ言うと、存在感ゆえの癒やし効果です。これは、小さなフィギュアや普通サイズのドールなどでは味わえないものです」 ――ドールが13体となると、かなり場所を取ると思いますが、自宅での保管方法は? ローテーションで一緒に寝ていたりするんですか? それとも普段は箱の中に入れていたり……。 「それぞれベッドに寝てたり(1人)、ソファーや椅子に座ってたり(5人)、壁際に立ってたり(7人)です。一緒に寝るのは、一番最初にお迎えした子だけです!」 ――そのほか、ドールと一緒に暮らす上での苦労などがありましたら教えてください。 「部屋が狭く感じるのと、等身大っ子の衣装等にお金がかかることくらいですかねぇ」 ――正直、家族や恋人からはどう思われている(思う)んですか? 何か言われたことは? 「あきれていたとは思いますが、人様に迷惑をかけなければ基本的に放任主義みたいなところがありましたので、特に何かを言われたことはないですね」 ――ところで、「日本ドール公団」とはどんな団体なんですか? 発足のきっかけは? 「日本ドール公団とは、等身大ドールユーザーの集まりです。発足のきっかけは10年くらい前になりますが、等身大ドールユーザーのサイト間をリンクする、みたいなモノだったと記憶しています。最近では痛車イベントに等身大ドールとともに参加する際のチーム名に使用したり、ドール仲間のサークル的な意味合いになってます」
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――日本ドール公団には、ほかにどんなメンバーの方たちがいるんですか? 参加するための資格は? 「メンバーは2次元好きなごく普通の社会人です。ちょいとばかし年齢は高いですが……(苦笑)。参加資格は分別の付く大人であること、等身大っ子が大好きならオッケー!」 ――等身大のドールを外に連れ出して撮影会などをするのは重いし、異常に目立つしで、大変じゃないですか? 「外に連れ出すのは大変ですが、仕事ではなく趣味なので、苦労とは思いません。ただ、体力的に厳しいお年頃なので、連れ出す人数は減ってはいますねぇ(苦笑)。目立つことに関しては、まったく問題としていませんよ!」 ――撮影の際に起こった事件、エピソードなどがあったら教えてください。 「『何かの撮影ですか?』と聞かれたり、物珍しいため、一般人も撮影していくなんてことはよくありますねぇ。また、いざ撮影という段階で靴やヘッド(頭部)を持ってくるのを忘れてたことに気づいたり……。伊豆での撮影中、偶然PVの撮影で来てた某タレントさんからの要望で等身大っ子がそのPVに映ることになった、なんてこともありました」 ――撮影会以外に、している活動があれば教えてください。 「若干撮影が絡みますが、定期的に仲間内で伊豆へ温泉旅行等のオフ会。痛車イベント参戦などですね」 ――日本ドール公団が、今後やっていきたいことや目標ってありますか? 「目標はメジャーになること! ……といっても自分たちではなく、あくまでも等身大っ子たちという意味で……。今後のことは考えてませんが、いつまでも面白おかしくドール公団仲間と今の状態を続けていけたらいいなと思ってます」  デカイ、重い、目立つなどのデメリットなんてまったく意に介さずに、等身大ドールへ愛を注ぎまくっている「日本ドール公団」のみなさん。話を聞いていると、ボクもちょっと欲しくなってきた……けど、さすがに気軽に買える値段じゃないので、撮影会あたりに参加させてもらいたい……。等身大ドールを担ぐくらいの仕事はしますから! (取材・文=北村ヂン) 日本ドール公団 <http://www.purisuka.com/>

「どうやってセックスすればいいの?」当事者たちの生の声が満載『身体障害者の性活動』

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NPO法人・ノアール理事長・熊篠慶彦さん。
 時折取り上げられるテーマでありながら、実態が知られることは少ない「障害者の性。ある意味、キワモノ的に取り上げられてばかりの社会問題といえる。  そうした中、今年7月に出版された『身体障害者の性活動』(三輪書店)は、「障害者の性」を個別具体的に取り上げる前例のない書籍だ。発行元は、医学書・医学関連書籍を専門に扱う三輪書店。いったい、どんなに堅いことが書いてあるのかと思ったら、表紙のイラストはリリー・フランキー氏。帯は宮台真司氏といった具合。専門書なのか、一般書なのか、判然としないままページをめくってみて驚いた。そこには、障害者のセックスが具体的にどのような形でサポート可能なのか。さらに、脳性麻痺や頸椎損傷など、障害別に当事者たちがどのようにしてセックスを行っているのかが具体的に記されている。図版や写真を用いることで、当事者だけでなく支援に当たる人々がどう接すればいいのか知ることができるのだ。  具体例の多くは当事者が執筆しているため、文体は少々硬めになっているものの、生々しさが伝わってくる。さらに、「障害者専門デリヘル」の元デリヘル嬢が執筆している項目もあり、一冊で「障害者の性」の全体像を知ることができる構成になっている。 「企画が立ち上がってから、書籍化までの道のりは楽ではありませんでした」  と、編著者の一人で、当事者でもある熊篠慶彦さんは語る。熊篠さんは自ら望んでAVに出演したり、「障害者の性」の問題を扱うNPO法人・ノアール理事長を務めたりと、非常にアクティブな人物だ。日常の移動には電動車椅子を用いているにもかかわらず、ハンディキャップをあまり感じさせることはない。継続的に開催しているイベントでは、ノアールを支援しているTENGAが、名物商品「TENGA EGG」を配布しているし、熊篠さん自身もかなり女性に目がない――。と記すと、面白おかしい人物かと思われそうだが、本書に記されたような問題を語る時、彼の態度は非常に真摯である。 「出版のきっかけは、2010年に共編著の玉垣努さん(神奈川県立保健福祉大学教授)と開催したイベントです。その時、私自身がセックスしている動画を使って、障害者の性の問題について語り合いました。その時、来場していた三輪書店の方が『これを書籍化しましょう』と提案してくれたんです」  しかし、そこからの道のりは厳しかった。本のテーマは、障害者の性の実態をありのままに描くことだ。だが、それほど困難な問題はない。 「そもそも、まず障害者に“性の問題”があることに気づいている人は、まだまだ少ないんです。障害者が、そうした問題を相談して解決することができるのは、家族でも友人でもなく、専門職のセラピストのはずです。ところが、セクシュアリティの専門教育を受けたセラピストなんていないんです」  つまり、ありのままの現状を記した時にまずあるのは、「セックスしたい」「マスターベーションしたい」と思っているにもかかわらず、できないし相談相手もいない障害者がいるということだ。 「障害者が一人で日常生活を送れるよう、リハビリではお尻を拭くといった訓練は行われます。ところが、どうやってマスターベーションをするかは訓練の範疇にないんです。私も手に障害がありますが、マスターベーションのやり方を教えてもらったことはありません」  ゆえに、書籍化する時にまず必要だったのが障害者のニーズ、どのようなことに困っているかをリサーチすることだった。 「当初、“障害者の方にも実名で執筆してもらいたい”というアイデアもありましたが、それは無理でした。なぜなら、本名で性の問題を語ることができるほどの土壌が日本にはないからです。そこで、ペンネームでもよいので執筆してもらうことになったんですが、それでも問題は残りました。というのも、症例の少ない障害だと、誰が執筆したか匿名にしてもわかってしまうからなんです。本人が執筆したがっていても、家族に反対されて断念した例もありましたね」  2年余りの時間をかけて、断られたら次の依頼へと順繰りに繰り返し……結局、執筆に応じてもらえたのはコンタクトをしたうちの半分くらいだったという。こうして出来上がった本書の価値を、熊篠さんは語る。 「現状、“障害者の性”は極めてプライベートなものとして扱われていて、セラピストですら介入したがらないんです。つまり、タブーにすらなっていないといえます。それを、ちょっとでも変えることのできる契機になればよいのかと思います。私の使っているような車椅子は、遊びの道具じゃないという先入観があると思いますが、考えようによってはアトラクションじゃないですか? 車椅子の上でのセックスなんて、お金を払ってもなかなかできないでしょう。ディズニーランドよりも希少価値はありますよ」  それにしても、本書は健常者として日常生活を送っていれば気づかないことに気づく点ばかりの内容だ。たとえば、障害の種類によっては握力がなかったり、腕の上下運動が困難でマスターベーションができないこともあるなんて、そうそう知らない。いまや世界的定番になっているTENGAのようなオナカップが、障害者にとっては健常者以上に画期的なものだったなんて、初めて知ることができた。   この問題を語るために、自らも身体を張る熊篠さん(https://www.youtube.com/watch?v=Wc3Hi5nTguE)。本書の持つ意義は、書かれている内容以上に濃厚だ。 (取材・文=昼間 たかし) ●くましの・よしひこ 1969年、神奈川県生まれ。出生時より脳性麻痺による四肢の痙性麻痺がある。特定非営利活動法人・ノアール理事長。医療、介護、風俗産業など、さまざまな現場で障害者の性的幸福追求権が無視されている現状に突き当たり、ノアールの活動を通して身体障害者のセクシュアリティに関する支援、啓発、情報発信、イベント・勉強会などを行っている。

「これじゃただの広告屋だ!」観光業者とベッタリ癒着の旅行ジャーナリストに批判の声

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伊豆諸島・伊豆七島の観光総合情報サイト
「屋久島も西表島もハワイも行く必要なし!」  伊豆七島への観光PRが旅行関係者の間で物議を醸している。10月18日、伊豆七島への客船を運航する東京汽船がマスコミ関係者を集めた東京湾船上でのプロモーションイベントを開催したが、その中でトラベルジャーナリストの肩書きで登場した寺田直子氏が「屋久島も西表島もハワイも行く必要ない」というタイトルでスピーチしたことで、当の屋久島らの観光関係者が激怒しているのだ。  スピーチで寺田氏は、「仕事では世界60カ国に足を運んだが、大島には仕事でなくても行く」と力説。そこまではよかったが、屋久島など3島の景色を写した写真と、それに似た景色の大島の写真を並べたものをスクリーンに大きく映し、大島に行けばこれら3島に行く必要はないという内容をアピール。これを伝え聞いた屋久島、西表島の観光業者が「そんなふざけたPRになんの意味があるんだ!」と痛烈に反論した。 「旅行というのは、場所それぞれに違った魅力があるはず。それなのに、ほかをとがめて特定の場所の優位を説明するなんて、バカバカしいにもほどがある。屋久島、西表島、ハワイともそれぞれ特色があるし、大島だって同じ。屋久島やハワイと大島を比較して、どっちに行くかなんて考える観光客がいるとも思えない。ほかの島に対して「行く必要がない」なんて、よく言い切れたものだ」(屋久島在住の旅館経営者)  また、西表島への観光ツアーを手配する沖縄の旅行会社経営者も「寺田氏は昨年、ブログに“十数年ぶり”として西表島に行ったと記しています。首都圏から身近な伊豆七島に強い思い入れがあるのかもしれないですが、十数年も行っていなかった島をよく比較対象にできるなと思う」と、反論。  さらに、ジャーナリストとしての姿勢にも疑問を投げかけ「そもそも特定の観光地のPRを仕事にしている時点でジャーナリストと名乗るのがおかしい。トラベルジャーナリストと名乗るなら、その場所を取材して掴んだ良い点、悪い点を客観的に別のところで述べるべき。大島のPRで金をもらってヨイショしているのは、ただの広告屋。自分が何度も行っているとか、だからほかに行く必要はないとか、それじゃただの観光客の感想レベル。ジャーナリストとしての資質を疑います」(同)  大島に住んでいる人間が「ほかよりこっちのほうがいい」というのではなく、“世界中を見て回っている”という触れ込みのジャーナリストによるPRだけに、もう少しほかの表現ができなかったのか一考の余地はありそうだ。

“天才”ウルティモ・ドラゴンの挑戦「僕はプロレスを変えた。でも、今のプロレスは好きではない」

 
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デビュー25周年。マスクをさせておくにはもったい
ないほど、素顔もイイ男、との噂も。
 メキシコスタイルのプロレス「ルチャリブレ」。マスクマンを中心にしたレスラーたちが華麗な飛び技を繰り広げるルチャは、日本でも“仮面貴族”ことミル・マスカラスの活躍によって広く知られることになった。現在は「みちのくプロレス」などがルチャスタイルを取り入れているが、日本のルチャの第一人者として知られるのがウルティモ・ドラゴンだ。  彼はルチャの故郷メキシコと非常に縁が深く、デビューの地もマスクマンに変身した場所もメキシコ。そんな彼が、11月7日に東京・後楽園ホールで「LUCHA FIESTA 2012~ウルティモ・ドラゴンデビュー25周年記念大会~」を開催する。日本やメキシコはもちろん、アメリカのメジャー団体でもトップ選手として活躍してきた彼に、波乱に満ちたレスラー人生やプロレス界の現状について尋ねた。 ──ウルティモさんはプロレスラーになった経緯がかなり特殊だと思いますが、レスラーになろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか? ウルティモ 小学生の時に、アントニオ猪木さんに興味を持ったことですね。でも、初めてプロレスを見たのはジャイアント馬場さんの試合だったんですよ。そのころ、馬場さんの全日本プロレスは土曜日の夜8時に放送していたんですけど、僕たちの小さいころは土曜8時というと『8時だョ!全員集合』(TBS系)を見ないと、翌週の学校の話題についていけなかった。ところが、何かの時にたまたまテレビにプロレスが映ってて「なんだコレ?」って思ったんです。あくまで子どものころの印象ですけど、馬場さんの動きって、そのころは遅くなってたんですよ。「レスラーって本当に強いの?」って思ったのが最初の印象ですね。 ──それがなぜプロレスへの憧れに変わったのでしょう? ウルティモ その次に見たのが、新日本の猪木さんの試合で。ほかにもタイガー・ジェット・シンとかスタン・ハンセンとか、身体の大きい人たちがたくさん出てきて。その時に「これだ!」と思いました。小学校の2年か3年のころですね。それから毎週欠かさず新日本プロレスの放送を見るようになって。あのころは新日本の時代なんですよ。藤波辰爾さんとかタイガーマスクとか、その後に長州力さんとか。 ──レスラーを目指したということは、肉体的に自信があったのでしょうか? ウルティモ まったくないですね。公害病認定患者でしたし、小さいころは身体が弱かったですよ。実は僕、高校を卒業する時に体重が55キロしかなかったんです。今と同じ身長(172センチ)で。だから僕が「プロレスラーになりたい」と言っても、周りはあきれてましたよ。学校の先生なんか「お前なんかレスラーになれるわけない」って。 ──あの当時は、身体の大きい選手が多かったですしね。 ウルティモ そうなんですよ。今でこそ僕と同じくらいの背丈の選手はたくさんいますけど、あのころは狭き門だった。入門のパンフレットを見ても、応募条件に「身長180センチ以上・体重80キロ以上」と書いてあって。東京に来てからアルバイトをしながらトレーニングして体重を増やしたんですけど、身長はどうにもならない。そんな中、入門テストを受けにいったんですけど、そのころから自分はズル賢かったんで、履歴書に「178センチ・65キロ」って書いたんですよ。そしたら、当時教官だった山本小鉄先生から「お前、178ないだろ」って言われて。テストのメニューは全部こなしたんですけど、通知は不合格だったですね。 ──それでも、あきらめなかった? ウルティモ プロレスラーになると言って故郷の名古屋を出てきたから、そのまま帰れないじゃないですか。だから小鉄さんに直談判して「テストのメニューを全部クリアしたのに不合格なのは納得がいかない」と伝えたんです。そうしたら、道場に通って練習することは許してもらえたんですよ。でも、それが新日本の中で問題になってしまって続けられなくなった。そのころ、たまたまメキシコのプロモーターが新日本に来ていたんですけど、そこで「メキシコに行けないかな」ってひらめいたんです。小鉄先生は自分の身体が小さいから、同じ身体の小さい人間に優しくて、自分のメキシコ行きに骨を折っていただきました。 ──ひらめきでメキシコ……。かなり大胆ですね。 ウルティモ たまたま僕が行く前に新日本プロレスの先輩2人がメキシコに遠征していて、そこに合流する形になりました。メキシコは6人タッグマッチが主流なんですけど、先輩たちと組めば団体側は日本人トリオとして扱えるじゃないですか。ちょうどタイミングが良かった。 ──メキシコではどうだったのでしょうか? ウルティモ メキシコに着いて、2日後には試合に出てましたね。いきなりセミファイナルでした。デビューして3カ月で、ビッグマッチのシングル戦を組んでもらったりもしました。僕が行ったのは「UWA」という団体だったのですが、その団体の世界ウエルター級のベルトは東洋人が獲ったことがなかったんですけど、僕が21歳の時に初めて獲りました。自分で言うのも変ですけど、その時は「自分はルチャリブレをやるために生まれてきたんだろうな」と思いましたよ。 ──いきなりメキシコでスターになれた要因はなんだったのでしょう? ウルティモ 向こうでスターになるためには、技はもちろんですけど、どれだけメキシコのルチャを理解しているかという要素が大きいですね。日本のプロレスは格闘技の要素が大きいんですけど、ルチャはエンターテインメント色が強い。日本で試合経験がある選手はそれに戸惑ってしまうんですけど、僕はスタートがメキシコだったから迷うことなくできたんですよね。 ■凱旋帰国の時、新日本を天秤にかけ、背を向けた ──メキシコでのデビューから3年後、ウルティモさんは日本初のルチャ団体「ユニバーサル・プロレスリング」の看板選手(当時は素顔で本名)として凱旋帰国されました。いろいろなウワサがある団体ですが、なぜウルティモさんに白羽の矢が立ったのでしょう? ウルティモ あれはもともと、新間寿さん(昭和プロレスの伝説的な仕掛け人)の息子(新間寿恒氏)さんが、グラン浜田さんを上げるリングをつくろうとしたのが発端だったんです。その中で「メキシコのプロレスをやりたい」というイメージでつくられたと思うんですよ。そのコンセプトに合った僕を若手のエースにして、浜田さんをメインにしていくという感じだったと思いますね。実は同じ時期に、新日本プロレスからもオファーがあったんです。でも、言ってみれば新日本は僕を捨てた団体ですよね。だから天秤にかけた時、あの当時はどちらに行くか決まりきっていたというか。 ──90年代には、その遺恨があった新日本のリングに上がっていますが、特別な感慨はありましたか? ウルティモ その時はWARという団体にいたので、対抗戦なら出て行かなきゃいけないとは思っていましたけど。ただ、自分のスタイルとは違う部分でやることになって、しんどかったかなというのは正直ありましたね。新日本的なジュニアのスタイルとは、ちょっと合わなかったなと。 ──メキシコの老舗団体EMLLでウルティモ・ドラゴンに変身し、SWS、WARと所属団体が変わり、さらにアメリカにも進出されました。あの当時はまだジュニアヘビーの日本人レスラーがアメリカで成功する例が少なかったと思いますが、どうしてアメリカ行きを選んだのでしょう? ウルティモ メキシコやユニバーサルでメインを張らせてもらって、WARでアンダーカードも経験して、いろんなことが分かるようになった。そしたら、さらに上に行きたいじゃないですか。その時にアメリカのメジャー団体「WCW」を選んだんですよ。 ──WCW行きの経緯を聞かせてください。 ウルティモ 当時、メキシコからレイ・ミステリオJr.とかさまざまなレスラーがWCWに行っていて、クルーザー級を活性化させるという話があったんですよ。それを聞きつけて、いろんなツテを使ってアメリカに行きました。そしたら、いきなりデビュー戦でPPVで。ミステリオを相手に日本スタイルの叩き潰すような試合をしたんですけど、それがいい評価をもらってWCWから契約の話をもらいました。その当時、僕はジュニア8冠王座を持ってて、当時WCW世界クルーザー級王者だったディーン・マレンコと年間で一番大きい大会で防衛戦をして。それに勝つことができたんですが、あれが自分のプロレス人生のハイライトだったんじゃないかと思いますね。 ■握力8キロでも見栄えのするファイト ──アメリカでの成功は、プロレス史に残る偉業だったと思います。 ウルティモ でも、アメリカだからということに感慨はないんですよ。日本人は「全米で」とか「世界で」って言葉が好きですけど、自分は出発点がメキシコだったから「世界」ってものに特別な感覚はないですね。たまたま大きな舞台に立ったのが、アメリカだったというだけで。 ──アメリカで学んだことは何でしょう? ウルティモ アメリカでは、ビジネスについてすごく学ばせてもらいましたよ。アメリカのレスラーの収入は、グッズのロイヤリティが、かなりのパーセンテージを占めてるんですよ。そして、たくさんギャラを稼ぐ奴が価値があると。昔はプロレスをやるだけでビジネスになりましたけど、アメリカに行って「今は違うな」と思ったんです。僕は会場で必ず売店に立つんですけど、あれもレスラーにとって大事な仕事ですよ。 ──98年の試合中に左肘関節を大ケガ。アメリカで受けた手術が失敗し、神経を痛めてレスラー生命の危機を迎えたことがありました。左手が全く動かないほどの重傷だったようですが、その当時は引退を考えたのでしょうか? ウルティモ 引退は考えてなかったですね。何がつらかったって、痛みがひどかったんですよ。痛くて死んだ方がマシかなって思うくらいで。その時は引退するかどうかまで頭が回らなかった。それから、いい先生と知り合って3回くらい手術したんですが、全く動かなかった左手が徐々によくなってきて、02年に復帰できました。 ──回復はしたものの、現在も左手の握力が8キロほどしかないそうですね。 ウルティモ うーん、8キロもないんじゃないかな。 ──プロレスではロープをつかんだり相手をクラッチしたりと握力が重要になる場面が多いと思いますが、最近の試合を拝見すると、そんなハンデを抱えているとは思えない動きです。 ウルティモ だから、それをなるべく使わないファイトスタイルに変えたんですよ。まあでも、動きとしては全盛期の3分の1ですね。プロですから、お客さんにはできるだけ悟られないようにはしていますが。普通だったら復帰できないほどでしたから。僕の主治医は絶対にカムバックさせると言ってくれましたけど、他のお医者さんは「復帰は難しい」と言ってましたね。 ──脂が乗り切っていた時期だけに、大ケガと手術ミスは悔しい気持ちがありますか? ウルティモ 今になってみれば、もしケガをしないで普通に試合を続けてたら、逆にどうなってたんだろうって思いますね。さっきも自分のハイライトって話がありましたけど、人間って上がったら次は落ちるしかないじゃないですか。レスラーは年齢的にファイトスタイルを変えなきゃいけなくなる時期が来るんですが、特に自分は跳び技が多い選手なんで、ケガもなくピンピンしてたら全盛期の危険な技をやりたくなる。それで失敗して頭から落ちたり、もっと大変なことになってたかもなって思いますね。スタイルを変える、いいきっかけになったのかなと。
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11月7日も、鍛えられた肉体でメキシコ流の
「魅せる」プロレスを体現する。
■黄金時代と今、レスラーのオーラがまったく違う ──かなりポジティブに思考するタイプですね。 ウルティモ 人間は、考え方次第の部分があるじゃないですか。手術後も試合のスケジュールがあったんですが、これはプロレスの神様が「おまえは出なくていいよ」って言ってるんじゃないかと思って出ませんでした。あと、ケガをする前年に、「闘龍門」というプロレスラー育成学校をメキシコで始めたんですよ。結局、4年間は試合を休んだんですが、その間、指導や経営に専念したおかげで闘龍門も成功したのかなって。両立しようとしてたら、絶対にうまくいかなかったでしょうね。 ──闘龍門は、日本でも興行として大成功しました。 ウルティモ 最初は逆上陸だったんですよ。メキシコで練習を積んだ選手たちの「発表会」という感じで。まあ、日本に持っていったら面白いなとは思ってましたけど。 ──闘龍門は、ルチャを日本に持ち込むという意図もあったのでしょうか? ウルティモ それは違いますね。自分がやってきたのは、単なるルチャリブレじゃなくて、自分なりの総合的なスタイルなんですよ。日本のスタイルをベースに、ルチャとアメリカンプロレスのいいところをミックスしたものですね。一つのスタイルしかできないという選手は育てたくなかったし、どこの国の選手ともやれるようにしてあげたかった。よく選手を育成するコツを聞かれるんですが、自分が経験してきたことをまとめて伝えただけというシンプルな話です。 ──プロレス黄金時代と今のプロレスの違いも感じましたか? ウルティモ レスラーのオーラが全く違いますね。ただ、よく昔と今とどっちがいいかと聞かれるんですけど、時代の流れだし仕方ないと思うんですよ。それはそれでね。ただ、先輩たちと試合をさせていただいて、好きか嫌いかだったら僕は昔のプロレスの方が好きですよ。良い悪いじゃなくてね。でもじゃあ、今みたいなスタイルのプロレスの流れになったのはなぜなのかって言われたら、僕が変えた部分もある。自分で変えといて、何言ってんだって思われるでしょうけど。 ──今のプロレスは、過激な技の応酬が中心になっています。 ウルティモ 若いレスラーたちの試合はすごいですよ。僕は正直言って最近は体力的に落ちてきたなと自分で思っていて、ああいう試合を1回やったら2週間くらい休まないと次はできんだろうと思いますね。今の若いレスラーというのは、それくらいハードな試合をしてますよ。それはすごいと思いますね。ただプロレス本来の、巡業があって毎日試合をこなしていくという意味では、そのスタイルは厳しいかなと思います。自分がジュニアのハードなスタイルの流れをつくって、それからさらにエスカレートしているので、そろそろ軌道修正した方がいいかなと。なぜかというと、レスラーも生身の人間ですから、これ以上ハードになったら危ないという心配がありますね。 ──危険な技の応酬がないと、お客さんが満足しないという側面はありませんか? ウルティモ それはね、僕はちょっと違うと思うんですよ。日本の今の若いレスラーは、ガチガチでやればお客さんが沸くと思ってる。本来のプロレスは、ドラマを積み上げて興味を引くようなシチュエーションをつくって盛り上げるわけですよ。でも、今は興行数が少ないからドラマがつくれない。1試合だけで魅せるというのは限界があると思うんですよ。だから、瞬間的に沸かせる大技に頼った試合になるのかなと。 ──先ほど、昔のレスラーはオーラが違うという話がありましたが、プロレスもスケールが小さくなってしまっているのかもしれないですね。 ウルティモ レスラーだけじゃなくて、時代の流れだから仕方ないですけどね。僕は海外に住んでるから、日本は安全で良い国だとは思いますけど、政治も何もかも周りの反応を気にしすぎてスケールが小さくなってるように感じますね。このままだと危ないんじゃないかと思いますよ。 ■今なぜ、メキシコのプロレスを日本でやるのか ──11月7日に開催される「LUCHA FIESTA」ですが、なぜ日本でルチャの大会を主催しようと思ったのでしょうか。 ウルティモ 僕の出発点になったメキシコという国に感謝の気持ちがあって、何かできないかなと。メキシコに対する恩返しという意味合いもあります。 ──メキシコの空気を再現することが最大の目的だそうですね。 ウルティモ ルチャリブレができる日本の選手に加えて、本場の伝説的な選手を連れてきて、本物のルチャをやろうという大会です。メインイベントはメキシコのルールでやりますよ。日本のファンは馴染みがなくて「なんだコレ?」と思うかもしれないんですけど、それはそれでいいかなと。「これがルチャリブレなんだ」と。明らかに他の興行とは違うスタイルになると思います。 ──試合以外でも演出があるそうですね。 ウルティモ ルチャリブレは、試合と観客のヤジや声援が一体になったものなんですよ。在日メキシコ人の方を会場に呼んでヤジを飛ばしてもらいますし、マリアッチ(メキシコの伝統的な楽団様式)の演奏もあります。激しい試合が目的なら、他の興行の方がいいかもしれません。でも、メキシコの空気を完全に再現できる興行はウチだけだと自負しています。あんまりルチャを知らないプロレスファンにこそ来てほしいですね。いろんなプロレスがあってもいいと思うんですよ。デスマッチとか2階から落ちたりとか。でも、それだけがプロレスじゃないよと。 ──プロレスは斜陽産業になっているといわれていますが、25年のキャリアがあるウルティモさんからはプロレスの未来がどう見えていますか? ウルティモ プロレスは、なくなりはしません。日本のカルチャーとして根付いてるので。ただ、野球にしたってテレビ放送がなくなったり、浮き沈みがあると思うんですよ。エンターテインメントが多様化して、若い人たちがケータイとかネットとか、そっちの方に目がいっちゃって。お小遣いの使い道も分散してしまうから、プロレスのチケットが買いづらいでしょうね。 ──どのように業界が変わっていけば、プロレスの未来が明るくなるでしょう? ウルティモ 今、ブシロードさんが新日本プロレスのオーナーになって、いろんなところで宣伝をしてますよね。あれは業界にとって素晴らしいと思います。ああいう企業が業界をまとめてくれるといいんじゃないかなと。今のプロレス界が厳しいのは、団体数が増えて興行が多くなりすぎていることも大きな要因だと思います。昔は後楽園ホールでも2カ月に1回くらいの興行数でしたけど、今は1カ月に半分くらいプロレスの興行があります。週末に興行が集中する傾向もありますね。たくさんの団体がお客さんを取り合って、互いに食い合ってるような状況。これを変えていくべきだと思いますね。一つのオーナー企業が業界をまとめて、潰し合いにならないようにして、それぞれの団体を独立採算制にするとか。 ──自分もファンとして、プロレスに頑張ってほしいですね。 ウルティモ プロレスには夢がありますから、これからも続くと思います。僕の役目としては、いい形で次の世代、さらに次の世代にバトンタッチできればなと。僕が引退して70歳、80歳になって、プロレスがなくなってたら寂しいじゃないですか。 (構成=佐藤勇馬/写真=早船ケン) ●ウルティモ・ドラゴン 1966年12月12日、愛知県生まれ。プロレスラー。87年にメキシコでデビューし、3年後に凱旋帰国。以後、日本マットをはじめ、米国のメジャー団体「WCW」「WWE」などでトップレスラーとして活躍。97年にプロレス学校「闘龍門」をメキシコに設立し、多くの有名レスラーを輩出。現在は自主興行を中心に、後進を育成しながら世界各国で活躍中。公式ブログ〈http://ultimodragon.eplus2.jp/●『LUCHA FIESTA 2012』 11月7日に東京・後楽園ホールで開催される『LUCHA FIESTA 2012~ウルティモ・ドラゴン25周年記念大会~』。ウルティモを筆頭にザ・グレート・サスケ、ブラック・タイガーら有力選手が多数出場するほか、メキシコの伝説的なレスラー“稲妻仮面二世”ラヨ・デ・ハリスコ Jr.の出場も決定。さらに“誰もが知る超大物選手”の出場も予告されている。メキシコの文化や音楽も楽しめる特別な大会となるだろう。 チケット申し込み イープラス <http://eplus.jp/sys/T1U14P0010117P002026260P0050001P006001>

「スタッフとも疑似恋愛関係!?」“鼻歌でチャート1位”の福山雅治 巧みな女心掌握術

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「Beautiful life/GAME」(ユニバーサルJ)
 10月22日付のオリコン週間シングルチャートで、福山雅治のニューシングル「Beautiful life/GAME」(ユニバーサルJ)が推定売上約15万枚でトップを獲得。変わらぬ人気を証明した形だが、楽曲の内容については同業のミュージシャンから、嫉妬めいた声も聞こえてくる。 「福山さんの曲は、言ってみれば高級な鼻歌みたいなもの。今回の曲もメロディや歌詞はありきたりで、コード進行も単純ですが、あの声で歌われると多くの人が参っちゃうんですね。我々があれこれ凝って作っても、イケメンのささやき声にはかないません」(中堅作曲家)  もっとも今回の「Beautiful life」については、芸能マスコミ関係者の間で「よくぞこんな歌を出せるものだ」と苦笑する向きもあるようだ。 「福山は今年1月に、女優の吹石一恵との熱愛がスクープされました。しかし報道が出た直後に、彼は吹石との連絡を一切断ち切り、交際を強引に終えてしまった。これに対して、プロ野球元選手である吹石の父親が激怒したことも報じられましたが、今回の曲では『美しいあなたといると生まれ変われる気がする』などと歌い、一途な男を演出しています。熱愛騒動に動揺する女性ファンへのケアとも言えるが、歌う内容と行動のギャップがありすぎる」(週刊誌記者)  福山が頑なに独身を貫いている背景には、女性ファン対策に加え、脇を固める事務所アミューズの女性スタッフとの密接な関係がある、との証言もある。 「福山を発掘して育てたのは、アミューズ取締役のIさんをはじめとする、同社の女性スタッフたちです。福山は彼女たちを特に大切にしており、ファンと同様の“疑似恋愛”関係を作り上げています。今も独身を通す理由には、彼女たちへの思いもあるようですよ」(別のマネジメント関係者)  福山自身はプライベートで複数の女性と交際していると言われ、現場写真を押さえようとする各週刊誌とアミューズとの攻防戦が続いている。 「吹石一恵との熱愛をスクープした『フライデー』はアミューズの逆鱗に触れ、版元の講談社の他媒体までしばらく取材拒否を受けました。福山への取材ガードの固さはAKB48以上と言われ、アミューズに当て取材をしても怒鳴り返されるばかり。福山の私生活は、ますます神秘のベールに包まれる結果となっています」(前出の週刊誌記者)  来年早々に44歳になる福山が、誰かに対して「家族になろうよ」と言う日は来るのだろうか。 (文=浅沼俊太郎)

製作総指揮・クリムゾンが語る『蒼い世界の中心で』の魅力とは

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(c)2012 Crimson 
 「最も危険なWEBコミック」というキャッチコピーが躍るWEBコミック『蒼い世界の中心で』が、TOKYO MXほかでテレビアニメ化される!  このニュースを聞いて「いろいろと大丈夫なの?」と、驚きよりも先に、心配をしてしまったオールドゲーマーは少なくないだろう。  覇権(シェア)をめぐり、ニンテルド帝国とセグア王国が激しく争うコンシューム大陸。「炎帝・マルクス」率いる強国ニンテルド帝国は、特殊能力を持つ優秀なキラーの力であっという間に大陸の覇権を握り、近隣諸国をも傘下に収めていた。有効な打開策を見出せないセグア王国は防戦一方。しかし、「青い音速」ことギアの登場で、戦局は大きく動き出していく、という一見ファンタジー戦記モノっぽいあらすじの本作だが、読んでいただければ分かる通り、出てくる名称がいちいちゲーム業界を彷彿とさせるものばかり。こういうネタは誰もが一度は想像するけれども、それを実際に作品として発表し、あまつさえちゃんと「面白い作品」になっているのが本作のすごいところだ。 「もともとこういう漫画は描いてみたいと思っていて、これまで自分を育ててくれた“ゲーム”への感謝の気持ちで描き始めました。“ゲーム”は世界的にはとても評価されているにもかかわらず、日本国内での評価はまだそれに見合うものではないと感じています。国内でも、もっとその価値が認められるようになったらいいなと思います」  そう執筆の動機を語るのは、原作であるWEBコミック『蒼い世界の中心で』の作画を手がけ、アニメ版の製作総指揮も担当するクリムゾン氏だ。  ゲームとともに成長し、ゲームから多くのことを教えてもらった氏が描く『蒼い世界の中心で』の世界は、ゲームへの愛情に満ち溢れている。1980年代以降の国内コンシューマゲーム市場の動向を下敷きに描かれる壮大な戦国絵巻である本作の物語は、ほぼ史実に基づいたものだ。 「やはり一から創作するとなると、よほど練り込まない限りは薄っぺらいファンタジーになってしまうので、実際の歴史をエッセンスのように取り入れてはいます。実際の歴史が8割くらいのつもりです。  物語の細かいところに思い出を詰め込む作業は楽しいですね。とあるゲーマーの方から“『蒼い世界の中心で』は本気でゲームを愛していた人ほど細かい部分で泣けるマンガ”という評価をもらったときはうれしかったですね」
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 「ニンテルド」と「セグア」の抗争という基礎設定だけで、思わずニヤリとしてしまう読者も少なくはないだろうが、その戦いにニンテルドと友好関係を結んでいた「ハビド」が「ピシエ王国」と結託し、突如第三勢力として参戦。さらに、敵か味方か、北方からやってきた穴に棒を入れたがる謎の傭兵・アレクセイ=テジロフ(好きな数字は4で、パズルと呼ばれる魔道を使って戦う)などが登場し、物語が進むにつれてコンシューム大陸は混迷を深めていく。しかし、覇権を目指して登場人物たちはみな生き生きと戦場を駆け抜け、各陣営は強化戦士である「キラー」を駆使して必死に生き残りをかける。その光景は、まるで活気に溢れていたひところのゲーム業界の縮図そのものといってもいいかもしれない。  そんな驚異の擬人化(?)アニメ『蒼い世界の中心で』だが、冒頭にも書いた通り、原作には「最も危険なWEBコミック」というキャッチフレーズがついたほど「ここまで描いちゃっていいの?」と思えるような業界ネタや、マニアックなゲームネタがたっぷりと盛り込まれている。果たしてアニメ版では、この危険な要素はどの程度再現されるのだろうか。この疑問にクリムゾン氏は、 「製作総指揮を原作者である私自身が務めていますので、その辺りは大丈夫だと思います。キャラクターデザイン、脚本、絵コンテ、アフレコ、動画チェックすべてにおいて参加していますので、原作のテイストを可能な限り残すように頑張りました」 と自信満々に回答。氏のゲームに対する深い理解と愛情は、アニメ版でも健在のようだ。  また、アニメ版では躍動感溢れるアクションシーンはもとより、原作ではまだ一度も戦ったことのないニンテルド最強の男・マルクスの戦闘シーンも描かれるということで、原作ファンも見逃せない内容となっている。個人的にはキャラクターのアクションに加えて、演出やSEといった要素でも、どこまでネタを再現できるのかにも注目したいところだ。  そんな問題作を作り上げてしまったクリムゾン氏。WEBコミックからスタートし、ついにテレビアニメまで成長してしまった本作を作る原動力となった「ゲーム業界」の魅力とは、いったい何なのだろうか?
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「0と1と夢とで、0から1を生み出すことができることですね」  自身が作詞を手がけ、ネル役の三森すずことオパール役の橘田いずみが歌うEDテーマ「0と1の花」の一節を引用して語るクリムゾン氏。その言葉からは、揺るぎのないゲームへのリスペクトと愛情が感じられる。  クリムゾン氏は、「普通の少年漫画として見てもいいし、壮大なコント作品として見てもいいところ」が本作最大の魅力だと言うが、コントも突き詰めれば立派にドラマを語れるのだ。原作コミックを読んだことのある人なら、誰もがそう感じたことだろう。  前代未聞のチャレンジ精神とゲーム愛。そしてほんのちょっぴりのノスタルジーに満ちた『蒼い世界の中心で』第1話は、10月20日にTOKYO MXにて。11月9日にAT-Xにて放送予定。第2話、第3話は2013年春に放送を予定している。  余談ではあるが、もともとクリムゾン氏といえば同人業界のヒットメーカー。商業ベースの作品を発表する上で、何か違いや新たな発見がないかを尋ねたところ、 「実は今回のアニメ化以外にも、ここ数年の間に携帯コミック化、アダルトビデオ化、OVA化などいろいろやっているのですが、もちろん新しい発見が数多くありました。すごく面白くて貴重な体験もありますので、いずれ自叙伝とか出して語りたいです(笑)」 とのこと。クリムゾンファンは、こちらにも期待してもいいのかもしれない。 (取材・文=有田シュン)