単なるすごろくを超えた、プレイヤー同士の白熱バトル「パーティジョイ」今昔物語

アナログとデジタルの過渡期であった1980年代。WiiもPS3もなかったけれど、ジャンクでチープなおもちゃがあふれていた。足りない技術を想像力で補い、夢中になって集めた「キン消し」「ミニ四駆」「ビックリマンシール」......。懐かしいおもちゃたちの現在の姿を探る!   ガンダム、キン肉マン、スーパーマリオといった人気キャラクターや、探偵、怪談、冒険など子ども心をくすぐるテーマで作られたボードゲームを、わずかB5サイズのボックスに凝縮した「パーティジョイ」シリーズを覚えている者は幸せである。心豊かであろうから……。  というわけで、今回振り返るのは、株式会社バンダイが80年代初頭から90年代初頭にかけて発売していたボードゲーム「パーティジョイ」シリーズだ。1000円というお手ごろな価格や、さまざまなテーマや題材をありとあらゆるアイデアでゲーム化した「パーティジョイ」シリーズは、およそ10年の歴史の中でなんと130タイトル以上も発売。ボードゲームのブランドとしては驚異的なロングランシリーズとして、僕たちを大いに楽しませてくれた。  今回はそんな「パーティジョイ」シリーズ初期から終焉まで、数多くのタイトルを制作していたひとりである野村紹夫氏に「パーティジョイ」の裏話を聞いてみた。 ■白熱のゲームを生み出した、「本気」の制作現場
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 野村氏がまず見せてくれた代表作は「キン肉マン」シリーズ。厚紙で実際にリングを組み立てて、その上でプレイヤーたちが火花を散らす……という「キン肉マン・ザ・ファイナル・ウォーズ」や、縦に伸びる立体的な盤面が特徴的な「キン肉マン・地獄のタイトルマッチ」など、単なるすごろくゲームと言い切ることのできない、原作のテイストを多分に盛り込みつつ、ビジュアル的に楽しく、何よりプレイヤー同士の熱い駆け引きを実現したタイトルばかりだ。  「パーティジョイ」シリーズの魅力といえばコレである。「パーティジョイ」シリーズには、原作のテイストを盤上に再現するべく、ただのすごろくに終わらない制作者の創意工夫と熱意がこれでもかとばかりに凝縮されていたのだ。そんな懐かしさと色あせないゲームの魅力に満ちた「パーティジョイ」シリーズに野村氏が関わるようになったのは、20番の頃からだそうだ。 「最初は参加していなかったので分からないのですが、シリーズ20番くらいから100番あたりまでは非常に盛り上がってましたね。売り上げも比較的良かったですし、バンダイの担当者の方も本気でしたから、中途半端なものを持っていったら『ふ~ん、こんなもんか』って鼻で笑われてしまうんです。その顔が見たくないからこっちも本気でやるという感じで、必死で作りましたね」
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 野村氏は、当時を懐かしむようにそう語る。そんなゲーム好きなスタッフ同士のガチンコのぶつかり合いから「パーティジョイ」は生まれていたそうだ。 「『パーティジョイ』を指揮していたのはバンダイ栃木工場で、実際に制作を受け持っていたのは自分が当時働いていたM社(今はもう存在していない)とS社の2社でした。聞いた話では、S社は1つのゲームをチームで担当するスタイルで、主に正統派なすごろくゲームの発展型を作っていたのですが、うちは基本的にひとり1タイトルずつ担当していました。だからなのか、わりと作家性の強い、実験作みたいなものが多かったと思います」  そんな「パーティジョイ」のリリースペースは、ほぼ月1~2本というハイペース。必然的にゲームの制作ペースも早くなる。 「同時にいくつも並行していたので正確なところは分かりませんが、概ね3カ月かからないくらいで1本作っていました。ゲームを出そうという企画が立ち上がって最初の1カ月以内にゲームルールと説明書原稿を作って、次の1カ月でデザインから版下までを作って、最後の1カ月で生産という流れでした。何かウケそうな話題があれば、とりあえずそれで『パーティジョイ』を出すという雰囲気はありましたね。『パーティジョイ』って、そのキャラや題材が売れるかどうか、様子を探る斥候みたいなもんだったんですかね」  「パーティジョイ」に携わっている期間、野村さんは年がら年中ゲームばかり作っていたという。 ■最大のライバル「ファミコン」の出現
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 野村さんの思い出の作品は、1984年に発売された、初めてひとりで制作したというオリジナルタイトル「日本全国ミケ猫トマトの配達屋さんゲーム」だそうだ。宅配ドライバーになったプレイヤー同士で荷物を奪い合い、目的地に届けるというシンプルながらエキサイティングな内容は、社内でも非常に高い評価を得たらしい。本作のキモは、なんといっても「ギリギリの駆け引き」だそうだが、その精神はほかのタイトルにも息づいている。  当時、急激に勢いを増しつつあったファミコンを題材にしたゲームも多数制作されたそうだが、その中でも特に自信作なのが、同名のファミコンゲームを題材とした「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境」。妖怪が左右から襲ってくるというスピーディな横スクロールアクションゲームをボードゲーム化する際、野村氏はほかのプレイヤーが振った目で妖怪も動く、というアイデアを盛り込んだ冒険ゲームに仕上げた。  その結果、自分以外のプレイヤーの番でも目を離すことができないという、原作のゲームとはひと味違う非常にスリリングな展開が可能となった。
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「ファミコンはファミコンだから面白いんです。ただマップを進んで敵がいたから倒しました、というボードゲームにしても面白くならない。だから、絶対に目を離せない恐怖に駆られるゲームを作りたかったんです。一晩中ファミコンをプレーして、鬼太郎の“怖い”ってなんだろうというのを考え抜いて、ゲームで出せる怖さを追求しました。そんなふうにボードゲームならではの面白さを出すために、題材とするファミコンゲームとは異なるテイストに変えさせてもらうこともありましたね」  ボードゲームを作る上でのこだわりとプライドが感じられる一方で、こんな言葉も飛び出した。 「ボードゲーム屋としては、そもそもファミコンに負けるっていうのは分かっていました。80年代半ば頃には、すでにボードゲームは時代遅れだったんです。そんな中でコンスタントにシリーズとして発売していたのはバンダイくらいで、ほかのメーカーはそんなに力を入れているわけではない。やっぱり紙ものってそんなに高級感もないし、いざとなったら自分でも作れるだろう、みたいな意識があったのか、バンダイ社内でもそんなに評価はされてなかったですね。むしろ、ファミコンにいつまで対抗できるかという勝負なところはありました。ただ、バンダイの歴代担当者にどれだけ情熱があったかはわかりませんが、我々は1本1本に誇りを持って作っていました」  そんな敗色濃厚な戦いに挑んだ野村氏をはじめとする「パーティジョイ」スタッフだが、シリーズはファミコン全盛期の80年代を生き抜き、スーパーファミコンの時代となった90年代初頭まで存続。結果的に次世代ゲームの時代まで孤軍奮闘し、ひっそりと終焉を迎えた。 「たぶん対抗できていたのは85~86年くらいまでではないですかね。ただ、ファミコンはひとり1台買えば楽しめましたけど、『パーティジョイ』は1個あれば最大4人遊べますから。そういう意味では、売れた個数「×4」でカウントすれば、いい勝負をしていたと思います(笑)」  そう野村氏は、激戦を戦い抜いた戦士のような穏やかな口調で語った。 ■「パーティジョイ」の終焉と、その後  ドンジャラやルーレットゲームなど、その他大勢のパーティゲームとは一線を画すブランドとして存続していた「パーティジョイ」だが、次第にこだわりを持つ関係者が減っていったことや市場の縮小、バンダイ側も含めた体制の変化もあり、シリーズは「すーっと終わっていった」そうだ。
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「ファミコンなんかのデジタルなゲームに押されるボードゲームの火を絶やさない、なんて意識もありましたけど、独りよがりですよね。実際、世の中にボードゲーム待望の空気はありませんでした。作っている僕らはボードゲームが好きだし、子どもたちからも『パーティジョイクラブを作りました』というお便りをもらったこともあるくらい手ごたえはあったのですが、だんだんそういう子たちも卒業していって、ファミコンで育った子達と世代交代して『パーティジョイ』なんか知らない子たちが増えて、やがて消えていくんだろうなと、そういう意識の中であがいてました」  そんなボードゲーム愛と確実に存在するユーザーへの思いを糧に、「パーティジョイ」を作り続けた野村氏だが、現在もボードゲームを追いかけているゲームファンから「当時遊んでいた」という声をもらうことがあるそうだ。
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野村紹夫氏
「当時僕たちがつけちゃった火が、まだくすぶっている人たちが多くいるんですよね。当時、他社は簡単なすごろくばっかりだったんです。でも、マスに止まったらそれっぽいことが書いてあるだけっていうのが、すごく嫌だったんです。『キン肉マン』のゲームならキン肉マンになりたいんであって、お話をマスでなぞりたいんじゃない。だから安易なすごろくは作らないと心に決めていました。ただ、周囲の一部から、子どもには難しいんじゃないかとか、もっと単純にしないと面白くないんじゃないかとは言われていましたね。そういう言葉に必死に抵抗していたのですが、今になって『やっぱりこだわってよかった』って思います。あれがただのすごろくだったら、今まで引っ張ってもらえなかったと思います。大人げないですけど(笑)」  野村氏を含むゲームデザイナーたちが、さまざまな相手と戦い生み出した数々の「パーティジョイ」の魂は、今も多くのゲームファンの心に焼き付いているのだ。  現在、大手玩具メーカー以外にもインディーズ系のメーカーや同人サークルからさまざまなタイトルが発表され、密かに盛り上がりつつある日本国内のボードゲームシーンだが、その源流はもしかしたら「パーティジョイ」にあるのかもしれない。  取材の終盤、今はボードゲーム制作からは遠ざかっている野村氏に、今後再びボードゲーム制作に挑戦する予定はないのかと尋ねてみた。 「自分も、またゲームを作ろうかなと思っています。去年から考えてはいるんですけど、仕事が忙しくて……。ただ頭の中ではアイデアを温めています」  この盛り上がりを知る野村氏も、ボードゲーム熱が再燃しつつあるようだ。その日を待ちながら、久しぶりに友達と顔を突き合わせて「パーティジョイ」でガチンコ勝負するのも一興かもしれない。 (文=有田シュン) 「バック・トゥ・ザ・80'S」過去記事はこちらから

「国内ではへそ出しNG」韓国国家の“セクシーダンス規制”が、K-POPアイドルの凋落にとどめを刺す!?

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『Over The Rainbow』(ユニバーサルシグマ)
 断末魔のK-POPが、いよいよ追い込まれた? 先月、韓国の女性家族省がK-POPガールズグループなど、未成年の芸能人による過剰なセクシーダンスの規制に乗り出す方針を明らかにした。従来の青少年保護法を改正し、未成年の歌手やグループを性的に強調した映画や音楽ビデオ、テレビ番組などを“R指定”とするのだという。 「2010年に、ガールズグループRAINBOW(レインボー)の“ヘソ出しダンス”が扇情的だという理由で、韓国国内では放送禁止になったことがあるんです。結局、ダンスをおとなしめに修正して放送の許可が下りたのですが、今回の方針は、それをさらに厳格化したものだといえそうです」(韓流エンタメ誌編集者)  R指定を受けた商品は18歳以下への販売が禁じられ、テレビ番組の場合は放映時間が深夜に制限される。インターネットを通じての視聴も、年齢確認のために住民登録番号の入力が必要になるという。さらにこの発表に先立ち、韓国放送通信委員会でも、未成年者による“露出度が高い服装”や“性的要素が強調されたシーン”へのテレビ出演を禁じる法案を作成している。 「韓国では女児が布団ごと連れ去られて性的暴行を加えられるなど、性犯罪の多発が深刻化しているので、こうした規制が提起されるのでしょう。とはいえ、国内で規制が厳しくても、海外進出した際には関係ないですからね。RAINBOWも、日本では盛大にヘソ出しダンスをやっていましたよ。そこら辺は、さすが“性産業輸出大国”といったところでしょうか(笑)」(同)  韓国でK-POPアイドルが規制されるなど知ったことではないが、自国で禁止されているものを日本に持ち込まれるのは業腹である。だが、前出の韓流エンタメ誌編集者は「今回の規制案が日本に何か影響を及ぼす、ということはないのでは。打撃を受けるのはK-POPだけ」と指摘する。 「これからデビューしたり日本進出しようとする新興K-POPグループにとっては、メンバーが未成年だったりするので、日本でのK-POP人気の低下と規制のダブルパンチで、少なからず影響を受けるでしょうね」(同)  先頃、発表された、今年の『NHK紅白歌合戦』の出場歌手に、K-POP勢は1組もいなかった。竹島問題の影響と見る節もあるが、案外NHKの公式発表通り、単に日本での人気低下と見るのが妥当なのかもしれない。その意味では、今回の規制は、断末魔のK-POPにとどめを刺すものだといえるのではないか。

「連絡がつかない……」離婚成立も消息不明の美元に“脱がせたい”連中が接触中!?

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美元オフィシャルブログより
 泥沼の離婚裁判を繰り広げていた俳優の高嶋政伸と女優の美元夫妻が26日、正式に離婚が成立したと、それぞれの代理人の弁護士を通じて発表した。  高嶋側は離婚を求めていた訴えを取り下げ、美元側も同意。2011年3月の離婚申し立てから1年9カ月で、泥沼劇に終止符が打たれた。    高嶋はマスコミ各社に「世間の方々をお騒がせしてしまったことを大変苦しく思っております」と謝罪した上で「今後は俳優業に専念します」とした。一方の美元も「この事件にピリオドを打ち、一生懸命自分の人生を歩んで生きていきたい」と離婚成立を前向きに捉えていることを強調。慰謝料はなく、生活費数カ月分の解決金で合意したとウワサされるが、舞台裏を知る関係者は「美元さんとの夫婦生活で、高嶋さんの貯蓄は底をついていた。世間のバッシングもあるし、これ以上モメても意味はないとスピード解決を選んだ」と語る。  その美元は現在、東京都内の自宅にも戻らず“雲隠れ”を続けている。親交のあったテレビ関係者も「所属事務所をクビになって以来、一切の連絡が途絶えた。まだ彼女には“嫌われキャラ”としての存在価値が残っている。番組オファーをかけたいが、連絡がつかないのでどうしようもない」と嘆く。  そんな中ウワサされているのが“フィリピン滞在説”だ。週刊誌記者の1人は「10月中に日本を離れ、東南アジアへ向かったと聞いている。マスコミ対策もあるようだが、どうも男を同伴しているらしい」と語る。その男については、一部でかつて美元が出演した舞台をプロデュースし、現在は制作プロ代表も務める40代のイケメン男性という情報も流れている。 「新たな恋人なのか、それとも仕事のパートナーなのかは不明。ただ、2カ月ほど前から、彼女を脱がそうと接触を図っている連中がいた。彼がその交渉役である可能性も捨てきれない」(同)  美元が再びマスコミの前に姿を現す時は、もしかしたら“衝撃ヘアヌード”という形かもしれない!?

『FNS歌謡祭』で復帰の華原朋美“生放送”にはやっぱり堪えられない!?

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『nine cubes』( ダブリューイーエー・ジャパン)
 あの華原朋美が、いよいよ芸能界に復帰することになった。5年ぶりの復帰の舞台となるのは、12月5日に放送されるフジテレビ系『2012 FNS歌謡祭』。  華原は2007年に相次ぐ仕事のキャンセルや体調不良のため、所属事務所のプロダクション尾木との契約を解除され、芸能活動の休止が続いていた。休業中はフィリピンでボランティアをしていたが、ひっそり帰国して介護施設の手伝いなどをする傍ら、歌のレッスンに励んでいたという。 「8月の時点では芸能復帰は考えておらず、オトコとクスリを断ってヨガのインストラクターを目指していると、女性週刊誌のインタビューに答えていたんですけどね」(週刊誌記者)  そもそも、人気絶頂だった華原がトラブルメーカーと化したのは、恋人だった小室哲哉との破局が原因。小室と破局した1999年当時、いかに華原が心身ともに病んでいたかは、当時のテレビ出演時の様子が動画サイトにアップされるなど、今でもネットユーザーの間で語り草になっている。その元カレの小室は、華原の復帰について「頑張ってほしい」とエールを送っているのだが……。 「小室こそ頑張れよ、といったところですが(笑)、現在の小室の状況を考えると、別れておいてよかったともいえるんですけどね。実は『歌謡祭』には、その小室も出演するんです。まさか、共演なんていうサプライズ演出はないでしょうけど、かつての恋人を目の当たりにして、華原が本番中にトラブルを起こすようなことがあれば……。もちろん、フジもそのあたりのリスクは織り込んで対策は立てているでしょうが、それでも不安は拭えないですよね」(同)  ネットユーザーの間でも華原の復帰には、「コイツと明菜だけはもう何をやってもダメだってば」「劣化した朋ちゃんは見たくない」「恐いもの観たさで見る人多そうだね」「これはまた放送事故あるな」「好きだから応援したいけど、また心を病まないか心配」などと、不安の声が絶えない。  『FNS歌謡祭』は今年も“生放送”をうたっているが、実際には生中継に録画部分を組み込んで放送されるため、当然、華原の出演部分は録画になると予想される。その意味では“放送事故”は避けられそうだが、これまでの華原のことを考えると、スッキリ芸能界復帰とはいかないのではないだろうか。

読んだ後もずっと怖い! 記憶に入り込むノイズのような不安が襲う『後遺症ラジオ』

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『後遺症ラジオ』(講談社)
 あやふやな記憶に対する恐怖というものがある。僕の場合、やけにだだっ広い空き地みたいな場所(今探しても見つからない……)で誰かと遊んでた記憶とか、山道で親の運転する車が派手に脱輪した記憶(どうやって帰ってきたか覚えてない)とかがそれだ。ヤマもオチもないし、本当にあったことなのかも疑わしいのだけれど、そういう不確かな記憶は、ふとした瞬間に蘇って僕を薄気味悪い気持ちにさせる。  中山昌亮の『後遺症ラジオ』(講談社)は、そんなノイズのような恐怖の記憶を植え付ける作品だ。「ラジオ」にちなんで、「89.27MHz」といった無機質なサブタイトルが付けられた各エピソードには、どれもわずか数ページで、物語というより不可解な体験が描かれている。突然、“何か”に髪を引っ張られたり、不思議なものが見えたりする様子を、ほとんど説明もなく目の前に提示されるのだ。  そうして描かれた断片は徐々に積み重なり、やがてつながりや全体像らしきものをぼんやりと見せ始める。まるで、恐ろしいものの正体に少しずつ迫っているようで、実は相手のほうがジワジワと近づいてきているような……そんな気持ちにさせる読み味だ。  しかし、この作品の真骨頂は、全体像が見えてきたときの恐怖ではなく、全体が見えないまま断片を突きつけられるという、得も言われぬ不安感にある。  人は理解できないものに名前や理屈をつけることで、恐怖や不安を抑えようとする。だから、整合性のある“物語”になればなるほど、読み手も怖さに折り合いをつけやすくなる。だけど、物語化されていない断片は、整合性がないがゆえに不安となる。子ども時代のあやふやな記憶の恐怖と同じように、単体ではヤマもオチもないため、異質なものとして記憶に残り、不条理な恐怖としてこびりつくというわけだ。  この作品を読む人は注意したほうがいい。読んでいる最中や読み終わった直後はもちろんだが、『後遺症ラジオ』はそのずっと後まで怖い作品なのだ。忘れたころに、ふと作中のワンシーン、1コマを思い出してゾクッとさせられる。まさに“後遺症”を読者に与える作品だ。 (文=小林聖)

「おちんちん」発言をネット住人が絶賛!? 一気に株を上げたゴールデンボンバーに集まる期待

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『ゴールデン・アルバム』(Zany Zap)
 26日、大みそかの『第63回 NHK紅白歌合戦』に出場する紅白50組が発表され、都内で記者会見が行われた。会見には斉藤和義や美輪明宏、ももいろクローバーZ、きゃりーぱみゅぱみゅなど初出場組が顔をそろえたが、中でも注目を集めたのが“エアバンド”として史上初の『紅白』出場を果たすゴールデンボンバーだった。 「会見は和やかな雰囲気で進行していたんですが、ゴールデンボンバーのドラム担当・樽美酒研二がコメントを求められて『……おちんちん』と言ったんです。ほとんどのマスコミや出演者は爆笑していましたが、年配の記者の中には顔をしかめている人もいましたね」(スポーツ紙記者)  この発言のニュースが伝えられるやいなや、ネット上の掲示板などには書き込みが殺到。「よく言った!」「意味が解らない、だがそこがいい」「これが本当のサブカル」など、樽美酒を絶賛する声が後を絶たない。 「金爆(ゴールデンボンバーの愛称)は、ご存じのとおり楽器を演奏しない“エアバンド”。実際にはバンドというより、電撃ネットワークのようなパフォーマンス集団に近い存在です。ステージ上で服を脱ぐのはもちろん、延々と洗髪をしたり、アーク溶接をしたりと、かなり突飛なことをやるグループでもある。しかも、『やりたいことができなくなる』という理由でメジャーレーベルとの契約を断り続けていますから、芸能界のしがらみもない。NHKはネット上での人気を聞きつけて『紅白』に選出したんでしょうが、はっきり言って、相当“危険”です。本番で何をやらかすか心配ですよ」(テレビ誌編集者)  会見での「おちんちん」発言に関してはNHKからキツいお灸を据えられたというが、メンバーの鬼龍院翔は紅白出場決定直後にTwitterで、「来年は無いと今までありがとうございました良い思い出ができました大晦日に散ります散りますちんこまん」(原文ママ)という意味深な書き込みを残している。  『紅白』の平均視聴率はここ数年、35~45%程度を推移。数千万人が見つめる大みそかの生放送で“金爆伝説”を残さなければいいのだが……。

昼と夜、“2つの顔”を持つエリートOL 彼女を襲った魔の手が生み出した“2つの悲劇”真犯人の手がかりは?

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『東電OL殺人事件』(新潮文庫)
何かが狂ってしまった現代社会。毎日のようにニュースに流れる凶悪事件は尽きることを知らない。そして、いつしか人々はすべてを忘れ去り、同じ過ちを繰り返してゆく......。数多くある事件のなかでも、未だ犯人・被疑者の捕まっていない"未解決事件"を追う犯罪糾弾コラム。 第21回 渋谷・東電OL殺害事件 (1997年3月)  東京都渋谷区円山町。ラブホテル街としても知られるこの地域は、喧騒に満ちた渋谷・道玄坂にほど近い、都内屈指の高級住宅地である松濤の南側に近接している。  1997年3月9日、渋谷という土地の持つ両面の狭間とも言うべきこの街で、惨劇が起きた。とあるアパートの空室で、女性の遺体が発見されたのだ。死後10日ほどたった遺体の首には絞められた跡があり、警察は他殺と判断した。  この事件が世間の耳目を集めることになったのは、殺害された女性の華麗な経歴と、昼と夜のまったく異なる“2つの顔”にマスコミが食いついたからである。被害者の女性は、東京電力に勤務する渡邉泰子さん(39)。彼女は、これぞエリートといえる華々しい経歴の持ち主である。慶應義塾女子高校を経て慶應義塾大学経済学部を卒業し、東京電力に入社。彼女の父親も東京電力の社員だった。彼女自身、同社初の総合職に就いた女性社員であり、エコノミストとして発表した経済論文で賞を授かったほどの才媛である。しかし、彼女には驚くべき夜の顔があった。  東電本社で勤務を終えると、彼女は決まってSHIBUYA109のトイレで着替えをした。そして、夜の円山町に赴いて街娼として客を引き、近隣のホテルで売春を行っていたのである。ちなみに彼女は、1日に4人の客の相手をするノルマを自分に課していた。“夜の仕事”を終えると、京王井の頭線神泉駅から終電で自宅のある西永福に帰宅。さらに土日も、五反田のホテトル嬢として働いていたという。捜査資料によれば、泰子さんが売春を始めたのは殺害される数年前。東電という大企業の社員であり、管理職にも就いていた彼女が金銭的に困窮していたというのは考えづらい。実際、借金の記録なども残されていない。この世を去ることになった彼女が売春に走った理由は現在も謎に包まれたままだが、このようなスキャンダラスな背景が明るみになり、事件は世間の大きな注目を集めた。  この事件は、泰子さんの死のほかに、“冤罪”というもう1つの悲劇も生み出した。遺体発見から2カ月がたった97年5月20日、警視庁は不法滞在中のネパール人男性、ゴビンダ・プラサド・マイナリさんを強盗殺人容疑で逮捕。ゴビンダさんは、同じく不法滞在していたネパール人4人と殺害現場の隣のアパートに住んでいて、泰子さんが売春した相手の1人でもあった。これで事件は解決に向かうかと思われたが、犯人を特定する証拠を著しく欠いたため、取り調べは難航。不特定多数の人間が出入りする街、泰子さんの謎に包まれた行動とプライベートの交友関係の不透明さ、そしてゴビンダさんという“格好の容疑者”の存在が、真犯人到達への道を一層険しくした。  事件が発生した日、泰子さんの身に一体何が起こったのだろうか。同日、泰子さんはいつものように客を引き、19時13分に円山町のホテルに入り、22時16分にはチェックアウトしている。その後、円山町の複数の場所で目撃され、23時45分に彼女と男性が話をしているところを見たという証言もある。これが目撃された彼女の最後の姿ということになるが、この男性が誰だったのかは、現在もわかっていない。  2000年の第一審では、殺害現場に別の人物の体毛が残されていたことなどから証拠不十分となり、ゴビンダさんは無罪判決を受ける。しかし、同じ現場に残されたコンドームに彼のものと思われる精液と体毛が付着していたことに加え、事件発生前に彼が所持していた以上の額のお金を事件後に知人に渡していたことなどから、同年の控訴審では一転して無期懲役の有罪判決が下った。このとき、ゴビンダさんは法廷で「神様、僕はやっていない」と叫んだ。  月日は流れ、11年。弁護側の要請により、殺害現場で採取された物証のうち、今までDNA鑑定が行われていなかったものの鑑定を東京高等検察庁が実施。その結果、泰子さんの遺体に残された精液は、ゴビンダさんのものではなく、現場に残された別の人間の体毛と一致することが判明したのだ。12年6月7日。東京高裁は事件の再審開始を認めるとともに、ゴビンダさんの刑の執行を停止する決定を通達。同日、ゴビンダさんは15年ぶりに自由の身となった。  では、泰子さんの命を奪い、ゴビンダさんの人生を大きく狂わせたのは誰なのか。振り出しに戻ったこの事件だが、真犯人の足取りに結びつく可能性のあるものが1つある。それは、殺害された泰子さんの定期券である。事件判明から数日後、豊島区巣鴨にある民家の敷地に、彼女の定期券が投げ捨てられていたのである。このことから、真犯人は近隣地域に土地勘のある人物ではないかと捜査関係者の間で語られている。  筆者は、この事件が発生当初から取材を続けているジャーナリストから、とても興味深い情報を入手した。かつて、円山町の居酒屋に“巣鴨に住んでいる男”が頻繁に出入りしていて、殺害された泰子さんと金銭トラブルを起こしていたというのだ。その男が真犯人であるのか否か、現時点では不明だが、「なんらかの事情を知っている可能性はあるかもしれない」とジャーナリスト氏は話す。ちなみに、事件発生以降、その男は円山町に現れなくなったという。  人間と街の持つさまざまな顔、表と裏が交錯するこの事件。被害者の鎮魂、そしてゴビンダさんの名誉回復のためにも、再捜査の進展を祈るばかりである。 (取材・文=神尾啓子) 「日本"未解決事件"犯罪ファイル」過去記事はこちらから

「ヒット曲がなくても」NHK『紅白』“バーニング枠”で出場権をゲットする人たち

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第63回 NHK紅白歌合戦
 大みそかの『第63回NHK紅白歌合戦』の出場歌手が26日、東京・渋谷の同局で発表され、50組の出場歌手のうち、12組が初出場を果たした。 「昨年とかなり歌手が入れ替わった印象だが、西田敏行、千昌夫、松任谷由実ら震災復興を前面に押し出した昨年の企画にマッチした歌手たちが外れた。初出場組でも美輪明宏は、昨年まで豪華衣装が紅白名物だったが今年落選した小林幸子の“代役”といったところのようで、豪華衣装での登場となりそう」(スポーツ紙デスク)  初出場組は紅組がSKE48、きゃりーぱみゅぱみゅ、ももいろクローバーZら、白組も美輪を筆頭に斉藤和義、関ジャニ∞、ゴールデンボンバーら順当な顔ぶれだったが、出場者の中には明らかに不自然な歌手も目立つ。 「5年ぶりの復帰となった香西かおりは、紅白のキャスティングに絶大な力を持つ“芸能界のドン”ことバーニングプロの周防郁雄社長が猛プッシュ。そのため、自分がバックアップする元個人事務所社長となかなか和解しない小林幸子をなんとか落選させようとネガティブな情報を流しまくり、その策略が見事にハマって、小林が落選。香西が入る枠をこじ開けた。19回目の出場となる伍代夏子も周防氏の絶大なプッシュがあるので、ここ数年はヒット曲もないのになぜか出続けている。2回目の出場となる舘ひろしはNHKの朝ドラ『純と愛』に出演しているため、毎年確保されている“朝ドラ枠”で出場するが、同ドラマの主題歌を歌うHYも出場しているだけに、舘の唯一のヒット曲『泣かないで』を歌うのも不自然な話」(音楽関係者)  幸子を筆頭に、“枠”のカラクリに泣いた歌手は多いが、そもそも『紅白』には明確な選考基準がないだけに、来年以降も堂々と芸能界の力関係が歌手選考に反映されそうだ。

『潔く柔く』岡田将生とのW主演で試される長澤まさみ「これがコケたらヌードも覚悟!?」

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『IQUEEN Vol.11 長澤まさみ』
(エイベックス・マーケティング)
 女優の長澤まさみが正念場を迎えている。 「現在、彼女が主演しているドラマ『高校入試』(フジテレビ系)は、あの湊かなえさんの書き下ろしの作品で話題性抜群だったんですが、視聴率は散々です。もちろん、深夜枠なので13~14%を望んでいたわけではないですが、せめて2桁はいってほしかったですね。それが、5~6%ですからね。脚本はいいだけに、結局、彼女は数字を持っていないってことなのかもしれませんね」(フジテレビ関係者)   映画『モテキ』ではFカップともいわれる美巨乳を揉まれるシーンを演じ、来年3月公開予定のウッチャンナンチャンの内村光良監督作品『ボクたちの交換日記』では、キャバ嬢の役も演じる。  その一方で、今回の『高校入試』のような教師役や、岡田将生とのW主演で映画化される『潔く柔く』のような本格純愛ストーリーにも出演する。 「つまり、彼女自身が迷っている証拠だと思いますよ。本人は、10代の頃はヌードもやっていいと思っていたそうですが、実際、長澤の出演作で数字が取れたり話題になったりする作品は、すべてそういった自分のカラダを張ったものばかり。今回の『潔く柔く』は、出演者も少なく、岡田クンの出番も彼女に比べたら多くありません。そういう意味では、彼女の演技力がすごく試される映画になっています。もし、これでダメだったら、完全にお色気路線に転向するしかないでしょうね」(映画関係者)  男性ファンとしては、ぜひともお宝ヌードを期待したいところだが……。

「オタクが嫌いだから!?」アイドル声優・平野綾の前途多難な“女優転向”宣言

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『平野綾フォトブック「綾本」』(双葉社)
「どうやら、“女優転向宣言”は本気のようです。事務所には、できるだけ声優の仕事は入れないように強くアピールしているそうですよ」(芸能事務所関係者)  アイドル声優として『涼宮ハルヒ』シリーズ、『らき☆すた』シリーズのメインヒロインを演じた平野綾が、声優活動よりも“女優”活動を最優先する意思を固めたという。 「本人としては、声優は嫌いじゃないけど、“アイドル”扱いされるのが嫌なんだそうです。ぶっちゃけて言えば、“オタク”が嫌いなんだそうです(苦笑)。周りからしてみれば、その“オタク”に支えられてきて今があるというのに、随分なことを言うなって思っていますよ」(アニメ関係者)  それでも、実際のところ、女優としての仕事も増えてきている。 「話題になった鈴木福クンの『コドモ警察』(TBS系)や、ミュージカルの『レ・ミゼラブル』に出演するなど、本格的に女優として活動し始めましたが、今年出演した4本のドラマはどれも深夜枠。確かに、声優としてはかなりのキャリアを持っていますが、女優としてはまだまだ駆け出しです。まずは、深夜枠を卒業して、ゴールデンに出ることじゃないでしょうか。主演や映画の話は、まだ一切ないようですよ。事務所は頑張って営業しているようですが、オファーがあるのは声優の仕事ばかりの状況」(テレビ局関係者)  女優への道のりはなかなか険しそうだ。