『イッテQ!』いとうあさこへの“年齢イジリ”に批判噴出! 「老老介護」「昭和の人が使う言葉」のテロップに「ひどい」と苦言

 8月29日に放送されたバラエティ番組『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)で、お笑い芸人・いとうあさこ出演する恒例企画「あさこのミステリーツアー 」が行われ、今回は奈良と和歌山の名所を訪れるロケを放送。その中のいとうに対する“イジリ”がネット上で批判を浴びている。

「いとうは、奈良の東大寺や大和郡山市にある“金魚すくい道場”を訪れたほか、信貴山朝護孫子寺の参道にある“開運バンジー”にも挑戦。さらに和歌山では、北山村の伝統文化である“いかだ流し”を体験したり、日高川町にある『日本一やまびこがキレイに聞こえる』という椿山ダム湖を訪れたりしていました」(芸能ライター)

 ネット上では「いとうあさこ、体張っててすごい!」「なんでも頑張ってるから、あさこさんのロケは楽しい」といった好意的な声が上がっていたが、一方で、番組側の“演出”に視聴者から疑問が相次いでいるようだ。

「ロケ全体を通して、ナレーションやテロップでいとうを“年寄り扱い”して笑いを取るような場面が見られました。例えば、いとうが『社会の窓』『タンマ』と発言したことを取り上げて『あさこの死語解説』というコーナーを作り、これらは“昭和の人たちが使う言葉”だと説明。さらに、縄跳びをしたいとうの足を、年配のカメラマンがマッサージする様子に『老老介護』とテロップを付け、スタジオメンバーの笑い声が聞こえるシーンもありました」(同)

 こうしたイジリについて、ネット上では「平成生まれだけど、普通に『タンマ』って使うよ」「『社会の窓』は今でも通じるでしょ? 死語扱いは無理がある」などと疑問の声が出たほか、「あさこさんってまだ50代なのに、老人扱いはひどい」「こういう年齢イジりって本当に不快」「老老介護って社会問題でもあるのに、簡単にネタにしてほしくない」といった苦言も漏れていた。

「現在51歳のいとうに対する“年齢イジリ”は、同番組で以前からたびたび行われており、不快感を示す視聴者も多い。特に、2019年11月17日に放送された回では、お笑いコンビ・ガンバレルーヤとニュージーランドを訪れたいとうに対して、『生身のババア』というテロップやナレーションを連発。ネット上には『いとうあさこと同じ歳だから、非常に不快』『わざわざババアとか言う必要ある?』『テレビで堂々とババアイジりしてるの「イッテQ」だけ』など、批判や呆れた声が噴出しました」(同)

 いとうもお笑い芸人である以上、こうしたイジリを了承している部分もあるかもしれない。しかし、視聴者の反感を集めるイジリ方を“わざわざやる”必要があるのか、考え直したほうがいいだろう。

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Snow Man、「5人組になったの?」「ひどいグループ」ファンの怒りや不満が噴出! アルバム発売前から大荒れのワケ

 昨年1月、SixTONESとともにジャニーズ事務所初の同時CDデビューを果たした9人組グループ・Snow Man。このところ、メンバーの“歌割り”に不満を抱くファンの声が続出していたが、1stアルバム『Snow Mania S1』(9月29日発売)の公式Twitterアカウントに対しても、多くの怒りや不満が寄せられる事態になり、リリース前から大荒れの状況だ。

 Snow Manは、2012年から阿部亮平、岩本照、佐久間大介、深澤辰哉、宮舘涼太、渡辺翔太の6人で活動。アクロバットを得意とするグループで、先輩の舞台やコンサートでバックダンサーを任される機会も多く、根強いファンに支えられてきた。そんなSnow Manとファンに衝撃が走ったのは、19年1月17日。関西Jr.の一員だった向井康二や、宇宙Six・目黒蓮、少年忍者・ラウール(当時の所属ユニット)が加わり、9人体制として再始動することになった。

 その翌年、20年1月にCDデビューを果たすと同時にファンも増加。シングルCDの売り上げ面で快進撃を続けているが、今年に入ってからは「歌割り」に不満を抱くファンが続出。特に、“加入組”と呼ばれる向井、目黒、ラウールの歌唱パートに比べ、オリジナルメンバーのパートが少ないと古参ファンらが愚痴を漏らしている。

「今年7月発売の4thシングル『HELLO HELLO』や、アルバム『Snow Mania S1』のリード曲『EVOLUTION』を聞いたファンから、阿部、佐久間、深澤、宮舘の歌声が『聞こえない』などの意見が上がり、彼らを応援する人たちは、歯痒い思いをしているようです。オリジナルメンバーでも、メインボーカル的ポジションの渡辺と、ラップに定評のある岩本は比較的にソロパートがあるのですが……」(ジャニーズに詳しい記者)

 さらに、9月2日放送のラジオ番組『不二家 presents Snow Manの素のまんま』(文化放送)で、アルバム収録曲の「Sugar」が一部解禁されたところファンの不満が爆発。歌い出しを目黒が担当したあと、ラウール、岩本、向井、渡辺……と歌唱が続いたが、問題の阿部、佐久間、深澤、宮舘の歌声がはっきり聞こえないままサビに入り、番組ではサビ後に楽曲のオンエアを終えた。

 ラジオでのオンエアー後、ネット上には多くのファンから「Snow Man史上最悪の歌割り。『Sugar』って5人のユニット曲なの?」「『Sugar』は歌割りがひどすぎ。5人組になったの?」との怒りや、「歌割りが少ないメンバーだって、普通に歌が上手なのに……」「悲しんでいるファンに『2番を待とう』と言う人がいるけど、2番に期待して絶望した曲もある」「テレビで披露する時は、歌ってる人にカメラが向けられる。9人それぞれの声が聞きたい」などの落胆が上がることに。

「さらには、Snow Manの所属レコード会社・avexに原因があると見て、公式Twitterアカウントに抗議を寄せる人も続出。『Snow Mania S1』の公式Twitterアカウントがツイートした、「『Sugar』HPにて試聴開始」との投稿に『Snow Manは9人グループですよね? 4人の声をもっと聞きたいので歌割りを見直してください』『こんなに歌割りがひどいグループほかにありません。ファンが離れてもしょうがないと思う』『お願いだから、だてふかあべさくに1番のソロパートをください。彼らを応援している身としては、これじゃあまりにもつらい。4人の歌声もちゃんと聞きたい』『歌割りが不公平だと感じてしまう。せめて、曲調と声質に合わせてメインで歌う人を入れ替えてほしい』と訴えています。avexに直接メールなどで要望を出している人もいるようですね」

 このところ新曲を出すたびにファンから不満や失望、怒りの声が上がっているSnow Man。まだデビュー2年目とあって、これからファンの声で改善されることもあるだろう。今後も長い目で見守っていきたいものだが……。

カメラを介して結ばれたユージン・スミス夫妻 ジョニー・デップと美波が共演『MINAMATA』

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眞子さまの結婚生活の行方は? エリート夫が愛人女性と“変死”……夫婦生活で不幸相次いだプリンセス

皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!

――ついに眞子さまの年内結婚が報じられました。結婚後はニューヨークで生活し、一時金は受け取らないといわれています。急転直下に事態が動きました。

堀江宏樹(以下、堀江) 表面化したタイミングが最悪だったと思います。100年近く前の話ですが、9月1日は関東大震災の日。当時は皇室も甚大な被害を受けました。しかも、きたる11日は眞子さまの母宮である紀子さまのお誕生日で、会見も予定されているという時です。「娘を守れていない」とおっしゃっていると伝え聞く母宮が、眞子さまの代わりに矢面に……ということでしょうか。

――眞子さまは皇女としての結婚に関連する儀式や、巨額の一時金を辞退なさるというご意向だそうですが……。

堀江 問題はそこではありません。一時金とは“皇室を離れることにはなったが、かつては皇族であった方の品位を守るために支給されるお金”です。

 結婚を強行することの代償として、儀式や一時金の辞退を持ち出し、それで世間と交渉なさるかのような行為は、ご自分で「私は皇女にはふさわしくない行いをしている」とおっしゃっているに等しく、「守られるべき品位が私にはもうありません」とお認めになったも同然なのです。

 ご自分の意志として表明するより、皇族会議の結論として与えられ、それを受け止めるという形態をとったほうがよほど良かったと思います。まぁ、ご本人は辞退の意向でも支給自体は行われるでしょう。ただ、それを寄付するしかなくなるあたりに事態は落ち着きそうですが。

――眞子さまは30歳という節目にこだわられているのでしょうか?

堀江 普通の女性として人生をやり直したいと思われているのでは。おそらくその中には普通に結婚し、何人かのお子様のママになりたいというご希望があるのだと思います。「小室さん以外に、もっといい男性がいるのでは」などと他人は気軽に言うでしょうが、次の方がすぐに見つかるとは限りません。むしろ、今回のことで難しくなったと思います。

 眞子さまは一人の女性として叶えたい人生像がおありで、それには妊娠、出産、育児といったタイムリミットのあるファクターが含まれているのでしょうね。自由という意味では大きな制限を受けざるを得ない皇族の暮らしから一日も早く抜け出したいという強いご希望がおありなのだとも、お見受けします。

――「公」を重んじ、「私」のことは最後に……という皇族の振る舞いと私たちが認識していることとは真逆の行いのように思えますが。

堀江 そうですね。国民がこれだけ反対している中での結婚強行は、皇室史上まれに見るスキャンダルです。皇室へのダメージは大きいですね。折り目正しい印象しかなかった日本の皇室のイメージが海外で変質しうる事件ですし、なにより、アメリカに渡った眞子さまと小室さんのご夫婦が、“第2のヘンリー王子とメーガン妃”になる可能性も否定できません。

 この先、眞子さまがご自分の選んだ道でご苦労なさっても仕方がないでしょう。しかし、かつてないスキャンダルを残して皇室を去っていった内親王の父宮として歴史に名を残す秋篠宮さま、そして将来の天皇と目されている悠仁さまがお気の毒ですね。

 そして、こんな時に、結婚相手の男性によって最悪の人生トラブルに巻き込まれたプリンセスについてここで取り上げねばならないのも、運命的な流れかもしれません。

――前回から、昭和天皇の第3皇女である和子内親王の結婚についてお話を伺っています。一介の主婦となるべく、家事の修行を積まれた和子さんは、ついに3回目の縁談で、鷹司平通(たかつかさ・としみち)さんとの結婚を決められましたが、新婚生活はどうだったのでしょうか?

堀江 最初は、とても良かったのです。さすがに元・侍従長の百武三郎さんのお家に1年間“ホームステイ”しただけのことはあったようですよ。宮内庁の経費で派遣されてきた女官と女嬬(にょじゅ)、つまり、家事指南役のメイドと、家政婦の2人が当初いたそうなのですが、それも約10カ月で御所に戻ってしまったほど、和子さんの家事スキルは高かったようです。

――和子さんの夫になられた平通さんのご経歴、お人柄は?

堀江 1959年(昭和34年)の「週刊読売」(読売新聞社)4月5日号には、「 東大工学部卒の技術屋で教養、趣味とも一流人」とありますが、 実際は大阪理工科大学(現近畿大学)卒業だそうです。

 しかし、現代日本でいうワンルームとはニュアンスがかなり異なり、「23平方メートルくらい」の一部屋で書斎、食堂、応接室、居間を兼用。そこにはピアノ、テレビ、食卓、ソファーなどが置いてあったそうな。つまり、ダイニングキッチンですね。1階にはほかに応接間や、女中部屋がありました。2階にご夫婦の寝室などはあったのだと思われます。

――なかなかブルジョワ風な生活ですよね?

堀江 はい。ちなみに自家用車はあったし、古くから鷹司家に仕えていた女中が2名いたそうです。ただし「週刊読売」によると、これが当時の「一流会社の中堅幹部」の普通の生活で、特に贅沢といえるわけでもなかったようですね。

――そうなんですか!? 女中部屋というと、最近ではセレブ向けの広いマンションの間取りで時々見るくらいな気がしますが、この頃は普通にあったものなのでしょうか?

堀江 地方のお宅から「行儀見習い」ということで、娘さんが都会の大きなお宅に滞在し、女中として働きながら家事のイロハを習うというようなシステムは(特に戦前には)よくあったものですよ。

 山田洋次監督の『小さいおうち』って映画があったでしょう。松たか子さん演じる主婦が「奥様」と呼ばれ、黒木華さん演じる年若い女中さんから慕われるお話でしたね。旧華族である鷹司家の事情はさすがにそれとは違うようですが。

 鷹司家の敷地には「離れ」と呼ばれる建物もあり、そこには平通さんのお母さん、つまり和子さんにとっては義母にあたる方が暮らしていたそうです。もともと1日2食だった平通さんにいつの間にか合わせるような形で、和子さんの生活も変わり、また愛飲家であった夫に合わせるように、お酒とは無縁の生活を送ってきた和子さんも、紅茶にウィスキーを垂らしたり、寝酒も嗜むようになった、とありますね。うーむ。

――え、ダメですか? なかなか微笑ましい光景のように私には思えるのですが……。

堀江 このお酒というファクター、後に起きる“悲劇”を知っている者としては、不吉の前兆を感じずにはいられないのですね。

 例の59年の「週刊読売」の記事にも触れられているように、当時で約9年間の結婚生活の間に、お二人に「はじめは流産、つぎは生後間もなく死亡」など、お子様関係の不幸が相次いで起き、それ以来、「おめでた」と呼べることは起きていなかったのです。

 「これが幸福な鷹司家における唯一の不しあわせである」と記事はサラッと言っていますが、お二人の間に何か、深刻なトラブルがその後、発生していたようなニオイがするのです。

――思わせぶりな言い回しですね。もったいぶらないで教えてください!

堀江 「心中だった」と考えられる死を鷹司平通さんは、バーのマダムだった女性と迎えてしまっているのですね。昭和天皇の愛娘の夫の死ということもあり、各新聞では「事故死」という報道になっていますが、読売新聞は「変死」とハッキリ報道しています。

――ええっ!?

堀江 夫の死を知らされた和子さんの取り乱し方は激しく、宮内庁から入江相政侍従が即座に派遣されたそうです。

 事件が起きたのは、66年(昭和41年)1月のこと。1月26日、和子さんと暮らす自宅の徒歩圏に住んでいる、愛人女性・前田美智子さんの家から鷹司さんは戻らず、28日夕方、彼女の家で、しかも二人とも「全裸で」亡くなっていることが判明したのです。

 前田さんは、鷹司さん行きつけのバー、銀座「いさり火」のマダムであり、千駄ヶ谷の鷹司邸の近所に住んでいました。これが偶然、もともと近所だったとは考えにくいですよね。

――二人の関係が深まり、鷹司さんとすぐに会えるよう、女性が家の近所に住むようになってしまった……。

堀江 夫にそういう女性がいることは、和子さんも恐らくはご存知でしたが、立場上、騒ぐわけにもいかず、受け入れざるを得なかったのかもしれません。かなりのご苦労が和子さんにあったと推察されます。また、不幸にも和子さんが経験なさった刑事事件は、夫の変死だけではないのですね。

――えっ、まだあるのですか?

堀江 和子さんは68年(昭和43年)8月22日深夜に、千駄ヶ谷の自宅に忍び込んできた暴漢に襲われています。

 そして、血まみれになりながらも男の腕を振りほどいたところ、そこに駆けつけた警察官によって救われるという経験をしたんです。この事件について「週刊女性」(68年9月7日号/主婦と生活社)が詳しい記事をあげており、それによると真野勝美という「精神異常」の男が“カネ欲しさ”で鷹司邸に侵入した、と。

――そこが和子さんのお住まいということには気づいていなかった?

堀江 そうですね。刃物を持っている男に羽交い締めにされながらも、和子さんが激しく抵抗したことで、男の右手の指が切れて出血したそうです。それで男は戦意喪失しましたが、和子さんも左手のひらを切るけがを負いました。そして、両者ともども血まみれで呆然としているところに警察官が到着したとのことですね。

 「キャーッ」という和子さんの悲鳴を聞いて、女中の鈴木玲子さんが110番通報してくれたのが良かったようです。もともと、和子さんが嫁ぐ際、「泥棒に気をつけて」という昭和天皇の言葉が、現実になってしまったのでした。

――わずか2年の間に、事件に2回も遭遇してしまった和子さん。その後はどうお暮らしになったのでしょう?

堀江 鷹司さんの死から4年目にあたる69年、「女性自身」(1月27日号/光文社)に和子さんのご学友だった久松純子さんという方が、和子さんのインタビュー記事を寄稿なさっていますね。ちょうど、鷹司さんが亡くなった時期に発売の号を狙って記事が掲載されています。

 これによると、「つらいつらい思い出も、いまは遠く」とのことで、穏やかな日々を和子さんが過ごしていることがわかります。母宮である皇后さまは公務がお忙しい中でも、ご自分で育てられた大輪のバラの花を、和子さんのもとに定期的に届けられている様子が描かれているなど、母娘の交流は結婚後もしっかり続いていることもわかりますね。

 ちなみにこの記事が掲載された頃、和子さんには、すでに「どこにでもお一人でお出かけできる」行動力と、明るい笑顔が戻っていたそうです。

――皇室と民間という違いはあっても、母娘の絆は変わらないものですね。その一方で、眞子さまの決断や今後の生活について、紀子さまはどう受け止めておられるのか気になってしまいました……。

堀江 ご両親の心からの納得を得ていないご結婚の例は、近代以降の皇女がたにはあまり見受けられないことなので、想像が付きませんよね。

 秋篠宮家のご夫妻は、眞子さまがご結婚なさった後もお近くにいてくださるとよいと考えておられたとよく言われますね。ご結婚後は皇族の身分ではなくなりますが、黒田清子さんのように眞子さまにも皇室行事に協力していただく未来を思い描かれていたのではないか、と。

 しかし、小室さんがニューヨークで就職し、眞子さまも海を渡ってしまった場合、ご夫妻の”夢”は叶わなくなります。なにより何か問題が眞子さまの身の上に起きていても、肉親として手助けすることすら難しくなってしまうのです。

 さまざまな結婚に関する記事を目にしましたが、現代の眞子さま・小室さんのお二人を包むような険しい空気は改めて異例と感じた次第です。皇室の歴史においても、今回の騒ぎは大きなターニングポイントになりそうですね……。

 さて、次回は動物園長と結婚なさった皇女のお話です! お楽しみに。