熊田曜子が、不倫騒動の釈明会見に乗り出す?「私は不倫はしていない!」の釈明はあるか

 夫である会社経営者のAさんとの関係に注目が集まっているタレント・熊田曜子の周辺が騒がしくなっている。

 熊田は今年5月、夫のAさんからDVを受けたとして110番通報し、Aさんが逮捕された。

 さらに、熊田は過去にもAさんからDVを受けていたこととともに離婚の意思を表明し、世間はDV夫に苦しめられる熊田に対して同情的な見方もあったが、その後に事態は急変。

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フワちゃんのタメ口に「NO」を突きつけた有吉弘行はすごい? “毒舌”でも人を傷つけず、批判されないやり方

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人> 
「毎日遅刻してるじゃないか」有吉弘行
『有吉の夏休み2021 密着77時間』(フジテレビ系、9月4日)

 「若者がテレビを見ない」という話を聞いたことがある人は、結構多いのではないだろうか。

 今年5月20日、NHK放送文化研究所が発表した「国民生活時間調査」によると、テレビを15分以上視聴した場合を「見た」としてカウントすると、平日1日の間にテレビを見た人は10〜15歳で56%、16〜19歳は47%、20代は51%だとされている。これは逆に考えると、若者の半数近くがテレビを見てないともいえるわけだが、ある若者はテレビを見ない理由を「同じような番組ばっかりで、面白くない」と言っていた。

 視聴率を取れる番組は長く続く。しかし、そうなると、どうしてもテレビはマンネリ化してしまう。若者の指摘はもっともだが、同じ番組を長年見ている立場で言わせてもらうと、番組は一緒でも、出演者は時代の流れに沿って少しずつ芸風を変えてきているように思う。そこまで注目して見ると、面白さを感じるのではないだろうか。

 2017年に米国の映画プロデューサーによるセクシャルハラスメントが明るみになり、世界的にセクハラや性暴力を許さないという機運が高まったことで、SNSを中心に「#MeToo運動」が起きた。日本でも、19年に相席スタート・山崎ケイ原作『ちょうどいいブスのススメ』(主婦の友社)が原作と同名でドラマ化されることになったが、ネット上での批判を受けて、放送前にドラマは『人生が楽しくなる幸せの法則』(日本テレビ系)と改題されている。女性の容姿などを一方的に評価することがセクハラに当たると感じる人が多かったということだろう。

 また、同年の『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)では、ぺこぱが「誰も傷つけない漫才」を披露して3位に入賞、その後ブレークを果たした。男性女性を問わず、世間が「人を傷つけない」方向を求めるように変わっているのだとしたら、難しくなってくるのは、今までテレビが持て囃してきた“毒舌”というポジションの芸能人ではないだろうか。口が悪いように見せかけて、よく聞いてみると的を射たことを言っているところが彼らの芸のキモだと思うが、こういう芸風は今の時代だと、ハラスメントと誤解される可能性は否めない。かといって、テレビの出演者が全員、誰も傷つけない“いい人”だと、それはそれで盛り上がりに欠ける。 
 
 毒舌芸能人もさぞやりにくかろうと思うが、やっぱりテレビに出続ける人は違う。9月4日放送の『有吉の夏休み2021 密着77時間』(フジテレビ系)を見て、やり方次第では毒舌でも「人を傷つけない」ことは可能なのだと感じた。

 同番組は、有吉弘行ら多数の芸能人が一緒に旅行をし、観光地を満喫するというもので、今回はお笑いタレント・フワちゃんが初出演を果たした。フワちゃんといえば、大物芸能人に対しても“タメ口”なことで話題を呼んだ人物。こういう人はテレビカメラが回っていないところでは気を使っていて、だからこそ非礼が相殺されるのかもしれないと思っていたが、20年11月6日配信のニュースサイト「週刊女性PRIME」がフワちゃんの遅刻癖について報じた。こうなると、礼儀を重んじないのはキャラではなく、素だと思われる。社会人で遅刻が歓迎されることはあまりないだろうから、本当に遅刻魔だとしたら、フワちゃんのイメージダウンにつながるだろう。 
 
 この報道後、同月15日放送の『サンデージャポン』(TBS系)に出演したフワちゃんは「私は1回も遅刻をしたことがない」と発言するが、話をよく聞いてみると「打ち合わせには遅れているが、本番には遅刻していない」ことがわかる。「番組に穴をあけているわけではないからよい」と言われたらそうなのかもしれないが、これは逆に考えると、「遅刻を反省していないこと、打ち合わせやそれを行うスタッフを軽んじていること」と同じではないか。しかし、ここで年長者が「遅刻はいけない」とテレビで公開説教すると、SNSで“老害”とか“パワハラ”と批判されかねない。芸能人は人気商売だから、自分が損をするようなことをわざわざしないだろう。実際、出演者から「(遅刻)してるんかい!」というツッコミは飛んでいたものの、注意するような人はいなかった。 
 
 しかし、有吉はこういう“ルール違反”を見逃さない。夏休み2日目、フワちゃんが集合時刻に遅れる。出演者の一人、みちょぱ(池田美優)によると、フワちゃんはこの前日も飛行機の時間ギリギリにやってきたそうだ。みちょぱは「有吉さんは早いから、10分前に降りてきて」とアドバイスしたそうだが、それを知っていても守れなかったということだろう。このとき有吉は「なんでいつも俺より後なんだよ」「遅刻するな」「毎日遅刻しているじゃないか」と言って、フワちゃんの頭を叩いている。 
 
 私も時間厳守を刷り込まれた世代なので、有吉の言うことは正論だと思うが、人によっては「カメラの回っていないところで注意してあげるべきだ」「叩くなんてハラスメントだ」と感じるだろう。有吉はそういう人に対しても有効な“策”を持っている。「それ(集合時間)だけ守れって言ってんだよ」と告げたあとに「あとは自由にやってもいいし、敬語使わなくてもいいし」と付け足したのだ。正論もしくは毒舌1のあとに、譲歩が2。

 これで有吉と同じく「遅刻は悪いことだ」と思っている人は「よく言ってくれた」と評価するだろうし、正当な注意であってもパワハラだと感じやすい人も、譲歩が2あることで、注意された感を薄めて「許された」「有吉は優しい」と納得できるのではないか。 
 

 
 とはいえ、「敬語使わなくてもいい」と言っているが、その前日の夏休み1日目、フワちゃんが「有吉、おしりプリプリになっている」と呼び捨てした際、「フワ、有吉『さん』な」とはっきり注意していた。翌日に遅刻したときは「敬語を使わなくてもいい」と言った有吉も、本音の部分では「礼儀を大切にすべき」と考えている証しだと私は感じたが、それはさておき、番組開始早々のこの忠告はすごいと思った。 
 
 誰にでもタメ口を使うフワちゃんの芸風に「NO」をつきつける芸能人はほとんどいない。前述したように、正面切って「さん付け」を要求すると、「タメ口くらいで目くじら立てるのは、器が小さい」「偉ぶっている、パワハラだ」と批判する視聴者が出て自分が損するかもしれないし、それを芸能人たちは一番知っているからだろう。

 しかし、自分にとって嫌なことは最初に言って釘を刺したほうがストレスは溜まらないし、フワちゃんとてバカではないから(番組の最初では「有吉さん」と呼んでいた)、先輩が本気で嫌がっているとわかれば、おとなしくやめるはずだ。 
 
 注意とハラスメントの違いを明確に言語化しにくい現在において、カメラが回っているところで後輩に何かを指摘することは、リスクのある行為といえるだろう。しかし、有吉はそれをいとわず、かつ毒舌の後にその倍フォローすることで、攻撃性をなきものにした。一言で毒舌といっても、10年前と今ではウケる毒舌が違う。そのあたりの微調整が抜群にうまいからこそ、芸能界で活躍できるのだろう。

 テレビはマンネリ化して「同じような番組」ばかりかもしれないが、有吉のように“変化する出演者”に注目して見ると、こんな発見があって面白い。そして毒舌でありながら、いやな余韻を残さない有吉には、おみそれしましたと言うしかない。

石原さとみ、加藤綾菜、鈴木奈々に意外な交友関係発覚! 友情エピソードの背景に、“学会員つながり”あった!?

 9月9日発売の「女性セブン」(小学館)が、女性芸能人3名の意外な交友関係を報道。同誌によると、女優の石原さとみ、2011年に加藤茶と結婚し、現在はタレントとしても活動する加藤綾菜、そして8月4日に体調不良のため芸能活動休止を発表したタレント・鈴木奈々に“強いつながり”があるという。綾菜と鈴木は以前から互いのSNSなどで親交があることを明かしていたものの、石原とは“接点”がなさそうに見えるが……。

「『セブン』はまず、鈴木の休養前から石原が相談に乗っていたことや、もともと加藤茶と知り合いだった石原が、年齢の近い綾菜に過去の恋愛を相談していたなどと、それぞれが親しい仲であると報道。そして、今は石原と綾菜で、体調を崩してしまった鈴木を励ましていると伝えています」(芸能ライター)

 ちなみに、鈴木は14年に中学時代の同級生と、石原も昨年10月にやはり一般人男性と結婚しており、綾菜を含む全員が“既婚者”だ。「セブン」はその点にも触れながら、“3人とも子どもがいない”という共通点も挙げている。

「さらに記事後半には、石原が『宗教団体が母体となる学校』に通っていたことや、その『宗教団体が発行するメディア』に綾菜や鈴木が登場したことがあるとも記されています。団体名こそ明記されていませんが、昨年1月発売の『週刊新潮』(新潮社)は、創価学会の機関誌『ワールド セイキョウ』(聖教新聞社)に加藤夫妻のインタビュー記事が掲載されたと報じており、同12月発売の同誌でも、石原の夫が妻のために学会へ入信したとスクープしていますから、記事中の“宗教団体”は、創価学会を指していることは明らかでしょう」(スポーツ紙記者)

 つまり、今回「セブン」は、単なる“芸能界の女友達”エピソードではなく、“創価学会員のつながり”を紹介したかったようだ。

「一昔前なら『あの芸能人も学会員だった!』といった週刊誌報道は多かったものの、昨年の『新潮』や今回の『セブン』のような記事は、最近ではなかなか珍しくなっています。とはいえ、石原が結婚を発表した当初、相手男性の素性について業界内外から注目が集まり、ネット上で『お相手も創価学会員なのでは?』と臆測が広がっていたように、“公然の事実”として扱われるケースも。今回の記事は、鈴木の休養と3人の友情話を絡めて、女性誌らしく芸能人兼学会員を紹介する内容に仕立てられています」(同)

 鈴木は夫だけでなく、学会員仲間にも支えられ、ゆっくりと休養できていることだろう。

チョコプラ、超売れっ子なのに仕事を選ばない? 吉本興業の“芸人ファースト”と変わらぬ方針

 相変わらずバラエティー番組で大活躍中のチョコレートプラネット。レギュラーメンバーとして出演するフジテレビ系コント番組『新しいカギ』が10月からフジテレビバラエティーの伝統枠「土8」に移動するなど、お笑い界での存在感をますます増している。

 もはや“天下取り”直前とも言えそうな勢いのチョコプラだが、いまだに“意外な仕事”をこなしている現状もあるのだ。

「チョコプラ…

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異性愛や恋愛至上主義に疲弊した心を救う『女ともだち ガール・ミーツ・ガールから始まる物語』

 世の中は、いつも恋愛の話で溢れている。たしかに恋愛は、多くの人にとって素晴らしくて楽しいものであるのかもしれない。けれども現実の世界でもテレビの中でも物語の中でも、いたるところで“男女”の恋愛ばかりが取り上げられ、それが当たり前にすべての人にとっての最重要事項であり関心事であるかのように扱われていることに、時々とてもうんざりする。

 男女の恋愛関係こそが、この世では一番重要かつ最高なものであり、あたかもそれ以外の関係性(同性間の友情・同性間の恋愛・その他様々な関係性)はそれに劣るものであるようにみなされていることに対して、疑問や居心地の悪さを感じている人も、決して少なくないのではないだろうか。

 エッセイ集『女ともだち ガール・ミーツ・ガールから始まる物語』(著:はらだ有彩 大和書房)は、「男と女」に対して、しばしば“「一」未満”のものとして軽んじて扱われることの多い「女と女」の関係性に着目し、様々な物語の中に登場する女たちの繋がりの在り方を一つ一つ丁寧に紐解くことを通して、この世界には男女の恋愛関係だけではない「ただそこにあるだけで大切で唯一無二の関係性」が多様に存在していることを、明らかにしようと試みている作品だ。

『女ともだち ガール・ミーツ・ガールから始まる物語』(著:はらだ有彩 大和書房)
 3つの章に分かれて紹介される13組の「女と女」たちの関係性は、実に多種多様だ。

 それは、映画『花とアリス』の主人公・アリスと花のような学生時代の友人同士や、映画『プラダを着た悪魔』のミランダとアンドレアのような仕事上の上司と部下、中世に書かれた古典物語である『我が身にたどる姫君』に登場する前斎宮と中将の女性同士の恋愛関係、あるいは海外児童文学『ふたりのロッテ』に出てくるロッテとルイーゼという双子の関係であったりする。

 その関係性は友愛・恋愛・連帯・腐れ縁、あるいは言葉で明確に定義するのが難しいものであったりするのだが、いろいろな女二人の物語を一つ一つ見ていくと、“特別”で“重要”な関係性は、何も「男女」の「恋愛関係」に限らないのだということが、また、一緒にいる時間の長さや距離の近さが、必ずしも二人の関係性の重要度に比例するわけではないことが、次第にはっきりとわかってくる。

 そしてこの本の素晴らしいところは、様々な物語の中の女たちの関係性を追っていく中で、自然と今の社会の構造や価値観の問題に気づき、改めて考えるきっかけとなりうるようなヒントが、数多く散りばめられているところだ。

 たとえばその一つは「異性愛規範(ヘテロノーマティヴィティ)」についてである。異性愛規範とは、“「世の中には男/女しかいない」「セックスや恋愛、結婚は男女間で行うべきものである」という規範、思い込み(バイアス)のこと”を指す。(PRIDE JAPAN 用語解説 より)

 もしかすると、一般的にはまだあまり耳なじみのない言葉かもしれないが、ジェンダーやセクシュアリティについて知ろうとすれば、必ず早い段階で出会うことになる言葉であり概念だ。社会の中の多くの人々は、男女間のセックスや恋愛や結婚が“普通”であり“あるべき姿”であると思ってしまっているために、そうではない関係性を「価値が低い」「正しくない」と考え、LGBTQ+などと呼ばれるセクシュアルマイノリティの人々への偏見や差別、抑圧的な言動に繋がりやすい。

 異性愛主義的で恋愛至上主義的な価値観がはびこった社会では、その枠組みや価値観に当てはまらない、マジョリティであるシスジェンダー(出生時の性別と性自認が一致)でヘテロセクシュアル(異性愛)以外のジェンダーやセクシュアリティを持った人々は、とても肩身が狭く、生きづらい。彼ら彼女らの気持ちや大切に思う関係性は“ないもの”のように扱われたり、“特殊なもの”として、好奇や偏見のまなざしを向けられることが多いからだ。

 私自身も、アセクシュアル(他者に性的魅力を感じない・感じにくい)・グレイロマンティック(他者に恋愛感情を抱きにくい)という性的指向を自認しており、昔から「友情の好きと恋愛感情の好きの違いがわからない」と思いながら生きてきた。アセクシュアルはセクシュアルマイノリティーの中でもかなり少数派なこともあり、その感覚や性質を他者に説明して理解してもらうことは簡単ではない。

 でも、恋愛感情の好きがよくわからないからといって、人を好きと思う気持ちがないわけではない。「あの子の存在がなかったら、当時や今の私はいなかったかもしれない」と思うような、自分のアイデンティティの形成に重要な影響を与えられたり、心の支えや拠り所となったりするような大切に思う友人たちはいるし、恋愛感情ではなくとも人に強く惹かれることもある。

 また、縁あって私はアセクシュアルでありながら異性のパートナーと交際し結婚もしており、たしかに夫は生活を共にする「家族」として、唯一無二の大切な存在であると言える。しかし、私には他者に対する恋愛感情や性的に惹かれる気持ちがほとんどないために、どうしても、夫との関係性だけが、他の大切な女友達の存在や関係性と比べて絶対的に特別で重要で優れているとは思えないところがあり、そのことに少なからず罪悪感や後ろめたさのようなものを感じてきた。

 しかし、この本の中で紹介される、友人や、恋人や、反面教師的な存在や、わかりやすい言葉で言い表すことの出来ない関係性、一度は強い気持ちで結ばれていたものの違う道を行くことになった二人といった、とにかく様々な女たちの存在とその関係性の在り方を目の当たりにしていく中で、気づけば私はこう思っていた。

「恋愛も友情もそれ以外も関係なく、それぞれの人との関係性が自分にとって唯一無二であり他とは比べられないことは、何も私がアセクシュアルだからではなく、むしろ当たり前のことなのでは? それぞれが大切かつまったく違う性質の関係性であるのに、どうしてわざわざそこに優劣を付ける必要があるのか(いや、そうする必要など微塵もない!)」

 「運命的に出会って、結ばれて、末永く人生を共にする男女の関係性」ではない、それ以外のありとあらゆる関係性は、男女の恋愛関係と全く同じだけ、その人にとって大切であり特別であり唯一無二でありうるのだという、よくよく考えればある意味当たり前のことを改めて言葉で示してもらったことで、私はとても勇気づけられたのだ。

 なお厳密には、この本の中に「異性愛規範」というワードは出てこない。著者が主題としフォーカスを当てているのは、あくまで「女と女」の関係性だ。それは、女性同士の関係性が、男性との関係性を築く前段階の“年齢やライフステージに左右される過渡的なもの(p.4)”であるとか、「女の敵は女」や「レズ」のように、実際の本人たちの関係性や気持ちの内実よりも、エンタメ的・性的に消費し面白がろうとする人たちによって勝手に特定のイメージが与えられ、歪められ、貶められてきたという社会的・歴史的側面があるという理由からである。そういった事実がある以上、あえて「女と女」の関係性について書くことにはとても重要な意味があるし、それを安易に「みんな」に当てはめようとするのは不当であるのかもしれない。

 しかし、著者がこのエッセイを通して伝えようとしていることは、単に女性たちやレズビアンの人たちだけでなく、日々異性愛規範や恋愛至上主義的な価値観に苦しめられ、モヤモヤした気持ちを抱えているすべての人にとっての光となりうるのではないか、とつい思わずにはいられない。

 たとえ異性愛者であっても、「恋愛を経験していなければ人間として未熟」であるとか「結婚してこそ一人前」という社会の価値観や圧力によって苦しめられている人は、意外と多いのではないだろうか。恋愛のパートナーがいないこと、結婚していないことを「寂しい」、「不完全」、「一人前ではない」などと他人から思われるいわれもなければ、その人にとって一番大切な存在や関係性が、必ずしも「恋愛」や「結婚」である必要もない。どうして「男女」の「恋愛関係」だけが最も重要なものであると思わなければならないのか。なぜ、どんなに素晴らしい友人や家族や仕事仲間がいて充実した日々を送っていたとしても、「恋愛」のパートナーがいないと、「足りない」と感じさせられなければいけないのか。

 私は「女」であり「アセクシュアル」であるために、とりわけ『女ともだち ガール・ミーツ・ガールから始まる物語』の内容に救われてしまった部分も大きいのかもしれない。けれども、恋愛であろうが友情であろうがなんであろうが、今そこにある、自分が大切に思っている自分と誰かとの関係性を、他の誰からも、もちろん自分自身からも、不当に貶められたり価値を減らされたり優劣をつけられたりすることなく、ただそのまま肯定することを教えてくれるこの本や、数々の物語の中の「ふたり」の姿に心なぐさめられる人は、きっとたくさんいるのではないだろうか。

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Hey!Say!JUMP・伊野尾慧、「社長になるのも時間の問題」!? 『めざましテレビ』ロケで“若手CEO”との共通点にドヤ顔!

 Hey!Say!JUMP・伊野尾慧が木曜レギュラーを務める情報番組『めざましテレビ』(フジテレビ系)が9月9日に放送された。

 この日の「いのおピクチャー」では、伊野尾が親指と人差し指でトマトをつまみ、顔の横に掲げているシュールな写真を公開。なんでも、現在放送中の主演ドラマ『准教授・高槻彰良の推察』(同)の撮影で茨城県に行った際の写真だそうで、「茨城県の方がトマトの差し入れをしてくださった」とのこと。
 
 軽部真一アナウンサーが「伊野尾くんも差し入れするんでしょ?」と聞くと、伊野尾は小さな声で「そうですね……」とポツリ。すかさず「なんか、あんまりしてないような雰囲気!」と言う軽部アナに、「いや、そんなことないです!」「自分から言うのは恥ずかしいじゃないですか! もちろん(差し入れ)入れてます!」と猛アピールしていた。 
 
 その後放送された「イノ調」では、20代の社長が開発した斬新なサービスを伊野尾が調査。まず取材したのは、水循環型手洗い機「WOSH」を手掛ける会社のCEOで、28歳の前田瑶介氏。水をきれいにする循環器が埋め込まれているため、あらかじめ20リットルの水を入れておけば、水道がなくても500回の手洗いができるという。 
 
 この手洗い機はコロナ禍で需要が増え、現在、多くの商業施設に設置されているとのこと。そんな中、前田氏の趣味が「散歩」で、好物が「ゆで卵」だと知った伊野尾は、「俺もね、散歩も好きだし、ゆで卵も好きだから。まあ、社長になるのも時間の問題かな」となぜか自信満々で、マスク越しにドヤ顔を見せた。 
 
 続いて、隙間バイトサービス「タイミー」を立ち上げた24歳の小川嶺氏を取材。同サービスを使えば簡単にバイトが見つかるということで、伊野尾は「今日ちょっと『イノ調』(の収録は)午前だけでいいかな? 午後は『タイミー』で(募集して)知らないお姉さんとか来てやってるみたいな」と、ズルい活用法を提案。「今なんてマスクしてるから、ルックス指定してしまえば、(視聴者には)わからないんじゃないかな?」とノリノリだった。

 しかしその後、小川氏から“起業を目指す人へのアドバイスとして、「事業って好きじゃないと続かない。それこそ、(伊野尾も)『めざましテレビ』が好きだからやられてると思うんですけど、死んだときに幸せだなって思えるようなものに出会って、それにチャレンジしてほしい」とのメッセージをもらうと、伊野尾の様子は一変。「今、俺が一番胸に刺さりましたよ……。『イノ調』のロケを『タイミー』で誰かにやってもらおうなんていうのは間違いだった!」と反省し、「すみませんでしたー!」と叫んでいた。 
 
 この日の放送にファンからは、「散歩とゆで卵好きだから社長になれる、という理論はさすがに笑った」「そっくりな人がロケやってても、ファンにはすぐバレるよ!」「ボケからオチ回収までが完璧で惚れ直した(笑)」といった声が集まった。 

宮崎ご当地調味料「チキン南蛮の素」をアレンジ活用! スーパーの唐揚げで「南蛮炒め」完成

――日本各地のご当地で愛され続ける、家庭料理の味。北海道から沖縄までそれぞれの地域でロングセラーを誇るローカルな商品を、調味料ソムリエ/野菜ソムリエ・MICHIKOさんが紹介していきます。

宮崎の味:チキン南蛮の素

 今回のご当地シリーズ、故郷は九州「チキン南蛮の素」です。

 チキン南蛮は宮崎県延岡市が発祥なんだとか。鶏肉を揚げて甘酢で仕上げた料理です。ご当地グルメから始まり、現在は全国で楽しまれているメジャーなメニューになりました。

 この「チキン南蛮の素」は鶏肉消費量、日本一を誇る大分県のフンドーキン醤油(株)が作っています。さっぱりとした甘酢が鶏肉にぴったりです。こだわりは、隠し味にトマトペーストを使っていること。トマトの独特の酸味・甘味・旨味を加えることで出汁いらずで、そのまま使えます。洋食にも、中華にも、和食にも合う、特別な甘酢に仕上がっています。

 唐揚げとチキン南蛮の違いって、ご存じですか? 唐揚げは鶏肉に味付けをしたりして小麦粉や片栗粉をつけて揚げたもの、チキン南蛮は鶏肉に小麦粉をつけて溶いた卵にくぐらせて揚げたものです。選ぶ部位にも好みがあるそうです。むね肉はさっぱりと仕上がりヘルシー感もありますが、大分県では老若男女問わず好まれるとか。最近は、むね肉ともも肉を合わせたミックスというものもあり、人気だそうです。あなたのお好みは?

サラダやおひたしにおすすめ! 唐辛子が入ってないからお子様にも◎

 「チキン南蛮の素」は何にでも合う万能調味料です。

 少し甘めの甘酢は、サラダやおひたし、冷奴、焼肉や焼魚、炒め物にサッとかけても、卵かけご飯やお鍋のたれにもよく合い、使い方のバリエーションは豊富。使っている酢は料理をワンランクおいしくしてくれる力があります。

 醤油は淡口と濃口の2種類を使っているので色合いとコクのバランスがとれています。九州の調味料は醤油や味噌も甘いのが定番ですが、砂糖だけでなく、麹の甘さもあります。甘味は旨味とも言われ、昔は高級なぜいたく品の一つでした。疲れた時は、この甘さがホッとしますね。南蛮というとピリ辛の唐辛子を連想しますが、この「チキン南蛮の素」は唐辛子が入っていないのでお子様にも安心です。ピリ辛派は一味唐辛子などプラスするのもおすすめです。 

 コロナ禍、なかなか旅をするのも難しい時期ですが、ご当地調味料「チキン南蛮の素」を食べて、旅行気分を味わってみませんか。これ1本あれば、あなたも料理上手に♪

【チキン南蛮の素】アレンジレシピ:3色野菜と唐揚げの南蛮炒め

 ご飯がすすむ、野菜と肉、酸味と甘みの饗宴!   

【材 料】(2人分) 

唐揚げ(市販)250g、パプリカ(赤・黄)各1/3個、ピーマン 1個、ごま油 小さじ2

(A)チキン南蛮の素 大さじ2、水 大さじ3、片栗粉 小さじ1、

【作り方】
1)フライパンに、ごま油とひと口大に切ったパプリカ、唐揚げを入れて、サッと炒め合わせる。
2)混ぜ合わせた(A)を加えて、弱中火で混ぜながら煮立たせる。
3)器に盛る。

 

【チキン南蛮の素】アレンジレシピ:オイルサーディンとアボカドの南蛮サラダ

 ひと口大に切ったオイルサーディン(1╱2缶)とミニトマト(4個)、アボカド(1╱2個)、水菜(適量)をチキン南蛮の素(大さじ1)で和える。

『キングオブコント2021』ヨシモト∞ホールのメンバーが大活躍! 東京吉本所属の芸人が強い理由

 この秋にTBS系で放送予定の『キングオブコント2021』の決勝進出10組が発表された。ラインナップは、うるとらブギーズ、蛙亭、空気階段、ザ・マミィ、ジェラードン、そいつどいつ、男性ブランコ、ニッポンの社長、ニューヨーク、マヂカルラブリー(50音順)。今年から参加資格を得た即席ユニットは、全組敗退している。

「今回のキングオブコントはとにかく東京吉本勢が強い。特に、渋谷のヨシモ…

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W杯予選、地上波テレビ中継なしの衝撃 今こそ問われる「どのサブスクより高い」NHKの存在意義

 これはテレビの終焉なのか、はたまた日本サッカーの終焉なのか──。

 9月7日(現地時間)、日本代表はW杯最終予選の中国戦に1対0で勝利したが、この試合はテレビで放送されなかった。放映権料が高騰して、アウェー戦に関してテレビ局が手を引き、スポーツ専門の定額制動画配信サービス「DAZN」が放映権を獲得したことからだが、この意味は重い。

 1998年のフランス大会以来…

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Snow Manデビュー後初の全国アリーナツアー決定も…有観客巡りファンが分裂の危機に!?

 2021年1月20日にリリースした3枚目シングル「Grandeur(グランドール)」が、100万枚セールスを突破し、デビュー曲「D.D」から3作連続ミリオンという快挙を達成したSnow Man。

 バラエティ番組などでも活躍が目立つが、今年10月~12月に『Snow Man LIVE TOUR 2021 Mania』を全国7都市34公演で開催との発表があった。

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