新型コロナの影響により、大混乱の中で開会式を迎えた東京オリンピック。国民からは開催に否定的な意見も多かったが、選手たちの活躍に応援の声も多くなり始めている。
「テレビをメインとして、マスコミ全体で今回の東京オリンピックの開催に否定的な報道を行ってきました。批判的な報道のほうが過激にできるので視聴率が取れ、雑誌も売れたからです。ただ、テレビに関しては各局が生中継をする手前、徐々…
新型コロナの影響により、大混乱の中で開会式を迎えた東京オリンピック。国民からは開催に否定的な意見も多かったが、選手たちの活躍に応援の声も多くなり始めている。
「テレビをメインとして、マスコミ全体で今回の東京オリンピックの開催に否定的な報道を行ってきました。批判的な報道のほうが過激にできるので視聴率が取れ、雑誌も売れたからです。ただ、テレビに関しては各局が生中継をする手前、徐々…
熱愛スキャンダルとなるのだろうかーー。
2019年公開され大ヒットを記録した『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』の続編で完結編となる『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』が9月6日に公開される。
主演するKing & Prince・平野紫耀とヒロインの橋本環奈は連日番宣に大忙しだが、7月22日にVTR出演した情報番組『はやドキ!』(TB…
下世話、醜聞、スキャンダル――。長く女性の“欲望”に応えてきた女性週刊誌を、伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ぶった斬る!
感染拡大が止まらなくても、緊急事態宣言が出続けていても、差別主義者が跋扈するなど不祥事が続出しても、それでも無理やり開催された東京五輪。少し前には、そんな状況に少々とはいえ疑問や苦言を呈していたメディアも一転、メダルが取れるたびに大はしゃぎ。臆面なさすぎ――。
第562回(7/22〜7/27発売号より)
1位「篠原涼子 子供2人の親権を72歳夫へ! 丸投げ離婚『決断の夜』目撃撮」(「女性自身」8月10日号)
2位 他にも続々! 女性週刊誌に溢れる離婚ネタ(鈴木保奈美 福原愛 小林麻耶 熊田曜子など)
3位「デタラメ五輪全舞台裏 追跡ワイド」(「女性自身」8月3日号)
※「女性セブン」は合併号休み
今週は“丸投げ”ときましたか。先週、共同親権を選択し、2人の子どもとは別に暮らしている福原愛に対して、「子供はポイッ」というひどいタイトルをつけた「女性セブン」記事を紹介したが、それに続き今度は「女性自身」が親権を持たずに離婚した篠原涼子を「丸投げ離婚」と揶揄、批判する記事を掲載している。どいつもこいつも、だ。
確かに篠原涼子と市村正親の離婚にはびっくりしたが、芸能マスコミからしたら既定の事実だった。昨年から別居報道があり、離婚が取りざたされていたから。そして満を持したように7月24日に離婚を公表した2人。でも芸能マスコミ的には意外なことがあった。それが、2人の子どもの親権を母親の篠原ではなく父親の市村が持つということだ。
よって記事では、親権を手放した篠原への批判が展開される。
「2人の子供が成長するにつれて、篠原さんの“夜遊び”が目撃されるように」
「夜にカラオケに行くなど改まる様子はなく」
「子供の面倒は市村さんとほぼ住み込みで世話をしてくれる家政婦さん任せ」
「一人で過ごす時間は想像以上に快適だった」
ってな調子。うんざりするしかないが、これが日本の現状だ。そもそも前提として、子育てを母親だけが負担するという考えがこの国にはある。そのうえで、離婚という事態になり、母親が親権を持たず、子どもと離れて暮らす決心をすれば、もう大変。「母親失格」「子どもをポイッ」「丸投げ」ときたもんだ。
これが逆だったら、同様のバッシングはもちろん起こらないだろう。それどころか養育費を払わない父親は数多く(厚労省の全国ひとり親世帯等調査では養育費を継続的に受け取る母子家庭はわずか24%!)、しかも、この問題は長く放置された。そして昨年2020年にやっと刑事罰が課せられるよう法改正が行われたばかりというのが現実にもかかわらず、だ。
批判は、いつも女性の側ばかり。つまり、母性は女性の本能であり尊い、子どもは母親と一緒にいるべき、という価値観からの不条理なバッシング。一旦その価値観を破るようなことがあれば、“母親より仕事を取った”などと女性が批判にさらされる。しかも問題なのは、男性からの批判だけでなく、同じ女性からの批判も多いケースが多々見受けられること。その結果、女性たちが社会から疎外され、社会進出を拒まれているにもかかわらず、だ。
うんざり、うんざり。だが、今週の女性週刊誌は、篠原・市村夫妻の離婚だけでなく、離婚ネタが満載だった。それら記事でも“親権”が話題になっていることが多くて――。
まず「週刊女性」では、「『母より女優』の価値観」と題して篠原の離婚を取り上げ、「女性自身」同様に親権を手放した篠原を批判している。さらに同誌では福原愛の離婚も取り上げられている。
その切り口は、福原は日本で悠々自適、一方、子どもたちと台湾のマンションで暮らす元夫は暮らし慣れた高級マンションを立ち退いたというもの。夫の収入では福原の持つ50%の所有権を買い取れないからだとか。もちろんあからさまではないが、福原を“いかがなものか”と苦言を呈したもの。
そして熊田曜子。こちらは、ほかとは少々変わっているが、いろんな示唆に飛んだものだったので少々内容を紹介したい。
記事によれば現在、熊田と夫は親権をめぐり、代理人を通じて話を進めている状況だという。というのも双方、是が非でも親権を取りたいという事情があるらしい。夫は「週女」の取材に対し、こんな証言をした。
「以前から、彼女の代理人を通して、“(暴行の)被害届の取り下げを条件に、親権を渡してほしい”という要求があったんです」
そして、そこまでする熊田側の理由を説明しているのだが、これがなかなか興味深い。
「彼女のイメージは下落の一途。そのうえ、親権まで取られたら“ママタレ”どころかタレント生命も終わってしまいかねない」
これは芸能プロ関係者による匿名のコメントだが、“親権”について世間や仕事関係者がどう考えているのかがよくわかる。熊田本人が本当にそう考えているかはともかく、親権を失った母親に対し世間の目はあまりに冷たい。イメージも最悪。仕事を失うほどに、ということだろう。本当に不条理だし、おかしな話だが、悲しいかな現在の日本の価値観が露呈したひとつの現実だ。
ほかにも小林麻耶の離婚ネタ(週女)や、「女性自身」でも篠原離婚だけでなく鈴木保奈美と石橋貴明の離婚が取り上げられていたが、こちらは親権にはあまり関係がなかった。ともあれ、離婚ネタばかりが満載だった今週の女性週刊誌である。
ついに始まってしまった東京五輪。メダルが取れるたびにメディアは大はしゃぎの中、「女性自身」は違った。タイトルからして「デタラメ五輪」、素敵です。そして中身も素敵。バッハ会長の警護費用人件費だけで1億円(日本国民の税金)、海外からの五輪関係者の路上飲みの現場などがレポートされている。引き続き五輪の“あきれた舞台裏”レポート、よろしくお願いします。
5月15日、川崎市アートセンターで「日本映画大学学生企画上映会 手紙と映画~拝啓、スクリーンの前のあなたへ」が開催され、『自由が丘で』(2014年 ホン・サンス監督 韓国)上映後のトークに『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』(駒草出版)の著者、西森路代さん、ハン・トンヒョンさんが登壇しました。本の中では詳しく触れていなかったホン・サンス監督の作品について、ありきたりなイメージにとらわれず、それぞれの感覚で捉えた読みや解釈を語り合っています。読む方によっては、ホン・サンス作品に対するイメージが変わったり、新たな気づきがありそうな内容です。
(※本稿の初出は「日本映画大学 学生企画上映会 「手紙と映画」 トーク」(駒草出版note)です。転載にあたり一部修正を加えています)
西森路代(にしもり・みちよ)
1972年、愛媛県生まれのライター。大学卒業後は地元テレビ局に勤め、30 歳で上京。東京では派遣社員や編集プロダクション勤務、ラジオディレクターなどを経てフリーランスに。香港、台湾、韓国、日本のエンターテインメントについて執筆している。数々のドラマ評などを執筆していた実績から、2016 年から4 年間、ギャラクシー賞の委員を務めた。著書に『K-POP がアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK 出版)など。Twitter:@mijiyooon
ハン・トンヒョン(韓東賢)
1968年、東京生まれ。日本映画大学准教授(社会学)。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンを中心とした日本の多文化状況。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006)、『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』(共著,勁草書房,2017)、『平成史【完全版】』(共著,河出書房新社,2019)など。Twitter:@h_hyonee
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ホン・サンス監督の2014年作『自由が丘で』を観て
ハン 私と西森さんは、映画については気楽な感じでいつも話していて、最近は本まで出してしまったんですけど。で、実はこの本の中ではホン・サンスって扱われていないんです。
西森 そうですよね。
ハン なんでかな……? たまたまそういう企画がなかったからか。私はホン・サンスのことは別の方とは何度かトークしたこともあるのですけど……。
この本の中では、私がシネフィルや映画の専門家というわけではないということもあって、割とシンプルな社会反映論というか、世の中の変化とか韓国や日本の変化と映画を結び付けて話している感じで。そういう意味ではホン・サンスって、社会を反映した作品を撮る監督ではないとよく言われているのですが、まあそういう部分はあるのかな、と一応は思っていて。
西森 私も、昔は「そうじゃない」ほうの監督だと思ってたんですけど、最近の作品を見て少し振り返ってみると、「そうじゃない」ほうの監督ではないかもしれないと思うようになってきましたね。今日お話しする『自由が丘で』(2014年 ホン・サンス監督 韓国)についても、映画の中では、「JIYUGAOKA8丁目」っていうお店が出てくるだけなのに、『自由が丘で』ってタイトルにしたのはなんでだろうな、って考えたり。そういうタイトルに、意味がないようであるんだろうなって感じてきました。韓国の人は、日本の「新宿」や「渋谷」じゃなくて、「代官山」や「自由が丘」みたいな部分が気になってるんだなって。町の性質として。
あと、この映画って、時系列がバラバラになる話なので、どこを最後の時系列だと解釈するかによって、ハッピーなものになったり、悲しいものになったりするなと思って。最初観た時は、ハッピーエンドだと思ってたんです。
ハン 最初観た時って、2014年?
西森 はい。その時はそんなに悲しいって思ってなかったんですけど。
ハン えっ、私悲しいって全然思ってなかったから気になる。どこが悲しい?
西森 それには、今年公開の『逃げた女』(2020年 ホン・サンス監督 韓国)を見たこととか、『夜の浜辺でひとり』(2017年 ホン・サンス監督 韓国)を観たことが関係していて。
ハン 『夜の浜辺でひとり』は、2017年の作品ですね。
西森 『自由が丘で』を2014年に見たときは、当時のホン・サンスの映画と同様で、登場人物がああでもない、こうでもないと与太話をしてるっていう空気感の映画だと思ってたんです。でも、その後のホン・サンスって、だんだんと、ちょっと重めの愛の話とかになってくるじゃないですか。それが孤独の話とかになっていくんですよね。
ハン ああ。
西森 それを経て、『自由が丘で』をまた観てみたら、結構そっち寄り、愛や孤独の話に見ちゃったっていう感じがあって。
ハン たとえばどういう?
西森 『夜の浜辺でひとり』って本当に孤独の話だと思うんですけど。キム・ミニ演じる主人公が夢が覚めた時にひとりを実感してしまう感じがあって。夢から覚めた後の悲しさがすごいんですよ。
ハン だとしたら、その視点で『自由が丘で』を観ると、この映画は、今日の「手紙と映画」ってテーマにも関わってくるけど、手紙の再現だったわけですよね、あれって。加瀬亮演じるモリからの手紙を恋人のクォンが読んでいるときに落としてバラバラになってしまって、そのバラバラになってしまった時系列に沿って再現されている設定になっているのですが、どこかで手紙が終わっているんだけど、どこが終わりかわからないってことで、もしかするとそこが悲しく感じられたってことかな? 最後、クォンと再会できてさ、でもあれは私、現実かどうかもわからないと思っていて。
西森 そうなんですよ。そこも含めて、どこが現実で、どこが現実じゃないかどうかもわからないふわふわした感覚があると思ってて。しかもなぜ私が『自由が丘』を見たときに、夢から覚めた後のことを重ねてしまったかっていうと、『夜の浜辺でひとり』の最後のシーンは、キム・ミニ演じる主人公が夢から覚めたところで終わるんですけど、『自由が丘で』も同じで、最後のシーンで加瀬亮は寝てて、目覚めたところで終わるんですよ。って考えると、『自由が丘で』での時系列はバラバラなので、そのひとつ前のシーンはハッピーなエンディングのように見えて、実は夢であるとも思えてくるわけなんです。
ハン 手紙の中が夢だってことですよね。
西森 そうです。手紙の中の一部分が夢のようにも見えるという。『夜の浜辺でひとり』を見たあとに、そういう風に考えてみてしまった、っていうことです。で、クォンは手紙落としたときに、一枚は拾えてないんですよね。それとかもすごく気になりました。
ハン うんうん、なるほどね。だから、ピースを埋め合わせるのが、埋め合わせになってなくてむしろ欠落っていうか。手紙に書いていたことも本当かどうかわからないわけで。もちろん映画そのものがフィクションなんですけど、もうちょっと、本当でないかもしれないという二重性みたいな話ですよね、たぶん今の話って。
実はノンポリではない⁈
ハン ちなみにホン・サンスってめちゃくちゃ多作な人で、年に1本くらい作っている。2014年が『自由が丘で』で、次の年の『正しい日 間違えた日』(2015年 ホン・サンス監督 韓国)がキム・ミニが初めて出た作品で、そこからが「キム・ミニ以降」っていう新しいフェーズに入っていくんですけど。
そういう中で、『自由が丘で』って、特異とまでは言わないけど、ホン・サンスのフィルモグラフィーの中では面白い位置にいる作品だと思っていて。いっぱい作っている中で、まずは唯一日本人が出ている作品です。で、ホン・サンスって一般的な評価としては、さっきも少し話しましたが、いわゆる韓国映画的な社会性とか政治性がない監督だと言われているのですが、改めて観てみると、そうだろうかと思う疑問があって。
西森 そうですね。
ハン 『自由が丘で』を最初に観た時は、むしろものすごくそういうことを感じていました。2014年というのは、当時の李明博大統領が2012年に日本で言う竹島、韓国で言う独島に上陸したことを機に、日韓関係がものすごく悪かった時期なんですね。そんな時期に日本人俳優が出ているということ。あと、声高には言わないけれど、でもはっきりセリフでありますよね。ユン・ヨジョンが演じている宿の主人が、人種的なステレオタイプみたいなことというか、日本人は礼儀正しくて、っていうのを二回繰り返すんですが、最初に言った時に、加瀬亮扮するモリは「そういうことじゃない、韓国人だっていろんな人がいるでしょ」と返すんです。
西森 そうですね。モリが「でも、礼儀正しくて清潔だからという理由で、誰かを愛したり、尊敬したりしません」って言うんですよね。よく、海外の人は日本の人のことを、「礼儀正しい」と褒めてくれるけれど、そんなことで我々が喜んでいてはいけないというか。そういう礼儀正しくて、ぱっと見、人を「不快にさせない」ことが、人とつきあうときに重要なことではないんだなっていうことを、最近すごく思うので。それって、単にうわっつらなんですよね。
ハン そうですね。一見ほめているようだけどステレオタイプな決めつけだし、ホン・サンスお得意の「反復」を使うことでそう思わせる効果が増している。しかもそれを韓国人側にやらせ、日本人が否定するという構図。くどいようだけどあの時期に韓国人監督が韓国映画でそれをやるっていう。
もうひとつ、英語っていうのもポイントだと思っていて。韓国人が英語をしゃべり、日本人も英語をしゃべり、アメリカ人が韓国語をしゃべっていたりとかするんです。全員がネイティブではない言葉でコミュニケーションしているというのも、なんかすごく、ステレオタイプみたいなものから離れようとしているというか。フラットさを目指しているというか。加瀬亮の言動とかも、日本語だったら言わないようなことを言っているようにも見えて。クレームをつけたりだとかね。宿の主人が自分の身内にだけ朝食を出すことに怒るところとか(笑)。
西森 あと、モリが韓国で語学学校の教師をしていたのに、同僚の教師と喧嘩して学校をやめてるとかって、外国でそんなことをしたらトラブルメーカーだと思われちゃうんじゃないかって思うけど、この映画の中では、そういう気持ちを隠している人よりも、思ったことを言う、ある種の日本人のステレオタイプからかけ離れた人を加瀬亮が演じていましたよね。
ハン そうそう。みんなが英語を話していることで、韓国人もある意味韓国人っぽくないし、日本人も日本人っぽくない。英語だからあまり難しい話はできないけど、お酒飲んだりしてなんとなくコミュニケーションしていて、仲よくなったりセックスもしちゃったりしているという。こういうグダグダな感じ自体はホン・サンスのいつものフォーマットなんだけど、なんか私はメッセージみたいなものを感じて。
西森 私、日本の人の特異性みたいなことを考えたんです。言いたいことを言えずににこにこして、何を考えているのかわからない、っていうのはありそうだから。でも日本の外の人から見ると、怒りというか、腹立ったりしたときにそのまま言うというのは気持ちいいとされるんだな、と思いながら見ちゃいましたね。
ハン うん、西森さんも英語、がんばったらいいんじゃない?(笑)
西森 言語の問題もあるけど、それ以上に、日本の中での気持ち悪さっていうものが最近気になっていて、中からも見直したほうがいいんじゃないかと思っていて。まあ「おもてなし」とかもそうなんですけど。
ハン 2008年の『アバンチュールはパリで』っていう作品があって。韓国語のタイトルは全く違っていて、原題は、直訳すると『夜と昼』。まあパリなんですが、浮気したり、男女がなんやかんやしているっていうパリである必然性はあまりないような映画なんですが、そこに「北朝鮮の人」が出てくるんですよ。北朝鮮からフランスに留学している、という設定で。で、その頃も、南北関係が悪かった時期なんですよ。まあちょっと後付けで言っているようなところもあるけれど、2006年に北朝鮮が初の核実験をして、その2年後なんですよね。そんな時期に北朝鮮からの留学生役を映画に登場させたのも、ちょいちょいちゃんと時代に寄り添うというか、問いかけというと大げさだけど意味はあるのかな、って思ったんですよ。
西森 そうですね、時代時代で、意外と、そのときの感覚が反映されてるんじゃないかってことが、後になってわかる感じはありますね。
ハン キム・ミニが最初に出たのは2015年の『正しい日 間違えた日』で、その2本後が2017年の『夜の浜辺でひとり』で。それ以降は女しか出なくなるという。
西森 男性がしゃべってる映画ばかりだったのに。
ハン そしで2020年の『逃げた女』は、女しか出てません(笑)。監督とキム・ミニとの個人的な関係というのもあると同時に、やはり韓国だけではないですけど、2016年以降のフェミニズムの盛り上がりみたいなものもあって。なんかそこへの、ホン・サンスなりの何かなのかな、というか……。
西森 そうですね。しかもそれが今の時代に共有されているフェミニズムの解釈ともまた違う感じがあるのが。
ハン そうそうそう。
西森 それが面白いんですよね。
ハン 自分のフォーマットでやっているだけなんだけど、そういうかたちで時代性が反映されているというような気がして。で、中期ぐらいの作品は大体情けない男の話を……というか、情けない男が出てくる。でも最近の何作かは、情けない男は出てこない。情けない男や変な男がいたよねっていうエピソードを女たちが話しているだけで、もはや男が出なくなってきている。
ズームアップ、とぼけた味、噛み合わない会話……ホン・サンス作品の魅力
西森 『逃げた女』の話になるんですけど、この映画って、キム・ミニ演じるガミが3人の女性のところに行く話しなんですが、その3人のところを訪れる間に必ず山のズームアップがあるのはめっちゃ面白くないですか(笑)? なぜこんなに山を……(笑)。
ハン 山だよね(笑)。
西森 毎回毎回山をズームアップするんですよ、どこかから。なんかそれが、どういう意味なんだろうなって思って(笑)。
ハン たぶんあんまり意味はないと思う。
西森 え、でもちょっと意味があると思うんですよ。あんなに毎回ズームアップするんですよ。いろんな周辺の町から、真ん中にある山をいろんなところからズームアップするというのは……。
ハン 3つのパートを結びつけるのりしろみたいな効果とか、そういう気がするけど。みんな疲れて逃げてるっていうことかな? 都会から(笑)。
西森 私は山って、エピソードとしてしか出てこない男性みたいだなと思って。それってガミの夫かもしれないし、なにか彼女たちをつなぐ存在としての不在の男性と山が重なってるのかなと思うと、なんかそのズームされる妙な山の存在感の滑稽さが際立ってしまって笑えるというか。
ハン なるほど……。どうですかね? 皆さん観て、判断してみてください。
西森 でもほんと笑えるんですよ、その山が。
ハン でも基本的にさ、ホン・サンスのズームって笑えるじゃん? 映画祭とかで評価されてるし、ホン・サンスの映画って、気取った映画だと思われてるじゃないですか、割と。すごく映画好きとか、映画マニアの人が凄い、凄いって言ってて。何が起きているのかよくわかんないけど、すげえっていう風に言われている系の映画じゃない?
西森 そうなんですよね。
ハン なんかあのズームって、そうじゃないよ、って言ってくれている感じというか。笑っていいんだよ、っていうか。
西森 わかります。別に映像自体がおしゃれな感じとかでもないんですよね。ズームがそれを物語っていて。
ハン うん、私、あのズームにすごく愛を感じるんですよね。ほっとするというか。難しく観ないでいいよ、と言ってくれているような。あのズーム、超ラブです。ホン・サンスのズーム大好きです。
西森 私は初めて観た(ホン・サンス作品)のが『3人のアンヌ』だったので、けっこう気取った映画っていうイメージを持たずに済みました。
ハン あれもめちゃくちゃ面白いですよね。
西森 なんかずっと笑ってたんですよね、ずっとすっとぼけてて。
ハン とぼけてて、コントみたいですよね。この時期の作品、全部コントみたいだったような。2010年の『ハハハ』とか。
西森 『逃げた女』も暗い感じにはなってくるけど、笑えるところは笑える。
ハン うん、そうですね。
西森 だから『自由が丘で』も、ずっと面白かったですね。モリが、宿の主人の身内で宿に住まわせてもらってる男性が昼過ぎに朝食を出してもらってることを「ズルい!」って文句を言ったりもしてて、笑えるんですよね。だってあんな文句言ったら、居づらくなっちゃうじゃないですか、宿に。しかも、本人が食べてるところで。でも、思ったことは言っちゃう。
ハン うん、そのやり取りの最中、ずっと本人の背中が見えてますよね。俺がいるところでそんな話するなって彼は言ってましたけど。
西森 その後、モリも「食べる?」ってユン・ヨジョンさん演じる主人にも気を使われてて。
ハン その後、その男性とも仲良く飲みに行ってましたしね。でもだから、日韓関係って言うとちょっと重くなっちゃうかもしれないけど、異文化コミュニケーションってあんな感じでいいんだよ、っていうか。
西森 全部が全部、相手に気を使いまくらなくてもいいんだっていうか。本心じゃなかったら、そっちのほうが気持ち悪いよっていう。
ハン そんなにうまくない英語でもいいし。私、2014年の公開当時、雑誌にこの映画の短いレビューを書いたんですけど、まあそんなこととともに、今この国にはこういう映画が必要って書いたら、編集に「この国ってどういうことですか?」って指摘されて若干険悪な感じになったんだけど、そういう空気も含め、日韓関係や嫌韓みたいなものも念頭に起きつつ、西森さんがさっき言ったことと近いというか、みんな、加瀬亮みたいな感じでいいんじゃない?というか。そういうのが必要というか。
西森 うん、割と好きに何か言って、それを引きずらない感じがいいですよね。そうありたい。
ハン 人の記憶なんて断片的なものなので。とはいえ個人と個人ではなく国と国だと忘れちゃいけないことはあるけどね。
西森 でもそれって、この国で生きているとすごく難しくて。私、ハンさんと『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』を作ってみて、やっぱり食い違う意見があるときも、それを率直に言い合うっていうのは、私たちにはできたけれど、相手によってはものすごく難しいことだなと思って。食い違うことを言い合って険悪にならないっていうのはホントに難しくて……。会場の皆さん、めっちゃうなずいているけど(笑)。この本の中にも会議のことも出てきますけど。流れと逆のことを言うと、「その意見の持ち主を悪く言ってるみたいになるからやめましょう」って空気になっちゃうから。だから本当に難しいんだけど、それ故にホン・サンスのこの映画とか観ていると、そんなに難しいことじゃないんじゃないの、って思えるからいいですよね。
ハン そうそうそう。すごく元気出ます。私昨日、具合悪かったんですけど、今日久しぶりに見て元気になりました。
西森 うん、でも、具合悪くなるとか、空気悪くなるとかっていうことに、そういうのって、思ってることを言えない空気とすごく関係してると思うんですよ。思ってることを言えないけど、変に気を回したり、でも、それがバレているから、向こうも無駄に気を使ったり。そういうことがエネルギーを食ってると思うし。今の社会をみても、組織が失敗するのも、まわりまわって関係あると思うんですよ。
ハン 『自由が丘で』って、今こそ公開したらいい映画なのかも。
西森 そうかもしれないですね。結局、私たちの本とホン・サンスの共通点は、噛み合わない会話は……噛み合わないとまでは言わないですが、違うこと言ってる会話でも、違うままでも続けた方がいい、っていうことかと思うんですよ。
ハン なるほど。
西森 違ってもいいんですよっていうか、だって『逃げた女』だって、全然噛み合ってないんですよ。噛み合うことだけが会話じゃないって思える。
ハン うん、それはちょっとわかる気がするな。だって『自由が丘で』の登場人物たち、みんな楽しそうだったと思いませんか? 噛み合ってないのに。
西森 そう、噛み合ってないのに。
ハン 噛み合ってないし、お互い好きかどうかもわからないという(笑)。なんとなくそこに居て。なんか、お酒飲んでればいいというか。まあお酒でいいのかってのはちょっと別の問題もあるかもしれないけど。
西森 時々ケンカもしながら。この映画で、モリが泊まってる宿に住んでる男性、朝食を食べてて文句言われてたサンウォンと、彼の友人の白人男性と三人で居酒屋で酒を飲んでるシーンがあるんですけど、その白人の男性が何度かグラスを持って自分で飲もうとしてるのか、もしくは乾杯しようとしてる感じなんだけど、3人のタイミングが合わないみたいなこともすごく面白くて。別にタイミングが合うことだけじゃないんだよ、っていう気がしてます。
ハン してます。私たちの会話もこう、断片的なというか……(笑)。
西森 最近は、テレビでも、事前にアンケートとって予定調和でやる話とかは見ててつまんなくなってきたし。偶発性とかなにがおこるかわからないほうがいいなって思うんですよね。
ハン ホン・サンスもそういう監督ですからね。人が一緒に居ることでなにがおこるかっていうことなんですよね、おそらく。最近はさらに省略されてミニマムになってきているように思うし、今日話したような部分も、意図的なのかどうかわからないけど、でもまあとりあえずそこが面白い、とは思っています。
(2021年5月15日 川崎市アートセンターにて)
(構成/西森路代)
※イベント当日(2021年5月15日)の書き起こしを元に、西森さん、ハンさんが加筆・修正等を加えたものを掲載しています。
『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』(駒草出版)
『韓国映画・ドラマ――わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』
四六判/並製 284ページ
ISBN 978-4-909646-37-8
定価(税込み) 1,870円(税込)
テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(7月18~24日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。
言わずと知れた昨年の『キングオブコント』(TBS系)チャンピオン。後藤俊平と福徳秀介から成るジャルジャルが、21日の『お笑い実力刃』(テレビ朝日系…
さまざまな言動を通じて女性へ力強いエールを送り続けている歌手のP!NK(41)。そんな彼女が、試合出場に際しビキニボトムではなく、ショートパンツを着用したとして1,500ユーロ(約20万円)の罰金を科せられたノルウェーの女子ビーチハンドボールチームを支持するとTwitterで表明。罰金を肩代わりしたいとオファーした。
同チームは、7月19日に開催された欧州選手権の試合にショートパンツで出場。男子選手はゆるゆるのトップにショートパンツ着用なのに、女子選手は“ぴっちりしたトップス”に“横幅10cm以下のビキニボトム”との規定に抗議したもので、欧州ハンドボール連盟は服装規定違反として選手1人当たり150ユーロ、合計1,500ユーロの罰金を科した。
P!NKは現地時間24日、「セクシスト(性差別主義者)的なユニフォーム・ルールに抗議したノルウェーの女子ビーチハンドボールチームを心から誇りに思う。罰金を払わなければならないのは、性差別している連盟のほうだ」と、ところどころ大文字で強調しながらツイート。
「みなさん、よくやったわ。私は、みなさんのためなら喜んで罰金を払いたい。その調子でがんばって!」とエールを送った。
ビーチバレーやビーチハンドボールなどの競技で、女子選手にビキニ着用が強要されていることに反発する選手は多く、数年前から議論を呼んでいる。フェミニスト団体からも強い非難を受けており、イスラム圏の女子選手に対しては全身を覆うユニフォームでのプレーが許されているが、欧州では今もビキニが絶対。
砂の上で行う競技のためビキニが最も機能的だという意見もあるが、男子選手にはビキニ着用を強要していないため、「ビキニをはけというのは、女子選手を性的対象として扱っているから。性的画像被害も多いのに」などと反発は強まっている。
陸上や水泳、体操の女子選手たちも、バストや股間にピントを合わせて「性的な意図をもって写真を撮影される」という被害に多く遭っており、現在開催されている東京五輪では性的ハラスメント目的での撮影禁止を発表。25日に行われた体操の予選では、ドイツの女性選手が、レオタードではなく、長袖長ズボンのユニタードで出場。「好きなものを着られるようになるべき」と主張し、話題になっている。
P!NKは2017年のMTVビデオ・ミュージック・アワードでマイケル・ジャクソン・ビデオ・ヴァンガード賞を受賞した際、当時6歳だった娘の悩みを話を引き合いに出しながら、外見をとやかく言われがちな女性に対して、「そういう人たちが変われるよう、私たちが助けてあげよう。彼らがもっといろいろな美の価値観を知ることができるように」と発言。パワフルなフェミニストスピーチだと高く評価された。
現在放送中の二階堂ふみ主演のTBS火曜ドラマ『プロミス・シンデレラ』。7月20日に放送された第2話の世帯平均視聴率は7.8%、個人視聴率は4.2%(関東地区・ビデオリサーチ調べ/以下同)で、いずれも初回放送(世帯7.9%、個人4.4%)から微減となった。
『プロミス・シンデレラ』は、小学館の漫画雑誌アプリ「マンガワン」で連載中の橘オレコ氏の同名漫画が原作。バツイチアラサーの…
東京五輪に出場中の競泳・瀬戸大也のコメントに対し、「言葉選びが危うい」「また発言で失敗しそう」といった指摘がネット上で相次いでいる。
7月24日に出場した競泳男子400メートル個人メドレーの予選では、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎまでは1位だったものの、最後の自由形ではラスト50メートルで5人に抜かれてしまった瀬戸。予選終了後、ペース配分を見誤ったことについて「読み、めちゃくちゃ間違えました」「(ほかのレーンの選手たち)頑張ってるなって。自分は追いかけなくていいやと思っていました」と反省を口にしていたが……。
「ネット上では、『その考え方が傲慢』『ほかの選手のことを舐めてたってこと?』などと厳しい声が飛び交いました。これを受け、26日に出場した200メートルバタフライの予選終了後のインタビューでは、24日の個人メドレー予選敗退について『流したという表現になるけど、(体力温存のため)余力を持って予選を泳ぐのが自分の戦い方』と弁明したほか、自身がネットで叩かれていることについて『ネットでいろいろなことを言われてむかつきますけど、パワーに変えたい』とコメントしました。ネットで批判的な声が多いのは、不倫報道のイメージがいまだ拭えないからでしょう」(芸能ライター)
2017年5月に元飛び込み日本代表の馬淵優佳と結婚し、2児をもうけた瀬戸だが、昨年9月発売の「週刊新潮」(新潮社)でCA女性との“白昼ラブホ不倫”が発覚。その後、複数の女性と関係を持っていたことも明らかとなり、一時は五輪出場が危ぶまれるほどの大バッシングに遭った。
「当時の瀬戸は『奥さんがかわいそう。最低!』『選手として応援する気になれない』などと、ネット上で“袋叩き状態”になっていました。今回、そのときの怒りを思い出した人も多いようで、予選敗退後のコメントに関しても『女の尻は追いかけるのに、ほかの選手のことは追いかけないのか』と揶揄する声や、『なんでもかんでも脇が甘いな』と批判の声が上がるなど、散々な言われようです」(同)
一方、妻の馬淵は、26日に出演した情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)で夫の敗因を分析しつつ、「そもそもオリンピックに出られるってこと自体がすごいこと」と謙虚にコメント。加えて、「まだまだオリンピック始まったばかりで、これからいろんな選手が闘っていくので、SNSのほうでも温かい声援で選手たちを応援してほしい」と訴えていた。
「不倫騒動後も瀬戸を献身的に支える馬淵ですが、瀬戸の発言が再びネットを騒がせたことで、『優佳さんがかわいそう』『奥さんのためにも、言動には気を付けてほしい』と同情的な声も。27日に行われた200メートルバタフライ準決勝では、全体11位で残念ながら決勝進出を逃してしまった瀬戸ですが、28日に出場する200メートル個人メドレーの予選では、優佳さんのためにも実力を発揮してほしいところです」(同)
不貞行為によるイメージダウンがあらためて明るみとなっている瀬戸。バッシングの引き金となるような言動には、これまで以上に注意を払うべきかもしれない。
16日にとんねるずの石橋貴明のユーチューブチャンネル『貴ちゃんねるず』で離婚を発表した石橋貴明と女優の鈴木保奈美。その2日後の18日、石橋がパーソナリティーを務めるTBSラジオ『日本生命 presents 石橋貴明のGATE7』が放送されたが、事前収録のため離婚については触れず。25日以降の放送で離婚について言及するかが注目された。
「今回の離婚劇ですっかり“悪者”になってし…
7月27日放送の『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)で、同局局員でレギュラーコメンテーターの玉川徹氏が、同番組を手放しで褒めたことが話題となっている。
昨日26日夜に行われた東京オリンピックの卓球「男女混合ダブルス」で、日本卓球史上初の金メダルを獲得した水谷隼・伊藤美誠ペア。番組では、そんな2人ののルーツを取材した。
静岡・磐田市出身で、同じ小学校に通っていたご近所さんでもある2人は、同じ卓球クラブで切磋琢磨した幼なじみでもある。番組では、8歳のころの伊藤がテレビ取材に応じていた映像を放送。「隼くんみたいにオリンピックに出て、全日本でも3回くらい優勝できるようにしたいです」と語る内容で、水谷も「将来の全日本チャンピオンがここにいます」と、“妹”を誇らしげに紹介していた。
スタジオでは、水谷・伊藤ペアの快挙について、コメンテーターの長嶋一茂を中心に、MCの羽鳥慎一やコメンテーター・菊間千乃が大盛り上がり。しかし、玉川氏はスポーツの話題には疎いのか、一人だけ蚊帳の外で無言状態。羽鳥もそれを知っているのか、同氏に話を振ったのは、番組開始から約40分後のことだった。
「羽鳥から『どうですか。玉川さん、卓球は?』と聞かれた玉川氏は、『僕、寝る前に興奮すると寝られなくなっちゃうので、(試合を)見てないんですけど』と前置きしたうえで、『でも、モーニングショーいいね。こうやってストーリーも含めて子どものころから含めて全部見れるから』と番組を絶賛。さらに『よくできていると思う、この番組は』と、持ち上げたのです」(芸能ライター)
玉川氏の「見てない」発言について、視聴者からは「正直なコメントに好感を持つ」「見てないとはっきり言い切るとは、嘘がない」と感心する声が上がったが、一方で、自局の番組を称えたことに対しては「自画自賛するか?」「まさかの番組アゲ」「何に対するコメントだよ」との意見も。さらには、「選手の背景はほかの番組でも伝えてるし、何年も前からある手法」との指摘も寄せられた。
また玉川氏といえば、番組内で五輪中止を主張していた人物だけに、「今からでも中止にしたいのか、したくないのかハッキリさせないとな」というコメントや、五輪の報道を評価したことについて「手のひら返しか?」との批判も見受けられる。
まだ始まったばかりの東京五輪。玉川氏がVTR内容ではなく、競技にコメントすることはあるのだろうか?
(村上春虎)
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