テレビ朝日系ニュース番組『報道ステーション』のリニューアルが話題を集めている――。
『報ステ』は今秋の改編により10月から元NHKの大越健介氏がメインキャスターを務めることが明らかになった。テレ朝関係者はこう語る。
「東大出身で大学時代は野球部に入部していた大越さんはNNK入局後、橋本龍太郎氏の番記者を務めるなど政治記者として活躍。その後、米ワシントン支局長な…
テレビ朝日系ニュース番組『報道ステーション』のリニューアルが話題を集めている――。
『報ステ』は今秋の改編により10月から元NHKの大越健介氏がメインキャスターを務めることが明らかになった。テレ朝関係者はこう語る。
「東大出身で大学時代は野球部に入部していた大越さんはNNK入局後、橋本龍太郎氏の番記者を務めるなど政治記者として活躍。その後、米ワシントン支局長な…
食べ物関連の企画も多く、「メンバーがもぐもぐ食べてる姿がかわいい」「みんな、本当においしそうに食べるね」という声が集まっているYouTubeチャンネル「ジャニーズJr.チャンネル」。7月11日に配信された動画「HiHi Jets【食い尽くせ】じゃがいも50個食べてみた」では、HiHi Jetsの“シェフ橋本”こと橋本涼がふかし芋やフライドポテト、ポテトチヂミなど、さまざまなポテト料理を作っては、それをメンバーがひたすら食べ続けていました。
また、ポテトチップスを作るシーンでは、電子レンジを使った“揚げないポテトチップス”を調理。メンバーが心地良い“パリパリ音”をたてながら次々と口に運び、「音が良い」「野菜チップスみたいな(食感)」とおいしそうに食べていました。
というわけで、“シェフ橋本”も注目の“揚げないポテトチップス”が作れる日本製のスライサー付きチップスメーカー「チンしてチップス」(曙産業)を【3名様】にプレゼントいたします。安全なホルダー付きのスライサーで好きな野菜をスライスし、チップスメーカーに並べてチンするだけ。じゃがいものほか、かぼちゃ、れんこんなど、お好きな食材でチップスが作れます。
そういえば、CocomiやKōki,を立派に育て上げた“しーちゃん”こと工藤静香も昨年、自身のインスタグラムにオーブンで焼き上げたと思しき野菜チップス(ごぼう、にんじん)の写真を投稿し、「子供達が幼い頃の定番のおやつ野菜!久しぶりに作りました」と報告していたっけ。愛する家族のために野菜チップスを幾度となく作ってきたであろう工藤にも、ぜひこの「チンしてチップス」を一度試してほしいものです。しーちゃんと皆様のご応募を、お待ちしています!
※8月2日正午〆
ネットを中心にダイエットにまつわる情報があふれ、雑誌や広告を飾るのは“モデル体型”の人ばかり。いわゆる“痩せ信仰”が根強い一方、「ありのままの自分を愛して受け入れる」“ボディポジティブ”という考え方が注目されています。
コミックエッセイ『自分サイズでいこう 私なりのボディポジティブ』(KADOKAWA)の著書でイラストレーターのharaさんは、過激なダイエットや摂食障害を経験した上で、ボディポジティブになれたそう。今回はharaさんがボディポジティブになれたきっかけや、ありのままの自分を受け入れるためにできることを語ってもらいました。
hara イラストレーター・漫画家
ありのままの自分の体を受け入れ、愛する「ボディポジティブ」という考え方に感銘を受け、プラスサイズ・ボディポジティブな女の子を描き、発信を行う。Twitterアカウント:@hara_atsume
ーー体型にコンプレックスを感じていた頃は「自分はおしゃれしちゃダメなんだ」と思っていたそうですが、そう思うきっかけは何だったのでしょうか?
小さい頃に見たドラマや映画、漫画の登場人物はみんな痩せている人ばかりで、自分と同じような体型でおしゃれをしている人を目にする機会がなかったんです。バラエティなどでは太った芸人さんが出ていることもありましたが、体型を誇張するような演出があったり、他の出演者からバカにされたりしていたので、それを見ているうちに「太っている自分はバカにされる側なんだ」と刷り込まれたような感覚がありました。
太った女性芸人さんがテレビでいじられているのを見て「体型にコンプレックスがある人は笑われるしか生きる道がないんじゃないか?」と極端に考えてしまう時期もあったくらい。それで、かわいい服を着ることに抵抗を覚えるようになりました。
ーー中学時代に半年で20キロものダイエットに成功し、高校時代に摂食障害に転じ、20キロ増加。摂食障害を患っていた時期もあったとのことですが、当時のharaさんはどんな状況でしたか?
ダイエット中は食べることが怖くて、いちいちカロリーを確認しないと食べられない状態で、生理が止まったり冷え症になったりしていました。でも、その頃は「自分は頑張ってダイエットしたんだ!」という気持ちしかなく、ツライとも思いませんでした。その後、「痩せすぎ」と言われるようになったので、少し体重を戻そうとしたんですが、食べてもすぐに体重が増えなかったことから食欲に歯止めが効かなくなり、短期間で体重が増加してしまいました。
摂食障害の時は「普通に食事をとる」ことがどういうことなのかもわからなくなり、食事をする度に弱い自分に負けている気分で。当時は摂食障害はメンタル面が関係しているとは知らなかったので、「意思が弱いせいだ」と自分を責めてばかりでしたね。
ーーそんな経験をした後、“ボディポジティブ”でいられるようになったのはなぜなのでしょうか?
高校から大学までは摂食障害で食事とうまく付き合えず、自分に自信がなかったんですが、大学卒業後に偶然、書店でプラスサイズ女性専門のファッション誌「la farfa(ラ・ファーファ)」(文友舎)を見つけたことが転機でした。自分に似た体型のおしゃれなモデルさんたちが誌面に出ているのを見て「こんな世界あったんだ!」と衝撃を受けました。そこから徐々に「自分もおしゃれしていい」と思えるようになり、食事もきちんととれるようになったんです。
ーーとはいえ、まだまだ“痩せ信仰”は根強いですよね。そんな中でも “ボディポジティブ”について発信しようと思ったのはどうしてですか?
私が『la farfa』に出会って摂食障害から回復できたのが今から3年前なんですが、その頃は海外では“ボディポジティブ”という考え方が少しずつ認知されていた一方、日本ではほとんど知られていなかったんです。「この考え方は絶対もっと広まったほうがいい。そのために自分にできることがないか」と思ったことからエッセイを描き始めました。
エッセイをきっかけに、私の知り合いにも「痩せすぎで太れないことがコンプレックス」「感覚過敏で着られる洋服が限られている」という悩みを持っている人が少なくないことがわかり、体型やファッションの悩みは本当に人それぞれだと実感しました。
ーー最後に、他人からの身勝手なジャッジを気にせず、ありのままの自分を受け入れるための考え方などがあれば教えてください。
私も以前はそうだったのですが、ネットなどで「太っている人はダイエットをするべき」「太っている人はおしゃれしちゃダメ」といった声を目にすると、それが世の中全体の意見と思ってしまいがちです。でも、実際それは一部でしかなく、もっと色々な考え方があります。
最近では、SNSなどでさまざまな体型の人が自分ならではのおしゃれを発信しているので、自分と似た体型の人のコーディネートを見て「いいな」と思えたら、自分を受け入れるための第一歩になるんじゃないでしょうか。世の中は他人基準の情報が多いですが、それを自分基準に変えるところからチャレンジするのもいいかもしれません。
『自分サイズでいこう 私なりのボディポジティブ』より
『自分サイズでいこう 私なりのボディポジティブ』より
『自分サイズでいこう 私なりのボディポジティブ』より
『自分サイズでいこう 私なりのボディポジティブ』より
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羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。
<今回の有名人>
「子どもって残酷じゃないですか」爆笑問題・太田光
『サンデージャポン』(TBS系、7月18日)
オリンピック、本当にやるんですね。
新型コロナウイルスのワクチン接種はスムーズに進んでいるとは言い難く、東京の新規感染者数は2,000人に迫っている。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、テレビの取材に対し、8月の第1週には過去最多の3,000人まで感染者が増え、医療体制が逼迫すると予測した。オリンピック関係者の感染拡大防止策として採用される「バブル方式」の不備も指摘されていて、個人的にはオリンピックを開催している場合ではないと思うが、まぁ、いろいろオトナの事情があるのだと推察する。
問題になっているのは、新型コロナウイルス対策だけではない。オリンピック・パラリンピックの開会式の楽曲担当に任命されたミュージシャン・小山田圭吾が、学生時代に同級生の障害者いじめを雑誌に告白していたことから、オリパラに関わるのはふさわしくないとの声がネットから上がった。
小山田は過去に、いじめを武勇伝のように語っていた。1994年1月号「ROCKIN’ ON JAPAN」(ロッキング・オン)では、「全裸にしてグルグルにひもを巻いてオナニーさしてさ。ウンコを喰わしたりさ。喰わした上にバックドロップしたりさ」「だけど僕が直接やるわけじゃないんだよ、僕はアイデアを提供するだけ(笑)」、95年8月号の「Quick Japan」(太田出版)では、「マットの上からジャンピング・ニーパッドやったりとかさー」「掃除ロッカーの中にいれて、(中略)みんなでロッカーを蹴とばすんですよ」。ここまで来るといじめの範疇を越えて、犯罪にあたるのではないか。オリンピック憲章はあらゆる差別を否定しているだけに、小山田のような過去を持つ人物が適任なのかという意見がSNS上で湧き上がり、7月19日に辞任した。
その前日18日、太田は『サンデー・ジャポン』(TBS系)で、小山田の所業を言語道断としつつも、「子どもって残酷だから」と擁護するようなことを述べた。出演者全員が小山田を責める側に回ったら、番組として成立しない。小山田本人ならまだしも、血縁者にまでバッシングが及んでいることから考えても、太田が擁護するようなポジションを取ったことは、番組的には正解だろう。しかし、子どもであっても、ここまでのいじめはする人はごくわずかだろうし(いるならば、適切なケアを受けたほうがいいと思う)、ましてや良識を持った大人なら、いじめを武勇伝的に語ることのおろさかを知っているはずだ。そう考えると、「子どもだから」という太田のフォローには疑問が残る。
なお、太田は20日深夜放送のラジオ『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ)にて、「俺の言葉が大勢の人を傷つけた」と『サンジャポ』での発言について反省の弁を述べ、「小山田圭吾の存在を許した環境も含めて考えないと、ちゃんとした判断はできないんじゃないか、ということを俺は言いたい」と主張していた。
それにしても今回のオリンピック、要職にある人物の辞任が特に目立つ。
2月3日の日本オリンピック委員会(JOC)で、森喜朗五輪組織委員会前会長が「女性っていうのは競争意識が強い」「私どもの組織委員会にも女性は何人いたっけ? 7人くらいか。7人くらいおりますが、みんなわきまえておられて。(中略)我々は非常に役立っております」と発言。これが女性蔑視に当たると批判され、辞任した。
翌3月には、電通出身のクリエイターで開閉会式の演出総括を担当していた佐々木宏氏が、開会式にタレント・渡辺直美をブタに見立てた演出プランを提案していたことがわかり、辞任。そして、開会式前日の7月22日、橋本聖子組織委員会会長は、開会式演出担当の元お笑い芸人・小林賢健太郎氏が、過去にユダヤ人の大量虐殺をコントの一部でネタにしていたことを理由に解任した。
小林の解任が妥当かどうか、個人的には議論の余地があると思うが、それ以外の3人がその職にふさわしかったとは、私は思わない。彼ら3人は仕事の実績があるからこそ、オリンピックの名誉職にノミネートされたのだろうが、一方で著しく人権意識に欠けている。それでは、この3人だけが極悪非道な“悪人”かと聞かれたら、それも違うように思う。なぜならば、一個人の問題以前に、日本社会に女性や障害者など「弱者を笑う文化」が根付いていると感じるからだ。
3人ともその世界では権威ある立場で、社会的強者のポジションにあるから「笑われる側」ではない。社会的強者なので、誰に気遣うこともなく「いつものように」思ったことを言ったのだろうが、今回はなんだかものすごく怒られてしまった。「なんでみんな、そんなに怒ってるの?」というのが、彼らの本音ではないかと推察する。
小山田のいじめ発言はTwitterなどで個人としてなされたのではなく、出版社が発行した雑誌を通してされている。これはまさに、「悪気のなさ」が社会全体に広がっていたことの表れだろう。本来なら「これはヤバい」とストップをかけるべき編集者がそれをせず、小山田のいじめを武勇伝的に掲載する判断をしてしまっている。つまり、一部の企業で働く人たちの間にも「弱いものを笑う」意識が広がっていたということだ。
そして彼ら3人は男性で、共通して「間違った男らしさ」があるように思う。そもそも、「その性らしさ」とは何か。答えは人によって無数にあるだろうが、私の考えは「慣例、もしくは自分に与えられたと感じる役割を自発的に演じるサービス精神」のことだと思う。男性の場合、女性と比べて体が大きく、腕力でも勝ることが多いため、「男性は強いもの、もしくは強くあるべき」という固定観念が生まれるとする。これを手っ取り早く成し遂げる方法の一つに挙げられるのは、「自分より弱い人を見つける」ことではないだろうか。しかし、これは「間違った男らしさ」につながると思うのだ。
小山田発言がなされた90年代、私は大学生だった。サブカル方面に詳しいほうではなかったので断言はできないが、その時代には総じて「強者が弱者にひどいことをして笑う」風潮があったように思う。
爆笑問題と同世代のとんねるずが、1985年に起こした“カメラ転倒事件”をご存じだろうか。『オールナイトフジ』(フジテレビ系)に出演していた石橋貴明が移動式カメラに抱き着くと、そのまま横倒。1500万円するカメラはダメになったというエピソードだ。今だったらネット上に苦情が続出するだろうが、石橋はこの一件をのちに『石橋貴明のたいむとんねる』(2018〜20年、同フジテレビ系)で、悪びれることなく武勇伝的に語っていた。「無茶なことをやるのが男らしさ」という意識があったのではないだろうか。
また、石橋の相方・木梨憲武は『大竹まことゴールデンラジオ!』(文化放送)に出演した際、「そういうことをどんどん望んでくれる時代だった」と、自分たちの意志というよりも、ある程度ビジネス的な感覚で意図的に「ひどいこと」をしていたと思わせる発言をしている。とんねるずだけでなく、テレビ業界に「ひどいことをされた側を笑う」構図があったのだろう。
とんねるずは冠番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)のコント内で、高島彩ら女子アナウンサーや女性タレントに頻繁にセクハラをしていた。もちろん、テレビ内でやっていることだから、事前の打ち合わせはあるだろう。なので「不意打ちで逃れられない」といった意味での悪質さはなかったと思われる。しかしポイントは、男性が「強者」とされる世界で、「弱者」の女性を対象にセクハラをして、世間を笑わせようとしていたことだ。これもまた、「男らしさの証明」でもあったのではないだろうか。
クリエイターの場合、加えて「ひどいことや悪いことをするのは、才能の証し」とみなす風潮もあったように感じている。まじめに創作活動にいそしむよりも、おかしな武勇伝を作るほうが「凡人とは違う」「才能があってすごい」という印象を手っ取り早く与えることができ、社会的な評価や地位を得やすかった記憶がある。
今回は「間違った男らしさ」を持つ社会的強者の男性ばかり問題になったが、女性が社会的強者になり「弱者にひどいことをして笑う」場合もないとはいえない。90年代から弱者は「才能があるからしょうがない」「あの人はやんちゃだから」とひたすら許容を求められ、こうした価値観のまま国際的イベントに参加した結果が、相次ぐ辞任につながったといえるのではないか。
オリンピックは、日本にはびこる「間違った男らしさ」や「弱者を笑う文化」をあぶり出しているように見える。唯一希望があるとすれば、SNSを通して「それはおかしい」と声を上げる人が増えていること。多くの人が生命の危険にさらされながらオリンピックをやること自体、社会的強者の考えのような気がするが、とりあえず、無事に終わることを祈るしかない。
4月末でジャニーズ事務所を退所したマッチこと近藤真彦が、57歳の誕生日を迎えた19日、11月2日に東京・中野サンプラザホールでコンサートを開催。芸能活動を本格的に再開することを、自身が監督を務める「KONDO Racing Team」のツイッターなどで発表した。
近藤は2020年11月に25歳歳下の女性社長との不倫を報じられ、芸能とレースの活動を自粛。自粛期間が明けないまま…
「人を笑わせる時、笑わせる側は笑ってはいけない」
皆さんはこのような言葉を聞いたことがあるだろうか?
お笑い芸人なら誰しも聞いたことがあるこの言葉。誰が最初に言い出したかは知らないが、脈々と言い伝えられてきた鉄則だ。
笑わせる側が笑ってしまうと、見ている方が冷めてしまうとか、真顔で言った方がより面白く感じさせられるとかそういった理由からきている…
料理がまったくできない主婦の私。料理は夫担当になっていますが、子どもが大きくなるにつれ、私も作らなアカンときに見舞われるように。まずはSNSで人気の簡単レシピから料理にチャレンジ!
Q. ブロッコリーの揚げ物でオススメのレシピはありますか?
A. めんつゆに一晩漬けたブロッコリーに片栗粉をまぶし、中温の油でカラッとするまで揚げると、スナック感覚で無限にブロッコリーをキメられるようになるのでオススメです。 pic.twitter.com/4N3ryBBX5U
— 有限会社安井ファーム (@yasuifarm) July 6, 2021
石川県白山市の農業法人「有限会社安井ファーム」さんのツイッターアカウントは「ブロッコリー」にあふれている。石川県におけるブロッコリー作付面積の約3割を占めている会社だそうです。そんな安井さんのツイッターアカウントが紹介した、「ブロッコリー揚げ」がSNS上で大人気のようだ。安井さんのアカウントには「無限ブロッコリー揚げ作ってみた〜」とおいしそうな画像がたくさんシェアされていて、絶賛する声であふれていた。
我が家にはブロッコリー嫌いの3歳がいるため、騙されたと思って作ってみたら、これはブロッコリーではない〜! めちゃくちゃ香ばしくて無限にブロッコリーが食べられるレシピ! 3歳息子もあっという間に完食したので興奮しながらレポしていきます。
料理手順と材料はこちら。
1)ブロッコリーをめんつゆに一晩漬ける
2)片栗粉をまぶして中温の油でカラッとするまで上げる
実際に作ってみましょう! 材料を準備しました。めんつゆ・ブロッコリー・片栗粉。 え? これだけ? くらいに少ない材料です。
ブロッコリーを茹でました。
茹でたブロッコリーをめんつゆに一晩浸します。これだけで味付けが完了。
翌日、めんつゆから取り出したブロッコリーに片栗粉をまぶして普段のから揚げと同じように揚げていきます。
ブロッコリーのから揚げを作ったのは初めてですが、なんで今まで作ったことも食べてこともなかったのだろう……と考えてる間に、ブロッコリーがほんの〜り茶色くなってきました。
あっという間に完成しました! 表面がサクサク〜としていて見た目は合格です。早速食べてみました。
アッツアツの揚げたてを食べてみましたが、見た目通りの期待を裏切らず表面がサクサクで香ばしい! なぜかお好み焼きを思い出してしまう表面の香ばしさ。ブロッコリー自体は柔らかく甘みが凝縮されている感じ。
う! うま〜ぃっ! 思わず歓喜の声が上がってしまった。これはなんぼでもイケる悪魔のブロッコリー揚げだ。
聞こえますか…世の中のブロッコリー嫌いの子どもに悩むお母さん…この安井さんのブロッコリーレシピを今すぐ作ってみるのです…まるで大好物のお菓子を食べるように…3歳の息子がばくばく食べています…。
これはもう!めんつゆのお陰なのか? 香ばしくてスナック菓子感覚でブロッコリーが食べられます。私はもともとブロッコリーは大好きなのであっという間に完食してしまい、もう1回揚げたくなったが、一晩つけたブロッコリーがもうなかったので泣く泣く諦めました。何度でも作りたいレシピに堂々のランクインです! 総評価は迷うことなく満点だ〜。
【総評】
もう一度作りたい度:★★★★★(サクサクいけて足りなくなるので予定より気持ち多めに漬ける事をオススメします)
ズボラ主婦でも再現可能度:★★★★★
子どもウケまたは夫ウケ:★★★★★(4人家族全員でひと房のブロッコリーが足りなかったくらい大ウケレシピだった)
24時間365日更新されるYouTubeの中でも、特に注目を集めるのが「急上昇」動画。ランキングを見てみると、芸能人や有名人が出演しているのに、意外と世間で話題になっていない“名作(迷作!?)”もチラホラあります。「見逃した!」なんてことのないように、急上昇No.1とおすすめポイントを毎週振り返っていきましょう!
月:ヒロミ「ある芸能人からの呼び出し!!!!」
火:宮脇咲良「(ENG/KOR Sub)どんなに泣いても崩れない最強アイドルメイク | Guide to Sakura Miyawaki’s Idol Makeup that will never come off」
水:石橋貴明「【レアードが貴ちゃんに爆笑メッセージ】貴ちゃんスポーツ2021(2021年7月12日配信編)」
木:佐藤健「佐藤健×千鳥・ノブ 初の富山2人旅! #1」
金:中川翔子「【朝倉海コラボ】ついに納車!メルセデスEQAで初ドライブ行ってきたけど、そもそもどうやって運転するの?」
YouTubeチャンネル開設1周年を記念した企画で、千鳥・ノブとの“旅行動画”を公開した俳優・佐藤健。『いろはに千鳥』(テレビ埼玉)のスタッフ全面協力のもと、2人は富山ロケを行いました。
現地に到着した後、ロケバスに乗り込む佐藤とノブ。目的地へ向かう前に、スタッフが「最高のスタート切りたくて、健さんに最高のお土産を……」と言い、“いろはに千鳥トートバッグ”を差し出します。そのバッグの中には、「ガーリックバターソース」と「ジャーマンカリーケチャップ」が入っていたため、佐藤は大興奮。実は佐藤が“トーストにかけて食べたい調味料”として、動画の前半で取り上げていた商品だったのです。
これから昼食を食べに行く予定でしたが、佐藤は「これ食べたくなった」「コンビニ寄ってパン買お」と大はしゃぎ。ノブはすかさず「ちょっと待て!」とツッコミを入れており、視聴者からは「2人のやりとりが面白すぎる!」「仲の良さが伝わる動画で癒やされる〜」といった声が上がっていました。
タレントのヒロミは、7月10日に自身のYouTubeチャンネルを更新。大御所俳優の岩城滉一から突然呼び出され、自宅を訪問する様子が映されていました。
岩城は、“軽トラ用のロールバー”をプレゼントするためにヒロミを呼び出したそうですが、視聴者の注目を集めたのは、岩城が保有する愛車の数々。ヒロミはこれを「岩城滉一コレクション」と命名し、ガレージ内に置かれているハーレーダビッドソンやジープ、ベントレーなどの高級車やバイクを順番に紹介したのです。
動画の視聴者からは、「バイクも車もすべてがイケてる! ヒロミさんと楽しそうに話してる岩城さんもカッコよかった〜!」「まさかYouTubeに岩城滉一が出演するなんて! めちゃめちゃレアな動画では!?」といった驚きの声が続出。思わぬ大物芸能人の登場や高級車の数々に、視聴者も興奮冷めやらぬ様子でした。
元HKT48で日韓合同グローバルガールズグループ・IZ*ONEの元メンバー・宮脇咲良の“メイク動画”が、ネット上で大きな話題になりました。“メイクポーチの中身”を公開したほか、6月19日に開催されたHKT48の卒業コンサート時のメイクも披露しています。
動画では、「目が小さく見えるので涙袋にコンシーラーは塗らない」「眉毛の色は髪の毛の色よりも明るくする」といった、宮脇ならではのこだわりポイントを紹介。また、韓国におけるメジャーなメイク術もレクチャーしており、ビューラーの代わりに“竹串”を使う姿も。
メイク術を丁寧に解説する宮脇に対し、ネット上では「すごくわかりやすくて、1秒も飛ばさずに見た!」「とても参考になったので、今度マネしてみようかな。咲良ちゃんには大感謝!」「使ってるアイテムの紹介もあって、動画がとにかくわかりやすい」などの反響があり、ファンのみならず見入ってしまう動画だったようです。
ベテラン芸能リポーターの城下尊之氏が、とかくあおり・あおられがちな芸能ニュースをフラットな目線で、おちついて解説!
――7月16日、とんねるずの石橋貴明が公式YouTubeチャンネル「貴ちゃんねるず」で、鈴木保奈美との離婚を発表しました。
1998年に結婚してから23年目の離婚ですね。動画に掲載されたコメントによると「子育てが一段落したことを機に 今後は事務所社長…
皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!
――今回からしばらくは、昭和天皇の内親王たちのご結婚事情について、お話をうかがいたいと思っています。かつては皇族がたのお相手選びは宮内庁が大きな権限をもって行っていたんですよね?
しかし、紀宮さまと我々がお呼びしていた時代の黒田清子さんについては、お兄さまがた(現・天皇陛下や、秋篠宮さま)とも親交があった男性・黒田慶樹さんと再会、その1年後にご婚約という流れでのご結婚だったと思います。平成時代にはすでに、宮内庁が(女性の)皇族方のお相手選びに積極的には関与しないようになっていたのでしょうか。
堀江宏樹氏(以下、堀江) そういう傾向はあると思います。それでも、現代日本を騒がせている“小室さん問題”のような規模の大トラブルが、皇族がたの過去のご結婚の際に起きたことは、これまでは「ほぼ」なかったのですよ。
ただ、それは今回の眞子さま・小室さん問題のように大炎上するケースが、過去に一度もなかった「だけ」と言えるのかもしれません。留学先で、その手の問題を起こす皇族がたもおられましたからね。
――とある女性皇族の方が、留学先のイギリスでSNSに大胆な日記を書いていたということが近年、話題になりましたよね(笑)。
堀江 そうですね。ちょっと話題になる程度で、あとは秘密裏に処理されてしまうのが常なのですが。それでも、中には深刻な展開を見せたこともありました。
これは明治時代の男性皇族の悲しいお話です。
1872(明治4)年からドイツ・ベルリンに留学し、軍学を学んでいた北白川宮能久親王という方がおられました。その宮様が、とあるドイツ貴族の女性と恋愛、秘密裏に婚約していたことが明治9年に明らかになったのです。
しかし、日本の皇族と海外の貴族女性の結婚には、明治天皇や朝廷の面々から猛反対があり、能久親王は涙ながらに単身帰国せざるを得なかったという事件がありましたね。
――留学先のドイツに最愛の恋人の女性を残し、日本に帰らざるを得なかった留学生……森鴎外が『舞姫』という小説に書いていた話みたいですね。
堀江 ちなみに明治時代には、オーストリアの皇室にも連なる貴族の男性ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー伯爵が、日本人の庶民女性、青山みつと恋愛結婚するというケースもありました。これは男女逆ならあり得なかった気がするのです。
あくまで個人的な見解ですけれど、もし、眞子さまと小室さんの性別が入れ替わっていたとしたら、ここまで大炎上したのかな、とも考えてしまいます。結婚において、女性より男性に高いステイタスを求める傾向って今でも根強いですからね。
ここで思い出したのですけれど、こういう興味深い逸話も昭和時代にありました。昭和天皇の弟君にあたる、三笠宮寛仁親王殿下の第2女・容子(まさこ)内親王が、1973(昭和48)年3月からスイスとフランスにそれぞれ1年ずつ留学なさっていたとき、パリでフランス人青年と恋愛問題をおこされたといううわさですね。
――うわさ、ですか。
堀江 あくまで、うわさです。パリで容子内親王がお暮らしになっていたころ、日本人留学生たちから、フィリップ・ギャル氏という画家の卵の男性を紹介され、一時期、とても親密になったというのです。容子内親王と彼の馴れ初めには異説もありますが、それは後ほど。
容子内親王は、タバコもお酒も豪快に嗜まれることで一時期有名だったのですが、それもすべてギャル氏から教わったそうですよ。
――ギャル氏とは、どんな方だったのでしょうか?
堀江 「週刊新潮」(84年7月5日号)の「三笠宮妃殿下『スイスご訪問』でもう一つの『悪い情報』」という記事によると、人間の顔をかなりデフォルメして描く画風だったそうです。
外見は、記事の写真で見る限り、宗教画のキリストのような長髪にヒゲが印象的。80年代にはすでに絶滅寸前だった“ヒッピー”っぽさもありますね。整ってはいるけど神経質な顔立ち、175センチ程度の身長、物静かな性格だそうです。
――名前はギャルでも中身は陰キャですか。
堀江 容子内親王は、そんなギャル氏を伴侶として意識することはなく、彼をフランスに置いて日本に帰国。裏千家の茶道家元の弟にあたる、千政之さんという日本人男性と結婚なさったのでした。千さんは容子さんより5歳年下です。これまでは皇女の結婚相手は、年上の男性が選ばれるケースが多かったのですが。
しかし、年下の男性との結婚について聞かれた容子内親王は、「私は精神的なレベルが低うございますから」と冗談めかしてお答えになったことも有名になりました。これが83(昭和58)年のこと。
――お相手男性のお家柄も立派ですね。容子さんのコメントも素敵じゃないですか。
堀江 結婚後すぐに容子さんは懐妊なさるほど、ご夫婦仲はとても良いものでした。また、容子さんは茶道の勉強も熱心に始められていました。
ところが、お二人の婚約が発表された同年4月、フランスから例のフィリップ・ギャル氏が来日、三笠宮家に「容子さんと結婚させてくれ」と申し入れて大問題になったそうです。この時、マスコミは気づかず、騒ぐことはありませんでしたが、同年7月頃にはすでに報道関係者に情報は漏れていたそうです(「週刊新潮」84年7月5日号)。
――ええ! 『舞姫』の男女入れ替え版みたいな展開じゃないですか。
堀江 そうなんです。この時、関係者がギャル氏を説得、帰国させることには成功しました。そして、容子さんは千さんと無事結婚なさったのですが、それに不服なギャル氏が“何らかの要求を行い”……つまり、自分の気持ちを弄んだ保証を金銭でしてほしいというようなことを言い出した、と。
――それは手切れ金みたいなことですか? なかなか大胆な要求じゃないですか。
堀江 そのうわさに真実味を与えたのが、この年の7月……具体的には84(昭和59)年7月6日~24日までの19日間、完全プライベートのスイス旅行に三笠宮百合子妃がお行きになったことです。当時、スイス・ジュネーブには三笠宮ご夫妻の長女で、近衛家に嫁がれた甯子さんとそのご家族が滞在されておられ、みなさんにお会いになるための旅行……という説明が公式にはなされました。
――公式には、というと?
堀江 はい。そもそも、皇族がプライベートの海外旅行を行うこと自体が、過去に例がほとんどなく、旅先についての宮内庁のアナウンスも怪しかったのです(笑)。百合子妃が「フランス、イタリアにも足を伸ばされるかもしれない」などと発表されていましたから。
また、この百合子妃のスイス訪問の約2カ月前のこの年5月、「なぜか」容子さんの夫君である千政之さんが、これまたお供も連れず、単独でフランス・パリに「外務省関係の用事で」旅行しているのです。
本当に外務省の仕事なら、単独旅行はありえないはずと、裏千家関係者の間で話題となりました。ここから見えてくるのは、当初は容子さんの夫君・千さんが、妻の元カレであるギャル氏に面会、「妻や、その実家にもう関わらないでください」と頼んだけれど、ギャル氏が納得しなかったので、今度は母親の百合子妃がフランスに乗り込み、くすぶり続ける問題の火種を鎮火した、という“ストーリー”です。
――なんだか大変な話ですが、どの程度ウラは取れていたのでしょうか?
堀江 うーん、どうでしょう。一番面白いのは、容子さんの姉君である近衛甯子さんが、ギャル氏とおぼしき男性をスイスで見たことがある……つまり、ギャル氏と容子さんのご縁は、容子さんがパリに留学する以前に滞在していたスイスに彼がやってきた時、すでに始まっていたのかも、と両者の関係を認めつつも、「失礼ながら、その方なら容子の好みではないと思いますよ」と、うわさをバシッと全否定しておられるのです。
――お姉さまもギャル氏と面識があるんですね。でも付き合ってはないと。
堀江 一方で、当時フランスに留学していた匿名の日本人画家は、ギャル氏と容子さんの「付合いの深さは相当なもの」と断言。苦学生だったギャル氏と仲間たちにとって容子さんが「金ヅル」で、貧乏学生たちが容子さんを「プリンセス、プリンセス」と持ち上げ、飲み代を払わせていたことを証言しているのでした。
ほかにもギャル氏が容子さんとの写真を持っており、どうやら人に見せていたことがわかる証言もあります。その写真は「かなり親しげ」で、他にも公開されると、まずい情報をギャル氏に容子さんは握られてしまっていたのかも……という話なのですね。
――眞子さまが小室さんと破談できないのも、破談なんてしたら彼から不都合な情報が公開される恐れがあるからでは、という説もよく囁かれますよね。
堀江 そういう話は、皇女の恋愛や結婚にはつきものなのでしょうか。ちなみにギャル氏は1983年にも来日し、銀座の「都留満喜」画廊というところで3日だけ個展を開いたそうです。そこに婚約したばかりの容子さんが訪れたとのうわさも。婚約後の身で、元カレの個展に訪れたので「ヒンシュクを買った」という話もありますが、何らかの交渉をご自分で行おうとしていたのかもしれません。
ただ84年以降、ギャル氏の影は三笠宮家の周辺から完全に消えたらしく、週刊誌にもその名が上がるようなことはなくなったようです。そもそも、百合子妃がギャル氏にお会いになったなどのウラがないため、すべてが推測ともいえますが、母宮の勇気が愛娘を守った……なんて“ストーリー”も想像してしまいますね(笑)。
――ギャル氏のその後は?
堀江 フランス語で「ギャル」という読み方の姓名をいくつか検索してみたのですが、フィリップ・ギャルという画家の情報は、ネット上では見つけられませんでした。また、現在、銀座に「都留満喜」という画廊はどうやら閉廊したらしく、そこから情報をたどることも不可能でしたね。
――誰にでも恋愛関係のトラブルって起きうるものですが、それが皇女という特別な身分ゆえに生じていたとすると、なんだか理不尽だな、と思ってしまいました。
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