100年以上も愛されてきた、世界で一番有名なウサギ「ピーターラビット」。イギリス人女性、ビアトリクス・ポターの絵本「ピーターラビット」シリーズはなんと世界でこれまでに2億5,000万冊という驚異的な発行部数を記録している。
この絵本がハリウッドで初めて映画化されたのは2018年、ウィル・グラック監督の『ピーターラビット』だ。ウサギのピーターや仲間と一緒に住む女性・ビア(ローズ・バーン)はビアトリクス・ポターをイメージし、意図的に時代設定を曖昧にしてタイムレスな物語に仕上げた。この映画は、自然と動物を愛する原作者のメッセージが散りばめられたものとして、世界中で大ヒットした。
続く、2作目『ピーターラビット2/バーナバスの誘惑』が6月25日に公開される。監督は前作同様ウィル・グラック氏が手がけたが、今作ではビアトリクス・ポターの多面性が演出に活かされており、非常に興味深い展開を見せる。
映画や絵本シリーズの世界観をより深く理解するために、ビアトリクス・ポター資料館館長・大東文化大学英米文学科教授である河野芳英先生への取材と、教授が著した「ピーターラビットの世界へ ビアトリクス・ポターのすべて」(河出書房新社)をもとに彼女の人生を辿ってみたい。
寂しさから子ども部屋に「秘密の動物園」を作った
1866年、ヴィクトリア朝時代のロンドンの裕福な家庭にビアトリクス・ポターは生まれた。当時、絵を描くことは豊かな家庭の教養とされていたことから、ビアトリクスの両親はともに水彩画やスケッチを趣味にしており、その影響でビアトリクスも小さな頃から絵を描くのが大好きだった。
一方で、ビアトリクスの母親は厳しく、「ばい菌がうつるから外出してはいけない」と近所の子どもたちと遊ぶのを禁止していたという。特に、当時の豊かな家庭の女子は学校へ行かずに家庭教師と一緒に自宅学習をするのが慣習だったから、ビアトリクスは孤独だった。
その孤独は自然、昆虫、植物、小動物などで癒やされた。ビアトリクスと弟は、夏のバカンスをスコットランドの田舎で滞在する間、森の自然や小動物の絵を描き、トカゲやヘビなどをロンドンの家に持ち帰って子ども部屋に「秘密の動物園」を作っていた。その動物園にはハツカネズミやコウモリ、後にピーターラビットのモデルともなるウサギなどもいたそうだ。
河野芳英先生
女性差別から生まれた「ピーターラビット」の絵本
興味深いのは「ピーターラビット」の絵本が生まれた経緯だ。ビアトリクスはハイヒールを履いてコルセットでウエストを締め付けて着飾り、結婚相手を求めて社交界を飛び回るような、一般的な若い女性ではなかった。
それよりもスコットランドやイングランドの湖水地方で自然観察をしてスケッチするほうが好きだった。ちょうどその時代、イギリスでは博物学研究が大流行していた。キノコを写生するようになったビアトリクスは、スコットランドの別荘に滞在中、あるアマチュア菌類研究家と出会い、彼に触発されて専門書を読破し、顕微鏡を駆使して研究を進めていった。いつしかアマチュア菌類学者になっていたのだ。
しかし、そこで挫折を味わうことになる。31歳のとき、キノコについて画期的な学術論文をロンドンの「リンネ協会」に提出するが、学会への参加も論文も受け入れらなかったのだ。当時、女性の社会的地位は低く、アカデミアに女性の居場所はなかったのだ。
「そのときのビアトリクスは悲しく苦々しい気持ちを抱いていたと思います」と言う河野教授は、こんな後日談を教えてくれた。
近年、ビアトリクスの功績が認められ、1967年にはビアトリクスの描いたキノコの絵がキノコ図鑑に収録され、また、1997年には「リンネ協会」の事務局長が「ポターは協会の会員に不当な扱いを受けた」と新聞で謝罪した。
「もし、ビアトリクスの研究が認められて菌類学者としての人生を歩んでいたら、ピーターラビットの誕生はなかったかもしれません」(河野教授)
ビアトリクスは、その後も菌類の研究は続けたが、数年後にその興味も薄れていき、絵本の創作の世界へ引き込まれていった。
階級社会により阻まれた結婚
ビアトリクスは家族旅行へ行った先から、元家庭教師の子どもたちに絵手紙をよく送っていたという。その絵手紙をもとにして、絵本にすることを思いついた彼女は、紆余曲折を経てフレデリック・ウォーン社から絵本の出版をとりつけた。
ビアトリクスが36歳の1902年、とうとう「ピーターラビットのおはなし」が出版。発売後、ビアトリクスはまたたく間にベストセラー作家になった。
ビアトリクスは出版社の経営者一族である、編集者のノーマン・ウォーンと恋に落ち、39歳のときにプロポーズを受ける。だが、出版業を営む労働階級の息子との結婚に両親が反対したことから、2人は秘密で婚約をした。ところが、ノーマンが急性白血病で死んでしまう。
その後、ビアトリクスは印税と親戚からの遺産を使い、湖水地方のニア・ソーリー村の農場を買った。実は、イギリスの湖水地方で小さな農場を経営するのが、ノーマンとビアトリクスの夢だったのだ。
「ノーマンが死んだ後、湖水地方はビアトリクスが新しい自分を再生するために必要な場所でした」(河野教授)
湖水地方とロンドンを行き来しながら、自分が経営する小さな農場の動物たちをモデルに、ビアトリクスは絵本を書いていった。彼女が毎年発表した新作はベストセラーになり、多くの印税を手にした。
そんな彼女に二度目の恋が訪れる。相手は37歳の地元の弁護士ウィリアム・ヒーリス。42歳のビアトリクスだったが、またしても階級社会が立ちはだかる。両親がまた猛反対したのだ。けれども今回はビアトリクスの弟が両親を説得し、2人は出会ってから5年後にめでたくゴールインした。そのときにはすでに有名人だったビアトリクスだが、ロンドンであげた結婚式は非常に質素なものだったという。
キャラクタービジネスの先駆け!?
自然を愛したビアトリクスは、ビジネスセンスにも長けていた。印税や著作権の管理はフレデリック・ウォーン社に任せていたが、河野教授曰く、ビアトリクスが出版社に印税をきちんと支払うように要請した手紙も残っているらしい。この時代に、社会階層の高い女性がビジネスの話をすることは非常に珍しかったと教授は話す。
また、こんなエピソードももある。「ピーターラビットのおはなし」がベストセラーになった直後に、ビアトリクスはドイツ製のピーターのぬいぐるみをハロッズで発見。それが気に入らなかった彼女は、自分でピーターラビットの人形を制作し、特許をとったというのだ。
絵本のキャラクターで人形の特許を取得したのはビアトリクスが史上初めての人物だった。また、塗り絵を販売することも出版社に提案し、塗り絵は大ヒットしたという。
「史上初のキャラクタービジネスだったかどうかは言い切れませんが、絵本のキャラクターを人形やグッズにして特許をとったのは彼女が初めての人物でした」(河野教授)
そんなビアトリクスの人物像が、『ピーターラビット2/バーナバスの誘惑』のビアのキャラクターに反映されているのだ。
本国イギリスよりもアメリカで人気な理由
河野教授によると、現在、ピーターラビットの一番大きな市場は本国イギリスではなく、アメリカ、その次にイギリスか日本だそうだ。本国以外での人気の理由はどこにあるのだろうか。
「イギリスの文学界はその保守性のせいか、児童文学をさほど評価してこなかったのですが、アメリカの文学界は子どものファンを大切にし、児童文学を高く評価してきた歴史があります。そんなアメリカの文学界やファンをビアトリクスは大切にし、アメリカの図書館員たちと頻繁にやりとりをしていました。
日本での人気は、ビジネスにピーターラビットのキャラクターが使われていることが一因だと思います。銀行の通帳から幼稚園のマスコット・キャラクターまで様々な所にピーターラビットが使われていますが、本国のイギリスではこういったビジネス展開は見られません。お国柄が出ているのではないでしょうか」(河野教授)
確かに、ゆるキャラやご当地キャラなど、キャラクターモノが好きだという日本人の国民性も関係しているのかもしれない。
遺産のほとんどを寄付したビアトリクス
絵本作家やキャラクタービジネスから巨万の富を得たビアトリクスは、土地を買い続けて農場や牧畜を大きく広げていった。77歳で亡くなったときには多くの農場の経営者になり、広大な不動産を所有していたが、その殆どをナショナルトラスト(歴史的名所や自然景観を守るボランティア団体)に遺贈していたのだ。興味深いことに、散骨の場所も秘密にしてほしいと依頼していたという。
「ビアトリクスが土地や農園を拡大していった背景には、湖水地方の景観や地元文化を守りたいという強い意志があったのです」と河野教授は考察する。
孤独だった幼少時代、研究者になる夢、結婚……人生の岐路において女性差別や階級社会にぶち当たるたびに、それを乗り越えてきたビアトリクス・ポター。富と名声を得た後も、自然保護や動物保護という壮大な目的のために奔走した彼女の世界観は、『ピーターラビット2/バーナバスの誘惑』にどんな風に盛り込まれているのだろうか。
「ピーターとバーナバスが出会う八百屋の店の看板、グロスター大聖堂、ワルモノ猫のトム・キトンとミトン、パイパーソン・ペットショップなど、絵本シリーズに出てくるキャラクター、お店、ロケーションの名前がたくさん盛り込まれています。ですが、そういった要素がプロットに関係していないので、絵本シリーズを知らない人も、知っている人も楽しめる、非常によくできた映画になっています」(河野教授)
河野教授はビアトリクスの人物像をこう評価する。
「作家として大成功しましたが、湖水地方の土地を買うときも、あの時代ならきっと『女のくせに』と言われていたと思います。女性が独り立ちして生活するのがありえない時代に、あきらめずにしっかりと前を向き続けたのがビアトリクス・ポターだと思います」
【参考】
河出書房新社 河野芳英著「ピーターラビットの世界へ ビアトリクス・ポターのすべて」
(此花わか)
著者のこれまでの記事はコチラ→此花わか
『ピーターラビット2/バーナバスの誘惑』
6月25日(金)全国ロードショー